判例検索β > 令和4年(う)第131号
傷害、傷害致死被告事件
事件番号令和4(う)131
事件名傷害、傷害致死被告事件
裁判年月日令和4年9月28日
法廷名名古屋高等裁判所
結果棄却
原審裁判所名岐阜地方裁判所
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-09-28
情報公開日2022-11-18 04:00:08
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主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中130日を原判決の刑に算入する。

第1


事案の概要及び控訴の趣意

本件は、介護老人保健施設A(以下本件施設ともいう。)の介護担当職員であった被告人が、①平成29年8月12日午後3時14分頃から午後3時15分頃までの間、本件施設2階療養室204号室において、入居者(当時87歳の女性、以下第1被害者という。)に対し、その頸部を左右から圧迫し、胸部を圧迫する暴行を加え、甲状軟骨左右上角骨折、多発胸骨骨折、多発肋骨骨折、右肺上葉前縁部の挫裂等の傷害を負わせて、同月13日午後9時30分頃、救急搬送先の病院において、
右肺挫裂に基づく外傷性右血気胸により死亡させ
(原判示第1。
以下
第1事件ともいう。)、②同月15日午後2時11分頃から午後2時14分頃までの間、本件施設2階療養室214号室において、入居者(当時91歳の女性、以下第2被害者という。)に対し、その頸部を左右から圧迫し、胸部を圧迫する暴行を加えて、全治約2か月を要する両肋骨骨折、両側外傷性血気胸、頸部・胸部挫傷の傷害を負わせた(原判示第2。以下第2事件ともいう。)とされる事案である。
弁護人の控訴趣意は、訴訟手続の法令違反、各事件の事件性及び犯人性に係る事実誤認、量刑不当の各主張である。
第2
1
訴訟手続の法令違反の主張について
弁護人の主張の概要

弁護人は、
原裁判所が、
公判前整理手続において検察官が請求しなかった証拠
(原
審職第1ないし8号証)について、令和3年12月24日の原審第10回公判期日において、検察官に証拠提出を促し、令和4年1月11日の原審第11回公判期日において、弁護人の異議を却下して職権で採用し取り調べたが、約3年間に及ぶ公
判前整理手続を経て検察官からの請求もないにもかかわらず、裁判所が職権で取り調べることは著しく不公平であり、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるという。
2
当裁判所の判断


訴訟記録によれば、原裁判所は、令和3年12月21日の原審第8回公判
期日において、職権により、本件施設1階に勤務する相談員2名及びリハビリ担当職員1名の証人尋問
(立証趣旨は、
各職員の職務内容、
入居者・2階職員との関係、
事件当日の勤務状況等。原審職第1ないし3号証)を行うことにつき、当事者双方の意見を聴いた上(検察官は異議なし、原審主任弁護人は

異議がある。必要性なし

)、証拠決定し(刑訴法309条1項の異議申立てはない。)、原審第11回公判期日に喚問したこと、同月24日の原審第10回公判期日において、検察官に対し、捜査報告書抄本5通(平成29年1月から8月までの本件施設職員の勤務状況等に関するもの。原審職第4ないし8号証)の提示命令を発してその提示を受け、令和4年1月11日の原審第11回公判期日において、上記捜査報告書抄本5通につき、当事者双方の同意意見を聴いて採用し取り調べた後、上記証人3名を順次取り調べたことが認められる。なお、原審第11回公判期日において、当初の審理計画どおり被告人質問も行われ、予備日として先に指定されていた同月13日の公判期日は取り消された。
原裁判所が職権証拠調べに至った経緯をみると、検察官は、2階以外の階に勤務する職員(他階職員)に本件各犯行可能性がなかったことについても、2階職員の各証言により立証することを予定していたところ、原審第7回、第8回公判期日における2階職員の証人尋問等において、1階職員のうちリハビリ担当職員及び相談員については、2階療養室に一人で出入りしても必ずしも不自然ではないことのほか、
通常公休日である第1事件当日
(土曜日)
に出勤していたリハビリ担当職員
(B)
がいたことや相談員が2名勤務していること(C、D)等が明らかになったことが認められる。



裁判所は、公判前整理手続において当事者が証拠請求しなかったことにや
むを得ない事由が認められない証拠であっても、必要と認めるときに職権で証拠調べをすることを妨げられないところ(刑訴法316条の32第2項)、本件が傷害致死を含む重大事案であること、事件性のほか犯人性が争点とされ、上記の経緯で1階職員3名の本件各犯行当日の勤務状況等につき証人尋問をする必要性が高まったこと、
他方、
弁護人は当初から他階職員による犯行の可能性があることを主張し、2階職員の各証人尋問の際、その観点からの尋問も行っていたもので、本件職権証拠調べにより被告人及び弁護人の防御方針が大きく変更を余儀なくされたとはみられず、審理計画への影響といった弊害も大きくはなかったと認められることからすれば、
原裁判所による本件証拠採用決定が、
その裁量を逸脱したものとはいえない。
したがって、訴訟手続の法令違反をいう弁護人の主張は、理由がない。第3

事件性に係る事実誤認の主張について

1
弁護人の主張の概要

弁護人は、第1被害者及び第2被害者の各胸部損傷は、いずれも介助行為や自招行為等が原因になった可能性が極めて高いのに、暴行による外傷性骨折だけを念頭に置いた法医学者の鑑定意見(E及びFの各原審公判証言)を鵜呑みにして、いずれも故意による傷害であると認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるという。
2
原判決の判断の概要


傷害致死事件(第1事件)の事件性

原判決は、
第1被害者につき、
死亡の3日後に司法解剖をした医師
(E。

以下解剖医という。)及び関係資料を基に死因等を検討した医師(F。以下鑑定医という。)の各原審公判証言について、いずれも法医学の専門医としての知識、経験は十分で、説明はCT写真、解剖結果等を踏まえた合理的なものであり、おおむね一致しているから、十分信用できるとし、同証言等によれば、第1被害者の傷害、死因等は以下のとおり認められるとした。

(傷害、死因)

