事件番号 | 令和3(ラ)1327 |
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事件名 | 仮処分命令認可決定に対する保全抗告事件 |
裁判年月日 | 令和3年12月7日 |
法廷名 | 大阪高等裁判所 |
結果 | 破棄自判 |
原審裁判所名 | 神戸地方裁判所 |
原審事件番号 | 令和3(モ)7036 |
全文 | 全文添付文書1 |
最高裁判所 | 〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map |
裁判日:西暦 | 2021-12-07 |
情報公開日 | 2022-02-06 19:19:59 |
原決定を取り消す。 2 神戸地方裁判所令和3年(ヨ)第248号株式交換差止等仮処分命令申立事件について,同裁判所が令和3年11月22日にした仮処分決定を取り消す。 3 相手方の上記仮処分命令の申立てを却下する。 4 手続費用は,原審(発令段階を含む。)及び当審を通じて,相手方の負担とする。 理 第1 1由 抗告の趣旨及び理由等 抗告の趣旨 主文同旨 2 抗告の理由及び相手方の反論 抗告の理由は,抗告理由書,抗告人第一主張書面及び抗告人第二主張書面を引用する。 抗告の理由に対する相手方の反論は, 答弁書相手方主張書面及び(1) を引用する。 第2 1 事案の概要(以下,特記しない限り,略語については原決定の例による。)事案の要旨 基本事件は,抗告人の株主である相手方が,抗告人とイズミヤ及び阪急オアシスとの間の令和3年12月1日を効力発生日とする株式交換(本件各株式交換) につき, 同年10月29日に開催された抗告人の臨時株主総会 (本件総会) において,これを承認する旨の決議(本件決議)がされたが,本件決議には,決議の方法の法令違反かつ著しい不公正という決議の取消事由(会社法831 条1項1号)があり,これにより抗告人の株主が不利益を受けるおそれ(会社法796条の2柱書本文)があると主張して,抗告人に対する同法796条の2第1号に基づく株式交換差止請求権を被保全権利として,本件各株式交換の仮の差止めを求めた事案である。神戸地方裁判所は,相手方の申立てを相当と認め,相手方に1億5000万円の担保を立てさせて,同年11月22日,これらを認容する決定(以下本件仮処分決定という。)をした。抗告人は,同月24日,保全異議の申立てをして,本件仮処分決定の取消しを求めたが, 原審裁判所は,本件仮処分決定を認可する旨の決定をした(以下原決定という。)。 これに対し,抗告人は,原決定を不服として本件保全抗告をした。なお,抗告人は,原決定を受け,同月26日,イズミヤ及び阪急オアシスとの間で,本件各株式交換につき,効力発生日を同年12月1日から同月15日 に変更する旨の合意をした。 2 前提事実 当事者間に争いのない事実は, 原決定別紙 前提事実 のとおりであるから, これを引用する。 3 争点及び争点に関する当事者の主張 原決定理由中の第2事案の概要欄の2及び3に記載のとおりであ るから,これを引用する。 第3 1 当裁判所の判断 前記前提事実及び一件記録によれば,次の事実が認められる。 ⑴ 抗告人は, 令和3年9月30日開催の取締役会において, 本件経営統合に係る 各議案を付議するため,同年10月29日午前10時に本件総会を開催することを決議した。 本件総会については,その招集の手続及び決議の方法の適法性担保に慎重を期すため,抗告人,相手方双方の申立てにより,同月7日,神戸地方裁判 所伊丹支部において, 株主総会検査役として, 弁護士Cが選任された。 なお, 同検査役は, 検査役補助者として, 弁護士F及び同Gをそれぞれ選任した (以 下,上記の検査役及び補助者2名を単複含めて便宜上,単に本件検査役という。)。 ⑵ 抗告人は,同月14日,次のとおり臨時株主総会招集ご通知(以下本件招集通知という。)を株主に対して発した。ア 日時 令和3年10月29日午前10時 イ 場所 兵庫県伊丹市中央6丁目2番33号伊丹シティホテル3階 光琳 の間 ウ 決議事項 第1号議案 当社とイズミヤ株式会社及び株式会社阪急オアシスとの株式 交換契約承認の件(本件議案) 第2号議案 当社とKS分割準備株式会社との吸収分割契約承認の件 第3号議案 定款一部変更の件 第4号,第5号議案 ⑶ (略) 抗告人は, 本件招集通知において, 本件総会会場に来場できない場合の事前の 議決権行使の方法として,議決権行使書又はインターネット等による方法のほか, 委任状による方法 (代理人に対して議決権行使を委任する方法) を案内した。 そして,抗告人は,抗告人の全株主に対し,議決権行使書と委任状が一体となった書面を本件招集通知に同封して送付した。 同書面は, 議決権行使書部分と委任 状部分のいずれについても, 第1号議案から第5号議案それぞれについて, 株主 が賛否を明記できる欄が設けられていた。 抗告人は,本件招集通知において,株主に対し,本件総会会場に来場して議決権行使する場合については,同封の議決権行使書用紙を当日会場受付に提出するよう案内し,委任状による議決権行使を行う場合は,議決権行使書と委任状を切り離さず,両方に各議案についての賛否を記入した上で一緒に 返送用封筒に入れ,同月28日午後6時までに到着するよう返信を求め,書面による議決権行使を行う場合には,上記一体となった書面から委任状用紙を切り離し,議決権行使書のみに各議案についての賛否を記入して返送用封筒に入れ, 同日午後6時までに到着するよう返信を求めた。 