判例検索β > 令和2年(わ)第971号
建造物侵入、窃盗未遂、現住建造物等放火被告事件
事件番号令和2(わ)971
事件名建造物侵入,窃盗未遂,現住建造物等放火被告事件
裁判年月日令和3年11月1日
法廷名札幌地方裁判所
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2021-11-01
情報公開日2022-02-06 19:25:15
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判決主文
被告人を懲役7年に処する
未決勾留日数中210日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1

窃盗の目的で,令和2年10月20日午前0時11分頃から同日午前0時
33分頃までの間,A株式会社B支店支店長Cが看守する札幌市(住所省略)所在の医療法人D(仮称)E病院移転新築工事現場に,同工事現場北側に設置された網フェンスの網の隙間から侵入し,その頃,同所に設置されたF株式会社G支店支店長Hが管理する自動販売機の扉を工具等でこじ開けようとしたが,同扉を開けることができなかったため,その目的を遂げず,
第2

Iほか1名が現に住居に使用している同市(住所省略)所在の同人方居宅
(木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建,床面積合計113.8㎡)に放火しようと考え,同月29日午前1時過ぎ頃,同人方敷地内において,同人方南東側壁面から約30cmの距離に設置されていた灯油タンクの銅管を折り曲げるなどして破損させ,同タンク内の灯油を同人方南東側壁面ないし同タンク直下の地面に向けて漏出させ続けた上,ライターの火で何らかの媒介物に点火し,これを前記灯油を漏出させた地面に置くなどして火を放ち,その火を同人方南東側壁に燃え移らせ,よって,同人方の一部を焼損(焼損面積約0.01105㎡)した。
(証拠の標目)省略
(判示第1の事実認定の補足説明)
第1

争点等(以下,年は令和2年であり,10月20日を本件当日といい,
午後と表記した時刻は10月19日のそれを,午前と表記した時刻は本件当日のそれを示す。)

本件の争点は,被告人が犯人であると認められるか(犯人性)である。本件では,判示工事現場(以下本件工事現場という。)及び付近の状況とその一部に設置された防犯カメラ映像等の証拠が重要であって,これらから認定できる以下の事実関係を前提に,検討する。
1
本件工事現場の北側には,東西にわたり設置された網フェンスを挟んで空き
地(以下本件空き地という。)が隣接し,本件空き地の北側は,東西に走る遊歩道(以下本件遊歩道という。)を挟んで東寄りにマンションJ,西寄りにマンションKがあるというものであった。
2
前記網フェンスの南側約4.9mの位置に東西にわたり設置された単管柵に
は,本件工事現場内の東側に設置された判示自動販売機(以下本件自動販売機という。)が撮影範囲に含まれる箇所に防犯カメラが設置され(以下本件工事現場の防犯カメラという。),マンションJの東側エントランスの内外等に,複数の防犯カメラが設置され(以下マンションJの防犯カメラという。),マンションJの東側の車道を挟んだ反対側に,本件遊歩道東端及びマンションJの東側エントランス出入口付近を撮影範囲に含む防犯カメラ(以下東側カメラという。)が設置されていた。
3
そして,本件自動販売機は,前日に異常がなかったにもかかわらず,本件当
日朝には扉を工具等でこじ開けようとした痕跡が残されていて,この間に被害が生じたと考えられる上,本件工事現場の防犯カメラには,午前0時11分28秒頃,前記網フェンスのうち,黒色ビニール紐が解かれて隙間ができていた箇所(以下本件侵入口という。)があった方向から,不審人物が現れ,前記単管柵をくぐり,本件自動販売機の方向へと歩いて行った場面,午前0時33分20秒頃,本件自動販売機の方向から歩いて来た同人が単管柵をくぐり,本件侵入口方向へ去って行った場面が映っており,他に本件工事現場に侵入した人物の存在は証拠上うかがわれないから,前記不審人物は本件建造物侵入及び窃盗未遂のいずれについても犯人であると認められる(同防犯カメラに映る犯人の映像及びその静止画像を,以下
では犯人の画像という。)。
4
一方,東側カメラには,午前0時35分27秒頃,本件遊歩道東端付近に現
れた不審人物が午前0時35分56秒頃にマンションJの東側エントランス出入口に入る場面が映り,かつ,マンションJの防犯カメラには,同一時刻頃に被告人のみが前記出入口に入る場面が映っているから,前記人物は被告人と認められる。第2
1
犯人と被告人の特徴がおおむね一致すること
証人Mの意見

