事件番号 | 令和2(わ)365 |
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事件名 | 保護責任者遺棄致死被告事件 |
裁判年月日 | 令和4年2月24日 |
法廷名 | さいたま地方裁判所 |
全文 | 全文 |
最高裁判所 | 〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map |
裁判日:西暦 | 2022-02-24 |
情報公開日 | 2022-03-31 04:00:10 |
被告人両名をそれぞれ懲役7年に処する。 被告人らに対し,未決勾留日数中各520日を,それぞれその刑 に算入する。 理由 (犯行に至る経緯) 被告人両名は夫婦であり,埼玉県北足立郡(住所省略)所在の被告人両名方において,長女であるC(以下被害児という。と,その上の) 長男を養育していた。被告人Aは,親族から被害児が食べ過ぎではないかと指摘されたことで,心配になり,平成29年夏以降,茶碗を大人用から子供用に変更するなどして,被害児に与える食事を徐々に減らしていった。また,被害児が昼間お漏らしをすることが増えたため,被告人Aは,トイレトレーニングとして被害児の下半身を裸にしておくようになったが,被害児がお漏らしをした際には,被害児の体を叩いて叱責するなどしたほか,被害児の股間を直ぐに拭かず,そのまま放置したこともあった。被告人Bも,前記事情を把握しており,お漏らしをした被害児に対して,次第にあざが残るほどの暴行を加えるようになったほか,同年12月に入ると,被告人Aと共に,お漏らしをした被害児の股間を拭く際に,嫌がる被害児の脚を無理やり開いたり,伸ばしたりしてしまうこともあった。 (罪となるべき事実:訴因変更後のもの。なお,括弧内の記載は,本件訴因に内包されている筋断裂に関する保護責任者遺棄罪の前提となる事実である。 ) 被告人両名は,被害児(当時4歳3か月)の食欲が低下していき,被害児が重度の低栄養状態に陥っていた平成29年12月上旬頃には,被害児がほとんど食べられなくなっている状況を認識していた(なお,被害児の右長内転筋及び右恥骨筋の断裂並びに左腸腰筋上半部の部分断裂が生じ,同月中旬頃には,被害児の腰が曲がり,正常に直立歩行することもできない状態を認識していた。。 ) 被告人両名は,被害児が前記状況にあるのを認識していたのであるから,被害児に対し,医師による診察等適切な医療措置を受けさせ,その生存に必要な保護をすべき責任があったにも関わらず,共謀の上,同月上旬頃から同月21日までの間,被害児に適切な医療措置を受けさせることなく,同月21日にも被告人Aがお漏らしをした被害児を下半身裸のままで放置するなどし,よって,同日午後2時46分頃から同日午後6時45分頃までの間に,被告人両名方において,被害児を脱水を伴う低栄養状態を基盤とした低体温症により死亡させた。 (証拠の標目) 省略 (事実認定の補足説明) 第1 1 本件の争点等について 本件では,①被害児が,遅くとも平成29年12月上旬頃には重度の低栄養状態等により,その生存のため医師による診察等適切な医療措置を受ける保護を必要とする状況以下本件要保護状況」いう。 ( と)にあり,の保護を受けられなかったことにより死亡したといえるか,そ②被告人らがそれぞれ①の本件要保護状況を認識し,共謀した上でその保護をしなかったといえるか,が中心的に争われたので,以下これらに即して,判示「罪となるべき事実等を認定した理由を補足して説明する。なお,以下,月日は,特段の記載がない限り,いずれも平成29年である。 2 前提事実 争点を判断するに当たって,以下の各事実は証拠によって認定でき,これらについては,当事者間にも概ね争いはない。 被告人Aは,12月21日午後5時30分頃,自宅で被害児の異 変に気付き,外出していた被告人Bに電話した後,被害児を埼玉県北足立郡所在のa病院に連れて行った。被告人Aは,同病院に午後6時55分頃到着したが,その時点で被害児は心肺停止状態で,体温が測定不能なほど身体が冷たくなっていた(甲55) 。 同病院の小児科医である証人D(以下D医師という。 )が被害 児の処置をしたが,心停止後一定時間を経過しており,間もなく被害児の死亡を確認した。D医師は,その頃,被害児の血液検査(以下本件血液検査という。甲47添付の検査結果照会参照)を行 った。 12月22日,解剖医である証人E(以下E医師という。 )が 被害児の司法解剖を行った。 