判例検索β > 令和2年(わ)第586号
危険運転致死被告事件
事件番号令和2(わ)586
事件名危険運転致死被告事件
裁判年月日令和3年3月4日
裁判所名・部福岡地方裁判所  第4刑事部
裁判日:西暦2021-03-04
情報公開日2021-05-17 18:00:54
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令和3年3月4日宣告
令和2

586号

主文
被告人を懲役8年6月に処する
未決勾留日数中60日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,令和2年3月28日午前1時13分頃,福岡市a区bc丁目d番甲駐車場において,運転開始前に飲んだ酒の影響により,前方注視及び運転操作が困難な状態で普通乗用自動車を発進させて運転し,もってアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させたことにより,同日午前1時15分頃,同市a区ef丁目g番h号先道路をi方面からj方面に向かい前照灯を点灯させずに時速約19キロメートルないし24キロメートルで進行させ,折から進路前方の車道上に座り込んでいたA(当時31歳)に気付かず,同人に自車前部を衝突させ,同人を路上に転倒させて自車車底部に巻き込み,同日午前1時24分頃,同市k区lm丁目n番o号先路上まで約3キロメートルにわたり同人を引きずり,よって,同人に頭蓋骨骨折,くも膜下出血等の傷害を負わせ,その頃,同所に至るまでの間において,同人を前記傷害に基づく外傷性ショックにより死亡させた。(事実認定の補足説明)
被告人が,運転開始の直前まで酒を飲んで自動車の運転を開始したこと,本件事故当時は前照灯を点灯させずに走行していたところ,車道上に座り込んでいた被害者に自動車を衝突させて自車車底部に巻き込んだこと,被告人は被害者を巻き込んだことに気付かないまま,約3キロメートルにわたって被害者を引きずり死亡させたことに争いはなく,関係各証拠からも明らかである。
本件の主たる争点は,①被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状
態にあったか否か,②そのような状態にあることについて被告人の故意が認められるか否かである。
1
争点①について
被告人の公判供述を含む関係各証拠によれば,被告人は,日中は美容師とし
て働きつつ,週に数日程度夜もバーで接客業をして働いていたところ,令和2年3月(以下,年数は令和2年のものである。)に入った頃からは,美容室からバーに自動車で出勤し,バーから自宅へも自動車で帰宅するようになっていたこと,3月27日も午後8時頃からバーで勤務を開始し,翌28日午前1時頃に退店するまでの間に,ハイボール(1杯当たり110mLでアルコール分8%)等の酒を十数杯飲んだ上で,午前1時13分頃にバーの近くのコインパーキングから自車の運転を開始したこと,本件事故の約21分後である午前1時36分,飲酒検知を受け,呼気中1.00mg/Lのアルコールを身体に保有する状態であったことが認められる。これらの事実からすると,被告人が運転を開始する直前までに摂取したアルコール量は多量であったといえる。
また,バー店内の防犯カメラ映像(3月27日午後11時46分頃から3月28日午前1時3分頃)等の関係証拠によると,本件事故前後の被告人の言動等につき,バーで勤務中に,カウンターに手を付きながら上体を左右にくねらせる,足元がふらつくなど,酒に酔っているとうかがえる様子を見せていたこと,バーを退店してからコインパーキングへ徒歩で向かう途中も,左右にふらつきながら歩き,同パーキング入口付近では塀に体をぶつけ,料金精算の際には,操作を誤り,別の駐車枠についての支払をした上,ロック板が上がった状態のままそれを乗り越えて自車を出庫させ,そのまま走り去ったことが認められる。加えて,被告人は,飲酒検知の際の歩行検査で5mの地点で足がふらつき立ち止まったこと,引致された警察署に到着した際には,足がふらついて転倒しそうになったため警察官に両脇を抱えられたことが認められる。これらの事実は,被告人が運転を開始する前から本件事故後までの間,アルコールにより相当に酩酊していたことを示すものといえる。
さらに,運転状況をみると,被告人は,コインパーキングから職務質問を受けるまでの3km以上もの間,前照灯を点灯させることなく自動車を走行させた上,この間に,少なくとも2回,交差点で停止後右ウインカーを一瞬点滅させた後に左ウインカーを点滅させそのまま直進するという異様な運転をしていたと認められ,このような運転をあえてする理由は見出だせないことからすれば,この事実は,被告人が,周囲の状況に合わせた適切な運転操作ができていないことを端的に示すものといえる。これに加えて,被告人は,被害者に自車を衝突させた際,その衝撃があったはずであるのにそれに気付かず,また,その後約3kmにわたって被害者を自車車底部に引きずりながら走行させ,その間,通常とは異なる衝撃や音があったはずであるのに,これに気付いていないのであるから,これらの点も,自車や周囲の状況を認識する能力が低下していたことを示す事実といえる。
以上からすると,被告人は,自動車を運転するに当たって,道路交通の状況等,周囲で生起している状況をそれに対処できる程度に認識することができなかったものといえ,また,前記のような飲酒量や運転前後の様子も考慮すれば,そのような状況に至ったのはアルコールの影響によるものと認められる。
弁護人は,①バーの店長が,事故当日,退店時の被告人の様子について,すごく冷静で逆に酔いがさめたのかなと思うくらいだった旨述べていること,②被告人は,バーで勤務中に,伝票に記入したり会計の際に計算ができていたこと,③バーからコインパーキングまでの間,うずくまったり転倒したりしていないし,ふらついていたとしても運転に支障が出るほどではなかったこと(なお,仮にふらついていたとしても被告人が履いていたハイヒールの影響の可能性がある。),④コインパーキングから事故現場までは下り坂のカーブであり,電灯が少なく暗い中,車がすれ違える程度の幅の道を通行したにもかかわらず,車をぶつけず走行していたこと,⑤事故現場から職務質問の地点まで右左折や信号に従っての停車・発進ができていたことなどを理由に,被告人は,前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処できていた旨主張する。