犯人の画像のほか,マンションJの防犯カメラに映る被告人の映像及びその静止画像(以下マンションJの画像という。)並びに本件当日にマンションJで被告人が着用していたものと同じ衣服及び靴を着用させた上で本件工事現場で後日に実施された検証の際の本件工事現場の防犯カメラに映る被告人の映像及びその静止画像(以下検証時の画像という。)を比較し,犯人と被告人との同一性につき証人Mが述べた意見は,要旨,次のとおりである。
すなわち,犯人の画像と検証時の画像をスーパーインポーズ法(画像と画像を重ね合わせて一致する点,一致しない点を視覚により確認し,識別を行う検査手法)を用いて比較すると,右肩の肩峰が角張っているのに対して左肩はそれが下がっていわゆるなで肩に見える(両肩の高さの不ぞろい)という特徴がおおむね一致していることに加え,歩き方に関し,右足に体重が掛かった場合には,体重が掛かった足の反対側である左側に上半身が傾き,異常歩行であるトレンデレンブルグ歩行の特徴を呈する一方で,左足に体重が掛かった場合にも,体重が掛かった足の側である左側に上半身が傾き,異常歩行とされるデュシャンヌ歩行の特徴を呈しているという点で共通し,その傾きの度合いもおおむね一致していることのほか,歩行時に膝を急に引き上げる(素早く蹴り上げる)といった特徴がおおむね一致した(なお,Mは,一致という概念について,完全に一致,よく一致及び一致
の3段階があり,おおむね一致は一致と同義である旨述べる。)。また,スーパーインポーズ法により重ね合わせた画像に基いて形態学的検査法(色,形及
び大きさの観点から類似点や相違点の比較を行い識別を行う検査手法)を実施したところ,額の広さや前額部の髪の生え際線の位置,喉仏が発達しておらず目立たないなどの複数の身体的な特徴についておおむね一致すると認められたほか,人類学的計測検査法(体の特定の部位に基準点を設けて長さや比率の比較を行い識別を行う検査手法)を実施したところ,全身のシルエットがほぼ重なるとともに,頭頂部から足下までの全長のほか,頭頂部から臀部,臀部から足下,腰から膝,膝から足下,肩から肘,肘から手元といった各身体的部位の長さや比率がおおむね一致した。さらに,犯人の画像とマンションJの画像を形態学的検査法を用いて比較したところ,前額部の髪の生え際線の位置,喉仏が目立たない,両肩の高さの不ぞろいといった複数の身体的な特徴のみならず,歩く際の右腕の振出しの形態がおおむね一致するなどし,一方で,犯人と被告人とが別人であると疑わせる特徴は認められなかった点も加味すると,総合的な判断として,被告人が犯人と同一人と推定されると結論付けることができる。
2
M意見の信用性
Mは,防犯カメラ画像の解析・鑑定に関して警察庁から卓越した専門的知識,
技能,手法を有し,他の模範になる警察職員が指定される広域技能指導官に任命されており,その経験年数や過去の鑑定実施件数に照らし,専門的知見に基いて意見を述べる資質や能力を備えている。また,不鮮明な画質等の影響も考慮して画像上観察可能な範囲で異同識別を行うなど慎重に意見を述べ,意見形成の前提とした基礎資料に不備もなく,3種類の画像による個人識別の方法を用いた手法は科学的である。
特に歩き方等に着目した考察の過程において,Mは,単純なシルエットの比較にとどまらず,整形外科医等から学んだ知見をはじめとする歩行に関する専門的知見に基づき,かつ,両肩の不ぞろいについては,警察内部の被疑者写真のデータベースによれば1000人に1人程度の出現頻度であり,前記各異常歩行については,日本整形外科学会のデータによればそれぞれ100人に1人の出現頻度であり,前
記各異常歩行の特徴が競合することは更に珍しいという客観的な根拠を持って,これらが特異な特徴である旨の見解を示しており,考察の過程が合理的である。また,左大腿骨骨折による後遺症を被告人が抱えているという事情は,障害等がこれらの異常歩行の原因になり得るというMの見解と整合するものともいえる。さらに,Mは,前記のような特異な特徴の一致に加えて,複数の身体的特徴がおおむね一致する点等,多角的に分析して,被告人は同一人であると推定されるとの結論を導いており,この点も意見形成の合理性を支えている。
弁護人は,①Mが,被告人と犯人との同一性を強める方向へ2回にわたり段階的にその見解を変遷させていること,②前記検証時の被告人の歩き方は,警察官からの指示の影響を受けたものであり,被告人の自然な歩き方ではないことなどを指摘して,M意見の信用性が低い旨をいう。
しかし,Mは,当初の意見形成時にはまだ前記検証が行われていなかったため,その結果を考慮して意見を1度変更し,その後,犯人の画像と検証時の画像からスーパーインポーズ法に基づく資料を自ら作成するなどして意見形成の基礎資料を増やして検討を重ねたため,更に見解を改めた旨を説明しており,意見変更に十分な理由があるといえるから,弁護人の指摘①は理由がない。また,スーパーインポーズ法による画像解析等を見据えて再現を行う以上は,歩き始めや足を下ろす際の位置,およその体勢等について警察官が被告人に指示をすることは想定できることである。しかし,犯人と被告人は,特に歩き方に関し,上半身が左側に傾くという点のみならず,その傾きの度合いまでも複数回にわたる再現を通じて犯行の画像とおおむね一致したというのであり,検証時の動画を見ても,被告人に付けた腰紐を伸ばした状態で持った警察官が被告人の歩く速度に合わせて付き添っているにとどまるから,傾きの度合いも含めて被告人の歩き方を犯人の歩き方に一致させるよう細かく指示して被告人を歩かせることは困難と考えられる。また,被告人は,検察官からの

