判例検索β > 令和1年(わ)第667号
危険運転致死(予備的訴因 道路交通法違反、過失運転致死)被告事件
事件番号令和1(わ)667
事件名危険運転致死(予備的訴因 道路交通法違反,過失運転致死)被告事件
裁判年月日令和3年12月21日
法廷名大津地方裁判所
全文全文添付文書1
最高裁判所〒102-8651 東京都千代田区隼町4番2号 Map
裁判日:西暦2021-12-21
情報公開日2022-02-06 19:19:42
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令和3年12月21日宣告
令和元年

第667号

大津地方裁判所刑事部判決

危険運転致死(予備的訴因

道路交通法違反,過失

運転致死)被告事件
裁判長裁判官

大西直樹

裁判官

齊藤隆広


裁判官

林宏樹


被告人を懲役4年に処する
訴訟費用は,被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,令和元年5月5日午前零時41分頃,普通乗用自動車を運転し,大津市小野1674番地の2付近道路(69.5kp付近)を京都市方面から滋賀県高島市方面に向かい時速約60kmで進行するに当たり,運転開始前に飲んだ酒の影響により,正常な運転操作に支障が生じるおそれがある状態で同車を運転し,もってアルコールの影響により,その走行中に正常な運
転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し,よって,同日午前零時49分頃,大津市南比良1006番地の18付近道路(58.9kp付近)から58.6kpまでの区間の中間付近において,そのアルコールの影響により正常な運転操作が困難な状態に陥って自車を対向車線に進出させて時速約78kmで進行し,同日午前零時50分頃,同市北比良1036番地の4
5先道路(58.2kp付近)において,折から対向から進行してきたA(当時45歳)運転の普通貨物自動車を至近距離に発見し,急制動の措置を講じたが間に合わず,同車右前部及び右側部に自車右前部を衝突させ,その衝撃で前記A運転車両を対向車線右側導流帯に設置されたガードレールに衝突させ,よって,同車両の同乗者(当時9歳)に脳挫傷の傷害を負わせ,同
日午前2時6分頃,同市内の甲病院において,同人を前記傷害により死亡させた。
(証拠の標目)
省略
(争点に対する判断)
第1
1
事案の概要及び争点等
事案の概要

本件は,被告人が,普通乗用自動車(以下被告人車両という。)を運転し,令和元年5月5日午前零時50分頃,大津市北比良1036番地の45先路上を京都市方面から滋賀県高島市方面に向かい,対向車線上を時速約78kmで走行中,対向から進行してきた普通貨物自動車(以下被害車両という。)に自車を衝突させ,その衝撃で被害車両をガードレールに衝突させる事故(以下本件事故という。)を惹起して,同車に乗車していた被害者(当時9歳)を死亡させたという事案である。
検察官は,①主位的訴因として,被告人は,運転開始前に飲んだ酒の影響により,前方注視及び正常な運転操作に支障が生じるおそれがある状態で被
告人車両を運転し,もってアルコールの影響により,その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で同車を運転し,よって,そのアルコールの影響により前方注視及び正常な運転操作が困難な状態に陥って自車を対向車線に進出させ,本件事故を惹起したとして自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(以下自動車運転処罰法という。)3
条1項の危険運転致死罪の成立を主張し,②予備的訴因として,被告人は,㋐酒気を帯び,血液1mlにつき0.3mg以上のアルコールを身体に保有する状態で,被告人車両を運転したという道路交通法違反と,㋑運転開始前の飲酒の影響に加え,長距離にわたる運転の継続などによる疲労などにより眠気を覚え,前方注視が困難になったのであるから,直ちに運転を中止すべ
き自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,直ちに運転を中止せず,漫然前記状態のまま運転を継続した過失により,本件事故を惹起したという過失運転致死罪の成立を主張している。
2
争点及び争点に関する当事者の主張



被告人が,令和元年5月5日午前零時50分頃,大津市北比良10
36番地の45先道路において,被告人車両を運転し,国道161号志賀バイパスを京都市方面から高島市方面に向かい,対向車線上を時速約78kmで走行中,対向進行してきた被害車両に自車を衝突させ,その衝撃で被害車両をガードレールに衝突させる本件事故を惹起したこと,被害車両に同乗していた被害者が,本件事故によって負った脳挫傷により死亡したことのほか,被告人が本件事故前に飲酒をしていたことについては,当事
者間に争いがなく,証拠上も容易に認められる。


本件の争点は,①主位的訴因に関し,㋐被告人が,アルコールの影響
により,その走行中に正常な運転に支障を生じるおそれがある状態で自動車を運転したか否か,㋑本件事故時において,被告人が,アルコールの影響により前方注視及び正常な運転操作が困難な状態に陥っていたか否か,②予備的訴因に関し,㋐眠気の原因(運転開始前の飲酒の影響があったか否か),㋑事故直前の走行状況(大津市南比良1006番地の18付近道路から本件事故現場まで被告人車両を対向車線に進出させたまま走行し続けたか否か)である。


主位的争点に関する当事者の主張は,別紙1のとおりであり,要する
に,検察官は,本件事故前の被告人の飲酒状況,飲酒量や呼気検査の結果から推計される運転開始時及び本件事故時の被告人の体内のアルコールの保有量,本件事故に至るまでの被告人の運転状況から,被告人がアルコールの影響により,前方注視及び正常な運転操作が困難な状態にあったと主張するのに対し,弁護人は,呼気検査の検査値やその手法の適切性は争わないとしつ
つ,本件事故前の被告人の飲酒量や,推計される被告人の体内のアルコールの保有量,事故直前の運転状況に関して検察官の主張する事実を争うとともに,本件事故前の被告人の勤務状況,本件事故前後の被告人の言動・様子からすれば,被告人は,連日の長時間勤務による疲労と睡眠不足等によって眠気を催したものであり,アルコールの影響により,前方注視及び正常な運転操作が困難な状態にあったものではないと主張する。
第2
1
当裁判所の判断
前提事実

関係証拠によれば,本件事故前の被告人の生活状況,飲酒状況及び言動・様子,本件事故に至るまでの被告人の運転状況,本件事故の発生状況,本件事故後の被告人の言動・様子等について,以下の各事実が認められる(以下,特に断りのない限り,年月日は令和元年のそれを指す。)。


本件事故前の被告人の生活状況


被告人の勤務状況

被告人は,本件事故当時,高島市に所在する乙宿泊施設に支配人として勤務していた。被告人は,普段は京都市内の自宅から同施設まで自動車で通勤していたが,ゴールデンウィークの繁忙により,平成31年4月27日から同月30日まで及び令和元年5月2日から同月4日までの間,同施設の宿直室に宿泊しながら,連日の長時間勤務を続けていた。また,被告人の普段の平均睡眠時間は6時間程度であったが,5月2日から同月4日までの各日は,睡眠時間は概ね5時間程度となっており,事故前日にも午前6時半に勤務を
開始し,僅かな休憩時間を除き勤務を継続していた。

被告人の飲酒習慣

被告人は,本件事故以前は,晩酌にビール又は酎ハイを1缶(350ml)飲んでいたが,その際に特に酔いを感じることはなかった。また,過去にはビールの中瓶6本位や,ウイスキーのロック五,六杯を飲むこともあったが,二日酔いになることもなかった。被告人自身は,酒には強くもなければ弱くもないと思っていたが,周囲からは強いと言われていた。


本件事故前の被告人の飲酒状況


被告人は,5月4日午後8時頃,乙宿泊施設内にあるレストラン(以
下,単にレストランという。)において食器の片付け等をしていたところ,被告人の勤務先の社長であり,義理の父でもあるBから,同人と知人らの酒席に加わるように言われた。被告人は,その頃から同日午後8時45分頃までの間,Bらと共に,レストランにおいて中ジョッキのビールを飲酒した。その酒席において,被告人は,Bから仕事について説教を受けるなどした。なお,レストランにおいて提供されるビールは,アルコール度数5%のアサヒスーパードライであり,中ジョッキに注がれるビールの量は,約27
0mlである

被告人は,同日午後9時過ぎ頃,酒に酔ったBを送るため,乙宿泊施
設から被告人車両を運転してJR新旭駅へ向かったが,Bが予定していた電車に乗り遅れた。Bが次の電車が来るまで飲み直すことを提案したことから,被告人は,被告人車両を空き地に駐車し,同日午後9時半頃,Bと共に,同駅近くにあるスナック丙に入店した。被告人は,その頃から同日午後10時45分頃までの間,同店において,Bと共にウイスキーを飲酒した。同店において,被告人のろれつが回らなかったり,足元がふらついたりする様子はなかった。なお,スナック丙において被告人らに提供されたウイスキーは,Bがボトルキープしていたもので,アルコール度数40%のジョニーウォー
カーであった。同店におけるウイスキーロック1杯分のウイスキーの量は約60ml,水割り1杯分のウイスキーは約50mlである。


本件事故前の被告人の言動・様子

被告人は,5月4日午後10時45分頃,スナック丙を退店し,Bを電車に乗せるべく,Bと共に徒歩でJR新旭駅に向かった。同駅に設置された防犯カメラには,同日午後11時頃,改札口付近を歩く被告人とBの様子が撮影されていたが,被告人がBを支えて歩いた際に僅かにふらついた場面を除いては,被告人にふらつく様子は見られなかった。Bが同駅発の京都方面の最終電車に乗り遅れ,タクシーにも乗車を拒まれたことから,被告人は,被告人車両を運転して,Bを同人宅の近くの丁病院まで送り届けることとした。⑷
本件事故に至るまでの被告人の運転状況

本件事故に至るまでの被告人車両の走行状況や道路状況等は,概要,以下のとおりである(より詳細な道路状況や交通状況等も加えて整理した一覧表を別紙2,その主要部分を模式的に表した図面を別紙3として末尾に添付する。)。

被告人は,5月4日午後11時30分頃,スナック丙付近の空き地か
ら,被告人車両の運転を開始し,国道161号高島バイパス,志賀バイパス,湖西道路,西大津バイパスを走行して京都市内に入り,その後,国道1号等を経由して,同月5日午前零時11分頃,丁病院前において被告人車両を停車し,Bを降車させた。ここまでの間,被告人はBと仕事の話をしながら被告人車両を運転しており,同病院に設置された防犯カメラ映像によっても,
被告人車両に異常な挙動は見られなかった(別紙2の1)。

被告人は,同日午前零時13分頃,乙宿泊施設に戻るため,被告人車
両を運転して同病院前道路を出発した。被告人車両は,国道1号から滋賀県内に入り,国道161号西大津バイパスを経由して,湖西道路に至った。この間,被告人車両は事故を起こすことなく走行を続けており,異常運転があったことをうかがわせる証拠はない(別紙2の2)。

国道161号湖西道路は,自動車専用道路であるが,京都市方面から
高島市方面に向かう北向き車線の一部に二車線区間があるほかは,基本的に片側一車線の道路である。
被告人車両は,同日午前零時41分頃,湖西道路69.5kp(大津市小野1674番地の2)付近において,北向き車線を時速約60kmで進行しながら,車線の幅の中でゆるやかに右に寄ったり,左に寄ったり,時に左側の白線を踏みそうになりながら走行し,少なくとも和迩インターチェンジのある68.3kp付近までの約1.2kmにわたり,このような走行状態が継続した(別紙2の3①)。

