判例検索β > 平成31年(わ)第1436号
傷害、監禁、器物損壊
事件番号平成31(わ)1436
事件名傷害,監禁,器物損壊
裁判年月日令和3年2月8日
裁判所名・部大阪地方裁判所  第1刑事部
裁判日:西暦2021-02-08
情報公開日2021-03-12 16:00:28
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主文
被告人を懲役3年に処する
未決勾留日数中300日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
第1

被告人は,交際相手の長男であるA(当時3歳)をトイレ内に閉じ込めて説教しようと考え,平成31年2月8日午後7時50分頃,大阪市a区bc丁目d番e号f号室において,同人を同室のトイレ内に無理矢理連れ込んで内鍵をかけ,トイレから出ようとする同人の両腕を胴体に固定させてベルトで縛るなどして同人を畏怖させ,同日午後9時頃までの間,同人をトイレ内から脱出することを著しく困難にさせ,もって人を不法に監禁した。

第2

被告人は,平成31年2月8日午後7時50分頃から同日午後9時過ぎ頃までの間,前記第1記載のf号室トイレ内において,A(当時3歳)に対し,平手でその顔面付近を複数回殴る暴行を加え,よって,同人に全治約10日間を要する右耳介,右頬部から右下顎部にかけての打撲等の傷害を負わせた。
第3

被告人は,平成31年3月15日午後0時9分頃から同日午後1時18分頃までの間,大阪府守口市g通h丁目i番j号株式会社B駐車場において,C所有の原動機付自転車の前輪ブレーキオイルを漏出させてブレーキが正常に作動しない状態にし,同車のキーシリンダーに差し込まれていたエンジンキーを抜いて投棄又は隠匿するなどして,同車を走行不能にし(損害額合計7000円相当)
,もって他人の物を損壊した。

第4

被告人は,平成31年3月18日午後6時23分頃から同日午後6時35分頃までの間に,大阪市内において,A(当時3歳)に対し,その左右耳介部等に打撲を加える暴行を加え,よって,同人に全治約1週間ないし10日間を要する左右耳介部打撲等の傷害を負わせた。

第5

被告人は,平成31年3月21日,大阪市a区kh丁目l番m号D方において,A(当時3歳)に対し,その腹部に強い外力を与える何らかの暴行を加え,よって,同人に全治約1か月間を要する外傷性胃破裂等の傷害を負わせた。(証拠の標目)
(省略)
(争点に対する判断)
第1
1
監禁(判示第1の事実)について
争点
弁護人は,監禁罪の成立は争わないが,被告人がAをトイレ内に無理矢理連れ込んで内鍵をかけた事実はないと主張し,被告人もこれに沿う供述をするので,以下,監禁の態様について検討する。

2
C及びEの各証言について
(1)Cの証言
被告人の交際相手であったEの弟であるCは,公判において,以下のとおり証言した。
平成31年2月当時(以下,平成31年及び令和元年の日付は年の記載を省略する。,判示第1記載のf号室(以下本件アパートという。

)には,
Cとその交際相手であったFのほか,E,A及び被告人が暮らしていた。被告人は,2月8日,Cと一緒に帰宅する前にAの勝手な行動を聞き知り,午後7時頃に本件アパートに帰宅すると,リビングでAに説教を始めたが,食事の準備をするCとFの邪魔になるということで,Aの服の襟首を持ち,引きずる感じでトイレに連れて行った。Aは,泣きながら「嫌や。」と言い,トイレのドア枠を持って抵抗していたが,被告人は,Aの胸辺りを足やひざで押してトイレ内に押し込み,ドアを閉め,内鍵をかけた。被告人は,一度出てきて,寝室から煙草やライター,灰皿,ベルトを取ってトイレに戻った。その後,Eが帰宅し,被告人とAの状況を伝え,被告人を止めに入るように言った。Eは一度トイレに様子を見に行ったが,被告人を止めに入ることを躊躇していたので,Cがトイレに行きたがっていることにして声をかけさせた。Eが帰宅してから被告人に声をかけるまでの時間はそれほど長くないと思う。Eが声をかけたことで,被告人とAはトイレから出てきた。Cがトイレを使って出ると,被告人,E及びAはリビングで座って話していた。その後,Cは寝室に戻ってテレビを見るなどしていたが,リビングの様子は覚えていない。被告人とEが風呂に入っているのはわかった。Aが一人で寝室に来たが,頬が腫れ,あざができていた。
(2)Eの証言
一方,Eは,2月8日の出来事について,以下のとおり証言した。2月8日に本件アパートに帰宅すると,CとFだけが寝室にいた。CからAがトイレで被告人に怒られていると聞いて様子を見に行くと,ドアロックの表示が赤色になっており,内鍵がかけられていることがわかった。なお,帰宅時間が午後8時頃だったか午後8時半頃だったかや,本件アパートのトイレのドアロックが楕円形だったか六角形だったか,内鍵が掛かっているかを表示する窓がドアノブの上下どちらにあったかは,よく覚えていない。その後しばらく様子を見ていたが被告人とAが出てこなかったので,Cがトイレに行きたがっていると声をかけると,二人がトイレから出てきた。Cがトイレを使い終わった後,被告人は,まだ話があるなどと言ってAを連れてトイレに入り,鍵をかけるような音がしたので見に行くと,ドアロックの表示が赤色になっていたので,また内鍵をかけたことがわかった。同日午後9時頃,被告人とAがトイレから出てくると,Aは顔に怪我をしていた。(3)各証言の信用性について
E及びCは,いずれも被告人に対して良い感情を抱いていないことが窺

