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損害賠償請求事件(第1事件)、特許権侵害による損害賠償請求債務不存在確認等請求事件(第2事件) その他 民事訴訟
事件番号平成30(ワ)5037等
事件名損害賠償請求事件(第1事件),特許権侵害による損害賠償請求債務不存在確認等請求事件(第2事件)
裁判年月日令和3年6月10日
裁判所名大阪地方裁判所
権利種別その他
訴訟類型民事訴訟
裁判日:西暦2021-06-10
情報公開日2021-06-30 12:00:47
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令和3年6月10日判決言渡

同日原本受領

裁判所書記官

平成30年(ワ)第5037号損害賠償請求事件(第1事件)
令和2年(ワ)第10857号特許権侵害による損害賠償請求債務不存在確認等請求事件(第2事件)
口頭弁論終結日

令和3年3月25日
判決
両事件原告

株式会社ヒラノテクシード
(以下原告という。


同代表者代表取締役
同訴訟代理人弁護士

井康之同青海利之同中飯島奈絵
両事件原告補助参加人
ピーアイ

アドバンスト

(旧商号エスケーシー

マテリアルズ

コーロン

カンパニー・リミテッド

ピーアイ

インコーポレイテッド)

(以下参加人という。)
同代表者代表理事
同訴訟代理人弁護士

門口正人同上田裕康同城山康文同後藤未来同塩越
両事件被告

株式会社カネカ


(以下被告という。)
同代表者代表取締役
同訴訟代理人弁護士

野惠稔同黒田佑輝同吉村幸祐同平渡辺主1洋文
原告が製造販売した別紙2機械装置目録記載の機械装置を,参加人が使用して別紙3製品目録記載のポリイミドフィルム製品を製造したこと及び同製品を販売したことに関し,被告が原告に対し,別紙1特許権目録記載の特許権の
侵害に基づく損害賠償請求権を有しないことを確認する。
2
第1事件の原告の請求を棄却する。

3
第1事件の訴訟費用のうち,補助参加により生じた費用は参加人の,その余の費用は原告の負担とし,第2事件の訴訟の総費用(知的財産高等裁判所平成30年(ネ)第10059号事件判決及び最高裁判所平成31年(受)第61
9号事件判決により負担が確定した部分は含まない。)は被告の負担とする。事
第1
1実及び理由
請求
第1事件
被告は原告に対し,1億3000万円及びこれに対する平成30年6月16
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
第2事件
主文第1項同旨

第2
1
事案の概要
前提事実(当事者間に争いのない事実又は後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)



当事者

原告
原告は,化学工業用,各種産業用乾燥機,熱処理機その他機械器具及び装置の製造及び販売等を目的とする日本の株式会社である。


被告
被告は,合成樹脂,合成樹脂被膜電線,電子材料,電子部品等の製造及び販売等を目的とする日本の株式会社である。


参加人
参加人は,ポリイミドフィルム及び関連加工製品の研究開発,生産及び販売の製造販売等を業とする大韓民国(以下韓国という。)の会社で
ある。
平成20年(2008年)
4月,韓国の会社であるエスケーシー
ンパニー


リミテッド
(SKCCo.Ltd.

以下
SKC社
という。


及びコーロン

インダストリーズ

インコーポレイテッド(KOLON

Industries,Inc.以下KOLON社という。)が,両社のポリイミドフィルム製品の製造販売事業を統合し,合弁会社として参
加人(商号変更前)を設立した。


ポリイミドフィルム製品及び製造機械並びに本件各発明との関係(甲1,2)
ポリイミドフィルムは,樹脂溶液から成る化成品(樹脂フィルム)の一種
であり,耐熱性にすぐれ,絶縁性が高いことから,電気機器,電子機器,自動車及び航空機などの高性能部品に広く用いられる。
後述する本件各発明は,概要,ポリイミドフィルム製品を効率よく量産する機械装置と製法を対象とするものであり,左右2つのプーリの周りに巻掛けられて回転するスチール製のエンドレスベルト上に樹脂溶液をキャスティ
ング(流延)し,ベルトが一周する間に,樹脂溶液を予備固化させる平行流式の乾燥工程と,樹脂フィルムが単体で形状を保持できる程度(自己支持性
を備える程度)になるまで乾燥固化させるジェット式の乾燥工程を組み合わせた乾燥工程を経て,樹脂フィルムをベルトから剥離して,樹脂フィルムを連続して製造する方法と,その各工程の装置を備えた樹脂フィルムの連続製造機械装置を内容とする。


本件各特許権(甲1,2)

本件日本特許権
被告は,別紙1特許権目録記載1の特許権(以下本件日本特許権という。)を保有していた。同特許の願書に添付された明細書及び図面の記載は,本判決添付の特許公報のとおりである。本件日本特許権の存続期間は,平成21年3月14日をもって満了した。

本件日本特許権の特許請求の範囲のうち,請求項1が樹脂フィルムの連続製造方法,請求項2及び3が樹脂フィルムの連続製造装置,請求項4が樹脂フィルムの連続製造設備に関する発明である。
本件日本特許権の登録番号その他公報記載事項は以下のとおりであり,発明者欄に記載されるP0及びP2は,被告に在籍していた者である。
登録番号
出願番号

平成2年(1990)9月21日

登録日

平成9年(1997)9月19日

特許権者

被告

発明者

P0,P2

発明の名称

平成1年(1989)3月14日

公開日


特願平1-62838

出願日

特許第2696244号

樹脂フィルムの連続製造方法及び装置及び設備

本件米国特許権
被告は,別紙1特許権目録記載2の特許権(以下本件米国特許権といい,本件日本特許権と併せ本件各特許権という。本件各特許権に係
る発明を本件各発明という。)を保有していた。同特許の願書に添付された明細書及び図面の記載は,本判決添付の特許公報のとおりである。本件米国特許権の存続期間は,平成22年(2010年)3月14日をもって満了した。
本件米国特許権の請求項1は樹脂フィルムの連続製造方法,請求項2及
び3は樹脂フィルムを連続的にキャストする方法,請求項4は樹脂フィルムの連続製造装置,請求項5及び6は樹脂フィルムを連続的に製造する設備に関する発明である(以下本件各特許権において,方法の発明に係る特許を方法特許,装置又は設備の発明に係る特許を装置特許という
ことがある。)。本件米国特許権の登録番号その他公報記載事項は以下の
とおりである。
登録番号
発明の名称

被告

出願日

平成2年(1990年)3月14日

優先権

平成1年(1989年)3月14日(日本)

特許日

P0,P2

譲受人



樹脂フィルムの連続製造方法及び装置及び設備

発明者
5075064

平成3年(1991年)12月24日

本件実施許諾契約(甲3)
被告は,平成5年(1993年)12月2日,原告との間で,本件日本特許権,本件米国特許権,カナダ特許権(出願番号2012138),及び欧州特許権(出願番号90104765)について,その範囲全部にわたる独占的通常実施権を許諾すること,原告は,本件特許取得及び維持に要する費用の半額を負担すること,実施許諾の対価に代わるものとして,被告が原告
に機械又は装置を発注する場合に価格について十分協議する優遇措置を執ること,特許権消滅の日までを有効期間とすること等を内容とする独占的実施
許諾契約(以下本件実施許諾契約という。)を締結した。


原告から参加人に対する本件各機械装置の販売及び参加人によるポリイミドフィルム製品の製造・販売等(甲42ないし47,87ないし90)ア
原告は,平成16年(2004年)から平成20年(2008年)までの間に,SKC社及びKOLON社との間で,別紙2機械装置目録記載1
ないし4(なお,同目録4の記載5914は,甲90によれば5194の誤記の可能性がある。)の機械装置(以下本件各機械装置という。)を含む,ポリイミドフィルム製造設備合計4ラインについての売買契約を締結し,韓国のSKC社及びKOLON社の工場にこれを納入した。本件各機械装置は,ベルト上に樹脂溶液をキャスティングし,樹脂フ
ィルムを乾燥固化させ,ベルトから剥離する工程を行うベルト成膜装置,ベルト乾燥装置などと呼ばれる装置であり,複数の装置,機器よりなるポリイミドフィルム製造設備の一部である。

原告とSKC社及びKOLON社は,前記売買契約において,原告が供給した機器等又は製造技術の利用の結果としての特許侵害の申立てや訴訟
があった場合,原告はSKC社及びKOLON社を保護し,それに付随する全ての費用及び経費を支払うことを約した(以下本件補償合意という。)

参加人は,原告の承諾を得て,前記売買契約に基づく権利義務をSKC社及びKOLON社より承継し,平成20年(2008年)4月以降,本
件各機械装置を使用して別紙3製品目録記載のポリイミドフィルム製品(以下本件各製品という。)を製造し,本件各製品は,製品又はこれを材料とする最終製品の形で,アメリカ合衆国(以下米国という。)に輸入された。


本件米国訴訟の経緯

被告は,平成22年(2010年)7月,参加人らに対し,本件各製
品の米国への輸入,販売等の行為が,本件米国特許権の直接侵害,間接侵害及び/又は誘引侵害であることを訴因の一つとして(本件米国特許権以外の被告の特許権の侵害も訴因とされている。),損害賠償の支払その他を求める訴訟(以下本件米国訴訟という。)を,テキサス東部地区連邦地方裁判所に提起し,同訴えは,平成23年(2011年)3月,カリ
フォルニア中部地区連邦地方裁判所に移送された(丙5,6)。

カリフォルニア中部地区連邦地方裁判所の陪審は,平成27年(2015年)11月19日,本件米国特許権の請求項1の侵害及び他の米国特許第7691961号の請求項2,3,5の侵害を認め,前者の賠償額を592万0389.50米ドル,後者の賠償額を756万8375.56米
ドルとする評決を行い,同裁判所は,平成29年(2017年)5月24日,前記評決を前提とする判決を行った(乙8,丙1)。

参加人は,連邦巡回区控訴裁判所(以下CAFCという。)に控訴したが,前記第一審判決が確定し,参加人は,令和2年(2020年)11月6日,前記金額の合計額に判決後の利息等を加算した14億8473
万4784円(1434万1245.30米ドル)を,被告に支払った(丙17,乙73)。
2
訴訟の経緯及び請求の要旨


第2事件の経緯(裁判所に顕著な事実)

本件米国訴訟の第1審判決後である平成29年(2017年)8月1
8日,原告は,被告に対し,①被告の原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権が存在しないことの確認(以下第1請求という。),②被告の参加人に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権が存在しないことの確認(以下第2請求という。),③原告が平成5年12月2日から現在に至るまで,被告との間で締結した本件実施許諾契約に基づき参加人に対し
て本件各機械装置を使用させることができる地位にあったことの確認(以下第3請求という。)を求める訴えを東京地方裁判所に訴えを提起したところ(同裁判所平成29年(ワ)第28060号事件),同裁判所は,平成30年6月28日,確認の利益がないことを理由に,全ての訴えを却下した。


原告が知的財産高等裁判所に控訴したところ(同裁判所同年(ネ)第10059号事件),同裁判所は,同年12月25日,第1請求及び第2請求に係る部分につき確認の利益を認め,1審判決のうち第1請求及び第2請求に係る訴えを却下した部分を取り消し,同部分を1審に差し戻し,その余(第3請求に係る部分)について控訴を棄却した。


被告が控訴審判決に対する上告受理申立てをしたところ,最高裁判所はこれを受理し(平成31年(受)第619号),控訴審判決のうち第2請求に係る訴えについて確認の利益を認めた部分を破棄してこの部分に係る原告の控訴を棄却し,その余の上告を棄却した。


第1請求に係る訴えについては確認の利益があるものとして東京地方裁判所に差し戻され,その後,当裁判所に移送されたのが第2事件である。


第1事件の請求の要旨

一次的主張
原告は,本件実施許諾契約により何ら制限のない独占的通常実施権を許
諾されたのであるから,被告は,本件実施許諾契約に基づき,原告及び原告の製造した本件各機械装置を購入した原告の顧客に対し,本件各特許権に基づく権利行使をしてはならないとの不作為義務を負う。
被告が,原告の顧客である参加人に対し,本件米国訴訟を提起し又は追行して本件各特許権に基づく権利行使をしたことは,本件実施許諾契約の
債務不履行にあたると共に,原告の顧客との関係で,原告の法的地位,法的利益を害する不法行為にあたる。

原告は,本件補償合意に基づく参加人への支払い,参加人支援のための費用の支出,本件米国訴訟の提起による原告の信用毀損による損害,及び本件訴訟提起を余儀なくされたことによる弁護士費用の支出を合計すると1億3090万0851円を下らず,これは,被告の債務不履行又は不法行為による損害であると主張する。

よって原告は,被告に対し,前記損害のうち金1億3000万円及びこれに対する平成30年6月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二次的主張
被告は,原告が製造した本件各機械装置を参加人が使用していることを
知りながら,又はこれを容易に知り得たのに本件米国訴訟を提起し,若しくはこれを知り,又は知り得た後も訴訟を維持したのであるから,本件実施許諾契約の債務不履行又は原告に対する不法行為が成立する。


第2事件の請求の要旨
原告は,本件実施許諾契約により,何ら制限のない独占的通常実施権を許
諾され,これに基づいて本件各特許権の実施品である本件各機械装置を製造したのであるから,本件各機械装置をSKC社及びKOLON社に販売したことについて,また参加人が本件各機械装置を使用して本件各製品を製造して米国に輸入したことについて,本件各特許権の侵害は成立しない。被告は,
本件実施許諾契約について,宇部興産株式会社
(以下
宇部興産

という。)又はこれに相当する者,被告と競業関係にない者に対してのみ許諾するものであった旨主張しており,そうであれば原告は本件各特許権侵害の責を負うおそれがあるので,被告の原告に対する本件各特許権侵害に基づく損害賠償請求権が存しないことの確認を求める。
3
本件の争点


不法行為に基づく損害賠償請求権に適用されるべき準拠法



本件実施許諾契約には,原告が第三者に対して本件各特許権を実施した機械装置を販売すること等についての制約があるか



被告による本件米国訴訟の提起又は追行が,本件実施許諾契約の債務不履行又は不法行為に当たるか



原告は被告に対し,参加人による本件各製品の製造・販売等につき,本件各特許権の侵害に基づく損害賠償責任を負うか


第3

争点についての当事者の主張

1
原告の損害の発生及びその額

争点⑴(不法行為に基づく損害賠償請求権に適用されるべき準拠法)について
第1事件,第2事件ともに渉外的要素を含むものであるが,第1事件の不法行為に基づく損害賠償請求を除く他の請求については,日本法が準拠法となることに争いはなく,原告と参加人との間の補償合意について韓国法が準拠法となることについても争いがない。不法行為に基づく損害賠償請求の準拠法につ
いてのみ,争いがある。
【原告の主張】
本件訴訟における不法行為に基づく損害賠償請求権に適用されるべき準拠法は,日本法である。
法の適用に関する通則法(以下通則法という。)17条は,不法行為の
原則的な準拠法を

加害行為の結果が発生した地の法による。

と規定するところ,被告が参加人に対して本件米国訴訟を提起したという加害行為により侵害されたのは,原告が参加人に対して本件各特許権を実施した機械装置を使用させることができる権利ないし地位であるから,原告に対する加害行為の結果が発生し,不法行為の成立要件が充足された場所は,原告の主たる事務所が所
在する日本国内である。
仮に,結果発生地がカリフォルニア州であると解されるとしても,上記不法
行為について,日本国内に主たる事務所を有する法人の間で,日本において締結された本件実施許諾契約の解釈が主要な争点となることから,不法行為により生じる債権の成立及び効力については,米国よりも日本と密接な関係がある。したがって,通則法20条に基づき,準拠法は日本法となる。
また,信用を毀損する不法行為の準拠法については,通則法19条により,
原告の主たる事業所が所在する地である日本法となる。
【被告の主張】
本件訴訟における不法行為に基づく損害賠償請求権に関する準拠法は,カリフォルニア州法である。
原告が問題とする被告の行為は,参加人に対して本件米国訴訟を提起し,参
加人が被告の本件米国特許権を侵害している旨の主張・立証活動を行ったことであるから,その結果は米国裁判所が審理を行うカリフォルニア州において発生する。したがって,通則法17条に基づき,準拠法はカリフォルニア州法となる。なお,この帰結により特に不都合は生じないから,通則法20条の適用の前提を欠く。

また,信用毀損を被侵害利益とする部分については,原告の主張自体が失当であり,準拠法を論ずる前提を欠く。
2
争点⑵(本件実施許諾契約には,原告が第三者に対して本件各特許権を実施した機械装置を販売すること等についての制約があるか)

【原告の主張】
本件実施許諾契約は,原告に対し,無制限に本件各特許権等の実施を許諾したものであり,
原告がその顧客である第三者に対して本件各特許権
(装置特許)
を実施した機械装置を販売すること,及び,当該第三者がその機械装置を使用し,本件各特許権(方法特許)を実施することは,いずれも本件実施許諾契約
の範囲内の行為である。
このことは,以下のとおり,本件実施許諾契約の文言,本件各発明の経緯,
本件実施許諾契約の締結に至る事情等から,合理的に結論付けられる。⑴

本件実施許諾契約の文言
契約は,原則としてその文言に従って解釈すべきところ,本件実施許諾契約の第1条は,原告に何ら制限のない独占的通常実施権を明示的に許諾し,例外的に,被告とその関係会社が本件各特許権を実施できる旨の合意が但書
において定められている。また,本件実施許諾契約において,方法特許と装置特許とは区別されていない。
したがって,本件実施許諾契約は,本件各特許権について,原告に対し,実施に関し何らの制限もなく,実施料についての定めもない,無償の独占的通常実施許諾を付与したものである。

仮に,被告の主張するような,本件各特許権等の実施品の販売先を宇部興産又は被告の非競合先に限定する合意や,本件各特許権のうち方法特許については対象としない旨の合意がなされたのであれば,その旨が明文において規定されるはずであるが,そのような規定はない。
契約書の文言には存在しない上記のような合意があったと認められるため
には,それを裏付ける特段の事情が必要であるが,以下のとおり,本件各発明の経緯や本件実施許諾契約締結の経緯から,そのような特段の事情は認められない。

本件各発明の発明者及び発明の経緯

本件各発明の意義
本件各発明は,樹脂フィルムの乾燥工程において,フィルムの表面に発生する風紋の発生を防ぐために,フィルムに向かって気体を噴出させる直交流(ジェット流,ジェット式も同義)と,フィルムとほぼ平行をなす方向に気体を流す平行流(後述するカウンターフロー,パラレルフローの双
方を含む概念として使われるのが原則であるが,カウンターフローと同義で使われる場合もある。)を併用するものである。

被告は,本件各発明の本質的部分は,被告によってなされた樹脂の状態に応じた乾燥条件の特定であると主張するが,乾燥条件は本件各発明の構成要件を構成するものではなく,樹脂の状態と乾燥方式との一般的な関連性それ自体が独自の特徴的意義を有するものではない。
また,本件各発明の発想は,ジェット式のみを採用し一部に非送風部分
を設けるといった,被告において従来行われていた工夫とは基本的に発想が異なる。

原告におけるカウンターフロー式に関する知見
原告には,従前より,ベルトの進行方向と反対方向に平行流を流すカウンターフロー式(これに対し,ベルトの進行方向と同じ方向に平行流を流
す場合をパラレルフローという場合がある。)の機械装置を製造する知見があり,原告の従業員であるP3は,これについて論文を書いたり,講演をしたりするなどしており,カウンターフロー式によれば,熱風がベルトの進行方向と逆に流れることにより,樹脂に触れる熱風温度の変化が生じにくく,樹脂を緩やかに乾燥させることができるとされた。

原告は,昭和58年(1983年)11月に,フィルムメーカーである宇部興産との打ち合わせにおいて,風紋対策としてジェット式とカウンターフロー式の併用を提案したこともあった。

カネカ2号機の仕様決定の経緯
原告は,昭和59年(1984年),被告からポリイミドフィルム製品の連続製造機械装置の製造を受注し,第1機となるカネカ1号機を納入した。同年7月,被告の従業員であり設備の担当者であったP0は,P3に対し,カネカ1号機において製造中のフィルムの表面に風紋や縞柄が生じるという問題について相談した。他方,
被告は,
昭和61年
(1

986年)5月,カネカ1号機よりも生産効率を高めるために,ベルトスピードを2倍にしたカネカ2号機の発注の検討を開始した。

P3は,カネカ2号機の受注に向けて,カネカ1号機で生じた風紋問題に対処するため,同年12月15日,乾燥装置の第1ゾーンにカウンターフロー式を採用したカネカ2号機の見積設計図(甲9。以下原告見積設計図という。)を作成し,原告の設計図面台帳に登録した。また,P3は,同月19日,カネカ2号機のベルト乾燥装置仕様書(甲32。以下ベルト乾燥装置仕様書12月版という。),乾燥装置の循環風量表(甲33。以下循環風量表12月版という。)を作成し,これら及び上記見積設計図を,同月中に,被告に提示した。
被告は,昭和62年(1987年)1月,カネカ2号機の見積りに関
する打ち合わせを行い,同月29日に原告に対する発注を決定した。同年2月2日,原告は被告から,同年1月22日付けのキャストフィルム用ベルト乾燥装置仕様書(甲36,乙3の1。以下乾燥装置仕様書1月版という。),配置図(甲37),キャストフィルム用ベルト仕様書(甲38,乙3の2。以下ベルト仕様書1月版という。)を受領
した。
同年3月末から4月上旬,
カネカ2号機の最終仕様が確定された。
これに対し,被告は,カネカ2号機における平行流の導入を提案したのは原告ではなく被告であると主張し,昭和61年(1986年)11月17日ころ,原告に対し,平行流についての記載のある乾燥装置仕様書暫定版(甲36の仕様書の書き込みのないもの。以下乾燥装置仕様書11月版という。)を,ベルト仕様書(乙28の3。以下ベルト仕様書11月版という。)と共に交付したと主張する。しかし,被告が原告に乾燥装置仕様書11月版を交付したこと,乾燥装置仕様書11月版に平行流に関する記載が存在すること,及び被告が同日以前にカウンターフロー式に関する研究をしていたことに関する具
体的な事実や証拠はない。むしろ,乾燥装置仕様書1月版から追加の書き込みを除くと,平行流に関する記載は一切存在せず,温度条件等の乾
燥方法についても原告に対してその仕様の提示を求めていたものと推認できる。
なお,ベルトの詳細仕様は,被告ではなくサンドビック株式会社(以下サンドビック社という。)により決定されたものであり,被告にベルトに関する知見があるとする主張は失当である。また,被告が原告を含む複数社から乾燥装置に関する相見積りを取得していたからといって,乾燥装置に関する知見を有していた根拠にはならない。
被告は,昭和61年(1986年)12月10日付けの社内における研究・技術報告書(乙13。以下本件報告書という。)において,
ジェット式を前提とした温度条件等は検討するものの,平行流やカウンターフロー式を前提とする検討はしていなかった。仮に,この研究報告をする以前にカネカ2号機に平行流の導入を決定していたのであれば,ジェット式を前提とする検討だけではなく,平行流を採用した場合の乾燥条件が検討され,その結果が報告されていたはずである。

