判例検索β > 令和4年(ネ)第10003号
特許権侵害差止請求控訴事件 特許権 民事訴訟
事件番号令和4(ネ)10003
事件名特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日令和4年6月30日
法廷名知的財産高等裁判所
原審裁判所名東京地方裁判所
原審事件番号令和2(ワ)19928
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-06-30
情報公開日2022-07-22 04:00:19
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
令和4年6月30日判決言渡

令和4年(ネ)第10003号

特許権侵害差止請求控訴事件(原審・東京地方裁

判所令和2年(ワ)第19928号)
口頭弁論終結日

令和4年4月19日
判控訴決人
ワーナー-ランバート
パニー

リミテッド

ビリティー

カン

ライア

カンパニー

同訴訟代理人弁護士

村敏明同磯田直也同永島太郎同森下
同訴訟代理人弁理士

泉谷玲
同補佐人弁理士

小野新被飯
日本ジェネリック株式会社

控訴人
同訴訟代理人弁護士

宮嶋同高田同柏
同補佐人弁理士

反主梓12
控訴費用は控訴人の負担とする。
次郎学町泰彦延文
本件控訴を棄却する

子之洋3
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

第1

実及び理由
控訴の趣旨

1
原判決を取り消す。

2
被控訴人は、原判決別紙物件目録記載の医薬品を製造し、販売し、販売の申出をしてはならない。

3
被控訴人は、原判決別紙物件目録記載の医薬品を廃棄せよ。

第2
事案の概要等

1
事案の概要


本件は、発明の名称をイソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤とする発明に係る特許権
(特許第3693258号。
請求項の数4。
以下本件特許権といい、本件特許権に係る特許を本件特許という。)
を有する控訴人が、被控訴人において原判決別紙物件目録記載の医薬品(以下被告医薬品という。
)の製造、販売及び販売の申出をすることが本件特

許権の侵害に当たると主張して、被控訴人に対し、特許法100条1項及び2項に基づき、被告医薬品の販売等の差止め及び廃棄を求める事案である。⑵

原審は、訂正前の請求項1及び2に係る各発明に係る特許については、実施可能要件及びサポート要件の各違反を理由に特許無効審判により無効にされるべきものであると認められるところ、訂正の再抗弁は認められないとし
て、また、被告医薬品は、訂正後の請求項3及び4に係る各発明の技術的範囲に属しないとして、
控訴人の請求をいずれも棄却した。
これを不服として、
控訴人は、本件控訴を提起した。
2
前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張
前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、以下のとおり原判決を補正し、後記3のとおり当審における補充主張を付加するほかは、原判決事実及び理由の第2の1及び2並びに第3(原判決2頁17行目ないし10頁19行目、原判決別紙延長登録目録
(原判決52頁ないし58頁)
、同原告の主張
(原判決59頁ないし88頁)及び同被告の主張
(原判決89頁な
いし120頁)
)に記載のとおりであるから、これを引用する。


原判決3頁5行目の平成9年7月16日(の後に以下「本件出願日という。
」を加える。



原判決3頁11行目の

登録を受けた。

の後に次のとおり加える。

延長の期間は、同目録記載のとおり5年間(帯状疱疹後神経痛については4年9月14日間)であり、延長登録後の特許満了日は、令和4年7月16日である。




原判決8頁6行目の

被告ほか15名が、

被告ほか14名が、審判請求人側参加人として

に改める。


原判決8頁14行目ないし15行目の(甲3)の後に及び同年8月7日付け手続補正書(方式)(甲4)を加える。


原判決8頁17行目末尾に次のとおり加える。

本件訂正において、控訴人は、請求項1を引用する請求項2ないし4につき、訂正が認められる場合には、一群の請求項の他の請求項とは別途訂正することを求めた。(甲4)




原判決8頁19行目の

請求項1及び2に係る訂正を認めず、を次のとお

り改める。

請求項2に係る訂正を認めず、また、請求項2と共に一群の請求項を構成する請求項1に係る訂正も一体的に認めないとした上で、



原判決8頁26行目末尾に次のとおり加える。
同訴訟について、知的財産高等裁判所は、令和4年3月7日、控訴人の請求を棄却する旨の判決を言い渡した。その後、控訴人が同判決に対する上告及び上告受理申立てをしたことから、同判決は確定していない。(当裁判所に顕著な事実)3
当審における補充主張


争点2-1及び争点2-2(訂正前発明1及び2の実施可能要件違反の有無及びサポート要件違反の有無)並びに争点3-2及び争点3-3(本件発
明1及び2の無効理由の解消の有無及び訂正要件の具備の有無)について〔控訴人の主張〕

痛みの分類、治療方法の相違等について
(ア)甲78ないし甲81、甲84、甲88、甲90及び甲91の各文献には、炎症性疼痛や術後疼痛が侵害受容性疼痛に該当するとは記載されていない上、原因にかかわらず、痛覚過敏や接触異痛の機序が共通するこ
とを一切否定していない。それどころか、これらの文献は、ホルマリン試験、カラゲニン試験及び術後疼痛試験において本件化合物が効果を有することが確かめられた神経細胞の感作による痛覚過敏や接触異痛の痛みが、侵害受容性疼痛ではなく神経障害性疼痛や線維筋痛症に共通する痛みであることを裏付けるものといえる。

(イ)上記(ア)で挙げた各文献の記載からは、
本件優先日当時、
一部の神経障
害性疼痛については、侵害受容性疼痛において有効とされていたモルヒネ等の麻薬性鎮痛剤では効果が不十分であるという技術常識が存在したことが認定されるにすぎず、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛及び心因性疼痛の治療方法がそれぞれ異なるとの技術常識を認定することは
できない。

痛覚過敏や接触異痛は全て神経細胞の感作によって生じること
(ア)甲41の文献は、ヒトのマスタードオイル試験において生じる接触異痛の原因について、神経障害性疼痛におけるものと同様に中枢性感作で
あると結論付けているものであり、種々の痛覚過敏や接触異痛が神経細胞の感作によって生じることを否定するものではない。
(イ)甲162及び甲166の各文献に線維筋痛症の痛覚過敏や接触異痛は中枢性感作によるものである旨が記載されていること、甲26及び甲163の各文献に中枢性感作を抑制するケタミンが線維筋痛症患者に効果を有する旨が記載されていることからすれば、線維筋痛症の痛みが中枢性感作によるものであることは技術常識であった。また、甲60の文献
には、線維筋痛症の痛覚過敏や接触異痛が神経細胞の感作によって生じることを否定するような記載はない。

痛みを区別することはできないこと
(ア)乙11の文献が、組織損傷や炎症による痛みと末梢神経の損傷に伴う痛みとに分けて論じているのは、痛みの原因に応じて神経細胞の感作を
生じるまでの過程における病態が異なり得ることを論じるためにすぎず、原因にかかわらず、神経細胞の感作によって痛覚過敏や接触異痛を生じることは否定されていない。
(イ)甲129及び乙11の各文献の記載によれば、神経障害性疼痛において、神経の損傷により炎症を生じて神経細胞の感作を生じる機序は、炎
症性疼痛の機序と同一であり、要するに、神経の損傷や病変によって炎症を生じ、炎症が神経細胞の感作を引き起こして痛覚過敏や接触異痛を生じるものであるから、痛みを原因によって区別することはできない。エ
ホルマリン試験の後期相について
(ア)本件明細書等のホルマリン試験においては、本件化合物が侵害受容性疼痛を反映する初期相には影響しないことが確認されているから、当業者が同試験を侵害受容性疼痛の試験であると考えることはあり得ない。(イ)甲42、甲161、甲164及び甲168の各文献の記載によれば、本件優先日当時、当業者が、組織損傷や神経の損傷といった痛みの原因
の相違にかかわらず、ホルマリン試験の後期相と神経障害性疼痛とを同視し、ホルマリン試験を中枢性感作による慢性疼痛のモデルとして利用していたことは明らかであり、ホルマリン試験の後期相が中枢性感作を反映するものであることは、仮説ではなく技術常識であった。
(ウ)甲27の文献には、ホルマリン試験の後期相が痛覚過敏のメカニズムを反映したものであることが記載されており、甲45の文献にも、ホルマリン試験の後期相が中枢性感作(脊髄後角の機能的変化)を反映した
ものであることが述べられている。また、乙11の文献には、ホルマリン試験に代表される炎症や組織損傷による痛覚過敏が中枢性感作によって生じることが示されている。
(エ)甲47及び甲49の各文献は、ホルマリン試験の後期相が中枢性感作を反映することを述べるにとどまらず、その詳細な機序までをも明らか
にしているから、これらの文献の記載を基に、中枢性感作が仮説であるなどということはできない。
(オ)甲46、甲161及び甲164の各文献によれば、ホルマリン試験においては、ケタミン、MK-801、アミトリプチリンといった神経障害性疼痛治療薬の研究が行われている。


カラゲニン試験について
(ア)甲146の文献は、痛覚過敏は神経障害性疼痛と同じ薬理学的機序を有するから、カラゲニン試験は、神経障害性疼痛の治療薬の探索に利用可能な動物モデルであるとしている。

(イ)甲57の文献においては、痛覚過敏や接触異痛の原因となるNMDAレセプター介在性の中枢性感作に対する髄腔内オピエイトの効果を確認するために、カラゲニン試験を用いたことが記載されている。また、甲72の文献で引用されている参考文献26及び27(いずれも本件優先日以前の文献)においては、カラゲニン試験が末梢及び中枢の神経細
胞の感作を反映したものである旨が記載されている。このように、本件優先日以前に、カラゲニン試験が神経細胞の感作を反映したものであることが知られていたものである。
そのため、
甲146の文献においても、
カラゲニン試験が神経障害性疼痛の治療薬の探索に利用され、カラゲニン試験で効果を奏したアミトリプチリン投与が神経障害性疼痛治療の候補として提案されている。
このように、カラゲニン試験は、神経細胞の感作を反映するものであ
る。

術後疼痛試験について
(ア)本件明細書等の術後疼痛試験においては、手術と対側後肢について熱痛覚過敏を試験し、侵害受容性疼痛の遮断作用がないことが確認されているから、当業者が、本件明細書等の術後疼痛試験を侵害受容性疼痛の
試験であると考えることはあり得ない。
(イ)甲133の文献には、術後疼痛における痛覚過敏や接触異痛が中枢性感作によるものであることが明示されており、このように術後疼痛が中枢性感作を反映したものであることが本件優先日当時の技術常識であったからこそ、甲15の1の文献において、術後疼痛試験が神経細胞の
感作の動物モデルとして提案されているのである。

本件化合物が抗てんかん薬であることについて
(ア)てんかんが中枢神経の異常興奮による病態であることは一般常識であるところ、本件明細書等には、本件化合物が抗てんかん薬として既知
であり、
更に抗痛覚過敏作用を有すると記載されているから、
当業者は、
本件化合物が中枢性感作を抑制し、痛覚過敏や接触異痛を鎮痛できることを期待するものである。
(イ)本件明細書等においては、ホルマリン試験、カラゲニン試験及び術後疼痛試験において、既知の抗てんかん薬であるギャバペンチンを比較例
として用い、本件化合物がギャバペンチンと同様に用量依存性で中枢性感作の抑制効果を示すことを確認しているから、当業者は、本件化合物が、ギャバペンチンと同様に、神経障害性疼痛や線維筋痛症に効果を奏することを十分に理解する。

ケタミンに関する知見について
(ア)本件化合物及びケタミンは、いずれも中枢神経に作用し、神経の異常興奮を抑制する薬剤である。そして、中枢神経に作用し、原因にかかわ
らず痛覚過敏や接触異痛を鎮痛することができる薬剤はケタミンのみではなく、アミトリプチリンが、ホルマリン試験、カラゲニン試験、各種の神経損傷(坐骨神経結紮、末梢遮断、神経根遮断)の動物モデル及び糖尿病性神経障害の動物モデルに加え、ヒトにおける慢性疼痛、帯状疱疹後神経痛及び糖尿病性神経障害に効果を示すことが知られていた
(甲146、甲164)

(イ)したがって、当業者は、本件明細書等において、本件化合物がホルマリン試験、カラゲニン試験及び術後疼痛試験に効果を奏したことから、ケタミンと同様に、神経障害性疼痛や線維筋痛症においても効果を奏することを理解する。


本件明細書等における比較例について
(ア)本件明細書等には、モルヒネについて、侵害受容性疼痛に対して効果を有する一方で、神経障害性疼痛に対しては効果が不十分であることが明示されている。そうすると、本件明細書等の記載からは、モルヒネで
は効果が不十分な一部の神経障害性疼痛における痛覚過敏や接触異痛に対する本件化合物の効果を確認するために、更にはモルヒネが有効な侵害受容性疼痛(ホルマリン試験の初期相、術後疼痛試験の対側後肢PWL)に対して本件化合物が作用しないことを確認するために、モルヒネを比較例として利用したことは明らかである。

(イ)本件明細書等において比較例として用いられているギャバペンチンは、抗てんかん薬であり、反射性交感神経性ジストロフィーを含む神経障害性疼痛の患者及び神経障害の動物モデルに対し、中枢性感作を抑制することで痛覚過敏や接触異痛に効果を示すものである
(甲136)
。ま
た、ギャバペンチンが、抗てんかん薬であり、神経障害性疼痛に対して効果を奏することは周知であった。そうすると、当業者は、本件化合物の神経障害性疼痛に対する効果を示すためにギャバペンチンが比較例
として用いられていることを容易に理解することができる。
(ウ)本件明細書等のホルマリン試験、
カラゲニン試験及び術後疼痛試験は、
いずれも神経細胞の感作による痛覚過敏や接触異痛の試験であり、当業者が侵害受容性疼痛に対して効果を示すものと理解することはあり得ない。
また、
本件明細書等において、
本件化合物が、
モルヒネとは異なり、

術後疼痛試験の痛覚過敏や接触異痛に優れた効果を有することが示されているから、当業者は、本件化合物が神経障害性疼痛や線維筋痛症の痛覚過敏や接触異痛に効果を奏することを十分に理解することができる。さらに、本件化合物が神経障害性疼痛に効果のあるギャバペンチンと同様に用量依存性で効果を示していることからすれば、当業者は、ギャバ
ペンチンとの比較によっても、本件化合物が神経障害性疼痛に効果を奏することを理解することができる。
〔被控訴人の主張〕

〔控訴人の主張〕アに対し
甲79ないし81の各文献に加え、他の証拠の記載も検討すれば、痛み
を原因により侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛及び心因性疼痛の三つに分類することができることは、技術常識であったと優に認定することができる。

