判例検索β > 令和2年(ヨ)第386号
原子力発電所運転差止仮処分命令申立事件
事件番号令和2(ヨ)386
事件名原子力発電所運転差止仮処分命令申立事件
裁判年月日令和3年3月17日
裁判所名・部大阪地方裁判所  第1民事部
裁判日:西暦2021-03-17
情報公開日2021-04-06 10:00:33
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主文1
本件申立てを却下する。

2
申立費用は債権者らの負担とする。

第1


申立ての趣旨
債務者は,高浜発電所1号機ないし4号機,大飯発電所3号機及び4号機並びに美浜発電所3号機を運転してはならない。

第2
1
事案の概要等
事案の概要
本件は,福井県,大阪府,兵庫県及び京都府に居住する債権者らが,申立て
の趣旨記載の各原子力発電所(以下本件各原発という。
)において同趣旨記
載の各原子炉(以下本件各原子炉という。
)を設置する債務者に対し,新型
コロナウイルス感染症の感染拡大状況の下では,本件各原発において原子力事故が発生した際に円滑に避難できないために放射線に被曝することにより債権者らの人格権が侵害される具体的危険があるとして,人格権に基づく妨害予防
請求権に基づき,本件各原子炉の運転を仮に差し止めることを命じる仮処分を求める事案である。
2
前提となる事実(当事者間に争いがないか,後掲疎明資料[特に記載のない限り枝番を含む。
]及び審尋の全趣旨から一応認められる事実)

(1)

当事者
債権者らは,本件各原発から約15kmないし約120kmの範囲に居住している。


債務者は,
電気事業等を営む株式会社であり,
本件各原子炉を設置して,
大阪府,兵庫県(一部を除く。,奈良県,滋賀県,和歌山県,三重県の一)
部,岐阜県の一部及び福井県の一部等に電力を供給している。

(2)

本件各原子炉等の概要

本件各原発はいずれも債務者が福井県内に設置した原子力発電所である。

本件各原子炉は,以下のとおり,いずれも設置許可処分又は設置変更許可処分(同一発電所内に原子炉を増設する許可処分は設置変更許可処分となる。
)を受けて設置された。
原子炉

設置許可

昭和45年11月25日

設置変更許可

高浜発電所3号機

昭和55年8月4日

設置変更許可

高浜発電所4号機

昭和55年8月4日

設置変更許可

大飯発電所3号機

昭和62年2月10日

設置変更許可

大飯発電所4号機

昭和62年2月10日

設置変更許可

美浜発電所3号機
(3)

昭和44年12月12日

高浜発電所2号機

許可等年月日

高浜発電所1号機

昭和47年3月13日

設置変更許可

新規制基準に基づく設置変更許可処分
原子力規制委員会は,平成25年,実用発電用原子炉の事業者に対する新
たな規制として,実用発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備
の基準に関する規則(平成25年6月28日原子力規制委員会規則第5号)等による基準(以下新規制基準という。
)を定めた(乙5)

原子力規制委員会は,同年以降,本件各原子炉につき,新規制基準に基づき,それぞれ原子炉施設の設置変更許可処分をしている(乙6ないし9)。
(4)

本件各原子炉の現状
本件各原子炉は,現在,いずれも定期検査中である。

3
本件の争点
(1)
(2)

4
被保全権利の有無(人格権侵害の具体的危険の有無)
(争点1)
保全の必要性(争点2)

争点に対する当事者の主張
(1)

争点1(被保全権利の有無。人格権侵害の具体的危険性の有無)
(債権者らの主張)

原子力発電所は,ひとたび事故を起こすと放射性物質が放出され,広範囲にわたり,永続的かつ不可逆的に甚大な被害を招く。そのため,原子力発電所の安全性確保においては,
深層防護という考え方が確立されている。