したがって,被告が,同年11月又は同年12月10日までに,カネカ2号機に平行流を導入することを決定していた事実はあり得ず,かえって,
被告は,
原告から原告見積設計図等を受領した後の昭和62年
(1
987年)1月10日以降に,原告からの提案を受けて,カウンターフロー式を採用した場合のベルト室の長さや乾燥方法,温度条件等の検討
を行い,その結果を,同月22日付けの被告作成の仕様書に反映したものである。
これに対し,被告は,それまで平行流について全く研究していなかったのに,昭和61年(1986年)12月末に原告からカウンターフロー式の提案を受けた後に,昭和62年(1987年)1月10日からカ
ウンターフロー式を採用した場合の詳細な仕様を検討することは不自然であると主張する。

しかし,被告は,昭和61年(1986年)中より非送風部分を前提とした乾燥条件等を検討していたのであって,原告が同年12月に提案した仕様と,本件報告書において検討されたカネカ1号機の仕様の違いは,カネカ1号機において非送風部分となっていた乾燥機第1ゾーンの入口の部分を,カネカ2号機においては独立した第1ゾーンとしてそこ
に平行流を導入する点にあったところ,この場合の乾燥条件については実機がないため机上での検討とならざるを得ず,実際に,被告は,昭和62年(1987年)1月10日,12日及び15日に,第1ゾーンを平行流とした場合の乾燥条件を机上で検討し,カネカ2号機の仕様を,第1ゾーンにカウンターフロー式を採用することとしながら非送風とす
ることもできる仕様とすることを決定したのであって,特段不自然ではない。

被告のその他の主張に対する反論
被告は,本件各発明の課題は,風の物理的な作用による樹脂の形状変化
によって生じる風紋問題であり,熱風による樹脂表面の急激な加熱による風紋問題ではなく,原告は本件各発明の技術的課題を正しく認識していないと主張する。
しかし,ジェット式による風紋問題は,風の物理的な作用による樹脂の形状変化によっても,熱風による樹脂表面の急激な加熱によっても生じ得
るところ,カネカ2号機においてベルト速度を2倍にするためにベルト温度を上げることにより生じる風紋問題は専ら後者であり,それを解決するために,P3は,乾燥初期段階にカウンターフロー方式を提案したものである。
また,被告は,風紋問題についてはカネカ1号機において一応解決に至
っており,平行流の採用は,揮発溶剤の滞留という別の問題の解決のためであったと主張するが,被告側の発明者の一人とされるP2は,本件米国
訴訟において,平行流は風紋問題の解決のために発明されたと証言しており,被告の上記主張と矛盾する。

まとめ
したがって,本件各発明はP3により発明された,もしくは,少なくともP3と被告の従業員らとの共同発明であったというべきである。被告は,

原告の提案を前提に,本件特許の請求の範囲を広く定義したに過ぎない。⑶

本件実施許諾契約締結に至る経緯等

原告及び被告の従業員による交渉の経緯
平成4年(1992年)3月17日,原告は,原告の取引先である株
式会社クラレ(以下クラレ社という。)の従業員から,被告が本件各特許権を出願している旨の連絡を受けた。原告の従業員であったP4は,本件各特許権が成立すると,原告が将来にわたりカウンターフロー式とジェット式を併用した乾燥方法を採用した成膜装置の製造も販売もできなくなることから,そのような事態を回避するため,被告と交渉す
る必要性を認識した。
そこで,P4は,被告の従業員であり交渉担当者となったP5に連絡を取り,カウンターフロー式とジェット式を併用した乾燥方法を被告に提案したのは原告であり,本件各発明はP3の発明であると説明して交渉を申し入れたところ,P5からは特段の反論はなかった。そこで,P
4は,
本件各発明について共同出願することを提案したところ,
P5は,
それを断り,代替案を提示すると述べた。
P5は,平成5年(1993年)2月,P4に対し,被告が原告に対して本件日本特許権を実施許諾するという内容の契約書案(甲11)を送付した。P4は,弁理士に相談した上で,P5に対し,通常実施許諾
権ではなく独占的通常実施許諾権とすること,本件日本特許権のみならず海外で出願中の特許権も対象とすることを求めた。

P5は,同年10月ころ,原告の希望を入れた契約書案を再度P4に送付し,原告と被告は,同年12月2日,これに沿って本件実施許諾契約を締結した。
なお,クラレ社は,自らのベルト式乾燥装置について,平行流とジェット式の併用方式を提案した原告の案を採用せず,平成4年(1992
年)2月6日ころ,ジェット式のみの乾燥方法を採用したベルト式乾燥装置の仕様を提示し,最終仕様書を経て,平成5年(1993年)5月ころ,同装置が納品された。したがって,平成4年(1992年)3月の段階では,クラレ社に納品予定の乾燥装置が,本件各特許権に抵触するおそれはなかったが,原告が平行流とジェット式を併用した装置を製
造販売していることを知っていたクラレ社の従業員が,原告に対し,被告による本件各特許権の出願について連絡したものである。

原告にとっての本件実施許諾契約の意義
原告は,機械装置メーカーであって,本件各特許権を実施した機械装
置を自ら使用して樹脂フィルムを製造し販売することは全く想定されず,化成品メーカー等の顧客に機械装置を販売することを事業内容とする。そして,そのような顧客が原告製の機械装置を購入する目的は,これを使用して樹脂フィルムを製造し販売することであるから,原告と顧客との間では,顧客が原告から購入した機械装置を使用して樹脂フィルムを
製造して販売できることが当然の前提となる。そして,原告が,装置特許を実施して機械装置を製造し,顧客に対して販売し,顧客が当該機械装置を使用して製品を生産すれば,当該顧客は,必然的に方法特許を実施することになる。
反対に,原告にとって,本件各特許権の実施許諾権が,本件各特許権
を実施した機械装置を製造し自ら使用することに限定され,又は,製造した機械装置を顧客に販売することはできるが,顧客が当該機械装置を
使用して樹脂フィルムを製造し販売することが本件各特許権の行使により妨げられるとか,別途方法特許について被告の承諾が必要であるのであれば,
そのような機械装置を原告から購入する顧客は存在しないため,
本件実施許諾契約の意味が失われてしまう。
本件各特許権において,
方法特許と装置特許は互いに独立項であって,

方法特許の方が本質的で装置特許の方が付随的であるとする根拠は全くない。また,方法特許と装置特許には,発明としての客観的価値には違いがない。

本件実施許諾契約締結の過程における被告の姿勢等
原告は,本件発明がP3によるものであることを前提として,上記のとおり,将来にわたり自由に本件各特許権を実施した機械装置を製造して顧客に販売することができるようにする目的で,被告との交渉を開始したのであり,被告も,当然にこれを認識していた。
被告は大企業であり原告の重要な顧客でもあるから,本件実施許諾契
約の交渉において有利な立場にあることに加え,本件実施許諾契約の契約書案は被告が作成したのであるから,仮に被告が本件実施許諾契約に何らかの制限を加えるつもりであれば,契約書案にそのような文言を挿入したり,原告に対して提案をしたりすることは容易であった。また,本件実施許諾契約は,被告内における責任のある立場の複数の者が承認
していた。
にもかかわらず,
約1年にわたる契約締結交渉過程において,
被告が,
本件各発明の発明者がP3であるという原告の説明に異議を述べたことはなく,本件各特許権に係る装置の販売先を宇部興産又は被告の非競合先に限定すること,方法特許については対象としないこと,及び競合他
社に自社技術をライセンスしないというポリシーについて説明したこともなかった。

本件実施許諾契約締結当時,多くの化学品メーカーがポリイミドフィルム製造への参入に高い関心を抱いており,被告の競合企業が,原告から機械装置を購入することは十分に想定された。
一方で,被告が,当時被告の競合相手ではなく,本件実施許諾契約に基づく原告製の機械装置の販売先として想定されていたと主張する宇部興産やクラレ社は,原告の顧客ではあったが,いずれも原告からはジェット式のみの乾燥装置を購入しており,カウンターフロー式とジェット式を併用する乾燥装置は購入していなかったのであって,原告には,これらの者に対して本件各特許の実施品である機械装置を販売する喫緊の
必要はなかった。
したがって,本件実施許諾契約が,原告が宇部興産又はそれに類する者に対して機械装置を販売するという喫緊の課題に対処するために締結されたものであって,それ以外の第三者に対しては,本件各特許権の実施品である機械装置を販売しないことを前提としていたと解することは
できない。
なお,被告は,最終的に合意した本件実施許諾契約が,当初原告が申し出たとする本件各特許権の共同出願よりも被告にとって不利益なものとなるのは不合理であると主張するが,仮に,本件各特許権を共有とした場合には,日本及び米国において,一方の特許権者が本件各特許権を
実施した機械装置を第三者に販売した場合,他方の特許権者も消尽ないし黙示の許諾により特許権を行使することができなくなり,この点においては,本件実施許諾契約と同様の帰結となる。また,本件米国特許権が共有とされた場合には,原告は被告の同意を得ることなく第三者に実施許諾でき,逆に,侵害訴訟提起のためには他の共有者の同意が必要と
なるので,原告にとって一概に本件実施許諾契約の方が有利ということはできない。


まとめ
以上のとおり,本件実施許諾契約において,販売先制限等の合意があったことを裏付ける特段の事情は認められず,逆に,本件実施許諾契約は,原告が本件各特許権を実施した機械装置を製造できるだけでなく,これを顧客に販売し,原告から購入した顧客は当該機械装置を使用して樹脂フィ
ルムを製造し販売できることを前提としていたことは明らかである。⑷

まとめ
以上より,本件実施許諾契約は,P3が本件各発明の発明者であることを前提として交渉が始まったものであり,原告にとっての本件実施許諾契約の意義及び契約締結に至る交渉の経緯によれば,被告は,原告に対し,本件各
特許権の実施を無制約に許諾したものであり,原告が,本件各特許権(装置特許)を実施した機械装置を第三者に販売すること,及び当該第三者が本件各特許権(方法特許)を実施することは,いずれも本件実施許諾契約の範囲内の行為である。
【被告の主張】


本件実施許諾契約の範囲
本件実施許諾契約は,被告が,クラレ社からの情報で本件各特許権の存在を知った原告の要望に応え,原告が本件各特許権の実施品である機械装置の販売先を確保するという喫緊の課題に対処することのみを目的としたもので
あるから,原告が被告と競合しない宇部興産又はそれに相当する者に本件各特許権の実施品である機械装置を販売することを想定して締結された契約であり,被告の競合他社である参加人を含むあらゆる第三者に対し,自由に販売できることを認めたものではない。
被告においては,相当のライセンス料を受け取ったとしても,競業他社に
は特許権を実施許諾しないというポリシーが確立されており,原告が被告と競合する者に本件各特許権の実施品である機械装置を販売しないことは,両
当事者の当然の前提になっていた。
また,本件実施許諾契約において,方法特許は対象となっておらず,原告は,第三者にポリイミドフィルム製造方法の特許の実施について再許諾することは認められていないので,原告から機械装置を購入した第三者が,これを使用して本件各特許権の範囲に含まれるポリイミドフィルム製造方法を実
施することはできない。
このことは,以下のとおり,本件各発明が被告の従業員により発明されたこと,本件実施許諾契約締結に至る経緯等からも明らかである。

本件各発明が原告の発明に基づかないことについて

本件各発明の意義
原告は,本件各発明の意義について,熱風がベルトの進行方向と逆に流れることにより,樹脂に触れる熱風温度の変化が生じにくく,樹脂を緩やかに乾燥させることができ,風紋ができにくくなると主張し,熱風の向きがベルトの進行方向と逆の向き(カウンターフロー)であること
は必須であるとする。
しかし,本件日本特許権の願書に添付された明細書の記載によれば,本件各発明は,エンドレスベルト上にフィルム状にキャストされた樹脂溶液は次工程に搬送されて,均一に加熱され且つその樹脂フィルムの表面とほぼ平行方向に送風される気体によって樹脂の硬化反応に伴って生成された揮発成分や有機媒体が蒸散させられる,気体を積極的に送気せずに,平行流固化室内の気体を吸引させることにより,樹脂フィルムに対して平行な気体の流れを得るようにすることも可能であるとされている一方で,予備固化の工程において,樹脂が緩やかに加熱されることを要求する記載はなく,本件特許の請求の範囲において,熱
風を流すことや,カウンターフロー(逆流)は,必須の構成要素とはなっていない。

また,
本件明細書は,
原告が解決すべき課題であると主張する
発泡
やひび割れには,何ら言及していない。
したがって,原告の主張する発明と本件各発明とは,技術的な内容が全く異なる。
原告は,上記原告の発想(カウンターフロー)は,カネカ1号機に施
されていた一部に非送風部分を設けるといった工夫とは基本的発想を異にするものであること,本件発明の構成要件に乾燥条件は含まれないこと,最初の平行流で予備固化状態まで乾燥させ,次のジェット流で自己支持性を備える程度に固化するのは当然の前提であること等を主張する。しかし,カウンターフロー自体は,1940年に登録されたデュポン

ヌムール

インコーポレイテッド(以下,日本における東レ・デュ

ポン株式会社等,
グループ企業も合わせて
デュポングループ
という。

の米国特許公報で公開されている技術であって,原告の独自の発想や技術ではない。
また,カネカ1号機における風紋問題は,後述のとおり,非送風部分を設けることによって一応の解決をみていたものの,それだけでは揮発溶剤が滞留するという問題があった。また,単に平行流とジェット式を組み合わせただけでは,樹脂フィルムがそれぞれ予備固化又は自己支持性を備える程度に固化するという状態には結びつかない。そこ
で,これらの課題を解決するため,平行流によって樹脂フィルムを予備固化させる平行流固化工程と,ジェット流によって自己支持性を備える程度に固化するという噴出流固化工程を組み合わせた乾燥方式こそが,本件発明の本質である。
原告は機械装置メーカーであるから,高品質のポリイミドフィルムを
連続生産するという課題に直面することなく,本件発明を着想するための試行錯誤を行う動機も能力もなく,このような樹脂の乾燥状態と乾燥
方法の関連性を見出し得ず,カウンターフロー式とジェット方を組み合わせることについて提案できるだけの知見を有していなかった。

カネカ2号機の開発について
カネカ2号機の仕様決定の経緯

a
被告は,昭和59年(1984年)に原告からカネカ1号機が納入されて以来,風紋,ベルト揺れ及びベルト裏面の研磨不足などの問題の解決に取り組んでいた。
その中で,風紋問題については,風向板の角度を変えるなどの試行錯誤の末,カネカ1号機の第1ゾーンの一部(カネカ2号機における
第1ゾーン全体)をアルミテープで塞ぎ非送風部分とすることにより一応の解決をみていた。その結果,昭和61年(1986年)12月時点におけるカネカ1号機の課題として風紋問題は挙げられておらず,同年11月に被告内部において発足した
プロセス革新プロジェクト
の問題意識としても,風紋問題は挙げられなかった。

しかし,非送風部分を設置する方法では乾燥効率が低下し,商業的生産が可能な速度でポリイミドフィルムを製造することは困難であったところ,被告は,カネカ2号機では,ベルト速度を商業的な生産速度(6m/分)に上げることを計画していた。
P2は,カネカ1号機で試みた工夫の中で,風向板の角度を平行に
近くすると風紋が生じにくくなるという知見を得ていたため,カネカ2号機では,ジェット流を風向板によって調整するのではなく,第1ゾーンの乾燥方法として平行流を導入することにより,風紋問題を回避するとともに,樹脂溶液から揮発した滞留溶剤を分散させることを着想していた。そこで,被告は,平行流をベルト及び樹脂に平行して
流すことで,樹脂から揮発して樹脂上空に気体として滞留する溶剤を速やかに廃棄し,樹脂上空の溶剤の濃度を低下させることによって,
溶剤の揮発を促進しようとした。これは,上記明細書に記載された平行流の作用に合致している。
b
被告は,上記の着想を実用化するため,平行流とジェット式の組み合わせを前提とした,同年11月17日付けの暫定的な乾燥装置仕様書11月版を見積書として作成し,ベルト仕様書11月版と共に,そ
のころ原告に対し交付した。
併せて,カネカ2号機においては,仮に平行流に不具合が生じ,それを停止した場合でも上記の生産速度を満たすことが重要であったため,被告は,非送風部分を前提とし,平行流とジェット式との組み合わせを前提しない乾燥挙動についての本件報告書を作成し,これを基
に,昭和62年(1987年)1月に行われた被告の内部会議において,ラインスピード6m/分の場合に,予備固化や自己支持性を備える程度に固化した状態に至るために必要な,第1ゾーンないし第3ゾーンの距離,乾燥温度等の条件を探求し,平行流を前提としたカネカ2号機の仕様を決定した。

最終的な乾燥装置仕様書1月版においても,平行流のゾーン(第一ゾーン)は,意図的に,風速が0m/秒(非送風部分)となり得るように設計されている。
なお,納入後のカネカ2号機を稼働させたところ,平行流を用いても,風紋を含む不具合は生じなかったため,当初の目標であったベル
トスピード6m/分からさらに増速して稼働させることとなった。c
原告は,乾燥装置仕様書11月版が存在する事実や,被告からそれを受け取った事実を否定する。
しかし,ベルト仕様書11月版には,乾燥装置仕様書11月版が存
在することを前提とした記載(別途『乾燥装置仕様』により貴社提示のこと)がある。また,ベルト仕様書11月版にある見積りに関
する記載が,ベルト仕様書1月版において書き換えられており,同日付け乾燥装置仕様書1月版にも,
明らかな修正の痕跡が存在するほか,
乾燥装置仕様書1月版は,正式発注後である同年2月2日に原告に交付されたものであるにもかかわらず,
見積依頼の記載がある。
よって,
ベルト仕様書11月版と対になる,乾燥装置仕様書11月版が,カネ
カ2号機の見積依頼のために原告に対して交付され,そこには平行流に関する記載が存在したと考えるのが合理的である。
d
原告の主張によれば,被告にはカウンターフロー(平行流)に関する知見が全くなく,本件報告書においても平行流を前提とした乾燥挙
動の検討を行っていなかったにもかかわらず,昭和61年(1986年)12月に,原告から,初めて平行流について記載された原告見積設計図及びベルト乾燥装置仕様書12月版を示されると,その採否について検討したり乾燥挙動について再検討したりすることなく,昭和62年(1987年)1月10日に,カウンターフロー(平行流)を
前提とした設計の検討を開始したこととなるが,ポリイミドフィルム製造装置は一式約10億円の高価な機械装置であることに鑑みれば,このような被告の挙動は極めて不自然である。
また,被告は,同月時点において,原告を含む3社の見積りを比較検討中であったが,被告内部の打ち合わせにおいて,原告の提案のみ
がカウンターフロー(平行流)方式を提案するものであった旨の言及はない。
したがって,被告は,昭和61年(1986年)12月における原告見積設計図等を受領する前に,既に平行流を採用することを想定していたと認められる。

平行流についての被告の知見の存在
原告は,被告はカネカ2号機に関して仕様書を作成する能力がなかっ
たと主張する。しかし,被告は,乾燥装置の枢要な一部であるキャストフィルム用ベルト(エンドレスベルト)について,自ら仕様を決定する知見と能力とを有し,
昭和61年
(1986年)
11月の時点において,
乾燥装置11月版と対となるベルト仕様書11月版を原告の関与なく独力で作成し,同月,詳細なベルトサンプル仕様書をサンドビック社に直接送付し,同年12月,ベルトの仕様について原告の関与なく打ち合わせを行った。
また,被告は,乾燥装置について,原告を含めて3社の相見積りをとり,各メーカーの技術を具体的に評価することができる知見を有してい
た。
そもそも,前述のとおり,予備固化や自己支持性を備える程度に固化するという条件との関係で,平行流ゾーン(第1ゾーン)の距離を含むカネカ2号機の詳細な仕様を決定したのは,被告の内部会議である。したがって,被告には,カネカ2号機において平行流式とジェット式
を併用したカネカ2号機の仕様を決定するための十分な知見があったと認められる。
原告がカネカ2号機における技術的課題を取り違えていること
被告がカネカ2号機の開発過程において直面していた技術的課題は,原告が課題として主張する熱風による樹脂表面の急激な加熱ではな
く,風の物理的な作用による樹脂の形状変化である。原告は技術的課題を理解しておらず,本件発明に係る技術的な発案を行ったことはあり得ない。
原告が発明したと主張する技術は,風の物理的作用による樹脂の形状変化としての風紋ではなく,急激な加熱により形成される表面被膜
を原因とする風紋,正確にいうと発泡を解決するというもので
あるところ,この問題が,カネカ2号機の開発過程において存在しなか
ったことは,本件報告書からも明らかである。技術的に考えても,被告がポリイミドフィルムの樹脂溶液に使用していた有機溶剤の沸点は150℃超であり,溶剤が激しく沸騰することはないから,発泡のような問題が生じるとは考えられない。
このように,原告は,被告が直面した課題である風紋問題を理解でき
ていなかった。

まとめ
以上より,本件各発明は,機械装置メーカーである原告ではなく,化成品メーカーである被告の知見及び経験により着想され,カネカ2号機において実用化されたものであり,本件各発明の発明者が原告の従業員のP3
である旨の原告の主張は失当である。


