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損害賠償請求事件
事件番号令和2(オ)1413
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日令和4年3月22日
法廷名最高裁判所第三小法廷
裁判種別決定
結果棄却
原審裁判所名広島高等裁判所
原審事件番号令和1(ネ)365
原審裁判年月日令和2年9月16日
判示事項立法不作為の違法を理由とする国家賠償請求訴訟において,民法750条及び戸籍法74条1号は憲法24条に違反するとの意見が付された事例
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-03-22
情報公開日2022-03-26 04:00:04
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令和2年(オ)第1413号
令和4年3月22日

損害賠償請求事件

第三小法廷決定
主文
本件上告を棄却する
上告費用は上告人の負担とする。
理由
民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ,本件上告の理由は,違憲及び理由の不備・食違いをいうが,その実質は単なる法令違反を主張するもの又はその前提を欠くものであって,明らかに上記各項に規定する事由に該当しない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官宇賀克也,同渡

惠理子の各意見がある。

裁判官渡

惠理子の意見は,次のとおりである。

私は,本件上告を棄却すべきであるという結論において多数意見に賛同するものであるが,夫婦同氏制を定める民法750条および戸籍法74条1号の規定(以下本件各規定という。)は憲法24条に違反すると考えるので,以下のとおり意見を述べる。
1
氏は名と一体をなし,氏名は,個人を識別するという重要な機

