判例検索β > 平成28年(ワ)第4031号
損害賠償請求事件
事件番号平成28(ワ)4031
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日令和3年3月26日
裁判所名・部京都地方裁判所  第3民事部
裁判日:西暦2021-03-26
情報公開日2021-05-07 16:00:42
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
令和3年3月26日判決言渡
平成28年(ワ)第4031号
口頭弁論終結日

同日原本領収

裁判所書記官

損害賠償請求事件

令和3年1月29日
判決
京都市a区(以下略)

原A
同法定代理人成年後見人

B同同告C所原B告C
原告ら訴訟代理人弁護士

同告原奥所村一彦
京都府京田辺市(以下略)
被告医
同代表者理事長

E
同訴訟代理人弁護士

金田同鵜飼主1療法人D朗万貴子文
被告は,原告Aに対し,2億7036万1899円及びうち2億4277万4456円に対する平成29年6月22日から支払済みまで年5分の割合,うち2748万0138円に対する令和元年5月28日から支払済みまで年5分の割合,うち10万7304円に対する令和2年4月2日から支払済みまで年3分の割合による各金員を支払え。

2
被告は,原告Bに対し,2758万7443円及びうち2748万0138円に対する令和元年5月28日から支払済みまで年5分の割合,うち10万7304円に対する令和2年4月2日から支払済みまで年3分の割合による各金員を支払え。
3
原告A及び原告Bのその余の請求並びに原告Cの請求をいずれも棄却する。
4
訴訟費用は,これを2分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

5
この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。事実及び理由

第1

請求

1
被告は,原告Aに対し,5億3078万1813円及びうち5億1940万8518円に対する平成29年6月22日から,うち1115万3481円に
対する令和元年5月28日から,うち21万9814円に対する令和2年4月2日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
被告は,原告Bに対し,7696万7529円及びうち6570万6744円に対する平成29年6月22日から,うち1115万3481円に対する令和元年5月28日から,うち10万7304円に対する令和2年4月2日から,
各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3
被告は,原告Cに対し,3669万0352円及びこれに対する平成29年6月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2
事案の概要等

1
事案の概要


本件は,原告Aが,被告の開設する診療所(以下本件診療所という。)に分娩のために入院し,無痛分娩のための腰椎麻酔を受けた後に心肺停止状態となり,その後心拍が再開したものの,心肺停止後脳症,低酸素脳症等の障害を負ったこと,及び,重症新生児仮死の状態で出生したFが,新生児低
酸素性虚血性脳症等の障害を負い,本件訴訟係属中の平成30年12月27日に死亡したことについて,原告らが,原告A及びFの上記障害は,被告の理事長であり本件診療所で勤務する医師であるEが原告Aに対して上記麻酔を行う際,①

カテーテルを硬膜外腔に留めた上で麻酔薬を分割投入する義

務に違反し,硬膜外針をくも膜下腔まで刺入させ,同所に留置したカテーテルから麻酔薬を一度に注入したこと,②
全脊髄麻酔症状を呈した場合に速

やかに呼吸を確保し,血圧の回復ができるよう,人工呼吸器等を準備し,あらかじめ太い静脈路を確保しておく義務があるのにこれをいずれも怠ったことにより発生したと主張して,被告に対し,債務不履行に基づき損害賠償を請求する事案である。
原告らの請求は,


原告A(Fの母)につき,5億3078万1813円(自身の損害4億
7501万4284円及びFの損害(法定相続分2分の1)5576万7529円の合計額)及びうち5億1940万8518円に対する平成29年6月22日(訴状送達の翌日)から,うち1115万3481円に対する令和元年5月28日(Fの死亡に係る訴えの変更申立書送達日の翌日)から,うち21万9814円に対する令和2年4月2日(請求の趣旨の拡張申立書の送達日の翌日)から,各支払済みまで民法(平成29年法第44号による改正前のもの。以下改正前民法という。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,

