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傷害、暴行(変更後の訴因:暴力行為等処罰に関する法律違反)被告事件
事件番号令和1(わ)1306
事件名傷害、暴行(変更後の訴因:暴力行為等処罰に関する法律違反)被告事件
裁判年月日令和4年5月10日
法廷名福岡地方裁判所
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-05-10
情報公開日2022-06-08 04:00:08
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令和4年5月10日宣告
令和元年

第1306号、同第1393号、同第1531号、令和2年

第51号

傷害、暴行(変更後の訴因:暴力行為等処罰に関する法律違反)被告事件判決主文
被告人を懲役2年に処する
未決勾留日数中140日をその刑に算入する。
この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。
理由
【罪となるべき事実】
被告人は、福岡県宗像市ab丁目c番地d所在の社会福祉法人I保育園の副園長兼保育士として勤務していたものであるが、
第1

平成30年6月27日午前9時36分頃、同保育園2階保育室において、同
僚の保育士C(当時33歳)に対し、その顔面を平手で2回叩く暴行を加え、よって同人に全治約5日間を要する下口唇挫傷の傷害を負わせた。
第2

同年8月27日昼頃、同保育園2階北側ルーフテラスにおいて、同僚の保育
士F(当時34歳)に対し、その下顎を正面から平手で1回押す暴行を加えた。第3

同年10月上旬頃、同保育園2階廊下において、F(当時34歳)に対し、その顔面の両側から、左右の頬に片方ずつの手のひらを打ち付けて叩く暴行を加えた。

第4

同年11月29日から同年12月28日までの間に、同保育園2階廊下において、F(当時34歳)に対し、その顔面を手に持ったレポート用紙綴りで1回叩く暴行を加えた。

第5

令和元年6月26日午前7時5分頃から同日午後5時50分頃までの間に、同保育園2階ホールにおいて、背中側に上体を倒し、伸ばした両手のひらが床につき、反らせた身体を両足と両手で支えるブリッジをしていた園児A(当時
6歳)に対し、その右頬を平手で叩く暴行を加え、よって同人に全治約1週間を要する顔面打撲傷の傷害を負わせた。
第6

同年7月22日午前7時50分頃から同日午後5時37分頃までの間に、同保育園2階トイレにおいて、園児D(当時6歳)に対し、その背中及び頭部を押して同人を転倒させ、その顔面を床面に打ち付けさせる暴行を加え、よって同人に全治約5日間を要する下口唇挫創の傷害を負わせた。

第7

同年9月19日午後1時3分頃から同日午後1時8分頃までの間に、同保育園2階地域子育て支援室において、給食の盛り付け作業をしていた半袖姿の園児G(当時5歳)に対し、同人の左側からその胸ぐらをつかんで引っ張り、続いて、盛り付けを待つ列に並んでいた同人に対し、その着衣をつかんで引っ張り、更にその背中を押すなどの暴行を加えた。

第8

同日午後1時53分頃、同保育園2階保育室において、半袖姿の園児H(当時3歳)に対し、その着衣をつかんで室外へ引っ張り出す暴行を加えた。
【訴訟当事者の主張に対する判断】
本件は、判示第1から第8の傷害又は暴行と一致する犯罪事実を掲げ、あるいはこれらと同旨ないし包含する犯罪事実を掲げた上、判示保育園を犯罪場所とするそれら犯罪事実複数をもって、暴力行為等処罰に関する法律1条の3第1項前段所定の常習として行われた傷害、暴行の罪であるとし、常習一罪が成立するという公訴事実の事案である。以下、判断の要点を述べる。
第1
1
訴因不特定の違法をいう弁護人の主張の判断
弁護人は、判示第2から第4、第5及び第6の関係で審判対象とされた公訴
事実について、刑訴法256条3項の違反があるという。すなわち、訴因変更により判示第2と同一の日時に変更されたFを被害者とする公訴事実に関し、起訴時、平成30年8月27日午前8時45分頃から同日午後6時53分頃までの間との日時の主張にとどまった点を指摘し、続いてFを被害者とする判示第3及び第4の公訴事実並びに順にA、Dを被害者とする判示第5及び第6の公訴事実に関し、それぞれ判示と同一の日時の主張にとどまった点を指摘の上、できる限りの特定を求める同条項の違反がある、というのである。
2
しかし、一件記録によれば、日時の特定に関し、被害直後の携帯電話機の操
作記録がある判示第1や、防犯カメラの映像がある判示第7及び第8とは異なり、弁護人指摘の公訴事実は、関係者の供述に大きく依拠して主張せざるを得なかったものと認められる。併せて、本件は、判示第5のAに対する傷害事件に係る被害申告を捜査の端緒とし、その後捜査機関が保育園関係者からの事情聴取等をするうちに判示第6のDに対する傷害事件が発覚したとして捜査が進み、同様の事情聴取等の過程でFが判示第2以降の3事件を捜査機関に申告したものと認められるが、A及びDは当時6歳であって、幼少ゆえに被害の時間帯等の細部の認識、記憶及び叙述の確かさは吟味を要するし、Fは1年ほど遡る時点のものを含む被害の説明をするものであり、同様の吟味を要するから、三者の日時に関する供述は、他の証拠資料と突合するなどの慎重な精査が求められる。弁護人は、違法の主張の対象とする公訴事実について、捜査段階ではより一層日時を特定して嫌疑がとらえられていた旨指摘するが、最終的に起訴の判断をする検察官は上記の精査を行い、三者の供述中に日時の特定の手掛かりとして現れる出来事と類似の出来事が並存する事情等を踏まえ、区別をするのは困難との判断をしたと推認できるのであって、この判断が不合理とはいえない。
3
そして、検察官は、三者の供述に依拠しつつ、供述に現れる場面が確実に含
まれる時間枠をとらえることとし、判示第5につき、Aの送迎をしていた母親Bの供述等も網羅して当日のAの保育園滞在中のいずれかで被害が生じたと主張し、判示第6につき、携帯電話関連で残る記録からD及び被告人が保育園に居合わせる時間帯を掲げる主張をし、判示第2から第4については、LINEの記録や書面等をFの供述と突合し、絞り込める範囲の日時を掲げて主張したと認められるところ、以上はできる限りの特定をしたものといえる。異なる評価をして違法をいう弁護人の主張は採用できない。
第2
1
公訴事実に対し無罪をいう弁護人の主張の判断
判示第5のAに対する傷害の事実について

