事件番号 | 令和2(行ケ)10050 |
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事件名 | 審決取消請求事件 |
裁判年月日 | 令和2年12月23日 |
裁判所名 | 知的財産高等裁判所 |
権利種別 | 商標権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
裁判日:西暦 | 2020-12-23 |
情報公開日 | 2021-01-06 12:00:48 |
令和2年(行ケ)第10050号 口頭弁論終結日 審決取消請求事件 令和2年10月14日 判決原告X 訴訟代理人弁護士 松田光坂井美被告代紀夫 農口酒造株式会社 訴訟代理人弁理士 宮正道宮主田田誠心文1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 特許庁が取消2018-300815号事件について令和2年3月27日にした審決を取り消す。 第2 事案の概要 1 特許庁における手続の経緯等 ⑴ 被告は, 以下の商標 (登録第5707382号。 以下 本件商標 という。 ) の商標権者である(甲99,100)。 商標 登録出願日 農口(標準文字) 平成26年5月23日 登録査定日 平成26年9月5日 設定登録日 平成26年10月3日 指定商品 第33類日本酒,洋酒,果実酒,酎ハイ,中国酒,薬味酒 ⑵ 原告は,平成30年10月26日,商標法51条1項の規定により,本件商標について商標登録取消審判を請求した。 特許庁は,上記請求を取消2018-300815号事件として審理を行い,令和2年3月27日,本件審判の請求は成り立たないとの審決(以下本件審決という。)をし,その謄本は,同年4月4日,原告に送達された。 ⑶ 原告は,令和2年4月22日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。 2 本件審決の理由の要旨 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。 その要旨は,①本件商標は,農口の文字を標準文字により表されてなるところ,本件商標と被告が使用する別紙1の使用例1及び2記載の草書体又は楷書体で農口の文字を縦書きしてなる商標(甲5ないし7。以下,このうち,使用例1記載の草書体のものを本件使用商標1,使用例2記載の楷書体のものを本件使用商標2という場合がある。)とは,外観において類似 し,ノウグチ又はノグチの称呼を共通にするものであるから,観念において比較することができないとしても,類似の商標と認められる,②引用商標(甲8,9)は,農口尚彦研究所の文字を縦書きの楷書体で書してなるところ,本件商標は,引用商標とは外観及び称呼において相紛れるおそれのないものであるから,両商標は,非類似の商標であって,その類似性が高いとは いえず,また,原告(請求人)は,原告自身が著名な杜氏であることを前提に引用商標も著名であると主張するのみであり,原告が提出した主張及び証拠に よっては,引用商標が原告の業務に係る商品の出所を表示するものとして周知性を有するものとは認められないから,被告が本件使用商標1及び2を本件商標の指定商品に使用したとしても,需要者をして原告の業務に係る商品であると誤認を生じさせるおそれはなく,原告の業務に係る商品と混同を生ずるものとはいえない,③本件使用商標1及び2と引用商標とは相紛れるおそれのない非類似の商標であって,被告が本件使用商標1及び2を使用しても引用商標を想起するということはできないから,被告による本件使用商標1及び2の使用が,品質の誤認を生ずるものであるということはできない,④本件使用商標1及び2をその指定商品に使用しても原告の業務に係る商品と混同を生じさせる おそれはなく,被告が,原告の業務に係る商品と混同を生じさせることを認識していたといえる事情は見いだせないから,被告による本件使用商標1及び2の使用について,商標法51条1項所定の故意を認めることはできない,⑤したがって,被告が故意に本件商標と類似する本件使用商標1及び2をその指定商品に使用して商品の品質の誤認又は原告の業務に係る商品と混同を生ずるも のをしたということはできないから,本件商標の商標登録は,同項の規定により取り消すことはできないというものである。 3 取消事由 商標法51条1項該当性の判断の誤り 第3 1 当事者の主張 原告の主張 (1) ア 出所の混同についての判断の誤り 引用商標の周知性 (ア) 原告は,戦後失われつつあった山廃仕込みの技術を復活させ, 全国新酒鑑評会で連続12回を含む通算27回の金賞を受賞した名杜氏であり,日本酒造りの神様と呼ばれている。原告の実績は,顕著であり, 日本酒の需要者の間で広く認識されている (甲2の1ないし3, 甲11ないし24)。 原告は, 平成25年末から2シーズン, 被告の酒蔵で杜氏を務めた後, 平成29年から,石川県で,引用商標の農口尚彦研究所の名称の酒造で,杜氏として酒造りを始めた。株式会社農口尚彦研究所(甲108)は,同年から,原告の手による日本酒に引用商標を付して製造販売している(以下,引用商標を付した上記日本酒を農口尚彦研究所の日本酒」という場合がある。)。 (イ) 農口尚彦研究所の日本酒は,日本酒評価サイトであるSAKETIMEの石川の日本酒ランキング2020において,第1位を獲得した(甲88)。 ANAの国際線ファーストクラスにおいて, 2018年 (平成30年) から継続して農口尚彦研究所の日本酒が提供されている(甲24,89)。 このほか,様々な著名雑誌や全国放送のテレビ等においても,原告の みでなく,農口尚彦研究所も,北陸を代表する酒蔵として紹介されている。 例えば,①週刊ダイヤモンド(2018年2月10日号。甲18)には,新日本酒紀行として農口尚彦研究所が農口尚彦研究所 の日本酒の写真とともに紹介されている,②MONO(平成30年 2月16日号。甲20)には,今月のもう一杯のコーナーで農口尚彦研究所の日本酒がその写真とともに紹介されている,③最高視聴率20.5%を誇ったTBSの日曜劇場陸王のホームページにおいても,伝統産業に生きるのコーナーで農口尚彦研究所が紹介さ れている(甲16),④三井住友信託銀行の三井住友信託スペシャル対談シリーズの第2回として,原告が俳優Aのインタビューに答えており,その記事の中で,農口尚彦研究所及び農口尚彦研究所の 日本酒の写真が多数使用されている(甲90),⑤2019年2月15日放送のNHK総合のニュース番組ニュースウオッチ9において,”伝説の杜氏”86歳引退後一転なぜ酒造りのタイトルで,農口尚彦研究所の特集が放送されている,⑥原告は2019年度グッドエイジャー賞を受賞しており,そのインタビュー記事の中でも農口尚彦研究所が紹介され,蔵や原告の手による日本酒の写真が掲載されている(甲91),⑦婦人画報115号(令和2年2月号)の特集冬の海へ2泊3日の美味旅において,農口尚彦研究所のテイスティ ングルーム杜庵が紹介されている(甲92),⑧地元新聞社の紙面においても農口尚彦研究所の活動はたびたび記事として取り上げら れ(甲93,94),石川県内においても,農口尚彦研究所は,加賀の酒蔵として広く県民に親しまれる存在となっている。 (ウ) 以上によれば,原告自身の名はもちろん,原告の手による農口尚彦研究所の日本酒及びその日本酒を販売する農口尚彦研究所の名称も,需要者の間で広く認識されており,引用商標は,本件審決時にお いて,原告の業務に係る商品日本酒を表示するものとして,周知又は著名であったといえる。 したがって,これを否定した本件審決の認定は誤りである。 イ 本件使用商標1及び2と引用商標の類似性 (ア) 本件使用商標1及び2は,草書体又は楷書体で農口の文字を縦書 きしてなるのに対し,引用商標は,農口尚彦研究所の文字を縦書きの楷書体で書してなるところ,両商標は,文字数及び称呼は異なるが,農口の文字を有する点で共通する。 日本酒の世界において原告の名は周知又は著名であること,農口 が名杜氏であるXを示すことは,小売店及び日本酒ファンの間では常識であることからすると,本件使用商標1及び2を本件商標の指定商 品中の日本酒に付した場合,本件使用商標1及び2から名杜氏Xの観念が生じる。 一方,引用商標の農口尚彦研究所は原告の名に普通名称である研究所を付しただけのものであるから,引用商標の構成中,農口又は農口尚彦の部分が要部に当たる。そして,引用商標を日本酒に付した場合には,引用商標から名杜氏Xの観念が生じる。 そうすると,本件使用商標1及び2と引用商標は,観念が共通するから,類似の商標に該当する。 (イ) 仮に前記(ア)の主張が認められないとしても,日本酒については,同 一銘柄であっても,醸造方法,グレード,原料等や価格帯が異なる商品が多数流通している実情があり,商品名(銘柄)そのものに加え,ラベルから読み取れる様々な情報が顧客吸引力を有するといえるから,日本酒における使用商標は,商品のラベルのデザイン全体であると考えるのが合理的である。 しかるところ,引用商標(甲8,9)を付した商品のラベルは,日本酒の容器中央上部に短冊状のラベルで農口尚彦研究所が記されており,容器胴部の幅広のラベル中央には原告の苗字に由来するのをモチーフにした農口尚彦研究所のマークが表示され,その左側又は下部に杜氏Xの文字及びXの落款がある。 一方,本件使用商標1及び2のラベルは,別紙1記載のとおり,ラベルの色や背景に差異はあるものの,中央にX又は杜氏念を生じさせる「農口の表示があり,左側に杜氏Xの観 X」の文字及び Xの落款がある。本件使用商標1及び2のラベルにおいては,農口の文字が要部であり,杜氏相まって,「杜氏Xの文字が記載されていることも X」の名が印象付けられる。 したがって,引用商標を付した商品のラベル全体と本件使用商標1及 び2のラベル全体を対比すると,両商標は,類似の商標に該当する。(ウ) 以上によれば,本件使用商標1及び2は,引用商標と類似の商標で あるから,これを否定した本件審決の判断は誤りである。 ウ 出所の混同 (ア) 本件使用商標1及び2と引用商標は,石川県内の酒蔵で製造された 日本酒に使用されており,酒蔵の位置は,被告の酒蔵が能美市,農口尚彦研究所の酒蔵が能美市と隣接した小松市にあり,いずれも加賀の地酒である。かかる酒蔵の位置及び加賀の地酒という商品の性質から,両商標は,需要者に出所の混同を起こさせてしまう可能性の高い関係にある。 また,本件使用商標1及び2のラベルと引用商標(甲8,9)を付した商品のラベルは,いずれも杜氏Xの文字が記されている点で共 通し,この表示により,本件使用商標1及び2を付した日本酒と引用商標を付した日本酒のどちらを手に取った需要者も,原告が杜氏として酒造りを行った商品であると認識することとなる。 そして,本件使用商標1及び2を付した日本酒は,引用商標を付した日本酒との間で現実に出所の混同が生じている。 例えば,①石川県内の大手スーパーイオンモール新小松においては,本件使用商標1及び2を付した日本酒が原告の手によるかのような 表示のもとで売られていた(甲25の1,2),②被告の公式ホームページのお客様の声では,本件使用商標1及び2を使用した日本酒を購入した需要者が, 「大吟醸,2本いただいて最初の1本はすぐいただきました。山廃純米の「労働者の酒」 (←Xさんの言い方)と違って,なんとシャープで淡麗で美しいことか。…Xさん,どうか健康で長生きしていただき,私たちファンを長く楽しませてください。」と原告に対してお礼の言葉を述べており,本件使用商標1及び2を付した日本酒が 原告の手による日本酒であると誤認している(甲29),③被告の公式ツイッターでは,平成29年9月26日に長年飲みたかったXの杜氏さまが復活しているのを今更知り,同年10月16日にX杜氏さんの名前のお酒,同月21日にXさんが価格破壊している,同年12月29日に能登のお酒,能登の農口,平成30年2月4日 に念願のX杜氏の酒,同年4月8日に2017年冬に活動を再開した名杜氏X氏を再び呼び寄せて作った一本などのリツイートの書き込みがある,④SNS上では, 「農口酒造については,会社名は兎も角,銘柄名からは農口ははずすべきだろう。」 など,杜氏Xの手によらない日本酒農口の存在を憂慮する書き込み(甲27,28)が掲載されているほか,2020年(令和2年)1月11日付けの書き込み(甲95),同年2月23日付けの書き込み(甲97),同年3月1日付けの書き込み(甲96)においても,本件使用商標1及び2を付した日本酒は,引用商標を付した日本酒との間で出所の混同が生じている。 (イ) 以上によれば,引用商標は,周知又は著名な商標であり,本件使用商 標1及び2は引用商標と類似の商標であって,被告が本件使用商標1及び2を本件商標の指定商品の日本酒に使用した場合,その商品が原告及び農口尚彦研究所と組織的又は経済的な関係を有する者の業務に係る商品であるかのように商品の出所について混同を生じさせるおそれがあるばかりでなく,現実に原告及び農口尚彦研究所の業務に係 る商品と混同を生じている。 したがって,被告が本件使用商標1及び2を本件商標の指定商品に使用したとしても,原告の業務に係る商品と混同を生ずるものとはいえないとした本件審決の判断は誤りである。 (2) 品質の誤認についての判断の誤り 前記(1)ウ(ア)のとおり,需要者は,本件使用商標1及び2を使用した被告 の日本酒を原告の手による日本酒であるとの誤解の下で購入しているから,商品の品質の誤認も生じている。 したがって,被告による本件使用商標1及び2の使用が,品質の誤認を生ずるものであるということができないとした本件審決の判断は誤りである。(3) 故意についての判断の誤り 原告は,平成25年末から2シーズン,被告の酒蔵で杜氏を務めた後,平 成27年4月に被告の酒蔵を離れる際に,自己の名を今後使用しないことを求め,被告代表者も何ら異議を述べなかったため,被告に原告の造った酒がなくなった時点で,農口及び杜氏Xの表示は被告の商品から消えるものと確信していた。 ところが,被告は,本件使用商標1及び2を使用した日本酒を販売し続けたため,原告の代理人弁護士は,平成28年3月17日到達の内容証明郵便(甲33の1,2)によって,被告に対し,杜氏Xの名を配したラベ ルを貼付した製品の回収及びホームページをはじめとする全ての広告媒体等におけるXの名の削除を求めた。これに対し,被告は,同年4月21日付け回答書(甲34の1,2)で,原告が退職後に製造した日本酒のラベルについては,原告の氏名が表示されないように,被告代表者が製造していることを示す表示をして流通させている旨, 今後はラベルの内容自体を一新し, 更に誤解のない内容にすることを検討している旨,原告から指摘を受けたホ ームページ上の表示については,削除依頼済みである旨を回答した。しかし, ①被告は, 上記回答後も, 本件使用商標1及び2の横に 杜氏X の名を付した日本酒を販売していたこと(甲25の1,2等),②被告のホームページの会社概要に霊峰白山を望み,日本海の荒波に臨む酒造りを行うこと,およそ二百年の歴史ある酒蔵。全国新酒鑑評会にて通算二十七回の金賞を受賞した現代の名工Xを杜氏が平成二十五年末より再始動。生涯現役を貫くXが酒造りの原点であるきめ細かい愛情を大切に,日本酒の神髄に迫ります。と掲載して,原告の名を全面に押し出していたこと (甲36, 39ないし44),③被告の公式ツイッターでも,平成28年12月9日に 「山廃と吟醸酒の第一人者,日本酒の神と称される杜氏Xさん。現代の名工,黄綬褒章を受賞し,その酒は酒好きには堪らない逸品で…」 との書き込みを,同月14日に入手困難,石川県でおすすめの日本酒・土産は「農口な理由。」と記載し,現代の名工「Xの酒造り」との広告写真が張り付けられた書き込みをリツイートしていること(甲37),④原告は,被告を債務者として,X及び杜氏Xの標章の使用禁止等を求める仮処分の申立て(金沢地方裁判所平成30年(ヨ)第67号標章使用差止等仮処分命令申立事件)をし,令和元年5月30日,原告の申立てを認容する仮処分決定(以下本件仮処分という。甲45)を得たが,その後の同年9月4日時点において,石川県内のスーパーマーケットで,杜氏Xの表示を 使用した被告の商品が販売されていたこと(甲98),以上の①ないし④の事情によれば,被告は,本件商標と類似する本件使用商標1及び2を使用するに当たり,上記使用の結果,品質の誤認や出所の混同を生ずるおそれがあることを認識していたといえるから, 被告には, 商標法51条1項所定の 故意がある。 したがって,被告による本件使用商標1及び2の使用について,故意を認めることはできないとした本件審決の判断は誤りである。 (4) 小括 以上によれば,被告は故意に本件商標に類似する本件使用商標1及び2を 本件商標の指定商品中の日本酒に使用し,商品の品質の誤認又は原告の業務に係る商品と混同を生じさせたから,かかる被告の行為は,商標法51条1項に該当する。 これを否定した本件審決の判断は誤りであるから,本件審決は,違法として取り消されるべきである。 2 被告の主張 (1) ア 出所の混同についての判断の誤りの主張に対し 引用商標の周知性について 原告が提出した主張及び証拠によっては,引用商標が原告の業務に係る商品の出所を表示するものとして周知性を有するものとは認められない から,これと同旨の本件審決の認定に誤りはない。 イ 本件使用商標1及び2と引用商標の類似性について (ア) 原告は,引用商標の構成中研究所の部分は,研究などを行う組 織や施設を示す普通名称であるから,引用商標の要部は,農口尚彦である旨主張する。 しかし,研究所は,日本酒において普通名称でも,製造場所や品 質等を表示するものでもなく,識別性を有する名称であり,また,引用商標の外観も全体が一体不可分の商標と看取されるから,農口尚彦と研究所を分離して個々に把握すべき合理的な理由は存しない。 そして,引用商標は,その全体からXが主宰する研究所,Xに因んだ研究所又はXを研究する施設程度の意味合いを想起させるものであり,研究所を無視して,X又は杜氏Xのみを想 起させるものではない。 したがって,原告の上記主張は失当である。 (イ) 本件使用商標1及び2と引用商標は,構成文字及び構成文字数に顕 著な差異を有するから,外観において相紛れるおそれがなく,また,両商標は,ノグチ又はノウグチの音を有する点で共通するとして も,ナオヒコケンキュウショの音の有無において相違し,称呼においても相紛れるおそれがないこと,さらに,格別の観念が生じない両商標は,観念において比較することができないこと,両商標が需要者に与える印象, 記憶, 連想等を総合すると, 両商標は, 非類似の商標である。 この点に関し原告は,日本酒については,同一銘柄であっても,醸造方法,グレード,原料等や価格帯が異なる商品が多数流通している実情があり,商品名(銘柄)そのものに加え,ラベルから読み取れる様々な情報が顧客吸引力を有するといえるから,日本酒における使用商標は,商品のラベルのデザイン全体であると考えるのが合理的であり,引用商 標を付した商品のラベル全体と本件使用商標1及び2のラベル全体を対比して,両商標の類否を判断すべきである旨主張する。 しかし,ラベルに酒のグレードや容量に係る情報が記されるのは,商標の使用目的である出所の混同防止と関わりのない事項であり,また,商品に関して商標以外の情報をラベルに表示することは一般の商品でも 行われており,商品日本酒のラベルのみの特殊性ということはできず,ラベル全体をもって使用商標であると評価するのが合理的である理由となり得ないから,原告の上記主張は失当である。 したがって,本件使用商標1及び2と引用商標は,非類似の商標であるとした本件審決の判断に誤りはない。 ウ 出所の混同について 本件使用商標1及び2と引用商標とは,前記イ(イ)のとおり明確に識別され, その類似の程度は極めて弱いため, 互いに相紛れる商標とはいえず, かつ,引用商標が取引者,需要者の間で広く知られていたことの立証もされていないから,被告による本件使用商標1及び2の使用は,原告の業務 に係る商品との混同を生ずるおそれがあるとはいえない。 