判例検索β > 令和2年(う)第171号
保護責任者遺棄致死
事件番号令和2(う)171
事件名保護責任者遺棄致死
裁判年月日令和3年4月26日
裁判所名・部札幌高等裁判所  刑事部
結果棄却
原審裁判所名札幌地方裁判所
原審事件番号令和1(わ)525
判示事項の要旨必要な食事を与えられず栄養状態が悪化し,かつ頭部等に傷害を負うなどして要保護状況に陥った長女(当時2歳)に対し,交際男性と共謀の上,生存に必要な食事を与えず,かつ生存に必要な医師による治療等の医療措置を受けさせずに放置して衰弱死させたとして,保護責任者遺棄致死罪の成立を認めた原判決について,訴訟手続の法令違反や事実誤認の主張を排斥し,控訴を棄却した事例。
裁判日:西暦2021-04-26
情報公開日2021-06-10 16:00:57
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主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中100日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人磯田丈弘(主任)及び同吉田康紀共同作成の控訴趣意書及び答弁書に対する反論書に,これに対する答弁は,検察官倉持俊宏作成の答弁書に,それぞれ記載のとおりである。論旨は,訴訟手続の法令違反及び事実誤認の主張である。以下,日付は断りのない限り平成31年又は令和元年のものを指す。
第1
1
訴訟手続の法令違反について
本件は,被告人が,養育していた長女(当時2歳)に,その体重を維
持するのに必要な食事を与えず同児の栄養状態を悪化させ,かつ,同児が頭部等に傷害を負うなどしていたのであるから,5月31日頃には,同児の生存に必要な食事を与え,その生存に必要な医師による治療等の医療措置を受けさせるという保護を与えることが求められる状況にあったのに,同居していたAと共謀の上,同日頃から,同児に対し,その生存に必要な食事を与えず,かつ,その生存に必要な医師による治療等の医療措置を受けさせずに放置し,もって同児を多臓器不全(全身の様々な諸臓器の生命維持に必要な機能の低下した状態)を伴う低栄養により衰弱した状態に陥らせ,6月5日午前5時40分頃,同児を衰弱により死亡させた,という事案である。2
論旨は,原審裁判所の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らか
な法令違反がある,というのであり,所論は,以下のとおり主張する。すなわち,原審において検察官は,被告人らが5月15日頃から被害児に対して必要な食事を与えなかった,被害児は死亡までの約二,三週間ほとんど食事を与えられていなかった,
と主張していたところ,
弁護人は,
その意味を二,
三週間の絶食状態と捉えて攻防を尽くしてきたものであるが,
原判決が,
二,
三週間の絶食状態を否定しつつ,被害児の体重を維持するのに必要な食事という概念を持ち出し,それを与えなかったことを不保護行為の内容として認定したことは,被告人の防御の利益を著しく侵害する不意打ち的な認定であり,仮に二,三週間の絶食状態が否定された場合でもなお被告人に保護責任者遺棄致死罪が成立する可能性があるというのであれば,客観的要保護状況があったか及びその点に関する被告人の認識について,栄養学の知見等も踏まえつつ改めて十分な攻防を尽くさなければならない,
などというのである。
3
しかし,原審において検察官は二,三週間の絶食状態と主張していた
わけではなく,原審公判前整理手続における争点整理の結果としても,被害児が生存のために必要な食事を与えられなかったかが争点とされ,間接事実としても,
死亡に至るほどの低栄養状態に陥っていたかが問題とされていて,二,三週間の絶食状態にあったかが争点とされていたわけではないから,所論はその前提を欠き,失当である。なお,原判決において,被告人らが被害児の体重を維持するのに必要な食事を与えなかった旨認定している部分は,体重減少の事実から低栄養状態の程度を認定しているものであって,原審における争点の範囲内であることはもとより,原判決はこれを実行行為として認定しているのではなく,主として5月31日頃の時点で被害児が要保護状況にあったことを基礎付ける経緯として認定しているにすぎないのであるから,この点からも不意打ち的な認定とはいえず,原審裁判所の訴訟手続に所論指摘の法令違反は認められない。論旨は理由がない。
