判例検索β > 令和3年(わ)第338号
殺人未遂
事件番号令和3(わ)338
事件名殺人未遂
裁判年月日令和4年6月17日
法廷名京都地方裁判所
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-06-17
情報公開日2022-09-15 04:00:24
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主文
被告人を懲役8年に処する
未決勾留日数中330日をその刑に算入する。
京都地方検察庁で保管中のしの付きラチェットレンチ1本(令和3年領第1262号符号6)を没収する。
理由
【罪となるべき事実】
被告人は、令和2年12月7日午前11時45分頃から同日午後零時15分頃までの間に、京都市内の路上において、Aに対し、その左肩部を手に持った工具であるしの付きラチェットレンチのしの部分で突き刺すなどし、よって、加療約2週間を要する左肩部刺傷等の傷害を負わせた上、殺意をもって、その後頸部を同しの付きラチェットレンチ(京都地検令和3年領第1262号符号6)のしの部分で突き刺したが、加療約3か月間を要し、両上下肢不全麻痺等の後遺障害を伴う第4、5頸髄損傷、左第4頸椎椎弓骨折、左後頸部刺傷の傷害を負わせたにとどまった。【証拠の標目】
(略)
【補足説明】
1
正当防衛について
総論
弁護人は、Aから先に後頭部をつかまれて路上に倒されるなどしたため、被告人
は身を守るために抵抗したものであって、
正当防衛が成立すると主張する。
しかし、
当裁判所は、Aからの違法な攻撃は現に行われても、間近に差し迫ってもいなかったから、被告人に正当防衛は成立しないと判断したので、以下、説明する。A、被告人及びBの各供述
関係証拠によれば、被告人の所持していたしの付きラチェットレンチ(以下しのという)が、Aの左肩部と左後頸部に刺さったと認められるところ、Aは、公判廷において、しのが刺さった状況等につき、要旨、以下のとおり供述する。A、被告人及びBの3人は、本件現場において足場の組み立て作業に従事していた。Aが、資材の揚げ方等について被告人を繰り返し叱責したところ、被告人は、しのを手に持った状態で地面にしゃがみこんでしまった。Aは、被告人に仕事に戻るよう促すため、被告人の右肩付近を左手で強く引っ張って立たせようとしたところ、左腕に痛みを感じたので、被告人を投げ飛ばした。被告人が、しのを振りかざして走ってきたので、とっさに顔だけよけて被告人の胸倉をつかみ、下に押さえつけた。被告人がしのを持ったまま暴れていたので、被告人の髪の毛をつかみ右足を被告人の左肩の上に乗せる感じで押さえつけた。すると、BがAの後ろから持ち上げるように腕で首を絞めてきた。Aは、もがきながらBの方に振り向き、両肩を持たれた状態でBと話をしていたところ、いきなり後ろから首に衝撃を受け、全身に電気が走り硬直した感じとなり、意識を失った。
他方、被告人は、地面にしゃがみこんでいたところ、Aからいきなり後頭部をつかまれて倒されたので抵抗したが、
具体的にどのように抵抗したかは覚えていない、
BがAを止めてくれた後、Aが倒れた旨供述する。また、Bは、Aが、急に立ち上がった被告人を地面に倒し、被告人の体の上に乗る体勢になったので、Aの背後から首に腕を回して上に引っ張り上げた、Aから言われて腕を離すと、立ち上がった被告人がAに近づき、二人が向かい合ったので、体勢を低くしながらその間に割って入り、左右の手で二人の胸付近を押さえていたところ、突然、Aが仰向けに地面に倒れた旨供述する。
Aの公判供述の信用性

