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再審開始決定に対する即時抗告の決定に対する特別抗告事件
事件番号平成30(し)332
事件名再審開始決定に対する即時抗告の決定に対する特別抗告事件
裁判年月日令和2年12月22日
法廷名最高裁判所第三小法廷
裁判種別決定
結果その他
原審裁判所名東京高等裁判所
原審事件番号平成26(く)193
原審裁判年月日平成30年6月11日
判示事項再審請求を棄却した原決定に審理不尽の違法があるとされた事例
裁判日:西暦2020-12-22
情報公開日2020-12-25 12:00:03
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平成30年(し)第332号

再審開始決定に対する即時抗告の決定に対する

特別抗告事件
令和2年12月22日

第三小法廷決定

主文
原決定を取り消す。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
本件抗告の趣意のうち,憲法39条後段違反をいう点は,検察官の上訴が同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問うものではないことは明らかであるから,前提を欠き,その余は憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。所論に鑑み,B教授のDNA型鑑定(以下B鑑定という。)とみそ漬け実験報告書(原々審弁6,8)が,刑訴法435条6号にいう無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たるか否かについて,職権により判断する。第1

事案の概要

確定判決が認定した罪となるべき事実の要旨は,A(以下Aという。)は,昭和41年6月30日午前1時過ぎ頃,静岡県清水市(当時)所在のみそ製造販売会社専務であった男性の居宅に侵入して金員を物色中,同人に発見されるや金員強取の決意を固め,殺意をもって,所携のくり小刀で同人の胸部等を突き刺し,物音に気付いて起きてきた同人の妻,長男,次女の頸部等をそれぞれくり小刀で突き刺し,店の売上金等を強取した上,さらに,上記4名を住居もろとも焼いてしまおうと考え,混合油を4名の身体に振りかけてマッチで点火して放火し,よって4名を殺害して金員等を強取するとともに住宅1棟を焼損したというものである。Aは,同年8月18日,本件で逮捕され,同年9月9日に起訴された。第1審の公判が続いていた昭和42年8月31日,同社みそ製造工場において,従業員が1号タンクの仕込みみその搬出作業中,タンク底部から麻袋に入った5点の衣類(白ステテコ,白半袖シャツ,ネズミ色スポーツシャツ,鉄紺色ズボン,緑色パンツ)を発見した。
原決定は,確定判決においてAの犯人性を推認させる最も中心的な証拠は,5点の衣類に関する証拠である一方,それ以外の証拠は犯人性を推認する上では補助的なものにすぎないとし,5点の衣類は犯人が犯行時に着ていた衣類であること,5点の衣類はAのものであることの2点について,確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせるような新証拠であれば,刑訴法435条6号にいう無罪を言い渡すべき明らかな証拠といい得るとした。そして,B鑑定及びみそ漬け実験報告書は,いずれもそのような新証拠には当たらないとして,再審開始を認めた原々決定を取り消した。
第2
1
B鑑定について
B鑑定は,5点の衣類から採取した試料のほか被害者着衣から採取した試料
(以下これらを併せて本件試料という。)から血液細胞を他の細胞と分離して抽出するという細胞選択的抽出法を採用した上でDNA型鑑定を実施し,STR型検査によって検出されたアリルの多くが血液由来のアリルであり,白半袖シャツの右肩部分に付着した血液のDNA型がAのDNA型と一致しないなどとするものである。
原々決定は,B鑑定が信用できるとし,その根拠として,5点の衣類及び被害者着衣の本件試料を採取した部位以外の部位から採取した試料(以下対照試料という。)からアリルが検出されなかったこと,本件試料には血液が付着している蓋然性が認められること,PCR増幅回数が28回でありアリルドロップインの可能性が低いこと,外来DNAによる汚染の可能性が低いこと,細胞選択的抽出法を用いてDNA抽出を行ったことを挙げた。
2
そこで検討すると,本件試料を採取した5点の衣類及び被害者着衣は,本件
から40年以上という長期間にわたり常温で保存され,その間,多数の者に触れられる機会が数多くあったものであり,5点の衣類については醸造中のみそに漬けられ,被害者着衣については火災で高温にさらされたものである。このような5点の衣類及び被害者着衣の保管状況等に加えて,血液をみそ漬けにすると血液中のDNAの分解が進むとの実験結果や,DNAは高熱で処理されると分解されて検出困難になり,炭化すると分解されて残らないとの専門家の意見も考慮すると,5点の衣類及び被害者着衣に血液由来のDNAが付着し残存しているとしても,極めて微量でかつ変性・劣化している可能性が高く,また,本件試料が外来DNAに汚染されている可能性も相当程度あるものと考えられる。
