判例検索β > 令和2年(わ)第64号
業務上横領、殺人被告事件
事件番号令和2(わ)64
事件名業務上横領,殺人被告事件
裁判年月日令和3年6月21日
裁判所名・部札幌地方裁判所
判示事項の要旨不動産仲介業者であった被告人が借主から預かった敷金等を横領した業務上横領被告事件と,上記横領の発覚を免れようとして貸主の頸部をタオルで絞め付けて殺害した殺人被告事件について,殺人被告事件は犯人性が争われたが,間接事実を総合評価して,被告人の犯行と認定し,被告人に懲役22年を言い渡した事例(裁判員裁判)
裁判日:西暦2021-06-21
情報公開日2021-08-10 14:00:45
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主文
被告人を懲役22年に処する
未決勾留日数中300日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
第1

被告人は,不動産仲介等を業とする株式会社Aの従業員として,Bから同人
が所有する建物の賃貸借契約の仲介並びにこれに伴う敷金及び賃料等の回収を委託され,その業務に従事するとともに,顧客からの仲介手数料の集金等の業務に従事していたものであるが,
1
別表記載のとおり,令和元年5月7日頃から同年9月11日頃までの間,4
回にわたり,札幌市a区b町c丁目d番e号付近路上に駐車中の自動車内ほか1か所において,同建物を賃借した株式会社C代表取締役Dから敷金,賃料及び礼金として現金合計250万2000円を受領し,これを前記Bのため業務上預かり保管中,いずれもその頃,札幌市内又はその周辺において,自己の用途に費消する目的で前記現金のうち合計153万円を着服して横領し,
2
同年7月31日頃,前記付近路上に駐車中の自動車内において,Dから仲介
手数料として現金32万4000円を受領し,これを株式会社Aのため業務上預かり保管中,その頃,札幌市内又はその周辺において,自己の用途に費消する目的で着服して横領した。
第2

被告人は,令和元年10月1日午前11時18分頃から同日午後1時49分
頃までの間に,札幌市a区fg条h丁目i番j号B方において,B(当時76歳)に対し,殺意をもって,タオルで頸部を絞め付け,よって,その頃,同所において,同人を頸部圧迫による窒息により死亡させて殺害した。
(証拠の標目)省略
(争点に対する判断)
第1

本件の争点
1
本件において,業務上横領被告事件の公訴事実(判示第1の事実)については,当事者間に争いはなく,関係各証拠により認められるが,殺人被告事件の公訴事実(判示第2の事実)については,被告人がBを殺害した犯人であるか(被告人の犯人性)が争われている。

2
この点,Bが,B方において,何者かにより,判示第2の方法により殺害され,令和元年10月3日午前0時15分頃(以下,特記のない限り令和元年との記載は省略する。)に,Iによって発見されたことについては,当事者間に争いはなく,関係各証拠により認められる。

3
検察官は,被告人が10月1日午前11時18分頃から同日午後1時49分頃までの間にB方に滞在した際にBを殺害したと主張し,その根拠となる主な
事実として,①被告人に犯行の機会があったこと,②被告人にはBを殺害する動機となり得る事情があること,③被告人が犯人でなければ説明が著しく困難な行動をしていたこと,④被告人以外の第三者の犯行もうかがわれないことの4点を挙げる。
4
これに対し,弁護人は,①被告人が検察官が主張する時間帯にB方に滞在したことは争わないが,犯行現場等に被告人が犯人であることを示す証拠がない,②被告人にはBを殺害する動機はない,③被告人に犯人でなければ説明が著しく困難な行動はない,④被告人がB方を去った後に第三者がBを殺害した可能性を否定できないなどとして,被告人がBを殺害した犯人であるとすることに疑問が残ると主張する。

第2
1
犯行の機会について
被告人がB方を訪問した時間
関係各証拠によれば,被告人は,10月1日午前9時7分頃にB方を訪れて,同日午前10時26分頃まで滞在し(以下,この時間帯の滞在を一度目の滞在という。),その後一度B方を退去したが,同日午前11時11分頃に再度B方を訪れ,同日午後1時49分頃まで,B方に滞在したこと(以下,この時間帯の滞在を二度目の滞在という。),これらの滞在時間においてB方にBと被告人以外の者はいなかったことが認められる。
2
Bの死亡推定時刻について
(1)Bの死亡推定時刻についてのF医師の証言