まず、Aが左腕に痛みを感じて被告人を投げ飛ばしたという経緯は、左肩
の傷と整合している。また、左腕に痛みを感じたから被告人を投げ飛ばし、被告人がしのを振りかぶったり、しのを持って暴れたりしたから押さえつけたという経緯は、被告人を仕事に連れ戻そうとしていただけのAが、被告人に直接的な暴力を振るうに至った事の成り行きとして自然でつじつまが合うし、Aが被告人を殴るなど強い攻撃を加えた形跡がないことと整合的である。被告人の心情としても、これまで一度もAから暴力を振るわれたことはなく、日ごろは優しく接してくれていたのに、当日は、何度謝っても叱責され続け、現場から帰る旨を明確に伝えたのに無理やり仕事に戻されそうになったため、憤りを覚え、手に持っていたしので攻撃するに至ったとしても不自然ではない。
そして、
Aは、
被告人の肩を強く引っ張ったり、
その後、投げ飛ばしたり、押さえつけたりしたという自己に不利益な事柄も供述している。
次に、いきなり後ろから首に衝撃を受けたという点については、この供述によると、被告人はAの背後からその後頸部をしので突き刺したことになるが、これは後頸部の刺し傷の状況、即ちしのが首に対してほぼ垂直に刺さり、深さ約6センチメートルに達し、頸椎の椎弓が骨折している状況と符合している。Aは首を刺されて仰向けに倒れたと認められるが、Aはその直前Bから両肩を持たれていたというのであるから、後ろから刺されたのに仰向けに倒れたことについても無理なく理解できる。そして、前記供述は、事件直後から一貫しているし、この点についてAにあえて嘘をつく理由はない。
したがって、Aの公判供述は信用性が高い。

これに対し、被告人は、地面にしゃがんでいたらAからいきなり倒された
旨供述する。しかし、しのがAの左肩に刺さった状況については覚えていないとして具体的な供述をしていないことに加え、前記経緯は、急に立ち上がったところ倒された旨のBの供述とも食い違っている。
また、被告人は、Aの後頸部にしのが刺さった状況についても具体的に供述していない。Bは、Aが倒れる直前に被告人とAが向かい合っていた旨供述するが、ほぼ同じ身長の被告人とAが向かい合った状態で、前記した後頸部の刺し傷を作るのは困難である。Aが腰を曲げるなどして低い体勢で被告人と組み合っていれば、被告人が上からしのを振り下ろして突き刺すことで、前記した後頸部の刺し傷ができるかもしれないが、そのような体勢であったとはBも供述していないし、Aが仰向けに倒れたこととも整合しない。Bは、Aの首を絞め上げたことでAの負傷につき共犯関係を疑われかねない立場にあったし、事件直後に現場監督に対して、Aを押しただけと説明し、しのについては全く供述せず、被告人をかばう態度がうかがわれた。
したがって、被告人とBの前記各供述はいずれも信用性が低く、これらの供述によってAの公判供述の信用性が揺らぐことはない。

弁護人は、
Aの公判供述が事件後の事情聴取の内容から変遷していること、

具体的には、被告人がしのを振りかぶってきたので投げ飛ばしたと説明し、投げ飛ばす前に左腕に痛みを感じたとは説明していなかった点を指摘して、その公判供述は信用できないと主張する。しかし、Aはゆっくり考えると左腕の痛みが先であったことを思い出したと述べており、後に記憶が喚起されること自体は不自然ではないし、当初の説明でも被告人から先に攻撃を加えてきたことに変わりはなく一貫している。Aにおいて、あえて記憶に反する嘘をついてまで供述を変遷させる理由は見出せないのであって、弁護人の主張を踏まえても、Aの公判供述の信用性は揺るがない。