また,本件使用商標1及び2と引用商標は,ラベルに杜氏Xの文 字が表示されているという共通点があるとの点については,杜氏X の文字は,本件商標と非類似の標章であるから,商品の出所の混同について判断する対象とならない。 (2) 品質の誤認についての判断の誤りの主張に対し 本件使用商標1及び2は,本件商標の指定商品日本酒(清酒)の種類を表示し,又は暗示する標章でないから,被告が本件使用商標1及び2を日本酒に使用することにより,品質の誤認が生じるとはいえない。 したがって,被告による本件使用商標1及び2の使用が,品質の誤認を生ずるものであるということができないとした本件審決の判断に誤りはない。 (3) 故意についての判断の誤りの主張に対し 前記(1)及び(2)のとおり, 被告による本件使用商標1及び2の使用は, 原告 の業務に係る商品との混同を生ずるものではなく,また,原告が引用商標の使用を開始したのは,被告が本件使用商標1及び2の使用を開始した後であり,このような使用開始時期の時系列等に照らしても,被告による本件使用 商標1及び2の使用について,被告に商標法51条1項所定の故意があるということはできない。 これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。 (4) 小括 以上によれば,被告が故意に本件商標と類似する本件使用商標1及び2を その指定商品に使用して商品の品質の誤認又は原告の業務に係る商品と混同を生ずるものをしたということはできないから,被告による本件使用商標1及び2の使用は,商標法51条1項に該当しない。 したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由は理由がない。 第4 1 当裁判所の判断 出所の混同の判断の誤りについて (1) 引用商標の周知性について 原告は,原告の手による農口尚彦研究所の日本酒及びその日本酒を販 売する農口尚彦研究所の名称も,需要者の間で広く認識されており,引用商標は,本件審決時において,原告の業務に係る商品日本酒を表示す るものとして,周知又は著名であったから,これを否定した本件審決の認定は誤りである旨主張するので,以下において判断する。 ア 認定事実 前記第2の1の事実と証拠(甲2,4ないし24,31,33,34, 38ないし45,47,84,88ないし94,107ないし109,112ないし123,129(枝番のあるものは枝番を含む。))及び弁論の全趣旨を総合すれれば,以下の事実が認められる。 (ア) 原告は,昭和7年12月24日,石川県能登町で,杜氏一家の三代 目として出生し,静岡県及び三重県の酒造で酒造工等として稼働した後,昭和36年に石川県内の菊姫合資会社に杜氏として就職し,平成9年,同社を定年退職した(甲11,12)。この間,原告は,全国鑑評会の金賞を12年連続で受賞し, 通算では同賞を24回受賞した (甲12) 。 その後,原告は,平成10年から平成24年までの間,石川県内の酒造で杜氏を務めた(甲38,84,117)。 (イ) 被告は,清酒の製造及び販売等を目的とする株式会社である。被告 は,平成25年10月31日,商号を山本酒造本店株式会社から農口酒造株式会社に変更した(甲4)。原告は,そのころ,被告に就職し,同年11月から平成27年4月までの間,2シーズン(甲31)にわたり,杜氏として酒造りをし,同月,被告を退職した。 被告は,平成26年から,別紙1記載の使用例1又は使用例2記載のラベルを瓶に貼付した農口の銘柄の日本酒の販売を開始した。 また,被告は,同年5月23日,農口の標準文字からなる本件商 標について商標登録出願をし,同年10月3日,本件商標権の設定登録 を受けた。 (ウ) 原告は,被告を退職した後,平成29年,株式会社農口尚彦研究所 に就職し,杜氏として酒造りを始めた。株式会社農口尚彦研究所は,同年4月23日,商号を見砂酒造株式会社から株式会社農口杜氏研究所に変更した後, 更に同年6月7日, 現商号に変更した (甲108) 。 株式会社農口尚彦研究所は,同年12月頃から,原告が杜氏として製造した日本酒を農口尚彦研究所の銘柄(農口尚彦研究所の日本 酒)で販売を開始した。 農口尚彦研究所の日本酒の瓶(甲8,9)には,胴部の中央に平 仮名のの文字をモチーフにした図形を配し,その左側に小さく縦書きで 杜氏X と書した文字及び落款風の印などが記されたラベルと, 首部に上記図形及びその下に農口尚彦研究所の文字を縦書きの楷書体で書した文字が記された短冊状のラベル(甲8,9。別紙2の写真のラベルはその一例)が貼付されている。 また,原告は,同年3月27日,指定商品を第33類清酒として,農口尚彦の標準文字からなる商標について商標登録出願をし,同年 9月8日,その商標登録を受けた(甲10)。 (エ) 平成29年10月から令和2年4月(本件審決当時)までの間,原 告及び農口尚彦研究所等は,雑誌,新聞,ウェブサイト等(甲11,13ないし24,88ないし94,112ないし117,119,121,122)で紹介された。その例は,以下のとおりである。 a 日本酒専門サイトSAKETIMESの2017年(平成29 年)10月13日のプロジェクトの記事(甲121)において, 酒造りの神様・X杜氏の復活!理想の酒蔵でみずからの技術・精神・生き様を次世代に伝えていくの見出しの下に,原告及び建設中の酒蔵の写真とともに,新しい酒蔵を建てるにあたって重視されたのは, 「細部に至るまでX杜氏の『技術・精神・生き様』を込めること。「農口尚彦研究所」 という名前がつけられたのは,X杜氏が再び美酒を追い求める場所でありながら,Xという人物そのものを継承してい く場所だからです。」などと掲載された。一方で,上記記事には,酒造りをする日本酒の銘柄又はブランド名として,農口尚彦研究所 が用いられることを示す記載はない。 b 日本酒専門サイトSAKETIMESの2017年(平成29 年)11月17日のリリース情報の欄(甲122)において, 「酒造りの神様Xが復活する。」 の大見出し,農口尚彦研究所がクラウドファンディングサービス「Makuakeにてプロジェクトを開始!リターンは新設備で一番最初に醸造したお酒」の見出しの下に, 原告の写真とともに,今回,Makuakeでご支援いただいた方には,リターンとして,新しく建設した酒蔵で一番最初に醸造した返礼品としては本醸造酒720ml, 山廃純米酒720ml, 山廃吟醸などと掲載された。一方で,日本酒の銘柄又はブランド 名として,農口尚彦研究所が用いられることを示す記載はない。 c 2017年(平成29年)11月頃のTBSの日曜劇場陸王の 番組ホームページの伝統産業に生きる!