対応の公訴事実は、判示第5の日時、判示保育園において、Aの右頬を平手で叩く暴行を加え、よって判示の傷害を負わせた事実を掲げるところ、弁護人は、被告人が同暴行を加えた事実はないと主張する。被告人の公判供述は、当日昼頃、Aの頬に赤い変色を認めて理由を尋ね、その部位を冷やす措置をしたにとどまると述べるものである。


Aは期日外尋問で証言をしたが事実認定に結び付く内容は得られず、有罪の
立証は、捜査段階で検察官が実施した司法面接時のAの供述に主に依拠している。既述のとおり供述は吟味を要するから精査したが、信用性の根拠を見出せる。ア
すなわち、この公訴事実に係る犯罪の嫌疑は、翌日から翌々日にかけて捜査
機関に申告されているところ、関係証拠によれば、申告をした母親Bは、令和元年6月26日午後7時31分頃にスマートフォンでAの顔面を撮影した画像3点及び翌日午前6時56分頃に同様に撮影した画像2点を捜査機関に提示したと認められる。前者の画像3点によれば、Aの右目のすぐ下から右耳方向に横に伸びる帯状の赤い皮膚変色が存在し、いったん途切れて耳に近い部分に現れる変色は、2本の横棒の中央を1本の縦棒がつなぐ形状であり、後者の画像2点上も変色がほぼ変わらず存在するが、これらの外観は変色の範囲や程度が著しいものではなく、皮膚が裂ける、くぼむ又は腫れ上がるなどの異状はなかったと認められる。他の園児と触れ合う中で強めの接触を受けるなどして生じたとみても矛盾せず、それらを超える手酷い加害行為の痕跡であるとの見方が直ちに成り立つ形状ではないと認められる。イ
それにもかかわらず、Bは、保育園からAを連れ帰って家事に従事する時間
帯の同26日午後7時31分頃、前記画像3点を撮影する行動に出たと認められるから、その行動には相応の理由があるとの考察が働く。Bの証言によれば、迎えの際に対応した被告人から、Aがブリッジ歩きの際に顔をどこかにぶつけたかもしれないとの説明を受けたが、
ドジやねなどとAに述べるだけで帰宅したこと、する
と夕食中にAが被告人に叩かれた旨述べたために顔面を撮影したこと、翌27日朝にも撮影し、保育園に1日Aを預けてから引き取って病院を受診させたこと、28日もAを保育園に預けていたその迎えの機会に、被告人から、ブリッジ歩きのときに手が当たった可能性をいう異なる説明を受け、
当夜に警察に被害を届け出たこと、
やがて検察官がAから話を聞くので事件の話をしないように言われて従っていたこと、などが述べられている。特に重要であるのは、Aの申告が、不意に顔をぶつけた出来事や他の園児との諍いなどをいうのではなく、被告人の暴行をいうものであったため、
撮影等の対応に出たとする部分であり、
自然で合理的な証言内容である。
Aからの自発的な申告があったとするBの証言には十分な信用性が認められる。ウ
そして、Aは当時6歳の保育園児であって、日時の特定や詳しい経緯の理解
等に係る供述の確かさは吟味を要するが、出来事の有無などという複雑でない判別については認識を述べられる年齢であると考えられ、他方で、殊更に虚偽を述べることは通常想定し難い年齢であると考えられる。このAに係る令和元年7月1日の司法面接時の検察官の面接方法の主要な部分に大きな問題はなく、他方のAの応答は出来事の有無を率直に述べ、分からないことはその旨率直に述べるなどという年齢相応のものであり、自らの打算等の介在や、Bの働き掛けの介在を疑わせるものではないと認められる。かかる供述環境で得られたAの供述は、被告人から暴行を受けたとするその内容も、主要な部分につき具体的で自然なものであった。関係証拠上、園児が日常的に取り組んでいたと認められるブリッジ歩きを、まさにAが行う途中で暴行を受けたと述べており、その様子として、判示のブリッジの姿勢のまま頭方向へ進む折、傍らの被告人から顔面を手で叩かれた旨、Aは動作を交えながら述べている。Aの供述は、当日、保育園2階ホールで園児らが取り組むブリッジ歩きに被告人が立ち会っていたという争いのない事実と整合するし、右目近くに外力が集中したことを導く顔面の痕跡と整合しており、言い換えれば、局所的に加わった力の作用は視界に入ったはずであるのに防御の痕跡もないことに関し、対応の動きを取れなかった事情を説明する内容である。他方の被告人の供述は、以上の申告及び供述がAから自発的になされたことの説明をなし得ないものである。エ
進んでみると、Aを診察した小児科医Jの証言によれば、受診時、Aの右頬
には画像と同様の変色部分が存在し、同医師はそれらを線状の内出血と眼窩の出血斑であるとし、この内出血は棒状の物が当たった部位の毛細血管内の血液が横に流れ、両側に皮膚の変色を生じたとの見立てをし、幼児虐待の殴打で手指が当たって生じる二重条痕であるとの判断をし、Aが述べるとおりに成人の手で叩かれたものとみて矛盾しないとの判断をしたと認められる。同じく小児科担当のK医師が分析をし、成人の手の骨の並びや隙間に沿う形状の内出血が、Aの右目と頬にまたがる位置に存在するなどと指摘するその証言内容とも合わせて、以上がAの供述を支えているといえる。
弁護人は、J医師が、検察官調書では線状の内出血が2本である旨の説明をしていたのに、3本ある旨の証言をした点に不合理な変遷があると主張する。しかし、同医師は、Aの顔面右側が広く写る画像によれば、右頬の2本の更に下に別の1本が見て取れると述べ、右頬の上部に焦点が絞られた画像に基づく尋問に対しては、2本が見て取れる旨を区別して証言しており、検察官調書中の供述も後者の証言と同趣旨であった可能性があるから、主張にいう不合理な変遷が現れているとはいえない。
弁護人は、K医師の証言について、当たった指が3本か2本かを説明する部分が、内出血の形状等との関係で不合理である旨主張する。しかし、同医師は、右頬の線状の内出血以外にも、上下に同様のものが見て取れる画像があったと指摘しており、この点はJ医師の証言にも現れている。そうであるなら、それら総数に照らし2本の、あるいは3本の指が当たっている可能性をいい、そのうちの1本の関節の辺りが接触対象の側で血液の溜まる箇所となって縦線状の内出血を生じた可能性をいう合理的な証言であると理解できるから、弁護人の主張は当たらない。そのほか、弁護人は、縦線状の内出血の形成原因を指の関節とみるか指輪の存在とみるかの点や、手の甲が当たっても形成に至るか否かの点で、両医師の証言が食い違うと主張し、また、いずれもAの転倒が原因であった可能性の精査をしていないなどと主張する。しかし、前者の主張は、傷害の性状とより整合的な方の証言をもって補完される事柄に関するものであり、信用性を左右しないし、後者の主張は、局所的な外力の痕跡とみられる傷害の性状に照らし、精査の必要性も薄い事柄をいうものであって、失当である。併せて、手が当たったことを否定するL医師の証言も吟味したが、画像上認め難い擦過創の存在を述べたり、手のひら全体が当たった痕跡がないのは不可解とする一面的な指摘を述べたり、また、ブリッジ歩きの勢いと相まって加わる外力が強まることも考えられるのに、体勢からして強く叩くのは困難であるとの表面的な指摘を述べる証言には採用価値が乏しく、これに依拠する弁護人の主張も同様である。

