判例検索β > 令和2年(ネ)第575号
事件番号令和2(ネ)575
裁判年月日令和4年3月24日
法廷名福岡高等裁判所
結果棄却
原審裁判所名福岡地方裁判所
原審事件番号平成27(ワ)2850
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-03-24
情報公開日2022-05-24 04:00:11
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主文1
本件各控訴をいずれも棄却する

2
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由

第1控訴の趣旨
1控訴人北九州市
原判決中,控訴人北九州市敗訴部分を取り消す。
上記部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
2控訴人E株式会社
原判決中,控訴人E株式会社敗訴部分を取り消す。

上記部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要(以下,特に断りがない限り,略称は原判決の表記による。)
1
本件は,亡Dの相続人である被控訴人らが,控訴人会社に雇用されて,控訴人市の設置する本件体育館の設備の管理業務等に従事していたDが死亡した
のは,本件体育館の石綿含有建材から発生した石綿粉じんにばく露し,じん肺(石綿肺)及び肺がんにり患したことによるものであるなどと主張して,控訴人らに対し,国家賠償法1条1項又は同法2条1項(控訴人市)
,民法(平成2
9年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。
)415条又は同法709
条(控訴人会社)に基づき,損害賠償金合計3465万円(被控訴人Aにつき
2365万円,被控訴人B及び被控訴人Cにつき各550万円)及びこれに対する平成25年9月15日(D死亡の日の翌日)から支払済みまで同法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
原審は,①

Dは,本件体育館において,石綿粉じんばく露の危険性を有す

る作業に従事していた,②
Dは,石綿肺にり患し,石綿粉じんばく露により

肺がんを発症し,
石綿肺にり患したこと及び肺がんを発症して左肺を切除した
ことにより死亡したのであり,石綿粉じんばく露と死亡との間には因果関係がある,③

控訴人市は,被控訴人らに対し,国家賠償法2条1項に基づく損害
賠償債務を負い,控訴人会社は,被控訴人らに対し,安全配慮義務違反に基づく損害賠償債務を負うとして,被控訴人らの請求を,損害賠償金合計2580万円(被控訴人Aにつき1700万円,被控訴人B及び被控訴人Cにつき各440万円)
及びこれに対する平成25年9月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で認容し,控訴人らは,これを不服として,それぞれ控訴を提起した。なお,被控訴人らは,いずれも不服の申立てをしていない。
2関係法令の定め,前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,原判決1
9頁17行目の危険性はないとされているを

危険性はないとされている。また,控訴人会社の他の従業員に石綿粉じんに起因する症状はなく,本件体育館内の石綿粉じんの濃度は低かったと見るべきである

に,23頁3行目のDがり患していたから4行目の基づくものである旨までをDは石綿肺にり患していた旨にそれぞれ改め,3のとおり当審における控訴人らの補充主張を加
えるほかは,原判決事実及び理由欄の第2事案の概要の1から4まで
(原判決2頁22行目から38頁24行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
3当審における控訴人らの補充主張
控訴人ら



Dの乾燥肺重量1g当たりの石綿小体数は,1000本未満であり
(平成18年11月8日の測定値は469本〔左肺〕,平成19年7月24日のそれは430.6本〔左肺〕,平成25年11月20日のそれは121本〔右肺〕である。),クリソタイルが石綿小体を形成しにくいことや,クリソタイルは,クリアランス率が高く,石綿ばく露後40年で2分の1ないし5分の1に減少するとされていることを踏まえても,Dの石綿ばく露は一般大気環境におけるそれにとどまること,②本件胸膜肥厚は,石綿ばく露により発生する典型的な胸膜プラークとは性状が異なっていて,他の炎症,外傷等に起因する可能性があることからすると,Dが,高濃度の石綿粉じんにばく露し,石綿肺にり患したとはいえない。

仮にDが石綿肺にり患していたとしても,Dは,加齢や,慢性心不全に伴う全身状態不良に起因する嚥下障害により誤嚥を繰り返して,細菌性肺炎
(誤嚥性肺炎)を発症し,これがARDS(基礎疾患等に続発して,症状が急速に悪化した状態)に進展し,うっ血性心不全の増悪と合併して,急性呼吸不全により死亡した。ARDSに陥ると,従前の肺機能の状態とは関係なく,それ自体が死因となり得るのであって,いずれにせよ,Dが石綿肺にり患したことや,Dが肺がんにり患し,肺の一部(左肺下葉)を切除する手術
を受けたことと,その死亡との間に因果関係があるとはいえない。控訴人会社

