判例検索β > 平成24年(ワ)第1428号
損害賠償請求事件
事件番号平成24(ワ)1428
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日令和4年3月11日
法廷名札幌地方裁判所
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-03-11
情報公開日2022-03-31 04:00:08
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判決主文1
原告らの請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告らの負担とする。

第1
1実及び理由
請求
第1事件
被告は、原告869に対し、50万円及びこれに対する平成24年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2
第2事件
被告は、原告966に対し、50万円及びこれに対する平成24年11月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2

事案の概要
本件は、原告らが、乳幼児期に集団ツベルクリン反応検査又は集団予防接種
(以下集団予防接種等という。
)を受けた際、注射器の連続使用によりB型
肝炎ウイルス(HepatitisBVirus。以下HBVという。)に感染し、慢性肝
炎を発症したと主張して、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、それぞれ一部請求として損害賠償金50万円及びこれに対する各訴状送達の日の翌日(原告869につき平成24年8月1日、原告966につき同年11月21日)から
支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)
所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。被告は、遅くとも原告らの慢性肝炎(HBe抗原陰性慢性肝炎)の発症時が除斥期間の起算点となるとして、除斥期間の経過を主張する。これに対し、原告らは、慢性肝炎の発症後、更に肝臓で線維化の進展が生じた時点をもって除斥期間
の起算点とすべきであるから、除斥期間は経過していないと主張する。1
前提事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。なお、書証は特記しない限り枝番号を含む。

(1)B型肝炎に関する知見

B型肝炎
B型肝炎は、HBVに感染することにより発症する肝炎(HBVに感染した細胞を排除しようとする免疫応答により肝細胞が破壊され、肝臓に炎
症を起こした状態)である。
また、慢性肝炎とは、肝炎のうち、6か月以上の肝機能検査値の異常とウイルス感染が持続している状態をいい、このうちHBVによるものを慢性B型肝炎という(乙A3、16、47〔1頁〕。


HBVへの感染
HBVは、主に血液を介して感染し、その感染様式には、数か月の感染経過の後に体内からHBVが排除される一過性感染と、体内のHBVが排除されず生涯にわたって体内に住みつく持続感染(HBVキャリア状態)がある。HBVの主な感染経路は、出産時の母子感染(垂直感染)と、乳
幼児期の水平感染である。
HBVに感染すると、ウイルスに由来する物質である抗原と、これを排除する機能を持ち、体内で作られるタンパク質である抗体が、血中に出現する。これらは、体内のHBVの量を示すHBV-DNA(HBV遺伝子)量と併せて、
ウイルスマーカーと呼称される。各ウイルスマーカーの

臨床的意義は、以下のとおりである(甲62〔4、5頁〕
、63〔2頁〕

乙A1~3、13、14)

(ア)HBs抗原陽性
HBs抗体陽性

HBVに感染している(通常HBc抗体も陽性)
HBVに感染したことがある(多くはHBc抗体も
陽性)

(イ)HBc抗原
HBc抗体陽性

通常は血中で検出できない
高値の場合、HBVに感染している(HBs抗原も
陽性)
、低値の場合、HBVに感染したことがある
(ウ)HBe抗原陽性

HBVの増殖力が強く(血中のHBV量が多い)

活動性が高い

HBe抗体陽性

HBVの増殖力が弱く(血中のHBV量が少ない)

活動性が低い

(エ)HBV-DNA量

高値の場合、HBVが多い、低値の場合、HBV
が少ない

また、HBVに感染し、免疫応答により肝細胞が破壊されると、細胞内の酵素であるAST(GOT)やALT(GPT)が血液中に放出され、これらの値の上昇は、肝臓における組織・細胞の破壊の程度を示唆する
(乙A3)


HBVに持続感染した場合の自然経過
HBVに持続感染した場合の自然経過は、主に以下の4期に分類される(乙A47〔1、2頁〕。


(ア)免疫寛容期
乳幼児期はHBVに対する免疫応答が未発達のため、HBVに感染すると持続感染に至り、免疫寛容の状態、すなわちHBe抗原陽性かつHBV-DNAの増殖が活発であるが、ALT値は正常で肝炎の活動性がほとんどない状態が続く(非活動性キャリア)


(イ)免疫応答期
成人に達するとHBVに対する免疫応答が活発になり、活動性肝炎となる。HBe抗原の消失・HBe抗体の出現(HBe抗原セロコンバージョン。以下単にセロコンバージョンという。
)に伴ってHBV-
DNAの増殖が抑制されると肝炎は鎮静化する一方、肝炎が持続してH
Be抗原陽性の状態が長期間続くと、肝病変が進展する(HBe抗原陽性慢性肝炎)

(ウ)低増殖期
セロコンバージョンが起きると、多くの場合、肝炎は鎮静化し、HBV-DNA量は低値となる(非活動性キャリア)
。もっとも、10~2
0%の症例では、セロコンバージョン後、HBe抗原陰性の状態でHBVが再増殖し、肝炎が再燃する(HBe抗原陰性慢性肝炎)


(エ)寛解期
セロコンバージョンを経て、一部の症例ではHBs抗原が消失しHBs抗体が出現する。寛解期では、血液検査所見、肝組織所見ともに改善する。

肝臓の構造及び線維化
(ア)肝臓は、肝小葉(小葉)と呼ばれる直径1~2mm程度の六角柱の形状をした構造体が多数集まって構成され、肝小葉の中心に中心静脈が位置し、中心静脈の周囲に多数の肝細胞が存在する。肝小葉の周辺には、胃腸などから肝臓に流れ込み分岐した静脈である門脈が存在し、門脈の周辺の部分を門脈域(グリソン鞘)という(乙A3)


(イ)肝細胞における炎症の慢性化により、肝臓では、肝炎による傷害と修復が常に生じるようになり、傷害された組織の再生の追いつかない部分が線維(主にコラーゲン)によって置き換えられる線維化が起きる(以下、このような肝臓の線維化〔肝線維化〕を単に線維化という。。)
線維化が進展するにつれて、肝小葉が破壊・改築され、代わりにそこ
に、線維によって仕切られているように見える偽小葉が見られるようになり、このような状態に至ると、肝硬変と診断される(乙A3、22)。

肝炎の検査及び所見の分類・診断基準等
(ア)肝炎の検査としては、血液検査、超音波検査のほか、肝臓全体の状態
を直接観察する腹腔鏡検査や、肝臓の組織を採取して顕微鏡で観察する肝生検などがある。
(イ)腹腔鏡検査における肝臓の表面の所見の分類方法として、島田分類法が存在する。島田分類法は、ウイルス肝炎から肝硬変へ移行する過程に出現する主要病変を3桁の○百〇十〇番地として表現する方法であり、それぞれ以下のとおりの意義がある(甲72、乙A17~19)。
百の位

肝小葉構造の改築に関する分類。1は正常、2は門脈域に線維
の増加と延長が軽度生じていること、3は肝小葉が区域化し表
面の凹凸不整が増強していることを示し、4以上では丘状ない
し半球状の肝硬変結節が認められ、肝硬変と診断される。

十の位

肝表面に出現した区域化・結節の大きさと分布に関する分類。
対象となるのは百の位で3以上の場合に限られる。

一の位

平滑な肝表面に出現する炎症と線維化、肝細胞の壊死・再生現
象に関する分類。1は門脈周辺の炎症性滲出と線維化、3はび
まん性発赤と浮腫がある状態を示す。

島田分類法では、例えば100番地の場合、肝表面に認められる門脈周辺部に線維の増加はない状態、201番地の場合、門脈周辺部に線維の増加と延長があり、門脈周辺に炎症性滲出と線維化が認められる状態を意味する。
(ウ)肝生検では、肝組織の状態を評価するところ、肝組織の診断基準として、平成7年に発表された新犬山分類が存在する。新犬山分類は、肝組
織の所見を線維化と壊死・炎症の程度により、以下のとおり分類する(甲68、乙A3、16)

線維化については、門脈域から線維化が進展し小葉が改築され肝硬変へ進展する段階を、以下のとおりF0からF4に分類する。
F0(線維化なし)

F1(軽度・門脈域の線維性拡大)
F2(中等度・線維性架橋形成〔門脈域相互の連なりの発生〕

F3(高度・小葉のひずみを伴う線維性架橋形成)
F4(肝硬変〔結節形成傾向が全体に認められる場合〕

壊死・炎症については、その程度により、以下のとおりA0からA3に分類する。
A0(活動性なし)

A1(軽度の壊死・炎症所見)
A2(中等度の壊死・炎症所見)
A3(高度の壊死・炎症所見)

慢性B型肝炎における治療
現在の治療ではHBVを完全に排除することはできないため、慢性B型
肝炎における治療目標は、ウイルスの増殖を抑制し、肝炎を鎮静化することにあるとされる。そして、投薬治療に関し、我が国では、インターフェロンを用いたインターフェロン治療や、核酸アナログ製剤を用いた核酸アナログ製剤治療などがあり、両者は適応や治療の効果の現れ方、副作用などの特性が異なる(甲63〔14、15頁〕
、乙A47〔5、6頁〕。


(2)和解に係る合意及び特別措置法の施行

平成23年の和解に係る合意
全国B型肝炎訴訟原告団・弁護団及び被告は、平成23年6月28日、集団予防接種等の際の注射器の連続使用によるHBV感染につき被告が責
任を負うことを前提として、和解の手続及び内容等について、以下の(ア)ないし(キ)の病態等の区分に応じた額の和解金のほか、弁護士費用相当額(平成23年1月11日よりも後に提訴された場合には、後記各和解金に対する4%の割合による金員)を支払うことなどを合意した(以下基本合意という。。)

(ア)死亡、肝がん又は肝硬変(重度)
(イ)肝硬変(軽度)

2500万円
3600万円

(ウ)慢性肝炎(後記(エ)及び(オ)に該当する者を除く。


1250万円

(エ)慢性肝炎(発症後提訴までに20年を経過したと認められる者のうち、現に治療を受けている者等)

300万円

(オ)慢性肝炎(発症後提訴までに20年を経過したと認められる者のうち、上記(エ)に該当しない者)

150万円

(カ)無症候性キャリア(後記(キ)に該当する者を除く。


600万円

(キ)無症候性キャリア(一次感染者又は出生後提訴までに20年を経過した二次感染者)

50万円

平成27年の和解に係る合意
全国B型肝炎訴訟原告団・弁護団及び被告は、平成27年3月27日、
基本合意に定めのなかった死亡又は発症から20年を経過した死亡・肝がん・肝硬変の患者及び家族に対する和解金の支払等について、被告が、以下の(ア)ないし(ウ)の病態等の区分に応じた額の和解金を支払うことなどを合意した(以下基本合意(その2)という。。

(ア)死亡、肝がん又は肝硬変(重度)
(死亡後又は発症後提訴までに20

年を経過したと認められる者)

900万円

(イ)肝硬変(軽度)
(発症後提訴までに20年を経過したと認められる者
のうち、現に治療を受けている者)

600万円

(ウ)肝硬変(軽度)
(発症後提訴までに20年を経過したと認められる者
のうち、(イ)に該当しない者)


