判例検索β > 令和2年(わ)第1065号
殺人
事件番号令和2(わ)1065
事件名殺人
裁判年月日令和3年12月13日
法廷名京都地方裁判所
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2021-12-13
情報公開日2022-02-22 04:00:09
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主文
被告人を懲役3年に処する
未決勾留日数中280日をその刑に算入する。
この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,重度の知的障害を有していた実子であるA(当時17歳。以下被害者ともいう。)を介護しながら養育していたところ,自らもうつ病等を患ってその影響で将来に絶望し,自殺を決意したが,その際,自分が死ぬと被害者の世話をする人がいなくなると考えて被害者と無理心中をしようと決意し,令和2年7月16日午後6時30分頃から同月17日午前1時16分頃までの間に,京都市a区bc番地d所在のeの被告人方において,被害者に対し,殺意をもって,その頸部をベルト様のもので絞め,よってその頃,同所において,同人を絞頸による窒息により死亡させた。
なお,被告人は,上記犯行当時,うつ病の影響により心神耗弱の状態にあった。(証拠の標目)省略
(争点に対する判断)
第1本件の争点等
被告人が,うつ病の影響で判示殺人の犯行(以下本件犯行ともいう。)に及んだことは関係各証拠によって十分に認められ,当事者間でも争われていない。本件の争点は,被告人の責任能力の有無である。検察官は,本件犯行には,正常な精神作用に基づく判断によって犯したといえる部分もあり,本件犯行を思いとどまる能力は残っていたから心神耗弱にとどまると主張するのに対し,弁護人は,被告人は,うつ病の圧倒的な影響のため犯行を思いとどまる能力は残っていなかったとして,心神喪失の状態にあったから被告人は無罪であると主張する。当裁判所は,本件犯行当時,被告人が心神喪失の状態にあった疑いはなく,心神
耗弱の状態であったと判断した。以下,その理由を補足して説明する。第2当裁判所の判断
1被告人の精神障害について
起訴前に被告人の精神鑑定を実施した精神科医である証人Bの証言によれば,被告人は,本件犯行当時,うつ病及び強迫性障害を患っており,両障害の程度はいずれも中等症であったことが認められる。B医師は,豊富な鑑定経験を有する精神科の専門医であって,その公正さや能力に疑いはなく,その鑑定の基礎となった資料や鑑定手法にも問題はないから,被告人の障害が本件犯行に与えた影響の有無,程度について述べる点を含め,その証言は信用できる。
2被告人の精神障害が本件犯行に与えた影響等
⑴被告人が本件犯行を決意したことへの精神障害の影響について検討する。ア
関係各証拠によれば,被告人が本件犯行に至る事実経過は,次のとおりであ
ると認められる。
被告人は,離婚後,平成17年12月頃に被害者がウイルス性脳炎を発症し,てんかん,重症の高次脳機能障害の後遺症が固定化して以降,デイサービスや訪問介護等の支援を受けながら,被害者を介護し養育してきた。被害者は,重度の知的障害を有しており,排便後の処理ができず,入浴等にも介助を要し,衣服の前後・表裏の理解が不十分であるほか,押しピン等の物を口に入れたり,車道に飛び出したりするなどの衝動的な行動をとることもあり,誰かが常に目をかけてやる必要があった。また,被害者は,被告人や当時同居していた被告人の母にかみつくなどの暴力を含む粗暴行為に及ぶこともあった。
被告人は,長年患っていた強迫性障害の症状の悪化に伴い,うつ病の症状も出現・増悪した。令和2年5月21日,兄に何もかも全部終わらせたい旨告げ,さらに,同月26日,約半年ぶりに主治医のクリニックを受診した際は,主治医によると今までに見た中で一番心身が消耗している様子だった。
また,被告人は,認知機能の低下が進む母と被害者の折り合いが悪く,ストレス
を感じていたことなどから,同年6月頃,母方を出て同じマンションの別室に被害者と二人で住むようになった。
被告人は,総合支援学校に在籍する被害者の卒業後の進路を検討していたところ,同年7月2日,学校から紹介された就労支援・介護支援施設を見学したが,送迎がないこと等から通所は断念せざるを得ず,同月14日,主治医に希死念慮を訴えた。さらに,同月15日,被害者の担任教師と面談したが,被害者の進路等について有益な情報は得られず,再度落胆した。
被告人は,本件犯行当日である同月16日午前10時頃(以下,時刻のみの記載は本件犯行当日のものである。),別の施設を見学したものの,被害者には不向きで,かつ,自宅が施設送迎の範囲外だと知らされ更に落胆した。被告人は,被害者とスーパーに行き,数日分の食料品を購入し,午前11時半頃に同人を学校に送った後,疲れていたのでタクシーで帰宅した。帰宅後は,横になりながら1時間程,携帯電話で被害者のための施設を検索するなどしたが,見つからなかった。午後1時12分頃,被告人は希死念慮を抱き,携帯電話に遺書のような文章を入力したところ,死にたいという気持ちは少し楽になった。午後5時30分頃に帰宅した被害者とともに母方で夕食をとり,午後7時頃,自宅に帰った。帰宅後,被告人は被害者と入浴を終え,被害者が着た服の前後が逆であることを指摘すると,被害者は衣類を引き裂き,被告人を後ろから抱え上げて投げ飛ばそうとした。被告人は,被害者が落ち着いた頃合いをみて,午後8時30分頃,被害者にぐっすり眠ってほしいという気持ちと,苦しまずに死なせてやりたいという気持ちから,自らが処方されている催眠剤を被害者に飲ませ,被害者は就寝した。そして,将来に絶望した被告人は自殺を決意し,自分が死ぬと被害者の世話をする人がいなくなると考え,被害者と無理心中することを決意した。被告人は,その際,ノートに

