判例検索β > 令和4年(ネ)第10036号
特許権侵害差止請求控訴事件 特許権 民事訴訟
事件番号令和4(ネ)10036
事件名特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日令和4年7月13日
法廷名知的財産高等裁判所
原審裁判所名東京地方裁判所
原審事件番号令和2(ワ)19923
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-07-13
情報公開日2022-07-23 04:00:16
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令和4年7月13日判決言渡
令和4年(ネ)第10036号

特許権侵害差止請求控訴事件

(原審・東京地方裁判所令和2年(ワ)第19923号、同第22292号)口頭弁論終結日

令和3年6月20日
判控訴決人
ワーナー-ランバート
カンパニー

リミテッド

ライアビリティーカンパニー

同訴訟代理人弁護士

栁下彰彦同永島太郎同森下
被控訴人(第1事件被告)


被控訴人(第2事件被告)

科研製薬株式会社

上記両名訴訟代理人弁護士

櫻井彰人同粟田英一
同補佐人弁理士

草間梓イト株式会社主文1
本件各控訴をいずれも棄却する

2
控訴費用は控訴人の負担とする。

攻3
この判決に対する上告及び上告受理のための付加期間を30日と定める。
事実及び理由

第1

控訴の趣旨

1
原判決を取り消す。

2
被控訴人(第1事件被告)は、原判決別紙物件目録記載の医薬品を製造し、販売し、又は販売の申出をしてはならない。

3
被控訴人
(第1事件被告)原判決別紙物件目録記載の医薬品を廃棄せよ。
は、

4
被控訴人(第2事件被告)は、原判決別紙物件目録記載の医薬品を販売し、又は販売の申出をしてはならない。

5
第2

被控訴人
(第2事件被告)原判決別紙物件目録記載の医薬品を廃棄せよ。
は、
事案の概要等

(以下、略称は、特に断りのない限り、原判決に従う。

1
事案の概要
本件は、名称をイソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤とする発明に係る特許権
(本件特許権)
を有する控訴人が、
被控訴人らに対し、
被控訴人らが原判決別紙物件目録記載の医薬品(被告医薬品)の製造、販売又は販売の申出をすることは本件特許権を侵害するものであると主張して、特許法100条1項及び2項に基づいて、被控訴人(第1事件被告)に対しては被
告医薬品の製造、販売又は販売の申出の差止めと被告医薬品の廃棄を、被控訴人(第2事件被告)に対しては被告医薬品の販売又は販売の申出の差止めと被告医薬品の廃棄を、それぞれ求める事案である。なお、控訴人は、沢井製薬株式会社が本件特許の請求項1ないし4の発明について請求した無効審判請求事件(本件無効審判事件)の中で、上記各請求項について令和元年7月1日付け
訂正請求書で訂正請求を行った。
原審は、①本件訂正前の本件特許に係る請求項1の発明(本件発明1)及び
同請求項2の発明(本件発明2)の関係において、本件特許に係る明細書及び図面(本件明細書)の発明の詳細な説明は実施可能要件を満たさず、また、本件発明1及び2はサポート要件も満たさないから、本件発明1及び2はいずれも特許無効審判により無効にされるべきものであり、本件訂正は新規事項の追加に当たり訂正要件を具備するものではないから、訂正の再抗弁は理由がない
とし、さらに、②被告医薬品は、本件訂正後の請求項3の発明(本件発明3)及び同4の発明(本件発明4)のいずれの技術的範囲にも属しない(均等侵害を含む。
)として、控訴人の請求をいずれも棄却した。
控訴人は、原判決を不服として本件控訴を提起した。
2
前提事実争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり補

正し、
後記3に当審における当事者の補充主張を付加するほかは、
原判決の
事実及び理由第2の2及び3並びに第3に記載されたとおりであるから、これを引用する。


5頁15行目の一部無効審決を審決取消訴訟判決と、6頁14行
目の弁論の全趣旨を乙38とそれぞれ改める。



6頁16行目末尾に行を改め次のように加える。

オ知的財産高等裁判所は、令和4年3月7日、前記審決取消訴訟について、控訴人の請求を棄却する判決をした(乙38)



6頁18行目の本件出願の願書に添付したを本件訂正前のと改め
る。

3
当審における当事者の補充主張


争点1-2(本件発明1及び2について実施可能要件違反の成否)、争点
1-3(本件発明1及び2についてサポート要件違反の成否)及び争点1-4(本件訂正が訂正要件を満たすか)について


控訴人の主張
痛みをまず発生原因から侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛及び心因性疼
痛の3つに区分することは誤りである。
本件出願日当時、①痛覚過敏や接触異痛は、全て末梢や中枢の神経細胞の感作という神経の機能異常によって生ずるものであること、したがって、中枢神経に作用する薬剤を用いれば、末梢や中枢の神経細胞の感作が生じた原因にかかわらず、その神経細胞の感作を抑制することによって痛みの治療ができるとの技術常識と、②ホルマリン試験、カラゲニン試験、術後疼痛試験は神経細胞の感作を反映する試験であり、神経障害性疼痛や線維筋痛症等の慢性疼痛に共通する痛覚過敏や接触異痛に対する薬剤の有効性を確認する試験であるとの技術常識があった。

したがって、これら技術常識を踏まえて本件明細書の記載に接した当業者は、本件化合物が慢性疼痛全般に有用であることを十分に理解できる。前記①の技術常識について
従来から、痛覚過敏や接触異痛が神経細胞の感作によると文献で指摘されていたほか(甲40、77等)
、線維筋痛症における痛覚過敏や接触

