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損害賠償請求事件
事件番号平成31(受)290
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日令和3年5月17日
法廷名最高裁判所第一小法廷
裁判種別判決
結果破棄自判
原審裁判所名大阪高等裁判所
原審事件番号平成28(ネ)987
原審裁判年月日平成30年8月31日
裁判日:西暦2021-05-17
情報公開日2021-05-17 20:00:05
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平成31年(受)第290号,第291号,第292号
令和3年5月17日

第一小法廷判決

主1
損害賠償請求事件


原判決中,被上告人らの上告人株式会社ケイミュー
及び同国に対する請求に関する部分を次のとおり変
更する。
上記上告人らの控訴に基づき,第1審判決中,上
記上告人ら敗訴部分を取り消し,同部分につき,
被上告人らの請求を棄却する。
被上告人らの控訴を棄却する。

2
原判決中,被上告人らの上告人株式会社クボタに対
する請求につき,同上告人敗訴部分を破棄し,同部
分につき,被上告人らの控訴を棄却する。

3
上告人株式会社ケイミュー及び同国と被上告人らと
の間に生じた訴訟の総費用並びに上告人株式会社ク
ボタと被上告人らとの間に生じた控訴費用及び上告
費用は,被上告人らの負担とする。

第1
1由
事案の概要
被上告人らは,屋外の建設現場における石綿(アスベスト)含有建材の切
断,設置等の作業(以下屋外建設作業という。)に屋根工として従事し,石綿粉じんにばく露したことにより,中皮腫にり患したと主張するAの承継人である。本件は,被上告人らが,①上告人国に対し,建設作業従事者が石綿含有建材から生ずる石綿粉じんにばく露することを防止するために上告人国が労働安全衛生法(以下安衛法という。)に基づく規制権限を行使しなかったことが違法であるなどと主張して,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めるとともに,②上告人株式会社ケイミュー及び同株式会社クボタ(以下,併せて上告人建材メーカーらという。)に対し,上告人建材メーカーらが石綿含有建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示することなく石綿含有建材を製造販売したことによりAが中皮腫にり患したと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
2
原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
石綿及び石綿含有建材の概要

石綿は,天然に産出される繊維状けい酸塩鉱物(クリソタイル,クロシドライト等)の総称であり,耐熱性等にその特長を有し,建材等に広く使用されてきた。我が国で使用されてきた石綿含有建材には,壁や天井等の内装材として用いられるスレートボード,外壁や軒天井等の外装材として用いられるスレート波板,屋根材として用いられる住宅屋根用化粧スレート等があった。
屋外建設作業による石綿粉じんへのばく露
屋外建設作業に従事する者は,石綿を含有する外装材や屋根材等を電動丸のこ等で切断する際や,それらを釘やビスで外壁,屋根等に張り付ける際などに石綿粉じんにばく露した。


石綿関連疾患の概要

石綿関連疾患には,石綿肺,肺がん,中皮腫等がある。中皮腫は,胸腔,腹腔等において体腔表面を覆う中皮細胞から発生する悪性の腫瘍であり,そのほとんどは,石綿粉じんにばく露したことを原因とするものである。


石綿粉じん濃度の規制等


労働大臣は,昭和63年9月1日,石綿の管理濃度を5㎛以上の繊維として
1㎤当たり2本(クロシドライトにあっては,1㎤当たり0.2本)と定めた(同年労働省告示第79号)。管理濃度とは,有害物質に関する作業環境の状態を評価するために,対象となる区域について実施した測定結果から当該区域の作業環境管理の良否を判断する際の指標である。
厚生労働大臣は,平成16年10月1日,石綿の管理濃度を5㎛以上の繊維として1㎤当たり0.15本と定めた(同年厚生労働省告示第369号)。イ
日本産業衛生学会は,平成13年,石綿を発がん物質と分類した上,過剰発
がん生涯リスクレベル10-3に対応する評価値として,クリソタイルのみのときは1ml当たり0.15本(以下,石綿粉じん濃度における本数は石綿の繊維数である。)を勧告した。上記の評価値の意味は,労働者が1日8時間,週40時間程度,50年間にわたり上記の濃度のクリソタイルのみの石綿粉じんにばく露したときに,1000人に1人,中皮腫及び肺がんの過剰発がんリスクが発生するというものである。

