判例検索β > 令和2年(う)第153号
傷害致死(変更後の訴因 傷害致死(認定罪名 傷害)、保護責任者遺棄致死)
事件番号令和2(う)153
事件名傷害致死(変更後の訴因 傷害致死(認定罪名 傷害),保護責任者遺棄致死)
裁判年月日令和3年4月26日
裁判所名・部札幌高等裁判所  刑事部
結果棄却
原審裁判所名札幌地方裁判所
原審事件番号令和1(わ)524
判示事項の要旨被害児(当時2歳)の頭部に暴行を加えて傷害を負わせ,さらに,必要な食事を与えられず栄養状態が悪化し,上記傷害を負うなどして要保護状況に陥った被害児に対し,同児の母親と共謀の上,生存に必要な食事を与えず,かつ医師による治療等の医療措置を受けさせずに放置して衰弱死させたとして,傷害罪及び保護責任者遺棄致死罪の成立を認めた原判決について,事実誤認の主張を排斥し,控訴を棄却した事例。
裁判日:西暦2021-04-26
情報公開日2021-06-10 16:01:01
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主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中130日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人奥田真与作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は検察官倉持俊宏作成の答弁書に,それぞれ記載されたとおりである。論旨は,事実誤認の主張である。以下,略称は原判決の例に従い,日付は平成31年又は令和元年のものを指す。
第1

原判決が認定した事実

原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は,被告人が,被害児(当時2歳)に対し,5月15日頃から6月5日頃までの間,頭部を多数回殴打する暴行を加えて,頭部全体にわたる皮下出血及び頭頂部の帽状腱膜下出血の傷害を負わせ(原判示第1),被害児及びその実母であるAと同居し,Aと共に被害児に必要な食事を与えず,
かつ,
被害児に傷害を負わせたことにより,
5月31日頃には被害児の生存に必要な保護を与えるべき責任があったところ,Aと共謀の上,同日頃から被害児に必要な食事を与えず,かつ,医師による治療等の医療措置を受けさせずに放置して,多臓器不全を伴う低栄養状態に陥らせ,6月5日,被害児を衰弱により死亡させた(同第2),というものである。
第2
1
傷害事件に関する事実誤認の主張について
原審において検察官は,被告人が,被害児の頭部や顔面,胸部等に多
数回の暴行を加えて,
頭部皮下出血等の傷害のほか,
左右後頭部硬膜下血腫,
顔面皮下出血,前胸部皮下出血等の傷害を負わせたと主張し,これに対し被告人は,
被害児に傷害を負わせる暴行を一切加えていないと主張したところ,原判決は,以下の理由から,頭部皮下出血等を負わせたという限度で被告人が暴行を加えたと認定している。すなわち,被害児の司法解剖をしたB医師の証言等によれば,被害児の遺体に認められた傷害は自過失で生じたものとは想定し難く,
また,
上記傷害は5月15日以降に受傷したものと認められ,
被告人は,同日以降6月5日までの間,A及び被害児と共に生活し,被害児を外出させなかったのであるから,被害児に上記傷害を負わせる暴行を加えた者は被告人とA以外に想定できないところ,5月30日午後10時過ぎにAが出掛ける段階では,被害児の異変に気付くような事態はなかったが,その後,被告人が,被害児と二人きりで本件居室にいる状況で,Aに連絡をして被害児の頭部がブヨブヨした状態である旨伝え,さらに,翌31日午前3時過ぎには,病院に電話をかけ,2歳の子供が頭をぶつけ,頭がブヨブヨになっている旨告げてその対処法を問い合わせていることからすると,その間に被害児が受傷したと考えるのが合理的であり,ひいては被告人がこの間に被害児の頭部を殴打したと考えられ,さらに,被告人が医師から勧められても受診をさせなかったことは,被告人が暴行の発覚を恐れたと考えても矛盾しないことに照らせば,A証言を考慮しなくても,頭部皮下出血等の一部について,5月30日から翌31日にかけて被告人が被害児の頭部を殴打して生じさせたものと強く推認される。さらに,B医師の証言によれば,上記傷害を負わせる暴行は,死亡の2週間前から数時間前までの間に,継続的に多数回,頭部のあらゆる個所に打撃又は圧迫を加えられたことにより生じたものであると認められるところ,関係証拠によれば,被害児の出産後から2年以上にわたり,Aが被害児に傷害を負わせるような暴行を加えたことはなかったと認められることや,死亡時に確認された傷害が生じた時期は,被告人がAと共に住むようになった後であると認められること,Aが勤務先の同僚であるCに対し,被告人が被害児の頭を吹っ飛ぶぐらい強く殴るから怖い旨の告白をしていたこと,5月末までに本件居室の直上の居住者が,上下の特定はできないものの男性の大声,物音と子供の泣き声を一緒に聞くことが複数回あったと証言していることからすれば,被告人が被害児に頭部皮下出血等の傷害を負わせる暴行を加えたと推認できる。これに対し被告人は,Aが被害児の頭部を叩く場面を見たことがある旨供述するが,裏付けがなく,また,傷害の多くについて原因が分からないとの供述も,被害児と同居していながら,多数の部位にわたる傷害の原因が分からないというもので不自然であり,さらに,5月30日から翌31日にかけて被害児の頭がブヨブヨした状態に気付いたのは,被害児がリビングに来て頭を痛がっていたからである旨の供述は,被告人らがドアを開けない限り,被害児が自分の意思ではリビングの行き来をできない状況にあったと供述していることから不合理であって信用できず,以上の事情等に照らせば,頭部皮下出血等の限度で傷害の事実が認定できる,というのである。原判決の結論は,論理則,経験則等に照らし不合理であるとはいえず,是認できる。
2
これに対し,所論は以下のとおり主張する。すなわち,①原判決は,
B医師の見解に依拠して,被害児の傷害がいずれも他人の暴行によるものと認められるとしているが,全て他人の暴行によると認定すること自体が常識に照らして不合理であり,特に熱傷については,テーブルでこぼれた液体がテーブルの下にいる被害児に掛かった可能性が排斥できず,被害児の頭部皮下出血等の傷害についても,被害児がキッチンに上りそこから落ちて床に頭を打ち付けることも考えられるのに,この点の考慮を欠いており,また,皮膚をめくると頭部全体に多量の出血が認められたというが,表皮下や帽状腱膜下の出血がどのように広がっているのかを示す模式図や傷害部位の写真等の証拠がなく,B医師の証言だけでは被告人の行為で生じたものと認定するには不十分である,②5月30日から翌31日にかけて被告人が被害児の頭部を殴打したかに関し,