①多発胸骨骨折(第2肋間、第4肋間の2か所)、②
多発肋骨骨折(左3か所、右3か所)、③甲状軟骨左右上角骨折、④右肺上葉前縁部の挫裂創、外傷性右血気胸(折れた肋骨が肺を損傷し、右肺上葉前縁部に横約3cmの、前面から後面に向かい肺を貫通する挫裂創が生じ、その直後から大量の空気や血液が右肺に漏れ、外傷性血気胸が進行し、死因となった。)
(傷害の原因)

①は、胸部に少なくとも2回圧迫が加えられたと考え
られる。②のうち左2か所(❶中心の左方約5から7㎝の部位に第2から第5肋骨まで、❷中心の左方約8.5から11㎝の部位に第2から第7肋骨まで)と右1か所(❹中心の右方約3から8㎝の部位に第2から第6肋骨まで)は、それぞれ一直線上で骨折しており、それぞれの一直線上の骨折は同時に生じたと考えられる。前胸部の皮膚が広範囲にわたり紫赤色に変色し、
皮下に強い出血が見られることから、
胸部に対し前方から後方に向け強い圧迫が加えられたと考えられ、前胸部全体に皮下出血が広がっていることから、打撃や物の衝突は考えにくく、複数の胸骨、肋骨が骨折していることから、相当強い力、人の手指による場合、体重をかけるくらい大きな力での圧迫が必要である。③は、甲状軟骨の左右上角だけが骨折し、本体に損傷はないことから、頸部を左右から挟み込むように外側から内側に向けて強い圧迫が加わって生じたと考えられる。①から③までは、いずれも骨折、損傷部位周辺に新鮮な出血を伴っているから、同時期に新しく生じたと考えられる。イ
加えて、本件施設においては、平成28年1月1日から平成29年8月
22日までの間に入居者が体調不良や外傷で救急搬送された118件のうち、胸骨骨折、
肋骨骨折、
甲状軟骨骨折のあった事例は、
被害者らの2件を除いてないこと、
高齢者のリハビリテーションや看護師・介護士等への介助方法の指導等を業務として行っている者(G)が、介助で肋骨骨折を生じた事例は全く聞いたことがない旨証言していることをも併せると、第1被害者の上記傷害は、何者かが頸部を左右から相当強い力で圧迫するとともに、胸部を少なくとも2回相当強い力で圧迫する暴行を加えたことによって生じたと認めるほかなく、それ以外の原因によって生じた
現実的可能性はないとし、
それが故意によって行われたことは明らかであるとした。
ウ(犯行可能時間帯)

そして、上記⑴ア

の傷害が第1被害者の身体に及

ぼす影響等について、解剖医及び鑑定医の各原審公判証言によれば、多発胸骨・肋骨骨折、甲状軟骨左右上角骨折は、呼吸、飲食時に相当な痛みを伴い、外傷性右血気胸は、致命傷になり得る重篤なもので著しい呼吸困難を生じるから、苦痛や息苦しさを訴え、周囲の者が気付く異状が現れるはずであり、飲食は困難と認められるとし、そうすると、第1被害者が上記傷害を負ったのは、同人がおやつを食べて204号室に戻り、被告人ともう1名の2階職員(H)がベッドへの移乗を介助するなどした際、何ら異状に気付かなかった当日午後3時14分頃より後と認められ、他の2階職員2名(I、J)が最初に第1被害者の異状に気付いた午後4時30分頃までの間と認められるとした。


傷害事件(第2事件)の事件性

原判決は、上記のとおり信用できる解剖医(司法解剖の時期について、
原判決に令和元年10月15日とあるのは平成29年10月5日の明白な誤記と認める。なお、第2被害者は、平成29年10月3日誤嚥性肺炎により死亡した。)及び鑑定医の各原審公判証言等によれば、第2被害者の傷害及びその原因は以下のとおり認められるとした。
(傷害)

①左肋骨骨折(第4肋骨内側と第5肋骨外側)、②右肋骨骨
折(第3肋骨内側と第4肋骨内側)、③両側外傷性血気胸、④頸部・胸部挫傷(頸部の左右両側及び胸部に皮下出血、頸部前面に表皮剝脱)
(傷害の原因)

①の二つの骨折について、いずれも骨折部位に大きな
ずれが生じていることから、人の身体による加圧であれば、体重をかける程度の強い力で、左胸部側面を手の平等で強く圧迫する必要があり、左胸部側面を少なくとも1回強く圧迫し、左肋骨が折れるとともに右肋骨がたわんで折れたか、左右から胸部を少なくとも2回圧迫し、左右の肋骨が折れたと考えられる。④については、表皮剝脱は強く圧迫しないと生じず、(皮下出血が)左右にあることから、手指や
腕で頸部を左右から挟み込んだ上、外から内に向かって圧迫したことで生じたと考えられる。

加えて、上記のとおり、本件施設において過去に入居者が体調不良や外
傷で救急搬送された事例では、被害者らの2件を除いて肋骨骨折のあった事例がないことをも併せると、第2被害者の上記傷害は、何者かが頸部を左右から相当強い力で圧迫するとともに、胸部を少なくとも1回相当強い力で圧迫する暴行を加えたことによって生じたと認めるほかなく、それ以外の原因によって生じた現実的可能性はないとし、それが故意によって行われたことは明らかであるとした。ウ(犯行可能時間帯)

そして、上記⑵ア

の傷害が第2被害者の身体に及

ぼす影響等について、解剖医及び鑑定医の各原審公判証言によれば、左右の肋骨骨折は、呼吸、飲食時に相当な痛みを伴い、両側外傷性血気胸は、致命傷になり得る重篤なもので著しい呼吸困難を生じるから、苦痛や息苦しさを訴え、周囲の者が必ず気付く異状が現れるはずであり、飲食は困難と認められるとし、そうすると、第2被害者が上記傷害を負ったのは、被告人が214号室でオムツ交換をした際、何ら異状に気付かなかったという当日午後2時11分頃より後と認められ、他の2階職員(K)が最初に第2被害者の異状を認めた午後3時8分頃までの間と認められるとした。
3
当裁判所の判断


