判例検索β > 平成29年(わ)第370号
殺人、非現住建造物等放火、有印公文書偽造・同行使、有印私文書偽造・同行使、詐欺、詐欺未遂
事件番号平成29(わ)370
事件名殺人,非現住建造物等放火,有印公文書偽造・同行使,有印私文書偽造・同行使,詐欺,詐欺未遂
裁判年月日令和3年6月30日
裁判所名・部水戸地方裁判所
裁判日:西暦2021-06-30
情報公開日2021-07-19 16:00:32
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令和3年6月30日宣告
号主文
被告人を死刑に処する
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1

被告人に対する有印公文書偽造・同行使,有印私文書偽造・同行使,詐欺詐欺未遂被告事件に対する令和3年3月25日宣告の部分判決(以下部分判決という)の(罪となるべき事実)第1に記載のとおり。
第2

部分判決の(罪となるべき事実)第2に記載のとおり。

(判示第3及び第4の各犯行に至る経緯)
被告人は,平成29年9月頃,妻A,養女B,長男C,二男D,三男E及び四男Fと共に暮らしていた。(以下,B,C,D,E及びFを併せて子ら5名といい,さらにAと併せてA及びその子ら5名という)
同月30日,被告人は,Aの携帯電話機にGとのSNS上のメッセージのやり取りがあるのを見つけたことなどから,AとGとの浮気を疑い,Aにこれを追及したところ,Aは,Gとの浮気を否定するとともに,被告人と離婚したいと切り出した。翌月2日,被告人は,Aの実母や元雇用主を訪ねてAとの離婚問題について相談し
たり,Gを訪ねてAとの関係を追及したりした。同月3日,被告人は,昼頃にG方で再び同人と話をした後,午後8時頃に自宅に戻り,同所で待っていたA及びAの実母と離婚の話をした。被告人は,この頃から,Aと離婚して家を出て行けば,自分だけが悪者にされ,GにA及びその子ら5名を取られてひとりぼっちになってしまうと思い,A及びその子ら5名を取られたくないという気持ちからAを殺害し,
さらに,被告人がAを殺害すれば,子ら5名は殺人犯とその被害者の子になってしまい,Aの両親が子ら5名を養育することもできず,明るい未来がないだろうから子ら5名をも殺害した上で自死し,全てを無くした方がよいのではないかと考え始めるようになったが,他方で,自分だけが黙って身を引けば良いとも考えて思い悩んだ。そのように思い悩む中,被告人は,同月4日に柳刃包丁,ロープ及びガソリンを購入した。
同月5日,被告人は,日中,自分が家を出て身を置くために元雇用主から紹介を受けていた漫画喫茶に行き,1か月分の宿泊代金を支払った後,子ら5名に渡すためのプレゼントを購入し,A及びその子ら5名を殺して自死することができるかどうかを思い悩んだ。そして,被告人は,午後7時頃に帰宅してAと話し合い,翌6日に被告人が家を出て行くことで話がまとまると,子ら5名にプレゼントを渡し,
A及びその子ら5名と共に夕食を食べた。午後9時頃には,A及びその子ら5名が寝室へ行き,被告人は,やっぱり家族はいいなという気持ちが生じて,A及びその子ら5名を殺害して自死するという考えが一旦薄らいだ。午後11時頃にAが寝室から出てくると,被告人とAは離婚後のことについて話し合った。翌日午前1時頃,被告人は,Aの入浴中に同人の携帯電話機でSNSの履歴を確認したところ,
Aの母親から

じいじに話をしたから,さっさと離婚届出しちゃいな。

という内容のメッセージが届いているのを見つけ,Aの父親とも簡単に離婚をするように話を片付けてしまったのかと考えていら立った。そして,午前2時頃にAが寝室へ戻ると,被告人は,リビングの自分の布団の上で,A及びその子ら5名を殺害して自死するかどうかを葛藤し,午前3時頃には,購入した柳刃包丁及びロープをリビン
グに持ってきて,それらを前に更に思い悩んだ。そうしている間に午前4時を過ぎ,被告人は,もうすぐ朝になって自分だけが出て行き,A及びその子ら5名がGのところに行ってしまうから,A及びその子ら5名を殺害して自死するしかないという思いが強まるとともに,Cがゲームをするために起きてきて,A及びその子ら5名を殺害をすることができなくなってしまうかもしれないなどと考えた。被告人は,
焦りを募らせた末,午前4時40分頃,A及びその子ら5名を殺害することを決意した。
(罪となるべき事実)
被告人は,
第3

