判例検索β > 令和3年(う)第25号
傷害、公務執行妨害、強盗殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、殺人未遂、殺人被告事件
事件番号令和3(う)25
事件名傷害、公務執行妨害、強盗殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、殺人未遂、殺人被告事件
裁判年月日令和4年3月24日
法廷名名古屋高等裁判所  金沢支部
結果破棄差戻
原審裁判所名富山地方裁判所
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-03-24
情報公開日2022-05-03 04:00:10
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主文
原判決を破棄する
本件を富山地方裁判所に差し戻す。

第1
1由
控訴趣意
検察官の控訴趣意は,富山地方検察庁検察官検事西岡剛作成,名古屋高等検察庁金沢支部検察官検事福島弘提出の控訴趣意書に記載のとおりであり,これに対する答弁は,弁護人中西祐一(主任),同西山貞義,同中澤聡共同作成の答弁書に記載のとおりであるから,これらを引用する。
その論旨は,

けん銃強取目的を認定しなかった原判決には,判決に

影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,
た原判決の量刑判断は不当である,

死刑を選択しなかっ

けん銃強取目的や量刑事情の立証

のために検察官が請求した証拠を採用しなかった原審の手続には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というものである。
2
弁護人らの控訴趣意は,上記弁護人ら共同作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に各記載のとおりであり,これに対する答弁は,検察官池邊光彦作成の答弁書に記載のとおりであるから,これらを引用する。その論旨は,

被告人について心神耗弱と認定しなかった原判決には,

判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,

被告人を無期

懲役に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というものである。そこで,記録を調査して検討する(以下,略称については原判決のそれによる)。
第2

本件事実関係の概要
原審で取り調べられた関係各証拠によれば,本件各犯行に至った客観
的な事実経過や,奥田交番を襲撃するに至った経緯及び動機等を含め,本件事実関係の概要は,以下のとおりである。
1
被告人は,幼少の頃から集団に馴染めず,友人もできないなど上手く対人関係を作ることができず,中学生の頃にはいじめを受けるようになって不登校となり,家庭内では粗暴な言動に及ぶこともあった。
被告人は,中学卒業後,高校には進学しなかったが,平成27年4月に自衛隊に入隊して2年間自衛官として勤務したものの,対人関係のトラブルから暴力事件を起こしたことが原因で除隊することとなり,その後に就職した会社でも対人関係のトラブルを起こして退社し,それ以降,定職に就くことなく自宅に引きこもる生活を送っていた。

2
被告人は,求人広告を見付けて,平成30年4月から,aでアルバイト従業員として稼働していたところ,同年6月26日午後1時頃,勤務中に他の従業員と口論となり,仲裁に入った店長に注意を受けたことに立腹し,同人に暴行を加えて左肋骨骨折等の傷害を負わせ,アルバイトを辞めるつもりで同店を後にした。

3
被告人は,いったんは駅の方に向かったが,これまでも人間関係での失敗を繰り返していたにもかかわらず,再び同様の失敗を繰り返して社会の中で居場所を定めることのできない自身への失望や嫌悪感,これから何も展望のない人生を生き続けることへの諦めの気持ちや疲労感に加えて,今まで自身を拒絶した者たちへの敵意等の感情が爆発して自暴自棄となり,自衛隊での訓練等で身に付けた自分の能力が通用するのか,戦闘によって確かめたいなどと考え,その相手がけん銃という武器を所持する者であれば精神的抵抗が少ないことから,交番を襲撃して警察官を殺害することを決意し,スマートフォンの地図アプリケーションで交番を検索し,最寄りの奥田交番に向かった。
被告人は,同日午後2時5分頃,奥田交番前を通り過ぎながら,交番
内に一,二名の人影があるのを確認したが,さらに同交番の裏手に回ると,敷地内に自家用車が2台停まっていたことから,同交番内には2名の警察官がいると推測した(なお,同交番内には,実際に,b警部補と交番相談員の2名がいた。)。そして,被告人は,2名であれば交番裏の間口の狭い通用口ドアからナイフによる接近戦を仕掛ければ自分の方が有利であるなどと考え,リュックサックに入れて持ち歩いていた斧,ナイフ,ブッシュナイフ,折りたたみ式ナイフのうち,斧とナイフを取り出して手に持ち,同日午後2時6分頃,同交番裏の通用口ドアをノックした。
被告人は,通用口のドアを開けたb警部補に対し,手にした斧やナイフで襲い掛かり,これに対し,同警部補は,通用口ドアの前で被告人に応戦した。その間,交番相談員も,さすまたで加勢したものの,被告人からさすまたをつかまれて押し返されたことから,通信指令室に電話をかけるために事務室に戻った。被告人は,b警部補に対し,ナイフでその腹部,顔面等を刺すなどの攻撃を加え,途中,同警部補は,発射警告をした上,けん銃を2発発射するなどしたが,間もなくうつ伏せに倒れ込んだ。被告人は,同警部補が動かなくなると,直ちにその吊り紐を斧で切断して同警部補のけん銃を入手した。その頃,交番相談員は,通報の途中で受話器を放り出して同交番の正面出入口から逃げ出しており,同交番内には誰もいなかったが,被告人は,手にしたけん銃を構えながら同交番内に入り,各部屋をのぞき込むなどしていた。被告人からナイフで40か所にわたり刺されるなどしたb警部補は,左腹部刺創や左側頸部刺創が致命傷となって間もなく死亡した。
4
その後,被告人は,同日午後2時10分頃奥田交番を後にして,同交番東側の住宅街を徘徊したが,その間,母親に対し,スマートフォンで,部屋に入っていいから漫画を全部燃やしてほしいという内容のメッセー
ジを送るなどした後,そのスマートフォンを壊して投棄し,自身が負ったけがの止血処置をするなどしていた。
そして,被告人は,同日午後2時24分頃,奥田交番から程近い大通りへと戻ってきたところ,奥田小学校の敷地内をc警備員が歩いているのを見掛け,その服装から同人を警察官と誤認し,約54.7メートル離れた位置から同警備員に向けてけん銃2発を発射したが,いずれも命中しなかった。さらに,被告人は,奥田小学校の敷地内に入り込み,その際,近くを歩いていたd警備員を警察官と誤認して,至近距離から同人の顔面に向けてけん銃1発を発射し,同人を殺害した。
5
その後,被告人は,けん銃の弾が無くなったため,その場にけん銃を投棄し,c警備員を追い掛けようとしたが,臨場した警察官らに呼び止められるや,同警察官らに襲い掛かろうとしたところ,警察官にけん銃で撃たれ,その場で現行犯逮捕された。

