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損害賠償請求事件
事件番号令和2(ワ)30327
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日令和4年1月27日
法廷名東京地方裁判所
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-01-27
情報公開日2022-03-10 04:00:20
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令和4年1月27日判決言渡

同日原本領収

本訴・令和2年(ワ)第30327号
反訴・令和3年(ワ)第2292号
口頭弁論終結日

裁判所書記官

損害賠償請求事件
診療報酬等請求反訴事件

令和3年12月2日
判1決主文
被告は,原告に対し,299万2390円及びこれに対する平成29年12月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
23
原告のその余の本訴請求及び被告の反訴請求をいずれも棄却する。訴訟費用はこれを5分し,その4を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。

4
この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由

第1
請求

1
本訴
被告は,原告に対し,1852万3908合による金員を支払え。
2
反訴
原告は,被告に対し,116万4358円及びこれに対する令和3年2月6日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。

第2

事案の概要
本訴は,原告が,被告が開設する病院施設において床上の水たまりに足を滑らせて転倒し,左上腕部を骨折したが,この事故が,土地の工作物たる病院施設の設置又は保存の瑕疵によって生じたものであると主張し,被告に対し,不法行為(民法717条1項)による損害賠償請求権に基づき,治療費,通院交
通費,休業損害,入通院慰謝料,後遺障害慰謝料,逸失利益及び弁護士費用合計1852万3908円及びこれに対する上記転倒事故の日である平成29年12月9日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定年5分の割合による金員の支払を求める事案である。
反訴は,被告が,原告が上記のとおり負傷した後,原告との間に診療契約を締結し,治療等の役務の提供を行ったと主張し,診療契約に基づき,診療報酬合計116万4358円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である令和3
年2月6日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正後の民法所定年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1
前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲証拠によって容易に認められる。

当事者

原告は,昭和▲年▲月▲日生まれの女性である。(生年月日について甲7によって認めたほかは,当事者間に争いがない。)


被告は,東京都足立区(以下省略)においてA病院(以下本件病院という。)を運営している医療法人社団である。(当事者間に争いがな
い。)
転倒事故の発生
原告は,平成29年12月9日,健康診断を受診するために本件病院を訪れた際,本件病院4階において転倒し,左上腕骨頚部を骨折した。(以下本件事故という。)(当事者間に争いがない。)

2
争点


本訴

本件事故が,本件病院の設置又は保存の瑕疵によって生じたということができるか。


本件事故によって原告に生じた損害の内容及び金額


本件事故による損害の算定に当たって原告に斟酌するべき過失があったか。⑵

反訴
原告と被告との間に有償の診療契約が成立したか。

第3
1
当事者の主張
本訴
争点

アについて

(原告の主張)

本件事故に至る経緯
原告は,夫の職場に健康診断の結果を提出するために本件病院に赴き,
受付担当からエレベーターを使用して4階に行くように言われ,4階に上がるべくエレベーターを待っていたが,1基しかないエレベーターが1階まで戻って来るのに時間がかかったため,本件病院の屋内階段(以下,単に屋内階段という。)を利用して4階に行くこととした。
原告は,4階にたどり付くと,別紙図面⑯部分に所在した扉を見つけ
たが,それを開けて中に入ってよいか分からなかった。そこで,原告は,1度3階まで下り,3階でエレベーターを探していると,後に原告のリハビリを担当することとなる医師のBに声をかけられた。
原告は,Bに対し,4階の健康診断会場への行き先が分からない旨を告げると,Bは,原告を連れ,屋内階段を上がって4階に行き,別紙図
面⑯部分に所在する扉を開け,別紙図面㉓部分に所在する扉を指差し,原告が別紙図面⑯部分に所在する扉を開けて左折して直進し,別紙図面㉓部分に所在する扉を開けて中に入るまで見送ってくれた(以下,原告が直進した通路状の部分を本件通路という。)。
原告は,別紙図面①で示された室内に設けられた健康診断会場で健康
診断を実施後,3階までエレベーターで移動してレントゲン撮影を受け,4階に戻ることとなったが,エレベーターがなかなか来なかったことから,屋内階段で4階行った。別紙図面⑯部分に所在する扉前には,同扉を開けてよいのか躊躇している男性がいたが,原告は,同男性に,開けていいか迷っていたが,先ほど,医師に案内されて開けて通ってよいと言われたと告げて,同男性とともに,同扉を開けて左折し,別紙図面㉓に所在する扉の方向に向け
て本件通路を歩いていたところ,職員トイレ前付近(別紙図面中青色点線で丸く囲まれた場所付近。以下本件事故現場という。)に存在した水たまりに足を滑らせて転倒した。

