事件番号 | 令和2(行ケ)10001 |
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事件名 | 特許取消決定取消請求事件 |
裁判年月日 | 令和3年2月8日 |
裁判所名 | 知的財産高等裁判所 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
裁判日:西暦 | 2021-02-08 |
情報公開日 | 2021-02-15 16:00:46 |
令和2年(行ケ)第10001号 口頭弁論終結日 特許取消決定取消請求事件 令和2年12月1日 判決原告 リケンテクノス株式会社 同訴訟代理人弁護士 嶋同高田同柏同砂山 同訴訟代理人弁理士 中村行孝同宮浅野真理被学彦延之麗特蔵野雅昭同門前浩一同原賢一同古妻泰一同告同指定代理人 石塚利恵主1許泰官 特許庁が異議2019-700313号事件について令和元年11月28 訴訟費用は,被告の負担とする。 事 第1 長文 日にした決定を取り消す。 2庁実及び 請求 理由 主文同旨 第2 1 事案の概要 特許庁における手続の経緯等 (1) 原告は,名称を(メタ)アクリル酸エステル共重合体とする発明につ いて,平成29年1月11日,特許出願(特願2017-2700号。以下 本件出願 という。をし, ) 平成30年10月19日, 設定登録を受けた (特 許第6419863号。請求項の数2。以下本件特許という。。 ) なお,本件出願は,原告が平成24年2月28日にした特許出願(特願2012-42174号)の一部について,平成27年9月25日に新たな特許出願がされ(特願2015-187678号) ,さらに,同出願の一部につ いて,新たな特許出願がされたものである。 (甲1) (2) 本件特許のうち請求項1について, 平成31年4月19日, 特許異議の申 立てがされた(異議2019-700313号)(甲2) 。 (3) 特許庁は,令和元年11月28日, 「特許第6419863号の請求項1に係る特許を取り消す。」 との決定(以下本件決定という。)をし,その決定書の謄本は,同年12月10日,原告に送達された。 (4) 原告は, 令和2年1月8日, 本件決定の取消しを求めて本件訴えを提起し た。 2 特許請求の範囲の記載 本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,請求項1の発明を本件発明といい,本件特許の明細書を本件明細書という。。) (甲1) 【請求項1】 (メタ)アクリル酸エステル共重合体であって, (A-a) (メタ)アクリル酸エステル, (A-b)カルボキシル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物, (A-c)グリシジル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物,及び (A-d)水酸基含有(メタ)アクリル酸エステル を構成モノマーとして含み, (メタ)アクリル酸エステル共重合体(A)を構成するモノマーの全量を1 00質量%としたとき,上記(A-b)の配合量b(質量%)と上記(A-c)の配合量c(質量%)とが,下記式: 10≦b+40c≦26(但し,4≦b≦14,0.05≦c≦0.45)を満たし, 化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用であることを特徴とする,メ( タ)アクリル酸エステル共重合体。 (以下,上記(A-a)ないし(A-d)の各構成モノマーを,順にa成分ないしd成分ということがある。) 【請求項2】 前記粘着剤組成物が, (A)前記(メタ)アクリル酸エステル共重合体を100質量部,(B)イソシアネート化合物をイソシアネート基の量に換算して0.10~0.40質量部,および (C)難燃剤を前記(メタ)アクリル酸エステル共重合体(A)を100質量部に対して10~50質量部, を含む,請求項1に記載の(メタ)アクリル酸エステル共重合体。(以下,上記(A)ないし(C)の各成分を,順に成分(A)ないし成分(C)ということがある。) 3 本件決定の理由の要旨 (1) 本件決定の理由は,別紙異議の決定 (写し)記載のとおりであり,要 するに,本件発明は,次の各文献(以下,順に甲7文献ないし甲9文献という。)に記載された各発明(以下,順に引用例1発明ないし引用例3発明という。)に基づいて,当業者が容易に発明することができたも のであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるというものである。 引用例1:特公昭58-21940号公報(甲7) 引用例2:特開平8-88206号公報(甲8) 引用例3:特開2005-327789号公報(甲9) (2) 本件決定が認定した引用例1発明ないし引用例3発明並びに本件発明と 引用例1発明ないし引用例3発明との各一致点及び相違点は,次のとおりである(なお,相違点3,5,7については, 一応の相違点とされた。。 ) ア 引用例1発明について (ア) 引用例1発明 2-エチルヘキシルアクリレート399重量部,n-ブチルアクリレ ート105重量部, エチルアクリレート140重量部, アクリル酸47. 5重量部,グリシジルメタクリレート3.5重量部を重合した(メタ)アクリル酸エステル共重合体 (イ) 本件発明と引用例1発明との一致点及び相違点 (一致点) (メタ)アクリル酸エステル共重合体であって,(A-a)(メタ)アクリル酸エステル,(A-b)カルボキシル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物,(A-c)グリシジル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物を構成モノマーとして含み,(メタ)アクリル酸エステル共重合体(A)を構成するモノマーの全量を100質量%としたとき,上記(A-b)の配合量b(質量%)が,4≦b≦14を満たす(メタ)アクリル酸エステル共重合体。である点(相違点1) 本件発明は,共重合体が(A-d)水酸基含有(メタ)アクリル酸エステルを構成モノマーとして含むのに対し,引用例1発明の共重合体 は当該モノマーを含まない点 (相違点2) 本件発明は,(メタ)アクリル酸エステル共重合体(A)を構成するモノマーの全量を100質量%としたとき,上記(A-b)の配合量b(質量%)と上記(A-c)の配合量c(質量%)とが,下記式:10≦b+40c≦26(但し0.05≦c≦0.45)であるのに対し,引用例1発明の共重合体は当該cが0.5(3.5/(399+105+140+47.5+3.5)×100) ,b+40cが26.8である 点 (相違点3) 本件発明の共重合体は化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用であるのに対し,引用例1発明の共重合体は当該用途に用いることが記載されていない点 イ 引用例2発明について (ア) 引用例2発明 アクリル酸n-ブチル80部,アクリロニトリル10部,アクリル酸 5部,アクリル酸2-ヒドロキシエチル5部,アクリル酸グリシジル5部を重合した(メタ)アクリル酸エステル共重合体 (イ) 本件発明と引用例2発明との一致点及び相違点 (一致点) (メタ)アクリル酸エステル共重合体であって,(A-a)(メタ)アクリル酸エステル,(A-b)カルボキシル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物,(A-c)グリシジル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物,及び(A-d)水酸基含有(メタ)アクリル酸エステルを構成モノマーとして含み,(メタ)アクリル酸エステル共重合体(A)を構成するモノマーの全量を100質量%としたとき,上記(A-b)の配合量b(質量%)が,4≦b≦14を満たす(メタ)アクリル酸エステル共重合体。である点(相違点4) 本件発明は,(メタ)アクリル酸エステル共重合体(A)を構成するモノマーの全量を100質量%としたとき,上記(A-b)の配合量b(質量%)と上記(A-c)の配合量c(質量%)とが,下記式:10≦b+40c≦26(但し0.05≦c≦0.45)であるのに対し,引用例2発明の共重合体は当該cが4.8(5/(80+10+5+5+5)×100) ,b+40cが196.8である点 (相違点5) 本件発明の共重合体は化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用であるのに対し,引用例2発明の共重合体は当該用途に用いることが記載されていない点 ウ 引用例3発明について (ア) 引用例3発明 アクリル酸ブチル55質量部と,メタクリル酸10質量部と,メタク リル酸グリシジル20質量部と,アクリル酸2-ヒドロキシエチル15 質量部とを共重合してなる(メタ)アクリル酸エステル共重合体 (イ) 本件発明と引用例3発明との一致点及び相違点 (一致点) (メタ)アクリル酸エステル共重合体であって,(A-a)(メタ)アクリル酸エステル,(A-b)カルボキシル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物,(A-c)グリシジル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物,及び(A-d)水酸基含有(メタ)アクリル酸エステルを構成モノマーとして含み,(メタ)アクリル酸エステル共重合体(A)を構成するモノマーの全量を100質量%としたとき,上記(A-b)の配合量b(質量%)が,4≦b≦14を満たす(メタ)アクリル酸エステル共重合体。である点(相違点6) 本件発明は,(メタ)アクリル酸エステル共重合体(A)を構成するモノマーの全量を100質量%としたとき,上記(A-b)の配合量b(質量%)と上記(A-c)の配合量c(質量%)とが,下記式:10≦b+40c≦26(但し0.05≦c≦0.45)を満たすのに対し,引用例3発明の共重合体は当該cが20(20/(55+10+20+15)×100) ,b+40cが810である点 (相違点7) 本件発明の共重合体は化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用であるのに対し,引用例3発明の共重合体は当該用途に用いることが記載されていない点 (3) 本件決定は,本件発明の進歩性の有無について,要旨,次のとおり判断し た。 ア 相違点1,2,4及び6について 甲7文献ないし甲9文献の記載からすれば,各引用例において本件発明と同種のモノマーを選択し,その配合量等を適宜設定して本件発明と同程 度の範囲に定めることは,当業者であれば容易になし得ることである。