判例検索β > 令和2年(ワ)第19919号
特許権侵害差止請求事件 特許権 民事訴訟
事件番号令和2(ワ)19919
事件名特許権侵害差止請求事件
裁判年月日令和4年2月28日
法廷名東京地方裁判所
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-02-28
情報公開日2022-04-16 04:00:23
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令和4年2月28日判決言渡

同日原本領収

令和2年(ワ)第19919号

特許権侵害差止請求事件

口頭弁論終結日

裁判所書記官

令和3年11月12日
判原決告
ワーナー-ランバート
リミテッド

カンパニー

ライアビリティー

カンパニー
同訴訟代理人弁護士

明磯田直也森下
同訴訟代理人弁理士

泉谷玲子
同訴訟復代理人弁護士

永島太郎
同補佐人弁理士

小野新次郎被告サ式会社
同訴訟代理人弁護士

𠮷田和同相良由同小林正和同松野仁彦
同補佐人弁理士

服部博信同志村同敏同村同飯小林主ンド梓株彦里将真文1
原告の請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。

3
この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。
事実及び理由

子知
(目次)・・・省略
第1請求
1
被告は,別紙物件目録記載の医薬品を製造し,販売し,販売の申出をしては
ならない。
2被告は,別紙物件目録記載の医薬品を廃棄せよ。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,発明の名称をイソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤とする特許第3693258号の特許(以下本件特許という。)に
係る特許権(以下本件特許権という。)の特許権者である原告が,別紙物件目録記載の医薬品(以下,用量にかかわらず被告医薬品という。)が本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし4記載の各発明の技術的範囲に属し,被告による被告医薬品の製造等が上記各発明の実施に当たると主張して,被告に対し,特許法(以下法という。)100条1項に基づき,被告医薬品の
製造,販売及び販売の申出の差止めを求めるとともに,同条2項に基づき,被告医薬品の廃棄を求める事案である。
2
前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠(以下,書証番号は,
特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)(1)
当事者

原告は,米国の法人であり,本件特許権の特許権者である。
なお,原告は,ファイザー株式会社に対し,本件特許権に係る専用実施権を設定しており,同社は,神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛の治療薬である先発医薬品(商品名:リリカカプセル,リリカOD錠)を販売している。


被告は,ジェネリック医薬品の製造,販売等を業とする会社である(弁
論の全趣旨)。

(2)

本件特許の設定登録から一部無効審決までの経緯

原告は,平成9年7月16日(優先日平成8年7月24日,優先権主張
国米国),本件特許に係る特許出願(特願平10-507062号。以下本件出願という。)をし,平成17年7月1日,本件特許権の設定の登録(請求項の数4)を受けた(甲1,2。以下,本件出願の願書に添付した明細書及び図面を併せて本件明細書という。)。

原告は,別紙延長登録目録記載のとおり,本件特許権について,存続期
間の延長登録の出願をし,その登録を受けた(甲1)。

沢井製薬株式会社は,平成29年1月16日,本件特許の特許請求の範
囲の請求項1ないし4に係る発明について,特許無効審判の請求(無効2017-800003号事件。以下本件無効審判事件という。)をした。被告は,平成29年9月7日,本件無効審判事件への参加を申請し,同年10月12日,同申請が許可された。(甲9)
原告は,本件無効審判事件において,平成31年2月28日付けの審決
の予告(以下本件審決予告という。)を受けたため,令和元年7月1日付けで,本件特許の特許請求の範囲を,請求項1ないし4を一群の請求項として,後記(3)イのとおりに訂正する旨の訂正請求(以下,この請求に係る訂正を本件訂正という。)をした(甲3,4,9)。
特許庁は,令和2年7月14日,本件無効審判事件において,請求項1
及び2に係る本件訂正を認めず,請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とし,他方,請求項3及び4に係る本件訂正を認め,請求項3及び4に係る発明についての審判の請求は成り立たないとする審決(以下本件審決という。)をした(甲9)。

原告は,令和2年11月19日,本件審決のうち請求項1及び2に係る
部分の取消しを求める審決取消訴訟(知財高裁令和2年(行ケ)第10135号事件)を提起した(弁論の全趣旨)。

本件審決のうち請求項3及び4に係る部分は確定したので,本件特許の請求項3及び4は後記(3)イ(ウ)及び(エ)のとおりに訂正された。(3)

本件特許の特許請求の範囲

本件出願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1ないし4の各記載
は,以下のとおりである(以下,請求項1及び2に係る発明をそれぞれ本件発明1及び本件発明2といい,請求項3及び4に係る発明を
それぞれ本件訂正前発明3及び本件訂正前発明4という。甲
2。)。
(ア)

【請求項1】(本件発明1)
式I

(式中,R1は炭素原子1~6個の直鎖状または分枝状アルキルであり,
R2は水素またはメチルであり,R3は水素,メチルまたはカルボキシルである)の化合物またはその医薬的に許容される塩,ジアステレオマー,もしくはエナンチオマーを含有する痛みの処置における鎮痛剤。
(イ)

【請求項2】(本件発明2)
化合物が,式IにおいてR3およびR2はいずれも水素であり,R1は-
(CH2)0-2-iC4H9である化合物の(R),(S),または(R,S)異性体である請求項1記載の鎮痛剤。
(ウ)

【請求項3】(本件訂正前発明3)
化合物が,(S)-3-(アミノメチル)-5-メチルヘキサン酸または3-アミノメチル-5-メチルヘキサン酸である請求項1記載の鎮
痛剤。
(エ)

【請求項4】(本件訂正前発明4)

痛みが炎症性疼痛,神経障害による痛み,癌による痛み,術後疼痛,幻想肢痛,火傷痛,痛風の痛み,骨関節炎の痛み,三叉神経痛の痛み,急性ヘルペスおよびヘルペス後の痛み,カウザルギーの痛み,特発性の痛み,または線維筋痛症である請求項1記載の鎮痛剤。

本件特許の本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし4の各記載は,
以下のとおりである(下線部は本件訂正に係る部分である。以下,請求項1及び2に係る発明をそれぞれ本件訂正発明1及び本件訂正発明2といい,請求項3及び4に係る発明をそれぞれ本件発明3及び本件発明4という。甲3,4。)。(ア)

【請求項1】(本件訂正発明1)
式I

(式中,R1は炭素原子1~6個の直鎖状または分枝状アルキルであり,R2は水素またはメチルであり,R3は水素,メチルまたはカルボキシルである)の化合物またはその医薬的に許容される塩,ジアステレオマー,もしくはエナンチオマーを含有する,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤。

(イ)

【請求項2】(本件訂正発明2)
式I

(式中,R3およびR2はいずれも水素であり,R1は-(CH2)0-2-iC4H9である)の化合物の(R),(S),または(R,S)異性体
を含有する,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤。
(ウ)

【請求項3】(本件発明3)
(S)-3-(アミノメチル)-5-メチルヘキサン酸または3-アミノメチル-5-メチルヘキサン酸を含有する,炎症を原因とする痛み,
又は手術を原因とする痛みの処置における鎮痛剤。
(エ)

【請求項4】(本件発明4)
式I

(式中,R1は炭素原子1~6個の直鎖状または分枝状アルキルであり,R2は水素またはメチルであり,R3は水素,メチルまたはカルボキシルである)の化合物またはその医薬的に許容される塩,ジアステレオマー,
もしくはエナンチオマーを含有する,炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み,又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤。
(4)
本件特許に係る発明の構成要件の分説

本件発明1及び2並びに本件訂正前発明3及び4は,以下の構成要件に
分説することができる(以下,各構成要件につき,頭書の記号に従って構成要件1Aなどという。後記イにおいても同じ。)。
(ア)

本件発明1
1A

式I

(式中,R1は炭素原子1~6個の直鎖状または分枝状アルキルであり,R2は水素またはメチルであり,R3は水素,メチルまたはカルボキシルである)の化合物またはその医薬的に許容される塩,ジアステレオマー,もしくはエナンチオマーを含有する
1B

痛みの処置における

1C

鎮痛剤。

(イ)

本件発明2
2A

化合物が,式IにおいてR3およびR2はいずれも水素であり,
R1は-(CH2)0-2-iC4H9である化合物の(R),(S),または(R,S)異性体である請求項1記載の

2C
(ウ)

鎮痛剤。

本件訂正前発明3
3A’

化合物が,(S)-3-(アミノメチル)-5-メチルヘキサ

ン酸または3-アミノメチル-5-メチルヘキサン酸である請求
項1記載の

3C
(エ)

鎮痛剤。

本件訂正前発明4
4B’

痛みが炎症性疼痛,神経障害による痛み,癌による痛み,術後

疼痛,幻想肢痛,火傷痛,痛風の痛み,骨関節炎の痛み,三叉神
経痛の痛み,急性ヘルペスおよびヘルペス後の痛み,カウザルギ

ーの痛み,特発性の痛み,または線維筋痛症である請求項1記載

4C

鎮痛剤。

本件訂正発明1及び2並びに本件発明3及び4は,以下の構成要件に分
説することができる(構成要件1A,1C,2C,3C及び4Cは,本件訂正の前後で変わらない。また,構成要件1A,2A,3A,4A,2A
’及び3A’のいずれかの構造を有する化合物を総称して本件化合物という。)。
(ア)

本件訂正発明1
1A

式I

(式中,R1は炭素原子1~6個の直鎖状または分枝状アルキルで
あり,R2は水素またはメチルであり,R3は水素,メチルまたはカルボキシルである)の化合物またはその医薬的に許容される塩,ジアステレオマー,もしくはエナンチオマーを含有する,
1B’
1C

鎮痛剤。

痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における

(イ)

本件訂正発明2
2A’

式I

(式中,R3およびR2はいずれも水素であり,R1は-(CH2)0-2

-iC4H9である)の化合物の(R),(S),または(R,

S)異性体を含有する,

2B’

神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛み

の処置における
2C
(ウ)
鎮痛剤。

本件発明3
3A

(S)-3-(アミノメチル)-5-メチルヘキサン酸または

3-アミノメチル-5-メチルヘキサン酸を含有する,
3B

炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みの処置にお
ける

3C
(エ)

鎮痛剤。

本件発明4
4A

式I

(式中,R1は炭素原子1~6個の直鎖状または分枝状アルキルであり,R2は水素またはメチルであり,R3は水素,メチルまたはカルボキシルである)の化合物またはその医薬的に許容される塩,ジアステレオマー,もしくはエナンチオマーを含有する,

4B

炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み,又は術後疼痛による痛覚過
敏若しくは接触異痛の痛みの処置における

4C
(5)
鎮痛剤。

被告医薬品

被告医薬品は,以下の構成を有する。
a
(S)-3-(アミノメチル)-5-メチルヘキサン酸(一般名:プレガバリン)を有効成分とし,

b
c
効能・効果を神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛とする,
疼痛治療剤


被告は,令和2年8月17日,被告医薬品の製造販売について,医薬品,
医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律14条1項に基づく厚生労働大臣の承認を受けた(甲12)。

被告医薬品は,本件発明1及び2並びに本件訂正発明1及び2の各技術
的範囲に属する(弁論の全趣旨)。
また,被告医薬品は,構成要件3A,3C,4A及び4Cを充足する(弁論の全趣旨)。
3争点
(1)

本件発明1及び2について

無効の抗弁

(ア)

実施可能要件違反の成否(争点1-1)

(イ)

サポート要件違反の成否(争点1-2)


訂正の再抗弁

(ア)

本件訂正が訂正要件を満たすか(争点1-3)

(イ)

本件訂正により無効理由が解消されるか(争点1-4)


延長登録された本件発明1及び2に係る本件特許権の効力が被告医薬品
の製造等に及ぶか(争点1-5)
(2)

本件発明3及び4について

被告医薬品が本件発明3及び4の技術的範囲に属するか

(ア)

文言侵害の成否(争点2-1)

(イ)

均等侵害の成否(争点2-2)


延長登録された本件発明3及び4に係る本件特許権の効力が被告医薬品
の製造等に及ぶか(争点2-3)
第3争点に関する当事者の主張
1本件発明1及び2について
(1)

争点1-1(実施可能要件違反の成否)について
(被告の主張)

痛みの分類及び機序

(ア)

本件出願当時,各痛みの原因や病態生理は様々であり,治療法もそれ
ぞれ異なることは技術常識であり,その中でも,痛みは,大きく分ける
と,①炎症性疼痛,術後疼痛に代表される侵害受容性疼痛,②神経障害性疼痛及び③線維筋痛症を含む心因性疼痛に三分して考えられており,原因も治療法も全く異なると理解されていた。
(イ)
また,本件出願当時,神経障害性疼痛及び線維筋痛症についての定義
は,定まっておらず,異なる内容のものが存在し,一律に神経の機能異常と定義されていたものではない。国際疼痛学会は,平成6(1994)年に,神経障害性疼痛を神経系の一次的な損傷,あるいはその機能異常が原因となって生じた疼痛と定義したが,これ以外の定義では(神経の)機能異常という単語
は入っていない。実際,国際疼痛学会の上記定義は,平成20(2008)年に,体性感覚神経系に対する病変や疾患の直接的な結果として生じている疼痛に変更され,機能異常という単語は削除されている。
このように,本件出願当時,神経障害性疼痛や線維筋痛症が神経の機能異常と理解されていた事実はない。(ウ)

これに対して,原告は,①本件出願当時,慢性疼痛は,原因にかかわ
らず,末梢や中枢の神経細胞の感作という神経の機能異常により生じる痛覚過敏や接触異痛の痛みであると理解されていた,②本件出願当時,ケタミンという物質について,中枢性感作阻害性が裏付けられており,痛覚過敏や接触異痛に効果を奏することが確認されていたから,神経細胞の感作を抑制することにより,原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛の痛みを治療することができると知られていた,③線維筋痛症は,痛覚過敏を伴う慢性疼痛症候群であり,中枢性感作の痛みと理解されていたと主張する。

しかし,上記①について,前記(ア)のとおり,本件出願当時,各痛みの原因や病態生理は様々であり,治療法も異なることは技術常識であった
から,あらゆる痛覚過敏や接触異痛が共通の原因に基づくとは考えられていなかった。
上記②について,ケタミンが中枢性感作を抑制するとしても,本件出願当時,この知見をケタミンと全く異なる化学構造を有する本件化合物にまで一般化し得るとする技術常識は存在しなかった。また,本件化合
物の鎮痛作用に関する作用機序と,ケタミンの鎮痛作用に関する作用機序とが同じであることを示す証拠は提示されていない。以上によれば,仮にケタミンが神経障害性疼痛や線維筋痛症に効果を奏するとしても,本件化合物が神経障害性疼痛や線維筋痛症に効果を奏することの裏付けになるものではない。

上記③について,前記(イ)のとおり,本件出願当時,線維筋痛症の定義は定まっておらず,原告が主張するとおりに理解されていたものではない。
したがって,原告の上記各主張はいずれも理由がない。

混合性疼痛
原告は,本件出願当時,痛みを原因により明確に区別することはできず,炎症性疼痛や術後疼痛と神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛は相互に重複する痛み(混合性疼痛)であると理解されていたと主張する。しかし,前記ア(ア)のとおり,本件出願当時,各痛みの原因や病態生理は
様々であり,治療法もそれぞれ異なることは技術常識であり,特に,痛みは,①炎症性疼痛,術後疼痛に代表される侵害受容性疼痛,②神経障害性疼痛及び③線維筋痛症を含む心因性疼痛に三分して考えられ,それぞれ原因も治療法も全く異なると理解されていたから,侵害受容性疼痛に分類される炎症性疼痛及び術後疼痛並びに心因性疼痛に分類される線維筋痛症は,
それぞれ,神経障害性疼痛とは別個の痛みであり,相互に重複するものではない。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

動物モデル試験

(ア)

本件出願当時,薬剤の効果を確認するための試験として様々な動物モ
デル試験が開発され,利用されていたことは事実であるが,各痛みの治療方法はその原因や病態生理によって異なると考えるのが技術常識であり,疼痛の原因が何であるかは重視されていたから,各痛みの発生原因(侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛等)に着目することなく動物モデル試験を選択することはあり得なかった。
(イ)

ホルマリン試験は,短期の痛みである初期相と長期の痛みである後期
相の二相性の行動反応を引き起こすものであって,化学物質誘発性の持続性疼痛の有用な動物モデル試験である。そして,本件出願当時,当業者は,ホルマリン試験は炎症性疼痛の動物モデル試験として用いるものであると認識しており,それ以外の痛みを原因とする痛覚過敏及び接触異痛に対する薬剤の効果を確認する試験としては理解していなかった。また,本件出願当時,ホルマリン試験の後期相が中枢性感作の試験と
して数多く利用される有用なものであったという事実はなく,ホルマリン試験と中枢性感作との関係は,仮説又は推論の域にとどまるものであった。
(ウ)
カラゲニン試験は,カラゲニンという炎症性物質の投与により痛覚過
敏を発症する動物モデルである。そして,本件出願当時,カラゲニン試験は,炎症性疼痛の処置に効果があるか否かを確認するための試験として周知であったものであり,あらゆる痛覚過敏に対する薬剤の効果を確認するための試験として周知であったわけではない。ましてや,カラゲニン試験で結果が認められた薬剤が神経障害又は線維筋痛症による痛覚
過敏又は接触異痛の痛みの治療に有効であると認識されていたものでもない。

(エ)

術後疼痛試験は,動物の皮膚や筋肉を切開し,切開による損傷後に生
じる痛覚過敏及び接触異痛を検証する試験である。そして,本件出願当時,術後疼痛試験は,術後疼痛の処置に効果があるか否かを確認するための試験として周知であったものであり,あらゆる痛覚過敏に対する薬剤の効果を確認するための試験として周知であったわけではない。まし
てや,術後疼痛試験で結果が認められた薬剤が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの治療に有効であると認識されていたものでもない。
(オ)

チャングモデル及びベネットモデルは,坐骨神経又は脊髄神経を結紮
することで,神経に障害を生じさせる抹消神経障害の動物モデルである。
そして,本件出願当時,チャングモデル及びベネットモデルは,ある薬剤が神経障害に基づく痛覚過敏や接触異痛に対して効果を有することを確認するための動物モデルであり,異なる発生原因,例えば,炎症に基づく痛覚過敏や接触異痛に対する効果を確認することができるものとは考えられていなかった。

(カ)

これに対して,原告は,痛覚過敏や接触異痛が,疼痛の原因にかかわ
らず,神経細胞の感作により生じることから,任意の方法により痛覚過敏や接触異痛を生じさせれば,これらに対する薬剤の効果を確認することができると主張する。
しかし,前記(ア)のとおり,本件出願当時,各痛みの治療方法はその原
因や病態生理によって異なると考えられており,各痛みの発生原因(侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛等)に着目することなく動物モデルを選択することはあり得なかったから,任意の方法により痛覚過敏や接触異痛を生じさせればよいというものではない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。


実施可能要件の判断基準及びあてはめ

(ア)

判断基準
医薬発明は,化合物の構造,名称等から実施方法や課題解決の有無を理解することが困難な技術分野に属する発明であるから,明細書の記載が,当業者が発明を実施し得るとして実施可能要件(平成14年法律第24号による改正前の法36条4項)を満たすためには,医薬用途を裏
付ける薬理試験結果が記載され,当該薬理試験が特許発明に係る医薬用途と関連性があることを明らかにしなければならない。
これに対して,原告は,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されていれば足りると主張する。しかし,当業者が医薬としての有用性を理解できるためには,単に用途が記載されているだけでは足
りず,薬理試験に基づいて効果が確認されたことが客観的に認識できる程度の開示が必要である。医薬用途発明につき特許を受けるためには,当該用途を客観的に裏付ける薬理データを取得して効果を確認することが必要とされる以上,記載要件として,当該用途を客観的に裏付ける薬理データと同視すべき程度の記載が必要とされるのは当然である。
(イ)

あてはめ
a
本件明細書には,ラットホルマリン足蹠試験(ホルマリン試験),
ラットカラゲニン誘発痛覚過敏に対する効果を検証する試験(カラゲニン試験)及びラット術後疼痛モデルによる試験(術後疼痛試験)の薬理試験結果が記載されているところ,前記ウのとおり,本件出願当時,これら3種の薬理試験は,炎症性疼痛及び術後疼痛に対する効果を確認するためのものと理解されており,神経障害性疼痛及び線維筋痛症に対する薬剤の効果を確認する試験として知られていたものではなかった。

そして,本件発明1は痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置にお
ける鎮痛剤であり,本件発明2は神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤であって,少なくとも本件訂正前発明4(請求項4)に記載された痛みを対象に含むものであるところ,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された上記3種の薬理試験結果に接しても,本件発明1及び2に係る鎮痛剤が炎症性疼痛及び術後疼痛以外の本件訂正前発明4

(請求項4)に記載された痛みの処置において鎮痛効果を有することを認識することができない。
b
これに対して,原告は,本件明細書に記載された薬理試験の結果に
よれば,本件化合物が,モルヒネや非ステロイド性抗炎症薬(以下NSAIDという。)が有効な組織損傷や炎症による侵害刺激で

生じる通常の痛みではなく,神経細胞の感作による痛覚過敏や接触異痛に対して効果を奏することは明らかであると主張する。
しかし,NSAIDは,ホルマリン試験の後期相に有効であるが,神経障害性疼痛や線維筋痛症の痛みには有効ではないから,当業者は,本件化合物がホルマリン試験の後期相に有効であるからといって,直
ちに神経障害性疼痛や線維筋痛症の痛みに効果があるとは理解しない。したがって,原告の上記主張は理由がない。

小括
以上によれば,本件発明1及び2は,少なくとも本件訂正前発明4(請
求項4)に記載された痛みに対して鎮痛効果を有するとされているにもかかわらず,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された3種の薬理試験結果の記載に接しても,本件発明1及び2に係る鎮痛剤が炎症性疼痛及び術後疼痛以外の本件訂正前発明4(請求項4)に記載された痛みの処置において鎮痛効果を有することを認識することができない
から,実施可能要件に違反する。
(原告の主張)


痛みの分類及び機序

(ア)

末梢組織に傷害や炎症等の損傷が起きると,損傷による侵害刺激は末
梢神経の侵害受容器を刺激し,その後,末梢神経を通じて脊髄後角の中枢神経に伝達されて,最後には脳に伝わり,痛みとして認識される。これが通常の痛みである。
しかし,それだけでなく,侵害刺激は,その強度や頻度等により,末梢の神経細胞の感作(末梢性感作)や中枢の神経細胞の感作(中枢性感作)を引き起こすことがあるところ,神経細胞は,感作されると,興奮状態になって通常の知覚を行うことができず,神経の機能異常が起きる。
その結果,侵害刺激以上の痛みを感じる痛覚過敏や本来痛みを感じない羽毛の接触等の非侵害刺激に対しても痛みを感じる接触異痛が生じる。このように,痛覚過敏や接触異痛は,通常の痛みとは異なり,末梢性感作や中枢性感作による神経の機能異常で生じる痛みであり,そのため,末梢組織の傷害が治癒した後も痛みが持続し,慢性疼痛となる。