本件胸膜肥厚は,Dの既往である結核性胸膜炎によるもので,石綿ばく露によるものではない。
また,ARDSは,主に肺内シャント(肺胞内のガスと肺胞毛細血管内の
静脈血が接触せず,
ガス交換が行われないまま,
血液が心臓に還流する状態)
の増加に起因して発症するのであって,Dに肺機能障害があったとしても,これがARDSの原因になるわけではない。

仮に,Dが石綿肺にり患したことと,その死亡との間に因果関係があるとしても,Dが死亡した主たる原因は,飽くまでARDS及び細菌性肺炎というべきであり,Dの損害額は,ARDS及び細菌性肺炎による寄与度に応じて減額すべきである。

第3当裁判所の判断
1当裁判所も,被控訴人らの請求は,損害賠償金合計2580万円(被控訴人Aにつき1700万円,被控訴人B及び被控訴人Cにつき各440万円)及びこれに対する平成25年9月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があると判断する。その理由は,次のとおり補正するほかは,原判決事実及び理由欄の第3当裁判所の判断の1から
7まで(原判決38頁26行目から95頁25行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決43頁23行目のまたから24行目末尾までを削る。
原判決45頁17行目の東南機械室内の細長い通路にを北西機械室内にに,18行目の東南機械室を北西機械室にそれぞれ改める。原判決50頁20行目のであったを未満であったに改める。
原判決51頁19行目の2階機械室の壁はを二連梯子が収納されていた北西機械室のみならず,北東機械室及び南東機械室の壁もに改める。原判決52頁5行目の授業員の数を従業員の数に改める。
原判決54頁21行目から22行目にかけての考えられるからを推認されるところ,石綿粉じんが浮遊し飛散する危険性は,環境や状況により異なることから(甲A17,41)に,22行目の遊離してを浮遊し飛散してにそれぞれ改める。原判決55頁2行目末尾を改行の上,次のとおり加える。
ウ控訴人市は,控訴人会社の他の従業員に石綿粉じんに起因する症状はなく,本件体育館内の石綿粉じんの濃度は低かったと見るべきである旨の主張もするが,このことから,直ちに本件体育館内の石綿粉じんの濃度が低かったと見るのは困難というほかない。控訴人市の主張は採用できない。原判決55頁14行目から15行目にかけての
Dがり患した各疾病石を綿粉じんばく露とDがり患した各疾病との間に改める。原判決57頁13行目から14行目にかけての平成20年12月31日から平成21年1月6日まで肺炎のため入院したを平成21年12月30日から平成22年1月4日まで,上気道炎及び慢性心不全急性増悪により入院したに,同行目の上気道炎及び肺炎を肺炎に,16行目の同年頃からをその頃からにそれぞれ改める。原判決58頁26行目のDはから59頁1行目のその後心不全が増悪しまでを

九州労災病院の医師は,Dにつき,平成25年9月9日,腎機能障害の増悪を,同月10日には,急速な呼吸苦増悪,右心負荷増大所見を確認して,心不全との合併症と診断した。その後,Dの症状は増悪し

に改める。原判決59頁16行目のDの右肺には胸膜プラークと一致する所見があったとされているをDの右肺につき,組織学的に胸膜プラークと一致する所見を確認したとされ,その乾燥肺重量1g当たりの石綿小体数は121本とされているに改め,17行目末尾を改行の上,次のとおり加える。
九州労災病院は,調査嘱託に対する回答書において,本件胸膜肥厚は,組織学的には,細胞成分に乏しい,膠原線維の増生からなる胸膜肥厚であり,胸膜プラークの所見であるが,アスベスト(石綿)によるものとしては,椎体周囲に限局した小さなもので,小さいながら表面の凹凸が目立つなど,典型例とは異なっていて,本件胸膜肥厚の原因については,石綿のみならず,他の炎症や外傷も考えられ,断定できない旨の回答(以下「本件回答という。
)をした(調査嘱託の結果)」