さらに、弁護人は、被告人の母親である園長が、被告人とBのやり取りを把
握した後の令和元年7月1日、業者を呼んで2階ホールに設置の防犯カメラの映像を別の記録媒体に抽出しようとし、映像を再生して見たが暴行の場面はなかった旨証言したことを指摘し、当該業者の証言も同旨であると指摘し、相反するAの証言に信用性はないと主張する。しかし、業者は、最終的に不具合で抽出できずに保全できなかった当該映像に関し、作業時に長い時間を掛けて再生して暴行の不存在を確かめ合ったなどとする園長の証言と合致しない内容を述べている。業者の証言によれば、保存対象の冒頭を特定後、時間節約のため16倍速で早送りをし、十数分先の終期まで再生したが、個人情報を含むので細かく見てはおらず、園長と内容を確かめるやり取りをした記憶もないと述べられている。この証言は、抽出依頼を円滑に果たそうと努める業者の立場と整合的な内容であって、他方の園長の証言を排斥する位置付けであるといえる。同証言に依拠する弁護人の主張は採用できない。カ
なお、弁護人は、Aの供述の信用性に関し、従前、相撲大会への出場を巡っ
てAを冷遇したなどという不満をBが保育園に訴え、悪感情を示す出来事があったと指摘の上、BからAに対する本件被害の刷り込みが行われた疑いがあると主張するが、この疑いを排斥できることは既に論述したとおりであって、その他のBの振る舞いに関する種々の指摘共々、弁護人の主張は採用できない。

また、弁護人は、ブリッジ歩きが遅いために叩かれたとするAの供述を疑問
視し、具体的には、園児ごとの計測タイムなどの記録を表す関係証拠によれば、当日のAは最も速いタイムを残し、自己の目標数値も上回っていたから、叩かれた理由の説明が整合せず、供述全般に信用性がないと主張する。そこで確かめると、記録の内容は弁護人指摘のとおりであって、5人程度が競って5番目であったというAの供述に関する記録が現れないのは不可解である。また、Aの供述は、ブリッジ歩きが遅いとの指摘を被告人がしたのか否かの点などに明瞭さがなく、被告人の位置や暴行態様についても同様である。視野が限られるブリッジ歩きの最中であったと述べていることも見過ごせず、詳細に係るAの供述が確かなものとはいえない。もっとも、既述の自発的な申告の出現や、傷害の性状等と整合的な場面の説明を具体的に述べていることなどの事情を踏まえれば、判示の暴行の存在をいう限りでAの供述の信用性を肯定できるから、結局、弁護人の主張は当たらない。⑵

よって、Aの供述に依拠して判示の暴行の事実を認めるとともに、ブリッジ
歩きをするAの顔面が床近くの低い位置にあるにもかかわらずこれを平手で叩く暴行が行われたことからすると、暴行の故意も認めることができるのであって、犯罪成立を妨げる事情は見当たらない。相反する内容の被告人の供述は排斥せざるを得ず、無罪をいう弁護人の主張は採用できない。
2
判示第6のDに対する傷害事件について

対応の公訴事実は、判示第6の日時、判示保育園において、判示同様にDの身体を手で押すなどの暴行を加え、判示の挫創のほか、口部、鼻部及び左頬部の腫脹を負わせた事実を掲げるところ、弁護人は、被告人が同暴行を加えた事実はないと主張する。被告人の公判供述は、当日、Dが被告人から用便を促されてトイレ入口でスリッパを履くも、それ以上動かないため、背中に更に手を添えて促したところ、Dがよろけて左側の壁面に体の左側をぶつけたにとどまる、
などという内容である。


Dが期日外尋問で証言をした内容が存在し、また、捜査段階で検察官が令和元年11月22日及び同年12月9日に実施した司法面接時のDの供述も存在し、有罪立証はこれらに主に依拠している。既述のとおり供述は吟味を要するし、被害を届け出るまでに2か月半ほどの間隔があることに加え、捜査機関が収集した保育園内の映像上、Dがなおざりにされている様子を母親Eが把握し、被害届に至ったという吟味を要する経緯があるから精査したが、供述の信用性の根拠を見出せる。ア
すなわち、関係証拠によれば、該当の犯罪の嫌疑がDの周囲で持ち上がった
のは被害届が最初ではなく、公訴事実にいう令和元年7月22日の当日である。この日、母親Eに連れられて保育園から帰宅したDは、再びEと保育園に出向いて被告人が応対し、そのとき既に嫌疑に関するやり取りが交わされており、被告人は公判供述同様の説明をしたものであって、以上は概ね争いがない。問題はその経緯如何であるところ、当時、Eの手元には、帰宅後のDの顔面をスマートフォンで撮影した画像が存在していた。画像によれば、Dの下口唇部の右端寄りに赤い点状のかたまりが見て取れるが、範囲や程度が著しいものではなく、近辺の皮膚が腫れ上がるなどの異状はなかったと認められる。他の園児と触れ合う中で強めの接触を受けるなどし、よって生じたとみても矛盾せず、それらを超える手酷い加害行為の痕跡であるとの見方が直ちに成り立つ形状ではないと認められる。