さらに,微量かつ劣化した試料のDNA検査については,由来不明のアリルが検出されたり,ある検査で検出されたアリルが再度同一条件で検査しても検出されなかったり,汚染リスクが増加したりする可能性があるなど,検査の不安定性や困難性が指摘されている。B鑑定及びC教授のDNA型鑑定(以下C鑑定という。)における本件試料のDNA検査をみると,いずれも,アリルが全く検出されない座位が多数ある上,検出されたアリルも断片的なもので,同一座位で再現性のあるアリルが検出されたものは僅かであり,B鑑定で検出されたアリルのうち10を超えるアリルは出現頻度が極めてまれなものであった。また,核DNAを対象とするSTR型検査に比べて検出感度が飛躍的に高いといわれるミトコンドリアDNA検査をみても,C鑑定が実施したミトコンドリアDNA検査において,被害者着衣から被害者由来とみられるミトコンドリアDNA型は全く検出されていない。なお,B鑑定では細胞選択的抽出法が採用されているが,これはオーソ抗Hレクチンを使用して血液細胞を凝集させることなどにより,本件試料に付着した血液由来の細胞をそれ以外の細胞と分離抽出することを目的とするものであり,微量かつ劣化した試料のDNA検査の困難性を克服してアリルを安定的に検出できる工夫がされているものではない。したがって,B鑑定で細胞選択的抽出法が採用されていることにより,本件試料のDNA検査の不安定性や困難性が解消又は改善されているとはいえない。上記のようなB鑑定及びC鑑定におけるアリルの検出状況等からすると,本件試料のDNA検査の不安定性及び困難性は明らかであり,本件試料から検出されたアリルの正確性やその由来を判定することは,非常に困難な状況にあるといわなければならない。
また,B鑑定における本件試料のチャート図を見ると,外来DNAによる汚染を疑うべきものが複数存在し,B教授自身も本件試料の一部に外来DNAによる汚染があることを認めている。B鑑定で検出されたアリルの多くが血液由来というのであれば,これと同じ部位から採取した試料を用いて行われたC鑑定で検出されたアリルとほとんど一致するところがないというのは,同鑑定がPCR増幅回数を30回又は35回としている点を踏まえても,不合理の感が否めない。B鑑定では対照試料からアリルが検出されていないものの,C鑑定では同一部位から採取した対照試料のうち複数からアリルが検出されており,B鑑定においても複数の対照試料からABO式血液型のDNA検査でRFU1000を超える高いピークが検出されているなど,対照試料の変性・劣化が40年以上の間に甚だしく進んでいることに加え,その間に対照試料が外来DNAに汚染されている可能性をうかがわせる事情も認められる。
以上によれば,B鑑定が,細胞選択的抽出法を採用したことにより,本件試料から血液由来の細胞をそれ以外の細胞と分離抽出することに成功した上で,微量かつ劣化した試料のDNA検査の困難性を克服しているとはいい難く,B鑑定において検出されたアリルが血液由来のものであると確定することはできないといわざるを得ない。
3
原決定は,B鑑定の信用性を肯定した原々決定の不合理性を多岐にわたって
指摘しているが,その理由の中には,B教授が悪意をもって鑑定に関する実験ノートやデータを消去したかのような不適切な説示をしたり,B鑑定におけるプロティナーゼKの使用状況に関して不正確な説示をしたりするなど,直ちに是認できないところがある。また,原審で実施されたD教授による鑑定(以下D鑑定という。)は,裁判所の定めた鑑定事項に沿って行われていないという問題もある。しかし,上記2で検討したところによれば,B鑑定において検出されたアリルは,血液由来のものであるとは確定することができない上,検出されたアリルの型判定の正確性についても疑義があるといわざるを得ない。したがって,B鑑定は,DNA型により個人を識別するための証拠価値があるということはできず,5点の衣類が犯行着衣であるとの確定判決の認定に合理的な疑いを差し挟む証拠とはいえない。4
以上によれば,原々決定はB鑑定の証拠価値の評価を誤り,B鑑定が無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たるとした点で刑訴法435条6号の解釈適用を誤った違法があるとした原決定は,結論において正当である。
第3
1
みそ漬け実験報告書について
みそ漬け実験報告書は,市販の赤みそや1号タンクで製造されたみその原料
を参考に仕込まれたみそに漬けた衣類に付着させた血液の色を,5点の衣類に付着した血痕の色と比較し,5点の衣類が1年以上にわたり1号タンクでみそ漬けされたものとして不自然な点があるか否かを検証しようとしたものである。2
原決定が,E作成の鑑定書(以下E鑑定書という。)に添付された発見
時の5点の衣類のカラー写真について,劣化や撮影時の露光の問題,当時の技術的制約から色調の正確性に疑問があり,5点の衣類の大まかな色合いの傾向を把握するにも不適当な資料といわざるを得ないとした判断は,不合理なものとはいえない。他方,5点の衣類が発見された当時の実況見分調書やE鑑定書には,血痕の色について,濃赤色,濃赤紫色,赤褐色等の記載があり,確定審において,複数の証人が一見して血痕であると分かった旨証言していることからすれば,少なくとも5点の衣類に付着した血痕に赤みが残っていたものがあったことは否定できないから,このような血痕の色合いが1年以上みそ漬けされた血痕として不自然かどうかを検討すること自体が失当とまでいうことはできない。次に,原決定が,みそ漬け実験報告書で使用されたみその色合いについて,みそ製造販売会社の元従業員の供述等に基づき,1号タンクで製造されたみその色を正確に再現したものとはいえないとした判断に不合理な点はない。そして,みそ漬け実験報告書について,同実験で使用した赤みその色合いは,原決定が認定した1号タンクのみその色より相当濃いことは明らかであり,その色からうかがわれるみその醸造の進行の程度にも差があったと考えられるから,同実験は,5点の衣類を発見した当時の1号タンクのみその状態を正確に再現したものとはいえないとした原決定の判断は,その結論において不合理とはいえない。
3
みそ漬け実験報告書によれば,衣類に付着させた血液の色は,みそ漬けから
1か月後に黒褐色となり,1年2か月後にみその色より暗色の黒褐色となり(原々審弁6),また,みそ漬けから6か月後にほぼ濃黒紫色ないし黒色に近い色となった(原々審弁8)もので,いずれも赤みが完全に消失した。また,検察官が提出したF准教授の意見書(以下F実験という。)の添付写真を見ると,衣類に付着させた血液の色は,遅くともみそ漬けから30日後には黒くなり,5か月後以降は赤みが全く感じられない。
