判例検索β > 令和2年(行ケ)第10041号
審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
事件番号令和2(行ケ)10041
事件名審決取消請求事件
裁判年月日令和3年3月25日
裁判所名知的財産高等裁判所
権利種別特許権
訴訟類型行政訴訟
裁判日:西暦2021-03-25
情報公開日2021-03-31 10:01:00
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令和3年3月25日判決言渡
令和2年(行ケ)第10041号
口頭弁論終結日

審決取消請求事件

令和3年2月9日
判原告
同訴訟代理人弁護士


沢井製薬株式会社

小松陽原悠千被告東
同訴訟代理人弁護士

一葉レ重あ株式郎介すか会社冨貴光部陽平鷲見健人皆川量之長
同訴訟代理人弁理士

谷主文1
原告の請求を棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由

第1請求
特許庁が無効2019-800038号事件について令和2年3月17日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は,進歩性の認定判断の誤りの有無である。
1
手続の経緯

被告は,発明の名称を止痒剤とする発明につき,平成9年11月21日に特許出願し(特願平10-524506号,優先権主張:平成8年11月25日[以下本件優先日という。,優先権主張国:日本)

,平成16年3月12日に設定登
録(特許第3531170号)を受けた(請求項の数36。以下本件特許といい,各請求項に係る発明を,請求項の順に本件発明1などといい,これらをまとめて本件発明という。また,本件特許に係る明細書及び図面[甲64]を本件明細書という。。)
原告は,平成31年4月26日,本件発明1,6~9,20に係る特許について無効審判請求をした(無効2019-800038号)ところ,特許庁は,令和2年3月17日,

本件審判の請求は成り立たない。

との審決(以下本件審決という。
)をし,その謄本は,同月27日,原告に送達された。
2
本件発明の要旨

本件特許の請求項1,6~9,20の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲64)

【請求項1】
下記一般式(I)

[式中,

は二重結合又は単結合を表し,R1は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシクロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数6から12のアリール,炭素数7から13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニル,アリル,炭素数1から5のフラン-2-イルアルキルまたは炭素数1から5のチオフェン-2-イルアルキルを表し,R2は水素,ヒドロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルキルまたは-NR9R10を表し,R9は水素または炭素数1から5のアルキルを表し,R10は水素,炭素数1から5のアルキルまたは-C(=O)R11-を表し,R11は,水素,フェニルまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,Aは-XC=

Y)-,-XC(=Y)Z-,-X-または-XSO2-(ここでX,Y,Zは各々独立してNR4,SまたはOを表し,R4は水素,炭素数1から5の直鎖もしくは分岐アルキルまたは炭素数6から12のアリールを表し,
式中R4は同一または異なっていてもよい)
を表し,Bは原子価結合,炭素数1から14の直鎖または分岐アルキレン(ただし炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,トリフルオロメチルおよびフェノキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよく,1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい),
2重結合および/または3重結合を1から3個含む炭素数2から14の直鎖もしくは分岐の非環状不飽和炭化水素(ただし炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,トリフルオロメチルおよびフェノキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよく,1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい)またはチオエーテル結合,,
エーテル結合お
よび/もしくはアミノ結合を1から5個含む炭素数1から14の直鎖もしくは分岐の飽和もしくは不飽和炭化水素(ただしヘテロ原子は直接Aに結合することはなく,1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい)を表し,R5は水素または下記の基本骨格:

のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,
ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,
ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)を表し,R6は水素,R7は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,もしくは,R6とR7は一緒になって-O-,-CH2-,-S-を表し,R8は水素,炭素数1から5のアルキルまたは炭素数1から5のアルカノイルを表す。また,一般式(I)は(+)体,
(-)体,
(±)体を含む]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。
【請求項6】
前記一般式(I)において,R1がメチル,エチル,プロピル,ブチル,イソブチル,シクロプロピルメチル,アリル,ベンジルまたはフェネチルであり,R2およびR3が各々独立して水素,ヒドロキシ,アセトキシまたはメトキシであり,Aが-XC(=Y)-(ここで,XはNR4を表し,YはOを表し,R4は炭素数1から5のアルキルを表す)であり,Bが-CH=CH-,-C≡C-,-CH2O-,または-CH2S-であり,R6とR7が一緒になって-O-であり,R8が水素であるものである請求項1記載の止痒剤。
【請求項7】
前記一般式(I)において,R5が水素または下記の基本骨格:

のいずれかを持つ有機基
(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアル
コキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,
メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)で表されるものである請求項6記載の止痒剤。【請求項8】
前記一般式(I)において,Bが-CH=CH-または-C≡C-のものである請求項6記載の止痒剤。
【請求項9】
前記一般式(I)において,R5が水素または下記の基本骨格:

のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)で表されるものである請求項8記載の止痒剤。
【請求項20】
そう痒が皮膚疾患あるいは内蔵疾患に伴うものである,請求項1ないし19のいずれかに記載の止痒剤。
3
本件審決の理由の要点

(1)原告が主張する無効理由

無効理由1

本件発明1は,甲1(特許第2525552号公報)に記載された発明並びに以下の甲2~9及び12から導かれる本件優先日当時の技術水準・周知技術に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件発明1についての特許は,特許法123条1項2号の規定に該当し,無効とすべきものである。
甲2:特開2014-105174号公報
甲3:再公表特許第2016/152965号
甲4:DEBRAE.GMEREK,A.COWANRoleofOpioidReceptorsinBombesin-inducedGroomingAnnalsoftheNewYorkAcademyofSciencesVol.525
p.291-300,

1988年
甲5:D.L.DEHAVEN-HUDKINS他OpioidAgonistPropertiesofTwoOximeDerivativesofNaltrexone,NPC831andNPC836PharmacologyBiochemistryandBehavior

Vol.44

No.1

p.45-50,1993年

(甲54も同じ文献であり,以下,甲5と甲54を併せて甲5という。)甲6:AlanCowan,DebraE.Gmerek
In-vivostudiesonkappaopioidreceptorsTrendsinPharmacologicalSciences
Vol.7

No.2

p.69-72,1986年

(甲56も同じ文献であり,以下,甲6と甲56を併せて甲6という。)甲7:A.Cowan他Definingtheantipruriticpotentialofkappaagonists.TheFASEBJOURNAL
Vol.9

No.3

opioid

A98,1995年

甲8:DEBRAE.GMEREK,ALANCOWANAnanimalmodelforpreclinicalscreeningofsystemicantipruriticagentsJournalofPharmacologicalMethodsNo.2

Vol.10

p.107-112,1983年

(甲43も同じ文献であり,以下,甲8と甲43を併せて甲8という。)甲9:YasushiKuraishi他ScratchingbehaviorinducedbypruritogenicbutnotalgesiogenicagentsinmiceEuropeanJournalofPharmacologyVol.275p.229-233,1995年
(甲42,乙5も,甲9と同じ文献であり,以下,甲9,42,乙5を併せて甲9という。)甲12:DEBRAE.GMEREK,ALANCOWAN
Bombesin-acentralmediatorofpruritus?BritishJournalofDermatologyVol.109p.239,1983年イ
無効理由2~6

本件発明6~9,20は,甲1に記載された発明並びに甲2~9及び甲12から導かれる本件優先日当時の技術水準・周知技術に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項により特許を受けることができないものであるから,本件発明6~9,20についての特許は,特許法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。
(2)本件優先日当時の技術常識について
アボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き⾏動とそう痒との関係について
甲4~9,12,甲25(ROBERTC.BOLLESGROOMINGBEHAVIORINTHERATJournalofComparativeandPhysiologicalPsychologyVol.53,No.3p.306-310,1960年),甲26(THOMASL.O'DONOHUE他AROLEFORBOMBESININSENSORYPROCESSINGINTHESPINALCORDTheJournalofNeuroscienceVol.4,No.12p.2956-2962,1984年),甲27(RuthA.Cridland他Bombesin,neuromedinCandneuromedinBgivenintrathecallyfacilitatethetailflickreflexintheratBrainResearchVol.584p.163-168,1992年)に記載されているところからすると,甲8等に記載された種々の化合物の投与によるラットのボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の減弱が,止痒効果に基づくものかどうかは確定できない。
また,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動について,甲9に記載された起痒剤であるCompound48/80をマウスの吻側背部への皮下注射によって誘発される痒みによるものであるとされる引っ掻き行動と,外形的には一見共通する引っ掻き行動が現れているとしても,両者では,その誘発のために投与する化合物の性質も投与の経路も異なっているから,両者の引っ掻き行動が同様の原理に基づくものであるかは不明であって,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動は,必ずしもそう痒に起因するものであるとはいえない。
したがって,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動が,そう痒に起因するものであり,ある化合物の投与による同行動の減弱が止痒効果によるものであるという技術常識が,本件優先日当時に存在したとは認められない。

ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動とオピオイドκ受容体作動性化合物の関係について甲4,甲6,甲29(DebraE.Gmerek,AlanCowanCLASSIFICATIONOFOPIOIDSONTHEBASISOFTHEIRABILITYTOANTAGONIZEBOMBESIN-INDUCEDGROOMINGINRATSLifeSciencesVol.31No.s20&21p.2229-2232,1982年),甲48(RonaldF.Mucha,AlbertHerzMotivationalpropertiesofkappaandmuopioidreceptoragonistsstudiedwithplaceandtastepreferenceconditioningPsychopharmacologyVol.86,p.274-280,1985年)の記載からすると,オピオイドκ受容体作動性化合物であっても,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱しないものが存在する上,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の減弱に効果がなかったとするいくつかのオピオイドの全てのものについて,κ受容体に対するアゴニスト活性
(当該受容体を作動させる性質を有する化合物のことを
~アゴニストといい,以下,オピオイドκ受容体を作動させる性質を有するオピオイドκ受容体作動性化合物のことをκアゴニスト,κ作動性化合物といい,オピオイドκ受容体作動性の医薬品のことをκ作動薬ということがある。)がないことが確認されているわけでもない。また,甲6には,μアゴニストとされるフェナゾシンがボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の減弱に活性があったとも記載されている。
そうすると,オピオイドκ受容体に対して(部分)作動性を有する化合物であると,一般的にボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱するものと推認することはできず,そのような技術常識が本件優先日当時に存在したとは認められない。

オピオイドκ受容体作動性化合物とそう痒の関係について

前記ア,イからすると,オピオイドκ受容体作動性化合物であると,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱できるとはいえないし,同行動の減弱が止痒効果によるものであるかも不明であって,実際にオピオイドκ受容体作動性化合物が止痒効果を奏することを確認したという例も見いだせないから,オピオイドκ受容体作動性化合物であると,止痒効果を奏するという技術常識が,本件優先日当時に存在したとは認められない。
(3)甲1発明
甲1には,以下の発明が記載されていると認められる。

17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-トランス-3-(3-フリル)アクリルアミド]モルヒナンであって,構造式で表される化合物。

(化合物A[⼀般名ナルフラフィン])(4)本件発明1と甲1発明の対比
(一致点)
17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-トランス-3-(3-フリル)アクリルアミド]モルヒナンであって,構造式︓で表される化合物(化合物A)に係るものである点。(相違点1)
本件発明1では,化合物Aがオピオイドκ受容体作動性であるとされているのに対し,甲1発明では,そのような特定がされていない点。(相違点2)本件発明1は,化合物Aを有効成分とする止痒剤であるのに対し,甲1発明は,化合物Aをそのような用途とするものではない点。
(5)判断

相違点1について

甲1には,甲1発明の化合物Aがオピオイドκ受容体作動性であることが記載されているといえるから,相違点1は実質的な相違点ではない。

相違点2について

甲1には,化合物Aを,そのオピオイドκ受容体作動性に基づいて,鎮痛剤,利尿剤,血圧降下剤又は鎮静剤の用途のものとし得ることは記載されているが,止痒剤の用途のものとすることを示唆するような記載はない。
また,前記(2)で認定したとおり,オピオイドκ受容体作動性化合物であると,止痒効果を奏するという技術常識が,本件優先日当時に存在したとは認められない。そうすると,甲1発明の化合物Aについて,これを有効成分とする止痒剤の用途のものとすることには,積極的な動機付けがあるとはいえず,当業者であっても容易になし得たことであるとはいえない。

本件発明1の効果について

本件発明1の効果は,一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤を提供することにある。
本件明細書の実施例9,10,12で用いられた被検薬物である化合物7~化合物19はいずれも酸付加塩であるが,オピオイドκ受容体作動性化合物の作用機序からすると,それぞれ対応するフリー塩基(フリー体)においても,当然,同様の効果が期待されるといえるから,本件明細書には,一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤に係る本件発明1の優れた止痒効果が記載されているといえる。
甲1には,甲1発明である化合物Aの酒石酸塩(化合物61)について,オピオイドκ受容体に選択的なアゴニストであることを示した試験結果に加えて,マウスを用いた酢酸ライジング法による鎮痛活性試験において,ED50が0.0044mg/kgの鎮痛活性を示したことが記載されているが,前記(2)のとおり,本件優先日当時にオピオイドκ受容体作動性化合物であると,止痒効果を奏するという技術常識が存在したとは認められないし,鎮痛活性を有する化合物であると止痒活性も有するという技術常識が存在したともいえず,ある化合物のオピオイドκ受容体作動や鎮痛活性に基づいて,
その化合物が止痒活性を奏するか否か,
実際に,
どの程度の止痒活性を示すかを予測することはできないから,本件発明1が奏した優れた止痒効果は,甲1の記載及び甲4~9,12の記載から把握できる本件優先日当時の技術常識から,当業者が予測し得たものではない。

原告の主張について

(ア)仮説・推論に基づく動機付けについて
原告は,仮に,実験等に基づかない科学的根拠のない仮説・推論にすぎないものであったとしても,甲4~9,12からは一定の技術的思想が読み取れるから,これらの証拠の引用例の適格性には問題はない旨を主張している。
しかしながら,前記のとおり,甲4~9,12を検討の対象とした上で,本件優先日当時の技術常識の認定を行っているから,原告の上記主張はその前提を欠いており,失当である。
(イ)原告は,令和元年12月17日提出の上申書において,甲22(金田孝道,大河原章瘙痒性皮膚疾患に対するSch-10649の使用経験(二重盲検法)薬理と治療

第3巻第1号

162頁~166頁,昭和50年)に,そう痒症状に対

して使用するものとして,抗ヒスタミン剤と並んで鎮静剤が記載されており,甲23(嶋崎匡,ラクレチンの皮膚疾患に対する治療効果薬理と治療7号

第5巻第

263頁~268頁,昭和52年)に,そう痒性皮膚疾患に対する薬剤であ
る抗ヒスタミン剤について,中枢鎮静作用が止痒に有効であることが記載されていることを根拠として,本件優先日当時には,そう痒の治療に鎮静作用を有する薬剤が用いられていたことが周知技術であったとし,甲1の[実施例142]において,オピオイドκ受容体作動性化合物を含む被験薬に鎮痛効果が認められたことを示した強い沈静活性という記載の沈静は鎮静と同義であるとし,鎮静作用と鎮痛作用が近い作用であると理解でき,鎮静作用を有する薬剤がそう痒の治療に用いられていたことを考えると,オピオイドκ受容体作動性化合物による
鎮痛作用止痒作用