無理に意識して体を左に傾けて歩いたとか,そういうことはあるんですか。

との質問に対し,

一切ないですよ。

とも述べているから,警察官の指示が上記のような細かい指示であったとも考えられない。そうすると,検証時の画像の被告人の歩き方が被告人の自然な歩き方でないとの疑いはないから,弁護人の指摘②も理由がない。以上の検討によれば,M意見は,専門的知見に基づく分析,評価として客観性及び合理性を十分に備えていると認められ,信用することができる。3
そして,Mが犯人と被告人とでおおむね一致すると指摘する特徴には,ど
ちらの足に体重が掛かるかによって異なるタイプに分類される前記各異常歩行の特徴を呈することやその傾きの度合い,両肩の高さが不ぞろいであるといった歩き方等に関する特異な特徴,全長や各身体的部位の長さやその比率を含め人が容易に変えられるとは考えられない特徴のほか,額の広さ等の身体的特徴,右腕の振り出し等の補助的なものもある。また,歩き方に関し,被告人は,異常歩行の原因となり得る左大腿骨骨折による後遺症を抱えるなど犯人像と矛盾しない身体的素因も有しているから,Mの指摘するように前記各特徴がおおむね一致するということは,これらの特徴が一致する別人が偶然いた可能性もないと断定はできない点を留保する必要があるとはいえ,被告人の犯人性を相当程度推認させるものといえる。
第3

被告人の行動が犯人の取ったと考え得る行動と整合すること

前記第1の3のとおり,犯人は,本件侵入口方向から現れ,本件犯行に及んだ後,本件侵入口方向へと去って行ったのであるから,犯人は本件侵入口から本件工事現場に出入りしたと考えるのが自然である。一方,犯人が本件侵入口方向へと立ち去った午前0時33分20秒頃の約2分7秒後である午前0時35分27秒頃に被告人が本件遊歩道東端付近に現れている。本件侵入口から本件遊歩道東端までの通常想定される複数の移動経路を人が普通に歩く速さとされている速度で移動することを前提に計算すると,約1分24秒から約1分54秒で移動が可能と算出されるから,犯人が本件侵入口から立ち去って本件遊歩道東端に到達するであろう時間帯に,被告人が本件遊歩道東端付近に現れたと考えることができるのであって,最も簡
単・自然に思いつく経路かどうかは措くとしても,被告人の行動が犯人が取ったと考え得る行動と整合するということはできる。ただし,本件遊歩道の中間地点付近にマンションJとマンションKの間を通る小道が設けられていたほか,本件空き地の西側には,防犯カメラがあるものの相当部分が死角となり,死角部分に設けられた鉄柵等も高さが約138cmと乗り越えるのがさほど困難とはいえないものであったから,被告人の行動が犯人の取ったと考え得る行動と整合する点を単体としてみれば,被告人以外の第三者が,防犯カメラに映ることなく,本件空き地を通って本件犯行に及び立ち去った可能性を残すことは,否定されない。
第4
1
総合的な判断
前記第2で検討したMの指摘する犯人と被告人の前記各特徴がおおむね一
致することが,先に指摘した留保の必要があるとはいえ,被告人の犯人性を相当程度推認させるものといえることを前提とすれば,前記第3で検討した被告人の行動が犯人の取ったと考え得る行動と整合することは,単体では被告人以外の第三者が犯人であった可能性を残すものの,前記の被告人の犯人性の推認を更に強めるものといえる。なぜなら,深夜の人通りの少ない時間帯の本件工事現場付近に,Mが指摘する各特徴を有する人物が被告人以外にもう一人おり,かつ,その人物が本件犯行後に本件遊歩道東端を通らずに立ち去る一方で,本件犯行の犯人が本件侵入口から立ち去るとすれば本件遊歩道東端に到達するであろう時間帯に被告人が本件遊歩道東端付近に現れるという偶然が重なることは想定し難いからである。したがって,前記第2及び第3で検討した事実関係を総合すれば,被告人が犯人であると判断できる。
2
これに対し,被告人は,本件犯行の記憶がなく,マンションJに入る直前に
本件遊歩道東端付近に現れた経緯もマンションJを出た後の経緯も帰宅経路の一部を除き覚えていない旨供述する。なお,Nなる人物に会いに行こうと考えて,夜,aの方へ出掛けて同人方を探したが見付からず,その途中,母親と同居するための住まいも探していたため,気になったマンションJに立ち寄った旨も供述する。
しかし,被告人供述は,Nに関する内容が曖昧である上,Nとは5年間会っておらず住所も連絡先も知らないとも述べており,そのような者に急に会いに行こうと思い立ち,同人方が探し出せないと,住まい探しのためマンションJに立ち寄ったという場当たり的な経緯である点など,相当に不自然である。Nを探す過程で立ち寄った旨を供述する先についても同所の防犯カメラ等によって立ち寄りを確認することができない場所が複数あるなど他の証拠との整合性もない。したがって,被告人供述は基本的に信用できない。また,仮に,本件犯行の記憶がない理由が,弁護人の指摘する記憶障害を生じた可能性にあるとしても,それだけでは前記1の判断は揺らがない。
第5

