判例検索β > 令和2年(う)第827号
傷害、傷害致死、暴行、強要
事件番号令和2(う)827
事件名傷害,傷害致死,暴行,強要
裁判年月日令和3年3月4日
裁判所名・部東京高等裁判所  第8刑事部
結果棄却
原審裁判所名千葉地方裁判所
原審事件番号平成31(わ)425
裁判日:西暦2021-03-04
情報公開日2021-03-15 18:00:21
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令和3年3月4日宣告

東京高等裁判所第8刑事部判決

令和2年

傷害,傷害致死,暴行,強要被告事件

第827号

主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中280日を原判決の刑に算入す
る。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人A(主任),同B連名作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり,論旨は,訴訟手続の法令違反,事実誤認及び量刑不当の主張である(なお,以下,略称等は,特に断らない限り,原判決のそれによる。)。
第1
1
原判決の概要及び弁護人の論旨
原判決がその挙示する証拠により認定した罪となるべき事実の要旨は,
次のとおりである,
すなわち,被告人は,千葉県野田市内のアパート(被告人方)で妻のC,長女のD(以下被害児ともいう。)及び次女と4人で生活する中で,⑴

平成29年11月上旬頃,被告人方において,被害児(当時9歳)に対し,その頭部を手で殴るなどの暴行を加え(被害児に対する暴行。原判示第1),



平成30年7月30日,被告人方において,被害児(当時9歳)がかねてから虐待を受けていたため被告人を極度に畏怖していたことに乗じ,もしその要求に応じなければ被害児の身体に更にいかなる危害を加えるかもしれない気勢を示すなどして被害児を怖がらせ,被害児に命じ,被告人方浴室で,トイレの便器を用いないでした大便を右手に持たせて,被告人のカメラ機能付き携帯電話機の被写体にさせ,もって被害児に義務のないことを行わせ(被害児に対する強要。原判示第2),


平成30年12月30日頃から平成31年1月3日頃までの間,被告人方において,被害児(当時10歳)に対し,その両手首をつかんで,身体を引きずった上,身体を引っ張り上げた後に,その両手首を離して床に打ち付けさせたほか,その顔面及び胸部を圧迫し又は打撃するなどの暴行を加え,よって,被害児に全治約1か月間を要する顔面打撲及び胸骨骨折の傷害を負わせ(被害児に対する傷害。原判示第3),



平成31年1月1日頃,被害児に対する暴行を見かねたC(当時31歳)がこれを制止しようとしたことに憤慨し,被告人方リビングにおいて,Cの胸倉をつかんでその顔面を平手で殴り,Cを押し倒してその身体に馬乗りになり,さらに,立ち上がったCの大腿部を足で蹴る暴行を加え(Cに対する暴行。原判示第4),



同月5日頃,被害児(当時10歳)が被告人を極度に畏怖していたことに乗じ,被告人方リビングにおいて,被害児に対し,

立てよ。行けよ。何やってんだよ。風呂場行けよ。行けっ

などと語気鋭く申し向け,もしその要求に応じなければ被害児の身体に更にいかなる危害を加えるかもしれない気勢を示して被害児を怖がらせ,着衣をつかんで被告人方廊下に引っ張り出す暴行を加え,さらに,Cに助けを求める被害児に対し,

やることあんだ行けよ,邪魔だから。行けっつってんだよ。行けよ早く

などと前同様に語気鋭く申し向けながら自己の身体を更に近づけて被害児を怖がらせ,被告人方浴室に行かせて,同所及び被告人方脱衣所で立たせ続けるなどし,もって被害児に義務のないことを行わせ(被害児に対する強要。原判示第5),



同月22日午後10時頃から同月24日午後11時8分頃までの間,被害児(当時10歳)を飢餓状態にするとともに強度のストレスにより著しく衰弱させても構わないと考え,被告人方において,被害児に対し,食事を与えず,長時間,被告人方リビング及び被告人方浴室に立たせ続けたり肌着のみの状態で暖房のない被告人方浴室に放置したりするなどして,十分な睡眠を取らせなかったほか,その間の同月24日午後1時頃には,被告人方浴室において被害児の身体に冷水を繰り返し浴びせかけ,同日午後4時頃には,被告人方リビングの床にうつ伏せにした被害児の背中に座り,その両足をつかんで身体を反らせるなどし,同日午後9時50分頃には,寝るのはだめだからなどと申し向けて被害児を被告人方浴室に連れ込み,シャワーでその顔面に冷水を浴びせ続けるなどの暴行を加え,これらの一連の行為による飢餓状態及び強度のストレス状態に起因するケトアシドーシス等に陥らせ,よって,同日午後11時8分頃までに,同所において,ケトアシドーシスに基づくショック若しくは致死性不整脈又は溺水により死亡させた(被害児に対する傷害致死。原判示第6),
というものである。
2
原判決は,上記各罪により被告人を懲役16年に処した。

3
これに対し,弁護人の論旨は,要するに,



原判示第1の事実に関し,原判決が証拠として挙示する本件アンケート(原審甲第98号証の第2回いじめにかんするアンケート(小学校低学年用)と題する書面。その写しが原審甲第99号証の捜査報告書添付の資料2)並びに担任教諭X,児童福祉司甲及び児童心理司乙の各原審証言中の被害児の生前供述(以下,単に被害児の供述という。)には証拠能力がないのに,その証拠能力を認めてこれらの証拠を事実認定に用いた原審の訴訟手続は,刑訴法326条,324条2項,321条1項3号の解釈適用を誤り,同法320条に違反したもので,この法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである,


原判示第1の事実に関し,同事実を認めるに足りる証拠はないのに,同事実を認定した原判決には,判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある,


原判示第3,第4及び第6の事実に関し,信用性の乏しいCの原審証言のみに依拠して認定した重要な事実が含まれている点で,原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある,


