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傷害致死被告事件
事件番号令和4(う)25
事件名傷害致死被告事件
裁判年月日令和4年9月8日
法廷名広島高等裁判所
結果棄却
原審裁判所名山口地方裁判所
原審事件番号令和3(わ)13
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-09-08
情報公開日2022-12-01 04:00:37
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令和4年9月8日宣告

広島高等裁判所

令和4年(う)第25号

傷害致死被告事件

原審

山口地方裁判所令和3年

第13号

主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中140日を原判決の刑に算入する。
理1由
本件控訴の趣意は、弁護人中島克浩作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に記載されているとおりであるからこれらを引用する。控訴理由は、訴訟手続の法令違反、事実誤認及び量刑不当である。

2
原判決が認定した犯罪事実の要旨は、以下のとおりである。
被告人は、令和2年11月23日午後7時35分頃から同月24日午前3時32分頃までの間に、山口県下松市内の祖父(以下Aという。)方において、睡眠薬を服用の上、Aと飲酒しながら会話していたところ、何らかの事情により被告人に腹を立てたAが被告人に向けて包丁を突き付けてきたので、身の危険を感じて、
憤激するとともに自己の身体を防衛するため、
防衛の程度を超え、(当
A
時85歳)に対し、以下の行為を行った。
被告人は、上記のとおり包丁を突き付けてきたAに対し、何らかの暴行を開始し、さらに、その過程でAの手が被告人の右目付近に当たったことに腹を立て、Aに対し、多数回にわたり、その顔面、頭部等を拳で殴るなどの暴行を加え、よって、
Aに硬膜下出血、
くも膜下出血等の傷害を負わせ、
同日午前4時55分頃、
同市内の病院において、Aを上記傷害により死亡させた。
なお、
被告人は、
本件犯行当時、
飲酒等の影響により心神耗弱の状態にあった。

3
訴訟手続の法令違反の論旨について


論旨は、要するに、原裁判所は、第1回公判前整理手続以降、原審弁護人に対し、

発達障害(正確には発達障害の傾向であるが、以下、単に「発達障害


という。)が被告人の平素の人格に影響を与えた点につき、犯情として主張するのか一般情状として主張するのか」について釈明を求めるべきであったにもかかわらず、これを行わず、発達障害が被告人の平素の人格に影響を与えた点を犯情事実として主張立証させなかったものであるから、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというものである。


そこで、
記録を調査して検討すると、
原審の審理経過は以下のとおりである。
公判前整理手続中の令和3年6月4日の第4回打合せにおいて、原審検察官は、被告人の責任能力について完全責任能力に近い心神耗弱であった旨を主張する予定であることを明らかにし、原審弁護人は、同月24日、予定主張についてと題する書面を提出し、被告人の責任能力について心神喪失寄りの心神耗弱であった旨を主張することなどを明らかにした。
さらに、
原審弁護人は、
同年7月5日の第5回打合せにおいて、被告人の発達障害が平素の人格や本件犯行に影響を与えている点につき8月6日までに予定主張書面を提出するとされたことを受けて、同年8月6日、
予定主張について⑵と題する書面(以
下予定主張記載書面⑵という。)を提出し、被告人が自閉症スペクトラム障害(ASD)及び注意欠陥多動性障害(ADHD)を有しており、これらの発達障害は被告人の責任能力に直接的な影響を与えているものではないが、被告人の人格形成に影響していることなどの主張を明らかにした。同月16日の第6回打合せにおいて、原審弁護人は、被告人の有する発達障害が被告人の平素の人格に影響を与えた点につき、犯情として主張するのか、一般情状として主張するのかを同年10月6日の次回打合せまでに明らかにすることとなった。同月5日、原審弁護人は、発達障害の本件訴訟における位置づけについてと題する書面(以下予定主張記載書面⑶という。)を提出し、