それにもかかわらず、Eは、B同様に家事に取り掛かるはずの同日午後6時
41分頃に前記画像を撮影する行動に出たと認められるから、その行動には相応の理由があるとの考察が働く。Eの証言によれば、迎えの際にDの唇のけがに気付いたが、居合わせる被告人から説明がないまま帰路に就くと、車中でDから叩かれた旨の申告があったこと、帰宅後にDに尋ねたところ、トイレで被告人から叩かれた旨を告げられたこと、証拠を残すために撮影をし、説明を求めて保育園に電話し、出向いて被告人から説明を受けたが、けがの原因が分からないものであったこと、転園先を探しても見つからないでいた同年9月頃、Aの事件の関係で捜査機関の事情聴取が行われることになり、対抗して被告人を擁護する一部の保護者の姿勢に違和感を持って警察に被害申告をし、転園先が決まった時期の10月に被害を届け出たこと、その間にDに詳しい負傷の状況を尋ねてはいないこと、などが述べられている。特に重要であるのは、Dの申告が、不意に顔をぶつけた出来事や他の園児との諍いなどをいうのではなく、被告人の暴行をいう内容であったため、撮影等の対応に出たとする部分であり、自然で合理的である。Dからの自発的な申告があったとするEの証言には十分な信用性が認められる。

そして、
Dは、
A同様、
複雑でない判別については認識を述べることができ、

他方で、殊更に虚偽を述べることは通常想定し難い年齢であると考えられる。このDに係る司法面接は、かなりの期間が経過していた難点があるが、検察官の面接方法の主要な部分に大きな問題はなく、他方のDの応答はA同様に率直さのある年齢相応のものであり、自らの打算等の介在や、Eの働き掛けの介在を疑わせるものではないと認められる。特に、Eを含む周囲の者が把握していなかったとみられるところの、被告人から厳しい仕打ちを受けた他の複数の場面を述べつつ、区別して本件の被害を述べるという自発性をうかがわせるものであり、その固有の内容も主要な部分で自然であった。トイレにいるときに背後の被告人から頭と背中を押され、床に転んで右側の唇下付近が当たり、その部位が切れたことを述べており、当時の場面の特定や位置関係等に係る概要は被告人の公判供述とも一致する。床に転んで顔を打ち付けたか否かという供述の対立点をみると、Dの顔面の損傷は、外力に対し防御をしないまま、顔の中央付近が接点になって生じたとみて符合するから、背後から押されて床に転倒した旨をいうDの供述の方が自然であって、よろけて壁にぶつかる程度にとどまった旨をいう被告人の供述は整合的でない。Eに対する申告から司法面接を経て期日外尋問の証言に至るまで、
大筋で一貫しているDの供述は、
その主要な部分に依拠できる対象である。

進んでみると、Dの顔面の画像を見て分析を述べる整形外科医Mの証言によ
れば、赤色のかたまりに関し、かさぶたを形成した出血の原因たる傷の存在を認めて下口唇挫創の診断ができるとの合理的な内容が述べられ、併せて、手で支えるなどの動きもなく顔を打ち付ける不意の転倒により傷が生じ得る旨述べられ、合理的である。弁護人は、対立するL医師の証言により、その転倒の想定と、鼻に傷がないことが整合しないとされていることから、M医師の証言に信用性がないと主張するが、挫創は顔のやや右側であるから、Dが顔を左に向けた体勢で倒れ、それゆえ鼻に傷を生じなかったとの考察も成り立つし、鼻が同時に当たっていても、すぐ下に硬い歯のある下口唇部に限り傷を生じたとの考察も成り立つ以上、主張は当たらない。
他方で、
M医師は、
公訴事実にいう腫脹の存在を証言するところ、
その見立ては、
直接の診察をしたわけでもない立場から、既述の画像と異なる時点で撮影されたDの別の画像との対比から導くものにすぎず、それも、挫創を認めた方の画像には併せて泣き腫らした様子がうかがわれる以上、これと関連しない腫脹が鼻周辺にあるとの判断に至る根拠が求められるが、見合うものはない。腫脹の存在を認定するのには合理的な疑いが残るので、挫創の存在をいう限りでM医師の証言を採用し、これによりDの供述が支えられているとの評価をする。

弁護人は、Dの供述に関し、同人を抑圧していたEから刷り込まれた虚偽を
述べている疑いがあり、Eの被害届も警察が誘導した疑いがあると主張するが、これらの疑いを排斥できることは既に論述したとおりである。そのほか、司法面接時の検察官の質問に不適正があるとか、園児が居合わせるトイレで暴行に及ぶはずがないから不合理な内容であるなどと指摘し、Dの供述を疑問視する弁護人の主張を吟味しても、被告人の公判供述同様、採用には値しない。


よって、Dの供述に依拠して判示の暴行の事実を認めるとともに、その態様
に照らせば、暴行の故意も認めることができるとし、他方で、認定できる傷害発生の事実は判示の限度と認め、その限りにおいて犯罪成立を妨げる事情は見当たらないと判断する。無罪をいう弁護人の主張は採用できない。
3
判示第1のCに対する傷害の事実について

対応の公訴事実は、判示第1の日時、判示保育園において、判示のとおり同僚の保育士Cに暴行を加えて傷害を負わせた事実を掲げるところ、弁護人は、被告人が同暴行を加えた事実はないと主張する。
被告人の公判供述は、
提出物の遅れに関し、
Cに今後の対応等を尋ねていたところ、馬鹿にする態度を示すなどしたため、これを正すためにCの腹部辺りにある手を下から上に手で軽く払ったが、いずれの手もCの顔に当たってはいない、などという内容である。