原告B(原告Aの夫・Fの父)につき,7696万7529円(自身の
損害(固有の慰謝料等)2120万円及びFの損害(法定相続分2分の1)5576万7529円の合計額)及びうち6570万6744円に対する平成29年6月22日(訴状送達の翌日)から,うち1115万3481円に対する令和元年5月28日(Fの死亡に係る訴えの変更申立書送達日の翌日)から,うち10万7304円に対する令和2年4月2日(請求の
趣旨の拡張申立書の送達日の翌日)から,各支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,ウ

原告C(原告Aの母)につき,自身の損害(固有の慰謝料等)3669
万0352円及びこれに対する平成29年6月22日(訴状送達の翌日)から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める,
というものである。



被告は,麻酔担当医であったEに原告らの主張する義務違反があったことについては争わず(第19回弁論準備手続調書),損害賠償請求権の帰属主体(F,原告B及び原告C)並びに原告らに生じた損害の有無及び額について争っている。

2
前提事実(争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)


当事者等

原告Aは,1976年(昭和51年)11月28日生まれのロシア連邦(以下ロシアという。)国籍の女性であり,平成20年2月11日,原告B(昭和37年3月29日生)と婚姻の届出をした。


原告Aは,平成24年11月8日,原告Bとの間の長女であるFを出産した。Fは,後記⑷のとおり,重症新生児仮死の状態で出生し,平成30年12月27日,死亡した。


原告C(1954年(昭和29年)8月5日生)は,原告Aの母である。原告Cは,平成24年11月9日,当時居住していたロシアから航空機を
利用して来日した。

原告Aは,平成25年4月11日,身体障害者手帳(1級。障害名は心肺停止後脳症による両上肢機能障害,両下肢機能障害及び体幹機能障害。)の交付を受けた(甲C14)。原告Aは,同年7月2日,後見開始の裁判
を受け,同日,成年後見人として原告Bが,平成26年8月13日,成年後見人として原告Cが選任された。オ

被告は,平成24年当時,産科を診療科目として掲げて本件診療所を開設していた医療法人であり,Eは,本件診療所において医師として診療を行っていた。



原告Aの分娩及びFの出生に係る経緯等

原告Aは,平成24年11月5日(妊娠39週0日),破水したことにより本件診療所を受診し,分娩のため入院した。


原告Aは,平成24年11月7日午後11時25分,無痛分娩又は帝王切開のため分娩室に入室し,Eは,同37分,原告Aに対し,硬膜外針を挿入した。Eは,原告Aに硬膜外針を挿入する際,硬膜外針及びカテーテルを硬膜外腔に留めた上で麻酔薬を分割投入する義務に違反し,硬膜外針
の先端をくも膜下腔まで到達させ,同所に留置したカテーテルを通じて麻酔薬(マーカイン0.5%

25cc)を一度に注入した(以下本件注意義務違反という。)。原告Aは,同55分,本件注意義務違反により,全脊髄くも膜下麻酔の状態になり,これにより急性呼吸循環不全及び心肺停止の状態になった。(甲B2,弁論の全趣旨)


原告Aは,平成24年11月8日午前1時頃,救急車で宇治徳洲会病院に搬送された後,緊急帝王切開術を受け,同日午前2時11分,Fを出産した(甲A2)。


原告Aの病状の推移等

原告Aは,平成24年11月8日,心肺停止後脳症と診断され,同月12日時点においても,非常に危険な状態で病状改善の目途はたっておらず,いつ急変してもおかしくない状態であった(甲A2


13頁,447頁)。

原告Aは,平成24年12月8日,遷延性意識障害(いわゆる植物状態)と診断された(同452頁)。


原告Aは,平成25年1月9日頃,身体機能に関しては安定化しているが,高次脳機能に関しては目途のたたない状態が続いていた(同449頁)。エ
原告Aは,遅くとも平成25年3月1日には,心肺停止後脳症(遷延性意識障害,失外套症候群)の症状が固定し(当時満36歳),長期にわたり病院又は自宅での24時間介護の必要な状態が続く見込みであり,業務に従事できない旨の診断がされた。(同450頁)


原告Aは,平成25年3月15日,療養のため,宇治徳洲会病院から京都民医連第2中央病院に転院し,同年7月30日,同病院を退院した。原告Aは,同病院の退院後,自宅において療養しており,主に原告B及び原告Cにより介護されている。(甲A2,原告B本人,弁論の全趣旨)


