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業務上横領被告事件
事件番号令和3(う)852
事件名業務上横領被告事件
裁判年月日令和4年3月1日
法廷名東京高等裁判所
結果破棄自判
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-03-01
情報公開日2022-03-17 04:00:10
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令和4年3月1日宣告

東京高等裁判所第10刑事部判決

令和3年(う)第852号
主文
原判決を破棄する
被告人甲を懲役2年10月に、被告人乙を懲役1年8月に処する。被告人甲に対し、原審における未決勾留日数中130日をその刑に算入する。
被告人乙に対し、この裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する。


第1


事案の概要及び本件控訴の理由について

1
事案の概要
本件に関する東京地裁の原判決は、有限会社Aの代表取締役として会社の業務全般を統括していた被告人甲及び同社の従業員として売上金の管理等の業務
に従事していた被告人乙が、同社の従業員であったBと共謀の上、平成29年8月5日頃から令和元年8月20日頃までの間、19回にわたり、同社事務所において、業務上預かり保管中の売上金のうち合計3359万4251円を着服して横領したという犯罪事実を認定し、被告人甲を懲役3年6月、被告人乙を懲役2年6月に、それぞれ処し、被告人乙については5年間その刑の執行を
猶予した。
2
本件控訴の理由


被告人甲について


被告人甲は、不法領得の意思がなく無罪であるから、原判決には事実誤認がある。




原判決の量刑は重過ぎて不当である。
被告人乙について
1
被告人乙には、横領の犯意がなく、被告人甲との間で共謀も成立しないから、原判決には事実誤認がある。
第2

事実誤認の主張について

1
原判決の認定

原判決が、第1の1の事実を認定した理由の概要は以下のとおりである。⑴

関係証拠上容易に認められる前提事実

有限会社Aでは、F及び被告人甲の両者が代表取締役であり、被告人甲は主に商品企画、営業及び広告宣伝等の対外的な業務を、Fは、経理、資金繰り及び税務申告等の財務関係業務を担当していた。Fは、同社の実質
的なオーナーであり、被告人甲は雇われ社長というべき地位にあった。被告人乙は同社直営店のゼネラルマネージャーを務め、Bは、同社の経理事務等を担当していた。
以下、有限会社AをA社という。

被告人甲は、遅くとも平成21年11月頃から直営店の売上金の一部を取り分けるなどして手元に留保していた。具体的には、
ストック
ST
などと呼ばれる、次の一連の作業によっていた(作業を行うことはストックするSTするなどと呼ばれていた)



被告人乙が、自ら又は店長Hに指示して売上計上しないことを決めた売上伝票及び売上金を封筒に入れ、被告人乙が、この封筒を本社事務
所にある被告人乙が管理する金庫に収納して保管する。
以下、この売上計上しないことを決めた売上伝票及び売上金を入れた封筒をST封筒という。


被告人甲は、年4回のセール期間に概ね合わせて、Bに指示して、上記の被告人乙が管理する金庫に保管されている概ね半年分のST封筒
を、執務に使用しているa号室まで持参させ、Bに手伝わせながら、在中の売上伝票を書き換え、書換え後の売上金額に相当する現金を別の封2
筒にまとめて収納する。
以下、この書換え後の売上金額相当の現金の入った封筒をST戻し封筒という。被告人甲は、ST戻し封筒に入れなかった残りの現金を、a号室内の貯金箱や寝室にある机の引出しの中に入れ、その後、引出しの中の現金を、寝室内のジュラルミンケースや金庫の中に入れて保管する。
このように被告人甲が現金を取り分けて手元に留保する行為が本件犯罪事実の各行為であり、以下、これをST分けという。


被告人甲は、Bに指示するなどして、ST戻し封筒を上記の金庫に収納させる。被告人乙は、書換え後の売上伝票の内容に合わせて新たな売上伝票を作成し、売上げが悪い日等に当該伝票記載の売上げがあったかのように装って計上する。


Bは、被告人乙や被告人甲に対して、上記の金庫からST封筒を持ち出す際や金庫にST戻し封筒を収納する際に、メッセージで送信して報告す
るなどしていた。被告人乙も、BがST封筒やST戻し封筒を運搬するに際して被告人甲に報告したり、被告人甲も、Bに渡したST戻し封筒の写真をメッセージ送信したりしていた。

