判例検索β > 令和2年(わ)第934号
覚醒剤取締法違反被告事件
事件番号令和2(わ)934
事件名覚醒剤取締法違反被告事件
裁判年月日令和3年11月4日
法廷名札幌地方裁判所
全文全文
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2021-11-04
情報公開日2022-02-06 19:25:08
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令和3年11月4日宣告
令和2年(わ)第934号
判決
上記の者に対する覚醒剤取締法違反被告事件について,当裁判所は,検察官大友隆及び同中田和暉並びに国選弁護人平岩篤郎各出席の上審理し,次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役2年6月に処する
未決勾留日数中170日をその刑に算入する。
札幌地方検察庁で保管中の覚醒剤4袋(札幌地方検察庁令和2年領第1322号符号1-1-1,2-1-1,2-2-1,3-1)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1

法定の除外事由がないのに,令和2年11月29日頃,札幌市a区bc丁目
d番e号ホテルfg号室において,覚醒剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類若干量を含有する水溶液を自己の身体に注射し,もって覚醒剤を使用し,第2

みだりに,同日,同所において,覚醒剤である塩酸フェニルメチルアミノプ
ロパンの結晶粉末約0.675グラム(令和2年領第1322号符号1-1-1,2-1-1,2-2-1,3-1はその鑑定残量)を所持した。
(証拠の標目)
括弧内の甲乙の番号は,証拠等関係カードにおける検察官の証拠請求番号である。判示事実全部について


被告人の公判供述



第1回公判調書中の被告人の供述部分



捜索差押調書抄本(甲6)

判示第1の事実について


鑑定嘱託書謄本(甲3)



鑑定書(甲4)



写真撮影報告書(甲5)

判示第2の事実について


捜査報告書(甲9〔謄本〕,12)



鑑定嘱託書謄本(甲8)



鑑定書(甲10)



札幌地方検察庁で保管中の覚醒剤4袋(札幌地方検察庁令和2年領第1322号符号1-1-1,2-1-1,2-2-1,3-1。甲14から17)
(証拠能力についての説明)
第1

争点

弁護人は,被告人が判示各事実である覚醒剤の使用,所持に及んだことは争わないものの,これらに関する証拠(甲3から6,8から10,12,14から17)は違法収集証拠として証拠能力が否定されるべきであり,これらを除く証拠によっては,本件各公訴事実はいずれも補強証拠を欠き,立証されないことになるから,被告人は無罪であると主張する。
そこで,以下,前記各証拠の証拠能力が肯定できる理由を説明する。第2

本件各証拠の押収等に関する認定事実

関係証拠によれば,前記証拠の押収や被告人の逮捕に至る捜査の経緯として,以下の事実が認められる。
1
札幌方面豊平警察署のA警部らは,令和2年10月7日(以下,特記しない限り,日付の記載は全て同年を指す。),同月5日頃に発生したBほか1名による生命身体加害略取等事件(以下,単に略取事件という。)を認知してその捜査を開始した。A警部のほか,同警察署のC警部補,D巡査部長らも,
同捜査に従事した。A警部らは,Bの犯歴写真(平成27年7月23日撮影のもの。甲30資料1)及び略取事件の使用車両に遺留されていたB名義の運転免許証(令和元年10月11日交付のもの。甲30資料2)の写真で,Bの容貌を確認し,主として撮影日時がより新しい同免許証の写真を人定の手掛かりとすることにした。
A警部らは,前記使用車両に札幌市内のホームセンターを利用した10月4日付けのレシートが遺留されていたことに基づき,同月7日,同ホームセンターの防犯カメラ映像を確認し,同映像に写っていた男(甲22添付写真)が,前記免許証の写真と同様,頭髪の両側面が短く刈り上げられ,目つきが鋭かったことから,Bであると判断した。
A警部らは,同月9日,略取事件の共犯者がEであることを把握し,その犯歴写真(平成29年8月4日撮影のもの。甲30資料3)や運転免許証の写真(令和元年11月15日交付のもの。甲30資料4)を確認したところ,頭髪に目立った刈り上げがなく,目つきも鋭くないとみて,前記ホームセンターの防犯カメラ映像に写っていた男とは異なると判断した。
A警部らは,略取事件の被害者が事件当時にBから医薬品をもらったという情報提供を基に,10月14日,ドラッグストアの防犯カメラ映像(甲24添付写真)を確認し,同映像に写っている男につき,前記ホームセンターの防犯カメラ映像に写っていた男と同一人物とみて,Bであると判断した(ただし,12月9日のBの逮捕後,前記ホームセンターやドラッグストアの各防犯カメラ映像に写っていた男が,実際にはEであることが判明した。)。10月21日,略取事件に係るBに対する逮捕状(同逮捕状は,有効期間内にBの逮捕に至らず,同月28日及び11月28日に同一の被疑事実で再発付されているが,これらを区別せずに,以下本件逮捕状という。)及びEに対する逮捕状が発付された。以後,A警部らは,Bの所在捜査を継続して行い,この時点で,Bが,情婦であるFと共に行動しており,F名義の自動車
(白色・札幌hみi号。以下自動車Gという。)を使用しているとの情報を得ていた。
A警部らは,Bの容貌の特徴として,前記のとおり,頭髪の両側面が短く刈り上げられていること,目つきが鋭いことに注目しており,他方,Bの額に深いしわ状の傷痕が存在することを把握していたものの,これを直接目で確認したことはなく,前記免許証等の写真を見てもさほど目立つものではないと判断し,特徴として重視はしなかった。
2
A警部らは,10月21日,千葉県警の捜査員から,Hが別件の覚醒剤使用の被疑事実で指名手配を受けており,豊平警察署管内でHに対する逮捕状を執行することを知らされた。A警部らは,同月22日,千葉県警の捜査員から,Hを逮捕するためHの潜伏先に赴いたが,Hは,男の運転する自動車Gの助手席に乗り込み逃走したことを知らされた。その際,A警部らは,同捜査員にBとFの顔写真を見せたところ,自動車Gを運転していた男はBと似ており,逃走した女はFではなくH本人で間違いないとの回答を得て,その運転手がBであり,BとHとにつながりがあると判断した。その後,A警部らは,Hが立ち寄ったコンビニエンスストアの防犯カメラ映像により,Hの容貌を把握した上,自動車Gを捜索することにした。