また, 抗告人は, 招集にあたり,委任状による議決権行使と議決権行使書又はインターネット等による議決権行使が重複してなされた場合は,委任状による議決権行使が有効なものとして取り扱われる旨,議決権行使書とインターネット等による 議決権行使が重複してなされた場合は,インターネット等による議決権行使の内容が有効なものとして取り扱われる旨,インターネット等により複数回議決権を行使した場合は最終のものが有効な議決権行使と取り扱われる旨を定め,その旨を本件招集通知に記載した。 ⑷ 本件株主は山口県防府市に本店を有する株式会社で非上場企業であり,抗告人の発行済株式総数(自己株式を除く。)3002万3954株のうち26万2000株を保有し,株主総会の議決権を2620個保有している。Bは,本件株主の代表取締役副社長兼管理本部長兼グループ管理部長であり,本件株主と代表取締役社長を同じくする株式会社で上場企業の株式会社Hの専務取締役でも ある。 本件株主は, 同月22日付けで, 本件招集通知に同封されていた議決権行使書 と委任状が一体となった書面を使用して,委任状及び議決権行使書の各賛否表示欄の本件議案を含めた全ての議案の賛成欄に○印を記載し,委任先の記入はせずに,代表者であるDの署名及び代表者印による押印がされた書面を作成 の上,委任状と議決権行使書を切り離さない状態で,抗告人に郵送した。また,本件株主は,同月27日,抗告人に対し,事前に委任状を提出するが,本件総会の議事の傍聴を希望する旨連絡した。 本件株主は, 職務代行通知書を代 表取締役副社長であるBに持たせて, Bを本件総会に派遣することにした。 職務 代行通知書には,本件株主代表取締役社長Dが本件総会の全議案につき会社原 案に賛成の議決権を行使するに当たり,Bを職務代行者として派遣する旨の記載があった。 ⑸ 本件総会においては,当日出席した株主による議決権行使は,投票用紙(マークシート方式)による投票の方法によって行われた。 令和3年10月29日の午前9時,本件総会の受付が始まった(以下,同日の出来事については年月日の記載を省略する。)。抗告人は,事前に傍聴したい旨の連絡を受けた複数名の法人株主に対し, 傍聴の意向を確認し, 出席の意向を表 明した来場者には,本件投票用紙と筆記具が同包されている株主出席票を交付し,傍聴の意向を表明した来場者には株主出席票を交付せず, 関係者と記 載されたプレートのついたネックストラップを交付した。 投票用紙は, 議案ごと に賛成・反対・棄権の欄を設けたマークシート方式のものであり,表面の左上部分に受付番号が記載されていた。同受付番号は,出席票交付の際に,当該株主の 株主番号に紐づけて議場内集計システムに登録される。また,投票用紙には,表面の上部に 「私は,上記臨時株主総会について下記のとおり議決権を行使します。」 と印字され,その下に「◎賛成・反対・棄権のいずれにもご記入のない場合は,棄権として集計いたします。」 「◎本票のご提出がない場合は不行使として集計いたします。」 と印字され,その下に各議案についてのマーク記入欄が設けられており,裏面は白紙であった。 ⑺ Bは, 本件総会開会前に会場建物の2階に設けられた受付に来場し, 株主総会 受付票に本件株主の会社名及び会社住所を記載して,本人確認書類の提示を求められたことから,受付担当者に対し,職務代行通知書,名刺及び提出済みの議 決権行使書と委任状が一体となった書面 (ただし, 委任状の作成日付欄並びに委 任状及び議決権行使書の各議案に係る賛否表示欄への記入前のものの写し。以下同じ。)を提出した。 Bは,受付担当者から,事前の連絡どおり傍聴する意向かを聞かれたが,傍聴の場合は別室でモニター越しに見ることになると思い,会場で直に議長や役員 の受け答えを聞きたかったことから, 受付担当者に対し, 傍聴ではなく出席した いと述べた。 Bは, 取締役会の総意のもと本件株主の賛否の意見は議決権行使書 と委任状が一体となった書面を出しており,本件招集通知も熟読していたことから,議場でのやりとりを聞いてその意見を自ら変えるという考えはなかった。Bは,受付担当者から出席株主としての株主出席票を受け取り,会場建物の3階に設けられた本件総会の会場(議場)に入場した。その際,受付担当者から,Bに対し,本件総会に出席した場合は,議決権行使書による事前の議決権行使や委任状による代理権授与が無効ないし撤回されたものとして取り扱われるなどの説明はなかった。 ⑻ 午前10時,本件総会が開会され,抗告人の代表取締役社長が議長に就き,議案の説明及び質疑応答が行われた。そして,午後1時40分頃,議長から,議 案の採決に移る旨の説明がされた。 議長は,出席株主に対し,議案の採決は,正確性を期すため投票用紙(マークシート)を用いた投票の方法による旨説明した上で,議長及び抗告人の従業員(以下事務局担当者という。)において,議場に設置したスクリーンも使用しながら,投票用紙(マークシート)の記入方法として,マークの記入がない投 票用紙を提出すると棄権として扱われ,投票用紙の不提出は不行使として扱われるので注意するよう, 棄権は事実上反対と同じ効果を持つことになるので, 賛 成でも反対でもなく, 議決権行使を希望しない場合は, 棄権とするのではなく, 投票用紙を提出せず不行使とするようお願いする旨,その他投票用紙の注意事項も確認の上, 不明点等があれば係の者に尋ねるよう求める旨を説明し, 上記棄 権の点については繰り返して説明をした。議長及び事務局担当者は,その際,事前に議決権行使書又はインターネット等による議決権行使をしていた株主や委任状を提出した株主であっても, 本件総会に出席した場合は, 議決権行使書によ る事前の議決権行使や委任状による代理権授与が無効ないし撤回されたものとして取り扱われ,改めて投票用紙に記入して議決権行使を行わなければならな い旨の案内はしなかった。