被告人甲、被告人乙及びBは、前記イのストックの一連の作業についてFに説明したことはなかった。



被告人甲の不法領得の意思、横領行為について

ストックは、販売された商品の一部を当日の売上げとして計上せず、別の日に半値程度で売れたこととして売上計上し、差額分の売上金は被告人甲が保管しておくというもので、本来の経理処理とかい離しており、会計及び税務の両面において大きな問題がある。ストックにより被告人甲のも
とで取り分けられ、保管されていた現金は、帳簿上も、現実の占有においても、会社の正規の管理から離れて、被告人甲の個人的な支配下に置かれ3
るのであるから、会社の不利益であり、会社の意思に反することは明らかである。被告人甲は代表取締役の地位にはあるが、いわば雇われ社長であり、会社を独断で全面的に支配する立場ではない上、財務、経理の担当ではなかったから、被告人甲の意思を会社の意思とみなす余地はなく、その権限はない。被告人甲がこの行為に関し違法性の認識を有していたことも明らかである。

ST分けによる現金が保管されていた寝室は、被告人甲が所持する鍵が設置され、被告人甲が使用するベッド、マッサージチェアが置かれ、着替えや私物が保管されており、被告人甲が宿泊したり女性を連れ込むなど私
的に使用していたことが認められ、被告人甲が他の従業員の目を気にせず、独占的に支配する私的な個室であった。会社財産管理の担当者ではない被告人甲が、そのような場所で現金を保管していたことは、被告人甲がST分けによる現金を私的な財産として蓄財する意図であったことを推認させる。

また、捜索差押えにより現金合計2億0040万5253円がa号室の寝室から発見されているところ、被告人甲は自己資金がSTした現金と混ざっていて厳密に区別できないと供述しており、現金全体についての収支等の記録もうかがわれない。巨額の現金を、自己資金と混和させ、ずさんな態様で保管していたことは、被告人甲が、ST分けによる現金
を、自己資金と一体のものと扱い、私的な財産として蓄財したことを強く推認させるものといえる。
また、被告人甲は、STした現金や自己資金と混和した現金から、私的な使途等のために自らの判断で自由に支出、費消しており、STした現金を私的な財産と考えていたことが強く推認できる。


被告人甲は、Fに対し、一度もストックについて説明したことはなく、実際の売上額等につき虚偽の説明をしていたとうかがわれ、ストックにつ4
いて、積極的に、意図的に隠していたと推認できる。このことは、ストックの違法性が強く、Fから了承される見込みがないほど、その意思に反することを認識していたことを推認させるものであり、ストックが会社の利益のためなどではなく、私的な蓄財や費消の目的であったことを裏付けるものといえる。

以上のとおり、被告人甲におけるストックの目的が、被告人甲の私的な蓄財であったことを推認させる事情が多く認められ、その推認力は極めて強い。
被告人甲は、ブランドイメージを維持するため昨年と比べて緩やかに成
長するという目標に沿い、かつ、将来の業績悪化に備えた昨対比対策・売上調整のために行ったと供述し、ストックがそのような機能を持った可能性は一概には否定できないが、売上金が巨額になるまで貯め込まれていることなどから、付随的であり、Fや税務当局に発覚せずに簿外資産により経理処理を行うことは困難と考えられることから、業績悪
化への備えという目的はそもそも不自然、不合理であって、いずれにせよ、私的な蓄財目的であった旨の推認に疑いを容れるものとはいえない。オ
したがって、被告人甲において、ST分けは、専ら会社の利益のために行ったものではなく、不法領得の意思をもってしたものであることを、合理的な疑いを超えて認定できる。また、上記のST分けの性質に加え、そ
の目的も考慮すれば、これが不法領得の意思の発現として横領行為に該当することも認定できる。


被告人乙の犯意、共謀について

被告人乙の役割・認識


被告人乙は、a号室におけるST分けの現場に立ち会ったことはなく、ストックされた現金の具体的な行き先等について被告人甲から説明されたことをうかがわせる証拠もないが、被告人乙は、直営店の責任者5
として自らの判断で、売上の中からストックを作成してノートに詳細に記載するなどし、ST分けの後は、ST戻し封筒を受け取り、書換後の売上計上の差額をノートに記載するなどの作業を行っていること、被告人甲らからストックして売上計上しない取引の目標を設定され、高額な年間目標等の総額を被告人甲やBと共有して具体的に認識していることからすると、被告人乙において、ST分けされた現金に相当する多額の現金が被告人甲の下で取り分けられ、貯められていることを認識していたと推認される。


