判例検索β > 平成29年(わ)第427号
不正競争防止法違反
事件番号平成29(わ)427
事件名不正競争防止法違反
裁判年月日令和4年3月18日
法廷名名古屋地方裁判所
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-03-18
情報公開日2022-06-17 04:00:27
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主文
被告人両名はいずれも無罪。

第1


公訴事実

本件公訴事実は,
被告人aは,磁気センサの開発,製造及び販売等を目的とするb株式会社(以下「bという。)において,平成24年6月19日から平成25年
6月17日までの間,役員である技監として磁気センサの開発・製造に関し提言等をする業務に従事していた者,被告人cは,同社において,平成24年6月19日から平成25年12月31日までの間,従業者である生技・製造本部第3生産技術部部長として磁気センサの開発・製造業務の管理等に従事していた者であって,いずれも,
同社から,
同社が保有する営業秘密であるワイヤ整列装置の機能及び構造,
同装置等を用いてアモルファスワイヤを基板上に整列させる工程に関する技術上の情報を示されるとともに,同社に対し,前記情報の管理に係る任務を負っていたものであるが,被告人両名は,共謀の上,不正の利益を得る目的で,前記任務に背いて,
同年4月9日,
岐阜県各務原市甲町乙丁目丙番地同社q工場
(以下
本件工場
という。
)会議室において,株式会社d(以下dという。
)従業員eに対し,前
記情報を口頭及び同所に設置されたホワイトボード(以下本件ホワイトボードという。
)に図示する方法で説明し,もってbの営業秘密を開示した」というものである。
第2

検察官主張工程

検察官は,被告人両名が,平成25年4月9日の打合せ(以下本件打合せという。
)において,eに対し,ワイヤ整列装置が


引き出しチャッキングと呼ばれるつまみ部分(以下チャックという。)が

アモルファスワイヤをつまみ,一定の張力を掛けながら基板上方で右方向に移動する


アモルファスワイヤに張力を掛けたまま仮固定する㋒

基板を固定した基板固定台座を上昇させ,仮固定したアモルファスワイヤを
基準線として位置決め調整を行う


基板固定台座を上昇させ,アモルファスワイヤを基板の溝及びガイドに挿入
させ,基板固定治具に埋め込まれた磁石の磁力で仮止めする


基板の左脇でアモルファスワイヤを機械切断する



基板固定台座が下降し,次のアモルファスワイヤを挿入するために移動する


以下㋐ないし㋕を機械的に繰り返す

というワイヤ整列工程を可能とする装置である旨を口頭及び本件ホワイトボードに図示する方法で説明した旨主張し,㋐から㋖までの工程(以下検察官主張工程という。
)が,bが独自に開発・構成した一連一体の工程であって,bに帰属し,保有されているbの営業秘密である旨主張する。
なお,検察官は,検察官主張工程の内容に対応する範囲を超えて,bの保有する各ワイヤ整列装置の構造,工程の細部に至る立証はしない,と明示している。第3

争点等

弁護人は,①検察官主張工程(あるいは,同工程に関して被告人両名が本件打合せにおいて説明した情報)は,bの営業秘密ではない,②被告人両名にbの営業秘密を開示する故意はない,③被告人両名に不正の利益を得る目的はないなどと指摘して,被告人両名がいずれも無罪である旨主張し,被告人両名もそれに沿う供述をしている。
第4

判断の骨子

本件打合せにおいて被告人両名がeに説明した情報は,アモルファスワイヤを基板上に整列させる工程に関するものではあるが,bの保有するワイヤ整列装置の構造や同装置を用いてアモルファスワイヤを基板上に整列させる工程とは,工程における重要なプロセスに関して大きく異なる部分がある。また,上記情報のうち検察官主張工程に対応する部分は,アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるための工夫がそぎ落とされ,余りにも抽象化,一般化されすぎていて,一連一体の工程として見ても,ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまり,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえないので,営業秘密の三要件(秘密管理性,有用性,非公知性)のうち,非公知性の要件を満たすとはいえない。
したがって,
被告人両名は,
本件打合せにおいて,
bの営業秘密を開示したとはいえない。
また,仮に,被告人両名の行為が客観的には営業秘密開示行為に該当するという見解を採ったとしても(この仮定は,当裁判所の見解ではない。,被告人両名にお)
いて,本件打合せでeに説明した情報について,bの営業秘密に該当しないと考えていた疑いが残り,そのように考えたことについて,相当な理由があるといえることなどからすると,被告人両名について,故意責任を問うことはできない。よって,被告人両名は無罪である。
第5

前提事実

以下の事実は,関係証拠から,容易に認めることができる。
1
MIセンサ

bは,平成10年頃,MI(マグネット・インピーダンス)効果を活用したセンサ(以下MIセンサという。
)の商品化を目指すプロジェクトを立ち上げた。
MIセンサの基幹部品であるMI素子を製造するために用いられるアモルファスワイヤは,磁性を帯びた金属細線であり,極めて細くて,ひずみに弱く,微小な静電気や磁気,
空気の流れ等にも影響され,
応力を加えられると磁気特性が変化する,
といった特性を持っていた。
2
bにおけるワイヤ整列装置の開発

bは,平成11年3月から,技術本部電子・磁性部長(当時)被告人aを責任者として,科学技術振興事業団(当時,以下JSTという。
)から補助金を得て,
車載用MIセンサの開発を行い,
MI素子を量産するための装置の開発を目指した。
そして,bは,この過程において,平成12年11月頃,基板上にアモルファスワイヤを整列させることのできるワイヤ整列装置(以下1号機という。)の開発に成功した。1号機の製作等は,f株式会社(以下fという。)に依頼して行われ
た。
3
b1号機



1号機の特徴等

1号機は,一辺60mmの正方形セラミック製基板に約0.7mmの間隔で設けられた幅約50μmの溝に直径30μmのアモルファスワイヤを1本ずつ入れることで,基板上に72本のワイヤを整列させることができた。


1号機の工程

1号機の主な工程は,以下のとおりである。

基板を基板固定治具に装着して基板固定台座にセットし,同台座をワイヤが
引き出される場所の直下付近まで移動させる。

チャックがボビンに巻かれたワイヤ(以下ワイヤ供給部という。
)を6本

同時につかんで,張力を掛けながら基板上方で左から右方向に移動する(以下,装置を正面から見て左右方向を
X軸方向X軸方向に対して水平に直角に交わる方

向をY軸方向という。。


ワイヤの位置を保持するために,ワイヤ供給部から基板左端までの間に,ガイド等と呼ばれる,シート磁石が埋め込まれた溝を設けるなどした機構が設置されていたが,チャック以外にワイヤを直接狭圧する機構はない。ワイヤ供給部のボビンにパーマトルクモーターが設置されていて,ワイヤにバックテンションを掛けることで,ワイヤを直線状に保つ。

顕微鏡を見ながら基板固定台座を動かすなどして基板の溝とワイヤの位置決
め調整を行う。

基板をワイヤから約0.5mmの位置まで上昇させた後,基板の左右の一方
を傾斜させる
(以下
傾斜上昇
という。とともに基板を揺らしながら上昇させ

(以
下揺動上昇という。,基板を一方の端からワイヤに近づけながら基板の溝にワ)
イヤを入れる。カ

ワイヤを基板の溝と基板固定治具に埋め込まれた磁石の磁力で基板に仮固定
する。同磁石は,N極とS極が交互に配置された多極化されたものが用いられていた。

ワイヤに掛けていたバックテンションを解放して,
ワイヤの張力を解放する。


ワイヤを基板の左脇で機械刃を垂直方向に動かして切断する。切断時にワイ
ヤが跳ね上がらないようにするために,切断刃近くに磁石が設置されていた。ケ
チャックが開放され,チャックに付着したワイヤをワイヤ払い機構によ
り払う。

基板固定台座が下降し,Y軸方向に移動する。


上記イないしコの工程を機械的に繰り返す(エの顕微鏡による位置決め調整
は行う必要がない。。


2回目以降の切断の際には,先に挿入したワイヤに刃が干渉しないよう,前
回の切断部より若干左側でワイヤを切断する。
4
b2号機



2号機の開発

bは,平成15年12月頃,1号機を改良したワイヤ整列装置(以下2号機という。
)の製作等をfに依頼し,その後,2号機の開発に成功した。


2号機の工程

2号機の工程は,
基本的には1号機と同様のものであったが,
以下の点において,
1号機と異なっている。

1号機ではワイヤは直径30μmのものが用いられていたところ,2号機で
は直径20μmのものが用いられた。

1号機では顕微鏡を用いて基板とワイヤの位置決め調整が行われていたとこ
ろ,2号機の全自動モードでは,CCDカメラを用いて基板上に複数設けられた基準マークを画像認識することにより位置決め調整ができることになった。ウ
1号機では,刃を垂直方向に動かしてワイヤを切断していたが,不具合があったため,2号機では,刃を水平方向に動かしてワイヤを切断することとされた。エ
バックテンションを掛ける際の荷重は,1号機では約8gとされていたが,
ワイヤ径が細くなったので,2号機では約5gとされた。
なお,検察官は,論告において,2号機についてだけ,基板固定台座を二段階にわたり上昇させるという工程になっていた旨主張する。しかし,1号機開発に携わったb従業員gは,
1号機の構想段階から,
二段階上昇の方法を検討していて,
1号機にも二段階上昇が採用されていた趣旨の証言をしており,この点に関する検察官の主張を採用することができない。
5
b3号機



3号機の開発

bは,
平成18年10月頃,
1号機と2号機を大幅に改良したワイヤ整列装置
(以
下3号機という。
)の製作をfに依頼し,その後,3号機の開発に成功した。
3号機は,基板上に約0.4mmの間隔で128本のワイヤを整列させることができた。


3号機の工程

3号機の工程は,以下の点において,2号機と異なっている。

2号機ではワイヤは直径20μmのものが用いられていたところ,3号機で
は直径10μmのものが用いられた。

2号機で用いる基板には,ワイヤを挿入するための溝が掘られていたが,溝
の精度に難点があったために,3号機で用いる基板には,溝の代わりに,幅約30μm,深さ約20μmの樹脂状の突起物を設け,ワイヤを突起物と突起物の間に挿入させることになった。

2号機では,張力を掛けながらワイヤが引き出されていたが,3号機では,
ワイヤ供給部のボビンのモーターを正転させて,張力をなるべく掛けずにワイヤを送り出すことになった。すなわち,3号機では,モーターの正転によるワイヤの送り出しを終えた後,ボビンを逆回転させてバックテンションを掛ける方法でワイヤに張力を掛けることとされた。エ
2号機では,
基板を傾斜上昇,
揺動上昇させることができたが,
3号機では,