被告人を懲役16年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。
そこで,検討する。

第2
1
原判示第1の事実に関する訴訟手続の法令違反の論旨について
原審記録によれば,本件アンケート,証人X,証人甲及び証人乙に係る
証拠調べの手続経過は,次のとおりである。


本件アンケートは,原審の公判前整理手続において,原判示第1の被害状況を主な立証趣旨とする被害児作成の供述書として,原審検察官から請求されたものであり,第12回公判前整理手続期日において,原審弁護人はこれを証拠とすることに同意し,原裁判所はこれを採用する決定をした。被告人は同期日に出頭していたが,原審弁護人が上記同意の意見を述べた際に異を唱えた形跡はない。このような手続を経て本件アンケートは原審公判で取り調べられた。



証人X,証人甲及び証人乙は,原審の公判前整理手続において,原判示第1の事実について被害児から被害申告を受けた状況を主な立証趣旨として,いずれも原審検察官から取調べを請求されたものであり,第10回公判前整理手続期日において,原審弁護人は上記各証人の取調請求についていずれもしかるべくとの意見を述べ,原裁判所は上記各証人をいずれも採用する決定をした。被告人は同期日に出頭していたが,原審弁護人が上記しかるべくの意見を述べた際に異を唱えた形跡はない。そして,上記各証人は,原審公判で,それぞれ原審検察官の主尋問の際に被害児から聞き取った内容を具体的に証言したが,原審弁護人及び被告人はこれに対し,伝聞供述である旨などの異議を申し立てることなく原審弁護人において反対尋問をし,尋問を終えている。
2
本件アンケート作成時の外部的状況や,上記各証人が被害児から聞き取りを行った際の外部的状況等として,次のような事実が認められる。すなわち,本件アンケートは,野田市教育委員会が同市内の小学校で実施していた,いじめに関するアンケート調査の際に作成されたものであり,平成29年11月6日,被害児が,当時通っていた小学校で各生徒に配られたアンケート用紙に

お父さんにぼう力を受けています。

などと手書きで記載して提出したものである。担任教諭Xは,同日,本件アンケートの記載内容を確認して校長に相談し,その指示を受けて,翌7日,被害児本人から,上記記載内容に沿って補充的な聞き取りを行い,聞き取った内容を本件アンケート用紙に赤色インクのボールペンで書き留めた。同日,被害児は児童相談所に一時保護され,同日中に児童福祉司甲が被害児と面談し,被告人から受けた暴力の状況について被害児本人から聞き取りを行った。さらに,同月10日以降には,児童心理司乙が被害児と複数回面談し,被告人から受けた暴力の状況について被害児本人から改めて聞き取りを行った。

3
所論は,本件アンケートを証拠とすることに同意する旨の原審弁護人の意見は被告人の意思に反しており,無効であるのに,被告人に対して意思確認を行うことなく本件アンケートの証拠能力を認めた原裁判所の判断は,刑訴法326条の解釈適用を誤っており,同法320条に違反する旨主張する。
しかし,原審記録によれば,原審弁護人は,原判示第1の事実と同旨の平成31年3月18日付け起訴状記載の公訴事実について,被告人の否認供述に沿って同事実を争う主張をしているのであって,本件アンケートについては,被害児が生前に自ら作成したものであることを前提とした上で,その作成時の外部的状況等を踏まえ,証拠能力は争わずに信用性ないし証明力を争うこととして,これを証拠とすることには同意したものと理解することができるのであり,原審記録を精査しても,原審弁護人が包括的代理権に基づき述べた上記同意の意見が被告人の意思に反するものであったことをうかがわせる事情は見当たらない。したがって,原審弁護人の上記同意意見の有効性に疑いはないから,刑訴法326条1項により本件アンケートの証拠能力を認めた原裁判所の判断に誤りはなく,所論は採用できない。
また,所論は,本件アンケートには特信情況が認められないのに,その証拠能力を認めた原裁判所の判断は刑訴法321条1項3号の解釈適用を誤っている点からしても同法320条に違反する旨主張するが,上述したとおり,原裁判所は,同法321条1項3号により本件アンケートの証拠能力を認めたのではなく,同法326条1項によりその証拠能力を認めたのであって,この原裁判所の判断に誤りはないから,所論は前提を欠き,採用できない。
4
所論は,伝聞証言を予定している証人X,証人甲及び証人乙を採用した上,実際に上記各証人がした伝聞証言について被告人の意思確認を行わず,証拠排除決定もしなかった原審の訴訟手続は刑訴法320条に違反する旨主張する。
しかし,伝聞証言であっても,異議の申立てがないまま当該証人に対する尋問が終了した場合には,直ちに異議の申立てができないなどの特段の事情がない限り,黙示の同意があったものとして,証拠能力を有すると解
法廷決定・刑集38巻3号479頁),原審記録を精査しても上記特段の事情はうかがわれないから,上記各証人の原審証言中の被害児の供述を内容とする部分について刑訴法326条1項によりその証拠能力を認めた原裁判所の判断に誤りはなく,所論は採用できない。
この点に関連して,所論は,原審弁護人が上記各証人尋問の際に異議を申し立てなかったこと自体が被告人の意思に反するとも主張するが,原審記録によれば,原審弁護人は,上記各証人がそれぞれ被害児から聞き取りを行った際の外部的状況等を踏まえて,被害児の供述を内容とする部分についても,その証拠能力は争わずに信用性ないし証明力を争うこととして,異議の申立て等はしなかったものと理解することができるのであり,原審記録を精査しても,このような原審弁護人の対応が被告人の意思に反するものであったことをうかがわせる事情は見当たらないから,所論の指摘は当たらない。
また,所論は,上記各証人の原審証言中の被害児の供述を内容とする部分には特信情況が認められないのに,その証拠能力を認めた原裁判所の判断は,刑訴法324条2項,321条1項3号の解釈適用を誤っている点からしても同法320条に違反する旨主張するが,上述したとおり,原裁判所は,同法324条2項,321条1項3号により上記各証人の伝聞証言の証拠能力を認めたのではなく,同法326条1項によりその証拠能力を認めたのであって,この原裁判所の判断に誤りはないから,所論は前提を欠き,採用できない。
5
以上のとおりであるから,原審の訴訟手続に所論が主張するような法令違反は認められない。
論旨は理由がない。