〔控訴人の主張〕イに対し
(ア)甲41の文献は、化学性の刺激物であるマスタードオイルによる侵害刺激の存在を前提とした急性痛の侵害受容性疼痛に関する論文であり、急性の実験的疼痛である機械的痛覚過敏が慢性神経痛とは異なる痛みであると認識されていたことを示すものといえるから、控訴人が主張する痛覚過敏や接触異痛が神経細胞の感作で生じるとの技術常識と矛盾するものである。
(イ)本件優先日当時、線維筋痛症は、その原因が判明していなかったもの
であり、特定の病変や侵害刺激が存在しないために適切な動物実験モデルも存在しなかった。また、本件明細書等の記載からは、当時の技術常識を踏まえても、痛覚過敏及び接触異痛を含む線維筋痛症による痛みに対する本件化合物の鎮痛効果を読み取ることはできない。

〔控訴人の主張〕ウに対し
仮に、炎症性疼痛及び神経障害性疼痛が同時に発生して混在する場合で
あっても、これらの痛みは発症の仕組みが異なるものとして明瞭に区別され、それぞれ異なる治療法が採られるというのが技術常識である。エ
〔控訴人の主張〕エに対し
(ア)本件化合物が、ホルマリン試験の初期相において効果を奏しなかった
ことは、典型的な侵害受容性疼痛(炎症性疼痛)の治療薬である非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)と同様であるから、何ら技術的矛盾は存しない。
(イ)ホルマリン試験は、侵害受容性疼痛に属する炎症性疼痛の動物モデルである。控訴人が指摘する各文献の記載によっても、せいぜいホルマリ
ン試験が中枢性感作と何らかの関連性があるという程度のことしか示されておらず、ホルマリン試験の後期相が中枢性感作を反映するものであることが技術常識であると認識されるに足りる記載は存しない。オ
〔控訴人の主張〕オに対し
(ア)本件明細書等には、
カラゲニン試験につき、
炎症性疼痛の処置に有効であることを示すと記載されている上、その他の文献の記載によっても、カラゲニン試験が侵害受容性疼痛に属する炎症性疼痛の試験であることは明らかである。
(イ)甲57の文献は、せいぜいカラゲニン試験とNMDA受容体や後角ニューロンにおけるC線維誘発応答との関連性を示唆するものにすぎず、また、甲146の文献も、単に神経障害性疼痛に効く薬剤の投与ルート
改善の可能性を示すものでしかない。

〔控訴人の主張〕カに対し
(ア)本件明細書等には、術後疼痛試験の主要な所見として、本件化合物がいずれの侵害受容反応の遮断に対しても等しく有効なことであると記載されており、むしろ侵害受容性疼痛の鎮痛作用を有することが述べ
られている。
(イ)甲133及び甲15の1の各文献は、せいぜい術後患者における術後疼痛と中枢性感作との関連性を示唆するものにすぎない。

〔控訴人の主張〕キに対し
(ア)ある化合物が抗てんかん薬として知られ、かつ、抗痛覚過敏作用を有
していれば、中枢性感作を抑制し、痛覚過敏や接触異痛を鎮痛することができるなどという技術常識は存在しない上、本件明細書等をみても、それらのメカニズムに関する記載は存しないから、本件明細書等の記載から、本件化合物が神経障害性疼痛や線維筋痛症を含む痛み全体に対して鎮痛効果を有すると認識することはできない。

(イ)ギャバペンチン及び本件化合物は化学構造が大きく異なる上、本件優先日当時、ギャバペンチンの作用機序は知られていなかったのであるから、ギャバペンチンの薬理効果から本件化合物の鎮痛効果を推測することはできない。

〔控訴人の主張〕クに対し
ケタミンは、本件化合物とは作用機序が異なり、本件優先日当時、その作用機序も知られていなかったから、ケタミンの薬理効果から本件化合物の鎮痛効果を推測することはできない。

〔控訴人の主張〕ケに対し
侵害受容性疼痛及び神経障害性疼痛は、量的な問題としてではなく質的に異なっており、ある薬剤が、侵害受容性モデルでは有効であったとして
も、神経損傷等の他のモデルにおいて有効であるとは限らない。したがって、本件明細書等の実施例の記載からは、本件化合物が、せいぜい侵害受容性疼痛に関してモルヒネよりも優れた効果(及びギャバペンチンと同等の効果)を有することが読み取れるにとどまり、神経障害性疼痛や線維筋痛症の痛覚過敏又は接触異痛に対する効果を有すると理解することはで
きない。


争点4-1及び争点4-2(被告医薬品が本件発明3及び4の技術的範囲に属するか)について

〔控訴人の主張〕

クレーム解釈について
(ア)本件発明3及び4は、あくまでも本件明細書等のカラゲニン試験及び術後疼痛試験で確かめられた、炎症や手術を原因として神経細胞の感作により生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みをクレームしたものであり、その技術的範囲もカラゲニン試験や術後疼痛試験で確かめられた痛みとして特定されるべきである。

(イ)したがって、本件発明3及び4の技術的範囲は、炎症(手術)を原因として神経細胞の感作により生じた痛覚過敏(又は接触異痛)の痛みと認定されるべきであり、炎症性疼痛や術後疼痛とは別の疼痛分類である侵害受容性疼痛という用語を持ち出して技術的範囲を更に限定するのは誤りである。


被告医薬品について
(ア)炎症や手術といった原因にかかわらず、神経細胞の感作という神経の機能異常で生じた痛覚過敏や接触異痛は、神経障害性疼痛や線維筋痛症に共通する痛みである。また、神経障害性疼痛は、
神経の機能異常に基づく疼痛
と定義され、
線維筋痛症も、
痛覚過敏を伴う慢性疼痛症候群
と定義されていたものであり、本件優先日当時から、炎症や手術が神経
障害性疼痛や線維筋痛症に関与することも知られていた。そうすると、

神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛

を適応症とする被告医薬品の用途が、炎症や手術を原因とした神経細胞の感作という神経の機能異常により生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みを含むことは明らかである。(イ)被告医薬品は、純粋な神経疾患のみにより神経細胞の感作を生じてい
る神経障害性疼痛や、心因性の原因のみから感作を生じている線維筋痛症に限定して適応症を取得しているわけではない。そのため、被告医薬品は、炎症や手術の組織損傷から神経細胞の感作を生じた場合、神経損傷や神経疾患で炎症を生じたことにより神経細胞の感作を生じた場合、手術により炎症、組織損傷、神経損傷又は神経疾患等を生じたことによ
り神経細胞の感作を生じた場合など、本件発明3及び4の技術的範囲に含まれる様々な神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛を用途とするものである。

クレーム解釈に係る予備的主張
(ア)仮に、本件発明3及び4の痛みが侵害受容性疼痛に該当すると認定された場合には、侵害受容性疼痛及び神経障害性疼痛のいずれにおいても、共通して神経細胞の感作という神経の機能異常により痛覚過敏や接触異痛を生じるということになる。このような場合、炎症や手術を原因として混合性疼痛を生じている患者において、神経細胞の感作で痛覚過敏
や接触異痛を生じているとしても、機序が同一であることから、これを侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛とに区別することはできない。
このような前提に立てば、本件発明3及び4の痛みが侵害受容性疼痛に限定されるとしても、それは炎症や手術を原因として生じた神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛と区別することができない痛みなのであるから、被告医薬品が本件発明3及び4の技術的範囲に含まれることは明らかである。

(イ)また、神経障害性疼痛は、それ自体が侵害受容性疼痛とオーバーラップする痛み(混合性疼痛)として定義されているものであり、線維筋痛症も、侵害受容性疼痛との併存が前提とされているものであるから、被告医薬品が効能効果を

神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛

とすることは、それ自体、侵害受容性疼痛との混合性疼痛を処置用途とする
ことを添付文書において自認するものである。

均等侵害について
原判決は、本件発明3及び4の本質的部分が侵害受容性疼痛に限定されると判断した。しかしながら、本件明細書等には、本件発明3及び4の本質的部分が侵害受容性疼痛であるという記載は一切存在しない。かえって、
本件明細書等の記載によれば、本件発明3及び4の本質的部分は、従来技術であるモルヒネ等の麻薬性鎮痛剤では処置の不十分な慢性疼痛のうち、炎症や手術を原因とする痛みに対し、本件化合物の鎮痛作用又は抗痛覚過敏作用を利用して、これを鎮痛剤として用いる点に存するものであるから、原判決の認定は、本件明細書等の明示の記載と矛盾するものである。
〔被控訴人の主張〕

〔控訴人の主張〕アに対し
(ア)侵害受容性疼痛(炎症性疼痛等)
、神経障害性疼痛及び心因性疼痛(線
維筋痛症等)の3分類においては、それぞれ基礎とする病態生理及び疼
痛機序に著しい差異があり、それ故に有効な治療方法や治療薬も異なるというのが技術常識である。また、本件明細書等に記載された三種の薬理試験は、いずれも炎症や組織損傷等による急性の痛みを評価するものにすぎず、神経障害性疼痛や線維筋痛症における慢性的な痛覚過敏や接触異痛について評価し得るものではない。さらに、神経細胞の感作と痛覚過敏及び接触異痛との関係がいかなるものであるかにかかわらず、痛みの原因に応じて、有効な作用点(薬剤が作用する部位)や作用メカニ
ズムは大きく異なるのであるから、痛みの原因を無視して、神経細胞の感作の抑制という観点のみから、痛覚過敏や接触異痛に対する薬剤の鎮痛効果を把握することはできない。
(イ)このように、控訴人の主張は、前提として依拠する技術常識が誤っている。


〔控訴人の主張〕イに対し
(ア)ベネットモデル及びチャングモデルが神経を部分的に損傷させることによって神経障害性疼痛を発現させるものであることからも明らかなように、神経障害性疼痛は、神経系の損傷を原因とするものと理解するのが通常である。また、線維筋痛症については、原因によってうまく定義
することができないためにひとまず定義が定められたにすぎず、他の原因による痛覚過敏と同様の治療方法が用いられていたという事実はない。このように、神経障害性疼痛及び線維筋痛症の定義に関する控訴人の主張は、失当である。
(イ)控訴人の主張は、そもそも本件発明3及び4の炎症を原因とする痛み及び手術を原因とする痛みという用語の解釈が誤っている。ウ
〔控訴人の主張〕ウに対し
(ア)複数の原因による痛みが同時に発生して混在する場合であっても、これらの痛みは発症の仕組みが異なるものとして明瞭に区別され、それぞ
れ異なる治療法が採られるというのが技術常識である。
(イ)本件発明3及び4については、本件訂正において、本件明細書等に記載されていないとされた神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛に対する処置を権利範囲から除外することによって特許が無効となることを免れたものであるから、被告医薬品が

神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛

を効果又は効能とすること自体によって本件発明3及び4の技術的範囲に含まれるとすることは、本件訂正の経緯と矛盾する。
(ウ)仮に、被告医薬品が混合性疼痛の治療に用いられることがあったとしても、
上記(ア)で主張したところに照らせば、
必ずしもそれが侵害受容性
疼痛の処置のために用いられていることにはならず、むしろ、添付文書やインタビューフォームに明示的に効能効果が記載されている神経障害性疼痛の処置のために用いられていると解釈するのが合理的である。
実際にも、侵害受容性疼痛である炎症性疼痛及び術後疼痛は、他の痛みが併存するか否かにかかわらず、被告医薬品の用途として薬機法上の承認の対象となっておらず、それに適した用法、用量等は存在しないのであるから、被告医薬品が侵害受容性疼痛である炎症性疼痛の治療として用いられることがあったとしても、それは添付文書等とは全く無関係
の医師の判断によるものであるから、本件発明3及び4の権利が及ばないと考えるのが合理的である。

〔控訴人の主張〕エに対し
(ア)本件特許は、既に本来の存続期間が満了し、その権利範囲は特許法6
8条の2に規定する実質同一の範囲に限られるところ、同範囲について均等論を適用又は類推適用することはできない。また、被告医薬品の用途が本件発明3及び4の規定する炎症を原因とする痛み又は手術を原因とする痛みに含まれると主張することは、延長登録出願手続における控訴人の言動と矛盾するものであるから、禁反言の法理に照らし
許されない。
(イ)上記(ア)の点を措くとしても、いわゆる第二医薬用途発明に該当する本件発明は、その用途が発明の本質的部分に該当することは明らかであるし、本件明細書等に記載された三種の薬理試験の結果からは、本件化合物が神経障害性疼痛や線維筋痛症に対する鎮痛作用を有するとは認められず、その用途を神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛
とする場合には、その技術的思想が全く異なるものとなるから、このよ
うな用途の違いが本質的部分における相違に該当することは明らかである。
したがって、
均等侵害の第1要件を満たさないことは明らかである。
また、本件発明3及び4において処置対象とされている炎症を原因とする痛み及び手術を原因とする痛み以外の11項目の痛みは、本件訂正において明確に除外されているから、均等の第5要件を満たさ
ないことも明らかである。
第3

当裁判所の判断
当裁判所も、原審と同様に、控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。

1
訂正前各発明及び本件各発明の内容


本件明細書等の記載は、原判決10頁22行目ないし25頁12行目のとおりであるから、これを引用する。



本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書等の記載によれば、訂正前各発明及び本件各発明は、本件出願日当時に市場にある鎮痛剤、例えば麻薬性鎮痛剤又は非ステロイド性抗炎症薬ではその効果が不十分であり、又は副作用
からの限界により痛みの処置が不完全であるとの課題を解決するため、てんかん等の中枢神経系疾患に対する抗発作療法に有用であるとされていた既知の薬物である本件化合物が、各請求項に記載された痛みの治療において、鎮痛、抗痛覚過敏作用を発揮することを新たに見出したことにより、本件化合物を包含する鎮痛剤の提供を可能にした医薬用途発明であると認められる。
2
争点2-1(無効理由1(実施可能要件違反の有無)
)について
事案に鑑み、争点2-1から判断する。


判断基準

平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項は、発明の詳細な説明について、

その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない

と定めるところ、この規定にいう実施とは、物の発明については、その物の使用等をする行為をいうのであるから(特許法2条3項1号)物の発明について実施可能要件を満たすためには、

明細書の
発明の詳細な説明の記載が、当業者において、その記載及び出願時の技術常識(本件優先日当時ではなく、本件出願日当時の技術常識に基づいて判
断するのが相当である。他の争点についても同じ。
)に基づいて、過度の試
行錯誤を要することなく、当該発明に係る物を使用することができる程度のものでなければならない。

そして、前記1⑵のとおり、訂正前発明1及び2は医薬用途発明であるところ、医薬用途発明においては、一般に、物質名、化学構造等が示され
るのみではその有用性を予測することは困難である上、医薬の有効量、投与方法等が記載されていても、それのみでは当該医薬が当該用途において実際に使用することができるかを予測することは困難であるから、医薬用途発明が実施可能要件を満たすというためには、当該医薬の効果に関する薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項が明細書に記載
され、当業者が、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、当該医薬が当該用途において使用することができるものであると理解できるものといえなければならないと解するのが相当である。