以上のとおり,本件通路は健康診断のために訪れた者も通行し得る状態であり,その床材も滑りにくい材質のものではなかったにもかかわらず,水たまりによって滑りやすい状態が生じていたのであるから,本件通路には設置又は保存の瑕疵が存在していたということができる。
被告は,本件通路が屋外の吹きさらしの通路であり,雨が降れば不可避的に水がたまり得る場所になると主張する。しかし,本件事故現場の頭上
には屋根がしっかり設置されており,本件事故現場右側(左右については別紙図面を基準にしたものである。以下同じ。)には防雨壁のようなものが設置され,本件事故現場左側は開放されているものの,本件事故現場からは離れている。このことに加えて,原告が最初に本件通路を通行した際に床面は濡れていなかったことからすれば,上記水たまりは,降雨の影響
によって生じたものではなく,職員が何らかの理由で水をこぼしたことによって生じたものと考えるのが合理的であるし,仮に,上記水たまりが降雨によって生じたものであったとしても,これを放置してよい理由はない。また,被告は,職員が本件通路に水をこぼしても,通常これを取り除く作業をする必要はないとの趣旨の主張をするが,常識に反している。
さらに,被告は,底も浅く,滑りやすい材質であるスリッパを履いた状態で本件病院の職員でもない原告が本件通路を通行することは通常予測しえない事象であり,そのような異常な行動の結果,本件事故が発生したとしても,本件通路が通常有するべき安全性を欠いたということはできないとの趣旨の主張をする。
しかし,原告が本件事故の発生直前に本件通路を通行したのは,その前に被告の職員であるBに案内されていたからであり,スリッパを履いてい
たのは,健康診断のために被告から指示されていたことによるものであり,異常な行動と評価されるべき事情ではない。
(被告の主張)

原告の主張アについて
原告の主張ア

のうち,原告が,健康診断のために本件病院を訪れた

こと,健康診断の会場が本件病院の4階であったこと,受付の担当者がエレベーターを使用するように言ったこと,本件病院のエレベーターが1基しかないこと,原告が本件病院3階でBと話をしたこと,その際,原告が健康診断会場に向かおうとしていたこと,Bが健康診断の会場への行き方を案内したことは認め,その余は不知ないし否認する。
Bは,医師ではなく本件病院の理学療法士であり,原告から健康診断会場への行き方を尋ねられたため,エレベーターを案内したものの,エレベーターが遅くて乗りたくないとの理由で他の方法を教えてほしいとの強い願望を告げられた。そのため,Bは,健康診断の会場へは階段を
通るルートでも行けるが,職員用のスペースとなるため自身が一緒に付き添う旨を伝えた上で,原告と共に屋内階段で4階まで上がった。Bは,原告と共に別紙図面⑯部分に所在する扉を開けて屋外に出ようとした際,健康診断を担当しているCと出会ったことから,原告の会場への案内を引き継ぎ,Cが原告に付き添って会場まで案内したのである。

原告の主張ア

のうち,原告が本件病院4階の健康診断会場で健康診

断を受診したこと,レントゲン撮影が本件病院3階で実施されることとなっていたこと,健康診断受診者がレントゲン撮影後にエレベーターで4階に戻ることとなっていたこと,原告が本件事故現場で転倒したことは認め,その余は不知。被告の職員は,本件事故現場に水たまりが存在した状況を確認していない。