結論

以上の次第であって,被告人が犯人であると常識に照らして間違いないと認められる。
(判示第2の事実認定の補足説明)
第1

争点等(以下,10月29日を本件当日といい,時刻は本件当日のそれ
を示す。)
関係証拠によれば,I方(以下被害者方という。)の南東側壁面(以下被害者方外壁という。)付近に火源となり得るものがなく,本件は,何者かが,被害者方外壁から約30cmの位置に設置された灯油タンク(以下本件灯油タンクという。)下部中央から,地面に向かったらせん状の送油用の銅管(以下本件銅管という。)を,手で折り曲げて切断し,その切断面から被害者方外壁ないし本件灯油タンク直下の地面に向けて灯油を漏出させた上,火を放った放火事件(以下本件犯行という。)と認められる。本件の争点は,被告人がその犯人であると認められるか(犯人性)である。
第2
1
犯人性判断の前提として認定できる犯行時刻について
燃焼実験及び本件灯油タンクに残る灯油量から,それぞれ推定される犯行時
刻は,次のとおりである。



燃焼実験から推定される犯行時刻

実施された実験の概要は,被害者方敷地内の土と同種の土壌を用い,被害者方外壁に使用されていたモルタルと主成分がおおむね同じケイ酸カルシウム板(ケイカル板)を被害者方外壁に見立てて,本件犯行の際に本件銅管から漏出していたのとおおむね同量の灯油を漏出させた状態で,土壌の上に火を点けた封筒を置いて着火するというものであった。

炎の高さから推定される犯行時刻

被害者方周辺を偶然通り掛かった目撃者(O)が午前1時18分頃から撮影した動画によれば,炎が,高さ約1.94mの本件灯油タンクの上方まで達していることが認められる。そして,燃焼実験の際には,炎が高さ2mに達するまでに10分5秒程度を要し,その後は炎が約2ないし3mの高さで燃焼し続けたことを踏まえると,午前1時8分以前の時間帯が犯行時刻であると推定される。なお,当時は小雨が降っていたところ,燃焼分野を専門に研究するP教授は,灯油が水よりも軽く,上層に溜まることなどから,水たまりがあったとしてもほとんど影響がないとの意見を述べており,その専門的知見に基づく意見に不合理な点はないから,P教授の意見は信用できる。
したがって,午前1時18分頃の炎の高さからは,午前1時8分以前の時間帯が犯行時刻であると推定することができる。

モルタルの破裂音がした時刻から推定される犯行時刻

被害者方隣人のスマートフォンの録音アプリには,午前1時15分21秒から,計5回にわたり,火源に近い場所から遠くに向かって被害者方外壁の仕上げモルタル部分5箇所が火災の熱により剥がれ吹き飛んだ際の破裂音が録音されていた。そして,モルタルは急激に加熱されて500度を超えると構造的に脆くなって破裂が起きやすくなるという性質を有するところ,前記燃焼実験においては,モルタルが破裂した箇所とおおむね同じ高さのケイカル板の温度は,着火から12分12秒後には約484度に,12分42秒後には約517度に達しており,被害者方外壁の
温度が約500度に達した時にモルタルの破裂が起きたと仮定すると,犯行時刻は,おおむね,午前1時2分頃から午前1時3分頃までの時間帯と推定することができる。加えて,本件当日に降っていた小雨が被害者方外壁の温度上昇に与える影響について,P教授は,前記アの動画で確認した被害者方の炎の燃え上がり方からすると,小雨によって外壁が少し濡れていたくらいでは炎の熱量によってすぐに乾いてしまうと考えられることなどを理由に,小雨の影響はほとんどないとし,生じ得る誤差は30秒程度ではないかと思うとの意見を述べている。後述するQ社の防犯カメラの濡れ具合や被害者方付近の水たまりの様子からは,本件犯行以前に一定の雨量があったと考えられるものの,本件灯油タンクが設置されていた被害者方南東側は,隣家(R方)との距離が約170cmであり,雨風の吹込みがある程度制限されると考えられ,また,被害者方外壁は,仕上げモルタルの上に塗装が施されており,壁面に雨が吹き付けたとしても塗装の下のモルタルが直ちに濡れることとはならないと考えられることも考慮すれば,P教授の前記意見は不合理なものではない。そうすると,モルタルの破裂音がした時刻からは,前記の30秒程度の誤差を踏まえ,午前1時1分30秒頃から午前1時3分頃までの時間帯が犯行時刻であると推定することができる。