本件明細書等の記載

訂正前発明1の構成要件1B’
及び1Cは、
痛みの処置における鎮痛剤
であり、訂正前発明2は訂正前発明1に係る請求項を引用するものであるところ、これらの発明に係る請求項には、構成要件1B’の痛みの種類や原因を限定する記載はない。
そして、本件明細書等には、本件化合物を含む鎮痛剤が使用される痛みについて、
本発明は、・・・痛みの処置とくに慢性の疼痛性障害の処置における使用方法である。このような障害にはそれらに限定されるものではないが炎症性疼痛、術後疼痛、転移癌に伴う骨関節炎の痛み、三叉神経痛、急性疱疹性および治療後神経痛、糖尿病性神経障害、カウザルギー、上腕神経叢捻除、後頭部神経痛、反射交感神経ジストロフィー、線維筋痛症、痛風、幻想肢痛、火傷痛ならびに他の形態の神経痛、神経障害および特発性疼痛症候群が包含される。、痛みにはとくに炎症性疼痛、神経障害の痛み、癌の痛み、術後疼痛、および原因不明の痛みである特発性疼痛たとえば幻想肢痛が包含される。神経障害性の痛みは末梢知覚神経の傷害または感染によって起こる。これには以下に限定されるものではないが、末梢神経の外傷、ヘルペスウイルス感染、糖尿病、カウザルギー、神経叢捻除、神経腫、四肢切断、および血管炎からの痛みが包含される。神経障害性の痛みはまた、慢性アルコール症、ヒト免疫不全ウイルス感染、甲状腺機能低下症、尿毒症またはビタミン欠乏からの神経障害によっても起こる。神経障害性の痛みには、神経傷害によって起こる痛みに限らず、たとえば糖尿病による痛みも包含される。との記載がある。これらの記載によれば、構成要件1B’の痛みには、本件明細書等
に記載された様々な痛みが全て包含されるものと解される。

また、本件明細書等には、本件化合物であるCI-1008(
(S)-3
-(アミノメチル)-5-メチルヘキサン酸)及び3-アミノメチル-5-メチル-ヘキサン酸等を用いたラットホルマリン足蹠試験(以下本件ホルマリン試験という。、CI-1008を用いたカラゲニン痛覚過敏)
に対する試験(以下本件カラゲニン試験という。、S-(+)-3-)
イソブチルギャバ(先発医薬品の名称や化学構造(甲5)に照らし、CI-1008と同一であると認められる。
)を用いたラット術後疼痛モデル
における熱痛覚過敏及び接触異痛に対する試験
(以下
本件術後疼痛試験
という。を実施した結果が記載されているところ、

これらはいずれも本件
化合物の効果に関する薬理データ又はこれと同視し得る程度の事項であ
るといえる。
他方で、本件明細書等には、神経障害の動物モデルであるベネットモデル及びチャングモデルに言及している部分があるが、本件化合物について、これらの動物モデルを用いた試験を実施した旨の記載は存しないから、上記言及をもって、本件化合物の効果に関する薬理データ又はこれと同視す
ることができる程度の事項が記載されているとみることはできない。このほか、本件明細書等において、他の試験の結果等、本件化合物の効果に関する薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項といえるような記載は見当たらない。
以上によれば、本件明細書等において、本件化合物の効果に関する薬理
データ又はこれと同視することができる程度の事項として記載されているのは、本件ホルマリン試験、本件カラゲニン試験及び本件術後疼痛試験(以下、これらを併せて本件3試験と総称する。
)に係る結果のみであ
ると認められる。


本件出願日当時の技術常識

痛みの分類等について
(ア)甲79の文献(
病態生理よりみた内科学(改訂3版)(平成8年公
表)
。以下、文献については著者名、該当頁数、出版社又は雑誌社の名称及び号数の記載は省略する。
)には、次の記載がある。

1.痛みとはほとんどの痛みは、病的ではない。組織損傷またはその可能性がある場合に経験される急性疼痛は、個体の生存、日常生活を円滑に行うために必要な警告信号であり、生理的な痛みといえる。・・・しかしある患者では、痛みはそれ自体が病的経過をあらわすことがある。このような病的な痛みは、しばしば慢性疼痛となる。これらの慢性疼痛は極めて多彩な特徴を持ち、その基礎となる病態生理に著しい差異があることを示す。これらを大別すると、侵害受容性(nociceptive)神経障害性、(neuropathic)、心因性(psycogenic)の3つの異なった疼痛機序が考えられる(図6-27)。侵害受容性疼痛は、侵害受容神経路に進行しつつある侵害刺激による痛みであり、その程度はその神経経路における活動の程度に比例すると考えられる。これには体性と内臓性の痛みがあり、これまで経験した痛みの質(通常は患者がよく知っている痛みで、体性であればチクチクする、脈打つような、あるいは差し込むような痛みであり、内臓性なら鈍いあるいは絞るような痛み)によって、あるいはこれらの疼痛が生じる状況によって識別される。一般的な例として、癌の痛みや関節炎の痛みなどがある。鎮痛薬としてのモルヒネは有効である。神経障害性(神経因性)疼痛は、3つの亜型に分けられる。中枢性ニューロンの活動に一次的に関連するのも(判決注:「関連するものの誤記と認める。、交感神経系の遠心性機能に依存するもの(いわゆる交感)

神経依存性疼痛sympathetic-maintainedpain)、および末梢性機能に
関連したものである。これらの痛みはすべて、神経損傷により急激に現れ、臨床的には、異常感覚(dysesthesia)
、感覚異常(paresthesia)

あるいは神経学的障害または局在性自律神経障害のような特徴を合併する。

末梢性神経障害性疼痛は発生機序により、
さらにより細分される。・
・・
他の神経障害性疼痛は、図6-27に示したように分けられる。交感神経依存性疼痛と求心路遮断性疼痛は、
・・・この種の疼痛にはモルヒネ
は無効で、
・・・
第3の機序による疼痛は心因性のもので、特発性疼痛ともよばれる。この痛みは、器質性病変を伴うものと伴わないものとがある。この種の痛みを特徴付けるのは困難で、診断には器質的要因と心理的要因とがどの程度疼痛経験に寄与しているかを識別する必要があり、問題はしばしば複雑となる。

(イ)甲80の文献(
最新脳神経外科学
(平成8年公表)
)には、次の記載
がある。

5.11疼痛とその発生機序生理的な感覚としての痛みは、生体にとって有害刺激(noxiousstimuli)により痛覚求心系が興奮し、痛みとして認知される原始的で、かつ生体にとって警告的な感覚である。感覚としての痛みと比較して、病的な痛みは現象的にみて、不快、不安、苦悩、恐怖などの情動変動が激しい点で異なっている。しかし、病的な痛みのうちには、感覚としての痛みの認知と同様の機序によって発生するものがある。痛覚レセプターへの病的刺激量の増大による侵害受容性疼痛(noxiouspain)と痛覚求心神経を病変によって刺激する神経性疼痛(neurogenicpain)とがある。これらを一括して病変による刺激過剰による病的痛みで、過剰刺激性疼痛(excesspain)と言われるものである。そのほかに、病的痛みとして重要なものは、末梢神経から大脳知覚領野までの生理的痛覚認知経路を遮断した後で発生するもので、痛覚障害を認める部位に対応して激しい痛みが発生することがある。除神経性疼痛(deafferentationpain)といわれ、脳神経外科領域で対処すべき痛みのなかで最も一般的なものである。・・・b.病的痛みの発生機序病的な痛みを発生機序よりみると、炎症や組織損傷による感覚レセプターを異常に刺激することにより、痛覚求心系を激しく興奮させる侵害受容性疼痛(nociceptivepain)、神経痛などに認められる痛覚求心系、とくに末梢神経での圧迫や絞扼によって発生する神経性疼痛(neurogenicpain)がある。さらにそのほかに痛覚求心系が末梢神経で遮断された後に発生する末梢神経除神経性疼痛(peripheraldeafferentationpain)と痛覚求心系が中枢神経内で遮断される中枢神経除神経性疼痛(centraldeafferentationpain)に分類される。(1)侵害受容性疼痛組織損傷による機械的な侵害レセプターへの過剰刺激や炎症による内因性発痛物質や発痛増強物質がレセプターを刺激することにより発生する痛みが侵害受容性疼痛である。この侵害レセプターの過剰な興奮が、痛覚求心系を興奮させて、情動反応を伴う痛みとなる。したがって、刺激となる組織障害に対処し、抗炎症療法を施行し、それらが効果をみる前には、モルフィンなどの鎮痛薬で対処することが可能である。(2)神経性疼痛神経性疼痛は、末梢神経に対する圧迫や絞扼によって発生するもので、脱髄や虚血のために異常知覚が発生したり、細系線維と太系線維との間でエファプス伝達(ephatictransmission)が発生したり、細経線維に過剰興奮を惹起させたりして、脊髄後角へ有害刺激の信号を大量に送り込み、脊髄視床路を介して、激しい痛みとして確認されるわけである。その代表的な疾患は特発性三叉神経痛(ticdouloureux)、椎間板ヘルニアによる疼痛などがあげられる。三叉神経や脊髄後根が中枢神経系へ入る部分では、髄鞘がミエリン鞘から、グリア細胞性の鞘に移行する部分にあたり、この部分での絞扼や圧迫は簡単に脱髄に陥り、線維間の短路伝達(ephaticconduction)を誘発し、触刺激などの非侵害性刺激によっても、Aδ・C線維が興奮し、中枢神経内での生理的痛覚系を異常興奮させて、激しい痛みとして感じられることになる。(3)除神経性疼痛末梢神経から大脳皮質知覚野までの新脊髄視床路-視床皮質路が病変や障害によって遮断されると、その遮断された神経経路に一致する末梢部での痛覚障害が発生する。遮断発生後一定の期間を経ると、その痛覚障害部を中心に激しい痛みが発生する。それを除神経性疼痛といい、その遮断部が末梢神経にあるとき、末梢性除神経性疼痛といい、中枢神経内で遮断されている場合、中枢性除神経性疼痛という。(ウ)甲81の文献(
TheMassachusettsGeneralHospitalHandbookofPainManagement(1996
(平成8)
年公表)には、

次の記載がある。
痛みのタイプ(定義)侵害受容性-侵害受容器の活性化によって発生する痛み。侵害受容器は、中枢神経系を除く全ての組織に存在する。痛みは、皮膚や内臓の求心性神経線維の化学的、熱的又は機械的な活性化の程度と臨床的に比例し、急性又は慢性である(体性痛、癌性疼痛、術後疼痛)。神経障害性-末梢又は中枢の痛みの経路に対する損傷に起因する痛み。進行中の疾病がなくても痛みが持続する(例えば、糖尿病性神経障害)。カウザルギー、反射交感神経ジストロフィー又は交感神経依存性疼痛-末梢神経損傷に起因し、アロディニア、痛覚過敏、灼熱感及び血管運動性変化、そして発汗を含む交感神経系の機能亢進の証拠をしばしば伴う。求心路遮断性-中枢神経系の痛みの経路(末梢又は中枢の)に対する求心性入力が喪失する結果生じる慢性疼痛(例えば、神経捻除や脊髄損傷)。神経痛-神経分布における神経障害や刺激に伴う電撃痛(例えば、三叉神経痛)。神経根障害-神経根の圧迫や分断により生じる痛み(例えば、椎間板疾患)。中枢性-通常、脊髄視床皮質経路を含む中枢神経系での障害により生じる痛み(例えば、視床梗塞)。心因性-神経系の解剖学的分布と一致しない痛み。しばしば、十分な検索を行っても、痛みを説明する器質的障害を認めない。(エ)甲78の文献(
最新医学大辞典(第2版)(平成9年公表)
)には、

次の記載がある。
aカウザルギーcausalgia《灼熱痛、疼痛性熱感;burningpain、thermalgia》主として外傷性の末梢神経の損傷後にみられる、自律神経症状を伴った灼熱性の疼痛を訴える疾患である。損傷を受けた神経の支配領域を中心に焼けつくような痛みと同部の血管拡張または血管収縮を示し、発汗過多や減少を呈することもある。また同部の皮膚は痛覚過敏や鈍麻などの知覚異常もみられる。原因としては、損傷部位において遠心性の交感神経線維と求心性の知覚線維の間に“artifitialSynaps”が形成され、血管運動神経と知覚神経が正のフィードバックをもつためと考えられている。治療は交感神経節切除または交感神経節のブロックが有効である。b三叉神経痛trigeminalneuralgia《顔面痛、疼痛〔性〕チック、フォザーギル神経痛;prosopalgia、Fticdouloureux、Fothergill*neuralgia》JohnF.(1712-1780、医師、英)。顔面に激痛を起こす神経痛。特発性(真性)のものと症候性のものがある。特発性三叉神経痛は、神経痛の代表であり、発作的な激痛が数~数十秒続き、緩解時は無症状である。痛みの性質は電気が走るような激痛である。c術後疼痛postoperativepain切開創の痛み、あるいは内臓痛や術中体位の影響による関節・筋・腰痛などが総合されてその原因となる。術後1~2日まで特に痛みが激しいが、抜糸まで続くものである。術後疼痛は、創部の乏血により治癒を遅らせ、痛みによる呼吸の抑制で肺合併症をきたしやすい。治療は、一般に麻薬性鎮痛薬、ペンタゾシンやブプレノルフィンなど非麻薬性鎮痛薬、解熱性鎮痛薬が投与される。トランキライザーの併用も有効である。硬膜外ブロックや硬膜外モルヒネ投与は極めて有効な疼痛処置である。d
心因性疼痛psychogenicpain精密検査を行っても、原因となるような器質的病変ないし病態生理的機序が見出されないにもかかわらず訴えられる疼痛、またある程度関連する器質的病変が存在する場合でも、その身体的所見から期待されるものを上回る強さで訴えられる疼痛などで、背景に心理的要因が関与していると考えられるものをいう。e
ヘルペス後神経痛postherpeticneuralgia帯状疱疹を起こす水痘・帯状疱疹ウイルスが脊髄後根神経節やそれに対応する神経節を侵し、疱疹が治癒した後も数ヵ月また何年にもわたって起こる疼痛。好発部位は三叉神経第1枝の領域で、そのほか肋間神経にも起こる。疼痛は痒いような、刺すような、焼けつくようななどと表現される。比較的年齢の高い人に多く、種々の治療も奏効しないことが多い。(オ)甲84の文献(
神経内科QuickReference(第2版)(平成7年公

