事件番号 | 令和2(ワ)16256 |
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事件名 | 損害賠償請求事件 |
裁判年月日 | 令和3年11月15日 |
法廷名 | 東京地方裁判所 |
全文 | 全文 |
最高裁判所 | 〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map |
裁判日:西暦 | 2021-11-15 |
情報公開日 | 2022-02-13 09:44:31 |
令和2年 第16256号 口頭弁論終結日 同日原本領収 裁判所書記官 損害賠償請求事件 令和3年9月13日 判主決文1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告読売新聞東京本社は,原告らに対し,各330万円及びこれに対する令和2年1月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告読売新聞大阪本社は,原告らに対し,各330万円及びこれに対する令和2年1月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,刑事被告人であるBの保釈中の密出国(以下本件密出国とい う。 )に関して被告らが発行する新聞に掲載した記事により,Bの弁護人であった原告A及びその所属弁護士法人である原告法人が,その名誉及び信用を毀損されたと主張して,被告らに対し,民法709条に基づき,それぞれ330万円(慰謝料300万円及び弁護士費用30万円)及びこれに対する不法行為の日である令和2年1月31日から支払済みまで平成29年法律第44号によ る改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実等 ⑴ 原告法人は,8名の弁護士が所属する弁護士法人であり,原告Aは,原告法人の代表社員を務める弁護士である(争いなし) 。 ⑵ 被告読売新聞東京本社は,関東,北海道,東北,甲信越,静岡県,福井県を除く北陸及び東海3県向けに読売新聞を印刷及び発行する読売新聞の地域本社であり,被告読売新聞大阪本社は,近畿地方,山口県を除く中国地方,四国地方,福井県及び滋賀県向けに読売新聞を印刷及び発行する読売新聞の地域本社である(争いなし) 。 ⑶ Bは,平成30年11月19日当時,日産自動車株式会社の代表取締役兼会長の職にあったところ,同日,金融商品取引法違反の被疑事実で逮捕され,その後の再逮捕等を経て,東京地方裁判所平成30年特 同裁判所平成31年特 所平成31年特 第3350号及び 第15号金融商品取引法違反被告事件並びに同裁判 第14号及び同第992号会社法違反被告事件により起訴 された。原告Aは,平成31年2月から令和2年1月16日までの間,上記 各被告事件につき,Bの弁護人となった。 Bは,平成31年4月25日までに,同裁判所の保釈許可決定により保釈されたが,令和元年12月29日,Cらの協力の下,法務省令で定める手続により入国審査官から出国の確認を受けることなく,プライベートジェット機に搭乗して本邦外に出国し(本件密出国) ,大きな社会的耳目を集めた。 (乙2,争いなし) ⑷ 被告らは,令和2年1月31日,同日付け読売新聞朝刊において,以下の 内容を含む記事を掲載した(以下本件記事という。本件記事の内容は,被告読売新聞東京本社発行に係るものと被告読売新聞大阪本社発行に係るものとでほぼ同一であることから,以下では前者の文言を記載し,相違点がある場合にはその旨を注記することとする。(争いなし) ) 。 ア B被告に逮捕状不法出国容疑手助けの3人も (1面見出し。被 告読売新聞大阪本社発行に係るものは, 手助けのが手助けとされ ている。 ) イ 「C容疑者は昨年7月以降,計4回来日。B被告の弁護人だったA弁護士の事務所などでB被告と面会しており,逃亡の打ち合わせをしていたとみられる。(1面本文。被告読売新聞大阪本社発行に係るものは,」 「来日。」が来日し,とされ, B被告が被告とされている。。 ) ウ 逃亡A法律事務所で『謀議』かB被告逮捕状の1人と (29 面見出し。被告読売新聞大阪本社発行に係るものは30面であり(以下も同じ。, )逃亡A法律事務所で相談かB被告米国籍の男頻繁に面会とされている。) エ 日産自動車前会長B被告(65)が保釈中にレバノンに逃亡してから約1か月。東京地検特捜部は30日,逃亡を手助けしたとされる米国籍の男3人について犯人隠避などの容疑で逮捕状を取った。B被告は出国前,元弁護人のA弁護士の事務所で,3人のうちの1人と頻繁に面会しており,特捜部は,逃亡の打ち合わせが行われたとみている。(29面本文。被告読売新聞大阪本社発行に係るものは, B被告はが被告は とされている。 ) オ 地検が逃亡の準備に重要な役割を果たしたとみるのが,C容疑者だ。D容疑者の息子とされ,昨年7,8月の来日時に4回,B被告とA弁護士の事務所で面会。12月にも2回,事務所以外の場所でB被告と会い,同月29日の逃亡までに,少なくとも6回の面会を重ねていた。, 「E次席検事は『来日は逃亡の相談を行う以外には考えられない』と述べた。,」 地検は,B被告の面会内容を記録した『面会簿』について,C容疑者との面会を裏付ける証拠とみる。面会簿は,東京地裁が昨年3月と4月にB被告の保釈を認めた際,地裁への提出を義務づけ,原本はA弁護士の事務所で保管されていた。,地検によると,B被告がC容疑者とみられる人物と会った日時などが記されており,地検は29日の事務所への捜索で面会簿を押収した。ただ,捜索では,C容疑者の名刺は見つかっておらず,事務所の職員も面会者を確認していなかったという。ある検察幹部は『逃亡の謀議を黙認していたと疑われても仕方がない』と指摘する。(29面本文。被告読売新聞大阪本社発行に係るものは,B被告が被告とされ, 同月が12月とされ, 面会を裏付けるが 面会の事実を裏付けるとされている。 ) 2 争点及び争点に関する当事者の主張 ⑴ 本件記事が原告らの名誉ないし信用を毀損するものであるか(争点1) (原告らの主張) ア 本件記事のうち, 「ある検察幹部は『逃亡の謀議を黙認していたと疑われても仕方がない』と指摘する。」 との記載部分(以下本件発言部分という。)は,その余の部分も踏まえると, 原告らが,原告法人の事務所内においてBとCとの間で本件密出国の謀議が行われることを知りながら,あえてこれを行わせたとの事実を摘示するものである(以下本件事実摘示という。。 ) 仮に,本件記事が,本件事実摘示を行うものではないとしても,本件発言部分は,第三者の発言の引用という形式で,原告らが本件密出国の謀議が行われることを黙認した疑いがあるとの意見ないし論評をするもの であって,単に検察幹部の1人による見方ないし見立てを報じたものに過ぎないということはできない。 イ 本件記事の一般の読者は,本件事実摘示により,原告らが,犯罪行為である本件密出国に加担しており,原告A及び原告法人所属の弁護士が刑事司法制度を蔑ろにしているとの印象を抱くから,本件記事は,原告ら の社会的評価を低下させ,その名誉ないし信用を毀損する。この理は,本件発言部分が意見ないし論評であると解されるとしても,検察幹部の1人による見方ないし見立てを報じたものとしても,異ならない。(被告らの主張) ア 本件発言部分は,検察幹部の1人が,原告らについて逃亡の謀議を黙認していたと疑われてもやむを得ないとの見方ないし見立てをしているという事実を摘示するものにすぎない。そして,被告らは,令和2年2月1日付け読売新聞朝刊において,かかる見方ないし見立てに対する原告らの反論をも報じている。そうすると,本件記事は,本件密出国に関わる捜査側及び被告人・弁護人側の見方ないし見立てをそれぞれ紹介することにより,国民の関心に応えるものにすぎず,違法行為を構成す るほどに原告らの社会的評価を低下させるものではない。 イ 仮に,本件発言部分について,検察幹部の1人が見解を示した事実を摘示するものと捉えるにとどまらず,その内容を問題とするとしても,本件発言部分は,その直前の(捜査機関による)捜索では,Cの名刺は見つかっておらず,(原告法人の)事務所の職員も面会者を確認していなかったという事実を前提として,逃亡の謀議を黙認していたと疑われても仕方がないとの意見ないし論評を表明したものであり(以下本件意見論評の表明という。,いずれにせよ本件事実摘示をしたものでは) ない。 ⑵ 真実性ないし公正な論評の法理による違法性阻却の成否(争点2) (被告らの主張) ア 本件発言部分は,国民の大きな関心を集めたBの逮捕ないし本件密出国に関する本件記事の一部であって,公共の利害に関する事実に係るものであり,かつ,専ら公益を図る目的に基づくものと評価されるべきである。 イ 前記⑴(被告らの主張)のとおり,本件発言部分は,検察幹部の1人が,原告らについて逃亡の謀議を黙認していたと疑われてもやむを得ないとの見方ないし見立てをしているという事実を摘示するものにすぎない。そして,かかる事実は真実である。 ウ また,仮に,本件発言部分が,本件意見論評の表明に当たるとしても,本件意見論評の表明が前提とする事実の重要部分は捜索では,C容疑者の名刺は見つかっておらず,事務所の職員も面会者を確認していなかったという事実であり,これらの事実はいずれも真実である。なお,原告法人の事務所の職員が,面会者を確認していなかったというのは,来訪者を全く確認していなかったという意味ではなく,身分証や名刺等による身元確認や来訪目的の確認をしていなかったという意味である。そして,本件発言部分が,本件意見論評の表明に当たる場合に,これが意見ないし論 評の域を逸脱したものではない。 