6
被告人は,現行犯逮捕された後,病院に救急搬送されて手術を受け,引き続き入院して治療を受けた。
被告人は,入院中の同年8月17日,原審弁護人から事情聴取を受けたが(原審弁15号証),事件当時,奥田交番襲撃後のことは何も考えていなかったなどと供述した。
被告人は,同年10月10日,病院を退院して,奥田交番を襲撃した強盗殺人事件等で通常逮捕され,警察官による弁解録取手続の後,警察官による取調べ(原審甲111号証)を受けて供述調書1通(原審乙2号証)が作成された。また,同日,検察官による弁解録取手続(原審甲112号証)が行われて弁解録取書1通(原審乙6号証)が作成された。その後,検察官や警察官の取調べが重ねられ,同月15日付けの供述調書(原審乙7号証)を含め,複数の供述調書が作成されたが,上記供述調書2通(原審乙2号証及び乙7号証)及び弁解録取書1通(原審乙6
号証)は,いずれも,当初からけん銃強取目的を有していたことを認める内容の調書であった。
第3
1
けん銃強取目的に関する原判決の判断及び検察官の主張
けん銃強取目的に関する原判決の判断概要
原判決は,①被告人が,奥田交番襲撃後の行動を具体的に計画していた形跡はなく,半ば行き当たりばったりの行動をしていること,②入院中に原審弁護人の事情聴取を受けた際,被告人は,奥田交番襲撃前には,そこでけん銃を奪って次の警察官を狙うということまでは考えていなかったという趣旨に解される供述をしており,そのように考えても客観的な被告人の行動と矛盾しないこと,③奥田交番でb警部補を倒してからけん銃を入手するまでの時間の短さは,警察官を倒した後にけん銃を取る意思が生じたとしても特段不自然とは解されないこと,④交番襲撃後,弾切れを惜しまずけん銃のみを使用し続けたことや,制服警察官又はそれと誤認した者のみを狙ったことは,交番襲撃前にけん銃強取目的を有していたことを推認させる事情とはいえないこと,⑤被告人の通常逮捕当日に作成された警察官調書(原審乙2号証)には,検察官の主張に沿う供述が録取されているものの,取調べ時のやり取り(原審甲111号証)をみると,けん銃を奪う意思に関する被告人の供述は曖昧で揺れているほか,供述状況に不自然さがあり,その供述が犯行当時の内心を正確に表現したものか疑問を持たざるを得ないこと,⑥その後も検察官の主張に沿う供述調書は複数作成されているが(原審乙6号証及び乙7号証),取調べ時のやり取り(原審甲112号証及び職7号証)をみると,交番襲撃前にけん銃を奪う意思を有していたことを明確に供述するものとはいえないこと,⑦再逮捕時の検察官の弁解録取では,警察官を殺そうと思って狙った理由をうまく説明できないと述べていること(原審乙8号証),⑧被告人が,1年か2年くらい前から,警察官を殺害してけ
ん銃を奪うことを考えていたというのは,空想や妄想のたぐいにすぎず,具体的内容も考えていた時期も明らかでない上,その考えを実行,実現しようとして本件各犯行に及んだとは供述していないから,けん銃強取目的に関する供述調書の信用性を大きく高めるとはいえないこと等を指摘し,結局,警察官に対する殺人の実行行為終了後に被告人にけん銃を取る意思が生じた可能性を排斥できず,被告人がけん銃強取の意思をもって殺害行為に及んだと認定するには合理的な疑いが残るとの判断を示したものである。
2
けん銃強取目的に関して事実誤認をいう検察官の主張
検察官は,原判決の問題点として,本件のように主観面の事実認定に争いがある事案においては,まずは,争いのある被告人供述を抜きにして,被告人供述以外の証拠及び争いのない被告人供述から認定できる客観的な事実から,論理則・経験則等に照らし,どのような推認力が働くかを検討し,その上で,争いのある被告人供述の信用性等を検討すべきであるのに,原判決は,初めに,信用性に争いのある被告人供述を取り上げて,原審弁15号証の被告人供述を事実認定の中心に置いた上,同供述を表層的,片面的に解釈するとともに,検察官が主張した各間接事実の個別の推認力について,殊更に低く,あるいは絶無のように評価し,また,それらを総合的に評価するという手順を踏むことなく,けん銃強取目的の有無を判断し,これを否定しており,その判断の過程及び内容は,いずれも不合理であると主張する。そして,原判決の結論は,突き詰めれば,原審弁15号証の被告人供述を根拠にして,反対事実が存在する抽象的な可能性を指摘するのみであり,合理的な疑いが残ることを論証できていない旨主張する。
その上で,検察官は,被告人の一連の行動によれば,被告人は,奥田交番に向かう時点で,次々と警察官と戦い,できる限り多くの警察官を
殺害することを考えていたものと推認できるところ,これに加え,被告人が,非常に短時間のうちに,b警部補から手際よくけん銃を奪い,武器として使用し始めたことや,警察官がけん銃を携帯していることを強く意識しており,これにどう対抗するかが重要な関心事であったこと,被告人は,約一,二年前から,警察官を殺害してけん銃を奪い,更に次の交番等を襲撃して警察官を殺して回ることを具体的に想定していたことなどを併せ考慮すると,被告人が,あらかじめ奥田交番で殺害した警察官からけん銃を奪おうと考えていたことが合理的に推認できると主張する。
そして,けん銃強取目的を認めた被告人の自白(原審乙2号証,乙6号証及び乙7号証)についても,信用性を根拠付ける事情が認められ,平成30年10月10日の警察官の取調べで供述を訂正したのも,けん銃強取目的を否定する趣旨ではなく,同年8月17日の原審弁護人の事情聴取における被告人の供述(原審弁15号証)も,仮にこれを逮捕後の供述と対立するものとみた場合,その理由を合理的に説明することはできないのであり,原審弁15号証における被告人供述は,けん銃を強取することを考えていたことに思い至らずに,そのことを話さなかったにすぎないものとみられるのであるから,被告人は,一貫して,けん銃強取目的を認める供述をしているのであり,その供述は信用できると主張するのである。
第4