基板固定台座を上昇させる際,基板を傾斜も揺動もさせないことになった(なお,gは,基板を揺動上昇させるのは1号機だけである旨証言しているが,2号機の設定画面(弁40図16)に,揺らし量の設定項目があることなどからすると,実際の工程で揺動させていたかはともかくとして,被告人aが説明するとおり,2号機についても,基板を揺動上昇させることができたと認められる。。)

2号機では,基板の左脇で,機械刃を用いてワイヤを切断していたが,3号
機では,基板上の左端付近で青色レーザを用いて切断することになった。カ
2号機では,切断後,
ワイヤ払い機構によりワイヤをチャックから引き離

す必要があった上,基板の左右の両端からワイヤがはみ出ていた。これに対し,3号機では,切断後のワイヤをチャックから引き離すとともに,ワイヤが基板右端から,はみ出ないようにするために,ワイヤ供給部と基板との間に,ワイヤロック
とワイヤ引き戻しという機構が設置され,ワイヤを基板上方右側まで送り出した後,チャックの爪を半開きにするとともに,
ワイヤロックによりワイヤ供給部
のボビンとワイヤ引き戻しの間でワイヤを押さえ,
ワイヤ引き戻しによりワ
イヤを同供給部方向に少し引き戻し,チャックの爪からワイヤを引き抜くこととされた。これにより,3号機では,
ワイヤ払い機構を使わずに,チャックの爪から
ワイヤを離すことができるようになった上,ワイヤの先端も基板の右端付近まで引き戻され,これに加えて,基板上の左端でワイヤを切断することで,基板の左右両端からワイヤがはみ出ないようになった。

2号機では,チャックで6本同時にワイヤをつかんでいたところ,3号機で
は8本同時につかむことができるようになった。
6
d白金固定システム



概要

dは,平成22年頃,
生体及び非白金系触媒ウェル用白金固定システムという装置を製作した(以下d白金固定システムという。。)


工程

d白金固定システムには,プラチナワイヤ(白金線)を金型の溝に挿入する以下のような工程がある。

ワイヤ供給部のボビンからチャックで直径10μmのワイヤ1本をつかんで,
一定の張力を掛けてX軸方向(右方向)に引き出す。

引き出されたワイヤの上下の位置に金型が設置され,金型がワイヤを挟んで
合わさると中に立方体の空洞が6個できるようになっている。また,下側の金型には,ワイヤを挿入するための幅の広いV字型の溝がX軸方向に設けられていた。ウ
ワイヤが引き出されると,下側の金型が上昇し,引き出されたワイヤに押し
付けられ,ワイヤを溝に挿入させる。

ワイヤの位置を固定するため,チャックでワイヤをつかんだまま,ピンの付
いた機構を下げて,立方体の空洞ができる場所以外の部分でワイヤを押さえる。オ
上側の金型が下降し,ワイヤの入った下側の金型と組み合わさる。

金型の中にできた立方体の空洞の中に樹脂を流し込み,ワイヤを樹脂で固め
る。

第6
1
樹脂が固まると金型から上記ピンを抜き,金型ごと装置から外す。被告人両名が説明した情報の営業秘密該当性
本件打合せ

信用性の高いe証言,eが作成していたノート(甲31,以下eノートという。
)の記載,本件ホワイトボード(甲39資料1)の記載等関係証拠によれば,本件打合せにおいて,以下のようなやり取りがされたことが認められる。⑴

本件打合せでは,被告人両名が,eに対し,dに製作を依頼する装置の要求
仕様について説明した。被告人cは,本件打合せが始まる前に本件ホワイトボードに以下のとおり仕様概要を書いた(明らかな誤字等については修正した。。)
仕様概要ワイヤ送りピッチ
ワイヤ径

5ないし10μm

張り基板サイズ
基板材質

1μmで変則可能

60mm×60mm

シリコンウエハー

その他仕様
試験機のため必要部位以外手動可
ワイヤ固定方法は別途
ワイヤ張り時の方向(水平,垂直)
ワイヤ引き込み速度

最大分速1.2m

基板へのセットはワイヤー引き出し後上昇方式(水平移動)
ユーティリティはメーカー希望
ボビン径は別途


その際,被告人らは,eに対し,60mm四方のシリコン基板にアモルファ
スワイヤを平行に並べていきたいと説明した。被告人らは,基板上に50μmの間隔に設置されたピンの間等にワイヤを収めればいい,基板の上にワイヤを張る際,張力を掛けてまっすぐぴんと張りたい,などと説明した。


被告人らは,eに対し,本件ホワイトボードに書かれた模式図を用いるなど
して,チャックでワイヤを1本つかみ,ワイヤ供給部のボビンからワイヤを引き出し,張力を掛けて基板の上方に引っ張り出した後,基板を上昇させて,ワイヤを基板上に設けられたピンの間等に挿入させる方法により,ワイヤを基板上に並べる,その後,ワイヤを切断して,基板を一度下げ,次のワイヤを同様に基板の上方に引っ張り出し,基板をY軸方向に移動させて基板上のピンの間等に挿入させる,これを繰り返す,などと説明した。


本件打合せでは,ワイヤの切断方法についても話し合われた。被告人らは,
切断の際,
基板上のワイヤが跳ね上がらないようにするため,
ワイヤを
仮押さえ
しないといけないと説明した。被告人らは,基板の左脇に,棒状のものを2つ設置して,ワイヤを仮押さえし,2つの棒状のものの間でYAGレーザにより切断する方法を説明した。これに対し,eは,レーザを,はさみやニッパで代用できるのではないかと提案した。被告人aは,eに対し,
仮押さえをしただけでは,切
断後,ワイヤ供給部側のワイヤが緩むのではないか,と質問した。これに対し,eは,切断部分と張力を掛ける機構との間で,ワイヤをつまむので,同供給部側のワイヤが緩むことはないなどと回答した。


本件打合せでは,切断後,基板上のワイヤがずれるのを防ぐための方策につ
いても話し合われた。eは,被告人らに対し,基板の外側に両面テープのような粘着質のものを用意して,そこにワイヤを貼り付ける方法と基板の外枠に瞬間接着剤のようなものを滴下してワイヤを固定する方法を提案した。これに対し,被告人らは,磁石の力でワイヤを貼り付ける方法があり,その方が,eが提案した方法よりもよいと思うと回答した。被告人らは,本件ホワイトボードに図示するなどして,基板固定台座に磁石を埋め込んだ治具を載せることを説明した。被告人らは,eに対し,被告人らの方で治具を作ると説明し,磁石の種類,材料,大きさ等に関する説明をしなかった。


本件打合せでは,基板上に並べるワイヤの位置をずれないようにする方法に
ついても話し合われた。eは,被告人らに対し,U字の溝付きローラを,引き出されたワイヤの上方に,基板の左右両側に配置し,上昇してきた基板により持ち上げられたワイヤを同ローラのU字の溝に入れる方法を提案した。


ワイヤを平行に並べるという要求仕様との関係では,
被告人らは,
eに対し,

ワイヤの間隔を200ないし300μmとして,
±1μmの精度になるよう求めた。
また,被告人らは,基板をY軸方向に移動させる際,基板を50μmずつ動かす機構と1μmずつ動かす機構の2つの動きが必要になるのではないかと提案した。⑻

ワイヤの強度に見合う設計とするために,ワイヤの強度を被告人らからeに
後日連絡することになった。本件打合せにおいて,被告人らから,ワイヤをぴんと張りたいという説明はあったものの,ワイヤを強く引っ張ることのできる装置にしたいとか,ワイヤを引っ張る際の荷重に関する数値の説明はなかった。2
e証言の信用性

上記1記載の認定事実に沿うe証言は,その限度では,被告人両名の供述と整合しない部分を含めて信用できる。その理由は,以下のとおりである。この点に関するe証言の内容は,全体として,本件ホワイトボードの記載だけでなく,eノートの記載内容とよく整合している。
また,被告人らから,基板上の50μmの間隔に設置されたピンの間にワイヤを収めればよいと言われたと証言している部分は,eが被告人らから要求仕様の説明を聞く立場にあったこと,eがそれまで基板上のピンの間にワイヤを入れる方法でワイヤを並べた経験がなかったこと,eがノートに,50μmの間隔に立てられたピンの間にワイヤが挿入された図だけでなく,ピンがたててある間に入ればよい」,「50μm(将来は30とか20とか?)などと,被告人らから説明を受けたということと整合する事項まで記録していることなどからすると,説得的である。被告人らから,チャックでワイヤをつかみ,ワイヤ供給部から,ワイヤを引き出し,張力を掛けて基板の上方に引っ張り出し,基板を上昇させて,ワイヤをピンの間に挿入させる方法により,ワイヤを基板上に並べるなどと工程に関する説明を受けたとeが証言している部分は,eノートの記載と整合していること,本件ホワイトボードにワイヤ供給部のボビンから基板左脇の2つの棒状のものによる仮押さえまでの間の構造も相応に詳しく記載されていることなどからすると,説得的である。
e証言のうち,ワイヤを強く引っ張る荷重に関する数値の説明を受けていないという部分は,eノートに,荷重に関する数値が記載されていないこととよく整合する。
3
被告人両名の供述



被告人aの供述

被告人aは,当公判廷において,本件打合せにおけるやり取りについて,以下の点で認定事実に反する供述をしている。ア
eから,基板にワイヤを張るときに,何も印がないと,どこに張っていいか
分からないから,ワイヤを張る位置をピンで指定してほしい,50μmの幅でピンの間に入れるのはどうかと言われた。これに対して,私は,溝がある,我々が飛び出さないようにする,万一,外れるときはピンも考えられるが,幅50μmではなく,幅20ないし30μmになると説明した。

eに対し,100kgくらいでワイヤを引っ張りたいと尋ねると,eから,
150kgでも簡単にできますよ,と言われた。本件ホワイトボード等に,その記載がないのは,わざわざ書くほどの内容ではなかったからだと思う。ウ
ワイヤ供給部から仮押さえまでの間の図は,切断時にボビンからワイヤ
が飛び出す,という説明をしたときに書いた。逆U字型の部分は,張力制御装置ではなく,ワイヤを引き出すときにワイヤの断線を防ぐために,ワイヤの張力や引っ張り速度をならすダンサローラである。ワイヤ供給部からワイヤを引き出して基板に張るといった説明はしていない。