第3
1
原判示第1の事実に関する事実誤認の論旨について
原判決の認定理由
原判決は,原判示第1の事実を認定した理由を,要旨,次のとおり説示
している。


担任教諭X,児童福祉司甲及び児童心理司乙がそれぞれ被害児から聞き取った,当時被告人から殴る蹴るなどの暴行を受けていた旨の被害児の供述は,次の理由から十分信用することができる。

Xは,被害児から本件アンケートの記載内容に関する聞き取りを行った際,上司や関係機関に報告する必要も意識し,誘導にならないように注意して質問している上,被害児の態度や表情の具体的な描写に加え,本件アンケートに記載された走り書きにより,被害児の供述内容の正確性も十分裏付けられている。また,甲及び乙も,被害児が打ち明けた内容やその際の被害児の様子等について具体的に証言している上,誘導することのないよう聞き取る手法等にも照らし,被害児の供述を忠実に再現するものとしてその信用性を疑わせる事情はない。


X,甲及び乙が被害児から聞き取った供述内容は,当時9歳の児童であっても認識や知覚,記憶が容易かつ可能な事柄で,その具体的な内容やXらが証言する被害児の様子からも,被害児は,自分の身に起こったことをありのまま伝えようとしていたことがうかがわれる。しかも,被害児は,児童相談所に一時保護される前後を通じて,一貫した供述を続けている。

加えて,平成29年11月10日に行われた医師の診察で被害児の顔面に内出血が認められたことや,同年12月13日に実施された医学診断では被害児にPTSDの疑いがある旨の診断がされていること,同年11月3日午前1時22分に被害児が脱衣所でうずくまる様子を撮影した写真や,同月4日には被害児が大泣きする様子を撮影した動画が存在することも,被害児の供述と整合的であり,その供述を一定程度支えるものといえる。


これに対し,被告人は,当時被害児に対し暴行を加えたことは一切ない旨供述するが,その供述は,次の理由から到底信用できない。


被告人は,寝相の悪い被害児を布団に戻すために抱き上げたり毛布を掛け直したりしていたので,被害児は,これらの行動を暴行と勘違いしているのではないかと思うと述べるが,当時9歳の被害児がそのような勘違いをするとはおよそ考えられない。


被害児がお父さんにたたかれたというのは,うそですなどと記載した書面は,平成30年2月24日,被告人が作成した文案をLINEを利用してCに送信し,Cを介して被害児にその文案どおりの文章を書くよう指示して書かせたものであって,被告人の供述を裏付けるようなものでは全くない。


信用できる被害児の供述によれば,被害児は,Xから聞き取りを受けた平成29年11月7日の前日頃,被告人にたたかれ,頭,背中,首を蹴られ,頭部の痛みは上記聞き取り時も続いていたことが明らかである。そして,被害児は,被告人から頭部を拳で殴られたことがある旨を再三説明しているのであって,上記聞き取りの前日頃の暴行についても,被害児の頭部を手で殴る暴行だけはしていないとは考え難く,むしろ典型的な攻撃態様として当然に行っていた蓋然性が高く,頭部への攻撃の態様について他の方法も排除はしないが,被告人は,原判示第1の事実のとおり,被害児の頭部を手で殴るなどの暴行を加えたことが認められる。

2
当裁判所の判断
被害児の供述が信用できるとして,原判示第1の事実を認定した原判決の判断は,論理則,経験則等に照らして不合理とはいえず,その結論を当審としても是認することができる。
以下,所論を踏まえて補足する(なお,被害児の供述に証拠能力がないとする所論が採用できないことは,既に説示したとおりである。)。


所論は,被害児の供述には信用性が乏しい旨主張し,その根拠として,①供述の時期,経緯及び内容やX,甲及び乙と被害児との力関係等に照らすと,供述内容の信用性を担保する情況があるとはいえず,むしろ信用性を疑うべき事情が存在すること,②供述内容が,暴行を受けた部位や暴行の態様,時期等の点で極めて曖昧であること,③Xは,平成29年11月7日の被害児からの聞き取りで,同月2日に被害児の目が赤かったことについて

あれもお父さんにやられたの。

と質問をしたところ,被害児が泣きながら

うん,お父さんに殴られた。

と答えた旨証言するが,被害児はXの誘導により事実と異なる供述をした可能性が高いこと,④被害児の顔面に内出血が存在したとしても,被告人の暴行によるものかは明らかでないこと,PTSDの疑いがある旨の診断も,30分間の問診による判断であり,確定診断ではない上に,PTSDの疑いの原因について診断がされたかも明らかでないこと,写真や動画は,被告人による暴行の事実をうかがわせるものですらないことから見て,いずれも被害児の供述の信用性を支える証拠としては弱いことなどを指摘する。
しかし,①については,前記第2の2で認定説示したような本件アンケート作成時の外部的状況及びその記載内容に照らせば,被害児は,本件アンケート作成の機会を捉え,実父である被告人から身体的な暴力を含む虐待を受けていることについて,通っている小学校の教諭等に助けを求めたい旨を自発的に記載したと認められるのであるから,そのこと自体から,本件アンケートの記載内容について一定の信用性を担保する情況があると解される。さらに,これを受けて行われたX,甲及び乙による聞き取りに際しても,被害児が被告人から受けている虐待の状況を自分自身の言葉で誠実に供述していることは明らかであって,Xらによる不当な誘導等をうかがわせる事情はなく,供述内容の信用性を担保する情況の存在は十分に認められる。
②については,原判決も認定説示しているように,被害児は,平成29年11月6日に作成提出した本件アンケートに