妻子らを殺害しようと考え,平成29年10月6日午前4時40分頃,茨城県日立市(住所省略)の被告人方南東側和室において,殺意をもって,
1
A(当時33歳)に対し,その顔面,胸部,腹部及び背部等を柳刃包丁(刃体の長さ約22センチメートル)(平成30年領第122号符号14)で多数回突き刺し,

2
B(当時11歳)に対し,その左腋窩部,右腋窩部及び背部等を前記包丁で多数回突き刺し,

3
C(当時7歳)に対し,その腹部及び背部を前記包丁で数回突き刺し,
4
D(当時5歳)に対し,その胸部及び背部を前記包丁で数回突き刺し,
5
E(当時3歳)に対し,その胸部及び腹部を前記包丁で数回突き刺し,
6
F(当時3歳)に対し,その腹部及び背部を前記包丁で数回突き刺し,
第4
自ら死のうと考え,その頃,茨城県が所有し,現にA及びその子ら5名が住居に使用し,かつ,現に同人らがいる判示第3の被告人方(鉄筋コンクリート造陸屋根3階建1階,床面積約62.12平方メートル)の玄関付近において,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない建造物と誤認して,自分の足元及び床面等にガソリンをまいた上,ライターで着火した紙片を前記床面に落として火を放ち,

その火を床面,壁面及び天井等に燃え移らせて,同被告人方南東側和室の柱及び鴨居等を焼損するとともに,その頃,同室において,A及びCを多発鋭器損傷と急性一酸化炭素中毒の競合により,Dを胸部刺創による肺動脈損傷に起因する心嚢内血腫(心タンポナーデ)により,Eを急性一酸化炭素中毒により,Fを腹部刺創・背部刺創による失血と急性一酸化炭素中毒の競合により,それぞれ死亡させ,さら
に,同日午前6時54分頃,搬送された同市(住所省略)H病院において,Bを多発鋭器損傷による失血が主因,一酸化炭素吸引が従因により死亡させ,それぞれ殺害した。
(証拠の標目)記載省略
(訴訟能力に対する判断)
弁護人は,被告人が,本件(判示第3,第4の各事件を指す。以下同じ)当時の記憶を失ったことで訴訟能力を喪失し,それについて回復の可能性がないことから,刑事訴訟法338条4号に準じて公訴を棄却すべきであると主張する。そこで検討すると,被告人が本件起訴後の勾留中に発症した心不全・肺高血圧症による心肺停止等の危篤状態から回復した後に,当裁判所が選任して被告人の精神鑑定を行った証人Iの証言からすれば,被告人について,現時点で脳全体の委縮や
前頭葉機能の低下等の所見が得られており,これらは心肺停止の際の低酸素状態の後遺症として生じた脳の器質的な障害であると考えられ,これにI証人が長時間にわたって面談することによって得られた被告人の反応を併せ見るに,被告人が前記の脳の器質的な障害により,本件に関する記憶を失っているものと認められる。しかしながら,I証人の証言や本件に関する被告人質問等の状況からも明らかな
とおり,被告人は,弁護人による適切な援助や裁判所による後見的支援の下,訴訟手続や訴訟行為に関して理解し,意思疎通を図ることが十分可能であり,そのような理解ないし意思疎通すら被告人ができないのではないかと疑わせるような事情は見当たらない。そうすると,被告人は,刑事訴訟法314条1項にいう心神喪失の状態に在るときに当たらず,訴訟能力を有することが明らかであり(最高裁昭
和59年12月11日第3小法廷決定・裁集刑238号321頁参照),このことは前記のとおり被告人が本件に関する記憶を失っていることによって左右されない。したがって,弁護人の主張は採用できない。
(判示第3及び第4の各事実についての事実認定の補足説明)
弁護人は,①被告人には本件当時の記憶がないから,被告人が判示第3のとおり
の各刺突行為(以下本件各刺突行為という)及び同第4の放火行為(以下本件放火行為といい,本件各刺突行為と併せて本件各犯行という)を行ったことを争うとした上で,仮に被告人が本件各犯行を行ったとしても,②本件各刺突行為時,被告人は意識解離状態にあったため殺意がなく,③被害者とされるA及びその子ら5名は一酸化炭素中毒によって死亡したのであるから,本件各刺突行為とA及びその子ら5名の各死亡との間に因果関係はなく,④本件各犯行当時,被告人は,うつ病等や極度の緊張状態による激しい情動からの意識解離状態にあり,心神喪失又は心神耗弱の状態にあったと主張する。
当裁判所は,弁護人の前記各主張について,いずれも採用することができないと判断し,判示第3及び第4のとおり各認定したので,以下その理由を説明する。第1