何か,もう疲れてしまいました。

母とAとの折り合いや,Aの将来の事,私の病気の症状を考えると,やっていく自信がありません。Aを誰に託したらいいのか…悩みましたが答えが出ず,連れて行きます。

等と無理心中の理由を説明するとともに,被告人方の
契約書の所在や関係者らの連絡先等を記載して対応を依頼する内容等を記載した遺書を作成した。
その後,被告人は,被害者の手首をカッターナイフで切ったが,血が少し出ただけで,これでは死なないと考えたため,自分のベルトで被害者の首を絞め本件犯行に及んだ。

以上の事実経過を踏まえ,被告人が本件犯行を決意した点への精神障害の影
響について検討する。
B医師の証言によると,次のとおり認められる。
被告人は,かねて被害者の進路や暴力等に悩んでいたが,周囲からの支援を受けながら被害者の進路を適切に決めることができ,被害者の障害特性を理解してその暴力にも適切に対処することができていた。しかし,令和2年5月頃以降,うつ病の症状が増悪し,その程度は中等症と評価されるものの,同年7月には希死念慮を抱くに至り,前記の施設見学や面談の結果に落胆を繰り返すなどしたこともあって,本件犯行当日には被告人のうつ状態は悪化していた(なお,弁護人は,被告人のうつ病の程度は重症相当であったと主張するが,上記と異なる趣旨をいうのであれば採用できない。)。そして,被告人は,うつ病に起因した体調不良,意欲低下,決断困難等の影響で,被害者の進路についてバランスよく検討し,具体的に調整を進めていくことが困難となり,考え方も悲観的になった結果,将来に絶望し,希死念慮を募らせて自殺を決意し,その延長である拡大自殺としての本件犯行を決意した。
他方で,本件犯行には,被告人の精神障害以外にも,被害者の進路や暴力等といった現実の問題に起因した絶望感が影響している。また,被告人には,責任感が強く,様々な問題を自分一人で解決しようとする性格傾向があるところ,このような性格傾向も,被告人がより思い詰める方向に作用して,本件犯行に影響している。以上によると,被告人は,本件犯行当時,うつ病の精神症状である希死念慮等による大きな影響を受け,他の行為の選択可能性が相当程度制限されていたとい
え,平素なら十分に備えていた犯行を思いとどまる能力が著しく低下していたと評価できる。
しかし,被告人が抱いた絶望感は,妄想や非現実的な悩みによるものではなく,その状況に置かれれば精神障害のない人でも絶望感を抱き得る,現実の問題に起因したものであった。また,被告人は,自分が死ぬと被害者の世話をする人がいなくなると考えて本件犯行を決意しているところ,被告人が持つ責任感等の前記の性格傾向がこのような動機の形成を促進したと認められ,その意味で本件犯行の意思決定には被告人の正常な精神作用に基づく判断といえる部分もあったと認められる。本件犯行前の行動から被告人の精神状態を考えても,ノートに記載した遺書には,無理心中を決意するまで逡巡していたことを示す内容が記載されているほか,自分の置かれた状況を的確に把握した上で関係者らに配慮する内容も記載されており,相応に高い思考力が残っていたことがうかがえる。また,被告人が被害者に催眠剤を飲ませたことについて,被告人は,被害者にぐっすり眠ってほしいという気持ちと苦しまずに死なせてやりたいという気持ちが混在していたと説明しており,その時点で被害者の殺害を逡巡し,殺害するとしても被害者が苦しまない方法を選択したいという正常な心理が現れている。加えて,被告人が,被害者の手首を切る方法では死なないと考えてベルトでの絞殺を選択した点も,被告人に一定の冷静な判断力が残っていたことを示している。これらの行動からも,被告人には正常な精神機能も作用しており,犯行を思いとどまる能力が残存していたことが認められる。
なお,弁護人は,本件犯行当時,被告人は,総合支援学校からもう1か所施設の紹介を受けたり,福祉事務所に相談したりするなどの選択肢があったことを指摘して,これらをとらなかったのは,うつ病の圧倒的な影響により不合理な思考が固定化していたためである旨主張する。しかし,被告人なりに周囲に支援を求めたが,施設見学や面談の結果に落胆を繰り返していたなどの当時の状況を考慮すると,被告人が気安くこれらの選択肢に希望を持つことができたとは考えられないか
ら,この点がうつ病の圧倒的な影響をうかがわせるとはいえない。⑵本件犯行後の事情から推認できる被告人の精神状態等についても検討する。被告人は,本件犯行後,被害者が亡くなったことを,同人の胸が動かなくなり呼吸をしなくなったことを見て把握し,その後,少しでも被害者の身なりをよくしたいと考えて,被害者の口元のよだれをタオルで拭いてその頬にキスをし,服を着替えさせるなどしている。そうすると,被告人は本件犯行直後にも,自己の目的が達成されたかを冷静に判断する能力を有しており,かつ,被害者への愛情表現といった正常な精神機能の作用があったことが認められ,このことは,本件犯行時にも限定的とはいえ犯行を思いとどまる能力が残っていたことをうかがわせる。また,その後,被告人方で自殺を図ったが失敗したため,より高いマンションまで赴いて飛び降り自殺をしようとしたが,躊躇して死ぬことができなかったなどの事情も,被告人が本件犯行当時,専らうつ病による希死念慮に支配されていたわけではなく,目的に適った合理的行動ができる精神状態や拡大自殺について思いとどまる能力が残っていたことをある程度うかがわせるものといえる。3結


