判例検索β > 令和2年(行ケ)第10143号
審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
事件番号令和2(行ケ)10143
事件名審決取消請求事件
裁判年月日令和4年6月23日
法廷名知的財産高等裁判所
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-06-23
情報公開日2022-06-30 04:00:14
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令和4年6月23日判決言渡
令和2年(行ケ)第10143号
口頭弁論終結日

審決取消請求事件

令和4年3月30日
判決原告
株式会社シーズワン

同訴訟代理人弁護士

川田
同訴訟代理人弁理士

井上被告旭
同訴訟代理人弁理士

杉村田篤村真一郎式会社亀飛主化ヶ成株純子爾谷薫子澤晃彦文1
原告の請求を棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求
特許庁が無効2020-800001号事件について令和2年10月30日にした審決を取り消す。

第2
事案の概要

1
特許庁における手続の経緯等


被告は、平成25年3月11日、発明の名称を塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム及びその製造方法とする発明について特許出願(特願2013-47940号。以下本件出願という。
)をし、平成29年3月3日、
特許権の設定登録(特許第6100034号。請求項の数2。以下、この特許を本件特許という。
)を受けた(甲33、38)



原告は、令和元年12月27日、本件特許のうち、請求項1に係る特許について特許無効審判
(無効2020-800001号事件。本件審判
以下
という。
)を請求した。
特許庁は、令和2年10月30日、

本件審判の請求は、成り立たない。

との審決(以下本件審決という。)をし、その謄本は、同年11月9日、原告に送達された。



原告は、令和2年12月8日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

2
特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである(以下、請求項1に係る発明を本件発明という。。


【請求項1】
TD方向の引裂強度が2~6cNであり、かつ、MD方向の引張弾性率が250~600MPaである塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムであって、温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が40~60℃であり、

塩化ビニリデン繰り返し単位を72~93%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して、エポキシ化植物油を0.5~3重量%、クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を3~8重量%含有し、かつ、
厚みが6~18μmである、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム。
3
本件審決の理由の要旨

本件審決の理由は、別紙審決書(写し)記載のとおりであり、本件発明について、原告主張の無効理由1(サポート要件違反)及び無効理由2(実施可能要件違反)は、いずれも理由がないというものである。その理由の要旨は、次のとおりである。


無効理由1(サポート要件違反)について

本件出願の願書に添付した明細書(以下、図面を含めて本件明細書という。
甲33)
の発明の詳細な説明の記載によると、
本件発明の課題は、
塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減し、使い勝手を向上させた、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供することである。

本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0012】【0038】【00、

39】【0042】【0045】の記載に加えて、


【0065】ないし【0

086】には具体的な実施例が記載されており、また、
【0086】の表1
によれば、引裂強度が2~6cN、引張弾性率が250~600MPa、低温結晶化開始温度が40~60℃との条件を満たす実施例1ないし6及び10は、

フィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減

するという効果を奏するといえる。これらの記載から、
当業者は、
塩化ビニリデンラップフィルムにおいて、
少なくとも製膜ラインの樹脂の幅方向(以下TD方向という場合がある。
)の引裂強度が2~6cNであり、かつ、製膜ラインの樹脂の流れ方向(以下MD方向という場合がある。
)の引張弾性率が250~600M

Paであり、さらに、温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が40~60℃であれば、本件発明の課題を解決できると認識
できる。

一方で、段落【0018】【0023】【0026】【0037】の記、


載によれば、
塩化ビニリデン繰り返し単位
の含量、
エポキシ化植物油
の含量、
クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物の含量及び厚みが6~18μmの発明特
定事項は、発明の課題とは直接的には関係しないが、より好ましいラップフィルムを得るためのものであると当業者は認識する。

以上を踏まえると、TD方向の引裂強度が2~6cNであり、かつ、MD方向の引張弾性率が250~600MPaであり、さらに、温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が40~60℃であ
ることが特定されている本件発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。
よって、本件発明は、サポート要件(特許法36条6項1号)に適合する。



無効理由2(実施可能要件違反)について
本件明細書の発明の詳細な説明には、
TD方向の引裂強度
及びその数値
範囲【0038】、MD方向の引張弾性率」


及びその数値範囲【0039】、()「低温結晶化開始温度

及びその数値範囲【0040】

ないし
【0045】


【0050】【0052】、塩化ビニリデン系樹脂の

塩化ビニリデン繰り、)返し単位

及びその含有率(【0018】、
)エポキシ化植物油及びその含
有量【0022】


【0023】、

クエン酸エステル及び二塩基酸エステル
及びその含有率(
【0024】ないし【0026】、フィルムの厚みの数

値範囲(
【0037】
)の各事項について、その効果と調整方法について具体

的な説明がされており、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法(
【0046】ないし【0053】
)について、具体的な説明がされている。

また、実施例1ないし6及び10には、実際に本件発明の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを製造したことが記載されているほか、上記実施例以外の本件発明の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムについても、当業者であれば、実施例に示されたラップフィルムの製造方法を基本として、各物性についての制御に関する発明の詳細な説明の記載に基づき、延伸倍率や延伸速
度等を調整して、発明の詳細な説明に記載の製造方法により過度の試行錯誤なく製造することができるといえる。
以上によれば、当業者が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、本件発明に係る塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを生産し、使用することができると
いえる。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえるから、本件発明は、実施可能要件(特許法36条4項1号)を満たすものである。第3

当事者の主張

1
取消事由1(サポート要件の判断の誤り)


原告の主張

発明特定事項のパラメータの一部しか考慮していないこと
本件発明の課題は、
本件審決認定のとおり、
塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減し、使い勝手を向上させた、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供することにある。本件発明の特許請求の範囲(請求項1)によれば、本件発明の発明特定
事項は、①引裂強度
、②引張弾性率
、③低温結晶化開始温度
、④
塩化ビニリデン繰り返し単位
の含量、エポキシ化植物油

の含量、

⑥クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物の含量、
⑦ラップフィルムの
厚みが6~18μm
の7個のパラメータで構成されている。
しかるところ、本件審決は、①ないし③の3個のパラメータが本件発明の範囲にあれば本件発明の課題を解決できると認識できると判断したが、
それならば、どうして本件発明を特定するために3個ではなく、7個のパラメータが必要なのか、説明が付かない。しかも、本件審決は、④ない⑦の4個のパラメータについては、本件発明の課題とは直接的には関係しないが、より好ましいラップフィルムを得るためのものであると当業者は認識すると判断したが、
このような判断は、
本件明細書の記載【0018】



【0023】【0026】【0037】


)に明らかに反するものである。
したがって、本件明細書の記載を踏まえれば、①ないし③の3個のパラメータが本件発明の範囲にあるのみでは、当業者において本件発明の課題を解決できると認識することができないから、本件審決の上記判断は誤りである。


引裂強度の数値範囲
(ア)

本件発明の引裂強度の数値範囲は、
2~6cNであるが、本

件明細書の実施例(表1)には、
2.4cNから3.0cNまでの低
い数値のものしか記載がなく、
3cNを超え6cNまで
の範囲につい
ては実施例による裏付けを欠いている。
一方、本件発明の低温結晶化開始温度のパラメータについては、
低温結晶化開始温度という用語自体が、極めて特殊なものであり、低温結晶化開始温度のラップフィルムの性状への影響については、技術常識といえる知見は存在せず、まして塩化ビニリデン系樹脂か
らなるラップフィルムへの影響については、公然知られた知見はない。そうすると、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、
本件発明の引裂強度の数値範囲のうち、少なくとも3cNを超え6cNまでの範囲については、低温結晶化開始温度の40~60℃の数値範囲との関係において、本件発明の課題を解決できると認識することはできない。
(イ)

また、ラップフィルムのパッケージ側の鋸刃(フィルム切断刃)の形
状、構造及び材質は、多様であり、
通常用いられている鋸刃において
も、特定のものが存在するわけではなく、多様なものがあることは技術常識であること(甲2ないし4、14)からすると、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明の2~6cNの数値範囲の引裂強度を備えたラップフィルムが、その数値範囲全体にわ
たり、
通常用いられている鋸刃との関係において、カット性の維持と
裂けトラブルの防止という本件発明の課題を解決できると認識することはできない。

引張弾性率の数値範囲
本件発明の引張弾性率の数値範囲は、
250~600MPaであ

るが、本件明細書の実施例には510MPaから540MPaまでの値のものしか記載がなく、
250MPaから500MPaまで
の範囲に
ついては、実施例による裏付けを欠いている。
そうすると、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明の引張弾性率の数値範囲うち、少なくとも250MPaから500MPaまでの範囲については、本件発明の課題を解決できると認識することはできない。

低温結晶化開始温度の数値範囲
(ア)

前記イ(ア)のとおり、
低温結晶化開始温度の塩化ビニリデン系樹脂への影響について、公然知られた知見がないことを踏まえると、当業者は、
本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、
低温結晶化開始温度を40~60℃の数値範囲とすることにより、本件発明が裂けトラブル抑制効果を奏することを認識することができない。
(イ)

本件明細書記載の裂けトラブル及びカット性などに係る効果

は、
流通・保管時を経た後のラップフィルムの使用時に奏するもので
あること、本件明細書には、

低温結晶化開始温度は、ラップフィルム製造後の流通・倉庫保管時に高温下に晒されて形成・成長した微結晶の熱安定性を示す指標であ

るとされ、かつ、本件発明の実施例及び比較例において、
流通・保管時の値が記載されていることからすると、本件
発明の低温結晶化開始温度は、
流通・保管時の値と解される。

しかし、本件明細書の記載において、ラップフィルムが製造された後の流通・保管時の低温結晶化開始温度の挙動は一切明らかではないし、
製造時から流通・保管時を経て、低温結晶化開始温度を40~60℃に調節する方法についても明らかではない。また、本件明細書記載の実施例1ないし6は、いずれも流通・保管時の条件が28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管したものという特定の条件におけるものであり、それ以外の流通・保管時の条件下においては、低温結晶化開始温度が40~60℃の範囲になるとは限らない。
このように、
本件明細書の記載からは、
ラップフィルムの製造後の
流通・保管時における流通・保管条件なども不明であり、かつ、それらの流通・保管条件による低温結晶化開始温度の挙動に与える影響も不明である。
そうすると、当業者は、本件明細書の記載に基づいて、ラップフィルムの低温結晶化開始温度が、
流通・保管時
において、
40~60℃

に属するかどうかを予測することができないから、裂けトラブルの抑制やカット性の向上という本件発明の課題を解決することができると認識
することも困難である。

小括
以上のとおり、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願時の技術常識から、本件発明の各パラメータとの関係において、本件発明の課題を解決できると認識することはできないから、本件発明は、
サポート要件に適合しない。これと異なる本件審決の判断は誤りである。⑵

被告の主張

発明特定事項のパラメータの一部しか考慮していないとの主張に対し本件明細書の記載全体から、本件発明の課題を解決するための直接的な発明特定事項は、引裂強度、引張弾性率及び低温結晶化開始温度であり、
塩化ビニリデン繰り返し単位の含量、エポキシ化植物油の含量、クエン酸エステル等の化合物の含量及びラップフィルムの厚みに関する4個の発明特定事項は、より好ましいラップフィルムを得るためのものであることは明らかである。
本件審決が、3個の発明特定事項が本件発明の範囲にあることで当業者
において本件発明の課題を直接的に解決できると認識できると判断し、残りの4個の発明特定事項はより好ましいラップフィルムを得るためのものであると判断したことに誤りはない。

引裂強度の数値範囲の主張に対し
(ア)

サポート要件は、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細
な説明の全体の記載及び技術常識により、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものかを検討して、実質的に判断されるものであり、
引裂強度が3cNを超え6cNまでの範囲の実施例が
存在しない」からといって、直ちにサポート要件違反になるものではない。
しかるところ、本件明細書の【0038】には、
TD方向の引裂強度が2cN以上であることにより、特に巻回体からラップフィルムを引き出す際の裂けを低減でき、また、ラップフィルム使用時の意図しない裂けトラブルを抑制でき、6cN以下であることにより、化粧箱に付帯する鋸刃でフィルムをTD方向にカットする際に裂きやすく、カット性が向上することとの記載がある。そして、本件明細書の発明の詳細な説明の実施例及び比較例の記載及び上記段落の記載によれば、本件発明が引裂強度として規定する範囲について、どのような因果関係でカット性を向上できるか、裂けトラブルを低減できるかを当業者は認識することができる。
次に、本件明細書の【0040】ないし【0045】には、低温結晶
化開始温度の用語の意義及びこれを40~60℃とすることによって、流通時及び倉庫保管時に20℃以上に長時間晒されても、分子鎖の再配列が起こりにくく、フィルムの劣化、さらには裂けトラブルを抑制する結果、カット性を維持しつつも、裂けトラブルを抑制するという背反する課題を同時に達成することができること等が記載されている。そして、本件明細書には、低温結晶化開始温度が60℃を超えた比較例1から7までのラップフィルムは、裂けトラブル抑制効果が劣る結果が示されている。例えば、実施例1と比較例3では低温結晶化開始温度以外の物性値がほぼ共通であるところ、裂けトラブルの抑制効果に顕著
な差があることが示されている。
したがって、当業者は、本件明細書の記載全体から、引裂強度と低温結晶化開始温度が適切な範囲にあることで本件発明の課題を解決できると認識できるといえるから、これを否定する原告の主張は失当である。(イ)