F医師の見解
Bの死亡推定時刻に関するF医師の証言は,概要以下のとおりである。
(ア)F医師は,10月3日午前5時55分頃から午前7時50分頃まで死体検案を,同日午後1時頃から午後6時30分頃まで司法解剖を実施したところ,それぞれにおいて認められたBの死後硬直と腐敗の程度からすれば,Bは,司法解剖を開始した同日午後1時頃において,死亡から2日前後が経過しており,10月1日昼頃(午後1時前後頃)に死亡した可能性が最も高いが,誤差が生じること等を考慮して幅をみても,Bが同日夕方(午後5時)以降に死亡した可能性はほとんどない旨証言する。

(イ)また,F医師は,司法解剖時におけるBの消化管の状況について,胃には,黄色と赤色のパプリカ様片,細いダイコン様片,ニンジン様片,葉物野菜様片,長ネギ様片,白いやわらかい植物様片が,また,回腸遠位部の粘稠物及び盲腸から上行結腸部分の付近にあった便の内部に,長ネギ様片,ニンジン様片,ゴマ様片,青菜様片,パプリカ様赤い野菜様
片,トマトの皮様片,カボチャ様片がそれぞれ認められ,これ以外の消化管に内容物は認められなかった旨証言する。そして,食事から死亡までの経過時間について,食べ物が食後に胃から排出されるまでの時間は,食後から概ね4時間程度(誤差が生じたしても1時間程度)であるところ,Bの胃内容物は上記のとおりであって,まだ食べ物がある程度しっ
かり残っていたことに加えて,野菜類は最後まで留まることが多いことからすれば,Bは,胃内容物の食べ物を食べた後4時間以内に死亡したと推定できる旨証言する。また,回腸遠位部の粘稠物及び盲腸から上行結腸部分の付近にあった便の内部から認められた食物片については,その内容や消化管の場所から,胃内容物とは別の機会に食べられたものといえ,加えて,大腸に近い上行結腸部分の付近まで進んでいることから,胃内容物の食べ物が食べられた頃より,半日程度くらい前に食べられた
と考えられる旨証言する。さらに,胃内容物は,Bが9月30日に購入したサラダの内容と矛盾せず,回腸遠位部の粘稠物及び盲腸から上行結腸部分の付近にあった便の内部から認められた食物片は,Bが9月30日に購入した日替わり弁当の内容と矛盾しない旨証言する。

F医師の見解の合理性
F医師は,法医学を専攻する医師であって,これまでの司法解剖の経験
に照らせば,死亡推定時刻に関する意見を述べる十分な専門知識と経験を有するものと認められる。また,F医師は,Bの死体検案及び司法解剖を自ら担当しており,上記結論を導いた根拠についての証言内容も,死後硬直,腐敗の発現時期等及び食べ物の消化の機序に基づいて,具体的かつ分
析的に述べたものである。以上を踏まえれば,Bの死亡推定時刻に関するF医師の証言は,信用できるものといえる。
(2)検討
上記のF医師の証言に加えて,Bの生活状況やその他の関係各証拠を踏まえて,Bの死亡推定時刻について検討する。

Bは,10月1日午前11時17分頃,B方の固定電話において,株式会社Jのパート従業員と通話をしている。そうすると,Bは,少なくとも,同日午前11時17分頃までは生存していたといえる(最終生存確認時刻)。


Bは,商品お届けサービスを利用して,日曜日以外の週6日日替わり弁当を,月,水,金の週3日サラダを,概ね午後4時30分頃から午後5時30分頃の間に近所のコンビニエンスストアに来店して購入していたところ,10月1日においては,日替わり弁当及びサラダを注文していたにもかかわらず,同コンビニエンスストアに来店しなかった。同日夕方以降に死亡した可能性はほとんどないとするF医師の証言も併せて考慮すれば,Bは遅くとも同日夕方(午後5時)頃までには死亡していたとい
える。

また,F医師の証言からすると,Bは10月1日昼頃に死亡した可能性が最も高いと考えられるが,このことは,Bの生活習慣を踏まえた消化管の内容物等から考えられる死亡推定時刻とも整合する。その理由は,次の
とおりである。
(ア)Bは,9月30日午後5時3分頃に日替わり弁当及びサラダ1袋を購入しており,B方の台所のゴミ入れから,日替わり弁当のビニール片と,サラダのビニール袋が1袋発見された一方,このほかに,B方からサラダが発見されなかった。そして,Bは,通常,平日の夕食に日替わり弁
当を食べ,サラダは朝食に食べていた(G証言)。これらを前提に,上記の消化管の内容物に関するF医師の証言を検討すると,Bは,9月30日午後5時3分頃以降に夕食として日替わり弁当を食べ,その半日程度後の10月1日の朝食にサラダを食べ,その後概ね4時間程度が経過した同日昼頃に死亡したと考えるのが自然である。