証人F(以下F医師という。と証人G(以下G医師とい ) う。 )はいずれも小児科医,証人H(以下H医師という。 )は整形 外科医,証人I(以下I医師という。は救急医であるところ, ) いずれの証人も,前記司法解剖の結果と本件血液検査の結果を踏まえ,公判廷において,専門家として意見を述べた。 第2 1 争点①(要保護状況の有無等)について 弁護人は,被害児の直接の死因については争っていないが,低栄養状態が死因に及ぼす影響については争っていると考えられるので,まず,被害児の死因を特定した上(後記2)で,本件要保護状況にあったといえるか(後記3)につき,検討する。 2 被害児の死因について E医師は,被害児について,①死亡時の身長体重が発育曲線の正常の範囲を逸脱しており,本件血液検査の結果によると,血中の総蛋白やアルブミンの数値が低く,尿素窒素の数値が高いこと等から,脱水を伴う低栄養状態にあったと認められること,②体重や臓器の萎縮度合い,皮下脂肪の存在等から,低栄養のみで餓死したとはいえないこと,③a病院搬送時及び警察での検視時の体温が死亡からの時間経過に照らして著しく低く,紋筋の融解,戦期のすい炎等の所見から,横 死 低体温症により死亡したと判断している。そして,④何らかの身体的要因がなければ低体温にはならず,その要因としては低栄養状態であったことが大きいと考えられること,⑤他に死因になり得るような病気や怪我等がないこと等から,被害児の死因について,脱水を伴う低栄養状態を基盤とした低体温症であることを証言している。 E医師は,法医学の専門家であり,その知見や能力に問題はなく,判断手法に不合理な点も見当たらないから,その判断は信用できる。3 被害児の栄養状態について ⑴ 医師の見解について ア 栄養学を専門としているF医師は,被害児の状況について, 次の内容を証言している。すなわち,①身長体重の推移から,3歳5か月(平成29年2月)時点までは成長曲線の正常の下限(-2SD)に概ね沿って成長していたといえるものの,同時点から死亡した4歳3か月(同年12月)までの間の体重増加が0.5kgであり,同年齢の幼児が年間2kg程度増量するのと比べて増え が悪く,正常の下限を更に下回っていて,解剖時の被害児の見た目も痩せていたこと,②栄養状態の指標となる総蛋白やアルブミンの数値は死後変化がほとんどなく,本件血液検査の結果によれば,いずれも正常の基準値より非常に低い上,特に,アルブミンの数値は2.3g/dlで,重度又は重度に近い中等度の低栄養状態と評価し得る基準値の2.5g/dlを下回っており,被害児の脱水状態を加味すると,実際の数値は更に低かった可能性があること,③肝臓や腎臓に大きな異常がなかったことや,被害児の食事量が少 なかったことからすれば,栄養不良の状態であったといえること などを理由に,死亡時の被害児は,重度の低栄養状態であったとしている(なお,別の医療機関の小児科医であるG医師も,特に,被害児の身長体重の推移や解剖時の被害児の見た目,アルブミンの 数値等の客観的なデータから,死亡時の被害児は,重度の低栄養状態にあった旨証言している。。 ) イ また,被害児が重度の低栄養状態となった時期に関して,F医 師とI医師は,アルブミンの数値が約3週間前の栄養状態を表す と証言し,F医師は,アルブミンの数値等からすれば,被害児は,少なくとも死亡の約3週間前である12月初め頃には,死亡時の ような重度の低栄養状態だったと考えられると証言している。 ウ そして,F医師とG医師は,重度の低栄養状態になると食欲が低 下するなどし,食事の経口摂取が困難になるため点滴等の医療的 措置が必要になる上,免疫力や熱生産能力の低下により,感染症や低体温症などの合併症を発症して死亡するリスクが高まると証言 したほか,F医師は,そのままの低栄養状態が続いた場合には餓死するおそれもあったとも証言している。 エ F医師及びG医師の見解は,小児科の臨床医としての経験や小 児栄養学の専門的知見に基づくものであり,他の医師とも矛盾す るところはなく,I医師の見解も救急医としての経験や専門的知 見に基づくものであり,信用できるといえる。 オ これに対し,弁護人は,F医師及びG医師は,後記被告人Aが法 廷で供述する被害児の実際の食事状況と異なった事実を前提に証 言しているとして,特にお菓子等の間食の内容(後記⑵キ参照)を指摘し,両医師の各証言の信用性に疑問がある旨主張する。 