3
C警部補は,10月29日,札幌市内のインターネットカフェの駐車場において自動車Gを発見した。同カフェの従業員に確認すると,同車の利用者はI名義の会員証を利用していたが,D巡査部長は,B名義の会員証を警察署で保管していたこともあり,BがI名義の会員証を使っている可能性があると考えた。同従業員にBの顔写真を見せると,キャップ,マスク,眼鏡を着用しているが,前記利用者によく似ているとの回答を得た。
C警部補らが同カフェにいた同利用者に対して直接確認したところ,同利用者はBではなくIであったことが判明し,前記2のHが逃走した際に自動車Gを運転していた男がIであったことも判明した。なお,Iは,同日中
に,覚醒剤所持の事実により現行犯人逮捕された。
A警部らは,HがF名義の車両で逃走したことに加え,Iからの事情聴取の最中にFからIの携帯電話に電話があり,BがFと代わってその電話に出て,Iと代わったC警部補と話すという経緯があったことなどから,BとHとにつながりがあると考えた。
4
11月19日,Hから,豊平警察署のIの取調べ担当者に宛てて電話が入り,D巡査部長が同電話に対応したところ,Hから,Bの面倒を見るのに疲れたので早く逮捕してほしい,BはこれからJという人物から譲り受けた自動車Kで動くが,石狩市から生活保護を受けているLという女のところに行くかもしれない,などと言われ,その内容をA警部らに報告した。その後,D巡査部長らは,石狩市に対し,Lの生活保護の受給者照会を実施したが,該当する情報は得られなかった。
D巡査部長らは,同月20日,札幌市j区内のBの立ち回り先の視察中,その付近路上で男が運転する自動車K(シルバー色・札幌kすl号)と擦れ違った。D巡査部長らは,その男について,年齢や頭髪の刈り上げ具合,前日にHから得た情報等により,Bであると判断したが,見失った(ただし,被告人の逮捕後,前記自動車Kを運転していた男が,実際には被告人であることが判明した。)。
A警部らは,この時点でも,BとHとにつながりがあり,2人が接触する可能性があると考えていた。
以上の認定事実に関し,D巡査部長は,Hから,前記のとおりの話をされた旨証言するのに対し,Hは,Iの捜査への苦情は言ったが,Bの面倒を見るのに疲れたとは言っておらず,車種に詳しくなく,自動車Kの話題も出していないと証言する。
D巡査部長は,Hからの電話を職務の一環として受けたのであるから,聞き違いが生じないよう注意していたと考えられるし,Hからの電話を受けな
がらメモを取り,10分ないし20分後には電話通信用紙を作成したというから,記憶違いの可能性も考え難い。また,D証言は,同旨の報告を受けたというA警部やC警部補の各証言と整合するところ,あえて虚偽の内容を報告する理由は考え難い。さらに,Hは,逃走中のBの言動への不満から電話し,Bを早く捕まえてほしい旨要請したことや,BがLという女のところにいる旨話したことを証言しており,D証言の主要部分はこれと合致している。D巡査部長が,Bの面倒を見るのに疲れた旨やBが自動車Kを使用する旨の話をされた部分に限って虚偽の証言をすることは考えられず,この点も含めて,D証言の信用性は高い。その上,Iに対する捜査は,Bに対する捜査をきっかけとして行われたものであったのだから,Iの取調べ担当者に対してBに関する情報を提供することも不自然ではない。車種に詳しくないとするH証言は裏付けを欠いており,D証言に疑いを容れるものとはいえない。
したがって,信用できるD証言等に沿って認定した。
5
A警部らは,11月25日,北海道警察本部薬物銃器対策課(薬銃課)から,Bが,覚醒剤の犯歴がある被告人と接触しており,被告人の車を使用している可能性があるという情報提供を受けた。A警部らは,被告人の交通違反歴を調べ,被告人が直近の交通違反時に自動車M(札幌mみn号)を使用していた事実を把握し,同車がBの使用車両である可能性があると判断するとともに,被告人の犯歴写真(甲30資料7)を入手して容貌を確認した。A警部らが,同月28日午後5時頃,2名が乗車して走行中の自動車Mを発見し,追尾したところ,同車は札幌市o区内のコンビニエンスストアの駐車場に停車した。A警部ほか1名が,それぞれ,買物客を装って自動車Mの乗員を確認したところ,同車の運転席の男が,眼鏡,マスクを着用しているが,50歳くらいで頭髪の両側面が短く刈り上げられており,助手席の人物が50歳くらいの女であることから,A警部らは,その男はBであり,女はFかHのいず
れかと判断した(実際には,被告人とHであった。)。
A警部らは,同所から出発した自動車Mを追尾したが,見失った。6
A警部は,11月29日午前7時半頃,判示のホテルの駐車場で自動車Mを再び発見し,応援を要請した。その後,A警部が,ホテル従業員に自動車Mの利用客を確認したところ,同ホテルのg号室を利用している男女2名の客ではないかと言われた。同従業員が,機械を操作して受付カウンター付近を対象とする防犯カメラ映像を見せると,A警部らは,男女が写っており,そのうちの女につき,容貌等によりHであることを確かめた。他方,男については,足下付近が写っている映像を見たものの,前後の時間帯の映像を見るなどして顔を確かめることはせず,Bであって,Hとともにg号室に滞在していると判断した(実際には,同防犯カメラ映像に男の顔が写っていた。甲25)。A警部らは,ホテル従業員が午前9時に朝食を配膳する予定があることを踏まえ,配膳の機会にBに対する本件逮捕状を執行し,Hについては,人定ができない可能性があるため,豊平警察署に任意同行した上で逮捕状を緊急執行する方針を決めた。