被告人乙は、ストックの目的は昨対比対策と聞いていた、ストックした現金は、被告人甲が在庫処理などをして適切に処理していると思っていた旨供述するが、ストックした現金がAコアの在庫処理で解消した実例を供述しておらず、具体的な裏付けも欠いている上、多額の売上げが全て在庫処理によって解消されることは、在庫処理の性質及び内容に照らして考えにくい。被告人乙の前記供述は信用できない。


ストック、STへの報酬の認識


関係証拠によれば、被告人乙は、被告人甲から、ストックした現金の1割に相当する額を基準とする額の現金について、ストックに協力した報酬として供与を受けていたと認められる。


また、現金の授受に際し、被告人甲と被告人乙との間では、STやストックという被告人らの間でのみ通用する特殊な用語を使用したメッセージをやりとりしている。



以上の事情は、被告人乙において、被告人甲から供与される現金の原資が甲の下に貯められている売上計上されなかった現金であることや、供与された現金の趣旨が被告人甲がSTに協力していることに対する報
酬であることを認識していたことを推認させる。

ストック・STの隠ぺい、違法性の認識
6


被告人甲は、ストックについて、Fに対し、説明したことはない上、意図的、積極的に隠していたと認められる。また、被告人甲は、被告人乙に対し、Fにストックを作っていることを明らかにしないよう指示していたと認められる。被告人乙は、FがA社の財務等を担当し、実質的
な支配者であることは認識しており、これらの事情は、被告人乙は、ストックを作ることが被告人甲の独断に基づくもので、会社の実質的支配者の意思に反することも認識していたことを推認させる。


被告人乙は、Fから上記のノートを隠していたことが認められ、ひいては、ストックを隠していたことを推認させる。



被告人乙が担当していた部分のみを取り上げても、売上げの一部を意図的に計上しないという異常な行為であること、被告人乙が、STした現金が被告人甲の下で貯められており、そこから報酬が供与されていたと認識していたこと、被告人乙が、ストックがFの意思に反していることを認識し、自らもFにストックを隠していたことを考慮すると、被
告人乙は、STした現金は、Fの意思に反して、被告人甲の下で私的に蓄財されており、ストックは違法であることを認識していたと推認できる。
被告人乙はストックが問題ないと思っていた、Fがストックを知らなかったかどうかはわからないなどと供述するが、これらの供述は信用で
きない。

以上から、被告人乙は、犯罪事実の各犯行について、ストックの目的を認識し、横領の犯意を被告人甲と通じ合ったものであり、横領の共謀及び故意も認定できる。

2
被告人甲の主張についての当裁判所の判断


当裁判所の判断
被告人甲に関する前記1⑵の原判決の判断は、論理則、経験則等に照らし7
て不合理とはいえず、事実誤認はないものといえる。被告人甲が、売上金の一部をa号室の寝室で私的財産と混和させて保管していたことは、会社財産を不法に領得する行為に外ならぬ着服による結果と評価できる。
なお、原判決は、捜査の過程においてBと捜査機関との間で証拠収集等への協力及び訴追に関する合意がなされていることから、Bの供述のうち、客観的な裏付けを欠き、争われている部分については信用性判断において相当慎重な姿勢で臨む必要があると述べているが、このような考え方に基づく証拠評価を含め支持することができるものである。


控訴の趣意

控訴の趣意の概要は次のようなものである。

不正確な経理処理が、会社の意思に反することは明らかであるとまではいえない。業務執行の権限を有する代表取締役が、客観的には不利益と思える判断をそうとは認識せずにすることはあり得る。
被告人甲は、税務や会計などに全く関与してこなかったのであるから、
自身の行為につき、税法上の違法性を認識していなかった。税理士から売上計上漏れや売上除外をしないよう注意を受けたと被告人甲に伝えたというFの原審証言は信用性に欠ける上、仮にそうであっても、被告人甲にとっては従業員が売上げをごまかさないように注意せよとの指示を受けたとしか理解できなかった。


a号室の寝室は、会社が契約した会社の事務所の一室であり、全くプライベートの空間とは異なる。横領した金を会社の施設において保管するのは不合理である。私的領域とは言い難い場所において会社財産と私的財産を混和させていることや、被告人甲が私的な支出も寝室において行っていたことなどからすると、私的蓄財とはいい難い。