被告人cの供述

被告人cは,当公判廷において,以下の点で認定事実に反する供述をしている。ア
本件ホワイトボードには,ワイヤ供給部からワイヤを引っ張る場面は記載さ
れていない。

eは,被告人aから,ワイヤに掛ける張力は100kgくらいでもできるか
と尋ねられると,150kgでも大丈夫だと回答していた。


被告人両名の供述の信用性

被告人両名の公判供述のうち,前記1記載の認定事実に反する部分は,信用できない。
被告人aがeに対しワイヤに掛ける張力は100kgくらいでもできるかと尋ねた,という部分は,eノートや本件ホワイトボードにその旨の記載が見当たらず,客観的な裏付けがない。eノートや本件ホワイトボードには,被告人らが説明した数値が相当細かく記載されているのに,この点について話題に出たのに数値の記載が一切ないのは不自然である。
また,eがピンの間にワイヤを入れる話をした,というのは,eノートの記載とも整合しない。
さらに,ワイヤ供給部からワイヤを引っ張る工程について説明していないという部分は,本件ホワイトボードの記載だけでなく,eノートの記載とも整合しない。4
被告人両名による説明内容



証拠上認定できる説明内容

本件打合せにおいて被告人両名がeに実際に説明した,ワイヤ整列工程に関する情報(検察官主張工程以外の情報も含む。
)は,以下のように認定できる。


チャックが,ワイヤ供給部から直径5ないし10μmのアモルファスワイヤ
をつまみ,ワイヤに張力を掛けて,最大分速1.2mの引込速度で,基板上方で右方向に移動する。


アモルファスワイヤに,まっすぐぴんと張る程度に張力を掛けて,基板の左
脇で,2つの棒状のもので仮押さえをする方法により仮固定する。㋒

60mm四方のシリコン製基板を固定した台座を上昇させ,アモルファスワ
イヤと基板の溝等との位置決め調整を行う。


アモルファスワイヤを,基板に設けられた50μm間隔のピンの間等に挿入
させ,基板固定台座に磁石を埋め込んだ治具を設置し,その磁石の磁力で仮止めする。


上記㋑記載の2つの棒状のものの間で,張力を掛けたままYAGレーザで切
断する。


基板固定台座が下降し,
次のアモルファスワイヤを挿入するために移動する。

各ワイヤの間隔を200ないし300μmとし,基板を50μmずつ動かす機構と1μmずつ動かす機構の2つの動きが必要になる。


以下㋐ないし㋕の工程を機械的に繰り返す。⑵

検察官の主張に対する判断

検察官は,
工程㋒,
㋓に関して,仮固定したアモルファスワイヤを基準線として」
位置決め調整を行うとの工程情報がbのワイヤ整列装置の工程であることを前提に,本件打合せにおいて,被告人両名から,その工程情報が開示された旨主張する。しかし,本件当時,bのワイヤ整列装置が,いずれも,ワイヤを基準線として位置決め調整を行っていたとは言い難い。すなわち,bのワイヤ整列装置は,ワイヤ供給部と基板との間の「ガイドや基板左脇の切断ガイド(1号機,2号機)

先端ガイド
(3号機)等で,コイルから引き出されたワイヤの位置を安定させ,上昇してきた基板の溝等にワイヤを誘導する方法が採られていた。また,1号機や2号機では,基板を上昇させる際,揺動させて溝の位置ずれに対応していた。このような方法であったのであるから,仮固定したアモルファスワイヤを基準線として位置決め調整を行うとの工程情報がbのワイヤ整列装置の工程であるとは言い難い。また,e証言を前提としても,本件打合せにおいて,ワイヤと基板の溝等との位置決め調整の議論をしたとは認められるものの,
仮固定したアモルファスワイヤを基準線とするという趣旨の説明を被告人両名がしたとまでは認定することができない。
いずれにせよ,この点に関する検察官の主張は採用できない。
5
営業秘密該当性(非公知性要件)



検察官の主張

検察官は,①検察官主張工程は,アモルファスワイヤを基板上に整列する作業をMI素子の量産が可能になる程度の機械的効率性,安定性を実現しつつ,自動化する,という開発目標を達成するために,bが独自に開発・構成した一連一体の基本工程である,②本件営業秘密の本質は,❶bが数ある選択肢の中から,微小な静電気や空気の流れにさえ影響され,これによりねじれが生じたり,動いてしまうというアモルファスワイヤの特性を踏まえ,この特性に対する解決策を盛り込んだ機械とする,❷応力を加えるとその磁気特性が変化するというアモルファスワイヤの特性を踏まえ,なるべく応力を掛けないかたちで基板上にアモルファスワイヤを整列させる,❸量産工程を開発する,という開発命題に従って検察官主張工程㋐ないし㋖の方法を選択し,これを組み合わせて一連一体の工程とした点に求められる,③検察官主張工程は,1号機ないし3号機の全てに具現化されていて共通して存在する工程である,などと指摘して,検察官主張工程は,世の中に知られていない技術であって,非公知性は明らかに認められる旨主張する。


結論

本件打合せにおいて被告人両名がeに実際に説明した,ワイヤ整列工程に関する情報のうち,検察官主張工程と共通する部分(以下本件実開示情報という。)が
bの営業秘密であるとは認められない。
すなわち,被告人両名が説明した情報は,アモルファスワイヤを基板上に整列させる工程に関するものではあるが,bのワイヤ整列装置の機能・構造,同装置等を用いてアモルファスワイヤを基板上に整列させる工程と大きく異なる部分がある。また,本件実開示情報は,アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるための工夫がそぎ落とされ,
余りにも抽象化,
一般化されすぎていて,
一連一体の工程として見ても,ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまるので,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。そうすると,本件実開示情報は,非公知性があるとは認められない。⑶

bの工程と大きく異なる部分

本件打合せにおいて被告人両名が説明した情報は,bのワイヤ整列装置の工程と重要なプロセスに関して,大きく異なる部分がある。すなわち,工程㋑に関して,bのワイヤ整列装置では,なるべくアモルファスワイヤに応力を加えないようにするために,基板の手前にシート磁石が埋め込まれた溝(
ガイド
)を設置したり,
切断刃近くに磁石を設置したりしてワイヤの位置を保持し,チャック以外では,ワイヤになるべく触れずに挟圧しない方法が採られている(ただし,3号機では,ワイヤロックによる挟圧はされている。。
)これに対し,被告人両名が説明した情報は,前記のとおり,まっすぐにぴんと張る程度に張力を掛けて引き出されたワイヤを2つの棒状のもので仮押さえをするというものである。この工程は,ワイヤを基板の溝等に挿入して整列させる工程において,
ワイヤ引き出し仮固定切断といった重要なプロセスに関する


ものである。被告人両名が説明した情報は,bのワイヤ整列装置の工程と重要なプロセスに関して大きく異なるところがある。


一連一体の工程としての非公知性

本件実開示情報は,アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるための工夫がそぎ落とされ,余りにも抽象化,一般化されすぎていて,一連一体の工程として見ても,ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまるので,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。

工程㋐(ワイヤ引き出し)について

工程㋐について,直径10μmのアモルファスワイヤを取り扱う3号機では,ワイヤ供給部のボビンに設置されたモーターを正転させて,張力をなるべく掛けずにワイヤを送り出し,
挿入の直前に,
モーターを逆回転させて張力を掛ける,
その後,
チャックの爪を半開きにするといった工夫が施されていた。これらの工夫により,極細のアモルファスワイヤを断線させたり,その特性を損ねたりすることなく,ワイヤを送り出すことができていた。
被告人両名は,本件打合せにおいて,これらの工夫に関する情報を開示していない。被告人両名が説明した情報のうち,bのやり方と共通するチャックがワイヤをつまみ,基板上方で右方向に移動するという工程は,基板上にワイヤを直線状に並べるやり方として比較的単純なものであるといえ,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。現に,d白金固定システムでも,チャックでワイヤをつかんでボビンに巻かれた白金線を一定の張力を掛けながら引き出すという方法が採られており,dが,その方法を営業秘密として管理していたわけではない。イ
工程㋑(仮固定)について

工程㋑について,bのワイヤ整列装置では,前記のとおり,
ガイド切断ガイ,ド先端ガイドといった機構を設置して,基板の手前にシート磁石が埋め込ま,
れた溝を設置したり,
切断刃近くに磁石を設置したりして,
ワイヤの位置を保持し,
チャック以外では,ワイヤになるべく触れずに挟圧しない方法が採られていた。被告人両名は,本件打合せにおいて,これらの機構や方法に関する情報を開示していない。被告人両名が説明した情報は,前記のとおり,アモルファスワイヤを2つの棒状のもので仮押さえをするというものであり,bのワイヤ整列装置の機構や方法とは大きく異なるものである。被告人両名が説明した情報のうち,bのやり方と共通するワイヤに張力を掛けたまま仮固定するという工程は,基板上にワイヤを直線状に並べようとすれば,当然のことであるといわざるを得ないものであり,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない(なお,g証人も,
仮固定という工程が技術レポート(弁9,以下gレポートと
いう。
)等に明記されているわけではなく,ワイヤをチャックでつかんで,引っ張って,待機している状態を指すにすぎない旨証言している。。


工程㋒(位置決め調整)について

工程㋒について,bのワイヤ整列装置では,1号機では顕微鏡を用いて,位置決め調整を行う方法が採られていた。また,2号機,3号機では,基板上に設けられた基準マークを画像認識することにより,工程㋐の前に位置決め調整を行うという工夫がされていた。
被告人両名は,本件打合せにおいて,これらの位置決め調整のための工夫等に関する情報を開示していない。被告人両名が説明した情報のうち,bのやり方と共通するのは,
基板を固定した基板固定台座を上昇させ,ワイヤと基板の溝等との位置決め調整を行うという部分である。このうち,前段の基板を固定した基板固定台座を上昇させるという部分は,ワイヤを基板上に並べるためには,ワイヤと基板を接近させることが当然必要となり,そのためには,ワイヤを基板側に近づけるか,基板をワイヤ側に近づけるか,あるいは両者をそれぞれ動かして近づけるといった方法によるのが自然な発想である。基板をワイヤ側に上昇させる方法が一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。現に,d白金固定システムでも,下側の金型にV字の溝を掘って,それを上昇させることで,白金線を溝に入れるという方法が採られており,dが,その方法を営業秘密として管理していたわけではない。また,bのやり方と共通する工程のうち,後段のワイヤと基板の溝等との位置決め調整を行うという部分は,ワイヤを基板の溝等に挿入してワイヤを基板上に整列させる以上,当然,必要になると考えられる工程であり,位置決め調整を行うということ自体は,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。なお,基板にピンを立ててその間にワイヤを挿入すること自体は,平成23年9月20日,
広レンジタイプMI素子の開発とその特性
との演題で行われ
た講演会(以下平成23年講演会という。
)において,b従業員h,被告人aら
が発表しており,公知情報になっているといえる。