異痛について中枢性感作によるものであることが明らかにされ
(甲26、
162、163、166等)
、マスタードオイル試験やカプサイシン試験
によって痛覚過敏や接触異痛の原因が中枢性感作によると結論付ける文献や(甲39、41、59等)
、術後疼痛における痛覚過敏や接触異痛が
中枢性感作又は神経細胞の感作によるとする文献もあった
(甲15の1、

52、58、133等)

そして、中枢神経に作用し、原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛を鎮痛することのできる薬剤としては、ケタミン(甲46等)やアミトリプチリン(甲146、164等)が存在し、さらに、抗てんかん薬であるギャバペンチン(甲136等)も知られていた。

前記②の技術常識について
ホルマリン試験の後期相は中枢性感作により生ずるものとされ(甲2
7、45ないし51、168等)
、ホルマリン試験の後期相と神経障害性
疼痛とを同視し、ホルマリン試験を中枢性感作による慢性疼痛のモデルとして利用していた研究や(甲42、161、164、168、169等)
、ホルマリン試験による、ケタミン、アミトリプチリンといった神経障害性疼痛治療薬の研究も行われていた(甲46、161、164等)。
また、カラゲニン試験は中枢性感作を反映したものであるとされ(甲57、72、146等)
、カラゲニン試験は神経障害性疼痛の治療薬の探索
に利用可能な動物モデルであるとされていた
(甲146等)術後疼痛試

験も術後に生ずる神経細胞の感作の機序を研究するためのモデルとして
生み出されたものである(甲15の1、52、58、133等)

本件明細書の記載について
てんかんが中枢神経の異常興奮による病態であることは一般常識であり、本件化合物が抗てんかん薬として既知であり、神経伝達物質であるグルタミン酸及びGABA類縁体であり、更に抗痛覚過敏作用を有する
ものであるから、
本件化合物が中枢神経に作用して中枢性感作を抑制し、
痛覚過敏や接触異痛を鎮痛できることを当業者は期待する。そして、本件明細書で比較例として使用されたギャバペンチンは、本件化合物と同じく既知の抗てんかん薬であり、中枢性感作を抑制し、神経障害性疼痛や神経障害の動物モデルに対しても効果を奏することも知られていたほ
か、ケタミン等、中枢神経に作用し、原因にかかわらず、痛覚過敏や接触異痛を鎮痛する中枢神経系作用薬も知られていた。
さらに、
いずれも、
神経細胞の感作の痛みの研究や神経障害性疼痛治療薬の研究に用いられていたホルマリン試験、カラゲニン試験及び術後疼痛試験において、本件化合物の有効性が示されている。以上からすると、当業者は、本件明
細書の記載から、本件化合物が神経障害性疼痛や線維筋痛症においても効果を奏することを理解する。


被控訴人らの主張
前記ア①の技術常識について
痛みの種類を問わず、痛覚過敏又は接触異痛等の痛みが全て神経細胞の感作で生ずるとの控訴人が前記ア①で主張するような技術常識は存在
しない。当業者は、痛みの種類や原因によって異なる治療法を用いていた。
また、ケタミン、アミトリプチリンが原因にかかわらずあらゆる疼痛に対して効果を奏するものと認めることはできないし、ギャバペンチンは、控訴人が提出した証拠によっても、作動メカニズムは知られていな
いのであって、原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛を治療できるとする控訴人の主張の論拠となるものではない。
前記②の技術常識について
当業者は、ホルマリン試験、カラゲニン試験、術後疼痛試験を神経細胞の感作の試験としては用いてはいないから、控訴人が前記ア②で主張
するような技術常識は存在しない。
控訴人は、仮説又は可能性を示唆するに止まる文献(甲42、161ないし164、166)や、本件化合物とは別の化合物に関する試験に関する文献(甲146)等をもって技術常識②があると主張するものであって、誤りである。

疼痛の治療薬を評価するための動物モデルは、原因に応じて使い分けられており、侵害受容性疼痛の動物モデルと神経障害性疼痛の動物モデルがそれぞれ別々に存在しているから、侵害受容性疼痛の動物モデルを神経障害性疼痛の治療薬の探索に利用することはできない。
本件明細書の記載について

本件明細書に接した当業者が、薬理試験結果の記載もないのに、本件化合物が神経障害性疼痛や線維筋痛症に効果を奏することを理解するこ
とは不可能である。


争点2-1(被告医薬品が本件発明3及び4の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否)
)について

控訴人の主張
主位的主張
炎症や手術の組織損傷により侵害受容器が刺激され、侵害受容性疼痛を生ずるとしても、他方で、炎症や手術で神経細胞の感作という神経の機能異常から神経障害性疼痛をも生ずるし、更には炎症や手術の心理的負担により心因性疼痛をも生ずる。つまり、炎症や手術を原因として、
侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛の全てが生じ得る。そのため、炎症や手術を原因として侵害受容性疼痛を生ずるならばその痛みが神経障害性疼痛に該当しないということはできない。
本件発明3及び4は、カラゲニン試験及び術後疼痛試験で確かめられた、炎症や手術を原因として神経細胞の感作によって生じた痛覚過敏や
接触異痛の痛みを特許請求の範囲に記載したものであるから、炎症性疼痛や術後疼痛とは別の疼痛分類である侵害受容性疼痛を持ち出して、その技術的範囲を更に限定することは誤りである。本件発明3及び4の技術的範囲は、炎症(手術)を原因として神経細胞の感作によって生じた痛覚過敏又は接触異痛の痛みと認定されるべきである。
そして、