有罪立証は、出廷したCの証言により、園児のブリッジ歩きの一部を被告人
の指示通りに遂げなかった折、詰め寄る被告人から同暴行を受けた旨述べられているところに主に依拠している。そして、被害を届け出るまでに1年以上の間隔があることや、保育園を退職した立場からの届けであることに加え、先行の捜査を進める捜査機関の接触をCが受けるうちに、別のベテラン保育士も被告人から暴力を受けていた事情を把握して許し難いと考え、届けに至ったという吟味を要する経緯が現れているから精査したが、供述の信用性の根拠を見出せる。

すなわち、関係証拠によれば、該当の犯罪の嫌疑がCの周囲で持ち上がった
のは被害届が最初ではなく、公訴事実にいう当日から数日後にかけての頃である。その頃、Cが欠勤するとともに同人の母親が事情を保育園に伝達に出向き、再びCが出勤したときに母親が同伴し、園長及び被告人の前でCが退職の意向を伝える機会において、母親がCから伝え聞いたものとして判示の暴行の事情を述べるやり取りがあったと認められ、以上は概ね争いもない。この場面で相手方に示していないが、Cの手元には、公訴事実にいう当日午前9時41分頃にスマートフォンで撮影した画像2点が存在し、1点は、自分の下口唇部右側に、小ぶりの斑状で光沢のある赤いかたまりの存在が見て取れるほぼ正面からの撮影画像であり、1点は、自分の左手親指表側に、赤い点が連続して直線状に並ぶ様子が見て取れる接写画像であったと認められる。

そして、各画像について、Cは、被告人から判示の暴行を受けて傷害を負わ
され、受傷部位からの出血に気付いた際、記録を残して今後の身を守ろうと考え、その出血部位及び出血が指に付いた様子を撮影したものと証言するところ、この証言は、画像を見て分析を述べるM医師の証言で、出血を伴いつつ唇の薄い表皮の部分が剥げたものであり、外力を受けた唇が歯に当たって損傷が生じたものと述べられているところとも整合し、支えられているといえる。

他方で、同じく画像の分析を述べるL医師は、赤いかたまりに関し、口唇ヘ
ルペスの水疱及びこれに関連する出血の痕跡が見て取れる旨を述べ、Cの疾患がもたらした症状である旨証言する。しかし、同医師の専門外の分析を述べるものであって不確かさが否定できず、また、口唇ヘルペスを患っていた事情がCの周囲から明確に現れていないことと整合しない。被告人の公判供述により、Cがヘルペスをよく生じていたとか、吹き出物の存在を言い回っていたなどと述べられているところ、そうであるならCは頻繁に患うヘルペス等の患部をあえて撮影する行動に及んだことになるが、
唐突さや不合理さが否めない。
これら証言や供述には依拠し難い。

踏み込んで疑いを掛けるならば、Cが、ヘルペス等による出血を認めてその
痕跡の画像を残し、これが被告人の暴行によるもののように装っている疑いが想定できなくはないが、それも不合理である。被告人と共に勤務を続けていたCが、お互いの様子を日々確認できる状況下でヘルペス等による出血を別の事象に置き換えてねつ造するのは容易ではなく、被告人が述べるとおりに言い回っていたのであれば尚更である。

そもそも、Cを含む同僚保育士と被告人の関係性は、保育士の一人であるF
と被告人の間のLINEの記録に実態が現れているとみられるのであって、その内容は、メッセージの送受信を通じて被告人がFに事細かに保育等の指示を伝えて同人が従い、また、Fの方からも事細かに指示を仰ぐものであったと認められる。Fが発信する内容には、ブリッジ歩きの反復の途中経過などという詳細にわたる事柄の報告が含まれ、事務の遂行途中でFがトイレに行くことの了承を求める問い掛けが含まれ、あるいは、事前に禁じられていたとうかがわれる他の保育士との接触の有無を定期的に報告するものなどが含まれているのであって、Fの裁量や主体性はおよそ尊重されておらず、被告人の指示に徹底して従うよう定められていた関係性が現れている。保育の経験はFの方が豊富であり、被告人は劣後するにもかかわらず、明らかにFを服従させていたと認められるから、そうであるなら、Fよりも経験値が少ないCが同じく被告人に逆らえない関係性であったと述べ、度々叱責され、
繰り返し反省の言葉を唱えさせられるなどの仕打ちに遭っていた旨述べる内容にも信用性が認められる。このようなCが、ヘルペス等による出血を奇貨として直ちに被害作出を企て、母親を伴って被告人と相対する機会にその被害を訴え、以後、被告人を陥れる行動を続けていると疑うのは困難である。被告人は、既述のLINEのやり取りは園外に出掛けているときに限って交わしていたものであるなどと供述するが、踏まえても証拠評価は左右されない。

弁護人は、真に被害が存在したのであれば、その後速やかにCが受傷を訴え
て受診していないことや、園長及び被告人との面談時にその訴えをしていないことと整合しないと主張する。しかし、Cが述べるとおりに後難を免れるために画像を残すなどの対処に出た場合に、併せて医師などに対し、重篤なものとは言い難い受傷の事情を伝えようとするのが当然とはいえないし、まして、逆らえない関係性の被告人の面前で改めて受傷の事実を持ち出すのが通常とはいえず、差し控えたとしても不自然ではないから、主張は当たらない。そのほか、Cが述べる場所的状況や執務状況の下で暴行があった蓋然性は考えられないなどと指摘する弁護人の主張は、画像の存在等により排斥を免れない被告人の公判供述共々、採用できない。⑵

よって、Cの供述に主に依拠して判示の傷害の事実を認めるとともに、暴行
の故意の存在等の犯罪成立要件に欠けるところはないと判断する。無罪をいう弁護人の主張は採用できない。
4
判示第2から第4のFに対する各暴行の事実について

対応の各公訴事実は、判示第2につき、Fの顔面を平手で1回叩く暴行を加えたとの表現を用いていた点、及び各場所の表示として単に保育園を指し示していた点などが異なるものの、その余は判示各暴行の事実と同様であった。これらに対し、弁護人は、被告人が各暴行を加えた事実はないと主張し、被告人の公判供述にもその事実の認定に結びつく内容は特に現れない。