(イ)これに対して,弁護人は,Bが,サラダを半分ずつ食べる習慣から,10月1日,朝食にサラダを半分食べた後,被告人が二度目の滞在から退去した午後1時49分頃以降にも昼食にサラダを半分食べた可能性があり,その日の夕方にコンビニエンスストアに行く前に殺害されたとすれば,F医師が証言する死亡推定時刻と矛盾しないと主張する。

しかし,10月1日の朝食にサラダを食べ,その後,同日午後1時49分頃以降にもサラダを食べたとすれば,Bの消化管からは,胃内容物以外にもサラダと考えて矛盾しない食物片が認められるはずであるが,上記のF医師の証言のとおり,Bの司法解剖の結果からは,胃内容物と回腸遠位部の粘稠物及び盲腸から上行結腸部分の付近にあった便内部以外の内容物は発見されていない。したがって,Bが朝食と昼食の2回サラダを食べたというのは司法解剖の結果と矛盾するものであり,その可能性はないといえる。
また,Bは,概ね午後4時30分頃から午後5時30分頃までの間にコンビニエンスストアで日替わり弁当やサラダを購入し,概ね午後6時頃に夕食を食べ始め,午後9時頃には就寝し,翌朝午前7時から8時半
頃に朝食を食べていた(G証言)。そして,関係各証拠を精査しても,9月30日においてBの夕食や就寝の時刻が遅くなったり,翌朝朝食を抜いたりするような事情はうかがわれず,Bは,同日も午後5時3分頃に日替わり弁当とサラダを購入しており,これまでの生活習慣と同様の行動をとっている。仮に,胃の内容物が弁護人が主張する10月1日午
後1時49分頃以降や,一度目の滞在と二度目の滞在の間である同日午前10時26分頃から午前11時11分頃の間に食べたサラダだとすると,Bはその生活習慣に反し,通常であれば就寝している時間である深夜に日替わり弁当を食べ,朝食を抜いたことになるのであって,不自然というほかなく,その可能性も考え難い。

なお,Bは,月曜日である9月30日にはサラダをもともと注文しておらず,店舗で追加して購入したものであり,10月1日にもサラダを注文していた。そうすると,Bが9月30日夕方以降にサラダ1袋を食べたと認められるが,10月1日の朝食と昼食に半分ずつ食べた可能性が司法解剖の結果から考えられない以上,9月30日の夕食にサラダを
半分食べたり,10月1日の朝食にサラダ1袋を全て食べた可能性が考えられる。
よって,弁護人の主張は採用できない。
(3)小括
以上を踏まえると,Bは10月1日午前11時17分頃まで生存していたが,その後,遅くても同日午後5時頃までに死亡したことは間違いなく,その死亡推定時刻の中でも,同日昼頃に死亡した可能性が最も高いといえる一
方で,弁護人が主張するような被告人が二度目の滞在から退去した午後1時49分頃以降にBが死亡した可能性は低いといえる。
3
犯行の機会について
そうすると,被告人には本件犯行の機会があったといえるばかりか,Bが死亡した可能性が最も高いといえる同日昼頃にB方にいたのは,Bを除いては被
告人のみであったことが認められる。
第3
1
被告人に犯行の動機となり得る事情があったといえるかについて
前提となる事実
Dの供述を含む関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。なお,被告
人は以下の事実関係については争っておらず,弁護人もこれらを前提とした主張をしている。
(1)Dは,株式会社Cの代表取締役であるが,平成30年4月頃から保育園を開業するための物件探しを株式会社Aに依頼していたところ,平成31年4月頃,B方1階部分(以下本件物件という。)が賃貸に出されているこ
とを知ったため,株式会社Aの担当者であった被告人に対し,本件物件の調査を依頼した。それ以降,被告人は,本件物件の賃貸借契約に関して,D(賃借人)とB(賃貸人)との間を仲介することとなり,また,Dは,被告人を通じて,Bに対して金銭を支払っていた。
(2)被告人は,令和元年5月7日,Dから,敷金との名目で90万円を受領し,
そのうち32万4000円は,同日,B名義の口座に振り込んだものの,その残額である57万6000円については着服して横領した(判示第1の1別表番号1の犯行)。
(3)DとBは,保育園開業の認可申請をするために必要であったことから,6月15日付けで,本件物件を賃貸予約する旨の合意書(以下本件合意書という。)を作成した。本件合意書には,賃料月額32万4000円,敷金90万円,礼金30万円とする旨の記載がある。
(4)被告人は,6月30日,Dから,6月分家賃及び7月分家賃との名目で64万8000円を受領し,そのうち32万4000円は,7月1日,B名義の口座に振り込んだものの,その残額である32万4000円については着服して横領した(判示第1の1別表番号2の犯行)。