原告の主張イについて
原告の主張イは争う。
本件通路は天井はあるが周囲に壁はない屋外であり,雨風などによって濡れることは通常であり,被告の職員以外の者の通行は禁止されており,被告職員は運動靴を履き,足元に注意して本件通路を歩行することが想定
されている。また,本件通路の構造や材質が法令に抵触しているといったことはなく,本件通路において被告の職員が転倒するといった事故が発生したこともない。
さらに,本件事故現場に水たまりが存在した事実は確認されていないが,本件事故発生日の前日午後9時に2ミリの降雨があったことからすれば,
仮に原告が主張する水たまりが存在したとしても,その水たまりは,職員がこぼしたことによって発生したものではなく,上記降雨の影響によるものと考えられ,屋外にある本件通路上に降雨による水たまりが存在することは通常あり得ることであるから,本件通路の歩行者にはそれを避けて歩行することが要求されるということができる。

以上の事実関係によれば,本件通路の設置又は保存に瑕疵があったということはできない。本件事故は,上記瑕疵によって生じたものではなく,室内で着用することを想定してビジネスホテルの部屋などによく備え付けられている使い捨てのスリッパを履いているにもかかわらず,一般の患者や利用者の立入りが禁止されている屋外スペースであり,本件通路の状況
も十分に理解していた原告が,足元の注視を怠ったという異常行動によって発生したものである。⑵

争点⑴イについて

(原告の主張)

本件事故によって,原告は,左上腕骨頚部骨折の傷害を負い,以下の損害を受けた。


治療費

7770円

原告は,本件事故後,被告から,全責任をもって対応すると言われ,本件病院で治療を受けていたが,令和元年9月3日の通院後,医療費を支払ってくれと告げられ,同日以降,以下の治療費の負担が生じた。
令和元年9月3日

高橋医院

3550円

9月16日

高橋医院

470円

9月21日

770円

9月14日

本件病院

堀整形外科医院

通院交通費

2980円

12万9660円

原告は,本件事故後,令和元年9月3日までの間,治療のために本件病院に通院し,そのために合計12万9660円の交通費を支出した。

休業損害

251万5349円

原告は,本件事故当時,主婦として家事労働に従事していたが,本件事故によって,合計208日の通院,合計35日の入院を余儀なくされ,その間,家事労働を行うことができなかった。平成29年の産業計,企業規模計,学歴計,女性労働者の全年齢平均の賃金額が377万8200円で
あることからすると,上記入通院によって原告に生じた休業損害は,251万5349円(≒377万8200円×243日÷365日)となる。オ
入通院慰謝料

201万円

原告の入通院期間に照らせば,原告が本件事故によって負傷し,入通院を余儀なくされたことに伴う精神的苦痛に対する慰謝料は201万円とするのが相当である。カ

後遺障害慰謝料

550万円

原告は,令和元年9月3日に症状固定となったが,左肩の可動域制限の後遺障害が残存しており,この後遺障害は,自動車損害賠償保障法別表第2等級(以下,単に等級という。)10級10号の1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すものに該当する。
原告は,本件事故によって,上記後遺障害を負い,精神的苦痛を受けたが,この精神的苦痛に対する慰謝料は550万円とするのが相当である。キ
後遺障害逸失利益

667万7138円

原告は,症状固定時,59歳であった。
また,原告に残存した後遺障害の程度に鑑みれば,その労働能力喪失率
は,27%とするのが相当である。
このことを踏まえ,平成30年の産業計,企業規模計,学歴計,女性労働者の全年齢平均の賃金額382万6300円を基礎に算定をすると,本件事故によって生じた原告の逸失利益は667万7138円となる。ク
弁護士費用
原告は,本件事故によって負傷し,原告訴訟代理人弁護士に委任して本件訴えの提起を余儀なくされたが,原告に生じた弁護士費用のうち168万3991円は本件事故と相当因果関係のある損害とするのが相当である。
(被告の主張)

原告の主張アについては,原告が本件事故後,左上腕骨頚部骨折との診断を受けたことは認める。




原告の主張イからクについては争う。
争点⑴ウについて

(被告の主張)
原告が,本件事故発生時,室内で着用することを想定してビジネスホテルの部屋などによく備え付けられている使い捨てのスリッパを履いているにもかかわらず,一般の患者や利用者の立入りが禁止されている屋外スペースである本件通路に進入したことや,本件通路の状況も十分に理解していたことからすれば,仮に,被告に本件事故の発生についての法的責任があるとしても,原告に生じた損害の算定に当たっては相応の過失相殺がされるべきである。

