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保護責任者遺棄致死
事件番号令和4(う)101
事件名保護責任者遺棄致死
裁判年月日令和4年7月27日
法廷名福岡高等裁判所
結果棄却
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-07-27
情報公開日2022-09-08 04:00:08
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主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中80日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、私選弁護人中野公義作成の控訴趣意書1、同2及び同2(補充)各記載のとおりであるが、論旨は、事実誤認の主張である。
そこで記録を調査して検討する。なお、略称については、特に断らない限りは原判決の例による。
1
事案の概要等
原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、次のとおりである。
被告人及びその夫Aは、実子(三男)である被害者(平成29年7月▲日生)を監護養育していたものであるが、被害者は、平成30年10月下旬頃までに重度の低栄養状態に陥ったことにより、極度に痩せ細って衰弱するとともに免疫力が低下し、同年11月上旬頃以降、両手足の骨や肋骨の併せて23本の骨が合計31か所も骨折したことにより、左腕が腫れ上がったり、痛みで動くことや食事を取ることが難しくなったりし、
また、
Aが、
同じ頃以降同月末頃までの間、
多数回にわたり、
被害者に、エアソフトガンで発射したBB弾を命中させる暴行を加え、被害者の全身(頭部、顔面、左右側胸部、右側腹部、左右上下肢、背部、腰部及び臀部)に表皮剥脱や皮下出血を伴う合計71か所もの小さな円形の傷を負わせ、同月下旬頃
(た

だし、同月28日頃まで)には、前記の傷が原因となって右腕及び左膝が蜂窩織炎を発症したことで広範囲に赤みを帯びて腫れ上がったり、これらによる強度のストレスにさらされるなどして胸腺が萎縮して更に免疫力が低下したりし、これらが相俟って、その頃までに重度の低栄養等に基づく肺感染症を発症するなどして、ますます衰弱するとともに通常の体温を維持することも呼吸することも困難になってい
たところ、被告人及びAは、遅くとも同月下旬頃(ただし、同月28日頃まで)には、全身には多くの小さな円形の傷があり、右腕及び左膝は広範囲に赤く腫れ上がり、ぐったりとして動くことも、食事を取ることもできず衰弱している被害者の状態を認識していたのであるから、その生存に必要な保護として医師による診察・治療を被害者に受けさせるべき責任があったにもかかわらず、共謀の上、その頃から同月28日頃までの間、医師による診察・治療を被害者に受けさせるというその生存に必要な保護をせず、よって、同年12月1日、福岡県田川市内の被告人及びA方において、被害者を重度の低栄養等に基づく肺感染症による急性呼吸不全により死亡させた。
原審で取り調べられた証拠によれば、被告人及びAは、本件当時、自宅で、被害者のほか、長男(平成27年1月▲日生)及び長女(平成30年7月▲日生)
と同居して子どもたちを監護養育しており、子どもたちの主たる監護者は被告人であったこと、被害者は、平成30年12月1日(以下、年の記載がないものは、いずれも平成30年の事象である。
)午前4時頃、自宅で死亡したが、11月28日頃
までであれば、医師による診察・治療により救命可能であったこと、被告人は、12月1日午前4時17分頃、119番通報をして、数分前に被害者が急に泣いて息
が止まり、意識もないなどと告げたことなどが認められた。
原審では、被告人の故意、すなわち、被告人が被害者の要保護状態を認識していたかが争点となり、被告人は、原審公判廷で、
被害者は、死亡前日までいつもどおり食事を取ったり、動いたりしていた。入浴後、被害者の右肩付近に虫刺されのような傷が五、六個あるのに気付き、痛くないか確かめるために触ってみたが、笑っていた。翌日未明、被害者の泣き声で目覚め、被害者を見ると息をしていなかった。その時まで被害者の異常には全く気付かなかった旨供述したが、
原判決は、
被告人には、上記認識があったと認めて被告人を有罪とした。
論旨は、要するに、被告人には被害者の要保護状態についての認識があり、故意があったと認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認が
ある、というのである。
2
原判決の概要原判決は、
論旨と同趣旨の原審弁護人の主張に対し、
要旨、
以下のとおり判断し、
被告人には、保護責任者不保護の故意に欠けるところはないとした。被害者は、低出生体重児で、その後も同月齢の乳幼児の平均体重を総じて下回る発育状況であり、1歳になって間もない時期(平成30年8月)に撮影された動画にも、手足が細く、痩せているように見える被害者が映っていること、被告人が、10月11日、友人に対し、被害者の成長が遅いため、立ったり、歩いたり、しゃべったりせず、寝てばかりいる旨のメッセージを送信していること、人の体格や体重を含む心身の状態については、日々少しずつ変化していくことも多く、毎日被害者と接している場合にはその変化に気付きにくい面があることからすると、被
告人が、10月下旬頃からしばらくの間は、被害者の痩せ方や動き方の変化、あるいは身体の腫れや傷等に気が付いたとしても、異常で重篤な状態であるとの認識までは持てなかった可能性は否定できない。
しかし、
遅くとも11月下旬頃
(ただし、
救命可能時期である同月28日頃まで)
には、被害者には小さな円形の傷が多数生じていたほか、それが原因で発症した蜂
窩織炎により右腕及び左膝は広範囲に赤く腫れ上がり、全身状態が悪化して衰弱していたとみられるのであって、そのような状況は、一見して明らかに異常であるといえるから、被害者の主たる監護者であった被告人においても、遅くともその頃までには、被害者のそのような要保護状態を認識していたと推認するのが合理的である。