イ 相違点3,5及び7について 本件発明における化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用であるとの用途限定は,化合物の有用性を示しているにすぎず,各引用例との化学構造上の相違をもたらすものとは認められないから, 相違点3, 5, 7は,実質的な相違点ではない。 ウ 本件発明の効果について 本件明細書の記載から読み取れる本件発明の共重合体の効果は, 粘着性を有する程度のものであり(特定の組成物になったときに初めて奏する効果は,共重合体の効果ではない。,引用例1発明ないし引用例3発明) に比して格別の効果が認められるものではない。 4 取消事由 原告が主張する取消事由は,本件発明の引用例1発明ないし引用例3発明に対する進歩性に関する判断の誤りである。 第3 1 原告の主張 取消事由1(引用例1発明に対する進歩性に関する判断の誤り) (1) ア 相違点3について(実質的相違点であること,容易想到性) 本件発明は,その用途が化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用に限定されており,これにより,タック性,施工性,耐熱性及び粘着 性に優れるという有益な性質を示すものである。また,本件発明に係る高分子化合物は,既知の低分子化合物の用途発明と比較してもその構造自体 に相当の創作的要素が含まれており,通常の物質特許の用途発明よりも保護すべき必然性が高いといえる。 したがって,本件発明における化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用との用途限定は, 発明特定要素であり, その当然の帰結として, 上記用途に用いられない(メタ)アクリル酸エステル共重合体は,化学的 には本件発明と同一の組成を有するものであっても,本件発明には含まれないこととなる。 以上によれば,相違点3は,一応の相違点ではなく実質的な相違点であり, 引用例1発明を基に 化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用 として用いることが容易想到といえなければ,本件発明の進歩性を否定す ることはできない。 イ 本件発明は,特定のモノマー組成に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体を粘着剤組成物に用いることで,タック性,施工性,耐熱性及び粘着性に優れた粘着剤層を有する化粧シートを提供することを目的としているのに対し,引用例1発明の共重合体は,主に自動車の外装用に用いる ことが想定されるほか,共重合体中のカルボキシル基の10%以上をアルカリ金属と反応(中和)させることにより,耐ガソリン性及び耐油性を向上させることを目的としているのであって,両発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)は大きく異なる。 また,いずれの証拠においても,引用例1発明の共重合体を,本件発明 に規定された化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物の用途に用いることを示唆し,又はその動機付けとなるような記載は存しない。以上によれば,引用例1発明において,相違点3に係る本件発明の構成に至る動機付けは存しないから,相違点3につき,容易想到であるとはいえない。 (2) 相違点1について(容易想到性) ア 引用例1発明の共重合体は,本件発明とは異なりd成分を構成モノマーとして含まないものであるところ,甲7文献においては,第1成分(a成分)及び第2成分(b成分)のほかに構成モノマーとされる第3成分として,エポキシ基(判決注:グリシジル基と同義である。 )及び水酸基だけで はなく,アミド基及びN-メチロールアミド基も挙げられている。 そして,甲7文献には,第3成分に関し,1種のみ,又は2種以上の成分を併用して第1成分と共重合させることができることは記載されているものの,2種以上の成分を併用した場合の利点については何らの記載も示唆もない。また,仮に2種の成分の併用を選択する動機付けがあったとしても,上記4種類の成分の中からエポキシ基(c成分)と水酸基(d成 分)の組合せに着目すべきことを示唆又は教示するような記載も存しない。イ 甲13の文献によれば,接着剤組成物については,以前から,グリシジル基と水酸基含有アクリル系樹脂とを併用した場合に硬化しにくくなる(接着しにくくなる)という欠点が知られていたのであるから,引用例1発明の接着剤組成物に用いる樹脂のモノマーとしてこれらを併用するこ とについては,明確な阻害要因が存在するというほかない。 ウ 以上に加え,前記のとおり本件発明及び引用例1発明の技術的思想が大きく異なることからすれば,引用例1発明において,相違点1に係る本件発明の構成に至る動機付けは存しないというべきであるし,むしろ阻害要因が存するというべきであるから,相違点1につき,容易想到であるとは いえない。 (3) ア 相違点2について(容易想到性) 引用例1発明におけるc成分の配合量は0.5質量%であり,これは同発明における第3成分の配合量0.5~13質量%の下限値そのもの である。そうすると,仮に,第3成分としてc成分のほかにd成分を配合するとしても,これと同時にc成分の配合量を減らさなければならない必 然性は全く存しない。 したがって,上記の場合にc成分の配合量を変動させる(減少させる)動機付けは存しないから,引用例1発明においてb+40cの値が26. 8となっているものを, 本件発明のように 10≦b+40c≦26 とする動機付けも存しない。 イ 甲7文献における実施例をみても,第3成分について0.5質量%よりも低い割合で配合しているものは存しない上,同文献には,その場合に凝集力,耐ガソリン性,収縮力がいずれも悪化するというデメリットは記載されているものの,これによる利点については何らの記載も示唆も存しない。 また,相違点1において主張したとおり,甲7文献において,第3成分として水酸基を有する成分の併用は開示されておらず,併用する動機付けは存在しないから,同成分を併用することを前提にグリシジルメタクリレート(c成分)の量を調整する動機付けは存在しないし,殊更にグリシジルメタクリレートの配合量に着目してこれを減らすべき必然性も存在し ない。 ウ 引用例1発明におけるc成分の配合量は,0.5質量%であり,これは同発明における第3成分の配合量0.5~13質量%の下限値そのものである。そうすると,引用例1発明におけるc成分の配合量c(単位は質量%とする。以下同じ。 )を,本件発明のように0.05≦c≦0.45としようとすると,上記第3成分の配合量の範囲を逸脱してしまう。したがって,引用例1発明のc成分の配合量を,本件発明における配合量の範囲内に変更することについては,明確な阻害要因があるといえる。エ 以上に加え,前記のとおり本件発明及び引用例1発明の技術的思想が大きく異なることからすれば,引用例1発明において,相違点2に係る本件発明の構成に至る動機付けは存しないというべきであるし,むしろ阻害要 因が存するというべきであるから,相違点2につき,容易想到であるとはいえない。 (4) ア 本件発明の作用効果 本件明細書の表1-1及び表1-2に記載された実施例及び比較例等は,イソシアネート化合物(成分(B) )及び難燃剤(成分(C) )については 特に条件を変えずに,成分(A)を構成するモノマー(a成分ないしd成分) の組成を変えて比較したものであるが, 相違点1に関しては耐熱性に, 相違点2に関しては施工性に明らかな結果の相違が生じているといえる。そうすると,本件発明の実施例に係るタック性,施工性,耐熱性及び粘着性等の作用効果は,成分(A)を構成するモノマー(a成分ないしd成 分)の組成によってもたらされていることは明らかであり,本件発明における数値限定に技術的意義があることも明らかである。また,これらの作用効果は,各引用例の記載から予測することができるものではない。イ 以上に加え,本件発明における数値限定は,成分(A)に係る共重合体化合物を特定するためのものであるから,本件発明において,予想するこ とができない顕著な作用効果が認められることは明らかである。 したがって,本件発明は,作用効果の観点からも,引用例1発明に対して進歩性を有するものといえる。 2 取消事由2(引用例2発明に対する進歩性に関する判断の誤り) (1) ア 相違点5について(実質的相違点であること,容易想到性) 上記1(1)アにおいて主張したところと同様の理由により,相違点5は,実質的な相違点である。また,引用例2発明は,半導体ウエハの異物を除去する粘着テープとして用いられるものであるから, 相違点5は, 本件発明の共重合体は化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用であるのに対し,引用例2発明の共重合体は半導体ウエハの異物除去用粘着テープの粘着剤層に用いるものである点とするのが正しい。 イ 本件発明は,特定のモノマー組成に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体を粘着剤組成物に用いることでタック性,施工性,耐熱性及び粘着性に優れた粘着剤層を有する化粧シートを提供することを目的としているのに対し,引用例2発明は,半導体ウエハに付着した異物の除去用粘着テープに関する発明であり,剥離操作後の糊残りを少なくし,半導体ウエ ハに付着した異物を高い除去率で吸着除去する一方,上記糊残りが生じたとしてもこれを水洗によって簡単に洗浄除去することを目的としており,両発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)は大きく異なる。また,いずれの証拠においても,引用例2発明の共重合体を,本件発明に規定された化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物の用途に用 いることを示唆し,又はその動機付けとなるような記載は存しない。以上によれば,引用例2発明において,相違点5に係る本件発明の構成に至る動機付けは存しないから,相違点5につき,容易想到であるとはいえない。 (2) ア 相違点4について(容易想到性) 甲8文献においては,架橋性官能基を有する複数の共重合性モノマーが並列的に記載されているのみであり,本件発明のように,b成分ないしd成分を必須の構成モノマーとし,かつb成分の配合量b(単位は質量%とする。以下同じ。 )とc成分の配合量cについて10≦b+40c≦26(但し,4≦b≦14,0.05≦c≦0.45)という数値範囲を充足するように調整する技術的思想は何ら開示されていない。 また,引用例2発明にはb成分ないしd成分が均等に含まれているところ,甲8文献からは特定の成分について特別な数値範囲にしなければならないという思想は読み取れないから,アクリル酸(b成分)については配 合量を変えずに,アクリル酸グリシジル(c成分)のみに殊更に着目し,かつ,その配合量を10分の1以下にして,本件発明のように0.05≦c≦0.45とする動機付けは存しない。