Aが出掛ける段階で被害児の異変に気付くような

事態はなかったとの点は,A証言が考慮されていることは明らかであるし,仮にこの点のA証言が信用できるとしても,Aが出掛けるまでの間に被害児の頭がブヨブヨした状態になっていたものの,Aや被告人がそれに気付いていなかった可能性は排斥できない,
頭のブヨブヨした状態と表現された症

状は,頭部皮下出血と頭頂部の帽状腱膜下出血であるとされているが,傷害部位の写真が取り調べられなかった本件では,被害児の顔面全体の皮下出血のうち額部分に生じたものが頭のブヨブヨした状態である可能性は排斥できず,
実際,
Aも頭のブヨブヨの位置をおでこと供述していることからすれば,被告人が被害児の頭部を殴打したと推認することはできない,③原判決は,被告人が被害児の頭を吹っ飛ぶぐらい強く殴るから怖い旨AがCに述べていたと認定した上で,Cに対する暴行告白はA証言とも符合して相互に補強し合っているなどというが,被告人が被害児を殴ったという事実を要証事実とする場合,A証言と符合するのは当たり前であり相互に信用性を補強することはなく,また,Aが交際相手の話を誇張することも考えられるし,風俗業を経営し,風俗営業を取り締まる警察とは密接な関係にあるCが事実をありのままに述べているとは考えられず,他方で,Aは,Dには被告人の暴力を否定していたことから,A証言には自己矛盾があり,この点に関するA証言の信用性は減殺される,④原判決は,Eらの証言から,出産から4月24日までの2年以上にわたり被害児に暴行を加えなかったAが,急に被害児に対して暴行を加えることは考え難いというが,交際相手ができたことにより従前と態度等が一変することは珍しいことではなく,被告人との交際にのめり込むあまり,被害児の存在が邪魔になったAが,それまでと違って被害児に暴行を加えるようになったと考えても不自然ではない,⑤Fは,子供の泣き声が上下階のいずれから聞こえてきたか特定できておらず,被告人が被害児に暴行を加えたとの事実を認定する上で決め手とはなり得ず,
他方で,
Fは,
男性の大声や物音,子供の泣き声のほかに,女性の笑い声が聞こえてきたと述べていて,その笑い声が本件居室から聞こえてきたのだとすれば,被告人が被害児に暴力を振るっているときは止めていたとのA証言と矛盾することになるから,F証言によっては,被告人が被害児に暴力を加えていたと認定できない,⑥原判決は,5月15日頃から6月5日頃までの間に被害児に頭部皮下出血等の全てを負わせる暴行を加えたのは被告人であると推認できるとしているが,本件で確実と考えられる事実は,被告人が5月31日に病院に電話をかけて対処法を問い合わせたが,結局受診まではさせなかったことだけであり,その余は上記のとおり証拠評価に誤りがあることからすれば,上記の点から5月15日頃から6月5日頃までの間に被告人が継続的に多数回にわたり被害児の頭部を殴打する暴行を加えたと認定することはできず,また,B証言から認められる被害児の衰弱状況に照らし,6月上旬に被告人が被害児に暴行を加えている場面を目撃したとのA証言を排斥しているが,そうすると,6月に入ってから被告人が被害児の頭部を殴打したという直接証拠はなく,5月31日の時点で衰弱が進んでいた被害児に被告人が暴行を加えるのも不自然である,⑦被告人は,洋室とリビングを出入りできないように塞いだとは述べているが,そのような状態が5月末まで続いたとは述べておらず,原判決は被告人の供述を曲解して信用性を否定していて不合理である,などというのである。
3
しかし,上記所論はいずれも採用できない。①については,被害児の
全ての傷害が自過失によるものでないとまでいえるかどうかはともかく,少なくとも,本件頭部の傷害については,B医師が,自過失による転倒では,頭部の帽状腱膜という比較的強い膜の下にまで多量に出血する可能性は極めて低く,また,頭部皮下出血が頭部全体に多量に認められ,かつ,出血が生じた時期も死亡の数時間程度前のものから2週間程度前のものまで様々であることに照らし,自己転倒等の自過失による可能性を排斥し,継続的かつ多
数回に及ぶ暴行や圧迫に起因するものであるとした判断過程に不合理な点は認められない。そうすると,傷害部位の写真等の証拠がなくとも,上記のB医師の見解により,頭部皮下出血等の傷害の状況を認定し,それが自過失によるものでないとした上で,その他の事実を併せ考慮して,被告人の暴行によるものと認定した原判決の判断も不合理ではない。②
については,確か

に,原判決は,Aが出掛ける段階では被害児の異変に気付くような事態はなかったことなどについては,A証言にも依拠して認定しているのではないかと思われるが,いずれにしても原判決は,被告人が被害児と二人きりの間に異変に気付いたとの事実から,その間に被害児が受傷したと考えるのが合理的であるとしつつ,さらにその他の間接事実も併せ考慮して,頭部の傷害を負わせたのが被告人であると認定しているのであって,所論の指摘によってその判断が不合理であるとはいえない。同

