判例検索β > 令和4年(う)第206号
保護責任者遺棄致死
事件番号令和4(う)206
事件名保護責任者遺棄致死
裁判年月日令和4年11月9日
法廷名福岡高等裁判所
結果棄却
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-11-09
情報公開日2022-12-06 04:00:09
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主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中80日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、主任弁護人池田泉及び弁護人德永由華(各私選)共同作成の控訴趣意書及び控訴趣意書(補充書)記載のとおりであるが、論旨は、被告人を懲役5年に処した原判決の量刑は重すぎて不当である、というのである(なお、控訴趣意書中の事実誤認の主張について、弁護人は、量刑の基礎となる事実又はその評価に関する主張であり、量刑不当の主張の一環である旨釈明した。。)

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果も併せて検討する。第1
1
事案の概要等
原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、次のとおりである。
被告人は、平成31年1月30日以降、福岡県糟屋郡a町内の自宅(途中、令和2年3月25日に同町内で一度転居)において、三男のA(平成▲年▲月▲日生。以下被害者という。
)ら3人の子供を一人で養育していたものであるが、かねて
被告人に対し、虚言を重ねて、食事を含めた被告人及びその子供らの生活全般を実質的に支配していたB
(以下
共犯者
という。と共謀の上、

令和元年8月頃から、
被告人の子供らの食事の量及び回数を減らすなどした上、同年10月頃以降、日中一人で留守番をするよう言い付けた被害者が、家の外に出たり、勝手に食べ物を食
べたりした罰と称して、多数回にわたり、連続して数日間被害者に食事を一切与えなかったことなどにより、被害者が徐々に痩せ細り、遅くとも令和2年3月下旬頃には、
被害者が重度の低栄養状態になっていたのであるから、
被告人において、
被害者に十分な食事を与え、その生存に必要な保護をすべき責任があったにもかかわらず、その頃から同年4月18日午前中までの間、引き続き被害者に十分な食事
を与えず、よって、同日午後10時頃、被告人方において、被害者(当時5歳)を飢餓死させた。2

本件は、公判前整理手続に付されたところ、公訴事実に争いはなく、争点は
量刑であると整理され、被告人と共犯者との関係性や、被告人が共犯者に生活全般を支配されていたこと(いわゆるマインドコントロールを受けていたこと)を量刑上どのように評価すべきかが問題となった。
3
原審検察官は、本件の主犯は共犯者であり、被告人が、共犯者から家族の生
活全般を支配されてその影響を受けていたことは酌むべき事情であるが、被告人の責任を大きく減ずる事情とはいえないなどと主張して、懲役10年を求刑し、原審弁護人は、被告人が、共犯者から心理的支配を受けていた結果、行動選択の幅は狭まっていた旨主張して、執行猶予付きの判決を求めた。
第2
1
原判決の量刑判断
原判決は、本件犯行に至る経緯等につき、概要、以下のとおり説示した。被告人は、平成20年に婚姻して被害者を含む3児に恵まれ、被告人の母や
姉が近隣に住むa町内のマイホームで、円満な家族関係の中、経済的にも不自由のない生活を送り、専業主婦として3人の子を愛情深く養育していたが、平成28年4月頃にママ友として知り合い、それ以降親交を深めていた共犯者の影響により、その生活は一変することになった。
すなわち、被告人は、平成30年5月頃、共犯者から、
被告人や共犯者が、他のママ友の悪口を言ったなどとして、そのママ友から裁判を起こされそうになったが、暴力団組織を背景に持つボスと呼ばれる女性が介入してくれたため、被告人や共犯者が各50万円を支払うことで示談が成立したなどという嘘を吹き込まれ、
示談金として50万円を共犯者に支払ったのを始めとして、
ボスが金を取り戻すため、ママ友に対する裁判を提起してくれるが、裁判で勝つためには贅沢な生活をしてはならない。裁判の内容は家族も含め誰にも話してはいけないなどの条件も守らなければならず、これに違反すると、罰金が科せられ、勝訴しても金を手に入れることができないとか、

