判例検索β > 令和2年(わ)第48号
公職選挙法違反
事件番号令和2(わ)48
事件名公職選挙法違反
裁判年月日令和3年4月15日
裁判所名・部大阪地方裁判所  堺支部  第1刑事部
裁判日:西暦2021-04-15
情報公開日2021-06-02 12:00:49
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被告人は無罪


第1


本件公訴事実の要旨及び当事者の主張等
(なお,以下には,告示・届出の前後にかかわらず,選挙事務所

運動員等の用語を用いる。)
1
本件公訴事実の要旨は,令和元年6月9日施行の堺市長選挙に立候補する決意を有していたAの選挙運動者であった被告人が,Bと共謀の上,前記選挙において前記Aに当選を得させる目的をもって,いまだ同人の立候補届出のない同年5月23日,同選挙の運動員ら4名をして,堺市内にある3か所の郵便局から,同市内に居住する25名に宛てて,C高校OB・OGの皆様

私はC高校出身の,Aと申します。この度,私は堺市議会議員の職を辞し,堺の将来を決める重要な戦いに,自ら臨む決意を固めましたこと,同窓の皆様にご報告致します。

政党の支援のない私にとって,相手となるKの会は,強大な組織です。厳しい戦いとなることは承知の上ですが,決死の覚悟で戦いに臨んで参ります。同窓の御縁が頼りです。どうか,C高校の同窓の皆様,Aのことを知ってください。そして,同封の市政報告をご一読頂き,支援の輪を広げていただけないでしょうか。心からお願い申し上げます。Aなどと記載した法定外の選挙運動用文書(以下本件文書という。)等在中の封書合計25通(以下本件封筒
という。)を発送し,その頃,堺市内の23か所に到達させ,もって法定外選挙運動文書を頒布するとともに,立候補届出前の選挙運動をしたというものである。

2
関係各証拠によれば,令和元年5月17日(特に記載がない限り,以下の月日はいずれも令和元年のそれを指す。,Aは会見を開き,前)
堺市長の辞職に伴って実施された堺市長選挙(以下本件選挙とい
う。
)に立候補する旨を表明し,翌18日,各紙朝刊にその会見の記事が掲載されたこと(甲2)
,同月22日及び23日,堺市内のAの選挙
事務所(以下,単に,選挙事務所」ないし事務所ともいう場合が