1
被告人が本件各犯行を行ったことについて(弁護人の主張①)まず,被告人の公判供述及び捜査段階の供述を除く本件証拠によれば,何者かが,平成29年10月6日の早朝,茨城県日立市(住所省略)に所在する被告人方において,A及びその子ら5名の身体を片刃の刃物により判示のとおりの態様で刺した上,ガソリン等の油性の物質を用いて放火したことにより,A及びその子ら5名が判示のとおりの死因によって死亡したことを容易に認定することができる。

2
そして,前記証拠によれば,被告人は,同日午前5時10分頃,下半身にはトランクス及び右足に一部焼損した状態の靴下のみを着用し,両足に火傷を負った状態で日立警察署に出頭し,まだ本件各犯行が警察官や消防隊員によって認知されていなかった段階で,同警察署の警察官に対して,自宅で自身の妻及
び子ら5名を包丁で刺し,ガソリンをまいて火を付けた旨述べたことが認められる。
このように,被告人は,本件各犯行の発生後まもなく,警察官や消防隊員がその発生を知らなかったにもかかわらず,警察官に対して,自らが本件各犯行を行った旨申告した上,被告人方居室内で行われた犯行について,凶器の種類
等を含めて犯行態様を説明しているものであり,その当時の身なりや身体の状態が火災の現場に居合わせたことと整合的であることにも照らすと,かかる事実から被告人が本件各犯行を行ったことが強く推認される。
3
また,被告人の捜査段階の供述を含む本件証拠によれば,被告人は,出頭後の捜査機関による取調べにおいて,本件各犯行に使用した柳刃包丁及びガソリンをあらかじめ購入した状況や,判示のとおりの日時にA及びその子ら5名を柳刃包丁で刺し,判示のとおりの方法で自宅に放火した状況等を相当程度詳細
に供述しており,そのうち柳刃包丁等の購入やその使用についての供述は,防犯カメラの映像や購入店舗の販売履歴及び被告人方内での柳刃包丁の発見等の事情と合致していること,犯行状況についての供述は,A及びその子ら5名の受傷状況や被告人方の焼損状況と概ね合致していることが認められ,これらに照らすと,被告人の捜査段階における供述は,被告人の当時の認識を述べたも
のとして,基本的には十分信用できるものといえる。
4
したがって,被告人が本件各犯行を行ったものと認定できる。

第2

被告人が本件各犯行当時心神喪失又は心神耗弱の状態になかったことについて(弁護人の主張④)

1
捜査段階において被告人の精神鑑定を行った証人J及び前記のとおり本件起訴後に被告人の精神鑑定を行ったI証人は,被告人の本件各犯行時における精神上の障害の有無について公判で証言した。両証人は精神科医として十分な専門知識と経験を有しており,その鑑定方法や鑑定が前提とする事実関係にも特段の問題はない。よって,両証人の証言に基づき,以下のとおり認めることが
できる。