Fの病状の推移等

Fは,原告Aが本件注意義務違反により心肺停止の状態となったことにより(上記⑵イ),胎内において急性の胎児低酸素・酸血症を発症して重症新生児仮死状態で出生し,出生の日に新生児低酸素性虚血性脳症等と診断された(甲A3,B2)。


Fは,出生以来,有効な自発呼吸及び開眼をしたことがなく,人工呼吸器装着の上,経胃ろう十二指腸栄養を行うなど,常時24時間の全介助が必要な状況であった(甲A3


2頁,A5)。

Fは,平成27年6月17日,宇治徳洲会病院を退院した。Fは,同病院を退院後,死亡するまでの間,主に自宅において療養していた(甲A3,弁論の全趣旨)。


Fは,平成30年12月はじめころから排尿が困難となり,同月27日,敗血症性ショックから播種性血管内凝固症候群を発症して死亡した(甲C9,弁論の全趣旨)。


相当因果関係
Eによる本件注意義務違反と,原告Aに生じた心肺停止後脳症(遷延性意識障害,失外套症候群)並びにFに生じた新生児低酸素性虚血性脳症等との間には,相当因果関係がある。3
争点及び争点に関する当事者の主張


争点1(債務不履行に基づく損害賠償請求権の帰属主体)
(原告らの主張)


原告Fについて
原告Aは,被告との間で,分娩について麻酔分娩を行う医療契約を締結
したところ,同契約は,原告Aと被告との間の契約としての性質のほか,原告Aが第三者であるFのためにする契約(Fが正常に出産して自然人となることを目的とする医療契約)の趣旨も含むから,Fは,出生と同時に,上記医療契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求権を取得した。イ
原告B及び原告Cについて
原告Bは,原告Aの夫であるとともにFの父であるから,被告の債務不履行により原告A又はFに生じた障害について,固有の慰謝料請求権を取得した。

原告Cは,原告Aの母であるから,被告の債務不履行により原告A又はFに生じた障害について,固有の慰謝料請求権その他の損害賠償請求権を取得した。
原告A又はFに被告の債務不履行による障害が生じたのであれば,その家族である原告B及び原告Cが介護等の負担,経済的・精神的負担を
負うことは予想の範囲内であるから,原告Bに発生する固有の慰謝料及び原告Cに発生する損害は,被告の債務不履行と相当因果関係のある損害である。
(被告の主張)
争う。

原告B及び原告Cと被告との間に契約関係はないから,原告B及び原告Cが被告に対して債務不履行に基づく損害賠償を請求できる根拠はない。債務不履行に基づく損害賠償請求において,契約当事者でない近親者が固有の慰謝料請求権を取得することは認められていない。


争点2(原告A及びFに発生した損害の額)

損害の額
(原告らの主張)
原告A及びFに発生した損害額は,別紙1損害一覧表(原告A)及び別紙2損害一覧表(F)の各原告らの主張欄記載のとおりである。以下,補足して主張する。
原告A及びFに共通する損害
以下の費用は,原告A及びFに共通する損害として,それぞれ2分の
1を各人の損害と認めるべきである。
a
付添等のための渡航費用(原告C航空券代金)
原告Cは,原告A及びFに付き添うためロシアから来日し,その後も日本とロシアの間を往復したところ,その渡航に要した費用は以下のとおりである。

平成24年11月8日(入国,片道)
平成25年8月17日(往復)
同年9月1日(往復)

6万9390円

9万7830円

9万5316円

平成26年9月18日(往復)
平成27年3月14日(往復)

7万5802円

平成28年7月10日(往復)

