判例検索β > 令和1年(受)第1968号
損害賠償請求事件
事件番号令和1(受)1968
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日令和3年7月19日
法廷名最高裁判所第二小法廷
裁判種別判決
結果破棄差戻
原審裁判所名東京高等裁判所
原審事件番号平成31(ネ)1178
原審裁判年月日令和元年8月21日
判示事項会計限定監査役は,計算書類及びその附属明細書の監査を行うに当たり,当該計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば,常にその任務を尽くしたといえるものではない
裁判日:西暦2021-07-19
情報公開日2021-07-19 16:00:05
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令和元年(受)第1968号
令和3年7月19日

損害賠償請求事件

第二小法廷判決

主文
原判決を破棄する
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人村上重俊,同伊東大祐,同定近直之の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1
本件は,株式会社である上告人が,その監査役であった被上告人に対し,被
上告人がその任務を怠ったことにより,上告人の従業員による継続的な横領の発覚が遅れて損害が生じたと主張して,会社法423条1項に基づき,損害賠償を請求する事案である。
2
原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
上告人は,公開会社ではない株式会社であって,会計監査人を置かないもの
である。被上告人は,昭和42年7月から平成24年9月までの間,上告人の監査役であった者であり,その監査の範囲は会計に関するものに限定されていた。上告人において経理を担当していた従業員(以下本件従業員という。)は,平成19年2月から平成28年7月までの間,多数回にわたり上告人の名義の当座預金口座(以下本件口座という。)から自己の名義の預金口座に送金し,合計2億3523万円余りを横領した。本件従業員は,上記の送金を会計帳簿に計上しなかったため,本件口座につき,会計帳簿上の残高と実際の残高との間に相違が生じていた。本件従業員は,上記の横領の発覚を防ぐため,本件口座の残高証明書を偽造するなどしていた。
被上告人は,平成19年5月期から平成24年5月期までの各期において,上告人の計算書類及びその附属明細書(以下計算書類等という。)の監査を実施した。被上告人は,上記各期の監査において,本件従業員から提出された残高証明書が偽造されたものであることに気付かないまま,これと会計帳簿とを照合し,上記計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認するなどした。その上で,被上告人は,上記各期の監査報告において,上記計算書類等が上告人の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示している旨の意見を表明した。

3
原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断した上で,被上
告人はその任務を怠ってはいないとして,上告人の請求を棄却した。監査の範囲が会計に関するものに限定されている監査役(以下会計限定監査役という。)は,会計帳簿の内容が計算書類等に正しく反映されているかどうかを確認することを主たる任務とするものであり,計算書類等の監査において,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかであるなど特段の事情のない限り,計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認していれば,任務を怠ったとはいえない。
4
しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
監査役設置会社(会計限定監査役を置く株式会社を含む。)において,監査役は,計算書類等につき,これに表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめるなどして監査を行い,会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見等を内容とする監査報告を作成しなければならないとされている(会社法436条1項,会社計算規則121条2項(平成21年法務省令第7号による改正前は149条2項),122条1項2号(同改正前は150条1項2号))。この監査は,取締役等から独立した地位にある監査役に担わせることによって,会社の財産及び損益の状況に関する情報を提供する役割を果たす計算書類等につき(会社法437条,440条,442条参照),上記情報が適正に表示されていることを一定の範囲で担保し,その信頼性を高めるために実施されるものと解される。
そうすると,計算書類等が各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり(会社計算規則59条3項(上記改正前は91条3項)),会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ(会社法432条1項参照),監査役は,会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない。監査役は,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも,計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため,会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め,又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。そして,会計限定監査役にも,取締役等に対して会計に関する報告を求め,会社の財産の状況等を調査する権限が与えられていること(会社法389条4項,5項)などに照らせば,以上のことは会計限定監査役についても異なるものではない。
そうすると,会計限定監査役は,計算書類等の監査を行うに当たり,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても,計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば,常にその任務を尽くしたといえるものではない。
5
これと異なる見解に立って,被上告人はその任務を怠ってはいないとした原
審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,被上告人が任務を怠ったと認められるか否かについては,上告人における本件口座に係る預金の重要性の程度,その管理状況等の諸事情に照らして被上告人が適切な方法により監査を行ったといえるか否かにつき更に審理を尽くして判断する必要があり,また,任務を怠ったと認められる場合にはそのことと相当因果関係のある損害の有無等についても審理をする必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官草野耕一の補足意見がある。
裁判官草野耕一の補足意見は,次のとおりである。
私は法廷意見の理由及び結論に賛成であるが,審理を原審に差し戻した趣旨につき思うところを述べておきたい。
差戻審が被上告人が任務を怠ったか否かを検討するに当たっては,次の点に留意すべきと考える。
まず,会計限定監査役は,公認会計士又は監査法人であることが会社法上求められていない以上,被上告人が公認会計士資格を有していたとしても,上告人の監査に当たり被上告人にその専門的知見に基づく公認会計士法2条1項に規定する監査を実施すべき義務があったとは解し得ないという点である(会社計算規則121条2項が同法2条1項に規定する監査以外の手続による監査を容認しているのはこの趣旨によるものであろう。)。次に,監査役の職務は法定のものである以上,会社と監査役の間において監査役の責任を加重する旨の特段の合意が認定される場合は格別,そうでない限り,監査役の属性によって監査役の職務内容が変わるものではないという点である。被上告人の具体的任務を検討するに当たっては,上記の各点を踏まえ,本件口座の実際の残高と会計帳簿上の残高の相違を発見し得たと思われる具体的行為(例えば,本件口座がインターネット口座であることに照らせば,被上告人が本件口座の残高の推移記録を示したインターネット上の映像の閲覧を要求することが考えられる。なお,会計限定監査役にはその要求を行う権限が与えられているように思われる(会社法389条4項2号,同法施行規則226条22号参照)。)を想定し,本件口座の管理状況について上告人から受けていた報告内容等の諸事情に照らして,当該行為を行うことが通常の会計限定監査役に対して合理的に期待できるものか否かを見極めた上で判断すべきであると思われる。なお,平成19年5月期の監査の際に被上告人に提供された本件口座の残高証明書は本件従業員によりカラーコピーで偽造されたものであり,平成20年5月期以後の監査の際に被上告人に提供された残高証明書は本件従業員により白黒コピーで偽造された写しであったとの原審認定を前提とすると,平成20年5月期以後の監査の際に被上告人は本件口座の残高証明書の原本等の提示を求めるべきであったといえるか否かについても検討を要すると思われるが,その際には,平成19年5月期の監査の際に提供された残高証明書につき,被上告人がこれをどのようなものとして認識したか,これと平成20年5月期以後の監査の際に提供された上記写しとの形状・様式・内容の相違の有無・程度,被上告人の会計管理システムの仕組みや態勢,上記のカラーコピーの残高証明書と同様の形状・様式・内容を備えた残高証明書の作成の難易等を考慮して,上記の提示の求めが本件口座の実際の残高と会計帳簿上の残高の相違を発見し得たと思われる行為といえるか否かについて慎重に判断する必要があると思われる。
(裁判長裁判官

草野耕一

裁判官

菅野博之

岡村和美)
裁判官

三浦


裁判官

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