本件実施許諾契約締結の際の事情等

被告が販売先無制限の実施許諾をする理由がないこと
本件各特許権に基づくビジネスは,年間2億円程度の規模であって,被
告にとって重要な事業の一つであり,原告の顧客が被告と競業するビジネスを行えば,被告の事業に多大な影響が生じることは明らかであった。にもかかわらず,被告は,本件実施許諾契約により,経済的な利益を得ていない。
そうすると,被告が競業他社への原告製の機械装置の販売を許諾したと
すれば,被告は原告から何の実施料も受け取っていないのに,自社が保有しかつその事業を展開する上で重要な技術に関する特許について,本件各特許権の期間満了までの約15年間にわたり,原告から機械装置を買った競合他社が本件各特許権を使用して製品を製造販売することを許すこととなるが,このような不利益な契約を明文規定なく締結するということはビ
ジネス常識からしても不合理である。原告の主張が現実的であるとするならば,最低でも,本件各特許権の出願が冒認出願であるという事実の存在
が必須となるが,これが認められないことは前記⑵のとおりである。反対に,本件各特許権の実施品である機械装置はポリイミドフィルム以外の製造にも使用可能であるし,被告と競合しないメーカーへ販売することはできるのであるから,本件実施許諾契約が,原告に対して無制限に機械装置の販売を許諾するものでないとしても,原告にとって無意味とはい
えない。
また,被告は,本件各特許権の共有を拒絶した上で本件実施許諾契約を提案したのであるから,共有以上に不利な結果,すなわち,原告から本件機械装置を購入した第三者が被告の許諾なく本件方法特許を実施できることを許容することは考えられない。


交渉過程について
本件実施許諾契約の交渉において,P4が,P5に対し,本件各発明が原告の従業員によるものであることを説明した際に,P5が反論しなかったという事実は立証されていない。また,原告が被告に対し,原告の全顧客に対して,訴訟上・訴訟外を問わず本件各特許権を行使しない
ことについて具体的に説明して理解を求めたという事情も存在しない。本件実施許諾契約及びその草案を起草したのが被告であるとしても,本件実施許諾契約は,前述のとおり,原告が特定の顧客に対して本件各特許権の実施品を販売するという当面の課題に対処する目的で作成されたため,概括的で簡潔な内容となったものである。被告が,

原告から本件機械装置を購入した全顧客に対して実施許諾するものではない。

等という文言を必ず入れるはずであるという経験則の存在は認められない。

方法特許が本件実施許諾契約の対象外であること

原告は,原告の顧客は,原告から本件各機械装置を購入した以上,所有者として,当然に本件各機械装置を使用できるという解釈を前提とした主
張をするものと思われるが,誤りである。原告の販売先が,本件各特許権との関係でも制限なく自由に原告製の本件各機械装置を使用できるのは,販売先が本件各特許権の実施を許諾されている場合(サブライセンスがある場合)か,消尽が認められる場合に限られるところ,本件各発明の本質や本件実施許諾契約の条件等からして,そのような事情は認められない。

本件各発明は,請求項の並びからも明らかであるように,まず方法の発明についてクレームされ,その発明を防御するために,物としての装置及び設備についても特許発明として出願されている関係にある。すなわち,本件各特許発明は,本質的には方法の発明であって,方法特許に付随するものとして装置特許がある。

このことは,両特許の経済価値のうち,装置特許よりも方法特許の方がはるかに高いこと,装置特許を実施した装置を購入してこれを稼働させれば当然に方法特許が実施されるわけではないことからも妥当するものであって,装置特許を実施した物としての機械装置を購入できることと,本件方法特許を実施できることとは,必ずしも同列ではない。とりわけ,フィ
ルムメーカーである被告にとって,フィルムの製造方法を独占する必要がある一方で,装置特許については必ずしも独占する必要はなかったことから,装置特許の実施許諾をすることはあり得るが,装置特許の実施品の製造販売を許諾することによって,販売先への方法特許までをも従属的に含むということはあり得ない。


上記のとおり,本件各発明においては,方法特許の価値の方が装置特許の価値よりも高いことから,機械装置の譲渡時に一回限りでの価値評価を行うことは困難であり,実施料の形による以外の方法で適切に方法特許の価値を回収することができないところ,被告は,原告製の機械装置の販売
先が本件方法特許を実施することについて何らの対価も回収できておらず,回収できる機会も保障されていないから,本件においては,特許権者(被
告)による二重の利得が問題となることはなく,特許権者の保護を優先しなくともよい理由がない。また,問題となる機械装置は輾転流通が想定される物ではないから,購入を希望する者が特許権者である被告と直接実施について交渉するとしても,特に取引の安全を害することはない。したがって,特許権者又は実施権者が我が国の国内において特許製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないものというべきであるとする消尽に関する判例法理によっても,本件で所有権者である販売先を保護するような解釈をする必要性や合理性はない。


以上より,本件各発明の本質や本件実施許諾契約の条件等からして,原告から本件装置特許を実施した機械装置を購入した顧客が当然に当該機械装置を使用できる,との理解が成り立ち得ないことは明らかである。


まとめ
したがって,
本件実施許諾契約は,原告に対し,本件各特許権
(装置特許)

を実施した機械装置を,宇部興産又はそれに相当する者に販売することを許諾する契約にすぎず,無制限に本件各特許権(装置特許)を実施した機械装置を販売することを原告に許諾したり,原告から上記機械装置を購入した者に対し,本件各特許権(方法特許)の実施を許諾するものではない。3
争点⑶(被告による本件米国訴訟の提起及び追行が債務不履行及び不法行為に当たるか)

【原告及び参加人の主張】


本件実施許諾契約に基づく本件各特許権行使の制限
被告は原告に対して,本件実施許諾契約に基づき,原告から本件各発明を
実施した機械装置を購入した全顧客に対し,訴訟上・訴訟外を問わず,本件各特許権を行使しない不作為義務を負う。原告は,本件実施許諾契約とは別
に不提訴の合意が存する旨を主張しているのではなく,本件実施許諾契約それ自体から,前記不作為義務が導かれる旨を主張しているのである。⑵

被告の主観的要件について

一次的主張
被告が,原告の顧客である参加人に対し,本件米国訴訟を提起・追行し
て本件各特許権を行使すれば,本件実施許諾契約上の債務不履行及び不法行為が成立する。被告の主観的要件は免責事由となるにすぎない。イ
二次的主張
仮に,債務不履行又は不法行為と評価されるには被告の主観的認識が必要であるとする見解に立つとしても,①被告が,参加人が使用した機械装
置が,原告が本件各特許権を実施して製造販売した機械装置であることを知っていたか又は容易に知り得たにもかかわらず,本件米国訴訟を提起して本件米国特許権を行使したこと,及び,②被告が,遅くとも本件米国訴訟の追行中(特に侵害論にかかる実質審理が開始する以前に),参加人が使用した機械装置が原告製のものであることを知り,にもかかわらず本件
米国訴訟を追行したことが,原告に対する債務不履行及び不法行為を構成する。


本件米国訴訟提起時の被告の認識

被告は,本件米国訴訟提起時に,参加人が使用した機械装置が原告製のものであることを認識し,又は容易に認識し得た。
被告の従業員であったP6の本件米国訴訟における供述によれば,被告は,平成15年(2003年)の時点において,被告と原告は,SKC社又はKOLON社による原告からの装置の購入について議論したことがあり,そのことから,複数の被告の従業員が,被告の設計に驚くほど似た装
置が,SKC社又はKOLON社に供給されようとしていたことを知っていた。

これと符合して,被告も,本件米国訴訟における回答書において,遅くとも2003年に遡って参加人が本件米国特許権に係る装置や製法をコピーしており,被告が使ったのと同一の業者(原告)から購入したと主張した。
本件米国訴訟の提起に先立つ平成22年(2010年)2月に作成され
た被告の内部文書においても,その3年前に,韓国の競合他社に対して本件米国特許権を行使することを検討したことが記載されていることからも,被告が,本件米国訴訟の提起時において,参加人が使用した装置が原告製のものであることを認識し,あるいは少なくとも容易に認識し得たことは明らかである。


被告は,本件米国訴訟の提起に至った理由として,参加人の製品の分析(厚み測定)をしてデータを精査したことを挙げる。
しかし,参加人が販売したポリイミドフィルムの外観や厚みむらに関するフィルムの分析データ等からは,それが本件各特許権に係る製造方法により製造されたと結論付けることは不可能である。

また,被告は,本件米国訴訟において,上記分析結果に基づく主張立証活動を行うことはなく,言及すらしなかった。


本件米国訴訟追行時の被告の認識

被告は,遅くとも本件米国訴訟の追行中(具体的には以下に挙げる年月日)には,参加人が被疑製品を製造するために使用した機械装置が原告製のものであることを認識し,又は容易に認識し得た。
本件米国訴訟の実質審理が開始した時点(平成25年(2013年)1月)より前の平成23年(2011年)12月19日には,米国国際貿易委員会(以下ITCという。)の調査手続(以下本件ITC調査手続という。)において,参加人の従業員が,被疑製品を製造するために使用した機械装置の設備を原告から購入した旨を証言しており,
この手続には,被告の本件米国訴訟の代理人も出席していた。
本件米国訴訟において,平成24年(2012年)2月24日付けで被告が証人尋問を請求した被告の従業員であるP7は,同日より前に,証言事項であるSKC社が原告から被告とほぼ同一の製造ラインを導入したことを認識していた。被告は,本件ITC調査手続において,原告がKOLON社に交付したマニュアルを提出しており,少なくとも,本件ITC調査手続についての予備判定がなされた同年5月10日までに,KOLON社が原告製の機械装置を使用していたことを知り得た。

さらに,上記の事実は,本件米国訴訟において,参加人が提出した同年7月14日付けの書面(丙26)について記載されており,被告はこれを閲覧することが可能であった。
また,本件米国訴訟において被告から抗弁の根拠を尋ねる質問状に対し,参加人は,平成25年(2013年)5月20日付けの回答(丙1
2)
において,
被告が,
本件米国特許権及び同等の外国の特許について,
原告とライセンス契約を締結し,原告に,いかなる地理的又は時的制限もなく,特許権の全ての範囲をカバーする独占的ライセンスを付与したこと,原告が,参加人のポリイミドフィルムの生産ラインを製造したことを述べた。

さらに,被告は,前述の同年8月30日付けの回答(丙13)において,参加人は,遅くとも2003年に本件米国特許に係るプロセス及び製品をコピーしていたこと,参加人は,本件米国特許に係る装置を被告が使った業者と同一の業者(原告)から購入し,平成22年(2010年)7月前後を通じて,本件米国特許権に係るプロセス及び製品をコピ
ーするため,被告と同じ方法で,同じ装置を使用し,設置,据え付けていたことを述べた。

本件米国訴訟において被告が提出した,平成27年(2015年)2月17日付けのP8弁護士による補足意見書には,原告とSKC社との間の機械装置の販売契約が添付されている。
本件米国訴訟において,同年10月7日から10日にかけて行われた原告の元従業員であるP4及びP3の証言録取には,被告代表者も出席
しており,これにより,被告が,参加人の使用する装置が原告製のものであると認識したことは明らかである。

被告は,上記回答(丙13)は,ディスカバリの手続において被告代理人弁護士のみに対して開示された資料に基づくものであって被告の認識を
示すものではないと主張するが,
本件米国訴訟の秘密保持命令において
機密(Confidential)とされた文書・情報は,少なくともP6を含む被告側関係者の一部には開示されていたことが認められていたのであって,被告がその内容を知り得なかったということはない。加えて,丙12及び13は,秘密保持命令の対象にはなっておらず,被告への開示
が制限された文書ではなかったのであるから,被告が,参加人が被疑製品を製造するために使用した機械装置が原告製であることを認識し,容易に認識し得たことは明らかである。
また,被告は,本件米国訴訟係属中,原告が,参加人に機械装置を販売したことを伏せて,
被告に参加人との和解の仲介の申出を行ったことから,

被告は,参加人が原告製の機械装置を使用して被疑製品を製造したと認識し得なかったと主張するが,そもそも,原告が自ら当事者ではない本件米国訴訟について和解の仲介を申し出ること自体,当該係争に係る機械装置が原告製のものであることを強く示唆するものであること,被告は,平成15年(2003年)に,参加人による原告からの機械装置の購入につい
て原告と議論していたこと,参加人が短期間に被疑製品の量産に成功した理由として原告が機械装置を供給していた蓋然性が高いことなどの事情を
考え併せれば,被告は,原告から上記申出を受けた際に,参加人が使用した機械装置が原告製の物であるとの認識をより一層強くすることができたはずである。


被告の主張に対する反論
被告は,本件米国訴訟においては,本件米国特許権以外の他の米国特許権
も対象となっていたのであるから,本件実施許諾契約の解釈如何にかかわらず,本件米国訴訟の提訴及び追行自体について責任を問われることはないと主張するが,本件訴訟において問題となっているのは,本件実施許諾契約の対象である本件各特許権に基づいて被告が参加人に対して権利行使したことの適否であり,本件実施許諾契約に基づく被告の契約上の義務が,他の特許
権によって左右される理由はない。
また,被告は,本件各機械装置には,本件各特許権とは無関係の,被告が権利を有する他の特許権やノウハウが多数実施されていたのであるから,本件実施許諾契約のみをもって,原告による参加人への本件各機械装置の販売は正当化されないと主張するが,原告にとって,本件実施許諾契約は,あく
まで本件各特許権について独占的な実施権限を得たことに意味があるのであって,本件各特許権以外の特許権やノウハウを理由として,本件実施許諾契約上の実施権を限定的に扱われるいわれはないから,上記被告の主張は失当である。


まとめ

以上より,被告が,本件米国訴訟の提起時,又は遅くともその追行中である平成23年(2011年)12月19日,又は平成24年(2012年)2月24日に,参加人が使用した装置が原告製のものであることを認識し,又は容易に認識し得たことは明らかであるから,被告が本件米国訴
訟を提起し,追行した行為は,本件実施許諾契約に基づく不作為義務違反及び不法行為を構成する。


また,被告が,米国の公開の法廷において,原告は本件各機械装置を参加人に販売して被告の有する本件各特許権を侵害したと事実に反する主張をしたことにより,米国の機械市場や,原告の顧客となり得る化成品メーカーに対し,原告は他人の知的財産権を尊重しない機械メーカーであるという印象を付与したことは,原告の信用を毀損する不法行為に当たる。
【被告の主張】


本件実施許諾契約に基づく不提訴義務の不存在

原告と被告は,本件実施許諾契約において,

被告は,原告に対して,原告から本件機械装置を購入した全顧客に対し,訴訟上訴訟外を問わず,・本件各特許権を行使しない不作為義務を負う。

旨の合意をしておらず,本件米国訴訟の提起又は追行は,本件実施許諾契約の債務不履行に当たらない。
そもそも,訴訟の提起及び追行は,原則として適法な行為である。そのため,訴訟提起及び追行自体を制限するという,極めて強力な効果を有す
る合意(不提訴合意)をするには,合意の当事者が,提訴が禁止される権利の内容等や相手方について適切に協議し,
十分に理解した上でなければ,
成立しない。
ところが,本件実施許諾契約には,被告が,原告の顧客に対して本件各特許権を行使しない,又は本件各特許権を理由として訴えを提起しない,
などの文言はない。また,被告が,原告の全顧客について,訴訟上・訴訟外を問わず本件各特許権を行使しないとの合意をするのであれば,当然合意されるべき再実施許諾権者の範囲の制限,販売先に関する情報提供義務等が合意されていない。
したがって,本件実施許諾契約の文言から,被告が原告の全顧客に対し
て本件各特許権を(提訴行為も含めて)行使しないとの合意があったと認めることはできない。


仮に,本件実施許諾契約により,被告に不提訴義務が認められるとすると,
被告は,
本件各特許権が存続する15年以上の間,
不特定多数の者
(原
告の顧客)に対し,本件各特許権を行使することができなくなり,不合理である。
また,下記のとおり,本件米国訴訟係属中に,原告は被告に対し,被告
と参加人との間を仲介したい旨の申出を行ったが,その際,被告の参加人に対する提訴及び訴訟追行が,本件実施許諾契約に違反する等の言及は一切なかったことからも,上記のような不提訴の合意がなかったことが裏付けられる。


被告に債務不履行又は不法行為が成立する場合の主観的要件
原則として適法である訴訟提起及び追行行為について,不提訴合意が有効に認められないにもかかわらず,債務不履行と評価されるのであれば,最低限,最判昭和63年1月26日において定められた,不当訴訟の違法性を基礎付ける要件に準ずる要件,すなわち,被告の特許権行使が事実的,法律的
根拠を欠くものであることを前提として,そのことを被告が知っていたもしくは容易に知り得たのにあえて提訴したといえること,具体的には,本件実施許諾契約に基づき,原告が本件各機械装置を製造販売し,かつ参加人がその本件各機械装置を使用して被疑製品を製造したという事実を知っていた,
もしくは容易に知り得たのにあえて提訴したといえることが必要となる。
しかし,被告は,前述のとおり,本件実施許諾契約において参加人が本件各特許権を実施することは許諾しておらず,本件米国訴訟においては,むしろ,被告の勝訴が確定しており,現時点において,参加人に対する請求権が事実的,法律的根拠を欠くものであるとは認められないから,上記主観的要件を満たすものとは認められない。

なお,原告の主張の実態は,確定判決の騙取を主張するものであるが,原告は,騙取されたと主張する米国判決の当事者ですらないのであるから,当
事者以上の保護が与えられるべきではなく,原告の主張が認められる余地はない。
以下,本件米国訴訟提起及び追行に際する被告の認識は,原告の主張する主観的要件をも満たさないことについて述べる。


本件米国訴訟提起時の被告の認識

直接的証拠の不存在
原告の主張する主観的要件(被告において,原告が製造販売した本件各特許権の実施品である機械装置を参加人が使用したことを知っていたこと,あるいは,わずかな注意をすれば知り得たこと)について,そのことを示す直接証拠は存在せず,被告は,原告から参加人が販売先であるとの説明
は一切受けなかったから,上記主観的要件を満たさない。

本件米国訴訟提起に至る経緯
ポリイミドフィルム市場は,1990年代には,デュポングループ,宇部興産及び被告により寡占状態にあったが,平成17年(2005年)こ
ろから,参加人が試供品の提供を始めるとの情報があった。そこで,被告は,
そのころ初めて,
参加人の製造するポリイミドフィルム製品に注目し,
物性評価や組成分析等を行ったが,本件各特許権の実施の有無は不明であったことなどから,侵害訴訟の提起は見合わせた。
しかし,平成20年(2008年)ころから,参加人のシェアが急速に
拡大し,このような短期間に試供品レベルから量産レベルの自社技術を開発することは通常考えにくかったことから,被告は,改めて本件各特許権の行使について検討を行い,参加人ホームページ記載の製造装置の概略図が本件各特許権の装置特許と類似していること,被疑製品が被告製品とほぼ同等の厚みの均一性を達成していること,被疑製品の製品分析の結果等
から,参加人が,本件各特許権を実施していることを強く推認できるとの結論に至った。

そこで,被告は,社内協議を行い,提訴に問題はないとの米国弁護士による意見を受け,本件米国訴訟を提起する決断をした。上記社内協議の際に作成された被告内部における文書には,参加人が使用している機械装置が原告から購入したものである可能性を示唆する記載はなく,かえって,本件米国訴訟提起についてリスクが少ないと評価していることから,被告
は,参加人が,本件実施許諾契約により本件各特許権の実施許諾を受けているとは到底認識していなかったことが認められる。


本件米国訴訟追行時の被告の認識

被告の訴訟活動は訴訟代理人弁護士らの指示により行われたこと
被告は,平成25年(2013年)8月30日付けの回答(丙13)に
おいて,遅くとも平成15年(2003年)に,参加人が,原告から本件米国特許にクレームされた設備を購入し,本件米国特許に具現化された製法と製品をコピーしたと答えたが,同書面は,本件米国訴訟のディスカバリ手続において秘密保持命令のもと訴訟代理人弁護士限りで開示された資料に基づき作成されたものであって被告の認識を示すものではない。被告
は,本件訴訟で参加人から黒塗り部分を外した丙13が提出されて初めてその全容を認識した。
被告は,本件米国訴訟において,訴訟代理人弁護士らの指示のもと訴訟活動を行ったが,訴訟資料の多くが同代理人弁護士らに対してのみ開示されていたため,参加人が使用した機械装置についてはほとんど一切把握し
ておらず,参加人から本件実施許諾契約に基づく消尽あるいは黙示のライセンスの主張がなされた後も含め,同代理人弁護士らから,参加人の行為につき本件米国特許権の侵害が成立しない可能性や提訴が違法である可能性などについて全く意見されなかった。

原告及び参加人の言動
本件米国訴訟の第一審係属中である平成23年(2011年)5月及
び12月に,原告は,被告に対して書面を送り,参加人との間の仲介を申し出たが,その際,原告は,原告が参加人に対して問題となっている機械装置を販売したことや,本件実施許諾契約の存在については触れなかった。
本件米国訴訟において,参加人は,平成26年(2014年)4月2
5日付けの書面(乙58)において,本件実施許諾契約や原告の存在に言及することなく,専ら本件米国特許権のクレーム解釈により,被疑製品や参加人の機械装置が本件米国特許権を侵害しない旨を主張し,本件米国訴訟の取下げを要求した。なお,参加人は,本件米国訴訟の終局時まで,非侵害の主張を維持していた。

また,米国裁判所は,参加人の申立てを受けた平成25年(2013年)3月25日付けの命令(乙7,59)において,参加人の使用する機械装置自体は本件米国特許権の装置特許を充足しないことを強く示唆していた。
このような事情の下で,被告は,参加人が使用する機械装置が,原告
が製造し参加人に対して販売した本件各特許権の実施品であると認識できたはずがない。


被告の行為が正当であること
本件米国訴訟では,本件米国特許権のみならず,本件実施許諾契約に規定
のない他の特許権も審理の対象となっており,それについても,参加人の侵害が認定されているのであるから,本件実施許諾契約の解釈如何にかかわらず,被告による参加人に対する提訴が全面的に非難され,その責任が問われることはあり得ない。
また,参加人が使用した機械装置には,本件各特許権とは無関係の被告の
特許権やノウハウが多数使用されている蓋然性があることから,本件実施許諾契約を締結したからといって,原告が参加人に対して販売できるものでは
なかった。


まとめ
以上より,被告は,本件米国訴訟を提起及び追行する際,参加人が被疑製品を製造するために使用した機械装置が,原告が本件実施許諾契約に基づき参加人に対して販売した本件各特許権の実施品であると認識しておらず,認
識し得た可能性もなく,本件米国訴訟の提起及び追行は,事実的及び法律的根拠に基づく正当なものであったから,原告に対して債務不履行又は不法行為責任を負うことはない。
信用毀損の主張については,争う。
4
争点⑷(原告は被告に対し,参加人による被疑製品の製造・販売等につき,本件各特許権の侵害に基づく損害賠償責任を負うか)

