判例検索β > 令和1年(わ)第2456号
覚せい剤取締法違反
事件番号令和1(わ)2456
事件名覚せい剤取締法違反
裁判年月日令和3年3月19日
裁判所名・部名古屋地方裁判所  刑事第5部
裁判日:西暦2021-03-19
情報公開日2021-06-01 12:01:06
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判決主文
被告人は無罪

第1
1由
争点等
公訴事実

本件公訴事実は,
被告人は,法定の除外事由がないのに,令和元年11月下旬頃から同年12月5日までの間に,愛知県内又はその周辺において,覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン又はその塩類若干量を自己の身体に摂取し,もって覚せい剤を使用したというものである。2
争点

被告人は,本件公訴事実の期間に覚せい剤を使用していない旨供述する。弁護人は,①被告人が同期間に覚せい剤を使用していない,②仮に何らかの方法により被告人の体内に覚せい剤が摂取されたとしても,㋐当時交際していたAからもらったお茶に覚せい剤が混入されていた可能性がある,㋑逮捕後,強制採尿前に行われた取調べ(以下本件採尿前取調べという。
)において,警察官から提供され,被告
人が苦みを感じたお茶に覚せい剤が混入されていた可能性がある,などとして,被告人には覚せい剤使用の故意がない,③強制採尿により採取された尿を容器に移し替える際,医師が立ち会っていないので,その際,尿がすり替えられた可能性が高い,④尿から覚せい剤成分が検出されたとの鑑定書(甲3,以下本件鑑定書という。は,

強制採尿手続とそれに先立つ逮捕手続に令状主義の精神を没却する重大な違法があるので,証拠能力が否定されるべきである,などとして,被告人が無罪である旨主張する。
3
当裁判所の判断の概要

当裁判所は,本件鑑定書は違法収集証拠に該当せず,その証拠能力は否定されないが,本件採尿前取調べの際,警察官が被告人に提供した飲料の中に覚せい剤が混入されていたために,被告人が意思によらずに覚せい剤成分を体内に摂取した可能性は,相当な確からしさを持っているというべきであって,被告人が本件公訴事実の期間に,自己の意思で覚せい剤を摂取したと認めるには合理的な疑いが残ると判断した。
すなわち,愛知県東海警察署(以下東海署という。
)刑事課の警察官Bらは,
本件採尿前取調べにおいて,任意採尿を促した際,被告人に,お茶や水を紙コップで合計二,三十杯飲ませているところ,そのやり方は,覚せい剤使用の疑いのある被疑者に対する飲料提供方法として,
警察の内部規定に反する不適切なものであり,
異物混入を防止する手当てが十分なされていなかった。
その上,B警察官は,起訴後取調べの際,被告人とした約束に基づいて,被告人の兄の氏名を冒用するという私印偽造罪に該当しかねない不正な方法により,勾留中の被告人に現金1万円の入った書留郵便を2度にわたり送付するという不当極まりない便宜供与をしている。その他にも,B警察官は,被告人に元配偶者の住所を教えたり,取調室内において携帯電話機を自由に使用させるなど,複数の不当な便宜供与をしている。
このように,B警察官による捜査には,それが適正に行われたことを疑わせる事情が複数存在し,その中には,採尿前の飲料提供という,尿中から覚せい剤成分が検出されたことの推認力に直接影響するものも含まれている。
B警察官は,本件採尿前取調べにおいて被告人に提供した飲料に覚せい剤を混入していない旨証言している。しかし,B警察官は,上記現金送付を一旦は明確に否認する偽証をするなど,その証言の信用性に疑念を生じさせる事情が種々存在するので,同警察官の証言は,他の証拠により裏付けのある部分以外は到底信用することができない。
他方,被告人供述のうち,本件採尿前取調べの際,警察官から提供されたお茶が苦く,B警察官に文句を言ったといった部分は,信用できないとして排斥することはできない。第2

証拠上明らかな事実

以下の事実は,証拠上容易に認められる。
1
東海署の警察官は,令和元年11月3日(以下,特記のない限り,月日は令
和元年のそれを示す。,Aの子から,Aの様子が心配であるとの通報を受け,被告)
人方に臨場した。臨場した警察官は,Aに対しては,子を迎えに行った後,東海署に出頭するよう求め,被告人に対しては,任意同行を求めたが,被告人は,これに応じず,その場を立ち去り,所在不明となった。
2
Aは,11月3日,東海署に出頭し,同月4日,尿を任意提出したところ,
尿から覚せい剤成分が検出され,同日,覚せい剤取締法違反の被疑事実で緊急逮捕された。Aは,覚せい剤の自己使用を否認した。
3
警察官は,11月4日,Aが使用する自動車(以下A使用車両という。)

を捜索したところ,注射器(以下本件注射器という。,チャック付きビニール)
袋,ストロー,アルミホイル等を発見し,これらを差し押さえた。そして,これらについて,覚せい剤付着の有無等を鑑定嘱託したところ,11月11日,本件注射器等から微量の覚せい剤が検出され,同月14日,同注射器の付着物から,24座位中,不詳座位を除く19座位が被告人の型と合致するDNA型が検出された。4
被告人は,11月13日,東海署に出頭し,警察官の求めに応じて尿を任意
提出したが,尿から覚せい剤成分は検出されなかった。
5
被告人は,11月22日,東海署に出頭し,本件注射器等について,所有権
放棄書(甲44,以下本件所有権放棄書という。
)を作成した。Aは,同日,処
分保留により釈放された。
6
東海署刑事課のC警察官らは,12月5日,10月25日頃から11月3日
までの間の覚せい剤使用の被疑事実(以下第1事実という。
)で,被告人の逮捕
状と被告人方の捜索差押許可状を取得した上で,それらを執行するために,被告人方に赴いた。C警察官らは,被告人方の呼び鈴を鳴らさず,玄関ドアを合鍵で解錠し,チェーン錠をチェーンカッターで切断して被告人方に立ち入ろうとしたが,被告人が玄関から立ち去ろうとしたため,午後9時1分頃,
玄関前通路付近において,
被告人を逮捕した(以下第1逮捕という。。C警察官らは,午後9時5分頃,)
被告人方の捜索を開始し,携帯電話機を差し押さえたが,覚せい剤や注射器を発見することはできなかった。
7
B警察官は,12月5日午後9時39分頃から同月6日午前2時45分頃ま
での間,被告人に対する本件採尿前取調べを行い,任意採尿を促した。その際,B警察官と同警察官から指示を受けた東海署地域課のD警察官は,お茶や水を,東海署刑事課に備え付けられている紙コップに入れて提供した。B警察官による飲料の用意は,被告人が見ていない場所で行われ,D警察官ら他の警察官はその状況を特に監視等していなかったし,動画撮影等もされていなかった。被告人は,それらを合計二,
三十杯飲んだが,
任意採尿に応じないまま,
本件採尿前取調べは終わった。
8
被告人が任意採尿に応じないとの報告を受けたC警察官は,
強制採尿令状
(捜