(原告の主張)
争う。
2
反訴(争点⑵)について

(被告の主張)
原告は,被告との間で,平成29年12月9日,本件事故で負傷した左肩等の治療を有償で行うことを内容とする診療契約(以下本件診療契約という。)を締結し,同日から令和元年9月3日までの間,被告から診察,投薬,検査,リハビリテーション等の治療を受けた。
この治療に係る診療報酬は,別紙(未払診療報酬)のとおり合計74万85
58円である。
また,原告は,左上腕骨頚部骨折に対する髄内釘固定術,髄内釘抜去・骨内異物除去術を目的とする入院に際して,被告からの一般病床での療養の提案に対し,個室(特別療養環境室)利用の強い希望があったことから,平成29年12月15日から平成30年1月9日までの24日間,平成30年12月17
日から同月25日までの9日間,1日当たり1万2600円の個室を利用した。したがって,上記各期間に係る差額室料は,前者について30万2400円,後者について11万3400円となる。
原告は,平成29年12月9日に負傷して以降,その責任が被告にあるとして被告に対して金銭の支払を求めていた。

被告は,本件事故の責任はないと考えていたが,原告の要望を拒絶した結果,原告が本件病院内外で騒ぎを起こすことによって業務に支障を来すことを強く懸念していた。また,結果的に,本件病院内で本件事故が発生して原告が負傷したことは残念に思っていた。そのようなことから,被告としては,訴外で円満解決を図ることを目的に,本件事故発生後も,原告の意に沿う形で治療を行い,その医療費の請求を留保するとともに,賠償責任はないと考えているとの見解を伝えた上で,訴外交渉限りの提案として本件病院に係る医療費の支払の
免除という方法による解決を提案していた。
ところが,原告は,本件事故が自らの不注意に起因するものであることや,被告の精いっぱいの対応を顧みることなく,本訴に係る訴えを提起した。そのため,被告は訴訟対応に追われ,本件診療契約に基づき原告から支払を受けるべき診療報酬合計116万4358円の履行を得られていない。

(原告の主張)
原告と被告との間に本件診療契約が成立したとの被告の主張は否認する。被告は,本件事故後,本件病院における設置管理の瑕疵を認め,被告の治療を申し出た。原告は,その申し出に応じて治療を受けていたにすぎず,本件診療契約を締結していない。

また,被告は,原告が入院中に個室の利用を希望したと主張するが否認する。個室の利用は被告からの提案によるものである。
さらに,原告が原告訴訟代理人の就任前に被告に対して金銭を要求したことはないし,被告が原告に対して本件事故に関する賠償責任がないと伝えてきたことや,医療費の支払免除という方法の提案をしてきたのは原告訴訟代理人就
任後のことである。
第4
1
当裁判所の判断
争点