お父さんにぼう力を受けています。夜中に起こされたり,起きているときにけられたりたたかれたりされています。先生,どうにかできませんか。

などと記載していること,これを受けて翌7日に行われたXの聞き取りに対して,被告人から受けている暴行の具体的状況として,

お母さんがいないときに頭を殴られる。

こと,その回数は

10回くらい。

グーで殴られる。

こと,蹴られる場所は背中と首であることなどを供述し,さらに,

きのうもお父さんにたたかれた。

こと,

頭,背中,首を蹴られた。

こと,「今も痛い。」ことなどを供述していること,同日中に行われた甲の聞き取りに対しても,

お父さんから暴力を受けている。

こと,暴力の具体的な内容としては,たたかれたり,蹴られたりすること,目撃者等については,

暴力はお母さんのいないときに行われているので,暴力を見た人はいない。

ことなどを供述しており,同月10日,同月17日及び同月28日に行われた乙の聞き取りに対しても,お父さんからたたかれたり蹴られたりすること,

首とか背中とかをたたかれる。

こと,背中とか首とかをゴンというふうに殴られることなどを供述していることが認められる。これらの供述内容は相応に具体的なものであって,所論が指摘するように極めて曖昧であるなどとはいえない。
なお,Xは,被害児が被告人から10回ぐらい頭をグーで殴られる旨供述した点につき,

その時期については聞きましたか。

と問われて

時期はわからないです。

と証言しているが,この証言部分は,被害児が被告人から上記暴行を受けた具体的な時期については聴取していないため分からないという趣旨を述べたものと理解できるのであって,被害児の供述内容の曖昧さを示すものとはいえない。そして,被害児が本件アンケートを作成した趣旨が,当時受けていた暴力について助けを求めるものであったことを踏まえた上で,Xの聞き取りに対して被害児が供述した内容を全体として見れば,被害児が被告人から10回ぐらい頭をグーで殴られる旨などの供述をしているのは,Xによる聞き取り当時,すなわち平成29年11月上旬頃の状況として供述したものと見るのが自然かつ合理的である。また,甲は,被害児に対し,暴力の時期に関し,

暴力はいつごろからありましたか。

とその始期を尋ね,

野田に来てから。

との回答を得た旨証言をした上で,それに引き続いて,

逆に最近ではいつ暴力を振るわれたかDちゃんは話していましたか。

と問われて

最近の話は言っていませんでした。

と答え,さらに続けて,

それは,あなたが聞かなかったからですか。

と問われて「はい。」と証言しているが,これは,甲が,本件アンケートの記載内容から,その作成時頃まで被告人の暴力が続いていることは当然の前提として,その暴力の始期についてのみ尋ね,被害児がこれに答えた旨を証言したものと合理的に解されるのであるから,被害児がXの聞き取りに対してはきのうもお父さんにたたかれたなどと供述していたこととの間に矛盾や変遷等があるとはいえない。③については,Xの原審証言によれば,Xは,平成29年11月2日に被害児の目が赤くなっているのを見て,目が赤いけれども,どうしたの,結膜炎と聞いたところ,被害児は

はい,大丈夫です。結膜炎です

と答えていたが,同月7日に聞き取りをした際にそのときのことを思い出し,改めてあれもお父さんにやられたのと聞き直してみたところ,被害児はうん,お父さんに殴られたと答えたというのであって,所論の指摘を踏まえても,被告人に殴られたとの供述部分が事実と異なるものであったことはうかがわれず,少なくともこの点から被害児の供述全体について信用性が揺らぐものではない。
④については,所論の指摘を踏まえても,原判決の挙げる客観的証拠が被害児の供述と整合的で,その信用性を一定程度支えるものとみた原判決の評価に不合理な点はない。特に,被告人が当時撮影した画像データや動画データの内容は,当時から既に被告人の被害児に対する虐待が行われていたことを客観的に裏付けるものであって,そのような虐待行為の一環として被告人から身体的な暴力も受けていたとする被害児供述の信用性を一定程度支えるものといえる。
以上の点等からすると,被害児の供述が信用できるとした原判決の判断に誤りはなく,その信用性が乏しいとする所論は採用できない。


所論は,被害児はXの聞き取りに対して

きのうもお父さんにたたかれた。頭,背中,首を蹴られた

などと供述しているが,この供述から,頭部を被告人の手で殴られたとは認定できず,過去に頭部を拳で殴られたことがあるという被害児の供述も,殴打の時期が明確ではない上に,殴打の頻度も不明であって,この供述を前提としても,頭部を手で殴ることが典型的な攻撃態様とまではいえないことなどからして,上記聞き取りの前日頃にも頭部を手で殴る暴行があったとする原判決の推認には論理の飛躍がある旨主張する。
しかし,既に説示したとおり,被害児は,Xによる聞き取りを受けた平成29年11月7日の前日頃に被告人から受けた暴行の具体的態様としては,たたかれたことや頭,背中,首を蹴られたことを供述してい
るにとどまるものの,Xによる聞き取り当時,すなわち同月上旬頃に被告人から10回くらい頭をグーで殴られるなどの暴行を受けている旨供述していたことをも踏まえ,被告人が同月上旬頃に被害児の頭部を手で殴るなど(他の方法も排除はしない。)の暴行を加えた事実を認定した原判決の結論に誤りがあるとはいえない。



その他,所論の指摘を踏まえて原審記録を精査しても,原判示第1の事実を認定した原判決に事実の誤認はない。
論旨は理由がない。

第4
1
原判示第3,第4及び第6の事実に関する事実誤認の論旨について原判決の認定理由
原判決は,原判示第3,第4及び第6の事実を認定した理由を,要旨,
次のとおり説示している。