原審弁護人は、①被告人が、被害者の要保護状態を認識しながら、虐待の事実を隠すために、医師による診察・治療を被害者に受けさせる保護行為(以下本件保護行為という。)を行っていなかったのであれば、12月1日に自ら119番
通報するという虐待の事実が発覚しかねない行為に及んだことの合理的説明が困難である、②被告人は、知的障害による状況認知等の乏しさのため、被害者の要保護
状態に気付かなかった可能性がある旨主張する。
しかし、①については、被告人及びAが、被害者の要保護状態を認識しながら、虐待の事実を隠すために本件保護行為を行っていなかったとしても、まさに死に直面した被害者を目の当たりにすれば、動揺するなどして119番通報することも原審弁護人が指摘するほどに不自然とは思われず、そうした行動が常識に照らして不合理とはいえない。また、②については、被告人は、11月24日に長女が、11月26日に長男がそれぞれ発熱した際、医師による診察・治療を受けさせていたこと、
被告人は、
かつて介護職員として働いていた際、
利用者の発言や変化を把握し、
適切に業務をこなせていたことなどに照らせば、被告人に軽度の知的障害があるからといって、被害者の要保護状態に気付くことができなかった可能性があったとはいえず、それが前記の推認を妨げるほどの事情とはいえない。その他原審弁護人が
主張する点を踏まえて慎重に検討しても、前記の被害者の要保護状態を認識できなかった可能性をうかがわせる事情は見当たらない。
以上によれば、被告人及びAは、遅くとも11月下旬頃(ただし、救命可能時期である同月28日頃まで)に、被害者の要保護状態を認識しながら、本件保護行為を行っていなかったものと認められるから、いずれも保護責任者不保護の故意
に欠けるところはなく、少なくとも暗黙のうちに意思の連絡を生じていたものとして共謀も認められる。
3
以上の原判決の認定、判断は、論理則、経験則等に照らして不合理なもので
はなく、当裁判所も正当として是認することができる。以下、所論を踏まえて補足する。
所論は、原判決は、被告人が本件保護行為に及ばなかった動機を明示していないところ、これは動機を認定できなかったからであるが、動機が認定できないのであれば、故意があったとするには合理的な疑いが残るから、犯罪の証明があったとはいえない、という。
しかしながら、動機が認定できないからといって、それだけで故意があったとす
るには合理的な疑いが残るわけではない。故意の犯罪行為により人を死亡させた罪で、動機を認定することができず、あるいは、いくつかの動機が考えられるが、一つに絞れなくても、故意を認めることができる事例はいくらでも存する。
本件では、
被告人が、本件保護行為をしなかった理由を明確に述べていないこともあり、犯行の動機を確定することはできないが、そのことは、被告人の故意、すなわち、被害者の要保護状態についての認識を否定する理由にはならない。
所論は、原判決は、暗に、被告人が、被害者に対する虐待を隠す目的で本件
保護行為に及ばなかったと判断しているところ、この虐待とは、Aが多数回にわたり、被害者にエアソフトガンで発射したBB弾を命中させる暴行を加えて、全身に合計71か所もの小さな円形の傷を負わせたことを指すと解されるが、被告人が、
12月1日の119番通報時に自主的かつ能動的にとった行動は、Aをかばう、
あるいはAからの暴力を避けるという意図・目的で、虐待の事実を隠すという動機を有していたことと符合しない、という。
しかしながら、そもそも、原判決が、所論の虐待の主体をAのみと考えているわけではないことは、その説示内容から明らかである。確かに、被告人が、被害者に対して直接的な暴行を加えたとは認められないが、被告人も、Aと共に、幼い被害
者を自宅で監護養育していたところ、被害者を要保護状態に至らせてしまったことについて、自己も責任を問われると考え、これを避けたいという心情に至ることは自然であるから、被告人が、被害者に対する虐待の事実を隠す目的で本件保護行為をしなかったとしても、何ら不合理ではない。そして、被告人は、被害者が死亡するとは思っていなかったところ、12月1日になって、まさに死に直面した被害者
を目の当たりにしたため、慌てて119番通報したものであり、この経過は、被告人が、虐待の事実を隠す目的で本件保護行為をしなかったことと矛盾するものではない。
なお、この点に関して所論は、原判決の認定によれば、被告人は、11月下旬頃には、
一見して明らかに異常といえる被害者の外形的状態を目の当たりにしながら、
死亡するとまで思っていなかったことになり、不合理であるとも主張するが、それまで被害者に十分な栄養を与えておらず、医師の診察・治療も受けさせていなかった被告人において、11月下旬当時の被害者の異常な外形を見ても、現実的な死亡の可能性を検討することなく、漫然とその状態のまま被害者を放置し続けることが不合理であるとはいえない。
所論は、原判決が、被害者の要保護状態について、一見して明らかに異常であるといえることから故意があったと推認できるとしたのは、論理則、経験則等に照らして不合理である、すなわち、原審の裁判体の構成員にとっては、被害者の状態が一見して異常との認識に至ることを理由に、その他の情況証拠を個別に、過少ないし偏向的に評価したものであり、
情況証拠を総合的に評価したものとはいえず、
論理則、経験則等に照らした合理的な判断がされたものではない、という。
そこで検討すると、原判決は、12月1日に死亡した被害者について、肋骨が浮き出て、体脂肪がほとんどなく、明らかに手足が細く、骨格の筋肉量も明らかに少ないなど、極度にやせ細っていたこと、全身に合計71か所もの小さな円形の傷を含む多数の表皮剥脱や皮下出血があったこと、蜂窩織炎を発症していた右腕及び左膝は広範囲に赤みを帯びて腫れ上がり、両手足の骨や肋骨の併せて23本の骨が合
計31か所も骨折していたことなどから、11月下旬頃(救命可能時期である同月28日頃まで)には、被害者の状態は、上記の傷が原因となって右腕及び左膝が蜂窩織炎を発症したことで広範囲に赤みを帯びて腫れ上がったり、これらによる強度のストレスにさらされるなどして胸腺が萎縮して更に免疫力が低下したりし、これらが相俟って、
その頃までに重度の低栄養等に基づく肺感染症を発症するなどして、
ますます衰弱するとともに通常の体温を維持することも呼吸することも困難になっていた旨判示したものである。
被害者が、
11月下旬頃
(同月28日頃まで)上記のような状態にあったことは、