ある。また,Aの選挙事務所は,入口を異にし,区分されている事務所部分と事務室部分からなるが,事務室部分を「本部

と呼称する場合がある。
)において,運動員らによって,本件文書が,市政報告のビ
ラ(以下本件ビラともいう。なお,本件文書と本件ビラとを合わ
せ,本件文書等」ともいう。とともに封詰めされ,同日,Bの指示)の下,本件封筒を含む1万通以上の封筒が,本件選挙の運動員ら4名によって郵便局に持ち込まれて発送され,その頃,本件封筒が堺市内の23か所に到達したこと(甲39ないし47),同月26日,堺市長選挙が告示され(投票日は6月9日),Aは告示当日に立候補を届け出たこと(甲1,3)が認められる。そして,本件文書の発送・到達の時期,本件文書の文面等に照らせば,本件文書は,本件選挙においてAへの投票を呼び掛ける選挙運動に当たるといえるから,本件文書を立候補届出前に発送して到達させた前記行為は,法定外選挙運動文書の頒布に当たるとともに,立候補届出前の選挙運動に当たるといえる(これらの点については,被告人及び弁護人も争っていない。。)3その上で,被告人及び弁護人は,被告人は,本件文書の発送には関与しておらず,Bと共謀したこともなく,本件文書の発送当時,本件文書の記載内容を知らなかったとして,法定外文書頒布及び事前選挙運動の各罪の成立を争ったのに対し,検察官は,被告人は,DにC高校卒業生の宛名のタックシールの作成を依頼した上,印刷業者であるEに本件文書の原稿及びAの署名が記載された紙を渡して本件文書の作成を依頼し,Bに本件文書の発送を指示したから,被告人とBとの共謀及び本件文書の記載内容についての被告人の認識のいずれについても優に認められ,被告人には法定外文書頒布及び事前選挙運動の各罪が成立すると主張している。したがって,本件の争点は,被告人とBとの共謀の存否及び本件文書が法定外文書であることについての被告人の認識の有無である。第21争点についての当裁判所の判断検察官の主張について検察官は,B,E及びDの各公判供述並びに被告人の捜査段階の供述(自白)はいずれも信用でき,他方,被告人の公判供述は信用できない等として,前記のとおりに主張する。なるほど,公判廷において,Bは,5月22日の朝,第三者を介し,本件文書等を郵送することについて被告人に確認をして封筒に本件文書等を詰める作業をし,その作業の途中で,翌日以降の作業員の確保を直接被告人に要請し,70万円ほど掛かる郵送費を支出することについても発送前に被告人の了解を得た旨を,Eは,告示日の1週間前に,被告人から,直接,本件文書と封筒の作成を依頼され,手書きの原稿と封筒の原稿,Aの手書きのサインが複数記載されている紙を受け取り,レイアウト等についても指示されて,本件文書と封筒のサンプルを作成した上,被告人の了解を得て,本件文書と封筒を印刷して納品した旨を,Dは,5月17日頃,被告人から,C高校OBの名簿を持っているか問われ,持っているのであればタックシールで欲しいと頼まれて承諾し,C高校のOB名簿をタックシールに印刷し,同月20日か21日頃,Aの選挙事務所に届けた旨を,それぞれ供述している。また,被告人は,捜査段階で,Aを当選させるため,告示日前にAの同窓であるC高校のOB・OG宛てに投票依頼をする文書を送付することを思いつき,独断で,本件文書を作成して,これを実行した,5月18日頃,C高校の同窓会名簿を持つDに対し,名簿登載者の宛名をタックシールにして印刷するように依頼し,た,月19日頃,ま同Aから,理由を告げずに,紙に署名をもらい,事前に自分が作成した本件文書の手書き原稿とともにEに渡して,本件文書及び封筒の作成を依頼し,同月20日か21日頃,Eが持ってきた本件文書と封筒のレイアウトを確認した上,Eに印刷を依頼した,同月21日頃,本件文書と封筒が納品されたことから,Bに対し,この頃Dから事務所に届けられていたタックシールを封筒に貼り,本件文書等をその封筒に詰めて,告示日前の23日までに発送するように指示した旨を供述している(乙13ないし16)。2しかしながら,B,E及びDの各公判供述並びに被告人の捜査段階の供述には,以下のとおりの疑問がある。(1)Bの公判供述について検察官は,Bは,発送について,責任者的立場にあった被告人に確認を取り,郵送費を支出する前にも会計責任者である被告人の了解を取った旨,一貫して自然かつ具体的な供述をしており,虚偽供述をする動機もなく,被告人に罪をかぶせて真犯人を隠蔽しているともみられないから,その供述は信用できるという。しかしながら,Bが,22日の朝被告人に確認をとったとする点は,本件文書等の発送につき,第三者を介して確認を取ったというにすぎず,B自身が被告人から直接指示を受けたわけではなく,確認した相手が誰かをその第三者に確認したわけでもなく,ただ,当時本部にいたと思われる者や被告人の組織上の立場からすると,指示をしたのが被告人であろうと推測したにとどまる。また,その推測の根拠として述べる,第三者が確認のために本部に行った際,本部に被告人とF(国会議員Gの秘書)しかいなかったとする点も,当日の朝事務所に行った際被告人とは顔を合わせておらず,後で被告人とFの2名がいたという程度のものであって,Bが第三者を介して指示を確認した時点で本部にいた人物を確定するものでもない。Bの公判供述からしても,本部に常駐していた人物には,被告人とFに加え,両名に比べると不在時が多いとはいえ,選対本部の事務局長であるH(堺市議会議員)がおり,他にも多数の者が出入りしている状況でもあったというのであるから,Bが確認した当時,本部に被告人とFしかいなかったというのもいささか疑問なしとしない。加えて,Bが確認を依頼した可能性のある人物は,当日その場にいたAの支援者ないしその関係者等の運動員に限定されると考えられ,その人物を特定することがさほど困難であるとは思われないのに,その人物が誰かをBが覚えていないというのはいささか不自然である上,その人物は特定されておらず,第三者を介し被告人から指示を受けたとするBの供述は裏付けを欠いている。また,Bの供述経過をみると,Bは,捜査当初の段階では,指示をしたのが事務所にいた責任者的立場にある人だと思うと述べるにとどまっていたのに(6月10日付け警察官調書。弁8,職4),その後,本件文書を見たとき,本件選挙でのAへの投票依頼である旨理解するとともに,この戦術を考えたのが被告人であるとすぐにわかったなどと述べたり,夕方頃になっても封書入れが半分くらいしか出来ておらず,いつまでに郵送しなければいけないか聞いていなかったので,事務所の奥にいた被告人に,今日で終わりそうにない,つまでに出さないといけないのかなどと聞くと,告人から,い被告示日前の明日には出さないといけない,郵便代金も,預けている金から出しておいてなどと言われ,被告人に作業する人の増員を依頼したなどと,本件文書等の作成や送付についての被告人の関与を明確に供述するに至り6月20日付け警察官調書。10,1)(職1,その供述を公判でも維持しているところ,被告人の関与に関する供述が前記のとおり変遷している理由は明らかではなく,戦術を考えたのが被告人であると考えた根拠についても,弁護人に問われて,納得できる理由を示すことができていない。後記のとおり,Bも出席していた6月16日の集会の席上,被告人から,捜査段階の供述に沿う説明がされた後に,Bが本件への被告人の関与を示唆し,あるいは被告人からの直接的な指示を供述するようになっていることにも照らすと,本件文書の発送が被告人の指示である旨のBの公判供述には疑問がある。本件文書の発送に伴う郵送費に関する被告人とのやりとりについても,捜査当初の段階では,Bは,2日に分けて郵送した2日分の郵送費を被告人から現金で受け取り,郵送した人から受け取ったお釣りとレシートを被告人に返したと供述していたのに職4)前(,記のとおり,預けている金から出すように言われたと供述を変え,さらに,公判廷では,本件文書を発送するに当たり,郵送費として必要になる70万円ほどの金員を支出することにつき,被告人に直接確認をし,了解を得た旨述べるなど,本件文書の発送に伴う郵送費についての被告人とのやりとりに関するBの供述は,むしろ一貫していないともいえる。以上の諸点に照らすと,本件文書の発送につき被告人から指示を受けたとするBの公判供述の信用性には疑問があるといわざるを得ないから,このBの公判供述をもって,被告人が本件文書の作成に関与したとも,被告人が本件文書の発送を指示したとも認めることはできない。(2)Eの公判供述について検察官が指摘するように,Eは,被告人から本件文書の作成を依頼された際のやりとり等を具体的に述べており,た,の供述は,まそ選挙直後の6月11日午後4時半頃から警察官に事情を聴取された際の供述(職12)から一貫しているといえる。