以上より、Aの公判供述は十分信用することができる。
正当防衛の成否

Aが、被告人の肩付近を強く引っ張って立たせようとしたのは、被告人が勝手に仕事を中断し、仕事に戻ることを頑なに拒否したため、職長として、被告人を仕事に戻らせるためであった。被告人も、それまでの経緯から、Aの意図を分かっていたと認められる。その方法は、やや乱暴であるものの、その意図や経緯を踏まえると、被告人の反撃を正当化するほど違法な行為であったとはいえない。また、被告人を投げ飛ばして押さえつけた点については、被告人から左腕に攻撃を加えられ、さらにしので攻撃を加えられそうになったことに対し、身を守るためにした行為であるといえる。そして、しのを持って暴れる被告人に対し押さえつける以上の攻撃を加えておらず、やり過ぎであったともいえない。さらに、被告人がしのでAの後頸部を突き刺したとき、Aは被告人に背を向けた無防備な状態であったと認められる。
そうすると、被告人がAにしのを突き刺した時点において、Aからの違法な攻撃は現に行われていなかったし、間近にも差し迫ってもいなかった。したがって、被告人に正当防衛は成立しない。
2
殺意について
弁護人は、被告人に、しのでAを傷つける意思や死亡の危険がある行為をしてい
るという意識はなく、殺意はなかったと主張するが、当裁判所は、被告人には殺意があったと認められると判断したので、以下、説明する。
被告人は、地面にしゃがみこんだ時からしのを手にしており、Aの後頸部をしので刺す前に、しのでAの左腕を刺したり、しのを手に持って振りかぶったりしており、しのを手に持っていることを十分に認識していた。被告人は自由に逃げられる状態であったにもかかわらず、両肩を持たれてBと向かい合っているAに対し、その背後から後頸部付近を狙い、先端が鋭利ではないしのを椎弓を折るほどの強い力で突き刺している。被告人の心情としても、ベトナム人にとって頭は他人が触れてはいけない特別なものであるのに、Aから髪の毛をつかまれ足で押さえつけられたことで、そのような行為に意図的に及んだとしても不自然ではない。そして、後頸部に強い力でしのを突き刺せば命を奪う危険性が高いことは、文化的背景の違いとは関わりのない常識である。
以上より、被告人は、少なくともAの命を奪ってしまう危険性の高い行為であると分かっていたのに、あえてAの後頸部をしので突き刺したといえるから、被告人には殺意があったと認められる。
【法令の適用】
罰条
傷害の点

刑法204条

殺人未遂の点

刑法203条、199条

傷害殺人未遂とは混合した包括一罪であり、重い殺
人未遂罪の刑で処断
刑種の選択
有期懲役刑を選択

未決勾留日数の算入

刑法21条

没収
刑法19条1項2号、2項本文


刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)

訴訟費
【量刑の理由】
本件犯行により、Aは一命をとりとめたものの、頸髄損傷に伴って回復見込みのない両上下肢不全麻痺等の重い後遺障害を負っている。Aは、この先ずっと日常生活で不自由を強いられるとともに、長年続けた鳶をやめなければならないかもしれず、本件犯行がA及びその家族に及ぼした影響は大きい。被害結果は重大である。また、犯行態様は、無防備なAの背後から、首を狙い、椎弓を折るほどの強い力でしのを突き刺すというものであって、Aが死亡していても何ら不思議でないほど危険であった。
したがって、被告人の殺意が突発的で一時的なものであり、首を1回刺した後は攻撃していないことを考慮しても、被告人がした殺人未遂は相当悪質である。被告人とAの間でトラブルが生じたのは、仕事のやり方等について日本語での意思疎通がうまくできず、お互い次第に感情的になったことに一つの要因があったと考えられる。その背景には、技能実習制度の実情と技能実習生が置かれている環境や、文化的背景の違いといった要因が絡み合っており、この点については、被告人に同情することができる。しかし、それらの事情を踏まえても、しのを首に強く突き刺すということには大きな飛躍があるのであって、犯行に及んだ被告人に対する非難を大きく弱めることはできない。
そうすると、本件は、同種事案(殺人未遂罪、凶器使用、傷害の程度3か月以内から全治不能、知人・友人・勤務先関係、前科前歴なし)の中で重い部類に位置付けられる。
そして、再犯のおそれがそれほど高いとは思われないものの、被告人の供述態度等からして、被告人が自身の行動によって生じた事の重大性を受け止めて本件犯行と真剣に向き合っているとはいい難い。また、被害弁償の計画は非現実的である。以上の諸事情を考慮し、被告人を主文の刑に処するのが相当であると判断した。(求刑

懲役10年及び主文掲記の没収)

令和4年6月17日
京都地方裁判所第3刑事部

裁判長裁判官

安永武央
裁判官

村川主和
裁判官

西村陽佑
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