のコーナー(甲16)に おいて,File8農口尚彦研究所として,最も有名な杜氏の一人で“酒造りの神様”と呼ばれるX氏(84歳)は,1970年代以降,低迷が続いていた日本酒市場において「吟醸酒を世に広め, 昨今の日本酒ブームの礎を作った立役者です。」,今年の11月にはX氏の理想が詰まった酒蔵「農口尚彦研究所が石川県小松市観音下町(かながそまち)に完成。2017年12月には,新しい日本酒が蔵出しされるとのこと。」などと掲載された。上記ホームページには, 「2017年末,X氏の新たな挑戦がカタチとなり初蔵出しされる。左党を自負する方なら“酒づくりの神様”がつくる日本酒を味わってみたいはず。」 との説明とともに日本酒の写真が掲載されている。一方で,日本酒の銘柄又はブランド名として,農口尚彦研究所が用いられることを示す記載はなく,また,掲載された日本酒の写真から,日本酒の瓶のラベルに農口尚彦研究所と記載されて いることを判読することは困難である。 d 2018年(平成30年)1月19日(UPDATE)の婦人画報2月号のウェブサイト(甲19)において,酒造りの神,Xの酒が復活!の見出しの下に,原告が酒蔵農口尚彦研究所の杜氏として復活した旨の紹介記事が掲載された。 上記ウェブサイトには, 日本酒 を並べた横に原告が座った写真が掲載されている。 一方で, 日本酒の銘柄又はブランド名として,農口尚彦研究所が用いられ ることを示す記載はなく,また,掲載された日本酒の写真から, 日本酒の瓶のラベルに農口尚彦研究所と記載されていることを判 読することは困難である。 e 2018年(平成30年)2月10日発行の週刊ダイヤモンド の新日本酒紀行の欄(甲18)において,85歳の杜氏の新たな挑戦!酒造りで地域と伝統技術を次世代へ,農口尚彦研究所などの見出しの下に, 農口尚彦研究所純米酒小松市産五百万石 の写真とともに,原告を紹介する記事が掲載された。一方で,日本酒の銘柄又はブランド名として,農口尚彦研究所が用いられること を示す記載はなく,また,掲載された日本酒の写真から,日本酒 の瓶のラベルに農口尚彦研究所と記載されていることを判読する ことは困難である。 f 2018年(平成30年)2月10日発行のMONOマガジン (甲20)の今月のもう一杯の欄において,日本酒の神様,ふたたび始動!の見出しの下に,日本酒の写真とともに, 「肝心の新作については,まずXさんの85回目の誕生日の翌々日,12月26日に本醸造酒を発売。続いて今年1月中旬の「純米酒」 …山廃吟醸酒,そして純米酒大吟醸酒を3月中旬までに発売する予定だ。」などと掲載された。掲載された日本酒の写真の下には,左より「農口尚彦研究所本醸造酒 五百万石使用, 価格3240円 (1 800ml),同純米酒五百万石使用,価格3240円(180 0ml),同山廃純米酒五百万石使用,価格2160円(72 0ml)…同純米大吟醸酒山田錦使用,価格4320円(72 0ml),8640円(1800ml)」との記載がある。一方で,日本酒の銘柄又はブランド名として農口尚彦研究所が用いられる ことを示す記載はなく,また,掲載された日本酒の写真から,日 本酒の瓶のラベルに農口尚彦研究所と記載されていることを判読 することは困難である。 g 2018年(平成30年)4月13日の日本経済新聞夕刊(甲17)において,能登杜氏「四天王の酒蔵」の大見出し,石川に「農口尚彦研究所」,若手に酒造りを継承の見出しの下に,酒蔵農口尚彦研究所の紹介記事が掲載された。一方で,酒造りをする日本酒の銘柄又はブランドとして農口尚彦研究所が用いられることを 示す記載はない。 h 2018年(平成30年)5月20日発行の雑誌ひととき18・6のこの熱き人々の欄(甲109)において,X20杜氏のタイトルで,原告及び日本酒の写真とともに,原告の紹介記事が掲載された。掲載された日本酒の写真の下には, 「純米大吟醸酒。ラベルのデザインも斬新」 との記載がある。一方で,日本酒の銘柄又はブランド名として農口尚彦研究所が用いられることを示す記載はなく,また,掲載された日本酒の写真から,日本酒の瓶の ラベルに農口尚彦研究所と記載されていることを判読することは 困難である。 i 2018年(平成30年)5月発行の月刊専門料理(甲22) において, 「農口尚彦研究所本格始動!キーマンによる特別鼎談」 の見出しの下に,日本酒の写真とともに,原告と人間国宝の陶芸 家やアートディレクターとの鼎談が記載された記事が掲載された。掲 載された日本酒の写真の下には 「記念すべき初リリースとなったラインナップ。左から,「山廃吟醸」 (1800ml,5,400円),山廃純米(同純米 (同 4,320円),本醸造(同 3,240円), 純米大吟醸 (同 3,240円, 8,640円)」 との記載がある。一方で,日本酒の銘柄又はブランド名として,農口尚彦研究所が用いられることを示す記載はなく,また,掲載された日本酒の写真から,日本酒の瓶のラベルに農口尚彦研究所 と記載されていることを判読することは困難である。 j 2018年(平成30年)5月発行のSMBCマネジメントの 人を育てるの欄(甲21)において,「酒造りがしたいとい う情熱と相手に合わせる心を大切に」の見出しの下に,原告の名を冠した酒蔵,株式会社農口尚彦研究所が設立され,杜氏に就任にした経緯等に関する原告のインタビューが掲載された。一方で,日本酒の銘柄又はブランド名として,農口尚彦研究所が用いられることを示 す記載はない。 k 京橋もとの2018-05-08のブログ(甲116)に おいて,農口尚彦研究所山廃純米酒無濾過生原酒と付記した 写真とともに,2017年石川県小松市に「農口尚彦研究所が誕 生し日本酒業界はX杜氏2年ぶりの復活に沸き立ちました。」などと掲載された。一方で,掲載された日本酒の写真から日本酒の瓶の ラベルに農口尚彦研究所と記載されていることを判読することは 困難である。 l 2018年(平成30年)8月11日の北陸中日新聞のウェブサイト(甲24)において,「農口世界へ飛び立つ ANA国際線で 酒提供」の見出しの下に,日本酒の写真とともに,「酒造りの神様と呼ばれるXさん(85)が杜氏(とうじ)を務める石川県小松市の 酒造会社,農口尚彦研究所の日本酒が今秋から,全日空の国際線ファーストクラスなどの機内食メニューに通年で採用される。」, 「全日空によると…通常,3カ月ごとに各地の日本酒を入れ替えるが,通年での採用は極めてまれ。」 などと掲載された。一方で,掲載された日本酒の写真から日本酒の瓶のラベルに農口尚彦研究所と記載されていることを判読することは困難である。 