300万円

特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する特別措置法(以下特措法という。

被告は、基本合意を受けて、特措法を制定し、平成24年1月13日にこれを施行した。また、被告は、基本合意(その2)を受けて、特措法の
一部を改正する法律を制定し、平成28年8月1日、これを施行した。上記改正後の特措法は、所定のB型肝炎ウイルス感染者(同感染者が同法の施行前に死亡している場合にはその相続人)に対し、その者の請求に基づき、基本合意及び基本合意(その2)に対応する病態等の区分に応じた額の給付金を支給するものと定める(特措法3条、6条)

(3)原告らに対する集団予防接種等及びHBV感染後の経過

原告らに対する集団予防接種等
原告869(昭和23年8月生まれ)及び原告966(昭和23年4月生まれ)は、0歳から7歳までの間に、それぞれ集団予防接種等を受けた。

原告869のHBV感染の判明等
原告869は、昭和50年頃にHBVへの感染が判明したものの、昭和61年10月頃、セロコンバージョンが発生し、以降、HBe抗原は陰性
となった。
しかるに、原告869は、平成2年2月16日、慢性肝炎との診断を受け、遅くとも同日までの時点においてHBe抗原陰性慢性肝炎を発症した(甲869番3〔3枚目〕
、14、16、20、弁論の全趣旨)


原告966のHBV感染の判明等
原告966は、昭和54年にHBVへの感染が判明したものの、平成3年6月25日までにセロコンバージョンが発生し、以降、HBe抗原は陰性となった。
しかるに、原告966は、同年10月7日、慢性肝炎との診断を受け、
遅くとも同年11月20日までの時点においてHBe抗原陰性慢性肝炎を発症した(甲966番1〔3~5枚目〕
、4、弁論の全趣旨)

(4)本件訴訟の提起及びその後の経緯
原告869は平成24年6月27日、原告966は同年10月31日、それぞれ本件訴訟を提訴した。

本件訴訟において、原告らと被告は、上記(2)の基本合意等に基づき和解協議を行ったものの、除斥期間の経過(上記(2)アの区分に関わる。)につき
争いが生じ、和解協議は不調となった。
なお、被告は、本件訴訟において、原告らの集団予防接種等につき、注射器の一人ごとの交換又は徹底した消毒の励行等を各実施機関に指導して、HBVへの感染を未然に防止すべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があることを争わない(当裁判所に顕著な事実)


2
争点
(1)集団予防接種等と原告らのHBV感染との間の因果関係の有無(2)原告らの損害の有無及び額
(3)除斥期間の起算点-質的に異なる損害の発生の有無

第3
1
争点に対する当事者の主張
争点(1)(集団予防接種等と原告らのHBV感染との間の因果関係の有無)について

(原告らの主張)
HBVは、極めて強い感染力を有するが、血液を媒介としてしか感染せず、その感染経路として考えられるのは、①母子間感染(垂直感染)、②輸血によ
る感染、③性行為による感染、④滅菌不十分な医療器具の連続使用による感染(集団予防接種等による感染)である。従来、上記②ないし④以外の水平感染経路として、家庭内感染などの可能性も指摘されていたが、その可能性は極めて低く、感染経路としては除外されている。

原告らは、0歳から7歳頃までにHBVに感染したもので、原告らの母親はHBVキャリアでなく(上記①)
、乳幼児期に輸血を受けたことはなく(上記
②)
、乳幼児であり性行為による感染は考えられない(上記③)。そして、原告
らが7歳までの間に受けた集団予防接種等においては、注射器が連続使用されており、前の被接種者にHBV感染者が存在していれば、ほぼ確実に後者に対
して感染する。これらを踏まえれば、原告らが集団予防接種等(上記④)によりHBVに感染した蓋然性が高いというべきであり、経験則上、集団予防接種等と原告らのHBV感染との間の因果関係が認められる。
(被告の主張)
否認ないし争う。HBVの感染力は強く、血液のみならず唾液、汗、涙などの体液によっても感染するところ、原告らが父子感染した者でないことの証明(父親が持続感染者でない旨の血液検査結果、原告らが7歳になるまでの父子
の非同居を示す資料等による。
)は何ら行われておらず、父子感染の可能性も
存在する。
2
争点(2)(原告らの損害の有無及び額)について

(原告らの主張)
(1)包括一律請求による算定
HBV感染による原告らの損害は、肉体的・精神的なもののみならず、家庭的、社会的、経済的な損害まで多岐にわたり、しかもこれらが相互に影響し合い、原告らの人生に複雑かつ深刻な影響をもたらしている。しかも、原告らの健康被害は、単に現在の一時的、一面的なものにとどまらず、今後更
に重い病変へ進行する可能性があり、その場合には生活が全面的に破壊されることとなる。このような実態からすると、個別積算方式による立証では損害の全容を把握することは不可能であり、かつ、これを強いるとすれば被害者の早期救済の理念にもとる。被害者の多面的被害を正しく評価して早期救済を図るためには、複雑多岐にわたる損害を総体として有機的に関連付けて
捉える包括請求方式に合理性が認められる。
また、原告らの被害の発生原因が共通であり、被害結果もほぼ同等であることから、損害額を一律化することが可能かつ相当であり、被害者の多くを早期に救済するための目的に沿う。
したがって、本件訴訟における賠償額を算定するに当たっては、包括一律
請求によるべきである。
(2)原告らの損害の有無及び額
原告らは、慢性肝炎に至っているところ、慢性肝炎は、症状の進展の第一歩を踏み出したという点で、無症候性キャリアと比べて死に至る可能性が高まり、経済的・精神的損害は大きい。また、症状の進行により日々の生活に支障が生じ、偏見や差別による社会的被害は連鎖的に大きくなり、生活全般にわたり被害が進行していくこととなる。このような被害に鑑みれば、慢性
肝炎である原告らの損害額はそれぞれ1250万円を下回らない。そして、原告らは、いずれも被告の行為によって被った損害の賠償を求めるために本件訴訟の提起を余儀なくされたものであり、そのために必要な弁護士費用のうち、被告の加害行為と因果関係のある損害として、4%は被告が負担すべきである。

原告らは、上記損害額のうち、一部請求としてそれぞれ50万円を請求するものである。
(被告の主張)
否認ないし争う。
3
争点(3)(除斥期間の起算点-質的に異なる損害の発生の有無)について
(原告らの主張)
(1)除斥期間の起算点

最高裁平成6年2月22日第三小法廷判決・民集48巻2号441頁(以下最高裁平成6年判決という。
)及び最高裁平成16年4月27
日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁(以下最高裁平成16年判決という。)を踏まえれば、損害の性質上、加害行為から相当期間経
過後に損害が発生する場合、除斥期間の起算点は、損害の全部又は一部が発生した時となる。

B型肝炎訴訟においても、幼少期の集団予防接種における注射器の連続使用という加害行為から慢性B型肝炎の発症という結果発生までに相当期間を要することが一般的であるため、損害発生時が除斥期間の起算点となる。

そして、最高裁平成6年判決や最高裁令和3年4月26日第二小法廷判決・民集75巻4号1157頁(以下最高裁令和3年判決という。)
を踏まえれば、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病のうち、
当該疾病の特質上、進行の有無、程度、速度も患者によって多様であって、その病状が今後どの程度まで進行するのかはもとより、進行しているのか、固定しているのかすらも現在の医学では確定できないような場合には、後続の症状について質的に異なる損害が発生したものと評価し、後続の症状に基づく損害の発生時をもって損害発生時として、除斥期間の起算点
とすべきである。
ただし、質的に異なる損害の認定の前提として、当初の病状に基づく損害が発生した時点では発生が未確定である後続の症状に基づく損害の請求を行うことが不可能といえる程度に、当初の症状と後続の症状との間に類型的な差異があることは必要と考えられる。このような類型的な差異の認
定については、同じ慢性肝炎という病態であっても、法的評価として、当初の症状とは区別すべき症状の変化(病態の変化)があるのであれば、その症状の変化をメルクマールとして、質的に異なる損害の発生を認めるのが合理的である。
(2)原告869の除斥期間の起算点

原告869は、昭和50年頃にHBVへの感染が判明し、昭和61年に腹腔鏡検査において島田分類法で103番地と診断され、肝生検においてminimalchangeofliver
(最小限の肝臓の変化)と診断され、この頃
にセロコンバージョンが発生し、HBe抗原は陰性となった。

しかるに、原告869は、平成2年2月16日に慢性肝炎との診断を受け、その際の腹腔鏡検査においては、島田分類法で100番地と診断され、肝生検において慢性持続性肝炎と診断された。
そして、原告869は、平成5年7月2日、腹腔鏡検査において、島田分類法で201番地と診断され、肝生検において、小葉改築傾向のない活動性の慢性肝炎と診断されて、同月3日からインターフェロン治療を開始し、平成6年1月7日にこれを完了し、その後しばらくの間は、通院を継
続しつつ経過観察となった。
それから、原告869は、平成17年1月28日、肝生検において、F1・A1との診断を受け、同年2月4日以降、核酸アナログ製剤であるゼフィックスの投与を開始し、その後、慢性肝炎は鎮静化していたものの、治療効果が低下し、平成26年11月に核酸アナログ製剤のテノゼットに
移行し、これにより慢性肝炎が鎮静化し、現在に至っている。

原告869は、平成2年2月16日の肝生検の結果から、F0に近い状態にあり、同日の腹腔鏡検査の結果から、島田分類法で100番地(線維化の増加がない状態)であったのに対し、平成5年7月2日の肝生検の結果から、F1相当の状態にあり、同日の腹腔鏡検査の結果から島田分類法
で201番地(線維化の認められる状態)であったもので、同日の時点では、平成2年2月16日の時点と比べて、より線維化が進展した状態にあったといえる。
このようにF0からF1へ進展した場合の肝発がん率の比較や、島田分類法で100番地から201番地へ進展した場合の肝発がん率の比較のデ
ータはないものの、線維化の進展と肝発がん率の悪化には一般的な相関関係が認められる以上、上記のような進展により、相当程度は肝発がん率が悪化したことは明らかであり、この意味で、平成5年7月2日の時点では、平成2年2月16日の時点よりも慢性肝炎の予後が悪化した状態にあったといえる。


原告869は、平成5年7月3日からインターフェロン治療を開始しているところ、慢性肝炎の治療の必要性については、組織学進展度、ALT値、HBV-DNA量が最も重要な基準とされ、同月2日の腹腔鏡検査において島田分類法で201番地への線維化の進展を確認したことで、要治療状態にあると判断されたものと考えられ、平成2年2月16日の慢性肝炎の状態と比較すると、要治療状態の有無という点で明確に区別し得る。
また、インターフェロン治療は、全身倦怠感・発熱・頭痛・関節痛などのインフルエンザ様症状や抑うつ・不眠などの精神症状、慢性甲状腺炎などの自己免疫性疾患の惹起・増悪、間質性肺炎の発生などの種々の副作用を伴う。原告869も、インターフェロン治療の開始により、全身倦怠感、食欲不振、頭痛、不眠に悩まされ、平成2年2月16日時点では発生して
いなかった新たな精神的・身体的な損害を被ったほか、胆嚢炎の治療への支障が生じたり、治療のための欠勤に伴う職務や給与上の不利益を受けたりすることもあった。これらの損害の発生は、平成5年7月2日時点で確定し、かつ、同時点で原告869はその事実を認識したのであり、同月3日のインターフェロン治療の開始は、それ以前の経過観察が主であった状
態と比べて、身体的にも経済的にも格段にその負担を増やしており、これに伴う原告869の心理的負担も多大なものであった。