また,議長及び事務局担当者は,投票する株主から投票用紙外の意思表明があった場合や,投票した株主から投票終了後に意思表明がされた場合などの取扱いについても特に説明をしなかった。 そして,議長は,午後1時40分頃,事前の議決権行使では賛否は決着しておらず, 本日出席した株主の投票で賛否が決着する旨述べ, 改めて投票用紙の記入 方法について上記と同様の説明をした上で,出席株主の議決権数を確定させるため,投票手続が終了するまで議場閉鎖を行い,株主の入退場を制限した。 ⑼ 投票用紙を回収する抗告人の担当者は, 午後1時50分頃から, 株主席を回り, 投票用紙を回収用の透明プラスチックの箱(以下本件投票箱という。)に入れてもらう方式によりこれを回収した。Bの座席付近の投票用紙の回収は抗告人の従業員であるI(以下Iという。)が行った。 Bは, 自席に来たIに対し, 投票用紙を本件投票箱の回収口に差し入れる仕草 をしながら, 議決権行使を既に発送しているが, どうしたらいいのかなとのニュ アンスのことを尋ねた。 Iが回答に窮し, 明確な回答ができないでいたところ, Bは,指で投票用紙の左上角部分に記載された受付番号付近を指し示しながら,後で番号とかで突き合わせて分かるから,いいかなどと述べて,未記入の投票用紙をそのまま本件投票箱に入れた(以下本件投票という。)。なお,B は,投票用紙を提出する前に,複数回された何も記入せずに提出すると棄権扱いになるとの上記アナウンスは聞いていたが,これまでの経験では,事前の議決権行使でほとんど賛否がある程度決まっており,議場で議決権を行使するという経験はなく,マークシート方式による投票も初めてであったことなどから,出席株主の議場での議決権行使の意味を十分認識しておらず,本件株主による 事前の議決権行使が生きていて,さらに議場において自ら賛成の意思を示す投票をする必要はないと思い込んでいた。 ⑽ 午後1時55分頃,投票用紙の回収がすべて完了し,議長から,議場封鎖を解除し,午後3時まで休憩する旨の説明がされた。 ⑾ 本件総会における投票の集計作業は, 外部委託業者2社により行われたが, 午 後3時までに集計作業が完了しない見込みとなった。午後3時,議長は,午後3時になったが非常に僅差で集計に時間がかかっており,時間がほしい旨のアナウンスを行い,休憩時間を午後4時まで延長した。 本件検査役は,集計作業の場に同席しており,外部委託業者が集計結果を取りまとめ,午後2時57分にプリントアウトした議決権行使集計結果報告書をその頃受領した。この時点で,本件株主の投票は,当日(会場)議決権行使集計分の棄権として扱われており,同報告書には,本件議案についての賛成(事前議決権行使分,当日(会場)議決権行使分及び会社側委任状集計分の総合計)は65.71%である旨が記載されていた。その後,引き続き,集計結果の再確認作業が行われ,これが少なくとも午後3時10分頃までは続き,午後3時20分頃,本件検査役は議場に 戻り,検査役席に着席した。 ⑿ 一方,Bは,集計結果の発表まで時間がかかり,僅差であるという説明もあったことから, 自分が白紙で出した投票用紙の影響が気になり, 会場内を歩き回る などした後, 午後3時40分頃, 会場建物の1階からエスカレーターに乗って2 階の受付を訪れ,受付担当者に対し,その旨伝え,責任者を呼んでほしいと述べた。Bは,駆けつけた抗告人代理人弁護士に対し,事前に全議案賛成の委任状を出していたので二重計上にならないように投票用紙に何も記入せずに投票したが,きちんと事前の意思表示のとおり取り扱われているか確認してほしい旨述べた。 午後3時45分頃, 議場にいた本件検査役は, 抗告人代理人弁護士から話があ る旨の申入れを受け,別室でBから詳しく事情を聴いた。Bは,①本件株主は本件議案を含めた全ての議案について,議決権行使書及び委任状の賛成欄に○を付けて事前に返送し, 職務代行通知書にも賛成と記載したが, Bは議事内容を聞 くため本件総会に出席したこと,②議決権行使書及び委任状の全ての賛成欄に ○を付けて事前に返送したので, マークシートは白紙で出したこと, ③マークシ ートを白紙で出す前に,回収に来た人に,事前に議決権行使をしたので,という旨の説明をしていること, ④集計結果の発表まで時間がかかっており, 自分が出 したマークシート投票用紙の取扱いが気になり,受付にいる人に聞いてみたことなどを説明した。本件検査役は,Bに対し,投票用紙を白紙で出せば棄権になる旨の説明を聞いていたかと質問したところ, Bは聞いていたと答え, 今回自発 的に受付に聞いたのか, 誰かに言われて聞いたのかを尋ねたところ, Bは自発的 に受付に聞いた,誰かに何か言われたようなことはないと回答した。以上を受けて, 議長は, 本件株主の議決権行使を賛成として取り扱うこととし た。 ⒀ 午後4時10分頃,議長は,本件総会を再開し,本件議案を含む全ての議案が可決されたと報告するとともに, 本件議案については, 賛成した株主の議決権割 合が66.68%である旨の補足説明を行い,午後4時14分頃,本件総会は終了した。最終の議決権行使集計結果報告書では,本件株主の投票は,当日(会場)議決権行使集計分の賛成として扱われた。 なお,本件検査役は,本件総会終了後の午後4時40分頃から,改めてBから事情を聴取するとともに,回収担当者であったIからも事情を聴取した。 本件株主の本件議案に係る議決権行使を賛成として取り扱うと,本件議案について賛成した株主の議決権割合が66. 68%となり, 本件総会における本件 議案の可決要件を満たすが, これを棄権あるいは不行使として取り扱うと, 上記 可決要件を満たさない。 