上記のような原判決の認定及び判断に、論理則、経験則等に照らして不合
理な点は認められない。
弁護人は、解剖医及び鑑定医の各原審公判証言について、解剖結果から判明することには限界があり、被害者らの胸部多発骨折の原因の解明は、骨折や骨粗鬆症に関する知識はもとより老人医学の知識を踏まえ、
被害者らの各受傷当日の介護状況、
様子、現病、既往歴、投薬歴等を含む受傷状況や背景因子等を十分把握した上でなされる必要があるのに、解剖医は解剖所見のみ、鑑定医も解剖医の鑑定書やCT画像等の限られた資料のみに基づき意見を述べている上、いずれも骨折や骨粗鬆症等
は専門外で本件施設の介護実態についても無知であることが、各証言内容からも明らかであるとして縷々論難し、被害者らの各傷害は、介護行為や自招行為等が原因になった可能性が極めて高いという。しかし、その主張は、原審弁護人の最終弁論における主張をほぼそのまま繰り返すものであり、同旨の主張を排斥して、被害者らの各傷害について、何者かが頸部を左右から相当強い力で圧迫するとともに、胸部を(第1被害者については少なくとも2回、第2被害者については少なくとも1回)相当強い力で圧迫する暴行を加えたことによって生じたと認めるほかなく、それ以外の原因によって生じた現実的可能性はないとした原判決の判断は、その理由として説示する点も含めて是認することができ、その余の弁護人の主張にも採用できるものはない。以下、若干補足して説明する。
⑵ア

まず、弁護人は、解剖医及び鑑定医による骨折部位に対する外力の加
え方や作用に係る説明が非合理的であるとして、以下のとおり主張する。①肋骨骨折において、直達外力による骨折と介達外力による骨折の違いは、外力の作用の仕方によるが(前者は作用部位が骨折し骨折端は胸腔内に向かうのに対して、
後者は作用部位から離れた部位が骨折し骨折端は外側に向かう。、)解剖医は、
外力の作用の仕方と作用面の広さを混同して、前者は作用面が狭い鈍体、後者は作用面が広い鈍体によって生じると説明し、第1被害者の一直線上の複数の肋骨骨折(前記2⑴ア

②❶❷❹)について、作用面が広い鈍体により胸部に対し前方から
後方へ向けた強い圧迫によって生じたと述べており、胸部前方からの作用面が広い鈍体による圧迫は、介達外力により圧迫部位の胸部前方から離れた胸部側面を骨折させるはずであるのに、圧迫部位が骨折するという矛盾が生じている。②鑑定医は、第2被害者の右第3、第4肋骨骨折(前記2⑵ア
②)について、

胸は一つの樽のようになっているので、左側を強く押すと、右の下の方もたわみ、変形することで折れるとして、左肋骨と右肋骨が同時に骨折した可能性について述べているが、直達外力によって骨折すれば、同時に別の部位を骨折させることはない上、右の下の方とは右第4肋骨よりも下部にある肋骨と思われるが、右側の
骨折部位は左側の骨折部位(第4、第5肋骨)より上の方である。しかし、①について、解剖医は、胸部を広い面が強く圧迫すると、複数の肋骨が折れ、ほぼ一直線上に並ぶという性質があることに加えて、肺などの臓器に損傷がないことから、上記2⑴ア

②❶❷❹の肋骨骨折は作用面が広い鈍体が

作用したと考えられるとしているのであって、圧迫部位自体に骨折がある(直達外力による骨折)としているわけではないし(他方、右肺上葉前縁部の挫裂は右第4肋骨の骨折端が刺さったものと考えられ、
右肺の他の部に損傷を認めないことから、
右第4肋骨には作用面の狭い鈍体も作用したと考えられるという。)、作用面が広い鈍体が前胸部に作用した場合に、外力の作用した部から離れた部に骨折が起きるとしても、それが必ず胸部側面であるはずであるともいえないのであって、証言内容を正しく理解することなく矛盾があるなどという弁護人の非難は当たらない。②について、解剖医の原審公判証言によれば、第2被害者の肋骨骨折は、骨折部位や形状において左側と右側で大きく異なること、すなわち、左第4肋骨内側と左第5肋骨外側の骨折が、各骨折部位に大きなずれを生じており、左第5肋骨外側の骨折は、治癒していた内側の骨折との両骨折端で挟まれた部位の骨が胸腔内に向かい約0.
7cmへこんでいたのに対して、
右第3肋骨内側と右第4肋骨内側の骨折は、
いずれも肋軟骨部の骨折で、後者の骨折端が胸腔内に向かい約0.6cmへこんでいたとはいえ、前者は通常の線状骨折であることに照らして、左側を強く押すことによって、右側がたわむことにより折れた可能性があるとの鑑定医の意見が不合理なものとはいえないし、右の下の方が直ちに右第4肋骨よりも下部にある肋骨をさすものとも解されない。弁護人のこの非難も当たらない。
そのほかにも弁護人は、解剖医及び鑑定医が、本件施設の看護・介護記録や救急搬送先の病院の診療内容等を検討することなく、直観で決めつけているなどと縷々論難するが、検討してみても採用できるものはなく、各原審公判証言について、法医学の専門医としての知識・経験が十分であることに加えて、その説明がCT画像や解剖結果といった客観的な資料を踏まえた合理的なものであり、おおむね一致し
ていることから、十分信用できるとした原判決の信用性評価に誤りはない。イ
また、弁護人は、①被害者らの骨が年齢以上にもろい骨であった
ことは明白である、
②第1被害者のように脊柱の後弯変形
(円背)
が強度になると、
非外傷性の胸骨骨折の原因となることがある、③第1被害者については、1日に何度も繰り返されるベッドと車いすとの移乗の際、職員の一人が背後から脇の下に手を差し込んで抱え込むことにより、慢性的に胸部に負荷がかかり続けていたし、第2被害者についても、両肋骨のずれや第5肋骨の骨折片による左肺損傷は、自招事故や移乗介助等で生じたと考えるのが合理的であるという。
しかし、①について、解剖医が各解剖時に骨を引っ張るなどして確認していることに照らして、第1被害者の胸骨や肋骨、第2被害者の肋骨の各弾性は維持されていたとした原判決の認定は是認できるものであり、骨のもろさが年齢相応か年齢以上かを論じること自体に意味はない。②は抽象的可能性の指摘にすぎず、解剖医が、第1被害者の背骨や腰椎に圧迫骨折の形跡がないことを確認していることからみても、弁護人の指摘は当たらない。③についても、原判決が、解剖医及び鑑定医の各原審公判証言等により、第1被害者は、複数の胸骨や肋骨が骨折していることから、相当強い力(人の手指による場合、体重をかけるくらい大きな力)での圧迫が必要であり、車いすとベッドの移乗や入浴等の介助に伴う負荷程度では生じないとし、第2被害者の左第4、第5肋骨骨折の各骨折箇所に大きなずれが生じていることから、人の身体による加圧であれば、体重をかける程度の強い力で、左胸部側面を手の平等で強く圧迫する必要があり、介助に伴う負荷程度やベッド上で起き上がろうとして倒れ胸部をベッド柵に当てる程度の力が加わっても生じないとし、弁護人指摘の可能性(原審弁護人も同旨の主張をしていた。)がないことは明らかであるとした判断は是認できる。