(5)DとBは,7月1日付けで,本件物件の賃貸借契約書(以下本件賃貸借契約書という。)を作成した。本件賃貸借契約書には,賃料月額32万4000円(後に10月1日の消費税増税を踏まえて33万円と訂正された。),敷金90万円との記載がある。また,DとBは,同日付けで,覚書(以下本件覚書という。)を作成した。本件覚書には,令和元年6月分
より契約開始日までの賃料は株式会社Cが空室損料として負担する旨の記載がある。
(6)被告人は,7月26日,Dから,8月分家賃及び礼金との名目で62万4000円を受領した。被告人は,この62万4000円を借金の返済などのために費消した後,Dから仲介手数料との名目で受領した32万4000円
などを流用するなどして,同月31日,B名義の口座に32万4000円を振り込んだものの,その残額である30万円については,Bに交付しないまま,着服して横領した(判示第1の1別表番号3の犯行)。
(7)被告人は,8月26日,Dから,9月分家賃との名目で32万4000円を受領した。被告人は,この32万4000円を借金の返済などのために費
消したが,妻から借りた17万円を用いるなどして,9月2日,B名義の口座に32万4000円を振り込んだ。
(8)被告人は,9月11日,Dから,10月分家賃との名目で33万円を受領して,Bに交付することはなく,全額着服して横領した(判示第1の1別表番号4の犯行)。
2
敷金90万円等に関するBの認識について
(1)Bの金銭出納帳には,5月7日,7月1日,同月31日及び9月2日にそれぞれ被告人から振り込まれた32万4000円について,地代家賃(株)Cと記載されていた。(2)証人Xは,Bの資産運用業務などを担当していた銀行員であるところ,信用できるX証言によれば,概要,以下の事実が認められる。

Bは,9月27日頃,Xに対し,下のテナントの敷金約90万円が入金になる予定だから,100万円位で良い米国債があったら紹介してほしいなどという話をした。9月30日午後3時過ぎ頃,Bが銀行に電話をし,その後XがBと電話で話したところ,Bから,敷金として不動産屋から90万円くらいが入金されているはずであるから確認して欲しい旨言われた。Xが机上
のパソコンで確認した上で入金が確認できなかった旨を伝えると,Bは,ええ,おかしいなK銀行で振り込んだと言っているんだよねなどと言っていた。
また,Xが,10月1日午前9時8分頃,Bに対し,電話で,B名義の口座に入金が確認できないことを伝えると,Bが,ええっ,入ってない,
ちょっと待ってね,今,不動産屋さん来てるからと言い,電話口の奥にいる不動産屋さんに向かって,ねえ,振込み入ってないって言ってるよ,困るよ,前にもこういうことあったよねなどと,上司が部下に叱るような口調で少し声を荒げて話していた。
(3)検討

