判例検索β > 令和1年(ワ)第2417号
DNA型、指紋及び写真データの抹消等請求事件
事件番号令和1(ワ)2417
事件名DNA型、指紋及び写真データの抹消等請求事件
裁判年月日令和4年3月3日
法廷名名古屋地方裁判所
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-03-03
情報公開日2022-06-04 04:00:29
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
令和4年3月3日判決言渡

同日原本領収

令和元年(ワ)第2417号
口頭弁論終結日

裁判所書記官

DNA型、指紋及び写真データの抹消等請求事件

令和3年12月16日
判決主文1
原告の請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由

第1
1
請求
被告は、平成26年8月19日に愛知県A警察署の警察官が撮影した原告の写真並びに同日に同署の警察官が採取した原告の指紋及びDNA型のデータを抹消せよ。

2
被告は、原告に対し、150万円及びこれに対する令和元年6月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2

事案の概要

1
事案の要旨
本件は、逃げ出した飼い犬を探すために電柱にチラシを貼ったことから名古屋市屋外広告物条例違反の被疑事実により愛知県A警察署(以下A警察署
という。)の警察官の取調べを受け、その際、その顔写真を撮影されるとともに、DNA型鑑定資料(口腔内細胞)及び指紋を採取された原告が、被告に対し、被告(警察庁刑事局犯罪鑑識官)が原告の被疑者DNA型記録、指掌紋記録等及び被疑者写真記録(以下、原告に係るこれらの記録を本件各記録という。)を保管していることは、憲法13条により人格権として保障される情
報自己決定権を侵害し、違憲・違法であると主張して、人格権に基づく妨害排除請求として本件各記録の抹消を求めるとともに、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として慰謝料150万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である令和元年6月22日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2
関係法令等の定め
警察法上、犯罪鑑識施設の維持管理その他犯罪鑑識に関する事務が国家公安委員会及び警察庁の所掌事務の一つとして掲げられ
(5条4項20号、
17条)

国家公安委員会は、その所掌事務について、法律、政令又は内閣府令の特別の委任に基づいて、国家公安委員会規則を制定することができ(12条)、同法
の実施のために必要な事項は政令で定めるとされている(81条)。そして、警察法施行令(昭和29年政令151号)13条1項において、国家公安委員会が警察法5条4項の規定による管理に係る事務を行うために必要な手続その他の事項については、国家公安委員会規則で定めるとされている。以上の諸規定を受けて、国家公安委員会は、被疑者のDNA型、指掌紋及び
写真に関する情報の取扱いに関し、以下の規則を制定している。


DNA型記録取扱規則
(平成17年国家公安委員会規則第15号。
以下
DNA型規則という。甲7)の定め

警察庁刑事局犯罪鑑識官(以下犯罪鑑識官という。)は、警視庁、道府県警察本部若しくは方面本部の犯罪捜査を担当する課(課に準ずるものを含む。)の長又は警察署長(以下警察署長等という。)から嘱託
を受けて被疑者資料のDNA型鑑定を行い、その特定DNA型が判明したときは、当該被疑者資料の特定DNA型その他の警察庁長官が定める事項の記録を作成しなければならない(3条1項。なお、同項及び同条2項により作成される記録を被疑者DNA記録という(2条5号)。)。イ
警視庁又は道府県警察本部の科学捜査研究所長(以下科学捜査研究所長という。)は、当該科学捜査研究所が警察署長等から嘱託を受けて被疑者資料のDNA型鑑定を行い、その特定DNA型が判明したときは、当該被疑者資料の特定DNA型その他の警察庁長官が定める事項の記録を作成し、これを犯罪鑑識官に電磁的方法により送信しなければならない(3条2項)。

犯罪鑑識官は、3条1項の規定により被疑者DNA型記録を作成したとき又は同条2項若しくは3項(4条2項の規定により準用する場合を含む。)の規定による被疑者DNA型記録、遺留DNA型記録若しくは変死者等DNA型記録の送信を受けたときは、これを整理保管しなければならない(6条1項)。