発達障害については、責任能力の問題と切り離し、一般情状として主張立証する

本件における責任能力の有無程度の問題は、アルコールと睡眠剤を同時に摂取した影響により被告人が複雑酩酊状態に陥っていたことにある

被告人の人格の問題点(粗暴性や易怒性)については、再犯のおそれという点で論ずることになるが、弁護人は、被告人の人格形成と発達障害との関連性について説明した上で、その解決策としての更生支援計画の必要性と効果について主張立証する予定であるとの主張を明らかにするとともに、同月6日の第7回打合せにおいても、発達障害が被告人の平素の人格に影響を与えた点につき、一般情状として主張すると述べた。また、原審弁護人は、同年11月16日、被告人が発達障害を有しており、その二次障害として不眠等の症状を呈するようになった機序や、社会復帰後に必要とされる支援の内容等を立証趣旨とする社会福祉士(以下Sという。)作成の支援計画書の取調べ及びSの証人尋問を請求した。同年12月28日の第2回公判前整理手続期日において、原審検察官は、Sの証人尋問で原審弁護人が示す予定の資料には、被告人の有する障害が本件犯行に与えた影響について触れている部分があり、医師でない証人に専門外のことを供述させるのは相当でないとの意見を述べた。これに対し、原審弁護人は、被告人の有する障害の特性は、適切な更生支援計画を策定する上で前提となるものであり、触れざるを得ないと述べた。原審裁判長は、更生支援計画の前提として被告人の障害の特性に触れることはやむを得ないが、被告人の障害が本件犯行に与えた影響について触れることは責任能力について証人に述べさせることになり相当でないと述べた。
令和4年2月3日の第4回公判前整理手続期日において、本件につき過剰防衛が成立すること、被告人が犯行時心神耗弱にあったことは争いがなく、争点は量刑と整理された。また、起訴前鑑定人(以下Pという。)の証人尋問は既に採用されていたが、上記期日において、改めて請求された上記支援計画書の一部(写し)等関係書証のほかSの証人尋問が採用され、公判前整理手続が終了した。
同月7日の第1回公判期日の冒頭陳述において、原審弁護人は、被告人の有する発達障害は本件について影響を及ぼしていない旨主張した上で、発達障害
の特性がスムーズな社会復帰を妨げることなく、治療に専念できるよう環境を整えるために、Sによる支援計画が策定されていることなどを主張し、同月17日の第4回公判期日の原審弁護人の弁論においてもその主張が変更されることはなく、弁論は終結した。


所論は、予定主張記載書面⑶について、①発達障害により形作られた粗暴性や易怒性について再犯のおそれという一般情状の観点から論じるとされているが、この主張は、被告人の発達障害が本来の人格の形成を通じて犯行に影響しているという趣旨にとることができる、②更生支援計画は、犯行の動機を分析し、その結果に対する手当をすることで再犯可能性を減少させるというものであり、その分析結果は犯行の動機や経緯といった行為責任につながる犯情事実として扱われるのが通常であることから、発達障害の存在を本件犯行の経緯という犯情事実として主張するものと理解することができ、原裁判所は、改めて、発達障害が被告人の平素の人格に影響を与えた点につき、犯情として主張するのか、一般情状として主張するのかについて釈明を求めるべきであったと主張する。
しかしながら、所論が指摘する予定主張記載書面⑶は、第6回打合せにおいて、原審弁護人が、予定主張記載書面⑵では犯情なのか一般情状なのか必ずしも明らかでなかった、発達障害が被告人の平素の人格に影響を与えたという点につき、犯情として主張するのか、一般情状として主張するのかを明らかにするとされたことを受けて提出されたものであり、予定主張記載書面⑶には、発達障害については一般情状として主張立証することが明言されていることや、それ以降、原審弁護人は、原審公判手続終了に至るまで、一貫して、発達障害に関しては犯情ではなく一般情状の観点から主張立証していることを考慮すると、予定主張記載書面⑶は、所論のいうような発達障害を犯情事実として主張する趣旨のものとは解されず、原裁判所に所論が指摘するような釈明義務があると解する余地はない。