工程㋓(仮止め)について

工程㋓について,bのワイヤ整列装置では,ワイヤを仮止めするために,基板固定治具に多極化された磁石を埋め込む工夫がされていた。
被告人両名は,本件打合せにおいて,基板固定台座に磁石を埋め込んだ治具を載せ,磁石の磁力でアモルファスワイヤを仮止めする旨の説明はしている。しかし,アモルファスワイヤを基板上で仮止めするためには,普通の磁石を基板固定治具に埋め込むだけでは,うまくいくとは考えにくく,磁石を多極化するなどの工夫が必要になるところ,被告人両名は,本件打合せにおいて,基板固定治具に埋め込む磁石を多極化したものにする必要があること,その配置のやり方,大きさ等について一切説明していない。

工程㋔(切断)について工程㋔について,bのワイヤ整列装置では,ワイヤの張力を解放した後に切断する工夫がされていた。また,3号機では,基板の外側ではなく,基板内において青色レーザで切断する工夫もされていた。
被告人両名は,本件打合せにおいて,切断前に張力を解放することや基板内において青色レーザで切断する工夫を説明していない(なお,1号機,2号機では,機械切断がされ,切断刃近くに磁石を設置して,ワイヤの跳ね上がりを防ぐ,といった工夫がされていた。本件打合せにおいて,はさみやニッパによる機械切断を提案したのはeであり,被告人両名から機械による切断やその際の工夫を説明していない。。かえって,被告人両名は,前記のとおり,ワイヤを2つの棒状のもので仮)押さえをし,その間でYAGレーザで切断するという,bのやり方とは大きく異なるやり方を説明した。
被告人両名が説明した情報のうち,bのやり方と共通するワイヤを切断するという工程は,もともと長い線状で販売されているワイヤを基板に並べるためには当然必要となり,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。
なお,ワイヤを基板の左脇で切断する,という工程(3号機では,基板上で切断されており,やり方が共通するとはいえない。
)も,ワイヤ供給部が基板の左方向に
あり,基板上方で右方向にワイヤを引き出したのであれば,自然な発想であり,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。カ
工程㋕(基板固定台座の移動)について

工程㋕について,
被告人両名が説明した情報のうち,
bのやり方と共通するのは,
基板固定台座が下降し,次のアモルファスワイヤを挿入するためにY軸方向に移動するという部分である。基板上の溝等にワイヤを挿入した後,次の溝等にワイヤを挿入するためには,ワイヤと次の溝等とを接近させることが当然必要となり,そのためには,ワイヤを移動させるか,基板側を移動させるか,あるいは両者をそれぞれ動かすといった方法によるのが自然な発想である。基板側を移動させる方法が一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。また,基板を移動させる際,基板固定台座を上下に昇降させるというのも,それだけでは単純なやり方であるといえ,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。

工程㋖(繰り返し)について

工程㋖について,1号機,2号機では,連続運転をするために,切断後,チャックに付着したワイヤをワイヤ払い機構により払うという工夫がされていた。また,3号機では,
ワイヤ払い機構に変えて,工程㋓と工程㋔との間に設けられた
ワイヤ引き戻し機構により,ワイヤを左側に引き戻すなどして,爪を半開きにしたチャックからワイヤを引き抜くなどの工夫がされていた。
被告人両名は,本件打合せにおいて,これらの連続運転を実現するための工夫に関する情報を開示していない。被告人両名が説明した情報のうち,bのやり方と共通する㋐ないし㋕の工程を機械的に繰り返すという工程は,連続運転をする以上,当然必要となり,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。

一連一体の工程
本件実開示情報

以上の検討のとおり,
本件実開示情報は,
以下のようなものであると認められる。


チャックがワイヤをつまみ,基板上方で右方向に移動する(前記のとおり,
3号機では,ボビンを正転させて,なるべく張力を掛けずにワイヤを送り出しており,チャックが一定の張力を掛けながらワイヤを右方向に移動するとはいえないので,
一定の張力を掛けながらというのは共通して存在する工程とはいえない。。)


ワイヤに張力を掛けたまま仮固定する。



基板を固定した基板固定台座を上昇させ,ワイヤと基板の溝等の位置決め調
整を行う(前記のとおり,bのワイヤ整列装置は,本件当時,
仮固定したワイヤを基準線として位置決め調整を行っていたとはいえない。。)㋓

基板固定台座を上昇させ,ワイヤを基板の溝等に挿入させ,基板固定治具に
埋め込まれた磁石の磁力で仮止めする。


ワイヤを切断する(前記のとおり,3号機では,厳密には基板の左脇で切断
していたとはいえないし,機械切断ではない。。



基板固定台座が下降し,次のワイヤを挿入するためにY軸方向に移動する。


以下㋐ないし㋕の工程を機械的に繰り返す。
当裁判所の判断

本件実開示情報は,一連一体の工程として見ても,非公知性の要件を満たすとはいえない。
すなわち,被告人両名は,前記のとおり,アモルファスワイヤの特性を踏まえ,基板上にワイヤを精密に並べる上で重要になるはずのbのワイヤ整列装置に備わっている工夫に関する情報,例えば,位置決め調整におけるCCDカメラの活用,ワイヤ引き出し時(送り出し時)におけるモーターの回転方法,ワイヤの仮固定におけるガイド等の機構,基板上の溝等に仮止めする際の磁石の配置,ワイヤがチャックに付着し続けないようにするための工夫等について,eに対して説明していない。
また,本件実開示情報は,アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるために重要となるはずの情報がそぎ落とされ,余りにも抽象化,一般化されすぎていて,一連一体の工程として見ても,ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまるので,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。
検察官の主張に対する判断
前記検察官の主張
(5⑴)
について判断すると,
確かに,
1号機ないし3号機は,
bが独自に開発したものであり,アモルファスワイヤの特性を踏まえ,基板上にワイヤを精密に並べるための工夫が含まれた工程そのものは,非公知性の要件を満たすと考えられる(秘密管理性,保有者性等については別途検討する。。また,ある)情報の断片が様々な公刊物に掲載されるなどして,その断片を集めてきた場合,当該営業秘密たる情報に近い情報が再構成され得るからといって,そのことをもって直ちに非公知性が否定されるわけではない。そして,開示者が,営業秘密保有者から入手した営業秘密の一部やそれを抽象化,一般化したものを開示した場合,あるいは,その一部をアレンジして開示した場合であっても,営業秘密を開示したといえる場合もあり得る。さらに,1号機ないし3号機の全てに共通する工程も一応存在するとはいえる。
しかし,本件打合せにおいて,被告人両名は,1号機ないし3号機の機能及び構造,各装置を用いてワイヤを基板上に整列させる工程そのものを開示したわけではない。そして,複数の情報の総体としての情報については,なお,当該情報が非公知である,というためには,組合せの容易性,取得に要する時間や資金等のコスト等を考慮し,営業秘密保有者の管理下以外で一般的に入手できるかどうかによって判断されるべきであるが,本件についていえば,本件実開示情報は,真の工夫に関する情報がそぎ落とされ,組合せとして見ても,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえない。
ある工程に関する説明内容と被侵害者の保有する工程に関する営業秘密を比較する場合,真実,被侵害者の保有する営業秘密とは異なる情報であったとしても,その課題,目標が共通のものであると,両者を抽象化,一般化していくと,いずれかの段階で,何らかの共通部分を見いだすことが可能になる場合がほとんどである。アモルファスワイヤを基板上に並べる,という課題,目標についていえば,ワイヤがリールに巻かれて販売されているのであるから,通常の工程としては,リールから引き出すなどしてワイヤを直線状にすることが必要になる。また,基板上に並べる場所とワイヤの位置合わせも必要になる。さらに,ワイヤを切断することも必要になる。そして,2本以上のワイヤを基板上に並べるのであれば,そのような工程を機械的に繰り返す必要がある。これらの工程が必要になること自体は,容易に知ることができ,工程の内容も,抽象化,一般化されていくと,ありふれた工程に近づいていき,一般的に知られているか容易に知ることができる内容に成り下がってしまう。
ある工程に関する説明内容と被侵害者の保有する工程に関する営業秘密を比較して,両者の技術情報の違いが大きかったり,説明内容から真の工夫がそぎ落とされたりした場合には,工程を相当抽象化,一般化していって初めて共通部分を見いだすことができることになる。本件打合せにおける被告人両名のワイヤ整列工程に関する説明内容は,工程における重要なプロセスに関してbのワイヤ整列装置の工程と大きく異なる部分があったり,bの保有するワイヤ整列工程に関する営業秘密の真の工夫がそぎ落とされたりしたために,bの営業秘密と共通する部分としては,一般的に知られているか容易に知ることができる内容になってしまったといわざるを得ない。
非公知性の要件に関する検察官の主張は採用できない。
なお,抽象化,一般化されすぎた情報については,事業活動にとって有用であるとはいえないとして,有用性の要件を欠くという説明もあり得よう。当裁判所は,非公知性の要件を欠くと考えたが,有用性の要件を欠くという立場を採ったとしても,被告人両名の行為がbの営業秘密を開示したとはいえない,という結論は変わらない。
第7
1
故意責任
結論

仮に,本件実開示情報がbの営業秘密であると認められるという見解を採り,被告人両名の行為が客観的には営業秘密開示行為に該当するという見解を採ったとしても(この仮定は,当裁判所の見解ではない。,被告人両名において,本件打合せ)
でeに説明した情報について,
bの営業秘密に該当しないと考えていた疑いが残り,
そのように考えたことについて,相当な理由があるといえることなどからすると,被告人両名について,故意責任を問うことはできない。
2
認定事実関係証拠によれば,以下の事実が認められる。


bは,
1号機の開発に成功した後,平成13年9月3日付けで,JSTに開発実施報告書
(弁10,以下本件報告書という。
)を提出した。本件報告書に
は,以下の記載がある(32頁)

