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殺人未遂(認定罪名 傷害)被告事件
事件番号令和3(わ)712
事件名殺人未遂(認定罪名 傷害)被告事件
裁判年月日令和4年5月25日
法廷名札幌地方裁判所
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-05-25
情報公開日2022-06-18 04:00:13
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令和4年5月25日宣告
令和3年(わ)第712号
判決
上記の者に対する殺人未遂(認定罪名

傷害)被告事件について、当裁判所は、

裁判員の参加する合議体により、検察官大友隆及び同下村陸博並びに国選弁護人杉本博丈(主任)及び同見野彰信各出席の上審理し、次のとおり判決する。主文
被告人を懲役2年に処する
未決勾留日数中150日をその刑に算入する。
札幌地方検察庁で保管中の包丁1本(令和3年領第688号符号2)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、令和3年7月3日午前0時30分頃、札幌市a区bc条df丁目g番地hビルAi階所在のB店内において、被害者(当時36歳)に対し、右手に持った包丁(刃体の長さ約16.8cm。令和3年領第688号符号2)で同人の左臀部を1回突き刺し、よって、同人に全治約1か月間を要する骨盤骨折等の傷害を負わせた。
(証拠の標目)省略
(争点に対する判断)
1
本件公訴事実及び争点
本件公訴事実は、被告人の判示行為が殺意をもってなされたものの殺害の目的を
遂げなかった殺人未遂である、というものである。
本件の争点は、①被告人が、被害者を刺した時点において、人が死ぬ危険性の高い行為であると分かっていたかどうか(殺意の有無)、及び②飲酒が与えた影響を考慮しても、被告人を通常の判断能力を有する者と同じ枠内で非難できるか(責任
能力の程度)、である。
2
前提事実(関係証拠から容易に認められ、おおむね争いがない)
被告人は、本件当時、ホストクラブである判示のB(以下本件店舗という。)
に勤務していた。被告人は、普段の勤務態度は真面目であったが、飲酒をすると、陽気になり、更に酒の酔いが進むと、服を脱いだり、店のルールに反し指名されていない客の隣に座ったりして、その記憶をなくすことが度々あり、被告人の上司であった被害者から注意されていた。他方、飲酒しても、被害者からの注意に反発するなどして粗暴行為に及ぶことまではなかった。
被告人は、令和3年7月2日、本件店舗に出勤し、同日午後7時30分頃から、焼酎やビール、ハイボール等を6杯以上飲んだ。被告人は、声が大きくなり、店内をうろつき、服を脱ぎ、指名されていない客の隣に座るなどした。同月3日午前0時前頃、被害者は、前記のような被告人の行動に関し、

次にそうなったら禁酒か罰金と言ったじゃん。

旨を伝え注意した。被告人は、「はあ。」などと言って、反抗的な態度を示した。被害者は、被告人に対し、休憩するか帰宅するよう指示した。
被告人は、同日午前0時15分頃、本件店舗を出ると、同店舗から約330m離れたスーパーを訪れた。被告人は、店内を物色した後、レジにいた店員に対し、