表)
)には、次の記載がある。
0.種々の疼痛(頭痛以外の疼痛)・・・1.侵害受容器と求心性線維・・・2.疼痛抑制系・・・3.関連痛referredpain・・・4.三叉神経痛・・・5.帯状疱疹後神経痛post-herpeticneuralgia・・・6.神経根痛radicularpain・・・7.視床痛thalamicpain・・・8.カウザルジアcausalgia・・・9.心因性疼痛psychogenicpain・・・10.治療上述の各項目毎に治療についても簡単に触れたが、以下疼痛の対症療法についてまとめる。A.末梢において痛みを減らすものa.プロスタグランジンなどの化学物質の抑制アスピリン、インドメサシン、ステロイド剤、その他の非ステロイド性抗炎症薬b.侵害受容器を活性化する伝達物質に拮抗するものセロトニン拮抗薬:ergotamine、methysergideβアドレナリン遮断薬、抗ヒスタミン薬B.侵害刺激の伝達を末梢にて抑制するものa.神経ブロック(プロカイン、アルコール、フェノール)、b.経皮的電気刺激、c.針治療、d.抗てんかん薬、e.神経切断C.エンドルフィン受容器を直接刺激するものモルフィン、meperidineD.中枢における痛覚路の遮断cordotomy、commissuralmyelotomy、thalamotomyE.その他精神安定薬、抗うつ薬、下垂体破壊、frontallobotomy、cingulotomy
(カ)上記(ア)ないし(オ)の各文献の記載内容によれば、本件出願日当時、慢性疼痛とも呼ばれる病的な痛みについては、発生機序に応じて様々な分類がされていたものであり、
これらの痛みの態様や程度、
治療方法等は、
それぞれ異なるものであると考えるのが技術常識であったといえる。また、発生機序に応じた痛みの分類の仕方は様々であるものの、少なくと
も、炎症や組織損傷による侵害受容器への刺激を発生機序とする痛み(侵害受容性疼痛)と、神経に対する圧迫や絞扼等の神経の障害を発生機序とする痛み(神経障害性疼痛)及び心因性疼痛と呼ばれる痛み等とを区別するのが技術常識であったと認められる。

ホルマリン試験について
(ア)甲45の文献(
Theformalintest:anevaluationofthemethod(1992(平成4)年公表)
)には、次の記載がある。
a
主にラットとマウスで使用されている侵害受容のホルマリン試験は、傷害を受けた組織によって発生する中程度の継続的な痛みを伴う。このように、それは閾値強度の短い刺激に頼るほとんどの伝統的な侵害受容の試験とは異なる。本稿では、刺激の特性や侵害受容行動の変化をどのように測定し解釈するかを含め、ホルマリン試験の主な特徴について説明する。ホルマリンへの応答は、初期相と後期相を示す。初期相は、主に末梢刺激によるC-線維活性化によって引き起こされるように思われるが、後期相は、末梢組織における炎症反応と脊髄後角の機能的変化の組合せに依存するように思われる。
b

結論として、ホルマリン試験は、侵害受容を研究するために利用可能な一連の方法への価値ある追加である。


c

ホルマリン試験は、・・・いくつかの研究分野において、他の試験に比べてかなりの利点を有しており、よって侵害受容の標準的動物モデルの1つと考えるべきである。


(イ)甲43の文献(
THEFORMALINTEST:AQUANTITATIVESTUDYOFTHEANALGESICEFFECTSOFMORPHINE,MEPERIDINE,ANDBRAINSTEMSTIMULATIONINRATSANDCATS(1977(昭和52)年公表)
)には、
次の記載がある。
a

ラットおよび猫の疼痛および鎮痛を評価する方法が説明される。その手順は、希薄ホルマリンの前肢への皮下注射を含み、その後客観的行動基準に従って動物の反応が評価される。


b
要するに、ホルマリンテストは・・・疼痛の閾値を測定するものではないけれども、むしろ比較的長く続く疼痛刺激に対する行動的反応を定量化するものである。したがって、これは実際の病的な状態において見られるような痛みに類似している。このテストは、それ故に、疼痛を評価するために現在利用可能な方法への価値ある追加である。(ウ)甲46の文献(EvidenceforspinalN-methyl-D-aspartatereceptorinvolvementinprolongedchemicalnociceptionintherat(1990(平成2)年公表)
)には、次の記載がある。
a
ホルマリンによって生成される求心性集中砲火・・・比較的に短いタイムスパンでNMDA介在性の中枢性活性を誘発し、この誘発された活性が長期間の痛みの状態における侵害受容とその調節の変化の一つの基礎となっている可能性があると思われる。bホルマリンの皮下注射は、短時間持続する一過性の活性(・・・)を生み出すことが示されてきており、侵害受容の長引く持続期がこの後に発生し、これは様々な種における行動学的研究によって評価されており・・、・持続した侵害刺激の有用なモデルであると考えられる。(エ)甲47の文献(
TheContributionofExcitatoryAminoAcidstoCentralSensitizationandPersistentNociceptionafterFormalin10inducedTissueInjury(1992(平成4)年公表)
)には、次の記載
がある。
a

ラットにおける組織損傷に反応した中枢の感作と持続性侵害受容の発生への興奮性アミノ酸(EAAs)の寄与が、後肢へのホルマリンの皮下注射後に調べられた。


b

我々は、以前(・・・)、損傷に誘導される中枢性感作の行動モデルとして、ホルマリン試験を用いた。

c
リドカイン(・・・)又はμ-オピオイドDAMGO(・・・)のいずれかのくも膜下腔投与が、ホルマリン試験の第一相の直後ではなく、前に投与されれば、皮下ホルマリンに対する行動反応及び後角ニューロン反応を阻害することが証明された。これは、ホルマリン応答の初期相の間に生じた神経作用が中枢神経系の機能の変化(すなわち、中枢性感作)を引き起こし、それが次いで後期相の間の処理に影響すること、をもたらし得ることを示唆する。(オ)甲48の文献(
FormalininducesbiphasicactivityinC-fibersintherat(1996(平成8)年公表)
)には、次の記載がある。
a
ホルマリン誘発性の行動の第一相は、ホルマリン誘発性のC線維の一次求心性侵害受容器の活性化を反映しており、第二相は、第一相の間の一次求心性インプットの初期の集中砲火により後角ニューロンが感作(中枢性感作)した結果か、炎症に誘発された一次求心性侵害受容器の活性化の結果か、又はその両方の組合せ[・・・]であるとの仮説が立てられてきた[・・・]。ホルマリンに対する行動反応の第二相への末梢性侵害受容作用の寄与については、議論が引き起こされている。b

総合すれば、これらのデータは、一次求心性作用が、第二相の侵害受容行動の発現に必要とされること、および中枢性感作が第二相の単独の根拠ではないことを示唆している。


(カ)甲49の文献(
TheRoleofNMDAReceptor-operatedCalciumChannelsinPersistentNociceptionafterFormalin-inducedTissueInjury(1992(平成4)年公表)
)には、次の記載がある。
a

ラットにおける組織損傷に対する応答である中枢性感作および持続性侵害受容への細胞内カルシウムの貢献が、後肢へのホルマリンの皮下注射の後に調べられた。

b
この結果は、ホルマリン損傷により誘発された組織損傷後の中枢性感作および持続性侵害受容は、主にNMDA受容体作動性(比較的程度は低いが電位依存性の)カルシウムチャネルを介したカルシウム流入に依存することを示す。(キ)甲51の文献(IntracellularMessengersContributingtoPersistentNociceptionandHyperalgesiaInducedbyL-GlutamateandSubstancePintheRatFormalinPainModel(1994(平成
6)年公表)
)には、次の記載がある。

この結果は、ホルマリン損傷により誘発された組織損傷後の中枢性感作および持続性侵害受容、およびL-グルタミン酸およびサブスタンスPにより引き起こされたホルマリン試験における痛覚過敏は、細胞内メッセンジャーである一酸化窒素、アラキドン酸およびプロテインカイネースCに依存することを示す。(ク)上記(ア)ないし(ウ)の各文献の記載によると、本件出願日当時、ホルマリン試験は、ラット等にホルマリンを皮下注射することにより、炎症に
よる持続した侵害刺激を生じさせ、これによって生じた痛みに対する薬剤の効果を確認するための有用な動物モデルであると考えられていたものと認められる。そして、上記の炎症による持続した侵害刺激によって生じた痛みは、炎症による侵害受容器への刺激を発生機序とする痛みである侵害受容性疼痛に当たるものというべきである。

他方で、
ホルマリン試験の後期相については、
上記(エ)の文献のように、
専ら中枢性感作を反映し得るものであると指摘する知見もあったものの、上記(ア)及び(オ)ないし(キ)の文献のように、
多くの文献においては、
炎症
性疼痛及び中枢性感作の組合せを反映し得るとされるにとどまっていたものと認められる。

以上によれば、本件出願日当時、ホルマリン試験は、後期相が中枢性感作を反映し得るものであることが指摘されてはいたものの、侵害受容性疼痛に対する薬剤の効果を確認するための動物モデルであると考えられていたものというべきである。

カラゲニン試験について
(ア)甲44の文献(newandsensitivemethodformeasuringthermalAnociceptionincutaneoushyperalgesia(1988(平成元)年公
表)は、
)皮膚の痛覚過敏における熱侵害受容を測定するための新たな精度の高い方法とのタイトルの文献であり、次の記載がある。
a
拘束されていない動物における熱刺激に対する皮膚痛覚過敏を測定する方法が記載されている。・・・カラゲニンに誘発された炎症は、食塩水で処置した足と比較して有意に短い足回避潜時をもたらし、そしてこれらの潜時変化は熱侵害受容閾値の低下に対応した。b
鎮痛薬によるカラゲニン誘発痛覚過敏の遮断を検出する熱的および機械的方法の能力が、硫酸モルヒネ・・またはインドメタシン・・・・で前処置したラットにおいて評価され、比較された。・・・熱的および機械的刺激に対する行動反応は、ベースライン時および最初の注射の2時間後と3.5時間後に、カラゲニン処置および対側の未処置の後肢の両方について測定された。(イ)甲56の文献(
Spinalopioidanalgesiceffectsareenhancedinamodelofunilateralinflammation/hyperalgesia:possibleinvolvementofnoradrenergicmechanisms(1991(平成3)年公
表)
)には、次の記載がある。
a
カラゲニン誘導炎症は、1962年Winter等によって説明された。そして、非ステロイド抗炎症薬のスクリーニングのために広く使われるようになっている・・・。最近、皮膚の痛覚過敏のモデルとして適合されている。b

データは、炎症状態中のオピオイドの鎮痛作用が脊髄のノルアドレナリン作動性の経路との相互作用に依存する可能性があることを示す。


c
末梢性炎症を有する動物に全身投与されたオピオイドの鎮痛効果の増強は、最近、炎症組織内の受容体での薬理作用に基づくものとされた(・・・)。本研究は、片側性のカラゲニン誘発炎症/痛覚過敏が脊髄レベルでのオピオイドアゴニストの鎮痛効果の増加とも関連していることを示す。
d

我々は、片側性カラゲニン誘発の炎症モデルにおけるオピオイドアゴニストの脊髄媒介性の抗侵害受容効果を調べた。

(ウ)甲57の文献(
Alterationsinneuronalexcitabilityandthepotencyofspinalmu,deltaandkappaopioidsaftercarrageenaninducedinflammation(1992(平成4)年公表))には、次の記載がある。
a
これらの結果は、末梢の炎症に続いて、脊髄の伝達及び調節システムの両方で機能的変化が発達することを実証した。μアゴニストであるモルヒネで、オピオイドアゴニストの抗侵害受容性の変動が生じ、大きな変化を示した。
b
おそらく、炎症の発達は、脊髄ニューロンの過興奮における閾下での変化に随伴し、これにより観察された変化が生ずる。遅いEPSPの合計が、これらの細胞のワインドアップの基礎となることが示されている(・・・)。EPSPの構築といったイベントと、十中八九IPSPとが、末梢の炎症に続いて、脊髄での伝達及び調節におけるこれらの変化を生ずるもっともな説明となる。
(エ)上記(ア)及び(イ)の各文献の記載によると、本件出願日当時、カラゲニン試験は、ラット等にカラゲニンを皮下注射することにより、炎症による痛覚過敏を生じさせ、これに対する薬剤の効果を確認するための動物モデルとして広く利用されていたものと認められる。そして、上記の炎症による痛覚過敏の痛みは、炎症による侵害受容器への刺激を発生機序
とする痛みである侵害受容性疼痛に当たるものというべきである。他方で、カラゲニン試験については、上記(ウ)の文献のように、炎症の発達及び脊髄ニューロンの過剰興奮を反映するものである可能性を指摘する知見もあったものといえる。
以上によれば、本件出願日当時、カラゲニン試験は、炎症の発達及び
脊髄ニューロンの過剰興奮を反映し得るものであることが指摘されてはいたものの、侵害受容性疼痛に対する薬剤の効果を確認するための動物モデルであると考えられていたものというべきである。

術後疼痛試験について
術後疼痛試験については、ホルマリン試験及びカラゲニン試験とは異なり、本件出願日当時における一般的な試験内容を認定するに足りる証拠は存しない。



検討

検討すべき内容
上記⑴及び⑵によれば、訂正前発明1及び2が実施可能要件を満たすというためは、当業者が、本件明細書等における本件3試験に係る結果の記載及び上記⑶のとおりの本件出願日当時の技術常識に基づいて、本件化合
物が本件明細書等に記載された様々な痛みの全てに対して使用することができるものであると理解できるものといえなければならない。

本件ホルマリン試験及び本件カラゲニン試験について
(ア)本件明細書等には、本件ホルマリン試験の結果として、本件化合物は
初期相においては特段の効果を奏さなかったが、後期相においては効果を奏した旨が、本件カラゲニン試験の結果として、本件化合物が機械的痛覚過敏及び熱痛覚過敏のいずれに対しても効果を奏した旨が、それぞれ記載されている。
(イ)そして、本件明細書等の記載及び上記⑶イ及びウによれば、本件ホル
マリン試験及び本件カラゲニン試験は、いずれも本件出願日当時における一般的なホルマリン試験及びカラゲニン試験と同様の試験内容であったといえるところ、上記⑶イ及びウで検討したとおり、本件出願日当時、ホルマリン試験は、侵害受容性疼痛である炎症による持続的な侵害刺激によって生じた痛みに対する薬剤の効果を、カラゲニン試験は、侵
害受容性疼痛である炎症による痛覚過敏の痛みに対する薬剤の効果を、それぞれ確認するための動物モデルであると考えられていたものと認められる。
(ウ)以上によれば、当業者は、本件ホルマリン試験によって、侵害受容性疼痛である炎症による持続的な侵害刺激によって生じた痛みに対する本件化合物の効果が、本件カラゲニン試験によって、侵害受容性疼痛である炎症による痛覚過敏の痛みに対する本件化合物の効果が、それぞれ
確認されていると認識するものというべきである。