第2
1
事実誤認について
原審においては,①遅くとも5月31日頃までに,被害児が,生存の
ために必要な食事を与えられ,かつ,生存のために必要な医師による治療等の医療措置を受ける,という特定の保護を必要とする状況にあったにもかかわらず,これらを与えられず衰弱死したと認められるか,②被告人が,遅くとも同日頃までに,被害児が要保護状況にあったことを認識しながら,Aと一緒になってそれらの保護を与えなかったと認められるか,が中心的に争われたが,原判決は,以下の理由から,上記事実を認定している。
まず,被害児を解剖したB医師は,被害児の頭部や脳にそれ自体で致命傷となるような出血や病変はなく,死亡の直接の原因となるような特定の臓器の病変等も見当たらなかったとした上で,被害児は,体重が減少して低栄養状態になり,外傷が衰弱の程度を強めた結果,循環器系,中枢神経系,消化器系の機能が低下するとともに,体内で熱を十分に生産することができずに低体温症となるなど,全身の様々な諸臓器の生命維持に必要な機能が低下した状態に陥り,最終的に心停止により死亡したものであり,他方で窒息死の可能性を始めとする他の死因は否定されることから,死因は低栄養による衰弱死である,と証言している。この証言内容は,被害児は体重が著しく減少した低栄養状態にあったことに疑いを入れる余地はないことや,被害児の身体に,死亡する2週間から3週間以内に形成されたとみられる頭部全体にわたる相当量の出血を伴う新旧様々な皮下出血や顔面全体の皮下出血のほか,顔面,左肩部,胸部上方に2度熱傷があったこと,被害児の直腸温の測定結果が,6月5日午前7時27分頃に29度,同日午後3時45分頃に23.3度で,かつ死後硬直に遅れが見られたこと,気道閉塞によって窒息死したのであれば通常生じると考えられる生活反応や肺の溢血点等の所見が確認されなかったことなどに照らし,信用できる。他方で,被害児の体重減少が死亡前の二,三週間で急激に生じたと推定している点については,B医師の見解をそのまま採用することはできないが,その場合であっても,被害児の体重が4月下旬頃から約6週間で約1.
5kg減少したと推定することはでき,
当時2歳で体格的には1歳児並みと評される被害児が,約6週間で体重の約18%が失われるほどの低栄養状態に置かれていたと認められることは,被害児の生命維持に必要な機能に相当強い負荷をかけるものであったと考えるのが自然であり,しかも,上記外傷による被害児の生命維持に必要な機能への負荷も相当なものであったと推認されることからすれば,全身の様々な生命維持に必要な諸臓器の機能が低下し,最終的に心停止で死に至ったという経緯は自然といえるから,B医師の結論は十分な合理性を備えたものと認められる。その場合,死亡の5日前である5月31日頃には,被害児は低栄養状態がかなり進んでいたと推認することができ,加えて,衰弱の程度を高めたとみられる外傷の多くを負っていたと認められることなどからすると,遅くとも同日頃には,衰弱が進んだ状態にあったと推認することができ,要保護状況にあったと認められる。そして,被告人は,主として自身が被害児の世話をしていたのであるから,被害児を入浴させるなどの身の回りの世話をする中で,被害児が徐々に痩せていっていることや,提供している食事等の内容や頻度が必要な水準に達していないことを理解していたと考えるのが合理的であり,また,同日頃までに生じていたと考えられる頭部全体にわたる相当量の皮下出血,顔面全体にわたる皮下出血,顔面,左肩部,胸部上方にかけての2度熱傷の存在も認識していたと強く推認されるから,被告人は,被害児が低栄養状態に陥っていることを基礎付ける事実やその衰弱を強める外傷の存在を認識していたと認められる。よって,上記事実が認められる,というのである。
原判決の認定及び判断は,経験則,論理則等に照らして不合理ではなく,是認できる。
2
これに対し,所論は,