われ,証言の信用性を判断するにあたっては,その点を考慮する必要がある。しかし,C及びEの各証言は,相互に符合しており,内容は具体的で不自然な点がなく,
帰ってどやす今から説教まぁまぁ怒って待,,っとくわといった2月8日のEと被告人とのLINEでのやりとりとも整合している。
例えば,Cの前記証言のうち,被告人がAを引きずるように連れて行って足やひざでトイレ内に押し込んだとの点は具体的であり,被告人がAに対して怒っていたことや,Aが以前にも被告人からトイレで説教されたことがあったという事実とも整合する。また,被告人が内鍵をかけたとの点は,CとEがそれぞれドアロックの表示を確認した旨述べており,相互に証言の信用性を高め合っている。Eの前記証言のうち,被告人が二度にわたってAとともにトイレに入ったとの点は,Cがトイレを使用したがっているとの方便を使って一度被告人とAをトイレから出させた経緯に照らして自然である。

弁護人がCとEの各証言が相互に矛盾すると指摘する点のうち,Eが帰宅してから被告人に声をかけるまでに経過した時間については,感覚的な部分であり,両名とも確実な時間を証言しているわけではないから,証言内容が互いに矛盾しているとはいえない。また,Eが被告人に声をかけ,被告人とAがトイレから一旦出た後の出来事については,Eがトイレ近くのリビングでトイレの様子を窺っていたのに対し,Cはリビングと引き戸を隔てた寝室でテレビを見ており,観察条件や関心の度合が異なることから証言内容が合致しなかったと理解でき,矛盾点とは言い難い。
弁護人は,C及びEの各証言にはそれぞれ時間経過に関する供述の変遷やドアノブの形状という客観的証拠との矛盾があるとも主張するが,各証言時から1年半以上前の出来事であるという時間の経過や聴取の仕方の違いによって生じたものと考えられ,各証言の信用性を左右する事情とはいえない。

ウ3
よって,C及びEの前記各証言はいずれも十分信用できる。

被告人の弁解について
被告人は,Aをトイレに連れて行った経緯について,Aに

トイレに行こか。

と言うと「分かった。」と言い,嫌がる様子はなくトイレに入ったのであり,内鍵はかけていない旨弁解するが,前記のとおり,信用できるCの証言に反する上,被告人とEとのLINEに現れている被告人の感情や,その直後にAに対してベルトで縛ったり顔面を複数回殴る暴行を加えていることに照らし不自然であるほか,2月8日の出来事に関する被告人の供述は,約1時間に上る監禁時間の中での出来事としては内容に乏しいので,信用できない。4
結論
以上のとおり,信用性が認められるC及びEの前記各証言から,判示第1記載のとおり,被告人がAを本件アパートのトイレ内に無理矢理連れ込んで内鍵をかけた事実を認定した(なお,被告人とAはトイレから一旦出てきているが,トイレに戻るまでの時間は短時間で,被告人の監禁の意思は継続していることから,監禁の終了時刻は午後9時頃と認定した。。


第2
1
器物損壊(判示第3の事実)について
争点
弁護人は,C所有の原動機付自転車(以下本件原付という。
)の損壊は,
Cによる自作自演又は被告人以外の者の犯行によって生じた可能性が否定できないとして事件性及び犯人性を争い,被告人も身に覚えがない旨供述するので,以下検討する。

2
前提となる事実
防犯カメラ映像を始めとする関係各証拠によれば,以下の各事実が認められる(以下,第2の項において,時刻のみ表示するのは3月15日の出来事である。。

(1)Cは,午前6時44分頃,本件原付に乗って株式会社B(以下Bという。
)に出勤し,敷地東側にある駐車場(以下東側駐車場という。
)の北
側中央に本件原付を鍵を差したまま駐車した。その時点まで,本件原付は正常に走行し,異常は見られなかった。
(2)午前10時8分頃,紺色の長袖ジャンパー,黒っぽい長ズボン,黒っぽい靴を着用し,つばを後ろにした状態で紺色の帽子を被った男性が,つま先を少し外側に開いた状態で歩を進める,いわゆるがに股歩きで東側駐車場に現れ,フォークリフトを操縦した。
(3)午前10時39分頃,前記(2)と同様の特徴を有し,黒っぽい短髪の男性が,本件原付を手押しで移動させ,東側駐車場の北西角付近に西向きに駐車した。また,その男性は,フォークリフトをその南側に寄せて駐車し,その際,フォークリフト運転席のドリンクホルダーに飲料様の物を遺留した。(4)午後0時9分頃,前記(2)及び(3)と同様の特徴を有し,黒い肩掛け鞄を所持した男性が,工具置き場から東側駐車場に現れ,本件原付が駐車されていた東側駐車場北西角付近に近付き,約1分間程度,防犯カメラの死角に留まった。
(5)午後1時15分頃,前記(2)ないし(4)と同様の特徴を有する男性(但し,肩掛け鞄は所持していない。
)が事務所から東側駐車場に現れて細長い何か
を手に持った状態で,東側駐車場北西角付近に近付き,午後1時16分頃から約1分間程度,防犯カメラの死角に留まった。その男性は,フォークリフトのドリンクホルダーから飲料様の物(前記(3))を持ち去った。(6)午前6時44分頃(前記(1))から午後5時6分頃(後記(7))までの間に,防犯カメラの映像上,前記(3)ないし(5)以外に東側駐車場北西角に駐車されていた本件原付に人が近づいたことはない。
(7)Cは,午後5時6分頃,東側駐車場北西角に駐車された本件原付に近づき,一度工具置き場に戻った。午後5時12分頃,Cが再び本件原付に近づき,午後5時14分頃から午後5時16分頃にかけて,男性2名が本件原付やフォークリフトの周辺で立ち話をするなどした。午後5時20分頃,C及び他の従業員は,ハンドルロックされた本件原付を移動させた。その後,本件原付の配線を直結する作業をしていた際に,前輪のブレーキオイルが抜けてブレーキが利かないことがわかった。
(8)Cは,3月15日から同月17日までの間,本件原付を東側駐車場に駐車していた。その間,本件原付については,Bの従業員であるGが後輪ブレーキワイヤーを締めたほか,被告人が前輪のブレーキキャリパーのねじを締めた。
(9)Cは,3月17日,Hに本件原付の修理とエンジンキーの作成を依頼した。Hが確認すると,本件原付は,前輪のブレーキオイルが全く入っておらず,両輪の空気が明らかに減った状態であった。
3
事件性について
本件原付は,午前6時44分の時点では正常に走行しており,外見上異常がなく(前記2(1))
,午前10時39分頃にはハンドルロックをかけられていな
かった(同(3))にもかかわらず,複数のB従業員らが本件原付の異常を認識した午後5時20分頃までの間に,ハンドルロックをかけられた上でエンジンキーが消え,前輪ブレーキオイルがなくなり,タイヤの空気が明らかに減っていたものと認められる。偶然にハンドルロックがかかり,エンジンキーがなくなることは考えにくく,何者かがハンドルロックをかけた上でエンジンキーを抜き去ったと考えるほかない。また,オートバイ整備業を営むHの証言によれば,ブレーキオイルがこのような短期間で自然に漏出することはなく,何者かが前輪のブレーキキャリパーのねじ(万丈ボルト)を緩めた上でブレーキレバーを握って人為的にブレーキオイルを漏出させたことがブレーキオイルがなくなった原因であると推測できる。そうすると,タイヤの空気の減少も,エンジンキーを抜き取り,ブレーキオイルを漏出させた何者かによって空気を抜かれたことにより生じたと考えるのが自然である。
以上より,何者かが,午前6時44分頃から午後5時20分頃までの間に,本件原付のブレーキオイルを漏出させ,タイヤの空気を抜き,ハンドルロックをかけてエンジンキーを抜き取ったものと認められる。
4
犯人性について
(1)本件原付に複数回近づいた男性(前記2(2)ないし(5))が被告人であることについて