深層防護とは,多数の連続し,かつ,独立した防護レベルの組合せにより,人あるいは環境に対する有害な影響が引き起こされることを防止するものである。原子力発電所の安全確保においては,5層により構成されているところ,第5の防護レベルとして,事故状態に起因する放射性物質の放出による放射線影響を緩和することを目的として,実効性のある避難計
画が求められる。
深層防護の考え方によれば,第1ないし第4の防護レベルが機能しない場合を想定して第5の防護レベルをたてることになるから,第5層の避難が安全にできないということになれば,そのことのみをもって,債権者らの人格権侵害の具体的危険があり,
原子力発電所は止めなければならない。

こうした深層防護の思想は,確立した国際的な基準であるところ,原子力基本法は安全確保につき確立された国際的な基準を踏まえるべきことを定め,原子力規制委員会設置法も,確立された国際的な基準を踏まえることを原子力規制委員会の職務として定めている。さらに,核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律
(以下
原子炉等規制法
という。


は,原子力施設において重大な事故が生じた場合に放射性物質が異常な水準で当該原子力施設を設置する工場又は事業所の外へ放出されることその他の核原料物質,核燃料物質及び原子炉による災害を防止することを目的に明記しており(同法1条)
,発電用原子炉施設の位置,構造及び設備が核
原料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子炉によ
る災害の防止上支障がないものであることを設置許可の要件としていること,改廃されていない立地審査指針では,原子炉施設の位置に関し公衆の避難などの適切な措置が講じ得る環境にある地帯であることが求められており,第5層の防護レベルを規制対象にしていること等からすれば,原子炉等規制法は,第5層までの原子力災害防止手段を原子力事業者の法的義務として求めているというべきである。これらの法規制に鑑みれば,第5層の防護を対象としなかった新規制基準は,法律の要請を満たすものでは
ないというべきであり,そのような新規制基準に本件各原発が仮に適合しているとしても,本件各原発を運転することにより債権者らの人格権が侵害される具体的危険は否定できない。

新型コロナウイルス感染症の防止策としては,いわゆる三密回避として,換気の悪い密閉空間,多数が集まる密集場所,間近で会話等をする
密接場面をいずれも避ける必要がある。他方で,原発事故を起こさせるような巨大地震が発生した場合には,避難(移動)行為,避難退域時検査及び避難所のいずれの場面においても,
三密状況は不可避である。新型コ
ロナウイルス感染症防止対策を考慮したとする内閣府や福井県の示す避難計画をもってしても,新型コロナウイルス感染症に罹患する危険のない避
難所は準備されていないから,債権者らは放射性物質から避難することができず,被曝から保護されないということになる。
すなわち,新型コロナウイルス感染症拡大状況下では,実効性ある避難計画を欠く状態となるから,原発事故時に円滑に避難することができずに被曝するという人格権侵害の具体的危険がある。

(債務者の主張)

本件各原発の運転に伴い,
いかなる欠陥に起因して,
どのような機序で,
債権者らの人格権を侵害するような放射性物質の異常放出等が生じるに至るのかが具体的に示されなければ,具体的危険性の存在が認められるもの
ではない。
深層防護の考え方は,事故の発生,拡大を防止しその影響を低減するために多段的な安全確保対策を立案,計画するに当たり,各レベルにおける対策をそれぞれ充実した十分な内容とするために,あえてそれぞれを独立した対策として捉え,前段階の対策が奏功せず,後続の対策にも期待できないとの前提を無条件に置くものである。すなわち,各レベルの対策は,他のレベルの対策と合わせることにより初めて安全確保が図られるという
ものではない。したがって,仮に第5層の防護レベル(避難計画)に不備が存在したとしても,そのこと自体が債権者らの人格権侵害の具体的危険性の存在を意味するものではない。
我が国では,第5層の防護レベルにつき,災害対策基本法及び原子力災害対策特別措置法により,国,地方自治体及び原子力事業者等がそれぞれ
の責務を果たすこととされており,原子炉等規制法,原子力基本法及び原子力規制委員会設置法等の規定の文言を根拠に,新規制基準が第5層の防護レベルを事業者に対する規制の対象としていないことをもって,本件各原発が法律の要請を満たさないものであるということはできない。イ
国の原子力避難に関する基本姿勢は,防護措置と感染対策を可能な限り両立させ,感染拡大,予防対策を十分考慮した上で,避難や屋内退避等の各防護措置を行うというものであり,そのために,新型コロナウイルス感染症への対応に関する各種通達,防災基本計画の修正,避難所開設・運営ガイドラインの策定などが行われている。福井県も,新型コロナウイルス感染症の流行中に大飯発電所及び高浜発電所で同時に事故が起きた場合を
想定した広域避難訓練を実施した。
したがって,本件各原発で事故が起きた場合に安全に避難ができずに債権者らが被曝するという人格権侵害を受ける具体的危険があるとはいえない。
(2)