本件各犯行当時,被告人はうつ病に罹患していたか
操作的診断基準(ICD-10)によれば,うつ病と診断されるためには,主症状である①抑うつ気分,②興味と喜びの喪失,③活動性の減退による易疲労感の増大,活動性の減少のうち少なくとも2つの症状がなければならな
い。本件各犯行当時の被告人には,Aに離婚を切り出されたことなどによる気分の落ち込みとして①抑うつ気分の症状があったとしても,②及び③の各症状はいずれもなかったことから,うつ病ではなかった。すわなち,被告人は,本件各犯行の三,四日前,Aとの離婚問題について話をするため,Aの実母,元雇用主及び当時Aが懇意にしていたGを自ら訪ねて話をしていたばかりか,本件各犯行の前々日及び前日には,パチンコやパチスロにも出かけていた。そうすると,被告人には,②興味と喜びの喪失及び③活動性の減退
による易疲労感の増大,活動性の減少はいずれもなかった。この判断は,被告人が本件各犯行の数日前から不眠状態や食欲不振であったり,パチンコやパチスロに出かけた上で,いつものようには楽しむことができなかったりしたとしても覆らない。
したがって,被告人は本件各犯行当時うつ病ではなかった。



本件各犯行当時,被告人は意識解離状態であったか
人が無我夢中の状態でした行為を逐一記憶していないことは通常あり得るのであって,被告人が本件各犯行の一部を覚えていなかったとしても,これをもって被告人が意識解離状態にあったといえるわけではなく,被告人は,本件各犯行以前に意識解離を起こす原因になるような出来事を体験したこと
も,実際に頻繁に意識解離状態になっていたというようなこともない。これらのことからすれば,被告人が,本件各犯行時のみ,ごく短時間だけ意識解離状態になるというのは精神医学上考え難い。
したがって,被告人は,本件各犯行当時,意識解離状態ではなかった。⑶

また,被告人が本件各犯行当時,うつ病又は意識解離状態以外の精神障害に罹患していたという事情はうかがわれない。

2
1の内容からすれば,そもそも本件各犯行当時の被告人には,心神喪失及び心神耗弱を論ずる際に問題とすべき精神障害が認められないということになる。しかも,本件証拠によれば,被告人は,本件各犯行を実行するか,自らが家
を出て身を引くかについて,本件各犯行の直前まで数日間にわたり思い悩んだ上でその実行に及んでおり,犯行直後には自ら日立警察署に出頭して,応対した警察官に本件各犯行の内容を相当程度具体的に供述している。このように,被告人は,自らの犯行の違法性や重大性を十分理解して,それに応じた振る舞いをしている。さらに,被告人は,前記数日間の直前頃にも,1⑴のとおり,Aとの離婚問題などで,自ら出向いてAの実母や元雇用主,更にはAが懇意にしていた男性相手に,その問題などについて相当時間会話しているが,その際
意思疎通自体に支障が生じていたなどの不自然な言動は特にうかがわれなかったことも併せ見るに,被告人は,当時自らが及ぼうとする行為の意味や内容を十分理解した上で行動していたものといえる。被告人の本件各犯行当時の言動に,正常な精神作用から説明が困難な事情は見当たらない。
以上より,被告人は,本件各犯行当時,心神喪失でなかったことはもちろん,
心神耗弱でなかったことも明らかであり,被告人は完全責任能力を有していたものと認定できる。
3
これに対し,弁護人は,愛すべき家族であるA及びその子ら5名を他の男性に取られるくらいなら殺害しようというのは動機として異常であることや,本
件各犯行は,暴力的とはいえない元来の被告人の人格からかけ離れていることなどからすれば,被告人は本件各犯行当時心神喪失又は心神耗弱であったとも主張する。
そこで検討すると,被告人の捜査段階の供述及びI証人の証言等の本件証拠によれば,被告人が本件各刺突行為に及んだ動機は,判示のとおり,Aに対し
て懇意にしている男性との浮気を追及したところ,これを否定されるとともに離婚を切り出されてしまい,離婚話が進む中,もしAと離婚して家を出て行けばその男性にA及びその子ら5名を取られてしまうことになると考え,A及びその子ら5名を取られたくないという気持ちからAを殺害し,さらに,被告人がAを殺害すれば,子ら5名は殺人犯とその被害者の子になってしまい,明る
い未来がないだろうから子ら5名をも殺害した上で自死するというものである。また,I証人の証言,更には被告人の公判供述によれば,被告人は,父親から特に金銭的な面で甘やかされて育った結果,金銭感覚や忍耐力がなく,自己中心的であって,問題に直面したとき,現実的な解決策を講じず,逃げる方向に向かってしまいがちであることが認められる。
かかる動機は誠に身勝手かつ自己中心的であって第三者が容易に共感できるものではないものの,その内容自体およそあり得ず,了解できないというほど
の異常さはうかがわれない。また,本件各犯行は,被告人がAとの離婚問題に正面から向き合わず,A及びその子ら5名を殺害して全てをなくしてしまおうという気持ちからなされたものと見ることができ,前記のような被告人の性格傾向の表れと見ておかしくない。
そうすると,本件各犯行当時の被告人につき,心神喪失又は心神耗弱の状態
になかったという2の認定は,弁護人の指摘する前記の諸事情により何ら揺るがない。
第3