との近接性を推察することができるから,
オピオイドκ受容体を作動させる作用と鎮静作用,鎮痛作用,止痒作用(鎮静剤としての効果)には,その作用機序において共通性又は関連性を有するといえる旨及び病態の観点から痒みと痛みが異なるとしても,いずれもオピオイドκ受容体作動性化合物により減弱され,鎮静作用により抑制されるため,関連する疾患又は同じ薬物で治療できる疾患であることが示唆され,病態の作用機序として共通性又は関連性を有すると考えられる旨を主張している。しかし,甲1の[実施例142]における強い沈静活性という記載については,強い鎮痛活性の誤記であると考えられ,仮にそうでないとしても,そう痒症状の治療に用いられる抗ヒスタミン剤の鎮静作用と,鎮痛のために用いられるオピオイドが有する鎮静作用との間に作用機序の共通性や関連性が存在することが本件優先日当時の技術常識であったとはいえない。また,鎮静作用を有するオピオイドであると,そう痒症状の治療に使用できるといった技術常識が存在したともいえない。したがって,原告の上記主張は採用できない。オ
小括

以上のとおり,本件発明1は,甲1に記載された発明及び甲4~9,12の記載から把握できる本件優先日当時の技術常識・周知技術に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(6)無効理由2~5について
本件発明6~9は,いずれも本件発明1を直接的に又は間接的に引用する関係にあり,本件発明6~9と甲1発明との一点及び相違点は,本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点と全く同じである。前記(5)と同様の理由によって,
本件発明6
~9も,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。(7)無効理由6について
本件発明20は,本件発明1,6~9を択一的に引用するものであって,止痒剤の有効成分である一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物は,引用する本件発明1,6~9と同じであるが,止痒剤の治療対象とするそう痒が皮膚疾患あるいは内臓疾患に伴うものに限定されたものとなっている。本件発明20と甲1発明とを対比すると,両者の一致点は本件発明1と甲1発明との一致点と同じであり,
両者の相違点は,
前記(4)の本件発明1と甲1発明との相
違点1と同じ相違点1及び次の相違点2’である。
(相違点2’)
本件発明20は,化合物Aを有効成分とするそう痒が皮膚疾患あるいは内臓疾患に伴うものである止痒剤であるのに対し,甲1発明は,化合物Aをそのような用途とするものではない点。
相違点2’について,甲10(カラー図説医学大事典株式会社朝倉書店
6
23頁~624頁,1985年)の記載によると,そう痒には,皮膚疾患の経過中に起こるものや,
糖尿病性皮膚そう痒症等の内臓疾患に関連するものがあることは,一般的な医学知識であると認められる。
しかし,
前記(5)で検討したところからする
と,甲1発明を,治療対象とするそう痒をさらに限定した,本件発明20の用途のものとすることは,甲10に記載された技術常識・周知技術を併せて考慮しても,当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
したがって,本件発明20は,甲1に記載された発明,及び甲4~10,12の記載から把握し得る本件優先日当時の技術水準・周知技術に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。4
原告主張の審決取消事由

(1)取消事由1(本件発明1の進歩性欠如の判断の違法)(2)取消事由2~6(本件発明6~9,20の進歩性欠如の判断の違法)第3当事者の主張
1
取消事由1(本件発明1の進歩性欠如の判断の違法)について
(原告の主張)

(1)本件審決の進歩性の判断手法の違法性

本件審決は,甲1には,化合物Aについて止痒剤の用途を示唆する
記載はなく,本件優先日当時に化合物Aが止痒効果を奏するという技術常識はないから,化合物Aを止痒剤の用途のものとすることには,積極的な動機付けがないとの論理を展開しているが,この判断手法は,確立した判断手法と乖離した特異なものである。
技術常識は参酌される一つのツールにすぎず,技術常識が仮にないとしても,複数の副引用例から別途周知技術が認定できるか,又は周知技術まで認定できないとしても,公知技術を適用して本件発明1が容易に想到できる場合には,進歩性は否定されるのであり,
このような段階的な判断過程を看過している点で,
本件審決は,
特許法29条2項の解釈を誤っている。
本件審決は,本件優先日当時に化合物Aが止痒効果を奏するという技術について,技術常識の有無だけで実質的に進歩性を判断しており,引き続いての複数の副引用例から別途周知技術が認定できるか,又は周知技術まで認定できないとしても,公知技術を適用して発明が容易に想到できたかということについて判断していない。

裁判例(東京高裁平成元年11月28日判決[昭和63年(行ケ)第2
75号]知財高裁平成14年12月26日判決

[平成12年
(行ケ)
第404号]

同平成18年6月7日判決[平成17年(行ケ)第10605号],同平成20年6月4日判決[平成19年(行ケ)第10269号],同平成22年8月31日判決[平成22年(行ケ)第10001号],同平成26年7月30日判決[平成25年(行ケ)第10058号])からも明らかなように,引用例は一定の技術的思想が記載されていればよく,それが仮に科学的根拠のない仮説・推論にすぎないものであったとしても,引用例としての適格性に問題はない。
本件審決が採用している論理は,仮説や推論が技術常識として認定されないと,それが副引用例から認定される周知技術や公知技術であっても進歩性判断において無視してもよいということになり,有用な仮説や推論が存在する事実から,その仮説や推論を検証してみようとする動機付けを一切無視することとなってしまうものであって,このような本件審決の判断手法は失当である。

なお,原告は,審判段階で,主引用例である甲1に,副引用例である甲
2~9,12などから導かれる技術水準・周知技術を適用することを主張していたところ,
技術水準と技術常識・周知技術は明確に異なる概念であり,技術水準から本件発明1の構成に至る動機付けができるかの判断プロセスを省略してしまうことは許されない。
(2)甲1の鎮痛剤と鎮静剤の用途からの動機付け

甲1には,①74頁148欄22行~27行と②131頁262欄36
行~44行の2か所で鎮痛剤と区別して鎮静剤としても利用が可能と記載されている上,③130頁260欄9行~131頁261欄43行にも

特に強い沈静活性を示した。

と記載されており,甲1発明には,医薬用途の一つとして鎮痛剤だけではなく,鎮静剤まで開示されている。なお,上記③は誤記ではない(甲1,40,41,59~61)。イ
鎮痛剤と鎮静剤は,共に中枢神経系の興奮についてのものであ

り,中枢神経の興奮の抑制のうち,痛みに関するものが鎮痛と言われていると理解できる(甲40,41)。
また,甲24(生理学大系VI感覚の生理学株式会社医学書院,582頁,
昭和42年)では,(痒みは)

多くの生理学の書籍は痛覚の亜型で,弱い痛覚の閾以下の興奮としている。

との指摘がされている。そして,本件発明と関連する皮膚科の医師が鎮静剤/鎮静作用が止痒作用に有効であることを説明している文献である甲22には瘙痒に鎮静剤を使用するとの記載があり,同種の文献である甲23にも抗ヒスタミン剤(抗ヒ剤)が瘙痒性皮膚疾患に対する薬剤として第一に選択されており,特に中枢鎮静作用が止痒に有効なためであると記載されている。また,甲45(AnneJackson他ObservationalanalysisoftheeffectsofkappaopioidagonistsonopenfieldbehaviorintheratPsychopharmacology

Vol.94

p.248-253,1988年)の252頁でも,オープン

フィールドにおけるラットのグルーミング等に対するκ-オピオイド作動薬の効果として,鎮静作用(depressant:甲21)との表現が使われている。ウ
本件明細書によると,本件発明1の産業上の利用可能性として,痛風,
虫刺症,悪性腫瘍のような,痒みと痛みの両方が生じる疾患も対象とされており,同じ構造の甲1発明の用途は,
鎮痛剤,利尿剤,血圧降下剤,鎮静剤であって,
本件発明1の止痒剤と比較すると,両用途には,同一の医薬物質についての医薬用途としての鎮静剤という点で,具体的な技術分野の関連性や課題の共通性,作用・機能の共通性,引用発明の内容中の示唆等について強い関連性があるエ
本件発明1の医薬用途である止痒剤等の一つとして記載されている蕁麻疹の一種である咳嗽じんま疹が,鎮静作用を有する甲59(特許第3843456号公報,国際公開日:平成7年2月2日)記載のオピオイドκ受容体作動性化合物の医療用途として記載されているから,そこからも甲1発明の医療用途である鎮痛・鎮静と止痒との間に強い技術的関連性があることが分かる。オ
甲1発明では,鎮痛剤の用途が発明特定事項とされ,さらに,産業上の
利用可能性等として鎮静剤の用途が指摘されている上,甲9では,マウスにおける起痒剤と発痛剤の効果の比較が行われ,痛みとは別の痒みについて比較した記述となっているのであるから,当業者は,鎮痛,鎮静,痒みの状態が近いことを想起し,甲1と甲9を組み合わせて化合物Aの止痒剤への用途を確認しようとする動機付けを持つはずである。

以上のとおり,甲1発明の化合物Aは,鎮痛・鎮静用途に用いることができるものであるところ,鎮痛・鎮静と止痒の間には,医薬としての技術分野の強い同一性・関連性がある上,中枢神経系の興奮を抑える等の課題や作用・機能の共通性もあることなどを総合的に考慮した場合,当業者は,化合物Aについて,技術常識になっていなくても,止痒と関係するであろうと想起し動機付けられるから,当業者が,甲1発明に甲22,23等を適用し,化合物Aについて本件発明1の止痒剤としての用途に想い至ることは明らかであり,それを技術常識がないとして否定した本件審決の判断は誤っている。
(3)ボンベシン誘発グルーミング・引っかき行動との関係における動機付けについて

甲6には,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動とκアゴニスト
がその引っ掻き行動を減弱することが明らかにされている。
また,甲6と同一の著者によるその後の文献である甲4では,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動とそう痒とκオピオイド/κアゴニストとの関係について明確に指摘され,更なる調査の必要性にも触れられていた。
そして,甲7から,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動とそう痒とκアゴニストとの関係が理解され,特に

中枢作用性κアゴニストが,例えば,新世代の止痒薬として皮膚薬理学において治療的有用性を有し得ると結論する。

との記載は,当業者の興味を大いにそそるもので,十分に動機付けとなる。さらに,甲12にも,ボンベシンが引っ掻き行動を誘発し,そのボンベシンがそう痒の中枢性媒介関与している可能性を指摘し,ついにはボンベシンの潜在的役割に注意を呼びかけているので,この文献からも,当業者は,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動がそう痒に起因しているのではないかと考えるはずであり,このような注意の呼びかけは十分に動機付けになる。

甲63(PATRIZIATEOFOLI他ITCHANDPAINInternationalJournal
ofDermatology

35巻3号

159頁~166頁,1996年3月)では,痒み

などの刺激を抑制するメカニズム(機序)として,ゲートコントロール理論が提唱されており,抑制経路を作用させる内因性オピオイドの一つとして甲4でボンベシン誘発引っ掻き行動・グルーミングを抑制する化合物であるダイノルフィンが示されている。そして,薬物の治療効果は,どの受容体にどのように作用するかで予測が可能であり化合物の化学構造に関係しないため,ダイノルフィンAと同じオピオイドκ作動作用を持つ化合物は,痒みや痛みを抑制することが容易に予測でき,本件発明1の一般式(I)で表される化合物を使用して止痒剤としての効果を奏するかを確認してみようという動機付けも明らかに肯定できる。

以上のとおり,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動がそう痒に
起因する可能性及びκオピオイド/κアゴニストが,痒みの減弱に効果がある可能性が種々示されており,同じくκアゴニストである化合物Aを使用して止痒剤としての効果を奏するかを確認してみようという動機付けが肯定される。オピオイドκ受容体作動性化合物でボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の抑制効果を示さない化合物や,オピオイドκ受容体作動作用を有しない化合物でボンベシン誘発グルーミング引っ掻き行動の抑制効果を示すものがあるとしても,・
ここではオピオイドκ受容体作動性化合物(化合物A)でボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の抑制効果を示す文献が複数存在することが動機付けの根拠になり得ることを原告は主張している。
(4)作用効果の顕著性について
本件発明の作用効果の顕著性について,甲1の既存のオピオイドκ受容体作動性化合物の鎮静効果との比較もなく,本件明細書の実施例9,10は被験者数も不明であり,高度の創作性を裏付ける記載もないから,本件審決には,作用効果の顕著性の判断を誤った違法性がある。
(5)被告の主張に対する反論
薬の作用機序とは,具体的には,薬物が特定の受容体に結合し,アゴニスト/アンタゴニスト等の作用により薬効(本件では止痒効果
)を発揮することを意
味するのであるから,化学構造が違っても,薬物の受容体に対する結合性(アゴニスト/アンタゴニスト等の作用を含む。)が分かると,その治療効果が理解できると
考えられている。被告の主張のように化学構造の違いを根拠にして,κ受容体アゴニストが止痒作用・効果を有する公知技術・周知技術は存在しないとすることは,本件発明の特質を無視したものであって,誤っている。
その作用機序を考慮せずに,被告が主張するように化学構造が異なるために薬の効果が予測できないとすると,甲1発明や本件発明のように多数の異なる化学構造を有する化合物の用途を特定した特許発明において,請求項で特定される全ての化合物が共通する用途(効果)を持つという予測自体ができなくなってしまうため,被告の主張は自己の発明と矛盾を生じてしまう。また,被告は,例えば,甲1発明の産業上の利用可能性の項において,
κ-アゴニストとして,強い鎮痛活性,利尿作用を有していることがわかり・・・,

κ-アゴニストの性質から血圧降下剤,鎮静剤としても利用が可能である。

と記載しており,血圧降下剤,鎮静剤としての効果は,κアゴニストとしての性質のみで利用できることを説明していて,受容体のリガンド結合性から理解できることを認めている。
(被告の主張)
(1)本件審決の進歩性の判断手法に違法性がないこと
原告は,審判において,本件発明1が,主引用例である甲1発明に,副引用例である甲2~9から導かれる本件優先日当時のオピオイドκ受容体作動性化合物がそう痒症状の改善に影響することという技術水準・周知技術を適用することにより容易に想到できるものであると主張し,その無効理由に対する判断を求めた(甲32,36)。本件審決は,これに対し,原告の主張するような技術水準・周知技術が存在しないと判断をしたのであって,何ら判断の遺漏はなく,その判断手法が適法かつ適切なものである。
(2)鎮痛・鎮静と止痒からの動機付けがないこと

甲1発明の化合物Aについて

甲1は,オピオイドκ受容体作動性化合物としての化合物Aが薬理試験の結果として鎮痛作用及び利尿作用を示すことを開示したものであり([実施例142]及び[実施例143]参照),甲1をみても,原告が主張する鎮静作用については実施例等による裏付けがなく,甲1発明の化合物Aが鎮静作用を有するか否かは不明である。したがって,甲22,23に鎮静作用と止痒作用を関連付ける記載が存するか否かにかかわらず,甲1発明の化合物について鎮静作用の有無が不明である以上,甲1発明の化合物を鎮静剤として使用する動機付けがなく,甲22,23を適用する動機付けも存在しない。
また,甲1の[実施例142]の特に強い沈静活性を示したとの記載は,強い鎮痛活性の誤記である。

甲22,23について
(ア)甲22,23に記載された物質と甲1発明の化合物Aとの関係
上記アの点を措くとしても,甲1に記載されているのは,κ‐アゴニストの性質から・・・鎮静剤としても利用が可能であるというものであり,甲1発明の化合物Aの鎮静作用は,あくまでκアゴニストとの関係で位置付けられているにすぎない。
鎮静剤(鎮静薬)は,中枢神経系の一般的な抑制作用を示す薬物であり,睡気や活動の減退を伴わずに穏やかな抑制を生じ,不安,興奮を静める効果を有するが,その薬物類型・薬理作用は様々である(乙2[WilliamO.Foyeメディシナルケミストリー151頁~178頁,昭和58年],乙3[日本薬学会編医療薬学Ⅰ薬の作用と体の変化および薬理・病態・薬物治療(1)182頁~189頁,平成27年])。このように鎮静薬には様々な類型・薬理作用の薬物が存在するが,以下のとおり,甲22,23は,甲1発明の化合物Aと結び付けられるものでない。
(イ)甲22について
a
甲22は,抗ヒスタミン剤であるSch-10649の皮膚疾患に
対する止痒効果を評価した文献であり,この文献から理解される技術的事項は,単に抗ヒスタミン作用が止痒作用を有することのみである。僅かに一か所ほど記載がされている鎮静剤についても,いかなる類型・薬理作用の鎮静剤であるのかがおよそ不明であり,κ