争点2(保全の必要性)

(債権者らの主張)

本件各原子炉は,いずれも原子炉設置変更許可処分を受けており,定期点検を終えれば運転を開始する可能性が高い。なお,特定重大事故等対処施設の建設についても至急工事を済ませ運転を開始する可能性が高い。

本件各原発において原発事故が発生すれば,債権者らは,生命,身体,精神及び生活の平穏,あるいは生活そのものに重大かつ深刻な被害を受け
る危険がある。

したがって,本件各原子炉の運転は,このような重大かつ深刻な被害を招き,債権者らの人格権を不可逆的に侵害する恐れのある行為であり,本件各原子炉の運転差止めについては,保全の必要性が高い。

(債務者の主張)
争う。
第3
1
当裁判所の判断
認定事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲疎明資料(特に記載のない限
り枝番を含む。
)及び審尋の全趣旨により一応認められる。
(1)

深層防護
国際原子力機関における深層防護(乙13)
国際原子力機関(以下IAEAという。
)は,IAEA憲章第Ⅲ条の
規定により,健康を守るため及び生命や財産に対する危険を最小限に抑え
るために安全基準を策定又は採択する権限並びに(IAEA自らの活動に対して)基準に適合する措置をとる権限が与えられている。
IAEAの発行した安全基準のうち,
原子力発電所の安全:設計に係
る個別安全要件によれば,深層防護は,安全に関連する全ての活動は,万一ある故障が発生しても,
それが適切な対策により検知され,
補正される,

あるいは是正されるよう,独立した多層の備えのもとにあることを確実なものとする概念であり,この概念を設計と運転の全体にわたって適用することは,発電所内の設備の故障による事象又は人間起因の事象を含め運転時に予想される事象及び事故に対して並びに発電所外に起因する事象の影響に対して,防護を提供することになる。基本安全原則では,深層防護は,主に連続した独立の防護レベルが複数組み合わさって実施され,人や環境に有害な影響が及ぶ前までは機能し続けなければならないとされている。ある防護階層や障壁が機能しなくなったとしても,次の階層や障壁が有効となることにより,異なる防護階層の各々が独立して効力を発揮することが深層防護に必要な要素とされている。
深層防護には,以下の5層の階層がある。

(ア)

第1層
第1の防護階層の目的は,通常運転からの逸脱と安全上重要な機器等
の故障を防止することである。これは,品質管理及び適切で実証された工学的手法に従って,発電所が健全でかつ保守的に立地,設計,建設,保守及び運転されるという要件につながる。
これらの目的を満たすため,
適切な設計規格と材料の選定,機器の製造と発電所の建設における品質管理,更にその試運転に十分な注意が払われる。内的危険要因の可能性を低減する設計上の選択は,この防護階層での事故の防止に寄与する。設計,製造,建設及び供用中検査,保守及び試験に係わるプロセスと手順,このような活動への立入りへの容易性,並びに発電所の運転の方法
及び運転経験の利用方法にも注意が払われる。このプロセスは,発電所の運転及び保守に対する要件と,運転行為及び保守行為に対する品質管理に対する要件を決定する詳細な分析により裏付けられる。
(イ)

第2層
第2の防護階層の目的は,発電所で運転時に予期される事象が事故状
態に拡大するのを防止するために,通常運転状態からの逸脱を検知し管理することである。これは,想定起因事象が,それらを防止するための処置が取られたにもかかわらず,原子力発電所の運転寿命中に発生する可能性があるという事実を認識してのものである。この第2の防護階層では,設計で特定の系統と仕組みを備えること,それらの有効性を安全解析により確認すること,更にそのような起因事象を防止するか,さもなければその影響を最小限に留め,その発電所を安全な状態に戻す運転手順を確立することを必要とする。
(ウ)