包丁はどこですか。

などと尋ねた。被告人は、調理道具売場まで案内されると、陳列されていた複数の刃物の中から判示の三徳包丁(全長約29.5cm、刃体の長さ約16.8cm)を選び、同日午前0時21分頃、レジで同包丁を購入した。被告人がスーパーに立ち寄った際、呂律が回らなかったり、ふらついたりする様子はなかった。
被告人は、同日午前0時27分頃、本件店舗が入ったビルの1階エレベーターホール付近まで戻ったが、同ホールに人がいることに気づくと一旦入るのをやめ、人がいなくなってから同ホールに入った。その際、被告人は手から出血しており、その血を舐めたり自らの顔に塗る動作を繰り返した。被告人は、エレベーターが下り
てくると壁の陰に隠れ、エレベーターから人が降りてから乗り込んだ。被告人は、エレベーター内において、包装箱から出した状態の包丁をジャケットの内側から取り出し、右手に順手で持った。被告人は、エレベーターを降りると、本件店舗前にいた人々をよけて、同店舗に入った。
店舗内には他の客や従業員もいたが、被告人は、被害者を発見すると、被害者に向かって歩いて近づいた。被告人と被害者は、お互い立って向かい合い、被害者は、両手を伸ばして被告人の両手首付近をつかんだが、被告人は、手を横に動かして被害者の手を振り払った。その勢いで、被告人の体が回転し、被害者に背を向ける格好になった。さらに、被害者は、両手で、被告人の背後から被告人の両手首をつかんだ。同日午前0時30分頃、被告人は被害者の手を振りほどくと、「おりゃ。」などと叫びながら、体を左回りに回転させた。その際、被告人が右手に持っていた包丁が、被害者の左臀部のうち骨盤の上付近に1回刺さった。包丁は、被害者が着用していた革製ベルト、ジーパン及び下着を破損し、被害者の骨盤の骨である左腸骨翼(厚さ約1cm)を貫通し、地面に対し水平で、被害者の体表に対し垂直で体内中央に向けて突き刺さる深さ約5.7cmの刺創を作った。その後、被害者と被告人は共に倒れ、包丁が床に落ちた。倒れた際、被害者が、被告人に対し、

おまえ何してんの。

おまえ捕まるよ。

などと言うと、被告人は、

捕まってもいいんだよ。

殺してやる。

などと叫んだ(なお、被害者は前記のとおりの被害状況を証言するところ、同証言は、被害者の傷の状態と整合する上、被告人と被害者の動きについて具体的に証言されており、全体的に迫真的かつ自然であり、信用できる。)。
被告人は、臨場した警察官に対し、

何があったのかわかんねぇ、これどうなってんの。

ビアガーデン行ったけど、ここはどこだ。

包丁とか知らないけど、俺やられたんじゃねぇの。

などと言った。その後、被告人は、殺人未遂の現行犯人として逮捕された。同日午前4時53分頃、被告人の飲酒検知が行われ、呼気1L当たり0.4mgのアルコールが検出された。

なお、被告人は、同月2日午後10時45分頃に本件店舗前で客を見送ってから、前記飲酒検知を行うまでの記憶をなくしている旨供述している。
被告人と被害者の体格は同等であった。
3
争点②について



被告人の精神鑑定を行ったC医師は、犯行当時の被告人の精神障害の有無並び
に存在する場合に犯行に及ぼした影響の有無及び機序について、以下のとおり証言する。
犯行当時の被告人の血中アルコール濃度は、1mL当たり1.384mg(呼気に換算すると1L当たり0.692mg)であったと推定され、濃度の分類としては軽度酩酊状態にあった。そして、アルコール酩酊により、抑制に欠け、通常よりも粗暴な行動が出現したという形で犯行に影響を与えた。もっとも、本件犯行当時、外界に対する見当識(自分が置かれた時間的・空間的状況、関係する人物等を正しく認識する能力)は保たれており、幻覚や妄想も生じていなかった。警察官の臨場時に見当識障害があった可能性は否定できないものの、これは犯行当時に見当識が保たれていたことと矛盾しない。
C医師は、精神科の専門医であり、刑事事件における鑑定の経験も豊富である上、前記説明は精神医学上の知見に基づくもので、不自然、不合理な点は見当たらない。したがって、C医師の前記説明は採用できる。