有罪立証は、出廷したFの証言により、3件の暴行の事実が述べられている
ところに主に依拠している。既述のとおり供述は吟味を要するし、Fが被害を警察に申告したのは令和元年秋頃であり、該当の犯罪の嫌疑が周囲で持ち上がったのもその頃であって、公訴事実にいう被害から1年程度が経過していたことに加え、令和元年5月、保育園で飼育するメダカをFが連休中に預かっていて一部を殺した、などと被告人が園児に告げたことにショックを受けたとしてFが長年の勤続を途絶えさせ、退職していた立場で各申告に至り、かつ、先行の捜査を行う捜査機関からの接触を受けるうちに申告に至ったという吟味を要する経緯が現れているから精査したが、供述の信用性の根拠を見出せる。

すなわち、関係証拠によれば、既述のLINEの記録は、捜査機関の接触を
受けるFがその存在を伝えて収集されたものと認められ、ねつ造の疑いはないところ、既述のとおり裁量や主体性が尊重されず、被告人がFを服従させていた実態を示す内容であると認められる。このような記録を提出しつつ、Fは、判示第2につき、勤務中に被告人に呼ばれて注意を受け、返答が遅れたところで判示の暴行を受けて唇から出血し、これを被告人も把握して止血の措置をしたこと、判示第3につき、園児にさせていた着替えの練習の状況を被告人に報告する際、同様に返答が遅れて判示の暴行を受けたこと、判示第4につき、被告人の指示で担当していたブリッジ歩きの実践結果を報告する際、手に持っていたレポート用紙の束を被告人に取り上げられ、判示の暴行を受けたこと、以上を証言している。服従関係の延長で上位者からなじられるように各暴行を受けた事実を述べていると評価できるのであって、何ら不自然さはない。

また、Fは、LINEの記録を提出しつつ、判示第2の当日のやり取りを指
し示し、勤務後にその日の応対をわびる内容のメッセージを被告人から受信している記録を指摘し、被告人が謝罪するメッセージを送信することはほかになかったから、この日が被害に遭った当日であるとの整合的な証言をしている。Fは、判示第3に関し、保育園に提出した始末書等の作成が始まった頃であったと証言するところ、客観的に存在が明らかなそれら書面の内容は、無言の時間をつくったことを反省する、などという意思抑圧的な文面を含むものであって、返答の遅れの場面で暴行を受けたというFの説明と合致しており、証言は整合的である。Fは、判示第4に関し、退職後も手提げ袋に入れるなどして自宅で保管していたレポート用紙の束を捜査機関に提出しており、そのうちの平成30年11月28日付け用紙1枚に肌色の染みが付いていて、当時のFの使用に係るファンデーションと共に鑑定に供したところ、後者の含有成分と一致する成分が前者から検出されたから、その用紙を含む束で顔面に判示の暴行を受けたとするFの証言と整合的である。関係証拠上、この用紙の束は、ブリッジ歩き実践時の計測タイムなどを書き入れ、日ごとの結果をまとめて綴っていたものであり、日々の実践の成果を確かめる書類であるとともに、実践に意欲的であった被告人が見ることも予定された書類であると認められる。そうであるなら、服従関係にあったFを含む保育士らがぞんざいに扱うとは考え難く、
ほかに著しい汚損等のない状態であった用紙の束のうちの、
わずかな枚数に限り同様の染みなどが付着していたその物品が、判示の暴行に用いられたと説明するFの証言は首肯できるものである。過失によりファンデーションが振りかかったとか、嫌疑のねつ造目的で振りかけたなどという疑いは容れられない。特に、被害をいうFの申告が得られる一方で、作成日付の日の被告人の不在が判明して被害日時の特定が滞り、結局、同月29日以降に28日の記録を確かめる目的で掲げ持ってその用紙が顔に当たったととらえ、また、通常、1か月分の記録を手元に置く取扱いであるから翌12月中の掲げ持つ場面であったかもしれないととらえ、その旨述べるFの供述により日時の特定が行われて起訴されているから、この事象にも示唆されるとおり、嫌疑のねつ造を目論んで適当に振りかけるなどの細工をするのは困難とみるべきである。

弁護人は、判示第3に関するFの証言において、被害後に被告人及び園長と
個別に話をした機会に別の保育士が同席していたと述べられた点について、出廷した同保育士はそのような関与を否定していると主張する。確かに、Fの証言は、ある程度明確ないきさつを述べる暴行の場面の叙述に比べ、暴行後の話し合いは内容も覚えていないとするものであり、これは、暴行後の心理状態を慮ってみれば不可解でなく、別の保育士同席の確証はないとみるべきであるが、この帰結として、印象的な暴行の存在そのものに係る証言を疑問視すべきものとは考えられない。あるいは、暴行後の面談は記憶に残らない内容にとどまったと想定すれば、日常的な保育士の連携の場面としてほかと区別できなくなり、それゆえFが、又はその別の保育士が実際と異なる証言をして不一致を生じているとの見方も成り立つのであるが、これらは証拠評価の重要部分ではない。弁護人の主張は当たらず、その余の主張も同様である。Fとの関係性について、LINEの記録からの推認と整合しない説明をする被告人の公判供述共々、主張は排斥せざるを得ない。


よって、Fの供述に主に依拠して判示第2から第4の各暴行の事実を認める
とともに、暴行の故意の存在等の犯罪成立要件に欠けるところはないと判断する。無罪をいう弁護人の主張は採用できない。
5
判示第7のG及び第8のHに対する各暴行の事実について

弁護人は、防犯カメラの映像から態様が明らかな判示第7及び第8に関し、公訴事実により審判対象とされた被告人の行為は、
刑法208条所定の暴行に該当せず、
該当するとしても保育の業務として行われたものであり、刑法35条所定の正当行為に当たるから違法性が否定される旨主張する。