当裁判所の判断
所論を踏まえて検討するに,原判決のいう反対仮説は,本件の客観的な事実経過等に照らして,不自然な見方というほかなく,また,原判決が原審弁15号証の信用性を高く評価した点も,意図せずして不正確な供述がなされている可能性を看過ないし軽視したものといわざるを得ない。そして,原判決が自白(原審乙2号証,乙6号証及び乙7号証)の
信用性を否定した理由については,明らかに不合理というほかなく,これらの総合的な結果として,原判決は,けん銃強取目的の有無について,事実を誤認したものといわざるを得ない。
以下,当裁判所の判断について具体的に詳論する(なお,年月日については,特記しない限り,平成30年の月日を示す。)。
1
原判決のいう反対仮説の不自然さ等について
原判決は,客観的に認められる被告人の行動は,検察官の主張に沿うもののようにも思われると説示しつつ,被告人が,奥田交番で警察官と戦うことを考え始めてから実行に移すまでの時間は1時間に満たない程度であり,奥田交番を襲撃する前に,襲撃後の具体的な行動を計画していたことを示す客観的な証拠は見当たらないことや,奥田交番襲撃後の被告人の行動も半ば行き当たりばったりといえるようなもので,事前に想定していた計画に沿った行動をしているとは必ずしも解されないことを指摘し,原審弁15号証の供述も併せ考慮すると,被告人が,奥田交番を襲撃する前に,奥田交番で警察官と戦い,けん銃を奪って,更に次ということを具体的に想定していたとは考え難く,ともかくも警察官と戦うという意思を抱いてから,偶々そのとき一番近くにあった奥田交番に赴くこととし,最初の戦闘で死ぬことさえ想定していた被告人が,b警部補と戦って生き残ったことで初めて次の戦闘の準備の必要が生じ,その時点で,目の前にあったけん銃を取ることを決め,それを使用したという経過であったということも十分に考えられ,このように考えても客観的な被告人の行動と矛盾しないと説示する。
確かに,原判決のいう反対仮説は,客観的な被告人の行動と矛盾するものとはいえない。しかし,被告人の供述も踏まえつつ,被告人の一連の行動を客観的にみると,原判決のいう反対仮説は,不自然な見
方といわざるを得ず,被告人が,自身が射殺されて命が尽きるまで警察官と戦い続けることを考え,そのためにけん銃を奪うことを当初から意図していたとみることの方が,はるかに自然というべきである。ア
すなわち,まず,被告人の客観的な行動についてみると,被告人
は,奥田交番を襲撃するに当たり,少しでも勝機のある襲撃方法を検討していたものであるし,いざ襲撃を開始すると,b警部補の発砲等にひるむこともなく,熾烈な格闘の末に同警部補を殺害しているのであり,被告人が,本気で警察官との戦いに勝とうとしていたことは明らかである。
また,被告人は,b警部補を倒した時点で,自らも手を負傷して
いたし,交番相談員は,もう被告人を取り押さえようなどとはしておらず,交番勝手口に近寄ってもこなかったのに,被告人は,その場から逃げようとはせず,直ちにb警部補からけん銃を奪った上,けん銃を構えながら交番内に入って行き,交番内に誰も警察官が残っていないことを確認すると,いったん住宅街に潜んでけがの応急手当をした後,奥田交番から遠ざかるのではなく,短時間のうちに,奥田交番からほど近い大通りに戻って来ている。そして,被告人は,数十メートル前方の小学校の敷地内にc警備員を見掛けると,同人は被告人のことに気付かずに別方向に歩いていただけであるのに,遠方から同人に向けてけん銃を2発発射し,走って同人に接近しようとしている。そして,そこにd警備員が現れると,同様に被告人に気付いていない同人に至近距離まで接近して,同人を射殺している。そして,被告人は,改めてc警備員を追い掛けようとしたところ,通報を受けて駆け付けた私服警察官2名が現れ,同警察官らからけん銃を向けられて,静止するように命じられたが,被告人は,斧やナイフを手に持ち,弾丸を避けるためにジグザグに動きながら,
同人らに向かって走り出し,同人らに攻撃を加えようとしているのである。
このように,被告人は,強固な決意の下,多数の警察官を殺して
回ろうとしているかのような行動に及んでいるのであり,このような被告人の客観的な行動を素直にみると,当初から一貫して,その旨意図していたことをうかがわせると評価することができるのである。

また,この点についての被告人の供述をみても,確かに,原審弁
15号証では,

勝ったら当然,自分は死なないっていうことになるわけですよね。その後のことは何か考えてたんですか。

との問いに,いやー,一切と答え,

何も考えてなかった。

との問いに,

はい。とにかく,そこに行って,するっていうことだけしか考えてなかったので。

と供述している。しかし,

警察官が持っていたけん銃を持って行ってますよね。それはどうして。

と問われると,

自分が死なずに生き残ったってことは,当然,次の警官との戦いがあると思ったので,当然,武器は確保しなきゃいけないなと思ったので,けん銃を奪いました。

と供述し,次の警察官がやってくることは,予期するまでもなく当然のことと供述し
ているのであり,自分が生き残る限りは警察官との戦いが続くことを想定していたかのような供述をしているとみられるのである。
そして,原審甲111号証では,けん銃を取って,どうしようと思ったのかなとの問いに,取って,次の交番,次の警察署っていうふうに警察官を殺して回ろうと