本件術後疼痛試験について
(ア)本件明細書等には、本件術後疼痛試験の手術について、右後肢足蹠表面を50%エタノールで準備して、踵の端から0.5cmに開始し足指
の方向に皮膚及び筋膜を通して1‐cm縦に切開し、また、足蹠の筋肉は鉗子によって持ち上げて縦に切開した上で、傷口を編んだ絹の縫合糸によりFST-02の針を用いて2個所で閉じたこと、熱痛覚過敏については、上方に傾斜したガラステーブルの下に可動性放射熱源を置き、ラットの後肢足蹠に焦点を合わせ、足蹠回避潜時(PWL)を記録した
こと、接触異痛については、動物の後肢の足蹠表面に、順次力を増大させてフライの毛で触れ、後肢の回避が誘発されるまで試験し、反応が誘発されるのに必要な最低の力量を回避閾値としてグラムで記録したことが、それぞれ記載されている。
また、本件明細書等には、本件術後疼痛試験の結果として、本件化合
物が熱痛覚過敏及び接触異痛のいずれに対しても効果を奏した旨が記載されている。
(イ)甲15の1の文献Characterizationofaratmodelofincisional(pain(1996(平成8)年公表))には、次の記載がある。a
要約本研究で我々は、切開痛のラットモデルを開発した。ハロタン麻酔ラットの皮膚、筋膜、および足蹠の足底側面の筋肉を1-cm縦に切開した。手術前及び手術に続く6日間、創傷周辺のさまざまな領域でフォン・フライの毛を使用して、回避反応を測定した。動物の体重負荷行動に基づく累積疼痛スコアも利用した。回避反応試験及び体重負荷に基づくスコアの結果は、ラット足の外科的切開が、術後数日間続く信頼性のある定量可能な機械的痛覚過敏を引き起こすことを示唆している。足の皮膚と筋膜のみを含み、筋肉を含まない切開は、最初の術後期間中にそれほど重度の痛覚過敏を引き起こさなかった。本モデルにより、手術による感作のメカニズムを理解し、ヒトの術後疼痛の新しい治療法を調査できるであろう。b

術後疼痛は、急性痛の一般的な形態である。


c
本研究において、切開からおよそ10mm離れた位置の調査は、逃避反射の閾値減少を示した(図4)。切開から10mmの一次求心性の感作は起こらないだろうことから、この離隔した敏感さが示唆するのは、外科的切開が我々の動物において二次痛覚過敏を生ずるだろうということである。人間における切開後の二次痛覚過敏は、・・・著者らは、傷の上10cmの位置での疼痛閾値の減少を検出し、これが中枢性感作による二次痛覚過敏であったことを示した。(ウ)上記(ア)及び(イ)によれば、本件術後疼痛試験は、ラットの後肢の足蹠面の皮膚、筋膜及び筋肉を切開する手術の創傷により、痛覚過敏及び接
触異痛を誘発し、痛覚過敏及び接触異痛を生じた同側足蹠に対する薬剤の効果を確認するというものであり、甲15の1の文献に記載されたモデルを基にしたものであるといえるものの、同文献に記載されているように、創傷周辺の様々な領域で回避反応を測定したものではないことからすれば、当業者は、本件術後疼痛試験につき、隔離した敏感さに示唆
される二次痛覚過敏の痛みでなく、術後疼痛の一般的な形態である急性痛に対する薬剤の効果を確認する試験であると理解するものと認められる。
そうすると、上記の手術の創傷によって生じた痛覚過敏及び接触異痛の痛みは、組織損傷による侵害受容器への刺激を発生機序とする痛みである侵害受容性疼痛に当たるものというべきである。
(エ)以上によれば、当業者は、本件術後疼痛試験によって、侵害受容性疼
痛である手術の創傷によって生じた痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する本件化合物の効果が確認されていると認識するものというべきである。

ベネットモデル及びチャングモデルについて
(ア)前記⑵イのとおり、本件明細書等には、ベネットモデル及びチャングモデルに言及している部分があるが、本件化合物について、両モデルを用いた試験を実施した旨の記載は存しないところ、本件明細書等の記載及び次の各文献の記載によれば、本件出願日当時、両モデルは、いずれも神経障害のモデルとして広く知られていたものといえる。

a
甲85の文献Anexperimentalmodelforperipheralneuropathy(producedbysegmentalspinalnerveligationintherat(19
92(平成4)年公表)

最近、ラットを用いてカウザルギーについての2つの実験動物モデルが開発された。BennettandXie1988)(によるものと、Seltzeretal.(SeltzerandShir1988;…1990)によるものである。前者のモデルは、坐骨神経の周囲に4つの緩い結紮を施すことにより作成され、・・・。これらのモデルはいずれも、痛覚過敏とアロディニアの急速な発生というカウザルギーの主要な臨床症状を模倣する。さらに、動物らは自発痛を発症し、また交感神経系が関与していることを示唆する証拠がある。我々は、ラットの片側のL5あるいはL5及びL6の双方の脊髄神経を完全に結紮することを含む、3番目のモデルを開発した。b
甲86の文献(
InterventionalPainManagement
(1996(平
成8)年公表)

(a)表3-3.脊髄修飾システム:ラットにおける髄腔内注射の効果
(b)

実験的疼痛状態(動物モデル)アロディニア(髄腔内ストリキニーネ、Chungモデル)神経損傷-痛覚過敏(Bennettモデル)

(イ)そうすると、本件明細書等に接した当業者は、本件化合物の効果を確認するための試験として、神経障害のモデルとして広く知られていたベ
ネットモデル及びチャングモデルではなく、ホルマリン試験、カラゲニン試験及び術後疼痛試験が選択されているものと認識するものといえる。
これに上記イ及びウで検討したところを併せ考慮すれば、本件明細書等に接した当業者は、本件化合物について、炎症や組織損傷による侵害
受容器への刺激を発生機序とする痛み(侵害受容性疼痛)とは区別される神経の障害を発生機序とする痛み(神経障害性疼痛)に対する効果は確認されていないと認識するものというべきである。

その他の事情
(ア)本件明細書等には、本件化合物が本件3試験において効果を奏する場合に、さらなる薬理試験等を要することなく、本件明細書等に記載された様々な痛みの全てについて効果を有すると予測されることを明示又は示唆する技術常識は何ら記載されていない。
(イ)また、前記⑶アのとおり、本件出願日当時、慢性疼痛とも呼ばれる病
的な痛みについては、発生機序に応じて様々な分類がされていたものであり、これらの痛みの態様や程度、治療方法等は、それぞれ異なるものであると考えるのが技術常識であったといえる一方で、痛みの種類を問わず、痛覚過敏又は接触異痛等の痛みの発症原因や機序が同一であり、いずれかの種類の痛みに対して有効な医薬品であれば、他の種類の痛みに対しても有効であるとの技術常識があったと認めるに足りる証拠は存しない。


小括
以上検討したところによれば、本件明細書等の記載に接した本件出願日当時の当業者は、本件化合物について、いずれも侵害受容性疼痛である、炎症による持続的な侵害刺激によって生じた痛み、炎症による痛覚過敏の痛み並びに手術の創傷によって生じた熱痛覚過敏及び接触異痛の痛みに
対して使用することができるものであると認識するといえるものの、本件化合物が、これらの痛みに限らず、神経の障害を発生機序とする痛み(神経障害性疼痛)を含む、本件明細書等に記載された様々な痛みの全てに対して使用することができるものであると理解できるものとは認められない。

したがって、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載は、当業者において、その記載及び本件出願日当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、訂正前発明1及び2に係る物を使用することができる程度のものであるとはいえないから、訂正前発明1及び2は、実施可能要件を満たさないというべきである。



原審における控訴人の主張(原判決別紙原告の主張
)に対する判断

原告の主張第1の2⑴イについて
(ア)控訴人は、本件出願日当時、慢性疼痛は、それが侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛又は心因性疼痛のいずれによるものであっても、末梢や中
枢の神経細胞の感作という神経の機能異常で生ずる痛覚過敏や接触異痛の痛みであるとの技術常識が存在したので、当業者は、本件明細書等の記載及び同明細書等に記載された薬理試験の結果から、本件化合物が本件明細書等に記載された各種の痛みに有用であると認識することができた旨主張し、その理由として、本件出願日当時、ホルマリン試験等を用いた研究により、組織損傷や炎症の後に、興奮性アミノ酸を伝達物質とするNMDAレセプター作動性の中枢性感作を生ずることが知られており、カラゲニンの炎症や術後疼痛における感作もこれと同様の機序であると理解されていた上、神経損傷の後にも、同様にNMDAレセプター作動性の中枢性感作を生ずることが知られていたことなどを主張する。

(イ)そこで検討するに、控訴人が指摘する文献には、組織損傷や炎症後の痛覚過敏について、次の記載がある。
a
甲39の文献(TheinductionandmaintenanceofcentralsensitizationisdependentonN-methyl-D-asparticacidreceptoractivation;implicationsforthetreatmentofpost-injurypainhypersensitivitystates(1991(平成3)年公表)


(a)中枢感作はヒトにおける損傷後疼痛過敏状態の原因となる可能性がある(b)

末梢組織の損傷に続いて生じる痛覚過敏は、損傷付近の一次求心性侵害受容器の感受性の増大(末梢性感作)・・・および、脊髄におけるニューロンの興奮性の増大(中枢性感作)の結果生じる


b
甲46の文献(EvidenceforspinalN-methyl-D-aspartatereceptorinvolvementinprolongedchemicalnociceptionintherat(1990(平成2)年公表)

ホルマリンによって生成される求心性集中砲火・・・比較的に短いタイムスパンでNMDA介在性の中枢性活性を誘発し、この誘発された活性が長期間の痛みの状態における侵害受容とその調節の変化の一つの基礎となっている可能性があるc
甲49の文献(
TheRoleofNMDAReceptor-operatedCalciumChannelsinPersistentNociceptionafterFormalin-inducedTissueInjury(1992(平成4)年公表)

この結果は、ホルマリン損傷により誘発された組織損傷後の中枢性感作および持続性侵害受容は、主にNMDA受容体作動性(比較的程度は低いが電位依存性の)カルシウムチャネルを介したカルシウム流入に依存することを示す。(ウ)また、控訴人が指摘する文献には、術後疼痛について、次の記載がある。
a
甲15の1の文献(Characterizationofaratmodelofincisionalpain
(1996(平成8)年公表)

著者らは、傷の上10cmの位置での疼痛閾値の減少を検出し、これが中枢性感作による二次痛覚過敏であったことを示した。


b
甲50の文献Spinalnitricoxidesynthesisinhibitionblocks(NMDA-inducedthermalhyperalgesiaandproducesantinociceptionintheformalintestinrats(1993(平成5)年公表)

(a)

この痛覚過敏要素は、脊髄のNMDA受容体の活性化によって開始され、それはNO生成を介して求心性インプットの実際の増大処理および続く疼痛行動の関連する痛覚過敏要素に導く。

(b)

これらの観察が示唆しているのは、ヒトの術後疼痛状態は、・・・長引く求心性の活動や脊髄のNMDAレセプターを用いた動物モデルやシステムと少なからず類似しているだろうということである。


(エ)さらに、控訴人が指摘する文献には、神経障害性疼痛について、次の記載がある。
a
甲42の文献(
Responseofchronicneuropathicpainsyndromestoketamine:apreliminarystudy(1994(平成6)年公表)

動物の神経障害性疼痛モデルにおいて示唆されるように・・・、痛覚過敏はNMDA受容体によって介在される『ワインドアップ現象』の提示である可能性がある。これに関して神経障害性疼痛症候群における痛覚過敏はホルマリン誘発性の痛みの第二相・・・に類似する。これらはすべて、NMDA受容体介在性の中枢性促通による脊髄レベルでのワインドアップ現象によって生じると思われる。b
甲46の文献(EvidenceforspinalN-methyl-D-aspartatereceptorinvolvementinprolongedchemicalnociceptionintherat(1990(平成2)年公表)

持続したあるいは慢性的な痛みに関連する多くの問題の一つは、長く持続する痛みのある種の形態を緩和する難しさにあり、これは特に、神経損傷に関連する形態についてである。・・・動物についての様々な研究は、末梢の侵害受容繊維の感作が発生し得ること・・・を明らかに示し、さらに最近では、マイナー入力に対する後角の侵害受容的システムの反応を顕著に促進する、急速に誘発された中枢性過敏についての証拠が蓄積している。このようなメカニズムは、痛みを増幅し、持続する痛みの状態の問題に貢献する可能性がある。
(オ)上記(イ)ないし(エ)の各記載によれば、本件出願日当時、末梢組織の損傷に続いて生じる痛覚過敏の痛みが末梢性感作及び中枢性感作の結果として生じている可能性を指摘する知見があったとはいえる。しかしながら、これらの文献には、発症の原因を異にする痛覚過敏の痛みの全てについて、末梢又は中枢の神経細胞にいかなる共通の変化等が生じ、こ
れに対して薬剤がいかなる共通の作用を及ぼし得るのかなどに関する具体的な記載はみられないことからすれば、本件出願日当時、発症の原因を異にするあらゆる痛覚過敏の痛みが、その原因にかかわらず、共通して末梢又は中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じるものと考えられていたものとは認められない。そうすると、本件出願日当時、あらゆる慢性疼痛が、末梢や中枢の神経細胞の感作という神経の機能異常で生ずる痛覚過敏や接触異痛の痛み
であるとの技術常識が存在したものと認めることはできず、当業者が、本件3試験の結果の記載のみから、本件化合物が本件明細書等に記載された様々な痛みの全てに対して使用することができるものであると理解できるものともいえない。
(カ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。

原告の主張第1の2⑴ウについて
(ア)控訴人は、組織損傷や炎症により神経を損傷し、逆に神経損傷により炎症を生じるなどして、神経細胞の感作を生じて痛覚過敏や接触異痛を生ずることから、痛みを組織損傷、炎症、神経損傷、心因性の要因など
の原因では明確に区別することはできず、炎症性疼痛及び術後疼痛と神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛とは相互に重複する痛みであると理解されていた旨主張する。
(イ)しかしながら、前記⑶アのとおり、本件出願日当時、慢性疼痛とも呼ばれる病的な痛みについては、発生機序に応じて様々な分類がされてい
たものであり、これらの痛みの態様や程度、治療方法等は、それぞれ異なるものであると考えるのが技術常識であったといえる。また、上記アで検討したとおり、本件出願日当時、あらゆる慢性疼痛が、末梢や中枢の神経細胞の感作という神経の機能異常で生ずる痛覚過敏や接触異痛の痛みであるとの技術常識が存在したものと認めることはできない。さ
らに、上記アで挙げた控訴人が指摘する文献においても、痛みをその原因に応じて区別することができない旨の記載は存しない。
そうすると、各種の疼痛に共通して痛覚過敏や接触異痛の症状がみられるとしても、そのことから、痛みを組織損傷、炎症、神経損傷、心因性の要因などの原因では明確に区別することができず、炎症性疼痛及び術後疼痛と神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛とが相互に重複する痛みであると理解されていたものとは認められない。
(ウ)上記主張に関して控訴人は、痛みを原因では明確に区別することはできず、各種の疼痛が相互に重複する痛みであると理解されていた例として、神経障害性疼痛を生ずる椎間板ヘルニアや神経障害性疼痛を生ずる複合性局所疼痛症候群において、炎症により神経細胞の感作を生ずるこ
とが知られ
(甲128、
130)神経損傷の後にも神経細胞の感作を生