第3層
第3の防護階層では,非常に可能性が低いことではあるが,ある予期
される運転時の事象又は想定起因事象が拡大して前段の階層で制御できないこと,また,事故に進展しうるかもしれないことが想定される。発電所の設計では,そうした事故が生じるものと仮定する。そのため,固有の及び/又は工学的な安全な仕組み,安全系及び手順で,原子炉の炉心の損傷又は所外防護活動を必要とする放射性物質の放出を阻止し,発電所を安全な状態に戻すことが可能であることが要件となる。

(エ)

第4層
第4の防護階層の目的は,深層防護の第3の防護階層が失敗した結果
の事故の影響を緩和することである。これは,そのような事故の進展を防止し,シビアアクシデントの影響を緩和することにより達成される。シビアアクシデントにおける安全目標は,時間と適用されるエリアが制限された防護活動のみ必要とされ,所外汚染は回避されるか最小限に留められることである。早期の放射性物質の放出又は大量の放射性物質の放出に至ると考えられる事象シーケンスは実質的に排除されること(かかる状態が起こることが物理的に不可避な場合又はかかる状態が極めて起きにくいと高い信頼度で考えられる場合)が要求される。

(オ)

第5層
第5の防護階層の目的は,事故状態に起因して発生し得る放射性物質の放出による放射線の影響を緩和することである。これには,十分な装備を備えた緊急時対応施設の整備と,所内と所外の緊急事態の対応に対する緊急時計画と緊急時手順の整備が必要である。

日本原子力学会における深層防護(乙14)
一般社団法人日本原子力学会(以下原子力学会という。
)は,平成2

6年5月,同学会標準委員会技術レポートとして原始力安全の基本的考え方について‐第1編別冊深層防護の考え方を発行した。同レポートによれば,原子力の利用においては,炉心に大量の放射性物質を内蔵している原子炉施設のように,人と環境に対して大きなリスク源が内在し,かつどのようにリスクが顕在化するかの不確かさも大きいこと
から,不確かさに対処しつつ,リスクの顕在化を徹底的に防ぐために,深層防護の概念を適用することが有効としている
(乙14・2ページ)また,

深層防護の考え方に基づく対策を有効なものとするためには,防護レベルの設定について,他のレベルに依存すべきではないとする。これは,各レベルの十分な対策を前提にして,あえてその効果が十分ではなかった場合
に備えて対策を多層にするという考え方であり,あるレベルの対策に欠陥があるから,次のレベルの対策が必要とされるのだというように理解すべきではないとされている
(乙14・4,
5ページ)同レポートにおいても,

原子力安全対策における深層防護は5層のレベルとされ,そのうち第5のレベルは,放射性物質又は放射線の異常な放出あるいはそのおそれがある
場合に,周辺住民の健康を防護する等のために防災対策を図ることとされている(乙14・8ページ)


原子力規制委員会の新規制基準における深層防護(乙5)
新規制基準には,深層防護のうち第1層ないし第4層の防護レベルに関
する規定がおかれているが,避難計画に関する事項は含まれていない。原子力委員会は,
昭和39年,
原子力立地審査指針及びその運用に関する判断のめやすについてを決定し,平成元年,これを一部改訂した(以下,同改訂後のものを立地審査指針という。。立地審査指針には,原)
則的立地条件として,原子炉の敷地は,その周辺も含めて,必要に応じ公衆に対して適切な措置を講じ得る環境にあること等が定められている。この原則的立地条件を踏まえて達成すべき基本的目標の一つとして,敷地周辺の事象,原子炉の特性,安全防護施設等を考慮し,技術的見地からみて,最悪の場合には起こるかもしれないと考えられる重大な事故(以下
旧重大事故
という。を超えるような技術的見地から起こるとは考えられない