F実験は,みそ漬けされた人血のDNAの分解の程度等を鑑定する目的で実施された実験であり,実験の過程で醸造されたみその色が1号タンクのみその色よりも濃いことがうかがわれ,薄く広がった形の血液を付けていないなどの条件の違いもあることから,同実験の過程で現れた血液の色と5点の衣類に付着した血痕の色を単純に比較することができないことは,原決定が指摘するとおりである。しかしながら,F実験は,醸造専門家の監修により1号タンクのみその醸造過程をできるだけ忠実に再現し,Tシャツに付着させた血液を,乾燥・未乾燥等の条件別にみそに漬けており,みそ漬け実験報告書と比べれば,5点の衣類がみそ漬けされた状況をより客観的に再現するための工夫がされたものといえる。もとより,F実験においては,血液の色の変化について,専門的知見に基づく分析や考察は加えられておらず,原審において,この点に関する十分な主張立証もされていないことから,同実験において現れた血液の色の変化から,1年以上みそ漬けされた5点の衣類の血痕に赤みが残ることはないと断ずることまではできないが,少なくとも,長期間みそ漬けされたことが血痕の色に影響を及ぼし得る要因等について,専門的知見に基づく検討の必要性を認識させるものであることは否定できない。4
血液の色の変化について,G教授の意見書(以下G意見書という。)
は,血液の量や濃度,温度,湿度,日光へのばく露,貯蔵媒体のPH,水分量やアルコール含有の有無等により,どの程度の時間が経過するとどのような色調になるかについても一定せず,一,二年以上を経ても赤みが保持されていることは日常的に経験されるとしており,同意見書に添付された乾燥血痕のサンプルの中にもこれに沿うものが存在する。もっとも,同意見書は,血液が付着した衣類がみそ漬けされた場合に血液が受ける影響について言及しておらず,上記サンプルもビニール袋に密封して研究室の棚で保管したものであるから,同意見書では,長期間にわたり醸造中のみそに漬けられた血液に赤みが残るかどうかは明らかではない。5
ところで,原審においては,醸造中のみその中で起こる褐変反応であるメイ
ラード反応が,5点の衣類に付着した血痕の色に影響を及ぼす可能性のある要因として初めて主張された。H教授の意見書(以下H意見書という。)は,みその色が醸造中に濃くなるのはメイラード反応によるものであり,糖とアミノ酸が縮合して窒素配糖体が生ずることから始まり,アマドリ転位生成物が形成され,ケトアルデヒドが生じ,これがたんぱく質のポリペプチド鎖に重合し,メラノイジンという褐色物質が生ずること,みそ原料の大豆が多量のたんぱく質を含み,メイラード反応が進行する条件が整っていること,血液もたんぱく質により構成されたものであるから,みそ漬けされた血液にもメイラード反応が起こり得ること,みそ漬け実験報告書において衣類に付着させた血液が黒褐色に変色したのは,主にメイラード反応によると考えるのが妥当であることなどが指摘されている。H意見書は,みそと同様に,みそ漬けされた血液にもメイラード反応が起こり得ることを指摘するものの,血液に対するメイラード反応の影響の有無・程度や血液の色の変化に関する他の要因との関係を具体的に示す実験結果や資料は証拠として提出されていないから,みそ漬け実験報告書とH意見書によって,1年以上みそ漬けされた血液に赤みが残ることはないと直ちに断定することは困難である。しかしながら,原審では,H意見書に対する専門的知見に基づく反論はされていないから,みそ漬けされた血液が褐色化して赤みを失うことに関する専門的知見として,同意見書が不合理な内容であると断ずることもできない。
6
原決定は,5点の衣類に付着した血痕がメイラード反応の影響を受けた可能
性について,1号タンクのみその色が赤みそにしては淡い色であったとうかがわれ,みそのメイラード反応がさほど進行していなかったとうかがわれること,1号タンク内が光が全く入らず8tもの仕込みみその圧力が加わった状態であったことや気温等のみその熟成条件も変わることから,血液のメイラード反応がどの程度進むかについて的確に推測することは困難であり,そのような推測を可能とするような資料も提出されていないことを指摘して,みそ漬け実験報告書とH意見書によっても,5点の衣類に付着した血痕に赤みを帯びた部分が全く残らないはずであると認めることはできないと判断した。
確定判決においては,5点の衣類が犯行着衣であり,かつAの着衣であることが犯人性の認定における最も中心的な証拠とされ,1号タンクに新たなみそが大量に仕込まれた昭和41年7月20日以前にタンク底部に入れられたと認められたところ,みそ漬けされた血液の色に関する新証拠が,旧証拠と総合して,5点の衣類が同日以前に1号タンクに入れられたことに合理的な疑いを生じさせるような証明力を有する場合,Aが同日以降に5点の衣類を1号タンクに入れることはほとんど不可能であることから,Aの犯人性の認定にも合理的な疑いを差し挟む可能性が生じ得る。本件では,1号タンク内の環境条件や5点の衣類に血液が付着して1号タンクに入れられた状況等の諸条件は明らかではなく,5点の衣類に付着した血痕が醸造中のみそに1年余り漬けられたときに呈する色調を,具体的な条件を前提にして推認することは困難である一方で,現時点で提出された証拠は,1年余りみそ漬けされた血痕に5点の衣類が発見された当時のように赤みが残る可能性があるのかを判断するには十分なものとはいえない。しかるに,原決定の上記判断は,1号タンクのみそについて,メイラード反応の進行の程度を的確に推測する資料がないとしながら,みその色だけを根拠に,メイラード反応がさほど進行していなかったことがうかがわれるとしたものであって,その推論過程に疑問があり,また,みそ漬けされた血液に対するメイラード反応の影響が的確に推測できないとしたのも,この点に関する専門的知見について審理を尽くした上での判断とはいい難い。そうすると,原決定の上記判断は,みそ漬けされた血液の色調に影響を及ぼす要因,とりわけみそによって生ずる血液のメイラード反応に関する専門的知見について審理を尽くすことなく,メイラード反応の影響が小さいものと評価した誤りがある。このことは5点の衣類に付着した血痕に赤みが全く残らないはずであるとは認められないとの原決定の判断に影響を及ぼした可能性があり,審理不尽の違法があるといわざるを得ない。
