判例検索β > 平成30年(あ)第1846号
薬事法違反被告事件
事件番号平成30(あ)1846
事件名薬事法違反被告事件
裁判年月日令和3年6月28日
法廷名最高裁判所第一小法廷
裁判種別決定
結果棄却
原審裁判所名東京高等裁判所
原審事件番号平成29(う)974
原審裁判年月日平成30年11月19日
裁判日:西暦2021-06-28
情報公開日2021-07-01 12:00:05
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平成30年(あ)第1846号
令和3年6月28日

薬事法違反被告事件

第一小法廷決定
主文
本件各上告を棄却する
理由
検察官の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論に鑑み,薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの。以下同じ。)66条1項違反の罪の成否について,職権で判断する。
1
本件各公訴事実の要旨は,次のとおりである。

被告人A株式会社(以下被告会社という。)は,医薬品等の製造・販売等を営む株式会社であり,被告人B(以下被告人という。)は,被告会社の従業員として,D医科大学大学院医学研究科に所属する医師らにより実施された被告会社が製造・販売する高血圧症治療薬X(商品名Y)を用いた臨床試験(以下本件臨床試験という。)及びその結果に基づいて行うサブ解析又は補助解析について臨床データの解析等の業務を担当していたものであるが,被告人は,被告会社の補助解析の結果を被告会社の広告資材等に用いるため,本件臨床
試験の主任研究者であるE及び同研究者であるFらと共に,高血圧症治療薬であるカルシウム拮抗薬とXとの併用効果に関する本件臨床試験の補助解析論文を記述するに当たり,同論文の定義に基づかないで薬剤の投与群を群分けし,本件臨床試験において確認された他剤投与群の脳卒中等のイベント数を水増しし,統計的に有意差が出ているか否かの指標となる値につき解析結果に基づかない数値を記載するなどして作成した虚偽の図表等のデータをFらに提供し,同人らをして,同データに基づいて,同論文原稿の本文に,英語で,Xを併用ないし追加投与した場合,そうでない場合に比べて狭心症や脳卒中の発生率が有意に低かった旨等の虚偽の記載をさせるとともに同図表等を同論文原稿に掲載させ,Fをして,海外に本店を置く雑誌社が発行する学術雑誌に同論文原稿を投稿させ,同社のホームページに同論文を掲載させて,不特定多数の者が閲覧可能な状態

サブ解析の結果を被告会

社の広告資材等に用いるため,E及びサブ解析の研究者であるGらと共に,冠動脈疾患を有する高リスク高血圧患者におけるXの追加投与の効果に関する本件臨床試験のサブ解析論文を記述するに当たり,本件臨床試験において確認された他剤投与群の脳卒中等のイベント数を水増しし,同水増しを前提に解析するなどして作成した虚偽の図表等のデータをGらに提供し,同人らをして,同データに基づいて,同論文原稿の本文に,英語で,冠動脈疾患の既往歴がある被験者の場合,X投与群の方が他剤投与群と比較して脳卒中の発生率が有意に低かった旨虚偽の記載をさせるとともに同図表等を同論文原稿に掲載させ,Gをして,海外に本店を置く雑誌社が発行する学術雑誌に同論文原稿を投稿させ,同社が管理するウェブサイトに同論文を掲載させて,不特定多数の者が閲覧可能な状態にし,もってそれぞれ医薬品であるXの効能又は効果に関して,虚偽の記事を記述した。
2
薬事法66条1項は,

何人も,医薬品,医薬部外品,化粧品又は医療機器の名称,製造方法,効能,効果又は性能に関して,明示的であると暗示的であるとを問わず,虚偽又は誇大な記事を広告し,記述し,又は流布してはならない。