ワイヤ張り機について説明する。(略)装置の構成としては,アモルファスワイヤを固定するリールユニット(A部),アモルファスワイヤを掴み引き出しを行うワイヤチャックユニット(B部),引き出しユニット(C部),アモルファスワイヤを切断するワイヤ切断ユニット(D部)からなる。動作は以下の通りである。引きまわすリールユニット(A部)にセットされたアモルファスワイヤを,クランプ部(E部)で位置決めしながらB部のワイヤチャックユニットで掴む。掴んだアモルファスワイヤをワイヤ引き出しユニット(C部)で基板のセット位置(F部)まで引き出す。基板下に取り付けられた精密ステージ(G部)により,位置決めを行い,アモルファスワイヤを基板上の所定の場所に載せる。その後,アモルファスワイヤの一端を固定した状態で,D部の切断ユニットにより切断する。基板に設置されたアモルファスワイヤを取り出し,基板とアモルファスワイヤを接着剤により本接着する。この装置には,アモルファスワイヤを多数本同時に作業を行えるようにする機構,各アモルファスワイヤに加わるテンションをコントロールする機構等を付けることで,素子化を安定に行うことが可能な機能が備えてある。⑵

本件報告書は,被告人aの指示の下,1号機の開発に携わったb従業員iら
により,起案され,被告人aの確認を受けて,JSTに提出された。被告人aは,iに対し,必要最小限で報告しろ,特にワイヤ張り機については,できるだけ,報告書を見ただけですぐ作れるような情報は出すな,特にワイヤ張り機の中の磁石治具については出すな,などと指示した。


JSTとの平成11年3月30日付け新技術開発委託契約
(甲86,以下

本件開発委託契約という。
)では,
車載用磁気インピーダンスセンサーに関する新技術の開発の実施により生じたノウハウは,b,JST,MIセンサに関連する特許を取得するなどしていたj大学k教授の三者が共有するものとされ,bは,
ノウハウを書類に表現し,開発期間終了後,遅滞なくJSTに提出するものとされていた(21条)



被告人aは,平成15年9月10日,JSTの講演会において,
MIセンサーについてと題する講演を行った。その際,被告人aは,プレゼンテーション資料を作成し(弁18)
,その資料に,
応力フリーの仮止めと記載し,リールから
ワイヤが出ている様子,基板の左脇で機械切断する様子,基板の溝の上にワイヤが載っている様子等を記載した概略図等を記載した。


被告人aは,平成25年1月25日付けで,以下のメモ(以下1月25日メモという。)を作成した。

各位1月25日fの件研究用のワイヤ張り機の製作について契約の制約はあるか,試作機械の権利との関係をチェックしました。契約は,6年10月に締結中身を検討した結果,今回試作品は対象外と思います。以下,その理由です。1)契約では,共同開発の成果は他社販売できませんが,2)公知の情報およびfの既存ノウハウを使用することは自由となっています。3)今回の研究用張り機の構造をチェックしてみると・ワイヤを張る機械と構成部品自体は公知装置09年開発以前に公知。それを前提にJSTから予算取りしてから開発した経緯があるワイヤボビンから,テンション一定送り。基板送りステージ,レーザ装置など・bしか知りえない情報,つまりbが提供した情報は,①最大のノウハウは,応力フリー切断②ガラス付ワイヤの切断方法⇒今回,固定して切断特殊レーザを採用⇒YAGレーザで新規発明③ポストによるワイヤガイド方式を工夫⇒溝ガイド方式を新たに開発する④自動検査装置の取り付けなど量産化にかかわる工夫⇒今回は量産用部品はすべて排除⑤8本送り装置など量産用ノウハウが主体だが,今回は一切使用しないつまり,研究用ワイヤ張り機は,公知情報をベースに発想を変えた装置である。逆に,新たな特許として,①ワイヤ仮止め方式の切断,②YAGレーザの活用の新技術③浅い溝を使った位置決め方法など,を研究後に出願する必要がある。⑹

被告人aは,1月25日メモを,他人に見せたことはなかった。



被告人cらは,平成25年3月5日,eと打合せを行い(以下3月5日打合せという。,eに対し,ワイヤを並べていく装置ができないかと持ちかけた。)


被告人cは,平成25年3月11日,f従業員l宛てに,以下の文面を含む
メールを送信した(以下3月11日メールという。。

今回の貴社への依頼内容についてbの考えとしては単純にワイヤーを単発で張る装置でありこれまでに公知になっている技術の組み立て(複数本を連続で張る装置との違い)でできる設備との認識です。

3
被告人aの故意責任



被告人aの公判供述

被告人aは,営業秘密開示の故意に関して,当公判廷において,以下のとおり供述する。

私は,bの営業秘密を用いないで,公知情報とfの既存ノウハウを用いて,
新しい研究用のワイヤ整列装置を開発する意思があった。1月25日メモは,その考え方を整理して作成した。その構想を基に,dに装置を発注した。イ
本件打合せでは,1月25日メモのうちbしか知りえない情報について
は説明していない。

JSTとbとの契約では,本件報告書に記載された技術はJSTに帰属し,
JSTにおいて希望する第三者に利用を認めることになっていたので,本件報告書に記載した内容は公開情報になると考えていた。


結論

被告人aにおいて,本件打合せで説明した情報について,bの営業秘密に該当しないと考えていた疑いが残り,そのように考えたことについて,相当な理由があるといえる。仮に,被告人両名の行為が客観的には営業秘密開示行為に該当するという見解を採ったとしても,被告人aについて,故意責任を問うことはできない。⑶

理由

まず,被告人aの供述のうち,bの営業秘密を用いないで装置を開発する意思があったという部分は,信用できないと排斥することはできない。
すなわち,被告人aの公判供述のうち,本件打合せで説明した情報について,bの営業秘密に該当しないと考えていたという部分は,1月25日メモで裏付けられている。というのも,被告人aは,1月25日メモにおいて,
研究用ワイヤ張り機は,公知情報をベースに発想を変えた装置であるなどとdに発注する装置の位置付けを整理している。
本件打合せにおける被告人両名によるeに対する説明内容も,
概ね1月25日メモの整理に従った内容となっており,被告人両名は,同メモにおいて,
bしか知りえない情報と記載されている内容についてほとんど開示していない(なお,被告人aは,本件打合せにおいて,1月25日メモでbしか知りえない情報とされたもののうちポストによるワイヤガイド方式に関する説明はしているが,
前記のとおり,
基板にピンを立ててその間にワイヤを挿入することは,
平成23年講演会において,h,被告人aらにより発表されており,公知情報になっているといえるので,この点を捉えて営業秘密開示に該当するとはいえない。。)
また,bは,検察官主張工程あるいは本件実開示情報のような極めて抽象化,一般化された情報についてまで,営業秘密として管理する意思を明確に示していたとは言い難い。すなわち,bは,後記のとおりワイヤ整列装置そのものを秘密管理していたとはいえるものの,fとの間で締結した1号機に関する秘密保持契約は,契約期間が10年間とされていて,契約期間延長の申出も可能であったのに,同申出をしていなかった。また,bは,平成13年9月,本件報告書により,JSTに対し,1号機の概括的な工程を報告していた。そして,bは,上記抽象化,一般化された情報についてまで,当該情報が記載された文書に秘密であることを表示するなどして,一般情報ではないと明示して管理するなどの措置を講じていたわけでもない。
4
被告人cの故意責任



被告人cの公判供述

被告人cは,営業秘密開示の故意に関して,当公判廷において,以下のとおり供述する。

本件打合せでは,
dが持っている汎用技術を前提として話をしたのであって,

bのワイヤ整列装置の秘密を開示していない。

検察官主張工程は,bの秘密であるとは認識していなかった。


装置の図面やQC工程表といったものがbの営業秘密になると思っていた。
磁石治具自体も秘密でも何でもないと思っている。


被告人cの捜査段階供述

被告人cは,営業秘密開示の故意に関して,捜査段階において,検察官に対し,以下のとおり供述していた。

本件打合せにおいて,被告人aと私がeに説明したワイヤ整列装置は,基本
となる構造や方式がbのものと同じで,それがbの営業秘密であることは分かっていた。

3月11日メールでは,lに対し,被告人aから説明を受けたとおり,従前
の契約に抵触しないと説明したが,被告人aの説明には無理があると思っていた。というのは,ワイヤ整列装置はbにしかない機械であったし,fに発注しようとしているワイヤ整列装置も,一度に張るワイヤの本数など相違点はあっても,その基本構造はbのものと同じだった。また,ワイヤを引っ張る機構や台座を動かす機構など,一つ一つの構造などを見れば公知の技術なのかもしれないが,それらを組み合わせてワイヤ整列工程を可能なものにしたという点はノウハウに当たると考えていた。
こうしたことから,
私としては,
被告人aの説明は通らないと考えていたが,
被告人aから言われたことなので,lにはそのまま説明した。


結論

被告人cについても,被告人aと同様,本件打合せで説明した情報について,bの営業秘密に該当しないと考えていた疑いが残り,
そのように考えたことについて,
相当な理由があるといえる。仮に,被告人両名の行為が客観的には営業秘密開示行為に該当するという見解を採ったとしても,被告人cについて,故意責任を問うことはできない。


理由

本件打合せでは,主に被告人aが説明し,被告人cにおいては,仕様概要を本件ホワイトボードに事前に記載しておく程度の役割にとどまっていた。そして,前記のとおり,被告人aの供述のうち,bの営業秘密を用いないで装置を開発する意思があったという部分は,信用できないと排斥することはできない。また,
被告人cがl宛てに送信した3月11日メールのうち,

今回の貴社への依頼内容についてbの考えとしては単純にワイヤーを単発で張る装置でありこれまでに公知になっている技術の組み立て(複数本を連続で張る装置との違い)でできる設備との認識です。

という部分は,被告人aの認識,整理と整合する内容である。そして,被告人cの捜査段階における供述のうち,本件打合せにおける被告人両名の説明内容がbの営業秘密に該当すると分かっていたという部分の信用性は必ずしも高くない。
すなわち,被告人cの検察官調書には,f等に発注しようとしている装置が基本となる構造や方式がbのものと同じという趣旨の記載があるが,
前記のとおり,
本件打合せにおいて,被告人両名がeに説明した仕様の内容は,装置の構造がbのものと同じとはいえない(検察官の主張においても,本件打合せにおいて被告人両名が説明した仕様の内容がbのワイヤ整列装置と構造が同じであるとはされていない。。また,方式についても,前記のとおり,2つの棒状のものでワイヤを仮押)さえして,その間でワイヤを切断するなど,被告人両名が説明した情報は,bのワイヤ整列装置の工程とは,工程における重要なプロセスに関して大きく異なるところがある。さらに,被告人cの検察官調書のうち,
ワイヤを引っ張る機構や台座を動かす機構など,一つ一つの構造などを見れば公知の技術なのかもしれないが,それらを組み合わせてワイヤ整列工程を可能なものにしたという点はノウハウに当たると考えていたと記載されている部分は,法的評価に関する事項である。被告人cは,知的財産分野の専門家というわけでもなく,公知技術を組み合わせてワイヤ整列工程を可能なものにしていた点はノウハウに当たると考えていたと供述している点の証拠価値はさほど高くない。そして,被告人cの検察官調書には,本件打合せの説明内容に関して,不正確な部分も見られる。すなわち,被告人cの検察官調書には,本件ホワイトボードの記載に関して