しかしながら,①については,店長の前記供述は主観的,感覚的なものに過ぎないし,②については,前記バー店内の防犯カメラ映像によると,むしろ,被告人が行っていた会計の作業を他の従業員が代わりに行っているかのようにうかがえる場面が複数回あり,殊に,退店の約30分前の3月28日午前0時37分頃にそのような場面があることからすれば,弁護人の主張は採用できない。③については,前記認定のとおり被告人は,その上体を左右にくねらせるようにしており,単に足元が不安定になったものとはいえず,平衡感覚が乱れていたものとみることができる。④や⑤についても,被告人が

ような異様な運転をしていることからすれば,

正常な運転ができる状態とはいえないのは明白であり,被告人が本件以前から日常的にバーから自宅まで飲酒運転をして帰宅しており,通り慣れた道であったことからすれば,相当に酩酊した状態であっても,接触等なく,また,対面信号の表示に従った運転をすること自体は可能であるから,このような事情は周囲の状況を認識して適切に運転操作ができない状態であったことを否定するものとはいえない。また,弁護人は,仮に前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処できていなかったとしても,それは,睡眠不足・過労によるものであったとも主張する。確かに,被告人は,3月25日と26日の両日,美容室での通常勤務(午前9時頃から午後6時頃)の後,バーで午後7時半又は8時頃から翌朝午前4時頃まで勤務し,3月27日も美容室で通常勤務をしており,両日の睡眠時間は各2時間程度であったこと,3月27日はバーで午後7時30分から勤務予定であったところ,体がだるく感じたので,勤務開始時刻を午後8時に遅らせてその前に銭湯に寄っていたことが認められ,本件当時,被告人はそれなりの疲労を抱えていたと考えらえる。もっとも,被告人は,美容室での勤務中特にミスもなく,銭湯に寄ったことで少しさっぱりしたなと感じた旨述べていること,バーへの出勤に当たって自車を運転し,コインパーキングにバックで駐車させていたことからすると,その疲労の程度は特に高いものであったとはいえない。そうすると,被告人が疲労のみで正常な運転が困難な状態に至ったとは考えられず,前記飲酒量やバーにおける行動等も合わせ考
慮すれば,アルコールによる影響は,少なくとも疲労による影響を上回るものであったと認められる。
以上からすると,被告人は,本件当時,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあったと認められる。
2
争点②について
関係証拠によれば,被告人は,3月27日午後11時46分頃,11時49分頃,
11時53分頃の3回にわたり,バーでの接客中に水を飲み,3月28日午前0時33分頃及び38分頃には,客からおごられた酒であるスタッフドリンクの一部をバーカウンター内の流しに捨てていたこと,これらの時間帯は,被告人がカウンターに手を付いたり,体をくねらせたりするなど,酒に酔っているような動作をしていたことが認められる。これらの経緯からすれば,被告人が水分を摂取したりスタッフドリンクを捨てた理由は,酔いを自覚し,アルコールの摂取量を減らそうとしていたと見るのが合理的であり,公判廷で被告人がスタッフドリンクを捨てた理由についてアルコール量を減らしたかったからかもしれないと述べているのもこの推論を裏付けるものといえる。