X証言等によれば,10月1日午前9時8分頃の時点において,本件物件の敷金90万円が既に振り込まれていると考えていたBが,被告人が敷金90万円を振り込んでいないことについて叱るような口調で話していたと認められる。また,Bは,それまで4回受領していた32万4000円はいずれも賃料であると認識していたと認められ,9月30日に別途振り込まれる敷金90万円を使って米国債を購入しようと考えていたと認められる。そして,被告人は,Dから受領していた敷金等の金銭を横領しており,1
0月1日の時点において敷金90万円等を直ちに支払うことができなかったのであるから,横領の発覚を恐れていた被告人と,払われているはずの敷金が支払われていないと認識していたBとの間には,10月1日午前9時8分頃のBとXとの電話の後では,深刻なトラブルが生じたということができる。3
弁護人の主張に対する判断
これに対して,弁護人は,①被告人は,これまでにBに振り込まれた4回の32万4000円(合計129万6000円)について,Bに対しては,もともと,これらは手付金であり,仮に賃貸借契約が成立した場合には,このうち90万円が敷金に充当される旨説明していたところ,Bは,これらは手付金で
はなく賃料であり,賃貸借契約が成立した場合であっても,このほかに,90万円が敷金として振り込まれると誤解していた,②被告人は,10月1日の一度目の滞在時に,Bから,90万円が入金されていないことについて問われたが,紙に敷金90万円10月分家賃33万円と記載するなどして,既払
金129万6000円が敷金90万円と10月分家賃33万円に充当されますので,残額6万6000円はもらってください,交渉当初に家賃28万円であったのを30万円に上げることに合意する代わりに家賃発生を延ばしてもらうと約束しましたよね,家賃を2万円上げたことで10年契約で240万円もうかる形になります,などと10分程度説明したところ,Bは納得した旨の被告人の供述に基づき,被告人には,Bを殺害する動機はないと主張する。
しかし,本件覚書によれば,Dは,6月分から契約開始日までの賃料を空室損料として負担する旨記載されており,その他の本件合意書や本件賃貸借契約書をみても,被告人がBにしたという説明を裏付けるような記載は見当たらない。また,前記2(3)記載のBの認識からすれば,Bは,5月頃から一貫して振込金を賃料と認識しており,また,9月30日に敷金90万円が振り込まれたはずと認識していたのであるから,これらの認識に反する被告人の上記説明を受けて,わずか10分程度で完全に納得したというのは,不自然であるとい
うほかない。
また,10月1日午前9時8分頃のトラブルの後,一度目の滞在や二度目の滞在において,被告人が,Bに対し,時間をかけて上記説明をするなどして敷金90万円等の支払いを免れようとしていた可能性はあるとしても,最終的には,長期にわたって事業を経営してきたBが,本件覚書や本件賃貸借契約書等
の内容に明確に反する被告人の上記説明をD等に確認もせずに受け入れて納得したとは考え難い。
以上によれば,弁護人の主張は採用できない。
4
小括
そうすると,10月1日の時点において,被告人はBとの間に深刻なトラブ
ルを抱えており,被告人には犯行の動機となり得る事情があったといえる。第4

被告人が犯人でなければ説明が著しく困難な行動をしていたといえるかについて

1
本件当日及び翌日に,B方に車で向かいながら,B方に立ち寄ることなく素通りしたことについて
(1)関係各証拠によれば,被告人は,①10月1日午後4時頃からk地区内で会社の同僚らと共にごみ拾いに参加する予定があったが,会社を車で出発した後,同日午後3時9分頃から午後3時17分頃の間にk地区とは逆方面にあるB方の前を素通りし,②前記ごみ拾いやその後の懇親会・二次会に参加
した後,k地区を車で出発し,同日午後9時26分頃から午後9時28分頃の間に被告人方と逆方面にあるB方の前を素通りした上で,被告人方に帰宅し,③翌2日も,出先から会社に車で戻る途中で,会社と逆方面に向かい,同日午後0時31分頃から午後0時35分頃の間に,B方の前を素通りしたことが認められる。
このように,被告人は,Bの死亡推定時刻として可能性の最も高い10月1日昼頃以降の約1日間の間に合計3回もB方の前を車で素通りしており,しかも,いずれの素通りについても,目的地に向かう途中で素通りしたというものではなく,むしろ,わざわざ遠回りをしてまでB方の前を素通りしたものである。
(2)この点につき,被告人は,10月1日のBとのやり取りの結果として,会
社の訂正印を押した株式会社CとBとの間の賃貸借契約書と本件物件の写真を製本したものをBに届ける必要があったところ,①10月1日午後3時9分頃から午後3時17分頃の間の素通りについては,上記契約書等を届けようとB方付近まで行ったところで,思ったよりも到着するまでに時間がかかり,B方に長居することになって,ごみ拾いに間に合わないと思ったためB
方を素通りしてk地区に向かった,②同日午後9時26分頃から午後9時28分頃の間の素通りについては,Bがまだ起きていれば上記契約書等を届けようと思ってB方前まで行ったが電気が消えていたためB方を素通りして帰宅した,③同月2日午後0時31分頃から午後0時35分頃の間の素通りについては,上記契約書等を届けようとB方付近まで行ったところで写真を製
本していなかったことに気付いたため,B方を訪問せず,その前を素通りしたと供述する。
しかし,まず,被告人は,10月1日午後1時49分頃にB方を退去して以降,10月3日午後2時2分頃にDからBの死亡の連絡があるまでの間に,Bに一度も電話をしていない。Bに届けることが必要なものがあり,3回も
B方前まで行っているというにもかかわらず,Bに対し,訪問を事前に連絡しないだけでなく,一度も電話をしないというのは,Bと被告人が不動産の貸主と仲介業者という関係であることからすれば,およそ考え難い。また,製本した本件物件の写真を届けることが,B方を訪れる2つの目的のうちの1つであったにもかかわらず,三度目の素通りの際に初めて写真を製本していないことに気付いたというのは不自然であるし,Bに届けると約束して3回も訪問を試みたといいながら,機会があるにもかかわらず,写真の製本す
らせず,結局上記契約書等を届けに行かなかったというのも不自然である。そうすると,B方の前を素通りした理由についての被告人の供述は,にわかに信用できず,その他,被告人がB方を素通りした合理的な事情等は見当たらない。
(3)以上によれば,上記の被告人がB方の前を3回素通りした事実は,被告人
がBを殺害した犯人であれば,その犯行が発覚していないかを確認するなどの目的でB方の前を素通りしたという可能性が合理的に考えられる一方で,被告人が犯人でなければ説明が著しく困難な行動であるといえることからすれば,被告人がBを殺害した犯人であることを相当程度推認させるといえる。2
その他の被告人の行動について
関係各証拠によれば,①被告人のスマートフォンにインストールされていた歩数や歩行した距離等が記録されるアプリケーションソフトには,被告人がB方に滞在していた10月1日午後0時49分頃から午後1時49分頃までの間に,約222メートル(333歩)歩いたと記録されていること,②被告人は,
同日に他の顧客から住民票等を受け取るとの予定を当日変更し,さらに,同日午後2時から予定されていた会社の従業員についての警察官からの事情聴取にも遅刻したこと,③被告人は,真実は同日午後1時49分頃までB方に滞在していたにもかかわらず,その頃B方とは別の場所に滞在していたとの虚偽の営業日報を同日午後2時46分に作成したことが認められる。