索差押許可状)を取得し,12月6日,被告人を愛知県東海市内の病院(以下本件病院という。に連行し,

午前11時43分頃から午後零時16分頃までの間に,
本件病院の処置室
(以下
本件処置室という。
)において,
強制採尿を実施した
(以
下本件強制採尿という。。採取された尿につき,科学捜査研究所技官Eが鑑定)
をしたところ,12月9日,覚せい剤成分が検出され,本件鑑定書が作成された。警察官は,12月13日,11月26日頃から12月5日までの間の覚せい剤使用の被疑事実(以下第2事実という。
)で,逮捕状の発付を受けた。
9
被告人は,12月16日,第1事実で処分保留のまま釈放されたが,第2事
実で通常逮捕された。
被告人は,12月26日,本件公訴事実(第2事実と同旨)で起訴され,令
和2年1月15日,東海署から名古屋拘置所に移送された。その間,B警察官は,令和2年1月9日と同月14日,被告人の取調べを行った。
B警察官は,令和2年1月16日と同年2月21日の2度にわたり,被告人
の兄の氏名を,その承諾なく封筒に自署するなどして,被告人の兄になりすまし,被告人に現金1万円の入った書留郵便を送付した。B警察官は,第4回公判期日(令和2年9月3日)において,被告人に書留
で現金を送付したことはない旨証言した(なお,公判手続更新前の証言,供述についても,単に,証言,供述と表記する。。B警察官は,令和2年11月11日,担)
当裁判官に対し,現金送付を否認した証言が虚偽である旨記載した上申書を発送した。B警察官は,第7回公判期日(令和2年12月22日)において,第4回公判期日において現金送付を否認した部分は,記憶に反して証言したことを認める旨証言した。
愛知県警においては,
被疑者取調べの高度化及び適正化推進要綱が制定,

実施されているところ,同要綱によれば,取調べ中の被疑者に対しては,必要に応じて水又は公費で購入したお茶を公費で購入した紙コップにより提供する,ただし,
被疑者に覚せい剤使用の疑いがあるなど捜査上の目的から緊急に排尿を促す必要がある場合は,未開封のペットボトル入り飲料水を捜査費で購入し,これを被疑者自らの手で開封させて飲ませるものとする,とされている(同要綱第5・4⑴,以下本件要綱という。。

第3

B証言と被告人供述

本件採尿前取調べの状況やB警察官による被告人への便宜供与の内容等に関して,同警察官の証言と被告人供述には,重要な部分で,大きな食い違いがある。1
B証言の要旨



第4回公判期日における証言

B警察官は,第4回公判期日において,以下のとおり証言した。

採尿前取調べの際,被告人に対して,採尿に応じるよう説得した。被告人か
ら,尿が出るように飲みたい旨言われたので,刑事課の炊事場に備え付けられている被疑者に提供するためのお茶の粉で作ったお茶や水を,合計二,三十杯程度,備付けの紙コップで被告人に提供した。無理に飲ませたことはない。イ
お茶や水に異物を入れることは可能だが,覚せい剤は厳重に保管されているので,覚せい剤は混ぜられない。被告人から,お茶の味について異変を主張されることはなかったと記憶している。

取調べにおいて,被告人を特別扱いしたことはない。


被告人宛てに現金書留で現金を送付したことはない。被告人の兄の名前は,
捜査段階では把握していたと思うが,今は覚えていない。被告人の兄の名前で現金書留が届いていると言われても,全く身に覚えがない。

取調べの際,被告人に提供したお茶に,砂糖を入れたことはない。2つのコ
ップにお茶を入れて,
飲み比べてみて,
と言って飲ませたことはない。
被告人から,
もうちょっと甘い方がいいなと言われたことはなかったと記憶している。カ
取調室において,被告人に携帯電話機のパスコードを解除させるために,携
帯電話機を触らせ,そのまま,約二,三分,持たせたままにした。携帯電話機で,被告人に自由にインターネットに接続させたり,誰かに連絡を取らせたりはしていない。被告人の行動をしっかり見ていなかったので,後から,アプリを起動させていたことを知って,反省した。被告人が携帯電話機を触っているときに,被告人の姿が取調室外から見えないように配慮した記憶はない。

被告人に他人の住所を教えたことはない。被告人に元配偶者の住所を教えた
わけではないが,被告人が反省して元配偶者や子とやり直したいという話があったので,話の流れで,頭に入っていた住所を,やんわりと言ってしまった。全部住所を教えるのはおかしいと思ったので,どこどこ区のどこどこ団地の真ん中の棟に住んでいる誰々さんというような表現で話をした。


第7回公判期日における証言

B警察官は,第7回公判期日において,以下のとおり証言した。

第4回公判期日において,被告人に現金を送付したことがない旨証言した部
分は,意図的に記憶に反する証言をした。それ以外に,記憶に反する証言をした部分はない。

被告人に現金を送付した理由の一つは,C警察官において被告人を逮捕しないと言ったのに逮捕したことで,被告人が家や仕事を失ってしまったので,被告人への心苦しさ,あるいは,同情のような気持ちが湧いたからである。もう一つの理由は,被告人から,2回にわたり,

おまえ覚えとけよ。家族めちゃくちゃにするでな。

などと言われたからである。1回目は本件強制採尿の際,本件処置室で言われた。周りには,他の警察官も数人いた。採尿の前後かは,記憶が定かではない。2回目は,12月10日の取調べの際,言われた。C警察官に相談したが,特段の対応をしてもらえなかった。

起訴後の令和2年1月9日と同月14日の取調べの際,被告人から,①お金
送ってよ,②お茶に砂糖を混ぜてもらったこと,元配偶者の住所を教えてもらったこと,携帯電話機を触らせてもらったことなどを裁判で言うよ,③銀行か何かの接続記録が証拠として10年は残る,などと言われた。一旦断ったが,俺を逮捕しないと言って逮捕した,そういった申し訳ない気持ちがあるなら,面倒見てよ,などと言われた。同情のような気持ちと恐怖感から,分かったと返事をした。被告人から,兄の名前や住所を教えてもらったが,メモ等は作成せず,頭で覚えた。被告人から携帯電話番号を教えてほしいと頼まれたので,私用の携帯電話番号を教えた。エ
令和2年1月と2月に2回送金した後,同年3月以降は,送金を勝手にやめ
た。やめたのは,令和2年3月に別の警察署に異動になり,業務内容が変わったこと,新型コロナウイルス感染拡大により,自由に外出して捜査がしにくくなったこと,良くないことを続けることに葛藤があったことなどが理由である。オ
第4回公判期日で虚偽の証言をしたのは,①現金送付は,自分と被告人との
2人の秘密であり,それに関する質問がされるとは想定しておらず,頭が真っ白になってしまったこと,②現金を送付するくらいだから,お茶に砂糖を混ぜたり,元配偶者の住所を教えたり,携帯電話機を自由に触らせたりしたと思われてしまうと思ったことが理由である。

現金送付や偽証をしたことは,
誰にも言わなかったが,
令和2年11月6日,

愛知県警察本部の監察官(以下監察官という。
)から質問され,今更隠しても仕方がないと考えて,現金送付を認め,謝罪した。監察官から,偽証したことを裁判官に知らせるには,
裁判官宛ての上申書を作成する方法があるが,
やるかどうかは,
あなたに任せると言われ,直ちに上申書を作成して,郵送した。

本件要綱を知っていたが,本件採尿前取調べの際,被告人が覚せい剤を使用
しているとは思っていなかったので,通常の被疑者と同様に紙コップの水やお茶を与えた。被告人に尿の任意提出を求めたところ,被告人がこれに応じるような回答をし,また,被告人が股間を刺激するような様子も見せていたので,被告人が任意採尿に応じると思って,そのまま取調べを続け,紙コップによる飲料の提供を続けた。

