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準強制わいせつ被告事件
事件番号令和2(あ)1026
事件名準強制わいせつ被告事件
裁判年月日令和4年2月18日
法廷名最高裁判所第二小法廷
裁判種別判決
結果破棄差戻
原審裁判所名東京高等裁判所
原審事件番号平成31(う)624
原審裁判年月日令和2年7月13日
判示事項準強制わいせつ被告事件について,公訴事実の事件があったと認めるには合理的な疑いが残るとして無罪とした第1審判決を事実誤認を理由に破棄し有罪とした原判決に,審理不尽の違法があるとされた事例
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2022-02-18
情報公開日2022-02-19 04:00:04
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令和2年(あ)第1026号
令和4年2月18日

強制わいせつ被告事件

第二小法廷判決
主文
原判決を破棄する
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
弁護人高野隆ほかの上告趣意のうち,憲法39条違反をいう点は,検察官の上訴は同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問うものではないから,前提を欠き,その余は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条1号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。1
本件の公訴事実の要旨

被告人は,外科医として勤務するものであるが,自身が執刀した右乳腺腫瘍摘出手術の患者である女性(以下Aという。)が同手術後の診察を受けるものと誤信して抗拒不能の状態にあることを利用し,同人にわいせつな行為をしようと考え,平成28年5月10日午後2時55分頃から同日午後3時12分頃までの間,病室内において,同室ベッド上に横たわる同人に対し,その着衣をめくって左乳房を露出させた上,その左乳首をなめるなどし,もって同人の抗拒不能に乗じてわいせつな行為をした。
2
本件の事実関係

原判決の認定及び記録によれば,本件の事実関係は以下のとおりである。Aは,乳腺外科医である被告人を執刀医として右乳腺腫瘍切除手術(以下本件手術という。)を受けることになり,平成28年5月10日(以下,時間のみを記載しているものは同日の時間である。),入院した。
Aは,午後1時30分頃,手術室に入室した。本件手術は全身麻酔の下で行われることになっていたため,午後1時35分,麻酔科の医師が手術台に横になったAに対し,麻酔を開始した。なお,午後1時39分頃及び午後1時57分頃,鎮痛剤も投与されている。
被告人は,Aの両胸を手で触診するなどした後,手術台越しに,両胸を露出した状態のAを挟んで,助手を担当する医師B(以下Bという。)に対して手術の概要等を説明し,引き続き,被告人とBは手術の内容について口頭で打合せをした。
本件手術は,午後2時から午後2時32分までの間実施され,麻酔は,午後2時42分,終了し,手術終了後,Aは手術室から病室(以下本件病室という。)に運ばれた。
本件手術終了後,Aが繰り返し痛みを訴えたことから,午後2時55分頃,鎮痛剤の点滴投与が開始された。
本件手術後,被告人は,4人部屋である本件病室内の可動式のカーテンで間仕切りされたAの使用するベッド(以下本件ベッドという。)の脇に2回赴いた。
Aは,スマートフォンを作動させ,上司に対し,午後3時12分頃,たすけあつ,て,いますぐきてとのメッセージを送信し,さらに,午後3時21分頃から午後3時22分頃にかけて,先生にいたずらされた,麻酔が切れた直後だったけどぜっいそう,オカン信じてくれないた,たすけてなどのメッセージ(以下本件メッセージという。)を送信した。
前記上司の通報により臨場した警察官は,午後5時37分頃,Aの左乳首付近を蒸留水で湿らせたガーゼで拭き取った(以下,このガーゼを本件ガーゼといい,拭き取られた物を本件付着物という。)。
警視庁科学捜査研究所(以下科捜研という。)の研究員C(以下Cという。)は,本件ガーゼの半量(以下本件資料という。)を用いて,アミラーゼ鑑定(以下本件アミラーゼ鑑定という。)及びDNA型鑑定(以下本件DNA型鑑定という。)を行った。本件アミラーゼ鑑定の結果は,検査開始から1時間後にアミラーゼの反応が陽性を呈したというものであった。
本件DNA型鑑定は,以下の手順によって行われた。まず,本件資料から本件アミラーゼ鑑定のために用いた4本の糸を除いたものについてDNA抽出作業を行い,50µlの抽出液(以下本件抽出液という。)を得た。次に,PCR増幅に適したDNA量を得るため,本件抽出液について,リアルタイムPCRによるDNA定量検査(以下本件定量検査という。)を行った。その結果,本件抽出液中のDNAの濃度は1.612ng/µlであるという数値が測定された。その後,本件DNA型鑑定で使用した試薬においてはPCR増幅に適したDNA量が1ngとされていることから,0.6µlの本件抽出液を用いてPCR増幅を行い,増幅産物を電気泳動するなどしてDNA型を判定した結果,検出されたDNA型は男性の1人分のDNA型であり,このDNA型は被告人のそれと一致するものであった(なお,本件アミラーゼ鑑定において検査開始の1時間後に陽性反応が得られ,また,本件定量検査において測定された数値が1.612ng/µlであったと認定した原判断は,相当である。)。
3
第1審及び原審の審理経過及び判決
当事者の主張