そして,関係各証拠によれば,犯人は,Bを殺害した後,Bをリビングからウォークインクローゼットに移動させ,Bを緊縛できる紐やタオルを探すなどのために,B方を歩き回り,一定時間B方に滞在する必要があったといえる。そうすると,上記の各事実は,それ自体では被告人が犯人でなければ説明が著しく困難な行動であるとまではいえないが,被告人が,Bを殺害した犯人であるとすれば合理的に説明することができる行動であるといえる。
なお,上記①につき,被告人は,10月1日の二度目の滞在の際に,Bから
部屋の中を案内されて歩き回った旨供述するが,Bが,不動産仲介業者である被告人を単なる世間話のために寝室や浴室にまで案内したというのは不自然なものというほかない。
第5
1
第三者による犯行の可能性について
関係各証拠によれば,B方には,何者かが無理やり侵入した痕跡や,金品等を物色した痕跡は見当たらない。また,犯人は,B方リビングのソファーに掛けられていたタオルを用いて,同リビングの事務机の前に置かれていたキャスター付きの椅子に座っていたBを,その後ろから頸部を絞めて,殺害したと認められる。そうすると,本件犯行は,Bと面識のない者が物盗り等の目的の末に犯したものとは考え難く,Bにリビングまで招かれる程の関係を持つ顔見知
りの者が突発的に犯したものと考えられる。
2
このような関係をBと有する者としては,被告人のほか,従前,B方に入室したことがある者が考えられる。
そこで,B方から採取された指掌紋と一致した者についてみると,被告人以外の者については,10月1日の日中のアリバイがあるといえることなどから
すれば,犯人であるとする具体的な疑いはない。
また,その他の者の可能性についてみると,Bと接点を有する者が,Bとトラブルになって,被告人が二度目の滞在から退去した10月1日午後1時49分頃から午後5時頃までの間にB方を訪問して,Bを殺害したとの具体的な疑いを生じさせるような事情は見当たらない。