被告人甲は、帳票の整理が不得手ながら、自分なりに整理を行っていた。自身の着服のためにSTをしていたのであれば、被告人乙に指示して記8
録を事細かに残すことはなかったはずである。

被告人が、個人的な貸付けや家族への送金等で使用した現金は、持ち込んだ自己資金の範囲内のものである。従業員への士気を高めるための支出は会社のための支出であり、経費として計上しなかったのもSTが簿外で
あったからである。

原判決は、会社経営は順調であったからSTの必要はなかったなどと指摘するが、STの主要の目的が昨対比対策、売上調整であるという被告人甲の供述は信用でき、簿外に蓄えられた金銭はいわばその副産物にあたるものであり、売上調整が主たる目的だからこそ貯めるがままになっていた
のであるし、危機管理の考え方は様々で簿外の資金を作ったことも不自然ではない。税務や会計の知識を持たない被告人甲は、抜いたお金を戻すことが難しいと思っておらず、客観的にも会社へ戻す方法はあった。FにSTを秘匿していたのは、売上調整をし、ブランドの維持発展のために、営業についてFに口出しされたくないとの思いがあったからであ
る。被告人甲はFから経費支出の額につき、少し抑えるように言われたことがあったことから、会社の経理上の経費支出を抑えるためには、STから支出を行う必要があった。


控訴の趣意に対する判断
しかし、前記⑵の各主張は、次のとおり、いずれも採用することはできな
い。

被告人甲は、FとともにA社の代表取締役を務めていたが、その担当権限は商品企画、営業等に限られており、A社の実質的オーナーであり、経理、税務等を統括するもう一人の代表取締役であるFに何ら相談することなく、売上げの一部を除外することが自己の権限を越える行為であると認
識していたことは明らかである。
また、売上げの一部を除外することが会社の税法違反につながることは9
誰の目にも明らかであって、それは、Fから注意されるまでもないことであり、その違法性に思いが至らなかったというのは到底信じ難く、前記⑵アの主張は採用できない。

a号室の寝室が、その支配する私的な個室であったとの原判決の評価は、その指摘する関係証拠に基づく事実関係を考慮すれば、相当であり、前記⑵イの主張は前提において採用できない。
被告人甲は、私的領域に会社財産を持ち込んだだけではなく、さらにその場所で私的財産を会社財産と混和させ、手元にある会社財産の額すら正確にわからなくなっていたのであるから、それらの金を実際には会社
財産として保管していたのではないことは明らかである。
また、被告人乙に指示して記録させていたというノートは、STをしていない商品の商品名、色、サイズ、購入額等も記載されていて、被告人乙や従業員らにより、売上目標やストックの目標を達成するために役立てられていたものであり、そもそもFの目に触れることを予定していな
いものであるから、このノートがあったからといって、会社財産を私していないという疑いは生じない。

被告人甲が、個人的な貸付けや家族への送金等で使用した現金が持ち込んだ自己資金の範囲内のものであるというのは、上記のとおり会社財産と私的な財産とを私的領域において保管し、これらを明確に区分けして認識
していなかったと認められることを考えると、結果論にすぎない。従業員への臨時ボーナスも、A社内部においてはFの関与なくそのような行為を行う権限を有していたとは認められず、本来会社財産であるはずの金銭を、会社の処理によらず、自己の財産のように処分しているものといえる。エ
被告人甲は、原審公判廷において、Fから口出しされずに経営するため、Fとの間で決めた売上目標を達成し続ける必要があり、このために売上調整をする必要があったとも供述しており、STをFに明らかにしていなか10

ったことや、上記のとおりST分けされた現金を個人資産と区別できない状態で保管していたことをも考え合わせると、これら一連の作業はそもそも被告人甲個人の目的によるものであることを裏付けているといえる。売上高が昨年比で減少している年もあることや、そのような事態に陥っても、ストックを続け、蓄財が増え続けていることからすると、被告人甲の行為がA社のために行われていたとの主張はなおさら採用できない。
Fは、被告人甲に対し、年間2000万円から3000万円程度を経費として費消することを認めていたが、あまり多い場合には抑えるように被告人甲に言うことがあったところ、被告人甲は、会社の経理上の経費
支出を抑えるために、経費をSTから支出したことがあるなどと述べるが、その一存で会社の経費として処理しない費用に充てることのできる財産を留保していること自体、私的蓄財と評価できるものであるし、実際、被告人甲が会社の資産として計上されることのない高額な品を購入したりしていたことをも考えると、原判決の認定に疑問を生じさせると
ころはない。

