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損害賠償請求事件
事件番号令和1(受)1287
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日令和3年4月26日
法廷名最高裁判所第二小法廷
裁判種別判決
結果破棄差戻
原審裁判所名福岡高等裁判所
原審事件番号平成30(ネ)167
原審裁判年月日平成31年4月15日
判示事項乳幼児期に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染しHBe抗原陽性慢性肝炎の発症,鎮静化の後にHBe抗原陰性慢性肝炎を発症したことによる損害につき,HBe抗原陽性慢性肝炎の発症の時ではなく,HBe抗原陰性慢性肝炎の発症の時が民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)724条後段所定の除斥期間の起算点となるとされた事例
裁判日:西暦2021-04-26
情報公開日2021-04-26 18:00:04
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令和元年(受)第1287号
令和3年4月26日

損害賠償請求事件

第二小法廷判決

主文
原判決を破棄する
本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人小宮和彦ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1
上告人らは,乳幼児期に集団ツベルクリン反応検査又は集団予防接種(以
下,これらを併せて集団予防接種等という。)を受けたことによりB型肝炎ウイルス(以下HBVという。)に感染して成人後にHBe抗原陽性慢性肝炎を発症し,鎮静化をみたものの,その後にHBe抗原陰性慢性肝炎を発症したものである。本件は,上告人らが,被上告人に対し,HBe抗原陰性慢性肝炎を発症したことにより精神的・経済的損害等を被ったと主張して,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める事案である。
2
(1)

原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
B型肝炎
B型肝炎は,HBVに感染することによって発症する肝炎(ウイルスを排除
しようとする免疫反応により,自らの肝細胞を破壊し,肝臓に炎症を起こした状態)であり,慢性化して長期化すると,肝硬変や肝細胞がんを発症することがある。

B型肝炎により肝細胞が破壊されると,肝細胞内にある酵素であるALTが
血中に放出される。血中のALT値の上昇の持続及び変動は肝炎の活動性を示唆し,この値が一定期間高値を示し,かつ,変動が認められる場合には肝細胞壊死が高度であり,肝炎が活動性である可能性が高い。ウ

HBVに感染すると,HBs抗原,HBe抗原等の抗原及び各抗原に対応す
るHBs抗体,HBe抗体等の抗体が血中で検出される。HBVの活動性の評価には,主に血中のHBe抗原量,HBe抗体価及びHBV-DNA量が用いられる。HBe抗原は,HBVの複製過程において肝細胞内で大量に産生されるたんぱくであり,HBVの量をそのまま反映する。慢性B型肝炎の時期には,HBe抗原量とHBe抗体価は相互に連動しながら変化を示し,HBe抗原量が低下するとHBe抗体価が上昇し,逆にHBe抗原量が上昇するとHBe抗体価が低下する。血中のHBV-DNA量は,肝細胞内のHBVの増殖の状態を反映し,慢性B型肝炎の病態は,HBV-DNA量の変化と密接に関係する。HBV-DNA量の増加に伴って,ALT値が上昇し,しばしば肝炎が悪化する。他方,HBV-DNA量の減少に伴って,ALT値が低下し,肝炎が鎮静化する。

HBVは主として感染者の血液を介して感染するところ,感染様式には,感
染してから一定期間の後にウイルスが生体から排除されて治癒する一過性の感染と,ウイルスが生体(主として肝臓)の中にとどまる持続感染がある。乳幼児期は免疫応答が未発達のため,この時期にHBVに感染すると持続感染に至る。乳幼児期にHBVの持続感染に至った者の病期は,次のとおり,免疫応答とHBVの増殖の状態により,主に4期に分類される。


免疫寛容期

乳幼児期にHBVの持続感染に至った場合,多くはALT値が正常で肝炎の活動性がほとんどない無症候性キャリアの状態が持続するところ,その期間は数年から20年以上まで様々である。無症候性キャリアは治療対象とはならない。②