【原告の主張】
本件実施許諾契約の下で,原告は,本件各特許権につき範囲全部にわたる独占的通常実施権を許諾された。かかる独占的通常実施権の下で,原告が,本件各特許権の装置特許を実施する本件各機械装置を製造してSKC社及びKO
LON社に販売及びその申出をしたことは,本件特許権の侵害とならない。また,参加人が,原告が製造・販売した本件各機械装置を使用して被疑製品を製造して販売しても,本件各特許権の侵害とはならない。したがって,原告が,被疑製品を製造するために使用する目的で本件各機械装置を販売及びその申出をしたことに関しても,本件各特許権の侵害行為となることはない。
よって,原告が製造販売した本件機械装置を,参加人が使用して被疑製品を製造したこと及び同製品を販売したことに関し,被告が原告に対し,本件特許権の侵害に基づく損害賠償請求権を有することはない。
【被告の主張】
争う。

5
争点⑸(原告の損害の発生及びその額)

【原告の主張】


原告は,参加人との間において,本件各機械装置を販売する際,参加人が本件各機械装置を使用して製品を生産して販売したことにより,第三者から知的財産権を侵害している等の理由で損害賠償等の請求を受けたときには,原告が,参加人にかかる弁護士費用その他の防御費用等を補償する旨の本件
補償合意をした。
原告と参加人は,被告からの特許権侵害主張がないことを当然の前提として本件各機械装置の売買契約を締結したから,売買契約書に補償条項が明記されていないとしても,原告には参加人を保護する契約上の義務があり,本件補償合意に基づき,被告の特許権侵害主張に対して参加人が防御に要した
諸費用について補償する義務を負う。


本件米国訴訟の弁護士費用

1億円

本件実施許諾契約により,被告は,原告及び参加人に対し,本件各特許権を行使しない不作為義務を負うから,参加人に対して本件各特許権を行使した場合であっても,
原告に対する債務不履行となる。
被告は,
原告が,

かかる不作為義務の違反を除去ないし防止するために,本件各特許権の行使に対して防御活動をすることは当然に予見可能であり,しかも,権利行使行為が訴訟提起であれば,その応訴や防御のために弁護士費用を要することも当然に予見できるというべきである。したがって,被告が,本件補償合意の存在を予見し得たか否かにかかわらず,本件米国訴訟を防御する
ために参加人に生じた費用を原告が負担した場合,その金額が,被告の債務不履行又は不法行為と相当因果関係のある損害となる。

被告は,平成22年(2010年)7月26日に本件米国訴訟を提起した後,本件訴訟提起後も本件米国訴訟の追行を継続し,債務不履行又は不
法行為を継続した。また,原告が弁護士費用を支出し負担したのは,本件訴訟提起後である。したがって,本件米国訴訟に応訴するための弁護士費
用にかかる原告の損害について,消滅時効は成立しない。


本件米国訴訟支援のための原告の支出

790万0851円(内訳:①ハ

ワイでのデポジションのための証人2名の渡航費等として202万7508円,②平成27年(2015年)5月から10月までに本件米国訴訟用に提出する文書の翻訳料として108万1943円,③平成27年(2015
年)5月分から9月分までの相談料として弁護士に支払った費用として479万1400円)

上記⑵で述べたとおり,本件米国訴訟において原告が参加人を支援することは,債権者として通常必要となるものであるから,これに要した費用は債務不履行と相当因果関係のある損害であることは明らかである。

また,原告が上記支出を行った時期は平成27年(2015年)5月からであるところ,被告は,その後も米国訴訟を追行し,債務不履行又は不法行為を継続したから消滅時効が成立することはないし,仮に費用を負担した時点から消滅時効が進行するとしても,本訴提起時である平成30年(2018年)6月7日においては未だ5年が経過していない。したがっ
て,債務不履行に基づく損害賠償請求権は時効消滅していないし,本件訴訟提起時より3年を経過していない平成27年(2015年)6月7日以降に支出した費用についても,不法行為に基づく損害賠償請求権は時効消滅していない。


信用毀損

1000万円

本件米国訴訟は,原告が本件実施許諾契約に基づいて本件各機械装置を販売したにもかかわらず,被告は,販売先制限があったとして,原告から本件各機械装置を購入した参加人を訴え,公開法廷でその旨の主張と審理がされたのであるから,かかる訴訟が提起された事実自体,本件各機械装
置を製造販売した原告の信用を著しく毀損するものであることは明らかである。


また,前記⑵イ及び⑶イと同様に,被告は,平成22年(2010年)7月26日に本件米国訴訟を提起した後,本件訴訟提起後も本件米国訴訟を追行し,原告の信用毀損行為を継続したから,かかる損害賠償請求権について,消滅時効は成立しない。



本件訴訟の弁護士費用

1300万円

被告の不作為義務違反は,債務不履行であると同時に不法行為の構成要件にも該当する。
原告は,被告が提起した本件米国訴訟に対抗するために本件訴訟(第1事件)の提起を余儀なくされ弁護士費用を支払ったところ,本件訴訟の提起をするために弁護士に委任する必要性と合理性はあるから,かかる弁護士費用
は,少なくとも被告の不法行為に基づく損害として当然に認められる。【被告の主張】


本件米国訴訟の弁護士費用

本件米国訴訟の弁護士費用は,参加人が被告に直接請求すべき性質の金銭である。被告は,本件米国訴訟提起及び追行に際し,原告と参加人との間の本件補償合意の存在を知らず,その存在を予見し得たとも認められないことから,本件米国訴訟の提起及び追行と,参加人の米国訴訟における弁護士費用の支出との間には因果関係がない。
また,米国において弁護士強制主義は採用されておらず,本件米国訴訟
が不当訴訟に準じる高度の不当性が認められるものでもないから,参加人弁護士費用は,本件米国訴訟の提起及び追行から直接生じる損害とはいえない。
さらに,本件米国訴訟における命令における認定によれば,参加人が被疑製品の製造に用いた機械は,本件米国特許権(装置特許)の実施品では
ないところ,それにもかかわらず,原告が参加人に対して補償に応じた理由は不明であり,少なくとも,被告が予見し得ないことは明らかであるか
ら,本件補償合意に基づく支払分につき被告が賠償すべき理由はない。イ
本件米国訴訟の提起は平成22年
(2010年)
7月26日であるから,
債務不履行構成であれ不法行為構成であれ,本件訴訟提起時である平成30年(2018年)6月7日において5年が経過し,消滅時効が成立していることから,これを援用する。



参加人支援のための支出

本件米国訴訟支援は原告の独自の判断でなされたものであり,被告は,本件米国訴訟提起及び追行によって原告が本件米国訴訟支援をすることを予見し得たとは認められないから,本件米国訴訟提起及び追行との間の因果関係がない。


原告は本件米国訴訟の支援を開始したのは平成27年(2015年)5月と主張するところ,不法行為に基づく請求のうち,本件訴訟提起時である平成30年(2018年)6月7日において3年が経過している部分については,消滅時効が成立していることから,これを援用する。



信用毀損

本件米国訴訟の当事者でもない原告に信用毀損が生じたとは考えられないところ,原告による信用毀損に関する立証もなく,仮に,原告に信用毀損が生じていたとしても,本件米国訴訟提起及び追行との間の因果関係がない。


本件米国訴訟の提起は平成22年(2010年)7月26日であり,債務不履行構成であれ不法行為構成であれ,本件訴訟提起時である平成30年(2018年)6月7日において5年が経過しているから消滅時効が成立している。
被告は上記消滅時効を援用する。



本件訴訟の弁護士費用
本件訴訟の弁護士費用が,本件米国訴訟提起から直接生じる損害とはいえ
ず,本件米国訴訟の提起及び追行と,本件訴訟のための弁護士費用の支出との間に因果関係はない。
第4

認定事実
前記前提事実及び後掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認定することができる。

1
樹脂フィルムについて


フィルム製品の製造(甲8,19~21,78,乙54,証人P3)ア
一般的に,フィルム製品とは,原材料を薄く伸ばし固めてフィルム状にした製品で,その原材料には,本件各製品のようなポリイミド樹脂や,ポリ塩化ビニル(PVC),ポリビニルアルコール(PVA)等のプラステ
ィック,セラミックス等がある。
本件各特許権(方法特許)に係る製造方法であるキャスティング法(溶液流延法)は,これらフィルム製品の成膜方法の一つであり,原材料を溶解した溶液及び硬化触媒等を,
ベルト又はドラムの上にキャスティング
(流
延)し,ベルト又はドラムを動かしながら乾燥機内の熱風ノズルから送風
される熱風により溶液の揮発成分を揮発させて乾燥させ,成膜した後にベルトから引き剥がし,後乾燥,キュアーの工程を経て,巻き取って製品化するものである。キャスティングの際に,ベルトを用いるかドラムを用いるかによって乾燥装置(乾燥室,乾燥機ともいう。)の形状が異
なり,それぞれベルト式又はドラム式(ロール式ともいう。)と呼称
される。なお,ベルト式の方が,乾燥効率が良いとされる。

ドラム又はベルト上の溶液を乾燥させる方法としては,ドラム又はベルトに対し垂直に熱風を当てるジェット式(直交流式)と,ベルトと平行に熱風を送る平行流式があり,平行流式には,ベルトの進行方向とは逆方向
に熱風を送るカウンターフロー式と,同じ方向に熱風を送るパラレルフロー式(順風式)がある。

平行流式は,対象物をゆっくりと過熱して乾燥させるため,表面にむらや被膜ができにくい。また,カウンターフロー式は,ベルトの進行方向と逆方向に熱風を送風するため,乾燥室の奥から入口付近に向かって熱風の速度及び温度が下がり,かつ,奥から入口付近に向けて対象物の揮発成分を流すことになり,その結果,揮発が緩やかに進むという特徴がある。

フィルム製造用の機械装置を製造するに当たっては,フィルムの原材料の性質,製品としての厚みや表面精度に関する要求品質に応じ,適切な成膜方法を選択し,キャスティングベルト又はドラムの材質,表面粗さ,乾燥温度・乾燥方法等も対応させる必要がある。


原告は,昭和10年創業の熱風乾燥機等の専門メーカーであり,化成品メーカーからの受注に応じて,各種フィルム製造用の機械装置を,製造,販売している。



ポリイミドフィルムについて(甲78,乙55,証人P3,証人P9)ア
フィルム製品の厚みや品質は原材料や製品により異なり,被告は,主にフレキシブル回路基板(以下FPCという。)用のポリイミドフィル
ムで,厚みは約25~125㎛のものを製造,販売している。被告の製造するポリイミドフィルムは,主に携帯電話等に組み込まれるFPCのベースフィルム等に使用される。

1980年代から90年代において,FPC用のポリイミドフィルムを製品として製造していたのは,多数の関連特許を有していたデュポングル
ープと,それに追随する被告以外にはほぼ存在せず,他の新規参入事業者はいずれも次第に淘汰された。

宇部興産は,被告とは異なる製法,異なる樹脂により,主にTAB(自動接着片面配線の略)用のポリイミドフィルムを生産していた。クラレ社
を含む多数の化成品メーカーは,ポリイミドフィルム以外のフィルム製品を製造,販売しており,原告は,機械装置メーカーとして,各製造者のフ
ィルム製品に応じた機械装置を受注,製造,納入していた。
2
原告の研究開発(甲4,6,7,19,25~29,63,64の2,78,証人P3)


ヒラノテスト機

原告は,昭和48年(1973年)ころ,本社工場に,顧客が原告製の機械装置を試験することのできる試験場を開設し,ヒラノテクニカムと名付けた。


原告は,昭和56年(1981年)12月,ヒラノテクニカムに,キャスティング式のフィルム成膜装置(以下ヒラノテスト機という。)を設置し,各顧客が,製品に使用される原材料(ポリイミド,ウレタン,セ
ラミック,PVC,PVA等)に応じたテストを行えるようにした。ヒラノテスト機は,ドラム式ではなく,エンドレスベルトとベルトの両面に配置されたノズルからジェット式の熱風を送風する熱風循環両面ジェット方式とを組み合わせた国内初の機械であった。


カネカ0号機

原告は,昭和56年(1981年),ポリイミドフィルム成膜のための試作機(以下カネカ0号機という。)を製作し,被告に納入した。カネカ0号機は,ドラム式成膜装置であり,ジェット式の乾燥方法を採用していた。


昭和57年
(1982年)
11月ころ,
被告がヒラノテクニカムを訪れ,
ベルト式であるヒラノテスト機によるポリイミドフィルムの成膜テストを行ったところ,
ドラム式であるカネカ0号機よりも利点があったことから,
被告は,ベルト式成膜装置の導入を検討するようになった。


宇部興産への納入

宇部興産は,ヒラノテスト機によりポリイミドフィルムの試作を行い,良好な結果が出たとして,昭和57年(1982年),ベルト式,ジェッ
ト式のフィルム成膜装置のテスト機を原告より購入した。

その後,宇部興産のテスト機で風紋が生じることが指摘され,昭和58年(1983年)11月10日,P3ら原告の担当者と宇部興産の担当者が,成膜機関係打合せと称して話し合いを持った。その際,風が強ければ風紋は生じること,特に入口部で発生すること,前半のノズルを塞いだ場
合はツヤが出やすいことなどが指摘され,原告は宇部興産側に,熱風を上向きにして直接フィルムに当てないようにすること,
平行流を利用する
(打
合せ記録には平行流と記載されているが,図面上の風の向きはカウンターフローである。)こと,波板を取り付けることによって風の流れを変更することなど,複数の解決方法を提案した。


宇部興産は,
原告の前記提案のうち,
風向板を付ける案を採用したため,
以後,原告は,カウンターフロー式ではなく,ベルトに直交するジェット式の送風機のみを用いるポリイミドフィルムの成膜装置総計約10台を,宇部興産に納入した。



研究等

P3は,昭和58年(1983年)3月11日付けで,FCM(フィルムキャスティングマシンの略)の開発状況についてと題する文書
(甲6)をとりまとめ,ヒラノテスト機設置以降,各社がこれを利用してテストを行った状況を記載し,熱風ノズルについては,特に乾燥前半に強風を当てると風紋が出るため,前半部の各ノズルにはダンパーを取り付け
る必要があること,ポリイミドフィルムを製造するK社(被告を指す。)が,テスト機のスピードアップのため,ロール式をベルト式に取り替える予定であること等を記載した。

P3は,同年11月16日,FCMマシンの機能と構造についてと題する文書(甲19)をとりまとめ,ベルト式キャスティングマシンをヒラノテクニカムに設置したこと,ポリイミドフィルムが主体だが,他のエ
ンプラフィルムの成膜にも使えること,熱風の当て方がポイントであること,第1ゾーンのフィルム側ノズルにダンパーを取り付けているのはこのためであること,乾燥初期の熱風の当て方がポイントであること等を記載した。


カネカ1号機の設置と改造

被告は,前記⑵イでカネカ0号機とヒラノテスト機を比較した結果,カネカ0号機のドラム式のキャスティング部を撤去して,新しくスチールベルトタイプのキャスティング装置
(以下これを
カネカ1号機
という。)
を設置することとし,原告は,昭和58年(1983年)11月以降,見積仕様書,見積図面等を作成し,その内容を被告と協議した。

カネカ1号機は,軸芯間6メートルのエンドレスのスチールベルトを使用し,第1ゾーンと第2ゾーンからなる乾燥室のいずれにも,フィルム面側とベルト裏面側にジェット流
(直交流)
を送風する熱風ノズルを一定
(2
00㎜)間隔で配置する,両面ジェット熱風循環方式の乾燥装置であり,昭和59年(1984年)2月,被告に納入された。


カネカ1号機は,当初の計画段階では,第1ゾーンの前半2分の1のフィルム側ノズルにダンパー(前記⑷ア)を付けることが予定されたが,その後,第1ゾーンの前半3分の2にダンパーを設けることに変更された。また,カネカ1号機では,ノズルの先端に風向板が設置され,熱風が樹脂膜に直交する方向から,ベルト進行方向やや斜めに(カウンターフローと
はいえない。),ソフトに樹脂膜に当たるようされていた。

カネカ1号機を実際に運転したことによって生じた問題点に対処するため,原告と被告の担当者は,昭和59年(1984年)7月30日及び8月21日,カネカ1号機の改造に関する打ち合わせを行った。その際,ベ
ルトの蛇行問題等,様々な点について協議が行われたが,フィルムに風紋が生じる問題については,キャスティング炉,第1室の整流,あるいはノ
ズル風紋対策として協議がなされた。
P3は,①上側乾燥室(第1ゾーン)のベルト上側ノズルのストレーナー(波板)を取り外すこと,②ダンパーを全閉とし風量を最小に絞り込むこと,③第1ゾーンの入口側のジェットノズルを取り外すこと,④ジェットノズルに閉止板(いわゆるめくら板)を入れて非送風とすること等
を提案し,その結果,カネカ1号機には,上記①,③,④及び⑤風向板の長さを50㎜から40㎜に変更するという改造が行われた。なお,この際の打ち合わせには,原告側からP3,被告側からP0などが出席していたが,P2の出席はなかった。

被告は,カネカ1号機について上記の改造をするほか,最終的に,乾燥機の入り口付近にあるノズルの先端をアルミテープで塞ぎ非送風とすることにより,風紋の発生を防止することができた。
しかしながら,非送風部分を設けることで,その部分は送風による乾燥が行われず,かつ,樹脂溶液から揮発する溶剤が樹脂溶液の上空に滞留しやすくなるため,ベルトスピードを遅くして乾燥時間を長く確保しなけれ
ばならず,カネカ1号機のフィルムの生産効率は低下した。
3
カネカ2号機の開発(甲8,22~24,31,78,80,乙13,29,証人P3)


打診
被告は,ポリイミドフィルム製造設備を増強するために,新たなベルト成膜装置(以下カネカ2号機という。)の導入を計画し,昭和61年(1986年)5月13日,原告との間で,PI製造設備の増強に関する秘密保持契約(甲31)を締結して,原告に対し,機械装置の具体的仕様の提案を求めた。

その際,被告のP0は,原告のP3に対し,カネカ2号機について,全体の大きさは変えずにベルトスピードを2倍にしたいこと,乾燥温度も上げた
いこと,カネカ1号機の第1ゾーンでは問題が出たので,良い乾燥方法が必要であることなどを伝えた。


原告の知見

原告の従業員であるP10は,P3との共著で,昭和60年(1985年)4月号のコンバーテック誌に,キャスティング法によるフィルム成膜についてと題する論考(甲8)を掲載し,ポリイミドフィルムの場合,乾燥時の温度や熱の当て方をコントロールすることが難しいこと,乾燥初期に余り急激な加熱をすると,溶媒の内部拡散を表面で押さえることになり,発泡や風紋になるなどの知見を得ていた。

原告は,昭和60年(1985年)6月以降,ヒラノテクニカムに,セラミックシートの成型,合成樹脂の成形,グレードの低いエンプラ成型,食品成膜,医薬品成膜等をテストすることのできる多目的成膜機の新設を計画し,昭和61年(1986年)3月にこれを設置した。
この新しい多目的成膜機の特徴の一つは,熱風形式として,ジェット式とカウンターフロー式の両方を具備し,これをダンパーで切り替えられる
ようにしたことであった。

P3は,昭和61年(1986年)10月3日,福島県工業試験場で,セラミックスのシート成形について講演を行い,その講演資料に,乾燥部において内部拡散のバランスがくずれると発泡やひび割れを起こすこと,乾燥方式として,一般に薄物(50~300㎛)用は直交流,厚物(30
0~1500㎛)は平行流加熱方式(図面としてはシートの進行方向と逆に送風するカウンターフロー方式が描かれている。)を採用していることなどを記載した。

被告の検討

電子材料開発研究所のプロジェクト
P2,P0らが所属する被告の電子材料開発研究所のPI(ポリイミ
ド)グループは,昭和61年度(1986年度)下期の研究開発のテーマとして,同年11月,
PIプロセス革新プロジェクトを立ち上げ,
ポリイミドフィルムの製造プロセスの増速に関する設備研究を重点的に行うこととし,
同年12月に答申として本件報告書
(乙13)
をまとめ,
昭和62年(1987年)1月初めに解散した。
同年4月ころ作成された研究・開発概要(乙29)には,プロジェクトの成果は,カネカ1号機について設備改造を行い,設計値が毎分2.5メートルであったラインスピードを,同年1月には毎分4メートルで生産できるようになったこと,新しいカネカ2号機について,ラインス
ピードを毎分6メートルとする設計諸元が得られたことに要約される旨の報告が記載されている。
本件報告書は,P2,P0らを作成者とするものであり,昭和61年(1986年)12月10日,前記PIプロセス革新プロジェクトの報告としてとりまとめられ,所属課長宛提出されたものである。

本件報告書は,要旨,ポリイミドフィルムの製造ラインを目標の6m/分に増速するための適正乾燥条件及び仕様を決定するため,風速を実機と一致させた熱風オーブンで乾燥挙動を調べ,これを実機とテスト機で確認した結果,熱風オーブンでの実験で乾燥挙動はほぼ正確に把握できること,
及びカネカ1号機において冷却プーリ,
乾燥装置第1ゾーン,

同第2ゾーンの温度をそれぞれ80℃,120℃,120℃とすれば,ラインを毎分6メートルとしても,25㎛のフィルムについて,現行と同程度の乾燥程度のゲルフィルムが得られること等が記載されている。本件報告書によれば,熱風オーブン,実機及びテスト機における測定は,いずれもジェット式の熱風ノズルを用いて,風速を実機及び原告の
テスト機に合わせて行ったものであり,その結果から,目標の乾燥程度(残揮約40%)に到達するための必要乾燥時間及びベルト速度を毎分
6メートルとした場合の必要な有効乾燥炉長さを求めると,乾燥温度を約120℃とした場合は9~12メートルとされた。
この結果から,本件報告書は,カネカ1号機のベルト室(有効乾燥長さ9.384m)でも,乾燥温度を現行の100℃から約120℃に上げれば,ベルト速度を毎分6メートルすることは可能と結論付けた。
なお,本件報告書では,塗布時のベルト温度,乾燥温度,時間と揮発成分の残量との関係が詳細に検討されており,その中で,原告のテスト機を使用して,ダンパーの操作により風速を調節した場合の測定結果についても言及がされているが,カウンターフロー,パラレルフロー,平行流といった,風向に着目した記載は存しない。

また,本件報告書において原告のテスト機とされているのは,昭和61年(1986年)3月にヒラノテクニカムに設置されたジェット式とカウンターフロー式を切り替えることのできる新しい多目的成膜機ではなく(前記⑵イ),原告が昭和56年(1981年)に設置したジェット式の熱風のみを送ることのできるヒラノテスト機であったと認められ
(乙13,甲21,23の各図面),実機とされるカネカ1号機においても,カウンターフロー式と呼ぶことのできる送風は行われていなかった(前記2⑸イ及びウ)。
以上によれば,本件報告書を作成する過程において,P2らが,送風にカウンターフロー式,あるいは平行流式を採用した場合の乾燥挙動に
ついて検討した事実があったと認めることはできない。