検察官は,本件公訴事実に沿うAの証言は十分信用することができ,その体験がせん妄に伴う幻覚であった可能性はなく,本件アミラーゼ鑑定及び本件DNA型鑑定の結果等もAの証言を裏付けている旨主張した。これに対し,被告人は,Aが麻酔薬を使用した手術後のせん妄に伴う幻覚を体験していた可能性が高く,本件アミラーゼ鑑定及び本件DNA型鑑定の結果等も信用できない旨主張して争った。第1審判決
第1審判決は,要旨,以下の理由により,Aはせん妄に伴う幻覚を体験していた可能性があり,また,本件アミラーゼ鑑定及び本件DNA鑑定の結果等もAの証言の信用性を補強する証明力は有しないから,本件公訴事実のとおりの事件があったとするには合理的な疑いが残るとして,被告人に無罪を言い渡した。すなわち,Aは,本件公訴事実に沿う被害事実を証言するところ,その証言は,具体的で迫真性に富んでおり,供述の一貫性もあって,本件メッセージにも符合する。他方,本件は麻酔薬を使用した手術後の出来事であり,Aの体験が麻酔から覚醒する際のせん妄に伴う幻覚であれば,証言が具体的で迫真性に富んでいることや一貫していることが直ちに証言の信用性を支えるとはいえない。
そこで,麻酔から覚醒する際のせん妄の影響の有無及び程度について検討すると,本件手術は術後せん妄の危険因子とされる乳房手術であったこと,本件手術に際し麻酔薬であるプロポフォールが通常より多量に投与されたこと,本件手術による侵襲に起因する疼痛を感じ,かつ,鎮痛剤の投与が通常より少量であったことなどから,Aは麻酔から覚醒する際にせん妄に陥りやすい状態にあったこと,さらに,麻酔から覚醒する経過におけるAの動静等を併せ考えると,Aは,犯行があったとされる時間帯には,せん妄に陥っていた可能性が十分にあり,これに伴って幻覚を体験していた可能性も相応にある。
したがって,それでもなおAの証言の信用性が肯定できるというためには,Aの証言から独立した証明力の強い,その信用性を補強する証拠が必要である。体液の中で,アミラーゼ濃度が最も高い体液は唾液であることからすれば,本件アミラーゼ鑑定において陽性反応が示された原因は,唾液由来のアミラーゼであった可能性が最も有力であるといえるが,汗など唾液以外の体液に由来するアミラーゼであった可能性も否定できない。
また,本件定量検査の結果については,標準資料(あらかじめ濃度の判明している資料をいう。)を増幅した結果を示す増幅曲線や,その増幅曲線から作成される検量線が残されておらず,大きく外れたものではなかったといえても,厳密な正確性は客観的には検証し難い。そして,会話による唾液の飛沫に相応の大きさの口腔内細胞が含まれていることはあり得るから,本件付着物から多量の被告人のDNAが検出されたのは被告人がAの左乳首をなめたことによるというのは有力な仮説であるものの,反対仮説,特に,会話による唾液の飛沫が本件定量検査の結果をもたらした可能性を排斥できない。
そうすると,本件アミラーゼ鑑定及び本件定量検査に信用性があるとしても,その証明力は十分なものとはいえない。
以上によれば,Aがせん妄の影響を受けていた可能性があることなどからすれば,その証言の信用性に疑問を差し挟むことができ,本件アミラーゼ鑑定及び本件定量検査の結果もAの証言の信用性を補強できず,また,それ自体から被告人がAの左乳首をなめるなどした事実を強く推認させるものともいえないから,本件公訴事実の事件があったと認めるには合理的な疑いが残る。
原審における審理経過
検察官が,第1審判決に対して控訴を申し立て,事実誤認を主張したところ,原審は,第1回公判期日に先立つ打合せ期日において,検察官及び弁護人に対し,裁判所の関心事項は,1Aの客観的状況を踏まえたせん妄の診断の有無21の場合に,Aが自分の身の回りで起きた出来事を認識する能力及びLINEメッセージを発信する能力の有無3Aがせん妄と診断された場合に,更に幻覚・錯覚が生じる可能性であると示した上で,検察官及び弁護人からせん妄に関する証人の推薦をそれぞれ受け,検察官推薦の証人1名及び弁護人推薦の証人1名をいずれも職権で採用して取り調べる一方,Aがせん妄の状態にあった可能性の有無並びに本件アミラーゼ鑑定及び本件定量検査の信用性に関する検察官及び弁護人からの事実の取調べ請求を全て却下して,結審した。
原判決
原判決は,要旨,以下の理由により,第1審判決には事実誤認があるとしてこれを破棄し,本件公訴事実のとおりの準強制わいせつ罪の成立を認めて被告人を懲役2年に処した。