本件各殺人の故意が認められることについて(弁護人の主張②)本件証拠によれば,本件各刺突行為の具体的な態様は,胸部や腹部といった重要な臓器がある部分を,多数回又は複数回,刃体の長さが約22センチメー
トルもある柳刃包丁で突き刺すというものである。そして,被告人は,その柳刃包丁を自ら事前に購入した上で各犯行に及んでおり,第2の認定,判断のとおり本件各刺突行為時に意識解離状態にはなかった。これらの事情からすれば,被告人には,本件各刺突行為の際,A及びその子ら5名のいずれに対しても殺意があったことは明白である。

第4

本件各刺突行為と各死亡との間の因果関係が認められることについて(弁護人の主張③)
被告人は,本件放火行為を行った際にはA及びその子ら5名がいずれも死亡しているものと思い込んでいたものであるところ,弁護人は,A及びその子ら
5名は本件放火による一酸化炭素中毒が原因で死亡しているか,又は,一酸化炭素中毒が失血等の要因と相まってその死亡を早めたものであるから,被告人による本件各刺突行為とA及びその子ら5名の各死亡との間には,いずれも因果関係がない旨主張する。
しかしながら,本件放火行為は,人の生命に危険を生じさせる自らの本件各刺突行為により,前記のとおりA及びその子ら5名は死亡したものと思い込んでいた被告人が,家族との思い出等を全てなくしたいと思うとともに,A及び
その子ら5名に置いていかれないように自死しようとして,本件各刺突行為の直後にやはり自ら行ったものであって,本件各刺突行為と密接に関係している。さらに,A及びその子ら5名の司法解剖を行った解剖医である証人K及び同Lの各証言等を踏まえると,A及びその子ら5名は,本件各刺突行為によって負った怪我やその痛みが原因で,本件放火行為による火災から逃げるのが難しく
なり,一酸化炭素を吸引することになったといえる。そうすると,死因として心嚢内血腫(心タンポナーデ)のみが挙げられるDや,死因の一部として多発性鋭器損傷等の本件各刺突行為によって生じた要因が挙げられるA,B,C及びFはもちろんのこと,死因として急性一酸化炭素中毒のみが挙げられるEについても,その死亡は,いずれも本件各刺突行為によって生じた生命の危険が
現実化したものといえる。
したがって,本件各刺突行為とA及びその子ら5名の各死亡との間の因果関係はいずれも認められる。
第5
以上より,判示第3及び第4のとおり認定した。

(法令の適用)記載省略
(量刑の理由)
1
本件は,被告人が,自らの妻子6名を殺害し,その現場となった被告人方に放火したというものであり,これに複数回にわたり運転免許証や口座利用申込書等を偽造して通帳や携帯電話機を詐取し又は携帯電話機の詐取の点は未遂に終わったという区分事件も併せて量刑判断をすることになる。