犯罪鑑識官は、その保管する被疑者DNA型記録が次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、当該被疑者DNA型記録を抹消しなければならない(7条1項柱書)。
被疑者DNA型記録に係る者が死亡したとき(7条1項1号)。
前号に掲げるもののほか、被疑者DNA型記録を保管する必要がなくなったとき(7条1項2号)。



指掌紋取扱規則(平成9年国家公安委員会規則第13号。以下指掌紋規則という。甲8)の定めア
この規則において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる(2条柱書)。

指紋記録等

被疑者の指紋及び氏名、異名その他の被疑者を識別する

ために必要な事項(以下身上事項という。)の電磁的方法による記録(以下指紋記録という。)又は被疑者の指紋を押なつし、及び身上事項を記載して作成した資料(以下指紋資料という。)をいう(2条1号)。
掌紋記録等

被疑者の掌紋及び身上事項の電磁的方法による記録(以

下掌紋記録という。)又は被疑者の掌紋を押なつし、及び身上事項を記載して作成した資料(以下掌紋資料という。)をいう(2条2号)。

警察署長等は、所属の警察官が被疑者を逮捕したとき又は被疑者の引渡しを受けたときは、指紋記録等及び掌紋記録等(以下指掌紋記録等という。)を作成しなければならない(3条1項)。


警察署長等は、身体の拘束を受けていない被疑者について必要があると認めるときは、その承諾を得て指掌紋記録等を作成するものとする(3条2項)。


警察署長等は、前条の規定により指紋記録及び掌紋記録を作成したときは、速やかに当該指紋記録及び掌紋記録を警察庁刑事局犯罪鑑識官(以下
警察庁犯罪鑑識官という。)及び警視庁、道府県警察本部又は方面本部の鑑識課長(以下府県鑑識課長という。)に電磁的方法により送らなければならない(4条1項)。

警察署長等は、前条の規定により指紋資料及び掌紋資料を作成したときは、速やかに当該指紋資料及び掌紋資料を府県鑑識課長に送付しなければ
ならない(4条2項)。

府県鑑識課長は、前項の規定により指紋資料及び掌紋資料の送付を受けたときは、速やかに当該指紋資料及び掌紋資料に係る指紋記録及び掌紋記録を作成し、これを警察庁犯罪鑑識官に電磁的方法により送らなければならない(4条3項)。


警察庁犯罪鑑識官又は府県鑑識課長は、前三項の規定により指掌紋記録等の送信又は送付を受けたときは、
これを整理保管しなければならない
(4
条4項)。


警察庁犯罪鑑識官又は府県鑑識課長は、その保管する指掌紋記録等が次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、当該指掌紋記録等及び当該指掌紋記録等に係る処分結果記録又は処分結果資料を抹消し、又は廃棄しなければならない(5条3項柱書)。
指掌紋記録等に係る者が死亡したとき(5条3項1号)。
前号に掲げるもののほか、指掌紋記録等を保管する必要がなくなったとき(5条3項2号)。


被疑者写真の管理及び運用に関する規則(平成2年国家公安委員会規則第9号。以下写真規則という。甲9)の定め

警察署長等は、所属の警察官が被疑者を逮捕し、又はその引渡しを受けたときは、画像を電磁的方法により記録することにより当該被疑者の写真(以下被疑者写真という。)を撮影し、当該被疑者写真及び当該被疑者の氏名、生年月日その他当該被疑者を識別するために必要な事項を電磁
的方法により記録したもの(以下被疑者写真記録という。)を作成しなければならない。ただし、当該被疑者を他の警察署長等に引き渡す場合には、被疑者写真記録の作成を省略することができる。(2条1項)イ
警察署長等は、身体の拘束を受けていない被疑者について必要があると認めるときは、その承諾を得て被疑者写真を撮影し、被疑者写真記録を作
成するものとする(2条2項)。

警察署長等は、前条の規定により被疑者写真記録を作成したときは、速やかに当該被疑者写真記録を府県鑑識課長に電磁的方法により送信しなければならない(3条1項)。


府県鑑識課長は、被疑者写真記録の送信を受けたときは、その内容を審査した後、速やかに当該被疑者写真記録を警察庁犯罪鑑識官に電磁的方法により送信しなければならない(3条2項)。