ク又は窒息死であり,

被害児の死因は多発外傷による外傷性ショッ

被告人らが必要な食事を与えなかったという事実は

なく,当時被害児は要保護状況になかったものであり,

当時被告人には故

意もなかったとして,以下のとおり主張するので,順次検討する。被害児の死因について

所論は,被害児の死因に関するB医師の証言の信用性

B医師は,血清総蛋白やアルブミンの数値は比較的安定な検査項目であるのに,
これらは死後変化で上昇するため参考にならない旨を述べており,また,
半減期に言及しつつこれらの数値は二,三週間前の栄養状態を反映していると考える方が妥当である旨説明しているが,この説明は半減期の概念を理解していないことを露呈している上,アルブミンが低下せずに体重が減るタイプの低栄養としてマラスムス型栄養障害に言及しているが,同栄養障害は本件とは病態が全く異なるものであり,さらには多臓器不全の用語の使い方を誤っていて,

B医師は,ヘモグロビ

ンA1cの値について,Aの公判では低栄養を支えるデータになると思うと述べていたが,本件原審公判ではこの値だけで何かを評価することはできない旨を述べており,また,心肺蘇生術によって気管挿管後に呼吸音が確認されたという事実について,検察官からの質問時にはこれを窒息死を否定する根拠としていたが,弁護人からの反対質問時にはこの事実が上気道閉塞を否定することにはならないと認めており,さらに,眼結膜の溢血点が認められないことについて,当初はこれを窒息死の可能性を否定する根拠の一つに挙げていたが,弁護人からの

気道閉塞による窒息死ではなくても出現しなくてもおかしくないと,それはいいんですよね。

という,気道閉塞による窒息死では,(溢血点が)なくても,(溢血点が)出現しなくてもおかしくないという意味の弁護人の質問に対し,「はい。」と供述していて,その供述が変遷している,

B医師は,捜査段階では,被害児は死亡の数日前頃

から意識障害も発生し,自力で動くことすら困難な状態だったと考えられ,最後の食事は無理やり口の中に詰め込まれて摂取させられた可能性があると供述していたのに,原審公判では,5月31日頃の時点で被害児は体力が落ち,歩き回ったり大声をあげたりといった普通の子供のような動きはできなくなり,死亡の数日前頃には,少しぼうっとしているような意識障害の状態で,死亡の数時間前には,何も身動きが取れなくなってきたという高度の意識障害が生じ,最後の食事は誰かに口に持っていってもらって食べさせられた旨を述べていて,変遷している上,衰弱し意識障害がある者に対し,介助をしながら,チーズ芋餅のような固形物を含む相応量の食事を経口摂取させたというのは不自然であり,台所シンクにあった子供用スプーンの柄から被害児のDNAが検出されていることとも整合しない,

B医師は,被害児の

胃の内容物は大半が咀嚼や消化がされていない状態であり,低栄養状態により消化機能が弱まっていたとして,最後の食事から死亡までの時間は数時間から12時間と推定されると述べているが,B医師が乳幼児について低栄養による衰弱死と判断したケースはわずか二,三件で,臨床経験はなく,衰弱していく幼児の姿を観察した経験もないというのであるから,その証言内容に十分な根拠はない上,胃の内容物は少し粘稠性が増していて,米の形状も一部角が取れるような消化が進んでいること,十二指腸にある米飯の状態等は胃の内容物と酷似していて胃の蠕動運動が働いていたと認められること,低栄養状態の場合に小腸はより早く吸収しようとするはずであることなどからすれば,その証言は信用できない,

B医師は,被害児が同月15日頃か

ら死亡するまでの約二,三週間,ほとんど食事を与えられていなかったなどと述べているところ,論理構造等からすればそれは絶食を意味するはずであるが,その供述は被害児の便の分布状況等と整合しない,

被害児の臀部の

皺やたるみは死後の脱水によって増強されたものにすぎず,約二,三週間で被害児の体重が急激に減少したとするB医師の証言は信用できず,実際,原判決すらそれを否定している,などと主張する。
しかし,