神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛

を適応症とする被告医薬品が、純粋な神経疾患のみにより神経細胞の感作を生じている神経障害性疼痛や、心因性の原因のみから感作を生じている線維筋痛症に限定して適応症を取得しているわけではないから、炎症や手術の組織損傷から神経細胞の感作を生じた場合、神経損傷や神経疾患で炎症を生じてこれにより神経
細胞の感作を生じた場合、手術により炎症、組織損傷、神経損傷、神経疾患等を生じてこれにより神経細胞の感作を生じた場合等、本件発明3
及び4の技術的範囲に含まれる様々な神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛を用途とすることは明らかであり、被告医薬品は、本件発明3及び4の技術的範囲に含まれる。
予備的主張
仮に、本件発明3及び4の痛みが侵害受容性疼痛に該当する痛みに限
定されるとしても、侵害受容性疼痛においても神経障害性疼痛においても、共通して神経細胞の感作という神経の機能異常により痛覚過敏や接触異痛を生じている。このような場合、炎症や手術を原因として生ずる痛みは、炎症や手術の侵害刺激による侵害受容性疼痛と、炎症や手術を原因とする神経細胞の感作で生じる神経障害性疼痛とが区別できない痛
みとして生じる。線維筋痛症も、炎症や手術により生じ、腱付着部炎を生ずる疾患であることから、
その痛みは侵害受容性疼痛と区別できない。
しかも、侵害受容性疼痛においても、神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛おいても、共通して、神経細胞の感作という神経の機能異常により痛覚過敏や接触異痛を生じているから、本来どのような原因で痛み
が生じたものであるのかを分離することも不可能である。
そうすると、炎症や手術を原因として痛みを生じている患者においては、侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛とで痛みの機序が同一であるので、それぞれの痛みを区別できないから、両者は同じ痛みであり、被告医薬品が、効能効果を

神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛

としてみたところで、被告医薬品の用途にはもともと侵害受容性疼痛が含まれていることになる。したがって、被告医薬品は、本件発明3及び4の技術的範囲に含まれる。

被控訴人らの主張
主位的主張について
構成要件4Bの炎症性疼痛術後疼痛が神経障害性疼痛や


線維筋痛症を含まないことは明らかである。控訴人のクレーム解釈は、誤った技術常識を前提としたものであり、理由がない。
また、
本件無効審判事件での経過等を踏まえると、
構成要件3Bの

炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛み

は構成要件4Bの
術後疼痛と、構成要件3Bの手術を原因とする痛みは構成要件4B
の術後疼痛と同義であり、神経障害性疼痛及び線維筋痛症が含まれないことは明らかである。
したがって、被告医薬品の適応症である

神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛

は本件発明3及び4の痛みの範囲外であることは明らかである。

予備的主張について
神経細胞の感作といった控訴人の主張が誤りであることは、前記

のとおりである。

また、被告医薬品の添付文書に記載された効能又は効果は、

神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛

であり、本件発明3及び4の用途又
は混合性疼痛を用途(効能、効果)としているものではないし、混合性疼痛の治療に用いられることを意図して被告医薬品を販売しているものでもない。仮に、混合性疼痛の患者に対して処方される場合があったとしても、その場合に対象となっている痛みは飽くまでも神経障害性疼痛等であって、併存している侵害受容性疼痛ではないから、被告医薬品
が本件発明3及び4の構成要件を充足するということにはならない。⑶

争点2-2(被告医薬品が本件発明3及び4の技術的範囲に属するか(均等侵害の成否)
)について

控訴人の主張
均等論の第1要件において、本質的部分は、明細書に記載された従来技術との比較に基づき認定されるべきものであるところ、本件明細書(2頁
3ないし7行目、13ないし19行目、3頁44行目ないし4頁6行目)によれば、本件発明3及び4の本質的部分は、従来技術であるモルヒネ等の麻薬性鎮痛剤では処置の不十分な慢性疼痛のうち、炎症や手術を原因とする痛みに対し、本件化合物の鎮痛又は抗痛覚過敏作用を利用して、これを鎮痛剤として用いる点に存し、その本質的部分は、侵害受容性疼痛に対
するものとして用いるとの点ではない。
したがって、本件発明3及び4の本質的部分が侵害受容性疼痛に限定されるとすることは誤りである。

被控訴人らの主張
本件発明3及び4は、医薬用途発明であり、既知の化合物である本件化
合物が、本件発明3及び4で特定する侵害受容性疼痛の治療に有効であることを新たに見出したことが本件発明の本質的部分である。
これに対し、被告医薬品は、本件化合物を

神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛

に対する疼痛治療薬として用いるものであるから、本件発明3及び4の本質的部分において相違している。

第3

当裁判所の判断

1
当裁判所も、
控訴人の請求にはいずれも理由がないものと判断する。
その理

由は、原判決74頁7行目のcommissural,myelotomyをcommissuralmyelotomyと、75頁9行目の求心性放火(barrage)を求心性集中砲火(barrage)とそれぞれ改め、後記2のとおり、控訴人の当審における補充主張等に
対する判断を加えるほかは、原判決の事実及び理由第4に記載するとおりであるから、これを引用する。
2
控訴人の当審における補充主張等に対する判断


争点1-2(本件発明1及び2について実施可能要件違反の成否)、争点
1-3(本件発明1及び2についてサポート要件違反の成否)及び争点1-4(本件訂正が訂正要件を満たすか)について


実施可能要件の判断基準について
引用する原判決の第4の2⑴アにおいて説示するところを敷衍すると、次のとおりである。
すなわち、
平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項は、