アゴニストとの関連性は全く示

されておらず,甲1発明の化合物Aのオピオイドκ受容体作動作用に係る鎮静作用との関連性は全く示されていない。
b
原告は,甲22における皮膚疾患の大多数は,瘙痒を有するものである。眠りが妨げられるように激しくなくても,常に存在する痒みは患者にとってはなはだ不快なものであろう。こうした症状に対して,抗ヒスタミン剤,鎮静剤,精神安定剤などを使用するが,とくに抗ヒスタミン剤を用いることが多い。との記載をもって,鎮静剤と止痒作用との関連性が想起されると主張するが,上記のとおり,
鎮静剤は穏やかな抑制を生じ,不安,興奮を鎮める効果を有する(乙2)と理解されているから,このような鎮静薬の理解を踏まえると,甲22に接した当業者は,皮膚疾患の患者に対して使用される鎮静剤は,その作用によって患者の痒みを紛らわせることを目的として投与されているものと理解し,鎮静剤が止痒作用を有するとは理解しない。原告の主張は,甲22の記載を曲解するものであり,失当である。
(ウ)甲23について
a
甲23も,甲1発明の化合物とは全く薬理作用を異にする抗ヒスタ
ミン剤に関する文献である。すなわち,甲23に記載の抗ヒスタミン剤の中枢鎮静作用は,中枢に存在するヒスタミンH1受容体を介する神経伝達を遮断することにより生じるものであって(乙4[渡邊建彦,亀井千晃ヒスタミン研究-最近の話題-日薬理誌108号
128頁~131頁,平成8年]),オピオイドκ受容

体に作用する甲1発明の化合物とは,その薬理作用を全く異にする。オピオイドκ受容体に関連する鎮静とヒスタミンが作用するH1受容体に関連する鎮静とは,①受容体が異なる,②各受容体に対する作用も異なる,③それぞれの鎮静の効果も異なるのであって,両者に何らの関連性もないことは,当業者における技術常識である。したがって,当業者は,甲1発明の化合物の鎮静作用と抗ヒスタミン剤の鎮静作用を結び付けて考えることはあり得ず,甲1発明に甲23を適用することには阻害要因があるというべきである。
b
原告は,甲23における

抗ヒ剤が単なるヒスタミンに対する拮抗作用のみならず・・・特に中枢鎮静作用が止痒に有効なためである。

との記載をもって,鎮静作用と止痒作用との関連性が想起されるなどと主張するが,甲23における(抗ヒスタミン剤の)中枢鎮静作用が止痒に有効との記載も,甲22と同様,抗ヒスタミン剤の鎮静作用により患者の痒みを紛らわせることができるとの趣旨で記載されているものと理解するのが妥当であり,抗ヒスタミン剤の中枢鎮静作用それ自体が止痒作用であるとはおよそ理解されない。本件発明は,抗ヒスタミン剤等の鎮静作用では紛らわせない搔痒症状をも,鎮静作用による紛らわしとは異なるメカニズム・薬理作用により解決するものである。

甲59について

甲59の咳嗽じんま疹に関する記載は,甲59発明の化合物の鎮咳薬の用途の具体例としてされているものである。鎮咳作用は,止痒,鎮痛及び鎮静のいずれとも関係がない作用であるから,甲59は,鎮静・鎮痛と止痒との間に関連性が認められるとの技術水準を立証するための証拠とはなり得ない。エ
甲24について

甲24は,外部刺激に対する感覚としての痒覚・痛覚について述べたものであって,甲24にそう痒症についての記載は全く存在しない。他方,本件発明1に係る化合物はそう痒症の治療に用いられるものである。そう痒症は,様々な疾患に起因するものであって,
痛みを伴う疾患とは別の疾患として分類されている
(甲
7,9)。甲24において,外部刺激に基づく痒覚・痛覚について述べられているとしても,
そう痒症についての機序は全く述べられておらず,
不明であり,
止痒作用との関連性も示されていないから,甲24の記載から,
鎮痛と止痒
に技術分野の関連性があるとは理解されない。オ

甲1発明に甲9を適用する動機付けが認められないこと

甲9の試験は,
痒み
と痛みの機序が異なるという技術常識を前提として,
痒みと痛みを分けて研究することを可能にするべく,それぞれの機序を別個に評価できる動物モデルを構築することを目的として実施された試験である。そのため,当業者が,甲9から痛みと痒みの機序が異なることを理解することはあっても,鎮痛と痒み(止痒)の状態が近いなどと想起することはない。
また,甲9には,オピオイドκ受容体作動性化合物を止痒薬とすることを示唆する記載はなく,甲9を甲1発明に適用する動機付けは一切認められない。(3)ボンベシン誘発グルーミング・引っかき行動との関係における動機付けについて
以下のとおり,甲1発明に甲4,6,7,12を適用する動機付けはない。ア
ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動とそう痒との関連性につい

本件優先日当時,ラット等の一般行動としてのグルーミングの行動原理が明らかにされておらず(甲25,42),ラット等のグルーミングが,痒みに基づく行動であるか,痛みに基づく行動であるか,その他の原因に基づく行動であるかを特定することはできず,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動においても同様である(甲6)。かえって,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動は,痒みではなく痛みに基づく反応であるとの理解を前提とする報告がされていた(甲5,26,27)
ボンベシン誘発グルーミング引っ掻き行動とそう痒との関連性を示唆する甲4,・
6,12の著者は,いずれもAlanCowanと,DebraE.Gmerek(以下Cowanらという。)であって,甲7の著者にも,Alan
Co

wanが含まれており,上記各文献は,いずれもCowanらの同一研究グループが著した文献である。上記のとおり,本件優先日当時,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の行動原理は科学的に不明で,ボンベシン誘発モデル試験が,そう痒症状の抑制を科学的に確認実証できる試験モデルとはいえなかったのであり,・
ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動とそう痒との関連性を示唆する上記各文献の記述は,以下のとおり,Cowanらによる科学的根拠のない一つの仮説・推論にすぎない。
(ア)甲12について
甲12のタイトルには,ボンベシン-そう痒の中枢メディエーター?として?が付され,本文も我々は・・・ボンベシンがそう痒の中枢性媒介に関与している可能性を指摘したいとして可能性を指摘するに留まっている。
甲12では,
鎮痛薬によってボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を抑制していることから,この抑制作用は,投与された化合物の鎮痛作用に基づくものである可能性があるとも解されるのであって,
Cowanらの指摘が,
科学的根拠のない単なる仮説・
推測の域を出るものではないことは明らかである。
(イ)甲6について
Cowanらは,甲6において,

ボンベシンは・・・げっ歯類の中枢に投与されると過剰な引っ掻き及び/又はグルーミングを引き起こす。これらの行動の理由はまだ確立されていない。

と述べ,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の行動原理が明らかではないことを自認している。
また,甲6は,鎮痛剤の開発の観点から,その手段の一つとして,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の減弱を指標とした,オピオイドκ受容体作動性化合物の検出方法を提案した文献であり,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動とそう痒との関係には一切着目していない(甲56)。甲6の記載からは,むしろ,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の減弱と鎮痛活性の関係が示唆されているというべきである。
(ウ)甲4について
甲4も,さまざまな種類のそう痒におけるボンベシンの役割とκオピオイドとの関連性についても更に調査する必要がある。例えば,κ受容体選択性を有するオピオイドは,大量のボンベシン様免疫反応性を生じることが知られている肺の小細胞癌によって引き起こされる疼痛及びそう痒の軽減のために選択される薬物クラスになるかもしれない。との記載のとおり,そう痒とボンベシンとの関係について,
(未解明であるがゆえに)更に調査を要し,調査をした場合に得られる可能性のある一例について仮説・推論を示したにすぎない。
また,甲4の試験に使用され,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を抑制している化合物は,種々の鎮痛薬であり(甲4),Cowanらも,

オピオイド受容体が鎮痛薬によるボンベシン誘発引っ掻き行動の減弱を介することを示す。

として,ボンベシン誘発グルーミングを鎮痛作用との関係で検討している。したがって,甲4文献を全体としてみると,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の抑制作用は,鎮痛作用によるものと理解することもでき,少なくとも,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動がそう痒症状に起因するものと理解することはできない。
(エ)甲7について
甲7の記載からは,オピオイドκ受容体作動性化合物であっても,末梢選択性の化合物は,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を抑制しない場合があることが理解できるにすぎない。甲7には,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動がそう痒に起因することの根拠は何ら示されておらず,むしろ,疼痛及び痒みは,おそらく独立した感覚様式でありとの記述自体,κアゴニストによって減弱される感覚様式が,疼痛であるのか,痒みであるのか,その両方であるのかが区別できないことを示している。
また,甲7では,結論として

我々は,中枢作用性κアゴニストが,例えば,新世代の抗そう痒薬として皮膚薬理学において治療的有用性を有し得ると結論する。

と論じているが,甲7の被験化合物であるエナドリンが鎮痛薬として理解されていることを踏まえると,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の抑制作用は鎮痛効果によるものと理解することができ,甲4,6の記載も踏まえると,そのように理解すべきところ,甲7では,なぜかボンベシン誘発グルーミングの抑制作用が止痒効果によるとの推論を前提としている。しかし,甲7には,そのような推論を前提とする根拠について何ら科学的な説明がされていない。
したがって,甲7の記載も,科学的根拠のない仮説・推論の域を出るものではない。

オピオイドκ受容体作動作用とボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き
行動の抑制効果との関連性について
本件優先日当時,実際にオピオイドκ受容体作動作用を有する化合物であるSKF10047やナロルフィンであっても,ボンベシン誘発グルーミングの抑制効果を示さないものが存在した
(甲29)特に,

SKF10047は,
EC50値が0.
652(μM)と低く(甲28),低濃度でも作用が発揮されやすいが,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の抑制効果を示さず,不活性として報告されている(甲29)。
他方で,オピオイドκ受容体作動作用を有しない化合物(ジアゼパム,メトジラジン,トリメプラジン,クロルプロマジン,フェナゾシン)が,ボンベシン誘発グルーミングの抑制効果を示すとの報告も存在した(甲4,6,8)。このように,本件優先日当時,ボンベシン誘発グルーミングを抑制する化合物のプロファイルがいかなるものかについて明らかにされておらず,いまだ探索過程にあり,本件優先日当時,オピオイドκ受容体作動作用とボンベシン誘発グルーミングの抑制効果が結びつくとは一般に考えられていなかった。
甲4,6,7における,オピオイドκ受容体作動作用と止痒作用の関連性を示唆する記載は,Cowanらが上記アの仮定にオピオイドκ受容体作動作用とボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の抑制の関連性という仮定を更に重ねた推論を記載したものにすぎず,このような記載から,当業者において,オピオイドκ受容体作動性化合物が止痒作用・効果を有するとの技術的事項を何ら認識することはできない。ウ
甲4,6,7,12に記載された化合物は甲1発明の化合物Aとは化学
構造を大きく異にすることについて
甲4,6,7,12に記載されたボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の抑制効果を有する個別の化合物は,いずれも甲1発明が対象とする化合物Aとは化学構造を大きく異にするものである。すなわち,エチルケタゾシンはベンゾモルファン骨格,チフルアドムはベンゾジアゼピン骨格,U-50488及びエナドリンはアリールアセトアミド構造を有しており,甲1発明が対象とする一般式(Ⅰ)で示されるモルヒナン誘導体の化合物Aとは化学構造(骨格)がそもそも異なる。したがって,これらの化合物の個別の実験結果を甲1発明の化合物Aに適用する動機付けは認められないし,仮に実験結果を適用したとしても甲1発明の化合物Aが止痒作用・効果を有することに当業者が容易に想到し得たとはいえない。(4)原告の主張に対するその他の反論

原告は,オピオイドκ受容体に対する結合性が分かると,その止痒効果
が理解できるから,個別の化合物の化学構造の相違に着目する必要はないと主張するものと解されるが,前記(3)のとおり,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動が痒みに基づく反応であるとは理解されていなかったから,オピオイドκ受容体作動作用が止痒の治療効果に結びつくと理解されておらず,
その前提を誤っている。
また,
オピオイドκ受容体作動性化合物であっても,
ボンベシン誘発グルーミング・
引っ掻き行動を抑制しないものがあったのは,前記(3)のとおりである。イ
化合物の化学構造は,薬理活性・薬物動態に関係するのであって,化合
物の化学構造が異なると,当該化合物の薬理活性・薬物動態も異なるのは,当業者の技術常識である。
甲19においても,

受容体に対する薬物の親和性も薬物の固有活性のどちらも,その化学構造と密接に関係している。,

薬物分子の比較的小規模な修飾,殊に立体異性のような微妙な変化が,薬理学的特性に重大な変化を生じることがある。,

構造上の僅かな修飾で薬物の動態に著しい影響のあることもある。などと,

化学構造
の相違によって,化合物の受容体への結合性を含む薬理活性及び薬物動態が変化することが記載されている。
したがって,特定の受容体に対する結合性を有する化合物であっても,化学構造の相違によって,他の受容体への結合性を含む薬理活性が変化し,薬物動態も変化し得るのであって,特定の受容体に対する結合性が分かれば作動作用により一律に同じ治療効果が生じるとはいえない。
原告は,被告の主張によると,多数の異なる化学構造を有する化合物の用途を特定した特許発明において,請求項で特定される全ての化合物が共通する用途を有するという予測ができなくなってしまうため,自己の発明と矛盾するなどと主張するが,本件発明の化合物は,いずれもモルヒナン骨格であり,共通する化学構造(骨格)を有しているのであって,何ら矛盾していない。
2
取消事由2~6(本件発明6~9,20の進歩性欠如の判断の違法)について
(原告の主張)
本件発明6~9は,
いずれも本件発明1を直接又は間接に引用する従属項であり,
止痒剤の有効成分の一般式(I)の可変基の選択肢が限定されていることのほかは本件発明1と発明特定事項が同じである。
また,本件発明20は,本件発明1,6~9を引用し,止痒剤の治療対象が皮膚疾患あるいは内臓疾患に伴うものに限定されたものであるところ,
そう痒には,
皮膚疾患の経過中に起こるものや,糖尿病性皮膚そう痒症等の内臓疾患に関連するものがあることは,一般的な医学知識にすぎない(甲10)

したがって,前記1と同様の理由により,本件発明6~9,20も進歩性が欠如しており,進歩性を肯定した本件審決の判断は誤っていて,違法である。(被告の主張)
本件発明1に進歩性が認められるから,その従属項である本件発明6~9,20にも進歩性が認められる。したがって,原告が主張する取消理由2~6は理由がない。第4当裁判所の判断
1
本件発明について

(1)本件特許に係る特許請求の範囲のうち,請求項1,6~9,20は,前記第2の2のとおりであるところ,本件明細書の記載は,以下のとおりである(甲64)。

技術分野

本発明は,各種の痒みを伴う疾患における痒みの治療に有用なオピオイドκ受容体作動性化合物およびこれを含んでなる止痒剤に関する。

(12頁9行~10行)