については,B医師は,表面的

には後頭部に見られる頭部皮下出血が,解剖すると頭部のほぼ全体にわたって出血が見られ,また,頭部の皮膚下にある帽状腱膜下に出血が多量に存在しているとして,前額部を含む顔面の皮下出血とは区別した上で,頭のブヨブヨした状態と表現された症状は,これらの頭部皮下出血等に当たるとの見解を示しているのであるから,傷害部位の写真を取り調べずともその旨認定できると判断した原判決は不合理ではなく,このことは,頭部のブヨブヨの位置についてAはおでこと認識していた旨証言していることによって左右されるようなものではない。③については,原判決は,Aが,Cに対し,被告人が本件居室に住むようになった後,被害児の頭部を強く殴ることがある旨の告白をした事実について,C証言がA証言と符合していることなどに照らして,当該告白をしたという事実が認定できるとした上で,上記告白をした際の状況等に照らせば,Aがあえて幼児に対する虐待ともいえる事実を捏造してまで自ら告白したとは考え難いとし,他方で,DはAとの関係性が希薄であることなどから,AがDに対してはかかる虐待の事実を隠そうとしたと考えて矛盾しないと判断しているのであって,その判断が不合理とはいえない。④については,原判決は,本件暴行が,突発的ではなく断続的にかつ多数回,
頭部のあらゆる個所に打撃を加えるという強度のものであることから,その他の傷害の原因となった暴行とは異なり,このような暴行を加えたのはAではなく被告人であると考える方が自然であることを示す事情として,被告人との交際を開始する以前には,Aが被害児に暴行を加えた形跡が認められないとの事実を指摘したのであって,この判断は不合理ではなく,他方で所論の指摘は憶測にすぎない上,仮にAに一定程度そのような変化があったとしても,上記のような断続的かつ強度の暴行を加えたとまでは考え難いと判断したと解される原判決が不合理とはいえない。
⑤については,
原判決も,
もとよりF証言を決め手としているわけではないし,女性の笑い声がAのものであるとすれば,
Aが被告人の暴行を認識しつつ放置していたと考えられ,
その限度でA証言は信用できないことになるものの,そうであっても,F証言は被告人が被害児に何らかの暴行を加えていたことと整合する内容である以上,F証言に照らしても原判決の認定は不合理ではない。⑥については,これまで検討したとおり,頭部皮下出血等の出血の程度や発症の時期に照らし,その原因となった頭部への暴行が,その他の傷害の原因となった暴行とは異なり,断続的かつ多数回に及ぶ強度のものであるところ,そのような暴行を加えたのが,Aではなく被告人であると考える方が自然といえる事情があることなどに鑑みて,頭部皮下出血等を生じさせる暴行を加えたのが被告人であると認定した原判決の判断が不合理であるとはいえない。⑦については,確かに5月末にも被害児が洋室とリビングを行き来できない状況にあったかは定かではないから,この点から被告人供述が不合理であるとする原判決の説示には賛同できないが,一見して明白な傷害が多数認められ,おむつだけを着て過ごす時間が長かった被害児と共に生活していながら,その傷害の原因が分からないなどという被告人の供述内容が極めて不自然であることなどに照らせば,何らの裏付けのない本件負傷状況に関する被告人の供述が信用できないとした原判決の結論は不合理ではない。所論は採用できず,論旨は理由がない。
第3