被告人に元配偶者の住所を伝えたのは,被告人からなめられたり,何も知ら
ないと思われてはいけないと思ったからである。大まかに伝えたか,具体的に説明したか,自信がない。部屋番号まで教えた記憶はない。
2
被告人供述の要旨

被告人は,以下のとおり供述する。


本件採尿前取調べの際,警察官から,尿を出さないと終わらないと言われ,
私が出ないと答えると,じゃあ,飲め飲め,飲んだら出るだろうなどと言われ,紙コップで,粉を溶いて作るお茶と水を,二,三十杯飲まされた。お茶の濃さが毎回違っていて,おかしいなと思っていたが,一度,すごく苦いことがあった。B警察官に文句を言ったが,溶けていないだけ,などと言われた。


本件採尿前取調べにおいて,任意採尿に応じなかったのは,C警察官が,事
件を終わりにすると約束していたのに,第1逮捕をして,めちゃくちゃして東海署に引っ張ってきたことに対して,ものすごく憤っていたので,協力なんかするものか,という気持ちがあったためである。強制採尿されても,覚せい剤反応は陰性になると思っていたので,警察の落ち度がもっとひどくなると思った。⑶

採尿後の取調べでは,B警察官に砂糖を入れて甘くしたお茶を出してもらっ
たことがあった。冗談っぽく,B警察官に,カツ丼は出ないか,ジュースは出ないか,と言うと,同警察官から,今はできない,と言われたので,お茶に砂糖ぐらい入れてこれんの,と言うと,それくらいならできるよ,と言って,次からお茶に砂糖を入れてくれた。B警察官は,お茶を2杯持ってきて,砂糖の入ったお茶と入っていないお茶の味の違いを確認してきたこともあった。もう少し甘いのが好みだと伝えると,次の取調べから,大量の砂糖が入ったお茶を毎回3杯ずつくらい持ってきてくれた。


取調べの中で,B警察官から,5分間程度,押収されていた自分の携帯電話
機を触らせてもらったことがあった。携帯電話機のパスコードを解除して,ZenlyというアプリでAの位置情報を確認したり,LINEを確認したり,銀行のアプリを開いて送入金の確認をしたほか,将棋ゲームをした。携帯電話機を触らせてもらっているのを取調室外から見られないようにするために,B警察官は,自分の体とパソコンを使って死角を作ってくれた。私が携帯電話機の充電器を持ってきてくれと頼むと,B警察官は,充電器はちょっとまずい,と言った。⑸

B警察官から,元配偶者の住所を教えてもらった。B警察官の方から,前の
奥さんや子供とかはどうしとるの,などと話を振ってきたため,全く知らないと答えると,住所を教えようかと言ってきて,捜査書類を見て,元配偶者の住所を教えてくれた。
部屋番号について尋ねると,
B警察官は,
取調室の扉の方を確認した後,
手の仕草で部屋番号を教えてくれた。他にも3人の知人の住所を調べてくれたが,検索に引っかからなかったので,分からなかった。


B警察官に,Aへの言付けを依頼したこともある。言付けの内容は,私の身
元引受人になってほしい,Aが捕まったときに,C警察官と会って話を付けて,事件を終わらせるという話をしたから助かったのだということを,私の裁判でちゃんと証言してほしい,コーヒーの差し入れをしてもらいたい,といったことである。B警察官は,これらを赤ボールペンでメモをしていた。


B警察官と話をしていると,同警察官から,8対2で,私の言っている方が
正しい,Aの言っている方が怪しい,俺は信じる,などと言われた。B警察官に,それでも裁判は長く続く,えん罪で裁判が続くので,ちょっと協力してくれ,と頼むと,同警察官から,最初は,本とか送る,と言われ,本のジャンル等を聞かれた。本よりお金の方が助かる,
と言うと,
B警察官から,5000円,
と言われたので,
5000円はすぐなくなる,最低でも毎月1万円ずつぐらい送ってくれ,と頼んだが,その日は,確実に送金する話にまではならなかった。次の取調べの機会に,自分から送金の話をしたが,B警察官が送金を渋ったため,お茶に砂糖を入れたことや元配偶者の住所を教えてくれたことなどを法廷で言うよ,などと言って,お金を要求した。すると,B警察官は,じゃあ分かった,毎月送るわ,だから言わないでほしい,などと言ってきた。B警察官に,おまえ覚えておけ,家族をめちゃめちゃにする,などとは言っていない。
3
信用性に関する判断の概要

被告人に関する捜査,とりわけ,本件採尿前取調べの状況,被告人に対する不当な便宜供与の有無に関するB警察官の証言には,信用性に疑念を生じさせる事情が種々存在するので,他の証拠により裏付けのある部分以外は到底信用することができない。
他方,被告人供述のうち,本件採尿前取調べの際,警察官から提供されたお茶が苦く,B警察官に文句を言った,同警察官から種々便宜供与を受けたといった部分は,他の証拠による裏付けがあったり,迫真性に富み,信用性の乏しいB証言以外にこれと矛盾する証拠も見当たらないので,信用できないとして排斥することはできない。
第4

B証言の信用性

B警察官の証言が,他の証拠により裏付けのある部分以外は到底信用することができない理由は,以下のとおりである。
1
不当な便宜供与,偽証

B警察官は,本件の捜査の内容等について証言すべき立場にあるところ,被告人への現金送付は,本件の捜査が適正に行われたことを揺るがす極めて重大な出来事である。このような不当極まりない便宜供与を被告人の兄の氏名を冒用するという私印偽造罪に該当しかねない不当な方法により行ったこと自体,そのようなことをしたB警察官の証言全体の信用性を損なうものである。
また,B警察官は,上記現金送付という記憶違い等の生じる余地のない,捜査の適正を揺るがす重大な出来事について偽証をしており,このことは,B警察官の証言全体の信用性を大きく損ねる。
B警察官の証言する偽証の理由(第3・1⑵オ)は,偽証を正当化する事情には全くならない。
2
供述の変遷等

B証言には,偽証を認めた部分以外にも,証言内容が不可解に変遷している部分が見られる。
すなわち,B警察官は,被告人に元配偶者の住所を伝えた状況について,前記のとおり,第4回公判期日では,話の流れの中で,大まかに言ってしまった旨証言していたところ(第3・1⑴キ)
,第7回公判期日では,被告人からなめられないよう
にするために伝えた,大まかだったのか,俺は知っていると言いたいがために,全部言ったのか,記憶が定かでない,などと証言しており(第3・1⑵ク),供述に無
視できない変遷が見られる。また,B警察官は,第7回公判期日において,弁護人から,被告人の言付けをAに何か伝えたことはないかと質問されたのに対し,Aに携帯電話機を還付したのは覚えているが,そのようなことは覚えていないと証言したのに,さらに弁護人から,Aがコーヒーセットを被告人に差し入れてほしいと言われた旨証言していると追及されるや,言った覚えがあると前証言を翻している。3
証言内容の不自然さ,曖昧さ