所論は、第2回公判前整理手続期日において、Sの証人尋問に関して整理が行われた際、原裁判所は、原審弁護人の予定している尋問が、従前の発達障害は心神耗弱に直接影響しないという予定主張と相反するものと理解したのであるから、改めて、発達障害の影響につき、犯情として主張するのか、一般情状として主張するのかについて釈明を求め、適切な争点及び証拠の整理を行うべきであったにもかかわらず、これをせず、違法な主張立証制限を行ったと主張する。
しかしながら、上記のとおりの原審弁護人の主張内容に加え、Sの証人尋問の立証趣旨にも発達障害が本件犯行に与えた影響に関する事項は含まれていないことに照らすと、所論のいうような、原審弁護人が従前の予定主張と異なり発達障害の影響を犯情として主張し、この点の解明を求める意図であったとは解されない。したがって、原裁判所に所論が指摘するような釈明義務違反はないことはもとより、Sの証人尋問の立証趣旨に沿ってSに対する尋問事項を制限した原裁判所の措置に違法はない。


4
所論はいずれも採用できず、論旨は理由がない。
事実誤認の論旨について



論旨は、要するに、被告人には、犯行当時、ASD及びADHDに基づく二次障害が存在し、その精神病的症状が犯行に影響を与えた可能性を否定できないところ、原判決は上記二次障害が犯行に影響を与えていないことを前提に判断しているから、原判決には重要な犯情事実について判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというものである。
そこで、記録を調査して検討する。



原判決は、被告人の発達障害が本件犯行に与えた影響の有無について言及していないが、原審の公判前整理手続において、被告人の発達障害については再犯のおそれと更生支援という一般情状の観点からの主張と整理され、原審弁護人が請求したSの証人尋問の立証趣旨も更生支援の観点からのものとされて
いること、Pは原審において発達障害は本件犯行に直接影響していないと供述し、原判決はその信用性を特段否定していないことに照らすと、原判決は、被告人の発達障害について、少なくとも犯情の評価に当たり考慮していないものと解される。


そこで検討すると、Pは、
原審において、
以下のとおり供述している(以下、
Pの原審供述をP供述という。)。
被告人は本件犯行時においてアルコール依存症にり患し、また、ASD及びADHDの傾向があった。ASD及びADHDは、平均的なところからの偏りがある人格的な特徴である。ASDは、共感性が乏しかったり状況を読む力が弱かったりして社会に適応できない、言葉どおりにしか伝わらないなどコミュニケーションに障害がある、こだわりが非常に強いなどの性質がある。ADHDは、不注意や多動が目立つという性質がある。被告人については、年少の頃にASDやADHDの傾向が目立っておらず、社会でストレスが掛かった状態でその傾向が明らかになってきているので、軽症と判断される。ASD及びADHDには、その性質上、社会に適応しにくかったり、ストレスが多かったりするため、二次障害として、抑うつ、意欲の低下、不安、不眠等が生じることがある。被告人には二次障害の症状があり、その特徴は、不安が強いこと、不眠、他責的なうつ病の傾向があったことである。被告人の二次障害の程度は軽く、服薬でコントロールされていた。ASD及びADHDの傾向は本件犯行に直接影響していない。本件当時、被告人の血中アルコール濃度は2.2~2.9㎎/㎖と推定され、被告人は飲酒と睡眠導入剤の服用により複雑酩酊の状態にあり、これにより、意識の混濁した状態で興奮や攻撃性が長時間続いたことが本件犯行に影響した。Pは、精神科医として十分な知識と経験を有し、鑑定の経験も多数有している。本件の起訴前鑑定に当たり、捜査資料を検討し、被告人に対し各種検査や診察を行った上で診断をしており、鑑定手法や結論に至る判断過程に特段不合
理な点や疑わしい点はなく、P供述は基本的に信用できるものといえる。⑷