ずることが知られていたことを挙げる。
しかしながら、甲128の文献には、髄核ヘルニアの痛みについて、神経根及び神経終末の炎症及び刺激が関連すること、末梢組織の疼痛の状況が後角における体性感覚ニューロンを感作させて慢性疼痛状態に
寄与し得ることが記載されているものの、神経の炎症及び刺激と体性感覚ニューロンの感作との関係についての記載は存しない。また、甲130の文献には、RSD(反射性交感神経性ジストロフィー)が反射神経の炎症の形態であることを示す旨が記載されているものの、これはRSDにおいて炎症状態にある神経が痛みを生じることが記載されている
にすぎないといえる。そうすると、これらの文献の記載をもって、本件出願日当時、痛みを原因では明確に区別できず、各種の疼痛が相互に重複する痛みであると理解されていたものとはいえない。
また、控訴人は、糖尿病性神経障害においては神経損傷により直ちに疼痛を生じるわけではなく、また、複合性局所疼痛症候群は神経損傷だ
けではなく組織損傷によっても神経障害性疼痛を生じる疾患とされていたなどと指摘する。
しかしながら、糖尿病性神経障害は、神経線維の損傷や線維の再生成等と関連し
(甲131)また、

太い神経線維や自律神経の混乱とも関連
する(甲132)ことが知られており、その病態生理は主として細い神経線維の軸索変性と分節的な脱髄であるとされていること(甲81)などからすれば、糖尿病性神経障害による痛みは、神経の障害を発生機序
とする痛みであるというべきである。また、複合性局所疼痛症候群は、Ⅰ型が反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)と、Ⅱ型がカウザルギーと呼ばれていたものであるところ
(甲141)RSDは、

上記のと
おり炎症状態にある神経が痛みを生じるものであり、カウザルギーの痛みは、外傷性の末梢神経の損傷後にみられるものである(甲78)こと
からすれば、複合性局所疼痛症候群の痛みは、炎症状態にある神経又は神経の損傷という神経の障害を発生機序とする痛みであるというべきである。そうすると、これらの痛みの病態をもって、本件出願日当時、痛みを原因では明確に区別できず、各種の疼痛が相互に重複する痛みであると理解されていたものとはいえない。

(エ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。ウ
原告の主張第1の2⑴キについて
(ア)控訴人は、本件明細書等に記載された炎症性疼痛は、神経細胞の感作による痛覚過敏や接触異痛による痛みであり、侵害受容性疼痛を意
味しないとした上で、ホルマリン試験は、後期相が痛覚過敏や接触異痛の原因である中枢性感作を反映したものであることが知られていたため、神経障害性疼痛治療薬の研究に用いられていたものであり、本件明細書等においても、本件化合物が、ホルマリンの侵害刺激を反映した前期相には効果を奏さず、痛覚過敏や接触異痛の直接の原因である中枢性
感作を反映した後期相に効果を奏することが確認されている旨主張する。
(イ)しかしながら、前記⑶イで検討したとおり、本件出願日当時、ホルマリン試験の後期相については、侵害受容性疼痛である炎症による持続的な侵害刺激によって生じた痛みに対する薬剤の効果を確認するための動物モデルであると考えられていたものというべきであり、控訴人が指摘する文献(甲45ないし51、64、86)によっても、本件出願日
当時、ホルマリン試験の後期相が専ら中枢性感作を反映したものであると当業者から理解されていたものとはいえない。
また、前記⑶イのとおり、ホルマリン試験の後期相については、中枢性感作を反映し得るものであることが指摘されてはいたものの、上記アで検討したとおり、本件出願日当時、あらゆる慢性疼痛が、末梢や中枢
の神経細胞の感作という神経の機能異常で生ずる痛覚過敏や接触異痛の痛みであるとの技術常識が存在したものと認めることはできないことからすれば、ホルマリン試験の後期相が中枢性感作を反映し得るものであったとしても、このことをもって、本件出願日当時、ホルマリン試験において痛みに対する効果が確認された薬剤が、原因を異にするあら
ゆる痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を有するものであると考えられていたものとはいえない。
さらに、上記の諸点を考慮すれば、本件ホルマリン試験によって、本件化合物が、痛覚過敏や接触異痛の直接の原因であると控訴人が主張する神経細胞の感作に効果を奏することが確認されているともいえない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。エ
原告の主張第1の2⑴クについて
(ア)控訴人は、当業者にカラゲニン試験が侵害受容性疼痛の試験と理解されることはないとした上で、同試験は、神経細胞の感作を反映したもの
として知られ、神経障害性疼痛治療薬の研究にも用いられており、本件明細書等においても、神経細胞の感作で生じた痛覚過敏に対する本件化合物の効果が確認されている旨主張する。
(イ)しかしながら、前記⑶ウで検討したとおり、本件出願日当時、カラゲニン試験は、侵害受容性疼痛である炎症による痛覚過敏の痛みに対する薬剤の効果を確認するための動物モデルであると考えられていたものというべきであり、控訴人が指摘する文献(甲56、57、72、14
6)によっても、本件出願日当時、カラゲニン試験が専ら中枢性感作を反映したものであると当業者から理解されていたものとはいえない。また、前記⑶ウのとおり、カラゲニン試験については、脊髄ニューロンの過剰興奮を反映するものである可能性を指摘する知見もあったものの、上記アで検討したとおり、本件出願日当時、あらゆる慢性疼痛が、
末梢や中枢の神経細胞の感作という神経の機能異常で生ずる痛覚過敏や接触異痛の痛みであるとの技術常識が存在したものと認めることはできないことからすれば、カラゲニン試験が脊髄ニューロンの過剰興奮を反映し得るものであったとしても、このことをもって、本件出願日当時、カラゲニン試験において痛みに対する効果が確認された薬剤が、原因を
異にするあらゆる痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を有するものであると考えられていたものとはいえない。
さらに、上記の諸点を考慮すれば、本件カラゲニン試験によって、本件化合物が、痛覚過敏や接触異痛の直接の原因であると控訴人が主張する神経細胞の感作に効果を奏することが確認されているともいえない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。オ
原告の主張第1の2⑴エ及びケについて
(ア)控訴人は、術後疼痛試験は、神経細胞の感作を反映したものであることが知られており、本件明細書等においても、術後疼痛試験により、切
開創の治癒後も持続する、神経細胞の感作で生じた痛覚過敏や接触異痛に対する本件化合物の効果が確認されている旨主張する。
(イ)しかしながら、前記⑷ウのとおり、当業者は、本件術後疼痛試験は、侵害受容性疼痛である手術の創傷によって生じた痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確認するためのものであると認識するものというべきである。
また、上記ア(ウ)の各文献の記載によれば、術後疼痛試験については、
中枢性感作に関連する手術の感作を反映するものであると指摘する知見も存在したものといえるものの、上記アで検討したとおり、本件出願日当時、あらゆる慢性疼痛が、末梢や中枢の神経細胞の感作という神経の機能異常で生ずる痛覚過敏や接触異痛の痛みであるとの技術常識が存在したものと認めることはできないことからすれば、術後疼痛試験が中枢
性感作に関連する手術の感作を反映し得るものであったとしても、このことをもって、本件出願日当時、術後疼痛試験において痛みに対する効果が確認された薬剤が、原因を異にするあらゆる痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を有するものであると考えられていたものとはいえない。

さらに、上記の諸点を考慮すれば、本件術後疼痛試験によって、本件化合物が、痛覚過敏や接触異痛の直接の原因であると控訴人が主張する神経細胞の感作に効果を奏することが確認されているともいえない。(ウ)上記主張に関して控訴人は、カプサイシン試験やマスタードオイル試験について記載された文献(甲41等)も根拠とするが、これらの試験
は本件明細書等に記載された試験ではないことからすれば、前記の結論を左右するものではないというべきである。
(エ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。カ
原告の主張第1の2⑴カについて
(ア)控訴人は、本件化合物は、本件明細書等において中枢神経疾患であるてんかんに対して効果を有する既知の化合物であることが記載され、更に神経障害性疼痛や線維筋痛症を含む慢性疼痛の全体に対し、抗痛覚過敏作用を有することにより効果を奏することが明示されていた旨主張する。
(イ)しかしながら、前記⑵で検討したとおり、本件明細書等の記載において、薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項に当たると
いえるのは、本件3試験の結果の記載のみであるから、控訴人が指摘する

本発明は、痛みの治療において鎮痛/抗痛覚過敏作用を発揮する化合物としての・・・使用である。、

本発明の化合物は、てんかん・・・のような中枢神経系疾患に対する抗発作療法に有用な既知の薬物である。

などの本件明細書等の記載から、当業者が、本件化合物があらゆる
慢性疼痛に対して鎮痛効果を有するものであると理解できるものとはいえない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。キ
原告の主張第1の2⑴イについて
(ア)控訴人は、ホルマリン試験で中枢性感作を抑制することが確認されたケタミンが、広く神経障害性疼痛や線維筋痛症を含む慢性疼痛に効果を奏することも知られていた旨主張する。
(イ)そこで検討するに、控訴人が指摘する各文献(甲26、42、46、52ないし55、70等)の記載によれば、本件出願日当時、ケタミン
が神経障害性疼痛や線維筋痛症等の様々な痛みの処置において効果を奏するものであることや、その機序について、ケタミンによってNMDAが遮断され、NMDA受容体を介在する中枢性活性の痛みが軽減されることがあり得るとの知見が存在したものと認められる。
しかしながら、上記の各文献によっても、上記のNMDA受容体を介在する中枢性活性が、発症の原因を異にするあらゆる痛みの共通の原因であるとまで認めることはできず、当業者が、ホルマリン試験の後期相に効果を有した薬剤であれば、あらゆる慢性疼痛に効果を奏すると認識し得たものとはいえない。なお、上記のNMDA受容体を介在する中枢性活性が、NMDA受容体との関連が明らかでない本件化合物のような薬剤の作用に関連するものであると認めるに足りる証拠は存しない。

以上によれば、
当業者が、
上記のようなケタミンに関する知見を基に、
本件化合物が広く神経障害性疼痛や線維筋痛症を含む慢性疼痛に効果を奏すると理解できたものとはいえない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。ク
原告の主張第1の2⑴コについて
(ア)控訴人は、本件明細書等において、組織損傷や炎症による通常の痛みに対して効果のあるモルヒネを比較例としていることから、当業者は、本件化合物が、組織損傷や炎症による侵害刺激で生ずる通常の痛みではなく、神経細胞の感作による痛覚過敏や接触異痛に直接効果を奏すると理解する旨主張する。

(イ)しかしながら、本件カラゲニン試験及び本件術後疼痛試験において確認されているのは、比較例であるモルヒネが効果を奏しないことではなく、モルヒネも一定の効果を奏するものの、本件化合物の方がより有利な効果を奏するということである。そうすると、このような結果をもって、当業者が、本件化合物について、組織損傷や炎症による侵害受容器
への刺激によって生じる痛みではなく、控訴人が主張する神経細胞の感作による痛覚過敏や接触異痛に直接効果を奏するものであると理解するものとはいえない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。ケ
原告の主張第1の2⑴サについて
(ア)控訴人は、本件明細書等において、慢性疼痛である神経障害性疼痛に有効なギャバペンチンを比較例とし、本件化合物がより優れた効果を有することも確認されているから、当業者は、本件化合物が神経障害性疼痛にも効果があると認識する旨主張する。
(イ)しかしながら、控訴人の上記主張は、本件出願日当時、ギャバペンチンが神経障害性疼痛に効果を奏することが技術常識であったことを前
提とするものであり、その根拠として提出されている本件出願日以前の文献は甲136の文献のみであるところ、同文献のみによっては、上記の技術常識が存在したものとは認められない。そうすると、本件3試験において、ギャバペンチンが比較例として用いられているからといって、当業者が、本件化合物が神経障害性疼痛にも効果があると認識するもの
とはいえない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。コ
原告の主張第1の2⑴シについて
(ア)控訴人は、本件明細書等において、当時まだ一般的に用いられていなかった動物モデルであるチャングモデルやベネットモデルがあること
についても紹介しており、当業者はこれらの動物モデルにより容易に追試が可能であった旨主張する。
(イ)しかしながら、前記⑵イのとおり、本件明細書等には、動物モデルであるベネットモデル及びチャングモデルに言及している部分があるが、本件化合物について、両モデルを用いた試験を実施した旨の記載は存し
ないから、上記言及をもって、本件化合物の効果に関する薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項が記載されているものとみることはできない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。⑹

当審における控訴人の補充主張に対する判断

〔控訴人の主張〕アについて
(ア)控訴人は、甲78ないし甲81、甲84、甲88、甲90及び甲91の各文献に関して、痛覚過敏や接触異痛の機序が共通することは一切否定されておらず、かえって、神経細胞の感作による痛覚過敏や接触異痛の痛みが神経障害性疼痛や線維筋痛症に共通する痛みであることを裏付けるものであり、また、一部の神経障害性疼痛には侵害受容性疼痛に
おいて有効とされていたモルヒネ等の麻薬性鎮痛剤では効果が不十分であるという技術常識が存在したことが示されているにすぎず、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛及び心因性疼痛の治療方法がそれぞれ異なるとの技術常識を読み取ることはできない旨主張する。
(イ)しかしながら、控訴人が指摘する各文献において、痛覚過敏や接触異
痛の機序が共通することが否定されていないからといって、これらの痛みが神経細胞の感作によって生じるものであることや、神経障害性疼痛や線維筋痛症に共通する痛みであることが裏付けられるものではない。そして、前記⑶アで検討したとおり、甲78ないし81及び甲84の各文献において、痛みがその発生機序に基づいて分類されている上、分類
に応じた治療方法等にも言及されていることは明らかである。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。イ
〔控訴人の主張〕イについて
(ア)控訴人は、甲41の文献は種々の痛覚過敏や接触異痛が神経細胞の感
作によって生じることを否定しているわけではないこと、甲26、甲162、甲163及び甲166の各文献によれば、線維筋痛症の痛みが中枢性感作によるものであることは技術常識であったといえ、甲60の文献には線維筋痛症の痛覚過敏や接触異痛が神経細胞の感作によって生じることを否定するような記載はないことを理由に、痛覚過敏や接触異
痛は神経細胞の感作によって生じるものである旨主張する。
(イ)しかしながら、甲41及び甲60の各文献に痛覚過敏や接触異痛が神経細胞の感作によって生じることを否定する記載がないからといって、これらの痛みが神経細胞の感作によって生じるものであることが裏付けられるものではない。
また、線維筋痛症については、本件出願日当時における各文献において、
痛覚過敏を伴う慢性疼痛症候群と定義されている
(甲26)

心、因性の線維筋痛症

痛覚中枢の機能的異常により痛みが増幅されて感、じられる疾患

(甲88)


侵害受容ニューロンの中枢性感作を導く中枢の侵害受容系の変化
(甲162)