さらに,B証言には内容に不自然な点や曖昧な点がある。


まず,B警察官が,第7回公判期日において証言する,本件採尿前取調べに
おいて,本件要綱に従って飲料を提供しなかった理由(第3・1⑵キ)は,極めて不自然なものである。すなわち,前記のとおり,被告人が,11月3日に任意同行を求められたときには応じずに所在不明となり,同月13日になって,出頭したこと,B警察官らは,12月5日に被告人方に赴いた際,玄関ドアチェーン錠をすぐにチェーンカッターで切断するという手段を用いてまでして立ち入ろうとしたこと,12月5日から翌6日まで,深夜,約5時間にわたって取調べを行って,任意採尿を促したことなどに照らせば,本件採尿前取調べの際,被告人が覚せい剤を使用しているとは思っていなかった旨のB証言は不自然である。B警察官は,第4回公判期日において,もし被告人の体内に覚せい剤等が入っていると,逮捕を恐れて暴れる危険性が考えられたので,チェーンカッターを準備して現場に向かったなどと証言しており,第7回公判期日における上記証言内容は,自身の証言内容とも整合しない。また,覚せい剤事犯の被疑者について,採尿前に提供する飲料への異物の混入を防ぐ手当てをすべきことは,強制採尿と任意採尿の違いはないので,被告人が任意採尿に応じると思ったという事情も,B警察官において,本件要綱に従って飲料を提供しなかった理由にはならない。


また,被告人から,本件強制採尿の際,脅された旨証言する点も,採尿の前
後のいずれか分からないと証言するなど,曖昧である上,周りに他の警察官もいた状況等からすると,現職警察官が畏怖困惑するようなものであったか疑問がある。さらに,B警察官は,その後,被告人から携帯電話番号を教えるよう頼まれた際,被告人に公用の携帯電話番号を伝えることも可能であったのに,あえて,私用の携帯電話番号を伝えている。これは,被告人から脅されて,恐怖心を抱いていた者の行動として不自然である。


さらに,携帯電話機を触らせた状況に関する証言部分も,被告人に触らせた
態様,時間の長さ等が,曖昧である上,携帯電話機のパスコードを解除させるために触らせたというのに,タッチパネルの画面を確認していたわけではないなどと証言するなど,内容が不自然である。
4
裏付けの不存在

本件採尿前取調べの際,B警察官による飲料の用意は,被告人が見ていない場所で行われ,D警察官ら他の警察官はその状況を特に監視等していなかったし,動画撮影等により記録化もされていなかったので,飲料に異物が混入されなかったことを裏付ける積極的な証拠は見当たらない。
B警察官は,本件に関する備忘メモを,一切残していない。仮に,B警察官が,被告人から脅迫されたようなことがあったのであれば,備忘メモに記録化しておけばよかったのに,同警察官は,何ら記録化していない。B警察官は,C警察官に被告人から脅迫されたことを報告した旨証言するが,そのような事実を裏付けるものも見当たらない。
5
小括

以上のとおり,B警察官が現金送付という不当極まりない便宜供与をした上,それを否認する偽証をしたこと,偽証部分以外にも証言内容に変遷が見られること,証言内容に不自然で曖昧な点が見られること,備忘メモ等による裏付けがないことなどに照らせば,B証言は,他の証拠により裏付けのある部分以外は到底信用することができない。
なお,B警察官は,第7回公判期日において,現金送付に関して偽証したことを認めているものの,そのことは,同警察官が偽証していないと説明している部分を信用できるとする理由にはならない。すなわち,B警察官は,前記のとおり,監察官から問われて,初めて現金送付や偽証を認めており,偽証後,自発的に,これらを認めたわけではない。また,現金書留の封筒にはB警察官の私用の携帯電話番号が同警察官の筆跡により記載されるなど,同警察官が送付したことを裏付ける客観的証拠が存在しており,
現金送付を否認し続けるのが困難な状況にあったといえる。
そうすると,B警察官は,否認し続けるのが困難な状況の下,監察官から問われて現金送付と偽証を認めたにすぎないので,これらを認めたことが,その余の証言部分の信用性をさほど高めない。
第5

被告人供述の信用性

被告人は,本件公訴事実の期間に覚せい剤を使用したことを否認し,本件採尿前取調べの際,警察官から提供されたお茶が苦いこともあった,警察官にその場で文句を言った旨供述しているところ,この点に関する被告人供述を信用できないものとして排斥することができない。その理由は,以下のとおりである。1
供述の一貫性

被告人は,12月11日の検察官取調べの際,
今回警察に捕まった後,12月5日か6日に警察署で出されたお茶がとても苦かったなどと供述している
(乙15)

このように,被告人は,本件採尿前取調べから比較的間がない時期から,本件採尿前取調べにおいて飲んだお茶の違和感について供述しており,公判廷でも,この点に関する供述内容は一貫している。
2
裏付けの存在

被告人の供述する,B警察官による便宜供与の内容については,多くの部分で,裏付けがある。
すなわち,被告人は,B警察官が現金送付を認める以前の第6回公判期日(令和2年10月26日)に同警察官から現金を送付してもらったことを供述していたところ,その後,同警察官が,その事実を認めている上,現金書留の封筒等客観的証拠による裏付けもある。
また,取調べ中,携帯電話機を触らせてもらったとする部分について,第1逮捕後の12月6日にAから被告人に送信されたLINEメッセージに既読の表示があること(甲68)と整合する。
さらに,Aへの言付けを依頼したという点は,B警察官から,被告人の身元引受人になってもらえないかという話をされた,コーヒーセットを差し入れてほしいと被告人が言っていたと告げられた,とのA証言の内容と整合する。3
供述内容の具体性

本件採尿前取調べにおける警察官による飲料提供の態様,B警察官と現金送付の約束をした経緯,元配偶者の住所を教えてもらった状況,携帯電話機の使用状況等に関する供述内容は相当具体的であって,迫真性に富む。4

検察官の主張



これに対し,
検察官は,
この点に関する被告人供述は信用できないと主張し,

その根拠として,①被告人は,警察官から提供されたお茶が苦いと感じたとは主張するものの,体に異変があったかどうかについては曖昧な供述に終始しているところ,E技官の証言によれば,被告人の尿中の覚せい剤濃度からすれば,覚せい剤の興奮作用や体の異常を感じるはずであり,
被告人供述の内容は同証言と整合しない,
②被告人は捜査段階では,警察官から出されたお茶が苦かったとか,その際,覚せい剤を混入されたかもしれないなどという主張を一切していなかったばかりか,12月19日の検察官取調べにおいて,覚せい剤が体内に入った心当たりや警察の捜査に対する不満等を種々主張して供述調書に記載してもらった上で,さらに,検察官から,
追加の不満点がないか確認されたのに対して,その他は特にありません。
と明確に回答し(乙16)
,第1回公判期日(令和2年3月30日)の罪状認否や弁
護人による冒頭陳述でも,これらの主張は行わず,第2回公判期日(令和2年5月21日)における被告人質問においてかかる主張をし始め,それ以前に同主張をしなかった理由について,うそをついていると思われて自分に対する心証が悪くなるのを心配したであるとか,事件の全容を整理できていなかったからであるなどと供述しており,弁解の変遷理由も不合理である,などと指摘する。


しかし,検察官指摘の点は,いずれも,この点に関する被告人の供述を信用
できないと排斥できるだけの根拠にはならない。
①については,E技官は,㋐被告人の尿の覚せい剤濃度は,濃い
中ぐらい
薄いの3段階に分けると濃い部類に入る,㋑3日程度前に覚せい剤を摂取した場合,通常の摂取量であったと考えられる,㋒通常の摂取量であれば,覚せい剤の興奮作用や体の異常を感じると思う,㋓覚せい剤使用が採尿の直前であれば,使用量が少なかったということになるなどと証言している。被告人が本件採尿前取調べの際,覚せい剤を摂取したとなると,採尿の約半日前という比較的採尿に近い時期に覚せい剤を摂取したことになるので,摂取した覚せい剤が少量であった可能性もある。また,覚せい剤による薬効を感じるかどうかには個人差があるとも考えられるし,経口摂取の場合には,静脈注射による場合よりも,覚せい剤作用の出現が遅いとも考えられる。そうすると,被告人が覚せい剤の薬効を明確に感じなかった可能性もあり得る。この点に関する被告人供述の内容がE技官の証言と整合しないとはいえない。
②については,12月11日付けの検察官調書(乙15)に,