6万5830円

9万3540円

合計
b
49万7708円

医学的調査費用
本件訴訟を追行するに当たり,医師による意見書の取得費用10万円及び私的鑑定費用43万3922円を要した。

c
通訳費用原告CがF及び原告Aの身体状況を医師から聴取して把握し,本件訴訟において弁護士と打合せをするためには,ロシア語の通訳及び翻訳が欠かせず,通訳費用80万2660円及び翻訳料1万6000円を要した。
原告Aの損害

a
付添看護費用(入院中)
原告Aは,重篤な脳障害により入院していたから,衣類の交換,身体状態の監視及び痰の吸引の必要があり,常時緊急事態が発生する可能性があるなど,常時介護が必要な状態であった。
原告Aの重篤な症状に鑑みれば付添看護費は日額8000円とすべ
きである。
b
将来介護費
原告Aの将来介護費を算定する前提として用いる平均寿命は,日本人の平均寿命である86歳とすべきである。寿命は,生活の本拠における食料,気候,医療水準等の生活環境が主要な要素となって決まる
から,22歳で本邦に上陸後,日本で生活していた原告Aについては日本人の平均寿命を用いるのが合理的である。
c
入院雑費
原告Aの重篤な症状からすれば,おむつや衣類を頻繁に交換,洗濯することなどが必要であり,通常以上の費用を要したから,入院雑費
は日額2000円とすべきである。
d
傷害慰謝料及び後遺障害慰謝料
本件は,交通事故などと異なり,医者と患者という相互の立場に互換性のない事例であることから,通常の基準に従って慰謝料を算定す
ることは相当でなく,通常の基準の2倍とすべきである。
Fの損害a

付添看護費用(入院中)
重篤な症状,特に脳損傷の事例では家族による毎日の付添が必要である。実際に,家族の付添により脳を活性化させようと努力をした結果,Fは,誕生から半年ほどすると,脳波に刺激反応のような波形が現れるようになっていた。

Fの重篤な症状に鑑みれば,付添看護費は日額8000円が妥当である。
b
退院後死亡までの自宅看護費用
Fの重篤な症状からすれば,常時看護が必要であることは明らかであり,自宅看護費用は日額2万円とすべきである。

c
入院雑費
Fの重篤な症状からすれば,おむつ,衣類を頻繁に交換,洗濯することなどが必要であり,通常以上の費用を要したから,入院雑費は日額2000円とすべきである。

d
死亡による逸失利益
生活費控除率は30%とすべきである。

e
傷害慰謝料
本件は,交通事故などと異なり,医者と患者という相互の立場に互換性のない事例であることから,通常の基準に従って慰謝料を算定することは相当でなく,通常の基準の2倍とすべきである。

f
後遺障害慰謝料及び死亡慰謝料
Fは,6年間,重篤な後遺症の下で生命を維持していたのであるから,そのこと自体に慰謝料が生じ,その額は2000万円が相当である。また,Fは,重篤な症状のまま生命を維持した後,症状が改善す
ることなく死亡に至ったのであるから,死亡慰謝料も別途生じ,その額は2000万円を下らない。(被告の主張)
全体として争うが,特に争う部分は以下のとおりである。
原告A及びFに共通する損害
a
付添等のための渡航費用(原告C航空券代金)
原告Cによる付添等が必要であったとはいえない。また,原告ら主
張の渡航費用を要したことについて立証がない。
b
医学的調査費用
弁護士を介して行ったものと考えられ,弁護士費用の中に包含されるべきものである。

c
通訳費用
原告Cが,通訳を通して医師や弁護士と意見交換をする必要があったとは認められないから,通訳費用は損害とは認められない。
原告Aの損害

a
付添看護費用(入院中)
宇治徳洲会病院及び京都民医連第2中央病院は完全看護であるから,
家族による付添看護の必要性はない。かえって,原告Cについては,原告Aの医療上必要な医療行為に対して合理的とはいえない理由で反対するなど,医療現場に混乱を生じさせていたことが窺われるのであり,その付添が治療の阻害になっていたとすらいえる。また,原告らの主張する付添看護費用(日額8000円)は高額に過ぎる。

b
将来介護費
原告Aはロシア人であるから,将来介護費の算定においては,ロシア人の平均寿命である71.9歳を前提として計算すべきである。
c
入院雑費
入院雑費は日額1500円とすべきである。