事故(例えば,旧重大事故を想定する際には効果を期待した安全防護施設のうちいくつかが動作しないと仮想し,それに相当する放射性物質の放散
を仮想するもの)の発生を仮想しても,周辺の公衆に著しい放射線災害を与えないことが設定された。この基本的目標を達成するために確認すべき条件について,立地審査指針では,少なくとも原子炉からある距離の範囲内であって,非居住区域の外側の地帯は,低人口地帯であることという条件を充たすこと及び原子炉敷地は人口密集地帯からある距離だけ離れてい
ることを要求している。
立地審査指針は,規制機関により改廃されてはいないものの,新規制基準には含まれておらず,新規制基準にも,上記原則的条件(原子炉の敷地は,その周辺も含めて,必要に応じ公衆に対して適切な措置を講じ得る環境にあること)は採用されていない。

(2)

原子力災害に係る避難計画に関する関連法令
国は,災害予防,災害応急対策及び災害復旧の基本となるべき計画を作成するなどの責務を負っており
(災害対策基本法3条)内閣府に設置した

中央防災会議が,防災基本計画を作成する(同法11条,34条)。

原子力災害については,原子力規制委員会が,上記防災基本計画に適合した原子力災害対策指針を定める(原子力災害対策特別措置法6条の2)。

地方公共団体は,原子力災害予防対策,緊急事態応急対策及び原子力災害事後対策の実施のために必要な措置を講ずること等により,原子力災害について,関係機関及び他の地方公共団体の協力を得て,地域防災計画を作成し,及び法令に基づきこれを実施し,都道府県においては,これとともに区域内の市町村及び指定地方公共機関が処理する防災に関する事務
又は業務の実施を助け,かつ,その総合調整を行う責務を有している(原子力災害特別措置法5条,災害対策基本法4条1項,5条1項)

(3)

新型コロナウイルス感染症に関する知見等
新型コロナウイルス感染症とは,病原体がベータコロナウイルス属のコロ
ナウイルスであって,令和2年1月に,中華人民共和国から世界保健機関に対して,人に伝染する能力を有することが新たに報告されたものをいう(新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令1条)。
新型コロナウイルスは,
主に飛沫感染や接触感染により感染することから,
密閉,密集又は密接した環境において感染リスクが高まるとされている。日
本では,令和2年11月27日午前0時時点で約13万9491人が新型コロナウイルス感染症と診断されている。同感染症と診断された人のうち重症化する割合は,同年1月から同年4月までの診断で9.8%,同年6月から同年8月までの割合で1.62%だった。同感染症と診断された人の死亡率は同年1月から同年4月までの診断で5.62%,同年6月から同年8月ま
での診断で0.96%である。
(甲91)
(4)

政府による新型コロナウイルス感染症対策
内閣総理大臣は,令和2年4月7日,7都府県につき,新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき,緊急事態宣言を発出した。同宣言の対象
は,同月16日,全都道府県に拡大された。上記緊急事態宣言は,同年5月25日までに全都道府県につき解除された。
(公知の事実)

厚生労働省は,全国民に布マスクを配布するとともに,換気の悪い密閉空間,多数が集まる密集場所,間近で会話や発声をする密接場面の,いわゆる三密を避けるよう呼びかけた。密閉空間の回避については,こまめな換気等が推奨されている。密集の回避のためには,身体的距離を2メ
ートル程度確保することや対面の場合真向いではなく互い違いになるような位置取り等が推奨されている。密接の回避には,マスクの着用,多人数での会食の回避,多人数が室内に集まって行う呼気が激しくなる運動の回避などが推奨されている。
(甲11)


厚生労働省は,令和2年5月4日,新型コロナウイルス感染症専門家会議からの提言を踏まえ,
新型コロナウイルスを想定した
新しい生活様式
の実践例を示した。同実践例では,感染防止の3つの基本は身体的距離の確保,マスクの着用及び手洗いであるとし,日常生活においては,これらに加えて,こまめな換気,いわゆる三密の回避,毎日の健康チェック及び
発熱等の症状がある場合の自宅療養等が提唱されている。
(甲13)