フォークリフトを操縦するとともに本件原付に近づいた人物(前記2
(2)ないし(5))は,いずれも,体格,服装,帽子の着用方法や頭髪の様子,歩き方といった特徴が共通しており,飲料様の物をフォークリフトのドリンクホルダーに置き(同(3))
,後に持ち去っている(同(5))こと
も考慮すれば,同一人物であると認められる。

そして,前記防犯カメラ映像を見たCは,体格,服装,帽子の被り方,歩き方,短時間映った顔貌,肩掛け鞄といった具体的な特徴を挙げて,前記アの男性は被告人であると証言し,Eも同様に帽子の被り方や歩き方,髪型から,前記2(4)及び(5)の男性は被告人であると証言する(なお,被告人は,3月15日にフォークリフトを動かしたかもしれず,前記防犯カメラ映像の人物は誰か分からない旨述べている。。



前記アの男性は,操業時間中にBのフォークリフトを運転し,事務所や工具置き場にも出入りしていることから,Bの従業員であると考えられる。3月15日は,I,J,K及び被告人の合計4名が倉庫作業担当者として会社に残り,Cを含むその余の従業員らは南港,福知山又は東大阪の現場に出ていたところ,I,J及びKの全身写真並びにCが証言する前記3名の特徴からすれば,倉庫作業に残っていた従業員の中では,被告人が最も前記アの男性に似ているといえる。3月15日に現場に出ていた従業員,また,同日に出勤していなかった従業員が前記2(2)ないし(5)の時間帯にいずれも会社にいたとは考え難く,仮に,何度も会社の敷地内を行き来し,フォークリフトを動かすなどすれば,倉庫作業で残っていた被告人らの目にとまったであろうと考えられるが,そのような事実は証拠上全く窺われない。そうすると,C及びEの前記各証言は,上記のような事情に裏付けられているから,これらの証言により,前記アの男性は被告人であると認められる。
(2)被告人が本件犯行を行ったことについて
防犯カメラの映像上,午前6時44分頃から午後5時6分頃までの間に本件原付に近づいたのは被告人しかいない(前記2(6))
。加えて,本件当時,
被告人とCとの関係は悪化しており,本件当日には,CがBの従業員らに対して被告人が勝手に家に転がり込んできているなどと言っていることが被告人の耳に入り,被告人が,午前11時32分頃及び午後0時21分頃,Eに対し,Cへの不満を述べるLINEメッセージを送っている。このように,被告人には,Cに対して嫌がらせに出る動機が認められる。さらに,被告人は,前記2(8)のとおり,修理に出される前に本件原付の前輪ブレーキキャリパーのねじを締めているが,軽い気持ちで締めたとの被告人の説明は得心のいくものではなく,ブレーキオイル漏出の原因を隠そうとした行動と理解できる。
以上によれば,前記2(5)の男性が持っていた物が少なくともねじを締める工具という証拠はないとの弁護人の指摘を踏まえても,本件原付のブレーキオイルを漏出させ,ハンドルロックをかけてエンジンキーを抜き取り,タイヤの空気を抜いた犯人は,被告人であると認定できる。
5
弁護人の主張について
弁護人は,C又は他のBの従業員が,午後5時6分以降に本件犯行に及んだ可能性や,Bの従業員以外の第三者が防犯カメラの死角から東側駐車場に侵入して本件犯行に及んだ可能性を指摘する。
しかし,Cが虚偽の被害を作出したとすると,Cは,他の従業員らが行き来する東側駐車場において,午後5時6分頃から他の従業員とともにハンドルロックされた本件原付を移動した午後5時20分頃までの約14分間という短い間に,本件原付の前輪ブレーキキャリパーのねじを緩めてブレーキオイルを漏出させ,タイヤの空気を抜き,ハンドルロックをかけてエンジンキーを抜き取るという作業を行ったことになるが,それ自体相当困難である。弁護人が主張するCの被告人に対する悪感情を踏まえても,Cがあえて虚偽被害を作出したとはおよそ考え難い。
また,他の従業員が犯人であったとしても,午後5時6分頃から午後5時20分頃までの間に,持ち主であるCがエンジンキーを探して周りを行き来し,他の従業員の出入りもある中で前記作業を行ったことになり,やはり困難を伴う。
そして,防犯カメラの死角から本件原付に近づいた第三者による犯行の可能性を検討すると,東側駐車場の北側から侵入するには,約160センチメートルのブロック塀を乗り越える必要があり,侵入自体容易ではなく,しかも防犯カメラの死角となる狭い範囲から一切はみ出すことなく本件原付のみを損壊して立ち去った人物がいるとは常識的に考えられない。なお,弁護人は,5月16日に撮影された写真において,東側駐車場北側に置かれたドラム缶上面の埃に靴底様の痕跡があることを指摘するが,本件から2か月以上経過した後に撮影された写真であり,これをもって3月15日に東側駐車場北側からの侵入者がいた可能性が高まるものではない。
したがって,弁護人が指摘する前記の可能性は,いずれもおよそ現実的なものではなく,被告人が犯人であるとの認定を妨げるものとはいえない。6
結論
以上により,本件器物損壊について身に覚えがないとの被告人の弁解は信用できず,判示第3記載のとおり,被告人が,午後0時9分頃から午後1時18分頃までの間に,本件原付のブレーキオイルを漏出させ,鍵を抜き取って投棄又は隠匿するなどの行為を行ったものと認定した。