と規定する。
第1審判決は,事実関係については,本件各公訴事実記載の事実をおおむね認めたが,薬事法66条1項が規制するのは,顧客を誘引するための手段として同項所定の事項を広く世間に告げ知らせる行為であり,記事の記述も同手段としてされるものであることを要するとした上で,本件各公訴事実記載の各論文(以下本件各論文という。)を作成し,本件各公訴事実記載の各雑誌(以下本件各雑誌という。)に投稿して掲載させた行為は,一般の学術論文の学術雑誌への掲載と異なるところはなく,同手段としての性質を有しないから,同項の規制する記事の記述に当たらないとして,被告人及び被告会社に対し,無罪を言い渡した。原判決も,同項の規制する行為につき,顧客誘引の手段となっていること(誘引手段性)を要するとして第1審判決とおおむね同旨の解釈を採り,被告人の行為の同項該当性に関する第1審判決の判断も是認して,検察官の各控訴を棄却した。3
所論は,薬事法66条1項の規制する記事の記述とは,同項所定の事項
を記載して広く一般に知らしめる行為をいい,誘引手段性を要するものではなく,また,仮に同手段性を要すると解したとしても,被告人の行為には同手段性が認められるから,記事の記述に該当すると主張する。
薬事法は,医薬品,医薬部外品,化粧品及び医療機器(以下医薬品等という。)の品質,有効性及び安全性の確保のために必要な規制を行うこと等により,保健衛生の向上を図ることを目的とし(1条),その目的を達成するために,医薬品等の製造・販売等に関して厳格な規制を設けている。このような同法の目的・趣旨に加え,我が国における医薬品等の広告規制の沿革等に照らすと,同法66条1項は,商品・製品である医薬品等の効能,効果等に関し,虚偽又は誇大な情報を発信することにより一般消費者等の需要者又は医薬品を処方する医師等の認識を誤らせ,適切とはいえない医薬品等を選択させ摂取等をさせることによって保健衛生上の危害が生ずることを防止しようとする趣旨であると解される。このような同項の趣旨及びその保護法益に照らすと,同項の規制する記事を広告し,記述し,又は流布する行為は,特定の医薬品等に関し,当該医薬品等の購入・処方等を促すための手段として,不特定又は多数の者に対し,同項所定の事項を告げ知らせる行為をいうと解するのが相当である。
そして,上記のような薬事法66条1項の趣旨及びその保護法益に鑑みると,同項該当性の判断に当たっては,特定の医薬品等に関する告知がその受領者によりどのようなものとして受け止められるかが重要であり,同項の規制する特定の医薬品等の購入・処方等を促すための手段としてされた告知といえるか否かは,当該告知の内容,性質,態様等に照らし,客観的に判断するのが相当である。第1審判決及び原判決の認定並びに記録によれば,本件各論文は,医科大学大学院に所属する研究者であり医師である者らによって実施された本件臨床試験の補助解析及びサブ解析の結果を取りまとめた学術論文であり,研究者らを著者とし,同補助解析等の結果得られたとされる新規の医学的発見に関し,研究の目的,方法,条件等を開示し,研究者らの考察を示し,研究の限界なども付記するなど,通常の学術論文の作法に従って作成されたものであること,本件各論文が投稿され,掲載された本件各雑誌は,いずれも査読を要する医学分野の専門的学術雑誌であることが認められる。このような本件各論文の内容,性質,本件各雑誌の性質等に照らすと,本件各雑誌に掲載された本件各論文の主な読者層は研究者や医師等の医学分野の専門家であると想定され,本件各論文の本件各雑誌への投稿,掲載は,著者である研究者らによる同一分野の専門家らに向けた学術研究成果の発表であるといえる。そして,このような専門的学術雑誌における学術研究成果の発表は,同一分野の専門家らによる検証・批判にさらされ,批判的意見も含む議論を通じ,その内容の正当性が確認されていくことが性質上当然に予定されているものということができる。以上のような本件各論文の本件各雑誌への掲載という情報発信の性質等は,本件各公訴事実記載の被告人の行為によって変わるものではない。以上によれば,本件各論文の本件各雑誌への掲載は,特定の医薬品の購入・処方等を促すための手段としてされた告知とはいえず,薬事法66条1項の規制する行為に当たらないというべきである。
したがって,被告人に薬事法66条1項違反の罪は成立せず,被告会社にもその両罰規定は適用されない。以上と同旨の原判決の結論は正当である。4
よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見
で,主文のとおり決定する。なお,裁判官山口厚の補足意見がある。裁判官山口厚の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見に全面的に賛同するものであるが,補足して意見を述べておきたい。
薬事法66条1項の規制対象となるためには,問題となる記事の記述が特定の医薬品等の購入・処方等を促すための手段としてされたものであることが必要であるという法廷意見の解釈は,同法及び同項の目的・趣旨等を明らかにすることによって導かれたものであり,表現の自由や学問の自由等を保障する憲法への適合性を確保するために行われるいわゆる合憲限定解釈の手法によったものではない。とはいえ,所論のような解釈を採り,本件におけるような学術論文の作成・投稿・掲載を広く同項による規制の対象とすることは,それらが学術活動の中核に属するものであり,加えて,同項が虚偽のみならず誇大な記事の記述をも規制対象とするものであることから,学術活動に無視し得ない萎縮効果をもたらし得ることになろう。それゆえ,その結果として,憲法が保障する学問の自由との関係で問題を生じさせることになる。このことを付言しておきたい。
(裁判長裁判官
木澤克之

山口

裁判官


裁判官

池上政幸

深山卓也)
裁判官

小池


裁判官

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