さらに、弁護人は、①第1被害者の甲状軟骨左右上角骨折につき、頸
部外表に特段の異状がなかったこと、頸椎に骨折等の損傷(第5頸椎下部の骨折、第4頸椎下面と第4・第5頸椎間椎間板との脱臼)が生じていることに加えて、第
1被害者のように強度の円背の場合、頭を起こして顔を上げようとすると頸部が過伸展状態になりやすいことからすれば、頸部の支えがない状態での入浴介助中に、甲状軟骨上角部に引っ張りの力が作用したと考える方が合理的である、②原判決は、
鑑定医の原審公判証言により、第2被害者の

頸部の左右両側に皮下出血、頸部前面に表皮剝脱

が生じていたと認定し、頸部を左右から挟み込んだ上、外から内に向かって強く圧迫したことの根拠としているが、当日最初に異状に気付いた2階職員(K)は、(頸部の左右2か所に)親指くらいの大きさの内出血があった旨供述し(原審第6回公判証言)、施設長(医師)の指示で塗布したのも抗炎症作用等のある薬であったこと、鑑定医が資料とした頸部の写真は、看護介護部長(L)が個人所有のタブレットで撮影したもので、解像度が低いことなどからすれば、第2被害者の頸部前面に表皮剝脱があったことを前提とする鑑定医の証言は誤りであるという。
しかし、①について、甲状軟骨の周囲には皮膚や筋肉があり、頸部圧迫の力はそれらを介して伝わるので、かなりの力で圧迫しないと骨折は生じないとし、
介助に伴う負荷程度では生じないとした原判決の判断は是認できるものであり、解剖医の原審公判証言によれば、頸部に腕を回して締めながら後方に引くという一連の動作で甲状軟骨左右上角部骨折と頸椎損傷が生じた可能性もあることからすると、第1被害者の頸部外表に特段の異状がなかったことや頸椎に損傷が生じていたことが、原判決の上記判断と矛盾するものともいえない。
また、②について、第2事件当日午後3時25分に撮影された写真に加えて、第2被害者が搬送先の病院において、頸部に擦過傷(表皮剝脱程度)を認める旨診断されている上(午後8時57分に医師が記載)、午後7時53分に撮影された左頸部・胸部の写真及び午後7時頃から午後8時30分頃までの間に撮影された右頸部の写真(原審甲第288号証11、14ないし16頁)からみても、第2被害者の前頸部に表皮剝脱が認められることは明らかであるから、弁護人の指摘は当たらない。なお、弁護人が指摘する最初に異状に気付いた2階職員(K)の原審第6回公
判証言について、衣服や首の向き等によっては表皮剝脱に気付かないこともあり得る、とした原判決の判断も是認できる。

そのほかにも、弁護人は、原判決が、犯行可能時間帯を認定するに当た
り、第1被害者について、多発胸骨・肋骨骨折、甲状軟骨左右上角骨折は、呼吸、飲食時に相当な痛みを伴うから飲食は困難であるとし、外傷性血気胸は、致命傷になり得る重篤なもので、
著しい呼吸困難を生じることから、
苦痛や息苦しさを訴え、
周囲の者が必ず気付く異状が現れるはずであるとした点が、薬剤の鎮痛作用、高齢者の痛みの感じ方、認知症患者の痛みの訴え方等に対する見識を欠いた解剖医及び鑑定医の各原審公判証言を盲信したもので、不合理であるという。しかし、原審弁護人の主張の繰り返しであり、同旨の主張を踏まえてなされた原判決の判断、すなわち、第1被害者は重い認知症で、痛みの内容等を具体的に説明することはできなかったが、
痛覚は維持されており、
痛みや苦痛があること自体は、
痛いといった片言の言葉や表情で訴えることができ、本件直前頃も職員に対し言葉や表情で頻繁に痛みを訴えていたことから、本件のような重い傷害を負っていれば、言葉や表情で苦痛や息苦しさを訴えるか、それさえできない重篤な状態に陥っていれば明らかな異状が現れるはずである、とした判断は是認できる。弁護人の指摘をあらためて検討してみても、原判決が、第1被害者に慢性のリウマチによる痛みがあったとした点について、リウマチ性多発筋痛症である旨指摘するなど些末な点をあげつらうか、第1被害者の傷害が介助行為等に起因する脆弱性骨折で比較的軽微であることを前提とするものと解するほかないもので、採用できるものはない。


その他弁護人が縷々指摘する点を踏まえて検討しても、第1事件及び第2
事件の各事件性に係る事実誤認をいう弁護人の主張は、理由がない。第4
1
犯人性に係る事実誤認の主張について
弁護人の主張の概要

弁護人は、被告人の犯人性についての積極的証拠がないにもかかわらず、安易に
消去法的推認により被告人を犯人とした原判決の認定が、論理則、経験則等に照らして極めて不合理であり、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるという。
2
原判決の判断の概要