アについて

前提事実に加え,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

原告は,本件事故発生日当日,健康診断を受診するために本件病院を訪れた。(前提事実)原告は,受付担当者から健康診断会場のある4階までエレベーターを利用するよう指示された(当事者間に争いがない。)が,1基しかないエレベーターがなかなか来なかったために,屋内階段を利用して4階まで赴くこととした(甲21【1頁,2頁】,原告本人【1頁,2頁,18頁】)。
原告は,別紙図面⑯部分に所在する扉部分までたどり着き,同扉を開けたが健康診断会場ではなかったことから,3階まで戻ったところで,理学療法士であるBに声を掛けられ,Bと共に4階まで屋内階段で行き,別紙図面⑯部分に所在する扉を開けて本件通路を進行し,別紙図面㉓部分に所在する扉を通って健康診断会場まで赴き,簡易スリッパに履き替え,健康
診断を受診した。(甲21【2頁,3頁】,乙2,乙6【1頁,2頁】,証人B【1頁,4頁から8頁】,原告本人【4頁から6頁,22頁から27頁,31頁,32頁】)
原告は,レントゲン撮影のためにエレベーターで3階に行き,レントゲン撮影後,再度4階に上がるためにエレベーターを待っていたが,エレベ
ーターがなかなか来なかったことから,屋内階段で4階に上り,別紙図面⑯部分に所在する扉を開けて,本件通路に入り(甲21【3頁,4頁】,原告本人【7頁,8頁,27頁】),本件通路を歩行中,本件事故現場で転倒して,左肩をぶつけ,左上腕骨頚部を骨折した(前提事実)。イ
被告は,原告に対して,本件事故後,以下の内容の記載された被告理事長作成名義の文書を交付した。(甲4)
発生原因:健診センター受診時,当院職員の好意から階段を使用出来る旨案内され4階健診センターに行った。受付を済まし健診を開始,レントゲン撮影にエレベーターにて3階へ案内,撮影終了後エレベーターがなかなか来ない為,階段を使用できることを思い出し,階段にて健診待合に戻る途中4階屋上の職員専用通路にある職員トイレ前の水溜に健診用のスリッパを履いていたため足を取られ,転倒,左上腕部骨折となった。4階への階段使用の禁止について3階階段上り口に設置していた掲示物は院内工事中のため,隅に置いてあり通行可能な状態となっていた。また健診出入り口の扉には通行禁止の張り紙もなかった。当院としては下記の通り対応対応させていただきます。記1治療費(入院及び外来通院)※主治医により治療終了まで2通院時交通費(公共機関については乗車区間等,タクシーについては領収書)3慰謝料及び休業補償治療終了後のお支払いとなります。以上なお,今回の事故で2回目の手術が必要となった場合も補償させていただきます。

本件通路の状況
本件通路の床材は,光沢があり,本件病院の屋内階段の床材と同系色である。
本件通路の左側には,プレハブ小屋,トイレ,外階段,本件病院職員の下駄箱が設置され,別紙図面⑰部分にはソファーやテーブルが置かれてお
り,外階段を除き,本件通路を含め,4階左側外周部分まで屋根が設置されているが,同外周部分は外部に開放されている。
本件通路の右側には別紙図面直線の点線で示される部分に,フェンスが設置され,屋根とフェンスの隙間は板状のもので塞がれているものの,同部分は外部に開放されている。(乙1,乙2,乙5)


以上を踏まえて検討する。まず,原告が一貫して本件事故の発生原因が水たまりに足を滑らせたことによるものであると陳述ないし供述していること(甲21【4頁】,原告本人【8頁】),被告が原告に交付した前記文書(甲4)において本件事故原因が本件事故現場に存在した水たまりに原告が足を滑らせたことにあることを自認していることからすれば,本件事故発生時,本件事故現場
には水たまりが存在し,本件事故は,原告が水たまりに足を滑らせたことによって生じたものであったと認められる。また,証拠(甲10の1)によれば,本件事故発生日である平成29年12月9日の前夜,午後7時から午後9時にかけて合計4.5mmの降雨があったことが認められ,上記のとおり,本件事故現場付近に開放部が存在していたこと,他に水たまり
の発生原因となるような事象の存在もうかがわれないことからすれば,本件事故現場の水たまりは,降雨の影響によって発生したものと推認するのが相当である。これに反する原告の陳述及び供述(甲21【3頁】,原告本人【9頁】)は採用しない。

そこで,降雨の影響によって本件通路に水たまりが存在していたことが,本件病院の設置又は保存の瑕疵と言い得るものであるかという点について検討する。
まず,原告が,陳述書や本人尋問において,屋内階段や本件通路への立入を禁止する表示がなかったと一貫して陳述ないし供述(甲21【2頁】,
原告本人【3頁,10頁,11頁】)していることや,被告が原告に対して本件事故後に交付した書面(甲4)において,屋内階段の3階踊り場に屋内階段の使用が禁止されている旨の表示が意味をなしておらず,健康診断の出入口に本件通路への立入が禁止されている旨の表示がされていなかったことを自認しており,それらが被告に不利益な内容のものであること
からすれば,本件事故当時,屋内階段を利用して4階に行くことや本件通路への立入禁止の表示はされていなかったものと認められる。被告は,本件事故当時,屋内階段3階踊り場には,そこから先が管理区域であることを示す立て看板が置かれており,別紙図面㉓部分に所在する扉にも立ち入り禁止の掲示がされていたとの趣旨の記載のある写真撮影報告書(乙1,乙2)を提出するが,いずれも本件事故から相当期間が経過後に撮影されたものである上,自身が原告に交付した文書の記載内容と相反するから上記記載部分は採用することができない。また,Bも陳述書及び証人尋問において,同旨の陳述ないし証言をする(乙6【3頁】,証人B【3頁,4頁,13頁,14頁】)が,同様に,採用することはできない。