保護責任者遺棄致死事件に関する事実誤認の主張について1

原審では,遅くとも5月31日頃までに,①被害児が,生存のために
必要な食事や,医師による治療等を受けるという特定の保護を必要とする状況にあったにもかかわらず,これらの保護を受けられずに衰弱死したと認められるか,②被告人が,被害児の生存のために必要な特定の保護を与えるべき立場にあり,被害児にはそのような保護を必要とする状況にあったことを認識しながら,Aと一緒になってその保護を与えなかったと認められるかが中心的に争われたところ,原判決は,以下の理由から,上記事実を認定している。すなわち,B医師は,被害児の死因について,被害児は体重を維持するために必要な食事がほとんどできなかったことで,二,三週間程度で体重が急激に減少し,低栄養状態となって全身の機能が低下し,死亡の数日前頃には,かなり弱って意識障害も生じ,さらに,死亡の数時間前には,高度の意識障害が生じ,死亡直前の数時間で体温が低下した状態になり,最終的に多臓器不全となって6月5日に衰弱死したと考えられる一方で,肺のCT画像の所見等によれば,被害児が吐物を誤嚥して窒息死した可能性は否定される,と証言している。B医師の上記見解は,被害児の体重の推移や腹部の皮下脂肪の厚みの変化等の状況を総合的に考察したもので,その判断根拠や考察の過程は合理的であり,窒息死の可能性が否定される点もCТ画像の画像診断等を根拠とするもので,その信用性は高い。他方で,G医師は,総たん白等の数値からは被害児は重度の低栄養状態ではなく,極度の衰弱状態であったとまではいえず,胃等の内容物からは被害児が少しでも自分で食べたと考えられるから,皮下脂肪をエネルギーに変えることはできたと考えられ,また,
死亡時の被害児の身長,
体重はそれだけで衰弱死に至るほどではなく,
窒息死と考えるのが自然であると指摘するが,その見解は総たん白等の数値が死後変化することを捨象したものであるし,B医師の見解は,体重等の変化のみに基づく判断ではなく,低栄養による衰弱死という見解を基本としつつ,衰弱の程度が頭部等の外傷により強められたというものであり,G医師の上記批判は当を得たものではなく,CT画像の読み取りから窒息死の可能性を指摘する点も,組織病理検査によっても肺や細気管支に死因となるような異常が確認されなかったことに反していることなどから採用できない。また,原審弁護人は,本件居室にあったスプーンやストローから被害児のDNAが検出されたことを根拠に,被害児が死亡前に自力で食事をしていた可能性があると指摘するが,高度の意識障害が生じたのは死亡の数時間前であると推定され,死期を早めた後頭骨等線状骨折等の受傷時期も死亡の数時間前から2日以内と推定される一方,最後の食事から死亡するまでの時間が数時間から12時間前後と幅をもって特定されていることからすれば,意識障害に陥る前に,被告人らがスプーンを持たせたりして口内に飲食物を入れるなど,被害児が自力で食事をした以外の想定も考えられるから,上記指摘はB医師の見解に疑念を生じさせるものではない。そうすると,5月31日頃には,
被害児は一見して痩せ,
頭部等にも多数の外傷を負って皮下出血もあり,