仕様概要以外は,全て被告人aが書いた。eが本件ホワイトボードに書くことはなかった。といった記載があるが,「


本件ホワイトボードの記載には,
eが自分で書いたと認めている箇所もある。
また,
ワイヤの切断方法に関して,被告人cの検察官調書には,被告人aがカッターで切断しますと説明したとの記載があるが,eは,被告人aからYAGレーザで切断するという説明を聞いた,はさみやニッパで切断することは自分が説明した,などと証言しており,e証言の内容とも整合しない。このように,故意の前提となる本件打合せにおける被告人両名による説明内容等について,被告人cの検察官調書には,重要な部分において不正確なところがあり,それを前提とする故意に関する供述部分の信用性を損なわせる。
なお,被告人cの公判供述の内容は,全体として,自分の責任を殊更にわい小化する部分が多くあり,例えば,磁石治具自体がbの営業秘密でも何でもないと思っている,と供述する部分等は,到底信用できないし,全体として信用性は低い。そうであるからといって,前記の事情に鑑みると,被告人cの故意責任が肯定されることにはならない。
5
検察官の主張に対する判断



検察官は,被告人両名が,いずれもbのワイヤ整列装置やワイヤ整列工程が
同社内においてどのように取り扱われていたのかをよく知る地位にあったことから,故意が認められることに問題はない旨主張する。
しかし,被告人aは,bのワイヤ整列装置やワイヤ整列工程が同社内においてどのように取り扱われていたのかを踏まえて,1月25日メモのとおり,自分の考え方を整理して,bの営業秘密を用いずに装置を開発する意思があったとの合理的な可能性が残る。また,被告人cにおいては,bのワイヤ整列装置そのものが営業秘密であると認識できたとはいえるが,ワイヤ整列装置の開発等に直接関与した経験はなく,抽象化,一般化された工程に関する営業秘密性について,よく知る地位にあったとは言い難い。検察官の指摘する点は,被告人両名の故意責任を肯定する決め手にならない。


検察官は,1号機に関する秘密保持契約が更新されていないものの,1号機
から3号機までの基本となる工程は共通である上,技術が進歩しているところ,それぞれの技術は,それ以前の技術を前提にしているのであるから,2号機と3号機に関する各秘密保持契約によって,なおワイヤ整列装置に関する秘密保持契約もカバーされていると認められるので,1号機に関する秘密保持契約が更新されていないことをもって,秘密ではなくなったと認識することはあり得ない旨主張する。しかし,bは,1号機に関する秘密保持契約の期間を延長していなかっただけでなく,
JSTに対して,
1号機の工程の概要を報告していた。
また,
前記のとおり,
1号機と3号機とでは,取り扱うワイヤの直径が大きく異なるなどの理由から施されている工夫も相当異なっている。当裁判所は,1号機に関する秘密保持契約の期間が延長されなかったことを決め手に被告人両名について故意責任を問うことができないと判断しているわけではないが,1号機に関する秘密保持契約の期間が延長されなかったことは,被告人両名において本件実開示情報がbの営業秘密であるとは考えなかったことに合理的な理由があるとする一つの根拠になり得る。
なお,検察官は,被告人aが,1号機開発当初より,ワイヤ整列工程やワイヤ整列装置に関する技術情報に関し,これをノウハウの塊
極秘などと発言し,非
公表のノウハウとする方針を指示していた,m社等による本件工場見学に際してもワイヤ整列装置を見せない方針を指示していた,平成24年11月14日,関係者に対し,ワイヤ整列工程に関し,

特許ではなくて,ノウハウとして秘密管理しています。などと記載したメールを作成,

送信していたこと,
などを指摘する。
しかし,
被告人aは,本件実開示情報のような極めて抽象化,一般化された情報についてまで秘密管理するよう関係者らに指示していたわけではないので,検察官指摘の事情は,被告人aにおいて,本件実開示情報のような極めて抽象化,一般化された情報についてまでbの営業秘密であると認識し得た根拠にはならない。第8

小括

以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,被告人両名について無罪とするほかないが,審理の経過等に鑑み,他の犯罪成立要件についても念のため判断する。
以下の記載では,本件実開示情報に非公知性が認められるとする見解,被告人両名に故意があると認められるとする見解を前提に論じることになるが,当裁判所は,
これらの見解を採るものではない。
第9
1
秘密管理性
結論

以下に述べるようなbにおけるワイヤ整列装置の管理状況,f等との間の秘密保持契約の内容等からすると,bは,本件当時,ワイヤ整列装置に関する技術情報を秘密として管理していたと認められ,仮に,本件実開示情報に非公知性が認められるという見解を採るのであれば,
本件実開示情報を秘密管理していたと認められる。
2
理由



ワイヤ整列装置に関する管理状況

本件当時,1号機ないし3号機は,以下のように管理されていた。ア
1号機は,br工場技術センターのクリーンルーム内に保管されていた。

2号機と3号機は,本件工場のクリーンルーム内に保管されていた。

上記各クリーンルームには,本件当時,電子錠が設置され,そこに立ち入る
には,関係する特定の認証カードが必要とされていた。


秘密保持契約


bは,
fとの間で,
1号機の製作等に際し,平成12年9月1日付け覚書

で,以下のような秘密保持契約を締結した(甲36資料1)

本覚書は,下記のbがfに提示した構造と機能を有する金属細線溝挿入装置の設計,製作,試運転に関する技術情報の秘密を保持することを目的とする。⑴構造①金属細線の張力をコントロールする構造②基材に設けられた溝を金属細線の長手方向に対して,横ずれさせる構造。または,金属細線側を横ずれさせる構造,③溝下に多極着磁した磁石を配置した構造,④一本以上同時に,ハンドリングする構造,⑤溝と金属細線と間の水平方向と垂直方向の角度を調整できる構造⑵機能金属細線に応力ひずみ(ねじれ方向,長手方向)をできるだけ加えない状態(弾性領域)で基材に設けられた溝に挿入する機能。また,溝に挿入された金属細線の応力を開放する機能。さらに,上記機能を1本以上同条件で,連続もしくは,同時に動作する機能。イ
1号機に関する上記契約期間は,平成12年9月1日から10年間とされ,同契約期間の延長については,両者協議の上,取り決めるものとされていたが,同契約期間が延長されることはなかった。

bは,fとの間で,2号機の製作,導入に際し,平成15年12月1日付け
念書で,以下のような秘密保持契約を締結した(甲36資料3)
。同契約には,
契約期間の定めはない。
fは,本件業務に関してbから知り得た情報及び本件業務から取得される技術情報の全てについて,本件業務の期間中及び本件業務の完了後も,社外および社内関係外者に対し,秘密を保持いたします。但し,以下のものは除きます。⑴公知の情報,⑵bから開示を受けた時すでに自ら所有していたことを証明した情報,⑶第三者から秘密保持義務を負うことなく取得したことを証明した情報,⑷bから開示された情報によることなく独自に開発・取得したことを証明した情報エ
bは,fとの間で,3号機の製作,導入に際し,平成18年10月1日付け
念書で,秘密保持契約を締結した(甲36資料4)
。同契約の秘密保持条項は,
2号機に関するものと同じであり,契約期間の定めはない。

bは,平成25年2月,n株式会社(以下nという。
)との間でMI素子

の製造等に関する業務提携をした際,同月4日付けで機密保持契約を締結した(甲104)
。同契約には,機密情報として,以下のような情報が含まれるとされていた。
nの敷地内に設けるbの製品であるMI素子の製造工程の内,特定機密エリア内にて実施する工程であって,bが装置を準備し,bの従業員が作業を担当するワイヤ張付工程,素子検査工程及びこれら各工程に関する技術情報,並びに,bの製品であるMI素子に使用するために,bが提供するアモルファスワイヤに関する技術情報3
弁護人の主張に対する判断⑴

弁護人の主張

弁護人は,①本件実開示情報は,経済産業省が作成した営業秘密管理指針にも規定される,営業秘密としての保護の対象となる情報とそうでない情報とを明確に区別するための大前提としての紙媒体等による管理がされていない,②bは,機密管理規程
(弁21)に従った機密管理措置を執っていないなど,本件実開示情報を秘密保持する意思がなかったなどと指摘し,本件実開示情報に秘密管理性はない旨主張する。


当裁判所の判断

しかし,この点に関する弁護人の主張は採用できない。
①については,
営業秘密管理指針の作成主体である経済産業省は,同指針につ
いて,一つの考え方を示すものであり,法的拘束力を持つものではないと明言している。また,同指針(現時点の最新版は平成31年1月23日改訂)でも,物件に営業秘密が化体している場合には,物理的にマル秘表示の貼付や金庫等への保管が適さないとして,
扉に
関係者以外立入禁止
の張り紙を貼る,
警備員を置いたり,
入館IDカードが必要なゲートを設置したりして工場内への部外者の立入りを制限するなどの方法が秘密管理措置の具体例として挙げられている。本件当時の同指針(平成23年12月1日改訂後,
平成25年8月16日改訂前のもの)
においても,
営業秘密の保管場所を施錠する,営業秘密を保管している施設への入退室を制限する,といった方法が望ましい秘密管理方法の具体例として挙げられており,保管施設に入退出する際の認証システムの利用も高度な管理方法の一例として挙げられている(第3章2⑵②




bは,1号機ないし3号機をクリーンルーム内に保管し,特定の認証カードを所持する者以外の立入りを制限する措置を講じていたのであるから,営業秘密管理指針に照らしても,1号機ないし3号機の秘密管理性が失われるような問題があるとまではいえない。
②については,確かに,bは,ワイヤ整列装置に関する技術情報について,機密管理規程に従った機密管理措置を執っていたわけではない。しかし,bは,本件の約2か月前にも,nとの間で,ワイヤ整列装置に関する技術情報について秘密保持契約を締結するなどしていた。また,その技術情報が化体した1号機ないし3号機を,機密管理していた。そうすると,仮に,本件実開示情報に非公知性が認められるという見解を採るのであれば,bにおいて,本件実開示情報を秘密保持する意思があったと認められる。
第10
1
有用性
結論