(イ)

本件出願当時,神経障害性疼痛は,神経系の一次的な損傷,あるいは
その機能異常が原因となって生じた疼痛と定義されていた。そして,神経障害性疼痛には,上腕神経叢捻除,帯状疱疹後神経痛,幻肢痛,視床痛,カウザルギー,三叉神経痛,糖尿病性神経障害等の様々な疾患が含まれるが,これらは,結局のところ,神経障害性疼痛に分類され,求心路遮断性,交感神経依存性,末梢性といった分類にかかわらず,等しく神経細胞の感作により痛覚過敏や接触異痛を生じると理解されていた。また,本件出願当時,線維筋痛症は,原因では定義することができなかったことから,痛覚過敏を伴う慢性疼痛症候群と定義されていた。そして,心因性疼痛は,神経障害性疼痛と同じく,心因性の要因で侵害刺
激が生じ,又は器質的病変が心理的要因で増幅され,神経細胞の感作により痛覚過敏や接触異痛を生じるものであるところ,心因性疼痛に分類
されることもある線維筋痛症も,中枢性感作の痛みとされていた。(ウ)

前記(ア)及び(イ)によれば,慢性疼痛は,原因にかかわらず,組織損傷
や炎症によるものであっても,神経損傷その他神経の障害によるものであっても,心因性の要因によるものであっても,神経障害性疼痛や線維筋痛症におけるものであっても,いずれも末梢や中枢の神経細胞の感作という神経の機能異常により生じる痛覚過敏や接触異痛の痛みであるということができる。
(エ)

ところで,本件出願当時,本件化合物とは異なるケタミンという物質
について,ホルマリン試験により,中枢性感作阻害性が裏付けられていた。そして,ケタミンは,虚血性疼痛,術後疼痛,癌性疼痛,末梢性及び中枢性神経障害性疼痛,帯状疱疹後神経痛並びに線維筋痛症,さらにはこれらに由来する痛覚過敏及び接触異痛に対して効果を奏することが確認されていた。このようなケタミンの研究等により,前記(ウ)の痛覚過敏や接触異痛の痛みに対しては,その直接の原因である神経細胞の感作
を抑制することで,原因にかかわらず痛みを治療することができると知られていた。
具体的には,ホルマリン試験等を用いた研究により,慢性疼痛に共通する痛覚過敏や接触異痛の機序として,組織損傷や炎症の後に,興奮性アミノ酸を伝達物質とするNMDAレセプター作動性の中枢性感作を生
じることが知られており,カラゲニンによる炎症や術後疼痛における感作も,これと同様の機序であると理解されていた。また,神経損傷の後にも,同様に,NMDAレセプター作動性の中枢性感作を生じることが知られていた。
したがって,本件出願当時,当業者は,原因にかかわらず,痛覚過敏
や接触異痛を生じる感作の機序は同一であると考えており,組織損傷や炎症の疼痛モデルの結果を用いて,神経障害性疼痛や線維筋痛症等の慢
性疼痛について研究がされていた。
(オ)

これに対して,被告は,本件出願当時,①痛みは,炎症性疼痛及び術
後疼痛に代表される侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛及び線維筋痛症を含む心因性疼痛に三分して考えられており,原因も治療法も全く異なると理解されていた,②本件出願当時,神経障害性疼痛及び線維筋痛症に
ついての定義は定まっていなかったと主張する。
しかし,上記①について,被告の主張するように分類することは,原因にかかわらず神経細胞の感作により痛覚過敏や接触異痛を生じ,神経細胞の感作を抑制することで鎮痛することができることを否定するものではない。

また,上記②について,神経障害性疼痛は,本件出願当時,権威ある国際疼痛学会により,神経系の一次的な損傷,あるいはその機能異常が原因となって生じた疼痛と定義されていた。この定義のうち,神経系が痛覚求心系の一次ニューロンや二次ニューロンを含む体性感覚神経系を示すことは明確であるし,神経系の機能異常が正常な神経
の機能により生じることのない痛覚過敏や接触異痛等の原因となる神経細胞の感作を含むものであることも明確である。そして,線維筋痛症が,中枢性感作による痛覚過敏や接触異痛の痛みであり,中枢性感作の抑制により鎮痛することができ,炎症や手術を原因とする痛みであることは,本件出願当時の技術常識であった。

したがって,被告の上記各主張はいずれも理由がない。

混合性疼痛
本件出願当時,組織損傷や炎症により神経を損傷し,逆に,神経損傷により炎症を生じ,また,ストレスで侵害刺激を生じたり増幅したりし,こ
れらが原因となって,神経細胞の感作を生じ,痛覚過敏や接触異痛を生じることから,痛みを組織損傷,炎症,神経損傷,あるいは心因性の要因と
いった原因により明確に区別することはできず,炎症性疼痛や術後疼痛と神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛は,相互に重複する痛み(混合性疼痛)であると理解されていた。
例えば,本件出願当時,神経障害性疼痛を生じる椎間板ヘルニアは,筋肉や関節等の末梢組織の損傷と神経の圧迫等の両方から,炎症により神経
細胞の感作を生じることが知られており,神経障害性疼痛を生じる複合性局所疼痛症候群(反射性交感神経性ジストロフィーを含む。)も,炎症により神経細胞の感作を生じることが知られていた。

動物モデル試験

(ア)

痛覚過敏や接触異痛は,疼痛の原因にかかわらず,神経の機能異常に
よって現れる神経細胞の感作により生じることから,任意の方法で痛覚過敏や接触異痛を生じさせれば,これらに対する薬剤の効果を確認することができる。
本件出願当時,痛みのメカニズムを解明するために種々の動物モデル試験が開発されていたところ,痛覚過敏や接触異痛に対する薬理効果を確認するための動物モデル試験は,症状や神経細胞の感作を適切に反映したものであればよいと考えられていた。
(イ)

ホルマリンを投与すると,ラットには二相性の侵害刺激応答が生じる
ところ,初期相(第1相)と呼ばれるホルマリン投与後直ちに生じる侵害刺激に対応した行動は,ホルマリンそのものが誘発する侵害刺激によって引き起こされるものである。その後に,後期相(第2相)と呼ばれる持続する侵害刺激行動が生じるが,後期相は中枢性感作(脊髄後角における神経細胞の発火)を反映していることから,本件出願当時,ホルマリン試験により中枢性感作の研究を行うことができること及びホルマ
リン試験が痛覚過敏や接触異痛の慢性疼痛の研究に有用な動物モデル試験であることは周知であった。

したがって,当業者は,ホルマリン試験における後期相に効果を有する薬剤が痛覚過敏や接触異痛に対して効果を奏すると理解した。
(ウ)

カラゲニン試験は,もともとNSAIDの効果を確認するための動物
モデル試験であったが,痛覚過敏の研究のために拡張されたものであり,本件出願当時,神経細胞の感作を反映するものとして,神経障害性疼痛治療薬の研究に用いられていた。
(エ)

術後疼痛試験は,動物の皮膚を切開し,切開による損傷後に生じる痛
覚過敏及び接触異痛を検討する試験であり,本件出願当時,神経細胞の感作を反映したものであることが知られていた。
(オ)

本件出願当時,ベネットモデルやチャングモデル等の神経障害により
痛みを生じさせる動物モデルは,開発途上であり,広く用いられているものではなかったため,本件化合物の鎮痛効果を確かめるのに必要であるとはいえなかった。また,慢性疼痛は神経細胞の感作という共通の機序により生ずるものであるから,ベネットモデルやチャングモデルを実施しなくとも,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験により慢性疼痛の研究を行うことは可能であった。
(カ)

これに対して,被告は,本件出願当時,ホルマリン試験,カラゲニン
試験及び術後疼痛試験は,いずれも炎症性疼痛及び術後疼痛に対する鎮痛効果を確認するための試験であると理解されていたと主張する。しかし,前記(イ)ないし(エ)のとおり,上記各試験は,神経細胞の感作による痛覚過敏や接触異痛に対する鎮痛効果を確かめるための試験である。被告が主張する炎症性疼痛及び術後疼痛は,侵害受容性疼痛の一種であるところ,侵害受容性疼痛は,侵害受容器への刺激により生じ,侵害刺激に比例する通常の痛みであると理解されており,神経細胞の感作
により生じる痛覚過敏や接触異痛等の病的な慢性疼痛を含まない。そのため,上記各試験が侵害受容性疼痛に係る試験であると理解されること
はない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。

実施可能要件の判断基準及びあてはめ

(ア)

判断基準
物の発明において実施可能要件を充足するためには,明細書において,
当業者が,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ,使用することができる程度の記載があれば足りる。そして,医薬用途発明においては,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されていればよい。

また,革新的な発明を十分に保護することができるように,本件特許に係る発明のようなパイオニア発明に対しては,実施可能要件やサポート要件等の記載要件を厳格に適用すべきでない。
(イ)
あてはめ
a
本件明細書には,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験の各結果が記載されている。
上記ホルマリン試験の結果によれば,本件化合物であるCI-1008及び3-アミノメチル-5-メチル-ヘキサン酸が,初期相には
効果を奏さず,痛覚過敏や接触異痛の直接の原因である中枢性感作を
反映した後期相に効果を奏することが確認できる。また,上記カラゲニン試験の結果によれば,本件化合物であるCI-1008が,神経細胞の感作により生じた痛覚過敏に対して効果を奏することが確認できる。さらに,上記術後疼痛試験の結果によれば,本件化合物であるS-(+)-3-イソブチルギャバが,切開創の治癒後も持続する神経
細胞の感作により生じた痛覚過敏や接触異痛に対して効果を奏することが確認できる。

b
本件明細書では,組織損傷や炎症による通常の痛みに対して効果を奏し,慢性疼痛に効果の不十分なことがある麻薬性鎮痛剤であるモルヒネを比較例として,本件化合物の効果を確認している。例えば,術後疼痛試験において,本件化合物であるS-(+)-3-イソブチルギャバがモルヒネの効かない痛覚過敏や接触異痛に有効であるこ
と(7頁37行目以下)や,モルヒネと異なり対側後肢のPWL(Paw

Withdrawal

Latency。足蹠回避潜時。)に

影響を与えないこと(8頁7行目以下)が示されている。
また,本件明細書では,慢性疼痛である神経障害性疼痛に有効なギャバペンチンという物質を比較例として,これと同じ作用により,よ
り優れた効果を有することも確認している。
したがって,本件化合物が,麻薬性鎮痛剤やNSAIDが有効である組織損傷や炎症による侵害刺激で生じる通常の痛みに対してではなく,神経細胞の感作による痛覚過敏や接触異痛に対して直接効果を奏することは明らかであるし,当業者は,麻薬性鎮痛剤と同じオピオイ
ド作用(オピオイド特異的受容体と結合する作用)やNSAIDと同じ抗炎症作用を有すると理解することもない。
c
さらに,本件明細書では,本件出願当時,いまだ一般的に用いられていなかったチャングモデルやベネットモデル(原因とは無関係に痛覚過敏や接触異痛を研究することを目的とした動物モデル)が存在す
ることについても紹介しており(6頁33行目以下),当業者は,これらの動物モデルにより,本件化合物の効果を容易に追試することが可能であった。
d
したがって,本件明細書では,本件出願当時の技術常識に照らして,本件化合物が慢性疼痛に有用であることを当業者が理解できるように,可能な限りの記載がされているといえる。


小括
以上によれば,本件発明1及び2について実施可能要件に違反するとは認められない。

(2)
争点1-2(サポート要件違反の成否)について
(被告の主張)

サポート要件(法36条6項1号)を満たすためには,厳密な科学的な
証明に達する程度の記載までは不要であるとしても,本件発明1及び2の課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載が存在する必要がある。
そして,医薬発明は,化合物の構造,名称等から実施方法や課題解決の
有無を理解することが困難な技術分野に属する発明であるから,明細書の記載が当業者が発明の課題が解決できることを認識できるとしてサポート要件を満たすためには,医薬用途を裏付ける薬理試験結果が記載され,当該薬理試験が特許発明に係る医薬用途と関連性があることを明らかにしなければならない。

しかし,本件発明1は痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における
鎮痛剤であり,本件発明2は痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤であって,いずれも炎症性疼痛及び術後疼痛以外の痛みを対象に含むものであるところ,前記(1)(被告の主張)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件出願当時の技術常識を前提としても,本件化合物が炎症性疼痛及び術後疼痛以外の本件訂正前発明4(請求項4)記載の各痛みの処置における鎮痛効果を有することは記載されていない。したがって,本件発明1及び2は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるとは認められないから,サポート要件に違反する。
(原告の主張)
発明がサポート要件を充足するといえるためには,明細書に接した当業者
が技術常識を踏まえて課題を解決できるであろうとの合理的期待が得られれば足り,明細書に基づき追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することができれば足りる。
前記(1)(原告の主張)のとおり,本件明細書の記載によれば,当業者は,本件発明1及び2の化合物が慢性疼痛に効果を奏することを十分に理解でき
るから,サポート要件に違反するとは認められない。
(3)

争点1-3(本件訂正が訂正要件を満たすか)について
(原告の主張)

請求項1に係る本件訂正
請求項1に係る本件訂正は,痛みの処置における鎮痛剤との記載を痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤と訂正するものであり,鎮痛剤の処置対象となる痛みを更に限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするもの(法134条の2第1項ただし書1号)に該当する。

そして,上記のとおり,請求項1に係る本件訂正は,痛みの処置における鎮痛剤との発明特定事項を,概念的により下位の痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤にするものであるから,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものには該当しない(法134条の2第9項,126条6項)。

また,前記(1)(原告の主張)のとおり,本件出願当時,痛覚過敏及び接触異痛が,その原因にかかわらず,共通して,末梢や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じること,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験が,神経細胞の感作という神経の機能異常により生じる痛覚過敏及び接触異痛に対する薬剤の効果を確認す
る試験であることは,いずれも技術常識であった。本件明細書には,上記の各試験により,上記の各痛みの処置に本件化合物を用いた効果を確認し
たことが記載されているから,請求項1に係る本件訂正は,本件明細書に記載した事項の範囲内においてされたものである(法134条の2第9項,126条5項)。
したがって,請求項1に係る本件訂正は,訂正要件を満たす。

請求項2に係る本件訂正
請求項2に係る本件訂正は,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置におけるとの記載により,鎮痛剤の処置対象となる痛みを更に限定するとともに,請求項間の引用関係を解消して独立形式請求項へ改めるものであるから,特許請求の範囲の減縮及び他の請
求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすることを目的とするもの(法134条の2第1項ただし書1号,4号)に該当する。
そして,前記アのとおり,請求項2に係る本件訂正のうち,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置におけるとの記載により鎮痛剤の処置対象と
なる痛みを特定する部分は,実質的な内容の変更を伴うものではない。神経障害又は線維筋痛症によるとの記載により鎮痛剤の処置対象となる痛みを特定する部分については,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状として痛覚過敏及び接触異痛の痛みが生じることは当業者の技術常識であって,そのため,神経障害性疼痛は痛覚過敏や接触異痛の直接の原因とな
る神経の機能異常による疼痛と,線維筋痛症は痛覚過敏を伴う疼痛と,それぞれ定義されており,本件明細書には,本件化合物を神経障害性疼痛や線維筋痛症を含む慢性疼痛に用いるとの記載があるので,本件化合物を神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に用いることは自明である。したがって,請求項2に係る本件訂正は,鎮
痛剤の処置対象となる痛みを,概念的により下位の神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みにするとともに,他の請求項
の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとするものであるから,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものには該当しない(法134条の2第9項,126条6項)。
また,請求項2に係る本件訂正のうち,他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとする部分について
は,何ら実質的な内容の変更を伴うものではない。したがって,請求項2に係る本件訂正は,本件明細書に記載した事項の範囲内においてされたものである(法134条の2第9項,126条5項)。
以上によれば,請求項2に係る本件訂正は,訂正要件を満たす。
(被告の主張)

請求項1に係る本件訂正
請求項1に係る本件訂正は,痛みの処置における鎮痛剤との記載を痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤と訂正するものである。
しかし,本件訂正前の請求項1と請求項2は一群の請求項であり,請求
項2に係る本件訂正は,当該請求項についての訂正が認められるときは請求項1とは別の訂正単位として扱われることを求めるものであるところ,後記イのとおり,請求項2に係る本件訂正が認められない以上,請求項1と請求項2が別の訂正単位として扱われないことになるから,請求項1に係る本件訂正も一体的に認められない。


請求項2に係る本件訂正

(ア)

訂正内容が当初の明細書に記載されていない新規事項の追加に当たる
か否かの判断に当たっては,当該明細書に記載された事項との関係において,当該訂正内容が新たな技術的事項を導入するものであるか否かにより判断すべきである。そして,医薬用途発明においては,所定の化合物が特定の用途について効果を有することが明細書に記載されているか
否かを判断すべきことになる。
(イ)

請求項2に係る本件訂正は,請求項2を独立項とするとともに,処置
対象の痛みを神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みと訂正するものである。しかし,本件明細書において,本件化合物の効果の確認のために行っ
た試験として開示されているのは,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験であるところ,これらの試験は,いずれも神経障害性疼痛や線維筋痛症における痛覚過敏や接触異痛の処置に本件化合物を使用した試験ではない。また,本件出願当時,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験において効果が認められれば,神経障害性疼痛や
線維筋痛症における痛覚過敏や接触異痛にも効果があるとの技術常識は存在しなかった。
さらに,本件明細書には,末梢性単発神経障害の動物モデルであるベネットモデル等についての言及があり,本件出願当時の技術常識に照らすと,神経障害性疼痛の処置への薬理効果を確認するためのものとして,
神経障害の動物モデルを用いた試験の必要性が十分に認識されていたといえる。にもかかわらず,本件明細書において,実際にこれらの動物モデルを使用して本件化合物の効果を確認した旨の記載はない。
以上のとおり,本件明細書には,そもそも神経障害性疼痛や線維筋痛症における痛覚過敏や接触異痛の処置に本件化合物が効果を有すること
について明示的な記載がないから,請求項2に係る本件訂正は,本件明細書に実質的に何ら記載されていない新たな技術的事項を追加するものとして,訂正要件に違反するものである。
(4)
争点1-4(本件訂正により無効理由が解消されるか)について
(原告の主張)

本件訂正発明1

(ア)

実施可能要件
本件明細書では,本件化合物が,侵害刺激による通常の痛みとは異なる痛覚過敏に対する抗痛覚過敏作用(2頁4行目)を有することや,神経障害性疼痛や線維筋痛症を含む慢性疼痛に有効であることが記載さ
れ,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験という原因の異なる三つの試験により,本件化合物が侵害刺激の後も持続する痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を奏することが確かめられている。また,本件出願当時,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である痛覚過敏や接触異痛は,その原因にかかわらず(炎症や手術を原因とする
場合も含めて)末梢や中枢の神経細胞の感作によって生じることが周知であった。
さらに,本件出願当時,当業者は,疼痛の原因にかかわらず,痛覚過敏や接触異痛を発現する動物モデル試験で効果を確認できれば,その動物モデルとは別の原因により生じた痛覚過敏や接触異痛に対しても,同
様に効果を奏すると理解していた。
そのため,当業者は,本件明細書に記載されたベネットモデルやチャングモデルにより,炎症や手術とは異なる原因により生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みに本件化合物が有用であると十分に理解するし,本件化合物をこれらのモデルに投与し,神経障害性疼痛や線維筋痛症に共通す
る神経細胞の感作に対して作用することを確かめることもできる。そして,本件訂正発明1では,処置対象となる痛みが,慢性疼痛のうち痛覚過敏又は接触異痛の痛みに明確に限定されている。これは,ホルマリン試験の後期相に反映された中枢性感作で生じる痛みであり,上記のとおり,本件明細書記載のカラゲニン試験及び術後疼痛試験にお
いて,本件化合物の効果が明示的に確かめられた痛みである。
したがって,本件明細書の記載を見た当業者は,本件化合物が原因に
かかわらず痛覚過敏や接触異痛に対して効果を奏すると理解す
るから,本件訂正発明1は実施可能要件を満たす。
(イ)

サポート要件
前記(ア)のとおり,当業者は,本件化合物が痛覚過敏や接触異痛の痛みに効果を奏するとの合理的期待を有するから,本件訂正発明1はサポー
ト要件を満たす。

(ア)

本件訂正発明2
実施可能要件
前記ア(ア)のとおり,本件明細書の記載を見た当業者は,本件化合物が原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛に対して効果を奏すると理解する。
そして,本件訂正発明2では,処置対象となる痛みが神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みと更に限定されている。本件出願当時,神経障害性疼痛は,神経系の一次的な損傷,あるいはその機能異常が原因となって生じた疼痛と定義されており,炎症や組織損傷だけでなく神経損傷によっても,神経細胞の感作という神経の機
能異常を生じ,痛覚過敏や接触異痛を生じることが知られていた。また,線維筋痛症は,痛覚過敏を伴う慢性疼痛症候群と定義されており,中枢性感作により痛覚過敏や接触異痛を生じることが知られていた。本件明細書では,このように神経障害又は線維筋痛症の痛みであると理解されていた神経細胞の感作による痛覚過敏や接触異痛に対する本件化合物の
効果が確かめられている。
したがって,本件明細書を見た当業者は,本件化合物が少なくとも神経障害性疼痛や線維筋痛症の痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を奏すると理解するから,本件訂正発明2は実施可能要件を満たす。(イ)

サポート要件
前記(ア)のとおり,当業者は,本件化合物が神経障害又は線維筋痛症に
よる痛覚過敏又は接触異痛の痛みに効果を奏するとの合理的期待を有するから,本件訂正発明2はサポート要件を満たす。
(被告の主張)
本件訂正発明1及び2についても実施可能要件違反及びサポート要件違反が認められることは,前記(1)(被告の主張)及び(2)(被告の主張)のとおりである。
したがって,本件訂正によっても,本件発明1及び2に係る無効理由は解消されない。
(5)

争点1-5(延長登録された本件発明1及び2に係る本件特許権の効力が
被告医薬品の製造等に及ぶか)について
(原告の主張)

延長登録後の特許権の効力は,当該延長登録の理由となった処分の対象
物についての特許発明の実施に及ぶほか(法68条の2),その実質同一物にも及ぶ。そして,実質同一性は,製造販売承認の審査事項である成分,分量,用法,用量,効能及び効果に基づき判断され,剤形は考慮要素とならないところ,特許発明の内容に基づき,その内容との関連で,技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して判断すべきであり,両者の差異が技術的特徴や作用効果に関わるものでなければ,実質同一性が肯定されるというべきである。