米国及び欧州連合(EU)では,平成16年時点において,石綿粉じんの規
制値である許容濃度は0.1本/㎤と定められており,現在,英国及びドイツも同様の規制を行っている。
石綿粉じん濃度の測定結果

屋内の作業に係る測定結果

労働科学研究所の木村菊二は,昭和46年,雑誌労働の科学26巻9号において,作業現場の石綿粉塵と題する論文を発表した。同論文では,昭和40年頃から昭和45年頃までに行われた工場における石綿板切断に係る石綿粉じん濃度の測定の結果は,除じん装置がない場合で10.8~16.2本/㎤,除じん装置がある場合で7.4~10.0本/㎤であったとされている。
また,木村菊二は,昭和51年,第49回日本産業衛生学会・第20回日本産業医協議会において,アスベスト粉塵の測定法についての検討と題する講演を行った。同講演では,最近の2,3年間に行われた作業場における石綿粉じん濃度の測定の結果は,大型の石綿板を電動のこで切断した場合において,吸じん装置作動中のときは2.89~25.08本/㎤,吸じん装置休止中のときは147.03~391.50本/㎤であり,小型の石綿板を手動のこで吸じん装置のない状態で切断した場合において,0.31~2.55本/㎤あるいは0.11~0.38本/㎤であったとされている。

屋外建設作業に係る測定結果
慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室の東敏昭らは,昭和62年,一般家屋壁材施工時の発塵状況調査結果を公表した。この調査結果では,同年,一般個人用住宅建設時に,屋外で電動のこぎり又は丸のこを使用して防火サイディングの切断作業をする者につき測定時間を約2~3分として石綿粉じんの個人ばく露濃度を測定した結果は,0.08本/㎤,0.17本/㎤,0.20本/㎤,0.27本/㎤,0.27本/㎤,1.16本/㎤,2.05本/㎤であったとされている(以下,この測定結果を測定結果①という。)。海老原勇は,平成19年,建設作業者の石綿関連疾患―その爆発的なひろがり―と題する書籍を出版した。同書籍では,昭和62年,屋外の木造住宅の建設現場において,防じん電動丸のこ,電動丸のこ又は手動のこぎりを使用して外壁材の切断及び張付けの作業をする者につき測定時間を129~203分として石綿粉じんの個人ばく露濃度を測定した結果は,4件で0.94~1.58本/㎤であり,防じん電動丸のこを使用して外壁材の切断を中心とする作業をする者につき測定時間を11~15分として個人ばく露濃度を測定した結果は,3件で2.3~6.7本/㎤であったとされている(以下,この測定結果を測定結果②という。)。
名古屋大学医学部衛生学教室の久永直見らは,昭和63年,雑誌労働衛生にアスベストに挑む三管理環境管理と作業管理―建築業の現場を中心に―と題する論文を発表した。同論文では,同年,屋根葺き用石綿スレートによる屋根葺き作業をする者につき測定時間を115分としてその者の鼻先で気中石綿粉じん濃度を測定した結果は,0.13本/㎤であったとされている(以下,この測定結果を測定結果③という。)。労働省労働基準局長は,平成4年1月1日付けで石綿含有建築材料の施工作業における石綿粉じんばく露防止対策の推進についてと題する通達(同日基発第1号)を発出した。同通達に添付された資料では,屋外で除じん装置付き電動丸のこを使用してスレートの施工作業をする者につき測定時間を各120分として石綿粉じんの個人ばく露濃度を測定した結果は,4件で0.006~0.032本/㎤であったとされている(以下,この測定結果を測定結果④という。)。建設業労働災害防止協会は,平成9年に改訂石綿含有建築材料の施工における作業マニュアルを出版した。このマニュアルでは,昭和62年から昭和63年にかけての測定結果として,屋外で除じん装置の付いていない電動丸のこ又はバンドソーを使用してスレート等の切断,葺上げ,張付け等の作業をする者につき採取時間を32~180分として石綿粉じんの個人ばく露濃度を測定した結果は,14件で0.01~0.31本/㎤(うち0.15本/㎤以上のものは5件)であったとされ,昭和62年の測定結果として,屋外で除じん装置付き電動丸のこを使用して押出成形板の切断,葺上げ,張付け等の作業をする者につき採取時間を15~230分として石綿粉じんの個人ばく露濃度を測定した結果は,10件で0.002~0.091本/㎤であったとされている(以下,この測定結果を測定結果⑤という。)。上記マニュアルには,屋外での石綿含有建材の切断作業に際しては,大気の拡散効果により,除じん装置を使用していなくても,風向き,天候によっては石綿粉じんの管理濃度の5分の1以下となり,作業者に対してはばく露抑制となっている旨が記載されている。
ドイツ産業職業協同組合連合本部は,1997年(平成9年),石綿のばく露歴からばく露量を推定し,石綿原因の肺がんの労災認定を行う際のマニュアルとしてBKレポートを出版した。BKレポートでは,屋外で電動のこぎりを使用して行う配管工事において,管の切断10回,積み上げ,積み下ろし等の作業をした場合の繊維濃度90パーセンタイル値は2本/㎤,外壁化粧張りの作業をした場合の繊維濃度90パーセンタイル値は0.4本/㎤であったとされている(以下,この測定結果を測定結果⑥という。)。平成17年に行われた第45回日本労働衛生工学会・第26回作業環境測定研究発表会の抄録集には,外山尚紀らによる建設現場における石綿含有建材加工時の気中石綿濃度に関する研究の報告が掲載されている。同報告では,屋根上でサンダーを使用して屋根用化粧スレートを加工する作業又は屋外で電動丸のこを使用してスレート若しくはサイディング材を加工する作業をする者につき採取時間を10~15分として石綿粉じんの個人ばく露濃度を測定した結果は,0.11本/㎤,0.14本/㎤,0.17本/㎤,0.25本/㎤であったとされている(以下,この測定結果を測定結果⑦という。)。
第2