2 事実認定の補足説明 ⑴ 前記1⑺ で認定した受付時,本件投票時及び休憩時間中にBが受付を 訪れるまでのBの認識及び発言については,本件検査役に対し,投票集計時の事情聴取でBが,本件総会終了直後の事情聴取でB及びIが,それぞれ述べているが,これらを直接確認できる上記各時点での録音記録等は存しないところ,相手方は,B及びIの本件検査役に対する上記説明の信用性を争う主張をする。 ⑵ そこで検討するに,まず,本件投票時のBの発言内容については,午後3時45分頃のBの本件検査役に対する説明には,録音記録がないが,本件検査役の報告書(甲10の1)では,マークシートを出した際,回収に来た人に,事前に議決権行使をしたので,という旨の説明をしたうえでと記載 されている。他方,Bの本件総会終了後の午後4時40分頃の本件検査役に対する説明には,録音記録(乙48。その反訳として乙12)があり,それによれば,Bは,ちょっと言い方は変わるかもしれないがとしつつ,本件投票時,回収担当者に対し私は事前行使していますので,そちらでもう意思表示していますから,入れて大丈夫ですかと言ったと述べ,回収担当 者が頷く感じだったが,不安そうではっきりという感じではなかったところ, 「私は既に事前行使をしているので白票のまま入れます。取扱いについてはよろしくお願いします」 と言ってそのまま入れたと説明している。次に,本件投票時のIの発言内容については,同録音記録によれば,Bの上記説明を聞いた本件検査役が,抗告人代理人に対して回収担当者を特定できないか尋ね,捜しに行った抗告人担当者がBから議場での自席の位置を聴取し,再び捜しに行ったが再度戻ってきて回収担当者の性別を聴取してさらに捜したところ,回収担当者と思われる人物が事情説明開始から約15分後に,抗告人の社屋からその場に到着し,その人物がIであったこと,本件検査役が,Bには発言しないよう注意した上で,Iに対し,投票用紙回収のためBの前 に行った際, 他の株主と違ったところがあったかを尋ねたこと, これに対し, Iは,議決権行使を既に発送しているがどうしたらいいのかなというニュアンスのことを聞かれ,明確な回答ができず回答に窮していたところ,Bが投票し,それと同時に後で,番号とかで突き合せて分かるから,いいかと言ったと記憶しており,その際自分は何も発言していないと話したことが認 められる。 そして,本件投票時の状況については,議場の様子を後方から撮影した映像記録(以下本件映像という。乙10の2)が存在しているところ,本件映像によれば,Iが,着席しているBにうつむき加減で本件投票箱を差し出していること,その際,Bが右手に持った紙片の下端部を本件投票箱の回収口に差し入れた状態のまま,若干の時間その姿勢を保持し,この間にIが僅かに顔を上下に動かし,その後,Bが右手に持った紙片の左上角付近を人差し指で何度か叩くような仕草をした後,紙片を本件投票箱に投入し,その際にIがBの方に顔を向けたり顔を上下に動かす動作をしていること,その後,Iが軽く会釈をして移動していったことが確認できる。 上記の本件映像でBが本件投票箱に投入した紙片は,映像上は明確でないが,状況からして本件投票用紙であることは明らかであるところ,Bが本件投票用紙を本件投票箱に投入するに当たり,その左上角付近を人差し指で何度か叩くというのはかなり特異な仕草であって,その直後にIがBの方に顔を向けたり顔を上下に動かす動作をしていることからすると,Bはその人差 し指で叩いた部分をIに指し示す趣旨であったという以外には考えられない。そして,本件投票用紙の下端部を投票用紙に差し入れた状態において,本件投票用紙の左上角付近部分に来る位置に記載されているのは,表面の左上角部分にある受付番号と,同右下角部分にある集計担当会社の社名以外にはなく,そのうち投票に当たりあえて指し示す意味があるのは,受付番号のみで ある。このことからすると,Bは,Iに対し,本件投票用紙の受付番号の部分を人差し指で叩いて指し示し,それに対してIがBの方に顔を向けたり顔を上下に動かす動作をしていたのであるから,上記のIの説明のうち,Bが後で番号とかで分かるからいいかなどと述べて本件投票用紙を本件投票箱に入れたとの点については,その明確な裏付けがあるということができ, Iの上記説明にはその中核部分において高度な信用性を認めることができる。 そして,Bは,上記の本件総会終了後の本件検査役に対する事情聴取において,白紙の本件投票用紙を本件投票箱に入れたことの理由として, 「事前の議決権行使が生きていると思って,更にここで意思表示をする必要はないという認識でしたので,敢えて白票というか,記載せずに出しました。」 と述べており(乙12,48),このような認識は,本件株主が事前に本件議案に賛成する旨の議決権行使書と委任状が一体となった書面を送付するとともに,Bが代表取締役副社長でありながら同趣旨を記載した職務代行通知書まで持たせており,本件議案に賛成する方針であったことが明らかであることや,事前の議決権行使をした株主が株主総会に出席した場合の取扱いについては,本件招集通知でも受付でも議場でも説明されていないこと,Bが休 憩時間中に自ら受付に申し出て事情を説明してきたことに照らして,後で番号とかで分かるからいいかとの発言に至る理由として自然かつ合理的なもので,十分に信用し得るものである。 そして,以上のことに加え,本件映像で,Bが,本件投票用紙の左上角付近を叩く仕草をする前に,本件投票用紙の下端部を本件投票箱の回収口に差 し入れるという中途半端な状態のまま, 若干の時間その姿勢を保持しており, これは,Bが何かを話していたことと整合することからすると,Iが,Bがこのような発言をする前のこととして,Bから議決権行使を既に発送しているがどうしたらいいのかなというニュアンスのことを聞かれ,回答に窮していたと説明していることについても,Bの説明と符合し,十分に信用し得る ものである。 