弁護人のその余の主張も採用できず、原判決の事実誤認の主張には理由がない。

3
被告人乙の主張についての当裁判所の判断


当裁判所の判断

被告人乙に関する前記1⑶の原判決の判断は、概ね論理則、経験則等に照らして不合理な点はないところ、以下のとおり、被告人乙は、被告人甲がST分けされた売上げ分を着服していたことについて、少なくとも未必的な認識を有しており、それに基づく共謀が認定できるものと判断できるから、原判決の認定に事実誤認があるとはいえない。


原判決が前記1⑶ア①(5頁)で指摘するとおり、被告人乙が、その直接関わった前記1⑴イ①・③(2頁)の作業内容等から、売上金の一部が11

除外されており、除外された金額が、態様までは分からないものの、被告人甲の責任において保管されていたことを確定的に認識していたことを認めることができる。

また、被告人乙は、平成29年頃にA社に税務職員が来た際に、Hに前記1⑶ア①で触れたノートの保管場所を変更するよう指示したと述べており、自己の作業が税務当局に発覚してはならないものであることを理解していたものと認められる。


被告人乙は、被告人甲からストックについてFに話さないよう指示を受けていたと述べているが、これに関する被告人乙の供述には、被告人甲か
ら俺の方から話しておくから言わなくていいと言われたという部分や、Fがストックについて承知しているかは分からないという部分もあるが、被告人甲がFに伝えていないことを前提とする弁護人からの質問に対して、その前提を否定せずに答えを続けている部分もある。このような被告人乙の供述状況や、被告人乙がストックの性質を前記イのとおり理解していた
ことに加え、上記のとおり被告人乙が直接Fに話さないよう言われていたことからすると、被告人甲がその意思でFに対する情報提供をコントロールしていることは明らかであり、肝心なことは秘している可能性も十分あるという認識であったと認められる。

被告人乙は、正規の給料とは別に被告人甲から臨時ボーナスをもらっているところ、その額は、被告人甲が本来の私財から拠出するような額に留まっていないことや、また、ボーナスに関わるメッセージのやりとりから、それが上記作業に対する報酬であることや、その原資が計上しなかった売上げにかかる現金であろうことを理解していたと認められる。


被告人乙は、その供述から、Fについて、A社の財務を統括する立場にある者と認識していたものと認められ、前記イのとおりそれが対税務当局において発覚してはならない性質の作業を含むにもかかわらず、前記ウの12

とおり、被告人甲がそのFに対する情報提供をコントロールしていたという認識であったこと、そして、前記アのとおり除外された金額が被告人甲の責任において保管されていたことを認識し、前記エのとおり、その中からボーナスを受け取っている可能性を認識していたことを考え合わせれば、被告人乙としても、本件各横領事実に至るまでの長期間にわたる作業を通じて、被告人甲が除外された売上金を会社財産から切り離し、その私的財産としていた可能性を認識していたものと認められる。

もっとも、被告人乙は、上記のとおり、ST分けの作業には直接タッチしていたわけではなく、実際にST分けされた金銭がどのように被告人甲
によって保管、使用されていたかという具体的な態様までの認識はなかったことから、被告人甲による着服の認識については、未必的な認識にとどまっていたという疑いがないとはいえない。

被告人乙が、このような認識の下、その一連の作業に従事していたことから、その故意及び被告人甲らとの共謀が認定できることは明らかである。
ストックは昨対比対策であると聞いており、ストックした現金は被告人甲が在庫処理などを通じて適切に処理していると思っていた、という被告人乙の原審における供述は信用できない。


控訴の趣意
控訴の趣意の概要は以下のようなものである。


原判決がSTを横領行為だと認定した事情は被告人甲の認識を基にしたものであって、被告人乙には当てはまらず、原判決が示す情況証拠は、被告人乙に横領の犯意がなく、被告人甲との間で横領の共謀がなかったとしても説明可能なものである。