3
この点,被告人は,Bが10月1日の午後に人と会う予定である旨話していたと供述する。
弁護人は,この供述を踏まえ,①リビングの2つのソファーの間のサイドテーブル上に2枚のコースターがあること,②10月1日午後8時15分頃にB方駐車場に白い車が駐車していたという目撃情報があること,③10月2日の午後6時20分以降から午後9時54分までの間にB方の固定電話が話し中の
音からコール音に変わっていることから,第三者の犯行可能性が否定できないと主張する。
しかし,①の2枚のコースターについては,ソファーがBとその妻が通常使用していたものであることなどからすると,必ずしも10月1日午後に被告人の後に来客があったことを示唆するものではない。②については,目撃者の目
撃位置や時間からすれば,白い車の位置が正確かは不明である上,犯行に及んだ第三者が夜間にB方前の目立つ位置に車を停車させた上で再度B方に侵入する理由も見出し難いから,この時間帯に白い車が目撃されたとしても,犯人と結びつくものとはいえず,第三者の犯行可能性を示唆するものではない。③については,同様に,犯行に及んだ第三者がまた夜間にB方に侵入する理由は見
出し難い上,外れている受話器を元に戻すという行為の意味も理解し難い。B方の固定電話の音声については,話し中の音はコンビニエンスストアの従業員の,コール音はIの各供述に基づくものであるが,いずれかの勘違いによるものと考えるのが自然である。
したがって,弁護人の主張する上記の点はいずれも第三者の犯行可能性をう
かがわせる事情とはならず,被告人の供述を支えるものでもない。第6

弁護人の主張に対する判断について
弁護人は,①被告人の着衣からBの尿や血液が検出されていないこと,②被告人の身体検査の結果によれば,身体にBから抵抗された痕跡がなかったこと,
③犯人であれば触れた可能性が高い物から,被告人の指掌紋が検出されなかったこと,④凶器として使用されたタオルやBの手首・足首に巻かれていたタオルや紐から,被告人の汗などの成分やDNA等が検出されなかったことを指摘し,犯行現場等には被告人が犯人であることを示す証拠が全くないから,被告人がBを殺害した犯人であることに合理的な疑いが残る旨主張するので,それぞれについて検討する。
1
まず,①については,関係各証拠によれば,Bが,キャスター付きの椅子に座っている状態で,犯人からタオルで首を絞められた際に失禁したこと,その後,キャスター付きの椅子に乗せられた状態でウォークインクローゼットまで運ばれて,キャスター付きの椅子から降ろされる際に顔面を床に強打し,心臓が完全に止まる前の状態で弱く出血したことが認められる。このような失禁や出血の状況によれば,犯人であればその衣服にBの尿や血液が付着しているは
ずだとは言い難く,弁護人の主張は採用できない。
2
次に,②については,関係各証拠によれば,Bは,突然,その背後から犯人にタオルで首を絞められたと認められるところ,このような犯行態様に加えて76歳というBの年齢を考えると,Bが犯人の体をつかむなどして抵抗できなかったとしてもおかしくないといえる。そうすると,本件においては,犯人で
あればその身体にBから抵抗された痕跡が残るはずだとは言い難く,弁護人の主張は採用できない。
3
また,③についてみると,弁護人は,指掌紋の鑑定結果を踏まえて,犯人であれば触れた可能性が高い物から,被告人の指掌紋が検出されなかったと主張
している。しかし,同鑑定は,12個の一致する特徴点を指摘できてはじめて,犯行現場から採取された指掌紋と協力者の指掌紋が一致するとの結果を報告できるという鑑定基準に基づいて実施されている。このような鑑定基準によれば,人が触れた物から必ずしも対照可能な指掌紋が検出できるという関係にはない。これに加えて,現に,B方からは188個の対照不能の指掌紋が採取されてい
ることを踏まえれば,弁護人の指摘する物から被告人の指掌紋が検出されなかったことは,被告人が犯人であることについて,合理的な疑いを生じさせる事情とはいえない。
4
最後に,④について検討する。まず,本件において,凶器として使用されたタオル等から,被告人の汗などの成分やDNA等は検出されていない。もっとも,犯人が被告人であろうが第三者であろうが,本件犯行が突発的なものであることに変わりはなく,条件は同じであるところ,これらのタオル等から被告
人以外の第三者の汗などの成分やDNA等が検出されたという事情も見当たらない。そして,これらのタオル等から犯人の汗などの成分やDNA等が検出されるはずだとする根拠も明らかでない。そうすると,凶器として使用されたタオル等から被告人の汗などの成分やDNA等が検出されなかったことは,被告人が犯人であることについて,合理的な疑いを生じさせる事情とはいえない。
第7
1
まとめ
被告人は,Bが死亡した可能性が最も高い10月1日の昼頃に,B方にBと二人きりでいた。しかも,10月1日のB方滞在中に被告人がBに渡すべき敷金等を横領していたことが発覚しかけたところ,被告人の説明はBが容易に納
得できるものとはいえず,Bの行動によっては,被告人はその社会的地位を失いかねない状況にあったといえる。そして,被告人は,10月1日午後1時49分頃にB方を立ち去った後,24時間以内に3回にわたり,Bに連絡することもなく,あえてB方に向かって車を走らせ,その前を素通りしており,犯人である被告人が事件発覚の有無を確認しようとしたと考えなければ説明がつか
ない行動もとっている。
そうすると,事件が起きた可能性が最も高い時間帯に,Bとの間で殺害の動機となりうる深刻なトラブルを抱えた被告人が,まさにBと二人きりでB方にいて,その後も犯人でなければ著しく説明が困難な行動をとっていることは,被告人が犯人であることを強く推認させるものといえる。そして,その他の証
拠をみても,被告人が犯人であれば説明がつく事情が複数ある一方で,被告人が犯人であるとすると矛盾する事情は一切見当たらない。
2
被告人以外の第三者の犯行の可能性を検討しても,まず,被告人がB方を立ち去った後に第三者が犯行に及んだと仮定すると,前提として,Bの司法解剖の結果を踏まえると,Bにおいて,9月30日の深夜に夕食を食べ,朝食を抜いて10月1日の昼食にサラダを食べるという,Bの通常の生活習慣からは考え難い行動をとる必要がある。その上,午後1時49分頃以降から夕方5時頃
までの短い間で,幅を持った死亡推定時刻の終期に近い時間帯に,顔見知りの第三者がB方を訪れ,その者との間でも深刻なトラブルが起こり,その第三者が突発的に犯行に及ぶという事態が生じたが,そうした顔見知りの者がその時間帯に訪問したことを具体的に疑わせる事情が残らなかったことになる。こうして被告人以外の犯人を考えようとすると,考え難い可能性を無理に重ねるこ
とにならざるを得ない。
3
以上からすれば,被告人が犯人であることを強く推認させる事情がある一方で,被告人以外の第三者が犯行に及んだ可能性は合理的なものではないから,被告人が犯人であることは常識に照らして間違いないと判断した。
(法令の適用)