第3

平成31年3月18日の傷害(判示第4の事実)について
1
争点
弁護人は,被告人がAを軽四乗用自動車(以下本件自動車という。)に
乗せて帰宅する途中,Aが左右耳介部,右頬部下顎角部,右眼窩部,右側頸後部の各打撲傷(以下本件各打撲傷
)を負ったことは争わないが,その原因
は,被告人が急ブレーキをかけた際に助手席にいたAが車内や被告人の手にぶつかったことである可能性があるから,被告人による暴行があったとは認定できず,被告人は無罪である旨主張し,被告人もこれに沿う供述をする。そこで,以下検討する。

2
前提となる事実
関係各証拠によれば,以下の各事実が認められる(以下,第3の項において,時刻のみ表示するのは3月18日の出来事である。。

(1)Aは,午後6時23分頃,買い物に訪れた商業施設でEと別れ,被告人に預けられた。このとき,Aは本件各打撲傷を負っていなかった。
(2)被告人及びAは,被告人が運転する本件自動車で帰宅の途につき,午後6時26分頃から午後6時29分頃まで3分間弱の間,n公園横の路上に停車したのち,午後6時35分過ぎに被告人が使用していた駐車場に至った。(3)自転車で先に帰宅していたEは,前記駐車場で被告人及びAを出迎え,Aに本件各打撲傷が生じていることに気付いた。
(4)3月19日,Aが通う保育園の保育士であるLらが,前日の時点ではなかった本件各打撲傷に気付き,傷害部位の写真を撮影した。その写真からは,右顎付近に青黒い痕,右耳介内側(耳道側)に発赤,その下の右頸部に赤黒い痕,右眼瞼から右頬の頬骨の上にかけて発赤,左耳介の内側と外側(頭骨側)にそれぞれ赤紫色の点状の痕が,それぞれ見られる一方で,擦過傷は見られず,左右両耳輪部に打撲痕らしき変色はない。また,同月21日にR医療センターで撮影された写真を見ると,両耳介内側や右顎,右頸部に紫から黒っぽい色調の痣が残っているが,両耳輪部に変色は見られない。3
受傷機序について
(1)法医学者である証人M医師は,本件各打撲傷の受傷機序について,要旨,以下のとおり証言した。
本件各打撲傷は,いずれも表皮剥脱が認められない皮下出血であるから,作用面がザラザラしていない比較的柔軟な鈍体により,ある程度強い力が加えられたことによって生じたものといえ,その治癒にかかる期間は約1週間から10日程度である。変色が強い右顎打撲傷は2週間かかる可能性もある。左右耳介部の打撲傷については,耳輪部に損傷がないことを考慮すると,耳輪部に当たることなく耳介の内側に当たる突起物様の成傷器により力が加えられたものと判断できる。拳は,関節が突起部となるため,この成傷器の条件に合致する。なお,6か所の皮下出血があるが,左耳介内側及び外側のものは,左耳介内側から力が加わった際に,成傷器と乳様突起の間に耳介が挟まれたことによって同時に生じた可能性があるため,力が加わった回数は5回以上といえる。
3月19日に撮影された写真において,右耳介部が全体的に紅潮しているが,耳介の全体がむらなく変色していることから,打撲による変色の可能性は低いと判断した。
(2)M医師の証言の信用性について

M医師は,経験豊富な法医学者であり,前記証言は,鮮明な写真(甲77添付の各写真の原本)に基づき,法医学的知見に照らして間違いないといえる事実を謙抑的に述べたものであり,根拠も説得的であって,十分信用できる。