警察官を殺してその人が持っている銃を取って,また次の警察官,そのまた次というふうに殺して回ろうと思っていました。

と供述し,原審甲112号証でも,けん銃を奪おうと思った理由について問われ,

警察官を狙い,その人の持っていた銃を奪い,銃を奪う。そしてまたほかの警察官と戦うために,その人の持っていた銃という武器を奪ったっていうことです。

と供述している。このように,取調べでは,被告人は,当初から一貫して,警察官を殺して回ることを意図していたことを明確に認める供述をしているのである。

そもそも,奥田交番襲撃前の被告人の立場に立って考えてみた場
合,交番を襲撃して警察官を殺害するということは,取り返しのつかない重大犯罪であり,いかに自暴自棄になっていたとはいえ,被告人は,奥田交番の襲撃を成功させる方法を周到に考えるだけの冷静さを保っていたのであるから,奥田交番を襲撃した後のことについて,何の考えも覚悟もないまま,交番襲撃を開始するということは,現実的にはにわかに想定し難いというべきである。
この点,被告人の供述をみても,原審弁15号証では,奥田交番

に向かう30分ほどの道のりの間に何か考えていたのかと問われると,

警察官とそういうことをして,その後に射殺されるだろうってことは,考えて,で,そこで死ぬのもまあいいやと,みたいなことは考えてましたね。

と供述し,原審甲111号証では,人を殺すことで社会とのつながりを断とうとしたんですよ。で,それで選んだのが警察官だったっていう。自分より強い武器,武力を持っている人らに相手してもらって,そうしていく中で,その結果は多分,射殺されて死ぬっていうのを考えて,それで俺の人生終わらそうっていう,そういう思いがありましたね。と供述し,原審乙13号証でも,決して死ぬために警官を殺しに行ったわけじゃないんですけど,現実的に考えてその果てにそう自身がそうなるっていうのは明らかだと思ったんで,そうなりたかったっていうか,矛盾してるかも知れませんけど,死にたがっていたっていうのも,また事実なんじゃないかなっていう感じ。と供述している。エ
このような被告人の一連の供述と,客観的な行動とを総合的に考
慮すると,被告人は,当初より,このようなことをすれば,いずれは射殺されるという見通しを持ちながらも,まさに自暴自棄の感情から,それすらも覚悟の上で,命が尽きるまで警察官らを殺して回ることにより,鬱積した感情を晴らそうとしていたものとみるのが自然というべきである。
そして,被告人が当初からけん銃を奪うことを意図していたのかと
いう点により焦点を当てて検討すると,以下のとおり指摘することができる。
まず,被告人は,けん銃という強力な武器を持つ警察官であれば,襲うことへの心理的抵抗も少なく,自分の実力を試す相手としても相応しいと考え,警察官を標的と定めたものと認められるし,奥田交番を襲撃するに当たっても,斧やナイフといった刃物だけで,けん銃を携帯している複数の警察官と戦うためには,どのような方法が有効かを考えていたのであるから,被告人は,奥田交番襲撃前から,相手がけん銃を所持していることを明確に意識していたことが認められる。また,仮に警察官との戦闘に勝利した場合,さらに別の警察官と戦うに当たっては,強力な武器であるけん銃を入手することが非常に有効な手段であることは明らかであり,だからこそ,被告人は,b警部補が倒れて動けなくなると,いまだナイフや斧を所持しているにもかかわらず,直ちにけん銃を奪うという行動に出たものと認められる。さらに,被告人は,原審甲111号証で,警察官を殺して武器を奪い,その武器を使ってまた殺して回ろうと思ったのはいつの時点かと問われると,

計画っていうか,本気でやろうと思ったんじゃなくて,こういうふうにできたらいいなっていう感じで空想妄想したのは,もう思い出せないんですけど,1年,2年くらい前かな。

と供述している。この供述によれば,被告人にとって,警察官を襲撃して武器を奪うということは,容易に思いつく発想であったことが認められる。そうすると,被告人が,奥田交番襲撃前から,自身が射殺されて命が尽きるまで警察官と戦い続けることを意図し,そのためにけん銃を奪うことを当初から意図していたとみることは,極めて自然な見方というべきである。

これに対し,原判決は,前記のとおり,反対仮説の論拠として,
奥田交番で警察官と戦うことを考え始めてから実行に移すまでの時間は1時間に満たない程度であり,奥田交番を襲撃する前に,襲撃後の具体的な行動を計画していたことを示す客観的な証拠は見当たらないことや,奥田交番襲撃後の被告人の行動も半ば行き当たりばったりといえるようなもので,事前に想定していた計画に沿った行動をしているとは必ずしも解されないことを指摘している。
しかしながら,被告人が取調べで供述しているのは,当初から,
殺した警察官からけん銃を奪って,また次のところで警察官を殺してけん銃を奪うことを繰り返そうと思っていたというものであり,あくまでも概括的な計画として,そのようなことを意図していたというものである。したがって,襲撃後の具体的な行動を計画していたことを示す証拠が見当たらないことは,被告人の上記自白と何ら矛盾するものではないし,勤務先で傷害事件を起こしてから1時間程度のうちに奥田交番を襲撃して警察官を殺害することを決意した被告人が,併せてそのような概括的な計画をするのに特に時間を要するとも考えられない。また,奥田交番襲撃後の被告人の行動は,具体的な計画に基づくものではないため,行き当たりばったりといえる面はあるものの,こと警察官を殺して回るという点では,強い
決意の下に一貫した行動をとっているとみられるのであり,上記のような概括的な計画に沿った行動をしていると評価することができる。もとより,被告人は,特定の警察官を殺害したいと考えていたわけでもなければ,逃げ延びようと考えていたわけでもなく,射殺されるまで思う存分暴れることで,鬱積した感情を晴らそうとしていたものとみられるのであるから,具体的な計画を立てていなかったことは,何ら不自然なことではない。