第1事件と第2事件の犯人の同一性

原判決は、まず、第1事件、第2事件が、いずれも本件施設2階の療養室内で、日中の午後、複数の職員が見守り、介護、看護等の業務に従事する時間中、ベッド上で寝ていた重い認知症の高齢の入居者に対し、頸部を左右から圧迫する、胸部を圧迫するという、類似した極めて特異な手口、状況で、3日間という近接した期間で行われたこと、被害者らが他の入居者やその親族、職員等との間でトラブルを抱えていたことをうかがわせる事情がないことからすれば、単独犯人が別々に実行した犯行が偶然重なったとは到底考えられず、単独犯人が第1事件を実行した後、これに触発された別の単独犯人が第2事件を実行した、あるいは、複数犯人が意を通じて第1事件、第2事件をそれぞれ実行したとも考え難く、同一の単独犯人が第1事件、第2事件を実行したとしか考えられないとした。


防犯カメラ映像による第2事件の犯行可能人物の絞り込み

次に、2階西棟の西端にある214号室(第2被害者の入居室)に行くには、西棟トイレ前廊下又は北側通路を通る経路があるが、北側通路には防犯カメラが設置されており、また、西棟トイレ前廊下を通過すると、西棟トイレの防犯カメラに必ず足か床面に映った影が映ること、西棟トイレの西側にある西棟階段の扉から2階を出る場合、2階サービスステーション内の操作盤の一時解除ボタンを押してから10秒以内に西棟階段の扉を開けて2階を出なければならず、その際、必ず西棟トイレの防犯カメラに映るとした上で、第2事件の犯行可能時間帯(当日午後2時11分頃から午後3時8分頃までの間)に、北側通路の防犯カメラに映った人物はなく、西棟トイレの防犯カメラに足等が映ったのは、213号室入居者(身体能力が著しく低く、
犯行は不可能)
及び午後2時40分頃
(原判決に
午後0時40分頃

とあるのは、明白な誤記と認める。)に西進した特定不能の人物(東進映像がないことなどから、
一時解錠ボタンを押して10秒以内に西棟階段の扉から出たもので、214号室には行っていないと認められる。)のほかには、被告人、他の2階職員2名(M、K)及び看護介護部長(L)の4名であるとした。そして、第2事件の犯行可能人物について、上記職員4名のいずれかが防犯カメラに映った時刻頃犯行に及んだか、犯行可能時間帯に、下記⑶イ①から③までの方法で防犯カメラに映らないで西棟階段の扉から2階に出入りすることが現実的に可能だった人物であると考えられるとした。


犯行が現実的に可能だったと考えられる人物

犯人は、あらかじめ第1被害者、第2被害者を標的と定め、あるいは、
標的とする適当な入居者を探すこととして、2階に立ち入り、2階を移動して、第1被害者、第2被害者の居室に入り、各犯行を実行した後、2階を出たと考えられるところ、犯人が当日犯行可能時間帯に現に勤務していた2階職員だとすれば、2階で業務に従事しながら時機を見計らい、他の職員の目をかいくぐって犯行を実行することは比較的容易に可能であると考えられるのに対して、それ以外の人物(当日犯行可能時間帯に勤務していなかった2階職員、他階職員、面会者、入居者、外部の侵入者)が、相当数の職員が不規則で予測できない行き来や出入りをして動き回り、入居者の動静や人の出入りに常に注意を向けていた現場で、標的とする入居者を探して2階を移動し、時機を見計らうため待機するなどして実行に及び、しかも、
犯行場面を目撃されなかっただけでなく、
犯行直前、
直後の挙動も目撃されず、
あるいは少なくとも不審がられずに犯行を遂行できたとは現実的に考え難いとした。イ
第2事件において、いずれの防犯カメラにも映らないで西棟階段の扉か
ら2階に入り、214号室で犯行に及んだ後、西棟階段の扉から2階を出ることができる方法として、①サービスステーションの操作盤の常時解錠ボタンを押して常時解錠状態にする、②サービスステーションのキーボックスに1本掛けてあった扉の合鍵を使う、③西棟階段の扉を外側から開けた後、扉が閉まらないよう物を挟む
などして再施錠されないようにするという三つが考えられるが、①又は②による場合、相応の時間を要し、その間に現場の状況は変化することにも照らせば、場当たり的で成否が不確実な上、勤務中の2階職員に気付かれ、不審を抱かれる危険性が高く、そのような方法で犯行を実行することは、犯人の行動として現実的に極めて考え難いし、③は方法自体が目立ちやすく不審である上、扉が開いたまま60秒経過すると、サービスステーション内の操作盤上の警報ランプが点灯するとともに警報音が鳴る仕組みになっていたから、犯人がこの方法で犯行に及ぶことも現実的に極めて考え難い、そもそも西棟トイレの防犯カメラは、主としてトイレ内の入居者の動静を見守るためトイレの奥に設置されていたもので、西棟トイレ前を通過する人物の足元しか映らず、防犯カメラ映像自体で映った人物を特定することはできないから、このような防犯カメラを意識してこれに映らない方法を考えること自体現実的な可能性として非常に低いと考えられる上、①から③までの方法をとったとすれば、防犯カメラに映るより職員の目に付きやすく不審を抱かれる可能性の高い行動をとることになってしまうので、犯人の行動として不自然、不合理であるとし、犯人がどのような人物であったとしても、①から③までの方法で第2事件を実行することは、現実的に極めて考え難いとした。

犯行可能時間帯に現に勤務していた2階職員以外の人物、すなわち、犯
行可能時間帯に出勤していなかった2階職員、管理職員4名を含む他階職員、職員以外の人物について、個別具体的に検討した上で、2階に立ち入り2階を移動すれば、容易に勤務中の2階職員の目に触れて不審を抱かれる可能性が高く、その目をかいくぐって犯行に及んだ現実的可能性はないと認められるとし、第1事件、第2事件は、いずれも犯行可能時間帯に現に勤務していた2階職員が、業務に従事中、他の職員等に気付かれないように実行したとしか考えられず、犯人である可能性のある人物は、2階職員のうち、第1事件、第2事件当日のいずれの犯行可能時間帯にも一部でも出勤していた被告人ほか3名(N、O、K)に絞られるとした。⑷