免疫応答期

成人になると免疫応答が活発となり,活動性肝炎となるが(なお,肝炎を発症しても自覚症状がない者がいる。),多くの場合,HBe抗原陽性からHBe抗体陽性(HBe抗原陰性)への転換(HBe抗原セロコンバージョン。以下,単にセロコンバージョンという。)を起こす。セロコンバージョンは,HBVの野生株の減少と遺伝子変異株(HBe抗原非産生変異株)の出現によってもたらされるものであり,HBVの野生株の減少によりHBe抗原が減少し,HBe抗体とHBe抗原との共存の時期を経て,HBe抗原が陰性化することで完結する。セロコンバージョンを起こさず,肝炎が持続してHBe抗原陽性の状態が長期間続くとHBe抗原陽性慢性肝炎となる。


低増殖期

セロコンバージョンを起こした場合,その多くは,HBV-DNA量が減少し,ALT値が持続的に正常化して肝炎が鎮静化し,非活動性キャリアとなり,低増殖期に入る。


寛解期

セロコンバージョンを経た症例の一部では,HBVの表面抗原であるHBs抗原が消失し,HBs抗体が出現して,血液検査所見及び肝組織所見が改善し,臨床的寛解となる。HBV持続感染者の自然経過におけるHBs抗原消失率は年率約1%と考えられている。

セロコンバージョンを起こして肝炎が鎮静化し,非活動性キャリアとなった
症例のうち10~20%は,長期間が経過した後にHBe抗原陰性の状態でHBVが再増殖し,HBe抗原陰性慢性肝炎を発症する。HBe抗原陰性慢性肝炎は,間欠的にALT値とHBV-DNA量の上昇を繰り返すことが多く,自然に寛解する可能性は低い。そして,HBe抗原陰性慢性肝炎は,HBe抗原陽性慢性肝炎と比較して,高齢での線維化進展例が多いため,より進んだ病期とされる。どのような場合にHBe抗原陰性の状態でHBVが再増殖し,HBe抗原陰性慢性肝炎を発症するのかは,現在の医学ではまだ解明されていない。また,セロコンバージョンを起こして肝炎が鎮静化し,非活動性キャリアとなった症例のうち4~20%は,HBe抗体の消失及びHBe抗原の再出現を認め,HBe抗原陽性慢性肝炎を発症する。このように,非活動性キャリアとなった後でも,HBe抗原陰性又は陽性の慢性B型肝炎を発症し,低増殖期から免疫応答期に戻ることがあるため,6~12箇月ごとの経過観察が必要であり,経過観察中にALT値が上昇すれば治療適応となる。

HBV持続感染者は,その多くが無症候性キャリアから活動性肝炎となり,
セロコンバージョンが起こった後に,肝炎が鎮静化し,非活動性キャリアとなるところ,この場合,肝細胞がん等への進行リスクは低く,長期予後は良好である。その一方で,HBV持続感染者は,HBe抗原陽性又は陰性の慢性B型肝炎を経て,肝硬変へと進行する可能性があり,肝硬変まで進行した場合,年率5~8%で肝細胞がんを発症する。

現在の慢性B型肝炎の治療ではHBVを完全に排除することは困難であり,
その治療目標は,感染者の生命予後及び生活の質を改善すること,具体的には,免疫監視又は抗ウイルス治療により肝炎を鎮静化させ,肝硬変や肝細胞がんへの進行を防ぐことである。そして,HBe抗原陽性慢性肝炎については,セロコンバージョンを起こして鎮静化することにより長期予後が良好となることから,抗ウイルス治療で目指すべき短期目標はセロコンバージョンであり,最終的な長期目標はHBs抗原の陰性化である。HBe抗原陰性慢性肝炎についても,抗ウイルス治療によって,最終的にHBs抗原の陰性化を目指すことを検討すべきことは,HBe抗原陽性慢性肝炎と異ならない。
(2)

上告人らのB型肝炎の発症状況
上告人Aは,昭和33年4月生まれで,昭和34年9月までに受けた集団予
防接種等によってHBVに感染し,昭和62年12月,HBe抗原陽性慢性肝炎を発症し,抗ウイルス治療によって,平成12年頃までにセロコンバージョンを起こして肝炎が鎮静化したが,平成19年12月頃,ALT値が再び高値を示し,HBe抗原陰性慢性肝炎を発症した。