しかし,被害児の間食の内容は,それ自体栄養状態を大きく左右 するものとはいい難く,各医師の判断に大きな違いをもたらして いるとは認められない。 したがって,被害児は,死亡時に重度の低栄養状態であり,その 状態が12月初め頃から継続していたことが推測できる。 被害児の食事状況等について 被告人Aは,公判廷において,概要次のとおり供述している。 ア 従前から,被告人Aは,被害児に対し,大体1日2回食事を与 えていた。被害児は,もともと与えれば与えるだけ食べており, 大人用茶碗より少し大きい器で食事をしていたが,親族から食べ すぎとの指摘を受けて徐々に与える食事の量を減らしていき,平 成29年夏頃からは子供用茶碗1杯程度の米飯の上におかずを乗 せた食事を与えるようになった。 イ 被害児は,11月頃から食べる量が減っていき,子供用茶碗1 杯を食べるかどうかという程度になった。 ウ 12月初め頃には,被害児は,1食当たり子供用茶碗半分より 少ない程度しか食べなくなった。同じ頃,被害児は被告人Aに食 べさせられることが多くなり,残した食事を被告人Aが食べさせ ようとしても,要らない等と言うようになった。 エ 被害児が死亡する2週間前頃の時点(以下,説明の便宜上,同 月7日頃などと表記する。以降,被害児は,1食当たり概ね大 ) 人用のスプーンで1口,2口程度しか食べなくなった。同じ頃,被害児が自分で食べることはあったが,残した食事を被告人Aが食 べさせようとしても食べることはなく,死亡の1週間前頃の時点 (以下,前同様に同月14日頃などと表記する。以降は,自 ) 分で食べることもなくなった。 オ 被害児は,遅くとも同月19日頃には,被告人Aが携帯電話で 撮影した動画(甲54)のように,足を前に伸ばして上体が前のめりになる二つ折りの体勢で床に座るようになって,被告人Aが被 害児の体を支えて食事を与えており,食事を与える際に被害児の 体を起こすと,被害児は痛がっていた。 カ 同月14日頃から死亡した同月21日までの間に,被害児は, 子供用茶碗の半分より少ない程度の量を食べたことはあったが, 二,三回程度のことで,基本的には1口,2口しか食べない状態が続いていた。 キ 以上のほか,同月7日頃以降は,被害児は,ゼリーやプリン,ヨ ーグルトのいずれかをほぼ毎日一,個は完食しており,チョコや 二 グミ等のお菓子や,週に1回程度バナナも食べていた。 ⑶ 食事量の変化に関する被告人Aの前記供述は,前記 で検討した 被害児が重度の低栄養状態となっていた時期や,a病院で死亡当日に作成された診療録(甲47)中の被告人AがD医師らに説明した食事状況にも整合しており,信用できる。したがって,被害児の生前の食事状況については,前記⑵のとおり認められる。⑷ そこで,前記⑴の医師の見解と被害児の食事状況を踏まえて検討すると,まず,もともと食欲旺盛だった被害児の食事量が11月頃から徐々に減っていき,12月7日頃には,被告人Aが食べさせようとしても1口,2口しか食べなくなっていたと認められる。そして,重度の低栄養状態になった場合,食事の経口摂取が困難になるという前記G医師らの見解も踏まえると,被害児は,遅くとも,同月7日頃には重度の低栄養状態にあり,被告人らが食事を与えただけでは被害児に必要な栄養を摂取させることが困難な状況であったといえる。また,被害児は,同月7日頃以降も,基本的には,毎食1口,2口しか食べない状態が続いていたというのであるから,ゼリー等のお菓子を間食していたとしても,これらから必要な栄養分が補えるとは思えないし,同月14日以降に子供用茶碗の半分より少ない程度の量を二,三回食べたことがあったにしても,その量だけでは,1口,2口と大して変わらないことからすれば,被害児の食欲は改善していなかったというべきである。加えて,死亡時の被害児については,右長内転筋と右恥骨筋が完全に断裂し,左腸腰筋が部分断裂している(以下,併せて筋断裂という。状態であっ ) たことが認められるところ,H医師の証言によれば,少なくとも被害児の死亡から1週間前頃には,筋断裂による痛みや腰の曲がり等の症状があったというのであるから,12月14日頃には,痛みや体勢への影響によって,より一層被害児が自力で食べられなくなっていたと考えられる。そうすると,そのような筋断裂の影響もあいまって,栄養摂取が困難な状況が改善することなく死亡時まで継続していたといえるから,遅くとも12月7日頃以降,死亡した同月21日に至るまで,被害児は重度の低栄養状態にあり,その生存のため,医師による診察等適切な医療措置を受ける保護を必要とする状況,すなわち,本件要保護状況にあったと認められる。 