本件灯油タンクに残る灯油量から推定される犯行時刻

本件灯油タンクの10月22日の時点の給油量から,被害者方に臨場した消防隊員らがそのコックを閉めた午前1時22分頃の灯油残量を差し引くと,7日間で約50L減少していることが明らかである。被害者方の1日当たりの灯油の平均使用量は約4.13Lであり,誤差を考慮し,1日当たりの使用量を約4Lないし約4.3Lとすると,推定される7日間での合計灯油使用量は約28Lないし約30.1Lとなる。そうすると,灯油減少量(約50L)から,灯油使用量(約28Lないし約30.1L)を差し引くと,本件犯行時に漏出したと推定される灯油の量は約19.9Lないし約22Lとなる。そして,本件銅管からは毎分約1.08Lの灯油が漏出するとの検証結果を前提に,前記の灯油漏出量(約19.9Lないし約2
2L)を漏出するのに要する時間を計算すると,約18分間ないし約20分間となる。そうすると,前述の午前1時22分頃の約18分前ないし約20分前である午前1時2分頃から午前1時4分頃までの時間帯が,犯行時刻であると推定することができる。
2
これら3つの独立した観点から推定される犯行時刻は,相互に整合して,支
え合っている上,燃焼実験の際の現場の再現状況が恣意的であるといった事情はなく,灯油の使用量についてもやや幅をもった数値を前提にするなど,その推定の過程に不合理な点は見当たらない。そのため,3つの観点から推定される犯行時刻を総合すれば,本件の犯行時刻は,午前1時1分30秒頃から午前1時4分頃までと認められる(以下本件犯行時刻という。)。
第3

その他の認定事実について

1
防犯カメラ映像等の関係証拠によって認められる事実関係

被害者方は,b通の1本北東側の通りに面した住宅街に位置する。Q社は,
被害者方の南西方向にb通を挟み,b通南西側に面して位置し,Q社からb通を北西方向に進んだところにS社がb通南西側に面して位置し,更にb通を北西方向に進んだところに,T店がb通北東側に面して位置する。被害者方周辺において,Q社には,b通北西方向を撮影範囲に含み,Q社北東側駐車場(以下本件駐車場という。)前からb通を北西方向に移動する人物がいれば映り込む防犯カメラ(CAM1)及びQ社南側の市道を撮影範囲に含む防犯カメラ(CAM3)が設置されていた(以下,2台の防犯カメラを併せてQ社の防犯カメラともいう。)。S社には,T店を撮影範囲に含む防犯カメラが設置されていた(以下S社の防犯カメラという。)。T店には,同店南西側のb通北西方向を撮影範囲に含む防犯カメラが設置されていた(以下T店の防犯カメラという。)。Q社南側を走る市道に面するマンションUには,Q社より南東側のb通上を撮影範囲に含む防犯カメラが設置されていた(以下マンションUの防犯カメラという。)。このほか,被害者方の周辺には,被害者方から離れた位置に2台の防犯カメラが設置されてい
た。

Q社の防犯カメラ(CAM1,同3)には,午前0時59分24秒頃,Q社
南側の市道を左手に軍手を着けて進行してきた被告人が,本件駐車場で立ち止まった後,b通を横断するように北東方向に移動し始め,午前1時0分30秒頃にQ社の防犯カメラ(CAM1)の撮影範囲から外れる場面が映っていた。S社の防犯カメラには,午前1時8分24秒頃に,被告人が,T店とその南東にある隣の建物の間から出てくる場面が映っており,T店の防犯カメラには,午前1時8分33秒頃に,被告人が同店前南西側歩道を北西方向に進行して行く場面が映っていた。
以上のほかには,午前0時49分22秒頃に,歩行者1名がb通を北西方向へと歩いていく場面,午前0時58分37秒頃に,女性1名がマンションUに入っていく場面を除いて,午前0時30分から午前1時15分までの間に,前記アの6箇所の防犯カメラに人影は映らなかった。

その後,午前1時55分頃,被害者方から3.5km余り,被告人方から2.
5km余りの位置にある札幌市c区内の歩道上において,V警察官ほか1名は,被告人に対し,職務質問を行った。その時,被告人は,左右いずれにも灯油が付着した軍手(以下本件軍手という。),ライター及びペンライト等を所持しており,被告人が上着のポケットから取り出した本件軍手からは灯油の臭いがした。前記⑴の認定の補足説明

Q社の防犯カメラに映る被告人が左手に軍手を着けていた事実を認定した理
由は,次のとおりである。Q社の防犯カメラは,赤外線の反射に応じて,素材を黒色,灰色,白色に映す赤外線カメラであるところ,本件当日の被告人の映像及びその静止画像(以下本件当日の画像という。)等を見た前出のMは,本件当日の画像上の被告人が,手袋様の物を身に着けていると考えられるとする。Mは,顔部分と左手部分の色を比べると,左手が全体的に均一な白色であり,顔よりも白いといえ,かつ,指と指の間の灰色の濃淡(皮膚感)が確認できないことなどを,後日
の検証の際にQ社の防犯カメラに手袋を着けずに映った被告人の顔部分と左手の映り方等と比較しつつ,合理的に説明しているから,専門的知見に基づくMの見解は,信用できる。そして,被告人は,本件当日には本件軍手以外に手袋様の物を所持していなかったのであるから,被告人が左手に着けていたのは本件軍手であると認められる。