鋸刃の形状によってフィルムの最初の切込みの入り方が変わるかも
しれないが、フィルムの裂けトラブルの発生度合いやカット性の高さは、鋸刃の切込みがフィルムに入った後は、フィルム自体の物性に応じて定
まる。また、本件明細書の【0061】の記載は、単に通常用いられている鋸刃を評価基準として裂けトラブル、カット性を評価しているものと理解される。
したがって、本件明細書の記載によれば、当業者は、本件発明のラップフィルムは、鋸刃の形状、構造及び材質に依存することなく、本件発
明の課題を解決できると認識できるといえるから、これを否定する原告の主張は失当である。

引張弾性率の数値範囲の主張に対し
前記イ(ア)と同様の理由により、本件明細書に、
引張弾性率が250MPaから500MPaまでの範囲の実施例が存在しないからといっ
て、直ちにサポート要件違反になるものではない。
また、本件明細書の【0039】に、
MD方向の引張弾性率が250MPa以上であることにより、鋸刃でフィルムをカットするために力を加える際、フィルムのMD方向への延びを抑制でき、鋸刃がフィルムに食い込みやすくでき、カット性が向上する。一方、MD方向の引張弾性率が600MPa以下であることにより、フィルムが軟らかく、鋸刃の形状に沿ってフィルムをきれいにカットでき、切断端面に多数の裂け目が発生するのを抑制できることの記載がある。そして、当業者は、本件明細書の記載全体(実施例、比較例、上記段落等)から、本件発明が引張弾性率として規定する数値範囲について、どの
ような因果関係でカット性を向上できるか、裂けトラブルを低減できるかを認識し、上記数値範囲全体にわたり本件発明の課題を解決できると認識できるといえるから、これを否定する原告の主張は失当である。

低温結晶化開始温度の数値範囲の主張に対し
(ア)

前記イ及びウによれば、当業者は、本件明細書の記載全体から、低温
結晶化開始温度が40~60℃であり、かつ、
引裂強度及び引張弾性率が本件発明の範囲内の数値であれば、ラップフィルムのカット性を維持しつつ、裂けトラブルを低減できるとの本件発明の課題が解決できると認識できることは明らかである。
(イ)

本件発明のラップフィルムの物性は、ラップフィルムの出荷後の流
通及び家庭での保管を想定した使用時における物性を発明特定事項とし
て規定しているものであるから
(本件明細書の
【0042】

【0044】
等)製造時の低温結晶化開始温度がどのような条件においてどのように、
変化するかなどについては、本件発明のサポート要件の判断とは直接関係がない。

小括
以上によれば、本件発明がサポート要件に適合するとした本件審決の判断に誤りはないから、原告主張の取消事由1は理由がない。

2
取消事由2(実施可能要件の判断の誤り)


原告の主張

引裂強度との関係
本件明細書には、
引裂強度
の測定方法について、
軽荷重引裂試験機
(東
洋精機製)を使用し、JIS-P-8116記載の方法に準拠して、測定したとの記載(
【0057】
)があるが、軽荷重引裂試験機(東洋精機製)
による測定方法(甲9、26、29)とJIS-P-8116記載の方法
(甲7)とは、測定機器、試験片の枚数(ひいては、その厚み)及び引き裂き長さが異なるものである。
したがって、
【0057】の記載において、測定機器と準拠すべきJIS
規格とが一致せず、本件発明の引裂強度の測定方法が一義的に定まらないから、過度の試行錯誤を要するかどうかを検討するまでもなく、当業
者は、本件明細書の記載に基づいて、
引裂強度が2~6cNの数値
範囲に属する本件発明のラップフィルムを製造することができない。

低温結晶化開始温度との関係
前記1(1)エ(イ)で述べたとおり、当業者は、本件明細書の記載に基づい
て、ラップフィルムの低温結晶化開始温度が、
流通・保管時において、
40~60℃に属するかどうかを予測することができないから、過度の試行錯誤をしても、
流通・保管時において本件発明が規定する低温結晶化開始温度を備えたラップフィルムを得ることは困難である。ウ
小括
以上によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を満たすものではない。



被告の主張

引裂強度との関係の主張に対し
(ア)

本件明細書の記載【0038】


【0039】

【0046】
ないし【0

053】【0065】ないし【0086】等)から、当業者であれば、、
実施例に示されたラップフィルムを基本として、各物性についての制御に関する記載に基づき、延伸倍率や延伸速度を調整して、本件発明の要件を満たすラップフィルムを得ることは容易であり、また、実施例及び比較例においても、延伸倍率や延伸速度等の調整による物性値の調整の傾向は十分に開示されているから、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明の実施をすることができる程度に、明確かつ十分に記載されて
いる。
(イ)

本件明細書の
【0057】には、
引裂強度は、
軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し、
JIS-P-8116記載の方法に準拠して測定したと記載されているところ、当業者は、実際に使用する軽荷重引裂試験機(東洋精機製)の取扱説明書とJIS-P-8116のエルメンドルフ引裂試験機の使用条件に相違がある場合には、上記の記載に基づき、前者の使用条件を優先すべきと理解するから、引裂強度
を測定できる。
したがって、本件発明の引裂強度の測定方法が一義的に定まらな
いから、当業者は、本件明細書の記載に基づいて、
引裂強度が2~6cNの数値範囲に属する本件発明のラップフィルムを製造することができないとの原告の主張は、失当である。


低温結晶化開始温度との関係の主張に対し
本件明細書には、低温結晶化開始温度を40~60℃にすることについて、緩和比率だけではなく、延伸速度等も考慮することで、裂けトラブルを抑制することができること、ラップフィルムの出荷後の流通や保管を想定したモデル実験(ラップフィルム製造後、28℃、1か月間保管)
の実施後、ラップフィルム使用時に測定した低温結晶化開始温度が40~60℃であること等が記載されており、また、モデル実験の条件は、通常行われる流通・保管と乖離した条件でもないことからすると、当業者であれば、
流通・保管時の条件が示されていなくても、実施例に記載さ
れたラップフィルムの製造を基本として、発明の詳細な説明の記載に基づ
いて、延伸倍率や延伸速度等を制御して、過度の試行錯誤を要することなく、
流通・保管時において本件発明が規定する低温結晶化開始温度
を備えたラップフィルムを製造することは容易である。

小括
以上によれば、本件発明が実施可能要件件に適合するとした本件審決の
判断に誤りはないから、原告主張の取消事由2は理由がない。
3
取消事由3(手続違背)


原告の主張
本件審判は、コロナウィルス感染症の影響を受け、書面審理(特許法14
5条1項ただし書)によるものとされ、書面による審尋のみがされた。原告に送付された審尋書(甲20の1)は、具体的な回答事項の指示のな
い、発送の日から15日以内という極めて短い期間に回答書の提出を求めるものであったため、原告は、3週間の期間の延長を求め、延長された期間内に回答書(甲20の2)を提出した。他方、被告に対する審尋は、原告に知らされないまま行われ、被告の回答書は、審理終結通知書の送付と同時に原告に送付された。

しかるところ、特許無効審判は、口頭審理によることが原則である(同項本文)から、書面審理によるのであれば、口頭審理に先立って当事者に送付される審理事項通知書に準ずるような審尋事項を通知すべきところ、本件審判では、そのような通知はされず、また、審理の終結に当たって、原告に対し、被告の回答書に対する反論の機会が与えられることもなかった。
このように、本件審決において当事者は十分な主張、立証の機会が与えられておらず、本件審決には審理不尽の違法がある。


被告の主張
原告は、本件審判において、審尋の指定期間の延長を申し出てこれが認め
られており、再度の延長の申出もしていないことからすれば、原告が、審尋について性急な対応を迫られたものとはいえない。
また、審尋は、審判長が当事者等の主張を明確にする必要があるとき、主張の根拠を明確にしたいとき等にされるものであり、審理事項通知書に相当する内容を審尋書に必ず明記しなければならないとする根拠はない。
さらに、特許法には、審尋に対する回答書について必ず反論の機会を与えなければならないとする規定はなく、原告が、被告の回答書に対する反論の機会を欲するのであれば、審理終結通知書を受領した後であっても、審理の再開の申立て(特許法156条3項)をすることもできたが、原告は、同申立てをしていない。加えて、原告は、口頭審尋の実施を申し出る機会があっ
たものの、本件審判においてこれを申し出ていない。
以上によれば、原告が本件審判において、十分に意見を述べる機会が与え
られなかったものとはいえないから、本件審判に審理不尽の違法があるとする原告主張の取消事由3は理由がない。
第4

当裁判所の判断

1
本件明細書の記載事項について


本件明細書(甲33)には、次のような記載がある(下記記載中に引用する図1及び2、表1については別紙を参照)


【技術分野】
【0001】
本発明は、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム及びその製造方法に関
する。
【背景技術】
【0002】
従来、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは、密着性、ガスバリア性等の特性に優れているため、食品等の簡易包装材料として多くの一般家庭
で使用されてきた。
【0003】
塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを製造する方法として、インフレーション製膜方法が広く知られている
(図1参照)インフレーション製膜

方法においては、塩化ビニリデン系樹脂に添加剤全般を含有させた塩化ビ
ニリデン系樹脂組成物をダイから管状に押し出し、押し出された樹脂組成物の外側を冷水で、ダイ口とピンチロールとに挟まれた内側をミネラルオイル等公知の冷媒で冷却し、固化させることにより、塩化ビニリデン系樹脂成形体を作製する。このピンチロールで折り畳まれた環状ダブルプライシートをパリソンと称す。そして、パリソンは、再加熱してインフレーシ
ョンすることにより延伸する。延伸したダブルプライフィルムをスリットし、1枚のフィルムになるように剥がす。最終的には、フィルムを紙管に
巻き取り、化粧箱に詰めることで、化粧箱に収納された塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム巻回体(図2参照)が得られる。
【0004】
塩化ビニリデン系樹脂組成物中の添加剤としては、安定剤や可塑剤などが用いられている。良好な加工性と良好な物性を得るために、安定剤として、例えばエポキシ化大豆油(以下、ESO、と称す)等に代表されるエポキシ化植物油を添加し、可塑剤として、例えばアセチルクエン酸トリブチル(以下、ATBC、と称す)やセバシン酸ジブチル(以下、DBS、と称す)等に代表される脂肪族エステルを添加することが広く知られてい
る。
【0005】
特許文献1には、縦裂けトラブルが抑制され、かつ、密着性及び透明性に優れるポリ塩化ビニリデン樹脂ラップフィルムに関する技術が開示されている。

【0006】
特許文献2には、臭気を克服しつつ、押出成形時の熱分解を抑制し、かつ、フィルムの過剰密着現象や引出性の低下等、物性の経時変化も少ない塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムに関する技術が開示されている。【発明が解決しようとする課題】

【0008】
通常、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは、その巻回体からフィルムを引き出した後、巻回体を収納する化粧箱に付帯されたフィルム切断刃でカットして使用される。従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは、カット性を良くするためにフィルムの引裂強度を低くしていた。しかし、
このような引裂強度の低いフィルムにおいては、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際、化粧
箱付帯の切断刃でカットした端部からフィルムが裂けるトラブルが多かった。
【0009】
一方、裂けトラブルを抑制するためにフィルムを厚くする等の手法によって、フィルムの引裂強度を高くすることは可能であるが、フィルムがカ
ットしにくくなり、使い勝手が悪くなっていた。
【0010】
特許文献1のように、結晶配向度を制御することにより、フィルムの裂けトラブルを抑制することができる。しかし、ラップフィルムに求められるフィルムの裂けトラブル低減とカット性の両立ができない。また、特許
文献2では、押出時の熱劣化や、密着性や引出性等の物性に関する経時変化については改善されているが、経時の物理劣化については検討されていない。
【0011】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、塩化ビニリデン系
樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減し、使い勝手を向上させた、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供することを目的とする。

【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減と、フィルム切断時の優れたカット性という背反する課題を両立させるという観点から
鋭意検討を加えた結果、製膜ラインの樹脂の幅方向(以下、TD方向と称す)の引裂強度が2~6cNであり、かつ、製膜ラインの樹脂の流れ方向
(以下、MD方向と称す)の引張弾性率が250~600MPaである塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムにおいて、温度変調型DSCにて評価した低温結晶化開始温度を40~60℃とすることで、消費者の要求を満たすレベルにまで裂けトラブルを抑制でき、かつ、フィルムのカット性に優れるラップフィルムが得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、下記の通りである。
【0013】
〔1〕

TD方向の引裂強度が2~6cNであり、かつ、MD方向の引張弾性率が250~600MPaである塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムであって、温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が40~60℃である、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム。
〔2〕

塩化ビニリデン繰り返し単位を72~93%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して、エポキシ化植物油を0.5~3重量%、クエン酸エステル又は二塩基酸エステルから選ばれる少なくとも一種の化合物を3~8重量%含有し、かつ、厚みが6~18μmである、前記〔1〕に記載の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム。