救命可能性(結果回避可能性)等について まず,12月上旬から死亡当日に被害児をa病院に搬送するまで の間,被告人両名が,被害児に対し医師による診察等適切な医療措置を受けさせていなかったこと(以下本件不保護という。は証拠 ) 上明らかに認められる。 その上で,I医師は,死亡当時の被害児に致死的な病変がなかったことからすれば,死亡当日の心肺停止となる以前であれば,救命可能性があった旨証言し,F医師も,被害児に意識があればその後のケアにより助かった可能性がある旨証言している。これらに照らせば,死亡当日,被害児が意識を消失するまでの間に,医師による診察等適切な医療措置を受けさせていれば,死亡という結果を回避できたと認められる。 なお,被告人Aの供述等によれば,被害児は,死亡当日,お漏らしをした箇所の掃除のために合計約1時間程度下半身が裸の状態で自宅の廊下に置かれた後,風呂に入るなどして,最終的に低体温症になったことが認められる。しかし,前記のとおり,被害児は12月上旬頃以降,継続して重度の低栄養状態にあり,これが低体温症を引き起こす最大の要因となったといえる(第2の2,3参照)から,前記廊下に置かれていたことは死期を早めたにすぎず,本件不保護と死亡結果との因果関係は認められる。 4 要保護状況に関する弁護人の主張について 弁護人は,被害児の生命に対する危険が生じた時期については, 証言した医師の間でも見解が分かれており,医学的に統一的に証明されたとはいえない等と主張する。 しかし,F医師とG医師の見解は,結局12月上旬頃に重度の低栄養状態になったという限度では重なっているほか,医師による診察等の医療措置を必要とする時期については,被害児が1口,2口しか食べられなくなった12月7日頃の時点とする点で一致している。た,ま I医師は,前記F,Gの両医師が考慮した被害児の食事に関する事情を前提に考えると,被害児の食欲が低下してきた11月上旬頃には医師による診察を受けさせるべきであった旨証言しており,両医師の判断と矛盾していない。 なお,弁護人は,I医師がいつの時点においても,病院に行かなければ生命の危険があったということがいえない旨の証言をしていることを指摘している。 しかし,その箇所は,病院に連れて行かないと命の危険がある時点に関する質問に際し,治療して回復させることが出来ない時点」と理解した上で,救急医として,簡単に救命の可能性を否定することはできない一方,治療後に起こりうる様々な可能性を念頭に置けば,確実に助かるとは言えないために,医師として簡単にその時点を特定することはできない旨を述べたものと理解できるから,この証言を前提としても,本件要保護状況が生じた時期についての前記判断は揺らがない。そして,E医師は,解剖所見から低栄養状態になった時期を判断することはできない旨証言しているだけであり,被害児の食事に関する事情を前提とした見解を示したものではないから,前記F,I及びGの各医師らの判断と異なる判断を示したとは評価できない。その他弁護人の主張を検討しても,前記3の検討結果は揺らがない。第31⑴争点②(本件要保護状況についての各被告人らの認識)について被告人Aの認識について被告人Aは,被害児の母親として日常的に被害児の食事の世話をしていたのであるから,前記第2の3で認定した被害児の食事量の変化を認識していたことは明らかである。そうすると,成長期でよく食べる子であった被害児の食欲が低下し続け,被告人Aが食べさせようとしても,1口,2口しか食べなくなるなど,その食欲が従前から大幅に低下したのを認識した12月7日頃までには,親が食事を与えるだけでは,被害児が生存に必要な栄養を摂取できない状況が続いていることは十分理解できたといえる。そして,親がこのような子の状況を認識すれば,一般的には,その改善のために医療措置を受けさせる必要があり,子の生存のため医師による診察等適切な医療措置を必要とする状況であると認識するに至るものといえる。加えて,12月7日以降も,被害児の食欲が回復しないばかりか,被告人Aが支えなければ被害児が食事を摂れない状況になったのを目の当たりにしていたのであるから,その状況が改善することなく死亡時まで継続していたことも当然認識していたものといえる。以上の点について,被告人A自身も,公判において,被害児が1口,2口しか食べなくなった12月7日頃には,病院に連れて行く必要性を認識し,そのままの状態が一,二か月継続すれば死亡してしまうのではないかと思っていた等と述べたことも踏まえれば,遅くとも12月7日頃には,被告人Aが本件要保護状況を認識していたことが強く推認される。