まず、判示第7について述べる。


関係証拠上、園児Gの関連で公訴事実により審判対象とされた被告人の行為
は、昼の給食時に園児が集まる部屋で配膳作業をする状況下の以下の行為を指すものである。すなわち、①盛り付け作業を行う半袖姿のGの左側から被告人が現れて横並びになり、Gが手に持っていたしゃもじと茶碗を順に取り上げた後、ほぼ静止した立ち姿の同人の首元付近の胸部の着衣を、すなわち、胸ぐらを右手でつかんで引っ張った行為を指すものであって、これによりGの身体を自身の背中側に移動させており、また、②その後、汁物を取り分ける作業中の被告人と机を挟んだ正面に位置していたGが、
容器を持って汁物の盛り付けを待つ園児の列に並んだのに対し、
声掛けをした被告人が、作業を中断して反時計回りに机の反対側のGに近づき、ほぼ静止した立ち姿のGの左袖を右手でつかんで引っ張った行為を指すものであって、これにより自身の左側に身体を傾けて被告人と共に移動を始めたGは、机を回り込んで被告人の元の位置辺りに達しており、続いて、③その位置辺りで取り分ける作業を再開していた被告人が、机を挟んだ反対側に園児の列ができている状況下、立ち上がって自身の左側の空間を指差し、次にその列の中に含まれていた園児1名に左手を伸ばして着衣をつかんだ後、その傍らにほぼ静止して立つGの左肩辺りの着衣を右手でつかんで引っ張った行為を指し、併せて、指差した空間の辺りに引っ張られて移動してきたGの背中を更に左手で押した行為を指すものである。イ
以上の行為は、Gの身体に手で触れた上、その意思によらない身体の移動を
生じるに足る力を込めて有形力を行使するものと認められ、意思に基づく動作を始めている相手方に手を添えて支えや促しをするものとみる余地もなく、刑法208条所定の暴行の該当性を肯定できる。この結論を争う弁護人の主張は、法益侵害をほとんど伴うことのない極めて軽微な態様の行為にとどまるなどという犯情評価を掲げるものにすぎず、採用できない。

進んで、正当行為の検討をすると、熱を蓄える汁物の大きな容器等が配置さ
れている中、盛り付けを待つ園児のうちに適切に列をつくらない者があり、火傷を生じるなどの危険を除去するとともに遅れている配膳を遂げるため、被告人が口頭で注意したが、Gは応じなかったことから、やむを得ず移動させることとして各行為に及んだものであり、適切な保育の確保の目的下のものであって正当行為に属する旨、弁護人は主張する。
しかし、配膳時の危険除去等の真っ当な狙いがあったとの認定に行き着くことは主張が示唆するとおりであるものの、既述の行為の態様は、当時5歳という幼少のGに対し、その着衣を乱しつつ、姿勢を大きく崩しかねない程度の力を込めて不意に身体の移動をさせるものであり、成人であっても威圧され、屈辱を覚えるのが通常とみられる態様である。そして、それらの前の場面における別の保育士の所作にみられるとおり、幼少の園児に対しては、まずは口頭で適切な対処を促した上、それが功を奏しないのなら園児の身体に手を添えるなどし、声掛けを続けながら望ましい動きを漸次促す働き掛けをすべきであって、Gにそれらを試みることが不可能であったとの評価に値する事情はない。試みを省略して威圧的な態様の行為に出ることが例外的に許容されるほどの切迫した危険の存在等があったとも認められない。配膳の遅れがあったからといって許容は成り立たない。以上の見立てをするほかない被告人の暴行が、正当行為に当たるとして違法性を否定すべきものとはいえず、主張は失当である。


次に、判示第8について述べる。


関係証拠上、園児Hの関連で公訴事実により審判対象とされた被告人の行為
は、2階保育室にいたHに被告人が接触して共に2階ホールまで移動する状況下の以下の行為を指すものである。すなわち、①2階保育室内で机の上の鉛筆削りを触っていた半袖姿のHのもとへ被告人が近づき、
その鉛筆削りを取り上げるとともに、
ほぼ静止した立ち姿であったHの着衣の左袖をつかんで引っ張った行為を指すのであって、そのままHは被告人の動きと連動して室外へ連れ出されており、続いて、②室外に出た被告人が右手でHの左手を握り、手をつないだ状態で被告人が前を歩いて2階ホールに連れ立って入ってきた後、その進む方向のステージ脇の倉庫に近づいた折、手をつないだままのHが腰を落として床に脚を沿わせる姿勢になるも、被告人が前進を続けてHもこれに続き、腰を上げて元の歩く姿勢に戻るまでの様子をもって、Hの身体を引きずるなどした行為ととらえ、これを指し示している。イ
しかし、②の行為については、Hが腰を落とす姿勢になってから元の姿勢に
戻るまでの間隔が短く、瞬間的なその間隔においてHの脚が床に確かに触れたものかどうかの点、及び、触れた上でそのまま擦れるように前に移動し、引きずられたというにふさわしい事象が生じたのか否かの点が映像上も定かでないにもかかわらず、不相応の評価を加えた主張であると認められるから、引きずるなどの行為があったとする検察官の主張は採用できない。同旨をいう弁護人の主張は正当である。ウ
残る①の行為について、刑法208条所定の暴行の該当性を争う弁護人の主
張を検討したが、既述のGの場合と同様、Hに対する①の行為は、身体に手で触れた上、その意思によらない身体の移動を生じるに足る力を込めて有形力を行使するものであると認められ、暴行の該当性を肯定できる。Gの場合と同様に態様軽微であることなどをいうばかりの弁護人の主張は採用できない。