明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しなければならないと定めるところ、この規定にいう実施とは、物の発明については、その物の使用をする行為を含むのであるから(特許法2条3項1号)
、特定の用途に供する物の発明について実施可能要件を

満たすためには、明細書の発明の詳細な説明の記載が、当業者において、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、当該発明に係る物を当該用途に使用等することができる程度のものでなければならない。
そして、医薬用途発明においては、一般に、物質名、化学構造等が示さ
れることのみによっては、その有用性を予測することは困難であり、発明の詳細な説明に、医薬の有効量、投与方法等が記載されていても、それだけでは、当業者において当該医薬が実際にその用途において使用できるかを予測することは困難であるから、当業者が過度の試行錯誤を要することなく当該発明に係る物を使用することができる程度の記載があるという
ためには、明細書において、当該物質が当該用途に使用できることにつき薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項を記載し、出願時の技術常識に照らして、当該物質が当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解できるようにする必要があると解するのが相当である。これを本件についてみると、引用に係る原判決の第2の2⑶のとおり、
本件発明は、本件化合物を痛みの処置における鎮痛剤の用途に使用する医薬用途発明であるから、本件発明について本件明細書の発明の詳細な
説明の記載が実施可能要件を満たすといえるためには、本件明細書において、本件化合物が痛みの処置における鎮痛剤の用途に使用できることにつき薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項を記載し、本件出願日当時の技術常識に照らして、本件化合物が当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解できるようにする必要がある。


実施可能要件の充足について
控訴人は、前記第2の3⑴アにおいて、痛みをまず発生原因から侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛及び心因性疼痛の3つに区分することは誤りであると主張する。しかし、仮に、痛みが原因により侵害受容性疼痛、神経
障害性疼痛、心因性疼痛に分類され、炎症性疼痛や術後疼痛が侵害受容性疼痛に該当するとの原判決の前提によらないとしても、本件発明1及び2に係る特許に実施可能要件違反があるとする原判決の結論は左右されない。その理由は、以下のとおりである。
本件明細書の記載について

a
引用に係る原判決の第4の1のとおり、
本件明細書には、本発明は、
以下の式Iの化合物の、痛みの処置とくに慢性の疼痛性障害の処置における使用方法である。このような障害にはそれらに限定されるものではないが炎症性疼痛、術後疼痛、転移癌に伴う骨関節炎の痛み、三叉神経痛、急性疱疹性および治療後神経痛、糖尿病性神経障害、カウザルギー、上腕神経叢捻除、後頭部神経痛、反射交感神経ジストロフィー、線維筋痛症、痛風、幻想肢痛、火傷痛ならびに他の形態の神経痛、神経障害および特発性疼痛症候群が包含される。(2頁14ないし19行目)本発明は、上記式Iの化合物の上に掲げた痛みの処置、における鎮痛剤としての使用方法である。痛みにはとくに炎症性疼痛、神経障害の痛み、癌の痛み、術後疼痛、および原因不明の痛みである特発性疼痛たとえば幻想肢痛が包含される。神経障害性の痛みは末梢知覚神経の傷害または感染によって起こる。これには以下に限定されるものではないが、末梢神経の外傷、ヘルペスウイルス感染、糖尿病、カウザルギー、神経叢捻除、神経腫、四肢切断、および血管炎からの痛みが包含される。神経障害性の痛みはまた、慢性アルコール症、ヒト免疫不全ウイルス感染、甲状腺機能低下症、尿毒症またはビタミン欠乏からの神経障害によっても起こる。神経障害性の痛みには、神経傷害によって起こる痛みに限らず、たとえば糖尿病による痛みも包含される。(3頁45行目ないし4頁3行目)とする記載があり、各種の痛みが区分して記載されているところ、炎症性疼痛及び術後疼痛と神経障害の痛みないし神経障害性の痛み
(これらは神経障害性疼痛と同義と理解される。
)及び線維筋痛症は、明確に区分されて
いる。
また、上記記載によれば神経障害性の痛みは末梢知覚神経の障害または感染によって起こるとされ、国際疼痛学会の用語リスト(甲77)でも、
神経障害性疼痛は

神経系の一次的な損傷、あるいはその機能異常が原因となって生じた疼痛

と定義付けられているから、
神経障害性の痛み
(神経障害性疼痛)
と炎症性疼痛及び術後疼痛とは、
それぞれ別の原因によって生じる別の痛みと分類されるものと認められる。
b
本件明細書における前記aの記載は、本件発明が対象とする痛みの名称や原因等を列挙したものにすぎないものであるから、当業者においては、これらの記載を見ても、本件発明に係る本件化合物がこれらの各痛みに対する鎮痛効果を有することは理解できないというべきところ、本件明細書には、薬理データ又はこれと同視し得る程度の事項
として、①ホルマリン試験の結果、②カラゲニン試験の結果、③術後疼痛試験の結果が記載されている。

上記①のホルマリン試験は、試験薬物投与後、5%ホルマリン溶液50μlをラットの左後肢の足蹠表面への皮下注射し、注射した後肢のリッキング(舐める行動)又はバイティング(咬む行動)を観察した結果に係るものであるが
(5頁47行目ないし6頁10行目)これ

は、ラットに人為的にホルマリンを投与して足蹠に炎症を起こさせた状態に関する試験結果であり、
文献にも、
例えば、ホルマリン試験は、

動物における侵害刺激のモデルとして使用されてきている。甲27)