被告人車両は,和迩インターチェンジと志賀インターチェンジ(63.
0kp)の中間付近から,指定最高速度60kmの道路を,時速5km程度の低速度で,北向き車線の左側の白線をまたいだまま走行したり,同車線中央に戻ったりしながら走行し,その後,時速約20~30kmに速度を上げ,同車線の左側の白線をまたいでは同車線中央に戻ることを二,三回繰り返し,更に,急に減速し,停止してから再び時速約20~30kmに速度を上げて
走り出すといった動きを二,三回繰り返すなどした。
63.0kp付近は,右カーブとなっているところ,被告人車両は,同日午前零時47分頃,同カーブを走行中,進行方向左側に大きくふくらみながら走行した(別紙2の3②)。
60.7kp付近は,左カーブとなっているところ,同地点に設置された
カメラの映像では,特に被告人車両に異常な挙動はみられない(別紙2の3③)。
59.85kp付近は,右カーブとなっているところ,被告人車両は,同日午前零時48分頃,時速約20~30kmで走行しながら,カーブの手前の直線で左右に揺れ,右方向へのカーブの手前,中間,曲がり終わりの各地
点でそれぞれ明らかに不要なブレーキをかけ,車線内を小刻みに揺れながら走行し続け,その後左右に大きく揺れ,時速約30~40kmで南向き車線(対向車線)にはみ出ては,北向き車線に戻るという動きを二,三回繰り返した(別紙2の3④)。

右カーブを抜けた58.9kp(大津市南比良1006番地の18付
近道路)から58.6kpまでの区間は,上り勾配の直線となっている。被告人車両は,同区間の中間付近において,追い越しのための右側部分はみ出し通行禁止の黄色い二重線による中央線を越えて,対向車線である南向き車線に進出し,同時に時速約50~60kmに加速して逆走を開始した。被告人車両は,逆走を開始してからは,左右に揺れたりブレーキを踏んだりすることはなかった。被告人車両が逆走を開始した当時,北向き車線において,被告人車両の前方を走行する車両はなく,南向き車線を走行する車両もなかった(別紙2の3⑤)。
58.6kpから約144mにわたり,曲線半径450mで上り勾配(勾配度約4%)の左カーブとなっているところ,被告人車両は,58.5kp地点から少なくとも約8秒間(甲35のBP比良ランプ道路管理用カメラ映
像の下部に表示された再生時間00:15:15から00:15:23まで)にわたり,側壁等にぶつかることもふらつくこともなく,左カーブに沿って南向き車線上を北向きに逆走し続けた。なお,同地点のカメラ映像から算出された被告人車両の走行速度は,時速約78km(秒速約21.8mを時速に換算したもの)であった(別紙2の3の⑥)。


本件事故の発生


本件事故現場は,国道161号志賀バイパスの58.2kp地点(大
津市北比良1036番地の45先道路)である。58.2kpの手前約20mの地点からは約80mにわたり,曲線半径700mで下り勾配(勾配度約4%)の右カーブとなっており(別紙2の3の⑦),被告人車両の走行方向手前からみると,58.6kpから約144mにわたる上り勾配の左カーブの後,58.5kp過ぎからの下り勾配の直線部分を経て,58.2kp手前からの前記右カーブに連なる,緩やかなS字を描く道路の途上にある(なお,58.2kp地点の手前から右カーブが開始していることは,同地点付近の道路台帳(甲40)のほか,犯罪捜査報告書(甲22の添付写真3,
5)や検証調書から優に認められる。)。

被害車両を運転していたAは,国道161号志賀バイパスの南向き車線を,高島市方面から京都市方面に向かい時速約70kmで進行していたところ,本件事故現場手前約25.3mの地点で,南向き車線上を時速約78kmで逆走してくる被告人車両を前方約52.7mの地点(被告人車両から見て事故現場手前約27.4mの地点)に認め,直ちにハンドルを左に切るとともに,急ブレーキをかけたが,衝突を避けることはできず,5月5日午前零時50分頃,本件事故現場の南向き車線右端付近において,被告人車両の右前部と被害車両の右フロントドア付近が衝突し,被害車両がその衝撃で南向き車線左側のガードレールに衝突する本件事故が発生した(別紙2の3の⑧)。


本件事故後の被告人の言動・様子


本件事故を受けて,事故から約30分後,滋賀県大津北警察署交通課
所属のC警部補が事故現場に臨場した。その際,被告人は,Cに対し,居眠り運転をしたことを認める旨の発言をした。被告人には,意識が混濁したり,朦朧としている様子はなく,酒に酔った様子も見られず,Cが被告人に飲酒の有無を確認することもなかった。被告人は,本件事故により負傷していたことから,戊病院に搬送された。

Cは,5月5日午前4時頃,本件事故現場の見分を終えた後,戊病院
に赴き,被告人に飲酒の有無を確認したところ,被告人は飲酒した旨を述べた。そこで,Cは,同日午前4時30分頃,同所において,被告人に対し,北川式飲酒検知器を用いた飲酒検知を実施した。その結果,呼気中アルコール濃度の検知結果は,0.05mgの目盛りを少し越えた値を示したが,Cは,検知管に細かい目盛りが記されていなかったことから,被告人に有利に捉えて,測定結果として,飲酒検知結果濃度表に0.05mg/Lと記載した。また,Cは,引き続き,酒酔い酒気帯び鑑識カードに基づき調査見分を
行い,被告人の応答結果を踏まえて,言語態度ぐ歩行させたところ普通約10mを真直正常に歩行した10秒間直立させたところ直立できた酒臭「目の状態2顔面より約30cm離れた位置でかすか顔色普通
普通」などと記載した。

争点に関する検討

前記第1の2⑶のとおり,検察官は,本件事故前の被告人の飲酒状況,飲酒量や呼気検査の結果から推計される被告人の体内のアルコールの保有量,本件事故に至るまでの被告人の運転状況から,被告人がアルコールの影響により,正常な運転操作が困難な状態に陥って本件事故を惹起したと主張する。そこで以下,これらの点を中心に,被告人がアルコールの影響により,正常な運転操作が困難な状態にあったと認められるかどうかについて検討する。


本件事故前の被告人の飲酒状況

関係証拠によれば,前記1⑵のとおり,被告人が,本件事故前,前日の5月4日午後8時頃から同日午後10時45分頃までの間,レストラン及びスナック丙において,ビール及びウイスキーを飲んだ事実が優に認められるほか,その具体的な飲酒量についても,①レストランにおいて中ジョッキのビール1杯を飲んで,2杯目にも口を付け,②スナック丙においてウイスキーをグラス1杯程度飲酒した,という限度においては,関係者及び被告人の供述が一致し,これに反する証拠もないから,これに沿う事実を認定するのが相当である。もっとも,関係者及び被告人の供述は,前記以外の点において齟齬していることから,それらの供述の信用性を慎重に検討した上,その余
の証拠も踏まえて,被告人の飲酒量を認定することとする。

関係者の供述とその信用性
レストランにおける飲酒状況について

乙宿泊施設の従業員で,被告人とBらとの酒席に同席した証人Dは,公判廷において,被告人が中ジョッキのビール2杯を飲酒した(2杯目も飲み干した)旨を供述し,検察官は,これに依拠して,被告人が,レストランにおいて少なくとも中ジョッキのビール約540mlを飲酒した旨を主張する。しかし,Dは,被告人が飲んだとされる2杯のビールを誰が注いだのかという点につき,捜査段階から供述を変遷させている上,これを指摘されると,今では記憶が曖昧であるとか,警察にもそう説明したと思うがよく分からない旨を述べるなど,自身の記憶が不確かであることを自認する供述をする一方,変遷の合理的な理由を説明することができていない。Dは,被告人が飲んだビールが2杯であったといえるのは,1杯目のビールをDが,2杯目のビールを被告人が,それぞれ注いだ記憶があるからだというのであるが,前記のとおり,Dが根拠として述べる記憶そのものが減退,変容していることがうかがわれる。Dは,被告人がビール2杯を飲んだという限りにおいては,
捜査段階から一貫した供述をしている上,レストランで,被告人に2杯のビールが用意されたこと自体については,被告人の供述とも一致しているものの,これらの点を踏まえても,供述の重要部分に変遷があること等に照らせば,被告人の飲酒状況に関するD供述の信用性には,疑問を差し挟まざるを得ず,被告人供述と一致する限度において,信用性を肯定するのが相当であ
る。
スナック丙における飲酒状況について
スナック丙の従業員である証人Eは,被告人が,同店において,ウイスキー水割り2杯,ロック1杯を飲酒した旨を供述し,同店経営者である証人Fも,被告人が同店でウイスキーを二,三杯飲んだと思う旨を供述する。検察
官は,これらに依拠し,被告人がスナック丙において,少なくともウイスキー約110mlを飲酒した旨を主張する。
しかし,E及びFの前記各供述は,いずれも信用性に疑問があるといわざるを得ない。すなわち,Eは,公判廷において,1杯目と2杯目が水割りで,3杯目がロックであった,被告人のグラスにウイスキーをつぎ足したことは
なかったなどと供述するが,捜査段階では,1杯目が水割りで,2杯目と3杯目がロックであった,被告人のグラスの中身が減ると,つぎ足してしまうので,被告人がロックをどれだけ飲んだか詳しくわからない旨述べるなど(弁4),ウイスキーの飲み方やつぎ足しの有無等の供述の中核部分に看過し得ない変遷がみられる。また,Fは,公判廷において,1杯目は水割りで,自分が作って被告人に出した旨を供述しているが,本件事故の2日後である5月7日に行われた裏付け捜査においては,被告人に出したのはロックであると説明し,その作り方を再現までしていたのに,6月20日に至って1杯目に提供したのは水割りであると思い出したとして説明を変えており(甲6,7),その記憶自体が不確かなものであることがうかがわれる。また,Fは,被告人の飲酒状況をしっかり見ていたわけではないなどと述べるとともに,
被告人が,ウイスキーを二,三杯飲んだと考えるのは,ボトルに3分の1程度残っていたウイスキーがすべてなくなっていたからである旨述べており,被告人がウイスキーを二,三杯飲んだと思う旨の供述は,直接目撃したなどの十分な根拠に基づくものとはいえない。
以上によれば,被告人の飲酒状況に関するE及びFの各供述についても,
被告人供述と一致する限度においてのみ,信用性を肯定するのが相当である。イ
被告人供述とその信用性