進んで、正当行為の検討をすると、体操教室担当の講師に対する最後の儀礼
としての挨拶が、Hに限り未了であり、その挨拶に出向くために声掛けをしてもHが応じないため、被告人は等しく決まり事を守らせる過程を通じてHの成長を促すべく、①の行為に及んだものであり、適切な保育の確保の目的下のものであって正当行為に属する旨、弁護人は主張する。
しかし、挨拶を遂げさせるという真っ当な狙いがあったとの認定に行き着くことは主張が示唆するとおりであるものの、Gの場合と同様に、幼少のHが威圧されかねない態様の行為であるといえる。また、手順を追って試みられるべき働き掛けが不可能であったとの評価に値する事情はなく、試みの省略が許容されるほどの危険の存在等が認められないのは明らかである。以上の見立てをするほかないHに対する被告人の暴行が、正当行為に当たるとして違法性を否定すべきものとはいえず、主張は失当である。
そこで判断内容を反映し、判示第7及び第8の各暴行罪の成立を認めた。第3
1
常習として行われた罪に当たるという検察官の主張の判断
常習一罪の成立をいう検察官の主張は、以下の根拠を指摘するものと解され
る。主張によれば、被告人は、約1年3か月間のうちに判示第1から第8の暴力行為を繰り返しており、それも、被害に遭った保育士Cの退職に至ってもなお保育士Fに対する3事件に及び、続いて行った園児Aに対する行為に関し、その母親からの指摘等を受けてもなお、園児Dに対する行為に及び、捜査が始められても園児G及びHに対する行為に及んでいるとして、以上の反復の程度が指摘されている。併せて、被告人は、自身の指示や指導に対し、保育士及び園児が芳しい成果や対応を示していないととらえると、制裁のために直情的に行為に及んでおり、このような自己中心的かつ短絡的な動機に基づく暴力行為の反復は、被告人の習癖の現れであると指摘されている。
2
しかし、反復の程度に係る検察官の指摘には、関係証拠に即した正当性があ
るものの、その余の指摘については吟味を要する。被告人に前科前歴がないことを踏まえて慎重に検討すべきとする弁護人の主張もまた正当であるゆえ、踏み込んだ吟味をしてみると、行為の態様、経緯及び動機等に係る立証の不足を取り上げなければならない。
すなわち、合計2名の保育士を被害者とする判示第1から第4については、同保育士らの供述に現れるいきさつであったと認められるから、被告人の各行為は、服従関係下の同保育士らの指揮監督場面で指示に従っていないなどととらえ、更なる指導等のための許容限度を超える暴力を手段とし、制裁の趣旨を含めた行為に出たものといえ、未必の傷害の故意が念頭に浮かぶその態様に鑑みても、経緯等に係る検察官の指摘は首肯できるが、続く判示第5のAに対する行為については当たらない。既に検討を尽くしたとおり、経緯や態様等の詳細に係るAの供述が確かなものとの評価はできず、これらの事実関係は不明である。Aのブリッジ歩きが遅いなどとする言動が被告人に現れていた等々の事実の認定には至らず、客観的状況からの推認も及ばない。低い位置にあるAの顔を平手で叩いたと認定できる以上、意図的な動作があったと推認できるが、危険の除去等の真っ当な狙いの有無について、被告人に不利な認定を導く立証はない。そして、残る判示第6のD、第7のG及び第8のHに対する各行為は、トイレで用便を済ませておくよう促すもの、給食配膳時の危険除去等のために立ち位置を改めさせるもの、及び決まり事を守るよう促すものであったと認められ、また、Dの関係では背後に被告人が位置していたためにその行為の態様の詳細が不明であることを指摘でき、G及びHの関係では各行為の直後に被告人が手を離して口頭の注意に移行したとみられる映像の存在を指摘できるのであって、制裁の趣旨が明瞭であるとはいえず、不明な部分が多いAの関係でも同様の評価が当てはまる。併せて、G及びHに対する行為の態様が軽微であるという弁護人の主張は、これらの検討の側面では無視できないものであり、態様の詳細不明であるA及びDに対する行為の関連でも同様の評価が当てはまる可能性を排斥することはできない。
3
そうすると、客観的には暴力行為の反復の程度に著しいものがあるものの、
途中で相手方の保育士の退職等が介在すると、後続の園児を相手方とする行為においては態様の程度が抑えられたものとなり、傷害を負わせている点も暴行の結果的加重犯にとどまるとの評価が動かし難く、また、制裁の趣旨を認め難いものが並ぶなど、
保育士に対する各行為とは相当に様相が異なるとの見方も成り立つのであり、これを否定し去るのは難しい。十把一絡げに同類の暴力行為の反復があったかのようにいう検察官の指摘は、採用が困難である。
4
以上に加えて被告人に前科前歴がないことに再び目を転じ、また、行為後に
被告人が止血や受傷部位を冷やす措置をしていた事実が現れていることなどの諸事情を総合すると、検察官指摘の習癖が被告人に備わっていると認めるのには疑問がある。すなわち、不法な有形力行使等に出てけがを負わせるなどの他害を生じてはならないとする規範に関し、およそ意に介していないとみられるほどに規範無視の姿勢が著しく現れていて、これを自ら改めることが難しいとみるべき人格態度が被告人に備わっていると認め、習癖としての暴力行為の常習性があると認めることについては、合理的な疑いがある。よって、常習一罪の成立をいう検察官の主張は採用できないと判断した。関連の攻撃防御は尽くされていたので、検察官の主張を排斥しつつ、有罪立証が遂げられた判示第1から第8のとおりの罪複数の成立を認定し、結論とする。
【法令の適用】
被告人の判示第1、
第5及び第6の各所為は刑法204条に、
判示第2から第4、
第7及び第8の各所為は刑法208条に該当するところ、各罪につき所定刑中いずれも懲役刑を選択し、
以上は刑法45条前段の併合罪であるから、
刑法47条本文、
10条により刑及び犯情の最も重い判示第5の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役2年に処し、刑法21条を適用して未決勾留日数中140日をその刑に算入し、情状により刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させない。
【量刑の理由】
本件は、既述の傷害3件及び暴行5件の事案であるところ、保育園内でこれら犯罪が繰り返された点を指摘し、
また、
被害者のうちに同僚の保育士2名のみならず、
園児4名が含まれている点を指摘し、保育園の副園長兼保育士であった被告人により犯罪が行われたことを指摘せねばならない。被告人は、保育士に対する指揮監督や、園児に対する保育上の指導等の場面であったにせよ、厳に戒められる暴力を用い、意に沿わない相手方への腹立ちを交えて犯罪に及んだと認められる。園児の健全な人格育成を担うはずの保育園で累積されたあるまじき犯罪の事案である。被害に遭った保育士及び園児の親が事案相応の厳しい被害感情を表していることにも鑑み、被告人に対しては、懲役刑の選択をせざるを得ない。しかし、認定に至った傷害の結果はいずれも重くなく、暴行の態様のうちに危険性の高いものや著しく悪質なものは含まれず、主要な犯情の評価は限られたものになるから、前科前歴のない被告人を実刑に処する結論には至らない。
よって、
主文の量刑を定めた次第である。
(求刑

懲役3年)

令和4年5月10日
福岡地方裁判所第3刑事部

裁判長裁判官

伊藤寛樹
裁判官

林直弘
裁判官加藤貴は転補のため署名押印できない。

裁判長裁判官

伊藤寛樹
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