このことに加え,本件病院のエレベーターが1基しかなく,4階が健康診断会場となっていたという客観的な状況からすると,本件通路は,本件事故当時,本件病院の職員以外の者,とりわけ健康診断受診者が,エレベーターの待ち時間を嫌い,屋内階段を利用して別紙図面⑯部分の扉から立ち入り,健康診断会場へ続く経路を探すために通行することがあり得る通
路となっていたと認められる。
また,本件通路を含めた本件病院4階部分左側に広く屋根が設置されており,本件通路右側部分に設置されたフェンス部分は開放されているものの,屋根とフェンスの間の隙間に板状のものが設置され風雨の進入を一定程度防止するだけの設備が設けられていた上,本件通路の床材が光沢を帯
び,濡れると滑りやすくなる材質のものであったと考えられる。そうすると,本件通路に風雨によって通行の妨げとなる事象が発生した場合,その事象が放置されることが本件通路の場所的環境からして自然であるとも言い難い。
以上の諸点を踏まえると,降雨の影響によって生じた水たまりの存在し
た本件通路は,簡易スリッパを履いていることもあり得る健康診断受診者が安全に通行することができる性状を欠いた状態にあったと評価するのが相当であり,降雨の影響によって本件通路に水たまりが存在していたことは本件病院の保存の瑕疵に該当するということができる。
したがって,本件事故は,本件病院の保存の瑕疵によって生じたと認められる。
2
争点

イについて

治療費

770円

証拠(甲5の1から甲5の4)によれば,原告は本件事故後である令和元年9月3日,同月14日,同月16日及び同月21日,通院し,順に,770円,3550円,470円,2980円の各治療費を負担したことが認められるが,証拠(甲7)によれば,原告の症状は同月3日に固定したと認められるから,上記通院によって生じた治療費のうち,本件事故と相当因果関係のある損害と評価すべきは,同日に負担した770円に限られる。通院交通費

12万9660円

証拠(甲6,甲13から甲15)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件事故によって負傷後,本件事故発生当日である平成29年12月9日から令和元年9月3日までの間,本件病院に入通院して治療をした(実通院日数は208日,入院日数は35日)が,この間,合計12万9660円の交通費を支出したと認められる。
休業損害


186万9433円

証拠(甲18から甲22,原告本人【14頁,15頁】)によれば,原告は,本件事故当時,専業主婦であり,本件事故で負傷し,入通院したことにより,家事労働に一定の支障が生じたと認められる。
しかし,治療経過とともに症状の改善がみられることからすれば,負傷の程度が腕の骨折であることを踏まえても,すべての通院日に家事労働が
全くできない状態であったのかという点については疑問を差し挟む余地がある。そこで,休業損害の算定に当たっては,入院期間中の労働能力喪失率は100%とし,通院日における労働能力喪失率は通院日全体を通じて70%とするのが相当である。

次に,原告が専業主婦であることからすれば,原告の休業損害を算定するに当たって基礎とするべき収入は,本件事故が発生した平成29年の産
業計,企業規模計,学歴計,女性労働者の全年齢平均の賃金額である377万8200円とするのが相当である。

以上を踏まえ,原告の休業損害を算定すると,その金額は,次のとおりとなる。
377万8200円÷365×(35+208×0.7)

≒186万9433円(小数点以下四捨五入)
入通院慰謝料

201万円

原告の入通院期間や,原告に生じた負傷の程度を踏まえると,本件事故によって入通院を余儀なくされたことによって原告に生じた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は,201万円とするのが相当である。

後遺障害について
証拠(甲7)によれば,原告には,症状固定後,肩の機能障害が残存したことが認められるものの,左肩関節の主要運動(屈曲,外転,内転)の制限の程度は健側である右肩と比較してわずかであり,等級に該当する後遺障害と評価することは相当と言い難い。