末梢の一次求心性メカニズムの応答変化と、CNSプロセスの変化とが、FSの病態生理に重要な役割を果たしていると推測せざるを得ない

甲166)(
などと説明されている上、

甲163の文献も、線維筋痛症と外傷後神経障害性疼痛を伴う一患者についての知見を記載しているものにすぎないことからすれば、本件出願日当時、線維筋痛症の発生機序は解明されていたものとはいえず、線維筋痛症の痛みが中枢性感作によるものであることが技術常識であったとはいえない。

(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。ウ
〔控訴人の主張〕ウについて
(ア)控訴人は、乙11の文献において、原因にかかわらず、神経細胞の感作によって痛覚過敏や接触異痛を生じることは否定されていないこと、
甲129及び乙11の各文献の記載によれば、神経の損傷により炎症を生じて神経細胞の感作を生じる機序は炎症性疼痛の機序と同一であることなどを理由に、痛みを原因によって区別することはできない旨主張する。
(イ)しかしながら、これまで検討したところによれば、本件出願日当時、
中枢性感作が痛覚過敏や接触異痛の原因であることを指摘する知見は存在したものの、慢性疼痛とも呼ばれる病的な痛みについては、発生機序に応じて様々な分類がされていたものであり、これらの痛みの態様や程度、治療方法等は、それぞれ異なるものであると考えるのが技術常識であったというべきであるから、控訴人が指摘する各文献の記載をもって、痛みを原因によって区別することができないとはいえない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。

〔控訴人の主張〕エについて
(ア)控訴人は、本件ホルマリン試験において本件化合物が侵害受容性疼痛を反映する初期相には影響しないことが確認されていること、ホルマリン試験の後期相につき、甲42、甲161、甲164及び甲168の各
文献の記載によれば、本件出願日当時、中枢性感作による慢性疼痛のモデルとして利用されていたことは明らかであり、また、甲27及び甲45の文献にもこれを否定する内容は記載されていないこと、甲47及び甲49の各文献においては、中枢性感作にNMDAレセプターが関与するなどして中枢性感作が生じる詳細な機序まで明らかにされているこ
とを理由に、当業者は本件ホルマリン試験の後期相は神経細胞の感作を反映するものであると認識する旨主張する。
(イ)しかしながら、前記⑶イで検討したとおり、控訴人が指摘する各文献の記載を前提としても、本件出願日当時、ホルマリン試験については、後期相について中枢性感作を反映し得るものであると指摘する知見も
あったものの、侵害受容性疼痛である炎症による持続的な侵害刺激によって生じた痛みに対する薬剤の効果を確認するための動物モデルであると考えられていたものというべきである。また、甲47及び甲49の各文献において、中枢性感作が生じる機序がある程度具体的に記載されているからといって、本件出願日当時、ホルマリン試験が中枢性感作に
よる慢性疼痛のモデルとして利用されていたことは明らかであるということはできない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。オ
〔控訴人の主張〕オについて
(ア)控訴人は、甲57の文献、甲72の文献において引用されている参考文献及び甲146の文献の記載によれば、カラゲニン試験が神経障害性疼痛の治療薬の探索に利用可能な動物モデルであることが裏付けられ
ている旨主張する。
(イ)しかしながら、前記⑶ウで検討したとおり、控訴人が指摘する文献の記載を前提としても、本件出願日当時、カラゲニン試験については、脊髄ニューロンの過剰興奮を反映し得るものであることが指摘されてはいたものの、侵害受容性疼痛である炎症性疼痛に対する薬剤の効果を確
認するための動物モデルであると考えられていたものというべきである。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。カ
〔控訴人の主張〕カについて
(ア)控訴人は、本件術後疼痛試験において侵害受容性疼痛の遮断作用がないことが確認されており、また、術後疼痛試験につき、甲133の文献に術後疼痛における痛覚過敏や接触異痛が中枢性感作によるものであることが明示されているように、術後疼痛が中枢性感作を反映したものであることが本件出願日当時の技術常識であったからこそ、甲15の1
の文献において、術後疼痛試験が神経細胞の感作の動物モデルとして提案されているものである旨主張する。
(イ)しかしながら、前記⑷ウで検討したとおり、当業者は、本件術後疼痛試験につき、隔離した敏感さに示唆される二次痛覚過敏の痛みでなく、術後疼痛の一般的な形態である急性痛に対する薬剤の効果を確認する
試験であり、侵害受容性疼痛である手術の創傷によって生じた痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する本件化合物の効果が確認されていると認識するものというべきである。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。キ
〔控訴人の主張〕キについて
(ア)控訴人は、本件明細書等には、本件化合物が抗てんかん薬として既知であり、抗痛覚過敏作用を有すると記載されていることから、当業者は
本件化合物が中枢性感作を抑制し、痛覚過敏や接触異痛を鎮痛できることを期待するものであり、また、本件3試験において既知の抗てんかん薬であるギャバペンチンが比較例として用いられていることから、当業者は本件化合物がギャバペンチンと同様に神経障害性疼痛や線維筋痛症に効果を奏することを十分に理解する旨主張する。

(イ)しかしながら、前記⑸カ及びケで検討したところに照らせば、本件化合物が抗てんかん薬として既知であり、また、ギャバペンチンが比較例として用いられているからといって、当業者が、本件化合物が中枢性感作を抑制し、痛覚過敏や接触異痛を鎮痛できることを期待したり、本件化合物がギャバペンチンと同様に神経障害性疼痛や線維筋痛症に効果
を奏することを理解したりするものとはいえない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。ク
〔控訴人の主張〕クについて
(ア)控訴人は、甲146及び甲164の各文献に示されているとおり、ケ
タミンのほかにもアミトリプチリンが、中枢神経に作用し、原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛を鎮痛することができる物質として知られていたことからすれば、当業者は、本件3試験の結果から、本件化合物がケタミンと同様に神経障害性疼痛や線維筋痛症においても効果を奏するものと理解する旨主張する。

(イ)しかしながら、前記⑸キで検討したとおり、当業者が、ケタミンに関する知見を基に、本件化合物が広く神経障害性疼痛や線維筋痛症を含む慢性疼痛に効果を奏すると理解できたものとはいえない。また、アミトリプチリンがホルマリン試験やカラゲニン試験において用いられることがあるからといって、当業者が、本件ホルマリン試験及び本件カラゲニン試験の結果から、直ちに本件化合物が広く神経障害性疼痛や線維筋痛症を含む慢性疼痛に効果を奏すると理解するものではないというべ
きである。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。ケ
〔控訴人の主張〕ケについて
控訴人は、本件明細書等における比較例であるモルヒネ及びギャバペンチンについて縷々主張するが、前記⑸ク及びケで検討したところに照らせ
ば、いずれも採用することはできない。

このほか、控訴人は、訂正前発明1及び2の実施可能要件に関して縷々主張するが、いずれも前記の結論を左右するものではないというべきである。



小括
以上によれば、訂正前発明1及び2は、実施可能要件を満たさないものとして、特許無効審判により無効にされるべきものであると認められる。
3
争点2-2(無効理由2(サポート要件違反の有無)
)について


判断基準
特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくても当業者が出願時の技術常識に照
らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である。


検討
本件明細書等の記載によれば、訂正前発明1及び2は、本件化合物を本件明細書等に記載された様々な痛みに対する鎮痛剤として提供することを課題とする発明であるといえるところ、前記2において検討したところに照らすと、当業者が、本件出願日当時の技術常識に照らして本件明細書等の記載か
ら認識することができるのは、本件化合物が、本件ホルマリン試験において確認された炎症による持続した侵害刺激によって生じた痛み、本件カラゲニン試験において確認された炎症による痛覚過敏の痛み並びに本件術後疼痛試験において確認された手術の創傷によって生じた痛覚過敏及び接触異痛の痛み(前記のとおり、これらの痛みは、いずれも侵害受容性疼痛に当たる。)に

対して使用することができるものであるということのみであり、これを超えて、本件化合物が本件明細書等に記載された上記の様々な痛みに対して使用することができるものであると認識することはできないと認められる。そうすると、訂正前発明1及び2は、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のもので
あるとはいえず、また、その記載や示唆がなくても当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえないから、サポート要件を満たさないというべきである。


控訴人の主張に対する判断
控訴人は、争点2-2につき、争点2-1において主張したところと同旨
の主張をするが、前記2で検討したとおり、控訴人の主張はいずれも採用することができない。


小括
以上によれば、訂正前発明1及び2は、サポート要件を満たさないものとして、特許無効審判により無効にされるべきものであると認められる。
4
争点3-2(無効理由の解消の有無)及び争点3-3(訂正要件の具備の有無)について


訂正前発明2について
事案に鑑み、争点3-3-2(本件発明2の訂正要件の具備の有無)から判断する。


検討
(ア)願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、その記載した事項の範囲内においてしなければならない(特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項)ところ、

明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内

とは、
当業者によって、
明細書、

特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであることをいうものと解するのが相当である。
(イ)前記1⑵のとおり、訂正前発明2は、既知の抗てんかん薬である本件化合物について新たに鎮痛剤としての医薬用途を見出したとする医薬用
途発明であるところ、本件訂正は、訂正前発明2につき、
・・・である請求項1記載の鎮痛剤とあるのを

・・・を含有する、神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤

に訂正しようとするものであり、鎮痛剤としての用途を具体的に特定することを求めるものである。

そして、
痛みの処置における鎮痛剤
が医薬用途発明たり得るために
は、当該鎮痛剤が当該痛みの処置において有効であることが当然に求められるのであるから、訂正前発明2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たらないというためには、本件化合物が

神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏及び接触異痛の痛み

の処置における鎮痛剤として効果
を奏することが、当業者によって、本件出願日当時の技術常識も考慮して、本件明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項として存在しなければならないというべきである。
(ウ)そこで検討するに、本件明細書等には、発明の概要として、本件化合物が使用される疼痛性障害の中に神経障害及び線維筋痛症が含まれる旨の記載や、発明の詳述として、本件化合物が鎮痛剤として使用される対象の痛みに神経障害の痛みが含まれる旨の記載があるものの、これらの記載をもって、本件化合物が

神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏及び接触異痛の痛み

の処置において効果を奏すると解することはできず、このほか、本件化合物が

神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏及び接触異痛の痛み

の処置において効果を奏する旨の明示的な
記載は存しない。
(エ)また、前記2で検討したところに照らすと、本件明細書等には、本件化合物が、本件ホルマリン試験において確認された炎症による持続した侵害刺激によって生じた痛み、本件カラゲニン試験において確認された炎症による痛覚過敏の痛み並びに本件術後疼痛試験において確認され
た手術の創傷によって生じた痛覚過敏及び接触異痛の痛み(前記のとおり、これらによる痛みは、いずれも侵害受容性疼痛に当たる。
)の処置に
おいて効果を奏することは記載されているといえるものの、本件出願日当時の技術常識を考慮すると、当業者が、本件化合物がこれら以外の痛みの処置において効果を奏するということを認識することはできない
というべきである。
そして、本件明細書等においては、
神経障害による痛覚過敏や接触異痛の痛みを、
末梢知覚神経の傷害または感染によって起こるも
の、他の神経障害によって起こるもの及び糖尿病によって起こるものと定義しているところ、これは、炎症や組織損傷による侵害受容器への刺
激を発生機序とする痛み(侵害受容性疼痛)とは区別される神経の障害を発生機序とする痛み(神経障害性疼痛)に当たるものといえる。そうすると、
神経障害による痛覚過敏や接触異痛の痛みは、上記のと
おり本件化合物がその処置において効果を奏するものとして本件明細書等に記載されている痛みには該当しない。
また、本件明細書等においては、
線維筋痛症について何ら説明され
ていないところ、前記2⑹イのとおり、本件出願日当時、線維筋痛症の
発生機序は解明されていたものとはいえないものの、本件各証拠によっても、炎症や組織損傷による侵害受容器への刺激が線維筋痛症の発生機序であるとする知見は見当たらない。そうすると、本件出願日当時、線維筋痛症を侵害受容性疼痛に分類する知見があったものとはいえないから、
線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みは、上記の

とおり本件化合物がその処置において効果を奏するものとして本件明細書等に記載されている痛みには該当しない。
(オ)以上検討したところによれば、本件化合物が

神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛み

の処置において効果を奏することは、本件明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術
的事項であるとは認められない。

原審における控訴人の主張(原判決別紙原告の主張
)に対する判断
(ア)
a
原告の主張第1の3⑶ア(エ)について
控訴人は、本件化合物が痛覚過敏や接触異痛に有用であり、あるいは効果を奏することが本件明細書等から理解できるかどうかは、実施
可能要件又はサポート要件の問題である旨主張する。
b
しかしながら、上記アで検討したとおり、訂正前発明2に係る本件訂正の内容は、鎮痛剤としての用途を具体的に特定することを求めるものであるところ、訂正前発明2は、既知の抗てんかん薬である本件
化合物について新たに鎮痛剤としての用途を見出したとする医薬用途発明であり、当該用途に有効であることが発明の内容に含まれるのであるから、上記訂正の内容が新規事項の追加に当たらないというためには、本件化合物が訂正に係る用途に効果を奏することが、本件明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項に当たらなければならない。
c
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。

(イ)このほか、控訴人は、訂正前発明2の訂正要件の具備につき縷々主張するが、いずれも前記の結論を左右するものではない。

小括
以上によれば、訂正前発明2に係る本件訂正は、当業者によって、本件明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関
係において、新たな技術的事項を導入するものであり、許されないというべきである。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、訂正前発明2に係る訂正の再抗弁は、理由がない。


訂正前発明1について

検討
(ア)前提事実のとおり、本件訂正前の請求項2は、請求項1を引用しており、これらは一群の請求項を構成するところ、請求項2に係る本件訂正は、請求項2についての訂正が認められる場合には、請求項1とは別途訂正することを求めるものである。

(イ)しかしながら、前記⑴のとおり、請求項2に係る本件訂正は許されないから、請求項1及び請求項2は、依然として一群の請求項を構成していることとなる。そうすると、請求項1に係る本件訂正は、特許法134条の2第3項の規定に反するものであり、許されないというべきである。


小括
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、訂正前発明1に係る訂正の再抗弁は、理由がない。
5
争点4-1(構成要件3B及び4Bの充足性)について


構成要件3Bの充足性について

炎症を原因とする痛みの解釈について
(ア)炎症を原因とする痛みとは、その文言から、炎症を直接的な原因として生じた痛みであると理解される。
(イ)また、
前記2で検討したところに照らすと、
本件明細書等においては、
本件ホルマリン試験及び本件カラゲニン試験の結果により、本件化合物が、侵害受容性疼痛である炎症による持続的な侵害刺激によって生じた
痛み及び侵害受容性疼痛である炎症による痛覚過敏の痛みに対して使用することができるものであることが示されているものといえる。(ウ)以上のとおりの特許請求の範囲及び明細書の記載内容によれば、構成要件3Bの炎症を原因とする痛みとは、侵害受容性疼痛である炎症性疼痛を意味するものと認められる。