ホルマリン試験は・・・侵害受容の標準的動物モデルの1つと考えるべきである。(甲45)のような記載が存在するから、炎症性疼痛


に関する試験と理解されるものと認めるのが相当である。なお、後記bのとおり、個々には上記各記載と異なる記載を有する文献もあるが、これらの文献からホルマリン試験が神経障害を原因とする痛みに対する効果を確認する試験であることが本件出願日当時の技術常識であったことを認めることはできない。したがって、ホルマリン試験が
本件明細書において炎症性疼痛とは別の痛みとされている神経障害性疼痛又及び線維筋痛症に伴う痛みに関するものとは理解されない。上記②のカラゲニン試験は、2%カラゲニン100μlをラットの右後肢の足蹠表面に皮下注射した後、試験薬物を投与し、ラット足蹠加圧試験による機械的痛覚過敏又は足蹠回避潜時(PWL)による熱
的痛覚過敏の状況を観察した結果に係るものであるが(6頁11ないし32行目)
、本件明細書に

これらのデータは・・・CI-1008が炎症性疼痛の処置に有効であることを示す。(6頁31ないし32

行目)との記載があり、文献にも、例えば、

カラゲニンは、炎症及び痛覚過敏を誘発するために広く使用されている。(甲57)との記載


が存在するから、この試験も炎症性疼痛に関する試験と認められ、本件明細書においてこれとは別の痛みとされている神経障害性疼痛及び
線維筋痛症に伴う痛みに関するものとは理解されない。
上記③の術後疼痛試験は、試験薬剤を投与前若しくは投与後に、ラットの後肢足蹠面の皮膚、筋膜及び筋肉を切開し、この手術の前後に足蹠回避潜時(PWL)による熱痛覚過敏又はシーメンス・ワインシュタイン・フォン・フライの毛を用いた接触異痛の状況を観察した結
果に係るものであるが
(6頁37行目ないし8頁23行目)本件明細

書にもここに掲げた結果はラット足蹠筋肉の切開は少なくとも3時間続く熱痛覚過敏および接触異痛を誘発することを示している。本試験の主要な所見は、ギャバペンチンおよびS-(+)-3-イソブチルギャバがいずれの侵害受容反応の遮断に対しても等しく有効なことである。(8頁18ないし23行目)との記載があるから、この試験は、術後疼痛に関するものと認められ、本件明細書においてこれとは別の痛みとされている神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛みに関するものではない。
c
本件明細書には、

BennettG.J.のアッセイはヒトに認められるのと類似の疼痛感覚の障害を生じるラットにおける末梢性単発神経障害の動物モデルを提供する(Pain、1988;33:87-107)

Kim。、S.H.らのアッセイは、ラットにおける分節脊椎神経の結紮によって生じる末梢神経障害の一つの実験モデルを提供する(Pain、1990;50:355-363)。(6頁33ないし36行目)と神経障害に関する動
物モデルを紹介する記載があるが、具体的な試験結果は開示されていない。
d
以上のとおり、本件明細書には、神経障害性疼痛及び線維筋痛症による痛みと炎症性疼痛とは、それぞれ別の痛みと分類されているとこ
ろ、試験結果は、炎症性疼痛及び術後疼痛に関するものが開示されているのみで、神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛みに関するもの
は開示されていない。また、本件化合物がモルヒネとは異なる効果を奏したからといって、本件化合物がモルヒネが無効な痛みに効果を奏すると理解することはできないし、仮に、控訴人が主張するように前記各試験において本件化合物がギャバペンチンよりも優れた効果を奏したからといって、ギャバペンチンとは異なる本件化合物が、ギャバ
ペンチンが有効であると確認された全ての痛みにも効果を奏すると理解することもできない。
そうすると、本件明細書の記載に接した当業者は、少なくとも、本件化合物が神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛みに対して鎮痛効果を奏すると理解することはできない。

技術常識について
控訴人は、
本件出願日における技術常識についてるる主張するところ、
その主張の要点は、①痛覚過敏及び接触異痛については、原因を問わず末梢又は中枢の神経細胞の感作によって生じるから、中枢神経に作用する薬剤により原因を問わず痛覚過敏や接触異痛を鎮痛できることが技術常識として知られていた(以下技術常識Aという。、②ホルマリン)
試験、カラゲニン試験、術後疼痛試験は中枢性感作による痛みに関する試験として用いることが技術常識として知られていた(以下技術常識Bという。)というところにあり、したがって、当業者は、上記

の程

度にとどまる本件明細書の記載に接したのであっても、本件化合物が原因を問わずいかなる痛覚過敏や接触異痛に対しても有効であることを理解するというところにある。
そこで、控訴人が主張する技術常識A及びBの存否について、以下検討する。