確定判決において5点の衣類が犯人性の認定における核となる証拠とされたという本件の証拠関係,5点の衣類に付着した血痕のDNA型及び色調をめぐり,原々審及び原審において長期間にわたり審理が重ねられ,原々決定においては再審開始決定がされ,これが原審において取り消されて本件再審請求が棄却されたという審理経過,さらに,原審に至ってH意見書において血液中のたんぱく質とみそ中の糖との間で生じ得るとされているメイラード反応がみそ漬けされた血液の色調に影響を及ぼす要因として初めて主張され,5点の衣類がみそ漬けされた状況を客観的に再現する工夫がされたF実験も,この点に関する専門的知見に基づく検討の必要性を認識させるものであったことなどの原審における審理状況をも併せ考えると,上記の違法が決定に影響を及ぼすことは明らかであり,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するというべきである。
よって,刑訴法411条1号を準用し,同法434条,426条2項により,原決定を取り消し,メイラード反応その他のみそ漬けされた血液の色調の変化に影響を及ぼす要因についての専門的知見等を調査するなどした上で,その結果を踏まえて,5点の衣類に付着した血痕の色調が,5点の衣類が昭和41年7月20日以前に1号タンクに入れられて1年以上みそ漬けされていたとの事実に合理的な疑いを差し挟むか否かについて判断させるため,本件を原審である東京高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官林景一,同宇賀克也の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官戸倉三郎,同宮崎裕子の補足意見がある。
裁判官戸倉三郎の補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見に賛同するものであるが,刑事裁判における科学的証拠の信用性や再現実験結果の証明力の評価の在り方の観点から,補足して意見を述べたい。第1
1
B鑑定について
DNA型鑑定を含む科学的証拠を刑事裁判の証拠として用いるためには,科
学的法則を応用した技術に理論的妥当性があり,その技術が具体的な状況において正当に用いられたことが必要である。B鑑定において採用されたPCR増幅・アイデンティファイラー検査(以下アイデンティファイラー検査という。)によるSTR型の判定という鑑定手法の理論的妥当性や機器,試薬等の信頼性は,専門家の間で確立されたものであり,また,B教授がアイデンティファイラー検査を適切に行うための技術と経験を備えていることにも疑問はない。
これに対し,鑑定の対象試料については,その保管や取扱いの状況に照らすと,5点の衣類に付着した血痕のDNAは,微量かつ断片化していた可能性が高い上,外来DNAによる混合(以下コンタミネーションという。)の可能性も否定できない。微量かつ断片化したDNA(以下劣化DNAという。)に対するアイデンティファイラー検査による検出アリルの信頼性や正確性(以下アイデンティファイラー検査の正確性という。)については専門家の間で確立した見解が存在するとはいえず,微量の外来DNAが混入したときであっても,チャート図のピーク高に顕著な差が生じないため,検査対象となるDNAとの判別が困難になるおそれがあることも指摘されている。これは個人識別証拠としてのDNA型鑑定の証明力の根幹に関わる問題であるから,劣化DNAに対するアイデンティファイラー検査の正確性については,上記のような問題を踏まえた慎重な検討が必要であることは多言を要しないと思われる。2
B鑑定については,その手法及び型判定の在り方をめぐり,様々な分野の専
門家からの多岐にわたる疑問や批判とこれに対するB教授等からの反論の応酬がされ,さながら科学論争の観を呈するに至っている。しかし,科学的法則を応用した技術に理論的妥当性が認められるかどうかは,専門家の間で議論や再現実験が重ねられることを通じて検証されるべきものであり,裁判所がこのような技術を用いた科学的証拠の信用性を検討する場合には,当該技術の有効性や限界,これによる検査結果の正確性等が専門家の間で確立したものとなっているかを確認するのが本来の姿である。専門的知見を有しない裁判所が,対立する専門的意見の当否に踏み込んだ判断をすることは極めて困難である上,そもそも専門家の間で有効性や正確性に争いがある技術を用いた科学的証拠を刑事裁判の証拠とすることの相当性にも疑問が生ずる場合もあろう。
原々決定は,多数の専門家から異論が出されている手法や判定方法をその一部に採用したB鑑定について,B教授の見解を是認してその信用性を認めた。これに対し,原決定は,B鑑定に対する更なる批判等が提出されるなど意見の対立が一層厳しいものとなる中で,これらの批判等に依拠して,原々決定の判断が不合理であるとしたが,その判示の中には,B教授の鑑定人としての姿勢や資質を疑うかのような部分もあるなど,専門家の間の論争に巻き込まれてしまった感は否めない。多数意見においては,上記の経過を踏まえ,専門家による論争の当否に踏み込むような判断を示すことを可能な限り避け,アイデンティファイラー検査による検出結果等の客観的事実関係や専門家の間で大きな異論のない知見に基づいて,B鑑定の信用性を否定したものである。
3
原々決定は,検出したアリルが血液由来のものであるとしたB鑑定につい