一方,被告人は,公判廷において,本件事故前の飲酒状況につき,レストランにおいて,ビールを中ジョッキ1杯余り飲み,スナック丙において,ウイスキーのロックを1杯程度飲んだにとどまる旨供述する。しかし,前記供述は,それまでの供述経緯や呼気検査の結果との整合性等に照らし,信用することができない。
すなわち,被告人は,①本件事故から約4時間後に行われた酒気帯び鑑識に際し,Cから事情聴取をされた際には,ビール3杯,ウイスキー3杯を飲酒した旨供述していたが,その後,②6月の警察官による取調べにおいては,
ビール二,三杯ぐらい,ウイスキーは感覚的にはグラスで3杯ぐらい飲んだ旨を,③11月の検察官による取調べにおいては,ビール1から3杯,ウイスキーはロックで1から3杯程度飲んだ旨をそれぞれ供述し,④公判廷においては,前記のとおり,ビール1杯余り,ウイスキーのロックを1杯程度飲んだ旨述べている。そして,被告人は,このような供述経緯や変遷の理由等について,前記①の事故直後の事情聴取においては,重大な事故を起こしてしまった自責の念から,自分で考えられる最大限の量を答えた,検察官に対しては,自分の記憶を改めて見直して,最終的には自分の記憶に従って前記③のとおり答えた,その後,すべての事情聴取を終えて,気持ちの整理をした後に,捜査官(C)や関係者から聞いた話や供述調書を読んだことも踏まえて,公判廷で前記④のとおり述べたなどと説明する。しかし,事故直後は,
動揺した心理状態の下,十分に記憶を喚起することが難しかった可能性を否定し得ないにせよ,事故後の約1か月後の6月の時点において感覚的にしか覚えていなかった旨自認し,Cから種々の説明を受けた上,自分の記憶を改めて見直した上での11月の取調べにおいても,なお,1杯から3杯などという曖昧な記憶しかなかった被告人が,それから更に1年近く後に行われた
被告人質問において,レストランでビールを1杯と少し以上飲酒した可能性も,スナック丙でウイスキーを2杯以上飲んだ可能性も全くない,その記憶には自信があるなどと言い切るほどに具体的で確実な記憶を保持するに至ったというのは,それ自体不自然である。また,被告人は,記憶が明確になった主な理由として,DやFから直接話を聞いたことを挙げるのであるが,捜
査段階において,DやFが被告人の飲酒状況について供述していた内容は,被告人の前記公判供述とは食い違うものであったことがうかがわれる上,被告人の供述するところを前提としても,Fからは,事故から約一,二か月後に,被告人はちょっとしか飲んでなかったと聞いたにすぎず,具体的な杯数を聞いたかどうか覚えていないというのであるから,DやFから話を聞
いたことが,公判供述どおりの具体的かつ明確な記憶が喚起された契機や理由となったとは到底考え難い。加えて,後に詳細に検討するG(以下G医師という。)の公判供述によれば,被告人の呼気検査の結果並びに被告人が公判廷で供述する飲酒状況及び量(ビール270ml及びウイスキー60ml)を前提として,60分当たりのアルコール消失速度(β60値)を計算すると,0.0681(mg/ml/hr。以下同様である。)という健常者の数値としてはおよそあり得ない低値となること,逆に,前記飲酒状況及び量を前提にすると,日本人の平均的なβ60値の範囲内である0.12から0.20の範囲内で血中アルコール濃度を算定すると,β60値が0.12であったとしても,呼気検査時までに体内のアルコールは完全に分解されることになるものと認めら
れる。被告人の供述する飲酒状況及び量は,呼気検査の結果とはおよそ整合しないものというほかない。

被告人の本件事故前の飲酒状況に関するまとめ

以上のとおり,被告人の飲酒状況に関するD,F及びEの各供述は,いずれも被告人供述と一致する限度においてのみ,信用性を肯定するのが相当であって,これらの証拠によって,被告人が,運転開始前に,中ジョッキのビール1杯余り(レストラン)及びウイスキーのロック1杯程度(スナック丙)を飲酒した事実が認められるが,他方,飲酒量が前記限度にとどまるとの被告人供述も信用することはできない。被告人の飲酒量については,具体的な種類及び量を特定することは困難であるものの,G医師の公判供述や呼気検
査の結果をも併せ考慮すれば,自身が供述するビール1杯余り及びウイスキーのロック1杯程度を含み,かつ,これを相当程度上回る,呼気検査の結果に整合し得るものであったと認めるのが相当である。


被告人の体内のアルコール保有量等について
G医師の証言等によって認められる専門的知見

山口大学大学院医学系研究科法医学講座教授であり,大阪府監察医を務めるG医師は,その作成に係る意見書(甲8)及び公判廷における証人尋問において,アルコールの作用,血中アルコール濃度と酩酊症状の関係,アルコールの薬物動態等に関する専門的な知見を述べている(以下,意見書も併せG証言という。)。G医師は,長年にわたりアルコール医学を研究し,特に薬物速度論を専門としており,アルコールに関係する鑑定の経験も豊富に有していることから,その専門性に基づく以下の知見については,その信用性に疑いはない。
アルコールの作用
アルコールの薬理作用の大きなものに,麻酔作用がある。脳が麻酔作用により抑制・麻痺されていくことが酩酊に当たり,酩酊度は概ね血中アルコー
ル濃度に相関する。アルコールが体内に分布する際,血中濃度と臓器濃度に差が大きく生じる条件時に酩酊症状を生じやすくなり,中毒作用はアルコールの血中濃度が下降していくときよりも,上昇していくときに大きい。酔いを最も自覚できるのは,まとまった飲酒の後のあまり経過していない吸収分布期であり,消失期に入ると酩酊症状は安定し,酔い症状を自覚しにくくな
る。
アルコール酩酊による症状については,理性的な抑制の欠如,集中力・判断力の低下が重要である。短時間であれば酩酊下でも集中可能であるため,個体間差や個体内差を生じさせる。
日本人には,遺伝的にアルデヒド脱水素酵素の活性が欠損する人が4割程
度いて,アルコールが代謝されてできるアセトアルデヒドを分解できず蓄積してしまうことから,顔面紅潮や眠気等の症状を引き起こす。これらの人は,コップ1杯程度のビールで顔面が紅潮することからフラッシャーと呼ばれる。こうした症状が認められない人は,ノンフラッシャーと呼ばれ,日本人の6割程度いる。

血中アルコール濃度と酩酊度の関係
酩酊症状は,一般的には血中アルコール濃度と相関関係にあり,世界保健機関(WHO)においては,便宜的に,無症状期,軽度酩酊,中等度酩酊,強度酩酊,泥酔期,それ以上の段階の6つに区分して,血中アルコール濃度と酩酊度の一般的な傾向を整理している。
WHOの区分においては,血中アルコール濃度が0.1~0.5mg/mlの場合(無症状期)は,爽快で気持ちが緩み愉快になる,自己抑制の低下,脈拍や呼吸数の上昇,作業の遂行能力や判断力の低下といった症状が見られ,0.6~1.0mg/mlの場合(軽度酩酊)には,注意力や忍耐力の低下,全身の反応の鈍化,協調運動や筋力の低下,不安や抑うつの増加,合理的な解決や分別ある行動の低下といった症状が見られ,1.0~1.5mg/m
lの場合(中等度酩酊)には,反応の著明な低下,運動機能の低下,言語不明瞭,視覚機能や平衡感覚の低下,嘔吐(特に急速に血中濃度が上昇した場合)などの症状が見られるとされている。
WHOの前記区分は世界共通のもので,フラッシャーには当てはまらないが,ノンフラッシャーには適用できる。

もっとも,血中アルコール濃度と酩酊度の関係には個人差があり,同一人であっても,体調等によって酩酊の度合いは左右され,判断能力や運動能力にどのような影響があるかは個別に判断することになる。
血中アルコール濃度の推移
血中アルコール濃度の推移は,吸収分布相,直線的消失相,曲線的消失相
の3つの相に分けられる。アルコール飲料を経口摂取すると,アルコールは胃や小腸から吸収され,全身の臓器や組織に分布し,血中濃度は急激に上昇していく(吸収分布相)。飲酒後約30分ないし1時間程度の吸収分布相の後,主に肝臓での代謝によりアルコールが分解されるが,血中アルコール濃度は,代謝能力に応じ,経過時間に比例して一定の速度で直線的に減少して
いく(直線的消失相)。その後,血中アルコール濃度が0.30~0.40mg/ml程度まで減少すると,それ以降は指数関数的に曲線を描いて緩やかに減少する(曲線的消失相)。血中アルコール濃度の推計手法(ウィドマーク式)
ウィドマーク式は,数理統計学的に血中アルコール濃度を推計する手法であり,我が国の警察実務のみならず,世界的にも1930年代から法医学会で広く用いられてきた。直線的消失相に着目し,60分当たりのアルコール消失速度(β60値)に基づき,摂取時から消失時まで時間に比例して直線的に血中アルコール濃度が減少することを前提に,血中アルコール濃度を推計する手法であり,血中アルコール濃度Cは,C=C0-β60×t[C0=理論的初期濃度,t=時間]という計算式によって導かれる。
ウィドマーク式は,摂取されたアルコールが瞬時に体内に吸収されて全身に分布すると仮定した理論式であるところ,実際には飲酒後約30分ないし1時間程度は吸収分布相になるため,その間は実際の血中アルコール濃度がウィドマーク式で推計したアルコール濃度よりも低くなる。他方,吸収分布相が経過した後においては,ウィドマーク式による推計結果と実際の血中ア
ルコール濃度とが概ね一致することから,消失相における血中アルコール濃度の推計には有効であるとされる。
β60値に関する一般的知見
アルコール代謝能力であるβ60値には,飲酒能力や飲酒習慣による個人差があるが,大半の日本人のβ60値は0.16(mg/ml/hr)であ
り,この0.16を中心に0.12~0.20の幅で正規分布の形をとっている。β60値が0.20となるような人は,日常的に飲酒して非常に酒が強く,β60値が0.12となるような人は,酒に弱いいわゆる下戸といった特徴がある。また,体調不良による代謝能力の低下によりβ60値が低下する場合もあるが,差が生じるのは入院する程度の肝機能障害のような場合
であって,基本的には影響がない。
また,β60値が0.16となる程度の代謝能力を有する者であっても,血中アルコール濃度が低下し,曲線的消失相に至った場合は,β60値が0.16よりも低下することになる。もっとも,この場合であっても,前記程度の代謝能力を有する者であれば,β60値は低くても0.12程度に低下するにとどまる。
呼気濃度に基づく血中濃度の推計とその際に用いられる濃度比

摂取されたアルコールの一部は呼気に排泄されるが,血液/呼気の濃度比が概ね一定であることから,呼気濃度を利用した血中アルコール濃度の推定が行われる。もっとも,血液/呼気の濃度比は,個体間差があるほか,飲酒後の経過によって変化するなど,個体内差もあり,吸収分布相では2000:1未満程度を示すが,直線的消失相に入ると2100~2400:1程度を示すとされる。我が国の警察実務においては,被告人に有利にの原則から2000:1が用いられる。