弁護人は,①要保護状況としては,死の結果発生に対する現実的・具体的危険が不要とまではいえず,実質的危険が必要であるとの前提に立った上で,②被害児が重度の低栄養状態であったことを被告人Aが認識していなかった理由として,㋐被害児の定期健診の結果及び被告人A自身や長男との比較から,医師らが証言した被害児の発育上の問題を被告人Aは認識していなかった上,そもそも被害児の見た目は病的に痩せたものともいえず,被害児と毎日接していた被告人Aはその見た目の変化から生命の危険を認識し得なかった,㋑被害児は間食もしており,大便等の排泄があったことから,食事量の変化から直ちに生命の危険を認識し得なかった,㋒重度の低栄養状態の認識の対象は,摂取された栄養量であって,摂取方法に関する事情は認識の対象にはならない,と主張している。しかし,①の弁護人の前提は,本罪が抽象的危険犯であることや,既に認定したとおり,本件では,生存のため医師による診察等適切な医療措置を受けさせる必要があるといえる程度に実質的な危険があると認められることに照らし,採用できない(最判平成30年3月19日刑集72巻1号1頁参照)また,②については,そもそも,被。害児の状態を基礎づける事情を認識していれば足り,医師が診断した重度の低栄養状態あると認識している必要はない。の上で,でそ㋐の見た目の点は,確かに,人の痩せ具合の評価は,見る者や比較対象によっても異なり得る上,公判においても,被害児の痩せ具合に関する医師の評価が必ずしも一致していなかったことなどからすれば,被告人Aが,自身や長男との比較等を通じて,被害児の見た目の変化のみからは直ちに被害児の生命に危険を生じ得る状況にあると認識し得たとはいい難い。しかし,前述のとおり,被告人Aは,被害児の食事量が大幅に低下したことを認識していた上,公判において,12月のいつかはわからないが,ぷっくりとしていた被害児のお腹が平たんになったことを認識していた旨述べていることからすれば,本件要保護状況の認識に関する前記⑴の推認は覆らない。さらに,㋑の,被害児の間食の内容をみても,それのみで主食である食事ほど十分な栄養が摂り得るものではないことは明らかであるほか,むしろ,被害児がゼリーやプリンなど喉を通りやすいものしか受け付けられない程まで食欲が低下していたことの表れといえる。なお,この点については,被告人A自身も,公判において,被害児の食べる御飯の量は減ってきても,ゼリーやお菓子も食べていたので,「栄養が偏ってしまうのではないかと心配し,病院に連れて行かなければいけないと思っていた旨述べたほか,その時期が,食事量が1口,2口に減ってきた12月7日頃であること,栄養が偏る」というのは「足りなくなるのと同じような認識であって,そのままずっと1口,2口しか食べない状態が続いたら,被害児が亡くなってしまうんじゃないかと思っていたことを述べている。このような供述内容も踏まえれば,被害児の排泄状況や間食の認識を前提としても,被告人Aが本件要保護状況を認識していたとの判断は揺るがない。 そして,㋒の栄養摂取の方法についてみると,被告人Aは,以上の事実に加え,第2の3⑵オのとおり,支えてやらなければ被害児が食事を摂れない状況や,体を起こすと被害児が痛がる状況も認識していたものである。これらの事実からは,被害児が一人で食事を摂ることすら出来なくなり,12月7日頃の1口,2口しか食べられない状況が,その後も改善していないとの認識に至るものといえるから,本件要保護状況の認識に摂取方法に関する事実が無関係とはいえない。⑶ その他,弁護人が主張するところを踏まえても,被告人Aは,12月7日頃までには,被害児が要保護状況にあることを認識していたと認められる。 2 被告人Bの認識について 食事量減少の認識 ア 被告人Bの供述について 被告人Bは,捜査段階における検察官調書(乙3)において, もともと被害児はよく食べる子で,長男以上に食べたり,多い時 には子供用の茶碗で2杯分のお米とおかずを食べていたのに,1 2月に入った頃から被害児の食欲が徐々に落ち始め,食べる量と して茶碗2杯分が1杯分になったり,1杯分が半分になったりし たこと,12月中旬頃には被告人Aが被害児にご飯を食べさせよ うとしても食べようとしなかったこと,被害児の食欲が落ちるの を見て,体調でも悪いのかなと思っていたことなどについて述べ ている。