そして、P供述その他の関係証拠によれば、本件の経緯ないし犯行について見ると、被告人は、離婚したことの報告がてらAと酒を飲むことなどを考えてA方に行き、Aと昔の話などをしつつ飲酒し夕食をとるなどする中で、何らかの事情により被告人に腹を立てたAから包丁を突き付けられたことから、身の危険を感じ、Aに対し何らかの暴行を始め、その過程でAの手が被告人の右目付近に当たったことに腹を立て、多数回にわたり、顔面、頭部等を拳で殴るなどの暴行を加え続けたものであり、被告人は、本件当時、飲酒と睡眠導入剤の服用により複雑酩酊の状態にあって、意識の混濁した状態で興奮や攻撃性が長時間続いたことが本件犯行に影響したものと認められる。
他方、P供述によれば、ASD及びADHDは人格的な特徴であり、その内容は、社会への不適応やコミュニケーションの障害、こだわりの強さ、不注意や多動といったものであるところ、これらは本件犯行に直接影響を与えるようなものとは解されないし、被告人のASD、ADHDの傾向は軽症であり、被告人の二次障害の特徴は、不安の強さ、不眠、他責的なうつ病の傾向といったものであるが、これらの症状は、上記本件の経緯に係る被告人の言動や犯行に直接影響を及ぼし得るものとは考え難い。
そうすると、被告人の発達障害の本件犯行への影響が仮にあったとしても、それは量刑を左右するほどに有利な犯情とはいえないのであるから、これを犯情の評価に当たって考慮していない原判決に、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認はない。



所論は、被告人は、本件当時離婚成立直後であったこと、服薬について即時に適切な相談を受けられない状況にあったことなどから、十分に眠れておらず、二次障害の一つである不眠をコントロールできない状況にあったのに、Pはこの状況を過小評価して二次障害をコントロールできていたとしているから、Pの鑑定には前提事実に誤りがあり、P供述は信用できないと主張する。
しかしながら、Pは、起訴前鑑定において、鑑定留置により入院していた被告人の状態や被告人から聴取した内容、各種検査の結果、取調べ状況を録音録画したDVDその他捜査記録を検討の上、被告人には不眠等の二次障害の症状があったが、その程度は軽く、服薬でコントロールされていたと判断したものと解され、所論指摘の点は、P供述の合理性に直ちに疑問を抱かせるものではない。所論は、被告人が本件当時十分に眠れていなかったという二次障害があった根拠として、被告人の同旨の原審供述を挙げるが、他方で、被告人は、原審において、薬と酒を併用したらよく眠れたので、薬を飲んで眠れないことがあると酒を飲んでおり、そうするとよく眠れた旨の矛盾する供述をしているところであり、その点に関する被告人の供述自体信用できないし、仮に後者の供述が信用できるというのであれば、結局本件当時よく眠れていたのであって、不眠の症状を抱えていたとはいえず、いずれにしても所論は前提を欠くものというほかない。
仮に、被告人が本件当時不眠の症状を抱えていたとしても、上記のとおり、本件犯行に至る経緯及び犯行状況に鑑みると、被告人が不眠やそれによるいら立ち、
焦燥感等の影響を受けて本件犯行に及んだことはうかがわれず、その他、発達障害の二次障害としての抑うつや不安が本件犯行に影響していることもうかがわれないから、この点に関する前提事実の違いは、発達障害が本件犯行に直接の影響を与えていないというP供述の信用性を左右するものではない。したがって、発達障害の二次障害の影響を犯情の評価に当たり考慮していない原判決の判断が不合理とはいえない。


次に、所論は、①被告人には、過去の交通事故による受傷で高次脳機能障害が生じていた疑いがあり、また、②捜査段階でPが作成した精神鑑定書によれば、被告人には年齢に比して軽度の脳委縮が見られるから、これらが責任能力等に影響を及ぼした可能性があると主張する。
しかしながら、上記①及び②は、原審記録及び原審において取り調べられた
証拠には現れていない事実である。
所論は、これらの事実は、原審までの鑑定での検討不尽により顕出できなかったもので、例えば高次脳機能障害については、事故による受傷歴を膨大な開示済み医療記録から検討することは困難であるから、刑訴法382条の2第1項のやむを得ない事由があるとの趣旨の主張をする。しかしながら、本件については、原審において公判前整理手続を経ており、上記医療記録を含む関係証拠が原審弁護人に開示された上で、約1年間にわたって争点及び証拠の整理が行われたものであり、それにもかかわらず、原審において①及び②に関する主張立証はされていないのであるから、上記やむを得ない事由は認められない。したがって、①及び②については、事実誤認を理由付ける事実として援用することは許されない。

5
所論はいずれも採用できず、論旨は理由がない。
量刑不当の論旨について



論旨は、被告人には犯情面で有利に考慮すべき事実があり、原判決が設定した量刑の大枠も不当である上、一般情状も考慮すると、原判決の量刑は重過ぎて不当であると主張する。
そこで、記録を調査して検討する。