前記アの知見を踏まえた検討
ウィドマーク式による推計結果

前記⑴のとおり,被告人の飲酒量については,正確な量を確定することができないため,飲酒量に基づいて被告人のアルコール保有量を推計したとしても,正確な数値を得ることはできない。他方,本件事故後に実施された被告人の呼気検査の結果については,その手法の適切性や検査値の正確性に疑義を差し挟むべき事情はないため,当該呼気検査の結果に基づいて被告人の
アルコール保有量(血中アルコール濃度)を推計するのが相当である。そして,G証言を踏まえると,本件事故以前の被告人の飲酒能力及び飲酒習慣からすれば,被告人のβ60値は大半の日本人と同等ないしそれを上回る0.16~0.20に当たる可能性が高い。他方,本件事故当時,被告人が連日の長時間勤務や睡眠不足による疲労を抱えていたことは認められるも
のの,本件事故前の言動や様子に照らし,被告人がβ60値の数値に影響が生じるほどの体調不良に陥っていたことはうかがわれない。そうすると,本件事故当日の被告人のβ60値については,少なくとも大半の日本人と同等の0.16であったものと合理的に推認される(なお,G医師は,被告人のβ60値が0.16よりも低い0.139であることを前提に推計したアルコール保有量についても証言し,検察官もこれに依拠した主張をしている。しかし,前記β60値は,被告人が捜査段階で供述した飲酒量を前提に,これと被告人の呼気検査の結果とが整合するようにβ60値を算出したものであり,前提とした飲酒量が正確性を欠くことに加え,G医師自身,被告人の飲酒能力及び飲酒習慣からすると,被告人のβ60値が0.139であるとするのは低くて違和感がある旨を証言している。以上によれば,被告人のβ
60値が0.139であったとすることに合理性はないというほかなく,そのβ60値を前提にした推計結果は採用できない。)。
そして,G証言によれば,ウィドマーク式においては,吸収分布相を経た後の血中アルコール濃度は,β60値を比例定数として,時間に比例して減少していくものとなることから,吸収分布相を経た後の直線的消失相におけ
る血中アルコール濃度の減少量は,β60×t(時間)で表すことができ,具体的なアルコール保有量(C1)が判明している一定の時刻(t1)から遡った過去の特定の時点(t2)におけるアルコール保有量(C2)は,C2=C1+β60×(t2-t1)という計算式で求めることができることになる。

そこで,我が国の警察実務において用いられる血液/呼気の濃度比である2000:1を用いて被告人の呼気検査の結果である0.05mg/Lを血中濃度0.10mg/mlに換算した上で,被告人のβ60値を0.16として,前記の計算式により,公訴事実記載の運転開始時(以下異常運転開始時ということもある。)である5月5日午前零時41分時点(呼気検査
時から3時間45分前)及び本件事故時である同日午前零時50分時点(呼気検査時から3時間36分前)の被告人の血中アルコール濃度を推計すると,それぞれ0.70mg/ml,0.676mg/mlとなる(別紙4の1-1,1-2。)。
曲線的消失相を踏まえた検討
他方,被告人の呼気検査結果が0.05mg/Lであり,血中アルコール濃度に換算して0.10mg/mlであったことを踏まえると,被告人の血中アルコールの体内動態は,それ以前から曲線的消失相に至っており,β60値が0.16よりも低下していた可能性が高い。しかし,G証言によれば,β60値が0.16のアルコール代謝能力の持ち主であれば,曲線的消失相に至ってβ60値が低減するとしても0.12程度まで低くなるにとどまる
とされている。そのため,被告人に最大限有利に解して,血中アルコール濃度が0.40mg/mlに達した時点で,曲線的消失相に至ったと仮定し,かつ,その時点以降の被告人のβ60値が0.12にまで低下したと仮定して,その時点から呼気検査時までに,血中アルコール濃度が0.10mg/mlまで低下するのに要した時間を計算すると,2.5時間となり(別紙4
の2-1),これをもとに呼気検査時から逆算すると,同日午前1時56分の時点で,被告人の血中アルコール濃度は0.40mg/mlであったと推計される。そして,それ以前の薬物動態は,直線的消失相にあることから,被告人のβ60値を0.16として,その時点から逆算すると,被告人の血中アルコール濃度は,異常運転開始時には0.60mg/ml,本件事故時
には0.576mg/mlであったと推計される(別紙4の2―2,2-3)。
その他の推計に影響を与える要素を踏まえた検討
前記推計結果は,呼気検査時の血中アルコール濃度が0.10mg/mlであることを前提としているところ,この数値はもとより以下の2点で被告
人に有利なものが採用されている。すなわち,被告人の呼気検査時の呼気中アルコール濃度は,被告人に有利になるように,実際の検出結果よりもやや低い値が採用されていることに加え,G医師の研究によれば,血液/呼気の濃度比は,個人差はあるものの,実際には2300:1前後であるというのである。これらの点を踏まえると,逆算の起算点となる呼気検査時の血中アルコール濃度は,前記推計で用いた0.10mg/mlを上回る,0.115mg/mlないしそれ以上であった可能性が高い。
さらに,前記

ないし

の推計過程においても,幅のある要素につき,複

数の点で被告人に有利な数値を採用している。すなわち,①被告人のβ60値を,被告人の飲酒習慣等を踏まえて想定されるβ60値の最低の値である0.16であると仮定している。また,②曲線的消失相に入り,消失速度が低下するのは,血中アルコール濃度が0.30~0.40mg/mlに至ってからであるところ,最も早い0.40mg/mlに達した時点で曲線的消失相に至ったと仮定して推計しているほか,③曲線的消失相におけるβ60値を,想定しうる範囲で最も低い0.12と仮定している。さらに,④ウィドマーク式におけるβ60値は,いわば飲酒開始時から測定時までの減少速
度の平均値にあたるところ,曲線的消失相でβ60値が低下するとすれば,直線的消失相におけるβ60値は,全期間で直線的に減少したとした場合のβ60値よりも僅かに高い数値になると考えられるところ,前記推計においては,β60値を0.16のままで推計している。これらの点を併せ考慮すれば,被告人の異常運転開始時及び本件事故時の実際の血中アルコール濃度
は,前記

の推計結果を有意に上回るとともに,全体を総合的に考慮すれば,
少なくとも,β60値を0.16とした場合の前記

の推計結果を大きく下

回るものでもないと合理的に推認される(例えば,被告人に有利な数値を採用した要素のうち,逆算の起算点となる呼気検査時の血中アルコール濃度の算定を血液/呼気の濃度比として2300:1前後に置き換えるだけで,被告人の血中アルコール濃度の推計値は,異常運転開始時には0.619mg/ml,本件事故時には0.595mg/mlに増すことになる〔別紙4の3-1ないし3-3〕)。体内に保有されたアルコールの被告人の運転への影響
以上の検討を踏まえると,被告人は,異常運転開始時刻である同日午前零時41分頃において,血中アルコール濃度にして0.70mg/ml前後(被告人に最大限有利に解したとしても0.60mg/ml),本件事故時である同月5日午前零時50分頃において約0.676mg/ml前後(被告人に最大限有利に解したとしても0.576mg/ml)のアルコールを体内に保有していたものと推認される。したがって,被告人は,これらのいずれの時点においても,正常な運転能力ないし思考・判断能力に影響を与え
る程度のアルコールを体内に保有していた(前記ア

のWHOの区分によれ

ば,注意力や忍耐力の低下,全身の反応の鈍化,協調運動や筋力の低下,不安や抑うつの増加,合理的な解決や分別ある行動の低下といった症状が見られる軽度酩酊状態ないし同状態と無症状期との境界域)ものと認められる。ウ
小括

以上によれば,被告人は,異常運転開始時及び本件事故時のいずれにおいても,正常な運転能力ないし思考・判断能力に影響を与える程度のアルコールを体内に保有していたものと認められる。


本件事故に至るまでの被告人による運転状況
証人Hの供述の信用性

本件事故に至るまでの被告人の運転状況は,別紙2及び同3のとおりである。このうち,別紙2の主な証拠欄にH供述を掲げた部分は,証人Hの供述によって認定した。
Hは,被告人車両の後続車両の運転者として,偶然,被告人車両の走行状況を目撃した第三者であり,もとより被告人に不利益な虚偽供述をする動機
は考え難い。また,Hは,最初に被告人車両を発見してから,急に止まりそうになったり,小刻みに左右に揺れたりして明らかに異常な動きを見せていた被告人車両に接触等しないよう気を付けながら意識的に観察していた上,事故の場面自体は目撃していないものの,事故直後に事故現場付近に自車を停めて,自ら110番通報及び119番通報をし,記憶が新鮮なうちから捜査に協力してきたものである。その供述をみても,実際に見えた部分と,カーブによる死角等のために見えなかった部分とを区別して供述している。以上によれば,H供述については,少なくともHが直接目撃した限度においては信用性が高く,その内容に沿う事実を認定することができる。
もっとも,被告人車両の逆走開始地点について,H立会の下で作成された実況見分調書には,同人の指示説明に基づき,58.9kpと特定した旨の
記載があるものの,当該実況見分調書を作成したCは,Hが実況見分の際に具体的な目印等に基づいて説明したわけでなく,右カーブを抜けた直線の上り坂の真ん中あたりと説明しただけである旨を供述していることや,Hの公判供述でも,逆走開始地点は本件事故現場の1つ手前のカーブの前の直線であると供述するに過ぎないことを踏まえると,被告人車両の逆走開始地点に
ついて,前記実況見分調書の記載に基づいて58.9kpと特定して認定することはできず,58.9kpから58.6kpまでの上り勾配の直線区間の中間付近という概括的な認定にとどめるのが相当である。