そして、上記4名の犯行可能性について、防犯カメラ映像による第2事件
の犯行可能人物の絞り込みの結果も踏まえて更に検討すると、被告人以外の3名については、いずれも各犯行に及んだとは極めて考え難いのに対して、被告人については、以下のとおり、各犯行に及ぶことは十分に可能であり、被告人が犯人と認められるとした。
第1事件について、被告人は、当日午後3時13分57秒頃、第1被害者を204号室に移動させるため、もう一人の2階職員(H)と一緒に東棟トイレ前を北進通過し、204号室に行き第1被害者をベッドに移乗させた後、同職員にあとはやっておきますと言った。被告人は、午後3時15分52秒頃、東棟トイレ前を南進通過しており、上記職員が先に204号室を出た後60秒余りの間同室で第1被害者と二人だけとなったもので、
その間に犯行を実行することは十分可能である。
被告人は、
ベッド上で第1被害者の位置を調整し、
クッションを当てて姿勢を整え、
布団を掛け、ベッド柵を取り付けて、204号室を出たというが、そのような行動をとったとしても、犯行を実行することは十分可能である。
第2事件について、
被告人は、
当日午後2時11分頃西棟トイレ前を西進通過し、
午後2時14分頃同所を東進通過しており、この間被告人は約3分間214号室で第2被害者と二人だけとなったもので、その間に犯行を実行することは十分可能である。被告人はその間214号室で第2被害者のオムツ交換を行ったというが、オムツ交換に通常必要な時間はおおよそ1分29秒から1分46秒程度であり、犯行を実行することは十分可能である。
3
当裁判所の判断


上記のような原判決の認定及び判断は、推認過程にやや難があることは否
定し難いものの、被告人が第1事件及び第2事件の犯人と認められるとした結論において、不合理なものとは認められない。以下、弁護人の主張を踏まえて、補足して説明する。
⑵ア

弁護人は、原判決が第1事件及び第2事件を実行したのは同一の単独犯
であると認定した点について、第1被害者及び第2被害者が頸部を左右から圧迫さ
れたというのは、客観的な根拠に欠ける上、第1被害者は頸部の内部に骨折があるが外部に損傷が見られず、第2被害者は頸部中央と左側面の2か所に皮下出血があっただけであり、胸部損傷についても、肋骨への圧迫回数、骨折状況等が違うことなどから、両名への頸部、胸部への暴行がその損傷状態から類似した手口とはいい難く、一日の大半をベッドか車いす上で過ごす要介護者への暴行形態としては、同一犯であることを合理的に推認させるほど犯行手口が極めて特異ともいい難いという。

検討すると、被害者らの各傷害について、何者かが頸部を左右から相当
強い力で圧迫するとともに、胸部を(第1被害者については少なくとも2回、第2被害者については少なくとも1回)相当強い力で圧迫する暴行を加えたことにより生じたものであるとした原判決の認定が是認できることは、先に事件性に係る事実誤認の主張に対する判断の項で述べたとおりであり、各犯行態様(手口)は類似した同様のものといえる。確かに、ベッド上で寝ている人に対する暴行として、頸部を左右から圧迫し、胸部を圧迫するという態様は、それのみで犯人の同一性を合理的に推認させるほど極めて特異な手口とはいい難いものの、犯人の同一性を推認させる顕著な特徴は、必ずしも手口や態様に限られるものではない(犯行日時や場所等も特徴の一つと解される。)。第1事件及び第2事件が、

いずれも介護老人保健施設2階の療養室内で、日中の午後、複数の職員が見守り、介護看護等の業務に従事する時間中

という類似した状況で、3日間という近接した期間で行われたこと、被害者らがいずれも重い認知症のある高齢者で外部との接点に乏しく(施設の構造・設備からも部外者の侵入は困難である。)、施設内においても

他の入居者やその親族、職員等との間でトラブルを抱えていたことをうかがわせる事情がないこと

は、原判決も指摘するところである。そして、原判決が、被告人の犯人性認定に当たり、

犯行可能時間帯の現場の状況、職員の勤務状況等を踏まえた、犯行が現実的に可能だったと考えられる人物

の項において、子細に検討して説示するとおり、各犯行可能時間帯に現に勤務して
いた2階職員以外の人物については、相当数の職員が不規則で予測できない行き来や出入りをして動き回り、入居者の動静や人の出入りに常に注意を向けていた現場で、標的とする入居者を探して2階を移動し、時機を見計らうため待機するなどして実行に及び、しかも、犯行場面を目撃されなかっただけでなく、犯行直前、直後の挙動も目撃されず、あるいは少なくとも不審がられずに犯行を遂行できたとは現実的に考え難く、犯行が現実的に可能だったといえるのは、各犯行可能時間帯に現に勤務していた2階職員(当時の2階職員は全部で19名であり、各犯行可能時間帯の一部でも勤務していた者は、第1事件11名、第2事件9名、うち4名が重複しているので延べ16名である。)に限られると認定したことは、当裁判所としても是認できる。さらに、原判決が、各事件性認定に当たり摘示するとおり、平成28年1月1日から平成29年8月22日までの間に、入居者が体調不良や外傷で救急搬送された118件のうち、
胸骨骨折肋骨骨折や甲状軟骨骨折のあった事例は、

第1事件及び第2事件を除いてないことをも併せみれば、20名足らずの2階職員(看護師ないし介護職員)の中に、入居者に対して、胸部を圧迫するのみならず、頸部をも左右から圧迫する暴行を加えるような者が2名同時に在籍し、別々に実行した犯行が偶然重なった、あるいは、それらの者が意を通じて各犯行に及んだ現実的可能性があるとは考え難いし、第1被害者の頸部の損傷が、第2事件発生時には判明していなかったことにも照らせば、第1事件に触発された別の者が第2事件を実行したとも現実的には考え難いといえる。
以上のとおり、原判決は、各犯行態様(手口の類似性、特殊性)について推認力の程度の評価を誤り、他にも推認力を有する間接事実を十分に考慮することなく、性急に犯人の同一性を認定したといわざるを得ないものの、同一の単独犯人が第1事件、第2事件を実行したとしか考えられない、とした原判決の判断が不合理なものとはいえない。