さらに,甲8文献の記載からすれば,引用例2発明において,本件発明のようにb+40cの値に着目し,それを特定の範囲とするように調整する動機付けは存しないから,引用例2発明におけるb+40cの値196.8を本件発明における10≦b+40c≦26の範囲とす るような大幅な改変を行う動機付けも存しない。 加えて,前記のとおり,本件発明及び引用例2発明の技術的思想及び技術分野は大きく異なっており,その結果,両発明において求められる性能や作用効果,そのための最適な数値範囲も当然に異なるのであるから,この意味においても,引用例2発明を基に本件発明の構成に至る動機付けは 存しない。 イ 甲8文献において,各構成モノマーにつき,粘着剤のゲル分率や粘着力の観点から好ましくは2~10重量部の割合で用いられると明記されていることからすれば,これに反してc成分の配合量を0.45質量部以下に下げることは,引用例2発明の粘着テープの粘着力ひいては同発明の 課題である異物の高い除去効率の達成に悪影響を与えることが懸念される。 したがって,引用例2発明のc成分の配合量を,本件発明における配合量の範囲内に変更することについては,明確な阻害要因があるといえる。ウ 以上によれば,引用例2発明において,相違点4に係る本件発明の構成に至る動機付けは存しないというべきであるし,むしろ阻害要因が存するというべきであるから,相違点4につき,容易想到であるとはいえない。 (3) 本件発明の作用効果 上記1(4)で主張したところと同様の理由により, 本件発明は, 作用効果の 観点からも,引用例2発明に対して進歩性を有するものといえる。 3 取消事由3(引用例3発明に対する進歩性に関する判断の誤り) (1) ア 相違点7について(実質的相違点であること,容易想到性) 上記1(1)アにおいて主張したところと同様の理由により,相違点7は,実質的な相違点である。また,引用例3発明は,ダイシング・ダイボンド兼用粘接着シートとして用いられるものであるから, 相違点7は, 本件発明の共重合体は化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用であるのに対し,引用例3発明の共重合体はダイシング・ダイボンド兼用粘接着シートの粘着剤層に用いるものである点とするのが正しい。イ 本件発明は,特定のモノマー組成に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体を粘着剤組成物に用いることでタック性,施工性,耐熱性及び粘着性に優れた粘着剤層を有する化粧シートを提供することを目的としてい るのに対し,引用例3発明は,スタック型半導体装置の製造方法に関する発明であり,スタック時に発生するボンディングワイヤーの損傷を低減するとともに,半導体チップ同士を接着する接着剤層の厚みの精度不良に起因する半導体装置の高さのばらつき,基板から最上層の半導体チップの表面までの高さのばらつき,最上層の半導体チップの傾き等を解消すること を目的としており,両発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)は大きく異なる。 また,いずれの証拠においても,引用例3発明の共重合体を,本件発明に規定された化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物の用途に用いることを示唆し,又はその動機付けとなるような記載は存しない。 以上によれば,引用例3発明において,相違点7に係る本件発明の構成に至る動機付けは存しないというべきであるから,相違点7につき,容易想到であるとはいえない。 (2) ア 相違点6について(容易想到性) 甲9文献においては, (メタ)アクリル酸グリシジル(c成分)の好まし い配合量は5~50質量%とされており,これを大きく下回る0.05~ 0.45質量%とすれば,グリシジル基の導入目的とされている熱硬化性成分としてのエポキシ樹脂との相溶性の向上及び耐熱性の向上という効果に支障をきたすことが容易に予測されるから,引用例3発明のメタクリル酸グリシジル20質量部を, 本件発明のように 0.05≦c≦0.45とする動機付けは存しない。 また,甲9文献の記載によれば,引用例3発明においてb+40cの値に着目する動機付けは存しない。 さらに, 引用例3発明におけるc成分の配合量cの値は20, b+40cの値は810であり,いずれも本件発明における数値範囲を大きく上回っていることからすれば,これらについて大幅な改変をし,本件発明に おける数値の範囲内とする動機付けが存しないことは明らかである。加えて,前記のとおり,本件発明及び引用例3発明の技術的思想及び技術分野は大きく異なっており,その結果,両発明において求められる性能や作用効果,そのための最適な数値範囲も当然に異なるのであるから,この意味においても,引用例3発明を基に本件発明の構成に至る動機付けは 存しない。 イ 甲9文献においては,メタクリル酸グリシジル(c成分)の配合量につき, 通常は0~80質量%としつつ, 好ましくは5~50質量%と 記載されていることからすれば,これらの数値範囲間においては,作用効果に関して明確な相違があると考えるのが合理的であるから,引用例3発 明において, メタクリル酸グリシジル20質量部を減少させて5~50質量%を下回る値とした場合には,エポキシ樹脂との相溶性や耐熱性等の作用効果が十分に得られないことが合理的に予想される。 したがって,引用例3発明のc成分の配合量を,本件発明における配合量の範囲内に変更することについては,明確な阻害要因があるといえる。 ウ 以上によれば,引用例3発明において,相違点6に係る本件発明の構成 に至る動機付けは存しないというべきであるし,むしろ阻害要因が存するというべきであるから,相違点6につき,容易想到であるとはいえない。(3) 本件発明の作用効果 上記1(4)で主張したところと同様の理由により, 本件発明は, 作用効果の 観点からも,引用例3発明に対して進歩性を有するものといえる。 第4 1 被告の主張 取消事由1について (1) ア 相違点3について 本件発明は化学物質の発明であるところ,化学物質は,用途を限定しても化学構造式等が更に限定されるものではないから,本件発明における 化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用との特定は, (メタ)ア クリル酸エステル共重合体の構成に影響を及ぼすものではなく,限定として有意なものではない。 イ また,本件明細書には,成分(A)がそれ単独で発揮する未知の性質に関する記載は存しないし, (メタ) アクリル酸エステル共重合体を化粧シー トの粘着剤層に用いることは何ら新規な用途とはいえないから,本件発明は,原告が主張するような用途発明には当たらない。 ウ したがって,本件発明における化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用との限定は有意なものではないから,相違点3は,実質的な相違点ではない。 (2) ア 相違点1,2について 動機付けについて (ア) 甲7文献の記載に接した当業者が,第3成分を2種類以上併用した 共重合体を製造する際に,第1成分及び第2成分の種類及び含有量は保持した上で,保持された第3成分の含有量の下で第3成分を2種以上の併用とする,あるいは,実施例に記載された第3成分のグリシジルメタ クリレートの一部を他の第3成分に置き換えていくことは自然なことであり,その動機付けは十分に存する。また,上記のような変更により得られる共重合体は,他の第3成分としていずれを選択するか,どの程度置き換えるかに応じて一定数想定することができるが,それらはいずれも容易想到といえる。 (イ) 甲7文献に第3成分として挙げられているエポキシ基,水酸基,ア ミド基及びN-メチロールアミド基の中から2種を併用する場合,その組合せは6通りしかなく,いずれも技術的に明確に把握することができるから,甲7文献の記載から,エポキシ基と水酸基の組合せを具体的な技術思想として抽出することができる。 (ウ) 粘着剤の技術分野において,粘着剤に用いる(メタ)アクリル酸エ ステル共重合体で,本件発明のb成分及びc成分に対応する成分を含み,本件発明の10≦b+40c≦26(但し,4≦b≦14,0.05≦c≦0.45)の関係を満足しながら,c成分の配合量cを0.45以下,例えば0.251~0.4質量%程度とすることは,乙6ないし乙8の各文献(以下,順に乙6文献ないし乙8文献という。 )に 記載されるように,当業者が普通に行っている事項である。 (エ) 本件明細書の記載内容によれば, 粘着剤組成物について,(B) 成分 及び成分(C)のいずれかが不足又は過剰であれば,成分(A)が10≦b+40c≦26(但し,4≦b≦14,05≦c≦0.0.45)を満たしているか否かにかかわらず, 建築基準法に規定する不燃性を有し,かつ,タック性,施工性,耐熱性および粘着性に優れる化粧シートの粘着剤層に用いることはできないといえるから,本件発明における共重合体の上記数値限定は, 当該共重合体と成分 (B) 及び成分 (C) の双方を特定量で含む粘着剤組成物において初めて意味を有するものであり,成分(A)そのものについて,当該数値限定に技術的意義はな い。 そうすると,引用例1発明から容易想到な(メタ)アクリル酸エステル共重合体のうち1つでも本件発明の規定を満たすのであれば,本件発明は引用例1発明に対して進歩性を有さないのであって,引用例1発明からb+40cの範囲そのものを想到する必要はない。 イ 阻害要因について (ア) アクリル系樹脂のモノマーとして,グリシジル基を有するモノマー と水酸基を有するモノマーを併用することは,甲8文献や甲9文献にも記載されているように一般的な技術であるから,両者を併用することに阻害要因は存しない。 (イ) 引用例1発明における第3成分の架橋は加熱下の架橋であり,甲1 3の文献に記載された発明とは硬化における条件が相違するし,加熱下でグリシジル基と水酸基が反応することは技術常識であるから,同文献の記載が,引用例1発明におけるグリシジル基と水酸基の併用に関する阻害要因となるものではない。 (3) ア 本件発明の作用効果について 前記のとおり,成分(B)及び成分(C)のいずれかが不足又は過剰であれば,成分(A)が10≦b+40c≦26(但し,4≦b≦14,0.05≦c≦0.45)を満たしているか否かにかかわらず,建築基準法に規定する不燃性を有し,かつ,タック性,施工性,耐熱性および粘着性に優れる化粧シートの粘着剤層に用いることはできない。そして,本件発明は,成分(B)及び成分(C)の有無とその含有量が特定された粘着剤組成物の発明ではなく, (メタ) アクリル酸エステル共重 合体の発明であるから,原告が主張する作用効果は,本件発明が奏する効果ではない。 イ 成分(B)は,成分(A)を架橋するものであり,成分(B)の種類や 含有量を変更すれば,粘着剤層の架橋構造が変化し,粘着剤層の諸性質に影響することは明らかであるから,成分(B)と切り離して成分(A)が奏する効果を判断することはできない。 