被告人の運転状況に基づく検討
別紙2の1及び同2のとおり,被告人は,スナック丙から丁病院まで
の約55.9kmの区間は,Bを同乗させ,事故を起こすことなく被告人車両を運転し,Bを降車させた後,同病院から湖西道路の69.5kp付近までの約28.1kmの区間も,事故を起こすことなく被告人車両を運転しており,その間に異常運転があったことを認める証拠はない。
他方,別紙2の3のとおり,被告人は,遅くとも事故発生の9分前頃
から,69.5kp(事故現場の11km余り手前)以降,時速約60km程度で,車線の幅の中でゆるやかに右に寄ったり,左に寄ったり,時に道路左側の白線を踏みそうになりながら被告人車両を走行させた(同①)。そして,和迩インターチェンジから志賀インターチェンジの間でHに目撃されて以降,被告人は,指定最高速度時速60kmの道路において,道路左側の白線をまたいだまま時速約5kmという極めて低速度で進行したり,その後時速約20~30kmで,道路左側の白線をまたいでは車線内に戻ることを二,三回したり,急に減速し,停止してから再び加速する動きを二,三回繰り返すなどした。また,63.0kp付近では,右方向へのカーブを走行中,進行方向左側に大きくふくらみながら走行した(同②)。60.7kp付近の道路管理用カメラの映像では,特に異常な走行は見ら
れないものの(同③),被告人は,それ以降も,左右にふらつき,道路左側の白線を踏みそうになりながら走行し,59.85kp付近では,約20~30kmで走行しながら,カーブの手前の直線で左右に揺れ,カーブの手前,中間,曲がり終わりでそれぞれ明らかに不要なブレーキをかけたり,車線内を小刻みに揺れながら走行したりし,さらにその後,左右に大きく揺れるよ
うになると,時速約30~40kmで対向車線にはみ出しては自車線に戻る動きを二,三回繰り返すなどした(同④)。
このように,被告人は,遅くとも69.5kp付近を走行していた事故発生の9分前頃から,左右へのふらつき等の異常運転がみられるようになり,和迩インターチェンジと志賀インターチェンジの間以降は,道路左側の白線
をまたいだまま低速度で走行したり,急な減速や停止の後に再加速したりといった,道路状況に明らかにそぐわない異常運転が続き,カーブを走行する際に明らかに不要なブレーキ操作を繰り返したり,車線内で小刻みに揺れたりし,さらに,徐々にふらつきが大きくなると,自車線内にとどまらず,対向車線にはみ出しては自車線に戻るといった動きを複数回繰り返すなど,正
常な運転行為からの逸脱の程度がより大きなものへと推移していった。これらの異常運転のうち,左右への揺れや対向車線へのはみ出し,急な減速等は,意識レベルの低下ないし一時的な意識喪失の下での走行であると考えられる一方,これらの前後における自車線に戻る動きや減速後の再加速,カーブにおいて断続的にブレーキを踏むなどの動きは,いずれも意識的なハンドル操作又はアクセルないしブレーキペダルの操作を必要とするものである。そして,前者のような意識レベルの低下ないし喪失下での走行と考えられる部分がある一方で,その前後に後者のような意識的な運転操作があり,かつ,その中には,意識的ではあるが明らかに不要である断続的ブレーキなどの異常運転もみられることを踏まえると,69.5kpから58.9kp付近までの前記異常運転は,被告人が,強い眠気を感じ,意識レベルが低下する中,
瞬間的に,あるいは短時間意識を失うことを繰り返しつつも,完全に寝入ってしまうことなく,間もなく意識を取り戻すといった,いわば寝たり覚めたりを断続的に繰り返す状態(以下断続的仮睡状態という。)の下で行われたものとみるのが自然かつ合理的である。
これに対し,被告人は,右カーブを抜けた58.9kpから58.6
kpまでの上り勾配の直線区間の中間付近において,その進路前方を走行する車両もない状況で,追越しのための右側部分はみ出し通行禁止の黄色の二重の実線によるセンターラインを越えて,対向車線に進出すると同時に時速約50~60kmに一気に加速し,その後はふらつくこともブレーキ操作をすることもなく,58.6kp付近から始まる左カーブに入った。左カーブ
の死角に入り,Hの視界から被告人車両の視認性が失われていた58.5kp付近までの走行状況は明らかでないものの,上り勾配が終わり,下り勾配が始まる坂のピークの直前である58.5kp付近からは,同所に設置された道路管理用カメラによる映像により,被告人車両が,時速約78kmという高速度で,側壁等にぶつかることもふらつくこともなく,左カーブに沿っ
て走行し,ブレーキも踏まず,少なくとも約8秒間にわたり,対向車線上を逆走し続けたことが認められる。58.2kp手前約20mからは下り勾配の緩やかな右カーブとなっているところ,被告人車両は,少なくとも事故現場の手前約27.4m地点で対向車線上を走行しており,対向車線上を逆走したまま本件事故現場に至り,被害車両と衝突した。なお,前記のとおり58.6kp付近から58.5kp付近までの間と,約8秒間にわたり対向車線上を逆走し続けた後,事故現場の手前約27.4m地点までの走行状況は必ずしも明らかでなく,その間も含めて,被告人車両が対向車線を逆走し続けたと断定するに足りる証拠はない。しかし,この2つの空白区間のうち,前者は58.6kpから始まる左カーブの途上,後者はその左カーブを抜けた後の直線部分付近であるところ,いずれも距離にして100m足らず,
走行時間にして四,五秒であり,その間に,後続車両であったHの運転車両との車間距離が急激に縮まることもなく,2つの走行車線の外側部分も含め10m前後の道路幅を逸脱し,側壁に衝突することもなかった。しかも,前者については,空白区間の直後の58.5kp付近では対向車線上をその車線に沿って進行していることが明らかであり,後者についても,事故現場の
手前約27.4mの地点では,四,五秒前と同様,対向車線上を逆走していたものと認められる。以上によれば,前記各空白区間においても,前記

区間においてみられたような急な減速や停止や車線をまたぐような大きなふらつきがあったとは考えられない。
このように,被告人車両は,前記上り勾配の直線区間の中間付近から対向車線に進出すると同時に一気に加速して逆走を開始し,その後はブレーキを踏むこともふらつくこともなく,秒速にして約21.8mの高速度を維持しつつ,カーブに沿って対向車線上を走行し,カーブを抜けた直線部分を経て右カーブに差し掛かった直後に対向車線上で被害車両と衝突している。そこで,この間の運転状況を分析するに,逆走開始地点(58.9kpから58.
6kpまでの中間付近)から本件事故現場である58.2kpまでの少なくとも約550m,時間にして25秒前後(550mを秒速21.8mで除した時間)の間を通じ,前記
の区間で見られた意識レベルの低下ないし一時

的な意識喪失をうかがわせる急な減速,停止や左右への揺れなどの異常運転は見受けられないほか,明らかに不要な断続的ブレーキなどの,意識的ではあるが,強い眠気に影響されたと思われる異常運転も見受けられない。むしろ,逆走開始後の運転は,覚醒状態において,少なくとも道路状況を認識し,これを踏まえた運転操作が可能な程度の意識レベルを保持した上で,意識的な運転操作を連続的に行っているものと考えられる。すなわち,まず,対向車線に進出して逆走を開始した点については,上り勾配において一気に加速したのは,意識的にアクセルを強く踏み込む操作をした結果であると考える
ほかはなく,対向車線に進出し,逆走するためのハンドルの動きも,これが加速と同時に行われたというタイミングに加え,被告人車両の走行状況に沿うハンドルの動き(対向車線に進出するために一旦右に回転したハンドルが,対向車線に沿って逆走できるようなタイミングと角度で左に回転する必要がある。)に照らせば,意識的に行ったものと考えるのが合理的である。つま
り,被告人が,意識的に,ハンドル操作とアクセル操作を同時に行ったものと考えられる。また,被告人は,その後,上り勾配であるにもかかわらず,時速約78kmまで更に加速した上,左カーブに沿って,ブレーキを踏むこともふらつくこともなく安定して走行し,さらに,下り勾配の直線を経て,事故現場直前の右カーブに差し掛かるまで,急に減速することも道路幅から
逸脱することもなく走行を続けている。前記

の区間において,約20~3

0kmの低速で走行しながら,左右に揺れたり,断続的に明らかに不要なブレーキをかけたりしていたのとは明らかに異質であり,道路状況を認識し,これに応じた意識的なハンドル操作,アクセル操作をしているものと考えるのが合理的である。以上のとおり,逆走開始時及び逆走開始後の運転行為は,左右のカーブや勾配等の道路形状に応じた意識的なハンドル操作やアクセル操作を連続的に行うことを必要とするものであり,被告人は,断続的仮睡状態でなかったことはもとより,強い眠気を感じているような意識朦朧の状態(以下意識朦朧状態という。)であったとも考え難く,覚醒し,目を開けて道路形状を視認し,道路形状に応じた運転操作が可能な意識レベルを保持した状態(以下覚醒状態という。)で被告人車両を運転していたことが強く推認される。
そして,このような推認は,次に検討する当裁判所の検証の結果によっても裏付けられている。

当裁判所の検証の結果
検証の概要

当裁判所は,道路状況の認識・把握は,客観的な図面によって賄うことができる部分もある一方,湾曲や傾斜,勾配等の具体的な道路状況については,図面のみからは正確に把握することが困難であり,裁判官の五官の作用により確認することが必要であると考え,職権で検証を実施した。
検証に際しては,被告人車両と同種・同形状の車両(以下検証車両と
いう。)を準備した上,検証1として,59.2kp地点から58.2kp地点までの区間について,経路を時速約78kmで走行して視覚等五官の作用により確認するとともに,車線を走行した場合のハンドルの回転角度の測定を行い,検証2として,58.9kp地点(直線開始地点:X地点),58.6kp地点(左カーブ開始地点:Y地点)及び58.5kp地点(左カ
ーブ及び上り勾配の終盤:Z地点)を起点として,時速約10kmで,①ハンドルを真っすぐ握った状態で走行した場合,②ハンドルを手を放した状態で走行した場合,③ハンドルに手を添えて(置くだけの状態で)意識的に操作せずに走行した場合のそれぞれにおける車線逸脱の有無,逸脱した場合の起点からの距離ないし逸脱地点の確認を行った。もとより,本件検証は,運
転車両や路面の状況を含め,本件事故時とは異なる条件下で実施されたものであるから,車線逸脱までの距離等の数値や結果は,あくまで五官による検証を補助するための参考と位置付けられるべきものではあるものの,検証の結果,次のとおりの事実が認められた。
検証1の検証結果及びこれを踏まえた検討
検証1の検証結果は,検証調書の別紙6-1及び添付のDVD-Rのとおりである。検証車両で,本件事故時の被告人車両と同程度の時速約78kmで南向き車線を北向きに逆走した場合,その道路形状に応じ,以下のハンドル操作が必要であった。すなわち,北向き車線から対向車線である南向き車線に進出し,対向車線上を逆走するに当たっては,ハンドルを右に切った上,対向車線に進出後,同車線に沿って進行するためにハンドルを左に戻す必要
があった。そして,58.9kpから58.6kpまでの上り勾配の直線区間を直線に沿って走行する際にも,ハンドルを水平に保持するのではなく,やや右に傾けたまま保持する必要があった(これは,道路自体に設けられた左方向の傾き〔バンク〕の影響と考えられる。)。また,58.6kpから58.5kpと58.4kpの中間付近までの左カーブをカーブに沿って走
行する際には,左方向にハンドルを切り,その間ハンドル角度を保持する必要があった。さらに,カーブを曲がり終えた後,これに続く直線部分を走行するに当たっては,いったんハンドルを水平に戻した後にやや右にハンドルを傾ける必要があり,58.2kp手前約20mから始まる右カーブ付近から,ハンドルを更に右に切る必要があり,本件事故現場である58.2kp
に至るまでハンドルを右に傾けたまま保持する必要があった。そして,これらのハンドル操作は,検証車両の運転者を代えて,3名の運転者で延べ4回にわたり行ったいずれの走行実験においても概ね同様であった。
以上の検証の結果から,58.9kpから58.2kpまでの区間(以下検証区間という。)において,北向き車線から南向き車線に進出し,そ
のまま南向き車線上を北向きに走行するに当たっては,対向車線進出時にハンドルを右に切った後,左に戻し,対向車線進出後の直線道路の直進時にはハンドルをやや右に傾けたまま保持し,その後の左カーブではハンドルを左に切って,そのままそのハンドル角度を保持し,カーブ後の直線でハンドルを水平に戻した後やや右に傾け,右カーブでハンドルを更に右に傾けてそのまま保持するといった,湾曲や傾き等の道路形状に即応した意識的なハンドル操作が必要であることが認められた。
以上のような検証の結果に加え,被告人車両は,本件事故直前,秒速約21.8mという高速で走行していたことや,検証区間の道路幅は2つの走行車線の外側部分も含め10m前後であることも併せ考慮すると,逆走開始後,事故現場に至るまでの検証区間は,断続的仮睡状態で走行し続けられるよう
なものでないことはもとより,意識朦朧状態で走行できるようなものでもなく,覚醒状態でなければ走行できないものであることが認められ,検証区間において被告人が覚醒状態にあったとの前記推認を裏付けるものといえる。検証2の検証結果及びこれを踏まえた検討
また,検証2の検証結果は,検証調書の別紙6-2及び添付のDVD-R
のとおりである。X地点からZ地点までの各地点を起点とし,前記
の①か