背景技術

痒み(そう痒)は,皮膚特有の感覚で,炎症を伴う様々な皮膚疾患に多く見られるが,ある種の内科系疾患(悪性腫瘍,糖尿病,肝疾患,腎不全,腎透析,痛風,甲状腺疾患,血液疾患,鉄欠乏)や妊娠,寄生虫感染が原因となる場合や,ときには薬剤性や心因性で起きることもある。痒みは主観的な感覚であるため数量的に客観的に評価することが難しく,痒みの発現メカニズムはまだ十分に解明されていない。現在のところ,痒みを引き起こす刺激物質としては,ヒスタミン,サブスタンスP,ブラジキニン,プロテイナーゼ,プロスタグランジン,オピオイドペプチドなどが知られている。痒みとしての知覚は,これらの痒み刺激物質が表皮-真皮境界部に存在する多刺激対応性の神経終末(痒み受容器)に作用し,生じたインパルスが脊髄視床路→視床→大脳皮質の順に達することで起こると考えられている(宮地良樹著,皮膚そう痒治療へのアプローチ,p.22,1996,先端医学社)。・・・そう痒が治療対象となる具体的な皮膚疾患としては,アトピー性皮膚炎,神経性皮膚炎,接触皮膚炎,脂漏性皮膚炎,自己感作性皮膚炎,毛虫皮膚炎,皮脂欠乏症,老人性皮膚そう痒,虫刺症,光線過敏症,蕁麻疹,痒疹,疱疹,膿痂疹,湿疹,白癬,苔癬,乾癬,疥癬,尋常性座瘡などが挙げられる。また,そう痒を伴う内臓疾患としては,悪性腫瘍,糖尿病,肝疾患,腎不全,腎透析,妊娠が特に問題となる。このようなそう痒の治療には,内服剤として抗ヒスタミン剤,抗アレルギー剤などが主に用いられ,また外用剤としては,抗ヒスタミン剤,副腎皮質ステロイド外用剤,非ステロイド系抗消炎剤,カンフル,メントール,フェノール,サリチル酸,タール,クロタミトン,カプサイシンなど保湿剤(尿素,ヒルドイド,ワセリンなど)が用いられる。しかし内服剤の場合,作用発現までに時間のかかることや,中枢神経抑制作用(眠気,倦怠感),消化器系に対する障害などの副作用が問題となっている。一方,外用剤の場合では,止痒効果が十分でないことや特にステロイド外用剤では長期使用における副腎機能低下やリバウンドなどの副作用が問題となっている。オピオイドと痒みについては,オピオイドが鎮痛作用を有する一方で痒みのケミカルメディエーターとしても機能することが知られていた。β-エンドルフィンやエンケファリンのような内因性オピオイドペプチドが痒みを起こすことが報告された(・・・)のを始めとして,モルヒネやオピオイド化合物を硬膜外や髄腔内に投与した場合も副作用として痒みが惹起されることが明らかとなった(・・・)。その一方で,モルヒネの髄腔内投与によって惹起された痒みがモルヒネ拮抗薬であるナロキソンによって抑制されたこと(・・・)や肝障害の胆汁鬱血患者で内因性オピオイドペプチドの上昇によって惹起された強い痒みが,オピオイド拮抗薬であるナルメフェンによって抑制されたこと(・・・)も明らかとなり,統一的見解として,オピオイド系作動薬は痒みを惹起する作用があり,逆にその拮抗薬には止痒作用があるとされた。・・・このように,従来よりオピオイド系作動薬は痒みを惹起し,その拮抗薬が止痒剤としての可能性があるとされてきた。しかし,オピオイド系拮抗薬を止痒剤として応用することは現在までのところ実用化されていない。(12頁12行~13頁21行)ウ

発明の目的

本発明の目的は,上記の問題点を解決した止痒作用が極めて速くて強いオピオイドκ受容体作動薬およびこれを含んでなる止痒剤を提供することにある。

(13頁22行~23行)

発明を実施するための最良の形態

オピオイド受容体には,μ,δ,およびκ受容体の存在が知られており,それぞれを選択的に刺激する内因性オピオイドペプチドが既に発見されている。・・即ち・μおよびδ受容体作動薬として同定されたβ-エンドルフィンやエンケファリン,およびκ受容体作動性の内因性オピオイドペプチドとして同定されたダイノルフィンである。しかし,ダイノルフィン自体を含め,κ受容体作動薬の痒みに対する作用は何ら明らかにされておらず,本発明によって初めて明らかにされた。本発明でいうκ受容体作動薬はオピオイドκ受容体に作動性を示すものであればその化学構造的特異性にとらわれるものではないが,μおよびδ受容体よりもκ受容体に高選択性であることが好ましい。より具体的には,オピオイドκ受容体作動性を示すモルヒナン誘導体またはその薬理学的に許容される酸付加塩が挙げられ,中でも一般式(I)[式中,は二重結合又は単結合を表し,R1は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシクロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数6から12のアリール,炭素数7から13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニル,アリル,炭素数1から5のフラン-2-イルアルキルまたは炭素数1から5のチオフェン-2-イルアルキルを表し,R2は水素,ヒドロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルキルまたは-NR9R10を表し,R9は水素または炭素数1から5のアルキルを表し,R10は水素,炭素数1から5のアルキルまたは-C(=O)R11を表し,R11は,水素,フェニルまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,Aは-XC=(Y-,-XC(=Y)Z-,-X-または-XSO2-(ここでX,Y,Zは各々独立してNR4,SまたはOを表し,R4は水素,炭素数1から5の直鎖もしくは分岐アルキルまたは炭素数6から12のアリールを表し,式中R4は同一または異なっていてもよい)を表し,Bは原子価結合,炭素数1から14の直鎖もしくは分岐アルキレン(ただし炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,トリフルオロメチルおよびフェノキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよく,1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい),2重結合および/または3重結合を1から3個含む炭素数2から14の直鎖もしくは分岐の非環状不飽和炭化水素(ただし炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,トリフルオロメチルおよびフェノキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよく,1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい)またはチオエーテル結合,,エーテル結合および/もしくはアミノ結合を1から5個含む炭素数1から14の直鎖もしくは分岐の飽和もしくは不飽和炭化水素(ただしヘテロ原子は直接Aに結合することはなく,1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい)を表し,R5は水素または下記の基本骨格:のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)を表し,6は水素,R7は水素,ヒドロキシ,R炭素数1から5のアルコキシまたは炭素数1から5のアルカノイルオキシ,もしくは,R6とR7は一緒になって-O-,-CH2-,-S-を表しR8は水素,炭素数1から5のアルキルまたは炭素数1から5のアルカノイルを表す。また,一般式(I)は(+)体,(-)体,(±)体を含む]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物またはその薬理学的に許容される酸付加塩であり,・・・これらκ受容体作動薬は一種のみならず数種を有効成分として使用され得る。治療対象となる具体的なそう痒を伴う皮膚疾患としては,アトピー性皮膚炎,神経性皮膚炎,接触皮膚炎,脂漏性皮膚炎,自己感作性皮膚炎,毛虫皮膚炎,皮脂欠乏症,老人性皮膚そう痒,虫刺症,光線過敏症,蕁麻疹,痒疹,疱疹,膿痂疹,湿疹,白癬,苔癬,乾癬,疥癬,尋常性座瘡などが挙げられる。また,そう痒を伴う内臓疾患としては,悪性腫瘍,糖尿病,肝疾患,腎不全,腎透析,妊娠に起因するそう痒が特に対象として挙げられる。さらに,眼科や耳鼻咽喉科の疾患に伴うで痒みにも適用し得る。(13頁29行~17頁20行)上記κ受容体作動薬の中で,一般式(I)・・・で表される物質に対する薬理学的に好ましい酸付加塩としては,塩酸塩,硫酸塩,硝酸塩,臭化水素酸塩,ヨウ化水素酸塩,リン酸塩等の無機酸塩,酢酸塩,乳酸塩,クエン酸塩,シュウ酸塩,グルタル酸塩,リンゴ酸塩,酒石酸塩,フマル酸塩,マンデル酸塩,マレイン酸塩,安息香酸塩,フタル酸塩等の有機カルボン酸塩,メタンスルホン酸塩,エタンスルホン酸塩,ベンセンスルホン酸塩,p-トルエンスルホン酸塩,カンファースルホン酸塩等の有機スルホン酸塩等があげられ,中でも塩酸塩,臭化水素酸塩,リン酸塩,酒石酸塩,メタンスルホン酸塩等が好まれるが,もちろんこれらに限られるものではない。これらκ受容体作動薬は,医薬品用途にまで純化され,必要な安全性試験に合格した後,そのまま,または公知の薬理学的に許容される酸,担体,賦形剤などと混合した医薬組成物として,経口または非経口的に投与することができる。経口剤として錠剤やカプセル剤も用いるが,皮膚疾患治療用としては外用剤が好ましい。・・・医薬組成物中のκ受容体作動薬の含量は特に限定されないが,経口剤では1服用あたり通常0.1μg~1000mg,外用剤では1回塗布あたり通常0.001ng/m2~10mg/m2となるように調製される。(51頁25行~52頁15行)

実施例

実施例9選択的なκ受容体作動性オピオイド化合物である(-)-17-(シクロプロピルメチル)-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-トランス-3-(3-フリル)アクリルアミド]モルヒナン塩酸塩7を生理食塩水に溶解し,40μg/ml濃度の水溶液を調製した。この水溶液を成人男子下肢に生じた蕁麻疹の発赤部位3か所に,薬物濃度0.2μg/cm2で塗布した。その結果,塗布前,中等度の痒み(グレードとして++と設定)を感じていたが,塗布5分で痒みを全く感じなくなった(グレードとして-と設定)。痒みのない状態は約5時間持続した。実施例10女性アトピー性皮膚炎患者の腕および脚で強い痒み(グレードとして+++と設定)を感じる皮膚表面病巣に化合物7水溶液を塗布した。塗布部位は5ヶ所で,10cm2に約50μl溶液で,塗布薬物濃度は0.2μg/cm2であった。また比較として,インドメタシン・クリーム(薬物濃度7.5mg/g)を同様に75μg/cm2で塗布した。その結果,表5のように,全塗布部分において,化合物7水溶液では塗布後5分で痒みは完全になくなり,強力な止痒作用を有することが判明した。また,痒みのない状態は少なくとも3時間は持続した。一方,インドメタシン・クリームでは痒みが残る感じがあり,止痒作用は化合物7の方が優れていることが判明した。・・・実施例12ddY系雄性マウスを日本SLCより4週齢で入荷し,予備飼育をした後5週齢で使用した。・・・被験薬物あるいは溶媒のいずれかをマウスの吻側背部皮下に投与し,その30分後に生理食塩水に溶解したCompound48/80(100μg/site)を50μLの用量で除毛部位に皮内投与した。その後直ちに観察用ケージ(10×7×16cm)に入れ,以後30分間の行動を無人環境下にビデオカメラで撮影した。ビデオテープを再生し,マウスが後肢でCompound48/80投与部位の近傍を引っかく行動の回数をカウントした。1群8匹から10匹で実験を行った。各被検化合物による引っかき行動の抑制率は下式で計算した。引っかき行動を減らす作用をもって被験化合物の止痒効果の指標とした。引っかき行動抑制率(%)={1-(A-C/B-C)}×100A=被験薬物投与群の平均引っかき行動回数B=被験薬物の代わりに溶媒を投与した群の平均引っかき行動回数C=起痒剤の代わりに溶媒を投与した群の平均引っかき行動回数被験化合物として,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-17-メチル-6β-(N-メチル-3-メトキシシンナムアミド)モルヒナニウム・ヨウ化物塩2,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-トランス-3-(3-フリル)アクリルアミド]モルヒナン-N-オキシド3,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-3-(4-トリフルオロメチルフェニル)プロピオルアミド]モルヒナン-N-オキシド5,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-3-(3-メチルフェニル)プロピオルアミド]モルヒナン-N-オキシド6,17-(シクロプロピルメチル)-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-トランス-3-(3-フリル)アクリルアミド]モルヒナン塩酸塩7,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-(N-メチル-3-メトキシシンナムアミド)モルヒナン・酒石酸塩8,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-(1,4-ジオキソ-4-メトキシ-トランス-2-ブテニル)-N-メチル]モルヒナン・メタンスルホン酸塩9,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-(N-メチル-3,4-ジクロロフェニルアセタミド)モルヒナン・塩酸塩10,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-(N-メチルシンナムアミド)モルヒナン・塩酸塩11,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6α-(N-メチル-N'-ベンジルウレイド)モルヒナン・酒石酸塩12,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-(N-メチルベンジルオキシカルバミド)モルヒナン・塩酸塩13,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-(ベンジルオキシカルバミド)モルヒナン・塩酸塩14,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6α-(N-メチルフェニルメタンスルホンアミド)モルヒナン・塩酸塩15,17-(シクロプロピルメチル)-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-トランス-3-(4-ブロモ-2-チオフリル)アクリルアミド]モルヒナン・臭化水素酸塩16,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-3-(フェニル)プロピオルアミド]モルヒナン・塩酸塩17,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-3-(3-メチルフェニル)プロピオルアミド]モルヒナン・塩酸塩18,17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-3-(4-トリフルオロメチルフェニル)プロピオルアミド]モルヒナン・塩酸塩19,2-(3,4-ジクロロフェニル)-N-メチル-N-[1-フェニル-2-(1-ピロリジニル)エチル]アセタミド・塩酸塩20,3-(1-ピロリジニルメチル)-4-[5,6-ジクロロ-1-インダンカルボニル]-テトラヒドロ-1,4-チアジン・塩酸塩21,トランス-N-メチル-N-[2-(1-ピロリジニル)シクロヘキシル]ベンゾ[b]チオフェン-4-アセタミド・塩酸塩22,(5β,7β,8α)-N-メチル-N-[7-(1-ピロリジニル)-1-オキサスピロ[4,5]デク-8-イル]ベンゾ[b]フラン-4-アセタミド・塩酸塩23を用いた。結果を表6にまとめる。試験に用いた化合物は用いた用量で止痒効果を示した。(58頁18行~63頁27行)カ
産業上の利用可能性

本発明の止痒剤は,オピオイドκ受容体作動薬を有効成分とすることを特徴とし,各種の痒みを伴う皮膚疾患,例えばアトピー性皮膚炎,神経性皮膚炎,接触皮膚炎,脂漏性皮膚炎,自己感作性皮膚炎,毛虫皮膚炎,皮脂欠乏症,老人性皮膚そう痒,虫刺症,光線過敏症,蕁麻疹,痒疹,疱疹,膿痂疹,湿疹,白癬,苔癬,乾癬,疥癬,尋常性座瘡など,および,痒みを伴う内臓疾患,例えば悪性腫瘍,糖尿病,肝疾患,腎不全,腎透析,妊娠などの痒みの治療に有用である。(63頁29行~34行)
(2)前記(1)の記載からすると,
本件明細書に記載された本件発明の概要は,

下のとおりのものであると認められる。

皮膚疾患や内科系疾患,妊娠などが原因で起こる痒み(そう痒)の治療
には,抗ヒスタミン剤,抗アレルギー剤などの内服剤,抗ヒスタミン剤,副腎皮質ステロイド外用剤,非ステロイド系抗消炎剤などの外用剤が用いられているが,内服剤の場合,作用発現までに時間のかかることや中枢神経抑制作用や副作用が問題となっており,外用剤の場合も止痒効果が十分でないことや,ステロイド外用剤の長期使用による副作用が問題となっていた(イ

背景技術)


また,オピオイドと痒みについて,オピオイド系作動薬は痒みを惹起する作用があり,逆にその拮抗薬には止痒作用があるとされていたが,オピオイド系拮抗薬を止痒剤として応用することは実用化されていなかった(イ

背景技術)


μ,δ及びκの3種類があるオピオイド受容体には,それぞれを選択的
に刺激する内因性オピオイドペプチドが既に発見されていたが,κ受容体作動性の内因性オピオイドペプチドとして同定されたダイノルフィンを含め,κ作動薬の痒みに対する作用は何ら明らかにされておらず,本件発明によってκ作動薬に止痒作用があることが初めて明らかにされた(エ