本件実開示情報は,アモルファスワイヤを基板上に整列させる工程に関する技術上の情報であるから,事業活動にとって有用であるといえる。
2
弁護人の主張に対する判断

弁護人は,本件実開示情報は,それ自体ではワイヤ整列装置として機能しない工程であることを,bの営業秘密に該当しない理由の一つとして指摘する。しかし,仮に,開示された情報だけでは装置として機能しなくても,事業活動にとって有用な情報となり得るとはいえるので,弁護人の指摘する点から,直ちに本件実開示情報について,有用性等の要件を欠くことにはならない。第11
1
営業秘密保有者性
結論

仮に,本件実開示情報に営業秘密該当性が認められるという見解を採るのであれば,以下に述べるような1号機の開発経過,bとJSTとの間で締結された本件開発委託契約の内容,開発期間終了後のbによる報告に対するJSTの対応,bによる技術情報の活用状況等からすると,bは,本件実開示情報を正当な権原に基づいて取得して保持している者に該当すると認められる。
2
理由



1号機の開発経過

bは,前記のとおり,平成11年3月から,JSTの補助金を得て,車載用MIセンサの開発を行い,この開発過程において,平成12年11月頃,1号機の開発に成功した。


本件開発委託契約の内容

本件開発委託契約では,
車載用磁気インピーダンスセンサー
に関する新技術の
開発の実施により生じたノウハウは,JST,b,k教授の三者が共有する(21条1項)
,bは,そのノウハウを書類に表現し,開発期間終了後,遅滞なくJSTに提出する(同条2項)とされていた。


bによる報告に対するJSTの対応

bから本件報告書の提出を受けたJSTは,同報告書の補充等を求めることはなく,平成13年10月4日,開発が成功であったと認定した。
bとJSTとの間で締結された新技術開発成果実施契約(甲86)によれば,JSTは,平成13年10月4日(成功認定日)から3年間の優先実施期間終了後,第三者に対し,
開発成果の実施許諾,
ノウハウ供与をできることとされていたが
(8
条等)
,本件の開発成果に関して,第三者から実施許諾,ノウハウ供与の問合せ等を受けたことはなかった。
JSTの担当者は,当公判廷において,1号機に関するgレポートの内容は,ノウハウに当たると言えるが,JSTとして,bから書面で報告を受けていないノウハウについてJSTのものであると主張する予定はない旨証言した。⑷

bによる技術情報の活用状況

bは,1号機を開発した後,2号機,3号機を開発し,本件当時,3号機を本件工場において稼働させていた。
3
弁護人の主張に対する判断

弁護人は,①本件開発委託契約は,産業活力再生特別措置法によるバイ・ドール規定が適用される前に締結されたものであること,仮に,同契約に従って,開発成果がJST,b,k教授の三者の共有になるとしても,bがJSTに対して開発成果の実施料を支払うとされていること,gレポートの内容は,本来,JSTに提出されるべきものであったことなどからすると,開発成果はJSTに帰属する,②1号機のノウハウは,b従業員による職務発明(職務ノウハウ)であり,bの発明考案取扱規程(弁132,以下本件発明規程という。
)に定められたbへの
承継取得の手続が取られていないので,1号機のノウハウを考案した従業員に帰属する,
などと指摘して,
本件実開示情報について,
bに保有者性がない旨主張する。
①については,確かに,本件開発委託契約は,産業活力再生特別措置法施行前に締結されている。しかし,同契約によれば,開発実施により生じたノウハウは三者の共有とする旨明確に規定されており,同法施行前であることやbにおいて実施料を支払う義務があることなどを理由にJSTに専属的に帰属するとは考えられない。また,確かに,bは,本件開発委託契約に基づき,開発期間終了後,開発実施の結果について詳細な実施報告書を提出する義務を負い,開発の実施により生じたノウハウを書類に表現し,開発期間終了後,遅滞なくJSTに提出すべき義務を負っていた。bは,本来,gレポートに記載された内容をJSTに報告すべきであったといえ,その義務を誠実に果たしたとはいえない。しかし,bは,前記のとおり,JSTに対し,1号機の工程の概略を記載した本件報告書を提出したが,提出後,JSTから報告の補充等を求められていない。契約の当事者であるJSTの担当者も,JSTとして,bから書面で報告を受けていないノウハウについてJSTのものであると主張する予定はない旨明言している。そうすると,bにおいて委託事業を通じて獲得したノウハウが専らJSTに帰属するとはいえない。弁護人の主張を踏まえても,1号機のノウハウに関して,bがその保有者であることは否定されない。
②については,確かに,1号機のノウハウを考案した従業員は,本件発明規程に基づく,発明考案届出の手続をしていない。しかし,本件発明規程によれば,発明考案等を行った従業員は発明考案等の内容を遅滞なく知的財産室長に届け出るものとされているところ,当該従業員において,所定の届出をしなかった場合に,業務の過程で考案したノウハウが当然に従業員に帰属するというのは不合理である。その場合については,本件発明規程によらずに,その帰属を判断するほかない。本件では,ワイヤ整列工程に関する技術上の情報は,bがJSTから受託して行った委託事業の過程の中で獲得されたものであること,従業員は,bの事業の範囲内で,その職務として,
専らbの設備を用いて開発に携わったこと,
当該技術上の情報は,
その後,bの事業で使用され続けてきたことなどからすると,bが,その保有者であるというべきである。
第12
1
不正の利益を得る目的
争点等

弁護人は,被告人cにおいては,本件工場の原価低減,あるいは,m社向けの小型化版素子の試作をそれぞれ目的として装置を製作しようと考えていた,被告人aにおいては,さらにbの将来のMI事業をにらんで次世代MIセンサ研究のためにも使える高機能な試作機を製作して,技監として,b社長に各種提案をするつもりであった,などとして,被告人両名が,いずれもbの正当な業務遂行のために,本件当日,dへ試作機の製作依頼をしたものであって,いずれも不正の利益を得る目的はない旨主張し,被告人両名もこれに沿う供述をする。
2
認定事実



新会社の設立等

関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

被告人aは,平成22年6月から平成24年6月まで,bのセンサ事業を所
管する専務取締役の地位にあったが,同月,専務取締役を退任し,同月から平成25年6月まで,技監の地位にあった。

被告人aは,平成24年9月,o株式会社(以下o社という。
)を設立し

た。

被告人cは,平成24年6月から平成25年12月まで,b生技・製造本部
第3生産技術部の部長の地位にあった。

被告人cは,平成26年2月頃,o社との間で,平成25年4月12日付けでワイヤ整列装置の開発に関する設計委託契約を締結した。同契約の契約書には,被告人cによる指導範囲として,ワイヤ整列装置の本体の仕様・基本設計等,指導期間は本体について平成25年4月から8月まで,試験片設置治具等について同年9月から12月まで,改良項目について平成26年1月から3月までとされ,本体について100万円,治具等について50万円,改良項目について50万円をそれぞれ完成時期に支払う,などと定められていた。被告人cは,o社から,平成26年1月から3月までの間に,合計200万円を受け取った。


fに対する依頼


認定事実

信用性の高いl証言等関係証拠によれば,以下の事実が認められる。lは,平成24年12月4日,本件工場において,被告人aらと会い,被告人aから,1本張りの試作機の見積依頼を受けた。
被告人cは,平成25年2月1日,lに対し,3号機の図面を送付してほしい旨のメールを送信した。
被告人aは,平成25年2月5日,関係者に対し,

c部長と,現行のMI素子工程を総点検しています。いつでも当方で生産できるように取り組んでいます。大義名分は,本件工場の原価低減のためです。「ワイヤ関連の設備の仕様を決定,

いま見積もり中です。これができれば,bとは関係なくMI素子の開発が可能となります。
」などと記載したメールを送信した(以下2月5日メールという。。)
b常務取締役(当時)pは,平成25年2月14日,lに対し,被告人両名からのワイヤ整列装置の見積依頼はbからの正式なものではないので,見積りを出すのはやめてほしいなどと言った。
gは,平成25年2月28日,lに対し,被告人両名からのワイヤ整列装置の見積依頼はbからのものではないので,
見積りを出さないでほしいなどと言った。
被告人cは,平成25年3月1日,lに対し,
今回の見積もりについてはbよりの正式ではない
などと記載したメールを送信した。これに対し,lは,
同日,被告人cに対し,bからの正式な依頼でない場合,見積書を出すことができない旨のメールを送信し,被告人両名からのワイヤ整列装置の見積依頼を断った。イ
l証言の信用性

上記認定事実に沿うl証言は,十分信用できる。
l証言の内容は,被告人両名による見積依頼がbの正式な発注ではないとpやgから言われたといった点において,pとgの証言内容とよく整合している。また,l証言のうち,被告人両名による見積依頼を断った経緯に関する部分は,被告人両名らとの間で送受信されたメールの内容(甲33)とよく整合している。さらに,平成25年2月28日のgとの打合せに関するl証言の内容は,lが作成していたノート(弁75)の記載内容ともよく整合している。


dに対する依頼


認定事実

信用性の高いe証言等関係証拠によれば,以下の事実が認められる。被告人cらは,3月5日打合せにおいて,eに対し,アモルファスワイヤを並べる装置を作れないか,今までよりもセンサの感度をアップさせたい,小さいものを作りたい,などと相談した。eは,同日午前,b本社s工場において,iらと会い,iらから,b電磁品事業本部の本部長はpであること,前任者である被告人両名は経営方針等で意見が違っているため,前任者から話があっても極力関わらないよう言われていた。
被告人cは,平成25年4月1日,eに対し,以下の文面のメールを送信した(明らかな誤字は修正した。。