警察庁犯罪鑑識官は、前条2項の規定により被疑者写真記録の送信を受けたときは、これを整理保管しなければならない(4条)。


警察庁犯罪鑑識官は、その保管する被疑者写真記録が次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、当該被疑者写真記録を抹消しなければならない(5条柱書)。
被疑者写真記録に係る者が死亡したとき(5条1号)。
前号に掲げるもののほか、被疑者写真記録を保管する必要がなくなったとき(5条2号)。
3
前提事実(争いのない事実及び掲記各証拠又は弁論の全趣旨から容易に認められる事実)


原告は、平成26年6月16日から同月18日までの間、逃げ出した飼い犬を探すため、名古屋市A区内の9か所の電柱に、同犬を見かけた場合には電話連絡することを呼びかけるチラシ(以下本件チラシという。)を貼付した(甲12)。



A警察署の警察官は、原告の前記⑴の行為を名古屋市屋外広告物条例被疑事件として立件し(以下、この事件を本件被疑事件という。)、平成26年7月10日及び同年8月19日、原告に対し、取調べのほか、原告の顔写真を撮影し、DNA型鑑定資料(口腔内細胞)及び指紋を採取するなどの捜査を行った。



その後、本件被疑事件は、在宅捜査のまま、名古屋区検察庁の検察官に送致されたが、同庁の検察官は、平成26年9月29日、本件被疑事件について不起訴処分をした(甲11)。

4
争点及びこれに関する当事者の主張


被告が本件各記録を保管しているか(争点1)
(原告の主張)

原告の被疑者DNA型記録について
愛知県警察証拠物件管理要綱(平成23年12月16日刑総発甲第282号。以下本件証拠物件管理要綱という。甲14)では、被疑者から
口腔内細胞を採取した場合、鑑定嘱託をすることが義務付けられている。そして、原告から口腔内細胞が採取された以上、A警察署から愛知県警察本部刑事部科学捜査研究所長(以下愛知県警科捜研所長という。)に対して鑑定嘱託されたはずであり、DNA型規則3条2項、6条1項に従い、被告の犯罪鑑識官が原告の被疑者DNA型記録を整理保管しているはずである。

原告の指掌紋記録等について
原告から指紋が採取された以上、指掌紋規則に従い、被告の犯罪鑑識官が原告の指掌紋記録等を整理保管しているはずである。
被告は、平成26年10月15日に原告の指掌紋記録等を抹消した旨主張するが、抹消の経緯や抹消のルールも不明である上、同種事案においては、不起訴処分後も、指掌紋記録等が抹消されていない。


原告の被疑者写真記録について
原告の顔写真が撮影された以上、写真規則2条2項に従い、A警察署長において、原告の被疑者写真記録が作成され、同規則3条、4条に従い、被告の犯罪鑑識官が、原告の被疑者写真記録を整理保管しているはずである。

(被告の主張)

原告の被疑者DNA型記録について
犯罪鑑識官が原告の被疑者DNA型記録を整理保管した事実はない。刑訴法223条は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは鑑定を嘱託することができる旨規定しており、本件証拠物件管理要綱が、同
条の犯罪の捜査をするについて必要があるときに該当しなくなった場合にまで、鑑定嘱託をすることを義務付ける趣旨とは考えられない。イ
原告の指掌紋記録等について
犯罪鑑識官は、平成26年8月26日、原告の指掌紋記録等の送信を受
け、指掌紋規則4条4項に基づき、これをいったん整理保管したが、その後、保管の必要性がないと判断し、同年10月15日、同規則5条3項2号に従い、これを抹消した。

原告の被疑者写真記録について
犯罪鑑識官が原告の被疑者写真記録を整理保管した事実はない。
写真規則2条2項は、身体の拘束を受けていない全ての被疑者について被疑者写真記録を作成することを義務付けるものではない。



本件各記録の削除請求の可否(争点2)
(原告の主張)