弁護人は,M医師の証言について,M医師は弁護人からの反対尋問に対して誠実に回答しなかった点で中立公正な専門家といえず,保育士らが傷害と認識していた右耳介の紅潮を傷害ではないと述べ,判示第5の事件に関してN医師及びO医師と異なる意見を多く証言したことから,その専門的知見の正しさには疑義がある旨主張する。
しかし,M医師が弁護人からの反対尋問に対して回答を避け又は質問を変えるよう求めるなどしたのは,多義的な質問や専門的知見に照らして断定できない事柄について断定的な答えを求める質問に対し,正確に証言しなければならないとの思いから慎重な態度を示したものと評価することができる。したがって,M医師の証言態度をもって,その専門家としての中立公正さに疑いが生じるとはいえない。
右耳介の紅潮の点は,Lが3月19日に撮影したAの右耳周辺の写真を見ると,Lが特に記録しようとしたのは,右耳介そのものではなく,目立つ痣がある右顎部及び右頸部であったことがうかがわれ,これらの写真からLらが右耳介の紅潮を打撲痕と判断していたとはいえない。3月21日にR医療センターで撮影された写真を見ると,右耳輪部にほとんど変色が見られず,M医師の証言と整合する。
さらに,判示第5の事実に関する証言が他の医師と異なるとの点は,後述するように,3名の医師の証言は大きく異なっておらず,幼児の胃破裂という稀な病態に関する意見について,他の医師らと若干異なる部分があるからといって,本件各打撲傷に関するM医師の専門的知見に疑義は何ら生じない。
なお,弁護人は,耳介の内出血は必ずしも拳のとがった部分が当たらなければ生じないといえないことは明らかであるとし,その根拠として,M医師が左耳介外側の内出血が乳様突起により生じた可能性を証言したことを挙げているが,M医師の指摘は左耳介外側に関するもので,耳の中の内出血が乳様突起により生じる可能性があると証言しているものではなく,この点については,弁護人はM医師の証言を誤解している。
したがって,弁護人の指摘を踏まえても,M医師の証言の信用性に疑問を差し挟む余地はない。
4
受傷原因が被告人による暴行であることについて
(1)前提となる事実(前記2)及びM医師の前記証言より,本件各打撲傷は,被告人がEからAを預かった午後6時23分頃から,Eが駐車場で被告人とAを出迎えた午後6時35分過ぎまでの間に,拳などのザラザラしていない比較的柔軟な鈍体により,ある程度強い力を受けたことにより生じたものと認められる。
そして,Aは,受傷の可能性がある約12分の間,被告人の監護下にあったと認められる。その間に,故意の暴行によらずに,左右の耳,右顎付近,右頸部及び右頬付近の5か所に皮下出血が生じるようなある程度強い力が加わる状況は想定し難い。M医師が,その経験に基づき,一般的には殴られたことが原因であると考えられる旨述べていることも踏まえると,本件各打撲傷は,人が故意に比較的強い力を加えたこと,すなわち打撲を加える暴行によって生じたものと認められる。そして,Aに対して暴行を加えることができたのは,被告人のみである。
したがって,被告人が,Aに対し,拳で殴るなど,ある程度強い打撲を加える故意の暴行を加え,本件各打撲傷を負わせたと認められる。
(2)弁護人は,防犯カメラ映像から認められる本件自動車の走行状況等からすれば,時間的に見て,被告人が暴行に及ぶことは不可能である旨主張する。しかし,被告人がAを拳で5回以上殴打したとして,それにはさほど長い時間が必要ではなく,路上に停車していた3分弱の間(前記2(2))でも暴行は十分可能であるし,一時停止等の運転の合間に暴行を加えることも可能である。弁護人の上記主張はあたらない。
(3)なお,Aは,傷害を負った翌日である3月19日,登園時に保育士であるLから顔の怪我の原因を聞かれた際は,

車でぶつけた。

と答え,同日午前中,保育士アルバイトであるPが再度尋ねた際は,

V君にぼーんされた。


と答え,後には,Eに対し,

V君の車で帰った時に黒い棒みたいなので叩かれた。

などと言ったことが認められる。当時,Aは3歳9か月であり,EやL及びPの各証言からは,自らが体験した事実について質問された際に,認識し記憶した事実を報告する基礎的な能力は備わっていたと認められ,証言能力を備えていたといえる(したがって,A供述の証拠排除はしない。。し)
かし,その証言については,年齢相応の記憶力や表現力には限界があることを考慮し,信用性を慎重に検討する必要がある。そして,本件各打撲傷の原因に関するAの供述が,前記のとおり短期間で変遷し,また,供述内容が具体的とも言い難いことを考慮すると,その供述の信用性を肯定することには躊躇があり,Aの供述は,被告人の暴行を肯定,否定のいずれの方向にも用いることができないと判断した。
5
被告人の弁解について
(1)被告人の供述は,要旨,
o通から左折して車を飛ばすと,左側から何かが出てくるような様子があり,急ブレーキを踏んで停車した。その際,右ハンドルを切った可能性や助手席に座っていたAを押さえるために左手を伸ばした可能性がある。Aが車内のどこかに顔等をぶつけたかもしれない。停車後に確認すると,装着されていたはずのAのシートベルトは巻き上がった状態になっており,Aの右頬と耳あたりが赤くなっていた。というものである。(2)しかし,前記3のとおり,Aの両耳介部には,耳輪部には当たらずに耳介内部にのみ当たるような突起物様の物体によって力が加わったのであり,車内にそのような物体は見当たらない。仮に,急ブレーキ時にシートベルトの緩み又は不着用のためにAの身体が車内にぶつかり,かつ,止めようとした被告人の手がAの身体に当たったとしても,同一の機会に,両耳の内側を含む少なくとも5か所に力が加わり,かつ,耳輪部に物が当たることも顔等の皮膚に擦過傷が生じることもないといった事態が生じるとは考えられない。加えて,急ブレーキによってAの顔面付近の5か所以上に打撲が生じたにもかかわらず,真横にいた被告人が,Aが車内の物体にぶつかった可能性があるという程度で,車内のどこにどのようにぶつかったなど,受傷機序についての供述が具体的にできないことは不自然である。
したがって,被告人の供述は信用することができず,これを前提とする弁護人の主張も採用できない。
6
結論
以上のとおり,被告人が,判示第4記載のとおり,Aに打撲を加える暴行を加え,全治約1週間ないし10日間を要する本件各打撲傷を負わせたと認定した。

第4
1
平成31年3月21日の傷害(判示第5の事実)について
争点
弁護人は,Aの胃破裂等は故意の暴行によらずに生じた可能性があり,被告人は無罪である旨主張し,被告人も暴行の事実を否定するので,以下検討する。
2
前提となる事実
関係各証拠によれば,以下の各事実が認められる。
(1)被告人は,3月20日,EからAを預かり,両親が住む実家に宿泊した。(2)3月21日午後0時1分頃(以下,第4の項において,時刻のみ表示するのは3月21日の出来事である。,Eに対し,