しかしながら,Eは,被告人から本件文書の作成を依頼された際の状況等についての弁護人からの反対尋問には,覚えていない,はっきりしないなどと幾分供述を後退させている上,本件文書の作成を被告人から依頼されたとするEの供述には,次の点が指摘できる。すなわち,関係証拠によれば,6月11日午前,少なくとも被告人及びDがI弁護士の事務所を訪ねて,警察の捜査に対する対応等について相談した際,その場にEが同席したことが認められるところ,本件において,印刷業者であるEが同席した理由としては,本件文書の作成を依頼した選挙陣営側の依頼者やその人物とのやりとり等が本件において重要な意味を持つことによると考えられ,そのことはEにおいても十分認識していたはずである。そして,被告人から依頼を受けたとするEの供述が真実であれば,依頼した被告人に加え,単なる印刷業者にすぎないEを同席させる必要はないから,Eを同席させた事実は,本件文書の作成を依頼した人物や同人とのやりとりについて,Eと明示ないし黙示の擦り合わせがなされた可能性を示唆するものといえる。このことは,警察の捜査が入り,I弁護士の事務所に行くことになる前に,Hら何名かと集まって打合せをし,Eも同行することになったとのDの公判供述からも,強く疑われるところである。しかるに,Eが,I弁護士の事務所に行くことになった経緯や同事務所でのやりとり,Eと被告人以外に一緒に行った人物等について,覚えていないとの供述に終始しているのは相当に不自然不合理であり,このことも,本件文書の作成を依頼した人物等について擦り合わせがなされた可能性をより一層強め,本件文書の作成を依頼した人物に関するEの供述の信用性に疑問を抱かせるものといえる。さらに,Eは,捜査段階において,6月11日の警察官による事情聴取の際,本件選挙に関しA陣営から印刷物の注文を受ける際被告人が窓口となっていた,印刷物の注文やデザインの確認を担当していたのは被告人のみで,他の事務所関係者から注文やチェックを受けることはなかったなどと供述し職12)その後もその供述を(,維持している(6月18日付け警察官調書。職13)が,本件選挙に関し,もっぱら被告人からのみ注文を受けたとする点は,公判廷では,告人以外からも注文を受けたと,述を変えている。た,被供ま選挙活動の当初の段階から,ポスターや推薦はがき等の広報製作物の担当はDとされていたから弁6等)違法性のない広報制作物に(,ついて,担当ではない被告人が,それらの注文やデザインの確認の全てを行っていたというのは,その必要性が全くなく,相当に不自然不合理であるし,広報制作物の担当として,ポスターや選挙の本番ちらし,あるいは選挙公報や推薦はがきの作成などに携わり,それらのうち,おそらく半分か半分弱くらいはE印刷に印刷してもらったとのDの公判供述ともそごしている。そうすると,Aの選挙事務所からの印刷物の注文等につき,被告人の関与を誇張するEの捜査段階の供述は,本件文書の作成を被告人から依頼されたとする点の辻褄合わせとして,そのような供述をした疑いがあり,このことは,本件文書の作成を被告人から依頼されたとするEの供述の信用性を低下させる方向に働く事情とみることができるから,その供述が捜査段階と公判段階で一貫しているからといって,Eの公判供述が信用できるとはいえない。加えて,被告人がEに本件文書の作成を依頼したことを示す客観証拠が見当たらないことをも併せ考慮すると,本件文書の作成を依頼したのが被告人であるとするEの公判供述の信用性には疑問があり,このことは,依頼を受けた際のやりとりについてのEの供述が具体的であることによって,左右されるものではない。(3)Dの公判供述について被告人からタックシールの印刷を頼まれ,これを承諾したのが,Aが立候補を表明した後の時期で,その送付先も1万人を超えるAの同窓生であることからすると,それが選挙の広報活動に用いられる可能性が高いことは明らかであって,広報制作物の担当者であったDにとっても無関心ではいられないはずであるのに,被告人からタックシールの印刷を頼まれた際,Dが,その使途等を聞くこともなく,これを了承したというのは不自然不合理である。この点,Dは,選挙前であり,告示前であったので,市会議員退任の挨拶や普段の政治活動のちらしなど,告示前に送ることができる範囲のものを送るのだろうと思ったなどと供述するが,Dが述べるような文書を送付する場合であっても,その時期や量に照らせば,どのような文書を送るのかを被告人が広報担当のDに相談したり,その了解を得たりすることなく,Dにおいても被告人に使途等を確認しなかったというのはやはり不自然不合理といえる。Dの供述が具体的かつ自然であるとか,広報制作物担当であったDに被告人に責任を押し付ける必要がないなどという検察官の主張は当たらない。Dの公判供述の信用性は低いというべきである。(4)被告人の捜査段階の供述について検察官は,被告人の捜査段階の供述は,事務局次長及び会計責任者という,多額の郵送費がかかる文書の発送を決める立場といえる被告人の指示で本件文書が発送されたこと,被告人のノートの記載や関係者への陳謝(弁1)と整合し,D,E及びBの各供述とも整合するという。しかしながら,被告人の捜査段階の供述を前提とすると,被告人は,本件文書を作成し告示日前に頒布することを,独断で企画して実行したことになるところ,Aの選対本部には,本部長代行として大阪府選出の国会議員であるGほか2名が,副本部長として地方議員(大阪府議,堺市議)5名が,事務局長として堺市議であるHがそれぞれ名を連ねていることが認められ弁6等)本件文書の発送(,には,印刷費と郵送費で合計90万円近くの支出を伴い,短期間で1万通以上の封詰めを行う必要があることから,その作業には多数の人手を要することにもなる(実際の作業を指示したB及びその作業に従事した運動員らの供述によれば,封詰めの作業に20人ほどの人が1日半ほど従事している(甲42から甲44))のに,現職議員ではなく,平成23年4月から平成27年4月までの間に堺市議を1期務めたにすぎない被告人が,くの金や人手を要し,かも,多し公職選挙法上許されない行為を,独断で決定し,その作成から発送までをも独断で推し進めたというのは,被告人が選対本部の事務局次長及び会計責任者の立場にあったことを考慮しても,相当に疑問である。また,前記のとおり,本件封筒には,本件文書のほか,本件ビラが同封されており,関係証拠によれば,本件ビラは,Eとは別の印刷業者が作成したこと,作業当日には,本件文書と封筒のほか,本件ビラが準備されており,本件ビラは,本件文書の記載内容からしても本件文書とともに封詰めされて郵送されることが予定されていたと認められ,被告人の捜査段階の供述調書中にも,本件ビラは本件文書が違法文書であると判断されにくくするために同封した旨の供述があって,本件文書と本件ビラとは関連性を有するのに,本件ビラの作成についての被告人の関与は明らかではなく,本件文書とともに封詰めして郵送する本件ビラを,Eとは別の印刷業者に発注した理由や経緯についての具体的な供述がないのは不自然であるし,DやAが,使途等も問わずに,タックシールの印刷依頼や署名の依頼に応じたというのも不自然といえる。加えて,被告人は,自身に対する取調べが本格化して以降,ほぼ連日,I弁護士に対し,取調べの際の発言内容等を詳細にメールで伝えているところ(弁2),その中には,警察が,本件選挙の際にA陣営の議員が連絡を取り合うLINEグループのログ等を入手し,事実関係について知っていることや,Dが本件文書を起草し,Aも目を通し,Gが決裁したことも既に把握し,被告人の供述をもって立件可能かどうかを勘案中であること等を知人からの情報として伝えた上で,これに対するI弁護士の見解や対処方針等を尋ねるメールを送ったり6月14日のメール)警察の事情聴取に臨むDに(,対し自身の捜査段階の供述の概略をまとめた資料を送ったり(6月18日のメール)Aから事情聴取の際に何を答えるべきかという,相談を受けて,被告人やその周囲の者を通じて説明した内容を供述すれば足りる旨答えたことを伝えたりしている(6月20日のメール)ことが認められ,これらのメールは,被告人が独断で本件文書の作成・送付を決定し,その作成から発送までをも独断で推し進めたとする被告人の捜査段階の供述とはそぐわず,その信用性に疑問を生じさせる事実といえる。以上に対し,検察官は,被告人が選挙準備期間中の自身の予定等を書き入れていたノート(甲50。以下「ノートという。)に,5月23日の予定として1万件C封入れとの記載があるこ