かなり弱った状態にあったと認められるから,要保護状況にあったといえ,それにもかかわらず生存のために必要な特定の保護を受けられずに衰弱死したと認められる。そして,被告人は,2歳児である被害児と同居してその保護をAと共に担い,また,被害児に傷害を負わせて要保護状況の形成に寄与していたのであるから,生存のために必要な特定の保護を与えるべき立場にあったと認められる上,上記のとおりの衰弱の程度や,被害児の傷害の部位等に照らせば,被告人が,5月31日の時点で被害児が要保護状況にあることを認識しつつ,Aと共に食事や医療措置といった必要な保護を与えなかったと認められる,というのである。原判決の認定及び判断は,経験則,論理則等に照らし不合理ではなく,是認できる。
2
これに対し,所論は以下のとおり主張する。すなわち,①原審が認定
した必要な食事を与えずとは,絶食ないしほとんど絶食の状態を意味すると理解すべきところ,被告人及びAは,5月15日から同月31日までの間,基本的には被害児に1日3回食事を与えていたという点で,大筋一致する供述をしていること,Aは自身の公判で被害児のために購入した食材について供述していて,その内容は客観証拠に符合していること,被害児にはネグレクトに見られがちな不潔な様子や虫歯は見られないことから,上記のとおり食材を購入したA及び被告人が,殊更に被害児に食事を与えないとは考えられず,また,被害児のアルブミン,総ケトン体の数値が基準値外ではあるものの,極端な低栄養の状態が生じていたことを示す数値ではないことに照らせば,被害児が5月15日から同月31日までの間,絶食ないしほとんど絶食状態に置かれたとの事実は認められない,②B医師の見解は,被害児の体重は2月14日の時点で約8500gあり,5月15日に警察官が被害児の状況を確認した際には体重は同程度で維持されていたことを前提としているが,その根拠は当時被害児の状況を確認した警察官の主観的印象にすぎないから,同日時点の体重が従前どおり約8500gで維持されていたと推認することはできず,被害児の体重は不明というほかないから,5月15日から同月31日までの間に体重が急激に減少したとは認められない,③被告人及びAは,被害児が死亡する直前まで元気で,6月5日未明の食事も一人でスプーンを使って食べたなどと一致する供述をしており,この内容はスプーン等から被害児のDNAが検出されたことなどの客観的証拠とも符合していて信用でき,また,被害児は低栄養状態にあったものの生前意識障害が生じていたとは認められないことについては,G医師のほか,Aの公判でも2名の医師が証言していて,経験のないことは正直にその旨述べるなどして真摯に尋問に対応しており信用性が高い一方で,B医師は被害児の便の分布状況を合理的に説明できていないなど信用性に疑問が残ることから,被害児が次第に衰弱し,意識障害が生じていたことについて,常識に照らし間違いがないとまではいえない,④被害児の死因に関し,G医師のほか,Aの公判でも医師2名が窒息死の可能性が高い旨証言していることから,窒息死の可能性が否定できない一方で,窒息死の可能性を否定するB医師は,生活反応や溢血点といった法医学的な理論に拘泥するあまりに死因に関する考察を誤ったのではないかとの疑問を払拭できない,⑤被害児の死因が窒息死である合理的な疑いが残る以上,被告人は,被害児が要保護状況にあると認識する機会がなく,また,被害児は多数の外傷を負っていたが,外傷の多くは放置しても治癒するものであるから,
要保護状況の認識を基礎付けるものではなく,
仮に被害児が衰弱死し,その過程で次第に意識障害が強まって最終的に死亡したというのであれば,被告人及びAが慌てた様子で119番通報をすることなどあり得ず,むしろ,このことは被害児が急死したことを窺わせるものである,などというのである。
3
しかし,
上記所論はいずれも採用できない。
①については,
原判決は,