Aの証言は,具体的かつ詳細であり,特にわいせつ被害を受けた際の心情を述べる部分は迫真性がある上,本件メッセージの内容とも符合する。したがって,Aの証言は,犯行の直接証拠として強い証明力を有する。
原審において証人として採用された医師井原裕(以下井原という。)は,Aは,本件手術後にはせん妄の状態にあったといえるが,時間の経過とともに過活動型から混合型,低活動型,せん妄と評価できない状態へと時間を追って回復していったと理解してよく,午後2時45分頃には,過活動型のせん妄状態にあったが,午後3時12分頃には低活動型のせん妄状態にあったと思われ,その頃スマートフォンを作動させてメッセージを打っていることが判断力のある動かぬ証拠であり,このような高度に合目的的な行動や首尾一貫した行動は,過活動型のせん妄の状態のような前後不覚の状態ではできず,幻覚が出てくるような意識のレベルではなかったと考えられる旨証言するところ,この証言の信用性は高い。
以上によれば,Aが本件当時せん妄の状態に陥っていたことはないか,仮にせん妄の状態に陥っていたとしても,これに伴う幻覚は生じていなかったと認められるから,この点がAの証言の信用性の判断に影響を及ぼすことはない。したがって,第1審判決が,同証言の信用性が肯定できるというためには,これから独立した証明力の強い,その信用性を補強する証拠が必要であると説示するのは,是認できない。

本件アミラーゼ鑑定により,本件付着物に唾液様物質が混在していたことが
証明されたといえ,Aの左乳首付近には唾液が付いていた可能性が高いと認められる。
第1審判決は,本件定量検査において,標準資料の増幅曲線及び検量線等が保存されていないことから,検査結果を検証できない点を問題にしているが,検証可能性が欠けているからといってその信用性が直ちに損なわれることにはならず,本件定量検査の結果の信用性は否定できない。
本件定量検査の結果から直ちに,被告人がAの左乳首をなめたということまで推認できるものではないとしても,本件付着物からは多量の被告人のDNAが検出されたことは明らかであり,このDNAは,被告人の口腔内細胞を含む唾液に由来する可能性が高い。
第1審判決が信用性を高く評価する医師黒﨑久仁彦(以下黒﨑という。)が実施した実験のうち,触診実験によれば,触診の対象となった3名の女性の乳頭から採取したガーゼに付着していたDNAの量は,最大でも本件付着物から採取されたDNAの量の18.5分の1にとどまっており,本件付着物中の被告人のDNAが触診により付着した汗等の体液に由来する可能性は極めて低い。また,同じく黒﨑が実施した実験のうち,飛沫実験によれば,25㎠の範囲から採取された飛沫唾液の最大DNA量は1.0ngであるのに対し,直径約2㎝の円の範囲から採取された本件付着物のDNA量は80.6ngであって,約642倍に達しているのであり,会話による唾液の飛沫の付着によっては,本件定量検査の結果を説明することが困難である。したがって,会話による唾液の飛沫の付着が本件定量検査の結果をもたらした可能性を排斥できないとした第1審判決の説示は,論理則,経験則等に照らして不合理である。
以上によれば,本件アミラーゼ鑑定,本件DNA型鑑定及び本件定量検査の結果は,科学的な厳密さの点で議論の余地があるとしても,Aの証言と整合するものであり,その信用性を補強する証明力を十分有する。
したがって,Aの証言にこれらの証拠を総合すれば,被告人が本件公訴事実のとおりのわいせつ行為をしたことが認められる。
4
当裁判所の判断