今起きたやつ
ごめんな
とのLINEメッセージを送信し,当日午前11時からE及びAと共に不動産屋に赴く予定に間に合わないことを詫びた。この時,被告人の実家には,被告人及びAのほか,被告人の母親であるQが在宅していた。
(3)被告人は,この頃,Aに昼食を食べさせ,Eに対し,午後0時14分頃にマジかご飯なう
,午後0時29分頃にまだ食ってる最中やもんとの
LINEメッセージを送信した。
(4)その後,被告人は,Aと共に風呂に入り,Eに対しては,午後0時51分頃にはおもらしされて大惨事
,午後0時59分頃にはお風呂つかってたらまたのぼせたわ
,午後1時20分頃には,
また鼻血出た感じ?とい
う午後1時1分頃のEからの質問に対する答えとしていえす
,午後1時
40分頃には最悪や2回ももらしてたと,それぞれLINEメッセージを送信した。
(5)被告人は,風呂から出た後,腹痛を訴えるAを病院に連れて行くために車で実家を出発し,午後2時11分頃,Eに対し,LINEの音声通話で,Aの顔色が悪く,体調が良くないので病院に連れていく旨伝えた。その後,Eが被告人及びAと合流した時点で,Aはお腹を押さえて後部座席に寝ころんだ状態であった。被告人は,Eに対し,自分が先に風呂を出た後,風呂からドンという音がし,見てみるとAが腹部を押さえて倒れていたと説明した。(6)Aは,午後2時24分頃,被告人及びEに連れられてS病院に到着し,午後2時30分頃,血液検査のため採血を受け,その後CT検査が行われたが,その結果,消化管穿孔が疑われたため,R医療センターに搬送された。Aは,午後3時33分頃,R医療センターに到着し,午後3時40分頃,血液検査のために採血を受けた。T医師が全身をくまなく確認したところ,多くの痣があったが,当日に生じたものは体表上みられなかった。被告人は,T医師に対し,被告人が風呂から先に出る際,Aが浴槽の縁に立ち上がっていて,その後,落ちる音と「痛い。」という声に気付き,風呂の中を見るとお腹を痛がっていたと説明した。
(7)午後5時33分頃から午後8時57分頃まで,小児外科医であるU医師らにより,Aの緊急開腹手術が行われた。開腹すると,食物残渣が腹水に混じった物が噴出し,吸引すると約800ミリリットルに達した。胃の小彎部食道側から長さ約3センチメートルの穿孔部があり,その約1センチメートル尾側に約6センチメートルの穿孔部があり(以下本件胃破裂という。,)
穿孔部から漏出した内容物により腹腔内に汎発性腹膜炎を生じていた。3
争いなく認められる医学的知見等
M医師及びN医師は,ともに法医学者であり,O医師は,救命救急医であって,いずれも,学識経験が豊富な専門家であると認められる。これら3名の医師による本件胃破裂の発生機序等に関する証言より,以下の医学的知見等が認められる。
(1)本件胃破裂は,Aの年齢,胃に病的所見がなかったこと,心窩部の脂肪織に点状の皮下出血があったことから,外傷性胃破裂,すなわち,胃に外力が加わったことで生じた胃破裂である。体表から皮下出血が認められず,表皮の損傷もないことから,作用面が平滑で柔軟な鈍体が作用したと考えられる。(2)胃等の消化管が外力によって破裂する原因は,多くが交通事故,高所からの転落等(高エネルギー外傷)であるが,心臓マッサージによっても,稀に(1000例のうち1例程度)外傷性胃破裂が生じることが知られている。本件胃破裂については,同時に発生した損傷が体表上に見られないことなどから,Aの自己転倒や自傷行為によって生じたものではない。
(3)高エネルギー外傷ではない外傷性胃破裂が生じることは非常に稀であるが,幼児は成人よりも胃壁が薄いことから,その分,胃破裂が生じやすい可能性はある。また,一般論として,①内容物により胃の内圧が上昇し,胃壁が薄くなる,②背中が固定されることで腹側又は背中側に加わった外力が逆側に逃げず,胃が脊柱に押し付けられる,といった要因があれば胃破裂を生じやすくなる(本件胃破裂の発生にこれらの要因がどう寄与したかについて,各医師の見解は後記4のとおり。。

(4)本件胃破裂は2つの穿孔部から成るが,一度穿孔すると胃の内圧が下降して以後は穿孔が生じにくくなることなどから,少なくとも同一の機会に加えられた一連の外力により,同時に又は連続して2か所の穿孔が生じたと考えられる。
(5)血液検査の結果から,本件胃破裂が発生したのは,午前11時30分頃から午後0時30分頃の時間帯である可能性が高いが,午後0時30分以降である可能性もある(なお,被告人のEに対する通話履歴〔前記2(5)〕に照らし,遅くとも午後2時11分より前であったといえる。。

4
本件胃破裂の成傷機序について
(1)各医師の見解

M医師の見解
本件胃破裂は,成傷器が体外から胃を圧迫し,脊椎,肋骨,筋肉等に押し付けたことで生じた可能性が高い。成傷器の形状は,体表から見えない部分の皮下出血の範囲が不明であることから正確には分からないが,2つの穿孔部の大きさから,10センチメートル未満のもの,人体であれば手拳や踵などと推測される。肋骨がある部位に体表から皮下出血が認められないこと,肝酵素(AST,ALT)の数値が一時的に上昇しているのは数値の推移に照らして循環動態の悪化によるものであり,肝実質損傷はなかったと推測されることから,肋骨上や肝臓上には外力が及んでいないと考えられ,成傷器が広い面状や横に長い棒状のものである可能性は低い。外力の作用方向は,腹側からと背中側からのいずれもあり得るが,背中側には筋肉があり,胃への距離も腹側からより遠いことから,腹側から外力が加わった可能性が高く,背中側から外力が加わった可能性は非常に低い。
N
外傷性胃破裂は,心臓マッサー