原判示第3及び第4の事実


関係証拠によれば,平成30年12月29日に被害児の顔面にけががなかったことは明らかである(被告人も争っていない。)ところ,被害児の司法解剖を行ったE医師の原審証言等によれば,平成31年1月5日に撮影された動画からはおおむね1週間以内程度の顔面打撲の所見が認められ,また,解剖時の遺体には胸骨骨折の所見が認められた。

Cは,平成30年12月30日から平成31年1月3日までの間に被害児が被告人から受けた暴行や,その間の平成31年1月1日にCが被告人から受けた暴行について,克明かつ具体的に証言しているところ,その内容は,体験した者でなければ具体的に想起し難い特徴的内容を含む自然なものである上に,平成31年1月4日に撮影された写真及び動画の中の被害児の顔面の状況や言動等とも整合していること,事実を誇張したり責任を被告人に押し付けたりする態度も見受けられないことからすると,Cの原審証言は十分信用できる。


Cの原審証言に前記アで認められる医学的所見を併せ考慮すれば,被害児の顔面打撲及び胸骨骨折の傷害は,平成30年12月30日頃から平成31年1月3日頃までの間に,被告人が,被害児の両手首をつかんで,身体を引きずった上,身体を引っ張り上げた後に,その両手首を離して床に打ち付けさせたほか,その顔面に対し何らかの打撃又は圧迫を内容とする暴行を加え,その胸部に対し何らかの方法で強度の打撃又は圧迫を加えたことにより生じたものと認められる。


これに対し,被告人は,原判示第3の事実に関しては,被害児に対し,両腕をつかんで引きずったこと,両腕をつかんで引っ張り上げたことはあるものの,その余の行為はしていないとして犯行を一部否認し,被害児の目の辺りにできたあざは,平成30年12月30日,脱衣所で暴れるなどしていた被害児ともみ合いになり,被害児を床に押さえ付けた際や,洗面台にしがみついている被害児の顔を引っ張り上げようとした際にできたものだと思うなどと供述しており,原判示第4の事実に関しても,Cに対し,顔面を平手で殴ったこと,馬乗りになったことはあるものの,その余の行為はしていないとして犯行を一部否認し,平成31年1月1日,突然Cが被告人の胸倉をつかんで

てめぇ。殺すぞ

と言い,逃げる被害児の背中を蹴るなどしたことから,Cを止めるために馬乗りになって,その頬を平手打ちしたところ,Cは泣きながらごめんなさいと言って落ち着きを取り戻したなどと供述しているが,このような被告人の供述は関係証拠に照らして余りに不自然で,到底信用できない。


原判示第6の事実


Cは,被告人が被害児に対し,平成31年1月22日の夕食を最後に丸2日間食事を与えず,その間,リビングや浴室に長時間立たせ続けたり,肌着及び下着のみの状態で暖房のない浴室に放置したりするなどして十分な睡眠を取らせなかったほか,同月24日午後1時頃には,浴室で冷水を繰り返し浴びせかけ,同日午後4時頃には,リビングの床にうつ伏せにした被害児の背中に馬乗りになり,両手で被害児の足首を持ち上げてプロレス技のようなことをし,同日午後9時50分頃には,寝るのはだめだからと言って,寝室へ入ろうとした被害児を廊下に連れ出したことなどを具体的に証言しているところ,その内容は事の成り行きとして自然なものであり,余り感情を交えることなく淡々と証言する態度も,感情を切り離すことで自らの精神状態を保とうとしているものと理解することができる。自らが批判を受ける事柄も含めて証言しており,自己の関与を隠蔽し,わい小化したり,被告人の言動や責任を誇張し,過大に証言したりする態度も見受けられない。


E医師の原審証言等によれば,被害児の死因は,ケトアシドーシスに基づくショック若しくは致死性不整脈又は溺水であり,そのケトアシドーシスの状態は,血中のケトン体濃度が異常に高い数値となっていたのであり,このような高い数値は,飢餓状態に置かれた糖質の欠乏だけでは説明できず,過度のストレスも相まって,血中のケトン体濃度の異常な上昇がもたらされたと考えられるところ,Cの原審証言は,このような医学的見解ともよく整合している。

以上の点等からすると,Cの原審証言には高い信用性が認められ,その証言どおりの事実が認められるほか,E医師の証言する溺水の所見等に照らし,被告人は,同日午後9時50分頃に廊下に連れ出した被害児を浴室に連れ込み,シャワーでその顔面に冷水を浴びせ続けるなどしたものと認められる。


これに対し,被告人は,被害児に食事を与えないようCに指示をしたことはない,被害児をリビングや浴室に立たせたことはあるが,被害児が自らやると言ったものであり,その途中で被害児はストーブの前で寝ていた,暴れる被害児の両足首を持って押さえたことはあるが,体を反らせるようなことはしていない,シャワーで冷水を被害児のおでこ付近からかけたが,かけた回数は3回ほどで,1回につき長くても3秒程度であるなどと供述するが,その供述は被害児の遺体の状況等の客観的証拠と整合せず,不自然で信用できない。

2
当裁判所の判断
以上のような原判決の判断には,論理則,経験則等に照らして不合理な点はなく,誤りはない。
これに対し,所論は,Cの原審証言には信用性が乏しい旨主張するので,以下,所論の指摘を踏まえて補足する。