ウ 粘着剤組成物には架橋剤を用いないものも存在するから,粘着剤組成物用の(メタ)アクリル酸エステル共重合体であればイソシアネート化合物 を併用するという技術常識はない。そうすると,当業者が本件発明の実施例で使用しているものとは異なる架橋剤や添加剤を選択することや,これらを使用しないこともあり得る。 2 取消事由2について (1) 相違点5について 上記1(1)において主張したところと同様の理由により, 相違点5は, 実質 的な相違点ではない。 (2) ア 相違点4について 動機付けについて (ア) 甲8文献に記載されているアクリル系ポリマーは, (メタ) アクリル 酸エステルを主モノマーとし,これに架橋性官能基を有する共重合性モノマーを加えたものを重合したものであり,共重合性モノマーとして複数のモノマーが同列に挙げられていることなどからすれば,甲8文献に接した当業者は,この共重合性モノマーのモノマー量を(メタ)アクリル酸アルキルエステル100重量部に対して,0.1~30重量部との規定を満たす範囲内で自由に変更し,ゲル分率や粘着力を調整することができるとともに,架橋性官能基を有する共重合性モノマー全体の含有量を設定した後は,複数の架橋性官能基を有する共重合性モノマーは相互に同列にあるものであるから,共重合性モノマー間の割合も適宜設 定し得るといえる。 (イ) 粘着剤の技術分野において,粘着剤に用いる(メタ)アクリル酸エ ステル共重合体で,本件発明のb成分及びc成分に対応する成分を含み,本件発明の10≦b+40c≦26(但し,4≦b≦14,0.05≦c≦0.45)の関係を満足しながら,b成分の配合量bを4~6.27質量%程度,c成分の配合量cを0.45以下である0.251~0.4質量%程度とすることは,乙6文献ないし乙8文献に記載される ように,当業者が普通に行っている事項である。 (ウ) 前記のとおり,本件発明における共重合体の10≦b+40c≦26(但し,4≦b≦14,0.05≦c≦0.45)との数値限定には技術的意義も臨界的意義もない。 そうすると,引用例2発明から容易想到な(メタ)アクリル酸エステ ル共重合体のうち1つでも本件発明の規定を満たすのであれば,本件発明は引用例2発明に対して進歩性を有さないのであって,引用例2発明からb+40cの範囲そのものを想到する必要はない。 (エ) 本件発明及び引用例2発明は, (メタ) アクリル酸エステル共重合体 自体に係るものという点で技術分野が共通しているし,技術的思想が大 きく異なるということはない。 イ 阻害要因について 甲8文献において, 各構成モノマーにつき, 好ましくは2~10重量部の割合で用いられると記載されているのは,架橋性官能基(カルボキシル基,水酸基,エポキシ基等)を有する共重合性モノマーの総量を示した ものであり,総量がその範囲にあれば,アクリル酸グリシジルの使用量を0.45質量部以下とすることに阻害要因はない。 また,上記記載の前には, 0.1~30重量部との記載があり,架橋 性官能基を有する共重合性モノマーの総量は, 2~10重量部 に限定さ れていない。 (3) 本件発明の作用効果について 上記1(3)と同じ。 3 取消事由3について (1) 相違点7について 上記1(1)において主張したところと同様の理由により, 相違点7は, 実質 的な相違点ではない。 (2) ア 相違点6について 動機付けについて (ア) 甲9文献において,メタクリル酸グリシジル(c成分)はエポキシ 樹脂 (熱硬化性成分 (B)との相溶性の向上を目的の1つとして ) (メタ) アクリル酸エステル共重合体に含まれている旨が記載されていること に加え, 本件発明における共重合体の 10≦b+40c≦26(但し,4≦b≦14,0.05≦c≦0.45)との数値限定には技術的意義も臨界的意義もないことからすれば,当業者であれば,引用例3発明における熱硬化性成分(B)を実施例1での82質量部から1.1質量部程度まで減少させた場合に,この減少量に対応してメタクリル酸グリシ ジルの含有量を減少させて, 通常は0~80質量% との範囲の中で0 に近接する値を設定することは,適宜なし得ることといえる。 (イ) 引用例3発明から容易想到な(メタ)アクリル酸エステル共重合体 のうち1つでも本件発明の規定を満たすのであれば,本件発明は引用例3発明に対して進歩性を有さないのであって,引用例3発明からb+40cの範囲そのものを想到する必要はない。(ウ) 本件発明及び引用例3発明は, (メタ) アクリル酸エステル共重合体 自体に係るものという点で技術分野が共通しているし,技術的思想が大きく異なるということはない。 イ 阻害要因について 引用例3発明の(メタ)アクリル酸エステル共重合体のメタクリル酸グ リシジル(c成分)の含有量は,熱硬化性成分としてのエポキシ樹脂の含有量によるものであり,メタクリル酸グリシジルを減少させたからといって,甲9文献に記載される効果に必ず支障をきたすものではない。したがって,引用例3発明のメタクリル酸グリシジル20質量部について,本件発明の0.05≦c≦0.45を充足するように変更す ることにつき,明確な阻害要因が存在するということはない。 (3) 本件発明の作用効果について 上記1(3)と同じ。 第5 1 当裁判所の判断 本件発明 (1) 特許請求の範囲 本件発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2のとおりである。 (2) 本件明細書の記載 本件明細書には,次のとおり記載されている(甲1。表1-1,表1-2 及び表2は別紙のとおりである。なお, ・・・は省略した部分を表す。。 ) ア 技術分野 【0001】本発明は, 粘着剤組成物に関する。 更に詳しくは, タック性, 施工性,耐熱性および粘着性に優れ,かつ,建築基準法に規定する不燃性を満足する化粧シートの粘着剤層に適する粘着剤組成物に関する。イ 背景技術 【0002】 建物を建築する際には,その規模や用途ごとに,建築基準法 で定められた防火区域を設け,防火材料などの適切な材料を使用することが必要である。特に内装材料は,火災が発生した際に人命に与える影響が大きいことから,内装制限によって防火材料の使用が義務づけられている。この防火材料は不燃材料 準不燃材料 難燃材料などに分類されて おり,国土交通省の告示により定められた試験に合格したものが,審査認 定を受けて使用されている。 【0003】 一方,従来から壁面材や床材などの建築部材として,鉄,ア ルミニウムなどの金属系材料,あるいは石膏等の無機質系材料,あるいは木材,合板,集成材,パーチクルボード,ハードボードなどの木質系材料からなる基材の表面に,化粧シートを貼合して加飾されたものが使用され ている。化粧シートにより加飾された建築部材も当然に上記の不燃認定を受ける必要がある。したがって,化粧シートが上記の不燃認定を受けることは非常に重要であり,そのために,種々の提案がなされている・・・。【0006】 しかしながら,これらの・・・化粧シートは・・・不燃認定の規格 を十分満足するものではなく,不合格になるという問題がある。さらに, 化粧シートを被着体に貼り付けるとき,タック性が弱いと,仮止め時にシートが落下することがあり,タック性が強すぎると,仮止め後に貼り付け位置を調整する際に剥がれ難く,したがって,化粧シートの良好な施工性のためには適度のタック性が必要であるところ,上記化粧シートは,タック性および施工性の点でも満足できるものではなかった。 【0007】 また,熱可塑性樹脂シートに粘着剤層が積層された化粧シー トであって,粘着剤層が(メタ)アクリル酸エステル共重合体および特定の難燃剤を含む不燃性化粧シートが提案されている・・・。この化粧シートは,良好な不燃性および施工性を有するが,粘着性および耐熱性のいずれかが十分でない。 ウ 発明が解決しようとする課題 【0009】本発明の目的は, 建築基準法に規定する不燃性を有し, かつ, タック性,施工性,耐熱性および粘着性に優れた化粧シートを得るべく,そのような化粧シートの粘着剤層に適する粘着剤組成物を提供することにある。 エ 課題を解決するための手段 【0010】 本発明者は,鋭意研究した結果,粘着剤組成物が(メタ)ア クリル酸エステル共重合体を含み, 上記共重合体が, 構成モノマーとして, (メタ)アクリル酸エステルとともに,カルボキシル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物とグリシジル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物とを特定の量の割合で含むことにより,上記の目 的を達成できることを見出した。 オ 発明の効果 【0012】 本発明の粘着剤組成物は,建築基準法に規定する不燃性を有 し,かつ,タック性,施工性,耐熱性および粘着性に優れる化粧シートの粘着剤層として好適に使用することができる。 カ 発明を実施するための形態 【0018】 成分(A)は,成分(A)を構成するモノマーの全量を10 0質量%としたとき,モノマー(A-b)の配合量b(質量%)とモノマー(A-c)の配合量c(質量%)とが,下記式(1)を満たす。10≦b+40c≦26(但し,4≦b≦14,0.05≦c≦0.45)【0019】 式(1)において, (b+40c)の値が10より小さいと, 粘着力や耐熱性が不充分になり易い。また(b+40c)の値が26より大きいとタック性および施工性に問題が出易く,また(メタ)アクリル酸エステル共重合体の保存性が満足できないものになり易い。好ましくは,12≦b+40c≦22である。ここで,bは4~14質量%,好ましくは5~12質量%であり,cは0.05~0.45質量%,好ましくは0.1~0.35質量%である。bの値が上記範囲よりも小さいと,粘着力や耐熱性に劣るものになり易く,上記範囲より大きいと,耐水性や施工性に問題が出易い。また,cの値が上記範囲よりも小さいと,耐熱性に劣るも のになり易く, 上記範囲より大きいと, タック性や施工性に問題が出易い。 本発明者は,カルボキシル基は粘着性に影響を及ぼすとともに,グリシジ ル基との反応により耐熱性にも影響を及ぼすとの知見から,bとcが上記式(1)を満たすことにより,良好な粘着性,タック性,施工性および耐熱性が得られることを見出した。 【0020】成分(A)は,その構成モノマーとして,水酸基含有(メタ)アクリル酸エステル(A-d)を更に含むことが好ましい。モノマー(A-d)は,その水酸基が,後述する成分(B)のイソシアネート基と反応して,粘着剤として適切な架橋度を付与することができる。 【0022】 成分(A)の共重合形態については特に制限はなく,ランダ ム,ブロックおよびグラフト共重合体のいずれか,またはそれらの任意の組合せであり得る。 【0023】 成分(A)は,各種公知の方法により製造することができ, 例えば,バルク重合法,溶液重合法,懸濁重合法および乳化重合法等のラジカル重合法を適宜選択することができる。・・・ 【0024】 成分(A)は,質量平均分子量が30万~120万であるも のが好ましく,より好ましくは40万~80万である。