B医師は,総蛋白やアルブミンの数値は比較的安

定ではあるものの,それでも死後変化はある旨を述べるとともに,アルブミンの半減期は二,三週間であることを前提に,アルブミンのでき方が減っていく間にも,筋肉等の蛋白質が血中に補給され,アルブミンが補給されることなども考慮して,これらの数字だけをもって死因を判断するのは非常に危険で,総合的に判断しなければならないと述べているのであり,マラスムス型栄養障害については,検察官からアルブミンが低下しないタイプの低栄養としてどのようなものがあるかと質問された際に言及したにすぎないし,多臓器不全についても用語の使い方の問題にすぎず,いずれの点も,B医師の医学的知見が不正確であるなどとしてその死因の判断に疑義を生じさせるようなものとは認められない。

原審公判においてB医師

は,
ヘモグロビンA1cの値が低栄養の指標となり得ることは前提としつつ,貧血も起きていることから,これだけで何かを評価することはできない旨のより慎重な判断を述べているにすぎず,また,気管挿管後に呼吸音が確認されたことについても,心肺蘇生術の影響で心肺停止後に胃から内容物が逆流した可能性につながる事実として説明しているのであって,それのみで窒息死を否定しているのではなく,CT検査結果,眼結膜や肺等に溢血点がないこと,肉眼解剖所見や組織所見において肺や細気管支に死因となるような異常は認められないこと,被害児が低体温症を発症していたことなどの事情と併せ考慮して,窒息死を否定しているのであり,原判決も気管挿管後に呼吸音が確認されたことを特段重視した形跡は窺われないから,これらの点に関して所論指摘の供述の変遷があったかどうかが本件の結論に影響するとは考えられない上,弁護人の反対質問では,挿管前に上気道閉塞を取り除いているので呼吸音により上気道閉塞による窒息が否定されるわけではない旨を答えているにすぎず,供述に変遷があるとの評価も相当とはいえない。眼結膜の溢血点については,B医師が弁護人の質問の趣旨を正確に理解していたかどうか定かではなく,他方で,肺の溢血点については,それがないにもかかわらず気道閉塞の窒息死と診断することはないのではないかと説明している上,いずれにしてもB医師は,その点のみで窒息死を否定しているのではなく,上記のとおりその他の事情と併せ考慮した結果として窒息死を否定しているのであって,所論指摘の点からその死因の判断の信用性が否定されるとは考えられない。

所論が指摘するB医師の供述内容は,被害
児の解剖時の状況及びそこから認められる死因を基に,生前の状況を推測して述べている部分にすぎないのであるから,この点から死因に関するB医師の専門的な判断の信用性が否定されるとは考え難く,原判決も,推測される被害児の生前の状況をその判断の積極的な根拠としているわけではないし,衰弱死という判断が被害児の最後の食事の状況と矛盾するわけではないこともまた原判決が適切に説示するとおりである。なお付言すると,被害児の生前の状況は被告人の故意等に影響を及ぼし得る事情ではあるものの,当時の被害児の体重減少状況や外傷の状況等に照らせば,その客観的な状況を認識していた被告人に故意が認められることにも変わりはない
十二指腸内に,本来は胃で消化されるべき米飯等がほとんど消化されずに残っていたことなどに照らせば,消化機能が弱まっていたという判断は不合理ではない上,そもそもB医師は,その点も踏まえて最後の食事から死亡までの時間は数時間から12時間と長めに推定しているにすぎないのであるから,その判断は尚更不合理ではない。

B医師は,被害児は約二,

三週間ほとんど食事を与えられていなかったと述べつつ,断続的に食事をしていた可能性はある旨を明確に述べ,大腸の中の便の分布状況も説明しているのであるから,所論は失当である。