先日打ち合わせの折に話しましたワイヤ張り試験装置の件について以下の仕様にて一度打ち合わせをお願いいたします。1仕様概要①ワイヤー横送りピッチ:1μmで変則ピッチ可能②ワイヤー径:5μmから5μm対応③張り基板サイズ:60mm×60mm④基板材質:シリコンウエハー⑤その他仕様・試験機のため手動対応で可能・ワイヤー固定は別途・ワイヤー張り時の方向は垂直タイプまたは水平タイプ(打ち合わせ時決定)・ワイヤー引き込み速度1.2m/分以下(打ち合わせ時決定)・基板へのセット方法:ワイヤー引き出し後基板上昇方式(別途提案あれば検討)・ワイヤー強度等は別途・電源は貴社要望に対応・エアー圧力等は貴社要望対応・ボビン径については別途相談被告人aは,本件打合せの際,eに対し,装置の発注者がbになるか,新たにベンチャー会社を作って,j大学に納入するかの2択が考えられると言った。eは,本件打合せ後,平成25年5月3日付けで,被告人両名から依頼の受けたワイヤ整列装置に関する御見積書
見積仕様書を作成した。それらの名宛
て人は,いずれもbとされていた。
被告人aは,平成25年5月9日の打合せの際,eとの間で,発注者をo社とする内容で,
打合せ覚へ
を取り交わした(甲32・5丁)

打合せ覚へ
には,

守秘義務については,打合せで知りえた技術情報やビジネス情報について,お互いに口外しないものとする。特に製作の有無や納期や費用など将来のo社の委託加工事業に影響するので極秘とすることで合意した。

という記載もあった。eは,
平成25年5月17日付けで,
ワイヤ整列装置に関する
見積仕様書
を作成した。その名宛て人は,o社とされていた。
dは,平成25年11月頃,完成したワイヤ整列装置をo社に納品した。同装置は,j大学に設置された。イ
e証言の信用性

e証言のうち,上記認定事実に沿う部分は,十分信用できる。
e証言のうち,iから,被告人らから話があっても極力関わらないように言われていたという部分は,iやpの証言内容とよく整合している。その他の部分も本件ホワイトボードの記載や作成された書類の内容とよく整合している。なお,3月5日打合せにおける出席者について,eは,当公判廷では,b側は被告人cだけであった旨証言しているが,捜査段階において,被告人aやgもいた旨供述していた。この点に関する捜査段階の供述は,eノートの内容も踏まえて相当具体的にされており,相応に信用性が高い。この点について,被告人両名は,同打合せに被告人cだけでなく被告人aも出席した旨供述しているところ,この点に関する被告人両名の供述を排斥することはできない。
3
被告人両名の公判供述



被告人aの公判供述

試作機の製作依頼等について,被告人aは,当公判廷において,以下のとおり供述する。

私は,bの専務を退任した頃から,次世代MIセンサの開発構想を練り始め
た。

MIセンサの性能を飛躍的に上げるために,ワイヤに流す電流の周波数を上
げる,コイルピッチを狭くする,といった課題に取り組む必要があり,そのために新たなワイヤ整列装置を開発する必要があった。bの技監の仕事として,本件工場の原価低減と次世代MIセンサ研究にも使用できる高機能な試作機を製作し,それを使った原価低減と次世代センサ研究をbの社長に提案するつもりであった。ウ
本件打合せでは,被告人cによる小型化版素子を試作する装置の仕様概要に
ついての話合いがされた後,私から,高機能の仕様についてeに相談した。本件打合せの時点では,bから装置を発注することを考えていたが,JSTから予算が取れれば別ルートで発注する方がよいかなという気持ちもあった。エ
その後,平成25年4月に,bから技監を退任するよう言われて,bに装置
の発注を頼むのは難しいかなという気持ちがあって,むしろ私が装置を作って,被告人cら関係者が皆,使えばいいのかなと考え始めた。

被告人cに200万円を支払ったのは,いろいろお願いして協力してもらっ
たからである。


被告人cの公判供述

この点について,被告人cは,当公判廷において,以下のとおり供述する。ア
平成24年12月,b第3生産技術部では,m社向けのMI素子試作の話と
並行して,
本件工場の原価低減の一環として素子の小型化に取り組むことになった。イ
3号機の手直し率は30パーセントという高い割合であったため,それを改
善するため試作機を入手しようと考えた。

lに対するワイヤ整列装置の見積依頼は,bとしての正式な依頼であった。

dにワイヤ整列装置の製作を依頼することについては,上司であるpの了解
を得ていた。dに対するワイヤ整列装置の製作依頼は,bの正式な業務として行った。

平成25年10月までは,bのために,dに設備に関するアドバイスをして
いたが,o社が発注者になったので,協力した対価として,o社から200万円を受け取った。前記設計委託契約は,被告人aからサインするように言われて,中身を詳しく確認せずに署名等をした。
4
被告人両名の公判供述の信用性

この点に関する被告人両名の公判供述のうち,bの正式な業務として,fやdに対しワイヤ整列装置の見積依頼等をした,といった部分は,到底信用できない。被告人両名の公判供述のうち,bの業務として,ワイヤ整列装置の試作機の見積依頼等をしたという部分は,被告人aが送信した2月5日メールに大義名分は本件工場の原価低減のためbと関係なくMI素子の開発が可能
などと記載されていたことと整合しない。被告人aは,当公判廷において,2月5日メールで,bと関係なく
と書いたのは,
当時,
b開発部と関係なく本件工場だけでやっていける,
という意味である,仕事をやるとき,必ず大義名分
,旗印,皆が賛同してくれる
目的を考えてやるようにしているなどと弁解する。しかし,この点に関する被告人aの弁解内容は,メールの文言やその前後の文脈等に照らして極めて不合理なものであるというほかない。
また,被告人両名は,fが被告人両名からの見積依頼を急に断ることになった理由を合理的に説明することができない。そして,被告人両名の供述内容は,平成25年5月9日のdとの打合せにおいて作成された打合せ覚へに,守秘義務に関して特に製作の有無や納期や費用など将来のo社の委託加工事業に影響するので極秘とするという文言が入っていることとも整合しない。被告人cの公判供述のうち,dに試作機の製作を依頼することについて,pの了解を得たという部分は,lとeの各証言により裏付けのあるp証言の内容と整合しない。
また,被告人cの公判供述のうち,平成25年10月まではbのために行動したと供述する部分は,同年5月にはo社がdと取り交わす各種書類の名宛て人となっていることとも整合しない。さらに,200万円もの高額の現金をo社から受け取った経緯に関する被告人cの説明内容は不自然である。
5
結論

前記2の認定事実によれば,被告人両名が平成24年12月頃から平成25年2月頃までの間にfに対しワイヤ整列装置の試作機の製作依頼をしたのは,bによる正規の依頼としてではなかったと認められる。また,被告人両名は,fから製作依頼を断られると,dに対し同様の製作依頼をしており,dに対する製作依頼もbによる正規の依頼としてではなかったと認められる。そうすると,仮に,本件実開示情報がbの営業秘密に該当するという見解を採るのであれば,被告人両名がそれを用いてbの了解なくワイヤ整列装置の試作機を製作しようとしたことになるから,被告人両名に,不正の利益を得る目的があったと認められる。被告人cが,b退職前に200万円もの高額の現金をo社から受け取っていることも,不正の利益を得る目的があったこととよく整合する。
なお,被告人cが供述するとおり,平成24年12月4日のfとの打合せに被告人cが出席していなかったとしても,被告人両名に不正の利益を得る目的があったとの認定は左右されない。
第13

その他の犯罪成立要件

仮に,本件実開示情報がbの営業秘密に該当するという見解を採ると,被告人両名は,本件実開示情報を業務の過程等で取得したのであるから,不正競争防止法21条1項5号にいう営業秘密保有者から営業秘密を示された者に該当するといえる。また,被告人aについては技監就任時の契約,被告人cについては雇用契約により一般的に課せられた秘密を保持する義務を負っているといえるので,同号にいう営業秘密の管理に係る任務に背いたといえる。さらに,被告人aが同号の役員
,被告人cが従業員に該当することも明らかである。
そして,仮に,被告人両名に故意があると認められるとする見解を採ると,共謀も認められる。
第14

結語

以上のとおり,被告人両名について,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により無罪の言渡しをする。第15

付言

企業が保有する営業秘密の経済活動における重要性は,今日一層高まっており,営業秘密侵害行為により,企業の競争力が損なわれることはあってはならず,刑事的保護の必要性も高い。
また,
刑事上の措置においても,
営業秘密該当性の要件は,
不正競争防止法の平成15年改正の経緯等に照らしても,民事上の要件と同じものと解されるべきである。
本件についていえば,
b1号機ないし3号機は,
bが独自に開発したものであり,アモルファスワイヤの特性を踏まえ,基板上にワイヤを精密に並べるための工夫が含まれた工程そのものは,bの営業秘密として保護されるべきものである。しかし,本件打合せにおいて被告人両名が説明した情報は,bの工程とは,重要なプロセスに関して大きく異なる部分がある上,同情報のうち検察官主張工程に対応する部分は,余りにも抽象化,一般化されすぎている。また,bは,1号機の開発過程で得られたノウハウを,
本来,
JSTにきちんと報告するべきであったのに,
その義務を十分に果たしていない。さらに,bは,fとの間で締結した1号機に関する秘密保持契約について,期間延長に関する条項があったにもかかわらず,期間を延長することなく放置していた。そして,bは,上記抽象化,一般化された情報についてまで,当該情報が記載された文書に秘密であることを表示するなどして,一般情報ではないと明示して管理するなどの措置を講じていたわけでもない。このように,JSTとの委託開発事業により得られたノウハウをJSTに報告するという契約上の義務を誠実に履行しなかったbにおいて,
当該ノウハウについて,
JSTにきちんと報告しないままにし,1号機に関する秘密保持契約の期間を延長すらしていなかったのに,その後になって,一般情報ではないと明示して管理するなどの措置を講じていなかった抽象化,一般化された情報についてまで,自社の営業秘密として保護を受けようとするのは,いささか都合が良すぎる。本件打合せにおける説明を捉えて起訴されたのは,本件ホワイトボードの写真が発見押収されたためであるとうかがわれるが,本件打合せにおいて,被告人両名が説明した情報は,bの工程と大きく異なる部分がある上,同情報のうち検察官主張工程に対応する部分は,抽象化,一般化されすぎている。本件打合せを捉えて,bの営業秘密を開示したと構成するのは無理がある。
本件起訴には,このような無理があるので,被告人両名を無罪とすることは,営業秘密の刑事的保護の重要性を軽視するものでは決してない。
(検察官加藤幸裕,同菅野直,被告人両名につき私選弁護人佐久間信司(被告人a主任)
,同中田智之(被告人c主任)
,同井上健人,同山本律宗,同久志本修一,同小芝範明,同竹内康二各出席)(求刑

被告人aにつき懲役3年及び罰金200万円,被告人cにつき懲役2年及
び罰金100万円)
令和4年3月18日
名古屋地方裁判所刑事第5部

裁判長裁判官

板津正
裁判官

西脇真
裁判官

髙橋祐道由子二
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