平成31年(受)第292号上告代理人舘内比佐志ほかの上告受理申立て
理由第2の3
1
について

原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,被上告人らの
上告人国に対する請求を一部認容すべきものとした。
屋外建設作業に係る石綿粉じん濃度についての測定結果①,②及び⑤から⑦までには,日本産業衛生学会が平成13年に勧告した過剰発がん生涯リスクレベル10-3に対応する評価値としての0.15本/㎤及び諸外国の平成16年時点又は現在における規制値である許容濃度としての0.1本/㎤を上回るものが複数存在したことからすれば,上告人国は,平成13年中に,屋外建設作業に従事する者に石綿関連疾患にり患する危険が生じていることを認識することができたというべきである。そうすると,上告人国は,平成14年1月1日には,上記の者が石綿関連疾患にり患することを防止するために,安衛法に基づく規制権限を行使して,石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として,石綿含有建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿肺,肺がん,中皮腫等の重篤な石綿関連疾患にり患する危険がある旨を示すこと等を義務付けるべきであったのであり,上告人国が,同日から平成16年9月30日までの間,上記の規制権限を行使しなかったことは,上記の者との関係において,安衛法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく不合理であり,国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。
2
しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
原審の指摘する測定結果のうち,測定結果②は平成19年に出版された書籍に記載されたものであり,測定結果⑦は平成17年に報告されたものであって,いずれも上告人国が平成13年から平成16年9月30日までの期間には認識し得なかったものである。また,上記の期間において上告人国が法令により定めていた石綿粉じん濃度の規制値は管理濃度としての2本/㎤であった。他方,前記の評価値としての0.15本/㎤は,法令上の規制値ではなく学会により勧告されたものであり,その意味は,労働者が1日8時間,週40時間程度,50年間にわたり0.15本/㎤のクリソタイルのみの石綿粉じんにばく露したときに,1000人に1人,過剰発がんリスクが発生するというものであることからすると,これが前記危険の認識可能性の有無を検討するに当たっての考慮事情にはなるとしても,上記の数値以上の濃度の石綿粉じんに短時間ばく露することにより,直ちに上記の過剰発がんリスクが発生するというものではない。そして,測定結果①,⑤及び⑥には0.15本/㎤以上のものが相当数あるが,測定結果①及び⑤については主に石綿含有建材の切断作業をする者につきその作業をする限られた時間の個人ばく露濃度を測定したものであり,測定結果⑥については測定時間等の測定条件の詳細が明らかでないから,これらの測定結果をもって,屋外建設作業に従事する者が就業時間を通じて当該濃度の石綿粉じんにばく露していたということはできない。さらに,原審の認定した屋外建設作業に係る石綿粉じん濃度の測定結果には,前記の測定結果①,②及び⑤から⑦までのほかに,測定結果③及び④があり,これらはいずれも0.15本/㎤を下回るものである。そして,以上の屋外建設作業に係る石綿粉じん濃度の測定結果は,全体として屋内の作業に係る石綿粉じん濃度の測定結果を大きく下回るところ,これは,屋外の作業場においては,屋内の作業場と異なり,風等により自然に換気がされ,石綿粉じん濃度が薄められるためであることがうかがわれる。したがって,原審の指摘する測定結果に0.15本/㎤を上回るものがあることをもって,上告人国が屋外建設作業に従事する者に石綿関連疾患にり患する危険が生じていることを認識することができたということはできない。なお,前記の諸外国における規制値である許容濃度は,平成16年時点又は現在におけるものであるから,これに基づいて平成13年から平成16年9月30日までの期間における上記危険の認識可能性の有無を検討すべきものとはいえない。以上によれば,上告人国において,平成13年から平成16年9月30日までの期間に,屋外建設作業に従事する者に石綿関連疾患にり患する危険が生じていることを認識することができたということはできない。したがって,厚生労働大臣が,平成14年1月1日から平成16年9月30日までの期間に,安衛法に基づく規制権限を行使して,石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として,石綿含有建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿肺,肺がん,中皮腫等の重篤な石綿関連疾患にり患する危険がある旨を示すこと等を義務付けなかったことは,屋外建設作業に従事する者との関係において,安衛法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものとはいえず,国家賠償法1条1項の適用上違法であるということはできない。
3
これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違
反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人らの上告人国に対する請求は理由がない。第3