小括
以上によれば,本件事故によって原告に生じた損害の額は,弁護士費用を除き,合計400万9863円となる。
3
争点

ウについて

被告は,本件事故については,その損害額の算定に当たり,原告にも斟酌されるべき過失があったと主張するので,以下検討する。まず,原告が,簡易スリッパを履いた状態で本件通路に進入したことについては,本件事故の発生前に,Bに案内されて本件通路を通行していたこと,簡易スリッパは本件病院の指示で履いたものであったことからして,原告の異常な行動と評価し難い。
なお,Bは,陳述書や証人尋問において,本件通路が職員スペースであり,
自分が案内するといって屋内階段で4階まで上がったところ,別の職員と出くわしたことから同人に原告の案内を委ねたとの趣旨の陳述や供述をする(乙6【2頁】,証人B【6頁,12頁】)。しかし,これを否定する原告の陳述や供述(甲21【3頁,4頁】,原告本人【5頁,6頁,24頁から26頁】)を排斥するだけの客観的な証拠もない以上,上記Bの供述を一方
的に採用することはできない。
また,本件通路に屋外への開放部分があったこと自体は原告も認識し得た状態にあり,足元が必ずしも安定しない簡易スリッパを履いていた以上,完全な屋内での通行よりも慎重な通行が必要であったとは言い得るから,原告が本件通路の床面を注視して通行した場合には,本件事故の発生を回避しえ
たということはできる。しかし,周囲が屋根で覆われ,ソファーやテーブルも配置された本件通路の周辺状況や,本件通路の床材が屋内階段の床と同系色であったことからすれば,原告が屋外であることを意識して慎重に通行しなかったとしても,そのことを過度に重大視することは相当と言い難い。これらの事情を踏まえると,本件事故の発生についての原告の過失の割合
は2割とするのが相当である。
4
争点

についてのまとめ

本件事故によって原告に生じた損害(弁護士費用を除く。)の合計額は前記2のとおり上記合計400万9863円であり,これに上記3のとおり2割の過失相殺を施した金額は,320万7890円(小数点以下四捨五入)となる。他方,証拠(甲11)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件事故に起因し,保険会社等から合計48万5500円の支払を受けたことが認められるから,この金額を控除すると,その残額は,272万2390円となる。原告が,原告訴訟代理人に委任して,本件訴えを提起したことは,当裁判所に顕著な事実であり,本件事案の内容や,上記

の金額等,本件の審理に

顕れた一切の事情を斟酌すると,原告に生じた弁護士費用のうち,本件事故と相当因果関係のある部分は,27万円とするのが相当である。
以上によれば,原告は,被告に対し,不法行為(民法717条1項)による損害賠償請求権に基づき,299万2390円及びこれに対する本件事故発生の日である平成29年12月9日から支払済みまで同年法律第44号に
よる改正前の民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることのできる権利を有することとなる。
5
争点

について

証拠(甲13から甲16,乙4)によれば,原告は被告から別紙(未払診療報酬)の日付欄に記載の年月日にそれぞれ入通院して治療を受けたと認められ
るが,証拠(甲13)によれば,原告に関する診療録の表紙に

来院したらすぐに診察してもらえるようにしてください。

御会計は頂かないこと。

薬がでたらこちらで取りにいくこと。

御会計は病院で払う旨薬局に伝えること。

お薬をとりにいったらタクシーをよんでください。

との選択メモ情報が貼付されていたことが認められ,このことに加えて,被告が原告に対
して治療費や手術費を補償するとの趣旨の文書(甲4)を交付していることからすれば,原告と被告との間に平成29年12月9日,被告が原告に対して有償で治療等の医療行為を提供する旨の本件診療契約が締結されたとは認め難い。したがって,被告の反訴請求には理由がない。
6
結論
以上によれば,原告の本訴請求には,299万2390円及びこれに対する平成29年12月9日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから,その範囲でこれを認容し,その余の本訴請求及び被告の反訴請求にはいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。なお,主文第3項についての仮執行宣言は相当ではないから付さない。
東京地方裁判所民事第49部

裁判官

渡邉充昭
別紙(未払診療報酬)は,記載を省略。
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