て,多数意見第2の1で挙げた根拠により信用性を認めた。これはB教授の見解を踏まえたものであるが,これらの根拠は,劣化DNAに対するアイデンティファイラー検査の正確性に対する疑義を克服するものとはいえない。また,コンタミネーションは,捜査や裁判の過程だけでなく,いかに注意を払っても鑑定の過程でも生ずることが避け難く,新鮮なDNAによる場合もあれば検査室内に存在した古いDNAによる場合もあるから,唾液や皮膚片等に由来するDNAが比較的短期間で検出されなくなるからといって,直ちにコンタミネーションの可能性が否定されるとはいえず,また,コンタミネーションがあったことが常にチャート図上明らかになるともいえない。そして,C鑑定では対照試料からもアリルが検出された上,B教授自身も検出したアリルの一部にコンタミネーションの存在を認めるなどコンタミネーションの具体的可能性を示す事情があるのであるから,原々決定が挙げた根拠だけから他の部位におけるコンタミネーションの可能性を排除することはできない。
4
次に,原々決定は,B鑑定のアリルの判定手法を是認した上で,型判定がさ
れたアリルのうち,1座位に3つ以上のアリルが検出された又はその疑いのある試料はコンタミネーションの疑いがあるものとして当該試料から検出されたアリルの全てを判断の基礎から除外し,また,RFU約500を超えるのに再現しないアリルはアリルドロップインの疑いがあるとして当該アリルを判断の基礎から除外したが,その余のアリルについてはB鑑定の判定結果を是認している。しかし,B鑑定の判定手法及びこれに対する原々決定の判断は,劣化DNAに対するアイデンティファイラー検査の正確性に対する疑義が適切に意識されたものとはいえない。さらに,B鑑定においては,複数回検査しても1度しか出現しなかったアリルをほとんど有効なアリルと判定したことに加え,1回目の検査でアリルが1つ検出され,2回目の検査で別のアリルが1つ検出された場合,チャート上でコンタミネーションを疑う事情がない限り,その2つを再現性がある有効なアリルと判定しているが,専門レベルでの再現性の定義の問題はともかく,このような判定結果を刑事裁判の個人識別の証拠とすることに対する疑問を払拭することは困難である。そして,現実にコンタミネーションを疑うアリルが検出され,かつ,それが当該試料やアリルにのみ特異的に生じたという事情もないのに,専ら対照試料からアリルが検出されなかったことに依拠して,他の試料や座位から検出されたアリルにはコンタミネーションが生じていないことを前提にした点で,原々決定の判断の合理性には大きな疑問がある。とりわけ,原々決定が,Aの犯人性の認定に重大な意味を持つとした白半袖シャツの右肩血痕部分から検出されたアリルの一部をアリルドロップインの可能性があるとして除外しながら,その余のアリルを判断の基礎としたことや,白半袖シャツのA型血痕部分の1つの座位で検出されたアリルについてコンタミネーションの疑いがあるとして同じ試料から検出されたアリルの全てを除外しながら,上記右肩血痕部分から検出されたアリルを除外しないで判断の基礎としたことは到底首肯できるものではない。
5
アイデンティファイラー検査によるDNA型鑑定において,同じ試料につい
て複数回検査が行われた場合,検査の結果が一致するか否かは,裁判所が検査結果の正確性を判断する際,極めて重要な指標というべきである。宮崎裁判官の補足意見のとおり,C鑑定とB鑑定の検出アリルがほとんど一致しないという事実は,同一の鑑定において検出アリルが一致しない場合と同じく,B鑑定のアイデンティファイラー検査の正確性を判断する上で重要な意味を持つものであり,両鑑定が同一人の血液に由来するDNAのアリルを検出したことを前提にすると,C鑑定がPCR増幅回数を30回又は35回としたことによるアリルドロップインの可能性のみからは合理的に説明できない。
第2
1
みそ漬け実験報告書について
みそ漬け実験報告書は,5点の衣類を1号タンクに隠匿する物理的可能性を
考慮すると,5点の衣類がみそ漬けされた期間は,犯行後新たなみその仕込みが始まるまでの時点から発見までの間の約1年2か月か,仕込みみその取り出し開始後から発見までの1か月程度かのいずれかであり,仮に発見当時の5点の衣類の血痕の色調から前者の可能性が否定されることになれば,後者の場合に勾留中のAが隠匿した可能性はないから,Aの犯人性の認定にも合理的な疑いが生ずるとするものである。2

5点の衣類が1号タンクに隠匿されるまでにおかれていた状況や血痕の性状
(動脈血か静脈血か,乾燥の有無・程度,日光へのばく露の有無等)や保存状況は証拠上明らかではなく,1号タンクのみそについても,仕込まれた原料の種類,量,5点の衣類の発見当時のみその色合いなどはある程度明らかになるものの,みその醸造の進行程度や血液の色調に影響を及ぼし得る要因の詳細は明らかではない。また,みそ漬け実験報告書では,使用されたみその色が1号タンクで醸造されていたみその色より濃く,使用されたみその量及び容器の材質・大きさが1号タンクと大きく異なること,F実験でも,原料が14個のプラスチック製コンテナに分けられ,醸造されたみその色も1号タンクで醸造していたものより濃いことなどの点で1号タンクのみそと条件が異なる。このように5点の衣類がみそ漬けされた条件と異なる条件の下で行われたみそ漬け実験報告書及びF実験の結果から,直ちに5点の衣類の血痕の色が1年2か月間みそ漬けされていたものとしては不自然であると判断することはできない。
3
次に,上記のような条件の違いにかかわらず,1年2か月間みそ漬けされた
血痕に赤みが残ることはないといえるかという点を検討すると,原審において,血痕斑の色調の経時的変化は,血液の量や濃度,夾雑物,付着した物体の材質,付着のさせ方,保存条件により千差万別であり,どの程度の時間経過でどのような色調となるかについても一定しないとのG意見書が提出され,同意見書に添付された血痕サンプル中には,2年ないし3年が経過してもなお赤みが残ったものも複数存在しているが,同意見書においては,血痕の色調変化に対するみそ漬けの影響が考慮されているとはいえない。