被告の仕様書

被告は,昭和61年(1986年)11月以降,ステンレス製エンドレスベルトのメーカーであるサンドビック社との間で,使用中のカネカ1号
機について製品幅を増幅する計画があり,昭和62年(1987年)8月には,新設備(広幅機)を導入する予定であるとして,サンドビック社に
ベルトを発注することを前提に,仕様書及びサンプル購入仕様書を含む文書の交換,並びに打合せ(同年12月3日)を行った(乙27)。イ
この中で,同年11月17日付けで被告が作成したキャストフィルム用ベルト仕様書(乙28の3)に,ベルトの長さの欄に,

別途『乾燥装置』仕様により貴社提示のこと。

との記載があり,証人P2の証言及び陳述書の中には,この時点で,平行流を内容とするカネカ2号機の仕様書が存在しており,それがサンドビック社にも原告にも送付されていたはずである旨を述べた部分が存する。
しかしながら,前記仕様書の見積期限(同年12月10日)からして,
これがカネカ2号機のものと即断はできないし(甲54),同年11月時点でカネカ2号機の仕様書がサンドビック社及び原告に交付されたのであれば,両社において写しが保管され,被告において控えが保管されていてしかるべきところ,少なくともサンドビック社には保管されていなかった(乙25)。

また,前記仕様書の文言も,別途仕様が確定した段階で,サンドビック社に提示を求める旨の将来的なものとして理解することもできるものであり,この時点で,カネカ2号機の仕様書が存在したことを強く推認させるものではない。
さらに,サンドビック社からの同年12月9日付け回答(乙28の2)
では,ベルトが乾燥室内に入った最初のゾーンを輻射伝熱方式とし,エアノズルを設置しない案が示されており,その理由は,熱膨張によるベルトのバタツキの防止と,メンテナンススペースの確保であるとされている。仮に,
同年11月の時点で,
カネカ2号機について,
風紋防止等の目的で,
最初のゾーンをカウンターフロー方式とし,吹出しボックス及び吸引ボッ
クスを設置する旨の仕様書を被告が交付していたとすれば,サンドビック社が上記の様な対応をすることは考えにくい。


以上を総合して,同年11月17日付けキャストフィルム用ベルト仕様書(乙28の3)に対応する形での,平行流を内容とするカネカ2号機の仕様書があったと認めることはできず,これを内容とする証人P2の証言及び陳述書は採用できない。



原告の提案

原告のP3は,被告から求められているカネカ2号機の仕様について検討し,機械の大きさを変えずにベルトのスピードを2倍にすると乾燥時間は短くなり,それに対応するために乾燥温度を上げると風紋が生じるおそれがあることから,カネカ1号機において非送風部分として運用している第1ゾーンに,宇部興産に提案はしたが採用されるには至らなかったカウ
ンターフロー式を導入することを考えた。ただし,宇部興産に対する提案は,第1ゾーンのベルトの上側のみをカウンターフロー式とし,同部分のベルトの下側はジェット式とするものであったが,カネカ2号機については,
第1ゾーンのベルトの上下をカウンターフロー式とすることを考えた。イ
P3は,1986年(昭和61)年12月15日,エンドレスベルトを回転させるベルト乾燥装置の設計図(甲9)を作成し,原告の設計図面台帳(甲10)に登録した。その内容は,乾燥装置の第1ゾーン(カネカ1号機における第1ゾーンのうち,ベルトのフィルム面側のノズルを塞ぎ非送風に改造した領域)に,ベルトの上側にも下側にも,対向する吸排気装
置を設置するカウンターフロー式を採用し,第2ゾーン(カネカ1号機におけるその余の第1ゾーン)及び第3ゾーン(カネカ1号機における第2ゾーン,
プーリ下側の乾燥室)ジェット式とするというものであった。
を,
P3は,同月19日,前記設計図を前提に,装置の基本的な仕様,各ゾーンの乾燥形式,熱風温度,有効乾燥長その他をまとめ,第1ゾーンはカ
ウンターフローであること,その他は両面ジェットであること,第2ゾーンのフィルム側ノズルにダンパーを付けること等を記載した,ベルト乾燥
装置仕様書(甲32)を作成した。
また,P3は同じころ,前記仕様書の設計条件を前提に風量の計算を行い,
必要な循環ファンの台数やモーター出力等を計算した,
循環風量表
(甲
33)を作成した。

P3は,同月末ころ,前記設計図,仕様書及び循環風量表を被告側に交付し,
カネカ2号機にカウンターフロー式を採用することの検討を求めた。


納入までの経緯

被告の検討
被告は,昭和62年(1987年)1月8日,内部会議を行い,カネ
カ2号機を同年9月1日に稼動することを前提に,日程その他について協議をして,同年1月17日に主要機器のメーカーを決定すること,同月末までに機器メーカーより設備提案を受けること,その他試算した設備の価格などを議事録(乙18)に記載した。議事録に,平行流の採用に関する記載はないが,被告において三社を発注先として検討している
中で,ベルトの蛇行方式については,実績も含め,原告案が最も良い旨の記載がある。
被告は,同月10日,12日及び15日に,カネカ2号機の仕様について打合せを行い(乙14ないし16),ベルト速度,温度,乾燥長,乾燥時間等を計算し,さらに稼働率,生産能力について検討したが,そ
の際の議事録のメモには,1室が平行流(図面上はカウンターフロー)であり,2室及び3室がジェット式であること,2室のノズルの一部がダンパー付きであることなど,前記⑸で原告が提示した内容に対応する内容が記載されていた。また議事録のメモには,同月16日に,原告と他一社に対し,ヒアリングを行う旨が記載されていた。

原告の営業担当者とP3は,同月16日,被告を訪問して,原告が前記⑸ウで交付した設計図及び仕様書を前提に,被告の担当者と打合せを
した(甲34の2)。P3は,被告の指示事項等を聴取し,その内容を前記仕様書(昭和61年12月19日付け)に手書きで記入した上,仕様書の日付けを昭和62年1月23日に修正したものを作成し,同日の打合せの際に,被告に交付した(甲67)。修正した事項は多岐にわたるが,熱風温度が,第1ゾーンから第3ゾーンまでいずれも50度ない
し150度とされている点は,被告における同月15日の検討結果を反映したものと解される(乙16)。

発注及び納入
サンドビック社は,昭和62年(1987年)1月26日付けで,1
6.8メートルのステンレス製スチールベルト2本についての見積書を被告に提出した。納期は発注後4か月半後であるとされた。
被告は,同月22日付けのキャストフィルム用ベルト乾燥装置仕様書(甲36の追記部分のないもの)を作成して原告に交付し,原告は,同月29日,カネカ1号機を基本として,一部改良を加えるものであるこ
とを前提に,前記仕様書に基づき,カネカ2号機の受注を決定した(甲34の2)。
P3ら原告の担当者は,同年2月2日,受注後の打合せのために被告を訪れ,前記

で受領した仕様書に追記のあるもの(甲36),設置計

画図等の図面3枚(甲37),及び同年1月22日付けのキャストフィルム用ベルト仕様書(甲38)を受領した。
P3らは,同日受領した仕様書と受注を決めた際の仕様書とを比較して,追加されている項目があることに気付き(甲34の2),出張報告書にその内容を記載した。同年1月22日時点の仕様書に記載がなく,同年2月2日の打合せまでに追記されたと思われる内容は,第1ゾーン
は平行流式で風速を0~2m/秒,温度を50~150℃(±3℃)とすること,第2ゾーン及び第3ゾーンはジェット式で風速を3~15m
/秒,温度を50~150℃(±1℃)とすること,第2ゾーンの上部ノズルにはダンパーを付けること等である。
これら追加された内容は,
機械の構成としては,
原告が昭和61年
(1
986年)12月19日付で作成して被告に交付したベルト乾燥装置仕様書(甲32)の内容を反映するものであるとともに,風速,温度とい
った条件面では,被告が昭和62年(1987年)1月10日から15日にかけて行った検討の内容(前記ア

)を反映するものである。

原告は,その後も被告との打ち合わせを重ね,原告の作成した設計図面を修正したり(乙17),原告が被告に交付した仕様書(甲32)に,被告が原告に交付した仕様書(甲36)の内容を反映して,同年4月1
3日付けベルト乾燥装置仕様書(甲40)を作成するなどした上,カネカ2号機を被告の工場へ納入して,同年6月26日に被告の検収を得た(甲34の2)。
被告において実用に供されたカネカ2号機では,第1ゾーンを平行流としたことによる不具合はなく,生産速度は6m/分よりさらに上乗せ
することができた(乙54)。
また,カネカ2号機において,キャスティングされた溶液は,第1室を通過した時点で,
ノズルからの風が当たっても流れない程度に固化し,
ベルトから剥離する時点で,形が崩れない程度(タックフリー)に固化していた(証人P3)。

4
本件各特許権の出願


前記前提事実のとおり,被告は,発明者をP0及びP2として,平成元年(1989年)3月14日に本件日本特許権について,平成2年(1990年)3月14日に本件米国特許権についてそれぞれ出願し,別紙1特許権目録記載のとおり,それぞれ登録を受けた。



本件日本特許権(甲1)


本件日本特許権の請求項1ないし4は,以下のとおりである。

【請求項1】
樹脂溶液を回転するエンドレスベルト上にフィルム状に連続的に押出し又は塗布してキャストするキャスト工程と,前記キャストされた樹脂フィルムを加熱し且つ該樹脂フィルムとほぼ平行をなす方向に気体を流して該樹脂フィルムを予備固化させる平行流固化工程と,前記平行流固化工程にて予備固化された樹脂フィルムを加熱し且つ該樹脂フィルムに向かって気体を噴出させて,該樹脂フィルムを少なくとも自己支持性を備える程度に固化させる単段又は多段から構成される噴出流固化工程と,前記噴出流固
化工程を経た樹脂フィルムを前記エンドレスベルトから剥離させる剥離工程とからなることを特徴とする樹脂フィルムの連続製造方法。
【請求項2】
2つのプーリ間に巻掛けられて回転させられるエンドレスベルト上に,樹脂溶液をフィルム状にキャストして搬送させるキャスティング・搬送装
置と,前記キャストされた樹脂フィルムを加熱するとともに該樹脂フィルムにほぼ平行な気体を流して該樹脂フィルムを流動性がなくなる程度に固化させる平行流固化装置と,前記流動性がなくなる程度に固化させられた樹脂フィルムを加熱するとともに該樹脂フィルムに向かって気体を噴出させて,該樹脂フィルムを少なくとも自己支持性を備える程度に固化させる
1又は2以上の噴出流固化装置と,前記自己支持性を備える程度に固化させられた樹脂フィルムを前記エンドレスベルトから剥離させる剥離装置とを備えたことを特徴とする樹脂フィルムの連続製造装置。
【請求項3】
2つのプーリ間に巻掛けられて回転させられるエンドレスベルト上に,
樹脂溶液をフィルム状にキャストして搬送させるキャスティング・搬送装置を備えた樹脂フィルムの連続製造装置において,前記キャスティング装
置の直近に配置されたプーリに冷却手段を設け,該冷却手段により該プーリを冷却することによってエンドレスベルトを冷却するようにしたことを特徴とする樹脂フィルムの連続製造装置。
【請求項4】
2つのプーリ間に巻掛けられて回転させられるエンドレスベルト上に樹脂
溶液をフィルム状にキャストして,少なくとも自己支持性を備える程度に固化させた後,該樹脂フィルムをエンドレスベルトから剥離させて樹脂フィルムを連続的に製造する設備において,前記エンドレスベルト上に樹脂溶液をフィルム状にキャストさせるキャスティング室と,前記キャストされた樹脂フィルムを加熱し且つ該樹脂フィルムにほぼ平行な気体を流して,
該樹脂フィルムを流動性がなくなる程度に固化させる平行流固化室と,前記流動性がなくなる程度に固化された樹脂フィルムを加熱し且つ該樹脂フィルムに向かって気体を噴出させて,該樹脂フィルムを少なくとも自己支持性を備える程度に固化させる1又は2以上の室からなる噴出流固化室と,前記自己支持性を備える程度に固化させられた樹脂フィルムを前記エンド
レスベルトから剥離させる剥離室とから構成されていることを特徴とする樹脂フィルムの連続製造設備。

出願書に添付された明細書には,以下の記載がある。

(従来の技術及び解決すべき課題)
エンドレスベルトなどにキャストされたフィルム状の樹脂溶液の表面に,熱風をノズルからジェット状に噴出させて当てると,その樹脂溶液の粘度がたとえ数100poise乃至数1000poiseの高粘度であっても,その樹脂フィルムの表面には強い熱風によって生じる風紋が付いてしまった。また,熱風をノズルからキャストされた樹脂フィルムに吹きつけると,
エンドレスベルトは連続的に移動させられているため,そのキャストされた樹脂フィルムの幅方向に温度ムラが生じて,硬化・固化の速度が均一で
なくなることから,樹脂フィルムに凹凸が生じていた。
(作用)
かかる本発明によれば,エンドレスベルト上にフィルム状にキャストされた樹脂溶液は次工程に搬送されて,均一に加熱され且つその樹脂フィルムの表面とほぼ平行方向に送風される気体によって樹脂の硬化反応に伴っ
て生成された揮発成分や有機溶媒が蒸散させられる。この平行流固化工程によって樹脂フィルムが流動性がなくなる程度に予備固化させられた後,次の噴出流固化工程に搬送される。
噴出流固化工程においては,流動性がなくなる程度に固化された樹脂フィルムを一段又は複数の段階に分けて連続的に又は段階的に加熱するとと
もにその樹脂フィルムに一段又は複数の段階に分けて気体がジェット状にノズルから吹付けられ,樹脂の硬化反応に伴って生成された揮発成分や有機溶媒が効率的に蒸散させられる。

本件米国特許権(甲2)

本件米国特許権の請求項1ないし6は,以下のとおりである。

【請求項1】
以下のステップから構成される樹脂フィルムの連続製造方法。
樹脂溶液をエンドレスに回転する平滑な表面上にフィルム状にキャストする工程と,前記キャストされた樹脂フィルムを加熱し且つ該フィルムとほぼ平行をなす方向に気体を流して該フィルムを予備固化させる平行流固化工程を該平行流固化工程を実施する全ゾーンにおいて行う平行流固化工程と,平行流固化された前記キャストされた樹脂フィルムを,該平行流固化工程を実施する全ゾーンにおいて加熱し且つ該キャストされた樹脂フィルムに向かって気体を噴出して,該樹脂フィルムを少なくとも自己支持性
を備える程度に固化させる噴出流固化工程と,噴出流固化工程を経た前記キャストされた樹脂フィルムを前記平滑な表面から剥離させる剥離工程。
【請求項2】
エンドレスに回転する表面をエンドレスベルト又はキャスティングドラムとする,
請求項1に記載する樹脂フィルムを連続的にキャストする方法。
【請求項3】
平行流固化工程において樹脂フィルムを加熱し且つ樹脂フィルムとほぼ平行をなす方向に流す気体を熱風とする,請求項1又は請求項2に記載する樹脂フィルムを連続的にキャストする方法。
【請求項4】
以下から構成される樹脂フィルムの連続製造装置。

均一な厚みの樹脂溶液を,2つのプーリ間を継続的に駆動するよう巻き掛けられ,樹脂溶液がエンドレスベルト上に継続的にフィルム状にキャストされ搬送されるよう設置されたエンドレスベルト上に押出すためのキャスティング室を備えたキャスティング・搬送装置と,キャストされた樹脂フィルムを加熱し且つ平行流固化室を通過するエンドレスベルトの全長上
において該フィルムとほぼ平行な方向に気体を流し,該フィルムを流動性がなくなる程度に固化させる平行流固化室を備えた平行流固化装置と,流動性がなくなる程度に固化された樹脂フィルムを加熱し且つ平行流固化室を通過するエンドレスベルトの全長上において該フィルムに向かって気体を噴出させて,該フィルムを少なくとも自己支持性を備える程度に固化さ
せる1又は2以上の室からなる噴出流固化室を備えた1段階又は2段階以上の噴出流固化装置と,自己支持性を備える程度に固化させられた樹脂フィルムを前記エンドレスベルトから剥離させる剥離室を備えた剥離装置。【請求項5】
2つのプーリ間を継続的に駆動するよう巻き掛けられたエンドレスベル
ト上に樹脂溶液をフィルム状にキャストして,少なくとも自己支持性を備える程度に固化させた後,該樹脂フィルムをエンドレスベルトから剥離さ
せて樹脂フィルムを連続的に製造する以下から構成される設備。
2つのプーリ間を継続的に駆動するよう巻き掛けられたエンドレスベルト上に樹脂溶液をフィルム状にキャストさせるキャスティング室と,キャストされた樹脂フィルムを加熱し且つ前記平行流固化室を通過する前記エンドレスベルトの全長上において該フィルムとほぼ平行な方向に気体を流
して,該フィルムを流動性がなくなる程度に固化させる平行流固化室と,流動性がなくなる程度に固化された樹脂フィルムを加熱し且つ前記平行流固化室を通過する前記エンドレスベルトの全長上において該フィルムに向かって気体を噴出させ,該フィルムを少なくとも自己支持性を備える程度に固化させる1又は2以上の室からなる噴出流固化室と,自己支持性を備
える程度に固化させられた樹脂フィルムを前記エンドレスベルトから剥離させる剥離室。
【請求項6】
露点が樹脂溶液の温度より低い除湿気体をキャスティング室に送気する,請求項5に記載する樹脂フィルムの連続製造設備。


本件米国特許の明細書には,本件日本特許の明細書の上記引用に係る部分とほぼ同一の文章がある。



カネカ2号機と本件各発明の関係
前記3⑹イの

及び

で認定したカネカ2号機の構成を前提とすると,本

件各特許権が登録された後に,原告が,カネカ2号機と同じ構成の樹脂フィ
ルム製造装置を製造販売した場合,当該装置は,少なくとも本件日本特許権の請求項2の技術的範囲に属することになる。
5
本件実施許諾契約の締結


クラレ社との関係

平成2年(1990年)11月ころ,クラレ社は,原告に対し,フィルム成膜装置の試験機の見積りを依頼し,原告は,同月16日付けで見積仕
様書を作成し,クラレ社に交付した(甲72)。
前記見積仕様書のうち,成膜の乾燥が行われる部分については,第1ゾーン8mは最高温度120度のカウンターフロー式であること,第2ゾーン8.6mは最高温度150度の両面ジェット式であること,第3ゾーン8.
1mは最高温度150度の片面ジェット式であること,
第4ゾーン8.

6mは最高温度150度の両面ジェット式であること,第5ゾーンは両面ジェット式で25度の室内エアーを吹き付けることとされている。クラレ社が発注しようとした機械の具体的仕様は不明であるものの,前記仕様のまま確定すれば,本件日本特許権の技術的範囲に属する可能性はあったものと認められる。


本件日本特許権の出願公開は平成2年(1990年)9月21日になされており(甲1),いずれかの時点でその内容を知ったクラレ社の従業員であるP11は,平成4年(1992年)3月,原告の化工機械部の部長であったP4に対し,被告がベルト成膜装置に関し特許を出願している旨を伝え,前記P11は,同月17日,P4の依頼により,本件日本特許権
の出願公報及びドイツの特許公報を,
P4宛にファクシミリで送信した
(甲
41,79)。

クラレ社は,同年6月2日,原告に対し,本件日本特許権について,原告から被告に申し出て,被告の了解を得ておくよう依頼した(乙45)。しかしながら,クラレ社が原告に発注しようとしていたフィルム成膜装置
については,カウンターフロー式を使用せず両面ジェット式とすることが同年8月3日付けの最終仕様書で確定したため(甲74),前記依頼の件はそれ以上進展しなかったものと考えられる。

原告の対応(甲78,79,証人P3,証人P4)

原告内部における検討
クラレ社から連絡を受けたP4は,P3及び知的財産権を担当してい
る原告の研究開発部門に検討を指示すると同時に,P12弁理士にも相談した。P3は,出願公報等の内容を確認し,P3がした発明について被告が特許を取得しようとしていると考えて憤慨するとともに,このまま特許が成立すれば,原告が,カウンターフロー式とジェット式を併用したベルト式乾燥装置を顧客に販売できなくなるおそれがあると考えた。
原告は,平成4年(1992年)6月24日,社内で打ち合わせを行い,フィルムキャスト機についての原告の研究開発の経緯,実績,被告への納入経過等について確認した。その結果,カネカ2号機の計画に際し,カネカ1号機の第1ゾーンがジェット式では問題が出るので,良い乾燥方法はないかと被告から相談を受けたところ,他の加工機の経験か
らP3が平行流を提案して,仕様書及び図面を付した見積りを提出し,正式に被告から購入仕様書の提示があって受注したとの経緯が確認された(甲80)。
原告は,前記経緯を前提に,①権利を回避する(逃げる),②冒認出願や公知・公用を主張して権利をつぶす,③権利をつぶすことを示唆し
つつ,被告から買取交渉をするとの3案を検討した上,資料を整えた上で,P4が被告と交渉することとなった。
P4の指示を受けたP3は,数か月かけて,フィルム成膜機や平行流についての原告における研究開発の経緯実績,カネカ2号機の受注の経緯,原告の機械装置の販売実績等に関する資料を集めてP4に交付し,
P4は,それらの資料を前提に,被告に対する説明用に,カネカ2号機の開発経緯を時系列で整理した書面(甲81の元となる書面)を作成した。