新型コロナウイルス感染症対策分科会は,令和2年10月23日,感染リスクを高めやすい5つの場面として,①飲食を伴う懇親会等,②大人数や長時間に及ぶ会食,③マスクなしでの会話,④狭い空間での共同生活,
⑤居場所の切り替わりを提示した(甲85の①)。

内閣総理大臣は,令和3年1月7日,1都3県につき再び同月8日からの緊急事態宣言を発出し,同月14日には,加えて2府5県にも緊急事態宣言の対象が拡大された(公知の事実)


(5)

災害避難における新型コロナウイルス感染症対策
内閣府は,令和2年4月1日,各都道府県,保健所設置市,特別区の防災担当主管部(局)長及び衛生主管部(局)長に対し,地方自治法245条の4第1項に基づく技術的助言として,
避難所における新型コロナウイルス感染症への対応についてと題する書面を発出した。内閣府は,
同書面において,
新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえ,
発生した災害や被災者の状況等によっては,避難所の収容人数を考慮し,
あらかじめ指定した指定避難所以外の避難所を開設するなど,通常の災害発生時よりも可能な限り多くの避難所の開設を図るとともに,ホテルや旅館の活用等を検討することや,発生した災害や地域の実情に応じ,避難者に対して手洗い,咳エチケット等の基本的な感染対策を徹底することとし,避難所内については,十分な換気に努めるとともに,避難者が十分なスペ
ースを確保できるよう留意することを依頼した。
(乙15)

内閣府は,令和2年4月7日,各都道府県,保健所設置市,特別区の防災担当主管部(局)長及び衛生主管部(局)長に対し,地方自治法245条の4第1項に基づく技術的助言として,
避難所における新型コロナウイルス感染症への更なる対応についてと題する書面を発出した。内閣府は,同書面において,可能な限り多くの避難所の開設,親戚や友人の家等への避難の検討,自宅療養者等の避難の検討,避難者の健康状態の確認,手洗い・咳エチケット等の基本的な対策の徹底,避難所の衛生環境の確保,十分な換気の実施・スペースの確保等,発熱・咳等への症状が
出た者のための専用のスペースの確保及び避難者が新型コロナウイルス感染症を発症した場合の対応に関する事前検討に留意するよう助言した。(乙16)

内閣府及び消防庁は,新型コロナウイルス感染症と災害時の避難についてのリーフレットを作成した。
同リーフレットには,新型コロナウイルス感染症が収束しない中でも,災害時には,危険な場所にいる人は避難することが原則であること,その上で避難先は安全な親戚・知人宅でもよいこと,マスク・消毒液・体温計はできるだけ自ら携行してほしいこと,市町村の指定する避難所等が変更増設されている可能性があることからウェブサイト等で確認すべきことなどが記載されている。

(乙17)

内閣府,消防庁及び厚生労働省は,令和2年5月21日,各都道府県,保健所設置市,特別区の防災担当主管部(局)長及び衛生主管部(局)長に対し,
地方自治法245条の4第1項に基づく技術的助言として,
避難所における新型コロナウイルス感染症への対応の参考資料についてと題
する書面を発出した。
同書面では,新型コロナウイルス感染症対応時における避難所全体,健康な者の滞在スペース及び,発熱・咳等の症状が出た者や濃厚接触者をやむを得ずそれぞれ同室にする場合のレイアウト等の例を図で示している。(甲66)


中央防災会議は,令和2年5月,防災基本計画を修正した。
同修正により,新型コロナウイルス感染症の発生を踏まえ,避難所における避難者の過密抑制など感染症対策の観点を取り入れた防災対策を推進する必要がある旨が盛り込まれた。
(乙19)


福井県は,
令和2年5月,
新型コロナウイルスに備えた避難所運営の手引きを作成した。
同手引きでは,濃厚接触者や感染の疑いがある者は隔離することを前提に,事前の準備として,避難場所の確保,住民への周知,感染症対策に必
要な物資の準備,避難所レイアウトの準備及び避難所運営訓練の実施が推奨され,避難所運営時には,避難者の健康確認及び避難所の衛衛生管理等を徹底することとされている。
(乙18)