B医師は,同月15日

に警察官が被害児の栄養状態に問題がないと確認したことなどをもって,その際の体重が従前と同じであったと仮定して,その後約二,三週間で被害児の体重が急激に減少したと判断しているところ,原判決は,同日の被害児の体重までは明らかでないことなどから,約二,三週間で体重が急激に減少したとまでは証拠上認められないとしつつも,本件証拠上約6週間で約1.5kg減少したと推定することはできるとして,いずれにしても短期間に体重の約18%が失われるほどの低栄養状態に置かれていたことに変わりはなく,これが被害児の生命維持に必要な機能に相当強い負荷をかけるものであったと考えられるとして,B医師の結論は十分な合理性を備えたものと認められると判断しているのであって,所論指摘の点から原判決の判断が不合理とはいえない。

続いて,所論は,原判決の認定に対し,

被害児の体重が3月中旬

頃に約8.2kgあったという認定は,保育所での計測結果に基づいているが,当該測定結果を記載したファイルがAの公判における保育士の証言後に捜査機関に提出されているのは不自然であり,保育士の公判証言に沿うように新しく作成された疑いも認められるし,測定結果を保護者に必ずしも知らせていないことや,被害児は4月中旬に相当日数登園しているのに4月分の記録がないことも不自然である上,被害児の体重が4月下旬頃まで維持されていたという点については,保育士の感覚的な供述証拠しか存在せず,しかも2月14日に被害児の体重は約8.5kgであったから,3月中旬頃までに約0.3kg減少したことになるのに,保育士にはその認識がなかったものであり,さらに,本来であれば身長も伸び,体重も増加していく時期であるにもかかわらず,これらの成長が見られないことを4月下旬以降に限定して指摘をする原判決には論理則,
経験則違反が認められる,原判決は,
肺の溢血点が生じる機序について誤って認定している上,肺に溢血点を認めない窒息死や,
細気管支等の肺深部に吐物が認められない窒息死もあり得る,
C教授らは,被害児には衰弱死の所見がないとし,被害児が低体温症を発症していた可能性は否定しないものの,それは低栄養のみによってもたらされたものではなく,多発外傷にもよるものであると指摘し,結論として,被害児は,外傷に起因するショック(急性の全身性循環障害で,組織に十分な酸素と栄養素が供給されなくなるために臓器細胞の機能異常をきたす病態)・
により死亡したものと判断しており,また,外傷性ショックの過程で嘔吐した物を誤嚥した可能性は考えられるとして,窒息が生じた可能性も否定していない,などと主張する。
保育士がファイルをねつ造する理由は全く窺われ
ず,ファイルが提出されなかった経緯も,事件当初の段階で求められた関係資料は全てコピーして提出しているが,このファイルは必要ないと警察が判断したからではないかと説明されていて,不自然とはいえないし,保育士の証言によれば,保育所では毎月園児の身長・体重を計測していて,必要があれば他の園児の計測結果も見せられるというのであるから,ファイルをねつ造したなどとは到底考えられない上,保育所において身長・体重の測定結果を尋ねられなければ保護者に必ずしも知らせていないというのも特段不自然とはいえず,月内のいつ身体測定をするかは決まっていなかったのであるから,4月下旬以降登園しなくなった被害児の身体測定が行われなかったことも特段不自然ではない。また,保育所における測定結果によれば,2月と3月の被害児の体重に増減はなく,医療機関における2月14日の測定結果と約0.3kgの差異があるとされていることは,服の重さの取扱いの違いや計測時の状況等による誤差とも考えられるのであるから,そもそも3月中旬頃までに被害児が痩せていたのかも定かではないし,いずれにしても,保育士が,被害児の体重が減った又は増えたと思ったことはなく,体重は維持されていた印象である旨を述べていることを踏まえつつ,原判決が,4月下旬以降の顕著な体重減少を指摘したことに論理則,
経験則違反は認められない。
については,肺に溢血点がないことを窒息死を否定する根拠の一つとすること自体の不合理さは指摘されていない上,窒息死の場合に細気管支等の肺深部に吐物が認められたり,生活反応が見られたりすることが多いこと自体も否定されていないのであるから,これらの点を窒息死を否定する根拠の一つとして考慮しつつ,その他の事情も併せ考慮して窒息死を否定した原判決が不合理とはいえない。