被告への説明
P4は,原告の営業部門が日常的に接触する部署である,被告大阪本社資材部のP13課長に連絡をとり,被告が特許を申請した件について
協議したいので,発明や技術を所管する部署の適任者を紹介して欲しい旨を申し入れたところ,P13課長は,被告大阪本社技術部のP5を訪ねるようP4に言った。
P4は,平成4年(1992年)秋ころ,被告の大阪本社にP5を訪ね,
P3が収集した前記資料及びP4が作成した前記整理書面を示して,原告のした発明について被告が出願していることを,数回にわたって説明した。
P5は,P4の主張を肯定することもなかったが,逆に,P4の説明内容を否定したり,異議を唱えたり,被告の担当者が発明者であること
を積極的に主張することもなく,P4の説明を真摯に受け止めている様子であったため,P4は,P5の理解が得られたものと思い,数回目の訪問の際に,本件各発明に係る特許出願について,被告と原告との共同出願の形にしてもらいたいと述べた。
しかしながら,P5が,共同出願にすることは手続上できないと,こ
れを即座に断ったため,P4は,原告も特許権者と同じように権利行使ができるようにしてもらいたいと再度P5に申し入れ,P5が,社内で検討すると答えたため,P4は被告を辞去した。
なお,P4は,前記交渉の過程において,本件各特許権が成立すれば宇部興産又はクラレ社といった特定の顧客の関係で不都合である,ある
いは宇部興産又はクラレ社といった特定の顧客に販売するためのライセンスを求めているといったことをP5に述べたことはなく,あくまで,特許権者またはこれと同じ様な立場で,原告が本件各発明の実施品を製造販売できるようにすることを目的としてP5と交渉を行っていた。また,P2は,本件各発明やカネカ2号機の開発経緯について被告内
部において聴取を受けたこともなく,P5とP4との交渉にも一切関与しなかったため,その当時,本件実施許諾契約に至る経緯やその内容に
ついては,ほとんど把握していなかった。
なお,P2の証言の中には,本件各特許権の出願についてP4からP2に連絡があり,P2はその旨を上司であったP14に報告したとする部分があるが,P4の証言と符合しないし,発明者として出願書類に記載されているP2自身に,P4から原告の発明である旨の連絡があった
とすれば,これに反論したり,その後の調査や交渉に関与したりするのが通常と思われるが,P2の証言によれば,本件実施許諾契約締結の事実もその内容も,当時P2には知らされておらず,不合理といわざるを得ない。上記P2の証言は採用できない。

被告の対応
P5は,平成5年(1993年)2月8日,P4に対し,被告が作成した契約書案(甲11,以下当初案という。)を送付した。
当初案は,要旨,被告は本特許権(日本における出願のみ)についてその範囲全部にわたる通常実施権を原告に許諾すること(前文及び第1
条),被告は原告が自己の費用で実施権の設定登録をすることに同意すること(第2条),本特許実施許諾の対価に代わるものとして,被告が原告に機械又は装置を発注する場合,原告は見積価格について被告と十分協議し,他社同等品と比して被告に最も有利な見積価格とするよう最大限の努力をすること(第3条),実施上の責任(第4条),不争義務
(第5条),侵害の排除(第6条),解約(第7条),有効期間は本特許権の消滅の日までとすること(第8条),協議(第9条)を内容とするものであった。
当初案は,事前にP4と交渉したり,P4に内容を打診したりすることなく,P5が一方的に送付したものであった。

P4が当初案をP12弁理士に送付し相談したところ,P12弁理士は,同月10日,P4と面談して(甲12),原告が得る権利を通常実
施権ではなく独占的通常実施権とした方がよいこと,海外でも出願されているのであるから海外の特許も対象とした方がよいことをアドバイスし,P4は,P5に対し,その旨を伝えた。
P5は,平成5年(1993年)10月ころ,P4に対し,契約書案を再度送付した(甲3の元となるもの。以下改訂案という。)。

当初案の第2条(実施権の設定登録),第3条(優遇措置),第4条(実施上の責任),第5条(不争義務),第6条(侵害の排除),第7条(解約),第8条(契約有効期間)及び第9条(協議)は,そのまま改訂案に承継されている(一部項番変更)。
他方,
前文は,
当初案では日本の特許出願のみが対象とされていたが,

改訂案では,対象となる特許権として,日本,米国,カナダ及び欧州での特許出願を掲げる。
また,第1条は,当初案が通常実施権の許諾であったのに対し,改訂案では,独占的通常実施権の許諾へと変更する一方で,被告及び被告の関係会社である米国法人アライドアピカル株式会社については,本特許
権の請求範囲に含まれる装置及び設備を第三者から購入することも含め,無条件で本特許権を実施できることを新たに定めた。
さらに,改訂案の第3条は,原告は,本契約締結後,それまでに被告が負担した本件特許取得並びに維持に要した費用の半額を速やかに被告に支払うこと,それ以後に発生する当該費用についても,被告は原告に
その半額を請求し,原告は速やかに被告に支払うことを定めるものであり,これに対応する条項は,当初案には存在しなかった。

本件実施許諾契約の締結及びその後の経緯(乙55,証人P6)
P4は,改訂案について,P12弁理士の助言による原告の希望内容
が反映されていると判断し,その内容で契約を締結することした。原告と被告は,同年12月2日,被告側は取締役であり技術部長であ
ったP15が,原告側は代表者であったP16が記名押印し,本件実施許諾契約を締結した(甲3)。
なお,被告が特許のライセンス契約をする場合,通常,社長の内部決裁を得た上で,その事業を所管する事業部の部門長名義で締結し,契約書を所定の場所にファイリングした上で,社内のデータベースに登載す
ることとされている。
本件実施許諾契約については,後記認定するとおり,社長の内部決裁得る手続が執られておらず,電材事業部の所管であるポリイミドフィルム事業について,
これを統括する立場にもない技術部長名義で締結され,
有効期間中であるのに(本件各特許権が存続中),契約の期限が切れた
ライセンス契約書等を収納する場所にファイリングされていて,社内のデータベースにも登載されていなかったという特異な事情が存するものの,
その経緯は不明であり,
記名押印したP15の代表権に争いはない。
P5は,平成6年(1994年)1月12日,P4に対し,特許の件(報告)と題した書面を送付し,本件各特許権等の出願及び登録状
況を報告した(甲83)。
本件実施許諾契約締結後,被告からのライセンスが得られたことは,原告の社内で共有され,原告は,ポリイミドフィルム製造のテスト機を数社に販売した(証人P3)。
原告は,本件各特許権の存続期間中,通常実施権の設定登録を行わな
かった(甲1,2)。
6
本件各機械装置の売買契約等


契約と納入

原告は,平成16年(2004年)4月21日及び平成18年(2006年)12月28日,KOLON社に対し,それぞれ別紙2機械装置目録記載1及び2の機械装置を販売する旨の売買契約(以下本件機械売買契約1及び2という。を締結し,

韓国にある同社の亀尾工場に納入した。

原告は,平成17年(2005年)1月17日及び平成18年(2006年)12月8日,SKC社に対し,それぞれ別紙2機械装置目録記載3及び4の機械装置を販売する内容の売買契約(以下本件機械売買契約3及び4という。)を締結し,韓国にある同社の鎮川工場に納入した(甲
42,43,45,46)。

本件機械売買契約1及び2並びに同3及び4の各締結に先立ち,原告の担当者は,SKC社及びKOLON社に対し,本件実施許諾契約についての説明をした(証人P3)。


本件機械売買契約1及び2の各契約書には,いずれも15.特許の免責販売者は購入者に対して,販売者が供給した機器および材料,道具,器具,または製造技術の利用の結果としてのまたは上記の関連から生じた著作権,商標,または特許の侵害申立,並びに本契約に基づく本機器から作られた製品の侵害の申立に関する請求もしくは訴訟を理由とする,あらゆる全ての損失,責任もしくは経費の責任を免除し,購入者に損害を与えないようにすると共に,いかなる請求および訴訟から購入者を保護し,それに付随する全ての費用および経費を支払うものとする。との本件補償条項の定めがある。

参加人の設立と本件各製品の製造販売等

KOLON社は,平成20年(2008年)4月30日,SKC社との間で合弁事業契約を締結し,合弁会社である参加人を設立して,KOLON社のポリイミドフィルム事業を分離して,これを包括的に参加人に移転すると共に,これに関連するすべての権利義務を参加人に譲渡した。

参加人は,同年4月以降,本件各機械装置を使用してポリイミドフィルム製品である本件各製品を製造し,本件各製品は,参加人により直接,又は参加人から買い受けた者により組み込まれた最終製品の形で,米国に輸
入された。

SKC社及びKOLON社は,平成22年(2010年)12月9日,参加人及び原告との間で,前記各機械売買契約に基づく権利義務を参加人が承継する旨をそれぞれ合意し,原告は,これを異議なく承諾した(甲44,47)。

7
本件米国訴訟の経緯


訴訟提起に至る被告の検討(乙35,36,50,51,55,56,61~63,証人P9,証人P6)

平成19年(2007)年までの検討
被告は,FPC用のポリイミドフィルムを製造販売していたが,平成17年(2005年)ころ,参加人の前身であるSKC社らが,ポリイミドフィルムをFPCの加工メーカーにサンプル提供を始めているとの情報に接し,入手した物の物性を評価したところ,被告の製品に大きく劣るものとされた。

被告は,ハイグレードなポリイミドフィルム商品であるアピカルNPIを独自に開発しており,これについて複数の基本特許(以下NPI関連特許という。)を保有していたが,SKC社らの製品の物性が徐々に改善され,アピカルNPIと同タイプの製品を顧客に紹介しようとしていたことから,被告は,SKC社らが,NPI関連特許及び本
件各特許権を実施していることを疑った。
平成19年(2007年)2月26日,被告の電材事業部,特許部に属するメンバーが集まって,米国における訴訟提起の可否について検討した。
この時の協議内容は,SKC社らは,フィルムの組成に関するNPI
関連特許を実施していると思われるが,同特許は平成20年(2008年)1月に権利が満了するところ,SKC社らの本格的な事業開始は2
008年以降と推察され,現在は供試の段階であるから,訴訟を提起してもインパクトは与えられず,また,本件米国特許権について,SKC社らがベルト式乾燥機を実施しているかは不明であるとされ,結論として,この段階での訴訟の提起は見送られた。

平成21年(2009年)以降の検討(乙35,36,51,55,証人P9)
被告は,平成19年に訴訟の提起を見送った後も,SKC社らの動向を注視しており,平成20年(2008年)に参加人が誕生した後,急速にシェアを拡大して,平成21年(2009年)には被告の脅威とな
ったことから,改めて本件米国特許権による権利行使の可能性を検討するようになった。
被告が,平成19年の検討時に入手していたSKC社らのフィルムの厚みムラとそれ以降に入手したフィルムの厚みムラとを比較したところ,参加人の新しい製品は,長尺方向にも幅方向にもムラが減っており,被
告の製品と同レベルの品質であることが判明した。
また,
参加人のホームページには製造工程の概略図が開示されており,
これによって,被告と同じベルト式の乾燥装置を利用し,触媒を原料に混合していることが確認されたが,触媒を原料に混合した場合,樹脂の粘度が低下し風紋が生じやすくなるところ,非送風部分を設けるとベル
トの速度を落とさなければならないから,ベルトの速度を落とさないために,平行流を利用したベルト式の乾燥装置を利用していることが推認され,本件米国特許権の実施が強く推認されると考えた。
被告の知的財産部長は,上記検討をとりまとめ,平成22年(2010年)6月23日,参加人のポリイミドフィルムを分析した結果,米国
特許7018704号の少なくとも請求項1,米国特許7691961号の請求項1及び9の範囲に入ることが確認され,本件米国特許権,米
国特許6264866号及び米国特許6746639号にクレームされた方法を使用して製造されたことが強く推定され,提訴により,参加人の安値攻勢を緩和させる効果が期待できること,市場の参加人製品買い控えの効果が期待できることなどから,参加人に対し訴訟をする意義はあり,総じてリスクは少ないとする協議者所見を,被告の社長宛提出し
た。
被告は,前記協議者所見に基づき,参加人に対する訴訟の提起を決定した。
なお,被告において,参加人に対する訴訟提起の有無を検討する過程で,本件各製品の製造に使われたベルト乾燥機が,原告が製造したもの
であるということや,原被告間の本件実施許諾契約の存在について,何らかの言及,検討がなされたことを示す証拠は提出されていない。⑵

訴訟の提起等(丙5~8)

提起
被告は,平成22年(2010年)7月26日,韓国の会社であるエス
ケーシー

コーロン

ピーアイ

インコーポレイテッド
(SKCKOLO

NPI,Inc.商号変更前の参加人)及び米国の会社であるエスケーシー
インコーポレイテッド(SKC,Inc.参加人の前身とは異なる。
両者を併せ単に参加人という。)に対し,参加人は,本件各製品を製造し,使用し,販売し,販売を申込み及び/又は米国に輸入して,本件米
国特許権の直接侵害,間接侵害及び/又は誘引侵害を行ったこと,並びに被告が保有する他の米国特許権を侵害したことを主張して,本件米国訴訟をテキサス東部地区連邦地方裁判所に提起した。

移送
テキサス東部地区連邦地方裁判所は,平成23年(2011年)3月30日,本件米国訴訟及び反訴を,カリフォルニア中部地区連邦地方裁判所
(以下連邦地裁という。)へ移送する旨の決定をした。

本件ITC調査手続と訴訟の停止
被告は,平成23年(2011年)3月31日,ITC(国際貿易委員会)に対し,参加人を相手方として,本件米国特許権を含む複数の被告保有の米国特許権について,参加人による侵害を主張し,修正された193
0年関税法第337条違反に係る調査を申し立て,本件ITC調査手続が開始された。
これを受けて,連邦地裁は,平成23年(2011年)7月11日,本件ITC調査手続の完全な解決まで,訴訟手続を中止する旨を命令した。⑶

原告の仲介の申出(乙32~34)

原告の取締役・化工機械部長であるP17は,
平成23年
(2011年)
5月23日,
被告の電材事業部技術統括部長であるP18宛に,SKCK
OLONPIから貴社への正式申入れと題する書面を送付し,
参加人と
の取引関係から,被告への橋渡しの依頼を受けたこと,被告がポリイミドフィルムに関する特許問題で参加人を提訴していることは承知しているこ
と,特許で争うより国際的にアライアンス等で組む方が双方にとり実利があること,参加人より,被告の出資を要請する申入れがあったこと,原告の社長が説明に行くこと等を述べた。
また,P17は同日付で,原告の社長が金融機関にも仲介を依頼した件について謝罪するメールをP18に送った。


前記P18は,同月26日,P17に対する文書を送付し,原告を通じての参加人との面談については断ること,原告の社長の説明は無用に願うこと,参加人からの申入れには国内外の競争法(独禁法)に違反する可能性がある内容が含まれており,被告は一切関与しないこと,訴訟について
は代理人弁護士を介さず直接コンタクトすることは固く止められていること,今後,本件に関し原告から被告に連絡があっても,返事をしないこと
もあることを述べた。

原告の取締役社長P19は,同年12月20日付け書簡を被告の取締役社長P20に送付し,被告と韓国のSKCコーロンがポリイミドフィルム製造装置に関し,米国ITCで係争中と聞き,今年5月に韓国側より被告と和解の方法を見いだせないかと原告に仲介の依頼を受けたこと,被告に
打診したが断られたこと,12月に入り再度仲介依頼があり,一旦断ったが再度強く依頼されたこと,両社が裁判に費用と時間を費やすのは大変であり,韓国側の意向を直接被告に伝えたいこと,原告代表者との面会又は何らかのメッセージを伝えて欲しいことを書き送ったが,被告はこれに返答しなかった。



本件ITC調査手続(丙7~11,18,22)

参加人従業員の供述
平成23年(2011年)12月19日,本件ITC調査手続の個人ビデオデポジションにおいて,参加人の従業員は,KOLON社の工場にある亀尾第1ライン及び亀尾第2ラインに使われたテンター及びベルトドラ
イヤーの製造者は,原告である旨を述べた。

P6の供述(丙18,証人P6)
P6は,平成23年(2011年)の年末ころ,本件ITC調査手続のデポジションを受け,本件実施許諾契約について尋ねられたが,知ら
ないと答えた。
P6は,同デポジションの際に,2003年に,少なくとも二人以上の被告の従業員が,被告の設計に驚くほど似た装置がSKC社らに供給されることを知っていたかとの質問に対し,
これを肯定する供述をした。
なおP6は,前記供述について,当裁判所における尋問の際には,こ
れは被告が使用しているAC炉と非常に似た装置がSKC社に供給されるという情報を被告の人間が聞いていたという意味であって,ベルト成
膜装置について供述したものではないこと,原告が製造した機械がSKC社に導入されていることは当時知らなかったこと,被告は2006年ころまでに原告からポリイミドフィルム製造のラインを合計6台導入するなど良好な関係にあったから,原告がSKC社にポリイミドフィルム製造のための機械装置を供給するということは,あり得ないと思ってい
たこと,SKC社の機械が原告製であることを確定的に認識したのは,当裁判所において証人として採用された後であることを証言した。⑸

本件実施許諾契約の調査,検討(証人P6,証人P9)

P6らの調査
P6は,前記デポジションの後,被告の代理人弁護士を介して,参加人
の代理人弁護士より,被告の原告に対するライセンスが本当にないか,もう一度調べるよう依頼を受け,再度被告社内を探索したところ,平成24年(2012年)1月5日ころ,契約の期限が切れたライセンス契約書等をファイリングするところに,本件実施許諾契約の契約書を見出した。イ
社内調査
被告の知的財産部に所属する従業員であったP9は,同月5日ころ,被告の代理人弁護士から,本件実施許諾契約の契約書を送付され,P6と共に被告内部においてその背景事情について調査し,決裁したP15,P2,
P5,当時の事業部長,管理課長に事情を聞いたが,契約が締結された経
緯も背景も分からず,決裁をしたP15も,契約そのものをあまり覚えておらず,P5も全く記憶にないとのことであった。
P6らは,被告では,他社に特許のライセンスをする場合,社長に提案してその了解を得ることが必要であるのに,
本件実施許諾契約については,
社長提案がされておらず,社内のデータベースにも登載されておらず,ポ
リイミドフィルムは電材事業部の所管であるのに,技術部長の名で締結されているなど,変わった契約であると思った。


検討
P6,P9ら被告の本件米国訴訟担当者は,本件米国訴訟の代理人及びP8弁護士の意見を聴いて,本件実施許諾契約の内容について検討し,競合他社に対してはライセンスをしないという被告のポリシーに沿って,本件実施許諾契約は,原告が機械装置を販売した第三者に対し本件各特許権
等の実施を許諾する,すなわち再実施許諾権を与える内容とはなっていないから,本件実施許諾契約の存在は,本件米国訴訟上大きな問題にはならないと判断した。

本件米国訴訟の審理

審理の再開(丙10,11)
本件ITC調査手続については,修正された1930年関税法第337条違反が存在しないとの予備判定を経て,平成24年(2012年)10月5日,これを終了する旨の委員会決定が通知されたため,その後,本件米国訴訟の審理は再開された。


参加人の主張
非充足(乙37,58)
参加人は,本件米国特許権のクレームは,平行流固化過程の全ゾーンにおいて平行流を流すものでなければならないが,参加人の方法では,ゾーンの中に意図的な垂直の空気流が含まれるからクレームを充足せ
ず,加熱や露出による平行流の予備固化もないから,やはりクレームを充足しないことを主張した。
抗弁(丙12)
積極的抗弁を裏付ける事実を尋ねる被告の質問に対し,参加人は,被告が本件米国特許権について原告とライセンス契約を締結し,原告に対
し本件米国特許権及びそれと同様の外国特許について,いかなる地理的又は時的制限のないグローバルポートフォリオの中の特許権の全ての範
囲をカバーする独占的ライセンスを付与したこと,原告は参加人のポリイミドフィルムの製造ラインを製造したことである旨を回答した。ウ
被告の主張
侵害(丙13)
侵害の態様等の特定を求める参加人の質問に対し,被告は,参加人が
遅くとも2003年まで遡って,特許に具体化されたプロセス及び製品をコピーしたこと,特許にクレームされた装置を被告が使った業者と同一の業者から購入し,参加人(及びその前身)は,本件米国訴訟提起以前もそれ以降も,主張された特許のプロセスと製品をコピーするため,被告のものと同じ方法で同じ装置を使用していたことである旨を回答し
た。
抗弁不成立(乙4,6,甲13)
被告は,本件実施許諾契約の文言は不明確であり,このような場合,契約の解釈にあたり,日本の裁判所は外部証拠を考慮するが,外部証拠によれば,本件実施許諾契約は宇部興産に対する販売を許諾するもので
あり,被告の競業者に実施を許諾したと解釈すべき明示的文言も外部証拠も存在しないから,消尽,黙示の承諾は成り立たないと主張した。また被告は,本件実施許諾契約は参加人による特許権の消尽及び黙示のライセンスの抗弁の要であるが,ライセンスの範囲に関しては争いがあり,その点については各当事者の意図に関する外部証拠の検討が必要
であるところ,P2及びP21の証言によれば,原告と被告は,ライセンスの範囲を宇部興産に限定する意図であったと主張した。

P6の供述(丙18)
本件米国訴訟の公判で,前記⑷イの本件ITC調査手続におけるP6のデポジションのビデオが再生された。


P3の供述(甲4)

P3は,宣誓供述書により,カウンターフロー方式(平行流方式)を乾燥工程の第1ゾーンに使用し,乾燥工程の第2ゾーン以降はジェット方式にする方法は,P3がP0及び被告に提案した内容であること,被告の出願を知って驚いたこと,宇部興産のフィルム製造方法は被告と異なり,宇部興産が原告にカウンターフロー方式の採用を求めたことはないこと等を
供述した。

P4の供述(甲5)
P4は,宣誓供述書により,ベルト成膜方式にカウンターフロー方式を組み合わせた機械は,原告が発明したものであり,被告の特許出願を知って驚いたこと,被告大阪本社資材課より技術部のP5を紹介され,P5に
事情を説明したこと,共同出願を希望したが拒絶され,本件実施許諾契約となったこと,P4は,ベルト成膜方式にカウンターフロー方式を組み合わせた機械を自由に販売する権利を確保するために被告と交渉したものであり,本件実施許諾契約は原告に独占権を与えるものであって,販売先に何らの限定も設けられていないこと等を供述した。


P2の供述,証言(丙20,30,31,証人P2)
P2は,宣誓供述書において,本件米国特許権の発明は,P2と共同発明者であるP0によって発明され,原告は何ら貢献していないこと等を供述した。

P2は,宣誓供述書において,原告は,この新しい設備を宇部興産に販売することができるように,これらの特許のライセンスを被告に要求したこと,宇部興産は被告の競業者ではなかったため,被告は原告にライセンスを与えることに合意し,原告が設備を宇部興産に販売することを許したこと等を供述した。

また,P2は,本件米国訴訟の公判で,証人として,競合他社でなければ問題ない,販売しても問題ない,被告と競合しない限り問題ないと
いうのが,原告との話し合いの内容であった旨を証言した。
他方P2は,当裁判所における尋問では,P2は被告とのライセンス交渉に関与していないこと,本件実施許諾契約の締結及び内容も,本件米国訴訟のトライアル前まで知らなかったこと,本件米国訴訟における前記供述は,推定というか思いであって,宇部興産であれば被告の競争相手ではない,それはいいんじゃないかということを自分なりに推定した,そういうふうに思ったという程度のことであり,自分の心証,推測である旨を証言した(本件米国訴訟の時点で,本件実施許諾契約当時の事情を推測したとの趣旨と解される。)。