1つ思い当たるとすれば,今回警察に捕まった後,12月5日か6日に警察署で出されたお茶がとても苦かったくらいです。との記載があり,

被告人が捜査段階において警察官から提
供されたお茶が苦かったと供述していないとの検察官の主張は,
前提が誤っている。
罪状認否は,概括的な弁解内容を確認するのが通常であり,被告人が,罪状認否において,お茶の違和感について供述しなかったとしても,被告人供述の信用性に特に影響を与えない。被告人は,争点を明確化する目的で行われた第2回公判期日の被告人質問において,警察官から提供されたお茶が苦かったなどと供述しており,公判の比較的早期から,
一貫してその旨の供述をしていると評価することができる。
被告人は,本件採尿前取調べにおいて,警察官から提供されたお茶が苦かったと感じ,捜査段階の早期から,その旨供述していたものの,覚せい剤の薬効をその場で明確に感じたわけではないので,捜査段階において,覚せい剤を意思によらずに摂取した可能性として,警察官から提供されたお茶の話をしていなかったとしても不自然であるとはいえない。また,被告人が供述するように,検察官に対して,警察で覚せい剤を混入されたと思うという話をすると,検察官から言い逃れだと思われるので,嫌だった,などと考えて,その旨検察官に供述しなかった,というのも,被告人が薬効を感じずに警察官による覚せい剤混入について確信が持てなかったのであるから,必ずしも不合理とはいえない。弁解の変遷理由が不合理であるとの検察官の主張は採用することができない。
第6

不適切な飲料提供

本件採尿前取調べにおける飲料の提供は,本件要綱に従わない不適切なやり方で行われており,異物混入を防止する手当てが十分なされていなかった。すなわち,前記のとおり,本件採尿前取調べにおいて,B警察官らは,合計二,三十杯程度の飲料を,紙コップに入れて被告人に飲ませた。C警察官が,公判廷において,採尿前に,紙コップで飲料を何十杯も与えるというのは適切ではないと思う,覚せい剤事犯の被疑者のときは,署内にある自動販売機で未開封のものを買ってきて飲ませている,などと証言しているとおり,本件採尿前取調べにおいて飲料を提供する場合には,本来,未開封のペットボトル入り飲料水を,被疑者自らの手で開封させて飲ませるべきであった。
B警察官が証言する,本件要綱に従って飲料を提供しなかった理由は,前記のとおり不自然なものであるし(第4・3⑴)
,本件採尿前取調べにおいて,本件要綱に
従って飲料を提供しなかったことが正当化できるような事情は,見当たらない。前記のとおり,
B警察官による飲料の用意は,
被告人が見ていない場所で行われ,
D警察官ら他の警察官はその状況を特に監視等していなかったし,動画撮影等もされていなかったので,B警察官が異物混入を防止する措置を十分とっていたことを裏付ける証拠は見当たらない。
第7

不当な便宜供与

1
現金送付



認定事実

被告人供述等関係証拠によれば,現金送付に関して,以下の事実が認められる。ア
被告人は,起訴後の取調べの際,B警察官に対して,えん罪で裁判が続くか
ら協力してほしい,
お茶に砂糖を入れてくれるなどの不当な便宜供与を裁判で言う,
などと言って,毎月1回1万円を送金するよう依頼した。B警察官は,当初,現金の送付には難色を示したが,最終的には,承諾した。

B警察官は,令和2年1月16日と同年2月21日の2度にわたり,被告人
の兄の氏名を,その承諾なく封筒に自署するなどして,被告人の兄になりすまし,被告人に現金1万円の入った書留郵便を送付した(第2・11)
。⑵

評価

取調べに携わる警察官が,捜査対象者に対して現金送付の約束をし,その約束を複数回履行したことは,捜査の適正に重大な疑いを生じさせる行為であるというほかない。B警察官がした行為は,現金送付という直接的な便宜供与であった点,被告人の兄の氏名を冒用するという私印偽造罪に該当しかねない不正な方法によるものであった点等において,悪質である。B警察官がこのような不正な方法により,不当極まりない便宜供与を複数回行ったことは,同警察官による本件採尿前取調べの際の飲料提供を含む被告人に関する捜査が適正に行われなかったことを疑わせる事情となる。
2
その他の便宜供与



認定事実

被告人供述,A証言等関係証拠によれば,B警察官は,被告人に以下のような便宜供与をしたことが認められる。

B警察官は,取調べの際,捜査記録を確認するなどして,被告人が知らなか
った元配偶者の住所を部屋番号まで教えた。

B警察官は,取調室において,一定時間,被告人に携帯電話機を自由に使用
させた。

B警察官は,採尿後の取調べの際,被告人に砂糖入りのお茶を提供した。

B警察官は,被告人に接見等禁止決定が付されていたのに,Aに対して,被
告人の身元引受人になってほしい,被告人がコーヒーセットを差し入れてほしいと言っていたなどと言付けをした。


評価

これらの事情も,警察官として不当な便宜供与であるというほかなく,B警察官による被告人に関する捜査が適正に行われなかった疑いを高める。第8
1
総合評価
結論本件強制採尿により得られた被告人の尿から,
覚せい剤成分が検出されたところ,
覚せい剤が厳しく取り締まられている規制薬物であって,通常の社会生活の過程で体内に摂取されることはあり得ないものであることをも考慮すると,被告人は,特段の事情のない限り,本件公訴事実の期間内に自己の意思で覚せい剤を摂取したものと推認することができる。
また,本件注射器から,被告人の型と合致するDNA型が検出され,覚せい剤が付着していたこと,第1事件による逮捕後,被告人が任意採尿を拒否したことなどを併せ考慮すると,上記推認は,より強いものになるともいえる。しかし,前記のとおり,本件採尿前取調べの際,被告人に提供した飲料に覚せい剤を混入しておらず,被告人からお茶が苦いなどと苦情も言われていない旨のB警察官の証言の信用性が低く,警察官から出されたお茶が苦く,B警察官に文句を言ったとの被告人供述を信用できないとして排斥することができない。また,本件採尿前取調べの際の飲料提供のやり方が,本件要綱に従わない不適切なものであって,異物混入を防止する手当てが十分なされていなかった。B警察官が飲料を用意する状況について,
他の警察官は特に監視等していなかった。
その上,
B警察官は,被告人の兄の氏名を冒用するという私印偽造罪に該当しかねない不正な方法により,現金送付という不当極まりない便宜供与をしている。B警察官は,その他にも,被告人に元配偶者の住所を教えたり,取調室内において,被告人に携帯電話機を自由に使用させるなど,被告人に複数の不当な便宜供与をしている。このように,B警察官による捜査には,それが適正に行われたことを疑わせる事情が複数存在し,その中には,採尿前の飲料提供という,尿中から覚せい剤成分が検出されたことの推認力に直接影響するものも含まれている。
これらの事情があるので,本件採尿前取調べの際,警察官が被告人に提供した飲料の中に覚せい剤が混入されていたために被告人が意思によらずに覚せい剤成分を摂取した可能性は,抽象的なものにとどまらず,相当な確からしさを持っているというべきである。
そうすると,
前記推認は覆され,
被告人が本件公訴事実の期間に,自己の意思で覚せい剤を摂取したと認めるには合理的な疑いが残ると言わざるを得ない。
2
検察官の主張について