内閣府は,令和2年6月2日,新型コロナウイルス感染拡大を踏まえた感染症の流行下での原子力災害時における防護措置の基本的な考え方について,住民等の被曝によるリスクとウイルスの感染拡大によるリスクの
双方から国民の生命・健康を守ることが最優先であること,原子力災害時においては,各地域の緊急時対応等に基づく防護措置と,新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく行動計画等による感染防止対策を可能な限り成立させ,感染症流行下での原子力災害対策に万全を期すこととし,防護措置の基本的な考え方として,感染症流行下において原子力災害が発
生した場合,感染者や感染の疑いのある者も含め,感染拡大・予防対策を十分考慮した上で,避難や屋内退避等の各種防護措置を行うことになること,避難又は一時移転を行う場合には,その過程又は避難先等における感染拡大を防ぐため,避難所・避難車両等における感染者とそれ以外の者との分離,人と人との距離の確保,マスクの着用,手洗いなどの手指衛生等
の感染対策を実施すること,自宅等で屋内退避を行う場合には,放射性物質による被曝を避けることを優先し,屋内退避の指示が出されている間は原則換気を行わないこと,自然災害により指定避難所で屋内退避を行う場合には,密集を避け,極力分散して退避することとし,これが困難な場合は,あらかじめ準備をしているUPZ(原子力発電所からおおむね半径3
0km圏内とされている緊急防護措置を準備する区域)外の避難先へ避難することを示した。
(乙20)

政府,福井県,京都府及び滋賀県は,令和2年7月30日,福井エリア地域原子力防災協議会(第4回)を開催し,高浜地域及び大飯地域の緊急時対応を協議した。政府からは,新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた,感染症流行下での原子力災害時における対応について,今後,感染症流行下での防護措置を盛り込んだ緊急時対応に基づいた訓練を行い,その結果から得られる教訓事項を踏まえた計画の見直しを継続し,実効性を高めていく旨の発言等があった。
(乙24)


内閣府は,令和2年7月30日,高浜地域の緊急時対応及び大飯地域の緊急時対応を改定した。
同改定には,新型コロナウイルス感染症を含む感染症対策として,避難者車両及び避難所などにおける感染拡大防止策が加えられた。具体的には,バス等による避難の際に密集を避けて分散避難することや,避難所におい
て感染者(軽症者等)をそれ以外の者と隔離して避難させるほか,避難所においても密集を避けることなどとされた。
(甲69,70,乙25,26)
なお,美浜地域の緊急時対応については,福井エリア地域原子力防災協議会美浜地域分科会において改定の検討が進められている(乙28)。


内閣府は,令和2年11月,新型コロナウイルス感染拡大を踏まえた感染症の流行下での原子力災害時における防護措置の実施ガイドラインを作成し,同月2日,道府県原子力防災担当部局の長に対し,訓練実施等を通じ,同ガイドラインを活用し,各地域の実情に合わせた原子力災害対策
の検討及び準備を進めるよう要請した。
同ガイドラインは,①防護措置の実施における全般的な対応,②一時集合場所における対応,③避難車両における対応,④安定ヨウ素剤の緊急配布場所における対応,⑤避難退域時検査及び簡易除染場所における対応並びに⑥屋内退避時及び避難所における対応の6点につき,防護具の着用,
密集等の回避,放射性物質の被曝を避ける限度での換気,感染可能性のある者の隔離,検温等による健康確認などの指針を示している。
(乙27)
(6)

新型コロナウイルス感染症を踏まえた防災訓練等
福井県は,令和2年8月27日,新型コロナウイルス感染症の流行中に大
飯原発及び高浜原発で同時に事故が発生したと想定し,約40機関の関係者約400人のほか,住民等約50人の参加による広域避難や屋内退避の訓練
を実施した。
同訓練においては,一時集合施設受付時の検温,問診及び感染可能性のある者の別室隔離,簡易テントによる間仕切りを入口が互い違いになるように設置すること,避難車両の運転者等自衛隊員の感染防護対策,避難車両内での座席間隔確保,避難所における検温,問診及び感染可能性のあるものの別
室隔離等が行われた。
(甲71,75,82)
2
争点1(被保全権利の有無)について
(1)