みそ漬け実験報告書及びF実験では,みそ又はみそ原料に漬け込んで1年2か月が経過した衣類の血痕の色は茶褐色ないし黒褐色に変化しているが,同時に,漬け込みから1か月の時点でも既に上記のような色調に変化しているのであるから,両実験における血液の色調変化には,5点の衣類に付着した血痕とは異なる要因が関わっていた可能性がある。そうすると,両実験の結果は,それだけでは血液の色調変化に対するみそ漬けの影響を明らかにするものとはいえないであろう。原審において,みそ漬け実験報告書における血痕の変化は,主としてメイラード反応によるものであるとのH意見書が提出された。みそ原料の褐変化が醸造過程で大量に生成された糖によるたんぱく質の非酵素的反応であるメイラード反応によるものであることは確立された知見であるといえるところ,血液もたんぱく質により構成されるものである以上,みそ漬けされた血液もメイラード反応の影響を受けるとのH意見書の見解は,少なくとも原理的には直ちに否定することはできないものであり,これに対する専門的知見に基づく反論も提出されていない。しかし,H意見書に添付された文献は,血液に対する生体内でのメイラード反応を論ずるものであり,衣類に付着した血液がみそ漬けされた場合に醸造過程で起こるメイラード反応が血液にどのように作用し,血痕の色がどのように変化するのか,日光等の他の変色要因との関係などの点を明らかにするものとはいえない。
以上検討したところによれば,F実験及びH意見書の内容を考慮しても,5点の衣類の発見当時,血痕のメイラード反応がどの程度進行し,それが血痕の色調にどのような影響を及ぼしていたかを的確に判断することは,現時点では困難であるから,みそ漬け実験報告書から直ちに,条件の違いにかかわらず約1年2か月間みそ漬けされた血痕に赤みが残ることはないということもできない。
4
他方,原決定の判断も,多数意見が指摘したとおり,その論理に疑問がある
上,1号タンクのみそが1年以上醸造されて商品として出荷されたものであるにもかかわらず,その色が淡い色であるということだけから,メイラード反応がさほど進行していなかったとするものであり,その推論過程が専門的知見に裏付けられているとはいい難い。そして,確定判決によれば,5点の衣類は1号タンクのみそに約1年2か月間漬けられていたものであり,このような長い時間の経過を前提にすると,メイラード反応も相応に進行していたのではないかという疑問を一概に否定することはできない一方,衣類に付着した血液をみそ漬けするなどということは非日常的な事柄であるから,みそ漬けされた血液の褐変の主たる要因がメイラード反応であることが常識に裏付けられているということもできない。そこで,多数意見においては,本件の審理経過をも併せ考え,事実審において,メイラード反応その他のみそ漬けされた血液の色調の変化に影響を及ぼす要因について,現時点における専門的知見等の調査を遂げた上で,その結果を踏まえて,みそ漬け実験報告書が,確定判決における証拠と総合して,5点の衣類が昭和41年7月20日以前に1号タンクに入れられて1年以上みそ漬けされていたとの事実に合理的な疑いを差し挟むような証明力を有するか否かについて判断するのが相当であると考え,原決定を取り消し,原審に差し戻すこととしたものである。裁判官宮崎裕子の補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見に賛成であるが,いくつかの点について意見を述べておきたい。第1
1
B鑑定について
本件においては,STR型によるB鑑定に加えてSTR型とミトコンドリア
DNA型によるC鑑定も同時期に行われている。それぞれの鑑定人の鑑定経験,専門性は信頼することができ,鑑定手続自体はいずれも適正に実施されたと認められる。B鑑定とC鑑定の試料は全く同一ではないが,いずれの試料についても,同一衣類の同一箇所の近接した部分から実質的に同じ条件を満たすように配慮して採取されたものであるから,微量ではあっても,それぞれの鑑定の対象とされた試料にはかなり高い確率で同一人の細胞が含まれていたと推測するのが合理的である。そして,鑑定時までの40年以上の間,5点の衣類及び被害者着衣がおかれてきた状況を考えると,当該試料に含まれていたDNAの劣化はかなり進んでいたと推測するのが合理的であると思われる。しかるに,B鑑定とC鑑定におけるSTR型検査において,B鑑定では前段階として細胞選択的抽出法が採用されたことや両鑑定のPCR増幅回数や使用した分析キット(B鑑定ではアイデンティファイラーが,C鑑定ではアイデンティファイラーに加えてミニファイラーも使用されている。)に違いがあることを考慮しても,もし鑑定の対象とされた試料がいずれも正常にアリルを検出できる状態のものであったとすれば,それぞれのチャート図は,検出したアリルの相似性を一定程度は示すことが見込まれると考えるのが合理的であるのに,いずれの試料についても一見して相互に著しく相違していた。そして,微量かつ劣化した試料のDNA型鑑定の困難性は専門家の間ではよく知られていると認められるところ,細胞選択的抽出法が劣化したDNAを修復その他の作用によって検出可能にさせる効果を有しているという証拠はない。また,PCR増幅回数や分析キットの違いのみによって,チャート図に著しい相違が生じたといえる根拠となる確実な証拠があるともいえない。本件では,いずれの試料についても保存状態に問題があり,火災で高温にさらされた場合にはDNAの検出が極めて困難になることはよく知られているし,みそ漬けされた場合にDNAの分解が進み,検出が困難になることはF実験により認めることができる。そうすると,両鑑定のチャート図が著しく相違したことの主たる理由は,試料と試料に含まれていたDNAの著しい劣化にあった可能性が極めて高いと推測するほかない。
2
さらに,C鑑定で実施されたミトコンドリアDNA検査は,核DNAを対象