d
傷害慰謝料及び後遺障害慰謝料医師と患者の立場に互換性がないことは慰謝料増額の根拠とはならず,慰謝料を通常の基準の2倍とすることに何ら根拠がない。
Fの損害
a
付添看護費用(入院中)
Fの病状が重篤であったことに鑑みれば,これに対する看護は医療
専門職しかできないものであるし,Fは付添看護されていることを認識することもできなかったから,入院中に原告B及び原告Cによる看護が必要であったとはいえない。原告らの請求する付添看護費用(日額8000円)は高額に過ぎる。
b
退院後死亡までの自宅看護費用
Fの看護の具体的な内容がわかる資料がない上,健康な子どもであっても一定の監護は必要であるから,原告の主張する看護費用は過大である。

c
死亡による逸失利益
生活費控除率は45%とすべきである。

d
傷害慰謝料
医師と患者の立場に互換性がないことは慰謝料増額の根拠とはならず,慰謝料を通常の基準の2倍とすることに何ら根拠がない。

e
後遺障害慰謝料及び死亡慰謝料
後遺障害慰謝料及び死亡慰謝料の双方を全額請求することは二重計
上であり,根拠がない。また,医師と患者の立場に互換性がないことは慰謝料増額の根拠とはならず,慰謝料を通常の基準の2倍とすることに何ら根拠がない。

損益相殺
(被告の主張)
産科医療補償制度に基づく補償金(Fの損害に係るもの)Fには,産科医療補償制度に基づく補償金として計3000万円の給付がされることが確定しており,これはFの損害から控除されるべきである。
障害共済年金(原告Aの損害に係るもの)
原告Aは,平成28年7月14日から令和2年8月14日までの間に
合計696万3871円の共済年金を受領している。また,それ以降も2か月に1回,21万7401円を受給し続けることが確定しているから,これらは原告Aの損害から控除されるべきである。
高額療養費(原告Aの損害に係るもの)
原告Aは,令和元年6月28日,平成30年12月分までの高額療養
費として28万0220円の支給を受け,その後も令和2年6月分までの総額として28万1090円の支給が決定しているから,これらは原告Aの損害から控除されるべきである。
(原告の主張)
産科医療補償制度に基づく補償金について(Fの損害に係るもの)
産科医療補償制度の趣旨は,看護・介護を行うための基盤整備のための準備金(600万円)及び看護・介護費用(毎年120万円)であり,少なくとも前者については,損害賠償の補てんとはいえない。
その余の主張について
争う。



争点3(原告Bに発生した固有の損害の有無及び額)
(原告Bの主張)
原告Bは,原告Aと子をもうけて幸せな家庭を築こうとしていたのであり,原告Bが被った精神的苦痛を金銭に見積もるとすれば,2000万円を下ら
ない。また,これに対応する弁護士費用は120万円が相当である。(被告の主張)争う。


争点4(原告Cに発生した損害の有無及び額)
(原告Cの主張)
原告Cは,原告Aの介護をするため,ロシアにおいて勤務していた医師の職を辞することを余儀なくされた。これによる逸失利益は,1461万35
40円である。また,原告Cは,健康な孫が誕生することを期待していたのにこれを裏切られ,重篤な後遺症を残した原告Aの介護のために自己の人生の全てを費やすことになったのであり,その慰謝料は2000万円を下らない。また,これらに対応する弁護士費用は207万6812円が相当である。(被告の主張)

争う。
第3

当裁判所の判断

1
争点1(債務不履行に基づく損害賠償請求権の帰属主体)について⑴

原告Aの請求権について
原告Aは,平成24年11月5日,被告との間で,胎児の分娩に係る医療
契約を締結したものと認められる。したがって,原告Aは,被告に対し,上記医療契約上の債務不履行により原告Aに生じた損害について,損害賠償請求をすることができる。

Fの請求権について
原告Aは,被告との間で上記⑴の医療契約を締結した際,同時に,胎児であるFのために,被告との間でFの出生に係る医療契約を締結し,Fに代わって黙示的に受益の意思表示をしたものと認められる。したがって,Fは,出生後,被告に対し,上記医療契約上の債務不履行によりFに生じた損害について損害賠償請求権を取得したものといえる。