なお,防犯カメラ映像の確認状況について,A警部は,前記のとおり証言する。弁護人は,A警部の証言が不自然であり,一定時間動画を流して男の顔が写っている場面を見たはずである旨主張するが,A警部において,このような点で虚偽を述べる理由は考え難いこと,C警部補も,Hの顔が写った映像しか見なかった旨証言していることを考慮すると,A証言のとおり認定できる。

7
A警部やC警部補を含む男性警察官約9名は,11月29日午前9時頃,ホテル従業員とともにg号室に向かった。本件逮捕状を携行するC警部補やほかの警察官らは,同従業員の横で待機しつつ,同従業員が,g号室の共同廊下に面する外扉を解錠して開け,中に向かって声を掛けると,Hが返事をした。C警部補が室内をのぞくと,Hは,内扉を開けて出てきていたが,直
ちにC警部補らに気付き,反転して,やばい,警察などと言いながら内扉の中へ走り戻っていった。C警部補ら複数名の警察官は,Hの後を追って外扉の中に入り,更に内扉の中に入ろうとしたが,Hが内扉を閉めようとしたので,C警部補は腕を差し入れて止め,内扉を開いて,その中に立ち入った。立入りの状況について,C警部補は,前記のとおり証言するのに対し,Hは,内扉を引いた瞬間,既に客室内である外扉の内側に入ってきていた五,六人の男が突っ込んできた,自分は後ずさりして内扉から手を離したが,逃げようとしたことはないと証言し,被告人もこれに沿う供述をする。C証言は,具体的で明確であり,現行犯人逮捕手続書や,C警部補が捜査段階において検察官に対して説明した内容とされる電話聴取書の各記載と整合し,一貫性が認められ,信用できる。H証言は,概括的な内容であって詳細な正確性には疑問が残る上,大筋ではC警部補の証言内容に沿うものであって,前記認定に疑いを容れるものとはいえない。
8
内扉の奥のg号室内に入ったA警部やC警部補らは,上半身が裸の被告人を発見し,マスクを外した顔を確認したこと,Bには入れ墨がないはずなのに,上半身に入れ墨があるのを確認したことから,直ちに,Bではないことに気付いた。
C警部補らが,被告人とHをソファに座らせ,被告人に対し,人定をしたところ,被告人が身分証を提示し,被告人であることが判明した。この間,C警部補らは,テーブル上に使用済みの注射器2本や封かんされていない茶封筒3枚が置かれていることに気付き,被告人とHに対し,誰のものか,覚醒剤を使用したか,封筒の中身が覚醒剤であるか,封筒の中身を見てよいか,何が入っているのかなどと順次質問したところ,封筒の中身の確認については,2人とも無言で答えなかった。
C警部補が以上の質問をした後,D巡査部長が,同封筒の1枚を持ち上げ,蓋側を下にすると,中からチャック付きビニール袋に入った覚醒剤様の
白色粉末が落ちてきた。そして,判定方法の説明後に予試験を実施したところ,覚醒剤の陽性反応を示して覚醒剤であることが判明し,午前9時19分頃,被告人及びHを覚醒剤共同所持の事実で現行犯人逮捕した。後日,これらの封筒内の白色粉末の鑑定の結果,判示第2のとおりの覚醒剤であることが判明した(甲14から17。以下本件覚醒剤という。鑑定書等は甲8から10。)。
この間,C警部補が,被告人又はHに対し,本件逮捕状を呈示することはなかった。
その後,被告人は,豊平警察署において,警察官の求めに応じて,尿を提出し,鑑定の結果,覚醒剤の含有が認められた(甲3,4)。
前記認定に係る封筒の開披をめぐる応答について,C警部補は,テーブル上に使用済みの注射器と封筒が載っていたので,被告人とHに対し,誰のものか,覚醒剤を使ったのか,などと尋ねたが,2人とも無言だった,封筒の中を見てもよいかなどと確認すると,被告人は無言だったが,Hがいいよと答えたと証言する。しかし,C警部補は,捜査担当の検察官に対し,被告人が,見ればいいべやと言ったと電話で説明したことがうかがわれ,その供述は変遷している。A警部は,被告人は無言であったがHがうなずいた記憶があると証言し,現行犯人逮捕手続書にも,開けるぞと言うとHがうなずいたとの記載があることが認められる。
これに対し,被告人は,何回か質問され,注射器の所有については返答したが,封筒の開披については,無視しており,自分もHも承諾していない旨供述し,Hは,質問されたかどうか分からないし,封筒の開披を承諾したことはないと証言する。
このような相互の食い違いや供述の変遷に照らすと,Hが封筒の開披についていいよなどと発言して承諾したことは,疑いが残り,認定できない。したがって,封筒の開披について被告人とHの応答は,前記の限度で認定し
た。
9
Bは,10月5日の略取事件から間もない同月7日頃,自らが警察の捜査対象とされていることを認識し,以後,逮捕を免れるため,札幌市内や,札幌市外の北海道内で所在を転々とさせていた。Bは,この間,古くからの知人であり覚醒剤仲間でもあるHから,宿泊場所の提供や資金の工面等の逃走への手助けを求められ,時には行動を共にし,ホテルに宿泊することがあった。BとHは,前記4のHの電話の約2日前の出来事等を契機に,仲違いし,その頃から,Hは,時折,被告人と行動を共にするようになった。
A警部ら警察官は,Bを捜索していたこの間,Bの具体的な行動のほとんどについて,把握することができなかった。