憲法13条により、人格権の一つとして情報自己決定権(自己の個人データの開示及び使用については、原則として自ら決定する権利)が保障されており、情報自己決定権が侵害された場合には、侵害の排除を求める妨
害排除請求権が認められるというべきである。具体的には、情報の保管、集積により情報自己決定権が侵害されている場合には、妨害排除請求権の具体的な現れとして、情報を管理、集積している国家に対し、情報の削除を求めることができると解すべきである。

被告は、被疑者DNA型記録、指掌紋記録等及び被疑者写真記録(以下、これらの記録を総称してDNA型等の記録という。)を、刑事事件終了後もデータベース化して保管しているところ、この保管行為は、当該個別事件の訴追を目的とする捜査活動ではなく、当該個別事件を離れて将来の犯罪捜査を目的とする行政警察活動であるというべきである。そして、
DNA型等の記録を保管する行為自体によっても情報自己決定権が制限されるのであるから、憲法41条により、保管行為自体にDNA型等の記録の取得とは別個の法律上の根拠を要するというべきである。
しかし、DNA型等の記録の保管については、DNA型規則、指掌紋規則及び写真規則という国家公安委員会規則が定めているにすぎず、法律上
の根拠がない。
したがって、被告によるDNA型等の記録の保管行為は、法律上の根拠がないことから、同条に違反するとともに、適正な法律による手続の保障を求める同法31条にも違反し、情報自己決定権を侵害しているというべきである。

また、情報自己決定権が人格的価値の根幹であり、民主主義社会にとって重要な権利であることからすれば、情報自己決定権の制限は、目的に合
理性があり、かつ、手段が目的のために必要最小限のものでなければならず、これを超えた場合には情報自己決定権を侵害するというべきである。そして、DNA型等の記録の保管については、仮に将来の捜査という目的に一定の合理性があるとしても、その手段において、諸外国におけるような、対象犯罪を重大犯罪や性犯罪に限定し、削除の要件を明確に定める
ということがされていないことからすれば、必要最小限度の制限とはいえない。
特に、本件においては、本件被疑事件が名古屋市屋外広告物条例違反という極めて軽微な事案であることからすれば、被告による本件各記録の保管が、必要最小限度を超える情報自己決定権の侵害であることは明らかで
ある。

よって、人格権に基づき、本件各記録の削除請求が認められるべきである。

(被告の主張)
前記⑴において主張したとおり、現在、犯罪鑑識官が本件各記録を整理保管している事実はない。
人格権に基づく妨害排除請求は、その妨害排除の対象となった他人の行為が現に存在する限りにおいて、妨害排除請求権の存否及び内容を判断する訴訟上の必要と利益がある。したがって、原告による本件各記録の抹消請求に
係る訴えは、訴えの利益を欠くものとして却下されるべきである。仮に同訴えが適法であるとしても、その請求には理由がない。


国家賠償法上の違法事由の有無及び原告の損害(争点3)
(原告の主張)

前記⑴、⑵において主張したとおり、被告は本件各記録を保管しており、これは原告の情報自己決定権を侵害して違憲・違法であるところ、これによる原告の精神的苦痛は著しく、
慰謝料は150万円を下るものではない。


仮に、被告が原告の指掌紋記録等を削除したとしても、原告は、本件訴えの提起後、被告が準備書面においてその旨を主張するまで、その事実を知らなかった。原告の指紋の採取及びその情報の保管は原告の情報自己決定権を侵害するものであり、指掌紋記録等が削除されたことを伝えられなければ原告の権利の回復は果たされないから、被告は、原告の指掌紋記録
等を削除した時点で、愛知県警察を通じ、原告に対してその旨を伝えるべき職務上の注意義務を負っていたというべきである。
したがって、この義務に違反した被告の行為は違法であり、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は,やはり150万円を下るものでない。(被告の主張)


被告は、現在、本件各記録を整理保管していない以上、被告が本件各記録を整理保管していることを前提とする原告の国家賠償請求には理由がない。


原告に対して指掌紋記録等を削除することを伝えることを義務付ける法令上の規定はなく、被告は原告主張の職務上の注意義務を負っていない。

第3
1
原告主張の損害は、いずれも否認し、争う。

当裁判所の判断
認定事実
前記前提事実に加え、掲記各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実
が認められる。
⑴ア