ら③までの各方法により,南向き車線上に北向きに停止した検証車両を,時速約10kmで走行させたところ,以下の結果となった。すなわち,X地点(58.9kp)を起点とした場合,①の方法(ハンドルを真っすぐ握った状態で走行する予定であったが,前記のとおり,バンクの影響で直線状の車線に沿って走行するためには,ハンドルを水平に保持するのではなく,やや右に傾けたまま保持する必要があったため,運転者において,車線に沿って走行できるようハンドルをやや右に傾けた状態で発進し,その後も,同じ傾きを保持して走行した。)によった場合は,起点から約300m(58.6kp)過ぎで車線を右側に逸脱し,南向き車線の右側の側壁に衝突しそうに
なった。他方,②の方法(ハンドルを手を放した状態で走行)及び③の方法(ハンドルに手を添えて意識的に操作せずに走行)によった場合は,いずれも,起点から間もなく左側に逸脱し,起点から100m足らず(58.8kpより手前)で北向き車線の左側に設けられた車線分離標や側壁に衝突しそうになった。また,Y地点(58.6kp)を起点とした場合,①の方法により,ハンドルを水平に保持した場合は,起点から100m(58.5kp)を越えたところで車線を逸脱し,北向き車線の左側の側壁に衝突しそうになったが,他方,②及び③の方法によった場合は,起点から100m足らず(58.5kpより手前)で車線を左側に逸脱し,北向き車線の左側の側壁に衝突しそうになった。さらに,Z地点(58.5kp)を起点とした場合,①の方法により,ハンドルを水平に保持した場合は,58.4kpの手前付
近で車線を左側に逸脱し,北向き車線の左側のガードレールに衝突しそうになり,他方,②及び③の方法によった場合は,それよりも手前で車線を左側に逸脱し,北向き車線の左側のガードレール又は側壁に衝突しそうになった。以上の検証結果から,少なくとも,前記区間では,道路に設けられた左方向への傾き(バンク)の影響により,車両が左に流れるように走行しやすい
こと,ハンドルを右に傾けて保持すれば,バンクの影響を受けずに真っすぐ走行できるものの,そのままでは左カーブにおいて車線を右側に逸脱してしまうこと,バンクに応じてハンドルを操作しなければ,ハンドルを水平に保持した場合であっても,徐々に左に流れていき,やがて車線を左側に逸脱してしまうこと,ハンドルを手を放した状態で走行したり,ハンドルに手を添
えて(置くだけの状態で)意識的な運転操作をしない場合には,ハンドル角度を保持した場合と比べ,バンクの影響を受けやすく,より早期に車線を逸脱してしまうことが認められた。前記のとおり,検証2は,時速約10kmという,本件事故時よりも大幅に低い速度で行ったものであるところ,一般に高速であればあるほど慣性の法則により直進性が高まり,バンクの影響を
受ける程度が低くなると考えられる上,検証車両は,同種・同形状とはいえ,被告人車両そのものではないことなど,本件事故時とは条件を異にすることを踏まえる必要があるものの,事故時と同様の時速約78kmで走行していたとしても,バンクの影響が皆無になるものではないことは明らかであり,検証1において,時速約78kmでX地点からY地点,Z地点を経由し,事故現場方向に走行した際にも,Y地点からの左カーブ区間で左にハンドルを切る操作が必要になるのみならず,X地点からY地点までの直線区間においても車線に沿って走行するためにはハンドルをやや右に切る操作が必要であったことをも併せ考慮すると,本件事故当時の条件下で検証区間を走行するに当たっては,道路の傾きや湾曲に応じた意識的なハンドル操作をしなければ,車両は走行車線を逸脱し,車線外側の側壁やガードレール等に衝突して
しまうであろうこと(ただし,逸脱に至るまでの距離は検証2よりも長くなることが予想される。),それゆえ,意識的な運転操作をしなければ,側壁等に衝突することなく走行することは不可能であることが認められる。このような検証結果も,被告人が,逆走開始時以降,断続的仮睡状態でなかったことはもとより,意識朦朧状態でもなく,覚醒状態であったとの前記推認を
補強するものである。

本件事故に至るまでの被告人による運転状況に関するまとめ
逆走開始時及び逆走開始後の異常運転の不合理性について

前記のとおり,逆走開始時及び逆走開始後の異常運転については,25秒前後の間を通じ,意識状態の著しい低下や意識の喪失をうかがわせる走行は含まれず,仮睡状態でなかったことはもとより,意識朦朧状態であったとも考え難い。むしろ,一気に加速しながら車線を変更するなどの意識的な運転操作を連続的に行っていることからすれば,被告人は,覚醒状態で,道路状況を認識しつつ意識的に運転操作をしたものと認めるのが相当である。そして,被告人が,強い眠気等の影響を受けることもなく,覚醒状態において意
識的にした逆走後の運転行為は,明らかに不合理な判断に基づくものというべきである。すなわち,被告人が逆走を開始した道路は,指定最高速度が時速60kmとされており,本件事故当時,対向車線上の走行車両は少なかったとはいえ,時速60km前後で進行してくる対向車両がいつ来てもおかしくない状態であった。そして,時速50~60kmに加速しながら対向車線上に進出し,時速約78kmまで更に加速して同車線上を進行すれば,対向車両と正面衝突し,死傷結果を伴う重大な交通事故を起こす現実的な危険があったことは明らかである。特に,被告人が逆走を開始したのは,144mにわたる左カーブの手前であり,進行方向側の見通しが限られる区間であり,追い越しのための右側部分はみ出し通行禁止を示す黄色い二重線による中央線が続いて
いた。しかるに,被告人は,被告人車両の前方を走行する車両がなく,それ以外にも走行車線上に障害物があるなど,進路を変更する必要を生じさせる特段の事情は一切うかがわれないにもかかわらず,突如,対向車線に進出すると同時に一気に加速し,その後も時速約78kmという高速度になるまで更に加速を続け,カーブで見通しが限られる区間も含めて対向車線上の逆走
を続けたものである。
また,被告人によれば,過去にも,覚醒状態において,一方通行であることに気づかなかったり,片側一車線であったのに複数車線あると勘違いしていたり,道路状況を誤認したことにより,対向車線を逆走したことが3回ほどあったという。しかし,本件事故現場付近は,被告人にとって,普段から
通り慣れた道であったというのであるから,夜間とはいえ,晴れていた天候状況の下,被告人が,正常な判断能力を保持している限り,道路状況を誤認することは考え難い。
結局のところ,被告人は,道路状況を誤認することもなく,その必要性もなかったのに,対向車線上に加速しながら進出し,走行を続けるという極め
て危険な運転行為を25秒前後にもわたり継続したものであって,そのような運転行為を意識的に選択した判断は,正常な判断能力の下ではあり得ない,明らかに不合理なものであるというほかない。異なる意識状態下で連続的に異質な異常運転が行われたことについて前記のとおり,被告人は,前記

の異常運転の直前にも,左右へのふらつ

きや急な減速,停止等の異常運転をしていたが,これら2つの異常運転は,異なる意識状態の下で行われた異質な運転であるというべきである。すなわち,逆走開始前の異常運転は,強い眠気の影響の下での意識レベルの低下ないし一時的な意識喪失の下での走行であるとうかがわれる左右へのふらつき,車線左側や対向車線へのはみ出し,急な減速や停止からの再加速といった不規則な挙動を伴うものであるのに対し,逆走開始時及び逆走開始
後の異常運転は,対向車線上を加速しながら,ふらつくこともブレーキを踏むこともなく,カーブに沿って走行するなどの意識的な運転操作を25秒前後にわたって継続したというもので,そこには眠気の影響による一時的な意識喪失が見受けられないことはもとより,意識朦朧状態ないしこれに近い意識レベルの低下があったこともうかがわれない。換言すれば,前者における
運転の異常性は,強い眠気による意識レベルの低下ないし喪失によるものといえる一方で,後者における運転の異常性は,眠気による意識レベルの低下によるものではなく,必要もないのに危険性の高い運転行為に及ぶ判断の不合理性にあり,両者は,外形的な運転行為の態様において異なるのみならず,眠気の影響やこれによる意識レベルの低下の有無という点でも大きく異なる
(なお,異常運転時の状況については,被告人自身が記憶していないというのであって,逆走開始前の異常運転の原因となった強い眠気がどのようなきっかけや理由で軽減ないし解消されて覚醒状態に至ったかは定かではない。しかし,被告人によれば,本件以前にも運転中にも意識が飛ぶような眠気を感じることがあり,その際には,唇を噛んだり,目をパチパチしたりして眠
気を覚ます努力をし,眠気を軽減,解消して運転を継続することもあったというのであるから,本件事故直前においても,前記と同様の方法により,あるいは,それ以外の方法によって,強い眠気が一時的なりとも軽減ないし解消し,覚醒状態に至ったとしてもそれ自体不自然なこととはいえない。)。⑷

総合評価
前記⑴ないし⑵のとおり,被告人は,本件事故前の5月4日午後8時
頃から午後10時45分頃までの間,2軒の店舗でビール及びウイスキーを飲み,本件事故時においても,正常な運転能力ないし思考・判断能力に影響を与える程度のアルコール(被告人に最大限有利にみても,本件事故時の血中アルコール濃度にして0.576mg/ml)を体内に保有していた。イ
被告人は,前記のようなアルコールを保有する状態で,対向車線に進
出しながら加速をし,更に加速しながら逆走を続けているところ,このような異常運転は,それ単体でみても,仮睡状態でも意識朦朧状態でも困難なものであり,被告人が覚醒状態にあったと見るほかない。そして,そのような覚醒状態の下で,道路状況を誤認したわけでもなく,前方に走行車両もなく,何ら必要性もない中,追い越しのための右側部分はみ出し通行禁止の中央線
を越えて対向車線に進出して,指定最高速度を上回る高速度で逆走を続けるという危険な運転行為を選択する判断は明らかに不合理である。そのような判断の原因については,本件事故前の飲酒により体内に保有されていたアルコールによる思考・判断能力の低下の影響によるものとみるのが自然である一方,前記のような意識状態に照らし,強い眠気によるものと考えることは
困難であるほか,一件記録を精査しても,不合理な判断の原因となり得るその余の事情を見出すことはできない。