また,前記調書及び他の検察官調書(乙4,乙7)において,12月20日には被害児が好きなケーキさえいらないと言っ たのを見て,相当具合が悪いんだなと思い,病院に連れて行って やる必要があると思ったことなどについて述べている。 他方,被告人Bは,公判廷では,被害児の食事量の減少につい て,被告人Aから減ったことは聞いていたが,具体的な量につい ては,聞いたり見たりはしていない,12月に入ってから,食欲 が減ったことを聞き,ょっと体調が悪いことは認識していたが, ち 被害児の食欲が落ちた認識はなかった,12月中旬頃に被告人A が被害児に食事を食べさせようとしても食べようとしなかった場 面は見ていない,12月20日に被害児がケーキを食べられない くらいの具合の悪さはあるとは思ったが特段急いで病院に連れて 行く必要があるとは思わなかったと述べている。 当裁判所は,第10回公判において,被告人Bの前記検察官調 書(採用した部分に限る。 )を刑事訴訟法321条1項2号及び同 法322条1項により証拠として採用し,取り調べたので,判決 に当たり,採用の理由についても併せて補足説明する。 イ 前記検察官調書における被告人Bの供述は,特に,被害児の食 事量の減少経過を認識していたという点や,12月20日の被害 児の様子をみて病院に連れて行く必要性を感じていたという点に おいて,被告人Bの被害児の要保護状況の認識を基礎づける不利益な事実の承認を内容とするもの同法322条1項)といえ( る。た,調べ状況に関する被告人Bの公判供述を踏まえると, ま 取 任意性を疑わせる事情もないから,被告人Bとの関係では,同条 同項所定の要件を満たしている。 ウ また,被告人Bの前記公判供述と検察官調書の供述は,自分が 被害児の食事量の変化を認識していたか否かの点や,体調の悪さ の程度について,相反しているから,被告人Aとの関係では,同 法321条1項2号所定の要件のうち,相反性の要件を満たして いる。 そして,供述情況を検討すると,被告人Bの前記アに記載した 公判供述は,受け答えに曖昧な部分が多く,被告人Aから被害児 の食欲が減ったと聞いたのに,食欲が落ちているとは思わなかっ たなどと不合理な内容を述べたり,食欲が減ったとか,食事量が 減ったとか,被告人Aから聞いた内容も質問者ごとに変遷したり している。これに対し,前記検察官調書については,被告人B自 身が,いずれも中身を確認して署名押印したことや,事実と概ね 違うところはなく,公判ではこれと同じ話をしていると述べてい る。なお,被告人Bは,公判において,前記検察官調書の内容に ついてはうまくやられたと感じている旨述べたり,検察官調 書のうち自身に不利益な内容を指摘されると,自らの認識と違っ ていても署名をした可能性や,事後的に認識した事情と混在した 可能性を指摘するなどして,の内容を否定している部分がある。 そ しかし,検察官の取調べに際して,自分に不利益な供述をした理 由については,何ら合理的な説明をしていない。また,前記検察 官調書は,いずれも本公判の約2年前に作成されたもので,供述 の基礎となる記憶は公判時に比べて相対的に新しいといえる。さ らに,弁護人が選任され,なるべく調書を作らない方がいいとい う助言を受けた後も,自らの意思で調書作成に応じている。加え て,その供述内容は,前記弁護人の助言を経ても,主要部分にお いて一貫し,お漏らしばかりする被害児に対し,面倒ばかりかけ やがってとの思いを抱いていたことなど,自身の当時の心境も 包み隠さずに述べる部分があるなど,具体的である。 以上からすれば,公判供述よりも,前記検察官調書の供述を信 用すべき特別の情況があるといえるので,同法321条1項2号 後段所定の特信性の要件を満たしている。 エ その上で,前記検察官調書の内容は,既に認定した12月当時 の被害児の栄養状態や,被告人Aの供述から認められる被害児の 食事状況等と概ね合致しているほか,被告人Aを特にかばうため に供述したようなものとも見受けられず,その内容は自然で不合 理な点はない。 したがって,前記検察官調書の供述はいずれも十分信用でき, 他方,これに反する被告人Bの公判供述部分は信用できない。 食事量に関する被告人らの会話内容 被告人Aは,公判において,12月7日頃に,被告人Bとの喧嘩 か文句の中で,被告人Bから 「Cにちゃんと食べさせているのか。」 と言われ,ちゃんと食べさせているのに食べないんだよ。と返答すると,被告人Bが,被害児に,ちゃんと食えよ。