別紙延長登録目録記載の各延長登録に係る処分の対象物は,リリカカプ
セル25mg,75mg及び150mg(以下処分対象物という。)であるところ,処分対象物の有効成分はプレガバリンであり,被告医薬品の有効成分もプレガバリンであって,同一である。
処分対象物と被告医薬品とでは添加物が異なるが,本件発明1及び2は,いずれも有効成分である特定の化合物を鎮痛剤という新規の用途に用いることを見いだしたものであり,添加物の特定はされておらず,上記添加物
の差異は,カプセルをOD錠に変更したことに伴い,周知慣用技術に基づき添加物を置換したにとどまるから,実質同一性を阻害するものではない。ウ
処分対象物の分量は25mg,75mg及び150mgであり,被告医
薬品も25mg,75mg及び150mgであるから,同一である。そして,後記エのとおり,処分対象物及び被告医薬品は,一錠に含有さ
れる有効成分の分量にかかわらず,同一の用法及び用量で用いることとされていることからすると,処分対象物と被告医薬品は実質同一である。エ
処分対象物の用法及び用量は,神経障害性疼痛に関し,1日150mg
を1日2回に分けて経口投与し,その後,1週間以上かけて,1日用量として300mgまで漸増し,年齢及び症状により適宜増減するが,1日の最高用量は600mgを超えないこととし,いずれも1日2回に分けて経口投与するというものであり,線維筋痛症に伴う疼痛に関し,1日150mgを1日2回に分けて経口投与し,その後,1週間以上かけて,1日用量として300mgまで漸増した後,300ないし450mgで維持し,
年齢及び症状により適宜増減するが,1日の最高用量は450mgを超えないこととし,いずれも1日2回に分けて経口投与するというものである。そして,被告医薬品の用法及び用量も,これと同一である。

処分対象物の効能及び効果は神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛
であり,被告医薬品の効能及び効果も神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛であるから,同一である。

以上のとおり,処分対象物と被告医薬品は,有効成分,分量の大部分,
用法,用量,効能及び効果において全く同一であり,特許の技術的特徴及び作用効果とは無関係の添加物及び分量の一部が異なるのみであるから,両者は実質同一である。
したがって,被告医薬品には,本件発明1及び2について,延長登録により存続期間が延長された本件特許権の効力が及ぶ。

(被告の主張)

被告医薬品が本件特許権の効力の及ぶ範囲に属するか否かを判断するに
当たっては,有効成分以外の成分の相違についても十分に考慮する必要がある。
しかし,カプセルである処分対象物を構成する成分は7個,OD錠であ
る被告医薬品を構成する成分は13個であり,このうちプレガバリン及びタルクの2成分以外の成分は異なっている。また,処分対象物を構成する成分のうちラウリル硫酸ナトリウム,酸化チタン及びゼラチンは,カプセル本体を構成するカプセル剤に特有の成分であり,被告医薬品を構成する成分のうち少なくともD-マンニトール及びクロスポビドンは,OD錠を構成する重要な成分である。このように,処分対象物の成分と被告医薬品成分は,その個数,内容及び特徴において顕著に相違する。
そして,カプセルは,口の中で崩壊することなく形状を維持したまま,体内で胃液等により効率よく分解されて有効成分を放出するという観点か
ら有効成分以外の成分及び構造が検討されるのに対し,OD錠は,口腔内で崩壊し有効成分が放出されるものであり,水なしでも安全に飲めることやそのことが有効成分の吸収性,有効性及び保存安定性に悪影響を与えないことを考慮して,有効成分以外の成分及び構造が検討される。さらに,OD錠は,水なしでも服用できるため,被告医薬品の効能効果である神経
障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛を有する患者が多い高齢者にとって,嚥下しやすいものである。
以上のとおり,処分対象物と被告医薬品とでは,剤形が異なり,有効成分以外の成分の選択や薬剤の設計思想が異なっており,これらの点は,わずかな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないとはいえない。

医薬品の製造販売につき先行処分がされている場合,先行処分と延長登
録に係る処分とを比較し,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が延
長登録に係る処分の対象となった医薬品の製造販売を包含すると認められるときには,延長登録出願に係る特許発明の実施に同処分を受けることが必要であったとは認められないから,同処分に係る延長登録出願は法67条の7第1項1号に基づき拒絶される。しかし,一般的に,製薬業界では,特に平成28年に特許庁の審査基準が改訂された後は,剤形が異なれば同
一物ではないことを前提に,剤形ごとに製造承認を取得し,特許庁に延長登録出願を行っており,特許庁は,剤形ごとに延長登録を認めてきた。このような実務からすると,延長登録された特許権の効力範囲は,異なる剤形には及ばないと解すべきである。
そして,本件特許権の存続期間の満了日は平成29年7月16日であり,
原告は,これに先立つ同年2月17日に,リリカOD錠25mg,同75mg及び同150mgについての製造販売承認を得ており,原告は,これらのリリカOD錠について延長登録出願をすることができたにもかかわらず,あえてこれをしなかったものである。原告は,リリカカプセルに係る延長登録により延長された本件特許権に基づき差止請求をしているが,こ
のような主張を認めると,剤形ごとに延長登録出願を行う上記実務に従ってきた被告を含む製薬会社にとって不意打ちとなり,相当でない。ウ
したがって,本件発明1及び2について,延長登録により存続期間が延
長された本件特許権の効力は,被告医薬品には及ばない。
2本件発明3及び4について
(1)

争点2-1(文言侵害の成否)について
(原告の主張)

被告医薬品の構成要件3Bの充足性

(ア)
神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛が炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みに該当することa
本件発明3の処置対象となる痛みは,炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みである。そして,炎症を原因とする痛みとは本件明細書のカラゲニン試験の痛みであり,手術を原因とする痛みとは本件明細書の術後疼痛試験の痛みであって,これらの試験では,炎症や手術から神経細胞の感作を生じ,痛覚過敏や接触異痛を生じるまでの機序は限定されていない。
本件明細書では,炎症性疼痛や術後疼痛について,神経障害性疼痛や線維筋痛症と並び,麻薬性鎮痛剤やNSAIDでは効果が不十分なことがある慢性疼痛として記載されており(3頁44行目以下),カラゲニン試験や術後疼痛試験が,このような慢性疼痛に対して効果を
奏するかを検証するための試験として位置付けられている。
前記1(1)(原告の主張)アのとおり,本件出願当時,慢性疼痛は,原因にかかわらず,神経細胞の感作という神経の機能異常により生じることが知られており,神経細胞の感作を抑制することで,原因にかかわらず痛みを治療することができるとも知られていた。また,同イ
のとおり,本件出願当時,炎症により神経の病変や疾患を生じたり,手術で末梢神経や神経終末を損傷し,これにより炎症を生じたりすることなどから,痛みを原因で区別することができず,炎症性疼痛や術後疼痛と神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛とは,相互に重複すると理解されていた。そのため,同ウのとおり,本件出願当時,当業
者は,痛みの症状に着目して動物モデル試験を用いており,カラゲニン試験や術後疼痛試験は,神経細胞の感作により痛覚過敏や接触異痛を生じさせる動物モデル試験として,神経障害性疼痛治療薬の探索や感作のメカニズムの研究に利用されていた。
したがって,本件明細書のカラゲニン試験や術後疼痛試験により,
神経細胞の感作により生じる神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛等の慢性疼痛に共通する痛覚過敏や接触異痛に対する効果が確認され
たことは明らかであり,本件発明3の技術的範囲には,神経の病変や疾患,損傷が関与するか否かにかかわらず,炎症や手術によって生じる痛覚過敏や接触異痛の全てが含まれる。
b
被告医薬品は,変形性関節症,リウマチ性関節炎,癌性疼痛,帯状
疱疹後神経痛,アレルギー性肉芽腫性血管炎,結合組織病(血管炎),結節性多発動脈炎,多発性単神経炎,神経叢炎,炎症性脱髄性多発性神経障害,有痛性糖尿病性神経障害,尿毒症性ニューロパチー,椎間板ヘルニア,反射性交感神経性ジストロフィー,手根管症候群,自己免疫疾患等において,炎症を原因として生じた神経障害性疼痛の鎮痛
を用途とする。また,被告医薬品は,術後遷延性疼痛,開胸術後疼痛症候群,外傷後後遺症,手術後後遺症,乳房切除術後痛,ヘルニア縫合術後痛,複合性局所疼痛症候群,手根管症候群,橈骨遠位端骨折,デュプイトラン拘縮,CM関節症,股関節置換術等において,手術を原因として生じた神経障害性疼痛の鎮痛を用途とする。さらに,被告
医薬品は,関節炎,胃炎,アレルギー炎症,リウマチ等の炎症性疾患や手術により生じる線維筋痛症に伴う疼痛の鎮痛を用途とする。例えば,線維筋痛症は腱付着部炎を生じる疾患であるところ,腱付着部炎を生じた線維筋痛症に伴う疼痛は,被告医薬品の保険診療上の適応症である。

そして,前記1(1)(原告の主張)イのとおり,神経障害性疼痛の疾患において,炎症や手術による組織損傷から神経細胞の感作という神経の機能異常を生じ,痛覚過敏や接触異痛を生じることや,炎症により神経の病変や疾患を生じ,手術により神経を損傷し,これらの神経の病変や疾患,損傷により,神経細胞の感作を生じ,痛覚過敏や接触
異痛を生じること,神経の病変や疾患,損傷により,組織や神経の炎症を生じ,炎症により神経細胞の感作を生じ,痛覚過敏や接触異痛を
生じることがある。明確に神経の病変や疾患が見いだされない場合でも,痛覚過敏や接触異痛といった神経細胞の感作によって生じる症状により,神経障害性疼痛と診断され,先発医薬品や被告医薬品が投与される。
したがって,被告医薬品の効能・効果である神経障害性疼痛及び線
維筋痛症に伴う疼痛は,炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みに該当する。(イ)

被告医薬品が炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛み

の鎮痛を用途とすること
a
前記1(1)(原告の主張)イのとおり,炎症や手術で神経細胞の感作
を生じることがあり,また,炎症や手術により神経を損傷し,これにより神経の病変や疾患を生じ,神経細胞の感作を生じることもあり,さらに,神経の病変や疾患,損傷により,組織や神経の炎症を生じ,炎症により神経細胞の感作を生じることもある。これらは,全て神経障害性疼痛を生じるから,神経障害性疼痛は,侵害受容性疼痛との混合性疼痛とされている。
また,線維筋痛症は,炎症性疾患や手術により生じる疾患であるので,線維筋痛症に伴う疼痛は,侵害受容性疼痛との混合性疼痛である。b
痛みは患者の主観的心理状態であるから,混合性疼痛において,侵
害受容性疼痛と神経障害性疼痛とは,同一の患者において生じる一つの痛みであり,両者を区別することはできない。線維筋痛症に伴う疼痛についても同様である。
本件発明3を実施した先発医薬品は,適応症に用いられることにより,上記のような混合性疼痛を生じた患者の痛みの処置に用いられて
効果を奏しており,被告医薬品も,これと同じ効能・効果を有するジェネリック医薬品として,混合性疼痛を生じた患者の痛みの処置に用
いられる。
このように,被告医薬品の用途は,侵害受容性疼痛の処置と神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う疼痛の処置とを含むものである。
したがって,本件発明3の技術的範囲が侵害受容性疼痛に限られるか否かにかかわらず,また,侵害受容性疼痛の定義とは無関係に,神
経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛の疼痛治療剤である被告医薬品の鎮痛の対象は,炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みに該当する。(ウ)
神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛が本件訂正により除外され
ていないこと
原告が本件無効審判事件と本件訴訟事件とで矛盾する主張をした場合には,禁反言の法理(無効審判における訂正の経緯に基づき,発明の技術的範囲を限定するような他の法理を含む。)が適用される可能性があるものの,原告は,本件訂正の前後を問わず,カラゲニン試験や術後疼
痛試験により神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛に対する本件化合物の効果を確認することができることを一貫して主張している。
本件審決予告は,カラゲニン試験や術後疼痛試験により本件化合物の効果が確かめられたこと及び炎症や手術を原因とする痛み以外の部分について本件化合物の効果を確認することができないことを述べているに
すぎず,神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛のうち,カラゲニン試験や術後疼痛試験の痛みに含まれる部分についてまで,本件化合物の効果を確認することができないとは判断していないし,カラゲニン試験や術後疼痛試験における痛みが神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛と重複しないとも判断していない。したがって,本件審決予告の判断に基
づき,禁反言の法理が成立する余地はない。
さらに,原告は,請求項4に係る本件訂正により,神経障害による痛み及び線維筋痛症(構成要件4B’)の記載を削除したが,前記(イ)aのとおり,構成要件4B’記載の痛みは相互に重複するものであるから,上記訂正により,神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛が本件発明4の技術的範囲から除外されることはないし,本件発明4について除外されない以上,本件発明3の技術的範囲から除外されることもな
い。
仮に,本件発明3の技術的範囲が侵害受容性疼痛に限られるとしても,前記(イ)aのとおり,神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛は,侵害受容性疼痛との混合性疼痛であるから,本件訂正の経緯にかかわらず,被告医薬品の鎮痛の対象は,本件発明3の炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みに該当する。(エ)

小括
以上によれば,被告医薬品は,炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みの処置における(構成要件3B)を充足すると認められる。


被告医薬品の構成要件4Bの充足性

(ア)

神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛が炎症性疼痛又は術後疼痛に該当すること本件発明4の処置対象となる痛みは,炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み,又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みである。そして,前記ア(ア)のとおり,被告医薬品の効能・効果の対象である神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛は,上記炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み,又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みに該当する。

(イ)

被告医薬品が炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み,又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みの鎮痛を用途とすること
前記ア(イ)のとおり,本件発明4の技術的範囲が侵害受容性疼痛に限られるか否かにかかわらず,神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛の疼痛治療剤である被告医薬品の鎮痛の対象は,炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み,又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みに該当する。

(ウ)

神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛が本件訂正により除外され
ていないこと
前記ア(ウ)のとおり,本件訂正により本件発明4の技術的範囲から神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛が除外されることはない。
(エ)

小括
以上によれば,被告医薬品は,炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み,又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みの処置における(構成要件4B)を充足すると認められる。

(被告の主張)

被告医薬品の構成要件3Bの充足性

(ア)

本件発明3に係る特許請求の範囲には,鎮痛剤による処置の対象とな
る痛みとして,炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みが記載されているところ,神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛は対象とされていない。
原告は,本件訂正前発明4に係る特許請求の範囲において,炎症性疼痛,術後疼痛,神経障害による痛み及び線維筋痛症を痛みの種類として並列的に列挙して記載しており,神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛を本件発明3に係る特許請求の範囲にある炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みに包含される痛みとし
ては記載していない上,本件訂正発明2に係る特許請求の範囲では神経障害又は線維筋痛症による…痛みと記載している。
したがって,請求項の文言自体からすると,構成要件3Bの炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みが神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛を含まないことは明白である。
(イ)
本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,炎症性疼痛,

術後疼痛,神経障害及び線維筋痛症は,痛みの種類として
明確に区別し,並列的に列挙して記載されており,炎症性疼痛及び術後疼痛が神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛を含む痛みであると読むことはできない。
また,前記1(1)(被告の主張)ウのとおり,本件明細書の発明の詳細
な説明に記載されているホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験という3種の薬理試験は,いずれも炎症性疼痛又は術後疼痛に対する被験化合物の鎮痛効果を評価する試験にすぎず,これらの試験において所定の結果が得られたからといって,本件化合物が神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛の処置に有効であることを示すものではない。
このことは,発明の詳細な説明において,神経障害の動物モデルであるベネットモデルやチャングモデルが別に存在することが明記されていることからも明白である。
したがって,構成要件3Bの炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みが神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛を含むもの
ではないことは,本件明細書の発明の詳細な説明の記載からも明らかである。
(ウ)

本件訂正前の請求項4では,鎮痛の対象となる多数の痛みが列挙され
ており,神経障害による痛み及び線維筋痛症が炎症性疼痛
及び術後疼痛とは別の痛みとして記載されていた。そして,本件訂正前の請求項1ないし3の鎮痛の対象は,本件訂正前の請求項4に記載された全ての痛みを包含するものであったから,神経障害による痛み
及び線維筋痛症を含むものであった。
これに対し,特許庁は,本件審決予告により,本件発明1及び2並びに本件訂正前発明3及び4は実施可能要件及びサポート要件に違反するとして,本件特許は全て無効とすべきであると判断した。これを受けて,原告は,本件審決予告において指摘された無効理由を解消するために,本件訂正により,本件発明3及び4が鎮痛の対象とする痛みを炎症を原因とする痛み(炎症性疼痛)及び手術を原因とする痛み(術後疼痛)に限定したものであり,それ以外の痛み(神経障害による痛み及び線維筋痛症)を除外する趣旨であったことは明らかである。
したがって,このような本件訂正の経緯からして,構成要件3Bの
炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みは,神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛を含むものではない。
(エ)

これに対して,原告は,①本件明細書のカラゲニン試験や術後疼痛試
験により,神経細胞の感作により生じる神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛等の慢性疼痛に共通する痛覚過敏や接触異痛に対する効果が確認されたから,本件発明3の技術的範囲は,神経の病変や疾患,損傷が関与するか否かにかかわらず,炎症や手術によって生じる痛覚過敏や接触異痛の全てが含まれる,②被告医薬品の用途は,侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う疼痛の処置を含むものであるから,
本件発明3の技術的範囲が侵害受容性疼痛に限られるか否かにかかわらず,炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みに該当する,③原告が本件無効審判事件と本件訴訟事件とで矛盾する主張をしたことはなく,禁反言の法理が成立する余地はないと主張する。
しかし,上記①について,カラゲニン試験及び術後疼痛試験は,炎症
性疼痛及び術後疼痛の処置に効果があるか否かを確認するための動物モデル試験であり,本件明細書に記載された薬理試験結果からは,侵害受
容性疼痛とは病態生理が全く異なる痛みである神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う疼痛について鎮痛効果を確認することはできない。
上記②について,被告医薬品は,効能・効果を神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛として,医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律上の承認を受けて製造販売するものであり,それ以外の痛みを対象とするものではないから,侵害受容性疼痛に対して処方されるものではない。また,本件明細書の記載によれば,本件発明3は,既知の薬剤であるプレガバリンを炎症性疼痛の鎮痛剤として使用することを見いだした医薬品の第二用途発明であり,特定された用途
以外であれば,誰もが自由に使用できる自由技術であるから,仮に被告医薬品が侵害受容性疼痛を含む痛みに効果を発揮することがあり得るとしても,そのことを理由に製造販売の差止めを認めることは,本件発明3の技術的範囲を同発明で特定された用途以外の用途に広げることとなり,不当である。
上記③について,原告は,本件発明1及び2については,本件審決予
告の判断とは異なり,本件明細書に記載された3種の薬理試験結果から本件化合物が炎症性疼痛及び術後疼痛以外の痛みに対しても効果を奏することは確認されていたと主張したのに対し,本件訂正前発明3及び4については,本件審決予告の判断に従って,特許請求の範囲を減縮する訂正を行ったものであるから,本件無効審判事件における主張と異なる本件訴訟における原告の主張が包袋禁反言の法理により許されないことは明らかである。
したがって,原告の上記各主張はいずれも理由がない。
(オ)

以上によれば,神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛の処置にお
ける鎮痛剤である被告医薬品は,炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みの処置における(構成要件3B)を充足しないから,
本件発明3の技術的範囲に属さない。

被告医薬品の構成要件4Bの充足性
前記ア(ア)ないし(エ)のとおり,構成要件4Bの炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み,又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みとは,請求項の記載,本件明細書の発明の詳細な説明の記載,本件訂正の経緯等
に鑑みれば,神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛とは明確に区別され,これを含まないことは明白である。
したがって,神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛の処置における鎮痛剤である被告医薬品は,炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み,又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みの処置における(構成要
件4B)を充足しないから,本件発明4の技術的範囲に属さない。(2)

争点2-2(均等侵害の成否)について
(原告の主張)

被告医薬品が本件発明3の構成と均等なものであること

(ア)

本件発明3は,慢性疼痛に対する画期的処方薬として,抗てんかん作
用を有するGABA類縁体を痛みの処置に用いることを見いだしたものである。したがって,本件発明3の本質的部分は,本件化合物を慢性疼痛の処置に用いる点にあり,対象となる痛みが侵害受容性疼痛に分類されるか,神経障害性疼痛や線維筋痛症に分類されるかという点は本質的部分ではない。そして,被告医薬品は,神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛を効能及び効果とし,慢性疼痛の処置に用いる鎮痛剤であるから,均等の第1要件を満たす。
(イ)

本件発明3は,神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛の処置に用い
ても,カラゲニン試験や術後疼痛試験において確認された神経細胞の感作による痛みに用いられることになるから,同様に鎮痛作用を有する。したがって,被告医薬品は,均等の第2要件を満たす。

(ウ)

本件化合物を神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛の処置に用いる
ことは,先発医薬品によって既に行われており,被告医薬品の製造販売時において容易想到であったといえる。したがって,被告医薬品は,均等の第3要件を満たす。
(エ)

本件出願当時,本件化合物を痛みの処置に用いることは全く知られて
おらず,その当時の公知技術から容易に推考できたものとは認められない。したがって,被告医薬品は,均等の第4要件を満たす。
(オ)

前記(1)(原告の主張)ア(ウ)のとおり,請求項3に係る本件訂正につ
き禁反言の法理は適用されず,被告医薬品が本件発明3の技術的範囲から除外されているとみるべき特段の事情は認められない。したがって,
被告医薬品は,均等の第5要件を満たす。
(カ)

以上によれば,仮に本件発明3の炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みが侵害受容性疼痛であると解釈された場合であっても,神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛のうち,炎症や手術を原因として生じる痛みについては,本件発明3の痛みと均等なものであ
ると認められる。
したがって,被告による被告医薬品の製造等について,本件発明3に係る本件特許権の均等侵害が成立する。

被告医薬品が本件発明4の構成と均等なものであること
前記アと同様に,仮に本件発明4の炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み,又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みが侵害受容性疼痛であると解釈された場合であっても,神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛における痛覚過敏や接触異痛のうち,炎症性疼痛や術後疼痛については,本件発明4の痛みと均等なものであると認められる。

したがって,被告による被告医薬品の製造等について,本件発明4に係る本件特許権の均等侵害が成立する。

(被告の主張)

本件明細書の発明の背景(2頁)には,本発明の化合物は,てんかん,ハンチントン舞踏病,大脳虚血,パーキンソン病,遅発性ジスキネジアおよび痙性のような中枢神経系疾患に対する抗発作療法に有用な既知の薬物である。また,これらの化合物は抗うつ剤,抗不安剤および抗精神病剤としても使用できることが示唆されている。と記載されている。そして,本件明細書の記載からは,本件発明3及び4に係る鎮痛剤が,本件訂正前の請求項4に記載された炎症性疼痛及び術後疼痛以外の痛
みの処置に有効であると理解することはできず,原告は,本件訂正により,
本件発明3及び4の鎮痛の対象となる痛みとして,上記炎症性疼痛及び術後疼痛のみを残し,その他の痛みを削除したものである。そうすると,本件発明3及び4の本質的部分は,上記のとおり既知の薬物であった本件化合物を炎症性疼痛及び術後疼痛の処置に用いる点に
あるというべきである。
しかし,被告医薬品は,その効能・効果を神経障害性疼痛及び線維筋痛
症に伴う疼痛とするものであり,本件発明3及び4とは,処置の対象となる痛みが相違する。
したがって,被告医薬品は,均等の第1要件を満たさない。