また,原判決は,被告人が,最初の戦闘で死ぬことさえ想定して
いたとみられることも,反対仮説の論拠としていると解されるところ,確かに,被告人は,けん銃を所持する複数の警察官に対して刃物で襲い掛かろうとしたのであり,最初の戦闘で死ぬ可能性も当然に想定はしていたと考えられる。
しかしながら,被告人は,奥田交番を襲撃するに当たり,前記の
とおり,本気で警察官との戦いに勝とうとしていたこともまた明らかというべきであるから,最初の戦闘で死ぬ可能性も想定していたからといって,戦闘に勝利した場合のことを考えていなかったとみることの十分な論拠とはなり得ないというべきである。


また,原判決のいう反対仮説は,要するに,b警部補との戦いに
勝利するまでは,けん銃を奪うことには全く思い至らなかったが,b警部補との戦いに勝利した時点で,その考えに思い至り,直ちにけん銃を奪ったというものである。
しかしながら,被告人の供述も踏まえつつ,被告人の一連の行動
を客観的にみると,奥田交番襲撃前から,自身が射殺されて命が尽きるまで警察官と戦い続けることを意図し,そのためにけん銃を奪うことを当初から意図していたとみるのが自然であることは,これまで論じてきたとおりである。反対に,b警部補との戦いに勝利し
た時点で初めて,けん銃を入手しようという考えに思い至る契機となるような事情が新たに生じたとは認められないのであって,その意味でも,原判決のいう反対仮説は,不自然な見方といわざるを得ない。
以上のとおり,原判決のいう反対仮説は,客観的な被告人の行動と矛盾するものとはいえないものの,被告人の供述も踏まえつつ,被告人の一連の行動を客観的にみると,不自然な見方といわざるを得ず,被告人が,当初から,自身が射殺されて命が尽きるまで警察官と戦い続けることを意図し,そのためにけん銃を奪うことを当初から意図していたとみることの方が,はるかに自然というべきである。
2
原審弁15号証(8月17日の原審弁護人事情聴取)について
被告人は,8月17日の原審弁護人の事情聴取において,要旨,奥田交番襲撃前には,交番を襲撃することしか考えておらず,戦いに勝って生き残った後のことは一切考えていなかった,自分が死なずに生き残ったということは,当然,次の警察官との戦いがあり,武器を確保しなければいけないと思ったので,けん銃を持って行ったなどと述べている。
そして,原判決は,そのやりとりを素直に解釈すれば,奥田交番襲撃前には,そこでけん銃を奪い,次の警察官を狙うことまでは考えておらず,b警部補との戦いが終わり,自分が生き残った時点で初めて次の警察官との戦いのための武器を確保しなければならないと思ってb警部補からけん銃を取ったという趣旨に理解されるとの判断を示し,この事情聴取の際にけん銃奪取の意思が発生した時期の法律的意味について被告人が認識していたと認め得る証拠はなく,自らの刑事責任を軽減する意図で上記のように述べていると断ずることもできないと説示している。確かに,被告人が,奥田交番襲撃後,さらに別の警察官と戦うつもり
であったのであれば,奥田交番での戦いに勝って生き残った後のことを何か考えていたのかと聞かれた際,その旨答えるのが自然であるし,けん銃を奪うのも別の警察官と戦うことを想定していればこそのことであるから,被告人の上記供述は,原判決のいう反対仮説と整合的なものといえる。そして,自分が死なずに生き残ったということは,当然,次の警察官との戦いがあり,武器を確保しなければいけないと思ったという供述も,あたかも,死なずに生き残った時点で初めてそのように考えたかのような表現とみることもできないわけではない。
しかしながら,その事情聴取において,原審弁護人は,被告人に対し,いつからけん銃を強取する意思を有していたのかを明確には聞いておらず,被告人の供述もまた,最初からけん銃強取目的を有していたことを明確に否定するものではない。むしろ,被告人は,自分が生き残った以上,次の戦いがあることや,武器を確保しなければならないことを当然のことだと述べ,次の警察官がやってくることも予期するまでもなく当然のことだと述べているのであるから,武器を確保しなければならないという考えは,そのとき初めて生じたわけではなく,奥田交番襲撃前から,自分が生き残った場合にはけん銃を入手しようと考えていたことを前提に,上記のような供述をしたという見方も十分に成り立つと考えられるのである。被告人は,その後の10月10日の警察官の取調べ(原審甲111号証)でも,生き残ったので結果的にけん銃を奪ったという説明の仕方をしているが,警察官がその趣旨を確認すると,当初からけん銃強取目的があったことを認めているのであり,このような被告人の供述状況等にも照らすと,8月17日の原審弁護人の事情聴取においても,自分が死なずに生き残ったということはという表現を用いているからといって,その時点で初めてけん銃強取目的が生じたという趣旨であると理解するのが素直な解釈であるとは必ずしもいえな
いのである。
そして,奥田交番での戦いに勝って生き残った後のことは一切考えていなかった旨の供述も,原審弁護人の漠然とした抽象的な質問に対し,被告人がそのように答えたということにとどまっているのであり,原審弁護人は,被告人が実際には直ちにけん銃を入手していることや,その後,警察官と誤認した警備員らを襲撃していることなど,具体的な行動等を指摘して,その供述の正確性を確認したものではないのである。そうすると,実際には,被告人は,犯行当時,奪ったけん銃を使用して,警察官を殺して回ろうと考えていたものの,具体的な行動までは考えていなかったため,そのことには思い至らず,上記のような供述となったとみることもできるのである。
原判決が説示するように,被告人が,自己の刑事責任を軽減するため,意図的に虚偽の供述をしたのではないにしても,当時の記憶が十分に喚起されていない状況下で,不注意に発言したことなどにより,その供述内容が,意図せずして当時の事実関係や供述時の被告人の認識と食い違ったということはあり得るのであるから,原審弁15号証の被告人の供述内容が,犯行当時の被告人の内心を正確に反映していない可能性はあるというべきであり,その後の取調べにおける被告人の供述と併せ検討すると,そのように解する方がむしろ自然というべきである。それにもかかわらず,原判決は,そのことを看過又は不当に軽視して,専ら被告人が意図的に虚偽の供述をしているとはみられないことなどを理由として,その供述の信用性を高く評価しているのであり,その信用性評価の手法は合理性を欠くものといわざるを得ない。
3
被告人の捜査段階における各供述調書(原審乙2号証,乙6号証,乙7号証及び乙8号証)について
原審乙2号証について