とするSTR型検査に比べて検出感度が飛躍的に高いといわれているが,同鑑定の対象とされた計29の試料のうちミトコンドリアDNA型が検出されたのは8つ(被害者着衣の試料6つと5点の衣類の試料2つ)にすぎない。このうち被害者着衣から採取した試料5つと対照試料1つから検出された型は,同じ型あるいはこれと他の型が混合したもので,C教授は,コンタミネーションの可能性が高いと判断している。このことは,被害者着衣に付着したDNAは,火災によって分解された可能性が高いと考えられることとも符合する。また,5点の衣類の緑色パンツの血液付着部分から検出された型は,被害者着衣から検出された上記型と他の型の混合と考えられるものであり,白半袖シャツのB型の血液付着部分から検出された型は,被害者着衣から検出された上記型とは別の複数の型の混合と考えられる(いずれもAの型とは一致しない。)ところ,C教授は,これらについてもコンタミネーションの可能性が高いと判断している。このC鑑定の判断に疑問を生じさせるような確実な証拠はない。そして,コンタミネーションの可能性が排除できないとなると,白半袖シャツから検出されたミトコンドリアDNA型の混合がAのミトコンドリアDNA型と一致しないとしても,それが,白半袖シャツにAの血液は付着しておらずA以外の者の血液が付着しており,当該A以外の者のアリルが試料の劣化にもかかわらず検出されたことを意味し,それ以外の場合(例えば,Aの血液とA以外の者の細胞が付着していたところ,Aのアリルは試料の劣化のために検出されずA以外の者のアリルのみが検出された場合)には該当しないといえるのかという疑問が生ずる。しかしながら,本件においてそのような区別が可能であることを示す証拠は見当たらない。したがって,この鑑定結果をもって,白半袖シャツの右肩部分にAの血液が付着したことはないという判断の根拠とすることには疑問が残る。3
C鑑定の上記結果を踏まえると,B鑑定においても,鑑定の対象とされた試
料の劣化の程度は同じと考えられることから,STR型による鑑定は,ミトコンドリアDNA型による鑑定よりもはるかに困難を極めるものであったと考えるのが自然である。そうすると,C鑑定の結果との相違を考慮せずに,B鑑定の結果のみに注目してその信用性を判断することには躊躇を覚えざるを得ない。そして,そもそも試料の劣化ゆえに,ミトコンドリアDNA型検査においてすら,本件当時存在したDNAに由来する型はほとんど検出されていないと考えられること,STR型による鑑定においてC鑑定とB鑑定のチャートに著しい相違があるとの検討結果を総合すると,私としては,C鑑定の結果を考慮する限り,細胞選択的抽出法の効果の有無やB鑑定の結果の評価以前の問題として,B鑑定に用いられた試料がそこに含まれていたはずのアリルをどの限度,どの範囲で検出できる状態のものであったかについて疑いを払拭することができない。
ましてや,B教授自身が,一部の試料についてはコンタミネーションがあったと認めていること,細胞選択的抽出法が血液由来の細胞のみを抽出できる方法であるという説明はしていないことも考慮すると,アリルが検出されたとするB鑑定の結果を認めるとしても,それが血液由来であるか否かは確定できないと考えざるを得ない。また,C鑑定の試料にはコンタミネーションがあるが,B鑑定の試料にはコンタミネーションは全くなかったという前提を確認できるような証拠もないから,そのような前提をおくこともできない。
以上勘案した結果,私としては,B鑑定は,その鑑定結果をもって明白な新証拠と考えることはできないとの結論に至らざるを得なかった。
第2
1
みそ漬け実験報告書について
多数意見にあるとおり,5点の衣類に付着した血痕に,発見当時赤みが残っ
ていたことは証拠上否定できない。1号タンクに新たにみその仕込みが始まった昭和41年7月20日から醸造済みとなったみその取り出しが始まった昭和42年7月25日以降取り出しがある程度進むまでの1年余りの間,5点の衣類を1号タンクの底から約3.5㎝という発見時の場所に漬け込むことは事実上不可能であることが確定判決において認定されており,その認定に疑問を差し挟むべき事情を示す証拠はない。もし,血液に含まれるたんぱく質と醸造中のみそに含まれる糖との間でメイラード反応が生ずることにより血痕の褐変化が進行し,動脈血か静脈血かや滴下血痕か飛沫血痕かなどの血液の形状の相違やみその色の濃淡にかかわらず,1年を超える期間みそ漬けされていた場合に血液の赤みが消失することが化学的機序として合理的に推測できることになれば,5点の衣類が1号タンクに漬け込まれた時期は昭和41年7月20日以前であるとした確定判決の認定に合理的な疑いが生ずることは明らかということになる。そして,5点の衣類が1号タンクに漬け込まれた時期が同日以前であったとは認定できないこととなれば,本件の証拠構造に照らし,5点の衣類が犯行着衣であるという認定に合理的な疑いが生ずることとなり,Aの犯人性に合理的な疑いを生じさせることになり得ると考えられる。2
確かに,みそ漬け実験報告書だけでなく,F実験の添付写真からも,みそ漬
けされた衣類に付着している血液の赤みが一定の時間の経過によって消失しているという同じ傾向がうかがわれる。ただし,血液が付着した衣類が1年以上みそ漬けされた場合の血痕の色調の変化なるものは日常的に観察できるものではないだけに,その傾向が一定の時の経過とともに化学的機序によって生ずる普遍的な現象として説明可能であるといえるかについてはやや躊躇を覚えるところである。また,みそ漬け実験報告書は,5点の衣類がみそ漬けされた当時の条件もみそ自体の成分も正確に再現したものではないこともあって,その結果だけに依拠して,5点の衣類に付着した血痕に赤みが残っている以上1号タンクにおいて1年余りみそ漬けされていたと認定するのは不自然であるといえるかについては若干の躊躇を感じる。しかるに,H意見書は,メイラード反応は非酵素的褐変反応であり,その化学的機序は解明済みであること,メイラード反応が醸造中のみその中という嫌気的条件下においても進行すること,醸造中のみそのアルコール濃度は低いためメイラード反応の進行には影響しないことを明らかにするとともに,血液はたんぱく質から構成され,みその原材料から糖が多量に生成されることから,醸造中のみそにつけ込まれた衣類に付着した血痕中のたんぱく質とみそ中の糖との間で,みそ自体に起きるメイラード反応とは別に血液の褐変化を生じさせるメイラード反応が進行することがあり得,暗所においても血液のメイラード反応が起こり得ることを化学的知見によって説明しており,以上の化学的知見を否定できるような証拠は出されていない。