また,被告人は,前記イの逆走開始前に,左右へのふらつき,急な減
速や停止からの再加速,対向車線へのはみ出しなどの不規則な運転を断続的に繰り返しているところ,このような逆走開始前の異常運転は,被告人が強い眠気により意識レベルが低下したことによるものと考えられる。逆走開始前後のこれら2つの異常運転は,外形的な運転行為の態様のみならず,眠気の影響や意識レベルの低下の有無等,その異常運転の原因においても質的に明らかに異なるものの,時間的・場所的には連続的に行われたものである。そうすると,これら2つの異常運転が,偶然にも,相互に関連性のない別々の原因によって相前後して行われたとは考え難く,むしろ,2つの異常運転に共通の原因が介在していると考えるのが自然である。そして,逆走開始前の時点における異常運転の当時のアルコール保有量や前記イの検討を踏まえると,そのような共通の原因としては,運転開始前の飲酒によるアルコールの影響以外には考え難い。すなわち,運転開始前の飲酒の影響に加え,連日の長時間勤務で,疲労が蓄積し,かつ睡眠不足であったことなどの事情が相
まって,強い眠気を感じた結果,意識レベルが低下し,あるいは,一時的に意識を喪失するなどして左右へのふらつき,急な減速や停止からの再加速などの異常運転に及んだが,その後,強い眠気が解消ないし軽減され,覚醒状態となったものの,依然,体内に保有するアルコールの影響は残存し,その影響の下,道路状況を認識しつつも,明らかに不合理な判断をして,対向車
線に進出するなどの異常運転に及んだものと考えれば,突如として異質な運転へと移行した一連の運転経過を無理なく説明することができる。これに対し,逆走開始前の異常運転については,これを単体でみた場合には,アルコールによる影響はなく,専ら疲労の蓄積や睡眠不足等に起因する強い眠気によるものと理解することも可能ではあるが,そのように解した場合,これに
続く逆走開始後の異常運転については,強い眠気が解消ないし軽減された覚醒状態において,前記のような明らかに不合理で危険な運転行為を選択した理由についての合理的な説明は困難である。一件記録を精査しても,アルコールの影響以外に,前記のような時間的・場所的に連続して行われた異質な異常運転を合理的に説明し得るその余の事情を見出すことはできない。

以上によれば,本件事故に直結した逆走開始後の異常運転は,疲労の
蓄積や睡眠不足等に起因する眠気によるものとは考えられず,本件事故前に飲酒したことで体内に残存していたアルコールの影響により,思考・判断能力が低下していたことが原因となっているとみるほかなく,これに先立つ異常運転についても,疲労の蓄積等のほか,アルコールの影響も相まって強い眠気を感じたことによるものであるというべきであるから,被告人は,異常運転を開始した5月5日午前零時41分の時点で,アルコールの影響により,その走行中に正常な運転に支障を生じるおそれがある状態で自動車を運転していたと認められ,同日午前零時50分の本件事故時においては,被告人が,アルコールの影響により正常な運転操作が困難な状態に陥っていたものと認められる。

また,本罪においては,アルコールの影響により,その走行中に正常な運転に支障を生じるおそれがある状態で自動車を運転したことにつき故意が必要であるところ,故意が認められるためには,具体的なアルコール保有量や判断能力の鈍化まで認識していたことまでは不要であり,身体に酒気帯び運転に該当する程度のアルコールを保有していることの自覚があれば足りる。
そして,被告人の事故前の飲酒量及び飲酒状況に鑑みれば,被告人は,自己が前記程度のアルコールを保有していることを認識していたことは明らかであり,同罪の故意にも欠けるところはない。
3


弁護人の主張等に対する検討
弁護人の主張の概要等


弁護人は,要旨,被告人は,ゴールデンウィークの繁忙等による連日
の長時間勤務で,疲労が蓄積し,かつ睡眠不足の状態で,深夜に単調な道路を運転したことにより眠気を催した結果,正常な運転が困難な状態に陥っていたものであり,少なくともその可能性は排斥できず,本件事故はアルコールの影響によるものではない旨主張し,被告人も公判廷においてこれに沿う供述をする。

なるほど,前記のとおり,被告人はゴールデンウィークの繁忙により,連日の長時間勤務が続いており,睡眠不足も蓄積していたと認められるから,このような生活状況を踏まえると,逆走開始前の異常運転の際には,このような疲労の蓄積や寝不足等,弁護人の指摘するような事情が被告人の感じていた強い眠気の原因となっていたことが推認される。

もっとも,過労等のアルコール以外の原因が,正常な運転が困難な状
態になったことに影響を与えていると認められる場合であっても,このことから直ちにアルコールの影響が否定されるものではなく,過労等の他の原因のみでは正常な運転が困難な状態に至るとはいえないものの,飲酒の事情と相まってこのような状態に至った場合,換言すれば,飲酒がなければ,このような状態に陥ることがなかった場合には,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態に陥ったとの要件を満たすものであると解すべきである。そして,当裁判所は,既に説示したとおり,本件においては,過労や睡眠不足等がふらつきや急な減速等の異常運転の原因となった強い眠気に影響しているとしても,飲酒によるアルコールの影響なくしては,本件事故の直接の
原因となった逆走開始後の異常運転時における明らかな判断能力の低下を合理的に説明することはできなから,前記要件を満たすものとして危険運転致死罪が成立すると判断したものである。
以下,飲酒の影響の有無及び程度の判断の前提となるアルコール保有量に関する弁護人の主張を取り上げた上,その余の主張についても,順次,具体
的に検討する。


曲線的消失相を踏まえたアルコール保有量について


弁護人は,要旨,ウィドマーク式は,吸収分布相と曲線的消失相を無
視している問題点があり,薬物動態に照らすと,消失相全体に着目したミカエリス・メンテン型消失モデルの方がより正確な血中アルコール濃度を推計できるとし,G医師が証人尋問の際に用いたスライド25枚目のグラフ及び同人の証言によれば,曲線的消失相の減少速度如何では,β60値が0.16ないし0.18の場合でも,呼気検査時の血中アルコール濃度0.10mg/mlに整合する可能性があり,この場合における被告人の本件事故時における血中アルコール濃度は,スライド16枚目のグラフによれば0.49mg/mlないしそれ以下の数値となる旨主張する(弁論要旨40~41頁等)。

この点,弁護人が依拠するスライド16枚目及びスライド25枚目の
各グラフは,被告人が捜査段階で供述した飲酒量から推定されるアルコール保有量を前提に,飲酒時以降のアルコール保有量の推移を推計したものであるところ,前記2のとおり,本件においては被告人の正確な飲酒量を確定できない以上,被告人の飲酒量に基づいてアルコール保有量を正確に推計することはできず,前記各グラフの推計値を前提とした弁護人の推計の手法も相当性を欠くといわざるを得ない。

また,仮に,前記イの点は措いて,スライド16枚目及びスライド2
5枚目の各グラフを前提に曲線的消失相を加味して血中アルコール濃度を推計したとしても,弁護人の主張する数値が導かれることはない。
すなわち,弁護人がその主張の論拠とする,スライド25枚目のグラフ内に赤色破線で示された曲線の消失経過については,G医師自身が,ミカエリス・メンテン式を用いて具体的に算定した数値に基づいて記載したものではなく,あくまでイメージとして記載したものであって,正確かどうかは分か
らない旨述べている上,ミカエリス・メンテン式自体,鑑定に用いるのに必要な日本内外のデータが揃っていないため,鑑定に用いることはできないとも述べているものである。そして,実際にスライド16枚目及び25枚目の各グラフを具体的に分析してみても,同グラフにおいてβ60値を0.16ないし0.18とした場合に,最終的に呼気検査時の血中アルコール濃度0.
10mg/mlに整合することがないことは,次のとおり明らかである。G証言によれば,前記2⑵アのとおり,血中アルコール濃度が0.30~0.40mg/mlまで減少すると,曲線的消失相に至り,体内のアルコール保有量の減少速度は低下するが,その場合であっても,元々のβ60値が0.16のアルコール代謝能力の持ち主であれば,β60値が低減するとしても,0.12程度の数値までしかβ60値が低減することはないとされている。そこで,被告人に最も有利に解して,前記グラフにおいて,β60値が0.16の場合に,血中アルコール濃度0.40mg/mlに至る時刻を推計し,同時刻から,G医師が曲線的消失相におけるβ60値の最低値であると述べる,0.12で血中アルコール濃度が減少したと仮定した場合の呼気検査時のアルコール保有量を推計する。

スライド16枚目のグラフ及び表4においては,直線的消失相におけるβ60値が0.16であると仮定した場合,本件事故時である5月5日午前零時50分の時点の血中アルコール濃度は0.49mg/mlとされているところ,同様のβ60値を前提に,0.40mg/mlまで減少するのに要する時間を計算すると,約34分(別紙4の4-1)となり,時刻にする
と同日午前1時24分に0.40mg/mlに達し,同時刻から曲線的消失相へと至ったと推計できる。そして,以後β60値が想定される最低の値である0.12まで低下し,この値でアルコールが減少したと仮定して,呼気検査時(同日午前4時26分)のアルコール保有量を計算すると,約0.036mg/ml(別紙4の4-2)となり,呼気検査の結果から換算した血
中アルコール濃度0.10mg/mlを大きく下回る。なお,G医師がスライド25において赤色破線で示した消失経過は,血中アルコール濃度が0.30mg/mlに達した付近から,呼気検査時の0.10mg/mlに向かうように破線が引かれているが,血中アルコール濃度が0.30mg/mlに至った時刻を起点として,前記と同様の計算を行うと,呼気検査時におけ
るアルコール保有量は約0.008mg/ml(別紙4の4-3,4-4)となるのであるから,このことからも,赤色破線で示された消失経過は,同人が述べるとおり,具体的な数値的裏付けを伴わない単なるイメージに過ぎないことが明らかである。
したがって,曲線的消失相を考慮したとしても,同グラフにおいて,元々のβ60値が0.16ないし0.18の場合に,呼気検査の結果と整合することはないことは明らかである。

以上によれば,前記弁護人の主張は採用することはできない。



本件事故前後の被告人にアルコールの影響を疑わせる事情がなかった
との主張について

弁護人は,要旨,運転開始直前のスナック丙やJR新旭駅において,
被告人に酒に酔った様子はなく,事故後にCが臨場した際にも,被告人にふらついたり,意識が混濁したり朦朧とした様子はなかったことなどから,被告人はアルコールの影響により,正常な運転操作等が困難な状況にあったものではない旨主張し(弁論要旨23~25頁,34~35頁,53頁等),被告人も酒の影響を感じることはなかった旨供述する。


しかしながら,弁護人が主張するこれらの事情は,いずれも外見上看
取しうるものにとどまるところ,前記2⑵アのとおり,アルコールの影響には,判断力や注意力・忍耐力の低下等の内心の作用に関する影響も含まれるのであるから,外見上アルコールの影響を疑わせるような事情がなかったとしても,直ちにアルコールの影響により正常な運転動作等が困難な状況にあったことが否定されるものではない。また,G医師が,消失期に入ると酩酊症状は安定し,症状を自覚しにくくなる旨述べていることからすれば,客観的にはアルコールの影響が相まって眠気の原因となっていたとしても,被告人自身がアルコールの影響を自覚せず,専ら疲労の蓄積や寝不足等による眠気である考えたとしても不思議はなく,被告人自身が酒の影響を感じていな
かった旨述べていることも,被告人にアルコールの影響がなかったことを直ちに基礎付けるものではない。ウ