所論は,Cの原審証言は核心部分を含めた多くの点で客観的証拠と整合していない旨指摘する。
しかし,原判決も説示するとおり,Cの原審証言中,原判示第3の事実に沿う部分は,平成31年1月4日に撮影された,被害児が顔面を負傷するなどしている状況あるいは苦しいよぉーなどと訴えている状況を示す画像データや動画データ等と整合しており,原判示第6の事実に沿う部分は,被害児の遺体の所見として,飢餓状態と過度のストレスが相まってもたらされたと考えられるケトアシドーシスが認められたことなどとよく整合しており,原判示第4の事実に沿う被害状況を証言した部分を含め,その核心部分は客観的証拠と十分に整合しているといえる。
この点,所論は,Cが,平成31年1月1日以降の状況について,次女の世話もありながら,毎日のように被告人がDに虐待をする姿を見ていて,私はもう正直限界でしたと証言する部分が,同月7日以降のLINEでの被告人とのやり取りでは,C自身が被害児の被告人方における行動を制限し,食べ物や飲み物を要求されたことや,パンの食べ方などについてむかつくなどと積極的に発言している言動等から客観的に認められる状況と合致しない旨指摘する。
しかし,Cは,当時,上記のようなLINEを被告人に送り,実際に自分自身も被告人の被害児に対する虐待行為に積極的に加担する言動をしていたことをいずれも認めた上で,その理由について問われ,被告人に対してのストレスを被害児にぶつけてしまったなどと供述し,さらに,当時の精神状態について,言い訳になるかもしれないがと前置きをした上で上記証言部分のとおりの説明をしているのである。この点,C自身が被告人の被害児への暴力を制止しようとしてかえって被告人から暴力を振るわれた原判示第4の事実に関する証言内容等を踏まえてみれば,上記証言部分は,Cが当時の状況を振り返り,自らの心情を同人なりに吐露したものとして十分に了解することができる。したがって,LINEのやり取り等から客観的に認められる状況に照らしても,上記証言部分が格別不自然であるとはいえない。
また,所論は,Cが被害児についてうそをつくような子ではありません,寝相は悪くありませんなどと証言する部分が,LINEでの自らの発言と相違し,あるいは矛盾することや,実家に行ってしまったDに対する嫌がらせとして被告人が被害児を除いた3人での旅行を計画した旨証言する部分も,ホテルの予約の経過等と相反することなどを指摘するが,これらを逐一検討しても,Cの原審証言の核心部分の信用性を左右するような事情とは認められない。
さらに,所論は,被告人に支配されていたことを強調するCの原審証言内容は,平成30年12月28日の被告人とCの間のLINEのやり取りから客観的に推認される両者の関係と著しくかい離しているとも指摘するが,所論が指摘するように被告人がCに対しみんなが,家族で居てくれるからぱーぱは頑張れたよなどというメッセージを送信したという事情だけで,被告人とCが支配・被支配の関係になかったことが客観的に推認されるとはいえない。


所論は,Cの原審証言は自己を正当化しようとするおそれが極めて高い状況の下でなされた旨指摘する。
しかし,原判決も説示するとおり,Cは,被害児に対する虐待行為について,自分自身もこれに積極的に加担する言動をしていたことを素直に認めており,自己の関与を隠蔽したり,わい小化したりする態度は見受けられない上に,被告人の一連の行為についても,自分自身の現認した状況のみを淡々と述べ,また,被告人方に引っ越した後のC自身に対する被告人による暴力についても,原判示第4の事実のほかは,同居を開始した日に1度あっただけであり,しかもその内容は腕をつかんで体を床に押さえ付けられただけであると述べており,殊更に事実を誇張したり被告人に責任を押し付けたりする態度も見受けられない。このようなCの原審証言内容及び証言態度等に照らせば,C自身,原判示第6の事実に関して共犯の立場にあったことや被告人に対して離婚訴訟を提起していること,Cの両親も被告人に対して民事訴訟を提起していることなど,所論が種々指摘する点を十分に踏まえても,Cの原審証言の核心部分の信用性を損なうような事情は認められない。


所論は,Cの原審証言は全体として曖昧な部分が多く,その核心部分について具体性や迫真性が欠けている旨指摘する。
しかし,原判決も説示するとおり,原判示第3,第4の事実に関して,Cは,被告人が被害児に対して,両手首をつかんで体を引きずり,無理やり体を引っ張り上げては,手を離して床に打ち付ける暴行を加え続け,これを制止しようとしたCに対しても,胸倉をつかみ,馬乗りになるなどの暴行を加えるという行為が2度にわたって繰り返された平成31年1月1日の状況を中心に,一連の目撃状況及び被害状況を具体的かつ相当詳細に証言し,また,原判示第6の事実に関しても,Cは,インフルエンザにり患した被告人が仕事を休んで終日自宅で過ごすようになる中で,同月22日午後10時頃以降,被害児に対し,リビングや浴室で立たせたり,玄関で駆け足をやらせたりする虐待を続けたほか,同月24日午後1時頃には,浴室でボウルやシャワーを使って被害児の体に冷水を繰り返し浴びせかけ,同日午後4時頃には,リビングの床にうつ伏せにした被害児の背中に座り,両足をつかんで体を反らせるなどの暴行を加えた一連の目撃状況を具体的かつ相当詳細に証言しているのであって,このようなCの原審証言の核心部分は,相応の具体性と迫真性を十分に備えているといえる。さらに,その証言内容全体を見ても,曖昧な部分が多いとはいえない。
この点,所論は,平成31年1月1日の状況に関する証言中,Cが被告人に胸倉をつかまれたときの体勢や,太ももを蹴られたときの状況に具体性がない旨指摘するが,前者については,Cは,お互いに立った状態で被告人から胸倉をつかまれたことを具体的に証言しており,後者についても,Cは,自分は被告人側を向いていなかったので,蹴り方は見ていないが,左太ももを蹴られた感覚があったことを具体的に証言している。また,同日,被告人が被害児にスクワットをさせていた点について,Cが,どのようなきっかけがあったかははっきりとは覚えていない旨証言していることは所論指摘のとおりであるが,そのこと自体に不自然な点はない。さらに,所論は,Cが被告人から受けた暴言,暴力や束縛について証言する内容も具体性を欠いている旨指摘するが,Cは,自分自身の過去の異性関係が原因で被告人から暴言を吐かれたり,暴力を振るわれたりしたことや,被告人がLINE等を使ってCを束縛,監視していたことについて,相応に具体性のある証言をしており,所論の指摘は当たらない。