P2は,本件米国訴訟の公判で,証人として,原告のP4から電話を受け,彼らが販売したかったのは,対立しない市場に対してである,そういう印象を受けた旨を証言した。
P2がP4から電話を受けた事実が認められないことは既に述べたとおりであるが,P2は,当裁判所の尋問において,P4から会社の名前
が出た記憶はなく,対立するしないといった具体的な詳しい話はなかった旨を証言した。
P2は,本件米国訴訟の公判で,証人として,原告へのライセンスの付与は,競合他社以外の者に販売を行おうとしていたのであれば,ライセンスを与えることに問題はないという協議に沿ったものであろうと証
言し,宇部興産がその分野において競合他社でないならば,おそらく販売しても問題ない,あるいはその目的のために原告にライセンスすることは問題ないだろということを,被告のポリイミドフィルムに関与する者の間で議論されているのを何度も聞いた旨を証言した。
しかしながらP2は,当裁判所における尋問では,被告のポリイミドフィルムに関与する者の間で議論されているのを何度も聞いたという上記証言は,P2が被告本社に出張し,会食した際などに,こういう
ライセンスの話があるよね,競争相手でないならいいんじゃないのという程度の話を聞いたとの意味であること,そのようなことがあったのは1,2回だと思うこと,その場に誰がいたかは覚えていないことを証言した。

P8弁護士の意見,証言録取(丙2,3,丙29)
P8弁護士は,平成26年(2014年)6月9日付け反論専門家意見書(以下P8意見書という。)を,本件米国訴訟に提出している。P8意見書は,日本及び米国ニューヨーク州で弁護士業務を行う資格を有する弁護士であり,本件米国訴訟の被告代理人に雇われた者である
P8弁護士が作成した,本件実施許諾契約の解釈等に関する専門家意見書である。
P8意見書は,被告が,本件実施許諾契約に基づき原告にライセンスを許諾することによって,
原告により製造された製品の全ての購入者
(被
告の競合者を含む。)に対し黙示的にライセンスを許諾し,ライセンス
の対象とされる特許権をそれら購入者が適切と考える方法で実施する権利を与えるとの意図を有していたと結論付けさせるような明示的な文言は本件実施許諾契約にはなく,また,外的情報もないとするものである。なお,P8意見書の末尾には,上記のP8弁護士の意見は,被告の従業員より得た以下の事実,すなわち①本件実施許諾契約が締結された当
時,被告は競業者に対してライセンスを許諾しない方針であったこと,②本件米国特許に係る発明は,被告の従業員にのみ発明され,原告はこれに一切貢献していないと理解していることに基づくものである旨記載されているが,P8弁護士は,上記意見書及び下記の補足意見書を作成するに当たり,P2に対して事実関係等に関するインタビューを行った
ことが認められる(証人P2,証人P9)。
P8弁護士は,同月18日に行われた証言録取において,原告(原文
では黒塗りにされているが,文脈上明らかである。)が被告にライセンスを要求した理由について,P2から何か情報を得たかという問いに対し,

そのころ,●●(原文では黒塗りにされている。)がP2に対し,そのような特許があると●●(同上)に対して装置を販売することができないので,その特許について懸念していると言った。

P2は,宇部は被告の競業者ではないので,宇部がこの特許を使用することに問題はなかった。

等と答えている。しかしながら,P2が,当裁判所における尋問で,原告とのライセンス交渉には関与していないこと,原告側から会社の名前が出たことはないこと,
宇部興産であれば被告の競争相手ではないからよいというのは,

自分の心証,推測として述べた旨証言していることは,既に述べたとおりである。
P8弁護士は,平成27年(2015年)2月17日付け補足意見書を提出し,日本法の下で,本件実施許諾契約における本特許権についてその範囲全部にわたるという語句の解釈について,日本の裁判所は
外的証拠を考慮することを義務付けられるであろうこと,裁判所は,被告が原告に対し宇部興産及び被告と競業しない他社に対して設備を販売する権利のみを許諾したと判断するであろうことを述べた。

本件米国訴訟の判断

命令(乙7,59)
連邦地裁は,当事者双方からの略式判決の申立てその他の申立てに対し,平成27年(2015年)3月25日付け命令を発し,同命令は同年4月10日に公開された。その内容は要旨以下のとおりである。参加人が本件米国特許の非侵害を理由に略式判決を求めたことに対
し,連邦地裁は,マークマンヒアリングを経て,ベルト乾燥機の第一室の大部分には平行流があるが,第一室のフィルムが室から出る位置に近
いところに,垂直方向に直接フィルムに向けて送気するダクトが設けられていることは争いがないとされ,参加人は,平行流は,前記第一室の全体に平行流がなければ平行流固化過程のゾーン全体にあるとはいえず,キャストされた樹脂フィルムを加熱し且つ該フィルムとほぼ平行をなす方向に気体を流して該フィルムを予備固化させる平行流固化工程を該平行流固化工程を実施する全ゾーンにおいて行う平行流固化工程の文言を充足しない旨を主張するが,当裁判所は,ゾーンとは,予備固化室全体ではなく固化が発生するゾーンを指すとする被告の解釈に同意するとして,本件米国特許権の非侵害に係る略式判決を求める
参加人の申立てを却下した。
参加人が,被告が責任を問われている設備の販売を原告に許諾したことにより,特許権の消尽又は黙示的ライセンスが成立するとして略式判決を申し立てたことに対し,連邦地裁は,日本法上,たとえ契約の規定が明確に見えても,裁判所は外部証拠を考慮するであろうということの
立証があるので(証拠としてP8弁護士の前記補足意見書その他が掲げられている。),被告の外部証拠は考慮されるべきであり,その証拠が,当該契約の意味に関して正式事実審理に付すことができる争点を創出する旨を認定した。
そして連邦地裁は,被告の立場の裏付けとして,被告は本件米国特許
権の発明者の一人であるP2の宣誓供述書を提出しており,P2は,本件米国特許権に具現された改良を含む設備を宇部興産に販売するために,原告が被告に実施許諾を要請し,被告は宇部興産を自社の競合者の一つとは考えていなかったため,宇部興産に設備を販売するためにのみ使用されるであろうとの理解で,原告に実施許諾を付与したことを述べ
ており,被告は,競合者に自社の技術を実施許諾しない確固たる方針を堅持しており,当該方針は原告も認識していたと思われるとするP21
の宣誓供述も提示しているから,被告から提供された証拠を精査する合理的な陪審であれば,本件実施許諾契約は,責任を問われている設備を宇部興産に対して販売する権利のみを原告に許諾したと結論でき,そのように解釈された本件実施許諾契約は,参加人に関し,被告の権利を消尽させないとして,本件米国特許の消尽の論点に関する略式判決を求め
る参加人の申立てを棄却した。
参加人は,被告が原告に付与した明示的な実施許諾に基づき製造販売された設備を使用することについて,法令上の黙示的なライセンスを有することも主張したが,連邦地裁は,消尽についての議論と同様の理由により,合理的な陪審であれば,本件実施許許諾契約が,宇部興産に対
してのみ設備を販売する制限を含んでいたことを被告の証拠が立証していると認定でき,他の会社に設備を販売する黙示のライセンスを排除するとして,この論点に関する参加人の略式裁判を求める申立てを棄却した。

陪審への説示(乙9)
連邦地裁は,平成27年(2015年)11月18日,陪審に対し,以下の説示を行った。
説示第31
参加人は,被告が本件米国特許権を原告にライセンスしたと主張して
おり,また原告がこのライセンスに基づき本件米国特許権を具現化するポリイミドフィルム生産設備を参加人に販売することが認められたと主張する。参加人はさらに,本件米国特許権を具現化するポリイミド生産設備を原告から購入したことを理由に,参加人は本件米国特許権侵害の責任を負わないと主張する。これは特許消尽の抗弁と呼ばれる。

参加人の特許消尽の抗弁が有効となるためには,参加人は,本件米国特許権を主張する被告の権利が原告に対するライセンスに基づき消尽し
た可能性の方が,そうでない可能性より高いこと証明しなければならない。この証明責任を果たすために,参加人は,下記を示さなければならない。
第1
第2

原告が,ポリイミドフィルム生産設備を参加人に販売したこと
原告による参加人に対するポリイミドフィルム生産設備の販売
が,被告のライセンス条項に基づき認められていたこと

説示第32
ライセンス契約の解釈にあたり,陪審は,その契約の文言と共に,当事者の意図,その契約の締結に至った状況を考慮することができる。ウ
評決(乙8)
連邦地裁の陪審は,平成27年(2015年)11月19日,要旨以下の評決を行った。
被告は,参加人が,本件各製品を米国に輸入し,若しくは米国で販売の申し出又は販売をしたことにより,本件米国特許権及び米国特許76
91961号(以下961特許という。)についての直接侵害及び誘引侵害が成立することを立証した(立証できていない蓋然性より立証できた蓋然性の方が高いとの意味。以下同じ。)。
被告は,被告が訴状を提出した2010年7月26日以前に,参加人が本件米国特許を知っていたことを立証した。最初に知ったのは200
4年8月5日であった。
参加人は,本件米国特許権及び961特許が無効となる高い蓋然性を証明していない。
参加人は,原告の本件各機械装置の参加人への売却が,被告が原告に与えたライセンスにより正当化されることを立証していない。

参加人は,
本件米国特許の誘引侵害よる逸失利益が592万0389.
50米ドルであることを立証した。

参加人は,
961特許の誘引侵害による逸失利益が756万8375.
56米ドルであることを立証した。

命令(乙11)
参加人は,陪審の評決に対し,黙示的ライセンス及び消滅時効の衡平法
上の抗弁が被告の請求を妨げることを主張して,法律問題としての判決その他を求める申立てをした。
連邦地裁は,平成28年(2016年)8月2日,要旨以下の理由を述べて参加人の申立てを棄却し,参加人が主張した衡平法上の抗弁は,被告の請求を妨げないと認定した。

参加人は,衡平法上の抗弁を主張するが,コモンロー上及び衡平法上の請求により提示された複数の事実問題の間に相当の共通性がある場合,コモンロー上の請求に関する陪審の事実認定は,裁判所による衡平法上の判断を拘束する。
本件実施許諾契約が,参加人の前身に対するポリイミド製造設備の販
売を認めるものではなかったとの陪審の認定は事実認定であり,裁判所は,販売が認められていたと認定することはできず,前記陪審の認定を承認する。
陪審は,契約の文言と共に,当事者の意図及びその契約の締結に至った状況を考慮することができるとの説示を受け,それらを考慮したと結
論付けるのが合理的である。
本件実施許諾契約は,一見したところでは,本件米国特許を実施した設備を販売する独占的ライセンスを原告に許諾したことを示唆する内容であるが,実際は,被告と競合しない顧客に対して設備を販売することを許可したのみであったと原告が知っていたことを示す証拠を,被告は
提出した。その証拠は,本件米国特許権の発明者の一人であるP2が,本件実施許諾契約を締結する前,原告は被告の非競合者に販売できるよ
うライセンスを希望したと聞いたこと,すなわち

競合者でなければ,よい,販売してもいいだろう。販売され,それが当社と競合しないようであれば,いいだろう。それがヒラノとの協議でした。

と証言したことであり,さらに被告のP21が,被告の歴史の全期間にわたり,競業者にライセンスを付与したことはないと証言したことである。

この証拠を所与とすると,本件実施許諾契約が,被告の競合者に対するポリイミドフィルムの設備の販売を原告に認めるものではなかったことを,原告は1993年当時知っていたと,陪審が納得したと推察するのが合理的である。
当裁判所は,黙示的ライセンスの抗弁は,被告の請求を妨げないと認
定する。

判決(丙1)
連邦地裁は,平成28年(2017年)5月24日,参加人に対し,前記ウの陪審の評決による損害賠償の支払いを命じるとともに,追補的な損害として,平成26年(2015年)11月19日から同判決登録までの
間に販売された侵害品に係る売上げについても計算を実施できること,支払済みに至るまで判決後の利息が発生することその他を定める判決をした。

確定,支払(丙16,17,乙73)
参加人は,平成29年(2017年)12月13日,前記判決に対し控訴をしたが,平成31年(2019年)3月15日,CAFCは第一審判決を支持する旨の判決をし,同年6月18日,参加人等による再審理の申立て等を認めなかったことにより,前記第一審判決は確定した。なお原告は,前記第一審判決後の平成29年(2017年)8月18
日に,本件訴訟(第2事件)を東京地裁に提起し,前記第一審判決に対し参加人が控訴を提起した後である平成30年
(2018年)6月7日,

本件訴訟(第1事件)を当裁判所に提起した。
参加人は,令和2年(2020年)11月8日,被告に対し,14億8473万4784円(1434万1245.30米ドル)を送金して支払った。
第5

争点に対する判断

1
争点⑴(不法行為に基づく損害賠償請求権に適用されるべき準拠法)⑴

本件訴訟における不法行為に基づく損害賠償請求権は,被告が参加人に対して本件米国訴訟を提起・追行したことを不法行為とし,本件米国訴訟に係る参加人の弁護士費用,本件米国訴訟支援のための原告の支出,本件米国訴訟の提起による原告の信用毀損,本件米国訴訟を提起されたため,本件訴訟
の提起を余儀なくされたことによる弁護士費用を損害として主張するものである。


信用毀損に係る部分は通則法19条の問題となるが,その余の部分は,前記第4の7で認定したとおり,本件米国訴訟の提起,追行がなされたのは米
国テキサス州,カリフォルニア州,あるいはCAFCの所在地であるワシントンD.C.であるから,通則法17条によれば,それらの地の法によることになる。
しかしながら,本件米国訴訟では,参加人の行為が,日本法の下で締結された本件実施許諾契約により正当化されるか否かが主な争点の1つとなり,
本件米国訴訟の当事者双方が契約解釈には日本法が適用されることに合意し,連邦地裁も,契約解釈については日本法が適用されることを前提に陪審への説示,命令,判決を行っていることは,前記第4の7で認定したとおりである。
また,本件訴訟における不法行為に基づく請求は,いずれも主たる事業所
が日本に存する原告と被告との間で締結された本件実施許諾契約を前提に,その契約の趣旨に反する行為を不法行為と主張するものである。

以上によれば,不法行為に基づく請求については,結果発生地よりも密接な関係が日本にあることは明らかであるから,通則法20条により,日本法によるのが相当である。


債務不履行を原因とする請求の準拠法が日本法であることは争いがなく,不法行為を原因とする請求についても,通則法19条,20条により日本法
が適用されるから,本件訴訟の全体が日本法により判断されることになる。2
本件各発明の経緯


原告の知見

前記認定したところによれば,原告は,エンドレスベルトの両面からジェット式の熱風を送風する熱風循環両面ジェット方式の国内初の機械(ヒ
ラノテスト機)を作り顧客に利用させるなど,熱風乾燥機等の専門メーカーであること,昭和58年には,宇部興産に納入した成膜機に生じた風紋問題の解決のためにカウンターフロー式の採用を提案したこと,同年に原告のP3が発表した論文には,
乾燥初期の熱風の当て方がポイントであり,
最初のゾーンのノズルにダンパーを取り付けるなどしている旨記載してい
ること,被告に納入したカネカ1号機でも風紋の問題が生じ,ノズルの改良や非送風部分を設けるなどの手法により対処したこと,昭和61年3月以降,ジェット式とカウンターフロー式を切り替えることのできる多目的成膜機が被告に設置されたこと,同年10月には,P3が講演で,セラミックス形成の際の平行流(実質的にはカウンターフロー)の利用について
説明したこと,以上の事実が認められるのであって,これによれば,原告は,昭和61年までの時点で,P3を中心に樹脂フィルムのベルト式成膜装置と,そこで起きるトラブルについての知見を積み重ね,カウンターフロー式の利用についても,一定の知見を得ていたものと認められる。イ
このような中で,同年5月に秘密保持契約を締結してカネカ2号機の開発が開始され,被告は,原告に対し,ベルトのスピードを2倍にする,乾
燥温度を上げる,カネカ1号機の第1ゾーンで出た問題に対処するといった課題を示し,これに対応するものとして,P3は,同年12月に,キャスティング後の最初のゾーンを非送風とするのではなく,カウンターフロー式により緩やかに加熱し,その後のゾーンにジェット式のノズルを設けることを内容とするベルト式成膜装置の設計図を作成したのであるから,
このような技術思想の着想を得て,これを具体化したのは,原告のP3であったと認めるのが相当である。


被告の検討

前記第4の3⑶で認定したところによれば,被告においても,昭和61年11月,PIプロセス革新プロジェクトを発足させ,カネカ1号機のス
ピードの向上とカネカ2号機の設計内容について検討を重ねて,その結果を同年12月に本件報告書にまとめているが,そこで検討されている内容は,従前の実機,テスト機を前提に,ラインのスピード,温度条件,風速等の最適条件を求めるものであって,平行流又はカウンターフロー式の採用を検討した様子が伺われないことは,既に述べたとおりである。

被告は,同年11月のサンドビック社に提示したベルトの仕様書に,別途乾燥装置仕様により貴社提示のこととの記載があることから,この段階で,カウンターフロー式を採用したカネカ2号機の仕様書が存在していた旨を主張する。

しかしながら,上記記載をそのように読み得るかも疑問であるし,現実にそのような仕様書が存在することを示す証拠もないことから,既に述べたとおり,同年11月の時点で,カネカ2号機の第1ゾーンにカウンターフロー式を採用した仕様書,設計図を被告が作成していたとは認められない。

むしろ,昭和62年1月22日付けの被告の仕様書には,当初平行流に関する記載がなく,後から追記されていることからすると,被告は,P3
が作成した設計図等を昭和61年12月に示され,昭和62年1月以降,原告から説明を受ける中で,カネカ1号機とは異なる平行流の採用について認識し,その検討に入ったものと解される。
この点について被告は,昭和61年12月に初めて原告が被告に平行流の提案をしたとすれば,昭和62年1月10日に平行流の採用を決定する
というのは不自然であり,被告はそれ以前から平行流についての着想を得てその検討をしていたと考えられる旨を主張する。
しかしながら,前記認定したところによれば,カネカ1号機に生じた問題に対応する過程においても,機械メーカーである原告と化成品メーカーである被告との関係としては,樹脂の性質や温度,風量といった装置の運
用面は被告が検討し,装置の改造や修正といった機械の機能,構造に係わる面については,被告は課題を提示するものの,その具体的な対処は原告において行っていたものと認められるのであり,
カネカ2号機についても,
被告が提示した課題を解決する構成として,第1ゾーンにカウンターフロー式を採用し,第2ゾーン以降をジェット式とする旨の原告の提案を受け
た被告が,直ちにその検討に入るということは不自然とは思えない。⑶

P3の発明と本件各発明の関係

P3が発明した内容は,昭和61年12月の設計図等に記載し,その後カネカ2号機として実用に供された機械の構成そのものであり,本件日本
特許権の請求項2の,装置としての客観的構成を特定した部分は,これに一致すると認められる。
しかしながら,P3自身は上記クレーム化を行っておらず,カウンターフロー式を採用したカネカ2号機と本件各特許権の明細書の記載を対比すると,カウンターフローだけではなくパラレルフローも含み得る概念とし
て,
ほぼ平行をなす方向に気体を流して,
ほぼ平行な気体を流して
との言葉が用いられ,権利の幅が拡げられていること,本件日本特許権の
請求項1は方法の特許とされていること,請求項3はプーリに冷却手段を設けることを特徴とするが,平行流は存しないこと,請求項4は,キャスティング室,平行流固化室,噴出流固化室と,明確に室を区切る点で請求項1とは異なることを指摘し得るのであって,実際に権利化された本件日本特許権はP3がした発明そのものではなく,本件米国特許権についても
同様ということができる。

また,本件各特許権において,特許請求の範囲の記載の中に,樹脂の構成や温度,風量,風速等を限定する記載は存しないが,固化の段階や固化の程度に関する記載はあるのであって,発明の詳細な説明の中にも,平行流やジェット流の温度,
風速,
樹脂の粘度等が記載されており,
これらは,

化成品メーカーである被告側の知見によるものか,カネカ2号機を実際に使用し,その挙動を観察して得られたところが大きいと解される。ウ
以上によれば,本件各発明は,P3が単独でしたものということはできず,カネカ2号機を原告と被告とが共同で開発した過程で,原告側のP3が着想を得た部分と,被告側のP0,P2が着想を得た部分とを併せる形
で権利化したものと解するが相当である。
他方,キャスティングされた樹脂が最初に固化する過程にカウンターフロー式を用い,最初の固化を終えた次の過程にジェット式を用いるという着想は,本件各発明の枢要部にあたるというべきであり,これを発明したP3が,特許を受ける権利を被告に譲渡した事実が認められない以上,本
件各特許権には,共同出願違反(特許法38条)の問題が存したということになる。
3
争点⑵(本件実施許諾契約には,原告が第三者に対して本件各特許権を実施した機械装置を販売すること等について制約があるか)



本件実施許諾契約の文言
本件実施許諾契約は,本件各特許権等について,その範囲全部にわたる独占的通常実施権を原告に許諾する(第1条)というものであり,実施許諾の範囲を装置特許に限定したり,販売先を特定の相手に限定するような文言は存しない。


本件実施許諾締結に至る経緯
クラレ社からの連絡で,被告を権利者とする本件各特許権の出願がされて
いることを知った後の原告の対応は,
前記第4の5で認定したとおりであり,
その内容として,以下の点を指摘することができる。

前記2で検討したとおり,本件各特許権には,P3がカネカ2号機を開発する過程でした発明をほぼそのままクレーム化した部分があり,仮に本件各特許権が被告のみを権利者として成立すると,原告が,カネカ2号機
に相当するベルト式成膜装置を製造して第三者に販売しようとした場合,本件各特許権に抵触することが予想された。

P4は,被告の権利をつぶすということも視野に入れた上で,交渉に臨んだ。


P4は,資料を示した上で,原告の発明であることを数回にわたりP5に説明したが,P5からその内容を否定されたり,被告の発明である旨の反論を受けることもなく,P4としてはP5の理解が得られたと思った。