〔3〕
塩化ビニリデン系樹脂組成物を溶融押し出しした後、MD方向及びTD方向に延伸する塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法であって、MD方向及びTD方向の延伸倍率を共に4~6倍とし、未延伸状態の単位長さ当たりの延伸速度(以下、単に延伸速度と称す。
)をMD方向

及びTD方向それぞれ0.09~0.12倍/s、及び3.1~4.0倍/sとし、延伸直後のフィルム緩和比率を7~15%とし、かつ、延伸後
24時間以上5~19℃で保管する、前記〔1〕又は〔2〕に記載の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法。

【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中に
巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際に、フィルムの裂けトラブルが発生しにくく、しかも、化粧箱付帯のフィルム切断刃でフィルムをカットする際のカット性に優れた塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムが得られる。エ
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態(以下、
本実施形態という)につ
いて詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に制限されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。【0017】

〔塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム〕
本実施形態の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム(以下、単にラップフィルムという場合がある。)は、TD方向の引裂強度が2~6cNで
あり、かつ、MD方向の引張弾性率が250~600MPaであって、温度変調型DSCにて評価した低温結晶化開始温度が40~60℃である。
以下、本実施形態について、詳細に説明する。
【0018】
本実施形態の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは、塩化ビニリデン系樹脂を含有する。
<塩化ビニリデン系樹脂>

本実施形態に用いる塩化ビニリデン系樹脂は、塩化ビニリデン繰り返し単位を含むものであれば特に制限されず、塩化ビニリデン繰り返し単位以
外に、例えば塩化ビニル、メチルアクリレート、ブチルアクリレート等のアクリル酸エステル;メチルメタアクリレート、ブチルメタアクリレート等のメタアクリル酸エステル;アクリロニトリル;酢酸ビニル等、塩化ビニリデンと共重合可能な単量体が一種又は二種以上共重合されていてもよい。
塩化ビニリデン系樹脂が共重合樹脂である場合、塩化ビニリデン繰り返し単位の比率は、特に制限されないが、塩化ビニリデン繰り返し単位を72~93%含むものが好ましい。塩化ビニリデン繰り返し単位が72%以上の場合、塩化ビニリデン系樹脂のガラス転移温度が低くフィルムが軟ら
かく、冬場等の低温環境下での使用時にもフィルムの裂けを低減できるので好ましい。一方、塩化ビニリデン繰り返し単位が93%以下の場合、結晶性の大幅な上昇を抑制し、フィルム延伸時の成形加工性の悪化を抑制できるので好ましい。前記観点から、塩化ビニリデン繰り返し単位を81~90%含むものがより好ましい。

特に、
塩化ビニリデン繰り返し単位を72%以上含むラップフィルムは、夏場等の高温下で保管・流通する際、熱を受けて微結晶が形成・成長し、物理的な劣化が起こりやすく、結果としてフィルム使用時の裂けトラブルが発生しやすい傾向があるため、本発明の構成による効果が顕著である。【0019】

塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの塩化ビニリデン繰り返し単位の比率は、高分解のプロトン核磁気共鳴測定装置(H-NMR:日本電子製α-400)を用いて測定する。ラップフィルムの再沈濾過物を真空乾燥し、5重量%を重水素化テトラヒドロフランに溶解させた溶液を、測定雰囲気温度約27℃にてH-NMR測定する。得られたスペクトル中のテト
ラメチルシランを基準とした特有の化学シフトを用いて塩化ビニリデン繰り返し単位を計算する。例えば、塩化ビニリデンと塩化ビニルの共重合
体では、3.50~4.20ppm、2.80~3.50ppm、2.00~2.80ppmのピークを利用して計算する。
【0020】
本実施形態の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムにおいて、塩化ビニリデン系樹脂の含有量は、特に制限されないが、89重量%以上が好ましく、より好ましくは93重量%以上である。このような範囲であれば、添加剤等による可塑化効果によってフィルムが伸びやすくなるのを抑制でき、フィルムのカット性が一層高くなるので、好ましい。
【0021】

本実施形態の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは、特に制限されないが、前記塩化ビニリデン系樹脂に加えて、必要に応じて、各種添加剤を含有してもよい。
前記添加剤は、特に制限されず、例えば、エポキシ化植物油等の公知の安定剤、及びクエン酸エステルや二塩基酸エステル等の公知の可塑剤等が
ある。
ラップフィルムから各成分の含有量を測定する方法は分析対象物によって異なる。例えば、塩化ビニリデン系樹脂の含有量は、ラップフィルムの再沈濾過物を真空乾燥し、重量測定して得ることができる。一方、エポキシ化植物油の含有量は、ラップフィルムの再沈濾液をゲルパーミエーショ
ンクロマトグラフィー分析して得ることができる。また、クエン酸エステル及び二塩基酸エステルの含有量は、アセトン等の有機溶媒を用いてラップフィルムから添加剤を抽出し、ガスクロマトグラフィー分析して得ることができる。
【0022】

<エポキシ化植物油>
本実施形態のラップフィルムは、エポキシ化植物油を含有することが好
ましい。
エポキシ化植物油は、特に制限されないが、一般的に、食用油脂をエポキシ化して製造される。エポキシ化植物油は、塩化ビニリデン系樹脂押出加工用安定剤として作用する。ラップフィルムの色調変化の抑制の点から、本実施形態のラップフィルムは、エポキシ化植物油を含有することが好ましい。
エポキシ化植物油は、特に制限されず、例えば、ESO、エポキシ化アマニ油が挙げられるが、これらのなかでも、ESOは、高温下にラップフィルムを保管した際、化粧箱からのフィルムの引出性悪化を抑制する点で
好ましい。
【0023】
本実施形態のラップフィルムがエポキシ化植物油を含有する場合、その含有量は、特に制限されないが、ラップフィルムの色調変化の抑制、ブリードによるべたつき防止等の点から、0.5~3重量%が好ましく、1~
2重量%がより好ましい。
本実施形態のラップフィルムがESOを含有する場合も、
その含有量は、
特に制限されないが、ラップフィルムの色調変化の抑制、ブリードによるべたつき防止等の点から、0.5~3重量%が好ましく、1~2重量%がより好ましい。

【0024】
本実施形態のラップフィルムは、成形加工性等の観点から、クエン酸エステル又は二塩基酸エステルを含有することが好ましい。
<クエン酸エステル>
本実施形態のラップフィルムに用いられるクエン酸エステルは、特に制
限されないが、クエン酸トリエチル、クエン酸トリブチル、アセチルクエン酸トリエチル、ATBC、アセチルクエン酸トリ-n-(2-エチルヘ
キシル)などがある。これらのなかでも、ATBCは、塩化ビニリデン系樹脂に対する可塑化効果が高く、少量でも十分に樹脂を可塑化し、成形加工性を向上させる点で好ましい。
【0025】
<二塩基酸エステル>
本実施形態のラップフィルムに用いられる二塩基酸エステルは、特に制限されないが、アジピン酸ジブチル、アジピン酸ジn-ヘキシル、アジピン酸ジ-2-エチルヘキシル、アジピン酸ジオクチル等のアジピン酸エステル系;アゼライン酸ジ-2-エチルヘキシル、アゼライン酸オクチル等
のアゼライン酸エステル系;DBS、セバシン酸ジ-2-エチルヘキシル等のセバシン酸エステル系がある。これらのなかでも、DBSは、塩化ビニリデン系樹脂に対する可塑化効果が高く、少量でも十分に樹脂を可塑化し、成形加工性を向上させる点で好ましい。
【0026】

前記クエン酸エステルや二塩基酸エステルの合計含有量は、制限されないが、より優れた成形加工性の付与、及び添加剤高含有時のラップフィルムの過剰な密着性防止等の点から、3~8重量%が好ましく、3.5~7重量%がより好ましい。
特に、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムが、クエン酸エステルや二
塩基酸エステルを3重量%以上含有する場合、塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖の運動性が高くなるため、微結晶の形成や成長等の再配列が発生しやすく、高温下に晒されると物理的に劣化しやすくなり、また、フィルムが伸びやすくなるため切断刃がフィルムに食い込みにくくなり、カット性が低下する傾向にあるため、本発明の構成による効果が顕著である。
【0027】
<その他の配合物>

本実施形態の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは、前記エポキシ化植物油、クエン酸エステル、及び二塩基酸エステル以外の配合物(以下、その他の配合物という。、例えば可塑剤、安定剤、耐候性向上剤、染)
料又は顔料等の着色剤、防曇剤、抗菌剤、滑剤、核剤、ポリエステル等のオリゴマー、MBS(メチルメタクリレート-ブタジエン-スチレン共重合体)等のポリマー等を含有してもよい。
【0036】
前記のその他の配合物の含有量は5重量%以下であることが好ましく、より好ましくは3重量%以下、さらに好ましくは1重量%以下、特に好ま
しくは0.1重量%以下である。
【0037】
<ラップフィルムの厚み>
本実施形態のラップフィルムの厚みは、特に制限されないが、6~18μmが好ましく、9~12μmがより好ましい。ラップフィルムの厚みが
6μm以上の場合、フィルムの引張強度が高く、使用時のフィルム切れを一層抑制できるため、好ましい。また、引裂強度の著しい低下がなく、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際、化粧箱付帯の切断刃でカットした端部からフィルムが裂けるトラブルを低減できるため、好ましい。一方、ラップフィルムの厚み
が18μm以下の場合、フィルム切断刃でフィルムをカットするのに必要な力を低減でき、カット性が良好であり、また、フィルムが容器形状にフィットしやすく、容器への密着性が向上するため、好ましい。すなわち、フィルム切れのトラブル抑制、カット性、及び密着性を総合して、ラップフィルムの厚みは、6~18μmが好ましく、9~12μmがより好まし
い。
特に、厚みが6~18μmのラップフィルムは、引裂強度の著しい低下
はないものの、決して十分ではなく、フィルムの裂けトラブルが起こりやすい傾向にあるため、本発明の構成による効果が顕著である。

【0038】
<引裂強度>

本実施形態のラップフィルムは、TD方向の引裂強度が2~6cNである。ここで、TD方向とは、巻回体からラップフィルムを引き出す方向に垂直な方向をいう。引裂強度は、後述の方法によって測定される。本実施形態のラップフィルムは、TD方向の引裂強度が2cN以上であることにより、特に巻回体からラップフィルムを引き出す際の裂けを低減
でき、また、ラップフィルム使用時の意図しない裂けトラブルを抑制できる。一方、TD方向の引裂強度が6cN以下であることにより、化粧箱に付帯する鋸刃でフィルムをTD方向にカットする際に裂きやすく、カット性が向上する。TD方向の引裂強度は2.5cN以上4cN以下が好ましい。

本実施形態のラップフィルムのTD方向の引裂強度は、塩化ビニリデン系樹脂の組成、添加剤組成、フィルムの延伸倍率、延伸速度、及びフィルムの厚み等によって調整できる。特に制限されないが、例えば、TD方向の引裂強度はTD方向の延伸倍率を低くしたり、ラップフィルムを厚くすることによって、
向上する傾向にあり、
TD方向の延伸倍率を高くしたり、

ラップフィルムを薄くすることによって、低下する傾向にある。
【0039】
<引張弾性率>
本実施形態のラップフィルムは、MD方向の引張弾性率が250~600MPaである。ここで、MD方向とは、巻回体からラップフィルムを引
き出す方向をいう。引張弾性率は、後述の方法によって測定される。本実施形態のラップフィルムは、MD方向の引張弾性率が250MPa
以上であることにより、鋸刃でフィルムをカットするために力を加える際、フィルムのMD方向への延びを抑制でき、鋸刃がフィルムに食い込みやすくでき、カット性が向上する。一方、MD方向の引張弾性率が600MPa以下であることにより、フィルムが軟らかく、鋸刃の形状に沿ってフィルムをきれいにカットでき、切断端面に多数の裂け目が発生するのを抑制
できる。その結果、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際、切断端面からフィルムが裂けるトラブルが発生するのを抑制できる。MD方向の引張弾性率は、350MPa以上550MPa以下が好ましい。
本実施形態のラップフィルムのMD方向の引張弾性率は、塩化ビニリデ
ン系樹脂の組成、添加剤組成、フィルムの延伸倍率、及び延伸速度等によって調整できる。
特に制限されないが、
例えば、
MD方向の引張弾性率は、
延伸倍率を高くしたり、添加剤量を低減することによって、向上する傾向にあり、延伸倍率を低くしたり、添加剤量を増加することによって、低下する傾向にある。


【0040】
<低温結晶化開始温度>
本実施形態のラップフィルムは、温度変調型示差走査熱量計(温度変調型DSC)にて測定される低温結晶化開始温度が40~60℃である。こ
こで、低温結晶化開始温度は、温度変調型DSCによる昇温測定で得られる非可逆成分の温度-熱流曲線において、低温結晶化に起因する発熱ピークの補外結晶化開始温度(JIS