被告人が取り出した本件軍手から灯油の臭いがした事実を認定した理由は,
次のとおりである。すなわち,同事実を体験した旨のV警察官の証言は,本件当日に本件軍手の左右から灯油が検出されたことと整合している上,被告人が上着から本件軍手を取り出した時に灯油の臭いを感じたとの経過が自然であることなどから,信用できる。もっとも,V警察官は灯油臭が強かった旨も証言するところ,殊更に虚偽を述べているとは考えられないが,臭いの感じ方には個人差がある上,その証言内容も感覚の域を出るものではないから,本件軍手から灯油の臭いがしたという限度で認定するのが相当であると判断した。
第4
1⑴

被告人の行動等について
前記第3の認定事実のとおり,被告人は,本件犯行時刻(午前1時1分3
0秒頃から午前1時4分頃まで)の約1分前から約3分30秒前である午前1時0分30秒頃に,本件駐車場から北東に移動し始めていたと認められる。そして,本件駐車場から本件灯油タンクへの経路としては,隣立する建物の間の小道を通る経路と市道を通る経路があるところ,距離の長い後者の経路を選択したとしても,その距離は約72mであり,本件駐車場から1分前後で本件灯油タンクに到達することができる。そうすると,本件犯行時刻の直近の時間帯に被害者方付近に位置する本件駐車場から北東に移動し始めていた被告人には,本件犯行の機会があったといえる。そして,被告人が本件駐車場からb通を横断してb通沿いに北西に進行した場合には,Q社の防犯カメラ(CAM1)に,南東に進行した場合には,マンションUの防犯カメラにそれぞれ映り込むはずであるところ,そのような人影は各防犯カメラ映像に映っていなかった(前記第3の1⑴イ)のであるから,被告人は,本
件駐車場から北東に移動し始めた後,b通を横断して被害者方のある方向へ進行を続けたと認められる。そうすると,被告人は,本件犯行時刻の直近の時間帯に,被害者方のある方向へ進行したといえるが,かかる事実は,被告人に犯行の機会があったというのみならず,犯行直前の犯人の行動として整合的なものといえる。その余の被告人の行動についてみると,被告人は,本件当日に自宅を出る際には着けていなかったと供述する本件軍手を本件駐車場で身に着けていた一方で,本件犯行から約50分後に実施された職務質問時までには本件軍手を外している。被告人が供述する防寒等という点を含めて,被告人が本件軍手を身に着けたり外したりした理由には種々想定ができるとはいえ,こうした被告人の行動は,過去の仕事上の経験により得た銅管を手で折り曲げて切断する方法に関する知識に基づいて,銅管を握る手の滑り止め,指紋の付着や手指のけがの防止といった本件犯行の準備のために本件軍手を装着し,本件犯行を終えてこれを外したとも理解できるものである。また,被告人は,Q社の防犯カメラの撮影範囲から外れてから約8分3秒後に,被害者方から約500m程離れたT店前のb通を北西に向け秒速約1.77mと本件駐車場付近を歩く際より早足で進行して被害者方の周辺から離れており,これは,本件犯行後に現場から急いで離れようとしたものとも考えられる。これまで見てきた本件犯行時刻前後の被告人の一連の行動は,本件犯行の犯人として想定される行動と整合的であるから,被告人に犯行の機会があることと併せて被告人の犯人性を推認させるものである。


これに対し,弁護人は,①犯行態様を明らかにするために実施された燃焼実
験において媒介物を用いた際には必ず確認された残焼物が,被害者方南東側からは発見されていないことを理由に,本件犯行に媒介物が使用されたとは考えられず,媒介物を用いない場合には着火に要する時間が長くなること,②本件犯行の前になされるはずの物色行為には一定の時間を要することなどを理由に,被告人が,本件犯行に及んだ後,T店前に現れることは不可能であって,被告人は犯人でない旨をいう。しかし,前記の燃焼実験は,4種類の方法を用いてそれぞれ着火するか否か
を明らかにするために行われたものであり,着火後に燃焼し続けた場合に残焼物が残るかどうかを明らかにするためのものではない。本件犯行時刻の末期である午前1時4分頃から鎮圧された午前1時54分頃まで燃焼し続けた間に媒介物が完全に焼失した可能性のほか,消火活動の際に残焼物が水で流された可能性も考えられるから,残焼物が発見されなかったことは,犯人が媒介物を用いなかったことを当然に意味するものではないのであって,弁護人の主張①は理由がない。また,被告人は,過去に被害者方の周辺地域に居住していたことがあって土地勘があると考えられることのほか,b通を渡った後に市道を通って被害者方に向かって歩けば,歩道から本件灯油タンクを発見することは十分に可能であり,犯行が不可能となる程に物色に長時間を要するとは考え難いから,弁護人の主張②も理由がない。そして,本件銅管を手で折り曲げて切断することは5秒程度で可能と認められ,前記のとおり,その知識がある被告人の供述でも4秒程度で可能であるというのであり,結局,被害者方からT店までの経路や被告人の歩く速度,本件犯行に要する時間については,検察官が主張するものも含めて被告人による犯行を可能とするものを具体的に想定することができる。したがって,弁護人の主張を踏まえても,前記⑴の検討は揺らがない。
2
他方,被害者方の周辺に設置された前記第3の1⑴アの6箇所の防犯カメラ
映像には,被告人以外に被害者方付近に向かう者が映っておらず,被告人以外に本件犯行に及んだ者がいたことを具体的にうかがわせる証拠はないものの,前記の6箇所の防犯カメラは被害者方の周辺の一部を撮影するにとどまり,その撮影範囲も限定的であって,防犯カメラに映らずに被害者方へたどり着くと想定できる経路が多数あるから,前記1⑴の推認については,被告人以外の第三者が,防犯カメラに映ることなく被害者方へ行き,本件犯行に及び,防犯カメラに映ることなく立ち去った可能性(以下第三者が犯人の可能性という。)に関し,他の事実関係と併せて総合的に判断する必要がある。
第5