上告人Bは,昭和27年9月生まれで,昭和34年9月までに受けた集団予
防接種等によってHBVに感染し,平成3年1月,HBe抗原陽性慢性肝炎を発症し,抗ウイルス治療によって,平成12年頃までにセロコンバージョンを起こして肝炎が鎮静化したが,平成16年3月頃以降,ALT値が再び高値を示し,HBe抗原陰性慢性肝炎を発症した。
(3)

本件訴訟の提起

上告人Aは平成20年7月30日に,上告人Bは平成24年2月29日に,本件訴訟を提起した。
3
原審は,上記事実関係の下において,被上告人には,上告人らに対する集団
予防接種等の実施に当たり,HBV感染を未然に防止すべき義務を怠った過失があるとした上で,要旨次のとおり判断し,上告人らの損害賠償請求権は除斥期間の経過により消滅したとして,上告人らの請求を棄却した。
慢性B型肝炎が,セロコンバージョンをもたらすHBVの遺伝子変異の前後を問わず,HBVへの免疫反応であることに変わりはなく,上告人らのHBe抗原陰性慢性肝炎は,HBe抗原陽性慢性肝炎が長期の経過をたどった結果,肝硬変や肝細胞がんへの進行リスクのある年齢で慢性肝炎が再燃したものにすぎない。したがって,HBe抗原陰性慢性肝炎の病状と,HBe抗原陽性慢性肝炎の病状とは,質的に異なるものではなく,HBe抗原陰性慢性肝炎の発症によって新たな損害が発生したとはいえない。
よって,上告人らについては,HBe抗原陽性慢性肝炎を発症した時点において,後にHBe抗原陰性慢性肝炎を発症することによる損害を含む全損害について,B型肝炎を発症したことによる損害賠償請求権が成立したというべきであり,HBe抗原陽性慢性肝炎の発症の時が民法724条後段(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の除斥期間の起算点となるというべきである。したがって,上告人Aにつき昭和62年12月から,上告人Bにつき平成3年1月からそれぞれ除斥期間を計算するのが相当である。
4
しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1)

民法724条後段所定の除斥期間の起算点は,不法行為の時と規定されており,加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には,加害行為の時がその起算点となると考えられる。しかし,身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害や,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように,当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである(最高裁平成13年(受)第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁,最高裁平成13年(オ)第1194号,第1196号,同年(受)第1172号,第1174号同16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁,最高裁平成16年(受)第672号,第673号同18年6月16日第二小法廷判決・民集60巻5号1997頁参照)。
そして,上告人らが乳幼児期に受けた集団予防接種等によりHBVに感染してB型肝炎を発症したことによる損害賠償請求権については,その損害の性質上,加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が発生するものと認められるから,除斥期間の起算点は,加害行為である集団予防接種等の時ではなく,損害の発生の時というべきである(前掲最高裁平成18年6月16日第二小法廷判決参照)。
(2)