C医師の前記説明を踏まえ、被告人の責任能力について検討する。犯行前の行動についてみると、被告人は、被害者から注意を受けると、ある程度
距離の離れたスーパーまで行き、通常の買物客と同様に、包丁の陳列場所を探し、店員に尋ね、複数の刃物の中から包丁を選び、購入している。また、被告人は、本件店舗のビルまで戻ってくると、人がいることに気付いてエレベーターホールに入るのをやめたり、エレベーターから人が降りてくると隠れたりするなど、人目を避けたと理解される行動をしている。さらに、被告人は、エレベーターから降りると、その場にいた人々にぶつかることなく通り抜けて本件店舗に入り、本件店舗内にお
いても、被告人は、複数の人の中から被害者を識別した上で、被害者に向かって近づいている。このように、被告人の行動は、目的に沿った合理的なものである上、周囲の状況を十分に把握し、その状況に即しており、被告人は、通常の判断能力を有する人と同様の行動を取れていることが明らかである。
また、犯行の動機について検討すると、考えられる動機としては、被害者からの注意に対し逆恨みし、反抗しようとしたことが挙げられる。確かに、被告人に粗暴な行動傾向はなく、これまで被害者から注意を受けた際も粗暴な言動に及んだことはなかった。しかし、帰宅を促すような比較的強い指示を受けて怒りを感じ、酩酊によって抑制が欠けたため粗暴行為に及ぶことも十分考えられる。したがって、被告人の普段の性格や行動を前提としても、動機は理解可能である。これに対し、弁護人は、被告人が、血を舐めたり顔に塗ったりしていたことから、状況を把握する能力等が弱くなっていた旨主張する。しかし、傷口を舐める動作は、止血のための動作と考えることができるし、顔に血を塗る動作は、傷口を舐める動作の延長線上にあるものと理解できる。エレベーターホールにおける被告人の表情は、時折笑っているように見えるが、仮に笑っているとしても酒の影響による陽気さが現れたものであると理解することができる。これらの行動や表情等から、幻覚妄想等の意識障害といった深い意味を見出すことはできない。また、被告人に犯行当時の記憶がないことは、アルコールの影響による犯行後の忘却(ブラックアウト)であって、犯行当時に意識障害を生じていたことを意味しない。
以上のとおり、飲酒が与えた影響を考慮しても、被告人は、犯行当時、周囲の状況を十分に把握し、その状況に即し、目的に沿った合理的な行動を取っていて、通常の判断能力を有する人と同様の行動を取れていたことが明らかであり、動機も理解可能であるから、被告人を通常の判断能力を有する者と同じ枠内で非難できる。すなわち、被告人は、犯行当時、完全責任能力であったと認められる。4
争点①について



D医師は、以下のとおり証言する。

骨盤はかなり硬い骨であり、その中でも被告人が包丁で貫通させた腸骨翼は、骨盤を構成する3つの骨の中で一番大きくて厚く、その厚さは約1cmである。また、骨盤に刃が当たった瞬間に抵抗を感じるから、包丁が腸骨翼を貫通したということからは、被告人が、包丁を強く握り締めて相当な強い力で刺したと考えられる。また、仮に、刺さった位置が5から10cm上にずれていた場合には、臓器や大きな血管を傷つけ、被害者が死亡していた可能性が高い。2から3cm深く刺さっていた場合には、腸が切れ、腹膜炎などにより被害者が死亡していた危険性もある。D医師の証言は、経験豊富な専門家による合理的な根拠に基づく見解であると評価できる。