被告人乙は、被告人甲からSTについて昨対比対策などと聞かされていたが、STしたしないにかかわらず、売上げの会計処理について一切かかわっておらず、全く情報すらなかった。a号室の寝室にほとんど入ったこ13

ともなく、STした現金が被告人甲のもとに保管されているのかも知らされていなかったし、それを被告人甲がどのように使っているかも知らなかった。

被告人乙は、被告人甲が会社を全面的に支配する人物であると思っていた。
被告人乙は、STについて被告人甲がFに知らせていたかとか、Fとどのようなやりとりをしていたかは知らない。


原判決はSTした現金が在庫処理などをして適切に処理していると思ったとの被告人乙の供述が信用できないなどとして、被告人甲の下で貯めら
れていたことを十分に理解しているとするが、被告人乙のいう在庫処理とはA社全体における在庫処理であり、原判決の指摘は正しくない。オ
被告人乙は、被告人甲からの臨時ボーナスについて、計算根拠も伝えられておらず、それがSTの1割と認識していなかった。臨時ボーナスは、コア店舗で目標を上回る売上げに対する報酬として始まったものであり、
STを貯めることは、被告人甲から示された売上目標を大きく達成できたことを意味するのであるから、目標を上回る売上げ達成の対価として、社長個人から与えられたものと考えていた。


控訴の趣意に対する判断
しかし、前記⑵の各主張は、次のとおり、いずれも採用できない。

前記⑴イ~オに述べたような事情からすれば、被告人乙が、被告人甲は会社財産を社内において売上げから除外して留保しているにすぎないと信じ込んでいたという疑いは残らない。そして、被告人乙は、売上計上しない現金を選り分けるなどして管理する金庫に収納した後、ST戻し封筒内の売上伝票に合わせて、虚偽の日の売上げとして計上する作業等を行って
いるところ、ST分けつまり横領の実行行為そのものに及んでいるわけではないが、被告人乙には、前記⑴のとおり被告人甲による着服について少14

なくとも未必的な認識があった上で、上記のような自己の作業を行ったと認められる以上、横領の犯意及び被告人甲との共謀の認定にも問題はない。したがって、前記⑵ア~エの各主張は採用できない。イ
被告人甲が、STした現金の1割に相当する額を基準とする額の現金を被告人乙に対して供与しているところ、たしかに、被告人乙がその計算根拠までをも把握していたとまで断定することはできない。しかし、正規の給料とは別に、経理関係業務を担当しているわけではない被告人甲から臨時ボーナスをもらっていること、しかもその額は、被告人甲が本来の私財から拠出するような額に留まらないこと、その際、

明日、ST1月~9月までの分渡します

STは月曜日渡します

ストック、ありがとうございました

などのやりとりが被告人甲と被告人乙の間でなされていることなどからすると、被告人乙は、被告人甲からの上記臨時ボーナスが、上記作業に対する報酬であることや、その原資が計上しなかった売上げにかかる現金であろうことを理解していたと認められる。したがって、前記⑵
オの主張も採用できない。

以上及び前記⑴で述べたところから、本件をめぐる各事情を総合した事態は、被告人乙が、売上から除外された現金を被告人甲が着服していることを少なくとも未必的に認識していないとすれば説明できないものであって、弁護人の主張は採用できない。

第3
1
量刑不当の主張について
被告人甲の量刑判断について、原判決は、本件は会社の中心人物が協力して犯行に及んだものであること、手口は極めて巧妙で計画的であること、本件だけでも約2年の間に19回と多数回にわたり犯行を繰り返している上、常習性も高いこと、被害額も合計約3360万円と多額であることなどから、犯行態
様が悪質で結果も重い事案であるとした。
そして、a号室の寝室で発見された約2億円の現金がA社に還付されたこと15

が認められるが、被告人甲がその中には自らの役員報酬やBの給与が含まれているなどと主張していることもあり、A社が上記約2億円を会社財産として処分できずにいることや、その還付は被告人甲が費消する前に捜査機関が押収した結果によるものにすぎないことから、被害弁償や示談成立とは同視できず、過度に有利に斟酌することはできないとした。
その上で、被告人甲は本件犯行の首謀者であり、責任は最も重いとした上で、不合理な弁解に終始して反省の態度がないことの他、前科前歴がないこと、代表取締役としてA社に貢献してきたこと等の事情を考慮し、被告人を懲役3年6月に処するのが相当と判断した。