30万よりも小さいと凝集力が小さく耐熱性や耐久性・信頼性が不十分になり易い。120万を超えると,高粘度で取扱い難く,希釈溶剤量などの点からも不経済である。・・・ 【0025】 更に,成分(A)は,ガラス転移温度が-30℃以下である ものが好ましく,より好ましくは-40℃以下である。ガラス転移温度が-30℃より高いと,低温環境下ではタック性が不十分になり易い。・・・【0026】 成分(B) 成分(B)であるイソシアネート化合物は,分子内に-N=C=O構造を有する化合物であり,成分(A)を架橋して耐熱性や凝集力を向上させる。 【0028】 成分(B)の量は,イソシアネート基の量に換算して,成分 (A)100質量部に対して0.10~0.40質量部,好ましくは0.15~0.30質量部である。上記下限未満では,耐熱性(100℃での寸法安定性試験)が不十分である場合がある。上記上限を超えると,タック性が低下する場合がある。・・・ 【0029】 成分(C) 成分(C)である難燃剤は,不燃性を付与できるものであれば特に制限はなく,公知の各種難燃剤を使用し得る。・・・ 【0031】 成分(C)の量としては,不燃認定の規格に安定的に合格で きる必要十分な量が適宜選択され得る。具体的には,それぞれの不燃性付与力にもよるが,成分(A)100質量部に対して10~50質量部程度 である。上記下限未満であると,不燃認定を得ることが困難であり,上記上限を超えると,タック性が不十分になり易い。 キ 実施例 【0058】 以下,本発明を実施例により説明するが,本発明はこれに限 定されるものではない。 【0059】 実施例1 成分(A)の製造 表1に示す量(質量%)のアクリル酸ブチル,2-エチルヘキシルアクリレート,アクリル酸,メタクリル酸グリシジルおよびメタクリル酸2-ヒドロキシエチルを反応器に入れ,希釈溶剤としての酢酸エチルおよび触媒としての2,-アゾビスイソブチロニトリルと共に, 2’ 窒素雰囲気下, 温度70~80℃で約10時間反応させて(メタ)アクリル酸エステル共重合体(A)を得た。 【0060】 粘着剤層用塗工液の製造 上記で得た成分(A)100質量部を,表1に示す量(質量部)の成分(B)および(C)ならびに希釈溶剤としての酢酸エチルとともに混合し て固形分45質量%の粘着剤層用塗工液を製造した。・・・ 【0063】 化粧シートの製造 上記で得た塗工液を,乾燥後の厚みが45μmとなるように東レフィルム加工株式会社製の剥離フィルム(セラピールWZ(商品名) ,厚み38μ m)に塗布し,90℃で乾燥して粘着剤層を形成した。次いで,この粘着 剤層が,熱可塑性樹脂シートとしてのリケンテクノス株式会社製のポリ塩化ビニル系樹脂組成物フィルム(S4970FC25382(商品名),厚 み100μm)に接するように貼り合せて化粧シートを製造した。得られた化粧シートについて,下記の試験を行った。結果を表1に示す。【0072】 実施例3~17,比較例1~9及び参考例6 実施例1において成分(A)を構成するモノマーの量を表1に示すように変えたこと以外は実施例1と同様にして化粧シートを製造し,評価試験を行った。結果を表1に示す。 【0073】 【0074】 表1(表1-1,表1-2) 表1から明らかなように,実施例1~16の化粧シートは, 不燃認定の規格を十分に満足し,かつ,タック性,施工性,耐熱性および粘着性に優れる。一方,成分(A-b)と成分(A-c)の量が本発明で規定する範囲外である比較例1~8の化粧シートは,タック性,施工性,耐熱性および粘着性のいずれかに劣った。 【0075】 実施例18~21および参考例7~8 実施例1において成分(B)の量を表2に示すように変えたこと以外は実施例1と同様にして化粧シートを製造し,評価試験を行った。結果を,実施例1とともに表2に示す。 【0076】 2 表2 本件発明の特徴 以上によれば,本件発明は,次のとおり理解することができる。 (1) 建物を建築する際に使用される内装材料は, 建築基準法上, 防火材料の使 用が義務付けられており,国土交通省による不燃認定を受けたものが使用されているところ,化粧シートにより加飾された建築部材も,当然にこの不燃認定を受ける必要があるため,これまで種々の提案がされていた(【000 2】【0003】。 , ) (2) しかしながら, 従来の化粧シートは, 不燃認定の規格を十分に満足するも のではなかった上,タック性及び施工性の点においても満足することができるものではなかった( 【0006】。また,粘着剤層に(メタ)アクリル酸エ ) ステル共重合体及び特定の難燃剤を含む不燃性化粧シートも提案され,良好な不燃性及び施工性を有していたが,粘着性及び耐熱性のいずれかが十分で ないという課題があった( 【0007】。 ) (3) 本件発明は,建築基準法に規定する不燃性を有し,かつ,タック性,施工 性,耐熱性及び粘着性に優れた化粧シートを得るために,そのような化粧シートの粘着剤層に適する粘着剤組成物に使用することができる(メタ)アクリル酸エステル共重合体を提供することを目的としたものである (請求項1, 【0009】。 ) (4) 本件発明に係る(メタ)アクリル酸エステル共重合体は,その構成モノマ ーとして, (メタ)アクリル酸エステル(a成分)とともに,カルボキシル基及び炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物(b成分)とグリシジル基及び炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物(c成分)を特定の量比で含む とともに,水酸基含有(メタ)アクリル酸エステル(d成分)を含むことを技術的特徴とするものである(請求項1, 【0010】【0020】。 , ) 3 取消事由1(引用例1発明に対する進歩性に関する判断の誤り) (1) ア 引用例1発明並びに本件発明と引用例1発明との一致点及び相違点甲7文献の記載 甲7文献には,次のとおり記載されている(甲7) 。 (ア) 特許請求の範囲 で表わされるエステルと, で表わされるエステルとの少なくとも一方から主としてなる85~99.5重量部の第1成分と;この第1成分に共重合可能でありかつカルボキシル基を有するエチレン型不飽和化合物単量体からなる0.5~15重量部の第2成分と;前記第1成分及び/又は前記第2成分に共重合可能であって, からなる群より選ばれた少なくとも1つの官能基を有するエチレン型不飽和化合物単量体からなり,かつ前記第1成分と前記第2成分との合計量100重量部に対して0.5~15重量部の割合を占める第3成分との共重合体を主として含有し,この共重合体中のカルボキシル基の10%以上がアルカリ金属と反応せしめられていることを特徴とする接着剤組成物。 (イ) a 発明の詳細な説明 本発明は,例えば可塑化ポリ塩化ビニルシート上に積層して使用するに好適な接着剤組成物に関するものである。1頁右欄6行目ないし( 8行目) b また第3成分は,第1及び/又は第2成分(特に第1成分)と共重合可能でありかつ架橋性の官能基(エポキシ基,水酸基,アミド基及びN-メチロールアミド基の少なくとも1種) を有するものであって, グリシジルメタクリレート,グリシジルアクリレート,β-ヒドロキ シエチルメタクリレート,β-ヒドロキシアクリレート,アクリルアミド,メタクリルアミド,N-メチロールアクリルアミド,N-メチロールメタクリルアミド等が挙げられる。これは1種のみ,又は2種以上併用して第1成分と共重合させることができる。2頁右欄41行( 目ないし3頁左欄8行目) c 次に,本発明の実施例による接着剤組成物を説明する。この組成物を得るには, 3l容量の3つ口フラスコに冷却器及び温度計を取付け, そのフラスコに酢酸エチル692gを加え,次いで例えば下記表5に示す組成のモノマー混合物を加え,反応系内をN₂ガスで置換しなが ら徐々に80℃にまで昇温してから反応を2時間行った。また残りのモノマーを2時間かけて滴下し, 更に3時間反応させた。 反応終了後, エタノール308gを加えて希釈した。この架橋ポリマーの性状及び性能は,固形分40.7%,粘度400cps,ピール(g/2cm)1400AFであった。またエチルアルコールにKOHを溶解させて 得た20重量%の水酸化カルシウム(判決注: カルシウムはカリウム の誤記と認める。のエタノール溶液を上記架橋ポリマーに添加 ) して反応させ,ポリマー中のカルボキシル基を所定量中和せしめて最終的な接着剤ポリマーに調製した。この接着剤ポリマーの性能を下記表-6に示した。但,表-5における化合物の略記号(後記の各表に おいても同じ) については, n-BAはノルマルブチルアクリレート, EAはエチルアクリレート,GAM(判決注: GAMはGMA の誤記と認める。 )はグリシジルメタクリレートである。 (4頁右欄下 から2行目ないし5頁右欄14行目) d 即ち,本発明によれば,上記共重合体において,第3成分のエポキシ基,水酸基,アミド基又はN-メチロールアミド基からなる官能基 が, 隣接する共重合体中の第3成分のエポキシ基, 水酸基, アミド基, N-メチロールアミド基又は第2成分のカルボキシル基と架橋反応し,分子間に複雑な架橋構造を形成することにより,凝集力が向上し,収縮も防止されるものと考えられる。このように接着強度又は凝集力,耐収縮性に優れている上に,更に,上記共重合体中のカルボキシル基 が所定量だけアルカリ金属で中和せしめられていることが,耐ガソリン性の向上に大きく寄与しており,例えば自動車の外装用として好適な接着剤組成物を提供できる。この場合,アルカリ金属で中和されたカルボキシル基は,隣接する共重合体中のカルボキシル基等によるカルボニル基 (>C=O) と静電的に引き合って結合していると思われ, これも凝集力向上に寄与している。 このような顕著な作用効果を得る上で,本発明による接着剤組成物の各成分の割合を上述した範囲に限定することが必須不可欠である。即ち,まず第1成分としてのアクリル酸エステル及び/又はメタクリル酸エステルが85重量部未満であると,接着成分が少なくなりす ぎて接着力に乏しくなり,また99.5重量部を越えると,第2成分 の割合(即ちカルボキシル基の量)が少なくなりすぎて耐ガソリン性や凝集力,耐収縮性が劣化するからである。また第3成分の量が,第1及び第2成分の合計量100重量部に対して0.5重量部未満であると,架橋が少なくなって凝集力が出なくなり,また15重量部を越えると, 逆に架橋が多すぎて粘着性及び接着性が低下するからである。 更に,重要なことは,共重合体中のカルボキシル基の10%以上がアルカリ金属と反応(中和)せしめられていることである。このカルボキシル基の反応比率が10%未満であると,耐ガソリン性又は耐油性が著しく低下して使用不能となるからである。その反応比率は20%以上であるのが望ましく, 30%以上が更に望ましい。 (2頁左欄13 行目ないし右欄7行目) e なお本発明による接着剤組成物は第1~第3成分の共重合体を主成分とするものであるが, この共重合体に粘着付与性樹脂 (粘着付与剤) を更に添加し,これら混合物によって接着剤組成物を構成するのが望ましい。