条件に違反していないかを監視するため被告人の周辺には多数のスパイが配置され、被告人方の隣家に監視カメラが設置されている

とか、

多数のママ友が参加するグループラインが作られ、そこでも被告人が監視されたり、悪口を言われたりしている

といった共犯者の嘘を信じて、多額の現金を罰金等として共犯者に支払った。
また、被告人は、共犯者から、

ボスの調査により被告人の夫が浮気をしていることが分かった。夫は、被告人の母や姉とも肉体関係がある

などという嘘を吹き込まれてこれを信じ、母や姉との関係を絶ったり、平成31年1月末頃、夫に転居先を告げずに、子供3人を連れてa町内のアパートに引っ越した上、令和元年5月に離婚したりするなど、徐々に家族や友人らとの人間関係が遮断されていった。以後、被告人は3人の子供を一人で養育するようになったが、共犯者から、

ボスが裁判費用や調査費用等を立て替えてくれており、家が一軒建つほどの高額になっている

などと告げられて、被告人の給与や生活保護費、各種手当など収入の全部をボスへの返済等の名目で共犯者に渡すようになった結果、被告人らの生活は、食事を含めその全般が共犯者に頼らざるを得ないものとなっていた。被告人は、徐々に生活が困窮していく中、共犯者から、
ボスが弁護士に依頼して被告人の元夫に対する慰謝料請求の裁判を起こそうと言ってくれている。勝訴すれば、まとまった額の金銭を手に入れられる。裁判で勝訴するためには、被告人の家族が共犯者から提供される食事のみで生活するなど清貧な生活を送っていることや、母子家庭であっても子供を厳しくしつけられるところを裁判所に見せなければならない。その様子を裁判所に報告するため被告人方にはボスによって多数箇所に監視カメラが付けられているなどといった嘘を告げられてこれを信じ、共犯者が提供する食料のみで被告人や子供らの食事を賄い、家族間での食事量の分配も共犯者の指示に従い、第三者から差入れを受けるなどした食料は、すべて共犯者に報告した上共犯者に渡したり、処分するなどした。令和元年8月頃、被告人方のガス供給が料金不払いで停止されると、共犯者が被告人方に提供する食料が、共犯者の
手料理になったが、
提供される食事量と回数はこれまでより大幅に減ることとなり、
子供らの体重が減少し始めた。さらに、共犯者は、令和元年10月頃から、被告人の不在中、被害者が言いつけを守らずに家の外に出ていたのが監視カメラに映っていたなどとして、被害者に罵声を浴びせるようになり、被害者をクローゼットに閉じ込めて生活させたり、罰として食事抜きを指示したりするようになった。被告人は、こうした共犯者の行為を虐待と認識していたものの、共犯者やその背後にいるボスの機嫌を損ねると、共犯者らの目が子供らに向いてしまうとか、
共犯者から食料をもらえなくなったり、
元夫に対する裁判でボスの協力を得られなくなったり、ボスから巨額の立替金の一括返済を迫られたりして、ますます一家が困窮してしまうなどと考えて、その指示に従っていた。同年11月頃には、a町役場が、被告人の子供らを要保護児童とし
て把握し、児童相談所等の関係機関と連携を取りながら、被告人に被害者の体重減少を懸念している旨伝えたり、被告人方を訪問して接触を試みたりしたが、共犯者が割って入ったり、公的機関の職員らを追い返さなければボスや共犯者の機嫌を損ねるなどと考えた被告人が拒絶するなどしたため、同役場側では、被害者の状況を把握することができないまま推移した。

このような生活が令和2年3月まで続き、被害者は、自宅にある食料を盗み食いした

などとして、
同月には、
最大10日間連続で食事抜きとされるなど、
食事を一切食べられない日が19日間あり、食事を与えられた日も必要な量を大幅に下回るものしか与えられず、遅くとも同年3月下旬頃までには重度の低栄養状態に陥り(被害者の体重は、被告人が夫と別れてアパートに転居する直前の平成31
年1月28日の時点では、同年齢の平均体重とほぼ変わらない16.5㎏であったが、令和2年3月下旬には、健常な時期の体重の65%を下回る10.725㎏まで減少していたものと推定された。、被告人も、十分な食事をとることができず、)
体重が減少するなどした上、被害者が盗み食いをしないように一晩中見張ることを共犯者に指示され、睡眠を十分にとることもできていなかった。