ジであっても極端に低い確率でしか生じないものであり,普通の心臓マッサージ程度の力では生じないと考えられる。

N医師の見解
本件胃破裂は,胃の内圧が上昇していたところに,作用面が柔軟で,ある程度の硬さがある物体により外力が加えられ,胃が背骨との間に挟まれて圧迫されることにより破裂した可能性が高い。損傷部位が胃及び心窩部皮下のみであることから,成傷器の作用面は,みぞおちに当たるくらいの大きさと考えられるが,肋骨の皮下に体表から観察できない出血がある可能性も考慮すると,水平方向に長い棒状であってもおかしくない。外力の作用方向は腹部から背部方向と背部から腹部方向のいずれの可能性もある。
日常的に臓器を扱う解剖医としての経験上,小児の胃であっても,少々の圧迫では破れない程度の柔軟性と硬さがあることがいえ,腹部を軽く押した程度では,満腹になって胃の内圧が上昇していたとしても胃破裂が生じることはあり得ない。高エネルギー外傷を除く外傷性胃破裂の症例として,馬に蹴られた事例や,地上3階の高さから洗濯紐の上に落下した事例,心臓マッサージの事例等が知られているが,心臓マッサージを行っても,胃破裂が生じることは非常に稀である。したがって,本件についても,ごく軽微な力ではなく,何らかの強い力が加わったといえる。

O医師の見解
本件胃破裂は,大きな要因として胃の内圧が上昇していたところに,みぞおちを中心に上腹部を圧迫されたことによって生じた可能性が高い。小児の肋骨は柔らかく,外力が加わっても皮下出血が生じにくいこと,肝酵素の数値が上昇しており,軽微ながら肝実質の損傷が生じていたと推測されることから,成傷器は,水平方向に幅のある棒状の物体と考えられる。外力の作用方向は,腹部から背部方向と背部から腹部方向のいずれの可能性もある。例えば,浴槽の縁に腹部が当たってうつぶせになっている状態で背中を押すといった態様が考えられる。
心臓マッサージのような高エネルギーではない圧迫でも外傷性胃破裂を生じ得ることが知られており,自らも,溺水して胃に水が満ちている状態の1歳の児童に対して親が心臓マッサージをして外傷性胃破裂を生じた事例を経験した。
心臓マッサージは,上半身の体重をかけるような動きであるから,一般には,体重の半分程度の重さをかけると考えられる。そのような普通の心臓マッサージ程度の力によっても胃破裂が生じるのは稀であるが,成人よりも児童の方が胃壁が薄いこと,内容物により胃の内圧が上昇していたと考えられることを考慮すると,本件胃破裂については,軽く背中側から押した程度の圧力で生じた可能性もある。
(2)成傷機序の検討

前記(1)の医師らの各見解を検討すると,成傷器の作用面について,M医師は約10センチメートル未満の胃部のみに当たる程度の大きさであるとするのに対し,O医師は水平方向に幅のある棒状の物であったとし,N医師はその両方の可能性があったと述べているが,これは主に肋骨皮下の出血の有無が不明であることから生じた差異であり,M医師も皮下出血の範囲が明らかでないことから正確な作用面の形状は分からないとしている。O医師は,肝損傷が存在することを前提に,棒状の物体により肝臓にも圧迫が及んだことを推認するが,肝損傷があったとしてもごく軽度であったこと,胃や肝臓の位置が腹腔内で動き得るものであることを考慮すると,約10センチメートル未満の物体によりみぞおちを圧迫した場合に,肝損傷が生じる可能性があるか否かは明らかでない。したがって,作用面の形状は,約10センチメートル未満でみぞおちに当たる程度の大きさ,あるいはみぞおちを横断するような水平方向に幅のある棒状の物体であるという以上には限定できない。
また,外力が作用した方向についてみると,N医師及びO医師は,腹側からと背中側からのどちらもあり得るとし,M医師は,腹側に外力が加わった可能性が高いとするが,M医師も背中側から外力が加わった可能性を否定してはおらず,結局は,腹部側から外力が加えられた可能性と背中側から外力が加えられた可能性の両方があるといえる。


そして,どの程度の外力が加わったかについて検討すると,そもそも本件胃破裂のように多発外傷を伴わない胃破裂が生じること自体が非常に稀である上,N医師及びO医師が挙げる症例に照らしても,本件胃破裂の原因となった外力は,N医師が証言するように,少なくとも,通常の方法で心臓マッサージを行った場合に生じる外力に匹敵するような強いものであると考えられる。この点,O医師は,幼児の胃壁が成人よりも薄いことや,Aの胃に多量の食物残渣が残っており,内圧が上昇していたと考えられることを前提に,背中を軽く押した程度の心臓マッサージよりもっと低い外力でも本件胃破裂を生じ得ると説明するが,O医師自身,心臓マッサージ程度の外力であっても胃破裂を生じることは稀であると認めていること,N医師が解剖医としての経験に基づいて小児の胃であっても相当の力をかけなければ破れないと述べていること,M医師も外力の程度に関するN医師の見解を支持していることを考慮すると,背中を軽く押した程度の軽い力で胃破裂を生じる可能性は極めて低く,およそ現実的ではないと認められる。

前記3の医学的知見を前提とし,以上の検討結果を踏まえると,本件胃破裂は,作用面が平滑かつ柔軟であり,約10センチメートル未満でみぞおちに当たる程度の大きさ,あるいはみぞおちを横断するような水平方向に幅のある棒状の物体により,腹から背中に又は背中から腹に向けて,少なくとも,心臓マッサージを受けた場合に匹敵する強い外力が加わり,胃が腹壁と脊椎等の間に挟まれて生じたものと認められる。
具体的には,拳,踵などの成傷器によって腹部を強く圧迫し,その際に背中が壁,床,浴槽等に固定されていたために,胃が腹壁と背骨等との間に挟まれ,破裂するに至ったというものや,浴槽の縁にみぞおち辺りが当たった状態で,胴体を背中側から浴槽の縁の方向に強く押さえ付けるといったものが考えられる。