即ち,粘着付与性樹脂の添加によって接着力が更に向上し, 耐ガソリン性も良好に保持される。このために粘着付与性樹脂は,上述の共重合体からなる接着剤組成物100重量部に対して50重量部以下の割合で添加するのが望ましい。 添加量が50重量部を越えると, 共重合体の割合が低下して凝集力や耐収縮性が劣化するからである。(3頁左欄13行目ないし24行目) f また上述の実施例に比べ,反応性単量体の種類を様々に変えた場合について説明すると,下記表-7にポリマーを構成するモノマー系を示し,下記表-8には生成した架橋ポリマーの性状及び性能を示し,更に下記表-9にはこのポリマーのカルボキシル基をアルカリ金属で 中和した場合の性能を示した。なお表-7において,化合物名の略記号については,MMAはメチルメタクリレート,MEAはメトキシエ チルアクリレート,EEAはエトキシエチルアクリレート,MAAはメタクリル酸,HEMAはβ-ヒドロキシエチルメタクリレート,N-MAMはN-メチロールアクリルアミドである。 これらの結果から,第1~第3成分を適度に配合して得られた架橋ポリマー中のカルボキシル基を所定量中和せしめることによって,特に凝集力を大幅に改善し,耐ガソリン性を向上させることができる。(5頁左欄37行目ないし7頁左欄5行目) イ 認定 以上の記載によれば,引用例1発明の内容並びに本件発明と引用例1発明との一致点及び相違点については,本件決定が認定したとおり(前記第2の3(2)ア)であると認められる(ただし,相違点3が実質的な相違点か否かについては,ここでは判断しない。。 ) (2) ア 相違点1の容易想到性 検討 (ア) 相違点1は,引用例1発明の共重合体が,本件発明とは異なり,d 成分を構成モノマーとして含まないというものであるところ,上記(1)ア(イ)bのとおり,甲7文献には,第1成分(a成分)及び第2成分(b 成分)又はそのいずれか(特に第1成分)と共重合させる第3成分として, 架橋性の官能基(エポキシ基,水酸基,アミド基及びN-メチロールアミド基の少なくとも1種)を有するものが挙げられている。そこで,引用例1発明における第3成分として,エポキシ基を有するモノマー(c成分)及び水酸基を有するモノマー(d成分)の2種を併用することを,当業者が容易に想到し得たか否かについて検討する。(イ) まず,上記(1)ア(ア),(イ)a及びdのとおり,引用例1発明は,可 塑化ポリ塩化ビニルシート上に積層して使用するのに好適な接着剤組成物に関する発明であり,共重合体中のカルボキシル基の10%以上をアルカリ金属と反応(中和)させることにより,耐ガソリン性及び耐油性を向上させることを目的とするものである。 そうすると,化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用の化合物の発明である本件発明と引用例1発明とでは,技術分野や発明が解決しようとする課題が必ずしも一致するものではないから,もともと引用例 1発明に本件発明の課題を解決するための改良を加える動機付けが乏しいというべきである。 (ウ) また,上記(1)ア(イ)bのとおり,甲7文献には,第3成分として選 択し得る4種のモノマーの例示として8つのモノマーが挙げられているほか,4種のモノマーの1種のみ又は2種以上を併用して第1成分と共重合させることができる旨が記載されている。そうすると,引用例1発明における第3成分は,上記の各モノマーのうち1種のみを選択する場合のほか,2種ないし4種のモノマーを併用する場合もあり得るということになるから,その組合せは,異なる官能基に属するモノマーを併用する場合に限ったとしても,被告が主張する6通りにとどまるもので はない。 そして,証拠(甲7)によれば,甲7文献には,エポキシ基を有する モノマー(c成分)と水酸基を有するモノマー(d成分)を組み合わせた合成例は記載されておらず,また,d成分を構成モノマーとして含むことによる効果等に関する具体的な記載もされていないものと認められる。そうすると,甲7文献には,引用例1発明の技術思想として,複数の組合せの中からエポキシ基を有するモノマー及び水酸基を有するモノ マーの2種を選択すべきである旨や,水酸基を有するモノマーを選択することによって特定の効果が得られる旨が開示されているものとはいえない。 これらの事情を併せ考慮すると,甲7文献に接した当業者が,引用例1発明の第3成分として,複数の組合せの中から敢えてエポキシ基を有 するモノマー及び水酸基を有するモノマーの2種を選択する理由に乏しいというべきである。 (エ) 以上のとおり,本件発明と引用例1発明とでは技術分野や発明が解 決しようとする課題が必ずしも一致するものではないから,もともと引用例1発明に本件発明の課題を解決するための改良を加える動機付け が乏しいことに加え,甲7文献の記載内容からすると当業者が複数の組合せの中から敢えてエポキシ基を有するモノマー及び水酸基を有するモノマーの2種を選択する理由に乏しいことからすれば,甲7文献に接した当業者において,相違点1に係る本件発明の構成に至る動機付けがあったということはできない。 したがって,引用例1発明において,構成モノマーとしてd成分を含ませることを,本件出願時における当業者が容易に想到し得たということはできない。 イ 被告の主張について (ア) 被告は, 引用例1発明における第3成分を2種以上の併用としたり, グリシジルメタクリレートの一部を他の第3成分に置き換えたりするこ とは自然なことである上,甲7文献の記載から,エポキシ基と水酸基の組合せを具体的な技術思想として抽出することができる旨主張する。しかしながら,上記ア(ウ)で検討したとおり,甲7文献によれば,引用例1発明における第3成分として選択し得るモノマーの組合せの数は被告が主張するよりも多い上,甲7文献においては,水酸基を有するモ ノマーを選択した場合やエポキシ基と水酸基を組み合わせた場合に得られる効果については何ら触れられていないことからすれば,甲7文献に第3成分の選択肢として記載された4種,8つのモノマーから,敢えてエポキシ基を有するモノマー及び水酸基を有するモノマーの2種を選択することが自然なことであるとか,この組合せを具体的な技術思想とし て抽出することができるなどということはできない。 したがって,被告の上記主張は,理由がない。 (イ) 被告は,アクリル系樹脂のモノマーとしてグリシジル基を有するモ ノマーと水酸基を有するモノマーを併用することは,甲8文献及び甲9文献にも記載されているように一般的な技術である旨主張する。 しかしながら,後記のとおり,引用例2発明及び引用例3発明においては,エポキシ基を有するモノマーと水酸基を有するモノマーが併用されてはいるものの,引用例1発明と引用例2発明及び引用例3発明とでは技術分野が必ずしも一致するものではなく,発明が解決しようとする課題も異なるというべきである。そうすると,甲8文献及び甲9文献の 記載を根拠として,引用例1発明の第3成分について上記のような併用をすることが一般的であるなどということはできない。 したがって,被告の上記主張は,理由がない。 (3) 相違点2の容易想到性 上記(2)のとおり,相違点1について容易想到であるということはできな いが,事案に鑑み,相違点2の容易想到性についても検討する。 ア 検討 (ア) 相違点2は, (メタ) アクリル酸エステル共重合体を構成するモノマ ーの全量を100質量%としたときのb成分の配合量b及びc成分の配合量cの値が,本件発明は10≦b+40c≦26(但し0.05≦c≦0.45)であるのに対し,引用例1発明の共重合体においてはcが0.5,b+40cが26.8であるというものである。 そこで,引用例1発明における上記b及びcの値を変更し,本件発明における数値範囲内に調整することを,当業者が容易に想到し得たか否か否かについて検討する。 (イ) まず, 上記(2)ア(イ)のとおり, 本件発明と引用例1発明とでは技術 分野や発明が解決しようとする課題が必ずしも一致するものではないというべきである。 (ウ) また,上記(1)ア(イ)fのとおり,引用例1発明の実施例には,引用 例1発明における第3成分を,N-メチロールアクリルアミドからアクリルアミドに量比を変えることなく置き換えた場合に,ピール(g/2cm)が1025FAから675AFになり(なお, ピール とは,剥離に要する力をいう(甲7)) 。,凝集力がずれ0.6mmか ら ずれ16mm になった例が示されている (表-8の実施例6,。 7) このことからすれば,架橋性官能基であるエポキシ基,水酸基,アミド 基及びN-メチロールアミド基は,その種類に応じて異なる粘着力や凝集力を示すものと考えられるから,各モノマーは,粘着力や凝集力の点で等価であるとはいえないというべきである(なお,表-8の実施例7における凝集力の数値( ずれ16mm )については,他の実施例にお ける数値と比較すると, ずれ1.6mmの誤記である可能性もあると いえるが,誤記であったとしても,実施例6とは3倍弱の違いが生じているのであるから,結論を左右しない。。 ) そうすると,当業者において,各モノマーを同量の別のモノマーに置き換えたり,水酸基を有するモノマー(d成分)を導入した分だけグリシジルメタクリレート(c成分)の配合量を減少させて第3成分全体の配合量を維持したりすることが,自然なことであるとか,容易なことであるなどということはできない。 (エ) さらに,上記(1)ア(ア)によれば,引用例1発明においては,第3成 分 (グリシジルメタクリレートはこれに当たる。を第1成分及び第2成) 分の合計量100重量部に対して0.5~15重量部とするとされているから,第1成分ないし第3成分の合計量を100質量%としたときの第3成分の配合量は,0.5~13.0質量%となる(0.5/(100+0.5)×100~15/(100+15)×100) 。 そうすると,引用例1発明において,グリシジルメタクリレートの配合量を本件発明における数値範囲内である0.45質量%以下とするためには,第3成分の配合量の下限値とされている値である0.5質量% を下回る量まで減少させる必要があるところ, 甲7文献の記載をみても, このような調整を行うべき技術的理由を見いだすことはできない。(オ) 以上のとおり,本件発明と引用例1発明とでは技術分野や発明が解 決しようとする課題が必ずしも一致するものではないこと,各モノマーは粘着力や凝集力の点で等価ではなく,当業者が各モノマーを置き換えたり配合量を維持したりすることは自然又は容易なことではないこと,当業者がグリシジルメタクリレートの配合量を第3成分の配合量の下限値未満に減少させる技術的理由は見いだされないことからすれば,甲7文献に接した当業者において,相違点2に係る本件発明の構成に至る動機付けがあったということはできない。 したがって,引用例1発明におけるb成分の配合量b及びc成分の配合量cの値を変更し,本件発明における数値範囲内に調整することを, 本件出願時における当業者が容易に想到し得たということはできない。