D医師の前記証言を踏まえ、殺意の有無について検討する。
D医師の証言を前提にすると、被告人は、包丁を強く握りしめて、骨盤が貫通す
るほどの相当な強い力で被害者を刺したと考えられる。このことから、被害者の手を振り払った勢いで偶然包丁が刺さったとは考え難く、被告人が、意図的に力を込めて被害者を刺したことが認められる。
そして、被告人が、同等の体格の被害者に後ろから両手首をつかまれた状態から手を振りほどき、体を左回転させてその勢いのまま左臀部のうち骨盤の上付近に水平に包丁を刺していることからすれば、被告人は、少なくとも、包丁が、被害者の左臀部である腰付近の体側部に刺さる可能性を認識していたとは認められる。しかし、その範囲を超えて、重要な臓器が密集する腹部に刺さることまでは認識していなかった疑いが残る。
その理由として、第一に、被告人は、至近距離にいた被害者に対し、包丁が刺さる部位を具体的に認識できていたと考えることができる。そうすると、被告人が、包丁が刺さる箇所は、実際に刺さった被害者の左臀部であって、腹部ではないと具体的に認識していた可能性がある。
第二に、逆に、本件犯行が振り向き様の一瞬の出来事であり、被告人が酩酊状態にあったことから、被告人は、包丁が刺さる箇所を具体的に認識はしなかったと考
えることもできる。この場合、被告人は、左回転しながら、自らの腰付近の高さで水平に包丁を刺したと考えられ、包丁の高さをあえて変えた事情はないことから、被告人と同等の体格である被害者の腰付近という範囲を超えて、より上部の腹部に包丁が刺さるという認識を抱いたことまで推認することは難しい。被害者の両手を振り払って振り向いた時点の体勢を想定すると、被害者の左腕に遮られるなどして、被害者の腹部を正面から刺すことは難しいという見方もできる。そうすると、実際に刺さった箇所付近を超えて腹部に刺さることまで認識していたと認めるには疑いが残る。
以上の被告人の認識を人が死ぬ危険性の高い行為であると分かっていたと評価することができるかについて検討すると、D医師が証言するように、左臀部のうちの腰付近を包丁で刺す行為も、客観的にみれば人が死ぬ危険性を有する行為であるといえる。しかし、左臀部のうちの腰付近の体側部には、硬い骨である骨盤があり、腹部のように重要な臓器が密集しているわけではないから、そのような部位を包丁を用いて強い力で刺すことは、人が死ぬ危険性の高い行為であると、一般的に認識されているとまではいい難い。そのため、被告人についても、人が死ぬ危険性の高い行為であると認識しなかった可能性は十分に考えられる。
なお、被告人が包丁を購入した目的について検討すると、殺害目的以外にも、傷害目的や脅迫目的であったことも十分考えられるから、包丁の購入目的から人が死ぬ危険性が高いと分かって犯行に及んだことを裏付けることはできない。また、被告人は、犯行後、被害者から

おまえ捕まるよ。

などと言われたのに対し、

捕まってもいいんだよ。

殺してやる。

などと答えている。これは、被害者に押し倒されて身動きがとれなくなった状態で、苦し紛れに出た発言と理解することができるから、この発言から直ちに被害者が死ぬかもしれないことを容認していたと認めることはできない。
そうすると、被告人が、犯行当時、人が死ぬ危険性の高い行為であると分かっていた、すなわち、被告人に殺意があったと認定することはできない。
5
結論
以上の検討のとおり、本件公訴事実のうち殺意を認定することはできず、判示の
とおり、傷害罪の限度で認定することができ、完全責任能力であったと認められる。(法令の適用)
罰条
刑法204条

刑種の選択

懲役刑を選択

未決勾留日数

刑法21条(150日を算入)


刑法19条1項2号、2項本文(主文掲記の包丁は、判示


傷害の犯罪行為に供された物で、被告人以外の者に属さな
い。)
訴訟費用
刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)

(量刑の理由)
被告人は、被害者に対し、その左臀部を鋭利な包丁で骨盤を貫通するほどの強い力で刺している。損傷部位が上部にずれていれば被害者が死亡していた可能性が高かった危険な行為である。これにより、被害者は、全治約1か月間の傷害等を負い、生活にも支障を来しており、被告人に対し処罰感情を向けるのも当然である。被告人は、被害者から注意を受け、逆恨みして本件犯行に及んだと考えられ、被害者に落ち度はなく、動機は短絡的である。わざわざ包丁を買いに行っている点も悪質である。他方、飲酒酩酊が被告人の判断能力に影響していたことは考慮すべきであるが、被告人は、自らが飲酒をするとしばしば酩酊状態になることを認識しながら、飲酒をして本件犯行に至っており、大きく酌むべき事情とまではいい難い。以上のような犯情の悪質さを踏まえ、被告人が、被害者に対し謝罪するとともに被害弁償として180万円は支払う旨示して交渉していること、酒を断ち、実家に帰り親族の監督に服すると約束するなど反省していること、前科がないことなどを併せ考慮して、主文程度の実刑が相当であると判断した。
よって、主文のとおり判決する。

(検察官の求刑

懲役7年

弁護人の科刑意見

懲役3年執行猶予5年)

令和4年6月1日
札幌地方裁判所刑事第3部

裁判長裁判官

井下田

英樹
裁判官

加島一十
裁判官

後藤紺
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