判示第1の1の所為
判示第1の2の所為

刑法199条


刑法253条

判示第2の所為
包括して刑法253条

種の選択
判示第2の罪
併合罪の処理

有期懲役刑を選択
刑法45条前段,47条本文,10条(最も重い判示第
2の罪の刑に法定の加重をする。)

未決勾留日数算入
刑法21条

訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)
1
まず,量刑の中心となる本件殺人の罪について,検討する。
被告人がBを殺害したことに関して,計画性こそ認められないものの,犯行の態様からすれば,被告人は,高齢のBに対し,抵抗を受けにくい態勢で,その頸部を強い力で絞め続けたのであるから,突発的とはいえ強固な殺意を有していたことは明らかである。それにとどまらず,被告人は,Bをウォークイン
クローゼットまで運んで投げ倒し,Bの手首や足首をタオルや紐で縛るなど,犯行の発覚を遅らせようとしたとも考えられる行為にも及んでいる。また,被告人とBとの間に生じていたトラブルは,被告人がBに交付すべき金銭を横領したこと,すなわち,本件業務上横領事件の犯行に起因するのであって,Bに落ち度は全く認められず,被告人に酌むべき事情はない。これまで謹厳実直に
生きてきたBがこのような経緯・態様により突然に命を奪われた無念さは,本件殺人の犯情の悪質さを表している。そうすると,本件殺人における被告人の刑事責任は,経緯に金銭トラブルがあり,前科のない単独犯が凶器を用いて行った殺人既遂1件の事案の中でも非常に重いというべきである。
2
そこで,本件業務上横領事件における犯情,すなわち,その被害額,被告人の常習性や横領に対する規範意識の低さ,弁護人が主張する動機については被告人のために酌むべき事情ではないことなどを併せ考慮し,被告人に対しては主文のとおりの懲役刑をもって臨むこととした。
よって,主文のとおり判決する。

(求刑-懲役23年,被害者参加人の科刑意見‐無期懲役)
令和3年6月21日
札幌地方裁判所刑事第2部
裁判長裁判官

正隆

裁判官

宇野

遥子

裁判官

中川

豊富


(別表省略)
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