本件発明3及び4は,炎症性疼痛及び術後疼痛の痛みの処置に

おける鎮痛剤であるところ,この処置対象となる痛みを被告医薬品の効能・効果である神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛に置き換えると,処置の対象となる痛みが異なるため,本件発明3及び4の目的を達することはできず,また,同一の作用効果を奏するものでもない。
したがって,被告医薬品は,均等の第2要件を満たさない。


本件明細書に記載された3種の薬理試験は,いずれも神経障害又は線維
筋痛症による痛みの処置に係る試験ではないから,当業者は本件明細書の
記載から本件発明3及び4の鎮痛剤が神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛に効果があると理解できず,本件発明3及び4の対象となる痛みを神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛に置き換えるためには,別途薬理試験による検証が必要となり,当業者が容易に想到し得たとは認められない。

したがって,被告医薬品は,均等の第3要件を満たさない。

原告は,本件訂正により,本件発明3及び4における鎮痛剤の処置対象
である痛みを,本件訂正前の請求項4に記載された13の痛みのうち,炎症性疼痛及び術後疼痛に限定し,神経障害による痛み及び
線維筋痛症を含むその他の痛みを本件発明3及び4の技術的範囲から
除外した。
したがって,原告は,本件発明3及び4の範囲から,被告医薬品の効能・効果である神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛を意識的に除外したものであるから,被告医薬品は,均等の第5要件を満たさない。オ
以上のとおり,被告医薬品の製造等について,本件発明3及び4に係る
本件特許権の均等侵害は成立しない。
(3)

争点2-3(延長登録された本件発明3及び4に係る本件特許権の効力が
被告医薬品の製造等に及ぶか)について
(原告の主張)
前記1(5)(原告の主張)のとおり,処分対象物と被告医薬品とは実質同一であり,被告医薬品は,延長後の本件発明3及び4の効力範囲に含まれる。(被告の主張)
本件発明3及び4における処置の対象となる痛みは炎症性疼痛及び術後疼痛であるところ,これらの用途は処分対象物の用途に含まれてい
ない。また,前記1(5)(被告の主張)のとおり,被告医薬品と処分対象物とでは,有効成分以外の添加物や剤形が異なるため,実質同一でもない。
したがって,被告医薬品には,延長後の本件発明3及び4に係る本件特許権の効力は及ばない。
第4当裁判所の判断
1本件明細書の記載事項等
(1)

本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明には,以下のとおりの記載が
ある(下記記載中に引用する図については,別紙図面目録記載のとおり)。ア
発明の背景(2頁3行目以下)
本発明は,痛みの治療において鎮痛/抗痛覚過敏作用を発揮する化合物としてのグルタミン酸およびγ-アミノ酪酸(GABA)の類縁体の使用である。これらの化合物の使用の利点には,反復使用により耐性を生じな
いことまたはモルヒネとこれらの化合物の間に交叉耐性がないことの発見が包含される。
本発明の化合物は,てんかん,ハンチントン舞踏病,大脳虚血,パーキンソン病,遅発性ジスキネジアおよび痙性のような中枢神経系疾患に対する抗発作療法に有用な既知の薬物である。また,これらの化合物は抗うつ
剤,抗不安剤および抗精神病剤としても使用できることが示唆されている。WO92/09560(米国特許出願第618,692号,1990年11月27日出願)およびWO93/23383(米国特許出願第886,080号,1992年5月20日出願)参照。イ
発明の概要(2頁13行目以下)
本発明は,以下の式Ⅰの化合物の,痛みの処置とくに慢性の疼痛性障害の処置における使用方法である。このような障害にはそれらに限定されるものではないが炎症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,三叉神経痛,急性疱疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,線
維筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛ならびに他の形態の神経痛,神経障害および特発性疼痛症候群が包含される。

化合物は式Ⅰ

(式中,R1は炭素原子1~6個の直鎖状または分枝状アルキル,フェニルまたは炭素原子3~6個のシクロアルキルであり,R2は水素またはメチルであり,R3は水素,メチルまたはカルボキシルである)
の化合物またはその医薬的に許容される塩である。

式Ⅰの化合物のジアステレオマーおよびエナンチオマーも本発明に包含される。
本発明の好ましい化合物は式Ⅰにおいて,R3およびR2は水素であり,R1は-(CH2)0-2-iC4H9の化合物の(R),(S),または(R,S)異性体である。本発明のさらに好ましい化合物は(S)-3-(アミノメチル)-5-
メチルヘキサン酸および3-アミノメチル-5-メチルヘキサン酸である。ウ
発明の詳述(3頁44行目以下)
本発明は,上記式Ⅰの化合物の上に掲げた痛みの処置における鎮痛剤としての使用方法である。痛みにはとくに炎症性疼痛,神経障害の痛み,癌
の痛み,術後疼痛,および原因不明の痛みである特発性疼痛たとえば幻想肢痛が包含される。神経障害性の痛みは末梢知覚神経の傷害または感染によって起こる。これには以下に限定されるものではないが,末梢神経の外傷,ヘルペスウイルス感染,糖尿病,カウザルギー,神経叢捻除,神経腫,四肢切断,および血管炎からの痛みが包含される。神経障害性の痛みはま
た,慢性アルコール症,ヒト免疫不全ウイルス感染,甲状腺機能低下症,尿毒症またはビタミン欠乏からの神経障害によっても起こる。神経障害性の痛みには,神経傷害によって起こる痛みに限らず,たとえば糖尿病による痛みも包含される。
上に掲げた状態が,現在市場にある鎮痛剤たとえば麻薬性鎮痛剤または
非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)では,不十分な効果または副作用からの限
界により不完全な処置しか行われていないことは周知である。

ラットホルマリン足蹠試験におけるギャバペンチン,CI-1008,および3
-アミノメチル-5-メチル-ヘキサン酸の効果(5頁47行目以下)雄性Sprague-Dawleyラット(70~90g)を試験前に少なくとも15分間パースペックスの観察チャンバー(24cm×24cm×24cm)に馴化させた。ホルマリン誘発後肢リッキングおよびバイティングを5%ホルマリン溶液(等張性食塩溶液中5%ホルムアルデヒド)50μlの左後肢の足蹠表面への皮下注射によって開始させた。ホルマリンの注射直後から,注射した後肢のリッキング/バイティングを60分間5分毎に評価した。結果はリッキング/バイ
ティングを合わせた平均時間として初期相(0~10分)および後期相(10~45分)について示す。
ギャバペンチン(10~300mg/kg)またはCI-1008(1~100mg/kg)のホルマリン投与1時間前の皮下投与は,ホルマリン応答の後期相におけるリッキング/バイティング行動を,それぞれ最小有効用量(MED)30および10mg/kgで
用量依存性にブロックした(図1)。しかしながら,いずれの化合物も試験した用量では初期相には影響しなかった。3-アミノメチル-5-メチル-ヘキサン酸の同様の投与は100mg/kgで後期相の中等度のブロックを生じたのみであった。

ギャバペンチンおよびCI-1008のカラゲニン誘発痛覚過敏に対する効果
(6頁11行目以下)
試験日にラット(雄性Sprague-Dawley70~90g)に2~3のベースライン測定を行ったのち,2%カラゲニン100μlを右後肢の足蹠表面に皮下注射した。痛覚過敏のピークの発症後,動物に試験薬物を投与した。機械的および熱的痛覚過敏に対する試験には別個の動物群を使用した。

A.機械的痛覚過敏
侵害受容圧閾値を,ラット足蹠加圧試験により鎮痛計(UgoBasile)を用
いて測定した。足蹠への傷害を防止するため,250gのカットオフ点を使用した。カラゲニンの足蹠内注射は注射後3~5時間の間侵害受容圧閾値を低下させ,痛覚過敏の誘発を示した。モルヒネ(3mg/kg,皮下)は痛覚過敏の完全なブロックを生じた(図2)。ギャバペンチン(3~300mg/kg,皮下)およびCI-1008(1~100mg/kg,皮下)は用量依存性に痛覚過敏に拮抗し,MEDはそれぞれ10および3mg/kgであった(図2)。
B.熱痛覚過敏
ベースライン足蹠回避潜時(PWL)を各ラットについてHargreavesモデルを用いて測定した。上述のようにカラゲニンを注射した。カラゲニン投与2
時間後に,動物を熱痛覚過敏について試験した。ギャバペンチン(10~100mg/kg)またはCI-1008(1~30mg/kg)は,カラゲニン投与後2.5時間に皮下に投与し,PWLをカラゲニン投与3および4時間後に再評価した。カラゲニンは注射後2,3および4時間に足蹠回避潜時の有意な低下を誘発し,熱痛覚過敏の誘発を示した(図3)。ギャバペンチンおよびCI-1008は用量依
存性に痛覚過敏に拮抗し,MEDは30および3mg/kgを示した(図3)。これらのデータはギャバペンチンおよびCI-1008が炎症性疼痛の処置に有効であることを示す。
カ(6頁33行目以下)
BennettG.J.のアッセイはヒトに認められるのと類似の疼痛感覚の障害
を生じるラットにおける末梢性単発神経障害の動物モデルを提供する(Pain,1988;33:87-107)。
KimS.H.らのアッセイは,ラットにおける分節脊椎神経の結紮によって生じる末梢神経障害の一つの実験モデルを提供する(Pain,1990;50:355363)。
キ(6頁37行目以下)
(ア)術後疼痛のラットモデルも報告されている(Brennanら,1996)。それに
は,後肢足蹠面の皮膚,筋膜および筋肉の切開が包含される。これは数日間続く再現可能かつ定量可能な機械的痛覚過敏の誘発を招く。このモデルはヒトの術後疼痛状態にある種の類似性を示す。
本研究においては,本発明者らは術後疼痛のこのモデルでギャバペンチンおよびS-(+)-3-イソブチルギャバの活性を調べ,モルヒネの場合と比較した。
(イ)方法
BantinandKingmen(Hull,U.K.)から入手した雄性Sprague-Dawleyラット(250~300g)をすべての実験に使用した。手術の前に動物は6匹の群
として飼育ケージに入れ,12時間明暗サイクル(07時00分に点灯)下に置いて飼料および水は自由に与えた。動物は手術後,同じ条件下に,空気を含んだセルロースから構成される”Aqua-sorb”床(BetaMedicalandScientific,Sale,U.K.)上に対で収容した。すべての実験は薬物処置に盲検とした観察者により行われた。

(ウ)手術
動物は2%イソフルオランおよび1.4O2/NO2混合物で麻酔し,鼻円錐により手術中を通じて麻酔下に維持した。右後肢足蹠表面を50%エタノールで準備して踵の端から0.5cmに開始し足指の方向に皮膚および筋膜を通して1-cm縦に切開した。足蹠の筋肉は鉗子によって持ち上げ縦に切開した。
傷口を編んだ絹の縫合糸によりFST-02の針を用いて2個所で閉じた。傷口の部位はテラマイシンスプレーおよびオーロマイシン末で被覆した。手術後,すべての動物において感染の徴候は認められず,創傷は24時間後には良好に治癒した。
縫合糸は48時間後に抜糸した。

(エ)熱痛覚過敏の評価
熱痛覚過敏はラット足蹠試験(UgoBasile,Italy)を用い,Hargreaves
らの方法(1988)の改良法に従い評価した。ラットは上方に傾斜したガラステーブル上3個の個々のパースペックスの箱からなる装置に順化させた。テーブルの下に可動性放射熱源を置き,後肢足蹠に焦点を合わせ足蹠回避潜時(PWL)を記録した。組織の傷害を回避するため,自動カットオフ点を22.5秒に設定した。各動物の両後肢について2~3回PWLを測定し,その平均を左右後肢のベースラインとした。装置は約10秒のPWLが得られるように検量した。PWL(秒)は上述のプロトコールに従い術後2,24,48および72時間に再評価した。
(オ)接触異痛の評価

接触異痛はシーメンス・ワインシュタイン・フォン・フライの毛
(StoeltingIllinois,USA)を用いて測定した。動物は,針金の網の底のケージに収容して,足蹠に接触できるようにした。動物は実験の開始前に,この環境に順化させた。接触異痛試験は動物の後肢の足蹠表面に,順次力を増大させて(0.7,1.2,1.5,2,3.6,5.5,8.5,11.8,15.1,
および29g)フライの毛で触れ,後肢の回避が誘発されるまで試験した。フライの毛はそれぞれ6秒間または反応が起こるまで後肢に適用した。回避反応が確立されたならば,後肢を次に下降するフライの毛で試験を始めて反応が起こらなくなるまで再試験した。したがって,後肢を上げて反応が誘発される最高の力29gがカットオフ点となった。各動物を,
この様式で両後肢について試験した。反応が誘発されるのに必要な最低の力量を回避閾値としてグラムで記録した。化合物を手術前に投与する場合には,接触痛覚過敏,接触異痛および熱痛覚過敏に対する薬物効果の試験に同一の動物を使用し,各動物について熱痛覚過敏試験の1時間後に接触異痛の試験を行った。術後にS-(+)-3-イソブチルギャ
バを投与する場合には,接触異痛および熱痛覚過敏の検査に別個の群の動物を使用した。

(カ)統計
熱痛覚過敏試験で得られたデータは一元(分散分析)ANOVAに付し,ついでDunnett’st-検定を実施した。フライの毛で得られた接触異痛の結果は個別のMannWhitneyt-検定に付した。
(キ)結果
ラット足蹠筋肉の切開は熱痛覚過敏および接触異痛を生じた。いずれの侵害受容反応も手術後1時間以内にピークに達し,3日間維持された。実験期間中,動物はすべて良好な健康状態を維持した。
(ク)手術前に投与したギャバペンチン,S-(+)-3-イソブチルギャ
バおよびモルヒネの熱痛覚過敏に対する効果
手術1時間前におけるギャバペンチンの単回用量投与(3~30mg/kg,皮下)は,用量依存性に熱痛覚過敏の発生を遮断し,MEDは30mg/kgであった(図4b)。最大用量のギャバペンチン30mg/kgは痛覚過敏の反応を24時間防止した(図4b)。S-(+)-3-イソブチルギャバを同様に投
与した場合も用量依存性(3~30mg/kg,皮下)に熱痛覚過敏の発生が遮断され,MEDは30mg/kgであった(図4c)。30mg/kg用量のS-(+)-3-イソブチルギャバは3日まで有効であった(図4c)。手術0.5時間前のモルヒネの投与は,用量依存性(1~6mg/kg,皮下)は熱痛覚過敏の発生に拮抗し,MEDは1mg/kgであった(図4a)。この作用は24時間維持された
(図4a)。
(ケ)手術前に投与したギャバペンチン,S-(+)-3-イソブチルギャバおよびモルヒネの接触異痛に対する効果
接触異痛の発生に対する薬物の効果は上述の熱痛覚過敏に用いたのと同じ動物で測定した。熱痛覚過敏試験と接触異痛試験の間には1時間の
間隔を置いた。ギャバペンチンは,用量依存性に接触異痛の発生を防止し,MEDは10mg/kgであった。ギャバペンチン10および30mg/kgの用量
はそれぞれ25および49時間有効であった(図5b)。S-(+)-3-イソブチルギャバも同様に用量依存性(3~30mg/kg)に接触異痛の発生を遮断し,MEDは10mg/kgであった(図5c)。この侵害受容応答の遮断は30mg/kg用量のS-(+)-3-イソブチルギャバにより3日間維持された(図5c)。これに反して,モルヒネ(1~6mg/kg)は,6mg/kgの最大用量で術後3時間,接触異痛の発生を防止したのみであった(図5a)。(コ)手術1時間後に投与したS-(+)-3-イソブチルギャバの接触異痛および熱痛覚過敏に対する効果
接触異痛および熱痛覚過敏はすべての動物で1時間以内にピークに達
し,以後5~6時間維持された。30mg/kgのS-(+)-3-イソブチルギャバの手術1時間後における皮下投与は接触異痛および熱痛覚過敏の維持を3~4時間ブロックした。この時間後に,侵害受容の両応答はいずれも対照レベルに復し,これは抗熱痛覚過敏および抗接触異痛作用の消失を示す(図6)。

ギャバペンチンおよびS-(+)-3-イソブチルギャバは,すべての実験で試験された最大用量まで,対側後肢の熱痛覚過敏試験または接触異痛評点におけるPWLに影響しなかった。これに反して,モルヒネ(6mg/kg,皮下)は熱痛覚過敏試験おける対側後肢のPWLを増大させた(データは示していない)。

ここに掲げた結果はラット足蹠筋肉の切開は少なくとも3時間続く熱痛覚過敏および接触異痛を誘発することを示している。本試験の主要な所見は,ギャバペンチンおよびS-(+)-3-イソブチルギャバがいずれの侵害受容反応の遮断に対しても等しく有効なことである。これに反し,モルヒネは接触異痛よりも熱痛覚過敏に有効であることが見出さ
れた。さらに,S-(+)-3-イソブチルギャバは接触異痛および熱痛覚過敏の誘発および維持を完全に遮断した。

(2)

前記(1)の記載事項によれば,本件明細書には,本件発明1ないし4に関し,
以下とおりの開示があると認められる。

痛みには,特に炎症性疼痛,神経障害の痛み,癌の痛み,術後疼痛及び
原因不明の痛みである特発性疼痛(例えば,幻想肢痛)が包含され,それらのうち,神経障害性の痛みは,末梢知覚神経の傷害又は感染によって起こり,これには以下に限定されるものではないが,末梢神経の外傷,ヘルペスウイルス感染,糖尿病,カウザルギー,神経叢捻除,神経腫,四肢切断,血管炎からの痛みがあり,また,神経障害性の痛みは,慢性アルコール症,ヒト免疫不全ウイルス感染,甲状腺機能低下症,尿毒症又はビタミ
ン欠乏からの神経障害によっても起こるが,さらに,神経傷害によって起こる痛みに限らず,例えば,糖尿病による痛みも包含されるところ,これらの状態に対しては,現在市場にある鎮痛剤(例えば,麻薬性鎮痛剤又はNSAID)では,不十分な効果又は副作用からの限界により,不完全な処置しか行われていないことは周知である(前記(1)ウ)。


本発明の化合物は,てんかん,ハンチントン舞踏病,大脳虚血,パ
ーキンソン病,遅発性ジスキネジア及び痙性のような中枢神経系疾患に対する抗発作療法に有用な既知の薬物であり,抗うつ剤,抗不安剤及び抗精神病剤としても使用できることが示唆されているところ,本発明は,以下の式Ⅰの化合物を,痛みの処置,特に慢性の疼痛性障害の処置における使用するものであり,このような障害には,それらに限定されるものではないが,炎症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,三叉神経痛,急性疱疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,線維筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛,他の形態の神経痛,神経障害及び特発性疼
痛症候群が包含される(前記(1)ア,イ)。
(式Ⅰ)

(式中,R1は炭素原子1~6個の直鎖状または分枝状アルキル,フェニルまたは炭素原子3~6個のシクロアルキルであり,R2は水素またはメチルであり,R3は水素,メチルまたはカルボキシルである)
2本件発明1及び2について
(1)

争点1-1(実施可能要件違反の成否)について

実施可能要件違反の判断基準について
いわゆる医薬用途発明においては,一般に,当業者にとって,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該発明に係る医薬
を当該用途に使用することができないから,そのような発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明に,薬理データの記載又はこれと同視し得る程度の記載をすることなどにより,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載を要するものと解するのが相当である。

本件発明1及び2の特許請求の範囲においては,本件化合物が痛みの処置における(構成要件1B)鎮痛剤(構成要件1C)及び鎮痛剤(構成要件2C)として作用することが記載されているところ,いずれも本件化合物の鎮痛効果が認められる痛みは特定されていない。しかし,本件明細書には,本件化合物について,痛みの処置とくに慢性の疼痛性障害の処置における使用方法である。このような障害にはそれらに限定されるものではないが炎症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,三叉神経痛,急性疱疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,線維筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛ならびに他の形態の神経痛,神経障害および特発性疼痛症候群が包含される。(前記1(1)イ)と記載されていることに照らすと,本件発明1及び2は,本件化合物が少なくとも上記各痛みに対して鎮痛効果を有することを内容とするものと解される。
したがって,本件発明1及び2について実施可能要件を満たすというためには,本件明細書の発明の詳細な説明に,薬理データの記載又はこれと同視し得る程度の記載をすることなどにより,上記各痛みに対して鎮痛効果があること及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載が必要であるというべきである。


痛みの分類及び機序について

(ア)

痛みの分類及び機序について,証拠(甲15の1,甲26,39,4
1,42,46,55,59,77ないし84,86,88)によれば,本件出願当時,以下の文献が存在したことが認められる。
a
内野治人編著,病態生理よりみた内科学改訂3版,金芳堂

(平成8年)(甲79)
このような病的な痛みは,しばしば慢性疼痛となる。これらの慢性疼痛は極めて多彩な特徴を持ち,その基礎となる病態生理に著しい差異があることを示す。これらを大別すると,侵害受容性(nociceptive),神経障害性(neuropathic),心因性(psycogenic)の3つの異なった疼痛機序が考えられる(図6-27)。侵害受容性疼痛は,侵害受容神経路に進行しつつある侵害刺激による痛みであり,その程度はその神経経路における活動の程度に比例すると考えられる。…一般的な例として,癌の痛みや関節炎の痛みなどがある。鎮痛薬としてのモルヒネは有効である。神経障害性(神経因性)疼痛は,3つの亜型に分けられる。中枢性ニューロンの活動に一次的に関連するもの,交感神経系の遠心性機能に依存するもの(いわゆる交感神経依存性疼痛sympathetic-maintainedpain),および末梢性機能に関連したものである。(652頁)第3の機序による疼痛は心因性のもので,特発性疼痛ともよばれる。この痛みは,器質性病変を伴うものと伴わないものとがある。この種の痛みを特徴付けるのは困難で,診断には器質的要因と心理的要因とがどの程度疼痛経験に寄与しているかを識別する必要があり,問題はしばしば複雑となる。(653頁)b
坪川孝志ら編,最新脳神経外科学,朝倉書店(平成8年)(甲