しかしながら,原判決の上記判断は,是認することができない。その理由は,以下のとおりである。
原判決は,前記3

アのとおり,Aの証言内容及び本件当時の行動をせん妄

に関する知見に基づき検討した結果から,直ちに,わいせつ被害を述べるAについて,せん妄に伴う幻覚を体験した可能性を否定し,そのような可能性があり得るものとした第1審判決が是認できないとしている。しかしながら,原判決は,せん妄について,過活動型,混合型及び低活動型という分類はせん妄の重症度による段階的なものであり,せん妄が過活動型から混合型を経て低活動型,更には完全な覚醒へと順次回復するものであって,低活動型のせん妄においては通常幻覚を伴わないという井原の見解を前提としているものと解されるところ,記録によれば,複数の専門家が,文献等も踏まえつつ,せん妄における過活動型,混合型及び低活動型という分類は,精神運動活動の水準によるものであってせん妄の重症度によるものではなく,また,低活動型のせん妄においても幻覚を伴うことが少なからずあるとの理解を示すなどしており,上記井原の見解は医学的に一般的なものではないことが相当程度うかがわれる。それにもかかわらず,専らそのような見解に基づいて,Aがせん妄に伴う幻覚を体験した可能性を直ちに否定した原判決の判断は,様々な専門家の証言に基づき,本件手術の内容,麻酔薬の種類及び使用量,Aからの疼痛の訴え及び鎮痛剤の投与の状況,Aの動静等を総合的に評価し,そのような可能性があり得るものとした第1審判決の判断の不合理性を適切に指摘しているものとはいえない。
もっとも,本件アミラーゼ鑑定及び本件DNA型鑑定殊に本件定量検査の結果により,Aの左乳首付近に被告人のDNAが多量に付着していた事実が認められれば,これによって,被告人が公訴事実のとおりのわいせつ行為をしたとするAの証言の信用性が肯定され,原判決の上記判断の誤りが判決に影響しないとみる余地がある。
そこで,更に本件定量検査の結果の信頼性について検討する。
本件において実施されたいわゆるSTR型検査によるDNA型鑑定は,試料から抽出されたDNAを増幅した上で電気泳動させ,得られたエレクトロフェログラムのピークを読み取って型判定を行うものであるところ,増幅する基となるDNAがある一定の量必要であり,DNA定量検査は,その一定の量のDNAを計り取るために,試料からDNAを抽出した液中のDNAの濃度を測定するものである。本件定量検査を前提として実施された本件DNA型鑑定においてDNA型判定の結果が適切に得られており,このことは,翻って本件定量検査の結果に大きな誤りがなかったことをうかがわせる一事情であると示唆するかのような証言が存在している。また,本件DNA型鑑定において得られたエレクトロフェログラムのピーク高は,適切な量のDNAを増幅した場合のエレクトロフェログラムのピーク高と評価して矛盾のないものである一方,過少な量のDNAを増幅した場合には,エレクトロフェログラムのピーク高が相当程度低くなることがうかがわれ,このことも,本件定量検査の結果の正確さを一定程度裏付けると解し得る。
他方,前記のとおり,DNA型鑑定に際し実施されるDNA定量検査は,型判定を実施するための準備段階の検査と位置付けられるものであって,濃度を厳密に測定すること自体を目的として実施されるものではなく,そのため,本件DNA型鑑定においても,型判定は2回実施されたのに対し,DNA定量検査は1回のみ実施されたものと解される。また,本件DNA型鑑定で使用された試薬においては増幅の際に使用するDNAの量は1ngとされているが,本件DNA型鑑定においては,本件定量検査の結果を踏まえて本件抽出液から0.6µlを採取し,0.9672ngとなるDNAを増幅に用いている。したがって,DNA型鑑定においては,増幅の際に使用するDNAの量について厳密な正確性までは要求されていないことがうかがわれる。そうすると,本来,最終的にDNA型鑑定を実施するための準備として,目安となる一定量のDNAを取り出す前提として抽出液中のDNAの濃度を測定する目的で実施されるDNA定量検査の結果が,どの程度の厳密さを有する数値といえるのか,換言すれば,どの程度の範囲で誤差があり得るものであるのかは,必ずしも明らかではない。
また,本件定量検査は,リアルタイムPCRといわれる手法により行われたものであるが,この手法による濃度の測定は,標準資料及び濃度を計測しようとする試料のDNAをそれぞれ繰り返し増幅し,標準資料の増幅結果を示す増幅曲線から作成される検量線をいわば物差しとして,濃度を計測しようとする試料の増幅結果を対応させることによって,DNAの濃度を測定するという原理によるものであり,リアルタイムPCRによるDNA定量検査の結果の正確性は,標準資料と濃度を計測しようとする試料との間のPCR増幅効率の均一性が前提になると解される。ところで,Cの証言によれば,科捜研は,DNA定量検査において,試薬のロット番号(製造番号)が新しくなった際,あらかじめそのロット番号の標準資料を用いて検量線を作成しておき,当該ロット番号の試薬を使用している限りはその検量線を使用し続けるという運用を行っているとされるところ,この点に関し,DNA定量検査を実施する際には,標準資料と濃度を測定しようとする試料とを同時に増幅して増幅曲線及び検量線を作成し,濃度を測定すべきであるとする指摘が存在している。上記のとおりのリアルタイムPCRによるDNA定量検査の原理に照らすと,本件定量検査において,科捜研が,標準資料と濃度を測定しようとする試料である本件付着物からの抽出液とを同時に増幅して検量線を作成し,濃度を測定するのではなく,あらかじめ作成しておいた検量線を使用したことが,上記の指摘にもかかわらず検査結果の正確性の前提となるPCR増幅効率の均一性の確保の観点から問題がないといえるのか,このような検査方法が検査結果の信頼性にどの程度影響するのかという点についても,必ずしも判然としない。
以上の疑問点については,第1審の段階から相反する当事者の主張及び証拠が存在するなどしている部分があり,また,原審において,前記3