a
技術常識Aについて
控訴人は、前記第2の3⑴ア

のとおり、技術常識Aを明らかにす

るため、その主たる根拠として、①痛覚過敏や接触異痛の機序として神経細胞の感作が含まれることを指摘しているとする文献(甲15の1、26、39ないし41、52、58、128、130、133、162、163、166等)の記載や、②ケタミン、アミトリプチリン及びギャバペンチンが、中枢神経に作用して原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛を鎮痛しているとする文献(甲136、146、164等)の記載を援用する。
しかしながら、上記①の文献には、発症の原因を異にする痛覚過敏及び接触異痛の痛みの全てについて、具体的に末梢や中枢の神経細胞
にどのような共通の変化等が生じ、これに薬剤がどのような共通の作用を及ぼし得るのかなどについての具体的かつ説得的な記載は見られず、これらの文献によっても、発症の原因を異にするあらゆる痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して末梢や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じるも
のと認識されていたとの技術常識が本件出願日当時に存在していたと認めるに足りないし、ましてや、中枢神経に作用する薬剤であれば痛覚過敏及び接触異痛の痛みの全てに効果を奏するとの技術常識が存在していたと認めることはできない。
また、上記②の文献によると、本件出願日当時、ケタミンやアミト
リプチリンがNMDA受容体を遮断し、これにより痛覚過敏や接触異痛を軽減されることがあり得るとの知見や、抗てんかん薬のギャバペンチンが神経障害性疼痛の治療に有効であることを示唆する見解が存在したこと自体は認めることができるが、これらの文献によっても、中枢神経に作用する薬剤であれば痛覚過敏及び接触異痛の痛みの全て
に効果を奏するとの技術常識が本件出願日当時に存在していたということはできないし、ましてや、化合物としては異なる本件化合物が、
薬理試験もないままに全ての疼痛に対して効果を奏すると自然に理解できるような技術常識が存在したことを認めることはできない。
以上のとおりであるから、本件出願日当時、技術常識Aが存在したと認めるに足りる的確な証拠はないというべきである。
b
技術常識Bについて
控訴人は、前記第2の3⑴ア

のとおり、技術常識Bを明らかにす

るため、その主たる根拠として、①ホルマリン試験の後期相が中枢性感作を反映するものであり、このことからホルマリン試験を神経障害性疼痛研究のモデルとしているとする文献(甲27、42、45ないし51、161、164、168、169、乙12、25等)の記載、②カラゲニン試験が神経障害性疼痛の治療薬の探索に利用可能な動物モデルであるとする文献(甲57、72、146等)の記載、③術後疼痛試験が術後に生ずる神経細胞の感作の機序を研究するためのモデルとして生み出されたことを裏付けるとする文献
(甲15の1、
52、

58、133等)の記載を援用する。
しかしながら、上記①の文献によると、本件出願日当時、ホルマリン試験の後期相を中枢性感作を反映するものと捉える知見が存在したことまではうかがわれるものの、前記aにおいて説示したとおり、痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して末梢や中枢
の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じることが本件特許出願日当時の技術常識であると認めるに足りないのであるから、ホルマリン試験の後期相に中枢性感作を反映する面がみられるとしても、これをもって、ホルマリン試験が原因を異にするあらゆる痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確認するため
の試験とされていたと認めることはできないし、上記①の文献の記載からは、ホルマリン試験が神経障害性疼痛研究のモデルとされている
とまで読み取ることはできない。
むしろ、
ホルマリン試験の後期相は、
持続する侵害刺激の受容を研究するために有用なモデルとして考えられていたと認められることは、引用に係る原判決の第4の2⑴ウ

とおりである。そうすると、上記①の文献によっても、控訴人が主張するようにホルマリン試験の後期相を神経障害性疼痛に関する試験と
して用いることが、本件出願日当時、技術常識として知られていたと認めることはできない。
次に、上記②の文献によると、本件出願日当時、カラゲニン試験の結果が神経細胞の感作やNMDAレセプターと関連すると捉えた知見や、術後の疼痛が中枢性感作やNMDAレセプターと関連すると捉え
た知見が存在したことまではうかがわれるものの、前記aにおいて説示したとおり、痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して抹消や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じることが本件出願日当時の技術常識であると認めるに足りないのであるから、神経細胞の感作との関連があることのみを
根拠に、カラゲニン試験及び術後疼痛試験が神経障害を原因とする痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確認するための試験とされていたことが本件出願日当時の技術常識であったと認めることはできない。
以上のとおりであるから、本件出願日当時、技術常識Bが存在した
ものと認めるに足りる的確な証拠はないというべきである。
c
控訴人は、
その他、
技術常識A及びBの存在を裏付けるためとして、
るる主張を重ね、また、多種多様な文献を証拠として提出するが、控訴人の主張は、自らが立証責任を負うべき技術常識A及びBの存在に
ついて各文献の記載はそれを否定するものではないといった主張にとどまるものが多く、証拠として提出された文献も、痛覚過敏及び接触
異痛が全て末梢又は中枢の神経細胞の感作であって中枢に作用する薬剤を用いれば原因を問わずいかなる痛みも抑制できることが本件出願日当時の技術常識であったなどとの事実を立証するにはおよそ的確なものとはいい難いものであるから、いずれにしても、前記認定判断を左右するものではない。

小括
以上によれば、控訴人が主張する技術常識A及びBを認めることはできないから、本件明細書の発明の詳細な説明は、前記イ

のとおりに解

釈されるべきものである。したがって、本件明細書に接した当業者は、少なくとも、本件化合物が神経障害性疼痛及び線維筋痛症による痛みに
対して鎮痛効果を奏すると理解することはできない。
そうすると、本件明細書には、明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、請求項記載の痛みに対して鎮痛効果を奏することが確認できる程度の記載があるとはいえないから、本件発明1及び2の関係において
本件明細書の記載は、実施可能要件を充足しないというべきである。ウ
サポート要件の充足について
本件発明1及び2が解決しようとする課題は、本件明細書記載の神経障害性疼痛や心因性疼痛を含む様々な痛みの処置に有効な鎮痛剤を提供す
ることになることは、引用に係る原判決の第4の2

のとおりであるとこ

ろ、本件明細書には、本件化合物が神経障害性疼痛及び線維筋痛症による痛みに対して鎮痛効果を奏するものと当業者が認識することができないことは前記イのとおりであるから、仮に、痛みが原因により侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛に分類され、炎症性疼痛や術後疼痛が侵害受容性疼痛に該当するとの原判決の前提によらないとしても、本件発明1及び2は、本件明細書等の発明の詳細な説明に記載された発明であると
は認められない。
したがって、本件発明1及び2に係る特許請求の範囲の記載はサポート要件を充足しない。