P4の当初の希望は共同出願とすることであったが,これが断られた後に,特許権者と同じように行使できる権利が欲しい旨を述べると,P5は当初案を送付して,特段の制約のない通常実施権を付与する一方で,対価
に代わるものとして,被告が原告に機械を発注する際の優遇のみを定めることを提案した。

P4が,P12弁理士の助言を受けて,独占的通常実施権がよいこと,海外の特許も含めて欲しいことを伝えると,P5は,原告の希望通り,外
国での特許権も含め,独占的通常実施権を付与する一方,原告に特許の取得維持に要する費用の半額負担を求めるなど,
特許の共有者にはしないが,

実質的に権利者に類似した地位を与える改訂案を送付した。

改訂案では,原告に独占的通常実施権を与えつつ,被告及びその関係会社である米国法人は,無条件で本件各特許権を実施し得ることとされ,その限度では原告の独占的通常実施権は制限されたが,他に原告の権利を制限する明文の定めは存在しなかった。



販売先の制限
本件実施許諾契約に,原告が本件各特許権の実施品となる装置を製造した場合に,その販売先に制限があるかについては,前記認定した事実より,以下の点を指摘することができる。


P4は,本来原告の従業員がしたものであり,原告の権利とされるべき発明について被告が無断で出願したと考え,原告が権利者と同じ立場で実施できるようP5に求めたのであって,P4とP5との交渉の中で,装置をクラレ社に売却するために許諾が必要である,宇部興産に売却するために許諾が必要である,あるいは被告と競合する相手方には売らないといった発言があったことを示すような証拠は存在しない。


P2は,本件米国訴訟における供述及び証言として,原告と被告との間の交渉の際に,被告と競合しない宇部興産に対する販売のみを許諾する旨のやり取りがあったかのように述べたが,P2は,本件実施許諾契約の交渉に関与しておらず,競合しない宇部興産であれば,販売を許諾しても差し支えなかったであろうという事後的な推測を述べたに過ぎない。

クラレ社は,被告の出願を原告に知らせた時点では,カウンターフロー式を採用した機械の導入を検討しており,被告の許諾を得ることも検討していたが,その後,カウンターフロー式ではない型式の機械を導入することが確定したので,原告が,クラレ社のために,本件実施許諾契約を得る必要はなかった。


宇部興産については,被告とは異なるTAB用のポリイミドフィルムを
製造しており,製造装置もカウンターフロー式ではない型式のものが導入されていて,原告が,宇部興産のために,本件実施許諾契約を得る必要はなかった。

本件実施許諾契約の意義

樹脂フィルムの連続製造装置等に係る特許である本件各特許権について,特許権者である被告が,
機械メーカーである原告に実施権を許諾した場合,
その販売先に制限がなければ,原告は,本件各特許権の実施品としての樹脂フィルムの連続製造装置を製造し,任意の第三者にこれを売却することができる。


原告から,樹脂フィルムの連続製造装置を買い受けた第三者は,これを稼動して樹脂フィルムを製造し,製造した樹脂フィルムを譲渡等することができるのであって,当該装置を稼働する際に必然的に利用することとなる製造方法も,同様と解される。


樹脂フィルムの連続製造装置を買い受けた第三者が,前記イにより製造した樹脂フィルムの譲渡等をしても,被告は,装置を買い受けた第三者に
対し,
本件各特許権に基づく権利行使をすることはできない
(消尽の法理)

機械メーカーである原告に樹脂フィルムの連続製造装置の実施許諾をする以上,原告が同装置を製造して第三者に譲渡し,第三者が同装置を稼働し,その通常の製造方法を利用して樹脂フィルムを製造しこれを譲渡等することは,当然に予定されたことであり,特許権者である被告は,実施許
諾の際に,これを前提とする対価を設定することができるからである。本件実施許諾契約において,対価的性質を持つものとしては,前述のとおり,被告が原告に機械を発注する際の優遇が存するに止まるが,本件各特許権の出願を巡る原告と被告との交渉の経緯より,被告はこれで足りるものと判断して,契約に応じたものと考えざるを得ない。


被告は,ポリイミドフィルム等の製造に係る被告の特許について,第三
者にライセンスしないとのポリシーがあり,無制限の実施許諾を与えることはない旨を主張する。
しかしながら,本件各特許権の実施品である樹脂フィルムの連続製造装置は,被告が製造するのと同じポリイミドフィルムの製造に特化したものではなく,被告と競合しないポリイミドフィルムの製造にも使える汎用的
なものと解される。そうすると,原告から,樹脂フィルムの連続製造装置を買い受けた者がこれで製品を製造し販売しても,本件各特許権の侵害が成立しないだけであって,
ありとあらゆるポリイミドフィルム製品の製造,
販売が許されるわけではない。本件米国訴訟において,本件米国特許権以外の特許権の侵害も認められているように,樹脂の成分や配合,製造に使
用する薬剤や製造方法といったところに特許権が成立していれば,被告のポリイミドフィルム事業はそれによって競業者から守られたはずであり,本件実施許諾契約が,そのような点にまでライセンスを付与するものでないことは明らかである。


まとめ
前記⑴ないし⑷で述べたところを総合すると,本件実施許諾契約において,
販売先の制限は,明示的にも黙示的にも存在しなかったから,原告から本件各特許権の実施品である本件各機械装置を買い受けた参加人が,これを稼動してポリイミドフィルム製品を製造し,販売しても,本件各特許権侵害の責めを負うものではなかったというべきである。

ただし,これは,汎用的な樹脂フィルムの連続製造装置及び方法に係る本件各特許権侵害が成立しないというに止まり,前記⑷のとおり,ポリイミドフィルムを対象とする他の特許に抵触するか否かは別の問題である。4
争点⑶(被告による本件米国訴訟の提起又は追行が,本件実施許諾契約の債務不履行又は不法行為に当たるか)


適用される法理について


原告は,本件実施許諾契約それ自体から,被告は,原告から機械装置を購入した顧客に対し,本件各特許権を行使しない不作為義務を負い,一次的には,被告の主観的要素は不要である,すなわち,客観的に原告から機械装置を購入した顧客であれば,被告がそれを知らずにその顧客を相手に本件各特許権を行使した場合であっても債務不履行又は不法行為が成立し,
主観的要素は免責事由として考慮すれば足りる旨を主張するものと解される。
そして原告は,二次的に,原告が本件各特許権を実施して製造販売した機械装置を,原告の顧客が使用していることを知り,あるいは容易に知り得たのに,その顧客に対し本件各特許権を行使した場合は(知った後,又
は知り得た後に,権利行使を撤回しない場合も同じ。),債務不履行又は不法行為が成立する旨を主張する。

この点について検討するに,特許権の侵害が疑われる被疑侵害物件が流通する場合,製造元,販売元等が明示されていないことも多いし,被疑侵
害物件の性質,性状から製造元を特定することは容易ではなく,販売元を特定することができたとしても,流通経路を製造元までたどることが困難な場合もあると思われる。
製造元が,特許権者から実施許諾を得て製品を製造し,当該製品が流通に置かれるなど,特許権の消尽が生じる場合,特許権者はこれに対する権
利行使はできないが,流通の過程で実施許諾を得た製造者との関係が不分明になれば,特許権者からは被疑侵害物件にしか見えない。
このようなケースで,特許権者が販売元を相手に製品の差止めを求めた場合,客観的に販売元が実施許諾を得た製造元の顧客であれば,特許権者がそれを知らなくても,製造元に対する債務不履行又は不法行為が一旦は
成立するというのが原告の一次的主張と思われる。
しかしながら,特許権者と製造元との実施許諾契約から,このような一
般的な不作為義務が導かれるとは解し得ないし,上述した事実関係が,直ちに製造元に対する不法行為にあたるとも解し得ない。

原告の二次的主張は,上記事例では,販売元が製造元の顧客であることを知りながら(あるいは容易に知り得たのに),販売元に対し特許権の行使をした場合,製造元に対する債務不履行又は不法行為が成立するという
ものである。
この場合,
製造元が実施許諾の当事者であることは前提と解されるので,
結局のところ,販売元が消尽の抗弁を援用し得ることを知りながら(あるいは容易に知り得るのに),販売元に対し特許権を行使すれば,製造元に対する債務不履行又は不法行為が成立することをいうものと解される。
しかしながら,上記事例で販売元が消尽の抗弁を援用し得るかを決するためには,本件米国訴訟で問題となったように,当該発明の技術的範囲,特許権者が製造元に与えた実施許諾の趣旨範囲,製造元と販売元との法的関係,当該製品の技術的構成などを検討する必要があり,販売元が製造元の顧客でありさえすれば当然に消尽の抗弁が成立するというものではない。

一般に,特許権の侵害訴訟においては,訴訟を提起したものの,被告製品は発明の技術的範囲に属しないとして請求棄却となることはあるのであり,この場合に特許権者は,発明の内容も被告製品の構成も知った上で訴訟を提起しているのであるが,これが直ちに不法行為になるとは解されて
いない。
また,ある引例の存在を知りつつも,これによって特許は無効になるものではないと判断して訴訟を提起することは一般に行われているが,当該引例による無効の抗弁が認められて請求棄却となった場合に,抗弁となり得る事由の存在を知りながら訴訟を提起したことが,直ちに不法行為にな
るとも解されていない。
前記ウで述べた当該発明の技術的範囲,実施許諾の趣旨範囲,当事者の
法的関係,製品の技術的構成といった事柄は,いずれも評価的,規範的要素を含むものであり,諸要素を総合して判断すべき場合もあることから,単にある事実が存在すれば,あるいはある事実が存在することを知っていれば,訴訟の提起が債務不履行又は不法行為にあたるといえるような単純なものではない。


以上によれば,参加人が原告から機械装置を購入した顧客であれば,被告はこれに対して本件各特許権を行使しない不作為義務を負うので,参加人に対し訴訟を提起することは債務不履行又は不法行為にあたるとの原告の一次的主張は失当といわざるを得ない。
また,参加人が原告から機械装置を購入した顧客であることを知ってい
れば(あるいは容易に知り得たのに),参加人に対する訴訟の提起(あるいは維持)は債務不履行又は不法行為にあたるとする原告の二次的主張についても,これだけの事実では,消尽の抗弁が成立する余地があるというにとどまり,前述した諸要素を検討した結果,消尽の抗弁が否定され,請求が認容となる場合もあり得るのであるから,このような場合に訴訟を提
起すべきではなかった,維持すべきではなかったということはできず,この主張も失当といわざるを得ない。

強いていうならば,請求が失当であることが一義的に明確,あるいは抗弁が成立することが一義的に明確であり,必ずや請求が棄却されるであろう場合に,製造元を害する等の意図をもってあえて販売元を訴えたような
場合には,製造元に与えた実施許諾の趣旨に反する行為とみたり,製造元に対する間接的な不法行為とみる余地はあるやも知れず,原告はこのような主張をしていないが,被告の主張をも考慮して,本件米国訴訟を提起,追行した際の被告の認識について検討することとする。


本件米国訴訟の提起に至るまでの被告の認識

前記第4の7⑴で認定したところによれば,本件米国訴訟の提起に至る
検討の過程で,被告(実際には訴訟の担当者)において,本件各製品の製造のために参加人が使用したベルト式成膜装置を,原告が製造したものであると認識していたとは認められない。

2003年に被告の設計に驚くほど似た装置が参加人らに供給されたことを被告の従業員が知っていたとするP6の供述が,ベルト式成膜装置に
関するものでないこと,P6は,本件米国訴訟提起後も,原告と被告とは良好な関係にあるから,原告が参加人にベルト式成膜装置を提供したはずがないと考えていたことは,前記第4の7⑷で述べたとおりである。ウ
また,参加人が使用するベルト式成膜装置の形式,外観,構造等が,原告が製造したカネカ2号機に類似していたとしても,剽窃模倣されたに過
ぎない場合もあるから,そのことから,参加人のベルト成膜装置が原告の製造したものであると直ちに知り得る訳でもない。

なお,当裁判所は,P6らが本件実施許諾契約に係る書類を発見するまでの間,原告が本件実施許諾契約によるライセンスを得ていること,及び
ベルト式成膜装置の製造販売がそれに基づくものであることを,被告は認識し得なかったものと思料するが,この点については,被告のP5が本件実施許諾契約に関与し,代表権のあるP15がその決裁をしたのであるから,法人としての被告としては知っているものとみなされる,あるいは知らなかったこと自体に過失があるとの議論も成り立ち得るところであり,
原告もその旨の主張をする。また,前記認定したところによれば,本件実施許諾契約の締結の事実,あるいは締結の経緯や趣旨が被告内部で全く共有されず,承継もされていなかったことが今回の原告と被告との間の紛争の背景にあることは確かであり,それを被告の落ち度,過失ということはできるであろう。

しかしながら,本件米国訴訟の担当者,その上司,あるいは役員らが,本件実施許諾契約を現実には認識していない以上,被告には,被告からの
ライセンスにより原告が製造した装置を利用して製品を製造販売した参加人に対し,特許権行使をすべきか否かという規範上の問題は与えられていないのであり,そのような規範上の問題に直面しつつ,これに誤った解答を与えたというのがここで論じるべき過失であるから,文書の保管等が適切を欠いていたとの過失をもって,これに代替することはできない。

以上によれば,本件米国訴訟を提起した段階で,被告は,参加人が原告よりベルト式成膜装置を購入したこと,及び原告が被告より本件実施許諾契約を得ていることを知らず,したがって,参加人に消尽の抗弁が成立するとの認識はなく,また容易に認識し得たとも認められないから,原告の一次的主張,二次的主張,当裁判所の見解のいずれに立つとしても,本件
米国訴訟を提起したことが,原告に対する債務不履行又は不法行為にあたるということはできない。


本件米国訴訟提起後の被告の認識

前記第4の7⑷ないし⑹で認定したところによれば,本件米国訴訟提起後,被告は,参加人の主張及び参加人従業員の供述により,本件各機械装
置は原告が製造したものであることを知ったということができるし,内部調査により本件実施許諾契約の契約書を発見し,原告と被告との間で,本件実施許諾契約が締結された事実を知ったということができる。
しかしながら,被告は,検討の結果,本件実施許諾契約は参加人を対象とするものではなく,したがって参加人には消尽の抗弁は成立しないと判
断して,本件米国訴訟を維持したものである。

既に述べたとおり,本件米国訴訟における参加人の消尽の抗弁について判断するためには,発明の技術的範囲,実施許諾の趣旨範囲,当事者の法的関係,製品の技術的構成といった規範的,評価的要素を総合的に考慮し
なければならず,単に使用する機械が原告により製造されたこと,原告と被告間に本件実施許諾契約があることの2つの事実をもって,消尽の抗弁
が成立すると即断することはできない。
被告は,検討の結果,本件実施許諾契約に再実施許諾に関する条項がないこと,あるいは競業者にライセンスを与えないのが被告のポリシーである以上,文言外の合意として,競業者以外に対する販売のみが予定されていたものと考えて訴訟を追行したものである。

当裁判所が被告の見解に与しないことは前述のとおりであるが、本件で認定した経緯に照らしても,被告が,参加人に消尽の抗弁が成立することを知りながらあえて虚偽の主張をしたとか,消尽の抗弁を否定するためにあえて虚偽の証拠を作出したといえる要素はなく,P2の証言等についても,本件米国訴訟当時,そのように信じていたという以外にないもの
である。
消尽の抗弁を成立させる余地のある事実が存する場合であっても,評価的,規範的判断として,消尽の抗弁は成立しないものと考えて訴訟を提起したり,提起した訴訟を維持したりすることは許容されるべきであるし,本件においては,そのとおり連邦地裁の認容判決を得たのであるから,被
告において,例えば本件実施許諾契約に係る書類を発見した段階で訴訟を取り下げなかったことが,原告に対する債務不履行又は不法行為にあたると解することはできない。


まとめ
被告が,参加人に対する本件米国訴訟を提起し,これを維持したことが,
原告に対する債務不履行又は不法行為にあたるということはできず,これを原因とする請求は,損害の発生及び額について検討するまでもなく,理由がないというべきである。
5
争点⑷(原告は被告に対し,参加人による被疑製品の製造・販売等につき,本件各特許権の侵害につき損害賠償責任を負うか)


確認の対象

第2事件は,原告が,本件各機械装置を製造して韓国の参加人に譲渡したことについて,また,参加人が本件各機械装置を使用して本件各製品を製造し販売したことについて,被告が原告に対し,本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権を有しないことの確認を求めたものである。


実施行為

当裁判所は,被告が本件訴訟終結の直前までこれを争っていなかったという弁論の全趣旨により,①本件各機械装置が本件日本特許権の構成要件を充足すること,②原告が本件各機械装置を製造し,参加人に譲渡して韓国に送付したことが,本件日本特許権の実施行為にあたること,③参加人が本件各機械装置を使用して本件各製品を製造し,米国に輸入等したこと
が本件米国特許権の実施行為にあたることは,
認められるものと思料する。

仮に弁論の全趣旨によりこれを認めることが相当でないとしても,以下のとおりと判断する。
本件米国訴訟において,本件各機械装置の構成として,ベルト式乾燥
機の第一室の大部分には平行流があるが,第一室のフィルムが室から出る位置に近いところに,垂直方向に直接フィルムに向けて送風するダクトが設けられているという構成は,争いがないとされ(前記第4の7⑺ア)第二室以降はジェット式の乾燥が利用されているものと解される。,
前記構成は,少なくとも本件日本特許権の請求項2を充足するという
べきであるし,本件米国訴訟の略式判決は,本件米国特許権の請求項1について非充足を主張する参加人の主張を排斥した。
本件各機械装置は巨大な機械装置であり,
日本国内において仮組立て,
試運転,参加人による検収を終えた後,分解して韓国に送付し,再度組み立てて,サンドビック社より送付されたスチールベルトを組み込んだ
ことが認められるが(甲85~90),これは本件日本特許権の実施行為にあたるというべきである。



検討
被告は,本件実施許諾契約における許諾の範囲に参加人は含まれないと主張し,仮にそのとおりであれば,原告及び参加人の前記⑵の行為は本件各特許権の侵害となり,本件各機械装置を製造し韓国に輸出したことについて,また,参加人が本件各機械装置により本件各製品を製造販売したことに関与
したことについて,被告は原告に対し損害賠償請求権を有する可能性があることになる。
しかしながら,当裁判所は,前記3で検討したとおり,本件実施許諾契約における本件各機械装置の販売の対象に制限はないと思料するので,原告の参加人に対する本件各機械装置の譲渡には本件実施許諾契約が適用され,参
加人が本件各製品を製造販売したことについては消尽の法理が適用されるため,被告の原告に対する上記損害賠償請求権は存在しないものと判断するので,主文においてこれを確認することとする。
第6
結論

1
文書提出命令の申立てについての判断


原告の申立てについて

令和元年9月13日付け文書提出命令申立書によれば,原告は,昭和61年12月14日(原告がカネカ2号機の設計図等を作成した同月15日の前日と解される。)以前に,被告において作成した,①カウンターフロー式とジェット式を併用したベルト式乾燥機について行った研究や検討を
記載した一切の文書,及び②カネカ2号機の乾燥装置に採用する乾燥方法の検討内容を記載した一切の文書について,民訴法220条4号に基づき提出を求めるものであり,立証すべきことは,カウンターフロー式とベルト式を併用したベルト式乾燥装置を発明したのが被告でないことであるとされる。


原告は,本件訴訟において,上記①のような文書は存在しない旨を主張
しているところ,申立書において文書取調べの必要性として記載するところによれば,
文書の提出が命じられてもなお被告がこれを提出しなければ,
原告の主張が裏付けられるとの趣旨と解される。
文書提出命令の手続は,
書証の申出の一形態であり
(民訴法219条)

書証の内容を裁判所に閲読させ,心証を形成させることを目的として行う
ものであり,自らが不存在と主張する書証について,その不存在を証明するために行うことは本来予定されていない。
また,原告は,申立書において,被告が昭和61年11月17日ころにカネカ2号機の仕様書を作成したと主張するにも関わらず,同仕様書が提出されていないことを文書取調べの必要性の中で主張しているが,この点
については,前記第4の3⑷において,被告が主張する仕様書があったとは認められないとの判断を示しているところである。
結局のところ,上記①の文書については,自らが存在しないと主張する文書に対するものであって,他の証拠により認定可能な事項に関するものであることから,証拠調べの必要がないといわざるを得ない。


上記②の文書についても,文書の内容も表題も具体的に特定されていないことに加え,被告の主張のとおりであれば被告に有利となる記載のある文書が存在すべきところ,その提出がないことをもって原告の主張が裏付けられるというものである。
そうすると,上記②の文書についても,①と同様に文書提出命令制度の
本来の利用とは異なるといわざるを得ないし,カネカ2号機の発明者については,他の証拠より認定した事実を前提に,前記第5の2として当裁判所の判断を示しているところであるから,証拠調べの必要もないといわざるを得ない。



原告の文書提出命令の申立てについては,これを却下することとする。被告の申立てについて


被告は,令和元年8月26日付け文書提出命令申立書により,①昭和61年11月1日から同年12月14日までの間に原被告間で交換されたカネカ2号機に関する仕様書及びそれに関する一切の文書,及び②前記期間内に実施されたカネカ2号機に関する原被告間の協議に関連する一切の文書の提出を,民訴法220条4号により求め,これによって発明者性につ
いてのいずれの主張が正当化かが明らかになる旨主張する。

文書提出命令に申立てに係る文書については,申立人においてその存在を証明しなければならないが,原告は,本件申立てに対する答弁として,上記①及び②の文書をいずれも所持していないと主張している。また,カネカ2号機の開発の経緯については前記第4の3で認定したと
おりであるが,この中で,昭和61年11月1日から同年12月14日までの間に,原被告間でカネカ2号機に関する仕様書を交換した,あるいはカネカ2号機の仕様について原被告間で協議が行われたといった事実は認定されておらず,被告の側から,それを示すような具体的な証拠も提出されていない。

また,カネカ2号機の発明者については,他の証拠より認定した事実を前提に,前記第5の2で当裁判所の判断を示しているところである。ウ
以上によれば,被告の文書提出命令の申立てについても証拠調べの必要がないから,これを却下することとする。

2
本訴事件についての判断
前記第4及び第5で認定,検討したところによれば,原告の第1事件における損害賠償請求については,その余の点について判断するまでもなく理由がないので,これを棄却することとし,第2事件における不存在確認請求については理由があるので,これを認容することとする。

大阪地方裁判所第21民事部

裁判長裁判官
谷有恒一輝
裁判官
杉浦
裁判官島村陽子は,転補のため署名押印することができない。

裁判長裁判官
谷有恒
(別紙省略・公報省略)

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