80)
b.病的痛みの発症機序病的な痛みを発症機序よりみると,炎症や組織損傷による痛覚レセプターを異常に刺激することにより,痛覚求心系を激しく興奮させる侵害受容性疼痛(nociceptivepain),神経痛などに認められる痛覚求心系,とくに末梢神経での圧迫や絞扼によって発生する神経性疼痛(neurogenicpain)がある。さらにそのほかに痛覚求心系が末梢神経で遮断された後に発生する末梢神経除神経性疼痛(peripheraldeafferentationpain)と痛覚求心系が中枢神経内で遮断される中枢神経除神経性疼痛(centraldeafferentationpain)に分類される。(1)侵害受容性疼痛組織損傷による機械的な侵害レセプターへの過剰刺激や炎症による内因性発痛物質や発痛増強物質がレセプターを刺激することにより発生する痛みが侵害受容性疼痛である。この侵害レセプターの過剰な興奮が,痛覚求心系を興奮させて,情動反応を伴う痛みとなる。したがって,刺激となる組織障害に対処し,抗炎症療法を施行し,それらが効果をみる前には,モルフィンなどの鎮痛薬で対処することが可能である。(2)神経性疼痛神経性疼痛は,末梢神経に対する圧迫や絞扼によって発生するもので,脱髄や虚血のために異常知覚が発生したり,細系線維と太系線維との間でエファプス伝達(ephatictransmission)が発生したり,細径線維に過剰興奮を惹起させたりして,脊髄後角へ有害刺激の信号を大量に送り込み,脊髄視床路を介して,激しい痛みとして認識されるわけである。その代表的な疾患は特発性三叉神経痛(ticdouloureux),椎間板ヘルニアによる疼痛などがあげられる。三叉神経や脊髄後根が中枢神経系へ入る部分では,髄鞘がミエリン鞘から,グリア細胞性の鞘に移行する部分にあたり,この部分での絞扼や圧迫は簡単に脱髄に陥り,線維間の短絡伝達(ephaticconduction)を誘発し,触刺激などの非侵害性刺激によっても,Aδ・C線維が興奮し,中枢神経内での生理的痛覚系を異常興奮させて,激しい痛みとして感じられることになる。(3)除神経性疼痛末梢神経から大脳皮質知覚野までの新脊髄視床路-視床皮質路が病変や障害によって遮断されると,その遮断された神経経路に一致する末梢部での痛覚障害が発生する。遮断発生後一定の期間を経ると,その痛覚障害部を中心に激しい痛みが発生する。それを除神経性疼痛といい,その遮断部が末梢神経にあるとき,末梢性除神経性疼痛といい,中枢神経内で遮断されている場合,中枢性除神経性疼痛という。…除神経性疼痛では生理的痛覚求心路が遮断されたのち,数か月,年余の経過を経て,痛覚障害が発生している部位を中心に激しい自発痛を訴え,非侵害性刺激である軽い触刺激を加えるとその自発痛が誘発され,激化するもので,モルフィン系薬物にはまったく反応しない特徴がある。この疼痛の発生機序に関して,視床痛を中心に,①障害された視床後腹外・内側核の細胞,線維の2次的な病変に求める説,②主痛覚路が障害されることで,側副性の痛覚路が興奮するとする説,③大脳皮質からの抑制系が障害されるとする説に大別されるが(表5.26),今日なお実証されていない点が多い。(199~200頁)a)末梢性除神経性疼痛末梢神経傷害後の変性・再生の過程で,…脊髄後角内の第1層,第4・5層での後角ニューロンが激しい過興奮に陥り,この第5層の過興奮は除神経性疼痛の発生源となっている。…この過興奮が痛覚抑制系の入力を凌駕し,加えて脊髄視床路を過剰に活動させ,大脳知覚領に投射されて頑痛として認知されることになる。(201頁)b)中枢性除神経性疼痛…障害部位を含め,脊髄視床路-視床皮質路で障害部位より上位のシナプスで,激しい過興奮状態にあるニューロンを認める。…最近,過興奮の認められる痛覚求心路では,興奮性アミノ酸を伝達物質とするNMDAレセプターが著しく増加し(図5.46),その拮抗薬であるMK801の投与で,過興奮を60%以上,容量依存性に抑制できることが判明した。…これらの事実より,痛覚求心路が障害されるとその障害部で,変性,グリアの増生,ついで障害神経細胞よりの発芽,シナプスの形成,NMDAレセプターを有する新しいシナプスの増加など,maladaptiveneuroplastisityが発現し,そのために,障害部位での過放電とそれより上位の痛覚求心系を異常興奮させて除神経性疼痛を発生せしめるものと考えられる。(201~202頁)まとめ感覚としての痛みは,自由終末のレセプターにより,Aδ・C繊維を経て,後角第1層,第4・5層の新脊髄視床路ニューロンにシナプス結合し,対側の脊髄前側索を上行し,視床路腹側核に終わり,次に視床-皮質路にシナプス結合して,大脳知覚領に終わる痛覚求心系を中心に認知される。…病的痛みは,過剰刺激性疼痛(excesspain)…と,もう1つは除神経性疼痛(deafferentationpain)として,痛覚求心路が障害遮断され,…障害部より上位での痛覚求心系を異常に興奮させて痛みを発生するものとがある。生理的な感覚としての痛覚系が,病的疼痛の発生にどのように関与して,病的疼痛を発生させるかを知らなくては,病的疼痛のみを除去する治療計画を立てることは困難であるといえよう。(202~203頁)c
後藤稠ら編,最新医学大辞典第2版,医歯薬出版(平成9年)

(甲78)
カウザルギーcausalgia《灼熱痛,疼痛性熱感;burningpain,thermalgia》主として外傷性の末梢神経の損傷後にみられる,自律神経症状を伴った灼熱性の疼痛を訴える疾患である。損傷を受けた神経の支配領域を中心に焼けつくような痛みと同部の血管拡張または血管収縮を示し,発汗過多や減少を呈することもある。また同部の皮膚は痛覚過敏や鈍麻などの知覚異常もみられる。原因としては,損傷部位において遠心性の交感神経線維と求心性の知覚線維の間に“artifitialSynaps”が形成され,血管運動神経と知覚神経が正のフィードバックをもつためと考えられている。治療は交感神経節切除または交感神経節のブロックが有効である。(231頁)三叉神経痛trigeminalneuralgia《顔面痛,疼痛〔性〕チック,フォザーギル神経痛;prosopalgia,Fticdouloureux,Fothergill*neuralgia》JohnF.(1712-1780,医師,英)。顔面に激痛を起こす神経痛。特発性(真性)のものと症候性のものがある。特発性三叉神経痛は,神経痛の代表であり,発作的な激痛が数~数十秒続き,緩解時は無症状である。痛みの性質は電気が走るような激痛である。(6
45頁)
術後疼痛postoperativepain切開創の痛み,あるいは内臓痛や術中体位の影響による関節・筋・腰痛などが総合されてその原因となる。術後1~2日まで特に痛みが激しいが,抜糸まで続くものである。術後疼痛は,創部の乏血により治癒を遅らせ,痛みによる呼吸の抑制で肺合併症をきたしやすい。治療は,一般に麻薬性鎮痛薬,ペンタゾシンやブプレノルフィンなど非麻薬性鎮痛薬,解熱性鎮痛薬が投与される。トランキライザーの併用も有効である。硬膜外ブロックや硬膜外モルヒネ投与は極めて有効な疼痛処置である。(766頁)心因性疼痛psychogenicpain精密検査を行っても,原因となるような器質的病変ないし病態生理的機序が見出されないにもかかわらず訴えられる疼痛,またある程度関連する器質的病変が存在する場合でも,その身体的所見から期待されるものを上回る強さで訴えられる疼痛などで,背景に心理的要因が関与していると考えられるものをいう。(825頁)ヘルペス後神経痛postherpeticneuralgia帯状疱疹を起こす水痘・帯状疱疹ウイルスが脊髄後根神経節やそれに対応する神経節を侵し,疱疹が治癒した後も数ヵ月また何年にもわたって起こる疼痛。好発部位は三叉神経第1枝の領域で,そのほか肋間神経にも起こる。疼痛は痒いような,刺すような,焼けつくようななどと表現される。比較的年齢の高い人に多く,種々の治療も奏効しないことが多い。(1569頁)
d
矢田賢三ら編,標準脳神経外科学第7版,医学書院(平成8

年)(甲82)
カウザルギー(causalgia,灼熱痛):正中神経,坐骨神経の中枢側,腕神経叢の下神経幹が不完全損傷を受けたときに起こる。疼痛は,障害神経支配領域の灼熱感を伴う発作性のもので,交感神経節後線維と,感覚神経線維の電気的短絡が原因と考えられている。疼痛は,受傷後数週以内に始まる。精神的興奮や,驚愕で誘発され,睡眠中は軽減する。ふつう,数か月で自然緩解する。(351頁)e
柏崎禎夫編,運動器の痛み-診かた・治しかた-,医薬ジャー

ナル社(平成7年)(甲83)
IV.幻肢痛これは一般には特別な疼痛として扱われるが,運動器の心因性疼痛に入れられるもので,心因性という面から見れば最も純粋なものである。診断は切断されて目に見えない四肢が痛むので,特別な診断法を要しない。人は,吐き気,痛みはその人の訴えによってあることを確認する。幻肢は感覚的に存在する(絵まで描ける)が,見ることもさわることもできない。ここに感覚の中で,ある,ない,の混乱が生じ,疼痛のもととなるばかりでなく,治療が困難になると考えている。この治療は幻肢を消す努力は無駄のように思われ,幻肢をはっきりして,それから治療に入るのがよいようであり,筆者らは幻肢を自由に動かせるようにする方法(自動訓練法)を考案したが他にも色々な方法があるので文献を挙げておく。ただまだ完成されたものはない。(136頁)
f
水野美邦編,神経内科QuickReference第2版,文光堂(平成
7年)(甲84)
4.三叉神経痛…従来多くの三叉神経痛の原因は不明といわれてきたが,近年動脈硬化により蛇行した脳底動脈やその枝が三叉神経根を圧迫しているためという説が有力となってきた。治療はcarbamazepine(テグレトール),diphenylhydantoin(アレビアチン),三環系抗うつ薬などの内服薬が有効であり,それでも効果が得られない場合には三叉神経ブロックや三叉神経から硬化した動脈を遊離させる手術が行われる。(198頁)
5.帯状疱疹後神経痛post-herpeticneuralgia帯状疱疹は後根神経節や脳神経節に潜在的に存在している帯状疱疹ウイルスが活動的になることが原因である。…治療として,三環系抗うつ薬やcarbamazepineなどの薬物療法がまず行われ,薬物療法が無効な場合には経皮的電気刺激や神経ブロックが施行される。(198頁)
6.神経根痛radicularpain神経根や脊髄内で後角が障害された際にみられるもので,…椎間板ヘルニア,変形性脊椎症に対する治療は,まず鎮痛薬投与,安静,牽引などを行い,無効な場合に外科的治療を考える。(198~199頁)
7.視床痛thalamicpain視床が障害された後,しばらくたってから対側の半身に起こる不快な痛みをいう。視床の梗塞や出血などの血管障害の後に起こることが多いが,腫瘍や術後に起こることもある。痛みは視床の障害直後ではなく,通常,数週から数ヵ月後から起こり始め,その後年余にわたって続く。痛みの内容は,ナイフで切られるような,刺されるような,焼けつくような,締めつけられるような,はぎとられるような,などに表現され,個人差が大きく,同時に不快なしびれ感を伴う。自発的な痛みはあることもないこともあるが,特徴的なことは障害部位に対する外部からの刺激で誘発されることで,時には爆発的な情動反応を伴う。刺激の強さと痛みの程度とは一定の関係がなく,軽く触るといった軽い刺激でも強い痛みが誘発される。視床痛の発現機序としては視床内の神経線維や細胞の閾値が低下し,わずかな刺激で発火するためと考えられている。治療は三環系抗うつ薬やphenothiazineが有効であるが,完全には治りにくい。モルフィンは無効である。なお,視床以外の中枢神経の病変でも痛みが起こることがあり,中枢性疼痛centralpainと呼ばれる。脊髄から脳幹,大脳白質,大脳皮質のどの部位の病変でも起こるが,視床痛に比べるとまれである。(199頁)

8.カウザルジアcausalgia末梢神経の外傷後にみられる痛みをいう。…カウザルジアは交感神経ブロックで症状がおさまることから,その発現機序に交感神経が関与していることが考えられており,反射性交感神経性ジストロフィーreflexsympatheticdystrophyとも呼ばれる。末梢神経の不完全な切断端において,感覚線維と交感神経とがシナプスを形成するためという説が有力である。治療は交感神経ブロックを行う。cordotomyやthalamotomyは通常無効である。(199頁)9.心因性疼痛psychogenicpain中枢神経系に器質的病変がなく,直接末梢からの侵害刺激がないにもかかわらず存在する痛みで,通常慢性疼痛の形をとるものをいう。痛む部位は通常限局性であるが解剖学的な神経支配領域に一致せず,精神的な影響を受けやすい。痛みのほかに心因性と思われる筋力低下,痛覚過敏,自律神経症状を伴うことがある。…心因性疼痛の多くは転換ヒステリーであり,その他は心気症,うつ病,分裂病,性格異常の部分症状と考えられている。治療は精神安定薬,抗うつ薬の投与や精神療法が行われるが,一般になかなか治りにくい。(199~20
0頁)
10.治療上述の各項目毎に治療についても簡単に触れたが,以下疼痛の対症療法についてまとめる。A.末梢において痛みを減らすものa.プロスタグランジンなどの化学物質の抑制アスピリン,インドメサシン,ステロイド剤,その他の非ステロイド性抗炎症薬b.侵害受容器を活性化する伝達物質に拮抗するものセロトニン拮抗薬:ergotamine,methysergideβアドレナリン遮断薬,抗ヒスタミン薬B.侵害刺激の伝達を末梢にて抑制するものa.神経ブロック(プロカイン,アルコール,フェノール),b.経皮的電気刺激,c.針治療,d.抗てんかん薬,e.神経切断C.エンドルフィン受容器を直接刺激するものモルフィン,meperidineD.中枢における痛覚路の遮断cordotomy,commissural,myelotomy,thalamotomyE.その他精神安定薬,抗うつ薬,下垂体破壊,frontallobotomy,cingulotomy(200頁)g
高久史麿監修,図説病態内科講座第18巻症状・症候-1,

メジカルビュー社(平成8年)(甲88)
心因性の線維筋痛症によって筋肉痛が起こる機序(図5)線維筋痛症は,痛覚中枢の機能的異常により痛みが増幅されて感じられる疾患である。性格,不安,ストレス,不眠などが症状の誘発や増幅に関与していると考えられている。(246頁)h
Pain,vol.44,p.293-299(1991)(甲39)中枢性感作はヒトにおける損傷後疼痛過敏状態の原因となる可能性があるので,これらのデータは,予防的な鎮痛のため,そして,確立した疼痛状態を治療するため,の双方におけるNMDAアンタゴニストの潜在的な役割に関して意義がある。(293頁)末梢組織の損傷に続いて生じる痛覚過敏は,損傷付近の一次求心性侵害受容器の感受性の増大(末梢性感作)[1,2,23],および,脊髄におけるニューロンの興奮性の増大(中枢性感作)の結果生じる[35,38]。中枢性感作は侵害受容の求心性入力によって引き起こされ[30,41],閾値の長期的減少,範囲の拡大,後角ニューロンの皮膚受容野の応答性の増大[3,6,14,25,40]となって現れる。(293頁)より長時間の促通は,筋肉神経の刺激によってあるいは化学性の刺激物であるマスタードオイルの皮膚塗布によって生み出すことができる[30,41]。マスタードオイルは,ヒトの皮膚に塗布されたときに強烈な灼熱感を生み出し,最大で24時間続く,ラットにおける機械的及び熱痛覚過敏を生み出す[37]。…この皮膚への塗布の後,後角ニューロンの受容野特性における変化[39]と屈曲反射の促通[41]が発生し,1時間より長く持続する。この化学性刺激物は,化学敏感性繊維における短期間の求心性放火(barrage)の持続した中枢性効果の研究に有用なモデルを提供する。(294頁)i
Brain,vol.117,p.579-591(1994)(甲41)ブラシ誘発性の痛み(機械的接触異痛,動的機械的痛覚過敏)は,神経障害性および炎症性の疼痛状態の顕著な特徴である。ここで,我々は,機械的痛覚過敏のこの構成要素を誘導し維持する神経機構を調べた。これらの実験の本質的な結果は,ブラシ誘発性の痛みの重症度は,慢性の苦痛な神経障害を患う患者および急性の実験的な化学物質誘発性の痛みを伴う正常な個体における,背景となる痛みの強度と相関関係をもつということである。9人の健常者における実験で,5分間のマスタードオイルの局所塗布は,強い灼熱痛と軽い機械的刺激に対する痛覚過敏を引き起こした。(579頁)

ブラシ誘発性の痛みは,中枢性感作の結果として最もうまく説明される一方,一次求心性神経の異常な興奮性が神経障害性疼痛の状態に関与していることも明らかである。

(580頁)
j
Pain,vol.56,p.51-57(1994)(甲42)

NメチルDアスパラギン酸(NMDA)受容体の過剰活性は,神経障害性疼痛の発生における要因の1つである可能性がある。

(51頁)
動物の神経障害性疼痛モデルにおいて示唆されるように(YamamotoとYaksh,1992年),痛覚過敏はNMDA受容体によって介在される「ワインドアップ現象の提示である可能性がある。これに関して神経障害性疼痛症候群における痛覚過敏はホルマリン誘発性の痛みの第二相(Haley等,1990年)と局所貧血の間の痛覚過敏(SherとMitchell,1990年)に類似する。これらはすべて,NMDA受容体介在
性の中枢性促通による脊髄レベルでのワインドアップ現象によって生じると思われる。」(56頁)
k
Pain,vol.63,p.163-172(1995)(甲59)カプサイシンの皮膚内注入(Simoneetal.1989;LaMotteetal.1991)は,かかるモデルを提供する。一時的な感覚症状は,点状刺激に対する強度の灼熱痛,接触異痛及び痛覚過敏を含んでおり,これは炎症または神経損傷によって生ずる臨床的症状に共通して見られる。(164頁)
カプサイシン後の薬の注入実験による発見は,中枢性感作によって部分的に媒介される臨床症状のための治療を発達させるためのツールとして皮下カプサイシンモデルを用いることを裏付ける。コントロールされた治験からのデータは,ケタミン(Byas-Smithetal.1993;Backonjaetal.1994;Eideetal.1994)及びオピオイド(Portenoyetal.1990;Rowbothametal.1991;Chernyetal.1994;しかしまたArnerandMeyerson1980にも見られる。)が,神経障害性疼痛の患者における痛み及び痛覚過敏を緩和しており,これは我々の結果と一致する。(168頁)l
Pain,vol.64,p.493-501(1996)(甲15の1)要約本研究で我々は,切開痛のラットモデルを開発した。ハロタン麻酔ラットの皮膚,筋膜,および足蹠の足底側面の筋肉を1-cm縦に切開した。手術前及び手術に続く6日間,創傷周辺のさまざまな領域でフォン・フライの毛を使用して,回避反応を測定した。動物の体重負荷行動に基づく累積疼痛スコアも利用した。回避反応試験及び体重負荷に基づくスコアの結果は,ラット足の外科的切開が,術後数日間続く信頼性のある定量可能な機械的痛覚過敏を引き起こすことを示唆している。(493頁)

術後疼痛は,急性痛の一般的な形態である。

(493頁)本研究において,切開からおよそ10mm離れた位置の調査は,逃避反射の閾値減少を示した(図4)。切開から10mmの一次求心性の感作は起こらないだろうことから,この離隔した敏感さが示唆するのは,外科的切開が我々の動物において二次痛覚過敏を生ずるだろうということである。人間における切開後の二次痛覚過敏は,女性に行われた腹部子宮全摘出術における筋肉内モルヒネの術前鎮痛作用を評価したRichmondetal.(1993)による研究で示されている。フライのフィラメントを用いて,著者らは,傷の上10cmの位置での疼痛閾値の減少を検出し,これが中枢性感作による二次痛覚過敏であったことを示した。(500頁)
m
ScandJRheumatol,vol.24,p.360-365(1995)(甲26)疼痛の強度,筋力,静的筋持久力,圧痛閾値,および圧痛点と対照点での疼痛耐性を,線維筋痛症(FM)を有する患者31例において,モルヒネ(9例),リドカイン(11例),およびケタミン(11例)の静脈内投与の前後で評価した。…これらの結果は,NMDA受容体が線維筋痛症の疼痛機構に関与するという仮説を支持する。これらの知見から,FMに中枢性感作があること,および圧痛点が二次痛覚過敏を示すことも示唆される。(360頁)線維筋痛症は,慢性的な全身性筋肉痛,数カ所における圧痛覚過敏(圧痛点),筋硬直,睡眠障害および疲労からなる(1)。米国リウマチ学会(ACR)が提案した線維筋痛症(FM)の分類基準では,FMは,痛覚過敏を伴う慢性疼痛症候群と定義されている(2)。(360頁)Torebjörk等(11,12)は,マイクロ神経記録法(microneurography)の技術を用いて,実験的に誘導した皮膚の熱に対する一次痛覚過敏が,一次侵害受容ニューロンの感作によるものであることを示した。彼らはまた,動的接触に対する二次痛覚過敏が,脊髄の後角にある侵害受容ニューロンの興奮性の増加を反映する中枢性感作によるものであることを示した。(364頁)n
StevenD.Waldmanら編,InterventionalPainManagement,W.B.SaundersCompany(1996)(甲86)
異常な痛みのメカニズム:アロディニア正常な状態下では,A線維を活性化する入力のような低閾値機械的入力は,侵害事象として伝達されない。神経損傷後のような特定の状態下では,臨床的にカウザルギーや反射交感神経ジストロフィーと呼ばれる事象が,極めて痛い,鋭く撃つ痛みとして伝達され得る(アロディニア)。この低閾値求心性情報の翻訳ミスのメカニズムは理解されていないが,以下のような特定の現象が考慮されるべきである。(24頁)神経損傷(31頁)
末梢神経の病変に続いて,痛覚過敏や接触異痛,そして自発痛の状態が発生する。前述のとおり,損傷した神経で生ずるこのような継続的な繰り返しの活動は,定常的な疼痛状態だけでなく,後角の感作をも生じさせうる。(31頁)о
BrainResearch,vol.518,p.218-226(1990)(甲46)後角深層の多種感覚受容(収束)の侵害受容ニューロンである後肢末梢受容野へのホルマリンの皮下注射は,この細胞の持続的活性化(1時間)のため使用された。この化学的侵害刺激は,発火の最初のピークを生み出し,これは10分間持続して,その後に長く続く活性の第2ピークが発生しこれは50分間観測された。(218頁)それゆえ,ホルマリンによって生成される求心性集中砲火(barrage)比較的に短いタイムスパンでNMDA介在性の中枢性活性を誘発し,この誘発された活性が長期間の痛みの状態における侵害受容とその調節の変化の一つの基礎となっている可能性があると思われる。(218頁)
急性あるいは短期間に続く状態と比較して,持続したあるいは慢性的な痛みに関連する多くの問題の一つは,長く持続する痛みのある種の形態を緩和する難しさにあり,これは特に,神経損傷に関連する形態についてである[4]。一般的には,これらの問題は傷害による他の結果に加えて,末梢および中枢神経の過敏によって生じ得る。動物についての様々な研究は,末梢の侵害受容繊維の感作が発生し得ること(参照6を見よ)を明らかに示し,さらに最近では,マイナー入力に対する後角の侵害受容的システムの反応を顕著に促進する,急速に誘発された中枢性過敏についての証拠が蓄積している[9,24,33,34,37]。(218頁)p
Pain,vol.61,p.221-228(1995)(甲55)

要旨神経損傷性疼痛へのケタミンの連続皮下(s.c.)投与の効果を,帯状疱疹後神経痛を有する患者で検討した。

(221頁)