上記イ、ウのとおり、原告869については、平成5年7月2日の時点で、平成2年2月16日に発症した慢性肝炎の状態からは線維化の進行程
度、治療の必要性の点で明確に重篤化したというべきであり、また、平成5年7月3日から開始したインターフェロン治療により、それまでには生じていなかった新たな身体的・精神的・経済的な損害が生じたものであって、このような症状の進展により、法的評価としては、同月2日の時点において、それ以前のHBe抗原陰性慢性肝炎の症状とは明確に区別される
べき病状の悪化があったということになる。
そして、原告869は、平成2年2月に慢性肝炎を発症したものの、その時点では、慢性肝炎の状態が持続するのか、HBe抗原の陰性化に伴い、肝炎が鎮静化するのか、HBe抗原陰性化後に肝炎が再発するのかといった点も、現在の医学では確定しなかったものである。
そうすると、原告869は、平成5年7月2日時点で慢性肝炎の症状悪化が確定し、この症状の悪化は、平成2年2月16日の初発の慢性肝炎発
症時には医学的に予想することができず、同時点では平成5年7月2日時点での病状を前提とする損害賠償請求を行うことは到底できなかったのであり、同日時点で、それ以前の損害とは質的に異なる損害が発生したものであって、同日が、除斥期間の起算点となる。
したがって、本件訴訟の提起時点(平成24年6月27日)では、20
年の除斥期間は経過していない。
(3)原告966の除斥期間の起算点

原告966は、昭和54年頃、HBVへの感染が判明し、慢性肝炎との診断を受けて通院での治療を継続し、平成3年6月25日までにセロコン
バージョンが発生し、HBe抗原は陰性となった。
しかるに、原告966は、同年11月にはALT値異常が生じ、この頃までに慢性肝炎が再発した。
原告966は、その後も通院による治療を継続し、平成14年1月25日まではALT値の異常値が継続し、以降は短期間の単発的なALT値の
悪化と鎮静化を繰り返していたが、平成17年7月から平成18年2月まで6か月以上にわたりALT異常値が継続することもあった。
そして、原告966は、平成21年8月6日、肝生検において、F2・A2相当の慢性肝炎との診断を受け、同年9月10日から核酸アナログ製剤であるエンテカビルによる治療を開始した。その後は一貫してALT値
が正常化し、HBV-DNA量も顕著に低下し、肝炎が鎮静化して、現在に至っている。

無治療例の患者における肝発がん率は、F1からF2に進展することにより、2.27倍(20年発がん率)から最大で7.6倍(5年発がん率)上昇するのであって、F2への線維化の進展は慢性B型肝炎患者の予後を深刻に悪化させるものである。
原告966については、昭和54年頃の慢性肝炎発症時の肝生検の結果
は現存しておらず、また、平成3年11月頃の再発時点でも肝生検を実施していないのであって、線維化の進行の程度を確認することはできない。原告966の線維化の程度が確認できるのは、平成21年8月6日の肝生検においてであり、この時点でF2(中等度の線維化)と診断されたものである。そうすると、原告966の慢性肝炎の線維化が進展し、特に将来
の肝発がん率の点で予後が明確に悪化した状態にあることは、同日時点で初めて確認し得るのであり、原告966の慢性肝炎の状態は、長らく予後の悪化が不明であったものが、平成21年8月6日の時点で予後の悪化が具体化したという意味において、同日を境により重篤な状態に陥ったというべきである。

以上に加え、原告らのFIB-4(血液検査項目から計算することのできる指標。後記認定事実(3)ウ参照)の値からは、遅くとも平成6年11月の時点ではF2に至っておらず、平成3年の時点では、平成6年時点よりも線維化が進展していない状態であり、同年以降、F2と診断された平成21年までの間に、線維化がF2にまで進展したのであって、肝発がん
率の向上という意味での予後の明確な悪化も認められる。

慢性B型肝炎の治療の必要性について、治療対象を選択する上で最も重要な基準は、組織学的進展度、ALT値、HBV-DNA量とされるほか、肝生検の結果、中等度以上の線維化(F2以上)
、肝炎活動性(A2以上)

を認めた場合には、治療適応とするものとされている。また、HBe抗原の陰性・陽性や年齢にかかわらず、ALT値やHBV-DNA量が一定以上の場合には、慢性肝炎を治療対象とすべきものとされる。
原告966は、平成3年以降、平成21年9月までの間、間欠的にALT値の上昇を繰り返しており、平成20年8月以降の上昇局面で核酸アナログ製剤治療の開始が本格的に検討され、平成21年8月には治療の要否の判断のために肝生検を実施し、その結果、F2・A2であることが確認
され、現実に同年9月10日から核酸アナログ製剤治療が開始された。このように、原告966の慢性肝炎が要治療状態にあることは、同年8月6日の時点で確定したというべきであり、要治療状態にあるという意味で重篤な状態にあることが同日確認されたといえる。
また、核酸アナログ製剤治療においては、長期投与が不可避となり、治
療期間の長期化を招く点で、患者の精神的・経済的負担が格段に増すほか、投与による耐性ウイルスの発生、催奇形などに伴う新たな身体的損害も発生する。原告966は、平成21年8月6日の時点で、核酸アナログ製剤治療の適応状態にまで肝炎を悪化させ、現に同年9月から核酸アナログ製剤治療を開始したものであり、これ以降は治療を継続しており、今後も、
原告966の線維化がF2である以上、治療の中止条件を満たすことはなく、一生にわたって核酸アナログ製剤治療を余儀なくされるのであり、このような損害の発生が、同年8月6日時点で確定したものである。エ
上記イ、ウによれば、原告966は、平成21年8月6日の時点で、昭和54年の当初の慢性肝炎発症時における慢性肝炎の状態からも、平成3年11月の慢性肝炎の再発時の状態からも、線維化の進行の程度、治療の必要性の点において、明確に重篤化した状態に陥ったものである。また、原告966においては、平成21年9月から核酸アナログ製剤治療を開始したことにより、新たに身体的・精神的・経済的な損害が生じたものであ
る。このような病状の進展により、法的評価としては、原告966は同年8月6日の時点で、それ以前のHBe抗原陰性慢性肝炎の病状とは明確に区別されるべき病状の悪化があったというべきである。
そして、原告966は、昭和54年に慢性肝炎を発症したものの、その時点では、慢性肝炎の状態が持続するのか、HBe抗原の陰性化に伴い、肝炎が鎮静化するのか、再発するのかといった点も、現在の医学では確定しなかったものである。さらには、原告966は、平成3年11月の時点
でHBe抗原陰性慢性肝炎を発症したが、その時点では、線維化がどのように進行していくのか、また、いつの時点でどのような治療が必要となり、新たな身体的・精神的・経済的な負担が生じるのかという点についても、現在の医学では確定しなかったものである。
そうすると、原告966は、平成21年8月6日時点で慢性肝炎の症状
悪化が確定し、この症状の悪化は、昭和54年の初発の慢性肝炎発症時にも、平成3年11月のHBe抗原陰性慢性肝炎発症時にも、医学的に予想し得ないもので、その各時点では、平成21年8月6日の時点の病状を前提とする損害賠償を行うことは到底できなかったのであり、同日時点で、それ以前の損害とは質的に異なる損害が発生したものであって、同日が除
斥期間の起算点となる。
したがって、本件訴訟の提起時点(平成24年10月30日)では、20年の除斥期間は経過していない。
(被告の主張)
(1)除斥期間の起算点

最高裁昭和42年7月18日第三小法廷判決・民集21巻6号1559頁、最高裁平成6年判決及び最高裁平成16年判決の考え方を踏まえれば、蓄積進行性又は遅発性の健康被害に係る事案について、不法行為に基づく損害賠償請求権における損害発生時が除斥期間の起算点となる場合、最初
に発生した損害がその後進行・拡大したときであっても、最初の損害発生時に将来の損害を含む全損害が発生し、その時点で全損害につき1個の損害賠償請求権が成立しているため、本来、その時点から将来の損害を含む全損害に係る損害賠償請求権について除斥期間が進行するのが原則である。そして、最高裁平成6年判決において判示されたとおり、最初の損害発生時ではなくその後に新たな除斥期間の起算点を例外的に観念し得るのは、当初の損害とは質的に異なる新たな損害(異なる段階の損害)が発生した
と評価することができる場合に限定されているところ、質的に異なる損害というためには、前後の損害の基礎をなす病態・病状を医学的観点から比較して、類型的な軽重の相違があるため、従前発生していた損害とは別の損害が発生した(別個の損害賠償請求権が成立する)との評価をしなければならないような特別な事情が必要であると解される。


慢性B型肝炎による損害に係る最高裁平成18年6月16日第二小法廷判決・民集60巻5号1997頁(以下最高裁平成18年判決という。
)は、上記の最高裁判決の考え方を踏襲した上で、
B型肝炎を発症したことによる損害は、その損害の性質上、加害行為が終了してから相当期間が経過した後に発生するものと認められるから、除斥期間の起算点は、加害行為(本件集団予防接種等)の時ではなく、損害の発生(B型肝炎の発症)の時というべきである。と判示している。同判決を踏まえると、肝硬変又は肝がんを発症するなどより上位の病態に進行した場合には、その進行に係る損害が下位の病態である慢性B型肝炎による損害とは質的に
異なるものと評価し得るのに対し、そのような上位の病態への進行に至らない場合には、その病態や病状の変化にかかわらず、慢性B型肝炎発症時にその損害の一部又は全部が発生したものであって、最初にB型肝炎を発症した時点が、慢性B型肝炎による損害に係る損害賠償請求権の除斥期間の起算点となると解するべきである。

慢性B型肝炎の経過をみても、慢性B型肝炎の病態・病状は、一定の幅の中で軽快と悪化を繰り返すものであるし、原告らの指摘する線維化も不可逆的に進行するものではなく、また、線維化の進展が見られたとしても、それを殊更に重視すべき理由もない。したがって、慢性B型肝炎における一連の経過において線維化の進展が見られたとしても、当該事象が見られた時点の前後の病態・病状に損害額の差異にも影響するような看過できない差異や、医学的観点からみて類型的な軽重の相違が認められないことは
明らかであり、病態・病状に基づく損害に対する法的評価が異なってしかるべき差異を見出すことはできないから、その損害に係る損害賠償請求権の除斥期間の起算点は、最初に慢性B型肝炎を発症した時点となるものと解するべきである。