関係証拠から明らかであり、
弁護人も特段争うものではないが、
所論は、
原判決が、
被害者の外形的状態は一見して異常であるから、被告人も、被害者のそのような要
保護状態を認識していたと推認できると認定したのは、被告人に知的障害があり、視覚的注意力が弱いことなどを踏まえておらず、推認過程が不合理である旨主張する。しかしながら、被害者の11月下旬頃(同月28日頃まで)の状態は、被害者を見たり、身体に触ったりすれば、容易に気付き得るものであり、一緒に生活する者であれば、一見して認識できるものといえるから、原判決の推認過程に何ら不合理な点はない。
また、所論は、被告人が介護施設で就労した事実があるとしても、視覚的注意力の乏しい知的障害の影響を受ける被告人の認知能力では、被害者の状態を一見して異常とは思えない、というが、被告人は、介護職員としての職務をこなせていたものであるから、対象となる相手について、その体の状況や行動内容について、
ある程度の認知をすることができ、また、被告人が、部屋の片付け等ができていたことからみても、その認知能力が日常生活に支障を来すほど低下していたわけではないといえる。そのような被告人であれば、11月下旬頃の被害者の状態が異常であることは、当然認識できたというべきである。
所論は、被告人は、軽度知的障害に加えて、自閉スペクトラム症及びDVの
影響などの要因が合わさり、被害者が要保護状態にあったと気付かなかったものであり、原審において、被告人の知的障害等による特性について、それがどのようなものであったか十分な審理を尽くしたといえないにもかかわらず、原判決が、弁護人の主張を排斥して故意があったと認めたことは、論理則、経験則等に照らして合理的と認め得るに足りる程度に審理を尽くしたとはいえず、その結果、事実を誤認
した、という。
しかしながら、原審では、原審弁護人が請求した、