発明を実施するための最良の形態)


本件発明は,止痒作用が極めて速くて強い,κ作動薬を提供することを目的としたものであり,下記式で示される化合物7などを含むκ作動性化合物又はその薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする,アトピー性皮膚炎等の皮膚疾患における痒みの治療,及び,悪性腫瘍,糖尿病,肝疾患等の内臓疾患における痒みの治療に有用な止痒剤に関するものである(ウ
の最良の形態,オ


実施例,カ

発明の目的,エ

発明を実施するため

産業上の利用可能性)


本件明細書の実施例によると,選択的なκ作動性化合物である化合物7
(実施例9)
(ナルフラフィン塩酸塩に相当するもの)が,アトピー性皮膚炎患者において,インドメタシン・クリームと比べて,優れた止痒効果を示すこと(実施例10),痒みを引き起こす刺激物質であるCompound48/80をマウスの皮内に投与した動物実験において,化合物7を含む各種のκ作動性化合物が,止痒効果を示すこと(実施例12)が裏付けられている(オ
2
実施例)


取消事由1(本件発明1の進歩性欠如の判断の違法)について

(1)甲1発明の認定及び甲1発明と本件発明1の対比

甲1には以下のような記載がある。

(ア)特許請求の範囲
【請求項1】一般式(I)

〔式中,

は二重結合又は単結合を表し,R1は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシクロアルキルアルキル,
炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数6か
ら12のアリール,炭素数7から13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニル,アリル,
炭素数1から5のフラン-2-イルアルキルまたは炭素数1から5のチオフェン-2-イルアルキルを表し,
R2は水素,ヒドロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルキル,または-NR9R10を表し,R9は水素,または炭素数1から5のアルキルを表し,
R10は水素,炭素数1から5のアルキル,または-C(=O)R11-を表し,R11は,水素,フェニル,または炭素数1から5のアルキルを表し,R3は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,または炭素数1から5のアルコキシを表し,
Aは-XC(=Y)-,-XC(=Y)Z-,-X-,-XSO2-,または-OC(OR4)4-
R(ここでX,
Y,
およびZは各々独立してNR4,
SまたはOを表し,
そしてR4は水素,炭素数1から5の直鎖もしくは分岐アルキル,または炭素数6から12のアリールを表し,
ここで式中R4は同一または異なっていてもよい)
を表し,
Bは原子価結合,
炭素数1から14の直鎖または分岐アルキレン(ただし炭素数1から5のアルコキシ,
炭素数1から5のアルカノイルオキシ,
ヒドロキシ,
弗素,
塩素,
臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,トリフルオロメチルおよびフェノキシからなる群から選ばれた少なくとも一種の置換基により置換されていてもよく,そして1
から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい,ただしAに隣接す
るメチレン基がカルボニル基におきかわることはない)
,2重結合および/または3
重結合を1から3個含む炭素数2から14の直鎖または分岐の非環状不飽和炭化水素(ただし炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,トリフルオロメチルおよびフェノキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよく,
そして1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわって
いてもよい)
,あるいはチオエーテル結合,エーテル結合および/またはアミノ結合を1から5個含む炭素数1から14の直鎖または分岐の飽和または不飽和炭化水素(ただしヘテロ原子は直接Aに結合することはない)を表し,
R5は水素または下記の基本骨格:

R5が表す有機基
を持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチルおよびメチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)を表し,
R6は水素を表わし,R7は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルコキシ,または炭素数1から5のアルカノイルオキシを表わし,あるいはR6とR7は一緒になって-O-,CH2-または-S-を表し,
R8は水素,
炭素数1から5のアルキル,
または炭素数1から5のアルカノイルを表
し,
また,一般式(I)は(+)体,
(-)体,または(±)体である,
ただし,
1)R4が水素である場合は,R5は水素以外であり,かつBは原子価結合以外であり,
2)Aが-SC(=O)-,-OC(=O)-または-OSO2-である場合は,R5
は水素以外であり,かつBは原子価結合以外であり,

3)Aが-X-(Xは前記定義に同じ)である場合は,R5は水素以外であり,かつBは原子価結合以外である〕
で表されるモルヒナン誘導体,またはその薬理学的に許
容される酸付加塩。
・・・
【請求項19】有効成分として,請求項1記載のモルヒナン誘導体またはその薬理学的に許容される酸付加塩を含んで成る医薬組成物。
【請求項20】請求項1記載のモルヒナン誘導体またはその薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分として含んで成る鎮痛剤。
【請求項21】請求項1記載のモルヒナン誘導体またはその薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分として含んで成る利尿剤。

(イ)技術分野

本発明は,モルヒナン誘導体またはそれらの薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする鎮痛剤,利尿剤に関する。

(6頁11欄42行~45行)(ウ)背景技術
モルヒナン骨格を有する強力な鎮痛剤として古くからモルヒネが知られ,現在でも多用されている。しかし,この薬物は,依存形成,呼吸抑制作用,平滑筋運動抑制作用(便秘)などの臨床上問題となる重篤な副作用があり,その使用には厳重な管理を必要とする。安心して使用できる中枢系強力鎮痛剤が待望されている。また,オピオイド受容体に作用する薬物が排尿に影響することが報告されており(・・・),その有効利用が望まれている。(6頁11欄46行~12欄37行)
(エ)発明の開示
中枢で鎮痛作用に関与する受容体としてオピオイド受容体の存在が明らかにされ,さらにμ,δ,κの3タイプに分類できることが知られている。・・・。この内,κ-受容体またはδ-受容体に親和性を有するアゴニストは,強い鎮痛活性を有し,μ-受容体アゴニストであるモルヒネ等にみられる依存形成,呼吸抑制作用,平滑筋運動抑制作用などの臨床上問題となる重篤な副作用は示さないとされている。・・・本発明の目的は,モルヒネ様の重篤な副作用を有さず,かつモルヒネ等と交差耐性を持たず,さらにσ受容体にまったく親和性を示さない,強い鎮痛活性を持つκ-受容体アゴニストまたはδ-受容体アゴニストを提供することにある。また,本発明のもうひとつの課題は,オピオイド作用薬が排尿に影響することを利用した有用な利尿剤を提供することにある。本発明者らは,上記課題を解決するため鋭意検討した結果,一般式(I)に示されるモルヒナン誘導体が,上記のすぐれた特徴を有する鎮痛作用,利尿作用を表す化合物であることを見出し,本発明を完成するにいたった。(6頁12欄39行~7頁13欄17行)
一般式(I)で表される本発明の化合物は,invitro,invivoにおける薬理試験の結果,オピオイドκ-アゴニストとして強い鎮痛作用,利尿作用を有していることがわかり,有用な鎮痛剤,利尿剤として期待できることが明かとなった。また,κ-アゴニストの性質から血圧降下剤,鎮静剤としても利用が可能である。(74頁148欄22行~27行)
(オ)実施例
[実施例11]17-シクロプロピルメチル-4,5α-エポキシ-3,14β-ジヒドロキシ-6α-(N-メチル-3,4-ジクロロフェニルアセトアミド)モルヒナン・塩酸塩1実施例1で得られた17-シクロプロピルメチル-4,5α-エポキシ-3,14β-ジヒドロキシ-6α-メチルアミノモルヒナン48.9gをクロロホルム180mlに溶解し,トリエチルアミン10.4mlを加えた後,0℃にて3,4-ジクロロフェニルアセチルクロリド(市販のカルボン酸を定法により酸クロリドとした)10.4mlを滴下した。滴下終了後,室温にて1時間撹拌し,その後反応系内に飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を150ml加え分液し,さらに水層は,クロロホルム100mlにて2回抽出した。有機層は無水硫酸ナトリウムにて乾燥後濃縮した。得られた残渣はメタノール140ml,クロロホルム14mlの混合溶媒に溶解し,室温にて炭酸カリウム1.7gを加え30分撹拌した。その後反応系内に水100ml,クロロホルム350mlを加え分液し,水層はクロロホルム80mlにて2回抽出した。得られた有機層は無水硫酸ナトリウムにて乾燥後濃縮した。得られた残渣を酢酸エチル/メタノール=2/1より再結晶し8.15gのフリー塩基体をえた。これをクロロホルム・メタノールの混合溶媒に溶解し,塩酸メタノールを加えpH3とした後濃縮し,クロロホルム・メタノール・エーテルより再沈殿して,表題化合物8.44gを得た。(収率58%)(82頁164欄1行~33行)
[実施例45-63]実施例11の手順に従うが,原料として17-シクロプロピルメチル-4,5α-エポキシ-3,14β-ジヒドロキシ-6α-メチルアミノモルヒナン4のかわりに17-シクロプロピルメチル-4,5α-エポキシ-3,14β-ジヒドロキシ-6β-メチルアミノモルヒナン10を用い,3,4-ジクロロフェニルアセチルクロリドのかわりに・・・トランス-3-(2-フリル)アクリロイルクロリド・・・を用いることによって・・・17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-トランス-3-(3-フリル)アクリルアミド]モルヒナン・酒石酸塩61(収率91%)・・・が得られた。(93頁186欄43行~94頁188欄21行)
化合物61mp168-172℃NMR(400MHz,DMSO-d6)δ0.20(2H,brs),0.52(2H,m),0.90(1H,m),1.2-1.4(3H,m),1.56(1H,d,J=13.2Hz),2.12(2H,m),2.24(1H,m),2.47(1H,m),2.5-2.8(3H,m),2.86(2H,s),3.08(1H,d,J=19.6Hz),3.10(1H,s),3.22(1H,m),3.60(0.7H,m),4.00(1H,s),4,19(0.3H,m),4.66(0.7H,d,J=8.3Hz),4.76(0.3H,d,J=8.3Hz),6.39(0.7H,d,J=15.6Hz),6.5-6.7(2H,m),6.74(0.7H,d,J=8.3Hz),6.89(0.3H,d,J=15.1Hz),7.00(0.3H,s),7.21(0.7H,d,J=15.6Hz),7.36(0.3H,d,J=15.1Hz),7.66(0.7H,s),7.72(0.3H,s),7.92(0.7H,s),8.03(0.3H,s)IR(KBr)ν3370,1651,1599,1323,1158,1114cm-1.Mass(FAB)m/z477(M+H)元素分析値C28H32N2O5・0.5(C4H6O6)・0.2H2Oとして計算値:C,64.90;H,6.43;N,5.04実測値:C,64.79;H,6.59;N,5.01(96頁191欄40行~
192欄19行)
[実施例141]マウス輸精管摘出標本を用いるオピオイド活性試験ddy系雄性マウスを実験に供した。37℃に保温したKrebes‐Henseleit溶液(NaCl118nM;KCl1.1mM;NaHCO34.7mM;CaCl225mM;Glucose2.5mM;KH2PO411mM)を満たし,5%二酸化炭素,95%酸素を通気したマグヌス管に,動物より摘出した輸精管を懸垂した。電気刺激は上下の輪型の白金電極を介して,0.1Hz,5.0msで行なった。組織収縮はIsomerictrancsducerを用いてポリグラフ上に記録した。はじめに,電気刺激による標本の収縮を50%抑制する濃度まで被験薬を累積的に添加し,IC50値を算出した。その後栄養液で十分に洗浄し,収縮反応が安定した後に,μ拮抗薬であるナロキソン,またはδ拮抗薬であるNTI,またはκ拮抗薬であるnorBNIを添加し,約20分後にもう一度被験化合物を累積的に添加した。両者の効力差からKe値を以下の計算式で算出した。Ke=[添加した拮抗薬濃度]/(IC50比-1)IC50比=拮抗薬存在時のIC50値/拮抗薬非存在時のIC50値表1に本発明の化合物の評価結果の一部を示した。いずれもナルトレキソン使用前後のIC50値には大きな差はなく,μ受容体を介したアゴニスト活性は非常に弱いことがわかった。すなわち・・・,化合物・・・61・・・は,κ受容体に選択的なアゴニストである。[実施例142]酢酸ライジング法による鎮痛活性試験5週齢のddY系マウスを実験に用いた。0.6%の酢酸水溶液を0.1ml/10g体重で腹腔内投与し,投与後10分後から10分間に起きたライジング反応の回数を指標に評価した。被験薬は酢酸投与の15分前に背部皮下に投与した。結果の一部を表2に示した。この試験で,化合物42,47,63,96,はED50がそれぞれ0.00136,0.00052,0.0011,0.00086mg/Kgと特に強い沈静活性を示した。[実施例143]利尿作用の評価7-8週齢の雄性Wistarラットを実験開始1時間前より絶水状態にして用いた。ラットの下腹部を軽く刺激し,膀胱中にたまっている尿を排泄させた後,薬物を皮下投与した。30分後に20ml/kgの生理食塩水を強制経口投与した。薬物投与直後から動物を代謝ケージにいれ(2動物/1ケージ)生理食塩水負荷後,5時間の排尿量を測定した。薬効は,薬物非投与群の尿量を100としたとき,尿量を200および500にする投与量をそれぞれED200,ED500として表した。結果の一部を表3に示した。この試験で化合物22,24,42,43はED200の値がそれぞれ,0.00095,0.00069,0.00085,0.00054mg/kgと非常に強い利尿作用を有していることがわかった。(129頁258欄37行~131頁262欄11行)
(カ)産業上の利用可能性
本発明の化合物は,㏌vitro,invivoにおける活性試験の結果,κ-アゴニストとして強い鎮痛活性,利尿作用を有していることがわかり,有用な鎮痛剤,利尿剤として奇態できることが明かとなった。また,κ-アゴニストの性質から血圧降下剤,鎮静剤としても利用が可能である。さらに,本発明化合物の中にはδ受容体に高選択的なアゴニストも含まれていることがわかり,免疫増強剤,抗HIV剤等としての可能性も示唆された。(131頁262欄36行~44行)イ
前記アからすると,本件審決が認定したとおり,甲1には,以下のよう
な甲1発明が記載されているものと認められ,甲1発明と本件発明1との間には,以下のような一致点及び相違点があるものと認められる。
(ア)甲1発明
甲1には,以下の発明が記載されていると認められる。

17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-トランス-3-(3-フリル)アクリルアミド]モルヒナンであって,構造式で表される化合物。

(化合物A[⼀般名ナルフラフィン])(イ)本件発明1と甲1発明の対比
本件発明1と甲1発明を対比すると,以下のような一致点及び相違点があるものと認められる。
(一致点)
17-シクロプロピルメチル-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-トランス-3-(3-フリル)アクリルアミド]モルヒナンであって,構造式︓で表される化合物(化合物A)に係るものである点。(相違点1)本件発明1では,化合物Aがオピオイドκ受容体作動性であるとされているのに対し,甲1発明では,そのような特定がされていない点。
(相違点2)
本件発明1は,化合物Aを有効成分とする止痒剤であるのに対し,甲1発明は,化合物Aをそのような用途とするものではない点。
(2)相違点2についての判断(甲1の鎮痛剤と鎮静剤の用途からの動機付けについて)
相違点2の容易想到性について判断する。