接触異痛は,0.05mg/kg/hを1週間注入後に59~100%の最大の軽減を示し,wind-up様疼痛は,0.15mg/kg/hを1週間注入後に60~100%の最大の軽減を示した。

(221頁)
本研究では,ケタミン輸注が終わった後の疼痛の重症度は,処置の開始時に記録されたレベルに戻った。この観察は,ケタミンが帯状疱疹後に侵害受容ニューロンの過剰興奮性の長く続く低減をもたらさないことを示している。NMDA受容体の遮断が,中枢性感作が起こった後に確立された侵害受容ニューロンの過剰興奮性を逆転させることができることを示唆する実験データが提示されている(WoolfおよびThompson1991)。(226頁)q
DavidBorsookら編,TheMassachusettsGeneralHospitalHandbookofPainManagement,Little,BrownandCompany(1996)(甲81)痛みのタイプ(定義)侵害受容性-侵害受容器の活性化によって発生する痛み。侵害受容器は,中枢神経系を除くすべての組織に存在する。痛みは,皮膚や内臓の求心性神経線維の化学的,熱的又は機械的な活性化の程度と臨床的に比例し,急性又は慢性である(体性痛,癌性疼痛,術後疼痛)。神経障害性-末梢又は中枢の痛みの経路に対する損傷に起因する痛み。進行中の疾病がなくても痛みが持続する(例えば,糖尿病性神経障害)。(32,34頁)

心因性-神経系の解剖学的分布と一致しない痛み。しばしば,十分な検索を行っても,痛みを説明する器質的障害を認めない。

(34頁)
神経障害性疼痛は,数多くの病因,提案されている病態生理,そして臨床症状を伴う,最も治療困難で複雑な疼痛症候群の1つである。それは,形態の変化を伴うことなく日常生活に支障を生じる可能性があり,患者と医師の双方に我慢と忍耐を要求する。神経障害性疼痛とは,疼痛伝達系の一部に対する,末梢又は中枢,あるいはこの両者の神経損傷により生じる症状である。(219頁)
腕神経叢引き抜き損傷では,強度の灼熱感,重圧感あるいは発作性の刺すような痛みが,単独又は混在して存在する。引き抜きの場合,大部分の患者に疼痛がある。高齢者ほど疼痛は強い。また,多くの患者は,通常麻痺した弱い腕となる。疼痛は,損傷レベルでの後角における,求心路遮断された細胞の異常かつ自発性の発火のためと考えられている。(233頁)r
HaroldMerskeyら編,CLASSIFICATIONOFCHRONICPAIN(SecondEdition),IASPPRESS(1994)(甲77)
痛覚過敏通常は痛い刺激に対する増大した応答痛覚過敏は,閾値を超えた刺激への増加した応答を反映する。普通は痛くない刺激によって誘発された痛みは,異痛という用語が好ましいが,痛覚過敏は,普通の閾値での増加した応答の場合や,神経障害の患者などの増加した閾値での増加した応答の場合に適切に用いられる。(211頁)現在の証拠は,痛覚過敏が末梢又は中枢の感作あるいはその両方を伴う侵害受容系の混乱の結果であることを示している。しかし,重要なのは,この定義を強調する臨床的な現象と,知識の進歩により更に変化するかもしれない解釈とを区別することである。(211頁)神経障害性疼痛神経系の一次的な損傷,あるいはその機能異常が原因となって生じた疼痛(212頁)(イ)

前記(ア)aないしgの文献の記載によれば,痛みは,その機序により大
きく分けると,①炎症や組織損傷による侵害レセプターへの刺激により生じる侵害受容性疼痛,②末梢神経又は中枢神経が圧迫されたり,絞扼されたり,遮断されたりすることにより生じる神経障害性疼痛,③直接末梢からの侵害刺激がないにもかかわらず存在し,心因性のもので,特発性疼痛とも呼ばれる心因性疼痛の三つに分類することができること,線維筋痛症は,上記③の心因性疼痛に分類されること,上記のとおりに分類された痛みの中にも様々なものがあり,それぞれの痛みについて機序や症状,治療方法が存在することが,本件出願当時,技術常識であったと認めるのが相当である。

(ウ)

これに対して,原告は,痛覚過敏及び接触異痛は,通常の痛みとは異
なり,末梢性感作や中枢性感作による神経の機能異常で生じる痛みであると主張し,その根拠として,本件出願当時に前記(ア)hないしlのとおりの文献が存在したことを指摘する。
しかし,前記(ア)h,i,k及びlの各文献は,マスタードオイル,カプサイシン及び切開による侵害刺激を与える実験の結果に基づくものであるから,これらの実験により,痛覚過敏及び接触異痛が,その原因に
かかわらず,末梢性感作や中枢性感作による神経の機能異常により生じると,直ちにいうことはできない。
また,前記(ア)jの文献では,

NメチルDアスパラギン酸(NMDA)受容体の過剰活性は,神経障害性疼痛の発生における要因の1つである可能性がある。

,動物の神経障害性疼痛モデルにおいて示唆されるように…,痛覚過敏はNMDA受容体によって介在される「ワインドアップ現象の提示である可能性がある。」などと記載されているところ,これらの記載は,NMDA受容体の過剰活性が神経障害性疼痛の要因となること,あるいは痛覚過敏がNMDA受容体によって介在されるワイン
ドアップ現象(神経細胞の感作)によるものであることの可能性を指摘したにすぎず,これをもって,上記文献の記載内容が本件出願当時の技術常識であったということはできない。
そして,他に,本件出願当時,痛覚過敏及び接触異痛がその原因にかかわらず末梢性感作や中枢性感作による神経の機能異常で生じる痛みで
あることが技術常識であったと認めるに足りる的確な証拠はない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(エ)

原告は,神経障害性疼痛は神経系の一次的な損傷あるいはその機能異
常が原因となって生じた疼痛であり,線維筋痛症は痛覚過敏や接触異痛を伴う慢性疼痛症候群であると定義されるところ,神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛覚過敏や接触異痛はいずれも神経細胞の感作により生じるものであると主張し,その根拠として,本件出願当時に前記(ア)mないしrのとおりの文献が存在したことを指摘する。
しかし,前記(ア)mの文献においては,線維筋痛症を痛覚過敏を伴う慢性疼痛症候群と定義する例があることが紹介されているものの,それは
線維筋痛症の具体的な原因について言及するものではないし,痛覚過敏自体,前記(ウ)のとおり,その原因にかかわらず神経細胞の感作により生
じるものであることが本件出願当時に技術常識であったとは認められない。また,上記文献は,線維筋痛症に

中枢性感作があること,および圧痛点が二次痛覚過敏を示すことも示唆される。

と記載するにとどまっており,上記文献の記載内容が本件出願当時の技術常識であったとは認め難い。
前記(ア)nの文献は,神経損傷後,後角の感作が生じ得ると指摘するが,他方で,

臨床的にカウザルギーや反射交感神経ジストロフィーと呼ばれる事象が,極めて痛い,鋭く撃つ痛みとして伝達され得る(アロディニア)。この低閾値求心性情報の翻訳ミスのメカニズムは理解されていない

とされているから,神経損傷により生じるカウザルギー等としての痛覚過敏又は接触異痛の症状が神経細胞の感作により生じると確定的に理解されていたことを示すものとは認められない。
前記(ア)оの文献は,

NMDA介在性の中枢性活性を誘発し,この誘発された活性が長期間の痛みの状態における侵害受容とその調節の変化の一つの基礎となっている可能性があると思われる。

と述べるにすぎず,神経細胞の感作の可能性を指摘するにとどまるものである(なお,上記文献は,ホルマリン試験の結果について述べたものであり,後記ウのとおり,ホルマリン試験は侵害受容性疼痛に対する薬剤の鎮痛効果を確認するための試験であるから,この意味においても,神経障害性疼痛や線
維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛が神経細胞の感作により生じることを裏付けるとはいえない。)。
前記(ア)pの文献は,神経損傷性疼痛(神経障害性疼痛)に対してケタミンを投与する実験結果について述べたものであるところ,本件全証拠によっても,本件出願当時,ケタミンが神経障害性疼痛や線維筋痛症に
伴う疼痛に対して鎮痛効果を生じる機序が明らかとなっていたとは認められないから,上記実験結果をもって,神経障害性疼痛や線維筋痛症に
よる痛覚過敏や接触異痛が神経細胞の感作により生じることが本件出願当時の技術常識であったとはいえない。
前記(ア)qの文献は,疼痛が細胞の異常かつ自発性の発火のために生じたと述べるが,腕神経叢引き抜き損傷における疼痛について述べたものであり,神経障害性疼痛一般について述べたものではないし,細胞の異常かつ自発性の発火が,原告が主張する神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の原因となる神経細胞の感作を意味するものかは明らかでない。むしろ,上記文献は,痛みを①侵害受容性のもの,②神経障害性のもの及び③心因性のものに分類しており,前記(イ)
の認定を裏付けるといえる。
前記(ア)rの文献によれば,国際疼痛学会は,平成6年,神経障害性疼痛を神経系の一次的な損傷,あるいはその機能異常が原因となって生じた疼痛と定義したが,その定義に係る神経系の一次的な損傷は,前記(イ)のとおり,神経障害性疼痛が,末梢神経又は中枢神経が圧迫され
たり,絞扼されたり,遮断されたりすることにより生じる痛みであることと,矛盾するものではない。また,本件出願当時,当業者が,上記の定義に係るその機能異常について,原告が慢性疼痛の共通の原因であると主張する神経細胞の感作を意味するものと理解していたことを認めるに足りる証拠はない。したがって,国際疼痛学会の上記定義をもっ
て,本件出願当時,神経障害性疼痛に伴う痛覚過敏や接触異痛が神経細胞の感作により生じるものであることが技術常識であったとは認められない。
そして,他に,本件出願当時,神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛覚過敏及び接触異痛が神経細胞の感作により生じるものであったこと
が技術常識であったことを認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(オ)

原告は,痛覚過敏及び接触異痛がその原因にかかわらず末梢や中枢の
神経細胞の感作により生じることや,神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛覚過敏や接触異痛がいずれも神経細胞の感作により生じることについて,専門家の意見書(甲67,68,124,125)を提出する。しかし,上記の各意見書は,いずれも本件出願後に作成されたもので
あり,前記(ウ)及び(エ)のとおり,それらの記載内容を裏付け得る本件出願当時の技術常識に関する文献が存在するとは認められないから,いずれも採用することができない。

ホルマリン試験について

(ア)

本件明細書には,本件化合物に係るホルマリン試験の結果が記載され
ているところ,ホルマリン試験について,証拠(甲27,43,45ないし51,64)によれば,本件出願当時,以下の文献が存在したことが認められる。
a
NeuroReport,vol.6,p.2301-2304(1995)(甲27)

ホルマリン試験は,動物における侵害刺激のモデルとして使用されてきている。ホルマリンの皮下注射は,ラット,猫,マウス及び霊長類で観察される二相性の侵害応答を引き起こす。

(2301頁)

ホルマリンの皮下注射は,行動性の応答と脊髄後角における神経細胞の発火とによって特徴づけられる二相性の侵害応答を引き起こす。


(2302頁)
初期相の反応は,ホルマリン注射によって生じる一次求心性神経の高レベルの活動によるものである一方で,後期相の反応は,引き続いて誘発される組織の炎症を反映した連続的な低レベルのC繊維の活動によるものであることが示唆されている。また,これら2つの相では興奮性アミノ酸とプロスタグランジンが異なって関与することも示唆されている。非ステロイド性抗炎症薬とステロイドが,後期相では鎮痛作用を生むにもかかわらず,ホルマリンによって生じる初期相にほとんどあるいは全く影響を及ぼさないという事実は,後期相における炎症とプロスタグランジンの関与を支持するであろう。(2302頁)更に,タンパク質キナーゼCの阻害がlatephaseの応答を減少させるが,earlyphaseの応答は減少させないことが証明されていることから,痛覚過敏の主要な機序もlatephaseの応答に寄与しているかもしれない。(2302,2303頁)b
BrainResearch,vol.518,p.218-226(1990)(甲46)

後角深層の多種感覚受容(収束)の侵害受容ニューロンである後肢末梢受容野へのホルマリンの皮下注射は,この細胞の持続的活性化(1時間)のため使用された。

(218頁)

ケタミン(1-8mg/kg)は,ホルマリンへのニューロン反応に短期間ではあるが顕著で投与量依存的な阻害を生み出した(n=11)。

(218頁)

それゆえ,ホルマリンによって生成される求心性集中砲火(barrage)が比較的に短いタイムスパンでNMDA介在性の中枢性活性を誘発し,この誘発された活性が長期間の痛みの状態における侵害受容とその調節の変化の一つの基礎となっている可能性があると思われる。(218頁)

急性あるいは短期間に続く状態と比較して,持続したあるいは慢性的な痛みに関連する多くの問題の一つは,長く持続する痛みのある種の形態を緩和する難しさにあり,これは特に,神経損傷に関連する形態についてである[4]。一般的には,これらの問題は傷害による他の結果に加えて,末梢および中枢神経の過敏によって生じ得る。動物についての様々な研究は,末梢の侵害受容繊維の感作が発生し得ること(参照6を見よ)を明らかに示し,さらに最近では,マイナー入力に対する後角の侵害受容的システムの反応を顕著に促進する,急速に誘発された中枢性過敏についての証拠が蓄積している[9,24,33,34,37]。このようなメカニズムは,痛みを増幅し,持続する痛みの状態の問題に貢献する可能性がある。ホルマリンの皮下注射は,短期間持続する一過性の活性(phasicactivity)を生み出すことが示されてきており,侵害受容の長引く持続期がこの後に発生し,これは様々な種における行動学的研究によって評価されており[3,18],持続した侵害刺激の有用なモデルであると考えられる。(218頁)c
TheJournalofNeuroscience,vol.12(9),p.3665-3670(1992)(甲47)

我々は以前(Coderreetal.,1990),損傷に誘導される中枢性感作の行動モデルとして,ホルマリン試験を用いた。

(3665頁)

ホルマリン応答の初期相の間に生じた神経作用が中枢神経系の機能の変化(すなわち,中枢性感作)を引き起こし,それが次いで後期相の間の処理に影響すること,をもたらし得ることを示唆する。

(3665頁)
d
PainReviewArticle,vol.51,p.5-17(1992)(甲45)主にラットとマウスで使用されている侵害受容のホルマリン試験は,傷害を受けた組織によって発生する中程度の継続的な痛みを伴う。このように,それは閾値強度の短い刺激に頼るほとんどの伝統的な侵害受容の試験とは異なる。本稿では,刺激の特性や侵害受容行動の変化をどのように測定し解釈するかを含め,ホルマリン試験の主な特徴について説明する。ホルマリンへの応答は初期相と後期相を示す。初期相は主に末梢刺激によるC-線維活性化によって引き起こされるように思われるが,後期相は末梢組織における炎症反応と脊髄後角の機能的変化の組み合わせに依存するように思われる。(5頁)

結論として,ホルマリン試験は侵害受容を研究するために利用可能な一連の方法への価値ある追加である。

(5頁)NSAIDであるインドメタシンは,ホルマリン試験の第2相における反応を低下させるが,第1相では効果を持たないことが示されている
(12頁)
e
NeuroscienceLetters,vol.208,p.45-48(1996)(甲48)

ホルマリン試験は広く用いられる化学物質誘発性の持続性疼痛の行動モデルであるが,一次求心性侵害受容器のホルマリンへの反応についてはあまり知られていない。

(45頁)ホルマリン誘発性の行動の第一相は,ホルマリン誘発性のC線維の一次求心性侵害受容器の活性化を反映しており,第二相は,第一相の間の一次求心性インプットの初期の集中砲火により後角ニューロンが感作(中枢性感作)した結果か,炎症に誘発された一次求心性侵害受容器の活性化の結果か,またはその両方の組合せ[2,15]であるとの仮説が立てられてきた[2,5,13]。ホルマリンに対する行動反応の第二相への末梢性侵害受容作用の寄与については,議論が引き起こされている。(45頁)f
齋藤洋ら編,医薬品の開発9巻医薬品の探索〔Ⅰ〕,廣川書

店(平成2年)(甲64)
6)持続性の痛み(痛覚過敏)を指標にする方法動物を用いて持続的な痛みに有効な薬物を検定するためには,動物の局所に起炎剤を適用し,その炎症部位に生ずる自発痛に伴う仮性疼痛反応や,その部位での疼痛閾値の低下(痛覚過敏)を指標として用いる。(99頁)起炎剤としてはさまざまな薬物が用いられる。希釈ホルマリンをラットの足蹠に皮下注射したのちに見られる応答のうち,再現性と定量性に優れる注射部位をなめる反応(lickingresponse)頻度の時間的経過は,注射直後の急性反応期と,15分頃より再び増加しはじめて1時間程度持続する遅延反応期から成る二峰性を示す。これらはそれぞれ急性痛と持続痛を反映していると考えられており,それぞれの痛みに対する作用を同時に評価する鎮痛効力検定法として用いることができる。(99頁)g
TheJournalofNeuroscience,vol.12(9),p.3671-3675(1992)(甲49)
ホルマリン誘発組織損傷の後の持続性侵害受容におけるNMDA受容体作動性カルシウムチャネルの役割(3671頁)

ラットにおける組織損傷に対する応答である中枢性感作および持続性侵害受容への細胞内カルシウムの貢献が,後肢へのホルマリンの皮下注射の後に調べられた。

(3671頁)この結果は,ホルマリン損傷により誘発された組織損傷後の中枢性感作および持続性侵害受容は,主にNMDA受容体作動性(比較的程度は低いが電位依存性の)カルシウムチャネルを介したカルシウム流入に依存することを示す。(3671頁)h
Pain,vol.54,p.291-300(1993)(甲50)L-NAMEによる第2相ホルマリン応答の抑制は,ラットの足へのホルマリン注射の前と後のいずれに投与しても類似していた。L-NAME(370nmol)の脊髄投与はN-メチル-D-アスパルテート(NMDA;6.8nmol)のi.t.注射により誘導された熱痛覚過敏をも阻止したが,D-NAME(3.7μmol)は阻止しなかった。(291頁)
これらの研究は脊髄性NO合成の調節が継続する求心性集中砲火により誘導される求心性活動の促進された処理(ホルマリン試験の第2相)を減少させうることを示す。この痛覚過敏要素は,脊髄のNMDA受容体の活性化によって開始され,それはNO生成を介して求心性インプットの実際の増大処理および続く疼痛行動の関連する痛覚過敏要素に導く。(291頁)i
EuropeanJournalofNeuroscience,vol.6,p.1328-1334(1994)(甲51)

細胞内メッセンジャーである一酸化窒素,アラキドン酸およびプロテインカイネースCのラットにおける組織損傷に反応した持続性侵害受容への寄与が,後肢へのホルマリンの皮下投与の後に調べられた。

(1328頁)

L-グルタミン酸またはサブスタンスPを用いて処理されたラットにおけるホルマリン侵害行為の増加(痛覚過敏)は,一酸化窒素阻害剤(L-NAME),アラキドン酸阻害剤(デキサメタゾン)またはプロテインカイネースC阻害剤(H-7)を用いた前処理によって覆された。この結果は,ホルマリン損傷により誘発された組織損傷後の中枢性感作および持続性侵害受容,およびL-グルタミン酸およびサブスタンスPにより引き起こされたホルマリン試験における痛覚過敏は,細胞内メッセンジャーである一酸化窒素,アラキドン酸およびプロテインカイネースCに依存することを示す。(1328頁)j
Pain,vol.4,p.161-174(1977)(甲43)ラットに適用された際の試験の更なる特徴は,注射後最初の半時間において観察される変化である。疼痛評価カーブが一時的に低下する理由は不明である。おそらく2種類の痛みが作られる:感覚受容器に対するホルマリンの直接的影響によって生じる短期間の痛みと,その後にさらに長く続く炎症による痛みである。(173頁)要するに,ホルマリンテストは様々な鎮痛治療における違いだけでなく,鎮痛の時的変化における評価も可能とする。これは疼痛の閾値を測定するものではないけれども,むしろ比較的長く続く疼痛刺激に対する行動的反応を定量化するものである。したがって,これは実際の病的な状態において見られるような痛みに類似している。このテストは,それ故に,疼痛を評価するために現在利用可能な方法への価値ある追加である。(173頁)(イ)

前記(ア)の各文献の記載によれば,本件出願当時,ホルマリンを皮下注
射することにより二相の侵害応答が引き起こされ,そのうち後期相は炎症を反映した持続する疼痛であるところ,ホルマリン試験はこれら二相の侵害応答に対する薬剤の鎮痛効果を確かめる動物モデル試験であり,NSAIDは後期相において鎮痛効果を生じることが,技術常識であったと認められる。
そして,前記イ(イ)のとおりに痛みが分類されることや,本件出願当時,NSAIDが一般的に侵害受容性疼痛に対して有効であると考えられて
おり,神経障害性疼痛や線維筋痛症に対して有効であるとは考えられていなかったと認められること(甲123,乙40,41)を併せ考えると,本件出願当時,ホルマリン試験のうち後期相におけるものは,侵害受容性疼痛に対する薬剤の鎮痛効果を確認するための試験であったと認めるのが相当である。

この点に関し,本件明細書には,CI-1008((S)-3-(アミノメチル)-5-メチルヘキサン酸であり(甲2),構成要件3Aを充足する本件化合物の一種である。)及び3-アミノメチル-5-メチル-ヘキサン酸(構成要件3A)がホルマリン試験の後期相において有効であったとの記載があること(前記1(1)エ)からすると,本件出願当
時,本件明細書のホルマリン試験の結果に接した当業者は,本件化合物について,侵害受容性疼痛としての持続する疼痛に対して有効であると
理解し,その他の痛みに対して有効であると理解することは困難であったというべきである。
(ウ)

これに対して,原告は,ホルマリン試験により中枢性感作の研究を行
い得ることが広く知られており,ホルマリン試験は痛覚過敏や接触異痛の慢性疼痛の研究に有用な動物モデル試験であると主張し,前記(ア)の各文献にはこれを裏付ける記載があると指摘する。
しかし,前記(ア)の各文献には,脊髄後角における神経細胞の発火とによって特徴づけられる二相性の侵害応答を引き起こす(前記(ア)a),ホルマリン応答の初期相の間に生じた神経作用が中枢神経系の機能の変化(すなわち,中枢性感作)を引き起こし,それが次いで後期相の間の処理に影響する(同c),第二相は,第一相の間の一次求心性インプットの初期の集中砲火により後角ニューロンが感作(中枢性感作)した結果か,炎症に誘発された一次求心性侵害受容器の活性化の結果か,またはその両方の組合せ[2,15]である(同e),ホルマリン損傷により誘発された組織損傷後の中枢性感作(同i)等の記載はあるが,これらの中枢性感作等が,原告が主張するようにあらゆる痛覚過敏や接触異痛の原因となる神経細胞の感作を意味するのかは明らかではないし,ホルマリン試験の結果により,前記イ(イ)の痛みの分類又は原因にかかわらず,あらゆる慢性疼痛に対する鎮痛効果を確認することができ
ることを示唆する記載はない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(エ)