2
控訴の趣意は、次のようなものである。


被告人甲は、令和2年4月27日に1億8940万円余りの金額につき、会社に帰属するべきものである旨を通知しており、税法上の処理方法が検討中であるとしても、処分できずにいるという認定は誤っており、弁償と同視されるべきである。



被告人甲は、代表取締役として当然有しておくべき知識を有していなかったことや、FにSTについて伝えなかったこと、STの方法が間違っていたこと等を反省している。



被告人甲は逮捕されると同時に、大々的に実名報道され、会社からは代表取締役を解任されるなど、社会的制裁を受けている、として原判決の量刑は
重すぎて不当であると主張する。
3
関係証拠によれば、本件においては、被告人甲が着服横領し、蓄えていた財産が、捜査機関によって押収され、A社に還付されており、被告人甲が、令和2年4月27日に、約2億0041万円の還付金のうち約1億8941万円の金額はA社に帰属するべきものであると通知していることが認められる。約1
億8941万円を超える部分の帰属を含め、会計処理において問題の余地があるとしても、量刑における判断上は、起訴された額を超える金額がA社に回復16

されたに近い事情と考えるべきである。原判決の指摘するとおりそれが捜査機関による押収の帰結であるとしても、この事情は、財産犯である本件においては、その責任非難を軽減させる要因として十分に考慮すべきであって、被告人甲を懲役3年6月に処した原判決の量刑はこの点のしんしゃくがやや不十分といわざるをえない。
もっとも、前記第2の2で述べてきたところからすると、前記第3の2②の主張は採用できず、③の指摘も一般情状にとどまり考慮するにも限度があることを踏まえると、その他の原判決の量刑事情の指摘は相当である。以上のほか、原判決後に被告人らがA社に対し6300万円の被害弁償を約
し、被害者が被告人らを宥恕する旨の示談が成立したことを総合考慮し、同種事案の量刑傾向等を参照すると、被告人の刑期は懲役2年10月とするのが相当であると判断される。
4
なお、これらを踏まえて被告人乙の量刑についても職権で判断すると、被告人乙の故意は、前記第2の3のとおり未必的なものにとどまっていた疑いが残
る上、上記の被害回復が十分に考慮されていない点は被告人甲に対する判断と共通である。ストックの作業のうちST分け以外の重要部分を担当して不可欠な役割を果たしたものではあるが、これらを前提とし、さらに、被告人乙が被告人甲に従属する立場にあり、得た利益も被告人甲と比べて多額とはいえないことを考えると、被告人乙を懲役2年6月、執行猶予5年とした原判決の量刑
についても、やや重きにすぎるといわざるをえず、以上のほか、上記のとおり示談が成立したことを考慮し、懲役1年8月に処した上で、その執行を4年間猶予するのが相当であると判断される。
第4

破棄自判
よって、刑訴法397条1項、381条により原判決を破棄し、本件は刑訴
法400条ただし書により直ちに当裁判所において判決をすることができると認められるから、更に、次の2の証拠により1の罪となるべき事実を認め、317

のとおり法令を適用して、主文のとおり判決する。
1
罪となるべき事実
原判決の犯罪事実欄及び別表記載のとおり

2
証拠の標目

原判決の証拠の標目欄記載のとおり
3
法令の適用


構成要件及び法定刑を示す規定の適用
被告人両名について、前記1の別表の番号1・2、番号3~8、番号9~14、及び、番号15~19は、それぞれ包括して刑法60条、253条に
該当する。


併合罪の加重
被告人両名について、前記⑴の各罪は刑法45条前段の併合罪であるから、刑法47条本文、10条により、犯情の最も重い別表番号9~14の罪の刑に法定の加重をする。



宣告刑の決定
前記⑵の処理をした刑期の範囲内で、被告人甲を懲役2年10月に、被告人乙を懲役1年8月に処する。



未決勾留日数の算入(被告人甲)
被告人甲に対して、刑法21条を適用して、原審における未決勾留日数中
130日をその刑に算入する。


刑の執行猶予(被告人乙)
被告人乙に対して、刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。


訴訟費用の不負担
原審における訴訟費用は、刑事訴訟法181条1項ただし書により、被告人両名に負担させない。
18

令和4年3月1日
東京高等裁判所第10刑事部

裁判長裁判官

細田啓介
裁判官

駒田秀和
裁判官

堀田佐紀
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