第3

捜査の適法性について

1
争点①(立入りの適法性)
判示のg号室にBが現在する高度の蓋然性があり,Bに対する本件逮捕状の執行のために同所に立ち入ることが適法かについて検討する。


本件において,A警部らは,Bに対する本件逮捕状の執行のためにg号室に立ち入ったところ,その場にいた被告人の本件覚醒剤所持が発覚したものの,Bがいるとの判断は人違いであり,同所にBはいなかったという事情がある。
逮捕状により被疑者を逮捕する場合において必要があるときは,人の住居又は人の看守する建造物に入り被疑者の捜索をすることが可能であり(刑訴法220条1項1号),具体的には,被疑者が現在する高度の蓋然性があると認められるときに,このような立入りが認められると解される。本件のように,立ち入って捜索をした結果,人違いなどで被疑者がいないことが判明したとしても,そのこと自体で直ちに被疑者が現在する蓋然性を否定すべきではないが,安易な判断で立ち入るような捜索が許容されないことも当然であるから,立入りの時点において,司法警察員等にとって被疑者が現在する
高度の蓋然性があると判断するに足りる合理的な事情が認められる場合に,高度の蓋然性が認められ,当該立入りが適法とされるというべきである。そこで,この観点から前記認定に係る捜査の経緯を検討する。
前記認定のとおり,A警部らは,Bの容貌の特徴として,頭髪の両側面が短く刈り上げられていることと,目つきが鋭いことを重視しており,前記Bの運転免許証の写真やホームセンターの防犯カメラ映像を基に,Bの容貌を把握して捜索に当たっていたことがうかがわれる。事後的に,ホームセンターの防犯カメラ映像の人物はBではなくEであることが判明したものの,Bの運転免許証の写真の人物と似ているとの評価は可能であり,当時においては,これらの特徴と映像からBの容貌を特定することには,合理性があったといえる。
弁護人は,警察官が,髪形や目つきという一時的で客観性のない要素にとらわれ,際立った特徴である額の傷痕に着目しなかったと主張する。確かに,Bの額の傷痕も特徴として軽視すべきではないし,頭髪や目つきといった特徴で被疑者を特定することに限界があることも肯定できる。しかし,A警部らは,Bの顔を直接見たことがなく,犯歴写真及び運転免許証の写真を参考とするほかなかったところ,これらの写真から認められる額の傷痕が顕著とまではいえず,解像度の低い防犯カメラ映像を解析する場面や遠方から短時間顔を視認する場面を念頭に置けば,前記の特徴を重視したことが不合理とまではいえない。
A警部らは,11月19日,Hからの情報も踏まえ,これ以降もHがBと接触する可能性があると判断している。具体的には,HからBの面倒を見るのに疲れたので早く逮捕してほしい旨言われたことからすれば,それ以前までHがBと行動を共にしていたと考えられ,同電話の後もHがBと接触する可能性があると判断することは,合理的である。実際には,この頃HはBと仲違いしたことがうかがわれ,弁護人は,Bと一緒にいるとH自身も捕まる
から,Bと行動を共にするはずがないと考えるべきであると主張するが,HとBとのつながりが覚醒剤を介するものと把握されており,実際にもそのような背景があったことや,Hの提供した情報が具体的で2人の関わり合いの強さがうかがわれたことからすれば,同電話の後も2人が接触する可能性を考えることは合理的であり,見当外れとはいえない。
A警部らは,11月25日,薬銃課から提供された情報に基づき,Bが自動車Mを使用している可能性があると判断している。薬銃課から提供された情報の確実性は不明であるが,無根拠とは考えられず,同情報に基づき,被告人が使用していた過去が判明した自動車MをBが使用している可能性があると判断した上でBの所在捜査を続けることは,合理的である。
A警部らは,11月28日,自動車Mに男女が乗車している様子を現認し,コンビニエンスストアの駐車場で顔を確認したが,運転手の男は,その頭髪や目つきからBであり,また,助手席の女がF又はHであると判断した。しかし,A警部らが写真等で把握していたはずのBと被告人との顔の違いに照らせば,A警部らが運転手の男の顔を注視していれば,Bではないことに気付けた可能性がある。
この点について,A警部らは,捜査を察知されないようにするため,自動車Mに乗る男女の顔を短時間しか見なかったと証言しており,そのこと自体は捜査手法として理解できるから,このために運転手の男がBではないと気付かなかったことは不合理とまではいえない。しかし,そのような短時間の視認状況であること,頭髪や目つきといった特徴による人定には限界があることも考慮すれば,運転手の男はBである可能性が認められるにとどまり,Bではない可能性も考慮すべきであって,Bであると断定的な判断をしたことは不合理である。
A警部は,翌29日,判示のホテルの駐車場において再び自動車Mを発見した上,受付カウンターを写した防犯カメラ映像を見て,g号室の客がHと
男であることを確認し,その男の顔は確認しないまま,Bであると判断している。防犯カメラ映像のうち,A警部が当時見たものとは別の場面に男の顔が写っており,このとき,A警部がその映像を確認していれば,既に写真等で把握していたはずのBと被告人との顔の違いに照らして,男がBではないことに気付けた可能性は十分に考えられる。
当時,A警部が防犯カメラ映像の別の場面を見て男の顔を確認しなかった理由は明らかではなく,その証言によっても,これを確認することに具体的な支障はうかがわれない。A警部が判示のホテルで自動車Mを発見してから,捜索で立ち入る配膳の時刻である午前9時まで相応の時間があり,確認ができないほど切迫していたとは考え難いし,そもそも,g号室に捜索のために立ち入る前提として,Bが同所にいる高度の蓋然性があることの確認が先決のはずである。
A警部らによる防犯カメラ映像の確認が不十分となった原因としては,前記