訂正要件違反について
これまで説示したところによれば、仮に、痛みが原因により侵害受容性
疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛に分類され、炎症性疼痛や術後疼痛が侵害受容性疼痛に該当するとの原判決の前提によらないとしても、本件訂正のうち、請求項2に係る訂正は、本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、本件明細書からその効果を奏することが理解のできない新たな痛み(神経障害性疼痛及び線維筋痛
症)の治療用途という新たな技術的事項を導入するものといえるから、訂正要件を満たさない。したがって、一群の請求項である請求項1に関する訂正を含め、本件訂正は訂正要件を具備しないものということになる(なお、
本件訂正は訂正要件を具備するものと仮定してみても、
前示のとおり、
本件明細書には、本件訂正後の本件発明1及び2が規定する痛みに対
して鎮痛効果を奏することが確認できる程度の記載があるといえないのであるから、本件訂正によっても無効事由が解消しないことは明らかであることを付言する。。


まとめ
以上のとおりであるから、いずれにしても、本件発明1及び2は、実施
可能要件及びサポート要件を満たさず、本件訂正は訂正要件を具備するものではないから、無効とされるべきものであり、控訴人の主張は採用し得ない。

争点2-1(被告医薬品が本件発明3及び4の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否)
)について
控訴人が、前記第2の3⑵アにおいて、本件発明3が規定する

炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛み

(構成要件3B)及び本件発明4
が規定する

炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み、又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛み

(構成要件4B)
を侵害受容性疼痛に分類される
べきものに限定することは誤りである旨を主張する。しかし、仮に、これらの痛みが侵害受容性疼痛に該当するとの原判決の前提によらないとしても、被告医薬品が本件発明3及び4のいずれの技術的範囲も属しないとする原判決の結論は左右されない。その理由は、以下のとおりである。

構成要件3B、4Bについて
控訴人は、本件訂正前発明4は、
痛みが炎症性疼痛、神経障害による痛み、癌による痛み、術後疼痛、幻想肢痛、火傷痛、痛風の痛み、骨関節炎の痛み、三叉神経痛の痛み、急性ヘルペスおよびヘルペス後の痛み、カウザルギーの痛み、特発性の痛み、または線維筋痛症である・・・鎮痛剤。とするのに対して、本件発明4は、

・・・炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み、又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤。

として、炎症性疼痛又は術後疼痛を原因
とするものに限定しているから、構成要件4Bの

炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み、又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛み

とは、
少なくとも、
神経障害と線維筋痛症とは異なる原因から生じる
痛覚過敏の痛み又は接触異痛の痛み
(ただし、術後疼痛に係るものに

限る。
)を対象とするものと解される。
そうすると、神経障害又は線維筋痛症から生じる痛覚過敏の痛み
や接触異痛の痛みは、本件発明4の技術的範囲には含まれないものというべきである。
次に、本件発明3は、

・・・炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛みの処置における鎮痛剤。

とするところ、この

炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛み

が、炎症性疼痛又は術後疼痛を指すものかは、特許請求の範囲の記載からは必ずしも明らかではない。
そこで、本件明細書の記載をみるところ、前記⑴イ
のとおり、本件

明細書には、本件化合物に係る試験結果として、炎症性疼痛及び術後疼痛に関するものが開示されているのみであるから、炎症を原因とする痛み
又は手術を原因とする痛みは、それぞれ、
炎症性疼痛及び術後疼痛を単に言い換えたものにすぎないと理解するのが自然である。そうすると、前記

で説示するとおり、神経障害又は線維筋痛症から生

じる痛みは、本件発明3の技術的範囲に含まれないものというべきである。

このような解釈は、本件訂正の経緯にも整合する。すなわち、控訴人が本件訂正に当たって特許庁に提出した上申書(甲18)には、
訂正発明3及び4において、鎮痛剤の処置対象である痛みを、審決の予告において実施可能要件及びサポート要件を満たすと判断された『炎症を原因とする痛み(炎症性疼痛)』及び『手術を原因とする痛み(術後疼痛)』に限定した。と記載されている。そして、審決の予告(甲21)は、本件訂正前発明3及び本件訂正前発明4が実施可能要件及びサポート要件を満たさない理由として、
当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載の上記3種の薬理試験結果の記載に接しても、本件発明に係る鎮痛剤が、『炎症性疼痛』及び『術後疼痛』以外の請求項4に記載の各痛みの処置における鎮痛効果を有することを認識することができない。として、本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を充足しないとしたものであることからすると、本件訂正は、
炎症性疼痛及び術後疼痛以外の本件訂正前の請求項4に記載の各痛み(神経障害又は線維筋痛症から生じる痛みを含む。
)を除外したことは明らかである。


被告医薬品の充足性について

引用に係る原判決第2の2⑸によれば、被告医薬品は効能・効果を神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛とするものであるから、前記アで説示したところからすると、被告医薬品は、本件訂正発明3及び4の技術的範囲に属さないものと認められる。