K7121に記載の補外結晶化開始温

度と同様に、昇温測定において低温側のベースラインを高温側に延長した線と、結晶化ピークの低温側の曲線にこう配が最大になる点で引いた接点の交点の温度)をいい、以下の方法により、測定される。
パーキンエルマー社製のDSC(DiamondDSC)を使用し、ス
テップスキャン測定モードにより、非可逆成分の温度-熱流曲線を得る。前記ステップスキャン測定の条件は、測定温度を0~180℃、昇温速度を10℃/minとし、昇温ステップ幅を4℃とし、等温時間を1minとする。得られた温度-熱流曲線において、低温結晶化に起因する発熱ピークの補外開始温度を低温結晶化開始温度とする。
【0041】
従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの低温結晶化開始温度は、60℃を超える。
これに対して、本実施形態のラップフィルムは、低温結晶化開始温度が
40~60℃であり、それによって、ラップフィルムの裂けトラブルを低減できる。
本実施形態のラップフィルムと従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムとは、熱を受けた場合の挙動が相違する。
従来のラップフィルムでは、流通時及び倉庫保管時に20℃以上の雰囲
気下に長時間晒されると、塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖が再配列を起こし、微結晶の形成・成長が起こると考えられる。このような分子鎖の再配列は、製造した塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの分子鎖の配向やフィルムの応力が十分に緩和していないために発生したと推定される。フィルムが高温に晒されるほど、分子鎖の再配列は起こりやすくなるため、フ
ィルムが物理的に劣化し、裂けトラブルを誘発しやすくなると考えられる。【0042】
一方、本実施形態のラップフィルムでは、製造時に十分に塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖の配向やフィルムの応力を緩和させることで、低温結晶化開始温度を40~60℃とし、流通時及び倉庫保管時に20℃以上に長
時間晒されても、分子鎖の再配列が起こりにくく、フィルムの劣化、さらには裂けトラブルを抑制する。その結果、カット性を維持しつつも、裂け
トラブルを抑制するという背反する課題を同時に達成する。
【0043】
低温結晶化開始温度は、ラップフィルム製造後の流通・倉庫保管時に高温下に晒されて形成・成長した微結晶の熱安定性を示す指標であり、分子鎖の再配列の程度、すなわち、フィルムの物理的劣化による裂けトラブルの発生しやすさを評価することができる。低温結晶化開始温度が60℃を上回るラップフィルムでは、既に分子鎖の再配列が進行し、フィルム中の物理劣化が起きているため、裂けトラブルの著しい増加が発生する。【0044】

一方、本発明者らが検討したところ、ラップフィルム製造後にガラス転移温度以下である-30℃で保管した場合の低温結晶化開始温度は、40℃であった。すなわち、ラップフィルムが製造後に全く熱を受けていないとみなせる場合の低温結晶化開始温度は40℃であり、この温度に近いほど、
分子鎖の再配列、
さらには、
裂けトラブルを抑制できる。
そのため、

ラップフィルムの低温結晶化開始温度は40~60℃が好ましく、より好ましくは40~55℃、さらに好ましくは40~50℃である。
【0045】
DSC昇温測定中に結晶化と結晶融解は競争して起こるため、従来のDSC測定方法では微結晶の形成・成長と融解に由来する熱流が相殺されて
しまい、微結晶の熱挙動を検討することは難しく、従来のラップフィルムと本実施形態を区別することが困難であった。一方、温度変調型DSCを利用した場合、結晶化等の非可逆成分と結晶融解やガラス転移等の可逆成分の熱流に分離することができ、微結晶の熱挙動を評価することが可能である。

本発明者らは、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの裂けトラブルの原因が、流通過程や保管時に受ける熱履歴によるフィルム中に物理劣化に
あることを見出し、前記物理劣化によるトラブルの発生のしやすさを、温度変調型DSCを用いて測定される低温結晶化開始温度という新たな指標によって判断できることを見出した。そして、従来のラップフィルムの低温結晶化開始温度が60℃を上回るために裂けトラブルが発生していたことに着目し、鋭意検討した結果、低温結晶化開始温度を40~60℃に制御することにより、フィルムのカット性を維持しつつ、裂けトラブルを抑制したフィルムを提供することに成功した。
【0046】
〔塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法〕

本実施形態の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法は、特に制限されないが、塩化ビニリデン系樹脂組成物を溶融押し出しした後、MD方向及びTD方向に延伸する塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法であって、MD方向及びTD方向の延伸倍率を共に4~6倍とし、MD方向の延伸速度を0.09~0.12倍/s、TD方向の延伸速度を
3.1~4.0倍/sとし、延伸直後のフィルム緩和比率を7~15%とし、かつ、延伸後24時間以上5~19℃で保管する塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法を好適に包含する。
以下、本実施形態のラップフィルムの好ましい製造方法について説明する。

まず、塩化ビニリデン系樹脂と、必要に応じて、エポキシ化植物油、クエン酸エステル又は二塩基酸エステルから選ばれる少なくとも一種の化合物と、必要に応じて種々の添加剤とを、リボンブレンダー又はヘンシェルミキサー等で均一に混合させ、24時間熟成させて塩化ビニリデン系樹脂組成物を製造する。その後、図1にラップフィルムの製造工程の一例の
概略図を示すように、該樹脂組成物を押出機(1)により溶融させ、ダイ(2)から管状に押出され、ソック(4)が形成される。ソック(4)の
外側を冷水槽(6)にて冷水に接触させ、ソック(4)の内部にはソック液(5)を注入することにより、内外から冷却して固化させる。固化されたソック
(4)第1ピンチロール
は、
(7)
にて折り畳まれ、
パリソン
(8)
が成形される。
【0047】
続いて、パリソン(8)の内側にエアを注入することにより、再度パリソン(8)は開口されて管状となる。このとき、ソック(4)内面に表面塗布したソック液(5)はパリソン(8)の開口剤としての効果を発現する。パリソン(8)は、温水により延伸に適した温度まで再加熱される。
パリソン(8)の外側に付着した温水は、第2ピンチロール(9)にて搾り取られる。適温まで加熱された管状のパリソン(8)にエアを注入してバブル(10)を成形し、延伸フィルムが得られる。その後延伸フィルムは、第3ピンチロール(11)で折り畳まれ、ダブルプライフィルム(12)となる。ダブルプライフィルム(12)は、巻き取りロール(13)
にて巻き取られる。さらに、このフィルムはスリットされて、1枚のフィルムになるように剥がしながら巻き取られ、一時的に1~3日間原反の状態で保管される。最終的には原反から紙管に巻き返され、化粧箱に詰められることで、化粧箱に収納された塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム巻回体が得られる。

【0048】
上記記載の第1ピンチロール(7)から第3ピンチロール(11)までの工程が延伸工程であり、
第1ピンチロール
(7)
と第3ピンチロール
(1
1)の回転速度比でMD方向の延伸倍率が決まり、パリソン(8)の延伸温度やバブル
(10)
の大きさでTD方向の延伸倍率を調整できる。
また、

第1ピンチロール(7)や第3ピンチロール(11)の回転速度を変更すること、又は、第1ピンチロール(7)と第3ピンチロール(11)の間
の距離を変更することにより、パリソン(8)の延伸速度を変更することができる。
延伸速度を遅くすることで、パリソンの延伸性が向上するため、従来塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムでは、MD及びTDの延伸速度をそれぞれ0.08以下、及び3.0以下としていた。
これに対して、結晶化開始温度を40~60℃に制御した、カット性と裂けトラブルに優れるフィルムは、特に制限されないが、MD方向及びTD方向の延伸倍率を、延伸温度30~45℃条件下において、共に4~6倍とし、MD方向の延伸速度を、0.09~0.12倍/s、TD方向の
延伸速度を3.1~4.0倍/sとすることにより、好適に製造できる。ここで、MD方向とは、フィルムの流れ方向であり、ラップフィルムとしたときに、巻回体からラップフィルムを引き出す方向をいい、TD方向とは、前記MD方向と垂直な方向であり、ラップフィルムとしたときに、巻回体からラップフィルムを引き出す方向に垂直な方向をいう。

また、MD方向の延伸倍率は、パリソン(8)をMD方向に伸ばした延伸比をいい、例えば、図1においては、第1ピンチロール(7)の回転速度に対する第3ピンチロール
(11)
の回転速度の比によって算出できる。
TD方向の延伸倍率は、パリソン(8)をTD方向に伸ばした延伸比をいい、例えば、図1においては、パリソン(8)の幅の長さに対するダブル
プライフィルム(12)の幅の長さの比によって算出できる。MD方向の平均延伸速度は、パリソンが第1ピンチロール(7)と第3ピンチロール(11)の間を通過する時間に対するMD方向への延伸倍率をいい、例えば、図1においては、第1ピンチロール(7)の回転速度、第3ピンチロール(11)の回転速度、及びパリソン(8)が第1ピンチロール(7)
と第3ピンチロール(11)間を通過するのに要する時間によって算出できる。TD方向の平均延伸速度は、パリソン(8)がバブル(10)まで
膨らむのに要する時間に対するTD方向への延伸倍率をいい、例えば、図1においては、パリソン(8)及びバブル(10)の静止画像を利用して測定した延伸長と第3ピンチロール(11)の回転速度から算出したTD方向の延伸に要する時間と、TD方向の延伸倍率から算出できる。【0049】
一方、第3ピンチロール(11)より巻き取りロール(13)の回転速度を遅くすることで、
延伸フィルムを緩和させることができる。
一般的に、
延伸後に赤外ヒーター等の熱を利用してフィルムを緩和させる場合があるが、本実施形態のラップフィルムを製造する場合、熱によりフィルムの
裂けの原因である微結晶の形成・成長が起こり、結晶化開始温度は60℃を超えてしまう。そのため、緩和時の雰囲気温度を25~32℃に設定することが好ましい。
【0050】
フィルムの緩和比率は、制限されないが、7~15%が好ましい。
ここで、緩和比率とは、第3ピンチロール(11)と巻き取りロール(13)間でダブルプライフィルム(12)を収縮させた比率をいい、例えば図1の場合、第3ピンチロール(11)の回転速度に対する巻き取りロール(13)の比率を利用して算出できる。
フィルムの緩和比率が15%以下であることは、第3ピンチロール(1
1)と巻き取りロール(13)間でフィルムの弛み発生し、フィルムにシワが発生するのを抑制できる観点から、好ましい。一方、緩和比率が7%以上の場合、フィルムを十分に緩和し、高温に晒される場合であっても、分子鎖の再配列が発生するのを抑制し、低温結晶化開始温度を60℃以下とでき、裂けトラブルを低減できる観点から、好ましい。

【0051】
フィルムをスリットした後、原反の状態で保管する条件は、特に制限さ
れないが、延伸後24時間以上5~19℃で保管することが好ましい。特に、保管の際の雰囲気温度は、フィルム裂けトラブル増加を誘発する微結晶の形成・成長を抑制する点で重要となる。原反の保管場所は、フィルムの製造工程に隣接していたり、温調管理されていない等のため、比較的高温下であることが多い。スリット原反保管時の雰囲気温度が19℃以下で
あることは、分子鎖の再配列によるフィルムの物理劣化を抑制でき、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際、化粧箱付帯の切断刃でカットした端部からフィルムが裂けやすくなるのを抑制できるので、好ましい。
【0052】

一方、スリット原反保管時の雰囲気温度が5℃以上であることは、フィルムを十分に緩和し、
その後の流通・保管時に20℃以上に晒された場合、
分子鎖の再配列が起こりにくくする観点から好ましい。
そのため、スリット原反を24時間以上、5~19℃で保管することが好ましく、これにより、微結晶の形成・成長を抑制しつつ、非晶部の分子
鎖を配向緩和させたフィルムが得られる。原反保管時に分子鎖の配向を緩和させることにより、フィルムの流通及び保管時に高温下に晒されても微結晶が形成・成長しにくくなり、裂けトラブルを抑制することができる。【0053】
スリット原反は、保管後、特に制限されないが、例えば紙管等に巻き返
され、巻回体(16)として、図2に示すようなフィルム切断刃(15)を備える化粧箱(14)に収納される。図2に例示するように、ラップフィルム(17)は、使用時に引き出されて使用される。

【実施例】
【0054】
以下、実施例及び比較例により本発明を具体的に説明するが、本発明は
これらにより何ら制限されるものではない。実施例及び比較例で用いた評価方法は、以下の通りである。
【0055】
(測定方法)
1.塩化ビニリデン繰り返し単位の含有量
塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの塩化ビニリデン繰り返し単位の比率は、高分解のプロトン核磁気共鳴測定装置(H-NMR:日本電子製α-400)を用いて測定した。ラップフィルムの再沈濾過物を真空乾燥し、5重量%を重水素化テトラヒドロフランに溶解させた溶液を、測定雰
囲気温度約27℃にてH-NMR測定した。塩化ビニリデンと塩化ビニルの共重合体に関しては、テトラメチルシランを基準とした前記共重合体の3.50~4.20ppm、2.80~3.50ppm、2.00~2.80ppmのピークを利用して塩化ビニリデン繰り返し単位の含有量を計算した。

【0056】
2.フィルムの厚み
ラップフィルムの出荷後の流通、及び家庭での保管を想定し、作製後のラップフィルムを28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管した後、ラップフィルムの厚みを測定した。
測定にはダイアルゲージ
(テクロック社製)