みたいなこと を言ったと述べている。 被告人Aのこの供述は,既に認定した被害児の食事量が減少した 時期等に整合的である。また,被告人Bが,9月又は10月頃,被告人Aから,茶碗を大人用から子供用に替えるなどして被害児に与える食事量を減らしている旨を聞き,11月には,被告人Aに対し被害児の食事を気に掛ける内容のLINEメッセージを送ったり(甲51 資料14) ,12月には,被害児の食欲が減ったと認識したと 述べたりしていること(乙3)に照らしても自然で,信用できる。そして,被告人Bも,被告人Aが先に公判で述べたように,けんかの流れの中で,12月10日前後に被告人Aから被害児がちゃんと食べてくれないという話を聞き,被害児にちゃんと食えよと言ったなどと供述し,厳密な日付はともかく,前記被告人Aの供述を積極的には否定していない。そうすると,12月7日頃の被害児の食事量に関連して,前記の被告人Aの供述どおりの会話が交わされたと認められる。 要保護状況の認識 ア そこで,被告人Bの食事量に対する認識と被告人らの会話を踏 まえ,要保護状況の認識について検討する。 まず,Cにちゃんと食べさせているのか」という被告人Bの発 言は,害児が食事を摂れていないことを前提としていると考える被のが自然であり,12月に入った頃以降の,被害児の食欲低下と,前記⑴で認定した食事量の減少を,告人Bが具体的に把握してい被たからこそ出たものといえる。また,これに対する被告人Aの「ちゃんと食べさせているのに食べないんだよ。という返答を聞けば,被告人Bも,少なくとも,その頃,被害児がほとんど食べられない状態にあることを認識したものと認められる。らに,告人Bは, さ 被 前記のとおり11月に被害児の食事を気に掛ける内容のLINEメッセージを送っているし,被告人Aの公判供述によれば,12月に入ってからの被告人Bの休日(なお,日付については,3日,4日,12日,14日及び18日の合計5日である。や仕事の日に早く ) 帰宅した時には,告人Aが被害児に食事を与える様子を同じリビ 被 ングにいて目にしていたと思われること,害児が子供用の茶碗や 被 食器を使っている様子を認識していたことを併せて考慮すると, 被 告人Bが被害児の食欲が一定期間継続して回復していないことの 認識を持ち合わせていたことが伺える。 そうすると,被告人Bは被告人Aと前記会話があった12月7 日頃には,被害児の食欲が回復せず,被告人Aが食事を与えるだけでは,もはや被害児が生存に必要な栄養を摂取できない状況が継 続していることは十分理解できたといえる。そして,親が,我が子の前記状況を認識すれば,一般的には,生存のため病院に連れて行って医療措置を受けさせる必要があると認識するに至るものとい える。 以上より,被告人Bは,被告人Aから被害児が食べさせてもちゃ んと食べないという話を聞いた,12月7日頃以降に,被害児を生存のために病院に連れて行く必要性を認識したといえるから,日 同 頃には,害児の本件要保護状況を認識していたことが強く推認さ 被 れる。 イ これに対し,被告人Bは,公判において,被告人Aから前記 「ちゃんと食べさせているのに食べないんだよ。との返答を聞いた際」 には,害児が好き嫌いで食べない」いう意味だと思ったので,被 「 と 被害児にちゃんと食えよと言ったと述べている。 しかし,被告人Bのこの公判供述部分は,他の証拠から認められ る当時の被害児の食事状況や信用できる前記検察官調書の内容に 照らしてかなり不自然である。また,この会話以外に被告人Aから被害児の食事量が減った話を聞いたり,自分で確認したりはして いないと述べながら,別の場面では,12月10日前後には被告人Aから被害児の食事量が減ったというのは聞いたと述べる等,重 要な部分で矛盾する供述をしている。そうすると,前記被告人Aとの会話についての被告人Bの供述部分は不合理で信用することが できない弁解とみるほかない。 ウ さらに,弁護人は,被告人Bが,被害児の体調に関する個々の事 情を結び付けて考えておらず,被害児の体調が悪化していった認 識はなかったこと,被害児の死亡に至るまで命に関わる状況にあ るとは認識していなかったことを主張している。 しかし,既に指摘したとおり,被告人Bは,12月7日頃には, 被害児が十分な栄養を摂取することができていないことをわかっ ており,その上で,同月中旬頃には被告人Aが被害児にご飯を食べさせようとしても,被害児は食べようとしなかったことや(乙3), 同月20日には,被害児が好きなケーキを食べなかったことも認 識したことに照らせば,生存のため,医師による診察等適切な医療措置を必要とする被害児の状況が12月7日頃以降も改善してい ないとの認識に至るのが自然といえる。 