弁護人の指摘する事情や前記被告人供述は,前記2⑷の認定を左右す
るものとはいえない。


本件事故前に約84km走行していた間に,被告人に異常運転が認め
られなかったとの主張について

被告人の本件事故前の運転状況について,弁護人は,要旨,スナック
丙付近の空き地を出発してから最初に異常運転が見られるまでの約84kmの間,被告人に異常運転を認めることはできず,異常運転が見られたのは事故現場手前約11.3kmにとどまるところ,時間経過に従って血中アルコール濃度が低減し,酩酊度が改善していくと考えられることからすれば,異常運転を開始した頃から酩酊度が悪化したとは考え難く,むしろ時間の経過と共に眠気が増大したことと整合する旨主張する(弁論要旨47~48頁等)。

酩酊度は概ね血中アルコール濃度に相関することや,アルコールの薬
物動態に照らすと,吸収分布相を経た後は,時間の経過とともに血中アルコール濃度が低下していくことからすれば,一般的には,弁護人が指摘するとおり,飲酒に近接する時間の方がよりアルコールによる酩酊の影響が生じやすいと解され,異常運転開始時及び本件事故時においては,既に吸収分布相を経過し,消失相に至っていたものと認められる。
しかし,前記2⑵で認定・説示したとおり,これらの時点においても,被
告人の体内には,正常な運転能力や思考・判断能力に影響を及ぼす程度のアルコールが残存していた。
そして,被告人が異常運転開始時以前の走行経過を見ると,被告人は,スナック丙付近を出発してから丁病院前に至るまでの約55.9kmを運転している間は,Bを同乗させ,ほとんどの時間,会話を続けていた。Bは,被
告人の勤務先の社長であり,義理の父でもあるところ,被告人は,レストランにおいて,Bから仕事に関する説教を受けており,同病院前までの車内においても主に乙宿泊施設の今後に関する話をしていたというのであるから,このような同乗者との関係性や車内の状況に照らし,被告人は,Bを同病院前で降車させるまでの間は,緊張し,集中が保たれる状況下で被告人車両の運転を続けていたことが推認される。そして,Bを同病院前で降車させたことにより,このような状態が解消され,市街地に所在する同病院付近の道路から,国道1号を経由して国道161号西大津バイパス,湖西道路へと至り,自動車専用道路で信号もなく,単調な道路を走行し続ける中で,疲労等の影響と相まって,体内に残存していたアルコールの影響が現れ,強い眠気を催したとみるのが自然である。

したがって,スナック丙付近の空き地からBを降車させるまでの間,被告人に異常運転がみられなかったことは,その時点で被告人にアルコールの影響がなかったことを基礎付けるものではない。
しかも,本件事故に直結した逆走開始後の異常運転は,強い眠気によるものではなく,むしろその眠気が解消ないし軽減され,覚醒状態で意識的に行
ったものであり,眠気の解消ないし軽減に伴って,アルコールの影響が顕在化したために,必要性のない危険な運転を選択するという不合理な判断に及んだというべきである。



弁護人の前記主張には,理由がない。
居眠り等の状態であっても,カーブに沿った運転が可能であったとの
主張について

弁護人は,要旨,本件道路の横方向の傾斜(バンク)の存在により,
居眠り状態であっても58.6kp地点から58.4kp地点付近の左カーブに沿った走行は可能である上,寝たり覚めたりを繰り返したり,意識的でありながら強い眠気を感じているような朦朧とした状態であれば,逆走に気づかないまま,同カーブに沿った走行が可能であった可能性が高まる旨主張する(弁論要旨49~52頁等)。イ

しかしながら,居眠り状態や寝たり覚めたりを断続的に繰り返すよう
な状態(断続的仮睡状態)はもとより,強い眠気を感じてるような意識朦朧の状態(意識朦朧状態)であっても,車線を逸脱することなく,側壁等に衝突することもなく走行することが不可能であることは,前記2⑶で既に説示したとおりである。弁護人は,当裁判所の検証2における時速約10kmという低速度下での検証結果のみを捉えて,仮睡状態ないし意識朦朧状態であっても,前記左カーブに沿った走行が可能である旨主張するが,本件事故時の被告人と同程度の速度で実施した検証1においては,同区間内でハンドルを左に切り,その間その角度を保持する必要があったのであり,被告人が,
その間ふらつくことなく走行を続けていたことからすると,仮睡状態ないし意識朦朧状態で走行を続けたとは考え難い。加えて,弁護人は,前記左カーブの走行態様のみを指摘するが,被告人は,逆走開始後,被告人が対向車線に進出すると同時に,一気に加速して逆走を開始し,その後左カーブに沿って走行したのみならず,それ以外の区間でも車線を逸脱し,側壁等に衝突す
ることなく,少なくとも550m前後,時間にして25秒前後にわたり走行を続けていたのであって,被告人の運転状況は,これら一連の運転行為が弁護人の述べるような意識状態でも可能であったかどうかという観点から検討する必要がある。そして,前記2⑶ウにおいて,検証1及び検証2の結果を踏まえ詳細に検討したとおり,逆走開始後,事故現場に至るまでの区間を,
意識的な運転操作をすることなしに,車線を逸脱したり,側壁等に衝突したりすることなく走行することは不可能である(仮に,バンクの影響等により,意識的な操作なくして左カーブをこれに沿って走行できたとしても,検証1及び検証2の結果によれば,その後の直線区間においても,車線を保つためにはハンドルをやや右に傾ける必要があると認められ,左カーブを抜けた後
に意識的なハンドル操作をしなければ,進行方向左側に車線を逸脱することとなる。)。したがって,このことからも,被告人が,本件事故当時,仮睡状態ないし意識朦朧状態でなかったことは明らかであって,弁護人の前記主張には理由がない。

被告人が事故前後に酩酊状態にあったことを裏付ける事情・証拠が乏
しい旨の主張について
弁護人は,要旨,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であったか否かは,事故態様のみから判断するのではなく,事故前の飲酒量及び酩酊状況,事故前の運転状況,事故後の言動,飲酒検知結果等を総合的に考慮すべきであるとし,これを肯定した最高裁平成23年10月31日第3小法
廷決定(刑集65巻7号1138頁)の事案においては,事故前後に飲酒酩酊状態にあったことを裏付ける多くの事情や証拠があったものの,本件においてはそのような事情・証拠が存在しない旨主張する(弁論要旨63~64頁)。
しかし,これまでに認定・説示したとおり,被告人は,運転開始前に2軒
の店舗で,ビール1杯余り及びウイスキーのロック1杯程度を含み,かつ,これを相当程度上回る量の飲酒をしたものと認められる。また,呼気検査の結果からも,異常運転開始時及び本件事故時のいずれにおいても,その正常な運転能力や思考・判断能力に影響を及ぼす程度のアルコールを体内に保有していたことが認められる。さらに,現に事故前においても,不規則な運転
挙動や道路状況に照らして明らかに不合理な判断など,被告人に飲酒の影響を疑わせるような事情が存在していた。以上によれば,本件においても,被告人が酩酊状況にあったことを基礎付ける事情やこれを裏付ける証拠が多くあるというべきであって,これに反する弁護人の主張には理由がない。⑺

小括
以上によれば,弁護人の前記各主張は,いずれも前記2の認定判断を左右
するものではなく,その他弁護人が縷々主張するところを踏まえても,前記認定判断は左右されない。(法令の適用)
12罰条
訴訟費用の処理

自動車運転処罰法3条1項(人を死亡させた場合)
刑訴法181条1項本文(負担)

(量刑の理由)
1
事件そのものに関する事情

被告人は,ビールやウイスキーを飲酒した後,少なくとも酒気帯び運転の基準値の2倍前後ものアルコールを身体に保有した状態で,そのアルコールの影響で先行車両もないのに対向車線上に進出し,その後時速約78kmという高速度で逆走を続けるという明らかに不合理で危険な運転をして本件事故を惹起した。
本件事故によって,被害車両に同乗していた被害者1名が死亡しており,結果はもとより重大である。被害者は,当時9歳と幼く,家族の深い愛情に包まれ,未来への期待と希望をもって人生を謳歌していた矢先,本件事故に
遭い,その未来を完全に閉ざされた。何ら落ち度がないにもかかわらず,被告人の前記のような危険な運転行為により,突如としてかけがえのない家族を失った遺族の精神的苦痛はその心情意見陳述からも明らかであり,その処罰感情が峻烈であるのも当然である。
被告人は,運転開始前に相当量の飲酒をしていながら緊急性,必要性に乏
しい運転行為に及び,その後,長時間・長距離にわたり運転を続け,その間,走行中にふらつき等の異常運転を開始した後も,約11km,約9分間にわたり漫然と運転を継続する中で正常な運転操作が困難な状態に陥って本件事故を惹起したものであり,その意思決定につき強い責任非難を免れない。以上の事件そのものに関する事情を踏まえ,被告人の刑責の重さを検討す
ると,自動車事故により被害者1名が死亡した事案のうち,自動車運転処罰法2条1号の危険運転致死の事案には及ばないものの,酒気帯び運転を伴う過失運転致死の事案よりも有意に重いものと評価すべきものであり,被告人は,相応の期間の実刑を免れない。以上に加え,過去の自動車運転処罰法3条1項事案との比較において,アルコール保有量が高い事案であるとまではいえないことも踏まえると,本件は,懲役四,五年前後に位置付けるべき事案であるといえる。
2
事件そのもの以外に関する事情

被告人は,飲酒状況の点も含め,本件事故の原因や自身の問題点について未だ十分に向き合えているとはいえず,これまでに被害者遺族宛に送付した謝罪の手紙等も,遺族の心情を酌んだものとはいえないものの,飲酒した上で運転行為をしたことや,その結果として被害者が死亡する交通事故を起こしたことの限度ではその責任を認め,被告人なりの反省の弁を述べている。そして,本件事故の後は飲酒することをやめ,今後は飲酒も自動車の運転もしないとの決意を述べ,公判廷に出廷した被告人の妻もかかる被告人の決意に沿う形で,被告人を支援する旨述べている。被告人には,古い交通違反
歴はあるものの前科はない。
加えて,被告人車両に付された対人対物賠償無制限の任意保険により,既に物的損害は示談が成立しており,人的損害についても今後相応の金銭賠償がされる見込みもある。
これら事情は被告人に一定程度有利に考慮することができる事情である。
3
結論

そこで,以上を踏まえ,被告人の量刑を検討すると,事件そのものに関する事情を前提に,事件そのもの以外に関する事情を併せて考慮した上で,被告人に対しては,主文掲記の刑を科するのが相当であると判断した。よって,主文のとおり判決する。
(求刑-主位的訴因が認定された場合につき懲役6年,予備的訴因が認定された場合につき懲役4年。被害者参加人の量刑意見〔主位的訴因が認定された場合〕-懲役15年。弁護人の量刑意見〔予備的訴因が認定された場合〕-懲役3年・執行猶予5年)


以下は判決文を構成するものではない注記である。
仮名処理等により,本文部分の頁数が1頁少ない48頁となったが,別紙
の頁番号の表記は原本どおり50頁から53頁のままとしている。
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