なお,Fが取得した損害賠償請求権は,Fの死亡に伴い,両親である原告A及び原告Bが各2分の1の割合で相続した。⑶

原告B及び原告Cの請求権について
原告B及び原告Cは,被告との間で何らかの契約を締結したとは認められないから,原告B及び原告Cが被告に対して債務不履行に基づく損害賠償請求をする余地はない。債務不履行に基づく損害賠償請求において,契約関係にない親族が固有の慰謝料請求権を有する旨の原告らの主張は,採用するこ
とができない。
2
争点2(原告A及びFに発生した損害額)について


損害の額(弁護士費用を除く。)について
前提事実,別紙1及び2の各証拠欄記載の証拠並びに弁論の全趣旨に
よれば,原告Aには別紙1の認定額欄記載の各損害が発生したことが認められ,Fには別紙2の認定額欄記載の各損害が発生したことが認められる。以下,適宜個別の判断について述べる。

原告A及びFに共通する損害
付添等のための渡航費用(原告C航空券代金)(別紙1損害一覧表
(原告A)番号10,別紙2損害一覧表(F)番号6)
a
原告Cは,平成24年11月9日,原告A及びFに付き添うため,当時居住していたロシアから航空機を利用して来日したところ(前提事実⑴ウ),原告Cは原告Aの母でありFの祖母であること,当時原告A及びFに極めて重篤な症状が生じていたことからすれば,原告Cが来日するために要した渡航費用は,原告A及びFの損害と認めるの
が相当である。そして,原告らは,同日の渡航費用(航空券代金)として6万9390円を要したと主張するところ,同金額は日本・ロシア間の渡航費用として相当な範囲の額であるということができるから,同額を損害として認める。
b
原告らは,原告Cが,来日後も複数回にわたりロシアと日本を往復したとし,その渡航費用を損害と主張するが,原告Cの出入国の事実及びそれらに要した渡航費用についての立証がない上,来日後の複数回にわたる渡航費用を被告の債務不履行と相当因果関係ある損害であることを認めるに足りる証拠もないから,原告らの主張は採用できない。
医学的調査費用及び通訳費用(別紙1番号13,14,別紙2番号1
0,11)
原告らが主張する医学的調査費用及び通訳費用は,訴訟において被告の法的責任を追及するための準備費用であり,訴訟活動の一環として後記⑵の弁護士費用の範囲内において賄われるべきものであるから,これらを弁護士費用とは別に被告の債務不履行によって生じた損害と評価す
ることはできない。

原告Aの損害(別紙1損害一覧表(原告A))
付添看護費用(入院中)(番号3)
原告Aは,宇治徳洲会病院及び京都民医連第2中央病院に計265日
間入院した(前提事実⑵及び⑶)。原告Aの重篤な症状を考慮すれば,病院の看護体制等を考慮しても,近親者による付添看護費用として日額8000円を認めるのが相当である。
したがって,付添看護費用(入院中)として212万円を損害と認める。
将来介護費(症状固定後の介護費)(番号5~7)

a
証拠(甲C4,7,8)によれば,①原告B及び原告Cは,自宅において24時間体制で原告Aを介護していること,②介護の主な内容は,㋐原告Aは自力で痰を排出できないことから,少なくとも数時間に1回程度,気管孔の気切部のカニューレから痰を吸引する必要があ
る,㋑原告Aは自力で移動できないことから,褥瘡を予防するため,2時間ごとに体位を交換する必要があり,少なくとも2時間に1回はおむつを交換する必要がある,㋒原告Aは経口により栄養を摂取することができないことから,1日に7回程度,胃ろうから食事を注入する必要がある,などといったものであることが認められる。
b
原告Aは,症状固定時満36歳であったから,同年齢の女性の平均余命に照らせば,少なくとも原告の主張する86歳まで存命するものと考えられ(なお,被告はロシア人の平均寿命を前提とすべきであると主張するが,原告Aの身上等に照らし,採用できない。),原告Aの後遺障害の程度及び内容(前提事実⑶エ)に照らせば,その間,日常的に上記aに認定した内容の介護を受ける必要があるものと認めら
れる。そして,現在は原告B及び原告Cが介護に当たっているものの,上記介護の内容に照らせば,原告C及び原告Bがそれぞれ70歳になる頃には,介護を主体的に行うことが困難となることが予想される。したがって,①