共犯者は、令和2年4月頃、突然、被告人方への食料の提供をやめる旨言い出し、
被告人ら家族はますます食料を手に入れることができなくなった。被害者は、同月中も、1日に少量の食事を1食だけしか与えられないなど、必要な量には程遠い食事しか与えられなかった。
被害者は、同年3月下旬以降、極度に痩せて、元気なくじっとしていることの多い状態にあったことに加え、被告人に、繰り返し激しい頭痛を訴えたり、体を硬直させたり、
頭をふらふらさせたり、
病院に行きたいと言ったりしたこともあったが、
被告人は、従前から共犯者に警察や病院に行くとボスに迷惑がかかるなどと言われていたこともあり、被害者を病院に連れていくことはなかった。他方で、被告人は、共犯者の指示に反して共犯者方を訪れ、食料の提供を懇願したり、同年4月頃からは、
自身のスマートフォン内に、
共犯者について
恩着せがましい
嘘つき

などと非難する内容のメモを残したりしていた。
被害者は、本件犯行により、令和2年4月18日に飢餓死したところ、その体には、ほとんど脂肪が残っておらず、極度のるい瘦状態に陥っていた上、臓器が大きく委縮するなどし、死亡時点での被害者の体重は、同年齢の児童の平均体重の半分程度である10.2㎏しかなかった。

2
以上の経緯等を踏まえ、原判決は、要旨、以下のとおり説示して、被告人を
懲役5年に処した。
被害者は、令和元年8月頃から食事の量と回数を減らされ、同年10月頃からは罰などとして、たびたび食事を抜かれるようになり、令和2年3月には大半の日で食事を抜かれて、同月下旬頃には体重が大幅に減り重度の低栄養状態に陥っていたところ、更に約3週間余り、必要な量には程遠い食事しか与えられなかった。被害者に長期間飢えの苦しみを与えた本件犯行の態様は、余りにもむごく、結果も取り返しのつかない重大なものである。被害者の体には、脂肪がほとんど残っておらず、内臓も大きく萎縮するなどしており、その肉体的苦痛は想像を絶する。本能的な欲求が満たされず、本来頼るべき母親から十分な保護を与えられなかった
被害者の辛く悲しい気持ちも計り知れない。本件犯行の客観面は、相当悪質な部類に属する。もっとも、本件犯行に至る経緯をみると、被告人は、被害者に十分な食事を与えないことが本意であったわけではなく、共犯者の嘘にだまされて、手元の金をすべて巻き上げられ、共犯者に依存しなければ食料も手に入らない状況に陥っていた上、家族らとの人間関係も遮断されて、共犯者のほかには身近に信頼できる者もなく、
令和2年3月下旬以降は、
自らも食事や睡眠が相当不足している状況にあり、
判断能力も低下していた中で、共犯者の指示に従わざるを得ないと考えて本件犯行に及んだものと認められる。しかも、被告人は、共犯者の機嫌をうかがいながら、許される範囲で被害者に食事を与え、不十分ながらもその責任を果たそうとしていたのであるから、自らの楽しみを優先させて子供を虐待したり放置したりした事案
などとは責任非難の度合いが全く異なる。被告人は、共犯者から、数々の嘘により経済的に搾取され、心理的にも支配されており、生活全般を共犯者から実質的に支配されていた。被告人には被害者としての側面もあり、このことが本件犯行に及んだ主な要因となっていたことからすると、本件犯行における被告人の意思決定を強く非難することはできない。

しかし、子供に十分な食事を与えることは、同居親として絶対に果たさなければならない本質的かつ基本的な責任であり、まして、被告人は、本件犯行当時被害者が、長期間にわたって極めて不十分な食事しか与えられず、異常に痩せ細っていたことや、繰り返し激しい頭痛を訴えるなど体調不良に陥っていたことを明確に認識していた上、自身のスマートフォン内に共犯者に対する不満を記すなど、自分
で考えたり判断したりする能力は残されており、共犯者が被害者に罵声を浴びせたり、食事を抜いたりすることが虐待だと認識していたというのであるから、当時、子供らと一緒に生活したいという気持ちが強く、共犯者の指示に背くことが困難な状況にあったことを踏まえてもなお、被告人は、親族に助けを求めるなどして被害者に十分な食事を与えるという生命・身体を保護する行動を取ることが期待可能で
あったとみるべきであり、その責任を果たせなかったことについては一定の非難を免れない。本件は、子に対する保護責任者遺棄致死事件の中で、極めて重い部類のものとはいえないが、執行猶予を付するほど軽い事案ということはできない。被告人の深い反省や悔悟の態度、我が子を失い、実名で全国報道がされるなどの一定の社会的制裁、母による支援の誓い等被告人の社会復帰のために酌むべき一般情状も考慮し、被告人には懲役5年の刑を科すのが相当である。
第3
1
当裁判所の判断
以上のような原判決の量刑判断は、当裁判所も支持することができ、懲役5
年の刑が重すぎて不当であるとはいえない。
2
所論は、本件は、非のない被告人が、共犯者からマインドコントロールを受
けていた結果、自己決定力が減弱し、行動選択の幅が非常に狭められていたという特殊な背景があり、かかる特殊性を考慮すれば、被告人は、被害者が体調不良に陥っていたことや、共犯者の被害者に対する行為が虐待であることを十分に認識していたとはいえない、被告人は、自身のスマートフォン内に共犯者に対する不満を記しているが、これは共犯者や背後のボスの指示を受け入れていることを前提とした
感情であり、また、母親として被害者らを思う情愛や共犯者への不満という感情を抱くことは、心理的支配により適切な行動選択ができない状態と両立するのであるから、このことをもって適切な行動選択ができたと評価はできない、被告人にとって、共犯者の許可なく、自由意思に基づいて行動選択をすることは、およそ期待し得なかったのであり、
生命・身体を保護する行動を取ることが期待可能であった