の経緯も考慮すると,自動車Mに乗車しているとの一事で運転手の
男がBであると思い込んでいたことが考えられる。しかし,既に検討したとおり,前記



の事情は,自動車Mを運転する男がBである可能性を肯定

する根拠としては認められるが,Bであると断定的に判断できるほどの事情とはいえない。A警部らは,一緒にg号室に入室した女がHであったことを,男がBであるとの判断材料にしたことも考えられるが,この点も,前記のとおり,BとHが行動を共にしている可能性があったにすぎず,断定的に判断できるほどの事情とはいえない。
以上の検討によれば,A警部らは,自動車Mを運転し,Hと行動を共にする男がBであると判断できるほどの合理的な事情がないのに,その旨の思い込みに陥り,可能であったはずの防犯カメラ映像の確認を十分しないまま,g号室にいる男がBであると判断したものと考えられる。このような判断においては,g号室にいる男がBであると断定できるほどの事情があったとは
認められず,A警部らがそのような判断をしたことは不合理である。以上の検討を前提とすると,A警部らがg号室に立ち入った時点において,Bが現在する蓋然性は肯定できるものの,同所にBが現在する高度の蓋然性があると判断するに足りる合理的な事情があるとは認められないというべきであり,言い換えれば,Bが現在する高度の蓋然性は認められない。したがって,A警部らのg号室への立入りは,本件逮捕状によってBを逮捕するために捜索する必要があると認められる場合に当たらないから,刑訴法220条1項1号の要件を満たさない違法がある。
2
争点②(令状不呈示の適法性)
g号室への立入りの際,警察官が被告人とHに本件逮捕状を呈示しなかったことが適法かについて検討する。


司法警察職員らが令状に基づいて捜索等をする場合は,処分を受ける者に当該令状を示さなければならず,このことは,逮捕状により被疑者を逮捕する場合において人の住居等に入って被疑者の捜索をする場合についても,同様であると解される(刑訴法220条1項1号,222条1項,110条)。そして,司法警察職員らが逮捕状により被疑者を逮捕する場合において被疑者の捜索をする際には,逮捕状が捜索許可状に代わる機能を果たすから,逮捕状を捜索を受ける者に対して示すべきであると解される。


本件においても,C警部補らは,処分を受ける者である被告人又はHに対して,本件逮捕状を呈示する必要があったはずであるが,被告人及びHのいずれに対しても本件逮捕状の呈示はされていない。
この点について,g号室への立入りに先立ち,内扉の外に出てきたHに本件逮捕状を呈示しても,Hはこれを受け入れずに逃亡を図っており,本件逮捕状の事前の呈示は困難であったと考える余地はあるが,そうだとしても,C警部補らが同室内に立ち入って,Hと被告人を落ち着かせて着席させた時点においては,本件逮捕状を呈示することに支障はなく,かえって,これを
呈示すべき適切な機会であったというべきである。
したがって,A警部らにおいて,本件逮捕状を呈示しないままBの捜索を終えたことを正当化できる事情はないから,本件逮捕状を呈示することなく行われたg号室に対する立入り及びBの捜索手続には,刑訴法222条1項,110条に反した違法がある。
なお,検察官は,被告人が,警察官からBと誤認した旨説明され,その後は被告人に対する任意捜査に切り替わったことを理解していたため,本件逮捕状を呈示しなかったことが本件の捜査を違法ならしめるものではないとも主張する。しかし,g号室への立入りが適法になされたことは,被告人に対する任意捜査の前提であり,それが本件逮捕状に基づく手続であると被告人らに対して明らかにすることは,省略できないというべきである。したがって,検察官の主張は採用できない。
3
争点③(封筒の開披の適法性)
警察官が,テーブル上の封筒の中身を開披し,本件覚醒剤を発見して押収した手続が任意捜査として適法かについて検討する。