症状固定後である平成28年11月30日(原告

らが設定する基準日)から8年間(原告Cが70歳となるまで)は原告B及び原告Cによる介護が行われるものとして,その介護費用は少なくとも日額1万5000円を下ることはなく,②
その後の8年間

(原告Bが70歳になるまで)は原告B及び職業介護人による介護が行われるものとして,その介護費用は少なくとも日額2万円を下ることはなく,③
その後30年間(原告Aが86歳になるまで)は職業

介護人のみによる介護が行われるものとして,その介護費用は少なくとも日額2万4000円を下ることはないものと認めるのが相当である。
以上によれば,原告Aの将来介護費用は,別紙1記載の番号5~7のとおり,合計1億2901万1148円(=3538万6020円
+3193万4580円+6169万0548円)と認められる。入院雑費(番号8)前記のとおり,原告Aは計265日間入院したものであるところ,入院雑費は日額1500円と認めるのが相当である。
したがって,入院雑費として39万7500円を損害と認める。
傷害慰謝料及び後遺障害慰謝料(番号17,18)
原告Aの入院期間(265日)及びその症状等を考慮すれば,入院慰
謝料(傷害慰謝料)として343万円を認めるのが相当であり,原告Aの後遺障害の程度を考慮すれば,後遺障害慰謝料は2800万円と認めるのが相当である。医者と患者の立場に互換性がないことを根拠として増額をいう原告らの主張は採用できない。

Fの損害(別紙2損害一覧表(F))
付添看護費用(入院中)(番号2)
Fは,宇治徳洲会病院に952日間入院した(前提事実⑷)。Fの重篤な症状を考慮すれば,病院の看護体制を考慮しても,近親者による付添看護費用として日額8000円を認めるのが相当である。

したがって,付添看護費用(入院中)として761万6000円を損害と認める。
退院後死亡までの自宅看護費用(番号3)
Fが,出生以来有効な自発呼吸をしたことがなく,人工呼吸器及び胃ろう等の装着を余儀なくされ,常時全介助の状態にあったこと(前提事
実⑷イ)に鑑みれば,退院後死亡までの自宅看護費用として日額1万5000円を認めるのが相当である。
したがって,自宅看護費用として1135万5000円を損害と認める。
入院雑費(番号4)

前記のとおり,Fは952日間入院したものであるところ,入院雑費は日額1500円と認めるのが相当である。したがって,入院雑費として142万8000円を損害と認める。死亡による逸失利益(番号12)
Fの逸失利益を算定するに当たっては,その基礎収入としてFが死亡した時点(平成30年)における賃金センサス(男女計,学歴計,全年齢)の平均賃金(497万2000円)を用いた上,生活費控除率を4
5%とするのが合理的である。
したがって,Fの死亡による逸失利益は,2766万5948円と認めるのが相当である。
傷害慰謝料(番号13)
Fの入院期間(952日)及びその症状等を考慮すれば,入院慰謝料
傷害慰謝料)は440万円と認めるのが相当である。医者と患者の立場に互換性がないことを根拠として増額をいう原告らの主張は採用できない。
後遺障害慰謝料及び死亡慰謝料(番号14,15)
Fは,後遺障害等級1級の重篤な障害を有しながら約6年間生命を維
持し,その後,死亡するに至ったものであるところ,症状固定後も自発呼吸はなかったこと等,病状の重大さに鑑みれば,本件注意義務違反により発生した後遺障害等級1級の障害が悪化したことにより死亡したものというべきであり,Fの死亡についても本件注意義務違反との因果関係が認められる。Fが,重篤な後遺障害を有しながら約6年間生命を維
持し,その後死亡するに至ったことについて,その精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は,2800万円をもって相当と認める。


弁護士費用について
本件事案の性質,上記⑴に認定した原告A及びFの損害額等に鑑みれば,
弁護士費用として,原告Aについて1300万円,Fについて300万円をもって,被告の債務不履行と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。⑶