ところで、最高裁令和3年判決は、乳幼児期に集団予防接種等を受けたことによりHBVに感染して成人後にHBe抗原陽性慢性肝炎を発症し、鎮静化をみたものの、その後にHBe陰性慢性肝炎を発症したという事案において、HBe抗原陰性慢性肝炎を発症したことによる損害については、HBe抗原陽性慢性肝炎の発症の時ではなく、HBe抗原陰性慢性肝炎の
発症の時が民法724条後段所定の除斥期間の起算点となると判示したものである。
上記判決も、除斥期間の起算点となる損害の発生に関する従来の最高裁判決の考え方を踏襲しており、それがB型肝炎ウイルス持続感染者の慢性B型肝炎を発症したことによる損害にも妥当することを明らかにしている
のであって、上記判決は、当該事案に即し、
慢性B型肝炎の特質に鑑み
て示された事例判断の一つであるといえる。そして、上記判決を踏まえても、質的に異なる損害というために、前後の損害の基礎をなす病態・病状を医学的観点から比較して類型的な軽重の相違があるという特別な事情が必要であることに変わりはなく、医学的にみて類型的な軽重の相違がある
といえる場合でなければ、質的に異なる損害が発生したと認めることはできない。

原告らは、線維化の進展に伴って肝発がん率が上昇すると主張するが、そもそも慢性肝疾患における線維化は可逆的であり、治療又は自然経過によって線維化の改善を期待することができる上、この点を措くとしても、慢性B型肝炎においては、線維化の進展に伴って肝発がん率が上昇するとの医学的知見は得られていない。

また、原告らの主張する病状の悪化や、インターフェロン治療及び核酸アナログ製剤治療などの種々の事情は、慢性B型肝炎発症時において想定され得るものであり、原告らの主張する除斥期間の起算点における病状に係る損害がそれ以前の病状に係る損害と法的に異なると評価すべき根拠にはならない。

したがって、原告らの線維化の進展(原告869につきF0からF1へ、原告966につきF1からF2へ)の事実が認められるとしても、これにより質的に異なる損害が生じたことにはならないのであって、慢性B型肝炎による損害に係る損害賠償請求権の除斥期間の起算点は、最初にB型肝炎を発症した時点となる。

(2)原告869の除斥期間の経過

原告869は、遅くとも平成2年2月16日にはHBe抗原陰性慢性肝炎を発症していたものであり、本件訴訟の提起時点(平成24年6月27日)において、20年の除斥期間が経過していたこととなる。


この点につき原告869は、肝生検の結果によれば、平成2年2月16日時点では新犬山分類でのF0に近い状態であり、平成5年7月2日時点では同じく新犬山分類でのF1と評価されるべき状態であったと主張するが、そもそも新犬山分類が発表される以前に実施された検査の結果をそのまま新犬山分類に当てはめることはできないし、仮に新犬山分類に当ては
めたとしても、平成2年2月16日時点でF0に近い状態であったなどということはできない。
また、原告869は、島田分類法において100番地であったものが201番地となったことをもって、線維化が進展したとも主張するが、当該結果をもって線維化が進展したなどということはできない。
(3)原告966の除斥期間の経過

原告966は、平成3年10月7日には慢性B型肝炎と診断され、遅くとも同年11月20日までにはHBe抗原陰性慢性肝炎を発症していたものであり、本件訴訟の提起時点(平成24年10月31日)において、20年の除斥期間が経過していたこととなる。


この点につき原告966は、FIB-4を用いて線維化の進展を主張するが、FIB-4によって線維化の進展度合いを正確に評価することは困
難であるから、この点に関する原告966の主張は理由がない。
第4
1
当裁判所の判断
認定事実
後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1)原告869の症状経過

HBV感染の判明及びHBe抗原陰性化
(ア)原告869は、昭和50年頃にHBVの感染が判明し、その後、定期的に血液検査を受け、昭和57年7月に肝機能の急性悪化が生じて11か月にわたり入院し、昭和59年6月には喉の痛みや倦怠感、湿疹など
の症状を生じて、通院を開始した。なお、同月28日の時点で、HBe抗原陽性であった(甲869番1〔1、2、10頁〕
、20〔2、3頁〕

原告869本人〔2、4頁〕。

(イ)原告869は、昭和61年7月に倦怠感がさらに悪化して、同年8月から10月まで入院した。

この間、同年10月1日に腹腔鏡検査を受けたところ、島田分類法で103番地と診断され、同日に肝生検を受けたところ、手術時所見として、島田分類法で100番地、組織所見としてminimalchangeofliver(最小限の肝臓の変化)と診断され、また、同年9月24日時点で、HBe抗原陰性、HBe抗体陽性となっていた(甲869番2、3〔31枚目〕
、13、14、20〔2、3頁〕
、原告869本人〔4、5頁〕。


HBe抗原陰性慢性肝炎の発症及びインターフェロン治療
(ア)原告869は、その後、通院を継続していたところ、平成元年12月から全身の倦怠感を覚え、肝機能の異常を指摘されるようになった。原告869は、平成2年2月15日に実施された腹腔鏡検査において、島田分類法で100番地と診断され、また、同月16日に実施された肝
生検においては、手術時の所見として島田分類法で103番地、
内視鏡的に進展はみられない

小葉構造は保たれており、portalarea、(判決注・門脈域)¢ralarea(判決注・中心静脈域)の拡大・延長は目立たない

が、portalarea間に差異を示す・・・細胞浸潤像が軽度みられ・・・壊死炎症像も軽度みられるとして、Chronicpersistenthepatitis
(慢性持続性肝炎)と診断され、同日までにHBe
抗原陰性慢性肝炎を発症した(甲869番4、15、16、20〔3、4頁〕
、弁論の全趣旨)

(イ)原告869は、平成5年7月1日、ASTが184、ALT値が219(正常値は30以下。乙A47〔4頁〕参照)となり、同月2日、腹
腔鏡検査において、島田分類法で201番地と診断され、肝生検において、

約10コのグ鞘(判決注・グリソン鞘)を有する炎症細胞壊れ、線維増生を示して拡大する・・・bridgingfibrosis(判決注・線維性架橋)は形成せず

として、小葉改築傾向のない活動性の慢性肝炎と診断された(甲869番6、17、18)


(ウ)原告869は、平成5年7月3日からインターフェロン治療を開始し、平成6年1月7日にこれを完了した。
この間、インターフェロン治療の副作用により、高熱や寒気、倦怠感、食欲不振、脱毛、体重減少といった症状が生じたほか、平成5年10月14日に胆嚢炎となった際、インターフェロン治療を継続するために手術を行わず、これが終了した後に手術を行うこととなった。また、原告869は、インターフェロン治療前後に、入院を含め3か月以上の欠勤
をしたため、それまで所属していた部署から配置転換されたほか、社内の欠勤扱いの規定により昇給が2年間停止された(甲869番6、20〔4~6頁〕
、原告869本人〔7~9頁〕。

(エ)原告869は、平成6年2月に肝機能悪化により約2か月間入院して肝庇護剤による治療を受け、その後しばらくの間は、通院を継続しつつ
経過観察となった(甲869番8~10、原告869本人〔9頁〕。)

肝生検でのF1・A1の診断及び核酸アナログ製剤治療
原告869は、平成16年9月の健康診断で肝機能の異常を指摘され、平成17年1月28日、肝生検において、F1・A1との診断を受け、同年2月4日、核酸アナログ製剤であるゼフィックスの投与を開始した(甲
869番11、20〔6頁〕
、原告869本人〔9頁〕。

その後、慢性肝炎は鎮静化していたものの、平成22年に治療効果が低下し、平成26年11月に核酸アナログ製剤であるテノゼットに移行し、これにより慢性肝炎が鎮静化し、現在に至っている(甲869番12、20〔7頁〕
、弁論の全趣旨)


(2)原告966の症状経過

HBV感染の判明及びHBe抗原陰性慢性肝炎の発症
(ア)原告966は、昭和54年頃、HBVへの感染が判明し、医師から慢性肝炎である旨を告げられた(甲966番4〔2頁〕
、原告966本人

〔2頁〕
、弁論の全趣旨)

(イ)原告966は、その後、入院・通院による治療を行い、平成3年6月25日時点では、HBe抗原は陰性となっていた(なお、同月より前の医療記録は残存していない。甲966番1〔3枚目〕
、4〔2、3頁〕

弁論の全趣旨)

原告966は、同年10月7日、超音波検査において慢性肝炎と診断され、同年11月2日時点でALT値が71となり、同日までにHBe
抗原陰性慢性肝炎を発症した(甲966番1〔4、5枚目〕
、弁論の全
趣旨)

(ウ)原告966は、その後しばらくの間、通院を継続し、ALT値の悪化と鎮静化を繰り返していたが、その間、疲労感などの症状の悪化はみられなかった(甲966番1、原告966本人〔6、7頁〕
、弁論の全趣

旨)


肝生検でのF2・A2の診断及び核酸アナログ製剤治療
原告966は、平成21年8月6日、肝生検において、F2・A2相当の慢性肝炎との診断を受け、同年9月10日から核酸アナログ製剤であるエンテカビルによる治療を開始した。

その後は、一貫してALT値が正常化し、HBV-DNA量も顕著に低下し、肝炎が鎮静化して、現在に至っている(甲966番1、3〔4枚目〕
、原告966本人〔7、8頁〕
、弁論の全趣旨)

(3)本件に関する医学的知見等①-線維化に関する論文等ア
A医師の論文
(ア)A医師らが平成10年に公表した論文(以下1998年論文という。
)の内容は、概要以下のとおりである(乙A23の2)

虎の門病院において1980年1月から1995年8月までに慢性肝炎(B型肝炎又はC型肝炎の事例)と診断された2215例の肝発がん
率について前向き研究(B型肝炎の症例につき経過観察を実施し、その肝発がん率をみる方法)を実施し、B型肝炎から肝がんを発症した20例につき、経過期間ごとに肝発がん率を算出して、新犬山分類別に分類したところ、以下のとおりであり、線維化は肝発がん率と密接に関連していた。
5年

0%、F2・

0.8%、F3・

6.2%

10年

F1・

2.7%、F2・

4.4%、F3・

7.7%

15年

F1・

F1・11.5%、F2・

7.1%、F3・34.3%

(イ)A医師が平成14年に公表した論文(以下2002年論文という。
)の内容は、概要以下のとおりである(甲71)

a
虎の門病院において1976年から1998年までの間に確定診断した慢性B型肝炎818例のうち、経過観察期間中にステロイド・イ
ンターフェロン・ラミブジン(核酸アナログ製剤〔商品名・ゼフィックス〕
)を全く使用していない297例について期間ごとの肝発がん
率を算出し(後ろ向き研究。観察中に治療を開始するに至った症例については、肝発がん率を算出する際の母数に含めていない。、新犬山)
分類の区分別に検討すると、以下のとおりであった。