原告は,ホルマリン試験が中枢性感作の研究に用いられ,痛覚過敏や
接触異痛の慢性疼痛の研究に有用な動物モデル試験であると知られていたことについて,専門家の意見書(甲69,124)を提出する。しかし,上記の各意見書は,いずれも本件出願後に作成されたものであって,本件出願当時の技術常識を認定する証拠として直ちに的確なも
のとはいえない上,前記(ウ)のとおり,それらの記載内容を裏付け得る本件出願当時の技術常識に関する文献が存在するとは認められないから,いずれも採用することができない。

カラゲニン試験について

(ア)

本件明細書には,本件化合物に係るカラゲニン試験の結果が記載され
ているところ,カラゲニン試験について,証拠(甲44,56,57,146)によれば,本件出願当時,以下の文献が存在したことが認められる。
a
Pain,vol.32,p.77-88(1988)(甲44)皮膚の痛覚過敏における熱侵害受容を測定するための新たな精度の高い方法(77頁)拘束されていない動物における熱刺激に対する皮膚痛覚過敏を測定する方法が記載されている。テストの枠組みは,行動の終点の自動検出を使用し,繰り返しテストしても,観察される痛覚過敏の発症には寄与しない。カラゲニンに誘発された炎症は,食塩水で処置した足と比較して有意に短い足回避潜時をもたらし,そしてこれらの潜時変化は熱侵害受容閾値の低下に対応した。(77頁)b
EuropeanJournalofPharmacology,vol.194,p.135-143(1991)(甲56)

カラゲニン誘導炎症は,1962年Winter等によって説明された,そして,非ステロイド抗炎症薬のスクリーニングのために広く使われるようになっている(OtternessとBliven,1985年)。最近,皮膚の痛覚過敏のモデルとして適合されている(Hargreaves等,1988年)。このモデルにおいて,皮膚の熱痛覚過敏は,熱刺激に対する引っ込め時間の減少によって評価される。(135頁)

我々は,片側性カラゲニン誘発の炎症モデルにおけるオピオイドアゴニストの脊髄媒介性の抗侵害受容効果を調べた。

(140頁)c
Pain,vol.50,p.345-354(1992)(甲57)カラゲニン誘導炎症は,1962年Winter等によって最初に説明された,そして,今日,カラゲニンの足底内注入は,片側のみ(unilateral)の炎症/痛覚過敏のモデルを作製するために,実験的に広く用いられている。(345頁)

本電気生理学的研究は,カラゲニンによって誘起された炎症に続く,後角ニューロンにおけるC線維誘発応答の髄腔内オピエイトに対する過敏さを,非炎症動物に対するものと比較して調査する。

(345,346頁)

カラゲニンは,炎症及び痛覚過敏を誘発するために広く用いられている。カラゲニンで処理された動物における多くの行動試験は,有害な圧力(足圧力試験),及び有害な熱に対する足蹠回避を用いて,炎症状態によって誘起された変化と,これらの変化に対する様々な薬物の効果を決定している。(351頁)
ニューロンのC及びAβ線維の両方の応答における変化の方向は,細胞のワインドアップの初期の程度に依存する(図1を見よ)。これは,これらの後角ニューロンにおけるC線維誘起ワインドアップの発現において重要であると示されるN-メチル-D-アスパルテート(NMDA)レセプターの役割を指し示している(351頁)
d
Anesthesiology,vol.83(5),p.1046-1054(1995)(甲146)侵害刺激への増加した感受性(痛覚過敏)及び通常は痛くない刺激に対する痛みの知覚(異痛)によって特徴付けられる神経障害性疼痛は,治療が難しい。行動的に定義される痛覚過敏や異痛は,末梢の神経障害や組織の炎症などを含む,様々な亜急性の動物モデルで生ずる。モデルは急増しているけれども,神経損傷と炎症のモデルは,結果として得られる痛覚過敏の脊椎での薬理学及び生理学に一般的に違いはない。両方の種類のモデルにおいて,介入から維持される有害な感覚入力は,脊椎でのN-メチル-D-アスパルテート(NMDA)レセプターの活動に依存して痛覚過敏を生ずるという強い証拠がある。そのため,NMDAレセプターアンタゴニストのクモ膜下腔内注射は,これらのモデルにおいて痛覚過敏を妨げ,元に戻すのであり,さらにNMDAレセプターアンタゴニストのクモ膜下腔内注射により長く続く神経障害性疼痛の患者の痛覚過敏や異痛が減少するという事実は,これらのモデルが臨床と関係することを示す。(1046頁)まとめると,クモ膜下腔内のアミトリプチリン投与により,足底内にカラゲニン注射を受けたラットにおける炎症性浮腫に影響を与えることなく,熱痛覚過敏は元に戻った…前臨床のアミトリプチリンの毒性スクリーニングに問題がなければ,この薬剤のクモ膜下腔内注射は,慢性の神経障害性疼痛の治療の新たなアプローチを提供することができる。(1053頁)
(イ)

前記(ア)の各文献の記載によれば,本件出願当時,カラゲニン試験とは,
カラゲニンにより炎症を誘発し,痛覚過敏の状態を引き起こして,これに対する薬剤の効果を確かめる試験であることが,技術常識であったと認められる。
そして,本件明細書には,本件化合物の一種であるCI-1008(前記ウ(イ))がカラゲニン試験において有効であったことが記載されており,さらに,

これらのデータはギャバペンチンおよびCI-1008が炎症性疼痛の処置に有効であることを示す。

(前記1(1)オ)との記載がある。以上によれば,本件出願当時,本件明細書のカラゲニン試験の結果に
接した当業者は,本件化合物について,侵害受容性疼痛としての痛覚過敏に対して有効であると理解し,その他の痛みに対して有効であると理
解することはなかったというべきである。
(ウ)

これに対して,原告は,カラゲニン試験について,痛覚過敏の研究の
ために拡張されたものであり,本件出願当時において,神経細胞の感作を反映するものとして神経障害性疼痛治療薬の研究に用いられていたと主張し,前記(ア)bないしdの各文献にはこれを裏付ける記載があると指摘する。
しかし,前記(ア)bの文献からは,カラゲニン試験が,痛覚過敏のモデルとして,炎症モデルにおける抗侵害受容効果を調べるために
用いられたことは理解できるものの,同文献において,神経細胞の感作
について説明した記載はない。
前記(ア)cの文献には,

後角ニューロンにおけるC線維誘起ワインドアップの発現において重要であると示されるN-メチル-D-アスパルテート(NMDA)レセプターの役割を指し示している。

との記載があるが,カラゲニン試験については,炎症及び痛覚過敏を誘発するために広く用いられていると記載されているのみであり,カラゲニン試験の結果により,神経障害性疼痛に対して有効であることを確認することができたことを示唆する記載はない。
前記(ア)dの文献には,神経損傷と炎症のモデルは,結果として得られる痛覚過敏の脊椎での薬理学及び生理学に一般的に違いはない。両方の種類のモデルにおいて,介入から維持される有害な感覚入力は,脊椎でのN-メチル-D-アスパルテート(NMDA)レセプターの活動に依存するという強い証拠がある。との記載があるが,これをもって,本件出願当時,あらゆる痛覚過敏が神経細胞の感作により生じることが技術常識であったとは直ちには認められないし,カラゲニン試験の結果により,神
経障害性疼痛に対して有効であることを確認していたとはいえない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(エ)

原告は,カラゲニン試験が神経細胞の感作を反映するものであると主
張し,神経障害性疼痛治療薬の研究に用いられていることを示すものとして,専門家の意見書(甲69)を提出する。
しかし,上記各意見書は,本件出願後に作成されたものであって,本件出願当時の技術常識を認定する証拠として直ちに的確なものとはいえ
ない上,前記(ウ)のとおり,それらの記載内容を裏付け得る本件出願当時の技術常識に関する文献が存在するとは認められないから,いずれも採用することができない。

術後疼痛試験について

(ア)

本件明細書には,本件化合物に係る術後疼痛試験の結果が記載されて
いるところ,術後疼痛試験について,証拠(甲15の1,甲58)によれば,本件出願当時,以下の文献が存在したことが認められる。
a
Pain,vol.64,p.493-501(1996)(甲15の1)要約本研究で我々は,切開痛のラットモデルを開発した。ハロタン麻酔ラットの皮膚,筋膜,および足蹠の足底側面の筋肉を1-cm縦に切開した。手術前及び手術に続く6日間,創傷周辺のさまざまな領域でフォン・フライの毛を使用して,回避反応を測定した。動物の体重負荷行動に基づく累積疼痛スコアも利用した。回避反応試験及び体重負荷に基づくスコアの結果は,ラット足の外科的切開が,術後数日間続く信頼性のある定量可能な機械的痛覚過敏を引き起こすことを示唆している。足の皮膚と筋膜のみを含み,筋肉を含まない切開は,最初の術後期間中にそれほど重度の痛覚過敏を引き起こさなかった。本モデルにより,手術による感作のメカニズムを理解し,ヒトの術後疼痛の新しい治療法を調査できるであろう。(493頁)
b
J.Physiol,vol.297,p.207-216(1979)(甲58)

2.いくつかの多モード侵害受容器の受容野から5(n=15)mmまたは10(n=12)mm外で小さな損傷を与えた。これは自然発火の発生をもたらし,そして受容野の加熱に対する閾値を低下させた。

(207頁)損傷部位での痛覚過敏の他に,それまでに損傷を受けていない皮膚上にも痛みの領域がその周りに発生し(Lewis,1935-36),これも多モード侵害受容器感作に関連している可能性があるようである。ここで述べられる実験は,多モード侵害受容器がそれらの受容野外での侵害刺激によって感作され得るかどうかを立証するために行われた。Perlら(1974)は,広範囲の皮膚の傷害は損傷場所からいくらかの距離の受容野を持つ多モード侵害受容器の自然発火をもたらし得ることを指摘したが,感作の定量的な測定はなされなかった。(208頁)
(イ)

前記(ア)の各文献の記載によれば,本件出願当時,術後疼痛試験は,ラ
ットの皮膚,筋膜及び足蹠の足底側面の筋肉を切開することにより,痛覚過敏を引き起こし,これに対する薬剤の効果を確かめる試験であることが,技術常識であったと認められる。
そして,本件明細書には,S-(+)-3-イソブチルギャバ
(弁論の全趣旨によれば,構成要件3Aを充足する本件化合物の一種であると認められる。)が術後疼痛試験において有効であったことが記載
されており,さらに,

ラット足蹠筋肉の切開は熱痛覚過敏および接触異痛を生じた。いずれの侵害受容反応も手術後1時間以内にピークに達し,3日間維持された。実験期間中,動物はすべて良好な健康状態を維持した。

(前記1(1)キ(キ)),ここに掲げた結果はラット足蹠筋肉の切開は少なくとも3時間続く熱痛覚過敏および接触異痛を誘発することを示している。本試験の主要な所見は,ギャバペンチンおよびS-(+)-3-イソブチルギャバがいずれの侵害受容反応の遮断に対しても等しく有効なことである。(同(コ))との記載がある。以上によれば,本件出願当時,本件明細書の術後疼痛試験の結果に接した当業者は,本件化合物について,侵害受容性疼痛としての熱痛覚過敏及び接触異痛に対して有効であると理解し,その他の痛みに対して有効であると理解することはなかったというべきである。

(ウ)

これに対して,原告は,術後疼痛試験は,動物の皮膚を切開し,切開
による損傷後に生じる痛覚過敏及び接触異痛を検討する試験であって,神経細胞の感作を反映したものであると主張し,前記(ア)の各文献にはこれを裏付ける記載があると指摘する。
しかし,前記(ア)aの文献には,

本モデルにより,手術による感作のメカニズムを理解し,ヒトの術後疼痛の新しい治療法を調査できるであろう。

との記載があるものの,この手術による感作という記載が,原告が痛覚過敏や接触異痛を生じさせる神経の機能異常を引き起こすと主張する神経細胞の感作(前記第3の1(1)(原告の主張)ア(ア))を意味するのかは明らかでない。

また,前記(ア)bの文献には,多モード侵害受容器感作等の記載があるが,上記と同様に,これらの記載が,原告が主張するような神経細胞の感作を意味するのかは明らかではない。むしろ,上記文献には,

小さな損傷を与えた。これは自然発火の発生をもたらし,そして受容野の加熱に対する閾値を低下させた。

との記載があることから,術後
疼痛試験を侵害受容性疼痛としての痛覚過敏を引き起こすものであるとの理解が示されているというべきである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(ア)

その他の原告の主張について
ケタミンについて
原告は,ケタミンについて,中枢性感作阻害性を有し,虚血性疼痛,
術後疼痛,癌性疼痛,末梢性及び中枢性神経障害性疼痛,帯状疱疹後神経痛並びに線維筋痛症,さらには,これらに由来する痛覚過敏及び接触異痛に対して効果を奏することが確認されていたから,神経細胞の感作を抑制することで,原因にかかわらず痛みを治療することができると知られていたと主張する。

しかし,証拠(甲26,42,46,52ないし55)によれば,本件出願当時,NMDA遮断薬であるケタミンは,神経障害性疼痛,線維筋痛症,虚血性疼痛,術後疼痛,幻肢痛等に対して鎮痛効果を生じることが技術常識であり,これらの疼痛の発生にNMDA受容体が関与している可能性が指摘されていることは認められるものの,上記の証拠を含
む本件全証拠によっても,これらの疼痛の発生原因を特定することはできず,本件出願当時,ケタミンがこれらの疼痛に対して鎮痛効果を生じる機序が明らかとなっていたとは認められない。
また,弁論の全趣旨によれば,ケタミンの化学式と本件化合物の化学式は全く異なることが認められる上,本件全証拠によっても,本件化合
物がケタミンと同様の機序に基づき同様の鎮痛効果を奏することを認めることはできない。
そうすると,ケタミンが神経障害性疼痛や線維筋痛症,術後疼痛等に対して鎮痛効果を生じることをもって,当業者が,本件出願当時,本件化合物がこれらの痛みに対して同様の鎮痛効果を生じると理解していた
ということはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ)

混合性疼痛について
原告は,本件出願当時,痛みを組織損傷,炎症,神経損傷又は心因性
の要因といった原因により明確に区別することはできず,炎症性疼痛や術後疼痛と神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う痛みは相互に重複する痛
みであると理解されていたと主張し,その根拠として,関連する文献等(甲126ないし132,137,138)を提出する。
しかし,本件出願当時,痛みは前記イ(イ)のとおりに分類されていたものであり,侵害受容性疼痛である炎症性疼痛や術後疼痛が生じると,必ずこれらと重複して神経障害性疼痛や心因性疼痛である線維筋痛症に伴
う痛みをも生じるといったことが,技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。また,一人の患者が炎症性疼痛又は術後疼痛と神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う痛みを併発するといった事例があったとしても,そのことから直ちに,本件出願当時,当業者が,これらを一つの混合性疼痛として理解し,炎症性疼痛又は術後疼痛に対して有効である鎮
痛剤が神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う痛みに対しても有効であり,神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う痛みに対して有効である鎮痛剤が炎症性疼痛又は術後疼痛に対しても有効であると認識していたと認めることはできず,他にそのような事実を認めるに足りる証拠もない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(ウ)

動物モデル試験全般について
a
原告は,本件出願当時,痛覚過敏や接触異痛に対する薬理効果を確認するための動物モデル試験は,症状や神経細胞の感作を適切に反映したものであればよいと考えられていたと主張する。

しかし,本件出願当時,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験が侵害受容性疼痛としての痛覚過敏や接触異痛等の痛みに対する鎮痛効果を確認するための試験であると理解されていたことは,前記ウないしオのとおりであり,本件全証拠によっても,当業者が,痛覚過敏や接触異痛に対する薬理効果を確認するための動物モデル試
験は症状や神経細胞の感作を適切に反映したものであればよいと考えていたとは認められない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。
b
原告は,本件出願当時,ベネットモデルやチャングモデル等の神経障害により痛みを生じさせる動物モデルは開発途上にあったため,本件化合物の鎮痛効果を確かめるのに必要であるとはいえなかったものであり,他方,本件明細書では,これらの動物モデルが存在すること
を紹介していたから,当業者はこれらにより容易に追試することができ,本件化合物の用途を確認することができたと主張する。
しかし,本件明細書には,ベネットモデルやチャングモデルに係る文献が指摘されているが(前記1(1)カ),いずれも本件出願より数年前の文献であり,本件全証拠によっても,これらのモデルが開発途上
であって本件化合物の効果の検証に用いることが必要ではなかったとは認められない。他方で,本件明細書でこれらのモデルの存在を指摘しただけでは,本件化合物についていかなる鎮痛効果が得られるかを確認する具体的な方法は不明であり,本件明細書に記載のあるホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験の各結果により確認でき
る鎮痛効果以外の鎮痛効果を確かめることはできないから,本件明細書に実施可能要件を満たすに足りる薬理データの記載又はこれと同視し得る程度の記載はないというほかない。また,本件出願当時,当業者において,これらのモデルを用いて本件化合物につき行った薬理試験の結果を予測できたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

小括
以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明においては,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験の各薬理データの記載により,本
件化合物が侵害受容性疼痛に分類される痛みに対して鎮痛効果があること及びそのための当該医薬の有効量は裏付けられているといえる。しかし,
本件発明1及び2がその内容とする痛み,すなわち,少なくとも炎症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,三叉神経痛,急性疱疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,線維筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛ならびに他の形態の神経痛,神経障害および特発性疼痛症候群(前記1(1)イ)の各痛みに対して鎮痛効果があること及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載はない。したがって,本件発明1及び2は,実施可能要件に違反するものと認められる。
(2)
争点1-2(サポート要件違反の成否)について

特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件(法36条6項1号)に
適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。イ
本件発明1及び2の特許請求の範囲において,本件化合物が痛みの処置における(構成要件1B)鎮痛剤(構成要件1C)又は鎮痛剤(構成要件2C)として作用することが記載されているところ,前記(1)アのとおり,本件明細書の記載に照らせば,上記各構成要件の記載は,本件化合物が少なくとも炎症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,三叉神経痛,急性疱疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,線維筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛ならびに他の形態の神経痛,神経障害および特発性疼痛症候群の各痛みに対して鎮痛効果を有することを規定したものと解される。

そして,本件明細書の記載(前記1(1)ウ)によれば,本件発明1及び2は,少なくとも上記各痛みに対して,市場にある鎮痛剤,例えば,麻薬性鎮痛剤やNSAIDでは不十分な効果しか得られず,また,これらの鎮痛剤には副作用があるため,不完全な処置しか行われていなかったことから,上記各痛みに対する鎮痛効果が高く,副作用の少ない鎮痛剤を提供することを課題とし,この課題を解決しようとしたものであると認められる。しかし,前記(1)キのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件化合物について,上記各痛みのうち,侵害受容性疼痛に分類される痛みに対して鎮痛効果があることの記載はあるものの,その余の痛みに対して鎮
痛効果があることについての記載があるとは認められない。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が,本件発明1及び2の上記課題の解決,すなわち少なくとも上記各痛みの全てに対して鎮痛効果を有することを認識できる範囲のものとはいえず,また,当業者が本件出願当時の技術常識に照らして上記各痛みに対して鎮痛効果
を有することを認識できる範囲のものともいえないから,本件発明1及び2は,サポート要件に違反すると認められる。

これに対して,原告は,サポート要件を充足するといえるためには,明
細書に接した当業者が技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的期待が得られれば足り,明細書に基づき追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することができれば足りると主張する。しかし,明細書は,発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,サポート要件に適合するというためには,前記アのとおり,特許請求の範囲に記載された発明が,発
明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか,その
記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである必要があるというべきである。そして,前記イのとおり,本件明細書に接した当業者は,本件出願当時の技術常識を踏まえても,本件発明1及び2で鎮痛効果を有するとされる各痛みに対して鎮痛効果を生じると認識することができたとはいえない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(3)

争点1-3(本件訂正が訂正要件を満たすか)について

請求項2に係る本件訂正について
請求項2に係る本件訂正のうち,鎮痛剤(構成要件2C)を神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤(構成要件2B’及び2C)と訂正する点について,形式上は,特許請求の範囲を減縮するものといえる。
しかし,前記(1)キのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件化合物について,侵害受容性疼痛に対して鎮痛効果があること及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載があるものの,その他の痛みに対し
て鎮痛効果があることなどを裏付ける記載があるとはいえない。そして,前記(1)イ(イ)によれば,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みとは,侵害受容性疼痛ではなく,神経障害性疼痛又は心因性疼痛に分類されるものである。
したがって,上記訂正は,神経障害性疼痛又は心因性疼痛の処置におけ
る鎮痛剤という新規事項を追加するものであって,本件明細書に記載した事項の範囲内においてされたものではないので,訂正要件を満たすとは認められない(法134条の2第9項,126条5項)。

請求項1に係る本件訂正について
本件訂正前の請求項2は請求項1を引用しており,これらは一群の請求項を構成する。そして,請求項2に係る本件訂正は,当該請求項について
の訂正が認められるときは請求項1とは別の訂正単位として扱われることを求めるものである。しかし,前記アのとおり,請求項2に係る本件訂正は認められないから,請求項1と請求項2は依然として一群の請求項を構成していることになり,請求項1に係る本件訂正も認められない(法134条の2第3項)。

(4)

小括
以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,本件発明1及び2については,実施可能要件違反及びサポート要件違反が認められるから,無効の抗弁は理由があり,請求項1及び請求項2に係る本件訂正は訂正要件に違反するものであるから,訂正の再抗弁は理由がない。

したがって,延長登録により存続期間が延長された本件特許権の効力が被告医薬品に及ぶか否かにかかわらず,原告の被告に対する本件発明1及び2に係る本件特許権に基づく被告医薬品の製造,販売及び販売の申出の差止請求並びに被告医薬品の廃棄請求は,いずれも理由がない。
3本件発明3及び4について
(1)

争点2-1(文言侵害の成否)について

(ア)

被告医薬品の構成要件3Bの充足性について
本件発明3の特許請求の範囲及び本件明細書の各記載
a
本件発明3の特許請求の範囲には,炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みの処置における(構成要件3B)鎮痛剤(構成要件3C)との記載がある。
b
本件明細書には,発明の背景として,

本発明は,痛みの治療において鎮痛/抗痛覚過敏作用を発揮する化合物としてのグルタミン酸およびγ-アミノ酪酸(GABA)の類縁体の使用である。

(前記1(1)ア)との記載があり,発明の概要として,本発明は,以下の式Ⅰの化合物の,痛みの処置とくに慢性の疼痛性障害の処置における使用方法である。このような障害にはそれらに限定されるものではないが炎症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,三叉神経痛,急性疱疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,線維筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛ならびに他の形態の神経痛,神経障害および特発性疼痛症候群が包含される。(前記1(1)イ)との記載があり,発明の詳述として,本発明は,上記式Ⅰの化合物の上に掲げた痛みの処置における鎮痛剤としての使用方法である。痛みにはとくに炎症性疼痛,神経障害の痛み,癌の痛み,術後疼痛,および原因不明の痛みである特発性疼痛たとえば幻想肢痛が包含される。(前記1(1)ウ)との記載がある。また,本件明細書には,構成要件3Aを充足する本件化合物の一種であるCI-1008及びS-(+)-3-イソブチルギャバ(前記2(1)ウ(イ),オ(イ))について,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験を実施し,鎮痛効果があったことが記載されている(前
記1(1)エ,オ及びキ)。
(イ)