2
量刑判断の中心となる本件の各殺人について見るに,まず何よりも被告人の妻と幼い子どもら計6名もの生命が奪われたという結果が,殺人罪が問われる事案の中でも重大というべきである。突如として娘や孫5名の死に直面させられた遺族らの処罰感情が厳しいのも至極当然という以外にない。
被告人は,いずれの被害者についても,本来安全であるはずの自宅で眠っていたところに刃体の長さ約22センチメートルの柳刃包丁を用いて身体の重要な場
所を狙って突き刺している。これにより,深い傷や骨の切断等が多数生じている被害者らもおり,かかる被害者らに対しては,かなり強い力を込めて柳刃包丁を突き刺したものといえる。取り分けA及びBに対しては,その刺突行為が数十回にも及んでいるのであって,狙いがそれたり,抵抗を受けたりしても,確実に殺害を成し遂げようという強い意思が認められる(なお,被告人自身は,捜査段階
において,抵抗された記憶がない旨供述しているが,多数の防御創の存在から,当時の被告人は,抵抗を受けていることを認識しながら,これを排して犯行を完遂しようという意思があったと認められ,その際無我夢中であったために犯行後の記憶には残っていないものと見るのが相当である)。そうすると,犯行態様は,強固な殺意に基づく非常に危険かつ残虐なものといえ,同種事案の中でも特に悪
質である。
以上のとおり,殺人罪の事案の中でも重大な部類に入る結果とそれをもたらした同種事案の中でも特に悪質な犯行態様からすれば,被告人の刑事責任は極めて重大であり,過去の裁判例の集積に照らしても,本件は死刑の選択を当然に検討しなければならない事案である。

3
しかしながら,死刑は,人間の生命そのものを永遠に奪い去る究極の刑罰であって,その適用は慎重に行わなければならず,また,公平性の確保にも十分意を払わなければならないから,質的に見て死刑をもって臨むことが真にやむを得ないと認められる場合においてのみ,その選択が許されるものといわなければなら
ない。以下,そのような観点から,本件で死刑を回避すべき事情があるかを慎重に検討する。


まず,計画性の点について見る。
被告人は,本件各犯行の2日前に柳刃包丁及びロープを購入しており,このうち柳刃包丁は現に本件各刺突行為に使用されている。
そこで,被告人がこれらの柳刃包丁及びロープを購入した理由について検討するに,前記のとおり基本的には十分信用できる被告人の捜査段階の供述及び
これと整合するインターネット上のウェブサイトの閲覧履歴や本件各犯行後に被告人方から発見されたロープの状況からすれば,被告人が柳刃包丁及びロープを購入した理由は,単に自死に使用するためだけではなく,A及びその子ら5名を殺害するためでもあったと認められる。
そうすると,本件各犯行は,詳細にして綿密な計画に基づき着実に実行され
たものとまではいえないとしても,事前の準備に基づく計画的犯行の側面があるといえる。
他方で,本件証拠上,被告人は,本件各犯行の前日,A及びその子ら5名を殺害せずに自分が家を出ることを前提として,家を出た後に身を置くための漫画喫茶の宿泊代金を支払うなど,本件各犯行の実行とは相反する行動をとって
おり,本件各犯行を実行するか否かを直前まで思い悩んでいたことも認められる。しかしながら,前記の計画的犯行の側面を踏まえると,被告人は,本件各犯行を決心しさえすれば実行に移すことが容易にできる準備をあらかじめ行っていたといえるのであり,その実行直前まで被告人の心が決まっていなかったからといって,本件を突発的,偶発的犯行と見ることにより被告人に格別有利
に考慮することはできない。


次に,本件各犯行が家族内において1回の機会に行われたものであることを踏まえつつ,動機,経緯の点について見る。
本件各犯行の動機は判示のとおりであるが,Aと懇意にしている男性にA及
びその子ら5名を取られたくないから,同人らを殺害するというのは,同人らの人格を全く無視した専ら被告人の身勝手かつ自己中心的な考え方に基づくものである。また,両親を失い,殺人犯と被害者の間の子として残される子どもたちの将来を憂う心情は,それ自体全く理解ができないとまではいえないものの,そもそも被告人がAを殺害することに何ら理由がない上,子ら5名はAの実家の助力を得て生活することが可能な状況にあったのだから,本件において被告人が残される子ら5名を殺害するしかないと考えたことも独善的な考えに
基づくものといわざるを得ない。そうすると,本件の動機は,同種事案において殊更に悪質な部類に入るとまではいえないとしても,被告人のために格別に斟酌することができるものではない。
本件各犯行に至る経緯等を見渡しても,被告人が度々職を替え,平成28年6月頃からは約1年間定職に就かず,Aの信頼を失っていったことなど被告人
自らの振る舞いが基因となって離婚を切り出されたのを発端として,本件各犯行を決意するに至ったことからすると,本件までの数か月間ほどは被告人なりに真面目に働いていたとうかがわれるとしても,被告人のために特別に考慮すべきといえる事情までは見当たらない。