平成31年(受)第290号上告代理人塚本宏明ほかの上告受理申立て理
由第2及び同第291号上告代理人岡田春夫ほかの上告受理申立て理由第4について1
原審は,前記事実関係等の下において,次のとおり判断して,被上告人らの
上告人建材メーカーらに対する請求を一部認容すべきものとした。上告人建材メーカーらは,石綿含有建材の製造販売者として,自らの製造販売する石綿含有建材が建設現場でどのように使用されているかを把握し,具体的な使用状況における安全性を確保すべきところ,屋外建設作業に係る石綿粉じん濃度の測定結果には前記の日本産業衛生学会の勧告に係る評価値及び諸外国の規制値である許容濃度を上回るものが複数存在したことからすれば,平成13年中に,自らの製造販売する石綿含有建材を使用する屋外建設作業に従事する者に石綿関連疾患にり患する危険が生じていることを認識することができたというべきである。そうすると,上告人建材メーカーらは,平成14年1月1日には,上記の者が石綿関連疾患にり患することを防止するため,上記石綿含有建材に,当該建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿肺,肺がん,中皮腫等の重篤な石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示すべき義務を負っていたところ,上告人建材メーカーらは,同日から当該建材の販売が終了した平成15年12月31日までの間,上記の表示義務に違反したというべきである。
2
しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
前記第2の2

で検討したところによれば,上告人建材メーカーらにおいて,平

成13年から平成15年12月31日までの期間に,自らの製造販売する石綿含有建材を使用する屋外建設作業に従事する者に石綿関連疾患にり患する危険が生じていることを認識することができたということはできない。したがって,上告人建材メーカーらが,平成14年1月1日から平成15年12月31日までの期間に,上記の者に対し,上記石綿含有建材に前記の内容の表示をすべき義務を負っていたということはできない。
3
これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違
反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人らの上告人建材メーカーらに対する請求は理由がなく,被上告人らの上告人クボタに対する請求を棄却した第1審判決は正当である。第4

結論以上のとおりであるから,原判決中,被上告人らの上告人ケイミュー及び同国に対する請求に関する部分を主文第1項のとおり変更し,被上告人らの上告人クボタに対する請求につき,同上告人敗訴部分を破棄し,同部分につき,被上告人らの控訴を棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官
木澤克之

深山卓也

裁判官

山口

裁判官

池上政幸

厚)
裁判官

小池


裁判官

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