イ 被告の主張について (ア) 被告は,乙6文献ないし乙8文献に記載された各発明の内容を根拠 として, 粘着剤の技術分野においては, b成分及びc成分を含む (メタ) アクリル酸エステル共重合体について,本件発明における数値範囲を満足しながらc成分の配合量cを0.45以下,例えば0.251~0.4質量%とすることは,当業者が普通に行っていることである旨主張する。 しかしながら,証拠(乙6ないし8)によれば,乙6文献に記載され た発明は,プラスチックフィルム,紙,布等の基材上に設けられる柔軟性層の表面粘着化処理法に関する発明であること,乙7文献に記載された発明は,耐熱性の再剥離可能なマスキングテープ,シート,ラベル等用の粘着剤の発明であること,乙8文献に記載された発明は,エマルジョン系感圧性接着剤の発明であることが認められるところ,これらの発 明と引用例1発明とでは,技術分野や粘着剤又は接着剤に求められる性質及び性能が必ずしも一致するものではないから,これらの発明で採用された数値が,当然に引用例1発明に適用されるものではないというべきである。 また,証拠(乙6ないし8)によれば,乙6文献ないし乙8文献に記 載された各発明においては,本件発明における10≦b+40c≦26(但し,4≦b≦14,0.05≦c≦0.45)の数値範囲を満たす(メタ)アクリル酸エステル共重合体が1つの合成例として記載されているものの,この数値範囲を満たさない合成例も存在するのであるから,bとcの数値を上記の数値範囲に合致するように定めることが,当 然に行われる事柄であるということもできない。 そうすると,乙6文献ないし乙8文献において,本件発明における数 値範囲を満たす(メタ)アクリル酸エステル共重合体の合成例が存在するからといって,引用例1発明に関しても,同様の配合量の調整が当業者において普通に行われるものであるとか,容易に想到することができるなどと直ちにいうことはできない。そして,上記アで検討したところに照らすと,引用例1発明について,本件発明における数値範囲を満足しながらc成分の配合量cを0.45以下とすることが自然又は容易なことであるとはいえない。 したがって,被告の上記主張は,理由がない。 (イ) 被告は,本件明細書の記載内容を根拠として,成分(A)に関して 本件発明が定める数値限定は,本件発明の共重合体と成分(B)及び成分(C)の双方を特定量で含む粘着剤組成物において初めて意味を有するものであり,成分(A)そのものについて,当該数値限定に技術的意義はない旨主張する。 しかしながら, 上記1(2)キのとおり, 本件明細書の表1-1及び表1 -2に記載された評価試験の結果においては,b成分の配合量b及びc成分の配合量cが本件発明の規定する 10≦b+40c≦26(ただし,4≦b≦14,0.05≦c≦0.45)の数値範囲を満たす実施例1ないし16の化粧シートは,不燃認定の規格を満足し,かつ,タック性,施工性,耐熱性及び粘着性にも優れていたのに対し,上記の数値 範囲を満たさない比較例1ないし8の化粧シートは, タック性, 施工性, 耐熱性及び粘着性のいずれかが劣っていたことが示されている (段落 【0 074】 ,表1-1及び表1-2) 。そうすると,本件発明においては, 成分(A)について上記の数値範囲を定めることにより,化粧シートのタック性,施工性,耐熱性及び粘着性につき,一定の技術的効果が奏さ れていることは明らかであるといえる。 また,本件発明の発明特定事項ではない成分(B)や成分(C)の種 類や含有量により,本件発明における成分(A)によって奏される上記効果が一定程度の影響を受け得るとしても,これによって直ちに本件発明における数値範囲の技術的意義が失われるものではないというべきである。 したがって,被告の上記主張は,理由がない。 (4) 取消事由1について 以上検討したところによれば,引用例1発明について,本件出願時におけ る当業者が,相違点1に係る本件発明の構成に至ることを容易に想到し得たということはできず,また,相違点2に係る本件発明の構成に至ることを容易に想到し得たということもできないから,相違点3について判断するまで もなく,取消事由1は理由があるというべきである。 4 取消事由2(引用例2発明に対する進歩性に関する判断の誤り) (1) ア 引用例2発明並びに本件発明と引用例2発明との一致点及び相違点甲8文献の記載 甲8文献には,次のとおり記載されている(甲8) 。 (ア) 特許請求の範囲 【請求項1】 支持フイルム上に粘着剤層を設けてなり,この粘着剤層が,非イオン界面活性剤を含むゲル分率が50%以上の水エマルジヨン型粘着剤からなることを特徴とする半導体ウエハに付着した異物の除去用粘着テープ。(イ) 発明が解決しようとする課題 【0007】 しかるに,上記提案の方法では,粘着テープを貼り付け剥 離操作したのちに,半導体ウエハ上に糊残りを生じやすく,これが新たな汚染源となることから,ウエハの洗浄という所期の目的を十分に果たせない問題があつた。 【0008】 本発明は,このような事情に鑑み,ウエツト洗浄方式に比 べて有用な粘着テープを用いたドライ洗浄方式において,特定の粘着テープを用いることにより,剥離操作後の糊残りを少なくし,半導体ウエハに付着した異物を高い除去率で吸着除去する一方,上記糊残りがかりに生じたとしてもこれを水洗によつて簡単に洗浄除去することを目的としている。 (ウ) 発明の詳細な説明 【0022】 架橋性官能基を有する共重合性モノマ―としては,アクリ ル酸,メタクリル酸,無水マレイン酸,イタコン酸などのカルボキシル基含有モノマ―,アクリル酸2-ヒドロキシエチル,メタクリル酸2-ヒドロキシエチル,アクリル酸2-ヒドロキシプロピル,メタクリル酸2-ヒドロキシプロピル,N-メチロ―ルアクリルアミドなどのヒドロキシ基含有モノマ―,アクリルアミド,メタクリルアミドなどのアミド基含有モノマ―,アクリル酸グリシジル,メタクリル酸グリシジルなどのエポキシ基含有モノマ―,N,N-ジメチルアミノエチルアクリレ― トなどのアミノ基含有モノマ―などが挙げられる。これらのモノマ―は,粘着剤のゲル分率や粘着力を調整するために用いられるものであり,一般には,主モノマ―である(メタ)アクリル酸アルキルエステル100重量部に対して,0.1~30重量部,好ましくは2~10重量部の割合で用いられる。 【0030】 実施例1 イオン交換水200部に,非イオン界面活性剤としてポリオキシエチレンノニルフエニルエ―テル1部を加え,これにさらに,アクリル酸n-ブチル80部,アクリロニトリル10部,アクリル酸5部,アクリル酸2-ヒドロキシエチル5部,アクリル酸グリシジル5部,重合開始剤として過酸化硫酸アンモニウム0.2部を加え,80℃に昇温し,撹拌しながら乳化重合させることにより,数平均分子量97万のアクリル系 ポリマ―と上記の非イオン界面活性剤を含むアクリル系の水エマルジヨン型粘着剤を調製した。 イ 認定 以上の記載によれば,引用例2発明の内容並びに本件発明と引用例2発明との一致点及び相違点については,本件決定が認定したとおり(前記第 2の3(2)イ)であると認められる(ただし,相違点5が実質的な相違点か否かについては,ここでは判断しない。。 ) (2) ア 相違点4の容易想到性 検討 (ア) 相違点4は, (メタ) アクリル酸エステル共重合体を構成するモノマ ーの全量を100質量%としたときのb成分の配合量b及びc成分の配合量cの値が,本件発明は10≦b+40c≦26(但し0.05≦c≦0.45)であるのに対し,引用例2発明はcが4.8,b+40cが196.8であるというものである。 そこで,引用例2発明における上記b及びcの値を変更し,本件発明 における数値範囲内に調整することを,当業者が容易に想到し得たか否かについて検討する。 (イ) まず,上記(1)ア(ア)及び(イ)のとおり,引用例2発明は,半導体ウ エハに付着した異物の除去用粘着テープの発明であり,剥離操作後の糊残りを少なくし,半導体ウエハに付着した異物を高い除去率で吸着除去する一方,上記糊残りが生じたとしてもこれを水洗によって簡単に洗浄除去することを目的とするものである。 そうすると,化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用の化合物の発明である本件発明と引用例2発明とでは,技術分野や発明が解決し ようとする課題が必ずしも一致するものではないから,もともと引用例2発明に本件発明の課題を解決するための改良を加える動機付けが乏し いというべきである。 (ウ) また,前記第2の3(2)イのとおり,引用例2発明は,アクリル酸n -ブチル(a成分)80部,アクリロニトリル10部,アクリル酸(b成分)5部,アクリル酸2-ヒドロキシエチル(d成分)5部,アクリル酸グリシジル(c成分)5部が重合された(メタ)アクリル酸エステル共重合体であるところ,相違点4に係る本件発明の構成に至るためには,4.8質量%であるアクリル酸グリシジルの配合量を,10分の1以下である0.45質量%以下に変更する必要がある。 しかしながら,上記(1)ア(ウ)のとおり,甲8文献には,架橋性官能基 を有する共重合性モノマーとして,5種のモノマー(カルボキシル基含有モノマー,ヒドロキシ基含有モノマー,アミド基含有モノマー,エポキシ基含有モノマー及びアミノ基含有モノマー)が例示された上,これらのモノマーが,粘着剤のゲル分率や粘着力を調整するために用いられる旨や,一般には(メタ)アクリル酸アルキルエステル100重量部に 対して0.1~30重量部,好ましくは2~10重量部の割合で用いられる旨は記載されているものの(段落【0022】,アクリル酸グリシ) ジルに着目した記載や,その配合量を10分の1以下にすることによって奏される特定の効果等に関する記載は存しない。 そうすると,引用例2発明において,アクリル酸グリシジルの配合量 を本件発明における数値範囲内に調整するためには,上記5種のモノマーの中からアクリル酸グリシジルに着目し,かつ,その配合量を10分の1以下とする調整を行う必要があるところ,甲8文献の記載をみても,このような調整を行うべき技術的理由を見いだすことはできない。(エ) 以上のとおり,本件発明と引用例2発明とでは技術分野や発明が解 決しようとする課題が必ずしも一致するものではないから,もともと引用例2発明に本件発明の課題を解決するための改良を加える動機付け が乏しいことに加え,当業者が5種のモノマーの中からアクリル酸グリシジルに着目してその配合量を10分の1以下とする調整を行う技術的理由は見いだされないことからすれば,甲8文献に接した当業者において,相違点4に係る本件発明の構成に至る動機付けがあったということはできない。 したがって,引用例2発明におけるb成分の配合量b及びc成分の配合量cの値を変更し,本件発明における数値範囲内に調整することを,本件出願時における当業者が容易に想到し得たということはできない。イ 被告の主張について (ア) 被告は,当業者であれば,モノマー量を(メタ)アクリル酸アルキルエステル100重量部に対して,0.1~30重量部との規定を満たす範囲内で自由に変更し,ゲル分率や粘着力を調整することができるとともに,複数の架橋性官能基を有する共重合性モノマーは相互に同列にあるから,当業者であれば共重合性モノマー間の割合も適宜設定し得る旨主張する。 