本件訂正の経緯
証拠(甲3,4,18,21,乙1,2,19)によれば,本件訂正の経緯について,以下の事実を認めることができる。

a
特許庁は,本件無効審判事件において,平成31年2月28日付け
で,①本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験の結果に基づき,本件化合物が本件訂正前発明4記載の各痛みを初めとする種々の種類の痛みの治療に有効であることを当業者に認識させようとするものであること,②本件明細書のホルマリン試験及びカラゲニン試験の結果の記載を見た当業者であれば,本件化合物が本件訂正前発明4記載の炎症性疼痛の処

置における鎮痛効果を有すると認識することができ,術後疼痛試験の結果の記載を見た当業者であれば,本件化合物が本件訂正前発明4記載の術後疼痛の処置における鎮痛効果を有すると認識できること,③痛みには本件訂正前発明4記載の各痛みを含む種々のものがあり,その原因や病態生理も様々であることは,本件出願当時の技術常識であり,鎮痛剤であればあらゆる種類の痛みに有効であるというわけではないことも,本件出願当時の技術常識であったこと,④当業者は,本件明細書のホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験の結果の記載に接しても,本件発明1及び2並びに本件訂正前発明3及び
4に係る鎮痛剤が炎症性疼痛及び術後疼痛以外の本件訂正前
発明4記載の各痛みの処置における鎮痛効果を有することを認識することができないから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明1及び2並びに本件訂正前発明3及び4を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえないこと,⑤本件明細
書の発明の詳細な説明に接した当業者が,本件発明1及び2並びに本件訂正前発明3及び4により,本件訂正前発明4記載の各痛みを含む痛みの処置をすることができる鎮痛剤を提供するという課題を解決できると認識できるとはいえないから,本件発明1及び2並びに本件訂正前発明3及び4は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたも
のではないことを理由として,本件特許は平成14年法律第24号による改正前の法36条4項,法36条6項1号に規定する各要件を満たさず,法123条1項4号により無効とすべきものである旨の本件審決予告をした(甲21,乙1)。
b
原告は,前記aの本件審決予告を受け,令和元年7月1日付けで,
本件発明1及び2並びに本件訂正前発明3及び4を前記前提事実(3)イのとおりに訂正する本件訂正をした(甲3,4)。

さらに,原告は,同年8月7日付けの手続補正書により本件訂正に係る訂正請求書を補正したところ,補正後の訂正請求書の訂正の理由では,①請求項3に係る本件訂正について,炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みの処置におけるとの記載により,鎮痛剤の処置対象となる痛みを限定するものであるところ,本件明細書に記載されたカラゲニン試験では,カラゲニンを用いて炎症を原因とする痛みを引き起こし,この痛みの処置に本件化合物を用い,また,術後疼痛試験では,手術を原因とする痛みを引き起こし,この痛みの処置に本件化合物を用いていることなどからすると,本件明細書等に記載
された事項の範囲内のものであること,②請求項4に係る本件訂正について,訂正前の請求項4においては炎症性疼痛から線維筋痛症までの13項目の痛みが選択的に記載されていたものを,炎症性疼痛
及び術後疼痛のみを残し,その他の選択肢を削除するとともに,
炎症性疼痛については,これによって生じる痛みのうち鎮痛剤の

処置対象とする痛みを,による痛覚過敏のとの記載により痛覚過
敏に特定し,術後疼痛については,これによって生じる痛みのう
ち鎮痛剤の処置対象とする痛みを,による痛覚過敏若しくは接触異痛のとの記載により痛覚過敏又は接触異痛に特定することによって限定するものであるところ,本件明細書に記載されたホルマリン試験
では,ホルマリンを用いた侵害刺激の後期相(痛覚過敏及び接触異痛)の処置に本件化合物を用い,カラゲニン試験では,カラゲニンを用いて炎症を原因とする痛みを引き起こし,この痛みの処置に本件化合物を用い,また,術後疼痛試験では,手術を原因とする痛みを引き起こし,この痛みの処置に本件化合物を用いていることなどからすると,
本件明細書等に記載された事項の範囲内のものであることが記載されていた(甲4,乙19)。

c
また,原告は,本件訂正とともに,令和元年7月1日付けで,①本
件訂正発明1及び2について,本件明細書に記載されたホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験により,これらの鎮痛剤が痛覚過敏又は接触異痛の痛みに対して効果を奏することが明確に確認されており,当業者は,痛覚過敏や接触異痛等の原因となる神経の機能異
常が原因の疼痛である神経障害性疼痛や痛覚過敏を伴う疼痛である線維筋痛症に対しても効果を奏すると理解するので,実施可能要件及びサポート要件を満たすこと,②本件発明3及び4について,本件審決予告において実施可能要件及びサポート要件を満たすと判断された炎症を原因とする痛み(炎症性疼痛)及び手術を原因とする痛み(術後疼痛)に限定するものであるから,実施可能要件及びサポート要件を満たすことを記載したことを記載した上申書を提出した(甲18,乙2)。
(ウ)
構成要件3Bの充足性
a
前記(ア)の本件発明3に係る特許請求の範囲及び本件明細書の記載を総合すると,構成要件3Bの炎症を原因とする痛み及び手術を原因とする痛みとは,それぞれ本件明細書における炎症性疼痛及び術後疼痛を意味するものと理解できる。
そして,前記(ア)bのとおり,本件明細書には,構成要件3Aを充足
するCI-1008及びS-(+)-3-イソブチルギャバについて,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験において鎮痛効果があったことが記載されているところ,前記2(1)ウないしオのとおり,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験は侵害受容性疼痛としての痛覚過敏,接触異痛等に対する鎮痛効果を検証するための試
験であることが本件出願当時の技術常識であった。そうすると,上記の記載から,本件明細書において動物モデル試験により本件化合物の
鎮痛効果が検証されたのは,侵害受容性疼痛のみであったと理解できる。
さらに,前記(イ)のとおり,本件審決予告において,痛みには本件訂正前発明4記載の各痛みを含む種々のものがあり,鎮痛剤であればあらゆる種類の痛みに有効であるというわけではないところ,本件明細
書からは炎症性疼痛及び術後疼痛以外の本件訂正前発明4記
載の各痛みに対して鎮痛効果を有することを認識することはできないと指摘されたことを受けて,原告は,本件訂正を行い,鎮痛剤の処置対象となる痛みを本件審決予告において実施可能要件及びサポート要件を満たすと判断された炎症を原因とする痛み(炎症性疼痛)及

び手術を原因とする痛み(術後疼痛)に限定したと説明したもの
である。
以上の本件発明3に係る特許請求の範囲及び本件明細書の記載の解釈並びに本件訂正の経緯等によれば,構成要件3Bの炎症を原因とする痛み及び手術を原因とする痛みとは,侵害受容性疼痛であ
る炎症性疼痛及び術後疼痛を意味し,これら以外の痛みを含むものではないと解するのが相当である。
b
前記前提事実(5)アのとおり,被告医薬品は,効能・効果を神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛とする疼痛治療剤であり,炎症を原因とする痛み及び手術を原因とする痛みの鎮痛剤であるとは
認められないから,構成要件3Bを充足するとは認められない。
(エ)

原告の主張について
a
原告は,本件明細書のカラゲニン試験や術後疼痛試験により,神経
細胞の感作により生じる神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛等の慢性疼痛に共通する痛覚過敏や接触異痛に対する効果が確認されたので,本件発明3の技術的範囲には,神経の病変や疾患,損傷が関与す
るか否かにかかわらず,炎症や手術によって生じる痛覚過敏や接触異痛の全てが含まれると主張する。
しかし,前記2(1)イ(ウ)のとおり,本件出願当時,痛覚過敏及び接触異痛が,その原因にかかわらず,神経細胞の感作により生じる痛みであることが技術常識であったとは認められない。
また,前記2(1)エ及びオのとおり,本件明細書に記載されたカラゲニン試験及び術後疼痛試験により,本件化合物について,侵害受容性疼痛としての痛覚過敏や接触異痛に対する鎮痛効果が確かめられたものであって,痛みの原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛に対する鎮
痛効果が確かめられたものではない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
b
原告は,神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛は侵害受容性疼痛
との混合性疼痛とされるところ,被告医薬品はこのような混合性疼痛を生じた患者の痛みの処置に用いられるから,本件発明3の技術的範囲が侵害受容性疼痛に限られるか否かにかかわらず,また,侵害受容性疼痛の定義とは無関係に,被告医薬品の鎮痛の対象は炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛み(構成要件3B)を充足すると主張する。
しかし,前記2(1)カ(イ)のとおり,本件出願当時,痛みは侵害受容
性疼痛,神経障害性疼痛及び心因性疼痛に大別されたところ,侵害受容性疼痛である炎症性疼痛や術後疼痛が生じると必ず神経障害性疼痛や心因性疼痛である線維筋痛症に伴う痛みを生じるということが技術常識であったとは認められず,これらの痛みを併発することがあったとしても,当業者が,これらを一つの混合性疼痛として理解し,侵害
受容性疼痛に対して有効である鎮痛剤が神経障害性疼痛又は心因性疼痛に対しても有効であり,神経障害性疼痛又は心因性疼痛に対して有
効である鎮痛剤が侵害受容性疼痛に対しても有効であると認識していたとは認められない。
また,前記(ウ)のとおり,炎症を原因とする痛み及び手術を原因とする痛みとは侵害受容性疼痛である炎症性疼痛及び術後疼痛を意味し,本件発明3に係る特許請求の範囲及び本件明細書の各記載を見ても,これらが炎症又は手術を原因として生じた神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛をも含むと理解することはできず,このような解釈が本件出願当時の技術常識であったことを認めるに足りる証拠もない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。

c
原告は,①本件訂正の前後を問わず,カラゲニン試験や術後疼痛試
験により神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛に対する本件化合物の効果を確認することができると一貫して主張してきたものであり,②本件審決予告は,神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛のうちカラゲニン試験や術後疼痛試験の痛みに含まれる部分についてまで本件化合物の効果を確認することができないとまでは判断していないと主張する。
しかし,上記①について,証拠(甲18,19)によれば,原告は,本件訂正後も,カラゲニン試験や術後疼痛試験により,本件化合物が
神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛に対して鎮痛効果を有することを確認することができるなどと主張していることが認められるが,前記前提事実(3)のとおり,請求項1及び2に係る本件訂正においては,請求項3及び4に係る本件訂正とは異なり,鎮痛の対象を痛覚過敏又は接触異痛の痛み及び神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みとしていたものである。そして,前記(イ)のとおり,本件審決予告は,本件明細書に記載されたカラゲニン試験及び
術後疼痛試験の結果を見た当業者は,炎症性疼痛及び術後疼痛の処置において鎮痛効果を有すると認識し,これら以外の痛みの処置において鎮痛効果を有すると認識することはできないから,本件特許には実施可能要件違反及びサポート要件違反が認められると指摘し,これを受けて,原告は,請求項3及び4に係る本件訂正を行い,これによっ
て請求項3及び4の痛みを本件審決予告において実施可能要件及
びサポート要件を満たすと判断された炎症を原因とする痛み(炎症性疼痛)及び手術を原因とする痛み(術後疼痛)に限定するものであると説明した。そうすると,請求項3及び4との関係においては,原告は,本件化合物の鎮痛の対象を炎症を原因とする痛み(炎症性疼痛)及び手術を原因とする痛み(術後疼痛)に限定する意図であったと認めるのが相当である。
また,上記②については,本件審決予告における上記の指摘に照らし,本件審決予告が神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛のうちカラゲニン試験及び術後疼痛試験により鎮痛効果を確認することができ
る部分が存在することを前提としていないことは明らかである。
したがって,原告の上記各主張はいずれも採用することができない。イ
被告医薬品の構成要件4Bの充足性について
本件発明4の特許請求の範囲には,炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み,又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みの処置における(構成要件4B)鎮痛剤(構成要件4C)との記載がある。
そして,前記ア(ウ)によれば,構成要件4Bの炎症性疼痛及び術後疼痛とは,構成要件3Bの炎症を原因とする痛み及び手術を原因とする痛みと同様に,侵害受容性疼痛である炎症性疼痛及び術後疼痛を
意味し,本件訂正前発明4記載の神経障害による痛み及び線維筋痛症は含まないと解するのが相当である。
そうすると,前記前提事実(5)アのとおり,被告医薬品は,効能・効果を神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛とする疼痛治療剤であり,炎症性疼痛及び術後疼痛の鎮痛剤であるとは認められないから,構成要件4Bを充足するとは認められない。
(2)

争点2-2(均等侵害の成否)について

被告医薬品が本件発明3の構成と均等なものであるかについて

(ア)

原告は,本件発明3は,慢性疼痛に対する画期的処方薬として,抗て
んかん作用を有するGABA類縁体を痛みの処置に用いることを見いだしたものであり,その本質的部分は本件化合物を慢性疼痛の処置に用いる点にあるから,対象となる痛みが侵害受容性疼痛か,神経障害性疼痛や線維筋痛症かは本質的部分ではなく,効能・効果を神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛とし,慢性疼痛の処置に用いる鎮痛剤である被告医薬品は,均等侵害の第1要件を満たすと主張する。
しかし,前記1(1)アのとおり,本件特許に係る発明は,てんかん,ハ
ンチントン舞踏病等の中枢性神経系疾患に対する抗発作療法等に有用な薬物である本件化合物が,痛みの治療における鎮痛作用及び抗痛覚過敏作用を有し,反復使用により耐性を生じず,モルヒネと交叉耐性がないことに着目した医薬用途発明であるところ,前記2(1)イのとおり,本件出願当時,痛みには種々のものがあり,その原因や機序も様々であるこ
とが技術常識であった。
そうすると,いかなる痛みに対して鎮痛効果を有するかは,本件発明3において本質的部分というべきであり,その鎮痛効果の対象を異にする被告医薬品は,本件発明3の本質的部分を備えているものと認めることはできない。したがって,本件発明3に係る特許請求の範囲に記載さ
れた構成中の被告医薬品と異なる部分が本件発明3の本質的部分でないということはできないから,被告医薬品は均等の第1要件を満たさない。
(イ)

また,前記(1)アによれば,原告は,本件訂正前発明3においては鎮痛
の対象となる痛みを限定していなかったところ,本件訂正により炎症を原因とする痛み及び手術を原因とする痛みに限定していることからすると,本件発明3との関係においては,被告医薬品の効能・効果である神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛を意図的に除外したと
認めるのが相当である。
したがって,被告医薬品は均等の第5要件も満たさない。
(ウ)

以上によれば,被告医薬品は,本件発明3の特許請求の範囲に記載さ
れた構成と均等なものとは認められない。

被告医薬品が本件発明4の構成と均等なものであるかについて
前記アと同様に,いかなる痛みに対して鎮痛効果を有するかは,本件発明4の本質的部分というべきであり,被告医薬品は均等の第1要件を満たさず,また,本件発明4との関係においては,被告医薬品の効能・効果である神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛が意図的に除外されているから,均等の第5要件も満たさない。

したがって,被告医薬品は,本件発明4の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとは認められない。
(3)

小括
以上によれば,被告医薬品は,本件発明3及び4の各技術的範囲に属する
とは認められないから,その余の点について判断するまでもなく,被告医薬品が本件発明3及び4に係る本件特許権を侵害するものとは認められない。したがって,原告の被告に対する本件発明3及び4に係る本件特許権に基づく被告医薬品の製造,販売及び販売の申出の差止請求並びに被告医薬品の廃棄請求は,いずれも理由がない。

第5結論
以上の次第で,原告の被告に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄
却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部

裁判長裁判官

國小分隆文川暁
佐々木


裁判官

裁判官

(別紙)


件目録

(S)-3-(アミノメチル)-5-メチルヘキサン酸(一般名:プレガバリン)を有効成分とし,効能又は効果として神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う疼痛を含み,以下の商品名で特定される医薬品・プレガバリンOD錠25mgサンド
・プレガバリンOD錠75mgサンド
・プレガバリンOD錠150mgサンド
以上
(別紙)

延長登録目録

1出願年月日

平成22年6月25日

出願番号

2010-700105号

延長の期間

4年9月14日

登録年月日

平成22年11月24日

特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容
(1)

特許権の存続期間の延長理由となる処分
薬事法第14条第1項に規定する医薬品に係る同項の承認

(2)

処分を特定する番号
承認番号

(3)

22200AMX00297000

処分の対象となった物
プレガバリン(販売名:リリカカプセル25mg)

(4)

処分の対象となった物について特定された用途
帯状疱疹後神経痛

2出願年月日

平成22年6月25日

出願番号

2010-700106号

延長の期間

4年9月14日

登録年月日

平成22年11月24日

特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容
(1)

特許権の存続期間の延長理由となる処分
薬事法第14条第1項に規定する医薬品に係る同項の承認

(2)

処分を特定する番号

承認番号
(3)

22200AMX00298000

処分の対象となった物
プレガバリン(販売名:リリカカプセル75mg)

(4)

処分の対象となった物について特定された用途
帯状疱疹後神経痛

3出願年月日

平成22年6月25日

出願番号

2010-700107号

延長の期間

4年9月14日

登録年月日

平成22年11月24日

特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容
(1)

特許権の存続期間の延長理由となる処分
薬事法第14条第1項に規定する医薬品に係る同項の承認

(2)

処分を特定する番号
承認番号

(3)

22200AMX00299000

処分の対象となった物
プレガバリン(販売名:リリカカプセル150mg)

(4)

処分の対象となった物について特定された用途
帯状疱疹後神経痛

4出願年月日

平成23年1月14日

出願番号

2011-700002号

延長の期間

5年

登録年月日

平成24年2月15日

特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容
(1)

特許権の存続期間の延長理由となる処分

薬事法第14条第9項に規定する医薬品に係る同項の承認
(2)

処分を特定する番号
承認番号

(3)

22200AMX00297000

処分の対象となった物
プレガバリン(販売名:リリカカプセル25mg)

(4)

処分の対象となった物について特定された用途
末梢性神経障害性疼痛(帯状疱疹後神経痛を除く)

5出願年月日

平成23年1月14日

出願番号

2011-700003号

延長の期間

5年

登録年月日

平成24年2月15日

特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容
(1)

特許権の存続期間の延長理由となる処分
薬事法第14条第9項に規定する医薬品に係る同項の承認

(2)

処分を特定する番号
承認番号

(3)

22200AMX00298000

処分の対象となった物
プレガバリン(販売名:リリカカプセル75mg)

(4)

処分の対象となった物について特定された用途
末梢性神経障害性疼痛(帯状疱疹後神経痛を除く)

6出願年月日

平成23年1月14日

出願番号

2011-700004号

延長の期間

5年

登録年月日

平成24年2月15日

特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容
(1)

特許権の存続期間の延長理由となる処分
薬事法第14条第9項に規定する医薬品に係る同項の承認

(2)

処分を特定する番号
承認番号

(3)

22200AMX00299000

処分の対象となった物
プレガバリン(販売名:リリカカプセル150mg)

(4)

処分の対象となった物について特定された用途
末梢性神経障害性疼痛(帯状疱疹後神経痛を除く)

7出願年月日

平成24年8月30日

出願番号

2012-700107号

延長の期間

5年

登録年月日

平成25年10月23日

特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容
(1)

特許権の存続期間の延長理由となる処分
薬事法第14条第9項に規定する医薬品に係る同項の承認

(2)

処分を特定する番号
承認番号

(3)

22200AMX00297000

処分の対象となった物
プレガバリン(販売名:リリカカプセル25mg)

(4)

処分の対象となった物について特定された用途
線維筋痛症に伴う疼痛

8出願年月日
出願番号

平成24年8月30日
2012-700108号

延長の期間

5年

登録年月日

平成25年10月23日

特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容
(1)

特許権の存続期間の延長理由となる処分
薬事法第14条第9項に規定する医薬品に係る同項の承認

(2)

処分を特定する番号
承認番号

(3)

22200AMX00298000

処分の対象となった物
プレガバリン(販売名:リリカカプセル75mg)

(4)

処分の対象となった物について特定された用途
線維筋痛症に伴う疼痛

9出願年月日

平成24年8月30日

出願番号

2012-700109号

延長の期間

5年

登録年月日

平成25年10月23日

特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容
(1)

特許権の存続期間の延長理由となる処分
薬事法第14条第9項に規定する医薬品に係る同項の承認

(2)

処分を特定する番号
承認番号

(3)

22200AMX00299000

処分の対象となった物
プレガバリン(販売名:リリカカプセル150mg)

(4)

処分の対象となった物について特定された用途
線維筋痛症に伴う疼痛

10出願年月日

平成25年4月26日

出願番号

2013-700062号

延長の期間

5年

登録年月日

平成26年4月23日

特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容
(1)

特許権の存続期間の延長理由となる処分
薬事法第14条第9項に規定する医薬品に係る同項の承認

(2)

処分を特定する番号
承認番号

(3)

22200AMX00297000

処分の対象となった物
プレガバリン(販売名:リリカカプセル25mg)

(4)

処分の対象となった物について特定された用途
神経障害性疼痛,線維筋痛症に伴う疼痛(末梢性神経障害性疼痛,線維筋痛症に伴う疼痛を除く)

11出願年月日

平成25年4月26日

出願番号

2013-700063号

延長の期間

5年

登録年月日

平成26年4月23日

特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容
(1)

特許権の存続期間の延長理由となる処分
薬事法第14条第9項に規定する医薬品に係る同項の承認

(2)

処分を特定する番号
承認番号

(3)

22200AMX00298000

処分の対象となった物
プレガバリン(販売名:リリカカプセル75mg)

(4)

処分の対象となった物について特定された用途
神経障害性疼痛,線維筋痛症に伴う疼痛(末梢性神経障害性疼痛,線維筋痛症に伴う疼痛を除く)

12出願年月日

平成25年4月26日

出願番号

2013-700064号

延長の期間

5年

登録年月日

平成26年4月23日

特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容
(1)

特許権の存続期間の延長理由となる処分
薬事法第14条第9項に規定する医薬品に係る同項の承認

(2)

処分を特定する番号
承認番号

(3)

22200AMX00299000

処分の対象となった物
プレガバリン(販売名:リリカカプセル150mg)

(4)

処分の対象となった物について特定された用途
神経障害性疼痛,線維筋痛症に伴う疼痛(末梢性神経障害性疼痛,線維筋痛症に伴う疼痛を除く)
以上

(別紙)


面目録

【図1a】

【図1b】

【図1c】

【図1d】

【図1e】

【図1f】

【図2a】

【図2b】

【図3a】

【図3b】

【図4a】

【図4b】

【図4c】

【図5a】

【図5b】

【図5c】

【図6a】

【図6b】

以上
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