手術を原因とする痛みの解釈について
(ア)手術を原因とする痛みとは、その文言から、手術を直接的な原因として生じた痛みであると理解される。
(イ)また、
前記2で検討したところに照らすと、
本件明細書等においては、
本件術後疼痛試験の結果により、本件化合物が侵害受容性疼痛である手
術の創傷によって生じた痛覚過敏及び接触異痛の痛みに有効であることが示されているものといえる。
(ウ)以上のとおりの特許請求の範囲及び明細書の記載内容によれば、構成要件3Bの手術を原因とする痛みとは、侵害受容性疼痛である術後疼痛を意味するものと認められる。


被告医薬品が構成要件3Bを充足するか否かについて
(ア)上記ア及びイのとおり、構成要件3Bの炎症を原因とする痛み及び手術を原因とする痛みは、侵害受容性疼痛である炎症性疼痛及び侵害受容性疼痛である術後疼痛を意味するものと認められる。そして、被告医薬品の効果又は効能は、
神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛であるところ、これまで検討したところに照らせば、神経障害
性疼痛及び線維筋痛症は、いずれも侵害受容性疼痛には該当しない。(イ)したがって、被告医薬品は、構成要件3Bを充足するものとは認められない。

構成要件4Bの充足性について

炎症性疼痛による痛覚過敏の痛みの解釈について
(ア)炎症性疼痛は、その文言から、炎症を直接的な原因として生じる痛みであると理解される。また、
痛覚過敏は、発生機序に基づく痛み
の分類を表すものではなく、生じている症状を表すものである。
(イ)また、上記⑴ア(イ)のとおり、本件明細書等においては、本件ホルマリン試験及び本件カラゲニン試験の結果により、本件化合物が、侵害受容
性疼痛である炎症による持続的な侵害刺激によって生じた痛み及び侵害受容性疼痛である炎症による痛覚過敏の痛みに対して使用することができるものであることが示されているものといえる。
(ウ)以上のとおりの特許請求の範囲及び明細書の記載内容によれば、構成要件4Bの炎症性疼痛による痛覚過敏の痛みとは、侵害受容性疼痛
である炎症性疼痛における痛覚過敏の痛みを意味するものと解釈される。

術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みの解釈について
(ア)術後疼痛は、その文言から、手術を直接的な原因として生じた痛
みであると理解される。また、
痛覚過敏及び接触異痛は、いずれ
も発生機序に基づく痛みの分類を表すものではなく、生じている症状を表すものである。
(イ)また、上記⑴イ(イ)のとおり、本件明細書等においては、本件術後疼痛試験の結果により、本件化合物が侵害受容性疼痛である手術の創傷によって生じた痛覚過敏及び接触異痛の痛みに有効であることが示されているものといえる。

(ウ)以上のとおりの特許請求の範囲及び明細書の記載内容によれば、構成要件4Bの術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みとは、侵害受容性疼痛である術後疼痛における痛覚過敏又は接触異痛の痛みを意味するものと認められる。

被告医薬品が構成要件4Bを充足するか否かについて
(ア)上記ア及びイのとおり、構成要件4Bの炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み及び術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みは、侵害受容性疼痛である炎症性疼痛における痛覚過敏の痛み及び侵害受容性疼痛である術後疼痛における痛覚過敏又は接触異痛の痛みを意味するものと認められる。そして、被告医薬品の効果又は効能は、
神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛であるところ、これまで検討したところに照らせば、神経障害性疼痛及び線維筋痛症は、いずれも侵害受容性疼痛には該当しない。
(イ)したがって、被告医薬品は、構成要件4Bを充足するものとは認められない。



原審における控訴人の主張(原判決別紙原告の主張
)に対する判断

原告の主張第2の1⑴ア(ア)aないしh及びイ(ア)について(ア)控訴人は、慢性疼痛は、原因にかかわらず、神経細胞の感作という神経の機能異常で生ずることが知られていたことや、痛みを原因で区別す
ることはできず、炎症性疼痛や術後疼痛と、神経障害性疼痛や線維筋痛症とは、相互に重複することが理解されていたことなどを根拠として、構成要件3Bにつき、炎症や手術によって生じる痛覚過敏や接触異痛の全てが含まれる旨主張し、構成要件4Bについても同様の主張をする。(イ)しかしながら、特許請求の範囲は、出願当時の技術常識に基づいて解釈すべきであるところ、
前記2⑶アで検討したとおり、
本件出願日当時、
慢性疼痛とも呼ばれる病的な痛みについては、発生機序に応じて様々な
分類がされていたものであり、これらの痛みの態様や程度、治療方法等は、それぞれ異なるものであると考えるのが技術常識であったといえる。また、発生機序に応じた痛みの分類の仕方は様々であるものの、少なくとも、炎症や組織損傷による侵害受容器への刺激を発生機序とする痛み(侵害受容性疼痛)と、神経に対する圧迫や絞扼等の神経の障害を発生
機序とする痛み(神経障害性疼痛)及び心因性疼痛と呼ばれる痛み等とを区別するのが技術常識であったといえる。そして、前記2⑸アで検討したとおり、あらゆる慢性疼痛が、末梢や中枢の神経細胞の感作という神経の機能異常で生ずる痛覚過敏や接触異痛の痛みであるとの技術常識が存在したものと認めることはできない。

以上によれば、控訴人が主張する技術常識が存在したものとは認められないから、
控訴人の上記主張は、
前提を欠くものといわざるを得ない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。イ
原告の主張第2の1⑴ア(ア)ⅰないしm及びイ(イ)について(ア)控訴人は、炎症や手術による組織損傷から神経細胞の感作という神経の機能異常を生じ、痛覚過敏や接触異痛を生ずることなどを理由に、神経障害性疼痛を効能、効果とする被告医薬品は、炎症を原因とする痛み又は手術を原因とする痛みを用途とするものであると主張する。
(イ)しかしながら、これまで検討したとおり、神経障害性疼痛は、侵害受
容性疼痛には該当しないから、被告医薬品の用途は、侵害受容性疼痛である炎症性疼痛又は侵害受容性疼痛である術後疼痛を意味する構成要件3Bの炎症を原因とする痛み又は手術を原因とする痛みには
当たらない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。ウ
原告の主張第2の1⑴ア(イ)について
(ア)控訴人は、痛みは患者の主観的心理状態であるから、混合性疼痛にお
いて、侵害受容性疼痛及び神経障害性疼痛は同一の患者において生ずる一つの痛みであり、両者を区別することはできないなどとして、被告医薬品の効果又は効能のうち神経障害性疼痛は、本件発明3の

炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛み

に該当する旨主張する。
(イ)しかしながら、これまで検討したとおり、神経障害性疼痛は、侵害受
容性疼痛とは区別される痛みである。そして、被告医薬品は、効果又は効能を

神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛

と特定して製造及び販売の承認を受けた医薬品であるから、その用途もこれに限られるものというべきである。
そうすると、侵害受容性疼痛及び神経障害性疼痛が同時に生じている
患者がおり、当該患者に対して被告医薬品が処方されるということがあったとしても、被告医薬品の効果又は効能である神経障害性疼痛に対して処方されたものとみるほかないというべきであり、このことをもって、被告医薬品の効果又は効能である神経障害性疼痛が構成要件3Bの

炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛み

に該当す
るものとはいえない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。エ
原告の主張第2の1⑴ア(ウ)について
(ア)控訴人は、本件発明3の技術的範囲には炎症や手術によって生じる痛
覚過敏や接触異痛の全てが含まれるものであり、線維筋痛症は炎症又は手術を原因として神経細胞の感作を生じ、痛覚過敏や接触異痛を生じるものであるから、被告医薬品の効果又は効能のうち線維筋痛症に伴う疼痛は、本件発明3の

炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛み

に該当する旨主張する。(イ)しかしながら、
上記アで検討したとおり、
本件発明3の技術的範囲に、
炎症や手術によって生じる痛覚過敏や接触異痛の全てが含まれるものと
はいえない。また、これまで検討したとおり、線維筋痛症の痛みは、侵害受容性疼痛とは区別される痛みである。
そうすると、被告医薬品の効果又は効能のうち線維筋痛症に伴う疼痛が、構成要件3Bの

炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛み

に該当するものとはいえない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。オ
原告の主張第2の1⑴ア(エ)について
(ア)控訴人は、線維筋痛症につき、炎症性疾患や手術により生じ、更に炎症を生じる疾患であり、これに伴う疼痛は侵害受容性疼痛との混合性疼痛であることからすれば、被告医薬品の用途には混合性疼痛の処置が含
まれるから、本件発明3の技術的範囲が侵害受容性疼痛に限られるか否かにかかわらず、また、侵害受容性疼痛の定義とは無関係に、被告医薬品の効果又は効能のうち
線維筋痛症に伴う疼痛
は、
本件発明3の

炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛み

に該当する旨主張する。

(イ)しかしながら、上記ウ及びエで検討したところに照らせば、控訴人の上記主張は採用することができない。

このほか、控訴人は、被告医薬品が構成要件3B又は4Bを充足するとして縷々主張するが、いずれも前記の結論を左右するものではない。


当審における控訴人の補充主張に対する判断

〔控訴人の主張〕アについて
(ア)控訴人は、本件発明3及び4の技術的範囲に関して、あくまでも本件カラゲニン試験及び本件術後疼痛試験において確認された、炎症や手術を原因として神経細胞の感作により生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みをクレームしたものであるから、炎症性疼痛や術後疼痛とは別の疼痛分類である侵害受容性疼痛という用語を持ち出して、クレームの技術的範
囲を更に限定するのは誤りである旨主張する。
(イ)しかしながら、前記⑴及び⑵で検討したとおり、本件出願日当時の技術常識を基に本件明細書等の記載について検討すると、本件発明3及び4の技術的範囲は、侵害受容性疼痛である炎症性疼痛及び術後疼痛の痛みを超えるものではないというべきである。そして、前記2⑶アで検討
したとおり、本件出願日当時、慢性疼痛とも呼ばれる病的な痛みについては、発生機序に応じて様々な分類がされていたものであり、少なくとも、
炎症や組織損傷による侵害受容器への刺激を発生機序とする痛み
(侵
害受容性疼痛)と、神経に対する圧迫や絞扼等の神経の障害を発生機序とする痛み(神経障害性疼痛)及び心因性疼痛と呼ばれる痛み等とを区
別するのが技術常識であったことからすれば、上記のように本件発明3及び4の技術的範囲を解釈したからといって、不当に技術的範囲を限定したことにはならない。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。イ
〔控訴人の主張〕イについて
(ア)控訴人は、被告医薬品の用途に関して、炎症や手術を原因として、神経細胞の感作という神経の機能異常により生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みを含むことは明らかである上、純粋な神経疾患のみにより神経細胞の感作を生じている神経障害性疼痛や心因性の原因のみから感作を
生じている線維筋痛症に限定されているわけではないから、被告医薬品は本件発明3及び4の技術的範囲に含まれる様々な神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛を用途とするものである旨主張する。
(イ)しかしながら、これまで検討したとおり、被告医薬品の効果又は効能である神経障害性疼痛及び線維筋痛症の痛みは、いずれも侵害受容性疼痛には該当しないから、被告医薬品は、本件発明3及び4の技術的範囲に含まれるものとはいえない。

(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。ウ
〔控訴人の主張〕ウについて
(ア)控訴人は、本件発明3及び4の技術的範囲に関する予備的主張として、仮に、本件発明3及び4における痛みが侵害受容性疼痛に該当すると認定されたとしても、炎症や手術を原因として混合性疼痛を生じている患
者においては、神経細胞の感作によって痛覚過敏や接触異痛を生じているとしてもその機序は同一であるから、これを侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛とに区別することはできず、被告医薬品は本件発明3及び4の技術的範囲に含まれる旨主張する。
(イ)しかしながら、前記⑶ウで検討したとおり、侵害受容性疼痛及び神経
障害性疼痛が同時に生じている患者がおり、当該患者に対して被告医薬品が処方されるということがあったとしても、被告医薬品の効果又は効能である神経障害性疼痛に対して処方されたものとみるほかないというべきである。
(ウ)したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。


小括
以上によれば、被告医薬品は、構成要件3B及び4Bをいずれも充足しない。

6
争点4-2(均等侵害の成否)について


均等侵害の判断基準
特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下対象製品等という。
)と異なる部分が存する場合であって
も、①同部分が特許発明の本質的部分ではなく、②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、③上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等
の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、④対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、同対象製品等は、特許請求の範囲に記
載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁、最高裁平成28年(受)第1242号同29年3月24日第二小法廷判決民集71巻3号359頁参照)・

そして、上記①の要件(以下第1要件という。
)における特許発明にお

ける本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきであり、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で、
特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、
従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるか
を確定することによって認定されるべきである。


検討
以上を前提として検討するに、前記5で検討したところによれば、本件発明3及び4と被告医薬品とは、治療に使用することができる痛み、すなわち
医薬品としての用途において相違するものと認められる。
そして、本件明細書等の記載によれば、本件発明3及び4は、てんかん等の中枢神経性疾患に対する抗発作療法に有用であるとされていた既知の薬物である本件化合物が、痛みの治療に有効であることを新たに見出した医薬用途発明であるから、この新たに見出した用途に係る部分が発明の本質的部分に当たることは明らかである。
そうすると、上記の本件発明3及び4と被告医薬品との相違部分が発明の
本質的部分ではないということはできないから、第1要件を満たすものとはいえない。


控訴人の主張(
〔控訴人の主張〕エ)に対する判断

控訴人は、本件明細書等の記載によれば、本件発明3及び4の本質的部分は、従来技術であるモルヒネ等の麻薬性鎮痛剤では処置の不十分な慢性
疼痛のうち、炎症や手術を原因とする痛みに対し、本件化合物の鎮痛作用又は抗痛覚過敏作用を利用して、これを鎮痛剤として用いる点に存するものであり、侵害受容性疼痛に限定されるものではない旨主張する。イ
しかしながら、上記⑵で検討したとおり、本件発明3及び4と被告医薬品とは、医薬品としての用途において相違するものであるところ、本件発
明3及び4が医薬用途発明である以上、このような相違が本質的部分に係る相違であることは明らかである。



したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
小括
以上によれば、被告医薬品は、本件発明3及び4と均等なものであるとは
いえないから、均等侵害は成立しない。
7
まとめ
以上検討したところによれば、訂正前発明1及び2については、実施可能要件及びサポート要件を満たさず、特許無効審判により無効とされるべきもので
あると認められるところ、訂正の再抗弁は認められないから、訂正前発明1及び2に基づく控訴人の請求はいずれも理由がない。
また、被告医薬品は、本件発明3及び4の技術的範囲に含まれるものとは認められないから、その余の点について判断するまでもなく、本件発明3及び4に基づく控訴人の請求はいずれも理由がない。
8
結論
以上によれば、控訴人の請求はいずれも棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当である。
よって、本件控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部

裁判長裁判官
東林保中平健都海野
裁判官
裁判官
道紀
トップに戻る

saiban.in