損益相殺について

高額療養費還付金(原告Aの損害に係るもの)
原告Aは,令和元年6月28日,平成29年5月から平成30年12月までの高額療養費還付金として計27万9770円の支給を受けたほか,
平成31年1月から令和2年6月までの高額療養費還付金として計28万1090円の支給を受けることが確定しているところ(京都市a区役所に対する調査嘱託の結果),これは同種の損害である原告Aの治療費から控除されるべきである。証拠により認定できる原告Aの治療費の額は18万0310円であるから,支給を受けた上記高額療養費還付金のうち,治療
費の額の限度で損益相殺として控除する(別紙1番号1及び2参照)。イ
障害共済年金(原告Aの損害に係るもの)
原告Aは,平成28年7月から令和2年12月まで,2か月に1回の頻度で障害共済年金の支給を受けており,その総額は739万4256円である(公立学校共済組合本部に対する調査嘱託の結果,原告B本人)。し
たがって,同額が原告Aの後遺症逸失利益から控除されるべきである(別紙1番号16参照)。

産科医療補償制度に基づく補償金(Fの損害に係るもの)
Fには,産科医療補償制度に基づき,Fの死亡にかかわらず,補償金と
して計3000万円が支給される(甲C10,弁論の全趣旨)。したがって,同補償金請求権は,現実に履行された場合と同視しうる程度にその履行が確実であるといえるから,3000万円全額について被告が賠償すべきFの損害額から控除されるべきである(別紙2番号16参照)。なお,同額については,弁済期(遅延損害金の起算日。別紙2欄外参照)が早い
ものから順に,別紙2遅延損害金起算日欄にAと記載の損害(計2825万0025円)全額及び同欄にBと記載の損害(計5671万0252円)のうち174万9975円に充当される。⑷

小括

上記⑴~⑶を総合すると,原告Aに対して賠償すべき損害額(損益相殺後)は,2億4277万4456円である(別紙1認定額欄の合計欄参照。なお,遅延損害金の起算日は平成29年6月22日である。)。

上記⑴~⑶を総合すると,Fに対して賠償すべき損害額(損益相殺後)
は,5517万4886円であるところ(別紙2認定額欄の合計欄参照。なお,遅延損害金の起算日は,うち5496万0277円について令和元年5月28日,うち21万4609円について令和2年4月2日である。),Fの死亡に伴い,原告A及び原告Bが相続分(各2分の1)に応
じてFの被告に対する損害賠償請求権(各2758万7443円)を相続した。

以上により,原告Aが被告に対して損害賠償請求することのできる額は,
2億4277万4456円と2758万7443円の合計2億7036万1899円となり,原告Bが被告に対して損害賠償請求することのできる
額は,2758万7443円となる。
3
争点3(原告Bに発生した固有の損害の有無及び額)及び争点4(原告Cに発生した損害の有無及び額)
前記1に判示したところに照らせば,争点3及び争点4については,判断する必要がない。

4
まとめ
以上によれば,いずれも債務不履行に基づく損害賠償請求として,①
原告

Aの請求は,2億7036万1899円及びうち2億4277万4456円に対する平成29年6月22日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合,うち2748万0138円に対する令和元年5月28日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合,うち10万7304円に対する令和2年4月2日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による各遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余の請求は理由がなく,②
原告Bの請求は,275

8万7443円及びうち2748万0138円に対する令和元年5月28日から改正前民法所定の年5分の割合,うち10万7304円に対する令和2年4月2日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による各金員の支払を求める
限度で理由があり,その余の請求は理由がなく,③
原告Cの請求は理由がな

い。
第4

結論
以上の次第で,原告らの請求のうち,原告Aの請求は主文1項記載の,原告
Bの請求は主文2項記載の各限度で理由があるからその限度でこれらを認容し,その余は理由がないからいずれも棄却し,原告Cの請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。なお,仮執行免脱宣言については,相当でないからこれを付さないこととする。
京都地方裁判所第3民事部

裁判長裁判官

増森珠美
裁判官

中田克之
裁判官

藤野真歩子
トップに戻る

saiban.in