前記認定のとおり,g号室内において,C警部補らが封筒の中を確認することを被告人とHに尋ねたものの,被告人とHは無言で答えなかったことが認められる。
この点について,被告人とHが,封筒の開披を明示的に承諾したとは認められないものの,C警部補は,被告人とHに対し,開披の承諾を求めただけでなく,それに先立って所有者や中身についての質問を複数回繰り返しており,異議を述べる機会を与えた上で,被告人とHが何らの異議を述べなかったことから,封筒の開披に進んだものと認められる。このような被告人とHの言動は,C警部補らによる封筒の開披を黙示に承諾したものと合理的に理解できる。
この時点において,g号室内において,被告人とHが着席するソファの前
のテーブル上に,使用済みの注射器と封筒が置かれており,被告人及びHに対する覚醒剤使用ないし所持の嫌疑が極めて濃厚であり,これを被疑事実とする強制捜査が可能なことも明らかな状況であったと認められ,このことは,被告人も公判で認める旨の供述をしている。したがって,被告人とHは,封筒の中の覚醒剤が発見されることが不可避であると理解し,抵抗を諦めて,封筒の開披を受け入れる心境に至っていたと合理的に考えられ,この点からも,被告人とHはこれを黙示に承諾したと理解できる。
弁護人は,被告人が,特殊警棒を持った多数の警察官に逆らうことなど考えられず,拒否すれば激しい痛みを伴う強制採尿をされることを認識していたため,無言を貫いたにすぎず,封筒の開披に同意していたものではないと主張する。被告人も,公判において,封筒の開披を受け入れる気持ちはなかったなどとこれに沿う供述をする。しかし,多数の警察官に取り囲まれていたとはいえ,被告人らや警察官らは既に落ち着いた状況であったとうかがわれる上,前記認定のとおり,C警部補は,封筒の開披について,被告人に異議を述べる機会を与えており,被告人が拒否する意思を示すことに支障や困難があったとはうかがわれない。被告人も,公判において,封筒が開披されれば覚醒剤が発見されて逮捕されると分かっていた旨供述しており,その上で異議を述べなかったことからすれば,被告人の弁解は,前記黙示の承諾の認定に疑いを容れるものとはいえない。
以上のとおり,C警部補らは,被告人とHの黙示の承諾を得て封筒を開披し,本件覚醒剤を発見,押収したものと認められ,この手続に違法はない。4
その他の弁護人の主張
弁護人は,g号室の捜索が立会人なくして行われたものであることをもって違法性を主張するが,ホテルの客室はホテルの管理者と宿泊者の管理権が競合するところ,g号室を事実上支配・管理している被告人及びHが立ち会っているから,刑訴法222条1項,114条2項前段の要件を満たすものといえ,
この点に関する違法は認められない。
第4
1
本件覚醒剤及び鑑定書等の証拠能力について
本件各証拠と手続の違法性との関係
違法収集証拠として争われている各証拠は,前記のとおり,g号室において被告人とHが黙示の承諾をしたことで本件覚醒剤(甲14から17)が発見,押収されたことが端緒であり,その派生として本件覚醒剤の鑑定書等(甲8から10)が収集され,更に被告人の逮捕後,その尿が押収され,その尿の鑑定書等(甲3,4)が収集されている。
もっとも,本件事情の下では,A警部らが,本件逮捕状の執行としてg号室に立ち入ることがなければ,本件覚醒剤が発見,押収されることもなかったと考えられ,前記検討のとおり,この立入りについては,Bが現在する高度の蓋然性が認められない点,本件逮捕状の呈示がされなかった点に違法がある。そこで,これらの違法があることによって,本件各証拠の収集手続が違法性を帯び,令状主義の精神を没却するような重大な違法があり,これを証拠として許容することが,将来における違法捜査抑制の見地から相当でないと認められる場合に当たるかについて,検討する。