被告人の所持品について

1
本件銅管を手で折り曲げて切断して灯油を漏出させたという本件犯行の方法
に照らすと,犯人が手袋様の物を身に着けていれば,これに灯油が付着したと考えるのが自然である。そして,被告人が本件犯行時刻の直前に身に着けていた本件軍手については,同犯行時刻の約50分後に行われた職務質問時に灯油臭がして左右いずれにも灯油が付着していた。その他にも,被告人が前記職務質問時に所持していたライターについては着火物となり得るもの,ペンライトについては手元を明るくするためのものなどと,本件犯行との関連も説明でき,それぞれ,本件犯行の犯人であれば所持していて不自然ではない物といえる。もちろん,これらの所持品を個別に見れば,ライターは煙草を吸うため,ペンライトは暗い夜道を照らすため,本件軍手も防寒等のためであり,かつ,本件犯行と無関係に灯油が付着した可能性もあるなどと所持していた一応の説明が可能ではある。しかし,先に説示したように本件犯行との関連も個々に説明し得る本件軍手,ライター及びペンライトを組み合わせて,かつ,本件犯行時刻の約50分後という時間帯に所持していたという事実関係は,第三者が犯人の可能性を直ちに排斥しない点を留保する必要があるが,本件犯行と被告人との結びつきを相応に指し示すものといえる。
2⑴

これに対し,弁護人は,本件軍手以外に被告人の体や着衣から灯油が検出
されていないことを前提に,手で本件銅管を切断する際に,本件軍手以外の箇所に灯油が付着しないことは不自然であるとし,本件軍手に灯油が付着したのは,本件犯行とは別の場面である可能性が高い旨主張する。しかし,本件銅管を切断する際の体勢には様々なものが考えられ,切断前に本件灯油タンクのコックを閉めて切断後に再び開くなどの手順も考えられるから,本件軍手以外の弁護人が指摘する箇所に必ず灯油が付着するとは限らないのであって,弁護人の主張を踏まえても前記1の検討は揺らがない。


被告人は,本件軍手に灯油が付着している理由に関し,10月26日に自宅
に設置されていたストーブを点検した際,本件軍手を着けた左手のひらに取り外した給油ホースを置き,漏れ出た灯油を左手のひらで受けて本件軍手に付いたなどと
供述する。しかし,被告人が述べる点検に至る経過やその態様は不自然であり,被告人の供述を裏付ける証拠もない。さらに,被告人は,捜査段階では,給油ホースからぼたっとシャンプーのボトルをワンプッシュしたぐらいの灯油が床にこぼれたので,これを本件軍手を着けた左手の小指外側で拭いたなどと供述していたにとどまるにもかかわらず,公判では,そのようなこともあったとしつつ,上記のとおり供述し,本件軍手に灯油が付着した箇所に関する説明を追加したが,追加部分を供述していなかった理由について,警察官がうそばかり言うので話をするのが嫌になったなどと述べるにとどまり,合理的な説明をしたとは認められない。むしろ,被告人は,本件当日の約2か月後にされた被告人方の検証において,灯油コック下の床面などから,灯油等の鉱物油の付着は認められなかったため,本件軍手の左右に灯油が付着した理由を変更したとも考えられ,供述の経過が不自然である。したがって,被告人の前記供述は全体的に信用できない。
第6

総合的な判断

前記第4及び第5で指摘した事実関係は,既に検討したとおり,各々を単体でみれば,第三者が犯人の可能性を直ちに排斥するものではない。しかし,被告人は,⑴本件犯行時刻の約1分から約3分30秒前の時間帯に被害者方から長くても約72m離れた付近にいて犯行の機会があったというだけでなく,灯油タンクの銅管を手で折り曲げて切断できるという知識を有し,犯人がその知識を用いて犯行に及ぶのであれば手袋様の物を身に着けていて不自然でない中,本件当日に自宅を出る際には着けていなかったという本件軍手を身に着けた上で,被害者方のある方向へ進行するという犯行直前の犯人と考えて整合する行動をし,また,⑵犯行直後の時間帯にも被害者方の周辺から足早に立ち去ろうとするなどの犯人が取ると考えるのが自然な行動をし,さらに,⑶本件犯行の約50分後には,左右のいずれにも灯油が付着した状態であって犯人の所持品と考えて不自然でない本件軍手,着火物となり得るライター及び手元の明るさを確保するためのペンライトという本件犯行と被告人との結びつきを相応に指し示す組み合わせでこれらの品を所持していた。このよ
うな事情を備えた被告人とは別に,深夜の人通りの少ない被害者方周辺において,その存在を具体的にうかがわせる証拠のない中で,前記第3の1⑴アの6箇所の防犯カメラに映ることなく被害者方付近にたどり着いた第三者が本件犯行に及び,同防犯カメラに映ることなく立ち去ったという偶然を想定することは現実的に困難である。したがって,前記第4及び第5で指摘した事実関係を総合すれば,第三者が犯人の可能性は抽象的なものといえるから,被告人が犯人であると判断できる。そして,本件犯行の記憶がない旨の被告人の供述は,内容が全体的に場当たり的であり,仮に,記憶がない理由が,弁護人の指摘する記憶障害による可能性があるとしても,記憶がないこと自体が前記判断に疑念を生じさせるものでもない。第7