犯罪鑑識官に設置され、各都道府県警察から送信を受けた被疑者の指掌紋記録等を整理保管している指掌紋自動識別システム(以下指掌紋システムという。)には、令和2年1月22日の時点において、犯罪鑑識官が、平成26年8月26日にA警察署から原告の指掌紋記録等の送信を受けたが、
同年10月15日にこれを抹消した旨の履歴が記録されていた
(乙
1)。


犯罪鑑識官等に設置され、各都道府県警から送信を受けた被疑者DNA型記録や被疑者写真記録等を整理保管している警察総合捜査情報システム(以下総合システムという。)には、令和2年1月22日の時点において、原告の被疑者DNA型記録及び被疑者写真記録が、いずれも整理保管されていなかった(乙1)。



総合システムには、令和3年12月10日の時点において、原告の被疑者DNA型記録及び被疑者写真記録が、
いずれも整理保管されていなかった
(乙
5)。



指掌紋システムには、令和3年12月13日の時点において、原告の指掌紋記録等について、前記⑴アと同一の履歴が記録されていた(乙5)。
2
争点1(被告が本件各記録を保管しているか)について
原告の被疑者DNA型記録について

原告は、本件証拠物件管理要綱によれば、被疑者から口腔内細胞DNA型資料を採取した場合、鑑定嘱託をすることが義務付けられている以上、
その結果として、被告の犯罪鑑識官において、原告の被疑者DNA型記録が整理保管されているはずであると主張する。
確かに、本件証拠物件管理要綱には、鑑識資料取扱責任者は、被疑者口腔内細胞DNA保管庫に被疑者口腔内細胞DNA型資料の入庫を確認した場合は、
速やかに鑑定嘱託するものとするとの条項があるが
(第5・1⑸)


この条項は、証拠物件の適正な管理を図るという本件証拠物件管理要綱の目的(第1・1)に従い、被疑者口腔内細胞DNA型資料の鑑定嘱託をする場合の実施時期に関する一般的な原則あるいは方針を示した規定であると解され、この条項が、被疑者から口腔内細胞DNA型資料を採取した場合には、いかなるときでも鑑定嘱託をすることを義務付けた規定であるとは解されない。

そして、A警察署は、当裁判所の調査嘱託に対し、原告から任意提出を受けて原告の口腔内細胞を保管していたが、必要がなくなったことから廃棄しており、愛知県警科捜研所長に当該口腔内細胞のDNA型鑑定を嘱託していない旨回答し、愛知県警察本部も、当裁判所の調査嘱託に対し、愛知県警科捜研所長は、原告の口腔内細胞について、警察署長等から鑑定嘱託を受けておらず、DNA型鑑定を実施していない旨回答し、かつ、前記
認定事実のとおり、犯罪鑑識官は、令和2年1月22日及び令和3年12月10日の各時点において、原告の被疑者DNA型記録を整理保管していないことが認められる。
これらに加え、本件被疑事件の内容、性質等も考慮すると、A警察署長が、愛知県警科捜研所長に対して原告の口腔内細胞についてDNA型鑑定
を嘱託しなかったとしても、そのことが不自然・不合理なものとはいえず,本件全証拠に照らしても,そのほかに,原告の口腔内細胞についてDNA型鑑定を嘱託したことをうかがわせる事情も見当たらない。

以上によれば、原告がA警察署において口腔内細胞を採取されたことをもって、被告の犯罪鑑識官が原告の被疑者DNA型記録を整理保管した事
実を認めることはできない。


原告の指掌紋記録等について
証拠(乙1,5)によれば、指掌紋システムにおいては、指掌紋記録等が処理されるたびに、機械的に、処理日時、処理種別(理由)等が履歴として
記録されることが認められる。そうすると、前記認定事実の指掌紋システムの履歴のとおり、犯罪鑑識官は、平成26年8月26日に原A警察署から告に係る指掌紋記録等の送信を受けたが、同年10月15日にこれを抹消したものと認められ、原告が指摘する諸事情は、この認定を左右するものとはいえない。