本件優先日当時までの各文献の記載
(ア)甲24

7.痒覚痒みは痛みとまったく異質の情感affectを持ち,応答としても痛みでは逃避反射であるが,痒みでは掻爬反射をともない,痛みとは別種の感覚と日常体験は教えているが,多くの生理学の書籍は痛覚の亜型で,弱い痛覚の閾以下の興奮としている。ほかの見解もいろいろ出ているが通説として採り上げられているのは前者すなわち痛神経説である。その主な論拠はつぎに要約される。(1)痒点は痛点に対応する。痛点を弱く,刺激毛あるいは電気刺激すると痒みを感じ,痒みの強く現れる部分には痛点が密に分布している。(2)痛みの後反応として痒みが出るとき,C線維の放電が痛みに比して少頻度に残っている。(3)脊髄において脊髄視床路を切断するとき触圧覚を残して痛線維を切ることができるが,このとき痒覚も消失する。(582頁7行~18行)(イ)甲22
皮膚疾患の大多数は,瘙痒を有するものである。眠りが妨げられるように激しくなくても,常に存在する痒みは患者にとってはなはだ不快なものであろう。こうした症状に対して,抗ヒスタミン剤,鎮静剤,精神安定剤などを使用するが,とくに抗ヒスタミン剤を用いることが多い。今回われわれは,2,3の瘙痒性皮膚疾患に,新しい抗ヒスタミン剤を使用してその臨床効果を観察する機会を得たので報告する。(162頁左欄3行~10行)(ウ)甲23
抗ヒスタミン剤(以下「抗ヒ剤と略記)はヒスタミンの作用に拮抗する薬剤であり皮膚科ではもっとも賞用する薬剤の一つである。・・・しかし実際には,臨床的には抗ヒ剤が瘙痒性皮膚疾患に対する薬剤として第一に選択されている。これは抗ヒ剤が単なるヒスタミンに対する拮抗作用のみならず,抗セロトニン作用,抗コリン作用,抗痙攣作用など多種の作用を有しているためであり,特に中枢鎮静作用が止痒に有効なためである。」(263頁左欄1行~13行)
したがって使い分けの材料が豊富になる意味で,効果,副作用,持続時間などに特性を有する新種の抗ヒ剤が絶えず望まれているところである。著者は今回東京田辺製薬から新抗ヒ剤ラクレチンの提供を受け,臨床効果その他を検討する機会を得たのでその結果を報告する。(263頁左欄18行~23行)(エ)乙2
鎮静・催眠薬これらの薬物は一般的な抑制作用を示す。鎮静薬は眠気や活動の減退を伴わずに穏やかな抑制を生じ,不安,興奮を静める。催眠薬を服用するとさらに強い抑制作用のため睡眠に陥る。麻酔薬はさらに強い抑制を生じる(外科的麻酔)。中枢神経系に,一般的抑制効果を及ぼす薬物は,投与量や投与方法を変えることにより,軽い鎮静から麻酔まであらゆる程度の抑制を引きだすことができる。(157頁右欄13行~21行)
催眠薬の構造鎮静-催眠薬には一般的な構造上の特徴はないが,多くのいろいろな化合物が鎮静-催眠薬として臨床治療に用いられている。任意の分類を以下に示す。バルビツール酸類アルデヒド類アセチレン誘導体類窒素を含む非環式の催眠薬類ピペリジンジオン類とキナゾリノン類ベンゾジアゼピン類その他(内因性の物質や植物からとれた催眠薬を含む)(162頁右欄1行~12行)
(オ)甲9
我々はマウスにおけるそう痒薬と鎮痛薬による治療の行動効果を比較した。動物にそう痒薬としてコンパウンド48/80(3~100μg),サブスタンスP(10~300μg)及びヒスタミン(3~300μg)並びに鎮痛薬としてカプサイシン(30~100μg),希釈したホルマリン(5mgのホルムアルデヒド)を吻側の背部に皮下注射し,後足による注射部位の引っ掻き行動を数えた。コンパウンド48/80とサブスタンスPは用量依存的に引っ掻き行動を誘発したが,ヒスタミン,カプサイシン及び希釈したホルマリンは試験用量では有意な効果を示さなかった。これらの結果は,注射部位のコンパウンド48/80とサブスタンスP誘発引っ掻き行動は痒みによるものであり,痛みによるものではないことを示唆している。このデータは,ヒスタミンがマウスに痒みを引き起こすという考えを裏付けるものではなかった。(229頁,要約)そう痒症は皮膚疾患の主で不快な症状であり,慢性腎不全,肝内うっ滞症及び糖尿病などのいくつかの内臓障害を併発するが,その発症機序は分からないままである。そう痒症の生理機構および病理学的機構を明らかにするために,著者らは痒みの動物モデルが必要である。しかしながら,入手可能な信頼ある動物モデルはない(Woodwardetal.,1985)。これに関する一つの理由は,そう痒症に対する動物行動実験の難しさが原因であるかもしれない。例えば,痒みは引っ掻きたくなる強い願望に関連する感覚であるが,起痒剤コンパウンド48/80を皮下(s.c.)注射された場合,マウスは後足をなめるがひっかかず(未公表観察),発痛剤ホルマリンでの下記処置と同様な行動反応である(Hunskaaretal.,1985)。そう痒症はイヌアレルギーにおける主要な症状である場合がある(Woodwardetal.,1985)が,ヒスタミン及びコンパウンド48/80の皮内注射は痒み行動よりむしろ疼痛反応を引き起こす(Schwartzman,1965)。ヒトは,くすぐったい刺激をチクチクする刺激と識別することができるが,多くの哺乳類は同様な型通りな行動応答をする(McMahonandKoltzenburg,1992参照)。加えて,マウスは,グルーミング中に耳及び体の引っ掻き行動を示すが,これは痒みに関連した行動とは考え難い。痒みは主観的感覚であり,動物は動物行動実験における痒みの測定に関する感覚的経験を説明しないので,起痒刺激だけによるが,痛覚刺激などの他の感覚刺激によってではなく誘発され,未処置動物ではめったに観察されない痒み関連行動を使用するべきである。(229頁左欄2行~右欄16行)要約すると,本結果は,コンパウンド48/80とサブスタンスPを注射した吻側背部の後足による引っ掻き行動はそう痒や引っ掻きの衝動であり得るが,痛みによるものではないことを示唆する。このような疑似痒み行動は,痒み及び抗そう痒薬に関する生理学的及び薬理学的研究にとって有用な指標となるだろう。このデータは,末梢に投与されたヒスタミンがマウスに痒みを生じるという考えを裏付けるものではなかった。(232頁右欄16行~24行)(カ)甲41(南山堂医学大辞典【第17版】,平成2年)

瘙痒そうよう限局性ないし汎発性のかゆみ,・・・疼痛の変形したものといわれており,知覚神経から・・・中枢に運ばれて瘙痒として認識される。

(キ)甲40(広辞苑【第4版】,平成3年)

鎮静気持がしずまってしずかなこと。また,気持をしずめおちつかせること


鎮静剤神経作用を鎮静するための薬剤。・・・


(ク)甲59本発明の化合物は,具体的には,・・・急性気管支炎,慢性気管支炎,気管支拡張症,肺炎,肺結核,ケイ肺およびケイ肺結核,肺癌,上気道炎(咽頭炎,喉頭炎,鼻カタル)喘息性気管支炎,気管支喘息,小児喘息,(慢性)肺気腫,塵肺(症),肺線維症,ケイ肺症,肺化膿症,胸膜炎,扁桃炎,咳嗽じんま疹,百日咳等の各種呼吸器疾患や,気管支造影術時,気管支鏡検査時に伴う咳嗽の抑制,・・・として,医薬品分野で有用である。(161頁4行~15行)イ
甲1の記載事項について
(ア)前記(1)の甲1の記載によると,甲1には,甲1記載の化合物Aについ
て,
鎮痛剤としての用途及び鎮静剤としての用途が記載されている。もっとも,鎮静剤としての用途については,κ-アゴニストの性質から・・・鎮静剤としても利用が可能とわずかに2か所
(74頁148欄26行~27行,
131頁
262欄40行~42行)で記載されているのみであり,
鎮静剤としての用途に
関する実施例はない。
(イ)なお,甲1の[実施例142]の強い沈静作用は,
強い鎮痛作用
の誤記であると認められる。その理由は,次のとおりである。
a
上記[実施例142]は,その標題を酢酸ライジング法による鎮痛活性としている上,[実施例142]の実験結果をまとめた表にも(表2)酢酸ライジング法による鎮痛活性と記載されている。また,証拠(乙1[鈴木勉鎮痛テスト-2:酢酸ライジング法生体の科学45巻5号
478頁~479頁,

平成6年]
)によると,酢酸ライジング法は,仮性疼痛反応を引き起こす手法であるところ,上記表にあるED50は,50%有効用量として,鎮痛効力の検定に当たって使用される指標であると認められる。以上からすると,甲1の[実施例142]の強い沈静作用は強い鎮痛作用の誤記であり,当業者は,そのように認識すると認められる。
b
原告が論拠とする甲61(高橋正克鎮痛テスト-1:tail-pinch法・tail-flick法・hot-plate法生体の科学45巻5号474頁~477頁,平
成6年)は,その鎮痛テスト-1という標題からして,仮性疼痛反応をマウスに引き起こす手法が,基本的には鎮痛テストのために用いられるものであることを示しているものであると認められ,
上記認定を覆すものとはいえない。
その他,
原告が論拠とする各証拠も,鎮静や瘙痒の一般的な意味について記載しているもの(甲40,
41)オピオイドκ作動性化合物について鎮静剤としても利用可能とだ,
け記載するもの(甲59)
,κ受容体が鎮静に関係することを示すもの(甲60[鈴
木勉
薬物依存-精神依存はこうしてつくられる
ファルマシア31巻4号378
頁~382頁,平成7年]
)であり,いずれも上記認定を左右するものではない。

検討

以下のとおり,鎮痛・鎮痛と止痒との間に原告が主張するような強い技術的関連性や課題作用効果の共通性といったものがあるとは認められないから,・
当業者が,
本件優先日当時に甲1に甲22,23などから認定できる知見を適用して,甲1の化合物Aを止痒に用いることを容易に想到することができるとはいえないというべきである。
(ア)a

まず,鎮静と止痒の関係について検討するに,一般的に鎮静剤であ
ると止痒作用を有することが多いなどの知見について記載した文献が,本件優先日当時に存在したとは,本件における証拠上認められない。
また,前記アの乙2に記載されている事項及び証拠(乙12)並びに弁論の全趣旨からすると,鎮静剤とは,中枢神経系に一般的な抑制作用を示し,不安,興奮を静めるなどの作用を持つ薬物であると認められるが,同じ鎮静剤といっても,バルビツール酸系,ベンゾジアゼピン系,非ベンゾジアゼピン系など,化学構造,作用部位,作用機序がそれぞれ異なっていて,そのことは,本件優先日当時の当業者に広く知られていたものと認められる。そうすると,仮にある鎮静剤について,止痒作用を有することが明らかになったとしても,それと異なる系統の鎮静剤に止痒作用があると当業者が考えるとは認められないから,そこからして,鎮静と止痒の間に,原告の主張するような一般的な技術的関連性があるとか,課題・作用効果の共通性があると,本件優先日当時の当業者が認識していたとは認められない。b
甲22には,痒みに鎮静剤を用いる旨の記載があるものの,甲22
は,甲1の化合物Aとは薬理作用が全く異なる抗ヒスタミン剤の瘙痒性皮膚疾患に対する臨床効果について論じる論文であって,そこでいう鎮静剤がどのようなものを指しているのかについて甲22中には具体的な言及はないから,甲22の前記ア(イ)の記載から,当業者が,鎮静と止痒の間に技術的関連性があると認識するとは認められない。
甲23についても,甲23にいう鎮静作用は,その記載からして抗ヒスタミン剤のそれをいうものと解されるが,上記のように同じ鎮静剤とはいっても,その作用部位や作用機序が異なることからすると,仮に抗ヒスタミン剤としての中枢鎮静作用が止痒に有効であるとしても,化合物Aのようなオピオイドκ受容体作動性化合物としての鎮静作用が止痒に有効であるかどうかは,当業者には明らかではないというほかない。
甲59の咳嗽じんま疹に関する記載は,前記ア(ク)のとおり,本発明の化合物は・・・咳嗽じんま疹,百日咳等の各種呼吸器疾患や・・・咳嗽の抑制,・・・として,医療品分野で有用であるというもので,その記載内容からすると,甲59では,
甲59記載の化合物の鎮咳薬が使用できる呼吸器疾患の具体例として,咳嗽じんま疹が掲げられていると解されるのであり,当業者は,ここから甲59記載の化合物が,痒みの疾患にも効果があるとは理解しないものと認められる。甲45の292頁にあるdepressantを原告が主張するとおりに鎮静と訳すとしても,甲45には,ラットのグルーミング行動が痒みに基づくものであることが記載されているとは認められないし,後述する(3)アの本件優先日当時までの各文献の記載によると,本件優先日時点でも,ラット等のグルーミング行動が痒みによって生じることが当業者の間で技術常識になっていたとは認められないから,甲45に接した当業者が,オピオイドκ作動性化合物としての性質に基づく鎮静作用と止痒作用との間に関連性があることを想起するとは認められないというべきである。(イ)a

鎮痛と止痒との関係については,前記ア(ア)のとおり,昭和42年
に発行された甲24には,

痒みが痛覚の亜型である。

と記載され,前記ア(カ)のとおり,平成2年に発行された甲41にも,

瘙痒限局性ないし汎発性のかゆみ,・・・疼痛の変形したものといわれており,知覚神経から・・・中枢に運ばれて瘙痒として認識される。

と記載されているものの,①1995年(平成7年)に発行された二つの文献に,後記(3)ア(ケ)のとおり,痛みと痒みは,おそらく独立した感覚様式であり,・・・(甲7),前記ア(オ)のとおり,

そう痒症は皮膚疾患の主で不快な症状であり,・・・その発症機序は分からないままである。

(甲
9)それと相反する内容の見解が記載されていること,
と,
②鎮痛作用を有すると,
止痒作用を有することが多いなどの知見が,本件優先日当時に存在していたことを認めるに足りる本件における証拠はないこと,
③本件明細書には,
前記1(1)イのと
おり,β―エンドルフィンやエンケファリンのような内因性オピオイドペプチドやモルヒネのように,化合物Aと同じ,オピオイド受容体に作用し,鎮痛作用を有する化合物が痒みを惹起することが記載されており,統一的見解として,オピオイド系作動薬は痒みを惹起する作用があり,と記載されていることを考え併せると,本件優先日当時,少なくともオピオイド作動性化合物としての性質から鎮痛作用を持つ化合物について,その鎮痛作用と止痒作用との間に技術的関連性があるとか,課題・作用効果の共通性があると当業者が認識していたとは認められない(なお,この点について,化合物Aとボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動の関係からも動機付けがないことは,後記(3)のとおりである。)。
b
原告は,この点について,①当業者は,甲1と甲9を組み合わせて
化合物Aの止痒剤への用途を確認しようとする動機付けを持つ,②本件発明1は痒みと痛みの両方が生じる虫刺症など疾患に利用可能とされているところ,同じ物質である化合物Aについて,甲1で鎮痛剤などとして利用可能とされているから,技術的関連性や課題・作用効果の共通性があると主張する。しかし,上記①について,
前記ア(オ)の記載から明らかなとおり,
甲9は,
痛み
と痒みは,その機序が異なり,それぞれ違うものであるという前提に立って記載されているものであり,当業者が,甲9から痛みと痒みに関連性があることを想起するとはいえない。
上記②についても,上記(ア)や上記aで認定判断したように,本件優先日当時,当業者が,鎮静作用と止痒作用との間に,技術的関連性があるとか,課題・作用効果の共通性があると認識していたとは認められないし,オピオイド作動性化合物について,その鎮痛作用と止痒作用との間に,技術的関連性があるとか,課題・作用効果の共通性があると認識していたとは認められない。本件発明1は,痒みと痛みの両方が生じる疾患に利用可能とされていることは,この認定判断を左右するものではない。
(ウ)以上からすると,甲1の鎮痛剤鎮静剤の用途から,当業者が,・
甲22,23などから認定できる知見を適用して,甲1の化合物Aを止痒剤として用いることが動機付けられるとは認められない。
(3)相違点2についての判断
(ボンベシン誘発グルーミング・引っかき行動との
関係での動機付けについて)