については,C教授らは,被害児が低体温症を発

症していた可能性は否定せず,また,窒息死ではないと判断しつつ,結論として,被害児の各外傷は単独では死因となり得ないものの,これらが競合して死因を構成し,被害児は外傷性ショックにより死亡したもので,低栄養は死因に間接的に悪影響を与えたと判断しているところ,他方でB医師は,各外傷は単独では死因となり得ないことを前提に,死因は低栄養による衰弱死であるが,各外傷が衰弱の程度を強めたと判断しているのであって,両者の見解の違いは,各外傷を主たる死因と見るか,低栄養を主たる死因と見るかの見解の相違にすぎないと考えられる。そうすると,いずれにしても,窒息が死因ではなく,被告人らが,被害児に対して生存に必要な食事を与え,かつ,その生存に必要な医師による治療等の医療措置を受けさせるという保護を与えなかったことにより,低栄養及び外傷の影響で被害児が死亡したことに変わりはなく,また,当時の被害児の体重減少状況や外傷の状況等に照らせば,5月31日頃の時点において被害児が要保護状況にあり,その客観的な状況を認識していた被告人に故意が認められることにも変わりはなく,本件において保護責任者遺棄致死罪が成立するという結論は変わらないのであるから,この所論は,判決に影響を及ぼす事実の誤認を指摘するものとは認められない。
客観的要保護状況があったかについて
所論は,同日頃の時点において客観的要保護状況があったかについて,被害児は保育所で給食をほぼ完食していたのに,保育士には被害児の体重の増減の認識がなかったことからすると,被害児には食事の量と比例して体重が増加しない何らかの健康上の理由があったと考えるのが自然であり,また,
死亡時の体重減少には脱水や外傷等が影響していた可能性も高いから,約6週間で被害児の体重の約18%が失われたという事実を前提にしても,被告人が被害児にその体重を維持するのに必要な食事を与えず栄養状態を悪化さ被告人は,被害児にどのような食事を与えていた
かについて,想起し得る限りの説明をしており,その供述は信用できる,同日,Aが,被害児の頭部の外傷について被告人に説明をしたり,病院に電話をしたりしたのは,あくまで頭部のブヨブヨという特異な症状に対してのものと解するのが自然かつ合理的であり,このことから被害児の衰弱を推認することはできない,

原判決は,スプーンの柄から被害児のDNAが検出

された点等に関して,被害児が高度の意識障害を生じる前の口中の食事を飲み込むことができる時期に,自力で食事を口に入れようとしたり,或いは口内に飲食物を入れてもらうなどの被告人らの介助を受けたりしながら,口中に入った食事を飲み込んだとか様々な可能性を考えることもできると説示するが,B医師ですら,自力で食事を口に入れようとしたとまでは述べておらず,証拠に基づかない認定である,などと主張する。
しかし,

児にそのような健康上の問題があったという

診断はされておらず,死亡時に脱水があったとしてもそれによって体重が大きく減少したとは考えられないし,仮に外傷が体重減少に影響していたとしても,結局そのような外傷のある被害児に必要な食事を与えていなかったことに変わりはない。

については,被告人の供述内容自体,被害児に十分な

食事を与えていたといえるような内容とは認め難い上,被害児の体重減少状況や外傷の状況等に照らせば,被害児が要保護状況にあったことは明らかである。

同日の電話は,頭部のブヨブヨという特異な症状をき

っかけにしたものであるが,頭部にそのような外傷を負っていること自体,被害児が要保護状況にあると強く認識させる事情であることは明らかである。
様々な可能性が考えられる旨を指摘して,原判決の認定がスプーンの柄から被害児のDNAが検出されたことなどと矛盾しない旨を説示したものにすぎず,具体的事実を積極的に認定しようとしたものではないから,原判決が証拠に基づかない認定をしたとはいえない上,原判決が説示するような可能性も十分考えられるから,その判断は不合理ではない。
被告人の要保護状況の認識について
保護責任者遺棄致死罪が成立するためには,要保護状況及び具体的保護行為を行わないことを認識する必要があるほか,要保護状況が被告人自身の行為により作出された場合には,当該行為が要保護状況を作出するものであることの認識も必要であると解され,本件では,被告人が,被害児に提供していた食事が被害児の体重維持に必要な食事に達していないことについても認識していることが必要であるが,被告人には当時そのような認識はなかった,