とを指摘し,このことから,被告人は本件文書の発送を自己の職務であると認識していたと認められると主張する。
しかしながら,被告人は,公判廷において,自分が前記の記載を
したことを認めた上で,5月21日の選対本部の会議で,広報制作物担当のDから,C高校の卒業生に向けてダイレクトメールを発送するが,その作業が膨大で人手が要るので協力してほしい旨の議題が提出され,議長であったGからも,自分もその文書を発送することは了解している,手伝ってくれるかたを募るので,よろしくお願いしますという要請がされた,その際,自分は文書の中身は知らなかったが,急きょ大人数での作業を事務所内で行うことになり,自分が総務担当でもあり,会場の設営等を行う必要が生じたことから,備忘のために記載した旨供述している(第4回公判)ところ,その供述に不自然不合理な点は見受けられず,ノートの前記記載は,この被告人の公判供述からも十分説明可能といえる。したがって,ノートの前記記載から,被告人が本件文書の発送の決定やその指示を自己の職務と認識していたとみることはできず,ノートの前記記載が被告人の捜査段階の供述を裏付けるものとも,その信用性を高めるものともいえない。
また,検察官は,被告人の捜査段階の供述は,後記の6月16日
の集会の際,被告人が関係者に対し,迷惑をかけたと陳謝している(弁1)ことと整合すると主張するが,被告人が,捜査段階の供述内容の説明をした後,それを前提として,形の上で謝罪をした,そこまでがひとつの形式であると思った,と述べるところがあながち不自然不合理ともいい難い。
検察官主張のD,E及びBの各公判供述の信用性に疑問があるこ
とは既に述べたとおりである。
そうすると,検察官の主張はいずれも採用できず,本件文書の作
成・発送を独断で決め,推し進めた旨の被告人の捜査段階の供述の信用性は低いというほかない。
3
被告人の公判供述について
(1)