念のため、各犯行可能時間帯の一部でも勤務していた2階職員(第1事
件では、被告人、H、I、J、P、O、N、K、Q、R及びSの11名、第2事件
では、被告人、O、N、K、T、M、U、V及びWの9名)の全員について、個別に検討してみても、以下のとおり、被告人以外の者が各犯行に及んだ合理的疑いは残らず、
被告人が第1事件及び第2事件の犯人と認められるとした原判決の判断は、是認できる。
まず、第2事件について検討すると、犯行可能時間帯に西棟トイレの防犯カメラに映った人物と特定された職員が、防犯カメラに映った時刻頃犯行に及んだと認められるとした原判決の判断も是認でき、①被告人(午後2時11分頃、サービスステーション方向から214号室方向へ西進し、午後2時14分頃、214号室方向からサービスステーション方向へ東進)、②M(午後2時28分36秒に西進し、午後2時29分7秒に東進)、③L(午後2時37分頃、東進のみ)、④特定不能の人物(午後2時40分頃、西進のみ)、⑤K(午後3時7分頃、西進のみ)に絞られることとなる。
なお、弁護人は、肋骨骨折していれば、皮下出血や腫脹が現れ、骨折部を軽く圧迫すると軋轢音がするのに、看護介護部長(L)が午後3時25分に第2被害者の頸部の写真撮影をした際にも肋骨骨折を疑っていた様子がなかったことからすると、その時点で肋骨が骨折し、血気胸が発生していたとは考えられず、原判決が、第2被害者の両側外傷性血気胸のうち左肺の血気胸は著しく、左肋骨骨折とほぼ同時に生じたと考えられ、致命傷になり得るほど重篤と認定していることからすれば、第2被害者の受傷は午後3時30分以降と考えられるというが、骨折による皮下出血や腫脹が外から観察できるようになるまでには相応の時間を要すると考えられる上、鑑定医の原審公判証言によれば、第2被害者の左肋骨の骨折部位は深いところにあり、筋肉や脂肪のため外から観察できないことも考えられるというのであって、弁護人の指摘は当たらない。
上記①ないし⑤の5名について、更に検討すると、②Mは、西進通過から東進通過までの時間がわずか31秒であり、西棟トイレ前から214号室の第2被害者のベッド前までの距離が16.8mあること(原審甲第290号証)に照らしても、
本件犯行に及んだとは認め難い。③L(東進のみ)は、看護介護部長という職務内容等に照らして、西棟階段扉から2階フロアに入った後、サービスステーションに寄り、東棟の巡視を行った後、東棟の階段から1階に降りたものであり、214号室に立ち入って本件犯行に及んだとは認められない。また、④特定不能の人物(西進のみ)について、サービスステーションで一時解錠ボタンを押して10秒以内に西棟階段の扉から出たもので、214号室には行っていないと認められるとし、⑤K(西進のみ)について、同人が午後3時8分頃に第2被害者の異状に気付いた第1発見者であり、異状発見後直ちに看護師(O)に報告し、医師(X)にも報告した上、同医師が第2被害者の負傷を軽視すると看護介護部長(L)に報告して本件発覚に至ったという経緯や第2被害者の傷害の状態に照らして、Kが犯人とは考え難いとした原判決の判断はいずれも是認できる。
そして、①被告人は、約3分間214号室で第2被害者と二人だけとなったものであり、その間に本件犯行を実行することは十分可能である、とした原判決の判断も是認できる。
なお、弁護人は、2階職員(介護福祉士Y)による再現見分は、オムツ交換自体に掛かる時間しか念頭に置いておらず、当日第2被害者の右鼠径部や左脇に当てられていた氷のうはなく、ズボン下もはいていなかったし、被告人が行ったと供述したビニール手袋を二重にする、オムツテープをはずしてから身体を横向きにして小便をさせるといった作業もしていない上、被告人とは経験年数の異なるベテラン職員による再現時間が1分29秒ないし1分46秒であったとしても参考にならないという。しかし、被告人は、平成27年8月に介護職員初任者研修を修了し、別の介護老人保健施設で10か月程度働いた後、平成28年8月1日から1年余り本件施設に勤務していたもので、オムツ交換についても相応の経験を有していたといえる上、仮に第2被害者のオムツ交換に再現見分時より多少長い時間を要したとしても、なお1分程度の時間が残されることからすれば、本件犯行を実行することが不可能であった疑いは残らない。

次に、第1事件について、犯行可能時間帯のうち、第1被害者と向かい合わせのベッドに同室者(Z1。当時87歳で、認知症ではなく、年相応の理解力、記憶力が保たれていた。)が居た午後3時42分頃から午後4時30分頃までの間は、同人に目撃される危険が極めて高いから、その機会にあえて犯行に及ぶことは、犯人の行動として現実的に極めて考え難い、とした原判決の判断は相当であり、現実に犯行が可能であった時間帯は、午後3時14分頃から午後3時42分頃までの30分足らずに限定される。
なお、弁護人は、第1被害者の死因等に係る原判決の認定(肺の挫裂創が生じた直後から大量の空気や血液が右肺に漏れ、外傷性血気胸が進行して、著しい呼吸困難を生じ、治療を受けなければ受傷後約30分で生命の危機を招く致命的なものであった。)からすれば、第1被害者の受傷は、2階職員(H)により異状が確認された午後4時40分頃の直前だったと考察されるというが、原判決は、解剖医の原審公判証言を踏まえて、第1被害者の右肺の挫裂創は、30分以内に治療を始めなければ回復が望めず死に至る可能性が高いとしているのであって、30分以内に死亡する可能性が高いなどと認定しているわけではないから、原判決の認定に矛盾があるとの弁護人の指摘は当たらない。
2階職員11名(被告人、H、I、J、P、O、N、K、Q、R及びS。このうちH、O、K及びSの4名が看護師)の上記時間帯(午後3時14分頃から午後3時42分頃まで)における各業務内容について検討すると(被告人以外の10名のうちSを除く9名が原審において証人尋問を受けており
(O、
N及びKについては、
いずれも原審第10回公判期日における証言)、後記のPを含めて各証言内容に格別疑わしい点は見当たらない。、
)まず、
夜勤のN及びKが勤務前であったことは、
原判決が説示するとおりであり、Jも午前7時30分から午後零時までと午後4時から午後7時30分までの勤務で(原審職第6号証)、午後3時45分(原審職第7号証)に再度出勤するまでは自宅で過ごしていた。Oが、Qと共に、午後2時過ぎ頃から午後3時50分過ぎ頃までの間、
1階で入浴介助等の業務に従事しており、