m 2018年(平成30年)9月8日の中日新聞のウェブサイト(甲15)において,Xさんビ出演酒造りの情熱伝えるあす27時間テレ石川テレビの見出しの下に, 小松市観音下町の酒造会社,農口尚彦研究所で杜氏(とうじ)を務めるXさん(85)が,九日に…フジテレビ制作の「二十七時間テレビに,食にまつわる名人の一人として出演する。」などと掲載された。一方で,酒造りをする日本酒の銘柄又はブランド名として,農口尚彦研究所が用いられるこ とを示す記載はない。 n 2018年(平成30年)12月21日発行の雑誌東京カレンダー(甲113)の 「大人の初デート。」 の記事において,女性が日本酒リストを見ては「農口尚彦研究所がある!と喜び,どうやら本当に日本酒好きのようだ。」などと掲載された。o 2019年(平成31年)1月1日発行の致知2月号(甲1 12)において,最高の味を求め続けての大見出し,酒造りの神様,その飽くなき挑戦の見出しの下に,「酒造りの神様伝説の杜氏と称されるX氏,八十六歳。十六歳で修行に入り,この道一筋七十年になる現代の名工だ。 全国新酒鑑評会で連続十二回を含め, 計二十七回の金賞受賞歴を誇り,その味を求めるファンは後を絶たない。」,それで二年間のブランクを経て,二〇一七年十一月に完成した「農口尚彦研究所というこの酒蔵で新たな挑戦をスタートしま した。」(48頁)などのインタビュー記事が掲載された。一方で,日本酒の銘柄又はブランド名として,農口尚彦研究所が用いられ ることを示す記載はない。 p 2019年(令和元年)7月23日(更新日)の星野リゾートのウェブサイト(甲115)において,日本酒の神様「X杜氏の酒造 りに酔いしれる」の見出しの下に,原告及び日本酒の写真ととも に,日本酒を極め続けてきた「能登杜氏(とうじ)Xが造る酒。 それは,名だたる高級料理店をはじめ,最近では海外からの人気も高い,石川県の銘酒です。」,2017年,石川県小松市に完成した合理的で先駆的な酒蔵「農口尚彦研究所が発信する,濃醇な酒の魅 力と新たな日本酒の世界観をご紹介します。」などと掲載された。掲載された日本酒の写真の下には,左から「大吟醸8,640 円,山廃(やまはい)シリーズ五百万石5,400円,同愛山 5,400円,同美山錦5,400円,全て720ml」と記載 されている。一方で,日本酒の銘柄又はブランド名として,農口尚彦研究所が用いられることを示す記載はなく, また, 掲載された 日本酒の写真から日本酒の瓶のラベルに農口尚彦研究所と記載さ れていることを判読することは困難である。 q 2019年(令和元年)9月12日発行のGOODAGINGBOOK2019(甲91)において,株式会社農口尚彦研究所X,喜ばれる日本酒造りに生きる「農口尚彦研究所 杜氏 で復活した杜氏人生」の見出しの下に,第17回グッドエイジャー賞を受賞した原告の紹介記事が掲載された。一方で,日本酒の銘柄又はブランド名として,農口尚彦研究所が用いられることを示す 記載はない。 r 2019年(令和元年)9月25日発行の雑誌Forbes019211月号(甲114)の美酒のある風景の欄において, NoguchiYAMAHAINaohikoAIYAMASakeInstitute伝説の杜氏Xが挑む,渾身の食中酒 との見出しの下で,日本酒の写真とともに,原告及び農口尚彦研究所山廃愛山の紹介記事が掲載された。一方で,日本酒の銘 柄又はブランド名として,農口尚彦研究所が用いられることを示 す記載はなく,また,上記日本酒の写真には,のの文字をモチー フにした図形などを配したラベルが貼付されているが,農口尚彦研究所の文字を縦書きで書してなる文字が記された短冊状のラベルの貼付はない。 s 2020年(令和2年)1月29日の北陸中日新聞(甲93)において,酒に合う創作料理に舌鼓,小松農口研究所で催し の見出しの下に,日本酒に合う創作料理を楽しむ催しが酒造会社農口尚彦研究所で行われた旨の記事が掲載された。一方で,日本酒の銘柄又はブランド名として,農口尚彦研究所が用いられることを 示す記載はない。 t 2020年(令和2年)2月10日のANA(全日空)のウェブサイト(甲89)のANANEWSのウェブページにおいて, ANA日本酒セレクションの新たな銘柄を決定の見出しの下に, 「ANAは,2020年3月より機内およびラウンジにてご提供する日本酒セレクションの新たな銘柄を決定しました。今回の日本酒セレクションは…25都府県※1の46銘柄を選定し…人気の「農口尚彦研究所」 に加え,而今,醸し人九平次…など長年にわたり多くの方々に愛されてきた希少性の高い銘柄を取り揃えました。」などと掲載された。u 2020年(令和2年)2月29日の北陸中日新聞(甲94)において,パンと日本酒を手に持つ食パン店の社長の写真とともに,金沢市の食パン店新出製パン所と小松市の酒造会社農口尚彦研究所 がコラボし,生地に酒かすを加えた食パンが販売される旨の記事が掲載された。一方で,日本酒の銘柄又はブランド名として,農口尚彦研究所が用いられることを示す記載はなく,また,掲載された写真 から日本酒の瓶のラベルに農口尚彦研究所と記載されていること を判読することは困難である。 v 2020年(令和2年)4月16日の三井住友信託銀行のウェブサイトの 三井住友信託スペシャル対談シリーズ (甲90) において, 原告及び俳優のAの写真とともに,Aが原告にインタビューする対談 記事が掲載された。掲載された写真には,対談者の後方に日本酒 の瓶が並べられている。一方で,日本酒の銘柄又はブランド名として農口尚彦研究所が用いられることを示す記載はなく,また,掲載 された写真から日本酒の瓶のラベルに農口尚彦研究所と記載され ていることを判読することは困難である。 w 2020年(令和2年)4月17日(更新日時)の日本酒の口コミサイトSAKETIME(甲88)の石川の日本酒ランキング2020の欄において,1位農口尚彦研究所として「農口尚彦研究所は,X杜氏の酒づくりの技術や精神を次世代に継承すべく2017年新設された石川県の酒蔵だ。X杜氏は”酒造りの神様“の異名をもち,能登杜氏四天王として数えられる日本最高峰の醸造家の 一人…」と記された口コミが掲載された。 イ 検討 原告は,農口尚彦研究所の日本酒は,日本酒評価サイトであるSAKETIMEの石川の日本酒ランキング2020において,第1位を 獲得したこと, ANAの国際線ファーストクラスにおいて, 2018年 (平 成30年)から継続して農口尚彦研究所の日本酒が提供されていること,このほか,様々な著名雑誌や全国放送のテレビ等においても,原告のみでなく,農口尚彦研究所も,北陸を代表する酒蔵として紹介されていることなどからすると,原告自身の名はもちろん,原告の手による農口尚彦研究所の日本酒及びその日本酒を販売する農口尚彦研究所の名称も,需要者の間で広く認識されており,引用商標は,本件審決時において,原告の業務に係る商品日本酒を表示するものとして,周知又は著名であったといえるから,これを否定した本件審決の認定は誤りである旨主張するので,以下において判断する。 (ア) 引用商標は,別紙2に示すとおり,農口尚彦研究所の文字を縦 書きの楷書体で書してなるものである。 商品日本酒は,嗜好品であり,その需要者は,一般消費者である から,引用商標が周知であるというためには,需要者である一般消費者の間で,引用商標が原告の業務に係る日本酒を表示するものとして広く認識されている必要がある。 (イ) そこで検討するに,前記アの認定事実によれば,原告が杜氏を務め る株式会社農口尚彦研究所は,平成29年12月頃から,引用商標を付した日本酒(農口尚彦研究所の日本酒)を継続して販売し,本件審決時(審決日令和2年3月27日)までの販売期間は約1年5か月であることが認められる。一方で,引用商標を付した日本酒の販売数量,売上金額,市場占有率等についての立証はなく,引用商標を付した日本酒 の販売実績を認めるに足りる証拠はない。 (ウ) 次に, 前記ア(エ)の雑誌, 新聞, ウェブサイト等には, 原告について, 酒造りの神様・X杜氏の復活!, 酒造りの神,Xの酒が復活!, 日本酒の神様,ふたたび始動!,「酒造りの神様伝説の杜氏 と称されるX氏」などと掲載され,原告が平成29年から酒蔵農口尚彦研究所で杜氏として酒造りを再開したことが紹介されていること,引用商標を付した日本酒が,2018年(平成30年)から,ANAの国際線ファーストクラスの機内で提供される日本酒セレクションに採用されていること,令和2年にもANAのウェブサイトで人気の銘柄 として紹介されていることが認められる。 もっとも,上記雑誌,新聞,ウェブサイト等においては,農口尚彦研究所は,原告が杜氏を務める酒蔵として紹介されており,上記ANAのウェブサイトを除き,日本酒の銘柄又はブランド名として,農口尚彦研究所が用いられることを明確に示す記載はない。また,日本酒 が掲載された写真についても,当該写真から農口尚彦研究所と表示されていることを判読することは困難である。 加えて,前記ア(エ)の雑誌,新聞,ウェブサイト等における原告の紹介記事等によれば,原告の氏名であるXは,日本酒の銘柄等に関心の高い日本酒愛好家の間では知名度が高かったものといえるが,嗜好や こだわり等も様々な一般消費者の間において,広く知られていたとまで認めることはできない。 以上によれば,前記ア(エ)の雑誌,新聞,ウェブサイト等の掲載状況から,本件審決時において,酒蔵農口尚彦研究所及び農口尚彦研究所の日本酒は, 日本酒の銘柄等に関心の高い日本酒愛好家の間では, 相当程度認識されていたものと認められるものの,一般消費者の間で広く認識されていたものと認めることはできず,ましてや,引用商標が原 告の業務に係る商品日本酒を表示するものとして,広く認識されていたものと認めることはできない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。 (エ) 以上によれば,引用商標は,本件審決時において,原告の業務に係 る商品日本酒を表示するものとして,需要者の間で広く認識されて いたものと認めることはできないから,原告の前記主張は採用することができない。 ⑵ 本件使用商標1及び2と引用商標の類否について ア 本件使用商標1及び2について (ア)a 被告が平成26年から別紙1記載の使用例1又は使用例2記載の ラベルを瓶に貼付した農口の銘柄の日本酒の販売を開始したこと は,前記(1)ア(イ)のとおりである。 使用例1のラベルには,草書体の縦書きの農口の文字(本件使 用商標1)が,使用例2のラベルには,楷書体の農口の文字(本 件使用商標2)が,それぞれ大きく表示され,農口の文字の左側 に杜氏Xの文字及びXの落款が表示されている。 しかるところ,本件使用商標1及び2の農口の文字は,他の文 字部分等から明確に分離して観察することができるから,独立した商品の出所識別標識として認識することができる。 b 本件使用商標1及び2は, その構成文字に応じてそれぞれ ノグチ 又はノウグチの称呼を生じる。 また,農口の語は,特定の意味を有しない造語として認識され ると解されるので,本件使用商標1及び2からは特定の観念を生じない。 (イ) これに対し原告は,日本酒の世界において原告の名は周知又は著名 であること,農口が名杜氏であるXを示すことは,小売店及び 日本酒ファンの間では常識であることからすると,本件使用商標1及び2を本件商標の指定商品中の日本酒に付した場合,本件使用商標1及び2から名杜氏Xの観念が生じる旨主張する。 しかしながら,前記⑴イ(ウ)認定のとおり,原告の氏名であるXは,日本酒の銘柄等に関心の高い日本酒愛好者の間では知名度が高かっ たものといえるが, 嗜好やこだわり等も様々な一般消費者の間において, 広く知られていたものと認められない。 また,原告や酒蔵農口尚彦研究所を紹介する前記(1)ア(エ)の各記事等では,原告はXのフルネームで紹介されるものがほとんどであり,農口と紹介されているのは,「X世界へ飛び立つ 国際線で酒提供」,XさんANA酒造りの情熱伝える((1)ア(エ)l,m) の2つにとどまっていることに照らすと,日本酒の銘柄にある程度詳しい需要者層においても,単なる農口との表示から名杜氏であるX の観念が生じるものとは認められない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 イ 引用商標について (ア) 引用商標は,楷書体で農口尚彦研究所の文字を縦書きしてなる ものである。 引用商標は,同書,同大,同間隔の文字で一連に縦書きで表記されたものであり,全体が1つのまとまりある標章として認識されるから,その全体からよどみなく一連のものとしてノグチナオヒコケンキュウジョ又はノウグチナオヒコケンキュウジョの称呼が生じる。そして,引用商標からはXの研究所ないしXを研究する研究所 の観念を生じる。 (イ) これに対し原告は,引用商標の農口尚彦研究所は原告の名に普 通名称である研究所を付しただけのものであるから,引用商標の構 成中,農口又は農口尚彦の部分が要部に当たり,引用商標を日 本酒に付した場合には,引用商標から名杜氏Xの観念が生じる旨主張する。 しかしながら,前記⑴イ(ウ)認定のとおり,原告の氏名であるXは,日本酒の銘柄等に関心の高い日本酒愛好者の間では知名度が高かっ たものといえるが, 嗜好やこだわり等も様々な一般消費者の間において, 広く知られていたものと認められないことに照らすと,引用商標が日本酒に使用された場合,引用商標の構成中の農口尚彦の文字部分が,取引者,需要者に対し商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものとは認められない。