そこで,上告人らの主張する損害の発生の時について検討すると,前記事
実関係によれば,上告人Aは,昭和62年12月,HBe抗原陽性慢性肝炎を発症し,抗ウイルス治療によって,平成12年頃までにセロコンバージョンを起こして肝炎が鎮静化したが,平成19年12月頃,HBe抗原陰性慢性肝炎を発症したものであり,上告人Bは,平成3年1月,HBe抗原陽性慢性肝炎を発症し,抗ウイルス治療によって,平成12年頃までにセロコンバージョンを起こして肝炎が鎮静化したが,平成16年3月頃以降,HBe抗原陰性慢性肝炎を発症したものである。
B型肝炎は,HBVに感染することによって発症する肝炎であり,ウイルスを排除しようとする免疫反応により,自らの肝細胞を破壊し,肝臓に炎症を起こし,慢性化,長期化して慢性B型肝炎になると,肝硬変や肝細胞がんを発症することがあるという特徴を有する疾病である。もっとも,HBV持続感染者の多くは,無症候性キャリアから活動性肝炎となり,セロコンバージョンを起こして肝炎が鎮静化し,非活動性キャリアとなるのであり,この段階に至れば,肝細胞がん等への進行リスクは低く,長期予後が良好となって,具体的な治療の必要がなくなることから,HBe抗原陽性慢性肝炎においては,目指すべき短期目標をセロコンバージョンとして抗ウイルス治療がされる。その一方で,HBe抗原陽性慢性肝炎の発症後,セロコンバージョンによりHBe抗原陰性となり,非活動性キャリアとなったにもかかわらず,長期間が経過した後にHBe抗原陰性の状態でHBVが再増殖し,HBe抗原陰性慢性肝炎を発症する症例も10~20%は存在するところ,HBe抗原陰性慢性肝炎については,線維化進展例が多く,自然に寛解する可能性は低い。このように,セロコンバージョンにより非活動性キャリアとなった後に発症するHBe抗原陰性慢性肝炎は,慢性B型肝炎の病態の中でもより進行した特異なものというべきであり,どのような場合にHBe抗原陰性慢性肝炎を発症するのかは,現在の医学ではまだ解明されておらず,HBe抗原陽性慢性肝炎の発症の時点で,後にHBe抗原陰性慢性肝炎を発症することによる損害の賠償を求めることも不可能である。以上のような慢性B型肝炎の特質に鑑みると,上告人らがHBe抗原陽性慢性肝炎を発症したことによる損害と,HBe抗原陰性慢性肝炎を発症したことによる損害とは,質的に異なるものであって,HBe抗原陰性慢性肝炎を発症したことによる損害は,HBe抗原陰性慢性肝炎の発症の時に発生したものというべきである。
以上によれば,上告人らがHBe抗原陰性慢性肝炎を発症したことによる損害については,HBe抗原陽性慢性肝炎の発症の時ではなく,HBe抗原陰性慢性肝炎の発症の時が民法724条後段所定の除斥期間の起算点となるというべきである。(3)

よって,上告人Aにつき昭和62年12月から,上告人Bにつき平成3年1月からそれぞれ除斥期間を計算し,本件訴訟の提起時には除斥期間の経過によって上告人らの損害賠償請求権が消滅していたとした原審の判断には,民法724条後段の解釈適用を誤った違法がある。そして,前記事実関係によれば,HBe抗原陰性慢性肝炎の発症の時は,上告人Aが平成19年12月頃であり,上告人Bが平成16年3月頃以降であるから,本件訴訟の提起時には,いずれも除斥期間が経過していなかったことが明らかである。
5
以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違
反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上告人らの損害額について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官三浦守の補足意見がある。
裁判官三浦守の補足意見は,次のとおりである。
特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する特別措置法(以下特措法という。)との関係等について付言する。集団予防接種等の際の注射器の連続使用により,多数の者にHBVの感染被害が生じたことについては,その感染被害の迅速かつ全体的な解決を図るため,特措法の定める枠組みに従って,特定B型肝炎ウイルス感染者給付金(以下給付金という。)等を支給する措置が講じられている。
そして,特措法においては,特定B型肝炎ウイルス感染者の区分に応じて給付金の額が定められているところ,慢性B型肝炎にり患した者については,当該慢性B型肝炎を発症した時から20年を経過した後にされた訴えの提起等に係る者(6条1項7号及び8号)とそれを除く者(同項6号)とが区分されている。これは,慢性B型肝炎による損害についての除斥期間を前提とするものと理解される。本件のように,HBe抗原陽性慢性肝炎の発症後のセロコンバージョンにより非活動性キャリアとなり,その後,HBe抗原陰性慢性肝炎を発症した場合,法廷意見が述べるとおり,HBe抗原陰性慢性肝炎を発症したことによる損害については,HBe抗原陰性慢性肝炎の発症の時が除斥期間の起算点となるから,その時から20年を経過する前にその損害賠償請求に係る訴えの提起をした者は,特措法6条1項6号に掲げる者に当たることになろう。
極めて長期にわたる感染被害の実情に鑑みると,上告人らと同様の状況にある特定B型肝炎ウイルス感染者の問題も含め,迅速かつ全体的な解決を図るため,国において,関係者と必要な協議を行うなどして,感染被害者等の救済に当たる国の責務が適切に果たされることを期待するものである。
(裁判長裁判官

三浦


裁判官

菅野博之

岡村和美)
裁判官

草野耕一

裁判官

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