したがって,これらの疎明資料により,Bが事情聴取で述べる他の部分も含めて前記1⑺ ⑶ の事実を優に認めることができる。 これに対し,相手方は,午後3時頃に議長が僅差であるとして休憩時間の延長を宣言し,集計の場で本件議案が否決される集計結果が明らかとなった後,午後3時40分にBが受付を訪れて本件検査役に説明するまでの間に相当の時間があることから,この間に抗告人からBに対して働きかけがあった可能性があるとし,また,抗告人側が,本件総会終了後の午後4時40分頃のBに対する本件検査役による再度の事実確認の際,Bの説明内容を聞き,その後Iを検査役の元に連れていくまでの間にIに事情を説明し,Bと同内容の説明をするよう指示等することは容易であったなどとし,その他,Bの説明には不自然不合理な点があるとして,BとIが後付けで真実ではない説明をしている可能性がある旨主張する。 ア しかし,抗告人からBに対する働きかけがあったとすれば,午後3時頃から同40分頃までの間に限られるところ,その間に,抗告人において上記のような本件映像に沿った説明を考案するためには,少なくとも本件映 像を確認しておく必要があると考えられるが,そもそもこのような短い時間の中で本件映像を確認してこれに沿うような説明を考案することができるかについて疑問がある上,そこまで細工をしたのであれば,上記のとおり本件映像は最も重要な客観的証拠なのであるから,考案されたBの説明の中に,受付番号に関する話が盛り込まれてしかるべきであり,少なくと も2回目の事情聴取の際にはBから受付番号に関する話がされてしかるべきであるが,Bのいずれの説明中にも受付番号の話は出ておらず,その話が出たのは,2回目の事情聴取時のIの説明においてである。これらからすると,Bが抗告人から働きかけを受けて虚偽の話をしたとは考え難く,IがBの説明内容に合わせて後付けで真実と異なる説明をしたとも考え難 いというべきである。 イ 相手方は,Bが異例な発言をしたのであれば,経験則上,Iは議長又は事務局に即座に報告したはずであるのに,Iはそのような報告を全く行っておらずIの説明内容は不自然である旨も主張するが,IがBの質問に対 して明確な答えができなかったことからすると,Iは,Bの発言の趣旨について的確に認識できなかったため,報告を要するほどのものと考えるに至っていなかった可能性が高いから,IがBの発言を議長等に即座に報告する行動に出なかったことをもってIの説明内容が不自然であるとはいえない。 ウ 相手方は,議長が僅差であるとして休憩時間の延長を宣言したことでBが投票用紙の扱いに不安を感じたのであれば,それからBが受付を訪れる までの時間が長すぎると主張する。 しかし,Bは,2回目の本件検査役に対する事情聴取において,本件検査役から受付に申し出た理由を聞かれて,ちょっとすごく気になって,会場をグルグル回って,やはり僅差ということなのでと述べている(乙12,48)。いったん投票した投票用紙について,自身の行動からその 取扱いに不安が生じたとしても,そのことをあえて正式に抗告人に尋ねるのを躊躇し,あれこれ迷って直ちに行動を起こすには至らず,集計のための休憩時間の終了が近づく中で決意して受付を訪れたというのは十分に合理的であるから,上記程度の時間の経過をもってBの説明に疑問を差し挟むことはできない。また,相手方は,本件総会の受付があった会場建物の 2階を訪れるのに,議場のある3階からではなく,1階から来たのも不自然であると主張するが,上記のとおりBは会場内をグルグルと歩き回っていたのであるから,その点をもって不自然としてBの説明に疑問を差し挟むこともできない。 エ その他相手方が主張するところを十分検討しても,上記1 の認定事 実を左右するには至らない。 3 相手方は, 本件議案に係る本件総会の決議は, 賛成として取り扱うことができな い本件株主の議決権行使を賛成として取り扱うことにより成立したものであり,本件株主の議決権行使を賛成として取り扱わなければ本件議案は可決要件を満た さないのであるから,本件総会の上記決議は,決議の方法が法令に違反し,かつ, 著しく不公正であるものとして, 取り消されるべきである旨主張するので, 以下検 討する。 ⑴ 株主総会における議決権は,個々の株主に認められた株主全体の意思決定に関わる最も基本的な権利であり, 株主による議決権の行使は, 株主総会に上程さ れた議案に対する株主全体の意思決定に関わる株主の意見表明である。株主総会における決議の方法については, 法律に特別の規定がなく, 定款に別段の定め がない限り, 議案の賛否について判定できる方法であれば, いかなる方法による かは総会の円滑な運営の職責を有する議長の合理的裁量に委ねられていると解されるところ,本件総会においては,議長はその裁量権の行使として,当日出席 した株主による議決権行使は投票用紙 (マークシート方式) による投票の方法に よることとし,マークの記入がない投票用紙を提出すると棄権として扱われる等の一定のルールを定めたものである。 ところで,一般に,投票用紙による投票という議決方式は,拍手や挙手といった議決方式と異なり, 書面上に各投票者の投票内容を記載し, それを集計して議 決結果を得るものとすることにより,予め定められたルールの下で各投票者の投票内容と議決要件の充足の有無を客観的に明確化するとともに,その恣意的な操作を防止し,もって株主意思を正確に反映しつつ議決の公正を確保することをその趣旨とするものであるということができ,特に投票用紙にマークシート方式を採用する場合には,投票者による誤記を極力少なくすることによって, 上記の趣旨がより高度に確保されるものとなる。