したがって,弁護人の主張は採用できず,その他弁護人が主張す るところを検討しても,前記推認を覆す事情はない。 よって,告人Bは12月7日頃には被害児が要保護状況にある 被 ことを認識していたと認められる。 エ なお,証拠によれば,被告人Bが,12月中旬頃,被害児の腰が 曲がり,正常に直立歩行できないことを認識していたことまでは 認められるものの,それによって,被害児の栄養摂取が困難であることまで認識していたとは認められない。 3 共謀の成否について 以上の検討によれば,被告人両名はいずれも被害児の本件要保護状況を認識した上で,12月7日頃以降,被害児に医師による診察等適切な医療措置を受けさせなかったことが認められる。 また,被告人Aは,その間,受診して被害児の体のあざが発覚し,警察に通報されることを恐れて,病院に連れて行けないと思っていたし,告人Bも病院の予約に必要な情報を知らない上,分と同じで,被 自 被害児にあざがあるから病院に連れて行かないと思っていたことを述べている。そして,被告人Bも,12月以降被告人Aが被害児を病院に連れて行く様子はなかったと述べている。これらの被告人両名の供述は証拠関係に照らして自然であり,いずれも信用できる。 そうすると,被告人両名は,被害児の要保護状況を認識しながら,お互いが被害児に必要な保護をしていないことを容認した上で,本件不保護について暗黙のうちに意思を通じ合っていたものと認められる。したがって,被告人両名の間に保護責任者遺棄致死罪の共謀が認め られる。 第4 結論 以上によれば,被告人両名には,保護責任者遺棄致死罪が成立する。(法令の適用:被告人両名共通) 1 罰条 刑法60条,219条(218条)10条(同法218条所定の刑, と同法205条所定の刑とを比較し,重い傷害致死罪の刑により処断) 2 未決勾留日数の算入 刑法21条 3 訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書 (量刑の理由) 被告人両名は,よく食べる子であった被害児の食欲が低下し,遂には1口,2口しか食べられなくなった状況を分かりながら,被害児に医師の診察等何らの医療措置を受けさせないばかりか,お漏らしをする被害児を下半身裸の状態で放置したりしていた。加えて,12月中旬頃からは,被害児の腰が曲がり,まともに座ることもできない状態にあることも認識しながら,被害児が死亡するに至るまで,漫然と医師による診察を受けさせなかったものであり,その態様は悪質である。もっとも,被告人Aは被害児に全く食事を与えていなかったわけではない上,結果的に不保護の期間が長期に及んだとまではいえないことなどに照らせば,同種事案の中で極めて悪質なものとまではいえない。 また,犯行に至る経緯を見ると,被告人両名は,お漏らしをする被害児に暴行を加え,被告人Aは,食事の世話をする中で被害児の状況を目の当たりにしながら,受診をきっかけに被害児のあざをみた医師に通報されることを恐れて病院に連れて行かなかったのである。第三子の妊娠から間もない時期に被害児のお漏らしに悩まされていたという経緯や,親としての未熟さが背景にあることを踏まえても,その動機は身勝手というほかない。そして,被告人Bは,育児は基本的には被告人Aに任せていたとはいえ,被告人Aから事情を聞くなどして,被害児の異変を認識しても,仕事にかまけて自ら対処しようとはしなかったのであり,その態度は幼い子を持つ親として余りに無責任である。 そうすると,本件の犯情は,保護責任者遺棄致死1件の同種事案(被告人から見た被害者の立場:子,動機:児童虐待又はその他の家族関係,前科の有無:すべてなし)の中では,中程度よりもやや重い部類に属するといえる。 その上で一般情状についてみると,被告人Aは,公判において自らに不利益な事実も概ね正直に話をするなど,本件と向き合う姿勢が見られる一方で,被告人Bは本件を悔いている様子はあるものの,不合理な弁解をする部分もあり,反省が深まっているとはいい難い。 以上の諸事情を併せ考慮して,被告人らに対し,主文の刑に処するのが相当であると判断した。 (求刑 被告人両名につき懲役8年) 令和4年3月4日 さいたま地方裁判所第1刑事部 裁判長裁判官 北村 裁判官 黒田真紀 裁判官 秋保春菜和 |