のとおり,検察官

及び弁護人から事実の取調べの請求があり,その中には本件定量検査に関するものも含まれていたにもかかわらず,原審はこれらを全て却下し,この点に関する職権による事実の取調べも行わなかったため,結局,上記疑問点が解消し尽くされておらず,本件定量検査の結果の信頼性にはなお不明確な部分が残っているといわざるを得ない。
そうすると,Aの証言の信用性判断において重要となる本件定量検査の結果の信頼性については,これを肯定する方向に働く事情も存在するものの,なお未だ明確でない部分があり,それにもかかわらず,この点について審理を尽くすことなく,Aの証言に本件アミラーゼ鑑定及び本件定量検査の結果等の証拠を総合すれば被告人が公訴事実のとおりのわいせつ行為をしたと認められるとした原判決には,審理不尽の違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するというべきである。
よって,刑訴法411条1号により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,専門的知見等を踏まえ,本件定量検査に関する上記の疑問点を解明して本件定量検査の結果がどの程度の範囲で信頼し得る数値であるのかを明らかにするなどした上で,本件定量検査の結果を始めとする客観的証拠に照らし,改めてAの証言の信用性を判断させるため,本件を東京高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
検察官古賀栄美,同清野憲一,同山内由光,同溝口貴之
(裁判長裁判官

三浦


裁判官

菅野博之

岡村和美)
公判出席

裁判官

草野耕一

裁判官

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