5
本件胃破裂の原因が被告人による暴行であることについて
(1)前記4で検討した成傷機序によれば,本件胃破裂は,遊び半分で腹部や背中を押したとか,ふとした拍子に腹部や背中に体重をかけたといった原因で起きることはあり得ず,他者からの暴行によって生じたものであることが明らかである。そして,前記3(5)のとおり,本件胃破裂が午前11時30分頃から遅くとも午後2時11分までに生じたこと,その間は被告人がAの世話を終始しており,Qが被告人が目を離した隙にAに暴行を加えたとは考えられないことからすれば,Aに暴行を加えたのは被告人であると認められる。(2)また,被告人は,前記2(2)ないし(5)のとおり,不動産屋に行くために被告人とAを待っているEに対し,Aと食事を取っていること,風呂に入ったことや,Aが尿を漏らしたことについては逐一報告する一方で,Aが腹痛を訴えたことについては一切報告せず,Eに何の相談もしないままAを病院に連れて行くことを決め,病院に行く途中のLINE通話でようやくAの体調不良を連絡している。このように被告人がAの腹痛について報告を遅らせていたことは,自らの暴行によって生じたAの腹痛について,できればEに隠しておきたいとの心理の表れであると考えられ,被告人の暴行によって本件胃破裂が生じたことと整合する。
この点について,弁護人は,Eへの報告が遅れたのは,被告人がしばらく休ませればAの腹痛が治まると考えたためであると主張する。しかし,Eが被告人及びAの合流を待っている状況で,Aの腹痛という合流が遅れる事情が生じながらこれを報告しないということや,Aのおもらしなどは報告していながら腹痛を報告しないということは,やはり不自然である。弁護人の主張は採用できない。
(3)なお,Aは,証人尋問において,

お風呂で押された。,

背中

床に当,たった。お風呂の中の。,(押された回数について)10。

などと供述し,被告人から浴室で暴行を受けた事実を述べたと理解できるものの,その記憶力や表現力の限界等を考慮し,被告人による暴行の認定には用いない。6
被告人の弁解について
(1)被告人は,Aが腹痛を訴えるまでの経緯について,
Aと入浴し,自分は着替えの準備等のために先に脱衣所に出て中折れ戸を閉めた。その後,浴室からドンという音が聞こえた。その音を聞いて様子を見に来た母親と会話をしたり,浴室のAに声をかけたりしていると,Aがお腹を押さえながら出てきて脱衣所に倒れ込んだ。体を拭いて1階の部屋の布団に寝かせたが,その時点では,Aが浴室内でお腹をぶつけたのかと思っていた。自分はAの背中を押したり,踏みつけたり,拳で押したりはしていない。明確に記憶してはいないが,浴槽の縁にAのお腹が当たった状態で体重をかけたり,Aが湯船に浮いている状態で背中側からポチャポチャと押す遊びをしたりはしたかもしれない。などと供述する。(2)しかし,前記4及び5で検討したとおり,本件胃破裂は,被告人が述べるような態様では生じ得ない。また,前記3(2)のとおり,本件胃破裂の原因は自己転倒ではなく,本件胃破裂と同時に生じた打撲傷もないことから,仮にAが浴室にいるときにドンという音がしたとしても,本件胃破裂の発生とは無関係である。
したがって,故意に暴行を加えていない旨の被告人の供述は信用できず,これによって前記5(1)の認定は左右されない。

7
結論
以上のとおり,判示第5記載のとおり,被告人がAの腹部に強い外力を与える何らかの暴行を加え,本件胃破裂及び汎発性腹膜炎の傷害を負わせたと認定した。

第5
1
公訴棄却の申立てについて
弁護人は,検察官が令和2年7月22日付け上申書(以下本件上申書という。
)を提出することにより,刑事訴訟法256条6項の趣旨に意図的に反する重大違法を犯したといえるから,公訴棄却の判決が言い渡されるべきである旨主張する。
2
そこで検討すると,本件上申書は,裁判所が提案した公判審理の進行予定案に対する意見として,被告人質問先行の必要性を上申する内容であり,証人予定者及び被告人の捜査段階における供述又は証言要旨が一部引用されている。しかし,その引用は供述等の要旨を簡潔に記載したもので,被告人質問先行の必要性の具体的理由に関連して記載されているから,検察官に事件の実体について裁判官の心証を形成させる意図は窺われない。よって,この点の弁護人の主張にも理由がない。

(法令の適用)
(省略)
(量刑の理由)
本件は,被告人が,同棲していた交際相手の子(当時3歳)に対し,約2か月間に3度にわたって暴行を加え,傷害を負わせた傷害3件(判示第2,4及び5),
判示第2の傷害と同一の機会に被害児童をトイレ内に無理矢理連れ込むなどした監禁1件(判示第1)のほか,交際相手の弟が所有する原動機付自転車を損壊した器物損壊1件(判示第3)の事案である。
判示第5の傷害は,胃破裂という生命を脅かしかねない重大な傷害結果を生じさせ,判示第2及び判示第4の傷害結果も軽くはない。各傷害や監禁によって被害児童が受けた心身両面の苦痛は計り知れない。
監禁及び判示第2の傷害は,嫌がる被害児童をトイレに無理矢理連れ込んでベルトで縛るなどして監禁した上,怒りに任せて暴行を加えており,しつけの一環とは到底評価できず,被害児童が保護者の言うことを聞かなかったとか,交際相手がしつけをすること自体に同意していたことは,特段酌むべき事情とはいえない。また,判示第4及び判示第5の各傷害について,その経緯及び動機は明らかではないものの,庇護されるべき幼い被害児童への暴行が正当化される理由はない。判示第3の器物損壊は,前記各傷害に比べると結果が重大ではないが,陰湿な嫌がらせといえる。
以上によれば,判示第5の傷害を中心とする被告人の刑事責任は重大である。したがって,被告人には前科がなく,判示第2の傷害については認めていること,被告人の父親が公判廷で監督を約束していることなど被告人のために酌むべき事情を考慮しても,本件について刑の執行を猶予することは相当ではなく,主文掲記の刑は免れないものと判断した。
(求刑

懲役3年6月)

令和3年2月8日
大阪地方裁判所第1刑事部

裁判長裁判官

森島
裁判官

宮崎桃子
裁判官

鈴村悠恭聡
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