本件株主総会でも,議長は,採決に当たり,正確性を期するためにマークシート方式の投票用紙による投票を行う旨を告げており,上記と同様の趣旨でその議決方法が採用されたものと認められる。このことからすると,議長は,その採用した議決方法の趣旨に沿って各株主の投票内容を判定する責務があるから, 各株主の投票内容については, 投 票用紙の記載・不記載や提出・不提出により客観的に判定することが第一義的に求められるというべきである。 しかしながら,本件のような投票用紙による投票の方法によって株主がその意思を正確に表明し得るためには, 投票のルールが予め周知され, そのルールを 理解していることが必要であり,本件のように多数の一般の個人や法人が株主として参加する株主総会においては特にそのことが妥当する。 そして, 株主にお いて,投票のあるルールについての認識が不足し,又は誤解しているために,自らの意思を表明するに当たりいかなる投票行動をとるべきか的確に判断できない状況が生じた場合には,その意思が正確に投票用紙に反映されない事態が生じることとなるから,そのような場合にまで投票用紙のみによって株主の投票内容を判定することは,かえって株主の意思を議決に正確に反映させるという 投票制度を採用した趣旨に悖ることとなる。もっとも,そのような場合でも,議決方法として投票用紙による投票を採用した以上, そのもう一つの趣旨, すなわ ち, 恣意的な操作を排除し, 予め定められたルールに則ることによって議決の公 正を確保するという趣旨は極力確保されるべきものであるといえるが,誤認した投票のルールが予め周知も説明もされておらず,株主の誤認がやむを得ない といえる場合で, 投票用紙以外の事情を考慮することにより, その誤認のために 投票時の株主の意思が投票用紙のみによる判定と異なっていたことが明確に認められ, 恣意的な取扱いとなるおそれがない場合であれば, 例外的な取扱いを認 めたとしても上記趣旨に係る議決の公正を害するとはいえない。 以上を考慮し, また, 上記のとおり株主総会における議決権が個々の株主に認 められた株主全体の意思決定に関わる最も基本的な権利で,株主による議決権の行使が株主総会に上程された議案に対する株主全体の意思決定に関わる株主の意見表明であることに照らすと,上記のように投票のルールの周知や説明がされておらず,そのために株主がこれを誤認したことがやむを得ないと認められる場合であって, 投票用紙以外の事情をも考慮することにより, その誤認のた めに投票に込められた投票時の株主の意思が投票用紙と異なっていたことが明確に認められ, 恣意的な取扱いとなるおそれがない場合には, 株主総会の審議を 適法かつ公正に行う職責を有するといえる議長において,これら投票用紙以外の事情をも考慮して認められるところにより株主の投票内容を把握することも許容されると解するのが相当であり,議決権行使によって表明される株主の賛否の意思を適切かつ正確に把握してこれを株主総会の議決に反映させるためには,むしろそうすることが求められているというべきである。 ⑵ 本件についてこれをみると,まず,本件株主は,事前に議決権行使書及び委任状が一体となった書面を切り離さずに抗告人に送付したが, これは, 本件株主が 委任状による事前の議決権行使(代理権授与)を行ったものと認められる。そして, 本件総会で本件株主から議決権行使の権限を与えられていたBが,受付で, 本件総会に傍聴ではなく出席することを明示し,投票用紙を含む株主出席票を 受領した上で総会に出席し,実際に投票していることからすると,Bは,この投票行為により,委任状による事前の議決権行使を撤回したものとみざるを得ず,抗告人においてもそのように取り扱ったからこそ,Bからの申し出を受けた後も,本件株主の議決権行使を事前議決権行使分や会社側委任状集計分に含めず, 当日(会場)議決権行使集計分として集計したものと認められる。 その上で, Bの投じた投票用紙の客観的記載からすると, 投票用紙への記入は されていないのであるから,Bは,本件株主の代表取締役として,本件議案について,議長等のアナウンスにより出席株主に周知,説明されたとおり,棄権の意思を表明したものと,第一義的には判定すべきことになる。 ⑶ しかしながら,本件において,抗告人ないし議長は,マークの記入がない投票用紙を提出すると棄権として扱われ,投票用紙の不提出は不行使として扱われることについては, 株主に対しこれを周知する措置をとっていたものの, 事前に 委任状を提出した株主が総会に出席した場合に,委任状による事前の議決権行使が撤回され,そのため改めて議場において投票用紙に記載して投票する必要 があることについては,株主に対しこれを周知する措置をとっていなかったもので,多くの上場会社では,通常,事前の議決権行使結果により議案の採否が決まっており,当日出席の株主の議決権行使の内容によって採決結果が変わることがないこと等から, 採決は拍手等の簡易な方法で行われており, 投票用紙によ る投票を行うことはまれであること(乙42,審尋の全趣旨)からすると,たとえ株主総会への出席経験が相応にある株主であっても,自らの議場での投票による議決権行使の取扱いについて詳しく理解する機会に乏しいと考えられるから, 投票による議決権行使の方法が採用された本件総会において, 出席した抗告 人の多数の個人・法人を含む株主が, 上記のような場合に事前に提出した委任状 による事前の議決権行使が撤回されることになると考えるに至るとは直ちにいい難く,そうすると本件総会において,事前に議決権を行使した株主が本件総 会に出席した場合に,事前の議決権行使は撤回され,本件総会の議場で改めて意思表示をする必要があることについて, Bを含む出席株主共通の理解, 認 識となっていたと認めることはできない。 