2
立入りの判断の違法性の程度
立入りの判断の違法性の程度について検討する。一般的に,逮捕状の執行のために住居等への立入りを受ける第三者の影響は,大きいものといえるし,本件において,A警部らが,Bが現在する蓋然性を適切に判断して立入りを控えていれば,被告人らの本件覚醒剤所持等が発覚することはなかったのであるから,A警部らが立入りの要件判断を誤った違法性の程度は,軽視できない。また,弁護人が主張するように,C警部補らがインターネットカフェでBと疑った人物が別人であると判明した出来事があったのに,g号室への立入りの判断に際し慎重さを欠いたとの非難も,あり得なくはない。
しかし他方で,Bが現在するとの判断は,前記検討のとおり,高度の蓋然性
は認められないものの,蓋然性はあったというべきであり,A警部らの判断は,思い込みもあって蓋然性の程度の評価を誤ったというにとどまり,全く根拠を欠くものではなかった。
A警部らは,略取事件の被疑者としてBを特定して本件逮捕状を取得したものの,Bの所在については的確な情報を得られず,各種の防犯カメラ映像,Hや薬銃課からの情報を始めとした断片的な情報に基づいて,試行錯誤的な所在捜査を余儀なくされていたことがうかがわれる。したがって,A警部らが前記のような思い込みに陥ったことには,具体的な情報が少なかったことも背景にあると考えられる。
当然ながら,A警部らは,g号室にBが現在すると誤信していたのであり,Bが現在しない可能性を承知して被告人に対する捜査を意図して立ち入ったなどという事情はない。
A警部らが立入りの判断を誤った違法について,弁護人は,ずさんで故意に比肩する重大な過失である旨主張するが,以上の検討によれば,そこまでの評価に当たるものとはいえない。この違法を軽視はできないものの,それ自体としては,重大で将来の違法捜査につながるものとまではいえない。3
本件逮捕状の不呈示の違法性の程度
前記認定のとおり,C警部補は,g号室に立ち入った後も本件逮捕状を被告人及びHに呈示したことはなかったが,立入りに際しては,本件逮捕状を携行しており,BかHにこれを呈示して執行する予定であったことが認められる。A警部やC警部補の各証言によれば,本件逮捕状を事前に呈示しなかったのは,Hがすぐさま内扉の奥へ向かっていったため示す機会がなかったからであり,奥に入った後も示さなかったのは,在室しているのがBではないと判明した予想外の事態が生じたためであると認められ,令状を示さずに捜索を遂げようとする意図などがなかったことも明らかである。
C警部補らは,g号室に立ち入った後,被告人とHに対し,Bを捜索して立
ち入ったことを伝えており,被告人らは,この事情を理解していたことが認められる。
したがって,本件逮捕状を呈示しなかったことに違法はあるものの,この違法はそれ自体として重大とまではいえない。
4
まとめ
以上の検討を前提とすると,A警部らがg号室にBが現在する高度の蓋然性があると判断したことの違法性は,軽視はできないものの,それ自体として重大で将来の違法捜査につながるものとまではいえない。本件逮捕状を呈示しなかったことの違法性は,それ自体として重大とまではいえない。
本件覚醒剤の発見,押収は,被告人とHの黙示の承諾によってそれ自体としては任意かつ適法になされている。g号室への立入りがなければ,本件覚醒剤が押収されることはなかったものの,このことは,Bに対する本件逮捕状の執行のために立ち入ったところ,被告人が所在していて,覚醒剤を所持していたという偶然が重なった結果であるから,立入りの手続の違法を,本件覚醒剤の証拠能力に影響させることが必然とはいえない。
前記認定に係る本件逮捕状を取得して以後のBの捜索,g号室への立入り,本件各証拠の押収,被告人の逮捕等の一連の経過を全体として評価してみても,A警部らにおいて,令状主義を潜脱するような意図や姿勢はうかがわれない。この評価は,弁護人がそのほかに弁論で主張する点を考慮しても変わらない。
被告人の逮捕後の捜査,公判においても,A警部らは,Bに関する事実誤認等の経緯を率直に認めており,問題は認められない。弁護人は,ホームセンターの防犯カメラ映像に写った男がBでないことが公判担当の検察官に伝えられていなかったと主張して問題視するが,この経緯の詳細は不明であり,必ずしも隠蔽等をうかがわせるものとはいえない。
そうすると,前記の各手続の違法があることによって,令状主義の精神を没
却するような重大な違法があり,将来における違法捜査抑止の見地から本件各覚醒剤を証拠として許容することが相当でない場合に当たるとは,認められないというべきである。
したがって,本件覚醒剤の証拠能力を肯定できる。本件覚醒剤を押収したことの派生として収集されたそれ以外の各証拠についても,同様に証拠能力を肯定できる。
第5