原判決は、量刑の理由において、要旨、次のとおり説示する。

暴行の態様は、高齢で小柄であり、日常生活においてつえをついて歩行するくらい筋力が衰えていたAに対し、その頭部や顔面等を相当時間にわたり多数回殴打するというものである。頸椎や胸骨の骨折が生じ、義歯が脱落しており、相当に強い力で殴打が行われた。助けを呼ぶこともできない屋内での犯行であったことも踏まえると、犯行態様は、死亡の結果が発生する危険が相当に高い。Aの死亡という結果は重大であり、Aが相当時間にわたって悲痛な叫びやうめき声をあげる程の苦痛を受けている点も看過できない。被告人によってAの生命が余儀なく奪われたことによる遺族の悲しみも深い。

本件には過剰防衛が成立するが、量刑の上で、これを刑を減軽する事情として評価することはできない。
Aの急迫不正の侵害は、包丁を被告人に対して突き付けるというものである。包丁には相当程度の殺傷能力が認められるものの、被告人とAに体格差があることやAが高齢で筋力も衰えていることからすると、被告人においてAから包丁を取り上げたりすることは容易にできたと考えられ、Aの上記行為は、被告人の生命や身体を害する危険性が大きいものとは評価できない。どの時点かは定かではないものの、Aの手が被告人の右目付近に当たった事実が認められるが、これを踏まえても被告人の生命や身体を害する危険性が大きいものとはいえない。
このようなAの急迫不正の侵害に対し、
被告人は上記の暴行を行っている。
特に、午後10時31分頃の時点では、Aが既に包丁を持っておらず、出血してぐったりしている状況が認められるが、その後も被告人は多数回にわたりAを殴打している。そうすると、被告人のAに対する殴打行為は、Aの急迫不正の侵害に対して防衛の限度を超えた程度が著しく、過剰防衛が成立することによって、
本件犯行の違法性を大きく減少させるようなものではない。


本件犯行当時、被告人は、多量の飲酒や睡眠薬の服用によって複雑酩酊状態に陥り、その影響で心神耗弱の状態であったが、その複雑酩酊状態は、被告人自身が飲酒をしたことや睡眠薬を服用したことにより招いたものであり、自身ではコントロールができない統合失調症等の狭い意味での精神疾患による心神耗弱と同様に評価をすることはできない。被告人が本件犯行当日に飲酒をしたことにはアルコール依存症が影響しているが、被告人は平成28年にアルコール依存症と診断された後も、当時の妻らの支援を顧みず、その治療を放棄しているのであるから、複雑酩酊状態を生じる過程においてアルコール依存症が影響しているとしても、そのことを被告人に有利に考えることはできない。被告人は、本件犯行に至るまでの間にも、飲酒の上で粗暴な行
動に及ぶなどしており、本件犯行当時においても、飲酒をすれば同様の状況に陥ることは十分に予測が可能であった。それにもかかわらず、多量の飲酒をしたことにより複雑酩酊状態に陥ったのであるから、同状態に陥ったことについては、被告人にも責任がある。被告人が心神耗弱であったことによる刑の減軽は一定程度にとどまる。

以上を踏まえると、本件は、同種の傷害致死事案(共犯関係等:単独犯、被告人から見た被害者の立場:その他の親族)の中でも中程度に位置付けられ、被告人に対する刑に執行猶予を付けることができる事案ではない。その上で、弁護人が主張する一般情状について検討すると、被告人は、本件犯行について一応の反省の言葉を述べているものの、本件犯行の原因が酒に酔っていたことであるかのように述べるなど、本件犯行を自分自身の問題として考えることができておらず、反省が深まっているとはいえないし、被告人の社会復帰後における更生支援の計画が立てられてはいるものの、これまでの被告人の生活状況等に照らすと、その実効性については予測し難い。このような一般情状に関する評価も踏まえ、被告人を求刑どおり懲役5年の刑に処する