との原判決の評価は、本件の特殊性、被告人が受けた心理的支配の影響を十分に考慮していない誤ったものであり、被告人は、適切な行動を選択することの期待可能性が極めて減弱していた、という。
しかしながら、原判決も、前記第2の2

のとおり、被告人は、判断能力が低下

した中で、共犯者の指示に従わざるを得ないと考えて本件犯行に及んだと考えられることなどから、
被告人の意思決定を強く非難することはできない旨説示しており、これは、所論の指摘する本件の特殊性、すなわち被告人が共犯者から受けた心理的支配の影響を十分に考慮しているものとみることができる。そして、そのような特殊性が背景にあり、
共犯者からの心理的支配の影響下にあったとしても、
被告人は、
被害者が体調不良から、頭が痛いなどと訴えるのを聞いたり、被害者の体を拭いた時に異常に痩せ細っていることを認識したりしていたのであるから、被害者の要保護状態の把握はできていたといえる。また、被告人は、そのような影響下においても、共犯者に対する不満をメモに残したり、自らの判断で電話をかけるなどの行動をとったりすることもできていたのであるから、被害者の生存に必要な程度の保護はなし得たというべきである。そうすると、当時、共犯者の指示に背くことが困難な状況にあったことを踏まえてもなお、
親族に助けを求めるなどして被害者の生命


身体を保護する行動を取ることが期待可能であった、とする原判決の説示に不合理な点はない。
3
所論は、①本件は、被告人が常に被害者ら子供の食料を得るために共犯者の
指示に従っていたという特殊な背景があり、他の虐待事案とは異なるところ、被害者の父、被告人の母や姉、長男は、いずれも被告人の処罰を望んでいない、②被告人には、共犯者からマインドコントロールを受けていたという被害者としての側面があり、共犯者による心理的な支配の影響が強く残る被告人の更生のためには、一日も早い社会復帰が必要不可欠である、③共犯者の支配欲の犠牲になった被害者でもある被告人を実刑に処することは被告人の責任非難の程度に照らし相当ではない、といったことからすると、原判決の量刑は重すぎる、という。

しかしながら、
所論①については、
原判決は、
本件が、
他の虐待事案とは異なり、
被告人が生活全般を共犯者から実質的に支配されていた被害者としての側面があることなどを踏まえて犯情を評価した上、被告人の母の支援の意向等の一般情状も考慮し、懲役5年が相当である旨説示しており、被害者の親族らが被告人の処罰を望んでいないことは、当然、量刑判断の前提としていると考えられる。
所論②については、刑罰の基本は行為責任であるから、被告人の更生のために一日も早い社会復帰が必要であるからといって、それだけで刑を軽くすべき事情があるとはいえない。所論③については、本件犯行の客観面の悪質さに加え、生活全般を共犯者から実質的に支配されていた被告人の本件犯行における意思決定を強く非難できないことなども踏まえて、本件の犯情を評価した原判決の判断に不合理な点はなく、所論のように、責任非難の程度の低さを殊更に強調する見解にくみすることはできない。論旨は理由がない。
第4

結論

よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を適用して、主文のとおり判決する。令和4年11月9日
福岡高等裁判所第1刑事部

裁判長裁判官

松田俊哉
裁判官

今泉裕登
裁判官

山田直

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