エ 以上によれば,本件記事は,真実性ないし公正な論評の法理により違法性が阻却されるものである。 (原告らの主張) ア Bによる本件密出国の責任の所在と本件発言部分とは全く関係がなく,公共性も公益目的も認められない。 イ 検察幹部の1人が,本件発言部分の発言をしたとの事実は,不知ないし否認する。 ウ 本件記事のうち,原告法人の事務所の職員が,面会者を確認していなかったと指摘する部分が,原告らにおいて,身分証や名刺等による身元確認や来訪目的の確認をしていなかったという意味であり,かかる意味での確認をしていなかった事実は認める。 もっとも,上記部分は,その前提として,原告らにおいて,Bの面会者について,身分証や名刺等による身元確認や来訪目的の確認をすべき であったとの事実摘示を含むものであるところ,原告らが,Bの保釈に当たり,その保釈条件として上記のような確認義務の履行を約した事実はない。 したがって,本件発言部分が,本件意見論評の表明に当たると解される場合でも,本件意見論評の表明が前提とする事実の重要部分は真実では ない。 また,Bが,原告法人の事務所の外でもCと会っていたことからすれば,原告らが面会者について身分証や名刺等による身元確認や来訪目的の確認を行っていれば本件密出国の謀議を防止できたという関係は成り立たない。そうすると,本件意見論評の表明は,意見ないし論評としての域を逸脱したものである。 ⑶ 損害の発生及びその数額(争点3) (原告らの主張) 原告らは,本件記事により,名誉及び信用が大きく毀損された。これによる損害額は,被告らそれぞれとの関係で各300万円を下らない。また,被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,上記損害額の1割であるそれぞれ30万円を下らない。 (被告らの主張) 否認ないし争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(本件記事が原告らの名誉ないし信用を毀損するものであるか)につ いて ⑴ 前記第2の2⑴(原告らの主張)及び(被告らの主張)によれば,本件記事が原告らの名誉ないし信用を毀損するものであるかどうかは,本件発言部分が摘示する事実又は表明する意見ないし論評の意味内容に基づき判断すべきであるから,先ず,この点について検討する。 ⑵ この点,ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものである かどうかは,当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準とした意味内容に従って判断すべきである(最高裁昭和29年 第634号 同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁)。この理 は,当該記事が,いかなる事実を摘示し又は意見ないし論評を表明するものであるかを判断するに当たっても妥当するものというべきである(最高裁平成6年 第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照) 。その際,当該記事に用いられている語のみを通常の意味に従っ て理解した場合には,事実の摘示,すなわち証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項の主張に当たると直ちには解せないときにも,当該部分の前後の文脈や,記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し,当該部分が修辞上の誇張ないし強調を行うか,比喩的表現方法を用いるか,又は第三者からの伝聞内容の紹介や推論の形式を採用するなどによりつつ間接的ないしえん曲に前記事項を主張するものと理解されるならば,同部分は,事実を摘示するものと見るのが相当であり,このような間接的な言及は欠けるにせよ,当該部分の前後の文脈等の事 情を総合的に考慮すると,当該部分の叙述の前提として前記事項を黙示的に主張するものと理解されるならば,同部分は,やはり,事実を摘示するものと見るのが相当である(同判決) 。 ⑶ これを本件発言部分について見ると,次のとおりである。 ア 本件発言部分は,形式的には,被告らが主張するとおり,ある検察幹部が,被告ら所属の記者に対し,原告らが本件密出国の謀議を黙認していたと疑われても仕方がないとの意見を述べた事実を摘示するものといえる。しかし,本件記事の別の箇所においては, E次席検事という具体的 な検事の名前を挙げてその発言内容が報じられているにもかかわらず,本件発言部分においては,発言したとされる検察幹部の名前は伏せられ ている。