5年

F1・

3.0%、F2・16.0%、F3・14.0%

15年

F1・

4.2%、F2・20.7%、F3・21.8%

20年
b
0.5%、F2・

10年

F1・

3.8%、F3・14.0%

F1・14.9%、F2・33.9%、F3・21.8%

B型肝炎による肝硬変245例からの累積での肝発がん率は、5年で19.7%、10年で29.8%、15年で36.3%、20年で42.1%となり、慢性肝炎より明らかに肝発がん率が高い。

c
組織学的に見た慢性B型肝炎からの肝発がん率を示した曲線は、F1、F2/3、F4(肝硬変)と、線維化が進行するのと比例して肝
発がん率が高くなることを示している。
(ウ)A医師が平成24年に公表した論文(乙A27。以下2012年論文という。)には、①上記(イ)aと同じ数値が示され、②慢性C型肝炎ではF1、F2、F3の順に肝発がん率が高くなっていくのに対し、慢性B型肝炎ではやや異なり、F2とF3のステージで肝発がん率の曲線に交叉が見られた旨の記載がある。

B医師の論文
B医師が平成16年に公表した論文(乙A24。以下B論文とい
う。
)の内容は、概要以下のとおりである。
(ア)1979年から慢性肝炎と診断したB型肝炎患者127例を対象に平均6年間経過観察を行い、5例の肝がんを認めた。発がんした5例のうち3例がF1からの発がんであり、F3からは必ずしも多くのがん発生
は見られなかったほか、

型肝炎で発がんした上記5例中2例について、

がん結節周囲の線維化が極めて軽微であったことが確認された。
(イ)慢性肝炎期における線維化ステージ別のがん発生頻度は以下のとおりであり、B型肝炎においては、慢性肝炎のF1からF3程度の慢性肝炎では必ずしもがん発生頻度と線維化の進展は関連付けられず、時に軽微
な線維化の肝臓からも発がんするという予測不能な状態が散見される。この点は臨床上、患者経過観察の上で極めて重要と考えている。
F1・

年率0.6%、F2・年率0.4%、F3・年率0.9%

(ウ)C型肝炎においては、線維化の進展に伴い、がんの発生率は高まり、F1の患者36名から、9.5年後にわずか1名のみが発がんしたのみ
である一方、F3の患者45名の中から8名が約2年後以内に続々と発がんした。C型肝炎においては、線維化を予期し、軽減する手法により、C型肝がんの発生を著明に減少させることが推定された。

FIB-4に関する論文
(ア)近時、身体所見・血液生化学的検査所見の手法として、血液検査項目から計算することのできる指標であるFIB-4(Fibrosis4Index)が用いられており、これは、以下の計算式により算出される(乙A29〔9頁〕
、弁論の全趣旨)

(計算式)FIB-4=年齢(歳)×AST(U/L)÷(血小板数〔10の9乗/L〕×√ALT〔U/L〕

(イ)甲らが平成29年に公表した論文において、慢性B型肝炎の場合、新犬山分類におおむね対応するFIB-4の値は、次のとおりとされている(甲76の1〔4頁〕。

F1・1.13、F2・1.51、F3・2.17、F4・3.47(ウ)乙らが平成27年に公表した論文(甲74)には、概要、①平成15
年1月から平成22年12月までの間に、HBV感染者986名を対象とし、FIB-4と肝発がん率との関係性について検討した、②986例中、37例が肝がんを発症し、初診時のFIB-4が1.25未満の群と比較して、初診時のFIB-4が1.7以上2.4未満の群では多変量解析(肝がん発症に影響を与える他の因子との関係性を踏まえた解
析方法)による発がんリスクが4.57倍、2.4以上の群では21.34倍となる、③肝硬変を有していない888例に限った場合でも、FIB-4が1.25未満の群と比較して、1.7以上2.4未満の群では3.02倍、2.4以上の群では14.12倍となるとの記載がある。(エ)丙らが平成29年に公表した論文(甲75)には、概要、①昭和60
年から平成12年までに登録された2075例の未治療のHBs抗原陽性、非肝硬変HBV患者を対象に、観察平均期間を16.02年としてFIB-4と肝発がん率等との比較検討を行った、②2075例中137例が肝がんを発症し、FIB-4が1.29を超える群ではFIB-4が1.29以下の群と比較して、肝がん発症リスクは5.56倍であ
った、②多変量解析によっても、1.29を超えるFIB-4は肝がんの独立した危険因子であり、そのハザードレート(他と比較した場合の相対的な危険度)は2.27倍となる、③結論として、慢性B型肝炎の非肝硬変患者のうちFIB-4が1.29未満の者は、肝がんリスクが低いといえるとの記載がある。

C医師の意見書
被告提出のC医師作成(令和2年6月10日付け)に係る意見書(乙A32。以下C意見書という。
)の内容は、概要以下のとおりである。
(ア)HBVの持続感染に伴う肝発がんには、大きく分けて、①持続感染による慢性炎症に伴う遺伝子異常の蓄積によるもの、②慢性炎症を介さないHBV自体による直接的な発がんへの関与によるものという二つの機
序があり、それぞれが相互に関与しながら肝発がんへとつながるものと考えられているが、そのメカニズムの詳細は明らかになっていない部分が多い。
(イ)慢性炎症における細胞の遺伝子異常(上記(ア)①)は、壊死・炎症反応が激しく繰り返され、強い炎症が起こっているときほど惹起されやす
い。慢性B型肝炎の場合、肝炎の持続や再燃、鎮静化の繰り返しに伴い、その時点における壊死・炎症反応の程度に応じて、種々のレベル(F1~F3)の線維化が生じるが、慢性B型肝炎においては、ウイルス量の変化などにより壊死・炎症反応が鎮静化し、線維化が改善することがしばしば認められているほか、慢性炎症は、肝細胞の傷害のみならずその
再生や線維の吸収といった現象も伴うものであり、線維化の程度が慢性炎症の程度をそのまま反映しているものではない。
また、慢性B型肝炎における発がんは、慢性炎症による発がん作用と、HBVによる直接的な発がん作用とが複雑に関与することによって惹起されるものであって、線維化の影響で発がんするというものではない。
(ウ)HBV自体による直接的な発がん(上記(ア)②)は、HBVから産生されるHBV由来のタンパク質によるものや、HBV遺伝子が肝細胞の遺伝子に組み込まれることによるものがある。
(エ)C型肝炎ウイルス(以下HCVという。
)による肝炎(C型肝炎)
においては、B型肝炎のようにウイルス量が増減することがないため、慢性炎症の継続と線維化の進行は連動し、また、ウイルス自体による発がんのメカニズム(上記(ア)②)がないため、線維化の程度に基づき発
がん可能性を予測することができる。これに対し、B型肝炎においては、線維化の程度をもって慢性炎症の程度を測ることはできないのであって、B型肝炎では、線維化の程度にかかわらず、慢性炎症が生じる段階、つまり一旦慢性肝炎の状態に至れば、常に発がんする可能性があるといえる。


本件に関するその他の主な論文等
(ア)平成20年1月日本内科学会雑誌掲載のD医師らによる論文(乙A25)には、概要、①C型肝炎では、線維化の進行とともに発がん率が上昇する、②B型肝炎では、HBV関連肝がん患者において、約半数は肝
硬変を合併しているとされるが、その頻度は、HCV(C型肝炎ウイルス)関連肝がんに比べ低く、特に、若年で線維化の程度の軽い慢性肝疾患に合併する肝がんの多くは、HBVに関連している、③HBV関連肝がん患者では、セロコンバージョン後の肝炎が鎮静化した後であることも多く、肝炎鎮静化例や線維化非進展例からの発がんもしばしばみられ
るため、B型慢性肝疾患患者の中から、さらに肝がん超高危険群を設定し囲い込むことは困難である旨の記載がある。
(イ)E医師編集の書籍(乙A26)には、C型肝炎については、発がんと有意に関連する因子として、線維化のステージの進行が挙げられているのに対し、B型肝炎における発がんについては、このような記載はなく、
高齢、男性、肝硬変あり、家族歴ありというのが高い肝発がん率と関連する宿主側の因子であると説明されている。
(4)本件に関する医学的知見等②-慢性B型肝炎の治療に関する知見日本肝臓学会が令和3年5月に定めたB型肝炎治療ガイドライン(第3.4版)(以下「治療ガイドラインという。」
)には、以下のとおりの指摘が
ある(乙A47〔末尾の括弧内に頁数を記載〕。なお、治療ガイドラインの)
信用性については特段争いがない。

治療目標及び対象
(ア)HBV持続感染者に対する抗ウイルス治療の目標は、HBV感染者の生命予後及びQOL(生活の質)を改善することにある。そして、長期目標はHBs抗原の消失にあり、HBs抗原消失に至るまでの抗ウイル
ス治療の短期目標は、ALT値正常化(30〔U/L〕以下)
、HBe
抗原陰性かつHBe抗体陽性(HBe抗原陽性例ではHBe抗原陰性化、HBe抗原陰性例ではHBe抗原陰性及びHBe抗体陽性状態の持続)、
HBV-DNA量の増殖抑制の3項目である(3、4頁)

(イ)HBV持続感染者に対する抗ウイルス治療の適応は、年齢、病期、肝
病変(炎症と線維化)の程度、病態進行のリスク、特に肝硬変や肝がんへの進展のリスクなどの治療要求度をもとに判断する。現在、治療対象を選択する上で最も重要な基準は、①組織学的進展度、②ALT値、③HBV-DNA量である(10頁)

慢性肝炎の治療対象は、HBe抗原の陽性・陰性にかかわらず、AL
T値31(U/L)以上かつHBV-DNA量2000(IU/mL)以上である。もっとも、上記基準に該当しなくても、ALT値が軽度又は間欠的に上昇する症例、画像所見で線維化進展が疑われる症例などは発がんリスクが高いため、オプション検査として肝生検又は非侵襲的方法による線維化評価を施行することが望ましく、中等度以上の線維化
(F2以上)
、肝炎活動性(A2以上)を認めた場合には治療適応とす
る(13、14頁)

なお、肝硬変においても、治療の必要性は慢性肝炎と同様にALT値とHBV―DNA量を参考として判断するが、肝硬変は慢性肝炎と比較して慢性肝不全や肝がんへの進展リスクが高いため、より積極的な治療介入が必要であり、肝硬変においてHBV-DNAが陽性であれば、HBe抗原陽性・陰性、ALT値、HBV-DNA量にかかわらず治療対
象とする(14、15頁)


治療方法①-インターフェロン治療
(ア)インターフェロンには、①HBV-DNA増殖抑制作用、抗ウイルス作用、免疫賦活作用を有する、②投与期間が24~48週間と限定され
ている、③耐性ウイルスを生じない、④セロコンバージョンが達成されればその効果が持続的であり、肝硬変や肝がんへの進展が抑制されるといった長所がある。
他方、インターフェロンには、①治療効果が得られる症例はHBe抗原陽性慢性肝炎の場合に20~30%、HBe抗原陰性慢性肝炎の場合
に20~40%にとどまる、②皮下注射による投与のために定期的な通院を要する、③全身倦怠感・発熱・頭痛・関節痛、血球減少、精神症状(抑うつ・不眠など)
、自己免疫疾患、間質性肺炎、心筋症、眼底出血、
脳内出血などの様々な副作用が高頻度で生じるという短所がある(5、7、23~33頁)