被告人は,10月10日の司法警察員の取調べでは,少なくとも最終的には,奥田交番襲撃前から,仮に警察官との戦いに勝って自分が生き残った場合には,同警察官からけん銃を奪い,これを使用して他の警察官を殺して回ることを考えていたことを明確に認める供述をし(原審甲111号証),その旨記載された供述調書(原審乙2号証)に誤りがないとして署名指印しているが,原判決は,そのような供述に至った経過について検討し,けん銃強取に関する被告人の供述は曖昧で揺れているとして,その供述状況を不自然と評価している
のである。
確かに,原審甲111号証によれば,被告人は,その取調べにおいて,取調官から,けん銃が欲しかったのかと聞かれると,長考したり,あっ,まっ,もういいやと言った上で,けん銃が欲しくてそうし
たというのが真実に近いと表現し(供述部分A),取調官から
最初はそのけん銃を奪いに行ったという話と言われると,訂正を
申し出た上で,警察官を殺してその人が持っている銃を取って,で,また次の警官,そのまた次というふうに殺して回ろうと思っていましたと述べ(供述部分B),取調官から,警察官のけん銃を奪うために行ったんやねけん銃を奪うために交番に行ってと言われると,再度訂正を申し出た上で,えっと,最初から警察官を殺すために交番に行って,で,その結果としてその人が持ってた武器を奪ったっていうと述べ(供述部分C),その後も,取調官から,おまわりさんを殺して,けん銃を奪おうというふうな思いでもう行ったという話なのかけん銃を奪って,警察官を殺してけん銃を奪おうと思っとったんと言われると,えー,警察官を殺すために行って,で,結果的に生き残ったから,その人の持ってた武器を奪ってと述べている(供述部分D)。すなわち,供述部分Aは,けん銃が欲しくて警察官をナイフで刺したりしたというのが真実そのものではないというニュアンスが読み取れるものであるし,供述部分BないしDも,警察官を殺害しに行き,結果的に自分が生き残ったので,けん銃を奪ったというニュアンスを読み取ることができるものであり,原判決は,このような供述状況を指して,その供述は曖昧で揺れていると評
価したものとみられるのである。
しかしながら,被告人は,供述部分Bや同Cの各供述を得た取調官から,どの時点でそのけん銃を奪おうと思ったのかね?もう最初から?それともと聞かれると,