さらに,被告人は,前記のような異様な運転等をする一方で,バーを退店する間際まで一応接客を継続できており,バーからコインパーキングまでふらつきながらも歩いて移動したり,コインパーキングで駐車枠を間違えながらも料金精算を行ったり,コインパーキングから職務質問の地点までブレーキ等を使い分け,交差点では赤信号に従いながら普段と同じ道路を選んで走行できており,これらが可能な程度の意識は保たれていたといえる。そうすると,被告人は,飲酒量に応じた酔いを自覚したり,自分の体がふらついたり,コインパーキングの塀に体をぶつけるなどといった正常な運転が困難であることを基礎づける自身の状態も当然に認識できていたといえるから,被告人には故意が認められる。(量刑の理由)
被告人は,運転を開始する十数分前まで,約5時間にわたって十数杯の酒を飲み,本件事故直後には呼気中1.00mg/Lという極めて高濃度のアルコールを保有
していた。しかも,被告人は,左ウインカーを出したまま交差点を直進するなどといった異様な運転を繰り返し,被害者と衝突した際もそのことに気付かず約3kmにわたって車底部で被害者を引きずるなどしていることからも,酩酊の程度は重度といえ,運転の危険性も高かったといえる。その結果,被害者の尊い命が奪われたことの重大さや痛ましさはいうまでもなく,被害者の遺族が,その深い悲しみや被告人に対する憤りを抱え,被告人の厳重処罰を求めているのも当然といえる。さらに,本件で特筆すべき事情として,被告人は,本件の約1か月前から,バーでの勤務の帰りには飲酒運転になることが分かっていながら,楽に通勤したいという身勝手な理由から毎回自動車で通勤をし,常習的に飲酒運転に及んでいたこと,とりわけ,本件の前日か前々日のいずれかには,同様に飲酒の上自動車で帰宅したが,翌日には運転をしていた時の記憶が欠けているという異常ともいうべき経験をしていたにもかかわらず,なお飲酒運転の危険をかえりみずに本件犯行に及んだという点が挙げられる。このように,本件は常習的に重ねていた飲酒運転の危険が顕在化したものであって,態様は悪質であり,飲酒運転の危険性が広く周知され,被告人自身も母親やバーの店長から飲酒運転はしないようたびたび注意を受けていたというにもかかわらず,日常的に飲酒運転を行う中で本件犯行に及んだ被告人には,飲酒運転の危険性に対する意識が欠落していたといわざるを得ず,このような被告人の意思決定はより厳しい非難に値するというべきである。以上の事情からすると,被害者において,飲酒酩酊し車道上に座り込んでいたという落ち度があることを考慮すべきであるとしても,本件は危険運転致死,アルコールを条件とする類型の量刑傾向において,なおもその中間の部類に位置づけられるべきであり,この中でやや軽い事案であるとして懲役8年を求刑した検察官の評価は,前記のような本件犯行の悪質性や責任非難の強さに対する評価をやや軽視したものといわざるを得ない。
以上の犯情の評価に加え,任意保険により被害者の遺族に対して適切な賠償が見込まれること,被告人が本件に対して一定程度罪の意識を持ち,アルコール依存症
の治療を実際に受けるなど再犯防止への意欲が見受けられること,本件が報道されるなどしてその影響を受けたであろう被告人の母親及び妹がなお被告人への今後の支援を続ける意向であること,前科前歴がないことなどの事情も考慮し,主文の刑を量定する。
(求刑)懲役8年
令和3年3月11日
福岡地方裁判所第4刑事部

裁判長裁判官

中田幹人
裁判官

大西惠美
裁判官

卜部
有加子

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