検察官の主張の要旨

これに対し,検察官は,被告人の尿から覚せい剤成分が検出されただけでなく,11月3日,被告人と覚せい剤を結び付ける本件注射器等が押収されていたこと,被告人が,同日頃,尿の提出を拒み,東海署に出頭せず,尿から覚せい剤成分が検出されないであろう時期を狙って同署に出頭したこと,被告人が,11月13日と同月22日にC警察官から受けた説明により,事実上,自身に対する捜査は終結して,逮捕されることはないであろうと考えるに至ったことなどからすると,被告人が覚せい剤を意図して自己の身体に摂取したとの推認力は相当強い,とした上で,①E技官の証言によれば,被告人は,薬効を感じる程度の覚せい剤を12月3日頃から採尿時までの間に摂取したと認められるにもかかわらず,同月5日夜から同月6日未明にかけて,覚せい剤が混入されたことを裏付ける被告人の言動は,その当時も,その後の勾留質問時にもなかった,②警察官が本件採尿前取調べの際,被告人に提供した飲料に覚せい剤を混入することは客観的証拠関係から困難である,③第1逮捕当時,警察官において,主体的に捜査を展開する意思はなく,被告人に対し,飲料に覚せい剤を混入させるという高度の違法行為をするまでの動機がない,④B警察官らが本件要綱に従わなかった事実は被告人に気付かせずに覚せい剤を飲ませたことを基礎付ける事実としては飛躍があり,飲料に覚せい剤を混入させたことについての推認力はない,⑤B警察官が,起訴後被告人に対して現金を送付し,これについて公判廷において一度は否定したとの事実は,警察官として問題があったのは当然であるが,送金額が2万円にとどまる点,現金送付を中止している点等において,被告人の飲料に覚せい剤を混入させたことに対する対価としては余りにも中途半端であって,その程度の金を送付すると,かえって自分の不行状を疑わせることになりかねないことなどから,現金送付の動機や趣旨が覚せい剤混入の対価というほどの重大なものであるとは,およそ考えにくく,覚せい剤混入の事実を裏付けるものとはなり得ない,などとして,⑥本件では前記強い推認を覆すものは見当たらない旨主張する。


検察官の主張に対する判断

しかし,検察官の上記主張は,いずれも,被告人が意思によらずに覚せい剤成分を摂取した可能性には相当な確からしさがあり,前記推認が覆されるとの当裁判所の判断を左右しない。

覚せい剤が混入されたことを裏付ける被告人の言動の不存在(①について)
前記のとおり(第5・4⑵)
,E技官は,覚せい剤の摂取が採尿の直前であれば,
使用量が少なかったということになるとも証言しており,被告人が摂取させられた覚せい剤が少量であった可能性もあること,感覚に個人差もあり得ることなどからすると,被告人が,本件採尿前取調べ時に覚せい剤入りの飲料を摂取した際,覚せい剤の薬効を感じることができたと断言できないので,その当時や勾留質問時に薬効を感じたと述べていなくても,やむを得ない。かえって,被告人は,12月11日,検察官に対して,
1つ思い当たるとすれば,今回警察に捕まった後,12月5日か6日に警察署で出されたお茶がとても苦かったなどと供述している
(乙15)

このように,被告人は,比較的早い段階から,採尿前取調べにおいて飲んだお茶の違和感については供述していたといえる。
検察官の主張は採用できない。

覚せい剤混入の困難さ(②について)
確かに東海署で正規に証拠品として保管されていた覚せい剤は,厳格に管理
されており,無断での持ち出しがほぼ不可能な状態であったといえる。しかし,薬物事件担当の警察官においては,覚せい剤関係者との接点があったり,捜索差押等の捜査の過程で,覚せい剤に触れる機会はあるのであるから,警察署で正規に保管されていた覚せい剤を持ち出す以外の方法で,秘密裏に覚せい剤を入手することが不可能であるとはいえない。また,採尿前取調べは,約5時間も続けられ,B警察官による飲料の用意は,被告人が見ていない場所で行われ,D警察官ら他の警察官はその状況を特に監視等していなかったし,
動画撮影等もされていなかった。
B警察官とD警察官は,
合計二,
三十杯もの飲料を提供しており,B警察官において,被告人や他の警察官らに気付かれることなく,覚せい剤を混入する機会がなかったとはいえない。この点について,検察官は,本件では,被告人が逮捕後に尿を提出する素振りを見せつつも,なかなか尿の提出に至らなかったため,その間に多数杯のお茶を飲ませることになったところ,警察官において,覚せい剤入りの飲料を摂取させなければならない展開になることを事前に予測することは困難であり,そのような展開になった場合に使うために,別事件の覚せい剤を一部隠匿したり,密売人から購入したりして準備しておくというのは,想定できないと主張する。しかし,被告人が11月3日,任意同行に応じず,現場から逃走し,約10日たって,
ようやく任意採尿に応じたこと,
その尿の覚せい剤反応が陰性であったこと,
12月5日に捜索差押許可状と逮捕状を執行する際も,警察官らは,被告人から抵抗されたり,被告人が逃走することも想定して,多人数で,チェーンカッターを持参するなどして被告人方に赴いていることなどからすると,被告人が素直に任意採尿に応じない可能性があることは,警察官らにおいて,当然想定し得たといえるので,覚せい剤入りの飲料を摂取させなければならない展開になる場合に備えて,覚せい剤を事前に準備しておくことも想定できないとはいえない。
検察官の主張は採用できない。

覚せい剤混入の動機(③について)
B警察官らにおいて,採尿前に被告人に提供する飲料に覚せい剤を混入させ
る動機がなかったとはいえない。すなわち,前記のとおり,A使用車両から押収された本件注射器から被告人の型と合致するDNA型が検出され,被告人が,11月22日,本件所有権放棄書を作成していたものの,同注射器等から検出された覚せい剤は微量で,それ自体,覚せい剤所持の罪により起訴に持ち込めるようなものではなかった。また,11月3日に警察官が被告人方に臨場した際,被告人がその場にいたのに採尿ができず,同月13日に採取した被告人の尿からも覚せい剤成分を検出することができなかった。さらに,12月5日に被告人方を捜索した際も,覚せい剤や注射器を発見することはできなかった。このように,第1逮捕当時,被告人に対する覚せい剤使用等の嫌疑は高まっていたものの,捜査機関において,その決定的な証拠をつかむことができずにいたといえる。これに加え,関係被疑者として,Aを逮捕勾留したものの,11月22日,処分保留のまま釈放していた。以上の事情を踏まえると,警察官らにおいて,被告人を覚せい剤使用の罪により確実に有罪に持ち込むための決定的な証拠を獲得するために,採尿前に被告人に提供する飲料に覚せい剤を混入させる動機がなかったとはいえない。この点について,C警察官は,公判廷において,A使用車両から発見された微量の覚せい剤所持について,在宅送致をして被告人に関する捜査を終了する予定でいたところ,担当検察官から被告人を第1事実で逮捕するよう指示されたので,被告人を逮捕したにすぎず,警察としては,被告人を有罪に持ち込むべき捜査をするつもりがなかった旨証言する。
しかし,C警察官らは,第1逮捕の際,被告人方の呼び鈴を鳴らさず,合鍵で玄関ドアを解錠した上,チェーン錠をチェーンカッターで切断する手段を用いてまでして,立ち入ろうとしている。また,東海署に引致するや,B警察官らは,深夜,長時間にわたる取調べを行い,大量の飲料を提供して,任意採尿を促し,C警察官は,任意採尿に応じないとの報告を受けると,強制採尿手続に移行する準備をしている。このように,C警察官らは被告人を有罪に持ち込むべき捜査をするつもりがなかったことと整合しない積極性のうかがわれる捜査活動をしており,この点に関するC警察官の証言から,B警察官らに覚せい剤混入の動機がなかったとすることはできない。
検察官の主張は採用できない。