以上の原判決が挙げる量刑事情の認定、評価及びそれに基づく刑の量定に不合理な点はなく、被告人を懲役5年に処した原判決の量刑が重過ぎて不当ということはできない。



所論は、①発達障害に基づく二次障害が犯行に影響した可能性という重要な犯情事実について事実の誤認があること、②複雑酩酊には睡眠薬服用も影響しているところ、犯行当時の被告人は二次障害の不眠をコントロールできておらず、離婚のストレスなどから事件当時眠れず、睡眠薬とアルコールの同時摂取はやむを得ない対処法であったから、犯行当時睡眠薬とアルコールを同時摂取したことを非難し難いこと、③原判決はアルコール依存症の影響を治療放棄の落ち度をもって有利に考えないとしているが、発達障害を有する者は依存症に
なりやすいという特性があり、被告人には自分の意思で左右できない発達障害によりアルコール依存になりやすいという特性があるから、複雑酩酊を生じる過程に治療放棄をしたアルコール依存症の影響がある点をもって、同依存症の影響を有利に考えないというのは不当であること、④原判決は過去に被告人が飲酒の上で粗暴な行動に及ぶなどしていたから犯行当時飲酒をすれば同様の状況に陥ることは十分に予測可能であったとしているが、本件は過去のトラブルとは異質なものであり、睡眠薬とアルコールの同時摂取により複雑酩酊に至るという認識も一般に共有されていないことから、心神耗弱による刑の減軽が過少であると主張する。
しかしながら、①について見ると、上記のとおり、発達障害に基づく二次障害は、本件犯行に直接影響したとはいえず、量刑を左右するほどに有利な犯情とはいえないから、犯情の評価に当たりこの点を考慮していない原判決の判断が不合理ということはできない。
②について見ると、
被告人は、
原審において、
睡眠薬や精神安定剤を飲んで酒を飲んではいけないことを薬剤師から言われていたと供述しており、睡眠薬等の薬物と酒の同時摂取が禁止されていることを認識し、実際そのような同時摂取をして自殺未遂その他のトラブルを起こしてきたのであるから、所論のいうような事情は、被告人に対する非難可能性を減少させるものではない。③について見ると、原判決は、被告人がアルコール依存症にり患していたこと自体を非難しているのではなく、その治療を放棄していたことをもって、複雑酩酊状態を生じたことにつきアルコール依存症の影響があることを有利に考慮しないと説示するのであるから、所論は失当である。④について見ると、所論の挙げる過去のトラブルが、飲酒の有無や相手方に対する攻撃の危険性の程度において本件とは同等に論じられないものであるとしても、被告人は、原審において、これまで酒を飲んで元妻の前で物を投げたり壁を殴ったりし、酒と睡眠導入剤を一緒に飲んでスーパーマーケットで見知らぬ人にけんかを売ったりし、Aとも飲酒の上で殴り合いのけんかをしたりし
たことを認める供述をしており、少なくとも、被告人にとって、飲酒した際又は飲酒と薬物を併用した際に粗暴な行動に及ぶことがあることは経験上の事実であったから、本件犯行当時において、飲酒をすれば同様の状況に陥ることは十分に予測が可能であったとする原判決の認定判断に誤りはない。⑸

所論は、被告人の非飲酒時の人格、すなわち発達障害により形づくられた衝動性も本件犯行に影響を与えており、それは本人の自由意思によって左右し難いものであるから、責任を減少させる事由であると主張する。
しかしながら、P供述によれば、被告人の発達障害は軽症であって、その二次障害については、被告人の特徴は、不安の強さ、不眠、他責的なうつ病の傾向というものであり、その程度は軽く、衝動性については特段言及されていないことに照らすと、被告人に二次障害として衝動性があったとしても、それが甚だしいものであったとは解されない。
そして、
原審記録によれば、
被告人は、
本件犯行において、包丁を所持していないAに対し長時間にわたり暴行を行い、その間には、被告人がAに対して右目を傷付けた代償として幾ら払うのかなどと追及したり、Aに顔面の血を洗わせたりするなどし、また、Aを追及する状況をスマートフォンで記録するなどしているのであって、衝動的な犯行とはいい難いものであることに照らすと、仮に被告人に発達障害に起因する衝動性があったとしても、それが本件犯行に大きな影響を与えたことはうかがわれない。したがって、発達障害に起因する衝動性の影響について犯情の評価に当たり言及していない原判決の判断が不合理とはいえない。