を利用し、23℃、50%RHの雰囲気中で行った。
【0057】
3.引裂強度
ラップフィルムの出荷後の流通、及び家庭での保管を想定し、作製後のラップフィルムを28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管した後、測定
を実施した。測定は軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し、23℃、50%RHの雰囲気中にて評価した。JIS-P-8116記載の方法に
準拠して、ラップフィルムの引裂強度を測定した。
【0058】
4.引張弾性率
ラップフィルムの出荷後の流通、及び家庭での保管を想定し、作製後のラップフィルムを28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管した後、測定を実施した。測定はオートグラフAG-IS(島津製作所製)を使用し、23℃、50%RHの雰囲気中にて評価した。ASTM-D-882に記載の方法に準拠し、5mm/minの引張速度、チャック間距離100mmの条件で2%伸長時の荷重から引張弾性率を測定した。

【0059】
5.低温結晶化開始温度
測定サンプルは、ラップフィルムの出荷後の流通、及び家庭での保管を想定し、作製後のラップフィルムを28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管したものを使用した。測定は、パーキンエルマー社製のDSC(Di
amondDSC)を使用し、ステップスキャン測定モード(サンプル重量:6mg、サンプルパン材質:アルミ製、測定温度:0~180℃、昇温速度:10℃/min、昇温ステップ幅:4℃、等温時間:1min)を利用した。空のアルミ製サンプルパンについても前記条件にて測定し、ラップフィルムの温度-熱流曲線の補正を行った。補正後の温度-熱流曲
線の非可逆成分において、低温結晶化に起因する発熱が開始する温度を低温結晶化開始温度とした。
【0060】
(評価方法)
6.裂けトラブル抑制効果

ラップフィルムの出荷後の流通、及び家庭での保管を想定し、製膜直後のラップフィルムを28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管した後、裂
けトラブル抑制効果を評価した。
【0061】
評価は23℃、相対湿度50%RHの雰囲気中で行なった。評価者として、日常食品包装用ラップフィルムを使用する100人を選出し、評価者それぞれに、化粧箱に収納された幅22cmの巻回体からフィルムを1m引き出した後、化粧箱に付帯するブリキ製のフィルム切断刃でカットする一連の作業を20回ずつ実施してもらい、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中にフィルム端部が巻き戻った場合はフィルムを摘み出す際に裂けが発生し、スムーズにフィルムが引き出せなかった頻度を評価
した。
【0062】
フィルムの裂けトラブル抑制効果は、以下の5段階で評価した。
評価記号


トラブル発生率(%)

判定

3未満

トラブルがほとんどなく、使い勝手
に非常に優れる



3以上6未満

トラブルが少なく、使い勝手に優れ



6以上9未満

トラブルがあまりなく、使い勝手が
良い



9以上15未満

トラブルがやや多く、使い勝手が悪

×

15以上

トラブルが非常に多く、使い勝手が
非常に悪い

7.カット性
裂けトラブル抑制効果と同様に、出荷後の流通、及び家庭での保管を想定し、製膜直後の巻回体を28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管した
後、フィルムのカット性を評価した。
【0063】
評価は23℃、相対湿度50%RHの雰囲気中で行なった。評価者として、日常食品包装用ラップフィルムを使用する100人を選出し、評価者それぞれに、化粧箱に収納された幅22cmの巻回体からフィルムを50
cm引き出した後、化粧箱に付帯するブリキ製のフィルム切断刃でフィルムをカットし、カットのしやすさについて1人3点で評価してもらい、100人の合計点を評価した。各評価者の評点に関して、3点をカット性が大変良い、2点をカット性が良い、1点をカット性が悪い、0点をカット性が非常に悪いとした。

【0064】
カット性は、100人の合計点をもとに、以下の4段階で評価した。評価記号


合計点(点)

判定

250以上

非常に容易に、かつ、スムーズに
カットできる



200以上250未満

容易に、かつ、スムーズにカット
できる



150以上200未満

比較的容易にフィルムをカットで
きる

×

150未満

カットに力が必要であり、カット
性が悪い


【0065】
[実施例1]
重量平均分子量90,000の塩化ビニリデン系樹脂(塩化ビニリデン
繰り返し単位が85%、塩化ビニル繰り返し単位が15%)
、ATBC(ア
セチルクエン酸トリブチル、田岡化学工業(株)、ESO(ニューサイザ)

ー510R、日本油脂(株)
)をそれぞれ93.4重量%、5.5重量%、
及び1.1重量%の割合で混ぜたもの合計5kgを、ヘンシェルミキサーにて5分間混合させ、24時間以上熟成して塩化ビニリデン系樹脂組成物を得た。
【0066】
上記の塩化ビニリデン系樹脂組成物を溶融押出機に供給して溶融し、押出機の先端に取り付けられた環状ダイでのスリット出口での溶融樹脂温度が170℃になるように押出機の加熱条件を調節しながら、環状に10kg/hrの押出速度で押出した。これを過冷却した後、インフレーショ
ン延伸によって、MD方向は平均延伸速度0.11倍/sで4.1倍に延伸し、TD方向は平均延伸速度3.5倍/sで5.6倍に延伸して筒状フィルムとした。この筒状フィルムをニップして扁平に折り畳んだ後、ニップロールと巻き取りロールの速度比の制御によって、MD方向にフィルムを10%緩和させ、折幅280mmの2枚重ねのフィルムを巻取速度18
m/minにて巻き取った。このフィルムを、220mmの幅にスリットし、1枚のフィルムに剥がしながら外径92mmの紙管に巻き直した。その後、30時間の間15℃で保管し、外径36mm、長さ230mmの紙管に20m巻き取ることで、ラップフィルムの巻回体を得た。
得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定したところ、
低温結晶化開始温度が49℃、
厚みが11μm、
TD方向の引裂強度が2.
9cN、
MD方向の引張弾性率が530MPaであった。
前記方法により、
裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。結果を表1に示す。【0067】
[実施例2]

MD方向、TD方向それぞれの平均延伸速度を0.10倍/s、3.2倍/sにすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラッ
プフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定したところ、低温結晶化開始温度が47℃、厚みが11μm、TD方向の引裂強度が3.0cN、MD方向の引張弾性率が520MPaであった。前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評価結果を表1に示す。
【0068】
[実施例3]
MD方向、TD方向それぞれの平均延伸速度を0.12倍/s、3.8倍/sにすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラッ
プフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定したところ、低温結晶化開始温度が52℃、厚みが11μm、TD方向の引裂強度が2.4cN、MD方向の引張弾性率が530MPaであった。前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評価結果を表1に示す。

【0069】
[実施例4]
インフレーション延伸後のMD方向のフィルム緩和比率を8%にすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定
したところ、低温結晶化開始温度が53℃、厚みが11μm、TD方向の引裂強度が2.8cN、MD方向の引張弾性率が540MPaであった。前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評価結果を表1に示す。
【0070】

[実施例5]
インフレーション延伸後のMD方向のフィルム緩和比率を14%にする
こと以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定したところ、低温結晶化開始温度が43℃、厚みが11μm、TD方向の引裂強度が2.
9cN、
MD方向の引張弾性率が510MPaであった。
前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評価結果を表1に示す。
【0071】
[実施例6]
スリット後の30時間の間8℃で保管すること以外は、実施例1と同様
の方法で作製することで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定したところ、低温結晶化開始温度が45℃、厚みが11μm、TD方向の引裂強度が3.0cN、MD方向の引張弾性率が510MPaであった。前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評価結果を表1に示す。

【0072】
[実施例7]
押出速度を6kg/hrに変更することによって最終フィルム厚みを5μmにすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法
によって測定したところ、低温結晶化開始温度が49℃、厚みが5μm、TD方向の引裂強度が2.1cN、MD方向の引張弾性率が530MPaであった。
前記方法により、
裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。
評価結果を表1に示す。
【0073】

[実施例8]
押出速度を18kg/hrに変更することによって最終フィルム厚みを
20μmにすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定したところ、低温結晶化開始温度が49℃、厚みが20μm、TD方向の引裂強度が5.2cN、MD方向の引張弾性率が530MPaであった。前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評
価した。評価結果を表1に示す。
【0074】
[実施例9]
ATBCの代わりにDBS(セバシン酸ジブチル、田岡化学工業(株))
を9.0重量%使用したこと以外は、実施例1と同様の方法で作製するこ
とで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定したところ、低温結晶化開始温度が53℃、厚みが11μm、TD方向の引裂強度が4.3cN、MD方向の引張弾性率が320MPaであった。前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評価結果を表1に示す。

【0075】
[実施例10]
ATBCの添加量を2.8重量%、及びESOの添加量を1.5重量%に変更したこと以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法
によって測定したところ、
低温結晶化開始温度が48℃、
厚みが11μm、
TD方向の引裂強度が2.4cN、MD方向の引張弾性率が580MPaであった。
前記方法により、
裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。
評価結果を表1に示す。

【0076】
[比較例1]

MD方向、TD方向それぞれの平均延伸速度を0.14倍/s、4.3倍/sにすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定したところ、低温結晶化開始温度が64℃、厚みが11μm、TD方向の引裂強度が1.8cN、MD方向の引張弾性率が540MPaであった。前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評価結果を表1に示す。
【0077】
[比較例2]

インフレーション延伸後のMD方向のフィルム緩和比率を5%にすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定したところ、低温結晶化開始温度が64℃、厚みが11μm、TD方向の引裂強度が2.7cN、MD方向の引張弾性率が560MPaであった。
前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評価結果を表1に示す。
【0078】
[比較例3]
スリット後の30時間の間0℃で保管し、その後28℃で24時間保管
すること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定したところ、低温結晶化開始温度が66℃、厚みが11μm、TD方向の引裂強度が3.0cN、MD方向の引張弾性率が530MPaであった。前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評
価結果を表1に示す。
【0079】

[比較例4]
スリット後の30時間の間25℃で保管すること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定したところ、低温結晶化開始温度が63℃、厚みが11μm、TD方向の引裂強度が3.1cN、MD方向の引張弾性率が530MPaであった。前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評価結果を表1に示す。
【0080】
[比較例5]

MD方向、TD方向それぞれの平均延伸速度を0.07倍/s、2.5倍/sとし、インフレーション延伸後のMD方向のフィルム緩和比率を6%とすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定したところ、
低温結晶化開始温度が63℃、
厚みが11μm、

TD方向の引裂強度が3.3cN、MD方向の引張弾性率が510MPaであった。
前記方法により、
裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。
評価結果を表1に示す。
【0081】
[比較例6]

特開2011-168750号公報の実施例2のように、MD方向に平均0.08倍/sで3.1倍延伸し、TD方向に3.2倍/sで4.9倍延伸し、インフレーション延伸後のMD方向のフィルム緩和比率を3%とし、かつ、スリット後の保管温度を22℃とすることで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって
測定したところ、
低温結晶化開始温度が66℃、
TD方向の引裂強度が3.
8cN、
MD方向の引張弾性率が480MPa、
厚みが10μmであった。

前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評価結果を表1に示す。
【0082】
[比較例7]
特開2008-074955号公報の実施例1のように、MD方向に平均0.07倍/sで5.5倍延伸し、TD方向に2.8倍/sで5.3倍延伸し、インフレーション延伸後のMD方向のフィルム緩和比率を3%とし、かつ、スリット後の保管温度を22℃とすることで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって
測定したところ、
低温結晶化開始温度が70℃、
TD方向の引裂強度が3.
1cN、
MD方向の引張弾性率が520MPa、
厚みが10μmであった。
前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評価結果を表1に示す。
【0083】

[比較例8]
ATBCの代わりにDBSを11.0重量%使用したこと以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって測定したところ、低温結晶化開始温度が56℃、厚みが11μm、TD方向の引裂強度が5.
5cN、
MD方向の引張弾性率が210MPaであった。
前記方法により、
裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評価結果を表1に示す。【0084】
[比較例9]
ATBCの添加量を1.5重量%、及びESOの添加量を1.5重量%
としたこと以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によ
って測定したところ、低温結晶化開始温度が47℃、厚みが11μm、TD方向の引裂強度が2.1cN、MD方向の引張弾性率が720MPaであった。前記方法により、裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評価結果を表1に示す。
【0085】

[比較例10]
ATBCの代わりにDBSを9.0重量%使用し、かつ、押出速度を18kg/hrに変更することによって最終フィルム厚みを20μmにすること以外は、実施例1と同様の方法で作製することで、ラップフィルムの巻回体を得た。得られたラップフィルムの物性を前記測定方法によって
測定したところ、
低温結晶化開始温度が53℃、
TD方向の引裂強度が7.
2cN、
MD方向の引張弾性率が320MPaであった。
前記方法により、
裂けトラブル抑制効果とカット性を評価した。評価結果を表1に示す。コ
【産業上の利用可能性】
【0087】

本発明のラップフィルムは、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルが低減され、使い勝手が改善されており、しかも、フィルム切断時のカット性に優れるものなので、食品包装用、及び調理用等の用途として広く且つ有効に利用可能である。



前記⑴の記載事項によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明に関し、次のような開示があることが認められる。

塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは、通常、その巻回体からフィルムを引き出した後、巻回体を収納する化粧箱に付帯されたフィルム切断刃
でカットして使用されており、従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムでは、カット性を良くするためにフィルムの引裂強度を低くしていたが、
このようなフィルムにおいては、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際、化粧箱に付帯された切断刃でカットした端部からフィルムが裂けるトラブルが多く、一方で、裂けトラブルを抑制するためにフィルムを厚くする等の手法によって、フィルムの引裂強度を高くすると、フィルムがカットしにくくなり、使い勝
手が悪くなり、裂けトラブルの低減とカット性が両立できないという問題があった(
【0008】ないし【0010】。


本発明は、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減
し、使い勝手を向上させた、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供することを目的とし、
本発明者らは、上記課題を解決するための手段と
して、製膜ラインの樹脂の幅方向(TD方向)の引裂強度が2~6cNであり、かつ、製膜ラインの樹脂の流れ方向(MD方向)の引張弾性率が250~600MPaである塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムにおい
て、温度変調型DSCにて評価した低温結晶化開始温度を40~60℃とすることで、消費者の要求を満たすレベルにまで裂けトラブルを抑制でき、かつ、フィルムのカット性に優れるラップフィルムが得られることを見出し、
本発明を完成するに至った(
【0011】【0012】。


本発明は、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中に巻
き戻ったフィルム端部を摘み出す際に、フィルムの裂けトラブルが発生しにくく、しかも、化粧箱付帯のフィルム切断刃でフィルムをカットする際のカット性に優れた塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムが得られるという効果を奏する(
【0014】【0087】。


2
取消事由1(サポート要件の判断の誤り)について


本件発明の技術的意義について

前記1⑵認定の本件明細書の開示事項によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、
カット性を良くするためにフィルムの引裂強度を低くしていた、
従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムには、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際、化粧箱に付帯された切断刃でカットした端部からフィルムが裂けるトラブルが多く、
一方で、裂けトラブルを抑制するためにフィルムを厚くする等の手法によって、フィルムの引裂強度を高くすると、フィルムがカットしにくくなり、裂けトラブルの低減とカット性が両立できないという問題があったため、本件発明は、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻
き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減し、使い勝手を向上させた、
塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供することを課題とし、その課題を解決するための手段として、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの引裂強度引張弾性率及び低温結晶化開始温度を特定の数値

範囲に制御する構成を採用することにより、巻回体からフィルムを引き出す
際、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際に、フィルムの裂けトラブルが発生しにくく、しかも、化粧箱付帯のフィルム切断刃でフィルムをカットする際のカット性に優れた塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムが得られるという効果を奏するものとしたことに技術的意義があることの記載があるものと認められる。



本件発明のサポート要件適合性について

原告は、本件発明の発明特定事項は、①引裂強度
、②引張弾性率

③低温結晶化開始温度
、④塩化ビニリデン繰り返し単位の含量、⑤エポキシ化植物油の含量、⑥クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物の含量、⑦ラップフィルムの厚みが6~18μmの7個のパラメータで構成されていると
ころ、本件審決は、①ないし③の3個のパラメータが本件発明の範囲にあれば本件発明の課題を解決できると認識できると判断したが、それならば、どうして本件発明を特定するために3個ではなく、7個のパラメータが必要なのか、説明が付かないし、本件明細書の記載を踏まえれば、①ないし③の3個のパラメータが本件発明の範囲にあるのみでは、当業者において本件発明の課題を解決できると認識することができないから、本件審決の上記判断は誤りであり、本件発明は、サポート要件に適合しない旨主張する。
そこで検討するに、特許法36条6項1号が、特許請求の範囲の記載が
特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること(サポート要件)
に適合するものでなければならないと規定した趣旨
は、明細書の記載からみて広すぎる特許請求の範囲を認めることは、事実上公開していない発明に特許を与えることになるため、このような事態を防ぎ、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載に実
質的に裏付けられていなければならないとしたものと解される。かかる同号の趣旨に鑑みると、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないことを主張する場合には、特許請求の範囲に記載された特定の発明特定事項(物の発明の場合においては、例えば、素材、その形状、含有量や物性の数値範囲、用途等)との関係において、特許請求の範囲の記載が発明の
詳細な説明の記載に実質的に裏付けられていないことを具体的に指摘する必要があるというべきである。
しかるところ、原告は、①ないし③の発明特定事項のパラメータが本件発明の範囲にあるのみでは、当業者において本件発明の課題を解決できると認識することができないと主張するのみで、
特許請求の範囲
(請求項1)

に記載された特定の発明特定事項との関係において、特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明の記載に実質的に裏付けられていないことを具体
的に指摘するものではないから、この点において、原告の上記主張は主張自体理由がない。
また、前記(1)認定のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明は、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中
に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減し、使い勝手を向上させた、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供することを課題とし、その課題を解決するための手段として、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの
引裂強度

引張弾性率
及び
低温結晶化開始温度
を特定の数値範囲に制御する構成を採用したことの開示があると認めら
れるから、本件審決が、
TD方向の引裂強度が2~6cNであり、かつ、MD方向の引張弾性率が250~600MPaであり、さらに、温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が40~60℃であることが特定されている本件発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであると判断したこと(前記第2の3(1)エ)に誤りはなく、この点においても、原告の上記主張は理由がない。

原告は、①本件発明の引裂強度の数値範囲は、
2~6cNである
が、
3cNを超え6cNまでの範囲については、実施例による裏付けを
欠いていること、本件発明の低温結晶化開始温度については、
低温結晶化開始温度という用語自体が、極めて特殊なものであり、低温結晶化開始温度のラップフィルムの性状への影響については、技術常識といえる知見は存在せず、まして塩化ビニリデン系樹脂からなるラップフィルムへの影響については、公然知られた知見はないことからすると、当業
者は、
本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、
本件発明の
引裂強度
の数値範囲のうち、少なくとも3cNを超え6cNまでの範囲につい
ては、
低温結晶化開始温度の40~60℃の数値範囲との関係にお
いて、本件発明の課題を解決できると認識することはできない、②ラップフィルムのパッケージ側の鋸刃(フィルム切断刃)の形状、構造及び材質は、多様であり、
通常用いられている鋸刃においても、特定のものが存
在するわけではなく、多様なものがあることは技術常識であること(甲2ないし4、14)からすると、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明の2~6cNの数値範囲の引裂強度を備え
たラップフィルムが、
その数値範囲全体にわたり、
通常用いられている鋸刃との関係において、カット性の維持と裂けトラブルの防止という本件
発明の課題を解決できると認識することはできないとして、本件発明はサポート要件に適合しない旨主張するので、以下において判断する。(ア)引裂強度引張弾性率及び低温結晶化開始温度に関する本

件明細書の記載
a
本件明細書には、
引裂強度に関し、

本実施形態のラップフィルムは、TD方向の引裂強度が2~6cNである。ここで、TD方向とは、巻回体からラップフィルムを引き出す方向に垂直な方向をいう。引裂強度は、後述の方法によって測定される。、

本実施形態のラップフィルムは、TD方向の引裂強度が2cN以上であることにより、特に巻回体からラップフィルムを引き出す際の裂けを低減でき、また、ラップフィルム使用時の意図しない裂けトラブルを抑制できる。一方、TD方向の引裂強度が6cN以下であることにより、化粧箱に付帯する鋸刃でフィルムをTD方向にカットする際に裂きやすく、カット性が向上する。TD方向の引裂強度は2.5cN以上4cN以下が好ましい。(【0038】)との記載がある。上記記載から、
TD方向の引裂強度が、
2cN以上であれば、

特に巻回体からラップフィルムを引き出す際の裂けを低減でき、また、ラップフィルム使用時の意図しない裂けトラブルを抑制

することができ、6cN以下であれ
ば、化粧箱に付帯する鋸刃でフィルムをTD方向にカットする際に裂

きやすく、カット性が向上する

ことから、本実施形態のラップフィルム
(本件発明)のTD方向の引裂強度を2~6cNの範囲とし
たことを理解できる。

b
本件明細書には、
引張弾性率に関し、

本実施形態のラップフィルムは、MD方向の引張弾性率が250~600MPaである。ここで、MD方向とは、巻回体からラップフィルムを引き出す方向をいう。引張弾性率は、後述の方法によって測定される。、

本実施形態のラップフィルムは、MD方向の引張弾性率が250MPa以上であることにより、鋸刃でフィルムをカットするために力を加える際、フィルムのMD方向への延びを抑制でき、鋸刃がフィルムに食い込みやすくでき、カット性が向上する。一方、MD方向の引張弾性率が600MPa以下であることにより、フィルムが軟らかく、鋸刃の形状に沿ってフィルムをきれいにカットでき、切断端面に多数の裂け目が発生するのを抑制できる。その結果、巻回体からフィルムを引き出す際、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際、切断端面からフィルムが裂けるトラブルが発生するのを抑制できる。MD方向の引張弾性率は、350MPa以上550MPa以下が好ましい。【003(

9】
)との記載がある。上記記載から、
MD方向の引張弾性率が、
250MPa以上
であれば、

鋸刃でフィルムをカットするために力を加える際、フィルムのMD方向への延びを抑制でき、鋸刃がフィルムに食い込みやすくでき、カット性が向上

600MPa以下し、
であれば、

フィルムが軟らかく、鋸刃の形状に沿ってフィルムをきれいにカットでき、切断端面に多数の裂け目が発生するのを抑制できる

ことから、
本実施形態のラップフィルム
(本件発明)のMD方向の引張弾性率を250~600MPaの範囲としたことを理解できる。
c
本件明細書には、
低温結晶化開始温度に関し、
本実施形態のラップフィルムは、温度変調型示差走査熱量計(温度変調型DSC)にて測定される低温結晶化開始温度が40~60℃である。ここで、低温結晶化開始温度は、温度変調型DSCによる昇温測定で得られる非可逆成分の温度-熱流曲線において、低温結晶化に起因する発熱ピークの補外結晶化開始温度(JISK7121に記載の補外結晶化開始温度と同様に、昇温測定において低温側のベースラインを高温側に延長した線と、結晶化ピークの低温側の曲線にこう配が最大になる点で引いた接点の交点の温度)をいい、以下の方法により、測定される。、パーキンエルマー社製のDSC(DiamondDSC)を使用し、ステップスキャン測定モードにより、非可逆成分の温度-熱流曲線を得る。前記ステップスキャン測定の条件は、測定温度を0~180℃、昇温速度を10℃/minとし、昇温ステップ幅を4℃とし、等温時間を1minとする。得られた温度-熱流曲線において、低温結晶化に起因する発熱ピークの補外開始温度を低温結晶化開始温度とする。(
【0040】、