上記認定した事実を踏まえて,原子力発電所と避難計画の関係について
みると,原子力発電所の安全設計では,複数のレベルを独立して考える深層防護の概念に基づき,5層の防護レベルを設定すべきであるとされており,そのうち最後の層である第5層が,放射性物質が原子力施設外に放出されることを前提とした避難計画ということになる。
しかしながら,こういった深層防護の概念ないし同概念に基づく安全設計
は,飽くまでも予防的な観点から防護を確実なものとするために求められるものであって,第5層の防護に不備があれば即座に地域住民に放射線被害が及ぶ危険が生じるということを意味するものであるとは認められない(認定事実(1))

(2)ア

債権者らは,原子炉等規制法の規定を根拠に,発電用原子炉の設置許可
基準には避難計画の整備が含まれるべきであり,仮にこれが含まれていない基準を満たして設置変更許可処分を得たとしても本件各原発の稼働は違法であって,人格権侵害の具体的危険がある旨主張する。
この点,原子炉等規制法は,発電用原子炉の設置につき,原子力規制委員会の許可を受けることを義務付け
(同法43条の3の5)その許可をす

るための適合要件を定めているところ,
同適合要件の一つには,
発電用原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであることが挙げられている(同法43条の3の6第1項4号)

しかしながら,同条項は,同法1条に掲げられた同法の目的を踏まえたとしても,その文言上,飽くまでも原子炉施設の位置,構造及び設備
に関する適合要件を定めたものであると解釈するのが相当であって,施設外の避難計画の有無,内容等を原子炉設置許可の要件として定める趣旨と解することはできない。そうすると,第5層の防護手段が反映されていない新規制基準により本件各原子炉が設置変更許可処分を受けているとしても,これを原子炉等規制法の定めに反する違法な許可処分ということは
できず,ひいては債権者らの人格権が侵害される具体的な危険があるということもできない。

また,債権者らは,立地審査指針に,原子炉からある程度の距離の範囲内であって非居住区域の外側の地帯は低人口地帯であることが定められて
いることを理由に,第5層の防護レベルも同条項による許可要件となる旨主張する。
しかしながら,立地審査指針は新規制基準には採用されていないこと,立地審査指針の上記条件は,原子炉敷地の外側の地帯における人口を問題としたものであり,避難計画の有無内容を直接問題としたものでもないこ
と,以上の点からすると,債権者らの上記主張は,上記判断を覆す事情とは認められない。
(3)

なお,上記認定事実のとおり,第5層の防護に相当する避難計画の整備等
については,災害対策基本法及び原子力災害対策特別措置法により,国及び地方自治体の責務とされており
(認定事実(2))実際にも,

国及び地方自治体
は,原子力災害を含む災害避難計画につき,ガイドラインの作成,緊急時対応の改定及び避難訓練の実施等により,一定程度新型コロナウイルス感染症
対策を講じているとみることができる(認定事実(6))

(4)

以上によれば,本件各原発が稼働することにより,債権者らが安全に避難
できずに放射線被害が発生するといった人格権侵害に対する具体的危険があるといえるためには,避難計画の不備のみでは足りず,その前提として,債権者らが避難を要するような,本件各原発の外に放射性物質が放出される事
故が発生する具体的危険を主張し,個別具体的に疎明する必要があるというべきであるところ,本件においては,本件各原発において債権者らが避難を要するような事故が発生する具体的危険性に関する主張及び疎明があるとはいえない。
第4

結論
以上のとおり,本件申立ては,債権者ら主張に係る被保全権利が存在するとは認められないから,その余の点(争点2)について判断するまでもなく理由がない。よって,主文のとおり決定する。
令和3年3月17日

大阪地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官

藤裕之
裁判官

内一原友彦
裁判官

相澤千尋
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