所論は、原判決は、Aから包丁を取り上げたりすることは容易であったことなどから、被告人の防衛の限度を超えた程度が著しいとして過剰防衛を量刑の上で刑を減軽する事情としなかったが、Aは、17㎝の包丁を所持し、目の前五、六十㎝のところにいたこともあったから、恐怖、パニックなどから、包丁を取り上げることが容易であったとはいい難く、原判決の評価には誤りがあると主張する。

しかしながら、被告人が包丁を所持するAと対じした際、当初は恐怖やろうばいなどによりすぐに合理的行動に出ることができなかったとしても、Aは高齢で日常生活においてつえをついて歩行するくらい筋力も衰えていることに照らすと、いずれかの段階で包丁を取り上げることはたやすいことであったと考えられるところ、それにもかかわらず、被告人は、Aが既に包丁を持っておらず、出血してぐったりしている状況の後も、多数回にわたりAを殴打しているのであるから、原判決が包丁を取り上げることが容易であったとし、これも一つの事情として、被告人の防衛の限度を超えた程度が著しいとしたその判断が不合理とはいえない。


所論は、これまでの主張のとおり、本件には責任を減少させる事情及び違法性を減少させる事情があり、これを前提にすると本件は同種事案の中では軽い部類に属するから、原判決の量刑の大枠が不当であると主張するが、上記のとおり犯情に関する所論はいずれも採用できず、本件を同種の傷害致死事案(単独犯、被害者の立場はその他の親族)の中で中程度と見た原判決の判断が不当とはいえない。



その他、所論は、①被告人は自身のアルコール依存症の重大さを痛感し、絶対に飲酒してはならないという意思を備えている上、実父は身元保証人を求められたらできる限り協力すると述べるなど一定の協力の意思を示しているから、更生支援計画について実効性が予測し難いとする原判決の評価は誤りである、②被告人には犯行時の記憶がなく、ASDの影響により言語化が難しく反省の態度が表れにくいことなどから、反省が深まっていないとした原判決の評価は不当であるとして、原判決の量刑が不合理であると主張する。しかしながら、①について見ると、被告人の内心の推知と将来予測を含むものであり、裁判員を含む裁判体の自由な心証に委ねられる部分が大きい上、実父の協力も限定的なものであるから、所論の指摘を踏まえても、これまでの被告人の生活状況等に照らし、更生支援計画の実効性について予測し難いとした
原判決の判断が不合理とまではいえない。②について見ると、原判決は、飲酒をすれば粗暴な行動に及ぶなどの状況に陥ることは十分予測可能であったのに、あえて多量の飲酒をしたことにより複雑酩酊に陥ったことを前提に、被告人において、犯行の原因が酒に酔っていたことであるかのように述べるなど、犯行を自分自身の問題として考えることができていないなどの具体的な根拠を挙げて、反省が深まっているとはいえないと判断したものであり、その判断は、裁判員を含む裁判体の健全な市民感覚を反映した合理的なものであって、これが不当であるということはできない。


所論を全て検討しても、被告人を懲役5年に処した原判決の量刑が重過ぎて不当とはいえない。
論旨は理由がない。

6
弁護人は、原判決後の情状として、原判決を踏まえて、広島市内の地域資源を活用した支援計画を再検討しており、被告人の同意の下、同市内の社会福祉士の協力を得られる見通しが立ったこと、
長期勾留によりアルコール依存度が軽減し、
再犯可能性が低減していること、長期間の身柄拘束により、不眠、耳鳴り、幻聴の症状が生じたり、自傷行為と思われる行為を行うなど悪影響が生じていることを主張するが、仮にそれらの事実があるとしても、いずれも行為責任とは直接関係しない一般情状にとどまり、量刑上考慮するにも限度があるものであり、いまだ原判決を変更すべきものとは思われない。

7
よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
令和4年9月12日
広島高等裁判所第1部

裁判長裁判官


裁判官

裁判官

波宏仁富張真紀家入美香名
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