以上のとおり,被告人は,うつ病の影響によって犯行を思いとどまる能力が著しく低下していたと認められるが,本件犯行に至った動機の形成過程や本件犯行前後の事情等に照らすと,被告人が被害者の殺害を決意したことには,被告人の性格傾向等も一定程度影響を与えており,正常な精神作用に基づく判断といえる部分もあったと認められる。よって,被告人には,本件犯行当時,他の行為を選択し,犯行を思いとどまる能力も限定的ながら残っていたことが認められ,これが失われていたという合理的な疑いはない。したがって,被告人は,本件犯行当時,心神喪失の状態ではなく,心神耗弱の状態であったと認められる。
(法令の適用)
1構成要件及び法定刑を示す規定
被告人の判示所為は刑法199条に該当する。

2刑種の選択
所定刑中有期懲役刑を選択する。
3法律上の減軽
判示の罪は心神耗弱者の行為であるから,刑法39条2項,68条3号により法律上の減軽をする。
4宣告刑の決定
以上の刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処する。
5未決勾留日数の算入
刑法21条を適用して未決勾留日数中280日をその刑に算入する。6刑の執行猶予
情状により刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。
7訴訟費用の不負担
訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させない。(量刑の理由)
被告人は,計画性等はないものの,被害者の手首をカッターナイフで切ったものの殺害できないと考え,ベルト様のものでの絞殺という被害者を確実に死に至らしめる方法を選択して本件犯行に及んでおり,その犯行意欲は高いといわざるを得ない。また,被害者の尊い命が奪われたという結果が重大であることは,殺人罪である以上当然ではあるが,将来に大きな可能性のある17歳という若い被害者の死亡という結果は,余りにも痛ましい。
しかしながら,被告人は,重い障害のある被害者の介護に疲弊し,様々な手段を講じたにもかかわらずその受入れ施設が見つからないなど,精神障害のない人でも将来への絶望感を抱きかねない状況の中で,うつ病が増悪し,心神耗弱状態で無理心中を決意したものであって,その動機の形成過程には同情の余地が大きく,被告人の意思決定を強く非難することはできない。

以上の事情によれば,本件は,同種事案(殺人,単独犯,被害者の立場は子,動機は心中又は介護疲れ,考慮すべき前科なし,心神耗弱)の中では,中程度ないしそれより軽い部類に属し,執行猶予を付すべき事案であるといえる。そこで,被告人が事実を認めて反省の態度を示し,母が被告人の兄らと共に被告人を監督することを約束していること,被告人の身を案じる友人らの存在も今後の被告人の支えになると期待できること,精神障害については医療機関等における適切な治療・福祉が望まれること等の諸事情も併せ考慮して,その刑の執行を猶予することとした。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑・懲役5年)
令和3年12月14日
京都地方裁判所第1刑事部

裁判長裁判官

増田啓祐
裁判官

平手一男
裁判官

西島のぞみ
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