5月31日頃の時点で被害児が要保護状況にあったことを基礎づける一事情として,体重を維持するために必要な食事がほとんどできなかったとの事実を認定しているのであって,被害児が5月15日から同月31日までの間にほとんど絶食状態に置かれていたと認定しているわけではないので,所論はその前提を欠き,失当である上,被告人やAが被害児に基本的には1日3回食事を与えていたというものの,2月14日時点で身長約72cm,体重が約8500gあり,5月15日の時点でも特に痩せた様子の認められなかった被害児が,
6月5日の死亡時点では身長が約74cmに伸びている一方で,
体重は約6740gと顕著に減少していることに照らせば,その間に被害児の生存のために十分な食事が与えられていたとは到底認められず,その供述は客観的状況に反するもので信用できず,
所論は,
体重の推移等も踏まえて,
被害児が低栄養の状態となって全身の機能が低下したとのB医師の見解の不合理さを指摘するものにはならない。②については,B医師は,5月15日時点での被害児の体重が約8500gであることを前提にしているものではなく,上記のとおり2月14日から6月5日までの体重減少の度合いが著しく,また,5月15日の時点で警察官が服を脱いだ状態の被害児を確認した際には,極端に痩せ細るなどの発育状態の悪さを示す事情は特段認められなかったことなどから,その後被害児の体重が急激に減少し,低栄養状態になったとの見解を示しているのであって,その判断過程に不合理な点は認められない。③については,原判決も説示するとおり,被害児が意識障害に陥る前に被告人らが飲食物を口内に入れるなどしたことも想定されるのであって,スプーン等から被害児のDNAが検出されたことや,意識障害時における食物の嚥下の可否等に関する専門家の意見によって,意識障害に関するB医師の見解が不合理とはならず,また,B医師は,低栄養状態では便が大腸内に止まってしまうことから便の分布状況等から直前の食事の状況は判明しない旨説明しているのであって,所論の指摘によってB医師の見解に疑念は生じない。④については,窒息の可能性を指摘するG医師の見解は,死亡直後に撮影された被害児のCT画像に閉塞を示唆する白い影が肺等に見られたことを主たる根拠としているが,原判決も説示するとおり,心肺蘇生術の過程で点滴がされたり,死亡後に血が貯まって肺の血管が拡張したりして,水分が肺から染み出すことによっても,死亡後のCT画像に白い影が確認され得るというのであるから,この点を窒息死の根拠とすることはできず,そうすると,同旨の見解を示した複数の医師がいたとしても,このことからG証言の信用性が高まるということもできない。⑤については,窒息死の可能性を否定するB医師の見解が合理的であることは,
原判決が説示するとおりであり,
窒息死を前提とした所論は採用できない。また,Aや被告人が,被害児の死を積極的に企図してはいない本件において,被害児の容態が悪化するといった緊急事態が生じた際に,Aや被告人が慌てて119番通報をすることも考えられるのであるから,この点が,要保護状況の認識を欠いていたとの根拠となるものではない。所論は採用できず,論旨は理由がない。
第4

結論よって,
刑事訴訟法396条,
181条1項ただし書,
刑法21条により,
主文のとおり判決する。
令和3年4月26日
札幌高等裁判所刑事部

裁判長裁判官

金子武志
裁判官

加藤雅寛
裁判官

渡辺健

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