能を有するとともに,その個人にとっては,個人として尊重される基礎であり,人格の象徴でもある(最高裁昭和58年(オ)第1311号同63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁参照)。また,氏名は,それを用いて生活する年月の経過や経験の積み重ねに伴い,個人の識別機能とともに,個人の人格を表すものとしての意義をさらに深めていく。このように,氏名は,個人がそれまで生きてきた歴史,人生の象徴ともいうべきものであり,婚姻時まで使用してきた従前の氏の変更は,個人の識別機能を喪失させ,また,個人の人格(アイデンティティ)の否定に繋がることから,近年の晩婚化が進む傾向のなかで,氏名は,個人にとっての重要性は極めて高く,個人の尊厳として尊重されるべきものである。憲法24条は,旧憲法下の家制度の束縛から個人を解き放って,婚姻(法律婚)に関しても当事者の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべき趣旨を明らかにしたものであり,これを敷衍すれば,婚姻にあたっても個人の尊厳を最大限に尊重すべきとの価値観に立ち,同条1項は,婚姻(法律婚)の自由を保障しているものと解される。そして,婚姻は多くの個人にとって重要な人生における岐路であり,また,とりわけ法律婚には明らかに事実婚では享受できない法的効果(民法890条等参照)があることに鑑みると,婚姻(法律婚)の自由は,実質的にも保障されるべきものである。
一方,本件各規定は,民法739条1項とあいまって,夫または妻の氏のいずれかを夫婦が称する氏として定めて届け出ることを要求することによって,婚姻をしようとする者に従前の氏を変更するか法律婚を断念するかの二者択一を迫るものであり,婚姻の自由を制約することは明らかである。
以上を踏まえると,その制約に客観的な合理性が認められない限り,本件各規定は,憲法24条1項により保障された婚姻の自由を侵害するものとして同条に違反するものと考える。
2
そこで,本件各規定による上記制約に客観的な合理性が認められるか否かを
検討すると,次の諸点を指摘することができる。
夫婦同氏制の背景にある家族制度の在り方についての価値観や家族観は個人によって大きく異なり得るものであるが,それぞれが観念するこれらの価値観や家族観も尊重に値することはいうまでもない。また,婚姻時の氏の変更により夫婦の氏が同一となることが家族の識別や家族の一体感の醸成に役立ち得ることを私も否定するものではない。しかしながら,婚姻をするために意に反する氏の変更をして個人の識別機能および人格の喪失という不利益を甘受せざるを得ない(または法律婚により享受できる法的効果や利益を断念して事実婚を選ばざるを得ない)個人は本件各規定により現実的かつ看過し難い制約に服することになることに鑑みると,以下のとおり,このような観念としての価値観や家族観がこのような制約を正当化するほどの強い根拠となるとは考え難い。
家族の識別についてみると,事実婚の場合には同一氏による家族の識別機能がないことはいうまでもなく,また,法律婚についてみても,近時,離婚をする者や,外国人と婚姻する者の数は少なくなく,再婚をする者の割合も増加している現状に鑑みると,氏の同一性によっては家族を識別できない場合は既に相当数存在しており,離婚や再婚等が少なかった時代と同様の夫婦同氏制による家族識別機能は原審口頭弁論終結時において既に期待し難くなっていたものと考えられる。また,そもそも,家族の一体感は,間断のない互いの愛情と尊敬によってはじめて醸成,維持され得るものであり,同一氏制度によってのみ達成できるものではない。同一の氏を名乗る家族が必ずしも家族の一体感を持っているわけではなく,また,氏の変更を回避するために事実婚を選んだ(あるいは選ばざるを得なかった)家族の一体感が存在しないまたは低いというものではないことも自明であると思われる。
さらに,同一の氏であることが家族の一体感を醸成することに役立つとしても,そのような家族の一体感が,婚姻に伴い氏の変更を余儀なくされた一方当事者の現実的な不利益(犠牲)によって達成されるべきものとすることは過酷であり,是認し難い。
なお,内閣府が平成30年2月に公表した家族の法制に関する世論調査をみると,現行の夫婦同氏制から選択的夫婦別氏制への法改正を容認する者が42.5%に達しており,30代やそれ以下の世代ではそれぞれ52.5%,50.2%と半数を超え,40代も49.9%にいたっている。さらに,婚姻に際し実際に婚姻相手の氏に変更する者に占める割合が96%であるとされている女性の回答に限ってみれば,40代やそれ以下の世代ではそれぞれ52.1%,54.1%,52.4%と半数を超えている。こうした世論調査の結果は,選択的夫婦別氏制を採用することが,必ずしも各人が持つ夫婦同氏制の背景にある価値観や家族観を否定するものではないことの証左であるとみることもできる。また,このような比較的若い世代の意見の状況に鑑みれば,家族制度の維持という名のもとでの制約が彼らの世代の将来にとって足かせとならないようにすべきものと思われる。親の氏を考えるにあたっては子の福祉も最大限に尊重される必要があり,夫婦別氏を認める場合に両親が異なる氏であることによって生じ得る子への悪影響を可能な限り軽減すべきことはいうまでもない。
しかしながら,事実婚の場合のほか,法律婚についても離婚や再婚,外国人との婚姻などによって子の氏が親の氏と一致しない事態が既に生じていることは先に述べたとおりであり,また,夫婦同氏制を採用するか否かにかかわらず過去から存在する非嫡出子の氏の問題は,法律において相応の手当てが行われている(民法790条2項参照)。また,親と氏を異にする場合に子が受けるおそれがある不利益は,氏を異にすることに直接起因するというよりは,家族は同氏でなければならないという価値観やこれを前提とする社会慣行等に起因するもののようにも思われる。なお,家族の識別機能や一体感を重視する価値観のもとでは,再婚相手が子の親の氏へ変更しない限り,親の再婚のたびにその再婚相手の氏に変更すべきということになるが,既に自意識が芽生えた子にとっては,実親とのつながりやそれまでの人生や人格を否定されたという意識をもつことにも繋がりかねないことも懸念される。したがって,子の福祉のみをもって夫婦同氏を要求する本件各規定に客観的な合理性があるということはできず,むしろ,これらの子への配慮も踏まえた具体的な検討を重ねることが国会に期待されていると考えられる。
婚姻前の氏の通称としての使用(以下通称使用という。)が認められることによって夫婦同氏(婚姻に伴う氏の変更)を強制する制約の程度は軽減されているとはいえるものの,かえって,通称を使用する個人と戸籍上の個人の同一性をどのように確認するかなど,識別機能の観点から新たな問題を生じていることが指摘されている。また,通称使用を認めることによって解決する問題もある一方で,金融機関との取引や医療機関における同意・承諾など,通称が戸籍上の氏名に完全に代替するものではないことも指摘されている。したがって,通称使用が認められることで,本件各規定による制約が正当化されるとは考え難い。
なお,個人が婚姻相手の氏に変更するとしても,選択的夫婦別氏制により選択の機会が与えられたうえで,個人がその意思で婚姻相手の氏への変更を選択したものであるか,夫婦同氏制により氏の変更が事実上余儀なくされた結果であるかには大きな違いがあり,その個人の意思決定がその後の生き方にも影響を与えることに鑑みると,このような選択の機会を与えることこそ,個人の尊厳の尊重であると考える。
3
以上によれば,婚姻の自由に対する本件各規定による制約には客観的な合理
性があるとは認め難く,したがって,本件各規定は,婚姻の自由を侵害するものとして憲法24条に違反するというべきである。
もっとも,本件は,上告人が,本件各規定を改廃する立法措置をとらないという立法不作為の違法を理由に,被上告人に対し,国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求める事案であるところ,本件各規定については,これまで当審により憲法24条に違反するものではない旨の判断が示されていること(最高裁平成26年(オ)第1023号同27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2586頁,最高裁令和2年(ク)第102号同3年6月23日大法廷決定・裁判集民事266号登載予定等)などを考慮すると,国会議員が,本件各規定が憲法24条に違反するものであることが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠るなど,その職務上の法的義務に違反したとまでいうことはできない。そうすると,本件において,上記の立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものとはいうことができず,上告人の請求には理由がないといわざるを得ない。したがって,上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断は結論において是認することができるから,本件上告を棄却すべきであると考える。裁判官宇賀克也の意見は,次のとおりである。
私は,民法750条及び戸籍法74条1号が憲法24条に違反するという点において,渡

惠理子裁判官に同調するものであるが,その理由については,最高裁令
和2年(ク)第102号同3年6月23日大法廷決定・裁判集民事266号登載予定における宮崎裕子裁判官との共同反対意見で述べたとおりである。(裁判長裁判官
長嶺安政


裁判官

道晴

裁判官

戸倉三郎

惠理子)
裁判官

宇賀克也

裁判官

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