従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの低温結晶化開始温度は、60℃を超える。、

これに対して、本実施形態のラップフィルムは、低温結晶化開始温度が40~60℃であり、それによって、ラップフィルムの裂けトラブルを低減できる。、

従来のラップフィルムでは、流通時及び倉庫保管時に20℃以上の雰囲気下に長時間晒されると、塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖が再配列を起こし、微結晶の形成・成長が起こると考えられる。このような分子鎖の再配列は、製造した塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの分子鎖の配向やフィルムの応力が十分に緩和していないために発生したと推定される。フィルムが高温に晒されるほど、分子鎖の再配列は起こりやすくなるため、フィルムが物理的に劣化し、裂けトラブルを誘発しやすくなると考えられる。(【0041】、)一方、本実施形態のラップフィルムでは、製造時に十分に塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖の配向やフィルムの応力を緩和させることで、低温結晶化開始温度を40~60℃とし、流通時及び倉庫保管時に20℃以上に長時間晒されても、分子鎖の再配列が起こりにくく、フィルムの劣化、さらには裂けトラブルを抑制する。その結果、カット性を維持しつつも、裂けトラブルを抑制するという背反する課題を同時に達成する。【0042】、低()
温結晶化開始温度は、ラップフィルム製造後の流通・倉庫保管時に高温下に晒されて形成・成長した微結晶の熱安定性を示す指標であり、分子鎖の再配列の程度、すなわち、フィルムの物理的劣化による裂けトラブルの発生しやすさを評価することができる。低温結晶化開始温度が60℃を上回るラップフィルムでは、既に分子鎖の再配列が進行し、フィルム中の物理劣化が起きているため、裂けトラブルの著しい増加が発生する。(【0043】、)一方、本発明者らが検討したところ、ラップフィルム製造後にガラス転移温度以下である-30℃で保管した場合の低温結晶化開始温度は、40℃であった。すなわち、ラップフィルムが製造後に全く熱を受けていないとみなせる場合の低温結晶化開始温度は40℃であり、この温度に近いほど、分子鎖の再配列、さらには、裂けトラブルを抑制できる。そのため、ラップフィルムの低温結晶化開始温度は40~60℃が好ましく、より好ましくは40~55℃、さらに好ましくは40~50℃である。【0044】、()
DSC昇温測定中に結晶化と結晶融解は競争して起こるため、従来のDSC測定方法では微結晶の形成・成長と融解に由来する熱流が相殺されてしまい、微結晶の熱挙動を検討することは難しく、従来のラップフィルムと本実施形態を区別することが困難であった。一方、温度変調型DSCを利用した場合、結晶化等の非可逆成分と結晶融解やガラス転移等の可逆成分の熱流に分離することができ、微結晶の熱挙動を評価することが可能である。、本発明者らは、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの裂けトラブルの原因が、流通過程や保管時に受ける熱履歴によるフィルム中に物理劣化にあることを見出し、前記物理劣化によるトラブルの発生のしやすさを、温度変調型DSCを用いて測定される低温結晶化開始温度という新たな指標によって判断できることを見出した。そして、従来のラップフィルムの低温結晶化開始温度が60℃を上回るために裂けトラブルが発生していたことに着目し、鋭意検討した結果、低温結晶化開始温度を40~60℃に制御することにより、フィルムのカット性を維持しつつ、裂けトラブルを抑制したフィルムを提供することに成功した。(【0045】)との記載
がある。上記記載から、本件発明の低温結晶化開始温度とは、
温度変調型示差走査熱量計(温度変調型DSC)による昇温測定で得られる非可逆成分の温度-熱流曲線において、低温結晶化に起因する発熱ピークの補外結晶化開始温度(JISK7121に記載の補外結晶化開始温度と同様に、昇温測定において低温側のベースラインを高温側に延長した線と、結晶化ピークの低温側の曲線にこう配が最大になる点で引いた接線の交点の温度)を意味することを理解できる。ま
た、上記記載及び【0012】の記載から、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの裂けトラブルの原因が、流通過程や保管時に受ける熱履歴によるフィルム中の物理劣化にあること、この物理劣化によるトラブルの発生のしやすさを、結晶化等の非可逆成分と結晶融解やガラ
ス転移等の可逆成分の熱流に分離することができ、微結晶の熱挙動を評価することが可能な温度変調型DSCを用いて測定される低温結晶化開始温度という新たな指標によって判断できることを見出した上で、従来のラップフィルムの低温結晶化開始温度が60℃を上回るために裂けトラブルが発生していたことに着目し、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルの低減と、フィルム切断時の優れたカット性
という背反する課題を両立させるという観点から検討した結果、TD方向の引裂強度が2~6cNであり、かつ、MD方向の引張弾性率が250~600MPaである塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムにおいて、温度変調型DSCにて評価した低温結晶化開始温度を40~60℃とすることで、消費者の要求を満たすレベル
にまで裂けトラブルを抑制でき、かつ、フィルムのカット性に優れるラップフィルムが得られることを見出し、本件発明の低温結晶化開始温度を40~60℃の範囲としたことを理解できる。d
本件明細書には、本件発明の実施例として記載された実施例1(TD方向の引裂強度2.9cN、MD方向の引張弾性率530MPa、低温結晶化開始温度49℃、厚み11μm)
、実施例2(TD方向の引
裂強度3.0cN、MD方向の引張弾性率520MPa、低温結晶化開始温度47℃、厚み11μm)
、実施例5(TD方向の引裂強度2.
9cN、MD方向の引張弾性率510MPa、低温結晶化開始温度4
3℃、
厚み11μm)
及び実施例6
(TD方向の引裂強度3.
0cN、
MD方向の引張弾性率510MPa、低温結晶化開始温度45℃、厚み11μm)
の各ラップフィルムについては、裂けトラブル抑制効果」
及び「カット性のいずれの評価も◎裂けトラブル抑制効果

につき

トラブルがほとんどなく、使い勝手に非常に優れる

カッ、ト性」につき

非常に容易に、かつ、スムーズにカットできる

)であ
ったこと、実施例3(TD方向の引裂強度2.4cN、MD方向の引
張弾性率530MPa、低温結晶化開始温度52℃、厚み11μm)及び実施例4(TD方向の引裂強度2.8cN、MD方向の引張弾性率540MPa、低温結晶化開始温度53℃、厚み11μm)の各ラップフィルムについては、いずれも裂けトラブル抑制効果の評価
は〇

トラブルが少なく、使い勝手に優れる

、(
)カット性の評

価は◎であったことが示されている(
【0054】~【0071】

表1)

(イ)
a
①について
前記(ア)のとおり、本件明細書の【0038】の記載から、
TD方向の引裂強度が、
2cN以上であれば、

特に巻回体からラップフィルムを引き出す際の裂けを低減でき、また、ラップフィルム使用時の意図しない裂けトラブルを抑制

することができ、6cN以下
であれば、化粧箱に付帯する鋸刃でフィルムをTD方向にカットする

際に裂きやすく、カット性が向上する

ことから、本実施形態のラップフィルム
(本件発明)のTD方向の引裂強度を2~6cNの範
囲としたことを理解できる。また、本件明細書には、TD方向の引裂強度が2.4cNないし3.0cNの範囲の本件発明の実施
例(実施例1ないし6)では、
裂けトラブル抑制効果の評価結果が
◎又は○カット性の評価結果がいずれも◎であった


ことが示されており、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィル

ム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減する

という本件発明の効果が確認されている。一方、本件明細書には、
3cNを超え6cNまでの範囲について

は実施例の記載がないが、
裂けトラブルについては、【0038】
上記
の記載から、
TD方向の引裂強度を2cN以上に高くすれば、

裂けトラブルを抑制できることを理解できるから、3cNを超え6cNまでの範囲のものも、裂けトラブルを低減できることを理解できる。
また、
カット性については、本件明細書の【0009】の

裂けトラブルを抑制するためにフィルムを厚くする等の手法によって、フィルムの引裂強度を高くすることは可能であるが、フィルムがカットしにくくなり、使い勝手が悪くなっていた。

との記載に照らすと、フィルム切断刃によるカット性それ自体を向上させるというよりも、引裂強度を高くするためにフィルムを厚くする等の手法によってカット
性を低下させることなく、
カット性を維持
することにあると理解で
きる。
そして、
上記
【0038】
の記載から、
6cN以下
であれば、

化粧箱に付帯する鋸刃でフィルムをTD方向にカットする際に裂きやすく、カット性が向上する

ことを理解できるから、3cNを超え6cNまでの範囲のものも、カット性を維持できることを理解でき
る。
以上によれば、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明のTD方向の引裂強度の2~6cNの数値範囲
全体にわたり、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断

刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減する

いう本件発明の効果を奏するものと認識できるものと認められるから、上記効果を奏する塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供するという本件発明の課題を解決できると認識できるものと認められる。
これに反する原告主張の①は採用することができない。
b
この点に関し、原告は、本件発明の低温結晶化開始温度につい

ては、
低温結晶化開始温度という用語自体が、極めて特殊なもので
あり、
低温結晶化開始温度
のラップフィルムの性状への影響につい
ては、技術常識といえる知見は存在せず、まして塩化ビニリデン系樹脂からなるラップフィルムへの影響については、公然知られた知見はないなどと主張する。

しかしながら、前記(ア)cのとおり、本件明細書の記載から、本件発明の低温結晶化開始温度とは、
温度変調型示差走査熱量計(温度変調型DSC)による昇温測定で得られる非可逆成分の温度-熱流曲線において、低温結晶化に起因する発熱ピークの補外結晶化開始温度(JISK7121に記載の補外結晶化開始温度と同様に、昇温測定において低温側のベースラインを高温側に延長した線と、結晶化ピークの低温側の曲線にこう配が最大になる点で引いた接線の交点の温度)を意味することを理解できるし、また、低温結晶化開始温度を40~60℃の範囲に制御することにより、

巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブル

の発生を抑制する機序を理解できるから、原告の上記主張は、前記aの認定を左右するものではない。
(ウ)

②について
本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には、パッケージ側の鋸刃の
形状等についての記載はなく、特許請求の範囲(請求項1)に記載された特定の発明特定事項との関係において、特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明の記載に実質的に裏付けられていないことを具体的に指摘するものではないから、この点において、原告主張の②は、主張自体理由がない。

また、前記(イ)a認定のとおり、本件発明の課題は、

塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減する

効果を奏する塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供することにあるところ、ここにいう裂けトラブルは、巻回体からのフィルム引き出し時又はフィルム端部の摘み出し時に、化粧箱付帯のフィルム切断刃により切断されたフィ
ルムの端部から裂けが発生するトラブルを指すものであり(
【0060】
ないし【0062】、既にフィルム切断刃により切断された後のフィル)
ムの裂けトラブルであって、切断の際に生じる裂けトラブルをいうものではないことに照らすと、
原告の主張するように、

通常用いられる鋸刃(フィルム切断刃)の形状、

構造及び材質に多様なものがあるとしても、

そのことから直ちに切断後のフィルムの裂けトラブルの発生及び程度に影響を及ぼすものとはいえないし、実際に影響を及ぼすことを認めるに足りる証拠はない。この点においても、原告主張の②は、理由がない。(エ)

まとめ
よって、
本件発明の
引裂強度
に係る原告の前記主張は理由がない。


原告は、本件発明の引張弾性率の数値範囲は、
250~600MPaであるが、
250MPaから500MPaまでの範囲については、
実施例による裏付けを欠いているから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明の引張弾性率の数値範囲うち、少なくとも上記範
囲については、本件発明の課題を解決できると認識することはできないとして、本件発明はサポート要件に適合しない旨主張する。
しかしながら、前記イ(ア)bのとおり、本件明細書の【0039】の記載から、
MD方向の引張弾性率が、
250MPa以上であれば、

鋸刃でフィルムをカットするために力を加える際、フィルムのMD方向への延びを抑制でき、鋸刃がフィルムに食い込みやすくでき、カット性が向上

し、
600MPa以下であれば、

フィルムが軟らかく、鋸刃の形状に沿ってフィルムをきれいにカットでき、切断端面に多数の裂け目が発生するのを抑制できる

ことから、
本実施形態のラップフィルム
(本件発明)
のMD方向の引張弾性率を250~600MPaの範囲としたこ
とを理解できる。また、本件明細書には、MD方向の引張弾性率が510MPaないし540MPaの範囲の本件発明の実施例(実施例1
ないし6)では、
裂けトラブル抑制効果の評価結果が◎又は○

カット性の評価結果がいずれも◎であったことが示されており、

塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減する

という本
件発明の効果が確認されている。
一方、本件明細書には、
250MPaから500MPaまでの範囲に
ついては実施例の記載がないが、上記【0039】の記載が不合理であることをうかがわせる証拠はないから、上記【0039】の記載から、上記範囲のものについても、本件発明の上記効果を奏するものと理解できる。
以上によれば、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明の引張弾性率の250~600MPaの数値範囲全体に
わたり、本件発明の上記効果を奏するものと認識できるものと認められるから、上記効果を奏する塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供するという本件発明の課題を解決できると認識できるものと認められる。
したがって、原告の上記主張は理由がない。

原告は、①低温結晶化開始温度の塩化ビニリデン系樹脂への影響について、公然知られた知見がないことを踏まえると、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、
低温結晶化開始温度を40~60℃の数値範囲とすることにより、本件発明が裂けトラブル抑制効果を奏することを認識することができない、②本件明細書の記載によれば、
本件発明の
低温結晶化開始温度流通・保管時
は、
の値と解されるが、
一方で、
本件明細書の記載において、
ラップフィルムが製造された後の
流通・保管時の低温結晶化開始温度の挙動は一切明らかではないし、製造時から流通・保管時を経て、低温結晶化開始温度を40~60℃に調節する方法についても明らかではないこと、本件明細書記載の実施例1ないし6は、いずれも流通・保管時の条件が28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管したものという特定の条件におけるものであり、それ以外の流通・保管時の条件下においては、低温結晶化開始温度が40~60℃の範囲になるとは限らないこと、本件明細書の記載から
は、ラップフィルムの製造後の流通・保管時における流通・保管条件なども不明であり、かつ、それらの流通・保管条件による低温結晶化開始温度の挙動に与える影響も不明であることからすると、当業者は、本件明細書の記載に基づいて、
ラップフィルムの低温結晶化開始温度が、
流通・保管時において、
40~60℃に属するかどうかを予測すること

ができないから、裂けトラブルの抑制やカット性の向上という本件発明の課題を解決することができると認識することも困難であるとして、本件発明は、サポート要件に適合しない旨主張する。
しかしながら、①については、
前記イ(イ)bで説示したとおり、本件明細
書の記載から、本件発明の低温結晶化開始温度の意味、
低温結晶化開始温度を40~60℃の範囲に制御することにより、

巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブル

の発生を抑制する機序を理解できるから、原告主張の①は、採用することができない。
次に、②については、本件明細書の【0044】には、ラップフィルム製造後にガラス転移温度以下である-30℃で保管した場合

すなわち、、ラップフィルムが製造後に全く熱を受けていないとみなせる場合の低温結晶化開始温度は40℃

であったことの記載がある。この記載から、低温結晶化開始温度は、ラップフィルムが製造された後、外部から熱を受けることによって40℃から変化するものと理解できる。そして、本件明細書の実施例1ないし6は、製造直後のラップフィルムの巻回体を28℃に設定した恒温槽で1か月保管したものであるが、低温結晶化開始温
度が43℃から53℃までの範囲にあり、本件発明の数値範囲を満たすものである。
そして、
上記各実施例の上記の保管条件は、