原判決60頁20行目の

相当である。

の次に

もっとも,Dの業務歴,石綿小体数等によれば,本件不整形陰影は石綿ばく露によるものではないと考える。

を加え,22行目の線維化の所見を線維化という慢性間質性肺炎の所見に,23行目から24行目にかけての石綿肺と特発性間質性肺炎を含むその他の肺炎とを鑑別することは困難であるを石綿肺と特発性間質性肺炎との鑑別は困難であり,その他の組織学的な所見(石綿小体数,胸膜プラークの有無)も併せて検討すべきであるに,25行目の本件胸膜肥厚は確認できるがをDの乾燥肺重量1g当たりの石綿小体数は,クリソタイルが石綿小体を形成しにくいこと,クリソタイルは,クリアランス率が高く,石綿ばく露後40年で2分の1ないし5分の1に減少するとされていることを踏まえても,一般大気環境における石綿ばく露によるものにとどまる。また,本件胸膜肥厚の存在は確認されるもののにそれぞれ改める。原判決61頁9行目及び10行目の甲D11をいずれも甲D11,15に改め,23行目末尾に全身状態の悪化は,誤嚥性肺炎(誤嚥による細菌性肺炎)発症の原因となり得るが,仮にARDSの発症に誤嚥性肺炎が関与していたとしても,Dは,石綿に起因する肺がんの手術により,著しい肺機能障害を生じ,石綿肺の易感染性に起因する細菌性肺炎を繰り返して,肺機能障害が悪化し,その結果,全身状態不良となって,嚥下機能が低下し,誤嚥性肺炎を発症して,その病態がARDSに進展したと見ることができ,ARDSは石綿粉じんばく露に起因するものと判断される。を加える。原判決62頁6行目末尾を改行の上,次のとおり加える。
N医師(以下「N医師という。
)の意見書(乙ロA9,10)
本件回答によれば,本件胸膜肥厚は,胸膜プラークではない可能性が高い。Dの乾燥肺1g当たりの石綿小体数は,クリソタイルが石綿小体を形
成しにくいこと,クリソタイルは,クリアランス率が高く,石綿ばく露後40年で2分の1ないし5分の1に減少するとされていることを踏まえても,一般大気環境における石綿ばく露によるものにとどまる。
診療記録によれば,Dは,加齢や,慢性心不全に伴う全身状態不良に起因する嚥下障害により誤嚥を繰り返して,細菌性肺炎を発症し,これがA
RDSに進展し,うっ血性心不全の増悪と合併して,急性呼吸不全により死亡したと考えられ,石綿ばく露がDの死亡に寄与した蓋然性は乏しい。」
原判決66頁7行目の現時点においてはを肺がんの発症原因を石綿ばく露とするための累積ばく露量について,クリソタイルと角せん石族石綿とでは,肺がんの発症リスクが2倍になる累積ばく露量は異なるとする報告があるものの,ばく露した石綿の種類を特定するのは困難であることや,肺がんの発症リスクが2倍になる累積ばく露量に関する見解に大幅な相違があることから,現時点においてはに改める。原判決67頁3行目のクリソタイルについてをクリソタイルのクリアランスの程度に関し,定量的に解析した文献は見当たらないものの,クリソタイルと角せん石族石綿に同時にばく露し,かつ,クリソタイルと角せん石族石綿の量比が判明している事例に係る調査結果によれば,肺内のクリソタイルは,石綿ばく露後40年で2分の1ないし5分の1に減少すると試算される。他方,クリソタイルの肺がん発症リスクは,角せん石族石綿に比して低いとする報告が多数あり,これによれば,クリソタイルの肺がん発症リスクは,角せん石族石綿に比して10分の1以下となる。そうすると,クリソタイルについては,角せん石族石綿以上の肺内石綿繊維数(石綿小体数)がなければ,肺がんの発症リスクが2倍になる累積ばく露量と見なし得ないことになるがに改める。原判決67頁14行目末尾を改行の上,次のとおり加える。
h「胸膜プラーク+石綿ばく露作業従事期間10年の指標
平成18年報告書は,胸膜プラークがあることだけをもって,肺がんの
発症リスクが2倍になる石綿ばく露があったとはいえないとし,石綿ばく露作業従事期間につき,おおむね10年以上の石綿ばく露期間があったとしても,これのみを判断指標とするのではなく,胸膜プラーク等の医学的所見を併せて評価することが必要であるとする。上記の認定基準は,平成18年報告書,及び,昭和53年から続く従前の運用を踏まえ,医学的所
見と石綿ばく露作業従事期間を組み合わせて設定したもので,
平成18年
2月から平成22年11月までの石綿による肺がん事例(3030件)のうち,上記の認定基準を充足し,かつ,石綿小体数が明らかになっている130件を分析したところ,石綿小体数5000本以上のものが94件(72.3%)
,5000本未満のものが36件(27.7%)との結果が