犯行の可能性がないことも、原判決が説示するとおりである。
また、Hは、午後3時14分頃、被告人と共に第1被害者をベッドに移乗させ、先に204号室を出ると、東棟デイルーム(食堂1)での入居者の見守り業務に戻り、午後3時42分頃に前記同室者(Z1)を204号室のベッドに移乗させた後は、
サービスステーションで事務作業を行っていた。
Rは、
午後2時50分頃から、
途中15分間の休憩を挟んで、西棟デイルームで見守り等の業務に従事しており、Iも、午後3時10分頃から15分の休憩をとった後、休憩中のRに代わって西棟デイルームの見守りに入るなどしていた。Sは、午前8時30分から午後4時までの勤務で、午前8時12分に出勤し、午後4時8分に退勤しているところ、原審において証人尋問を受けていないものの、犯行可能時間帯に204号室に出入りするなど東棟で業務に従事していたとはうかがわれない。以上の4名についても、午後3時14分頃から午後3時42分頃までの犯行可能時間帯に、第1被害者と接触して、犯行に及ぶ具体的現実的可能性があったとは認められない。
他方、Pは、午後3時20分頃に204号室に出入りしており、その際、犯行に及ぶ機会があったことは否定できない。しかし、Pは、原審公判証言において、自ら犯行に及んだことを否定しているところ、同職員が、東棟トイレで204号室入居者(Z2)の排泄介助を行い、午後3時20分25秒に同人を乗せた車いすを押して204号室方向に向かい、入室して同人がベッドに移乗するのを介助した後、午後3時21分47秒には東棟トイレに戻り、同人に係る排泄回数等(排泄管理日計表)の記載を行っていること(各時刻については、東棟トイレの防犯カメラ映像の裏付けがある。)にも照らせば、第1被害者に対する犯行に及ぶことは、時間的に困難と考えられるのみならず、一連一体のものといえる作業を中断して唐突に犯行に及んだばかりか、速やかに業務に戻り、排泄管理日計表の記載ができたとは到底考えられない。したがって、Pの上記証言は信用することができ、同職員についても、犯行に及んだとは認め難い。
そして、被告人は、Hが先に204号室を出た後、60秒余りの間第1被害者と
二人だけとなったものであり、
その間に本件犯行を実行することは十分可能である、
とした原判決の判断は是認できる。
なお、弁護人は、2階職員(前記Y)によるベッドへの移乗後の後片付けに要する時間の再現見分において、車いすをどけてクッションを差し込みベッド柵をするだけで36ないし45秒掛かっており、第1被害者のベッド脇から東棟トイレ前までの往復に約10秒程度掛かるとすると、被告人が第1被害者と二人きりになった時間は46ないし55秒程度と考えられ、その間に第1被害者の身体を整え、着衣のしわを軽く伸ばし、布団を掛けることもしていることからすれば、犯行は不可能であるという。しかし、被告人が、弁護人指摘の作業を行っていたとしても、さしたる時間を要するものとは考えられず、本件犯行を実行することが不可能であった疑いは残らない。


その他弁護人が縷々指摘する点を踏まえて検討しても、犯人性に係る事実
誤認をいう弁護人の主張は、理由がない。
第5
1
量刑不当の主張について
弁護人の主張の概要

弁護人は、被告人を求刑どおり懲役12年に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるという。
2
原判決の量刑判断の概要

原判決は、身体の衰えた無抵抗の高齢者を標的にし、一方的に相当強度の暴行を加えたもので、陰湿、卑劣で危険極まりない犯行であり、1名に重傷を負わせて死亡させ、1名に全治約2か月を要する重傷を負わせたという結果はいうまでもなく重大であるとし、介護職員として被害者らを介助し見守る立場にあったにもかかわらず、3日間のうちに同種犯行を繰り返した動機は不明であるものの、被害者らにはこのような被害に遭わなければならない落ち度などあるはずもなく、被告人にいかなる意図があったにせよ、
犯行を正当化できる理由があるとは考えられないとし、
理不尽、身勝手で言語道断な犯行というほかなく、極めて厳しい非難に値し、本件
の犯情は傷害致死事案(単独犯、同一又は同種の罪2から4件)の中でも最も重い部類に位置付けられるとした。そして、被告人が事実を否認しており、反省の態度が見られないことを指摘し、前科前歴がないことも踏まえて、被告人を上記刑に処した。
3
当裁判所の判断

上記のような原判決による量刑事情の指摘及び評価並びにこれに基づく量刑判断に誤りはなく、その量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。
弁護人は、第2被害者の血気胸が順調に回復して1週間後には退院できたこと、肋骨骨折についても受傷から51日目の解剖時には完治していたことからすれば、全治約2か月を要する重傷を負わせたとの認定が誤りであるという。しかし、第2被害者は、受傷当日搬送先の病院において

全治約2か月を要する両肋骨骨折、両側外傷性血気胸、頸部・胸部挫傷

と診断された(原審甲第288号証)のみならず、解剖医の原審公判証言によれば、解剖時にも左第4肋骨内側及び左第5肋骨外側の骨折については、治癒への過程にあるものの骨の癒合が完全ではなかったと認められることに照らしても、弁護人の指摘は当たらない。
量刑不当をいう弁護人の主張にも理由がない。
第6

結論

よって、刑訴法396条、刑法21条により、主文のとおり判決する。令和4年9月29日
名古屋高等裁判所刑事第2部

裁判長裁判官

田邊
三保子

裁判官

後藤
眞知子

裁判官

鵜飼祐充
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