(イ)インターフェロンには、従来型インターフェロンとペグインターフェロン(判決注・PEG〔ポリエチレングリコール〕を付加したもの)が存在するところ、従来型インターフェロンでは、ゲノタイプ(判決注・HBVの変異の型。我が国では、A~Dの4種がほとんどである。、年)
齢、線維化などが治療効果を規定する因子であると報告されてきたのに
対し、従来型よりも治療効果の高いペグインターフェロンでは、HBVゲノタイプAでは治療効果が高いものの、HBVゲノタイプB・C、年齢、線維化は治療効果とは関連しない(15、31、32頁)


治療方法②-核酸アナログ製剤治療
(ア)核酸アナログ製剤には、①強力なHBV-DNA増殖抑制作用を有し、ほとんどの症例で抗ウイルス作用を発揮し、肝炎を鎮静化させる、②各
種治療前因子にかかわらず高率でHBV-DNA量陰性化とALT値正常化が得られる、③経口薬であるため治療が簡便である、④短期的には副作用がほとんどないといった長所がある。
他方、核酸アナログ製剤には、①投与中止による再燃率が高いために長期継続投与が必要である、②長期投与において薬剤耐性変異株が出現
する可能性がある、③催奇形性が否定できないなど安全性に問題を残している、④インターフェロン治療と比較してHBs抗原量の低下が少ない、⑤医療経済的な問題があるといった短所がある(6、7、33~35、53頁)

(イ)核酸アナログ製剤の投与を中止すると、多くの症例でHBV-DNA
量は再上昇し治療前の値に戻ることとなり、重症肝炎となる可能性があり、再燃例に対して再治療が必要な場合があるため、長期予後改善の目標を達成するためには核酸アナログ製剤の投与は原則として中止せず、長期継続投与により持続的にHBV-DNAの増殖を抑制することが必要となる。

もっとも、長期投与に伴う薬剤耐性変異株の出現や医療経済的な問題など、様々な理由により核酸アナログ製剤治療の中止を考慮する必要があり、核酸アナログ製剤治療の中止のための患者背景における必要条件として、①中止後には肝炎再燃が高頻度にみられ、時に重症化する可能性があることを主治医、患者共に十分理解している、②中止後の経過観
察が可能であり、再燃しても適切な対処が可能である、③線維化が軽度で肝予備能(判決注・肝機能の残存の程度)が良好であり、肝炎が再燃した場合でも重症化しにくい症例であるという3項目を満たす必要がある(33、53~56頁)


HBe抗原陰性慢性肝炎における治療方針
(ア)自然経過あるいは治療によるセロコンバージョンが起こると、約8割がHBV-DNA量が持続低値、かつALT値が持続的に正常であるH
Be抗原陰性非活動性キャリアとなり、その場合の肝硬変や肝がんへの進展リスクは低く、長期予後は良好となる。
もっとも、当初はHBe抗原陰性非活動性キャリアと診断された症例のうち、10~20%は長期経過中に肝炎が再燃するため(HBe抗原陰性慢性肝炎)
、真の非活動性キャリアと慢性肝炎の厳密な鑑別は困難

である。治療対象は、HBe抗原陽性慢性肝炎と同様であるが、画像所見や血小板数などで線維化の進展が疑われる場合には肝生検による精査を行い、治療適応を検討するべきである(67、68頁)

(イ)HBe抗原陰性慢性肝炎は、間欠的にALT値とHBV-DNA量の上昇を繰り返すことが多く、自然に寛解する可能性は低い。HBe抗原
陽性慢性肝炎と比べて高齢で線維化進展例が多いため、より進んだ病期と認識すべきである(68頁)

(ウ)HBe抗原陰性慢性肝炎においてまず目指すべき治療目標は、非活動性キャリアの状態とすることであるが、線維化進展例ではさらにHBV-DNA量の持続陰性化を目指し、最終的にはHBs抗原陰性化を目標
とする。
治療薬としては、HBe抗原陽性慢性肝炎と同様、ペグインターフェロンを第一に検討し、線維化が進展し肝硬変に至っている可能性が高い症例や、ペグインターフェロン効果不良・不適応例では、長期寛解維持を目的とした核酸アナログ製剤治療が第一選択となる(68、69頁)。

2
争点(1)(集団予防接種等と原告らのHBV感染との間の因果関係の有無)について
HBVが強い感染力を有するものであること、原告らが0歳から7歳までの間に受けた集団予防接種等において注射器が連続使用されていたことは当事者間に争いがなく、これらを前提とすると、原告らが受けた上記の集団予防接種等において、前の被接種者の中にHBV感染者が存在したことにより、後の被
接種者であった原告らがHBVに感染した可能性は相応にあるものといえる。このことに、本件証拠上、原告らについて、集団予防接種等以外に感染の原因となる可能性の高い具体的な事実の存在はうかがわれず、他の原因による感染の可能性が一般的抽象的なものにすぎないことを併せ考えれば、原告らは、集団予防接種等における注射器の連続使用によってHBVに感染した蓋然性が高
いというべきである。
したがって、本件においては、経験則上、集団予防接種等と原告らのHBV感染との間の因果関係を肯定するのが相当である。
3
争点(2)(原告らの損害の有無及び額)及び争点(3)(除斥期間の起算点-質的に異なる損害の発生の有無)について
(1)原告らの被告に対する損害賠償請求権
前提事実(4)及び上記2によれば、原告らは、0歳から7歳までの間に受けた集団予防接種等によりHBVに感染したものであり、被告は、このことにつき国家賠償法1条1項に基づく責任を負う。そして、認定事実(1)、(2)
によれば、原告らは、HBV感染により肉体的・精神的苦痛を被ったものと認められる。
したがって、原告らは、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償請求権を有していたというべきである。
もっとも、原告らは、当該集団予防接種等の時から20年が経過した後に
本件訴訟を提起したものであるから(前提事実(3)、(4))
、民法724条後
段所定の除斥期間の経過の有無を検討することになる。
(2)除斥期間の起算点について

民法724条後段所定の除斥期間の起算点は、
不法行為の時と規定
されており、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点となると考えられる。しかし、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が
経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、損害の発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは、被害者にとって著しく酷であるし、加害者としても、自己の行為により生じ得る損害の性質からみて、相当の期間が経過した後に被害者が現れて、
損害賠償の請求を受けることを予期すべきであると考えられるから、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解するのが相当である(最高裁平成16年判決参照)

そして、HBVに持続感染した場合の自然経過(前提事実(1)ウ)や、原告らの症状の経過(認定事実(1)、(2))を踏まえると、B型肝炎を発症
したことによる損害は、その損害の性質上、加害行為が終了してから相当期間が経過した後に発生するものと認められるから、除斥期間の起算点は、加害行為(集団予防接種等)の時ではなく、損害の発生の時というべきである(最高裁平成18年判決参照)


ところで、加害行為の後にある損害が発生し、その後にこれとは法的に別個の損害と評価し得るような、質的に異なる新たな損害が発生した場合、後の損害については、当該損害が発生した時が、除斥期間の起算点となるものと解される(最高裁平成6年判決、最高裁令和3年判決参照)。
とりわけ、HBe抗原陽性慢性肝炎の発症及び鎮静化の後にHBe抗原
陰性慢性肝炎を発症したことによる損害については、①HBV持続感染者の多くは、無症候性キャリアから活動性肝炎となり、セロコンバージョンを起こして肝炎が鎮静化し、非活動性キャリアとなり、この段階に至れば、肝がん等への進行リスクは低く、長期予後が良好となって、具体的な治療の必要がなくなることから、HBe抗原陽性慢性肝炎においては、目指すべき短期目標をセロコンバージョンとして抗ウイルス治療がされる、②HBe抗原陽性慢性肝炎の発症後、セロコンバージョンによりHBe抗原陰
性となり、非活動性キャリアとなったにもかかわらず、長期間が経過した後にHBe抗原陰性の状態でHBVが再増殖し、HBe抗原陰性慢性肝炎を発症する症例も10~20%は存在するところ、HBe抗原陰性慢性肝炎については、線維化進展例が多く、自然に寛解する可能性は低い、③どのような場合にHBe抗原陰性慢性肝炎を発症するのかは、現在の医学で
はまだ解明されていないといった事情の下では、HBe抗原陽性慢性肝炎を発症したことによる損害と、HBe抗原陰性慢性肝炎を発症したことによる損害とは、質的に異なるものであって、HBe抗原陰性慢性肝炎を発症したことによる損害は、HBe抗原陰性慢性肝炎の発症の時に発生したものであり、その発症の時が、当該損害に係る除斥期間の起算点となると
いうべきである(最高裁令和3年判決参照)


認定事実(1)、(2)によれば、原告らは、いずれもHBVに持続感染し、HBe抗原陽性慢性肝炎を発症し、セロコンバージョンが発生したものの、その後にHBe抗原陰性慢性肝炎を発症していたものである。そして、最
高裁令和3年判決の上記判断をそのまま当てはめれば、このHBe抗原陰性慢性肝炎の発症の時が除斥期間の起算点となるところ、その発症時期は、原告869については遅くとも平成2年2月16日まで、原告966については遅くとも平成3年11月2日までというのであるから、本件訴訟の提起時(原告869につき平成24年6月27日、原告966につき同年
10月31日。前提事実(4)参照)においては、いずれも20年の除斥期間が経過していたこととなる。
これに対して原告らは、HBe抗原陰性慢性肝炎の発症後であっても、なお線維化が進展した場合には、その時点をもって除斥期間の起算点とすべきであり、その時期は、原告869については平成5年7月2日、原告966については平成21年8月6日であると主張する。
そこで、以下、原告らの線維化の進展の有無について検討した上で、こ
れにより原告らに質的に異なる損害が発生したものといえるかについて検討する。
(3)原告869における線維化の進展
まず、原告869において、HBe抗原陰性慢性肝炎の発症後に線維化が進展したのかについて検討する。

認定事実(1)ア(イ)、イ(ア)のとおり、原告869は、①昭和61年10月1日に腹腔鏡検査を受け、島田分類法で103番地と診断され、同日の肝生検で手術時所見として島田分類法で100番地、
minimalchangeofliver
(最小限の肝臓の変化)と診断され、②平成2年2月15日の腹
腔鏡検査においても、島田分類法で103番地と診断され、同月16日の肝生検で、手術時の所見として島田分類法で103番地、
内視鏡的に進展はみられない

小葉構造は保たれており、portalarea(判決注・門、脈域)&centralarea(判決注・小葉中心域)の拡大・延長は目立たない

が、portalarea間に差異を示す・・・細胞浸潤像が軽度みられ・・・壊死炎症像も軽度みられるとして、
Chronicpersistenthepatitis
(慢性持続性肝炎)と診断されたものである。
以上を踏まえると、原告869の肝組織の状態について、平成2年2月16日の時点で、島田分類法で100番地(肝表面に認められる門脈周辺部に線維の増加はない状態)ないし103番地(100番地と同様である
が、びまん性発赤と浮腫がある状態)であり、小葉の構造は保たれており、門脈域での線維化の拡大・延長は目立たない状態であったものであって、線維化がほとんど存在しなかったものと認めることができる。そして、これを新犬山分類に当てはめると、F1(門脈域の線維性拡大)に至らない、ほぼF0(線維化なし)に相当する状態にあったと認めることができる。イ
その後、原告869は、認定事実(1)イ(イ)のとおり、平成5年7月2日、腹腔鏡検査において、島田分類法で201番地(門脈周辺部に線維の増加
と延長があり、門脈周辺に炎症性滲出と線維化が認められる状態)と診断され、肝生検において、