不適切な飲料提供(④について)尿から覚せい剤成分が検出されたことが,自己の意思で覚せい剤を摂取したことを強く推認させるためには,少なくとも,捜査機関において,採尿から鑑定までの間に,尿に異物が混入される危険を可能な限り少なくする配慮が求められる。採尿前に対象者に飲料を提供する場合,同様の配慮が求められるのも当然であり,本件要綱は,それを確実にするために定められたものと理解できる。
もとより,本件要綱に従わなかった事実があれば,直ちに前記推認を覆す事情の存在が確かなものとしてうかがわれることになると結論付けるわけではないが,前記推認を妨げる方向の事情になるのは当然である。B警察官において,本件要綱に従った飲料提供ができない合理的な事情が特に見当たらないこと,同警察官による捜査には,それが適正に行われたことを疑わせる事情が複数存在することなどを踏まえると,本件要綱に従わなかった事実は,本件採尿前取調べの際の被告人に対する飲料の提供が適正に行われなかったことを疑わせる一つの根拠になるというほかない。
なお,B警察官の証言する,本件要綱に従って飲料を提供しなかった理由は,前記のとおり極めて不自然なものであり(第4・3⑴),到底信用することができない
ので,被告人に対する飲料の提供が適正に行われなかったことを疑わせるとの判断を左右しない。
検察官の主張は採用できない。

現金送付,偽証等(⑤について)
B警察官による現金送付という不当な便宜供与や偽証は,
それ自体,
直ちに,

同警察官による覚せい剤の混入を推認させるわけではないが,同警察官による捜査の適正に疑いを生じさせるのは当然である。その上,B警察官は,前記のとおり,本件要綱に従わないという,本件採尿前取調べの際の被告人に対する飲料提供が適正に行われなかったことを疑わせる行動もしている。これらを併せ考慮すると,本件採尿前取調べにおける飲料提供の適正に疑念を生じさせ,覚せい剤混入の動機の存在等も加味すると,覚せい剤混入の疑いを強める。この点について,毎月の送金額が1万円にとどまっていること,B警察官が現金送付を2回でやめたことは,
いずれも上記判断を左右しない。
すなわち,
被告人は,
B警察官に対し,不正な便宜供与の口止め名目で現金送付を要求したのであって,同警察官が飲料に覚せい剤を混入させた疑いに乗じて,現金送付を要求したわけではないので,同警察官が覚せい剤を混入させた場合に,毎月の送金額が1万円にとどまっても,不自然ではない。また,覚せい剤混入の口止め名目で現金送付の約束がされたわけではないので,現金送付をやめても,覚せい剤混入が発覚する可能性が大きく高まることにはならない。検察官指摘の点は,B警察官が被告人の飲料に覚せい剤を混入した疑いを払拭する事情にはならず,同警察官による現金送付が捜査の適正に疑念を生じさせるとの当裁判所の判断を左右しない。
この点について,検察官は,B警察官による便宜供与は,被告人を無辜の罪に陥れる性質の行為と結び付くものではなく,同警察官が覚せい剤を混入するという重大な違法行為をしていないという限度では,同警察官の証言は信用できると主張する。
しかし,前記のとおり,採尿前取調べの際,B警察官が飲料を用意した状況について,他の警察官により監視等されていたり,動画撮影により記録化されていたわけではなく,B警察官が飲料に覚せい剤を混入させなかったことを裏付ける積極的な証拠は見当たらない。また,B証言には,前記のとおり,種々,証言の信用性に疑問を生じさせる事情があり,偽証を認めた後の証言内容についても,信用できない部分がある。さらに,B警察官は,偽証しただけでなく,現金送付の方法も私印偽造罪に該当しかねない不正な方法を用いている。そうすると,前記のとおり,B証言は,他の証拠により裏付けのある限度でしか信用することができず,覚せい剤を混入していないという限度では同証言が信用できるとする合理的な根拠は見当たらない。
検察官の主張は採用できない。

推認を覆す特段の事情(⑥について)確かに,薬物事件担当の警察官が,不正に覚せい剤を入手することが不可能ではないとしても,通常のまともな警察官についていえば,被疑者に提供する飲料に秘密裏に覚せい剤を混入させる疑いは抽象的な可能性にとどまるといえる。また,
警察官において,被告人を有罪に持ち込むべき捜査をする動機があったとしても,直ちに,提供する飲料に秘密裏に覚せい剤を混入させる合理的な疑いが生じるとはいえない。そして,警察官による不当な便宜供与等の問題があった場合に,常に前記推認を覆すことにもならない。
しかし,本件においては,採尿前の飲料提供を本件要綱に従わずに不適切なやり方でしただけでなく,被告人の兄の氏名を冒用するという私印偽造罪に該当しかねない不正な方法により被告人に現金を複数回にわたり送付するといった不当極まりない便宜供与をし,
それ以外にも複数の不当な便宜供与をした上,
公判廷において,
偽証をした挙げ句,監察官から問われるまで,それを隠し,再証言の際も,なお不自然不合理な証言を続けるような,遵法精神の著しく鈍麻した警察官による捜査が問題になっている。
また,被告人は,捜査段階の比較的早期から,本件採尿前取調べの際,警察官から提供されたお茶が苦かった旨供述しているところ,この点に関する被告人供述を信用することができないとして排斥できないという事情もある。
このように遵法精神の著しく鈍麻した警察官が,本件要綱に従わないやり方で採尿前の飲料提供を行い,被告人が提供された飲料に異変を感じている。こういった事情は,採尿前の飲料提供という,覚せい剤が尿から検出されたことの推認力に大きな影響を与える事情に関して,不正が行われた疑いを強く生じさせるというべきである。
そもそも,本件公訴事実の期間についていえば,尿から覚せい剤成分が検出された以上に,その推認力を一層強いものとする事情は,さほど見当たらないし,それらの推認力も必ずしも高くない。すなわち,12月5日の被告人方の捜索により,覚せい剤や注射器等は発見されていない(同月12日にも被告人方の捜索がされているが,覚せい剤や注射器等は発見されていない。。また,被告人は,第1逮)
捕のために被告人方に警察官が来た際,逃走しようとしたり,同逮捕後,任意採尿に応じていないが,これらの事実は,被告人が供述するように,逮捕をしないと期待させるC警察官の言葉があったのに,それを裏切って強引に逮捕されたことへの反発といった理由(第3・2⑵)から説明することも可能である。そうすると,
本件は,極めて例外的な事例ではあるが,
警察官が,秘密裏に,
被告人の飲料に覚せい剤を混入させた疑いが抽象的な可能性にとどまるとはいえない事案というべきである。
なお,被告人の供述には,以下のとおり,信用できない部分もある。被告人は,公判廷において,覚せい剤を意思によらずに摂取した可能性の一つとして,逮捕の3日くらい前に,風呂場の天井裏に封筒様の袋があり,その中に粉状のものがあって,筋肉増強剤か性欲剤か何かと思って,興味本位で,指に付けてなめたなどと供述している。しかし,被告人は,捜査段階の当初,封筒には使用済みの注射器一,二本が入っており,さらに,透明のチャック付きビニール袋があり,その中に白っぽい粉が入っていたなどと供述していた(乙15)のに,捜査段階の途中から,封筒には,粉と注射器一,二本が一緒に入っていた記憶であるが,注射器が入っていたかどうか,自信がなくなってきたなどと供述するようになった(乙16)
。このように,この点に関する被告人供述には不自然な変遷があり,変遷に合理的な理由は見当たらない。
また,被告人は,公判廷において,12月5日の被告人方捜索の際,捜索差押許可状の提示を受けていない旨供述する。しかし,被告人方玄関付近で,C警察官において被告人に書面を提示している状況が写真撮影されており,被告人の供述内容は,この写真(甲101)と整合しない。
このように,
被告人の供述には,
信用できない部分があるものの,
前記のとおり,
本件採尿前取調べ時の状況については,供述内容が捜査段階の早期からおおむね一貫していること,B警察官による不当な便宜供与に関する供述部分については,裏付け証拠のある部分も多いことなどからすると,これらに関する供述部分について信用できないとして排斥することはできない。そうすると,被告人供述に信用できない部分があることは,前記当裁判所の判断(第8・1)を左右しない。第9