本件優先日当時までの各文献の記載

(ア)甲25
動物の行動について一般的に教示するラット研究が多数あるにもかかわらず,我々はラットの行動自体について相対的に僅かしか知らない。一例を挙げると,グルーミングはラットの行動における重要な構成要素の一つであるにもかかわらず,グルーミングの実施形態や目的,又はグルーミングを支配する状況といった事柄について,我々はほとんど何も知らないのである。神経学的及び薬理学的な介入によってもたらされる,グルーミング行動における障害については,簡略な報告書が多数散在する。しかしこれらの報告書は,グルーミングの生理学上の根拠についてなんら評価を示唆するものではない。同様に行動レベルにおいても,グルーミングを規則性をもって喚起する,人為的に操作可能な固有の一連の刺激条件が存在するようには見受けられない。行動観察の代わりの方法として,[ラットの]行動のコンテクスト(前後関係),すなわち直前の行動からの予測可能性の立場から行うものがある。本調査の目的は,行動,とりわけ,グルーミング行動が,[ラットの]行動のコンテクストから予測可能となる範囲を確定することにある。(306頁左欄1行~23行)要旨動物が異なる種類の行動に費やす時間量について正確な推定値を提供する,簡単な観察方法が記述されている。本方法は,グルーミング行動の記述分析に適用される。家庭用飼育ケージ環境下にあるオスの成熟ラットは,総覚醒時間の40%(1日当たり約3時間)をグルーミングに費やすことが発見された。これらラットにおけるグルーミングは,舐め行動(リッキング),引っ掻き行動又は洗い行動(ウォッシング)といった典型的な形態で存在することが発見された。これら各行動形態は,ある一定の他の行動形態の後,著しく偏った高い頻度で発生することが発見された。実際に,異なる行動形態が連続する順序関係,及び進行中の行動の継続には,先行の行動学的コンテクストから後続の行動をかなり正確に予測可能とさせる,十分な一貫性が存在することが,情報の分析から示されている。グルーミング行動の発生を変えられる,人為的に操作可能な条件を,実験的に見つけようと試みる2件の実験が報告されている。変更の例は見つかったものの,その内容は刺激条件の支配に関しての単純な説明を提供するにはあまりにも複雑であった。グルーミング行動はほとんどの場合,一連の飲食又は探索行動がグルーミング行動の直前に行われたことを理由として発生するとの仮説が提唱されている。(310頁左欄下から4行~同頁右欄下から9行)
(イ)甲29
ベンゾモルファン,エチルケトシクラゾシン(0.25~0.5mg/kg,皮下)は,投与量に関連して及び立体特異的にボンベシンに誘発されるグルーミングを減弱する。この研究では,著者らは,ボンベシンに誘発されるグルーミングを拮抗するこれらの能力に基づいて27のオピオイドに分類した。分類の結果は,ベンゾモルファン構造は本試験において活性に必須であることを示している。著者らの試験は,想定されたベンゾモルファン結合部位が薬理的受容体として機能的に活性である証拠を提供している。(2229頁要約の6行~15行)不活性オピオイドナロルフィン用量不活性オピオイド用量50SKF10047102231頁表I)(

ボンベシンに誘発されるグルーミングの拮抗作用を媒介する部位はベンゾモルファンに対して選択的であると思われるが,μ(フェナゾシン)又はκ(ケトシクラゾシン)受容体における作動薬作用に対する特異性は示されない。μ,κ及びδ受容体作動薬(例えば,それぞれ,モルヒネ,ナロルフィン及びメトケファミド)並びに仮想δ受容体ICI154,129(14)は,本試験において,全て不活性としてグループ分けされる。(2232頁13行~18行)(ウ)甲8
全身投与できる信頼性の高い抗そう痒薬は現在のところ入手できない。これは,そのような化合物をスクリーニングするための動物モデルがほとんどないためと思われる。もともとカエルの皮膚から単離されたテトラデカペプチドであるボンベシンは,ラット脳室内(i.c.v.)投与すると用量相関的に過剰な引っ掻き行動を誘発する。マイクロコンピューターの助けを借りて,我々は標準的な最大量以下のボンベシン(0.10µg,i.c.v.)によって誘発された引っ掻き行動を観察した。このシステムは,1)薬物誘発性行動抑制を評価するための高感度で新規な方法,及び2)ボンベシンと潜在的な拮抗薬の間の相互作用を定量化する手段を提供する。したがって,ボンベシン誘発性グルーミングは,行動的に非鬱剤量のメトジラジン,トリメプラジン及びクロルプロマジンによって拮抗されるが,モルヒネ,ハロペリドール,ジフェンヒドラミン,ヒドロキシジン,メピラミン,シメチジン,又はシプロヘプタジンによっては拮抗されない。メトジラジン及びトリメプラジンは抗そう痒薬として臨床的に使用されている。したがって,このモデルは,新規の全身性抗そう痒薬,特にヒスタミン非依存性そう痒の治療に有効であり得るものを評価する手段を提供する。(107頁要約)他の抗ヒスタミン薬(ジフェンヒドラミン,メピラミン,ヒドロキシジン,シプロヘプタジン,及びシメチジン)は,少なくとも行動的に抑制しない投与量においてボンベシン誘発引っ掻き行動に対して感知される効果はなかった。そう痒症のいくつかのタイプは臨床的に認識されており,ヒスタミン遊離とは関係ない。様々な抗ヒスタミン薬を用いた著者らの研究は,ヒスタミンがボンベシン誘発引っ掻き行動に必ずしも関係しないことを示している。これとの関連で,ボンベシンは,スプラーグドーリーラットから得られたマスト細胞からヒスタミンを遊離しないことが最近分かった(Sydbom,1982)。(111頁8行~15行)
(エ)甲12
ボンベシンは,もともとカエルの皮膚から単離されたテトラデカペプチドである(・・・)。ボンベシン様免疫反応は,ヒトの腸(・・・),肺(・・・)及び脳脊髄液(・・・)で確認されている。ボンベシンは肺のヒト細胞がんによっても大量に産生される(・・)。・興味深いことに,そう痒はしばしば肺がんと関連している(・・)。・我々は,ラットにおけるボンベシン(0.001―1.0μg)の脳室内又は髄腔内(静脈内ではなく)投与が,後足で顔,頭部及び頸部の激しい持続性(45~60分)引っ掻き行動を誘発することを見いだした。この引っ掻き行動は,ラットを抗ヒスタミン薬(ジフェンヒドラミン,ヒドロキシジン,メピラミン)で全身的に前処置した場合,顕著に影響されない。モルヒネ,ナロキソン,ハロペリドール及び局所麻酔薬リドカインも引っ掻き行動を減弱させなかった。フェノチアジン(クロルプロマジン,メトジラジン,トリメプラジン)及びベンゾモルファンクラスの鎮痛薬(例えば,エチルケトシクラゾシン,ペンタゾシン)は,用量依存的に引っ掻き行動に拮抗した。他のいくつかのペプチドが実験的起痒剤として提唱されている。例えば,ニューロテンシン,セクレチン,サブスタンスP及び血管作動性腸ポリペプチドは全て,ヒトにおいて皮内注射された場合に局所的な痒みを引き起こす。これらのペプチドはボンベシンとは異なり,肥満細胞からヒスタミンを放出する(・・・)。要約すると,我々は,そう痒,特に抗ヒスタミン薬及びナロキソンに耐性を示すそう痒の中枢媒介におけるボンベシンの潜在的役割に注意を呼びかける。(239頁10行~27行)
(オ)甲6
ラットボンベシン引っ掻きテストボンベシン引っ掻きテスト(参考文献8;図1参照)は,κ受容体で活性を有する化合物の評価に使用することができるそれらのinvivo試験に最近追加された。もともと,1971年にカエルの皮膚から単離されたテトラデカペプチドであるボンベシンは,驚くほどたくさんあるよく知られた内因性物質(例えばプロラクチン,SP及びバソプレシン)の一つであり,げっ歯類の中枢に投与されると過剰な引っ掻き及び/又はグルーミングを引き起こす。これらの行動の理由はまだ確立されていない。ラットにおけるニューロペプチド誘導性のグルーミング/引っ掻き行動は,モルヒネ及びナロキソンを皮下投与することによって,さまざまな方法で変えることができる。したがって,ACTH1-24に関連する過剰のグルーミングや引っ掻きは,モルヒネとナロキソンの両方によって軽減され,チロトロピン放出ホルモン(TRH)に関連するものはモルヒネによって抑制されるが,ナロキソンでは抑制されない。一方で,ボンベシンに関連するものはモルヒネとナロキソンの両方の影響を受けない。モルヒネに対するボンベシンの耐性は,ラットにおいてボンベシンによって誘発された強力な引っ掻き行動を抑制するための試みにおいて多くのオピオイド及びオピオイドペプチドの試験を促進した。最初の結果は,いくつかのアゴニスト-アンタゴニスト混合/κアゴニストが立体選択的かつ用量相関的にボンベシン誘発引っ掻き行動を軽減することを明らかにした。これらの薬剤(全てのベンゾモルファン)の例は,ブレマゾシン,シクラゾシン,エチルケタゾシン,ケタゾシン及び(-)ペンタゾシンである。それらは,ラットにおいて動物の引っ掻き行動を打ち消す薬理学的効果を共有するようだ。他の一般的に使用されているオピオイド(主にμ-アゴニスト)及びオピオイドペプチドは,行動的にうつ作用のない用量で試験したときボンベシンに対して効果がなかった。不活性化合物の例は,ブプレノルフィン,レボルファノール,メペリジン,メタドン,メトケミド及びβ-エンドルフィンであった。引っ掻きはハロペリドール,インドメタシン,リドカイン,ニューロテンシン及びいくつかの抗ヒスタミン薬/抗セロトニン薬の行動的にうつ作用のない用量によって実質的に影響されなかった。(+)ナロキソンではなく,(-)ナロキソンがエチルケタゾシンの抗ボンベシン効果を減弱させたので,エチルケタゾシンによるボンベシン誘発引っ掻き行動の抑制は立体特異的オピオイド結合部位が関わるように思われる。以下の観察は,μではなくκ結合部位を意味する。(1)モルヒネの複数回注射は,エチルケタゾシンがボンベシンを拮抗する能力に影響を及ぼさず,そして(2)μ-受容体がブプレノルフィンで遮断された場合,エチルケタゾシンは依然としてボンベシン誘発引っ掻き行動を拮抗した。一つの不可解な結果は,活性薬のリスト(表II)にフェナゾシン(一般にinvivoでμアゴニストと見なされている)を含むことであった。抗ボンベシン効果を示す全ての化合物がベンゾモルファン(フェナゾシンを含む)のため,κ対ベンゾモルファン選択的結合部位の問題に取り組む必要があった。非ベンゾモルファンκ-アゴニスト(チフルアドム及びU-50488H)を用いた最近の実験は,これらの薬剤が試験方法において活性であり(表II)ナロキソンによって用量相関的に拮抗,され得ることを示した。ボンベシン引っ掻きテストは,表1に概説されているκ評価方法のリストへ追加するのに有用であると結論付けることができる。本テストの追記として,1970年代初頭にこのあまり一般的ではない評価基準-引っ掻き-とκ化合物の間には繋がりがあることが確認されている。その当時,シクラゾシンやナロルフィンなどの直接的なκ受容体アゴニスト及びアンタゴニストを1か月間併用投与されていたサルが,これらの薬剤を中止したとき,又はナロキソンを投与されたときに過剰に引っ掻いたことが分かった。ほぼ10年後にκ選択的として分類された化合物である特定の架橋オリパビンの中止による引っ掻き行動も観察された。ミシガン大学の最近の研究は,U-50488を突然中止された(モルヒネではない)アカゲザルもまた異常に高い引っ掻き発生率を示すことを示した。興味深いことに,この行動はチフルアドムによって抑制されるが,モルヒネによっては抑制されない。(69頁右欄下から11行~70頁右欄下から5行)(カ)甲4
序論もともと,カエルBombinabombinaの皮膚から単離されたテトラデカペプチドであるボンベシンは,他の種と同様にラットの中枢に注射されると用量相関的に過剰なグルーミングを誘発する。ラットの脳室内(i.c.v.)ボンベシンによって誘発されるグルーミングは,主に頭頸部に向けられた後肢引っ掻きからなるが,顔のグルーミング,ボディウォッシュ,ネイルリッキング及び噛みつき,前足の振戦,激しい震え並びにストレッチングも生じる。ボンベシン誘発グルーミング行動は,i.c.v.注射の数分以内に観察され,30~45分間継続する。(291頁INTRODUCTIONの1行~7行)考察標準的な最大量以下のボンベシンによって誘発された過剰なグルーミング(引っ掻き)行動は,κタイプの受容体で活性を示すオピオイドによって用量相関的かつ立体選択的に減弱した。これらは内因性のκ選択的オピオイドペプチドであるダイノルフィンA,κタイプのアゴニス-アンタゴニスト混合鎮痛薬モルヒナンであるキソルファノール,利用可能な最もκ受容体選択的オピオイドであるU-50488などのベンゾモルファン鎮痛薬を含んだ。これらのオピオイドが自然なグルーミング行動を消失させない用量で用量相関的にボンベシン誘発グルーミングを抑制することに注目することは重要である。対照的に,アゴニスト効果がμ又はδタイプのオピオイド受容体によって媒介されると考えられる化合物は,グルーミング行動を完全に抑制しない用量ではボンベシン誘発引っ掻き行動に影響を与えることができなかった。・・・これらはプロトタイプのμ受容体アゴニストであるモルヒネ,プロトタイプのδ受容体アゴニストであるDPDPE,μタイプのアゴニスト-アンタゴニスト混合鎮痛剤であるナルブフィンを含んでいた。・・・エチルケタゾシン,チフルアドム,及びU-50488は,プロトタイプのκオピオイドアゴニストとしてボンベシン誘発グルーミングに影響する作用についてより徹底的に試験された。三つの全ての化合物は,ボンベシン誘発グルーミングを用量相関的かつ同じ様式で阻害した。・・・・・・(-)-チフルアドムは(+)-異性体よりも有意に有効性が低かった。オピオイド受容体に対するチフルアドムの(+)-光学異性体の立体選択性(エタノール中で測定)は,以前にマウス及びサルにおいて観察されている。チフルアドムの(-)-異性体はベンゾジアゼピン受容体に対してある程度の親和性を有し,この受容体を通してボンベシンを阻害する可能性がある。ジアゼパムはまた,非鎮静用量でボンベシン誘発性グルーミングを阻害する(未発表結果)・・・。ボンベシン誘発グルーミングを阻害するEKCの能力に対する耐性の発現は,立体選択性,ナロキソンによる可逆性及び非オピオイド鎮痛薬ゾメピラックの効果の欠如と合わせて,オピオイド受容体が鎮痛薬によるボンベシン誘発引っ掻き行動の減弱を介することを示す。しかしながら,多種多様な化学的及び薬理学的特性を有する35種のオピオイド様化合物の試験に基づいて,κタイプの受容体がボンベシン誘発グルーミングに関連する唯一の既知のオピオイド受容体であることが明らかになった。したがって,μオピオイド受容体アゴニスト(・・・),μタイプの混合アゴニスト-アンタゴニスト(・・・),オピオイドアンタゴニスト(・・・),μ-及びδ-受容体活性を有するペプチド(・・・),及び化学的に関連した非オピオイド(・・・)は,この試験において非鎮静用量では効果がなかった。しかしながら,κタイプのオピオイド受容体に作用する試験をした全ての化合物は有効であった。さらに,モルヒネの複数回注射を受けたラットにおけるEKCに対する忍容性の欠如は,ボンベシン誘発引っ掻き行動に対するオピオイド結合のκ受容体特異性と一致している。・・・オピオイドがκ受容体を介してボンベシン誘発性の引っ掻き行動に作用することが確立されているので,引っ掻き行動におけるボンベシン及びオピオイドの役割について推測することができる。・・・モルヒネ依存性アカゲザルへi.c.v.で与えられたボンベシンは,薬物投与を受けていないサルにおけるモルヒネの低用量投与後に観察されるものと類似しているがより激しい引っかき行動を生じる(・・・)。低用量のモルヒネによる痒みは,ヒスタミンの放出によるものと考えられている。しかしながら,ヒスタミンがこの作用の唯一の原因であるかどうかは明らかではない。対照的に,κオピオイドの急性投与は引っ掻き行動を誘発しない。しかしながら,κオピオイドの長期投与後の禁断又はナロキソン誘発禁断行動は,顕著な反応として引っ掻き行動を含む。この行動,及びその行動の発生におけるボンベシンの考えうる役割については,さらに研究する必要がある。同様に,さまざまな種類のそう痒におけるボンベシンの役割とκオピオイドとの関連性についてもさらに調査する必要がある。例えば,κ受容体選択性を有するオピオイドは,大量のボンベシン様免疫反応性を生じることが知られている肺の小細胞癌によって引き起こされる疼痛及びそう痒の軽減のために選択される薬物クラスになるかもしれない。(297頁DISUCUSSIONの1行~298頁末行)
(キ)甲27
ボンベシン図1に示されたように,ボンベシンのくも膜下腔内投与はテールフリック反射の亢進延長を引き起こした。・・・高投与量のボンベシン(0.65及び0.065nmol)で処置された動物の多くにおいて,試験期間全体を通して更なる行動反応が観察された。これらの反応は,尾への非侵害性の接触に対する反応における発声,自発的な発声及び周期的な不穏状態を誘発した。(164頁右欄下から5行~165頁左欄25行)テールフリック反射に対するこれらの効果に加えて,ボンベシン,ニューロメジンC及びニューロメジンBのくも膜下腔内投与は,侵害刺激の認知を示唆する行動反応を誘発し;これらの反応は,自発的な発声及び尾への非侵害性の接触に対する反応における発声を誘発した。この観察は,これらのペプチドが,運動機能に対して直接的又は間接的にありえる効果であるかに関わらず,侵害受容経路それ自体の伝達を促進する可能性があることを示唆している。(167頁右欄17行~26行)
ボンベシンが侵害受容刺激により活性化された神経細胞の発火を抑制する初期電気生理学的データを考慮すれば,これらのペプチドは脊髄侵害受容経路の脱抑制により間接的に侵害受容情報の伝達を促進する可能性があることが示唆される。すなわち,これらのペプチドは,侵害受容伝達を阻害する神経細胞を抑制し,これにより侵害受容情報の伝達を促進するかもしれない。この仮説は,ボンベシン及び関連ペプチドに対する後角神経細胞の電気生理反応特性がラット及びネコにおけるものと同じであることを想定する。(167頁右欄下から15行~下から4行)(ク)甲19(藤原元始他監訳グッドマン・ギルマン薬理書[上]薬物治療の基礎と臨床株式会社廣川書店,平成4年)構造-活性相関受容体に対する薬物の親和性も薬物の固有活性のどちらも,その化学構造と密接に関係している。・・・薬物分子の比較的小規模な修飾,殊に立体異性のような微妙な変化が,薬理学的特性に重大な変化を生じることがある。・・・構造上の僅かな修飾で薬物の動態に著しい影響のあることもある。(38頁右欄8行~26行)