また,仮に,本件発言部分が,単にある検察幹部による発言の事実を摘示するものにとどまるのであれば,当該事実を踏まえて,本件密出国に関し原告らに何らかの被疑事実があるかどうかといったことや,原告らを被疑者とする捜査が行われているかといったことを報じるのが通常であると考えられるが,本件記事にそのような記載はない。 以上のような,本件発言部分の前後の文脈によれば,本件発言部分は,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として解釈すれば,匿名の検察幹部からの伝聞という形式によって,被告らの記者自身が,原告らについて逃亡の謀議を黙認していたと疑われても仕方がないと報じたものと見るのが相当であり,単にある検察幹部による発言の事実を摘示するにとどまるものということはできないというべきである。 イ そこで,本件発言部分が,原告らについて逃亡の謀議を黙認していたと疑われても仕方がないと報じたことが,原告らにおいて本件密出国の謀議を黙認したとの事実を摘示するもの(本件事実摘示)であるか,意見ないし論評を表明するもの(本件意見論評の表明)であるか,更に検討する。 本件発言部分は,そもそも匿名の検察幹部からの伝聞という形式が採られている上, 黙認していたと断定するのではなく, 黙認していたと疑われても仕方がないとの表現が用いられており,断定を避ける表現が重ねて使用されている。また,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準とすれば,本件発言部分は,その直前の部分からの文脈によれば, Cの名刺が見つかっていない事実及び原告法人の事務所の職員が面会者を確認していなかった事実からの推論を述べたものであると見るのが相当であるところ,上記各事実から,原告らにおいて,原告法人の事務所において本件密出国の謀議が行われることを知りながら,あえてこれを行わせたとの事実を推認することは困難である。加えて,本件記事は, 本件密出国に関し,B及びCらに逮捕状が発付されたこと並びにB及びCら間における本件密出国の謀議の詳細を報じるものであって,本件密出国についての原告らの法的責任を問うものではなく,そのことは,本件記事中に,原告らに対する何らかの被疑事実があることや原告らを被疑者とする捜査が行われていることについての指摘がないことからも明 らかというべきである。 以上の検討によれば,本件発言部分は,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として解釈すれば,原告法人の事務所における来訪者の確認態勢が,結果的には本件密出国の謀議を阻止するために十分なものとはなっていなかったとして,原告らは,本件密出国について道義的な非難を免れないとの主張をするものと見るのが相当である。そのような道義的な非難可能性の有無については,証拠をもってその存否を一義的に決 することが可能な事項ということはできないから,意見ないし論評を表明したものというべきであって,間接的ないしえん曲にも,原告らが原告法人の事務所において本件密出国の謀議が行われることを知りながら,あえてこれを行わせたとの本件事実摘示をしたものと認められない。⑷ 本件発言部分が以上のような意見ないし論評の表明であることを前提に, 本件発言部分を中心とする本件記事により原告らの社会的評価が低下したか否かを検討すると,原告らは弁護士ないし弁護士法人であって,刑事司法制度の担い手としてその廉潔性を保持すべき職責を負っているというべきところ,原告らが本件密出国につき道義的責任を負う旨の指摘は,原告らが上記職責を果たしておらず刑事司法制度を蔑ろにしているとの印象を抱かせ得る ものであるから,原告らの社会的評価を低下させ,その信用ないし名誉を毀損するものであると認められる。 2 争点2(真実性ないし公正な論評の法理による違法性阻却の成否)について⑴ 前記1説示のとおり,本件発言部分はいずれも意見ないし論評の表明に当たり,原告らの名誉ないし信用を毀損するものであると認められるところ,ある事実を基礎とした意見ないし論評による名誉毀損については,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,その意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であると証明されたときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評 としての域を逸脱したものでない限り,その行為は違法性を欠くものと解される(前掲最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決) 。 ⑵ これを本件について見るに,本件記事は,本件密出国に関し,B及びCらに逮捕状が発付されたこと並びにB及びCら間における本件密出国の謀議の詳細を報じるものであり,本件発言部分は,上記謀議がされたことについて,Bの弁護人であった原告A及びその所属事務所である原告法人が道義的責任を負う旨の意見ないし論評を行うものであるから,本件記事は公 共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる。 ⑶ また,本件発言部分は,その直前の部分に記載された,原告法人の事務所の職員が,Bの面会者について身分証や名刺等による身元確認をしたり,来訪目的を確認したりしていなかったとの事実を踏まえ,当該事実からの推論 を述べたものであると解される(本件記事中, 事務所の職員も面会者を確認していなかったとの部分が,上記事実を指摘するものであることについては,当事者間に争いがない。。 ) そして,原告法人の事務所の職員が,その来訪者について身分証や名刺等による身元確認をしたり,来訪目的を確認したりしていなかったことについ ては,原告らも認めている。 そうすると,本件発言部分については,その意見ないし論評が前提としている事実が重要な部分について真実であることが認められる。 ⑷ これに対し,原告らは,前記⑶の確認していなかったとの摘示は,原告らにおいて,原告法人の事務所の来訪者の身元確認や来訪目的の確認の義務があったことを前提としているが,原告らはそのような確認義務を負っていなかったから,なお真実に反すると主張する。 確かに,証拠(甲3から5まで,乙30の1及び2)及び弁論の全趣旨によれば,①Bは,保釈許可の指定条件として,被告事件に係る事件関係者 等との接触が禁止され,妻や弁護人等を除くほか,面会した相手の氏名,日時及び場所を記録しておかなければならず,毎月その面会記録を弁護人を介して裁判所に提出しなければならないこととされたが,上記事件関係者等以外との面会は特段禁止されていなかったこと,②原告Aは,東京地方裁判所に対し,Bの弁護人として,平日日中はBを原告法人の事務所に滞在させ,Bが原告法人において面談を行った際には,面談の相手の氏名,時間をすべて記録するなどして,Bが保釈許可条件を遵守するよう指導監 督する旨を誓約したこと,以上の事実が認められる。これらの事実によれば,原告らが,Bの保釈を許可した裁判所に対し,原告法人の事務所におけるBの面会に関し,身分証や名刺等により面会相手の身元確認をしたり,来訪の目的を確認したりする法的義務を負っていたとは認められない。しかし,本件記事において,面会簿の提出については,Bの保釈条件とし て原告らに義務付けられていたことが明記される一方で,身元確認や来訪目的の確認については,Bの保釈条件として原告らに義務付けられていたとまでは明示されていないのであるから, 確認していなかったとの摘示 が,原告法人の事務所の職員が,Bの面会者の身元確認や来訪目的を確認していなかったことについて,道義的責任があることを含意していること は否定できないとしても,Bの保釈許可の条件として,原告らにそのような確認義務があったことを前提として,当該義務を履行していなかったとの事実を摘示していると見ることはできないというべきである。 したがって,この点に関する原告らの主張は採用できない。 ⑸ さらに,前記1⑶説示のとおり,本件発言部分は,原告法人の事務所における来訪者の確認態勢が,結果的には本件密出国の謀議を阻止するために十分なものとはなっていなかったことから,原告らが,本件密出国について道義的な非難を免れないとの意見ないし論評を表明したものと見るのが相当であって,原告らにおいて,原告法人の事務所において本件密出国の 謀議が行われることを知りながら,あえてそれを行わせた旨を明言するものではなく,原告らが本件密出国に関して刑事責任を負うべき旨を主張するものとも解されないのであるから,上記見解の表明がおよそ意見ないし論評の域を逸脱したものと評価することはできない。このことは,原告らが来訪者について身元確認等を尽くしていれば本件密出国を阻止することができたか否かによって左右されるものではない。 ⑹ 以上の検討によれば,本件発言部分を含む本件記事は,公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあって,本件発言部分が前提としている事実が重要な部分について真実であると認められ,意見ないし論評としての域を逸脱したものでもないから,本件記事を掲載した被告らの行為については違法性が阻却されるものと解される。 3 したがって,被告らの行為は原告らに対する不法行為を構成しないから,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求は理由がない。 第4 結論 以上によれば,原告らの請求は理由がないからこれらをいずれも棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第7部 裁判長裁判官 小川 理津子 裁判官 山岸秀彬 裁判官 志村敬一 |