また,研究所の語は,研究がされる場 を意味する普通名詞であるが,日本酒の分野においてありふれたものであるとはいえず,引用商標の構成中の研究所の文字部分に出所識別標識としての称呼又は観念が生じないということもできない。 したがって,引用商標から農口尚彦の文字部分を要部として抽出 することはできないから,原告の上記主張は,その前提において理由が ない。 ウ 類否について 本件使用商標1及び2と引用商標を対比すると,本件使用商標1及び2はそれぞれ農口の漢字2字から構成されるのに対し,引用商標は,農口尚彦研究所の漢字7字から構成されるから,本件使用商標1及び2と引用商標は,外観が異なる。 また,本件使用商標1及び2からそれぞれノグチ又はノウグチ の称呼が生じるのに対し, 引用商標から ノグチナオヒコケンキュウジョ 又はノウグチナオヒコケンキュウジョの称呼が生じるから,本件使用 商標1及び2と引用商標は,称呼が異なる。 本件使用商標1及び2からは特定の観念が生じないのに対し,引用商標 からは Xの研究所 ないし Xを研究する研究所 の観念が生じるから, 両者は観念においても相違する。 そうすると,本件使用商標1及び2と引用商標は,外観及び称呼が異なり,観念においても相違することからすると,本件使用商標1及び2と引用商標が本件商標の指定商品中の日本酒に使用された場合,その出所 について誤認混同を生ずるおそれがあるものと認められないから,本件使用商標1及び2が引用商標に類似する商標であると認められない。エ 原告の主張について 原告は,①日本酒については,同一銘柄であっても,醸造方法,グレー ド,原料等や価格帯が異なる商品が多数流通している実情があり,商品名(銘柄)そのものに加え,ラベルから読み取れる様々な情報が顧客吸引力を有するといえるから,日本酒における使用商標は,商品のラベルのデザイン全体であると考えるのが合理的である,②本件使用商標1及び2のラベルは,別紙1記載のとおり,ラベルの色や背景に差異はあるものの,中 央にX又は杜氏左側に「杜氏Xの観念を生じさせる農口の表示があり, X」の文字及びXの落款がある,本件使用商標1及び 2のラベルにおいては,農口の文字が要部であり,杜氏字が記載されていることも相まって,「杜氏Xの文 X」 の名が印象付けられる, ③したがって,引用商標を付した商品のラベル全体と本件使用商標1及び2のラベル全体を対比すると,両商標は,類似の商標に該当する旨主張する。 しかしながら,本件使用商標1及び2の農口の文字は,別紙1記載の使用例1及び2のとおり,ラベルの中央に大きく表示され,他の文字部分等から明確に分離して観察することができ,独立した商品の出所識別標 識として認識することができること(前記ア(ア)a)に照らすと,本件使用商標1及び2と引用商標の類否を判断するに当たり,引用商標を付した 商品のラベル全体と本件使用商標1及び2のラベル全体を対比すべき理由はない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 (3) 出所の混同について 原告は,引用商標は,周知又は著名な商標であり,本件使用商標1及び2 は引用商標と類似の商標であって,被告が本件使用商標1及び2を本件商標の指定商品の日本酒に使用した場合,原告及び農口尚彦研究所と組織的又は経済的な関係を有する者の業務に係る商品と混同を生じさせるおそれがあるばかりでなく,現実に原告及び農口尚彦研究所の業務に係る商品と混同を生じているから,被告による本件使用商標1及び2の使用は,商 標法51条1項に該当し,これと異なる本件審決の判断は誤りである旨主張する。 しかしながら,引用商標は,本件審決時において,原告の業務に係る商品日本酒を表示するものとして,需要者の間で広く認識されていたものと認められないこと,本件使用商標1及び2と引用商標が類似するものと認め られないことは,前記(1)及び(2)のとおりであるから,原告の上記主張は,その前提において,採用することができない。 2 品質の誤認についての判断の誤りについて 原告は,需要者は,本件使用商標1及び2を使用した被告の日本酒を原告の 手による日本酒であるとの誤解の下で購入しており,商品の品質の誤認も生じているから,被告による本件使用商標1及び2の使用が,品質の誤認を生ずるものであり,これを否定した本件審決の判断は誤りである旨主張する。そこで検討するに,商標法51条1項にいう商品の品質には,商品が日本酒(清酒)の場合,原料,製造方法等の違いによって分類される特定名称や 特定の杜氏が関与して製造された商品であることをも含むものと解される。しかるところ,前記1(2)ア(ア)bのとおり,本件使用商標1及び2から,特 定の観念を生じるものではなく,原告の観念を生じるものでもないから,本件使用商標1及び2を付した日本酒を原告が杜氏として製造した日本酒であるとの誤認を生じさせるものと認めることはできない。 もっとも,被告の日本酒の瓶に貼付されたラベルには,別紙1記載の使用例1及び2のとおり,本件使用商標1又は2の左側に杜氏Xの表示がある こと(前記1(2)ア(ア)a)に鑑みると,上記ラベルに接した需要者は,杜氏Xの表示から原告が杜氏として酒造りをした日本酒であると認識するものと認められるが,そのことは,杜氏Xの表示から生じる認識であって,本 件使用商標1及び2自体から生じた認識あるいは誤認であるということはできない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 3 小括 以上によれば,被告が本件商標と類似する本件使用商標1及び2をその指定商品に使用して商品の品質の誤認又は原告の業務に係る商品と混同を生ずるものをしたということはできないから,被告の故意の有無について判断するまで もなく,被告による本件使用商標1及び2の使用は,商標法51条1項に該当するものと認めることはできない。 したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由は,理由がない。 第5 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。 したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 大鷹一郎 裁判官 本吉弘行 裁判官 岡山忠広 (別紙1) 本件使用商標1及び2 【使用例1】 【使用例2】 (別紙2) 引用商標の例(甲9の3枚目) |