違法収集証拠

1
弁護人の主張

弁護人は,①第1逮捕について,㋐C警察官において,本件注射器等について所有権を認めても逮捕しないと約束したことから,被告人は自分の物ではないのに,本件所有権放棄書を作成したのであるし,11月13日に採取された被告人の尿からも覚せい剤反応はないので,被告人に第1事実の嫌疑がない,㋑逮捕時に,警察官らは逮捕状を被告人に提示しなかったり,必要以上の暴行,虐待を加えた,㋒第1事実以外の期間の覚せい剤使用の証拠を採取する目的で行われた別件逮捕である,②本件強制採尿について,㋓医師の立会いのないまま,医師以外の者により実施されている,㋔被告人の尿道等を損傷する,医学的に不相当な方法で行われた,などとして,本件強制採尿手続とそれに先立つ第1逮捕に令状主義の精神を没却する重大な違法があり,本件鑑定書の証拠能力が否定されるべきである旨主張する。2
当裁判所の判断

弁護人の主張を踏まえて検討しても,本件強制採尿手続とそれに先立つ逮捕手続に,令状主義の精神を没却する重大な違法はなかったと認められる。よって,本件鑑定書の証拠能力は認められる。
3
逮捕手続



認定事実

第1逮捕に関して,関係証拠によれば,以下の事実を認めることができる。ア
Aは,11月4日に逮捕された後,警察官に対して,被告人から頼まれて注
射器に覚せい剤を入れて被告人に渡したなどと供述していた。

C警察官は,11月22日,被告人に対して,

A使用車両から発見されたパケに付着した覚せい剤は微量であるので,逮捕することはなく,在宅送致する予定だ。

などと説明した。ウ
第1事件の逮捕状請求書(甲20)には,本件注射器に覚せい剤と被告人の
DNAの付着が認められたこと,Aが被告人から渡された覚せい剤を注射器に入れる行為をしたこと,被告人の任意採尿の結果が陰性であったことなどが記載されていた。

C警察官らは,12月5日,逮捕状と捜索差押許可状を執行するために,被
告人方の玄関ドアを合鍵で解錠し,チェーン錠をチェーンカッターで切断するなどして被告人方の玄関ドアを開けた。C警察官は,玄関ドア付近において,捜索差押許可状を被告人に提示した。
これに対し,
被告人は,なんでこんなもんが出るんだ。

などと言って,玄関から立ち去ろうとしたため,警察官らは,午後9時1分頃,玄関前通路付近において,被告人を取り押さえるなどして,通常逮捕した。その頃,警察官において,被告人に逮捕状を提示した。


判断

以上の認定事実によれば,第1事実について,被告人に相応の嫌疑があったと認められるし,逮捕状請求書には,逮捕を必要とする理由等も相応に記載されていたといえるので,逮捕状の取得手続に違法な点は見当たらない。仮に,本件所有権放棄書がなかったとしても,Aの当時の供述内容,本件注射器から検出されたDNA型判定の結果等からすると,第1事実について,被告人に相応の嫌疑があったとの結論は変わらない。11月13日の任意採尿の結果が陰性であったのは,覚せい剤の尿中排出期間が経過したためとも考えられるので,被告人に第1事実の嫌疑がなかったことを意味しない。
また,第1逮捕の際,被告人が逃走しようとしたことなどを踏まえると,警察官において,相応の有形力を行使することはやむを得ないし,仮に,逮捕状の提示が逮捕行為の着手前に行われていなくてもやむを得ない。弁護人の主張を踏まえて検討しても,警察官らによる逮捕状の執行に関して,直ちに重大な違法といえるほどのものは見当たらない。この点について,被告人は,被告人方において,逮捕状と捜索差押許可状の提示を受けていない旨供述する。
しかし,
C警察官は,
被告人方玄関ドア付近において,
被告人に捜索差押許可状を提示した旨証言しているところ,この証言部分は,C警察官が手錠のかけられていない被告人に書面を提示している状況が撮影された写真(甲101)により裏付けられており,信用することができる。被告人の供述内容は,この写真と整合しないので,この点に関する被告人供述を信用することはできない。
さらに,
第1事実による勾留中に,
同事実に関する取調べ等も行われているので,
第1逮捕が,違法な別件逮捕であるとはいえない。
4
強制採尿手続



認定事実

本件強制採尿に関して,関係証拠によれば,以下の事実を認めることができる。ア
本件処置室において,強制採尿を実施する際,当初,F医師が被告人の尿道
にカテーテルを挿入しようとしたが,被告人が痛がったので,同医師の指示の下,看護師がカテーテルを挿入した。その看護師は,カテーテル挿入の経験があった。F医師は,
看護師によるカテーテル挿入行為時には,
他の患者の対応をするために,
本件処置室から退出して,近くの部屋にいたが,同処置室には,監視カメラが付いていて,同カメラのモニターを確認することはできる状態になっていた。イ
F医師は,看護師による採尿ができたとの連絡を受けた後,本件処置室に戻
り,警察官らにより容器に移し替えられた尿を自ら封印した。


判断

以上の認定事実によれば,本件強制採尿手続に重大な違法はなかったといえる。医師が自らカテーテルの挿入をしていないが,それは被告人の痛みを緩和する目的があったこと,カテーテル挿入は,医師の指示の下,経験のある看護師により行われていることなどからすると,その結論を左右しない。また,医師が本件処置室内にいないこともあったが,モニターにより同室内を監視できる状況にあったことなどからすると,その結論を左右しない。第10

結論

以上によれば,被告人が本件公訴事実の期間に,自己の意思で覚せい剤を摂取したと認めるには合理的な疑いが残り,結局,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。
(検察官相馬博之,同佐野嘉信,同倉地えりか,国選弁護人棚瀬誠各出席)(求刑

懲役3年6月)

令和3年3月19日
名古屋地方裁判所刑事第5部

裁判長裁判官

板津正道

裁判官

西脇真由子

裁判官

梁川将成
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