さらに,自首等の点について見る。
本件証拠によれば,被告人は,本件各犯行後に,ガソリンをかぶって自死することを考えていたところ,本件各犯行直後にその下半身の着衣に引火してその熱さに耐えられずに外へ逃げたために当初予定した方法で自死することができず,何とか別の方法で自死しようと考えて公園に行ったが何もすることがで
きなかった結果,判示第3及び第4の各事実に関する事実認定の補足説明第1のとおり,警察署に自首し,これによって警察官や消防隊員が事件を認知して消火活動が開始されたこと,被告人が捜査機関の取調べに素直に応じて本件各犯行に関して相当程度詳細に供述し,その後の捜査によって,被告人方から柳刃包丁を含む証拠品が発見されたことが認められる。

このように,被告人の自首によって消火活動が開始され,それが現場に残された証拠の保全,確保にも繋がったことなどを踏まえると,被告人の自首は本件の真相解明や火災による被害拡大の防止に一定程度貢献したといえる。また,捜査機関による取調べの状況等からすれば,少なくとも取調べの時点においては,被告人が本件各犯行を反省,悔悟していたこともうかがわれる。しかしながら,たとえ被告人の自首がなかったとしても,現場となった集合住宅の一室である被告人方に火災が発生していたことからすれば,本件各犯行
の発生自体は直ちに発覚していたものと考えられる。そして,その場合,被告人方において被告人以外の全ての居住者が殺害されていることや,本件各犯行直後の被告人の身なりなどからして,被告人は早期に本件各犯行の犯人として浮上したものと考えられるから,被告人の自首が本件各犯行の真相解明に貢献した度合いは限定的といわざるを得ない。さらに,自首それ自体の動機は,自
死をすることができず警察署へ出頭するほかにどうしていいか分からなかったためであったことが主たるものと見るべきであって,真摯な反省,悔悟の情に基づくことが明らかなものではない。そうすると,自首の点を被告人に有利に斟酌するとしても限度があり,死刑の選択を当然に検討しなければならない本件で,あえて死刑を回避すべき事情とまではいえない。



その上で,被告人の前科関係等を見ても,平成19年に道路交通法違反(無免許),業務上過失傷害の罪で執行猶予付き懲役刑の判決を受け,その執行猶予期間中である平成22年に道路交通法違反(無免許,速度違反)の罪で懲役10月の実刑判決を受けているほか,平成28年及び平成29年には,それぞれ判示第1及び第2の各犯行を行っているのであって,その規範
意識が高いとはいえない。
その他,更生可能性等を含め,被告人のために特に見るべき事情があるかを慎重に検討し,それらと⑴から⑶までの事情を併せ見ても,2記載の本件の各殺人の結果の重大性,態様の悪質性を踏まえてなお死刑を回避すべきといえるような事情は見当たらない。

4
以上のとおり,死刑が究極の刑罰であることを踏まえ,公平性の確保も十分考慮しつつ,本件が質的に見て真に死刑の選択がやむを得ないと認められる場合に当たるのかを慎重に検討してきたが,取り分け本件の各殺人の結果の重大性,その態様の悪質性からすれば,本件は死刑の選択を当然に検討しなければならない事案であるところ,その他の計画性,動機,経緯,更には自首等の事情を併せ見ても,そこに死刑を回避すべきといえるような事情は見出すことができなかったことから,被告人に対しては,死刑をもって臨むことが真にやむを得ないと認められる。
よって,主文のとおり判決する。
(検察官の求刑:死刑,弁護人の意見:公訴棄却(仮にそうしない場合は無罪))
令和3年7月1日
水戸地方裁判所刑事第1部

裁判長裁判官

結城剛行
裁判官

髙原大輔
裁判官

金子恵理
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