約10コのグ鞘(判決注・グリソン鞘)を有する炎症細胞壊れ、線維増生を示して拡大する・・・bridgingfibrosis(判決注・線維性架橋)は形成せず

として、小葉改築傾向のない活動性の慢性肝炎と診断されたものであって、その後の平成17年1月28日の
肝生検においてF1との診断を受けたこと(認定事実(1)ウ)をも踏まえると、平成5年7月1日の原告869の肝組織の状態について、F2(線維性架橋性形成)に至らない、F1(門脈域の線維性拡大)に相当する状態にあったと認めることができる。

したがって、原告869は、平成2年2月16日の時点では、島田分類法で100番地(肝表面に認められる門脈周辺部に線維の増加はない状態)ないし103番地(100番地と同様であるが、びまん性発赤と浮腫がある状態)であり、ほぼF0(線維化なし)に相当する状態であったのに対し、平成5年7月2日の時点では、島田分類で201番地(門脈周辺部に
線維の増加と延長があり、門脈周辺に炎症性滲出と線維化が認められる状態)
、新犬山分類でF1(門脈域の線維性拡大)に相当する状態にあったものと認められ、この限度で線維化の進展があったものと認められる。(4)原告869における質的に異なる損害の発生の有無
次に、HBe抗原陰性慢性肝炎を発症した事案において、F0からF1へ
と線維化が進展した場合、質的に異なる損害が発生したといえるのかについて検討する。

原告869は、F0からF1への線維化の進展により、①将来の肝発がん率が悪化した、②要治療状態となった、③インターフェロン治療に伴う負担が発生したとして、質的に異なる損害が発生したと主張する。

しかし、そもそもセロコンバージョン後のHBe抗原陰性慢性肝炎は、間欠的にALT値とHBV-DNA量の上昇を繰り返すことが多く、自然
に寛解する可能性は低く、線維化進展例が多いなど、より進んだ病期というべきであり(認定事実(4)エ(イ))
、①線維化の進展など、肝硬変や肝が
んのような上位の病態には至らない程度の予後の悪化が生じることや、②要治療状態となること、③インターフェロン治療に伴う負担が生じることは、いずれもHBe陰性慢性肝炎の発症を生じた場合全般に生じ得るもの
である。
そして、このようなHBe抗原陰性慢性肝炎において、線維化がF0からF1へ進展したとしても、これによって直ちに具体的な症状の相違を生じるものとは認められず、なおHBe抗原陰性慢性肝炎という同一の病態・病期による症状が包括的に生じ続けているものというべきである。し
かもこれは、症状を生じさせる原因そのものに変更が生じ、なおかつその機序も明らかでないという、セロコンバージョン後にHBe抗原陰性慢性肝炎を発症した場面(最高裁令和3年判決の事案)とも異なるところである。
このようにみると、HBe抗原陰性慢性肝炎において線維化がF0から
F1へと進展し、これに伴って仮に原告869の指摘する上記ア①ないし③の事態が生じたとしても、その損害の基礎をなす病態・病期が同一である中で、当該病態・病期から一般的に生じ得る変化が生じたにとどまるものであり、このような変化をもって、法的に異なる評価をすべき質的に異なる新たな損害が生じたというのは困難といわざるを得ない。


さらに、原告869の主張する事情のうち、線維化の進展に伴う肝発がん率の悪化(上記ア①)ついては、以下のとおり、直ちに採用してよいものなのか、疑問を差し挟まざるを得ない。
(ア)すなわち、この点については、F1からF2などの線維化の進展に比例して肝発がん率は高くなる傾向にあるとする論文が存在するものの(認定事実(3)ア(イ)〔2002年論文〕
。同ウ(ウ)、(エ)もこれに沿う。、

これは、原告869のようにF0からF1に進行した場合を検討の対象としたものではない。
かえって、15年経過時点ではF2よりF1の方が肝発がん率は高くなるとする論文(同ア(ア)〔1998年論文〕
)や、F2とF3のステー

ジで肝発がん率の曲線に交叉がみられる(F3よりF2の方が肝発がん率の高くなる場合がある。
)とする論文(同ア(ウ)〔2012年論文〕

が存在し、さらに、B型肝炎においては、慢性肝炎のF1からF3程度の慢性肝炎では必ずしも肝がん発生頻度と線維化の進展は関連付けられず、時に軽微な線維化の肝臓からも発がんするという予測不能な状態が
散見されるとする論文(同イ〔B論文〕
。同オ(ア)、(イ)もこれに沿う。

も存在するのであって、一般的に線維化が進展するのに応じて肝発がん率が悪化するという知見も得られておらず、他に、F0からF1へ線維化の程度が進行することに伴って肝発がん率が悪化すると認めるに足りる証拠はない。

このように、F0からF1へ進展することで直ちに肝発がん率が悪化するとの原告869の主張については、直ちに採用してよいものか、疑問なしとし得ない。
(イ)そもそも、HBVにおける肝発がんの機序については、①持続感染による慢性炎症に伴う遺伝子異常の蓄積によるものと、②慢性炎症を介さ
ないHBV自体による直接的な発がんへの関与によるものという、異なる二つ機序があるとされている。そして、このうち上記②については線維化と直接の関係があるわけではなく、また、上記①においても、免疫応答に応じてウイルス量に影響が生じ、炎症の程度が変化し、炎症の程度が弱い場合には線維化が改善することもあるため、炎症化と線維化の進行は必ずしも対応していないのであって、いずれにせよ、線維化自体が肝発がん率を高めるという性格を持つとは考えられていない(認定事
実(3)エ〔C意見書〕参照)
。これらの点は、HCVのように、上記②の
機序がなく、なおかつ線維化が慢性炎症と連動して直線的に進行し、慢性炎症に伴って線維化と肝発がん率が上昇し、それゆえ線維化の程度と肝発がん率との間に相関関係を見出すことができるとされている(認定事実(3)イ〔B論文〕
、エ〔C意見書〕のほか、同オ参照)のとは異なる

ところである。
このように、線維化は、上記①の肝発がんの機序において意義を持つとされる慢性炎症の結果として生じるものの、慢性炎症と常に対応するわけではないのであり、機序の観点からみても、線維化それ自体が肝発がん率の向上の因子となるとか、線維化の進展に伴って一般に発がん率
が上昇するものと直ちに考えることはできない。

加えて、原告869の主張する事情のうち、要治療状態の有無(上記ア②)についても、認定事実(4)ア(イ)のとおり、治療対象を選択する上で最も重要な基準の一つに組織学的進展度が含まれ、ALT値やHBV-DN
A量が高い場合でなくとも、線維化の評価によっては治療適応となるものであるが、この場合に治療適応の対象となるのは、中等度以上(F2以上)の場合であって、F0からF1へ進展した場合に一般に治療適応とされるものではない。
また、認定事実(4)イないしエのとおり、インターフェロン治療や核酸
アナログ製剤治療の効果・適応を検討する際には、線維化の進展度を考慮することとされているものであるが、線維化の進展がF1のように軽度なものにとどまっている場合には、線維化の進展が治療方法の選択に具体的な影響を及ぼすようにはうかがわれない。
このように、F0からF1への進展に伴って、治療の適応や方法に直ちに影響を生じるとは認め難いのであり、この点においても、質的に異なる損害の基礎となる事情についての原告869の主張には、疑問を差し挟ま
ざるを得ない。

ところで、損害が量的に拡大したようにみえる場合についても質的に異なる新たな損害の発生を認めた事案として、じん肺についての最高裁平成6年判決が存在する。

もっとも、同判決は、じん肺が不可逆的に進行する疾患であることを前提としたものであり、しかも、じん肺法においては、エックス線検査と肺機能障害の組合せによってじん肺の症状の程度が管理2から管理4までに区分され、それぞれの管理区分に応じて健康管理のための措置を採るものとされているのであって、これらの点を踏まえ、各管理区分に相当する病
状に基づく損害に対する法的な評価が異なってしかるべきものであるとして、各管理区分に対応する損害は質的に異なるものと判断したと解される(このような評価は、各管理区分につきそれぞれ異なる慰謝料額を認定した上記判決及びその差戻審判決〔福岡高等裁判所平成7年9月8日判決・判例時報1548号35頁〕における慰謝料の判断の内容にも対応するも
のである。。

これに対し、HBe抗原陰性慢性肝炎の発症後に生じる線維化については、ウイルス量の変化により改善することがしばしばみられる上に(認定事実(3)エ〔C意見書〕のほか、乙A4、13、20、21、29、30参照)
、上記イないしエに説示したところによれば、原告らの主張する線
維化の進展について、法的な評価を異ならしめるほどの相違があるものとはいえないのであって、本件は上記判決とは事案を異にするものというべきである。

以上によれば、F0からF1への線維化の進展をもって質的に異なる損害が生じたものということはできず、原告869については、最高裁令和3年判決に基づき、HBe抗原陰性慢性肝炎発症時(遅くとも平成2年2月16日)が除斥期間の起算点となるというべきである。

したがって、原告869の損害賠償請求権は、本件訴訟の提起時点(平成24年6月27日)において除斥期間が経過していたものといわざるを得ない。
(5)原告966における線維化の進展

原告966については、腹腔鏡や肝生検の結果が残存しているのは平成21年8月6日であり、本件証拠上、同日より前の所見は明らかでない。もっとも、原告966は、FIB-4の値が線維化の程度と相関関係を有することを前提に、原告966における線維化の進展を主張するため、以下、この点について検討する。


原告966の依拠する論文においては、F1に対応する値は1.13、F2に対応する値は1.51とされているところ(認定事実(3)ウ(イ))、
原告966の平成5年7月以降のFIB-4の値は、①平成5年の時点では1.29であり、平成6年の時点では1.35であって、いずれも1.51に至らない値であったのに対し、②平成7年以降は一貫して1.51を超える値を示し、③平成13年以降はおおむね2以上の値を示している
ところである(原告ら第24準備書面別紙参照)


しかし、そもそもFIB-4の値は、年齢の自然増にも影響を受けるものである上(計算式〔認定事実(3)ウ(ア)〕のとおり、年齢の自然増がFIB-4の値の上昇の要因となる。、FIB-4による線維化の進展の推定)

については、原告966の依拠する論文は、解析対象とした症例の線維化の程度を実際に確認したものではなく、血液生化学的検査の所見を組み合わせて線維化の進展度を推定した症例を解析したものにすぎず、当該論文においても、FIB-4値を用いた線維化の程度の同定については、中程度の感度と精度しか示さないと結論付けられたとされているところであって(甲76の2〔5頁〕、上記の論文によっても、FIB-4の値に)
よる線維化の程度の推定には、限界があるものといわざるを得ない。
しかも、原告966との関係でも、F2と診断された平成21年8月当時のFIB-4の値は3.35となり、むしろF4(対応するFIB-4の値は3.47とされる。認定事実(3)ウ(イ)参照)に近い数値になっているのであって、FIB-4の値が原告966の線維化の程度を適確に表したものとみることはできない。