しかしながら,上記アで検討したとおり,引用例2発明におけるアクリル酸グリシジルの配合量を大幅に減少させる調整を行う技術的理由は見いだされないことに加え, 上記3(3)ア(ウ)で検討したとおり, 架橋 性官能基である各モノマーは,粘着力や凝集力の点で等価であるとはい えないことからすれば,当業者において,引用例2発明の各モノマーの配合量や各モノマー間の割合を適宜設定して本件発明における数値範囲に至ることが容易であるということはできない。 したがって,被告の上記主張は,理由がない。 (イ) 被告は,乙6文献ないし乙8文献に記載された各発明の内容を根拠 として, 粘着剤の技術分野においては, b成分及びc成分を含む (メタ) アクリル酸エステル共重合体について,本件発明における数値範囲を満 足しながら,b成分の配合量bを4~6.27質量%,c成分の配合量cを0. 45質量%以下である0. 251~0. 4質量%とすることは, 当業者が普通に行っていることである旨主張する。 しかしながら, 上記3(3)イ(ア)で検討したところと同様に, 引用例2 発明と乙6文献ないし乙8文献に記載された各発明とでは,技術分野や 粘着剤又は接着剤に求められる性質及び性能が必ずしも一致するものではないし,同各発明には本件発明における数値範囲を満たさない合成例が存在する以上,乙6文献ないし乙8文献において,本件発明における数値範囲を満たす(メタ)アクリル酸エステル共重合体の合成例が存在するからといって,引用例2発明に関しても,同様の配合量の調整が 当業者において普通に行われるものであるとか,容易に想到することができるなどと直ちにいうことはできない。 したがって,被告の上記主張は,理由がない。 (ウ) このほか,被告は種々の主張をするが,これまで検討したところに 照らすと,いずれも理由がないというべきである。 (3) 取消事由2について 以上検討したところによれば,引用例2発明について,本件出願時におけ る当業者が,相違点4に係る本件発明の構成に至ることを容易に想到し得たということはできないから,相違点5について判断するまでもなく,取消事由2は理由があるというべきである。 5 取消事由3(引用例3発明に対する進歩性に関する判断の誤り) (1) ア 引用例3発明並びに本件発明と引用例3発明との一致点及び相違点甲9文献の記載 甲9文献には,次のとおり記載されている(甲9) 。 (ア) 特許請求の範囲 【請求項1】 基材と, 該基材上に剥離可能に積層されてなる粘接着剤層とからなり, 該粘接着剤層が,常温感圧接着性でありかつ熱硬化性を有し,熱硬化前の粘接着剤層の弾性率が1.0×10³~1.0×10⁴Paであり,熱硬化前の粘接着剤層の120℃における溶融粘度が100~200Pa・秒であり,熱硬化前の粘接着剤層を120℃で温度一定とした場合に,溶融粘度が最小値に達するまでの時間が60秒以下であることを特徴とするダイシング・ダイボンド兼用粘接着シート。 (イ) 発明が解決しようとする課題 【0016】 本発明は,上記したいわゆるスタック型半導体装置に おいて,スタック時に発生するボンディングワイヤーの損傷を低減するとともに,半導体チップ同士を接着する接着剤層の厚みの精度不良に起因する半導体装置の高さのバラツキ,基板から最上層の半導体チップの表面までの高さのバラツキ,および最上層の半導体チップの傾き等を解消することを目的としている。 (ウ) 発明を実施するための最良の形態 【0035】 特に(メタ)アクリル酸グリシジル単位と,少なくとも1 種類の(メタ)アクリル酸アルキルエステル単位を含むが好ましい。この場合,共重合体中における(メタ)アクリル酸グリシジルから誘導される成分単位の含有率は通常は0~80質量%,好ましくは5~50質量%である。グリシジル基を導入することにより,後述する熱硬化性成分としてのエポキシ樹脂との相溶性が向上し,また硬化後のTgが高くなり耐熱性も向上する。また(メタ)アクリル酸アルキルエステルとしては, (メタ)アクリル酸メチル, (メタ)アクリル酸エチル, (メタ)ア クリル酸ブチル等を用いることが好ましい。また,アクリル酸ヒドロキ シエチル等の水酸基含有モノマーを導入することにより,被着体との密着性や粘着物性のコントロールが容易になる。 【0073】 ・・・粘接着剤層 粘接着剤の組成を以下に示す。これらは実施例および比較例に共通である。 (A)粘着成分:アクリル酸ブチル55質量部と,メタクリル酸10質量部と,メタクリル酸グリシジル20質量部と,アクリル酸2-ヒドロ キシエチル15質量部とを共重合してなる重量平均分子量約800,000,ガラス転移温度-28℃の共重合体 ・・・ イ 認定 以上の記載によれば,引用例3発明の内容並びに本件発明と引用例3発 明との一致点及び相違点については,本件決定が認定したとおり(前記第2の3(2)ウ)であると認められる(ただし,相違点7が実質的な相違点か否かについては,ここでは判断しない。。 ) (2) ア 相違点6の容易想到性 検討 (ア) 相違点6は, (メタ) アクリル酸エステル共重合体を構成するモノマ ーの全量を100質量%としたときのb成分の配合量であるb及びc成分の配合量であるcの値が,本件発明は10≦b+40c≦26(但し0.05≦c≦0.45)であるのに対し,引用例3発明はcが20, b+40cが810であるというものである。 そこで,引用例3発明における上記b及びcの値を変更し,本件発明における数値範囲内に調整することを,当業者が容易に想到し得たか否かについて検討する。 (イ) まず,上記(1)ア(ア)及び(イ)のとおり,引用例3発明は,ダイシン グ・ダイボンド兼用粘接着シートの発明であり,スタック時に発生するボンディングワイヤーの損傷を低減するとともに,半導体チップ同士を 接着する接着剤層の厚みの精度不良に起因する半導体装置の高さのばらつき,基板から最上層の半導体チップの表面までの高さのばらつき,最上層の半導体チップの傾き等を解消することを目的とするものである。 そうすると,化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用の化合物 の発明である本件発明と引用例3発明とでは,技術分野や発明が解決しようとする課題が必ずしも一致するものではないから,もともと引用例3発明に本件発明の課題を解決するための改良を加える動機付けが乏しいというべきである。 (ウ) また,前記第2の3(2)ウのとおり,引用例3発明は,アクリル酸ブ チル(a成分)55質量部,メタクリル酸(b成分)10質量部,メタクリル酸グリシジル(c成分)20質量部,アクリル酸2-ヒドロキシエチル(d成分)15質量部が共重合された(メタ)アクリル酸エステル共重合体であるところ,相違点6に係る本件発明の構成に至るためには,20質量%であるメタクリル酸グリシジルの配合量を,40分の1以下である0.45質量%以下に減少させる必要がある。 しかしながら,上記(1)ア(ウ)のとおり,甲9文献においては,共重合体中における(メタ)アクリル酸グリシジルから誘導される成分単位の含有率について,通常は0~80質量%であり,好ましくは5~50質 量%であるとされているのであるから(段落【0035】,上記のよう) な配合量の変更は,グリシジル基含有モノマーにつき,好ましいとされている配合量の下限値である5質量%の10分の1以下とする調整をすることとなる。また,甲9文献には,グリシジル基含有モノマーに着目した記載や,その配合量を40分の1以下にすることによって奏され る特定の効果等に関する記載は存しないし, (メタ) アクリル酸グリシジ ルの含有量を0質量%付近に設定している合成例も見当たらない。 そうすると,引用例3発明において,メタクリル酸グリシジルの配合量を本件発明における数値範囲内に調整するためには,a成分ないしd成分のモノマーの中からc成分の(メタ)アクリル酸グリシジルのみに着目し,かつ,その配合量を好ましいとされている範囲の下限値である5質量%の10分の1以下とする調整を行う必要があるところ,甲9文 献の記載をみても,このような調整を行うべき技術的理由を見いだすことはできない。 (エ) 以上のとおり,本件発明と引用例3発明とでは技術分野や発明が解 決しようとする課題が必ずしも一致するものではないから,もともと引用例3発明に本件発明の課題を解決するための改良を加える動機付け が乏しいことに加え,当業者がメタクリル酸グリシジルのみに着目してその配合量を好ましいとされている範囲の下限値の10分の1以下とする調整を行うべき技術的理由は見いだされないことからすれば,甲9文献に接した当業者において,相違点6に係る本件発明の構成に至る動機付けがあったということはできない。 したがって,引用例3発明におけるb成分の配合量b及びc成分の配合量cの値を変更し,本件発明における数値範囲内に調整することを,当業者が容易に想到し得たということはできない。 イ 被告の主張について (ア) 被告は,メタクリル酸グリシジルはエポキシ樹脂に対する相溶化を 行うものであるから,エポキシ樹脂の含有量が少ない場合には,メタクリル酸グリシジルの含有量は少なくてよいといえる旨主張する。 しかしながら,上記(1)ア(ウ)のとおり,甲9文献には,グリシジル基の導入の目的につき,エポキシ樹脂との相溶性の向上のみならず,硬化後のTg(ガラス転移温度)を高くして耐熱性を上げることも挙げられていることからすれば,引用例3発明において,エポキシ樹脂の含有量 が少ない場合にメタクリル酸グリシジルの含有量が少なくてもよいとは必ずしもいえないし,仮にメタクリル酸グリシジルの含有量を少なくすることが客観的には可能であるとしても,その含有量を大幅に減らす技術的理由を見いだすことができないことは上記のとおりである以上,被告の主張は後知恵といわざるを得ない。 したがって,被告の上記主張は,理由がない。 (イ) このほか,被告は種々の主張をするが,これまで検討したところに 照らすと,いずれも理由がないというべきである。 (3) 取消事由3について 以上検討したところによれば,引用例3発明について,本件出願時におけ る当業者が,相違点6に係る本件発明の構成に至ることを容易に想到し得たということはできないから,相違点7について判断するまでもなく,取消事由3は理由があるというべきである。 6 結論 以上によれば,本件決定が,本件発明について,引用例1発明ないし引用例3発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断したことには誤りがある。 よって,原告の請求は,理由があるからこれを認容することとして,主文の とおり判決する。 知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官 鶴中岡平都野稔彦 裁判官 健 裁判官 道紀 (別 紙) 本件明細書の表1-1 (別 紙) 本件明細書の表1-2 (別 紙) 本件明細書の表2 |