原告の被疑者写真記録について

原告は、原告の顔写真が撮影された以上、写真規則2条2項に従い、A警察署長において、原告の被疑者写真記録が作成され、同規則3条、4条に従い、被告の犯罪鑑識官が原告の被疑者写真記録を整理保管しているはずであると主張する。
しかし、同規則2条2項は、

警察署長等は、身体の拘束を受けていない被疑者について必要があると認めるときは、その承諾を得て被疑者写真を撮影し、被疑者写真記録を作成するものとする

と定めており、このような文言からして、被疑者の写真を撮影した場合には、いかなるときでも被疑者写真記録を作成することが義務付けられたものとは解されない。イ
そして、A警察署は、当裁判所の調査嘱託に対し、原告の被疑者写真を撮影し、その画像ファイルを保管していたが、必要がなくなったことから
抹消しており、原告の被疑者写真記録を作成しておらず、愛知県警本部鑑識課長に送信もしていない旨回答し、愛知県警察本部も、当裁判所の調査嘱託に対し、愛知県警本部鑑識課長は、警察署長等から原告の被疑者写真記録の送信を受けていない旨回答し、かつ、前記認定事実のとおり、犯罪鑑識官は、令和2年1月22日及び令和3年12月10日の各時点におい
て、原告の被疑者DNA型記録を整理保管していないことが認められる。これらに加え、本件被疑事件の内容、性質等も考慮すると、A警察署長が、原告の被疑者写真記録を作成しなかったとしても、そのことが不自然・不合理なものとはいえず,本件全証拠に照らしても,そのほかに,原告の被疑者写真記録が作成されたことをうかがわせる事情も見当たらない。

以上によれば、原告がA警察署において顔写真を撮影されたことをもって、被告の犯罪鑑識官が原告の被疑者写真記録を整理保管した事実を認めることはできない。


小括
以上によれば、被告は、平成26年8月26日に原告の指掌紋記録等をA警察署から送信を受けたものの、同年10月15日にこれを抹消した事実が
認められ、また、被告が、原告の被疑者DNA型記録及び被疑者写真記録を整理保管した事実を認めることはできない。
3
争点2(本件各記録の削除請求の可否)について
前示のとおり、被告が、現時点において、本件各記録を保管しているとは認められないから、その余の点を検討するまでもなく、本件各記録の削除請求に
は理由がない。
なお、現時点において被告が本件各記録を保管していないことは、訴えの利益を否定する理由とはならないから、本件訴えを却下すべきである旨の被告の主張は、採用することができない。
4
争点3(国家賠償法上の違法事由の有無及び原告の損害)について⑴

原告の被疑者DNA型記録及び被疑者写真記録については、
前示のとおり、
被告がこれらの記録を整理保管したことがあると認めることはできない。
⑵ア

原告の指掌紋記録等については、原告の陳述書(甲24)及び弁論の全趣旨によれば、A警察署の警察官が、原告の指紋を採取する際、原告に虚偽の事実を申し向けたり、指紋の押捺を強制したりしたことはなく、また、
原告の指掌紋記録等は、本件被疑事件について不起訴処分がされた約2週間後である平成26年10月15日に抹消され、
本件全証拠に照らしても、
原告の指掌紋記録等が本件被疑事件の捜査以外に利用された形跡も見当たらない以上、原告の指紋の採取並びに原告の指掌紋記録等の保管及び利用が、国家賠償法1条1項の適用上違法なものということはできない。

原告は、原告の指紋の採取及びその情報の保管が原告の情報自己決定権を侵害するなどとして、被告は、原告の指掌紋記録等を削除した時点で、愛知県警察を通じ、原告に対してその旨を伝えるべき職務上の注意義務を負っていた旨主張する。しかし、本件被疑事件の証拠の取扱いに関し、被告が被疑者であった原告に対して何らかの告知をすべき義務を負うと解することは困難であり、原告の上記主張を採用することはできない。


以上によれば、その余の点を検討するまでもなく、原告の国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求には理由がない。

5
結論
よって、原告の請求はいずれも理由がないから、棄却することとして、主文
のとおり判決する。

名古屋地方裁判所民事第6部

裁判長裁判官

加島滋人
裁判官

久田淳一
裁判官

治部宏

トップに戻る

saiban.in