得られていることから,肺がんの発症リスクが2倍になる累積ばく露量の指標として,一定の評価をすることができる。
なお,
胸膜プラーク+石綿ばく露作業従事期間10年の指標におけ
る胸膜プラークについて,胸部CT等の画像では確認されないが,手術等において肉眼で確認されたものも含むとされているが,今後,肉眼によってのみ確認される胸膜プラークと,
画像により確認されるそれとを同一に
扱うべきか検討を要する。


原判決68頁11行目のF医師のから15行目の(認定事実イ,ウ)までを後述のとおり,本件胸膜肥厚は,石綿ばく露によってのみ発生するとされる胸膜プラークであることに改める。原判決68頁24行目のエックス線所見やをエックス線,CT画像所見やに改め,25行目の(なおから69頁2行目の

確定している。)

までを削る。
原判決69頁2行目末尾を改行の上,次のとおり加える。
控訴人らは,本件胸膜肥厚は,結核性胸膜炎等の他の炎症や外傷に起因するもので,石綿ばく露により発生するとされる胸膜プラークではない旨の主張をする。そして,J医師及びN医師の各指摘は,いずれも上記主張に沿うものである。しかしながら,F医師は,本件HRCT画像所見等に基づき,本件胸膜肥厚は胸膜プラークと考えるべきである旨の指摘をする上,証拠(甲B19,甲D8,調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば,①本件胸膜肥厚は,胸膜プラークの好発部位(傍脊椎領域,下肺背部。これに対し,結核性胸膜炎に起因する胸膜肥厚の好発部位は,肺尖部や肋骨横隔膜角とされている。)に存在し,Dの既往である結核性胸膜炎と異なり石灰化していないこと,②Dの死亡後,九州労災病院の医師が実施した病理解剖において,本件胸膜肥厚は,境界明瞭で,細胞成分に乏しい,バスケット織(Basketweave)様の膠原線維の増生からなる胸膜肥厚であり,組織学的に胸膜プラークの所見と一致することが確認されていることが認められ,かかる事実に照らすと,本件胸膜肥厚は,石綿ばく露によってのみ発生するとされる胸膜プラークであると推認するのが相当である。九州労災病院は,本件回答において,本件胸膜肥厚の原因は,石綿のみならず,他の炎症や外傷も考えられ,断定できない旨の回答をするが,これは,本件胸膜肥厚が組織学的に胸膜プラークの所見と一致することまで否定するものではなく,本件回答をもって,上記認定判断は左右されない。控訴人らの主張は採用できない。原判決71頁2行目及び76頁1行目の認定事実イ(シ),ウ(ア)をいずれも前記アに改める。

原判決77頁24行目末尾を改行の上,次のとおり加える。

控訴人らは,Dは,加齢や,慢性心不全に伴う全身状態不良に起因する嚥下障害により誤嚥を繰り返して,誤嚥性肺炎を発症し,これがARDSに進展し,うっ血性心不全の増悪と合併して,急性呼吸不全により死亡した旨の主張をする。そして,N医師の指摘は,これに沿うものである。しかしながら,Dが,誤嚥性肺炎を発症したことを認めるに足りる証拠はない。また,Dが誤嚥を繰り返していたとしても(甲B25)Dの症状,,診療経過に照らすと,それは肺機能の低下に伴う全身状態の悪化によるものと見るべきで,肺機能の低下は,石綿肺にり患したことや,肺がんを発症して左肺下葉を切除する手術を受けたことによるものであるから,これをもって,石綿粉じんばく露と死亡との間の因果関係を否定することもできない。控訴人らの主張は採用できない。原判決78頁17行目の石綿・ゼオライトを石綿・ゼオライトのすべてに,24行目の甲A23,25を甲A23,25,33にそれぞれ改める。

原判決80頁3行目から4行目にかけての
当面における基本的事項当を面の対策における基本的事項に改める。原判決88頁5行目の甲A16を甲A16,29に改める。
原判決94頁6行目末尾を改行の上,次のとおり加える。
控訴人会社は,Dが死亡した主たる原因は,飽くまでARDS及び細菌性肺炎というべきであり,Dの損害額は,ARDS及び細菌性肺炎による寄与度に応じて減額すべきである旨の主張をするが,Dの石綿肺や肺がんのり患と細菌性肺炎及びARDSの発症との間に因果関係があることは,前記のとおりである。控訴人会社の主張は,その前提を欠き,採用できない。2よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

福岡高等裁判所第1民事部

裁判長裁判官

森冨義明
裁判官

佐藤拓海
裁判官

伊賀和幸
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