結論

以上の検討のとおり,前記各証拠の証拠能力を肯定することができ,摘示した各証拠によって,判示のとおり認定した。
(累犯前科)
1
事実


平成29年6月5日旭川地方裁判所宣告
漁業法違反,水産資源保護法違反の罪により懲役6月
平成29年10月15日刑執行終了



平成30年10月3日札幌地方裁判所宣告
⑴の刑執行終了後に犯した漁業法違反,水産資源保護法違反,北海道海面漁業調整規則違反の罪により懲役6月及び罰金20万円
平成31年2月21日懲役刑執行終了

2
証拠
前科調書(乙7)及び

に係る判決書謄本(乙10)

(法令の適用)


判示第1の所為
判示第2の所為


覚醒剤取締法41条の3第1項1号,19条
覚醒剤取締法41条の2第1項

犯加重
併合罪の処理

いずれも刑法59条,56条1項,57条(3犯)
刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の重い判示

第2の罪の刑に法定の加重)
未決勾留日数

刑法21条(170日を刑に算入)

没収
いずれも覚醒剤取締法41条の8第1項本文


刑訴法181条1項ただし書(不負担)

訴訟費
(量刑の理由)
本件は,覚醒剤の自己使用と所持というそれ自体悪質な事案であり,薬理効果を求めての犯行動機に酌量の余地はない。被告人には,覚醒剤事犯を含む前科が7犯あり,そのうちの最終刑で比較的長期間の矯正教育を受けたにもかかわらず,その刑の執行終了から約5年後に本件犯行に及んでいることからすると,覚醒剤の薬理効果に対する依存性がうかがわれる。仕事を失ったことをきっかけに覚醒剤の使用を再開したという経緯も,酌量の余地はない。以上によれば,犯情は悪く,相応の期間の実刑は免れない。
そのほか,前記のもの以外にも累犯前科2犯を含む複数の前科があり,直近前刑の執行終了後2年も経ておらず,規範意識に乏しいこと,被告人が本件各事実を認め,今回初めて自覚したという薬物依存症の治療に取り組む意欲を示していること,家族や知人からの支援が見込まれることなども考慮した上で,主文のとおりの刑の量定をした。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑

懲役4年及び主文同旨の没収)

令和3年11月8日
札幌地方裁判所刑事第3部

裁判長裁判官

井下田英樹
裁判官

山下
裁判官

後藤智史紺
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