その他,所論の種々指摘する点を踏まえて原審記録を精査しても,Cの原審証言が信用できるとした原判決の判断に誤りはなく,その信用性が乏しいとする所論は採用できない。Cの原審証言を含む関係証拠から原判示第3,第4及び第6の事実を認定した原判決に事実の誤認はない。論旨は理由がない。

第5
1
量刑不当の論旨について
原判決の量刑理由
原判決は,被告人を懲役16年に処した理由を,要旨,次のとおり説示
している。


量刑の中心となる傷害致死の犯行態様を見ると,被告人の被害児に対する2日間にわたる一連の行為は,食事や睡眠という人間が生きていくために最低限必要なものを奪うとともに,度々の失禁を余儀なくさせるなど人としての自律的な生活をも失わせ,被害児の体力と気力を徹底的に奪いながらストレスを与え続け,暴行も加えながら衰弱させていったもので,被害児の遺体に認められた強度のストレスが与えられたことを示唆するケトアシドーシスの状態は,その行為が尋常では考えられないほどに凄惨で陰湿な虐待であったことを雄弁に物語っている。



先行する各虐待について見ると,被告人は,被害児に対し,平成29年11月上旬頃に殴るなどの暴行を加えた原判示第1の犯行以降,1年2か月余りもの長期間にわたり断続的に虐待を繰り返した挙げ句に被害児を死に至らしめており,原判示第2(平成30年7月30日の強要)の犯行では,生理的欲求(排せつ)に対してもこれを制限してコントロールする中で,それに屈する被害児の屈辱的な姿をこれ見よがしに撮影し,原判示第3(同年12月30日頃から平成31年1月3日頃までの間の傷害)の犯行では,全治約1か月間を要する胸骨骨折のほか,顔面に変色や腫れが明らかな皮下出血を生じさせるほどの過激な暴行を加え,原判示第5(同月5日頃の強要)の犯行では,理不尽な不満(被害児を負傷させたため,外に連れ歩けないと考え,予定していた家族旅行をキャンセルしたことの不満)のはけ口として更に苦痛を強いるなど,虐待を常態化させ,エスカレートさせて,し虐の度も高めてきたことが見て取れる。これら一連の虐待は,被害児に肉体的苦痛を与えるだけでなく,強い恐怖心を与えるとともに,既に自我を持つ年齢となっていた被害児の人格と尊厳をも全否定するものであり,本件傷害致死の犯行は,その行き着く果てであったといえる。⑶

このような虐待が長期間続いた要因等を見ると,被告人は,被害児が児童相談所に一時保護された後も,自らの社会的体裁を取り繕うことばかりを優先し,児童相談所の職員に対して威圧的な態度を取り,被告人から暴力を受けたというのはうそであった旨の書面を被害児に書かせ,その訴えを握りつぶし,被害児と会わないという一時保護解除の条件をなし崩し的にほごにし,被害児を自宅に連れ戻すなどした。また,被害児のあざから虐待が露見するのを恐れて,もっともらしい理由を付けて学校を休ませたり,被害児が助けを求めた被告人の両親らにも虐待は一切ないなどと強弁して,被害児を自ら引き取った後,戻さなかったりするなどし,さらに,家庭内でも,Cに対して行動を監視した上,暴力を振るって支配してきており,とりわけ,被害児に対する被告人の虐待を制止しようとしたCに対しても,あからさまな暴行を加えた原判示第4の犯行以降,Cは,被告人に同調して,被害児に食事を与えないようにという被告人の指示にも従い,もはや被害児を助ける存在ではなくなっていた。このように,被告人は,被害児への虐待を発見し,これを防止する社会の仕組みや被害児に対する救いの手を徹底的に排除し,被害児を完全に孤立無援としたのであって,Cの虐待への関与は,被告人による支配の結果というべきものであり,被告人と共同して被害児への虐待を行ったと評価し得るものではない。⑷

結果の重大性について見ると,被害児は,将来の夢を思い描き,未来への希望を抱くであろう年代であるのに,社会からも身内からも助けてもらうことができないまま,実父から理不尽極まりない虐待を受け続け,絶命したのであり,その悲しみや無念さは察するに余りある。10歳の子供の死という結果が重大であることはいうまでもないが,本件の痛ましさは,それにとどまらない衝撃を我々に与える。



被告人が被害児への虐待行為に及んだ意思決定について見ると,被告人は,意固地なまでに融通の利かない独善的な考えと,単に自分の言うことを聞かせたいなどという理不尽な支配欲から,大人と子供,かつ,親と子という絶対的な力の差に物を言わせて,被害児に虐待を加え続けたものと評するほかなく,その意思決定に酌量の余地などみじんもなく,極めて強い非難が妥当する。



そこで,処断罪を傷害致死罪,動機を児童虐待とする量刑傾向に加え,処断罪を保護責任者遺棄致死罪,動機を児童虐待とする量刑傾向も踏まえて,本件各犯行の行為責任を検討すると,本件は,断続的とはいえ,虐待の期間が特に長期間に及んでおり,中断した経緯も,児童相談所や実父母の介入等,外部の関与がきっかけとなったものであること,被害児は,当時9歳ないし10歳という虐待行為に対して一定の抵抗をするだけの意思も能力もある年齢に達しており,実際他者に助けを求めるなどしたことがあったにもかかわらず,被告人は,他者からの助けを排除して,徹底的な支配により,被害児を肉体的,精神的に追い詰め,死亡させたこと,さらに,処断罪である傷害致死の経緯に当たる事実が,犯罪行為として立件されて具体的に立証されたことにより,傷害致死の犯行態様の異常なほどの陰惨さとむごたらしさ,固着したとも評すべき被害児への虐待意思等が浮かび上がっていることから見て,本件は,上記量刑傾向を大きく超える極めて悪質性の高い事案であるといえ,死者1人の傷害致死罪全体の最も重い部類と位置付けられるべきである。