結論

以上の次第であって,被告人が犯人であると常識に照らして間違いないと認められる。その上で,着火の際,媒介物にライターを用いれば,被告人が本件犯行を実現できることから,ライターの火で何らかの媒介物に点火したと認定した。(累犯前科)
被告人は,⑴平成26年10月31日札幌地方裁判所で建造物損壊罪により懲役2年6月に処され,平成29年3月30日その刑の執行を受け終わり,⑵その後犯した建造物等以外放火罪により平成30年9月25日同裁判所で懲役2年4月に処され,令和2年1月31日その刑の執行を受け終わったものであって,これらの事実は統合捜査報告書によって認める。
(法令の適用)
1
構成要件及び法定刑を示す規定

被告人の判示第1の所為のうち,建造物侵入の点は刑法130条前段に,窃盗未遂の点は同法243条,235条に,判示第2の所為は同法108条にそれぞれ該当する。
2
科刑上の一罪の処理

判示第1の建造物侵入窃盗未遂との間には手段結果の関係があるので,刑法5
4条1項後段,10条により1罪として重い窃盗未遂罪の刑で処断する。3
刑種の選択

判示第1の罪については懲役刑を,判示第2の罪については有期懲役刑をそれぞれ選択する。
4
累犯加重

前記の各前科があるので刑法59条,56条1項,57条により判示各罪の刑についてそれぞれ3犯の加重をする(ただし,判示第2の罪の刑は,同法14条2項の制限に従う。)。
5
併合罪の処理

刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第2の罪の刑に同法14条2項の制限内で法定の加重をする。
6
宣告刑の決定

以上の刑期の範囲内で被告人を懲役7年に処する。
7
未決勾留日数の算入

刑法21条を適用して未決勾留日数中210日をその刑に算入する。8
訴訟費用の不負担

訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させない。(量刑の理由)
被告人は,火力を用いた建造物損壊罪,建造物等以外放火罪という前記累犯前科2犯を有しながら,直近の刑の執行終了から約9か月で,罪種がより深刻な本件放火に及んでおり,犯行へ向けた意思決定は強い非難に値する。本件放火は,人通りも少ない深夜の時間帯に,民家等が隣立する住宅街に位置する被害者方の外に設置されていた400L余りの灯油を貯留している本件灯油タンクの送油管を破損して灯油を漏出させ続けた状態で火を放つという非常に手慣れた犯行であり,発見が遅れていれば,居住していた被害者のほか,近隣住民の生命等も危ぶまれた相当に危険なものである。被告人と何の関係もない被害者らにいわれのな
い多大な恐怖心を与え,被害者に生じさせた財産的被害も少なくなく,被害者らが厳しい処罰を望むのも理解できる結果を生じさせた。加えて,建築工事現場に侵入して自動販売機から現金を盗み出そうとした建造物侵入窃盗未遂の犯行も,同種の服役前科が多数ありながら及んだものであり,軽視できない。このように,本件各犯行に関する事情は相当に悪質であるから,その評価に際し,本件放火の焼損面積が小さく被害者方外壁の一部の焼損にとどまること,本件放火による死傷者がなく近隣家屋に延焼するまでの深刻な事態は幸いにも避けられたこと,本件放火が偶然目を付けた被害者方に狙いを定めて場当たり的に及んだ犯行と見る余地もあり高い計画性を備えていたとも断じられないことといった事情を考慮しても,同種事案((処断罪)現住建造物等放火,(共犯関係等)単独犯,(処断罪と同一又は同種の罪の件数)1件,(被害状況)一部焼1棟,(所在地)住宅密集地,(燃料使用)あり,(動機)背景なし・不明又はその他)の量刑傾向の中で,本件はやや重い部類に位置付けられる。
その上で,被告人が本件を全て否認し,反省しているとはいえないことなどの事情も併せ考慮して,被告人を主文の刑に処するのが相当であると判断した。(検察官沼前輝英,同小沼智,国選弁護人塚田学(主任),同浅水正(求刑

懲役10年)

令和3年11月1日
札幌地方裁判所刑事第1部

裁判長裁判官

石田寿一
裁判官

古川善敬
各出席)

裁判官

北村規哲
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