ラップフィルムの出荷後の流通、及び家庭での保管を想定

した(【0059】
)ものであり、この条
件の設定自体は、出荷後の流通及び家庭での保管を想定したものとして自
然なものである。
そうすると、当業者は、上記【0044】及び【0059】の記載と上記各実施例の記載から、ラップフィルムが出荷後の流通及び家庭での保管の過程で熱を受けると、低温結晶化開始温度が40℃から上昇することを理解し、上記各実施例の上記保管条件のみならず、他の保管条件であって
も、一般的な流通及び家庭での保管の条件(温度及び保管する時間)の範囲に沿うものであれば、低温結晶化開始温度が40~60℃の範囲内に収まるラップフィルムを作成することができると認識できると認められる。
したがって、原告の上記主張は、その前提において採用することができ
ない。


小括
以上によれば、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明の引裂強度引張弾性率及び低温結晶化開始温度を特定の


数値範囲に制御することにより、本件発明の課題を解決できると認識できるものと認められるから、本件発明は、発明の詳細な説明に記載したものであ
ることが認められる。
したがって、本件発明がサポート要件に適合するとした本件審決の判断に誤りはないから、原告主張の取消事由1は理由がない。
3
取消事由2(実施可能要件の判断の誤り)について


本件発明の実施可能要件の適合性について

原告は、本件明細書には、
引裂強度の測定方法について、軽荷重引裂
試験機(東洋精機製)を使用し、JIS-P-8116記載の方法に準拠して、測定したとの記載(
【0057】
)があるが、軽荷重引裂試験機(東
洋精機製)による測定方法(甲9、26、29)とJIS-P-8116
記載の方法(甲7)とは、測定機器、試験片の枚数(ひいては、その厚み)及び引き裂き長さが異なるものであることからすると、
【0057】
の記載
において、
測定機器と準拠すべきJIS規格とが一致せず、
本件発明の
引裂強度の測定方法が一義的に定まらないから、過度の試行錯誤を要するかどうかを検討するまでもなく、
当業者は、
本件明細書の記載に基づいて、

引裂強度が2~6cNの数値範囲に属する本件発明のラップフィルムを製造することができないとして、本件発明は、実施可能要件に適合しない旨主張する。
そこで検討するに、本件明細書には、引裂強度の測定に関し、
ラップフィルムの出荷後の流通、及び家庭での保管を想定し、作製後のラップフィルムを28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管した後、測定を実施した。測定は軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し、23℃、50%RHの雰囲気中にて評価した。JIS-P-8116記載の方法に準拠して、ラップフィルムの引裂強度を測定した。(【0057】)との記載がある。
しかるところ、当業者においては、本件出願前に発行された東洋精機作
成の型式D製品名軽荷重引裂試験機の取扱説明書(甲29)記載

の装置の用途仕様

(試験片寸法、測定レンジ、試験片枚数等)

試、験片作成

測定原理の各項目の記載に基づいて、塩化ビニリデン系樹、
脂ラップフィルムについて、試験片を作成(作製)し、装置(
軽荷重引裂試験機
)を操作し、試験片の引裂強度を測定することに特段の困難は
ないものと認められる。
一方、JIS-P-8116記載の方法による引裂強度の測定方法
(甲7)は、エルメンドルフ形引裂試験機を用いて、紙の引裂強度を測定する方法である点、試験片の寸法等の点において、軽荷重引裂試験機による測定方法と異なるものである。
しかし、上記【0057】の測定は軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し、

JIS-P-8116記載の方法に準拠して…測定した。


との記載は、その文脈から、本件発明の引裂強度の測定は、実際の測定に使用する軽荷重引裂試験機(東洋精機製)の取扱説明書の記載に従って測定し、
上記取扱説明書に記載のない項目
(例えば、
引裂強さ
の定義、
試験結果の表し方等)については、JIS-P-8116に従ったことを述べたものと解するのが自然であるから、JIS-P-8116記載
の方法による引裂強度の測定方法と軽荷重引裂試験機による測定方法とに異なる点があるからといって、本件発明の引裂強度の測定方法が一義的に定まらないということはできない。
したがって、原告の上記主張は、採用することができない。

原告は、当業者は、本件明細書の記載に基づいて、ラップフィルムの低温結晶化開始温度が、
流通・保管時において、
40~60℃に属す
るかどうかを予測することができないから、
過度の試行錯誤をしても、
流通・保管時において本件発明が規定する低温結晶化開始温度を備えたラップフィルムを得ることは困難であるとして、本件発明は、実施可能
要件に適合しない旨主張する。
(ア)

そこで検討するに、本件明細書の発明の詳細な説明には、ラップフ
ィルムのTD方向の引裂強度について、

塩化ビニリデン系樹脂の組成、添加剤組成、フィルムの延伸倍率、延伸速度、及びフィルムの厚み等によって調整できる。、TD方向の引裂強度はTD方向の延伸倍率を低く

したり、ラップフィルムを厚くすることによって、向上する傾向にあり、TD方向の延伸倍率を高くしたり、ラップフィルムを薄くすることによって、低下する傾向にある。(

【0038】、ラップフィルムのMD方向)
の引張弾性率について、

塩化ビニリデン系樹脂の組成、添加剤組成、フィルムの延伸倍率、及び延伸速度等によって調整できる。、

MD方向の引張弾性率は、延伸倍率を高くしたり、添加剤量を低減することによって、向上する傾向にあり、延伸倍率を低くしたり、添加剤量を増加することによって、低下する傾向にある。(

【0039】)との記載がある。
また、本件明細書の発明の詳細な説明には、ラップフィルムの低温結晶化開始温度について、製造時に十分に塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖の

配向やフィルムの応力を緩和させることで、低温結晶化開始温度を40~60℃

とすることができる(【0042】
)との記載があり、その具
体的な方法として、

MD方向及びTD方向の延伸倍率を、延伸温度30~45℃条件下において、共に4~6倍とし、MD方向の延伸速度を、0.09~0.12倍/s、TD方向の延伸速度を3.1~4.0倍/sとすること


【0048】、

緩和時の雰囲気温度を25~32℃に設定すること【0049】、(
)フィルムの緩和比率を7~15%と
すること(
【0050】、

スリット原反を24時間以上、5~19℃で保管すること

【0051】【0052】(

)との記載がある。
加えて、本件明細書記載の実施例1ないし6は、本件発明で規定された範囲内で塩化ビニリデン繰り返し単位を含有する塩化ビニリデン系樹脂と、エポキシ化植物油並びにクエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を、本件発
明で規定された範囲内の割合で含有させた材料を用いて、上記条件に従ってラップフィルムを製造した後、製造直後のラップフィルムの巻回体を28℃に設定した恒温槽で1か月保管した後、裂けトラブル抑制効果及びカット性について評価したものであり、上記各実施例のラップフィルムは、本件発明で規定されたTD方向の引裂強度、MD方向の引張弾性率、低温結晶化開始温度及び厚みを備えるものであり、また、その組成については、上記の材料と同様に、本件発明で規定された範囲内のものであると理解できる。
そうすると、当業者は、本件明細書の上記記載から、ラップフィルム
の具体的な製造方法を理解し、
過度の試行錯誤を要することなく、
低温結晶化開始温度が40~60℃の範囲にある本件発明のラップフィルムを製造することができるものと認められるから、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものと認められる。

(イ)

この点に関し、原告は、当業者が、過度の試行錯誤をしても、
流通・保管時において本件発明が規定する低温結晶化開始温度を備えたラップフィルムを得ることが困難である事情として、①本件明細書の記載において、ラップフィルムが製造された後の流通・保管時の低温結晶化開始温度の挙動が一切明らかではなく、
製造時から流通・保管時を経て、低温結晶化開始温度を40~60℃に調節する方法についても明らかではないこと、②本件明細書記載の実施例1ないし6は、いずれも流通・保管時の条件が28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管したものという特定の条件におけるものであり、それ以外の流通・保管時の条件下においては、低温結晶化開始温度が40~60℃の範囲になるとは限らないことを指摘する。しかし、低温結晶化開始温度を調整するための製造条件について、本
件明細書には、上記(ア)記載のとおりの説明がされており、ラップフィルムが製造された後の流通・保管時の低温結晶化開始温度の正確な挙動自体が明らかでないとしても、そのことによって、上記製造条件についての理解が妨げられることにはならない。
そして、前記2⑵エのとおり、当業者は、本件明細書の記載から、実
施例1ないし6の製造直後のラップフィルムの巻回体を28℃に設定した恒温槽で1か月保管した保管条件のみならず、他の保管条件であっても、
一般的な流通及び家庭での保管の条件
(温度及び保管する時間)
の範囲に沿うものであれば、低温結晶化開始温度が40~60℃の範囲内に収まるラップフィルムを作成することができると理解できるか
ら、別の保管条件であっても、上記製造条件を調整して、ラップフィルムの低温結晶化開始温度が40~60℃の範囲になるようにす
ることも、
過度の試行錯誤を要することなく、
可能であると認められる。
したがって、原告の上記指摘は、前記(ア)の判断を左右するものではない。

(ウ)


よって、原告の前記主張は理由がない。

小括
以上によれば、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものと認められるから、本件発明が実施可能要件に適合するとした本件審決の判断に誤りはない。
したがって、原告主張の取消事由2は理由がない。
4
取消事由3(手続違背)について


認定事実
前記第2の1の事実と証拠によれば、本件審判の経緯として、次の事実が
認められる。

原告は、令和元年12月27日、本件審判を請求し、本件特許の無効理
由としてサポート要件違反(無効理由1)及び実施可能要件違反(無効理由2)を主張した(甲19)

被告は、令和2年4月7日、審判事件答弁書(甲31)を提出し、無効理由1及び2に対する反論の主張をした。

特許庁は、令和2年5月14日頃、原告及び被告の双方に対し、本件審判の審理は書面審理による旨の同月8日付け書面審理通知書(甲34)及び同日付け審尋書を発送した。原告に対する審尋書(甲20の1)には、被告の審判事件答弁書について意見があれば述べること、審尋書発送の日から15日以内に審尋に対する回答書を提出すること等が記載されていた。

原告は、
令和2年5月19日付けで、
審尋に対する回答書の提出期限
(指
定期間)
を同年6月19日まで延長することを求める旨の上申書
(甲35)
を提出し、特許庁は、上記延長を認めた。
原告は、同月18日付けで、審判事件答弁書に対する再反論を記載した審尋に対する回答書(甲20の2)を提出した。


被告は、令和2年6月29日付けで、審尋に対する回答書(甲32。以下被告回答書という。
)を提出した。被告回答書には、原告が提出した
証拠について意見を述べるほか、被告が証拠として提出していた軽荷重引裂試験機等の取扱説明書の記載が、本件出願当時も同一の内容であったこと、当時の取扱説明書も証拠として提出すること等が記載されていた。

特許庁は、令和2年10月15日、原告に対し、同月9日付けの本件審判の審理終結通知(甲36)とともに、被告回答書の副本を発送した。その後、特許庁は、同月30日、本件審判の請求を不成立とする本件審決をした。
なお、原告は、本件審判の審理終結通知を受けた後、本件審決までの間に、本件審判の審理の再開の申立てをしていない。



審理不尽について

原告は、①特許無効審判は、口頭審理によることが原則であるから(特許法145条1項本文)書面審理によるのであれば、

口頭審理に先立って当事
者に送付される審理事項通知書に準ずるような審尋事項を通知すべきところ、本件審判ではそのような通知がされなかったこと、②被告に対する審尋が原告に知らされないまま行われ、本件審判の審理の終結に当たって、原告に、
被告回答書に対する反論の機会が与えられなかったことからすると、本件審決には、審理不尽の違法がある旨主張する。
しかしながら、①については、書面による審尋に際し、口頭審理に先立って当事者に送付される審理事項通知書に準ずるような審尋事項を通知しなければならないとする法令上の規定はないこと、原告は、審判事件答弁書に対
する再反論を記載した回答書の提出について、特許庁が指定した提出期限の延長を求め、これが認められた後の令和2年6月18日付けで、上記回答書を提出したこと(前記(1)ウ)に鑑みると、上記審理事項通知書に準ずるような審尋事項を通知されなかったからといって、本件審判の審理が尽くされていなかったものとはいえない。

②については、原告が被告回答書に対する反論の提出が必要と考えたのであれば、審理の再開の申立て(特許法156条3項)をすることも可能であったが、原告はかかる申立てをしていないし(前記(1)オ)
、また、原告が上
記の反論を提出できなかったことによって、本件審決の結論に影響を及ぼしたものとも認められない。

したがって、原告の上記主張は理由がない。


小括
よって、本件審決に審理不尽の違法があるものとは認められないから、原告主張の取消事由3は理由がない。

第5

結論
以上のとおり、
原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
その他、
原告は、

縷々主張するが、いずれも本件審決の結論に影響を及ぼすものとはいえず、理由がない。
したがって、本件審決にこれを取り消すべき理由は認められないから、原告の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第1部

裁判長裁判官

大鷹一郎
裁判官

小川卓逸
裁判官小林康彦は、転補のため署名押印することができない。

裁判長裁判官

大鷹一郎
(別紙)
【図1】

【図2】

【表1】

はの

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