同居して毎日被害児の様子を目にする被告人が,徐々に体重

が減少したことに気付かないということは十分考えられる,

最高裁平成2

第1549号同30年3月19日第二小法廷判決・刑集72巻1号1頁では,被害児の体格等の痩せ方は客観的には異常なものであったとする一方,被告人の認識していた被害児の特性に照らし,母親である被告人の故意を否定した一審の無罪判決を確定させているところ,同事件の被害児は本件被害児よりもさらに著しく痩せていたこと,本件被害児は成長曲線の下限付近又は下限を下回る身長・体重を記録していたこと,被告人は本件被害児が小さいのは遺伝であると認識していたこと,保育士や祖母等も本件被害児の体調面や活発性には問題を感じていなかったことなどに照らすと,被告人には本件被害児の体重減少が生命に危険を及ぼすという認識はなかったといえる,

どの部分が5月31日以前から存在

したのか判然とせず,また,被害児の遺体は死体現象によって皮下出血が目立つようになっており,解剖時の状況を前提に当時の被告人の認識を推認することには論理則,経験則違反が認められ,また,同日被告人は頭部の皮下出血を認識したものの,そのことから頭部全体にわたる相当量の皮下出血も認識したはずだというのは論理が飛躍しており,熱傷については風呂上がりに軟膏を塗って処置をしていることからすると,被告人には要保護状況の認識は認められない,などと主張する。
実行行為は,同月31日頃から,被害児に対
し,その生存に必要な食事を与えず,かつ,その生存に必要な医師による治療等の医療措置を受けさせずに放置したことであって,同日までに被害児にその体重を維持するのに必要な食事を与えず同児の栄養状態を悪化させたことなどは,主として同日頃の時点で被害児が要保護状況にあったことを基礎付ける経緯にすぎず,保護責任者遺棄致死罪の成立に当たってこれらの行為の意味合いまで認識している必要はないから,所論はその前提を誤っていて失当である。

については,被害児は,保育所に通園していた当時は特別痩

せているということはなく,子供らしいぽちゃっとした感じであったのに,同日頃にはかなり痩せた状態にあったのであるから,被告人がそのことを認識していたと推認した原判決の判断は不合理ではない。

については,当該

判例の事案と本件とでは証拠関係も事実関係も異なるのであり,特に当該判例の事案は被害児が先天性ミオパチーに罹患していたという特殊な事案であることに鑑みれば尚更,当該判例の事案との比較に基づく所論は相当でないし,保育士や祖母等は,4月下旬以降被害児に会っていなかったのであるから,それらの者の認識も被告人の故意を否定するようなものではない上,当時の被害児の体重減少状況や外傷の状況等に照らせば,その客観的な状況を認識していた被告人に保護責任者遺棄致死罪の故意が認められると判断した原判決は不合理ではない。

については,いずれにしても同日の時点におい

て被害児の顔面に多数の外傷が存在していたのであり,被告人においてもその外傷に容易に気付くことができたと推認できるし,同日被害児には頭部のブヨブヨという特異な症状もあった上,それを認識した被告人において頭部全体にわたる相当量の皮下出血を認識したと推認したことも不合理ではなく,そのような被害児の外傷の状況等を認識していれば被害児に保護を与えるべき状況にあることを認識していたと優に認められるから,被告人の故意を認定した原判決は何ら不合理ではない。
3
以上検討してきたとおり,上記所論はいずれも採用できず,その余の
所論も,いずれも原判決の認定に特段の疑義を生じさせるような主張とは認められない。論旨は理由がない。第3

結論

よって,
刑事訴訟法396条,
刑法21条により,
主文のとおり判決する。
令和3年4月26日
札幌高等裁判所刑事部

裁判長裁判官

金子武志
裁判官

加藤雅寛
裁判官

渡辺健

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