あー,はい。最初からで

警察官とそういうふうにこういう戦うことになって,で,自分が生き残ったらその人が持っている武器を奪おうっていうのは最初からと述べている。そして,供述部分Dの供述を得た取調官から,何回も聞くようだけど,そしたら,殺してしまったもんでけん銃を奪ったの?それとも元々けん銃が欲しくて,殺してけん銃を奪おうと思った?と聞かれると,どう説明したもんかなと述べて長考した末,あっ,武器を奪うっていう目的もあったんですけど,一番の目的は,警察官を殺すことだったって言えばいいんですかねと述べている。その上で,被告人は,その目的は,まずは,警察官を殺害してけん銃を奪うためにその交番に行きました。奪ったけん銃を持って,そのほかの交番とか警察署に行って,警察官を殺して回ろうと思ってました。殺した警察官からけん銃を奪って,また次のところで警察官を殺してけん銃を奪うことを繰り返そうと思っていました。という内容の供述調書に署名指印しているのであり,以上のとおりの取調べにおける一連のやり取りを全体的に考察し,本件の動機についての被告人の供述も併せ考慮すると,被告人の供述部分AないしDの各供述は,あくまでも,取調官の口ぶりから,あたかも交番に行ったのはけん銃を取る
ためであり,警察官を殺したのはけん銃を取るための手段であったかのようなニュアンスを感じたことから,これを訂正し,あるいは,供述部分Aにあるように,真実に近いという表現を用いて,ニュア
ンスの違いを暗に指摘し,警察官を殺すこと自体が目的であったことを伝えようとしたものであり,供述部分BないしDの各供述が,警察官を殺害し,結果として自分が生き残った時点で初めてけん銃を奪おうと思ったかのようなニュアンスになったのは,上記の趣旨を伝えようとすることに意識が向いた結果生じた表現上のあやであって,最初からけん銃入手目的があったことを否定する趣旨ではなく,最終的には,自分の言いたいことが正しく伝わる表現として,武器を奪うっていう目的もあったんですけど,一番の目的は,警察官を殺すことだったという表現にたどり着いたと理解するのが,取調べ及び供述の経過の全体の流れからすれば相当というべきである。原判決は,被告人の供述が表現上揺れていることを理由に,その原因や供述の趣旨について,前後のやり取りも踏まえた十分な考察をすることなく,けん銃強取目的を認める供述の信用性を低く評価したものであり,その判断は明らかに不合理といわざるを得ない。
また,原判決は,この取調べで,被告人が,警察官を殺害しようと思った理由について,説明に窮するなどした場面があることを指摘し,当初からけん銃を奪う意思があったのであればその旨述べればよく,説明に窮したり考えすぎて気分が悪くなったりするようなこととは考えられないとも説示する。しかしながら,被告人は,警察官を殺害しようと思ったのは,けん銃を奪うことが主たる目的ではなく,警察官を殺害すること自体が主たる目的であった旨を一貫して述べているのであるから,けん銃を奪う意思があったのであればその旨述べればよいという原判決の指摘は当を得たものとはいえない。また,被告
人が気分が悪くなってきたと発言したというのは,正しくは,
考えすぎて意味わかんなくなってきちゃったと発言したものであ
るところ,この発言は,取調官が,被告人の供述内容をまとめようとして,非常に分かりにくい文章を長々と述べたことから出たものとみることができるのであり,このような発言をしていることをもって,被告人の供述の信用性を低くみる理由になるものではないというべきである。
被告人は,この日の取調べにおいて,当初から,被疑事実の中にあるけん銃を強取しようと企てという言葉の意味を正しく理解した
上で,これを肯定するのみならず,けん銃を取ってどうしようと思ったのかと問われると,何の誘導を受けることもなく,(けん銃を)取って,次の交番,次の警察署っていうふうに殺して回ろうとした旨を自発的に供述しているのである。また,被告人は,最初こそ真実に近いという言い回しをして,取調官の言う通りではないにもかかわらずこれを肯定しているものの,その後,取調官の発言にニュアンスの違いを感じた際には,その都度訂正を申し出ているし,自分の言いたいことが正しく伝わる表現を十分に考えた上で武器を奪うっていう目的もあったんですけど,一番の目的は,警察官を殺すことだったと述べているのである。このような被告人の供述状況は,むしろ,けん銃強取目的を肯定した原審乙2号証の自白の信用性を高める事情というべきである。
以上のとおりであって,原判決は,不合理な理由に基づき,けん銃強取目的に関する原審乙2号証の自白の信用性を不当に低く評価したものといわざるを得ないのである。
原審乙6号証及び乙7号証について
また,被告人は,10月10日の検察官の弁解録取の手続でも,警
察官を殺してけん銃を奪おうと思って今回の事件を起こした旨記載された弁解録取書(原審乙6号証)に誤りがないとして署名指印し,10月15日の検察官の取調べでも,交番内にいる警察官全員を殺害して,その警察官が携帯しているけん銃を奪うつもりであった旨記載された供述調書(原審乙7号証)に誤りがないとして署名指印しているが,原判決は,それらの調書が作成された際の取調べ時のやり取り(原審甲112号証及び職7号証)をみても,いずれも,奥田交番を襲撃する前にけん銃を奪う意思を有していたことを明確に供述するものとはいえず,b警部補が動けなくなるまで攻撃を加え,生き残った後に入手する意思が生じたということと矛盾しないものであるとして,これらの調書から殺害行為時のけん銃奪取の意思を認めることはできないとの判断を示したものである。
しかしながら,10月10日の検察官の弁解録取におけるやり取り(原審甲112号証)をみると,被告人は,被疑事実を確認された際,傷害事件については,被害者に馬乗りにはなっていないし,10回も殴っておらず,殴ったのはせいぜい三,四回くらいである旨を述べ,奥田交番襲撃事件についても,発砲したのは被告人ではなく,警察官本人がもみ合いの際に発砲し,その弾が警察官の掌に当たった旨を述べたが,その他に事実と異なるところがあるとは申し出ず,警察官を殺すつもりだった?と聞かれて「はい。」と答えたのに続いてけん銃を奪うつもりだった?と聞かれ

うーん,はい。

と肯定し,どうしてけん銃を奪おうと思ったのかと問われると,銃火器という刃物しか持っていない俺よりもはるかに強力な武器を有している人間であるならば,自分の中で踏ん切りがつけられるっていうか,俺の相手をしてくれると思って,警察官を狙い,その人の持っていた銃を奪い,銃を奪う。そしてまたほかの警察官と戦うために,その人の持っていた銃という武器を奪ったっていうことです。と述べている。このような被告人の供述は,奥田交番を襲撃する前からけん銃を奪う意思を有していたことを認める趣旨のものと理解するのが自然であり,現にその趣旨が明確に記載された弁解録取書(原審乙6号証)に被告人は署名指印しているのである。
また,10月15日付けの供述調書(原審乙7号証)は,同月12日から15日までの4日間にわたる取調べを基に作成されたものとうかがわれるところ,同月13日の検察官の取調べにおけるやり取り(原審職7号証)をみると,被告人は,交番相談員も,警備員らも,警察官と誤認したため殺そうと思った旨を述べた上で,検察官が,じゃあ,目の前に警察官が現れる限り,自分の息が続く限りはと
聞くと,