そして,このような本件総会における投票ルールの株主への周知状況の下で,上記1,2の認定によれば,①Bは,本件総会当日,その開催に先立ち,本件総 会の受付担当者に対し,職務代行通知書を提出しているが,同通知書には,本件株主は本件総会の全議案につき会社原案に賛成の議決権を行使するに当たり代表取締役副社長のBを職務代行者として派遣する旨の記載があること,②Bは,本件株主が本件総会の2日前に抗告人に本件総会の議事の傍聴を希望する旨連絡したにもかかわらず,本件総会当日本件総会に傍聴ではなく出席を選択して いるが,これは,株式会社が株主総会の傍聴を認める場合であっても,別室でモニターを見せるだけの対応をしている会社も多く(乙42),Bにおいて,傍聴の場合は本件総会を別室でモニター越しに見ることになると思い,会場で直に議長や役員の受け答えを聞きたかったからであり, Bとしては, 本件総会におい て,本件株主は既に取締役会の総意のもと賛否の意見を記した議決権行使書及 び委任状を提出していたので,出席しても,議場でのやりとりによって,事前の議決権行使における本件株主の意見を自ら変えるつもりはなかったこと,③そして,Bは,本件総会における投票の際,投票用紙を白紙で出せば棄権扱いになる旨の案内を聞くなどしていたが,マークシート方式での投票はこれまで経験がなく,事前の議決権行使をしている株主の場合,議場での投票時に投票用紙をどのように扱えば良いのかは分からなかったことから,本件投票箱を持って投票回収のためBのもとに来た係員のIに対し,議決権行使を既に発送しているが, どうしたらいいのかなというニュアンスのことを尋ね, Iが明確な回 答をできない様子であるのを見て,指で投票用紙の左上角付近に記載された受付番号を指し示しながら, 後で番号とかで突き合わせて分かるから,いいか などと述べて,未記入の投票用紙をそのまま本件投票箱に入れたこと,④その 後,Bは,集計結果の発表まで時間がかかっている中,自分が出した投票用紙の取扱いが気になり,同日午後3時40分頃,受付を訪れたが,その後の本件検査役の事情聴取に際し, 上記1 認定に係る説明をしたこと, ⑤この説明を踏 まえて, 抗告人は, Bによる本件投票は本件株主として本件議案について賛成の 意思を表明したものとして取り扱い,集計の結果,議長は,休憩後再開した本件総会において, 本件議案を含む全ての議案が可決されたと報告したこと, ⑥Bが 本件投票時から上記④の受付を訪れるまでの間の時間的余裕とビデオ映像(本件映像)からするとその間にBに対し抗告人によって何らかの働きかけがされたとは認め難いこと,以上の諸事情が認められるところである。 そして,これらの諸事情からすると,上記のとおり本件総会で議決権行使の権 限を与えられていたBが本件総会に出席して本件投票を行ったのであるから,委任状記載の本件議案に係る本件株主の賛成の意思は撤回されたものとみざるを得ないが,Bは,本件総会当日,本件招集通知を熟読した上,本件株主が取締役会の総意のもと本件議案につき賛成の意見を記載した議決権行使書と委任状が一体となった書面(写し)や職務代行通知書を携えて,受付担当者にこれらを提 出し, 本件株主から抗告人への事前の連絡に反して本件総会に傍聴ではなく出席したものの, 議場でのやり取りでこれらの書面に記載された本件議案を賛成するとの本件株主の意見を変えるつもりはB自身にはなく,直接議長や役員の説明を聞きたいというだけの思いでこれに出席した経緯にある。そして,Bは,議場において,議長から投票用紙を白紙で出せば棄権扱いになる旨の説明を聞き,投票用紙にもその旨の記載があったものの,事前に議決権を行使している株主の場合,議場での投票時に投票用紙をどのように扱えば良いのかは分からなかったことから, 本件投票箱を持って投票回収のためBのもとに来た係員のIに対し議決権行使を既に発送しているが,どうしたらいいのかなというニュアンスのことを尋ね,Iが明確な回答をできない様子であるのを見て,予め本件株主として全議案に賛成する旨記載された議決権行使書と委任状が一体となった書面を提 出していてそれが効力を有しており,これに加えて賛成票を投じれば二重に計上されることになってしまうから,そうならないようにする必要があると自己判断し,指で投票用紙の左上部分に記載された受付番号を指し示しながら,後で番号とかで突き合わせて分かるから,いいかなどと述べて,投票用紙に何も記入しないまま投票したものである。そして,Bは,集計作業中,提出済みの自身の 投票の取扱いが気になって受付を訪れ,その後の本件検査役による事情聴取の際に,本件検査役に対し,本件総会に出席したいきさつ,白紙の投票を出す前にIに事前に議決権行使をしたことなどを説明しているものであり,これらの事情を踏まえて,本件総会の議長は,本件総会において,Bによる本件投票は本件株主として本件議案につき賛成の意思を表明したものとして取り扱い,本件議案を含 む全ての議案が可決されたものと報告したものである。そして,本件投票時のBの上記状況は,Iの本件検査役に対する供述や本件映像によって明確に裏付けられている。また,上記のとおり,事前に議決権を行使した株主が本件総会に出席した場合に,事前の議決権行使は撤回され,本件総会の議場で改めて意思表示をする必要があることについて,Bを含む出席株主共通の理解,認識となって いたと認めることはできないところ,Bについても,本件株主の代表取締役副社長等で,上場会社の専務取締役という地位にあるとはいえ,株主総会での詳細なルールは専門家でないと知らないことが多く(乙42),本件で回収担当者となったIもBの質問に明確に回答できなかったのであり,B本人も議場での議決権行使により賛否が決せられるような株主総会の経験は乏しかったのであるから,上記のように自己判断したことも無理からぬものがあったというべきである。