さらに,一般情状について見ると,被告人は,反省や謝罪の言葉を述べているものの,自己の責任を被害児やCに転嫁して,被害児やCの人格をおとしめる不合理な弁解に終始していることからすると,およそ自らの罪に向き合っているとはいえず,反省というものは見られない。そのような被告人の態度は,被害者参加人である被害児の母方の祖母の感情を逆なでするものであり,公判に出席した同人が被告人に対し極めてしゅん烈な処罰感情を述べたのも当然である。その他,被告人は,前科はないものの,社会的体裁を取り繕いながら,家庭内で被害児やCへの虐待を繰り返していたこと,また,被告人の両親による監督についても,被告人やその両親の年齢等に鑑みれば多くを期待できるとはいい難いことからすると,量刑上これらの事情を大きく考慮することはできない。

2
当裁判所の判断
以上のような原判決の量刑事情の認定・評価及びそれに基づく刑の量定に不合理な点はなく,原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。以下,所論を踏まえて補足する。



所論は,原判決の量刑は従前の同種事案の量刑傾向から大きく逸脱しており,重きに失する旨主張する。
しかし,原判決も説示するとおり,本件傷害致死の犯行態様は,被害児に対し,丸2日間にわたって食事を与えず,十分な睡眠も取らせないまま,室内や廊下に長時間立たせるなどし,さらに,廊下でお漏らしをした罰を与えるなどと称して,真冬の暖房のない浴室に立たせたり放置したりするなど,理不尽極まりない虐待行為を続けた末に,浴室に連れ込んだ被害児の顔面にシャワーで冷水を浴びせ続けるなどして,被害児を死に至らしめたという,異常なまでに陰惨で,むごたらしいものであり,それ自体,極めて悪質である。加えて,被告人は,被害児に対し,平成29年11月上旬頃から1年2か月余りもの長期間にわたり,外部の関与をきっかけとする中断を挟みながらも断続的に暴行,傷害や強要に当たる行為を含む虐待行為を繰り返し,虐待を常態化させ,エスカレートさせた挙げ句の果てに,本件傷害致死の犯行に至ったものであり,被害児の遺体の状況のほか,被告人が自ら撮影した虐待の記録ともいうべき動画や画像等からは,当時既に9歳ないし10歳という自我を持つ年齢となっていた被害児の人格と尊厳を全て否定するような虐待のすさまじさが明らかとなっており,このような点から見ても,本件は極めて悪質性の高い事案である。しかも,被告人は,被害児が必死の思いで助けを求めたのに応じて対処した児童相談所や実家の親族らによる救いの手を徹底的に排除し,妻のCをも暴力等により支配することで,自らの社会的体裁を取り繕いながら,被害児を完全に孤立無援の状態に追い込み,ついには,誰からの庇護も受けられぬ状況の中で凄惨な虐待死に至らせたのであり,その執ようで強固かつ独善的な虐待意思等に照らして,一連の犯行に及んだ被告人の意思決定には極めて強い非難が妥当する。これらからすると,本件は,同種類型である児童虐待による傷害致死あるいは保護責任者遺棄致死の事案の中でも,その悪質性は並外れたものとして際立っていると評価することができる。そうすると,同種類型の量刑傾向を大きく超える極めて悪質性の高い事案であるとして,死者1人の傷害致死の事案全体の中で最も重い部類に位置付けられるべきであるとした原判決の量刑判断には,相応に具体的かつ説得的な根拠が示されていると解することができ,被告人が原審公判段階に至ってもなお自らの罪に向き合うことすらできていないことなどを含めた一般情状をも勘案した上で,原審検察官の懲役18年の求刑に対して被告人を懲役16年に処した原判決の量刑判断は,これまでの量刑傾向を踏まえて検討しても,不合理なものであるとはいえない。
これに対し,所論は,本件においては,凶器を使用している事案,動機に金銭トラブルがある事案,計画性のある事案,被害者の立場が親族以外である事案のような,一般的に犯情の面で重視されるべき悪質な事情は存しないなどと指摘するが,上述したような本件事案特有の悪質性に照らせば,所論の指摘は当たらない。


所論は,原判決の説示中,被告人とCの関係や,Cの虐待への関与についての認定及び評価は,信用性の乏しいCの原審証言に専ら依拠したもので,事実を誤認しており,これを前提とした原判決の量刑判断は不当である旨主張する。
しかし,Cの原審証言が信用できることは既に説示したとおりであり,同証言を含む関係証拠によれば,Cは,郷里の沖縄を離れ,被告人の物心両面にわたる支配を受けながら生活していたが,当初は,被害児をある程度庇っていたことが認められるものの,C自身が被告人から原判示第4の暴行を受けた頃からは,被害児への虐待にも積極的に加担する言動を示すようになったことが明らかであり,この点に関する原判決の認定及び評価に誤りはなく,所論は採用できない。
また,所論は,被告人が被害児への虐待を繰り返したなどとする原判決の認定にも誤りがある旨主張するが,証拠上明らかな本件の一連の事実経過から,被告人が長期間にわたって,外部の関与をきっかけとする中断を挟みながらも,断続的に虐待を繰り返したものと認めた原判決の判断に誤りはない。


所論は,原判決の量刑は,共犯者であるCとの刑の均衡を余りにも失する旨主張する。
しかし,Cは,原判示第6の事実に関して傷害幇助罪に問われるにとどまったものであり,しかも,その立場は被告人による支配を背景とした従属的なものであったことは既に説示したとおりであることなどからすると,原判決の量刑がCとの刑の均衡を失するとはいえない。



その他,所論の指摘を踏まえても,原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。
論旨は理由がない。

第6

結論
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における未決勾
留日数の算入について刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
令和3年3月4日
東京高等裁判所第8刑事部

裁判長裁判官

近藤宏子
裁判官

小川賢

裁判官

仁藤佳海
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