殺して,殺して(と)思っていた。

と述べ,検察官が,そして,武器を奪うんですか?と聞くと,

はい。その繰り返し。

と述べている。そして,検察官から,今回の件を決意したのはいつなのかと聞かれ,きっかけはやっぱり,aでの傷害で,だと思います。で,それからあまり間を置かずして,道を歩いて行くにつれ,もうやってやろうと,そういうヤケを起こしたような,そういうものですかね。今回の警官殺害の件を決意した時期をいつかと問われれば,そのときですかね。と述べている。その上で,被告人は,私は,交番内にいる警察官全員を殺害して,その警察官が携帯しているけん銃を奪うつもりでした。私は,奥田交番内に大人数の警察官がいた場合,警察官を全員殺害してけん銃を奪うという私の目的を達成する前に,警察官に制圧されたり,捕獲されてしまうなどすると思いました。と記載された供述調書に,誤りがないとして署名指印しているのである。
このような一連の供述状況や調書の作成状況にもかかわらず,その
供述は,奥田交番を襲撃する前にけん銃を奪う意思を有していたことを明確に供述するものとはいえず,b警部補が動けなくなるまで攻撃を加え,生き残った後に入手する意思が生じたということと矛盾しないなどと,甚だ不自然な評価をして,各調書の信用性を安易に否定した原判決の判断は,原審弁15号証の印象等にとらわれるあまり,これに沿うように被告人の供述を歪めて評価してしまったものとみざるを得ず,およそ是認することができない。
原審乙8号証について
なお,原判決は,被告人が,10月29日(再逮捕時)の検察官の弁解録取において,なぜ警察官を殺そうと思って狙ったのかについては,うまく説明できないと述べたことを指摘し,被告人が奥田交番襲撃時点で警察官を殺害してけん銃を奪い,そのけん銃を使ってまた別の警察官を殺害することを繰り返すことを計画しており,通常逮捕当日の取調べのやり取りで当時の記憶が正確に喚起されていたのであれば,この取調べでも,被告人が警察官と誤認していたc警備員を殺そうと思って狙った理由は,警察官を殺してさらにまた別の警察官を殺害するためにけん銃を奪うことになるはずであり,その点について被告人がなぜ前記のような供述をしているのか腑に落ちないと説示している。そして,原判決は,むしろ,奥田交番を襲撃する時点では,死をも覚悟し,専ら強い武器を持った警察官と戦うというものであった被告人の目的が,奥田交番での犯行で生き残り,けん銃を手にして警備員らを殺害しようとする犯行に及んだ時点では,それと異なるものとなっていたため,被告人自身が,当初抱いていた目的からは,c警備員を射殺しようとした理由をうまく説明できなかったという可能性も否定できないと説示している。
しかしながら,ここでも,被告人が聞かれたのは,なぜ警察官を殺
そうと思って狙ったのかであり,被告人は,上記のとおり,警察官を殺害すること自体を主たる目的としていたと述べているのであるから,c警備員を殺そうと思って狙った理由は,警察官を殺してさらにまた別の警察官を殺害するためにけん銃を奪うことになるはずとの指摘は失当というべきである。また,被告人がその理由をうまく説明できないと述べた理由は不明であるが,その理由としては種々考えられるのであって,原判決のような見方をする説得力のある理由を見出すこともできないのである。
以上のとおり,原判決が,けん銃強取目的を認める被告人の自白
(原審乙2号証,乙6号証及び乙7号証)の信用性を否定した理由として説示する内容は,総じて不合理といわざるを得ない。
前述のとおり,被告人は,逮捕当日の取調べで,けん銃を強取しようと企てという言葉の意味を正しく理解した上で,これを肯定するのみならず,けん銃を取ってどうしようと思ったのかと問われると,何の誘導を受けることもなく,(けん銃を)取って,次の交番,次の警察署っていうふうに殺して回ろうとした旨を自発的に供述し,その後の弁解録取や取調べでも,同旨の供述を続けたものであり,原審弁15号証を含め,奥田交番襲撃前からけん銃強取目的を有していたことを明確に否定したことは一度もないのである(なお,被告人は,途中から捜査機関の取調べに黙秘するようになり,原審公判でも完全に黙秘していたことが認められるが,起訴後,原審弁護人の求めに応じて被告人の情状鑑定を行ったe公認心理師の面談でも,被告人はけん銃強取目的を有していたことを認める供述をしていたというのであり,黙秘をしていることとけん銃強取目的の有無との間に関連があるともうかがえない。)。
何より,被告人の捜査段階における供述は,被告人が,b警部補を
倒した後,直ちにけん銃を入手して,その使用を開始した状況や,その後,奪ったけん銃を使用して,警察官を殺して回ろうとした状況と整合するものである。そして,仮に被告人の自白に係る供述が事実ではないとしたら,被告人がそのような供述をした理由を合理的に説明することは困難といわざるを得ない。なお,時間の経過により記憶が減退ないし変容した可能性についてみても,被告人の供述内容に,特段の記憶の減退等をうかがわせるところはなく,むしろ,客観的な証拠により認められる事実関係と整合する供述をしていることが認められるのであるし,そもそも,けん銃を奪って警察官を殺して回ろうと考えていた旨を自発的に供述する被告人の供述態度は,記憶の減退等によっては説明が困難である。また,自己を誇示しようとして,警察官を次々と殺害することを計画していたという警察のストーリーに乗った可能性についてみても,被告人は,取調べにおいて,弱い自分や,本件犯行が八つ当たり以外の何物でもないことを率直に認める供述をしているのであり,その供述態度は,上記のような可能性とはおよそ相容れないものというべきである。
以上によれば,けん銃強取目的を認める被告人の供述(原審乙2号証,乙6号証及び乙7号証)は,十分に信用することができるというべきである。
4
これまで述べてきたとおり,b警部補に対する殺人の実行行為終了後に被告人にけん銃を取る意思が生じた可能性を排斥できないとの原判決の判断は,被告人の客観的な行動等本件の事実経過の評価及び被告人の供述ないし供述調書の信用性の評価を総合的ないし整合的に判断しておらず,論理則・経験則等に照らし不合理といわざるを得ないのであって,被告人がけん銃強取の意思をもって殺害行為に及んだと認定するには合理的な疑いが残るとして,殺人罪と窃盗罪を認定した原判決の判断は到
底是認することができない。
したがって,けん銃強取目的を認めずに強盗殺人罪の成立を否定し,殺人罪と窃盗罪を認定するにとどめた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるといわざるを得ないのである。
事実誤認をいう検察官の論旨には理由がある。
第5

結論
以上のとおりであって,関連する訴訟手続の法令違反をいう論旨に対する検討を経ることなく,原審記録に基づいて判断するに,検察官の事実誤認の論旨には理由があるから,弁護人の責任能力に関する事実誤認の論旨並びに検察官及び弁護人の量刑不当の各論旨に対する判断を示すまでもなく,刑訴法397条1項,382条により原判決は破棄を免れない。
そして,けん銃強取目的を認め,公訴事実第2のとおり,被告人に強盗殺人罪が成立することを前提として,さらに,被告人の責任能力の程度,本件における犯情及び情状等を総合的に評価し,事案に相応しい量刑を判断する必要があるが,本件事案の重大性や本件が裁判員裁判の対象事件であることに鑑みれば,更に裁判員を含む合議体による審理及び評議を尽くして判断するのが相当というべきであるから,刑訴法400条本文により本件を原裁判所である富山地方裁判所に差し戻すこととして,主文のとおり判決する。
令和4年3月24日
名古屋高等裁判所金沢支部第2部

裁判長裁判官

森浩史
裁判官

平野剛史
裁判官

永井健一
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