受容体の直接測定や受容体のリガンド結合性とかの作用機序の分析によって,病態生理や治療効果の機序が理解できるようになった。(48頁左欄6行~8行)

(ケ)甲7疼痛及び痒みは,おそらく独立した感覚様式であり,特定のラットモデルでは,同じクラスの薬物:κアゴニストによって減弱される。我々はここで,ラット足ホルマリンテスト(・・・)とボンベシン引っ掻きテスト(・・・)においてκアゴニストであるエナドリン(中枢作用)とICI204448(・・・)を比較した。ホルマリン誘発性(後期相)のフリンチングに対するエナドリン皮下投与のA50値は0.019(0.014-0.027)mg/kgだった。この臨床的に試験された鎮痛薬は,ボンベシンのi.c.v.内投与によって直ちに誘発された引っ掻き行動やグルーミングに対しても同等に優れていた(A50=0.012mg/kg)。ICIは皮下注射によってホルマリンに対してA50が6.9(3.5-12.9)mg/kgの活性を示した。対照的に,この末梢指向性化合物は抗そう痒効果を示さず,ボンベシンに対するA50値は30mg/kg超を示した。我々は,中枢作用性κアゴニストが,例えば,新世代の抗そう痒薬として皮膚薬理学において治療的有用性を有し得ると結論する。(A98頁右中欄574番)(コ)甲28
(ToruKobayashi他
Effectsofsigmaligandsontheclonedμ-,δ-andκ-opioidreceptorsco-expressedwithG-protein-activatedK+(GIRK)channelinXenopusoocytesBritishJournalofPharmacologyVol.119No.1p.73-80,1996年)
2(+)-SKF10047は,δ-及びκ-作動薬(それぞれ,EC50値(μM)=0.618及び0.652)及びμ-拮抗薬(IC50値(μM)=8.51)として作用した。(+)-シクラゾシンは,κ-作動薬及びμ-拮抗薬(IC50=33.2)として作用した。(+)-3PPPは,κ-作動薬(EC50=18.08)及びμ-拮抗薬として作用した。DTGは,μ-及びκ-作動薬(それぞれ,EC50=30超及び14.88)として作用した。カルベタペンタンは,κ-作動薬及びμ-拮抗薬(IC50=11.2)として作用した。ハロペリドールは,μ-及びδ-作動薬(それぞれ,EC50=5.683及び7.389)として作用した。(73頁「概要の7行~11行)」
(+)-SKF10047は,δ-及びκ-オピオイド受容体における作動薬として,及びμ-オピオイド受容体における拮抗薬として作用した。+)(-シクラゾシン,(+)-3PPP及びカルベタペンタンは,κ-オピオイド受容体における作動薬として,及びμ-オピオイド受容体における拮抗薬として作用した。DTGは,μ-及びκ-オピオイド受容体における作動薬として作用した。ハロペリドールは,μ-及びδ-オピオイド受容体において作動薬として作用した。・・・本研究では,(+)-SKF10047は,ナノモル濃度においてさえδ-及びκ-オピオイド受容体を活性化し,マイクロモル濃度においてμ-オピオイド受容体を拮抗し,(+)-SKF10047によるδ-及びκ-オピオイド受容体の活性化はナロキソンにより完全には拮抗されなかった。(77頁右欄3行~29行)(サ)甲63
定義かゆみとそう痒は,皮膚に気になる感覚があり,『その部分を引っ搔く傾向がある』と定義される不快な感覚体験である。この定義では,基本的な要素(すなわち,引っ搔き反応)が根拠となる。(159頁左欄14行~19行)痒みと痛みの受容体と神経経路・・・脊柱上構造が侵害性の情報を処理するもの以外の痒みに関与しているかどうかは明らかにされていない。脊髄後角は,求心性侵害情報の重要な統合中枢である。侵害性求心性インパルスに対して抑制作用を発揮するいくつかの細胞層に位置する抑制性介在ニューロンのシステムが特定されている(ゲートコントロール理論)。・・・中枢神経系の様々なレベルで,痒みを含む特定の一次刺激に対して抑制性モジュレーターとして作用する下行系が実証されている。これらの抑制系のいくつかは内因性オピオイド(ダイノルフィン,エンケファリン,エンドルフィン)を介して作用する;他の抑制系はオピオイドに依存しないようである。(159頁右欄7行及び160頁左欄下から3行~右欄26行)
結論提示されたデータから,痒みと痛みは,同一ではないが,共通の生理学的及び生化学的基盤を有することは明らかである。しかしながら,二つの感覚の関係はまだ明確ではない。さらに生物学的,治療的,とりわけ臨床的な研究を行わなければならない。(164頁左欄下から16行~下から10行)イ
検討
(ア)ボンベシン誘発グルーミング引っ掻き行動に関する本件優先日当時・

の知見について
前記ア(ウ),(エ),(カ),(ケ)の各記載からすると,本件優先日当時までに,Cowanらは,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動と痒みの間には関連性があることを提唱していたものと認められる。
しかし,これらの証拠によっても,本件優先日当時,Cowanらが,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動と痒みには関連性があることを実験等により実証していたとは認められないし,
また,
その作用機序等も説明していない。
さらに,
甲4には,

この行動,及びその行動の発生におけるボンベシンの考え得る役割については,更に研究する必要がある。

と記載されており,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動と痒みには関連性があると断定まではされていない。加えて,前記ア(ア)のとおり,昭和35年に発表された甲25では,そもそもラットのグルーミングの実施形態,目的,又は,これを支配する状況等は,ほとんど何も知られていないとされており,
前記ア(キ)のとおり,
平成4年に発表された甲27
でも,ボンベシンにより誘発される行動が,痛み等の侵害刺激に基づく可能性があるとの指摘がされており,前記(2)ア(オ)のとおり,平成7年に発表された甲9においても,信頼性のある痒みの動物モデルは存在しない,マウスは起痒剤Compound48/80を皮下注射されても引っ掻き行動をせず,マウスがグルーミング中に耳及び体の引っ掻き行動するのが痒みに関連した行動とは考えられないなどとされており,Cowanら以外の研究者は,ボンベシンやそれ以外の原因により誘発されるグルーミング・引っ掻き行動が,痒み以外の要因によって生じているとの見解を有していたと認められる。そして,前記(2)ア(オ)のとおり,甲9は,Compound48/80やサブスタンスPを起痒剤として取り扱っており,本件明細書の実施例12でも起痒剤としてボンベシンではなく,Compound48/80が使用されている一方,ボンベシンは,本件優先日当時,起痒剤として当業者に広く認識されて用いられていたものであるとは,本件における証拠上認められない。
以上からすると,本件優先日当時,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動と痒みの間に関連性があるということは,技術的な裏付けがない,Cowanらの提唱する一つの仮説にすぎないものであったと認められる。
(イ)オピオイドκ受容体作動性化合物とボンベシン誘発グルーミング引・
っ掻き行動との関係について
前記ア(イ)~(カ),(ケ),(コ)の記載を総合すると,本件優先日当時までに,ベンゾモルファン,エチルケタゾシン,チフルアドム,U-50488,エナドリンといったオピオイドκ受容体作動性化合物が,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱すること,他方で,同じオピオイドκ受容体作動性化合物であっても,SKF10047,ナロルフィン,ICI204448といったものは,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱しないこと,さらに,オピオイドμ受容体作動性化合物であるフェナゾシン,オピオイドκ受容体作動作用を有することについて報告がされていない化合物(乙6~11)であるメトジラジン,トリメプラジン,クロルプロマジン,ジアゼパムのようなものであっても,ボンベシン誘発グルーミング行動が減弱されることが,Cowanらによって明らかにされていたといえる。
また,前記ア(エ),(カ)の記載及び弁論の全趣旨を総合すると,上記のボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱するオピオイドκ受容体作動性化合物の基本構造は,それぞれ異なっており,エチルケタゾシンはベンゾモルファン骨格,チフルアドムはベンゾジアゼピン骨格,U-50488及びエナドリンはアリールアセトアミド構造をそれぞれ有しており,甲1発明の化合物Aとはそれぞれ化学構造(骨格)を異にするものであった。そして,前記ア(ク)のとおり,化学構造の僅かな違いは,薬理学的特性に重大な影響を及ぼし得るものである。
以上からすると,本件優先日当時,オピオイドκ受容体作動性化合物が,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を抑制する可能性が,Cowanらによって提唱されていたものの,甲1の化合物Aがボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱するかどうかについては,実験によって明らかにしてみないと分からない状態であったと認められる上,
上記(ア)のとおり,
ボンベシンが誘発するグルーミ
ング・引っ掻き行動の作用機序が不明であったことも踏まえると,なお研究の余地が大いに残されている状況であったと認められる。
(ウ)上記(ア),(イ)を踏まえて判断するに,前記ア(イ)~(カ),(ケ)のとおり,本件優先日当時,Cowanらは,①ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動が,痒みによって引き起こされているものであるという前提に立った上で,②オピオイドκ受容体作動性化合物のうちのいくつかのものが,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱することを明らかにしていた。
しかし,上記①の点については,上記(ア)のとおり,技術的裏付けの乏しい一つの仮説にすぎないものであった。
上記②の点についても,
上記(イ)のとおり,
本件優先日当時において研究の余地が
大いに残されていた。
そうすると,本件優先日当時,当業者が,Cowanらの研究に基づいて,オピオイドκ受容体作動性化合物が止痒剤として使用できる可能性があることから,甲1発明の化合物Aを止痒剤として用いることを動機付られると認めることはできないというべきである。
(エ)小括
以上からすると,当業者が,甲1発明に甲2~9,12などから認定できる一連のボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動とオピオイドκ受容体作動性化合物に関する知見を適用し,本件発明1を想到することが容易であったということはできないというべきであり,取消事由1は理由がない。

原告の主張について

原告は,これまで認定判断してきたところに加え,①本件審決は,技術常識が存在しないことから直ちに動機付けを否定してしまっており,公知文献から認められる仮説や推論からの動機付けについて検討しておらず,裁判例に照らしても誤りである,②甲63によると,ダイノルフィンAと同じオピオイドκ作動作用を持つ化合物は,痒みや痛みを抑制することが容易に予測でき,甲1の化合物Aを使用して止痒剤としての効果を奏するかを確認してみようという動機付けも肯定できると主張する。
しかし,上記①について,仮説や推論であっても,それらが動機付けを基礎付けるものとなる場合があるといえるが,本件においては,Cowanらの研究に基づいて,甲1発明の化合物Aを止痒剤として用いることが動機付けられるとは認められないことは,前記イで認定判断したとおりであり,原告が指摘する各裁判例もこの判断を左右するものとはいえず,
原告の上記①の主張は採用することができない。
上記②について,本件明細書には,前記1(1)イのとおり,甲63にダイノルフィンと共に挙げられているエンドルフィン,エンケファリン(前記ア(サ))が,痒みを惹起することが記載されている上,前記ア(サ)のとおり,甲63が,痒みと痛みの関係は明確ではなく,研究を更に行わなければならないと結論付けているところからすると,甲63の記載が,ダイノルフィン,エンドルフィン,エンケファリン等の内因性オピオイドが,止痒剤の用途を有することを示唆するものであるとは認められず,甲63の記載から,当業者が,甲1の化合物Aについて,止痒剤としての効果を奏するかを確認することを動機付けられるとは認められない。そして,その他,原告が主張するところを考慮しても,前記イの認定判断は左右されないというべきである。
3
取消事由2(本件発明6~9,20の進歩性欠如の判断の違法)について本件発明6~9は,本件発明1の一般式(I)の可変基の選択肢を限定するものであり,甲1発明との間に,本件発明1と同じ相違点2を有するから,前記2で認定判断したのと同様の理由により,甲1を主引用例として進歩性を否定することはできない。
また,本件発明20は,本件発明1,6~9を択一的に引用するとともに,止痒剤の治療対象であるそう痒を,
皮膚疾患あるいは内臓疾患に伴うものに限定
するものであり,甲1発明と本件発明20との間には,本件審決が認定した前記第2の3(7)の相違点2’があると認められるところ,同相違点についても,前記2で認定判断したのと同様の理由により,甲1を主引用例として進歩性を否定することはできない。
以上からすると,取消事由2も理由がない。
第5結論
よって,原告の請求には理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部

裁判長裁判官
森義之
裁判官
眞鍋

美穂子
裁判官
熊谷大輔
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