そもそも、原告966については、本件証拠上、平成3年11月2日のHBe抗原陰性慢性肝炎発症時を含め、平成5年7月より前の時期のFIB-4の値が明らかでなく、平成5年7月以降のFIB-4の値から、それより前のFIB-4の値を推定することも困難であって、平成5年7月より前の線維化の状態を評価するに当たって依拠すべきFIB-4の値そ
のものが明らかでない。
したがって、原告966の主張するFIB-4の値を踏まえても、線維化の程度の推移を具体的に認定することはできない。

以上によれば、原告966が平成3年11月2日のHBe抗原陰性慢性肝炎を発症した時点での線維化の進展の程度は本件証拠上明らかでなく、HBV感染後、平成21年8月6日にF2と診断されるまでの間にどのような推移を経て線維化が進展したのかを特定することも、本件証拠上困難といわざるを得ない。
したがって、原告966については、平成21年8月6日より前の時点
では線維化の客観的な進展の程度が不明であったのに対し、同日時点ではF2であり(認定事実(2)イ)
、線維化が中等度に進展した状態にあること
が明らかになったとの限度での相違が認められるにすぎないのであって、除斥期間についての原告966の主張は、その前提を欠くものといわざるを得ない。
(6)原告966における質的に異なる損害の発生の有無
事案に鑑み、さらに、HBe抗原陰性慢性肝炎を発症した事案において、
F1からF2へと線維化が進展した場合、質的に異なる損害が発生したといえるのかについても検討する。

原告966は、F1からF2への線維化の進展により、①将来の肝発がん率が悪化した、②要治療状態となった、③核酸アナログ製剤治療に伴う負担が発生したとして、質的に異なる損害が発生したと主張する。

しかし、HBe抗原陰性慢性肝炎において線維化がF1からF2へ進展したとしても、直ちに具体的な症状の相違が生じるものではなく、F2への進展後も、HBe抗原陰性慢性肝炎の病態に基づく症状が生じるにとどまるものであるほか、上記(4)イにおいて指摘したのと同様のことが当てはまるところである。

したがって、HBe抗原陰性慢性肝炎において、線維化がF1からF2へと進展し、これに伴って原告966の指摘する上記ア①ないし③の事態が生じたとしても、その損害の基礎をなす病態・病期が同一である中で、当該病態・病期から一般的に生じ得る変化が生じたにすぎないのであって、このような変化をもって質的に異なる損害が生じたというのは困難である。

さらに、原告966の主張する事情のうち、線維化の進展に伴う肝発がん率の悪化(上記ア①)ついては、以下のとおり、直ちに採用してよいものなのか、疑問を差し挟まざるを得ない。
(ア)すなわち、この点については、F1からF2など線維化の進展に比例
して肝発がん率は高くなるとする論文が存在するものの(認定事実(3)ア(イ)〔2002年論文〕
。同ウ(ウ)、(エ)もこれに沿う。、その調査方法

は、治療を実施した症例を除外したものであって(後ろ向き研究。治療の対象となった潜在的に発がん可能性が高い集団を除外することとなる。、本件のように治療を行った場合を含めて肝発がん率が一般に悪化)
することを直ちに示すものではない。
むしろ、上記(4)ウ(ア)において指摘したのと同様、15年経過時点ではF2よりF1の方が肝発がん率が高くなる(認定事実(3)ア(ア)〔1998年論文〕、F2とF3のステージで肝発がん率の曲線に交叉がみら)
れる(F3よりF2の方が肝発がん率が高くなる場合がある。
)とする
論文(同ア(ウ)。2012年論文)や、B型肝炎においては、慢性肝炎
のF1からF3程度の慢性肝炎では必ずしも肝がん発生頻度と線維化の進展は関連づけられず、時に軽微な線維化の肝臓からも発がんするという予測不能な状態が散見されるとする論文(同イ〔B論文〕
。同オ(ア)、
(イ)もこれに沿う。
)が存在し、これらの論文においては、線維化の進展
につき、将来の肝発がん率の重要な独立予測因子ではない

門脈線、維の進展度は・・・B型慢性関連症例では(肝がんの発症に関わる)予測因子としては不適だった

(同ア(ア)〔1998年論文・1、8頁〕、

B型肝炎においては、F1からF3程度の慢性肝炎では必ずしも癌発生頻度と肝線維の進展は関連づけられ

ないとされているところである(同イ〔B論文・271頁〕。


このように、F1からF2へ進展することで肝発がん率が悪化するとの原告966の主張については、直ちに採用してよいものか、疑問なしとし得ない。
(イ)また、肝発がんの機序の観点からみても、線維化それ自体が肝発がん率の向上の因子となるとか、線維化の進展に伴って一般に発がん率が上
昇するものと直ちに考えることはできないのは、上記(4)ウ(イ)において指摘したところと同様である。

加えて、原告966の主張する事情のうち、要治療状態の有無(上記ア②)及び核酸アナログ製剤治療に伴う負担(同③)についてみると、確かに、認定事実(4)ア(イ)のとおり、治療対象を選択する上で最も重要な基準の一つに組織学的進展度が含まれ、ALT値やHBV-DNA量が高い場合でなくとも、線維化が中等度以上(F2以上)であれば、治療適応とさ
れるものであって、F2へと進展することによって、治療の必要性が高い状態となり、核酸アナログ製剤治療(ペグインターフェロンによるインターフェロンに次いで、HBe抗原陰性慢性の治療における選択肢とされる〔同エ(ウ)〕)の負担を生じる場合が多くなるということはできる。。
しかし、そもそも核酸アナログ製剤治療は、ほとんどの症例で肝炎を鎮
静化させるものである(認定事実(4)ウ(ア))
。そして、原告966におい
ても、核酸アナログ製剤の効果によりALT値が改善し、HBV-DNA量も顕著に低下し、肝炎が鎮静化しており、現実に生じている負担は、薬を毎日欠かさずに服用する必要があるというにとどまるのであって(同(2)イ、原告966本人〔8頁〕、線維化の程度が軽度でない場合は核酸)

アナログ製剤治療を中止することができないなどといった核酸アナログ製剤治療の短所(認定事実(4)ウ参照)を考慮しても、治療の前後を比較して健康被害が増大したとまではいえない。
したがって、F1からF2へ進展した場合に要治療状態を生じることに伴う負担を重視するのは、相当とはいい難い。


そして、HBe抗原陰性慢性肝炎におけるF1からF2への進展について、じん肺の管理区分に関する最高裁平成6年判決と事案を異にすることは、上記(4)エにおいて指摘したところと同様である。


以上によれば、F1からF2への線維化の進展をもって質的に異なる損害が生じたものということはできず、原告966については、最高裁令和3年判決に基づき、HBe抗原陰性慢性肝炎発症時(遅くとも平成3年11月2日)が除斥期間の起算点となるというべきである。
したがって、原告966の損害賠償請求権は、本件訴訟の提起時点(平成24年10月31日)において除斥期間が経過していたものといわざるを得ない。
(7)原告らの主張について
原告らは、以上の検討において個別に指摘したほかに、以下のとおり主張するが、いずれも採用することができないか、上記判断を左右しない。ア
原告らは、FIB-4を用いた最近の研究成果から、線維化の進展と肝発がん率の上昇との間の一般的な相関性を認めることができると主張する。しかし、そもそもFIB-4による線維化の程度の推定自体に限界があ
ることは、上記(5)ウにおいて指摘したとおりであって、FIB-4の値の上昇に伴う肝発がん率の上昇を示唆する調査結果が得られているとしても、これにより線維化の進展と肝発がん率の上昇との間で一般的な相関関係があるということは困難である(原告らにおいても、その位置付けについて、FIB-4の数値から直ちに線維化と肝発がん率の相関性を立証し
ようとするのではなく、線維化と肝発がん率に相関性があることの傍証であるなどとも主張する。原告第26準備書面〔10頁〕。

したがって、原告らの上記主張は採用することができない。

原告らは、被告においては肝硬変に至った場合に肝発がん率が上昇し、また、基本合意上、肝硬変につき質的に異なる損害となるのを認めているところ、線維化の議論は肝硬変にも当てはまるのであり、線維化の進展による質的に異なる損害の発生を否定するとすれば、肝硬変が慢性肝炎とは区別された質的に異なる損害であること自体が否定されかねないと主張する。

しかし、肝硬変については、それ自体が肝がんの前がん病態であるとされ、慢性肝不全、肝がんへの進展リスクが高いため、より積極的な治療介入が必要とされ、肝発がんのリスク要因となるのは線維化が改善しても変わらないとされる上、肝細胞壊死後に再生が生じても十分に修復・代償されず、様々な程度の肝機能不全、腹水や食道静脈瘤といった種々の肝外合併症が生じるものである(認定事実(4)ア(イ)のほか、乙A4〔2頁〕、3
2〔16頁〕
、38〔13~18頁〕。基本合意や基本合意(その2)

、特

措法においても、このような肝硬変に至ることによる種々にわたる相違を踏まえて、発症後20年が経過した場合にも、和解金の額を区別した上で和解金の支払の対象としていることがうかがわれる(前提事実(2)参照)。
このように、肝硬変と慢性肝炎は法的評価として明確に異なるものと評価することができるのであって、F0からF1、F1からF2への進展によ
る相違とは区別されるべき相違があるものといわざるを得ない。
したがって、原告らの上記主張は採用することができない。

原告らは、HBe抗原陰性慢性肝炎を発症した場合でも、症例によって、線維化が進展するかどうか、進展するとして、いつ、どのように進展する
のかが異なり、医学的に予測・予見することが困難であると主張する。しかし、質的に異なる損害というためには、前後の損害の内容を比較して法的にみて別個の損害と評価できる程度の相違があることを要するのであって、ある損害が発生した時点で後に他の損害が発生するかどうかを予測・予見することができないというのみで、直ちに上記のような相違があ
るとはいえない。この点は、最高裁令和3年判決も、セロコンバージョンにより非活動性キャリアとなった後に発症するHBe抗原陰性慢性肝炎につき、慢性B型肝炎の病態の中でもより進行した特異なものであることを指摘した上で、HBe抗原陽性慢性肝炎とは質的に異なる損害であることを認めたものであり、単に事前の予測・予見の可能性の点のみで質的に異
なる損害の発生を認めたものとは解されない。
したがって、原告らの上記主張は、本件の判断を左右するに足りない。エ
その他、原告らは、上記(4)ないし(6)において指摘した医学的知見について種々の主張をするが、これらを踏まえても原告らにつき質的に異なる損害が生じたものとは認められないことは、原告869及び原告966につき個別に指摘したとおりであって、原告らの主張する諸点は、いずれも上記判断を左右するものではない。

(8)小括
以上によれば、原告らの損害賠償請求権は、本件訴訟の提起時点において、いずれも除斥期間の経過により消滅していたというべきである。
4
結論
よって、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
札幌地方裁判所民事第5部

裁判長裁判官

瀬孝
裁判官

宇野直紀
裁判官

佐藤克

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