控訴人の主張について
控訴人は、主位的には、本件発明3及び4の技術的範囲は、侵害受容性疼痛に分類されるべきものではなく、炎症(手術)を原因として神経細胞の感作によって生じた痛覚過敏又は接触異痛の痛みと認定されるべきところ、被告医薬品は、炎症(手術)による炎症から神経損傷等を生じて、
これにより神経細胞の感作を生じて発症した神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛を用途として含むから、本件発明3及び4の技術的範囲に含まれる旨主張し、予備的には、本件発明3及び4の痛みが侵害受容性疼痛に該当する痛みに限定されるとしても、炎症や手術を原因として生じた侵害受容性疼痛と炎症や手術を原因とした神経障害性疼痛及び線維筋痛症
に伴う疼痛とを区別できないから、被告医薬品は本件発明3及び4の技術的範囲に含まれる旨主張する。
しかしながら、被告医薬品の添付文書(甲13)に記載された効能又は効果は、

神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛

であり、これら疼痛を侵害受容性疼痛に分類されるものに限定するか否かにかかわらず、その用
途は、
前記アにおいて説示したとおり、
本件発明3及び4の用途である
炎症性疼痛又は術後疼痛とは異なるものである。また、仮に、患者の主観において、どの痛みがどの原因によって発症しているかを区別することができず、
炎症性疼痛又は術後疼痛の痛みと神経障害性疼痛又は
線維筋痛症に伴う疼痛が混在して発症し得るとしても、それぞれは別の原
因から生じた痛みであって治療の対象も異にするのであるし、前示のとおり、被告医薬品の添付文書の効能・効果欄には

神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛

のみが記載され、用法・用量欄もこれを前提とし
ており、炎症や手術を原因とする痛みに対して用いられることは記載されておらず(甲13)
、被控訴人らにおいて、炎症や手術を原因とする痛みや
混合性疼痛の治療に用いられることを意図して被告医薬品を製造販売しているものと認めるに足りる証拠もない。そして、被告医薬品が混合性
疼痛の患者に対して処方される場合があったとしても、その場合に対象となっている痛みは、あくまでも神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う疼痛に対するものであって、併存している炎症性疼痛又は術後疼痛に
対するものとはいえない。したがって、被告医薬品が本件発明3及び4の構成要件3B及び4Bを充足することにはならない。

以上によれば、控訴人の上記主位的主張及び予備的主張はいずれも採用できない。

以上のとおりであるから、いずれにしても、被告医薬品が本件発明3及び4に係る本件特許権を文言侵害するとはいえず、控訴人の主張は採用し得ない。



争点2-2(被告医薬品が本件発明3及び4の技術的範囲に属するか(均等侵害の成否)
)について
控訴人は、前記第2の3⑶アにおいて、本件発明3及び4の本質的部分が侵害受容性疼痛に限定されるとすることは誤りである旨主張する。しかし、
仮に、本件発明3及び4の本質的部分が侵害受容性疼痛に限定されるとの原判決の前提によらないとしても、
本件発明3及び4が処置対象とする痛みを、
神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛に置換することは、本件発明3及び4の本質的部分を置換することに当たるので、均等の第1要件を満たさないとする原判決の結論は左右されない。その理由は、以下のとおりである。
均等の第1要件は、特許発明の構成と被疑侵害品の構成とに異なる部分が存在する場合であっても、この相違部分が特許発明の本質的部分ではないこ
とを求めており、ここで、特許発明の本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術にみられない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
そして、本件明細書には、

本発明は、痛みの治療において鎮痛/抗痛覚過敏作用を発揮する化合物としてのグルタミン酸およびγ-アミノ酪酸(GABA)の類縁体の使用である

(2頁4ないし5行目)

痛みの処置とくに慢、性の疼痛性障害の処置における使用方法である。このような障害には・・・炎症性疼痛、術後疼痛・・・が包含される

(2頁14ないし19行目)

現、在市場にある鎮痛剤たとえば麻薬性鎮痛剤または非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)では、不十分な効果または副作用からの限界により不完全な処置しか行われていないことは周知である

(4頁4ないし6行目)
と記載さ
れ、具体的には、薬理試験の結果を踏まえて、ホルマリン試験の結果について

ホルマリン応答の後期相におけるリッキング/バイティング行動を、・・・用量依存性にブロックした

(6頁6ないし7行目)と、カラゲニン試験の結

果についてCI-1008が炎症性疼痛の処置に有効であることを示す(6頁31ないし32行目)と、術後疼痛試験の結果についてS-(+)-3-イソブチルギャバがいずれの侵害受容反応の遮断に対しても等しく有効なことである(8頁19ないし21行目)と記載されている。
これらの記載と、前記⑴において認定判断した本件明細書の記載から実施
可能といえる範囲を併せ考えれば、本件発明3及び4の本質的部分は、従来の麻薬性鎮痛剤又は非ステロイド性抗炎症薬では十分に処置されなかった慢性の疼痛性障害のうち、本件発明3については

炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛み

を、本件発明4については

炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み、又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛み

を、
本件化合物で処置することであると認められる。なお、これらの痛みは、侵害受容性疼痛という概念を用いるか否かにかかわらず、炎症性疼痛又は術後
疼痛を意味し、神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う疼痛とは異なる概念であることは前記アのとおりである。
そうすると、本件発明3及び4が処置対象とする上記痛みを、神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛に置換することは、本件発明3及び4の本質的部分を置換することに当たるものであり、このような置換は、均等の第1
要件を満たさない。
以上のとおりであるから、いずれにしても、その他の点について検討するまでもなく、被告医薬品が本件発明3及び4に係る本件特許権を均等侵害するとはいえず、控訴人の主張は採用し得ない。
3
結論
以上によれば、控訴人の請求はその他の点について判断するまでもなくいずれも理由がないからいずれも棄却されるべきである。
よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部

裁判長裁判官

菅野雅之本吉弘行
裁判官

裁判官

中村恭
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