被告人は,公判廷で,要旨,次のとおりに供述する。
自分は,事務局次長という役職にあったものの,主な仕事は各事

務の担当者の間に入って事務を調整したりするもので,選挙活動における最終的な意思決定はJの会議でされていた,5月21日の選対本部の会議において,DやGから前記発言がされたことから,総務の担当者であった自分が,その作業のための場所の確保や人員の確保のための手伝いをしたが,Eに本件文書の印刷を発注したことも,Dにタックシールの印刷を依頼したことも,Bに本件文書の発送を依頼したこともなく,その内容も発送前には知らなかった,警察の捜査が入ってから,自分なりに,本件への関与を疑われる者らから事情を聴いたが,誰も責任をとるものがいなかった,捜査段階で嘘の自白をしたのは,本件選挙を担っていた者のほとんどが現職の議員であり,同人らが本件の罪で有罪となれば,公民権停止となり,議員の職を失い,次の選挙も出られなくなるおそれがあり,誰も名乗り出る者がいないという中で,議員でもボランティアでもない立場にあったのが自分とBだけであったことや,このような事件があった場合には,議員バッジの付いていない者が罪をかぶるのが政治の世界の慣習であったことから,誰からも身代りに行けとは指示されていないが,自分が責任をかぶる形で虚偽の自白をした。
(2)