平成30年10月下旬頃から同年12月1日までの期間における被告人の発達障害、知的障害その他の障害の有無及び程度等

を立証趣旨とする精神鑑定が採用され、鑑定人として、発達障害をはじめとする児童青年精神医学を専攻とする精神科・児童精神科医のB医師が選任
されて、B医師は、原審公判廷において、
検査(WAIS-Ⅲ)によれば、被告人の知能指数は58であり、軽度知的障害と診断される。この結果によって、状況認知、育児スキル、困難な状況への対処能力の乏しさがあったと考える。また、夫によるDVや困難の多い生活環境から、学習性無力感というような心理状態が増悪していたのではないかと考える。自閉スペクトラム症、ADHD等の発達障害の発達特性は一部みられるものの、生活全般を通して適応の問題を来す障害の所見としては乏しいと考える旨の意見を述べている。原判決は、そのような鑑定結果を踏まえた上で、被告人に軽度の知的障害があったとしても、兄妹の発熱の際に医師による診察・治療を受けさせていたことや、介護職員として適切に業務をこなせていたことなどに照らし、被告人が、被害者の要保護状態に気付くことができなかった可能性があったとはいえない旨判示しているのであり、かかる判断に何ら不合理な点
はない。そうすると、所論が指摘する諸点に関連し、専門家の意見も聴取し、そのことを踏まえて被告人の故意の判断をした原審には、何らの審理不尽もなく、その判断結果にも不合理な点はないというべきである。
論旨は理由がない。
4
よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日
数を原判決の刑に算入することにつき刑法21条を適用して、主文のとおり判決する。
令和4年7月27日
福岡高等裁判所第1刑事部

裁判長裁判官

松田俊哉
裁判官

今泉裕登
裁判官

山田直

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