この点,相手方は,本件でBは,自身の認識が正しいかについて確信が持てないまま,自身の思い込みで投票したに過ぎないと主張しているところ,Bにそのような面があることは否定できないものの,上記1認定のとおり,議長が不明な点があれば係の者に尋ねるよう告知し,Bは,実際に回収担当者のIに尋ねたが明確な答えが得られなかったのであり,それでも本件投票用紙の受付番号欄を人 差し指で叩き,後で番号とかで突き合わせて分かるから,いいかなどと述べて,投票の趣旨を明らかにするよう努めたのであるから,Bの取った行動を一概に責めることはできない。また,Bの上記自己判断による誤認が生じたのは,多分に抗告人ないし議長による説明が不足していたことによるものであるが,本件総会にとって抗告人は事務局,議長は議事掌理者であるから,それらの者の説明 不足の責めを説明不足で生じた無理からぬ誤認により議決権を行使した株主に負わせるのは相当でないというべきである。 以上によれば,Bは,本件総会における投票の際,本件株主による事前の議決権行使のとおり本件議案には賛成であるが,事前の議決権行使が撤回されておらず,効力を有すると誤認したことにより,本件投票時,二重投票を避ける趣旨で 未記入のまま本件投票用紙を本件投票箱に入れたものと認められる。そして上記誤認に係る投票のルールは本件総会において予め周知も説明もされておらず,Bがこれを誤認したことはやむを得ないところであり,上記した投票用紙以外の事情を考慮すると,Bの誤認のために投票に込められた投票時の本件株主の意思(賛成)が投票用紙(棄権)と異なっていたと明確に認められ,投票後に意見を 変更したものではないことも認められるから,これら投票用紙以外の事情をも考慮して認められるところにより,本件総会の議長において,Bによる本件株主の本件議案に係る投票を賛成の意思を表明したものとして把握し,賛成票として取り扱うことも,なお許容されるというべきであり,本件のような事実関係の下では,以上の事情が明確に認められるから,そのような取扱いをしても恣意的取扱いとなるおそれはないというべきである。 以上に対し,相手方は,本件における抗告人の取扱いを許容することは会社経営陣による恣意的な取扱いを許容することと同義であり,恣意的でないといえるためには,例外的な取扱いをすることについての理由や判断過程を議長が株主に対して示したりするような場合でなければならないと主張するが,上記のとおり,本件では,Bの投票時の状況とそこで示された意思の内容が明確に認められるか ら, 本件における議長ないし抗告人の取扱いを許容したとしても, 恣意的な取扱い を認めたことにはならない。 相手方は, 本件で明らかにされているのはBをめぐる 事情のみであり,本件議案に反対する株主からの同様の申し出がなかったことは明らかにされていないから恣意性が入り込む余地があるし,そもそもそのような申し出が許されないと考えて申し出をしなかった株主が存在する可能性もあるか ら, 株主の平等取扱いの問題も含んでいると主張するが, 本件総会での取扱いが世 上で大きく話題となっていながら(甲45~47,乙44,45),そのような事情が垣間見えることもないのであり,そのような可能性が抽象的にあることをもって, 現に上記の事情が明確に認められる場合にまで, それにより認められる株主 の意思を無視する取扱いをすることは,先に述べた株主総会の趣旨目的に照らし て相当でないというべきである。 また, 相手方は, Iには投票用紙以外の意思表示を受領する権限がなく, 投票用 紙回収時の発言は議長に対してされたものではないから,Bの発言は無意味であり,その後にBの申し出を議長が認識したとしても,投票の終了後に判明した事情をもって投票を抗告人に有利に取り扱うことは許されないと主張するが,本件 では,上記 説示のとおり,本件投票時にBが投票用紙に込めた意思が本件議案 に賛成の趣旨であると明確に認められるのであるから,投票時のBの発言は投票用紙による意思表示を補充するものとして無意味ではないし,その趣旨が投票終了までに議長に伝えられなかったものの,投票時のBの投票の趣旨を議長が判定するに当たっては,投票時に存したと明確に認められる事情であれば,投票終了後に認識したものであっても資料とすることができると解するのが相当であるから, 本件で議長において, 投票終了後にBの申し出を受け, 投票時のBの上記事情 を認識した上で,投票時のBの投票の趣旨を判定したことは,投票終了後に投票の趣旨を訂正・変更することを認めたものでもなく,投票の判定として不当とはいえない。 その他相手方の主張内容を精査し検討しても,上記 4 の判断は左右されない。 以上のとおり,本件総会の議長が本件株主の本件議案に係る投票を賛成として扱ったのは正当であり, したがって, これを前提とした本件議案に係る本件総会の 決議は可決要件を満たし有効であって, 上記決議の方法が法令に違反するとも, 著 しく不公正であるともいえない。 結局, 本件総会の上記決議が決議の方法が法令に 違反し,かつ著しく不公正であるとの相手方の被保全権利の主張につき疎明があるとはいえず, 保全の必要性を判断するまでもなく, 相手方の本件申立ては理由が ない。 第4 結論 以上によれば, 本件仮処分決定はこれを取り消すべきところ, これを認可した原 決定は不当である。よって,原決定を取り消し,本件仮処分決定を取り消した上, 相手方の本件申立てを却下することとして,主文のとおり決定する。 令和3年12月7日 大阪高等裁判所第11民事部 裁判長裁判官 植屋伸一 裁判官 髙松宏 裁判官 大河三之奈子 |