信用性について
本件文書の発送に関わっておらず,発送前にはその内容を知らな
かったという被告人が,誰からの依頼や指示がなく,本件の真相も定かではないのに,本件の責任をかぶって虚偽の自白をしたというのは,唐突であって相当に不自然不合理な感が拭えず,罪を免れるために虚偽の供述をする動機もあるから,その供述の信用性は慎重に検討すべきである。
そこで,まず,虚偽自白の点について検討すると,被告人の供述
によれば,6月10日に警察の捜査が入って以後,本件への関与が疑われる人物から事情を聴いたり,Eから事情を聴いたりしたというのであるから,真相が定かではない中,虚偽の自白をしたという被告人の供述が,必ずしも不自然不合理であるとはいい難い。
また,被告人は,本件の責任をかぶって虚偽の自白をした動機と
して,現職議員等に捜査の手が及び,その刑事責任を問われる事態を回避するとともに,自身の不利益については,組織ないし個々の議員からの有形無形の援助を期待して,議員の職にはない被告人がその責任をかぶることにしたと述べているところ,この被告人の述べる動機があながち不自然不合理ともいい難い。
さらに,証拠(弁1)によれば,6月16日に選対本部の関係者
が集まる集会が開かれたが,その席上,被告人が本件の経緯や取調べ時の供述等について,捜査段階の供述に沿う説明をした後,これを受けて,Bが,被告人が罪をかぶろうとしている旨やその被告人の気持ちを酌んでやってほしいなどと発言していることが認めら
れるところ,このBの発言は,被告人の前記公判供述に沿うものとみることができ,その信用性を一定程度裏付けるものといえる。
加えて,被告人は,10月31日,略式起訴され,同日,被告人
を罰金30万円に処する旨の略式命令を受けたが,11月11日,正式裁判の請求をしたことが明らかであるところ,その経緯について,被告人が,選対本部の事務局長であった堺市議に対して要望事項を記した書面を提出したが,それが黙殺されたため,いったんは略式手続に同意したものの,翻意し,正式裁判を求め,否認するに至ったと述べているのも,前記虚偽自白の動機等をも併せ考慮すると,本件の捜査から公判に至るまでの経過を無理なく説明するものといえる。
そうすると,本件文書の内容は知らず,その作成や発送には関わ
っていない旨の被告人の公判供述を排斥することはできないとい
うべきである。
以上に対し,察官は,告人がI弁護士に宛てたメール弁2)



にも,自己が本件に関与していないにもかかわらず,真犯人をかばって虚偽自白していることをうかがわせるやりとりが一切見当た
らないというが,前記メールに被告人の自白とそぐわないメールがあることは既に指摘したとおりであるし,自己の関与を否定するかのようなメールもみられる(6月20日付けメール)のであって,検察官の指摘は当たらない。
また,検察官は,被告人の公判供述を前提とすると,被告人が関
係者に謝罪したことは不合理であるとも主張するが,この点についての被告人の説明が不合理とはいえないことも既に説示したとお
りである。
第3

結論
以上のとおり,本件文書の発送について被告人から指示を受けたとす
るBの公判供述,被告人から本件文書の作成を依頼されたとするEの公判供述のいずれについても,その信用性に疑問があり,Dの公判供述の信用性が低いことは前記のとおりであって,本件文書の作成をEに依頼し,Bに発送を指示した旨の被告人の捜査段階の供述(自白)の信用性にも疑問があること,本件文書についての認識,DやEへの印刷依頼,Bに対する発送指示を否定する被告人の公判供述を排斥し難いことからすると,検察官が主張する被告人とBとの共謀及び本件文書の記載内容についての被告人の認識のいずれについても,これを認めるには合理的な疑いが残るというべきであって,本件公訴事実については犯罪の証明がないから,刑訴法336条により,主文のとおり判決する。

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