それにもかかわらず,原決定が,醸造中のみその中で起きるメイラード反応によるみその褐変化と,血液中のたんぱく質とみそ中の糖の反応によって生じ得るメイラード反応による血痕の褐変化とを区別することなく,みそのメイラード反応がさほど進行していなかったとうかがわれるなどとして,みそ漬け実験報告書及びH意見書が確定判決の認定に影響しないとしたことは,証拠に基づくことなく,不合理な結論を導くものといわざるを得ない。
3
本件においては,当時と同じ原材料及び製造方法で醸造中のみそを用意し,
1号タンクと同じような設備かつ同一の環境条件の下で,衣類に付着させた血液をみそ漬けする実証実験を行うことは,そもそも不可能であると思われ,そのことが原決定においてみそ漬け実験報告書の明白性が否定された理由の一つにもなっていることがうかがわれる。しかしながら,①みそ漬け実験報告書の結果もF実験の添付写真からうかがわれる血液の色調の変化も血液の褐変化という現象が時の経過とともに進行するという同じ傾向を示していることは否定できないこと,②H意見書が述べる化学的機序によってこの現象が生じ得るという説明には化学的な説明として合理性があると思われること,③本件においては5点の衣類は1年余りの期間醸造中のみそタンクの中に漬け込まれていたと認定されていることからすると,その間に第三者が5点の衣類の保存状態を人為的に変更する余地はなかったことを前提として考えることに特に問題はないと思われることを踏まえると,同意見書が述べるような化学的機序を理由とする血液の褐変化及び(年単位で見た場合の)その時間的な進行については,化学的知見をもって理論的にその機序を解き明かして論理的に推認するなど実証実験以外の別の方法で確認することが検討されてしかるべきである。
4
以上勘案すると,5点の衣類に付着した血痕には発見当時赤みが残っていた
ことは証拠上否定できない以上は,みそ漬け実験報告書の新証拠としての明白性については,衣類に付着させた血液と醸造済みあるいは醸造中のみそ(H意見書が述べる化学的機序の進行が,みそが醸造済みか醸造中かで異なるかも問題になり得る。)との間で生じ得るメイラード反応について,H意見書が述べるような化学的機序への影響要因,血液の形状による影響の有無等を検討し,1年余りの期間みそに漬け込まれた場合には血痕の赤みが消失するところまで褐変化が進行するかどうかを合理的に推測できる程度の専門的知見を得て,化学的根拠に基づいた判断をすべきであると考える。
裁判官林景一,同宇賀克也の反対意見は,次のとおりである。
私たちは,原決定を取り消した上,本件を東京高等裁判所に差し戻すのではなく,検察官の即時抗告を棄却して再審を開始すべきであると考える。その理由は,以下のとおりである。
第1

B鑑定について

原決定は,B鑑定に対して種々の疑問を提起し,新証拠の明白性を否定したが,鑑定方法の信頼性の問題と鑑定結果の信用性の問題に大別されると思われるので,以下検討する。
1
細胞選択的抽出法について

B鑑定で用いられたSTR型によるDNA型鑑定は,鋳型となるDNAが小さいため,劣化や分解がある程度進行したDNAからも検出可能であるという特徴がある。15座位のSTR型とアメロゲニン型を検出できるPCRキットを使用した方法が一般的に採用されており,B鑑定もこの手法を採用している。そして,外来DNAの増幅を防止するため,PCR増幅回数をメーカーの推奨どおり28回にとどめている。このように,B鑑定は,前処理というべき細胞選択的抽出法を除く部分は,STR型によるDNA型鑑定として,特に信頼性を疑うような方法とはいえない。したがって,原決定が問題にしているのは,細胞選択的抽出法の信頼性である。
本件では,5点の衣類のコンタミネーションが懸念されたことから,原々審裁判所から血液由来のDNAであることが判別できる方法について打診がされ,B教授が,DNA抽出前に血液細胞を優先的に抽出する方法として,細胞選択的抽出法を考案したものである。
原決定は,D鑑定が指摘した,オーソ抗HレクチンがDNAを分解する酵素を含有する点について,B鑑定がその影響を十分に調査することなくオーソ抗Hレクチンを用いたことが細胞選択的抽出法の有効性に疑問を生じさせるという。しかし,B鑑定は,血液細胞を選択的に抽出するためにオーソ抗Hレクチンを用いたのであって,DNA抽出液にオーソ抗Hレクチンを添加したわけではないし,D鑑定も,オーソ抗Hレクチンが血液細胞内にあるDNAを分解する程度について,B鑑定が行った細胞選択的抽出法に即して検証したわけではない。D鑑定において,新鮮な血液等に由来するDNAがオーソ抗Hレクチンを添加した後の抽出液から検出されているから,PCR増幅が可能な量のDNAを抽出することを阻害しない範囲でオーソ抗Hレクチンを用いたとしても,直ちに鑑定の信頼性が損なわれることはないと考える。D鑑定は,オーソ抗HレクチンがDNAに直接作用して全て破壊することを証明したわけではなく,微量であってもDNAが残存して検出される可能性は否定されない。原決定は,オーソ抗Hレクチンの濃度と量により,どの程度DNAが分解されるかについて,証人尋問等を通じて明らかにできたと思われるのに,この点について検討することなく,オーソ抗Hレクチンを用いた細胞選択的抽出法の有効性を否定したもので,原々決定の判断が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示したとはいえないと考える。
次に,原決定は,B鑑定において,本件試料を入れた溶液の温度をオーソ抗Hレクチンの活性を喪失しない程度に高くして震とうする方法により血液細胞を遊離させることを試みた点についても疑問を提起し,原審において,上記手法の有効性を確認するため,申立人側が実施した再現実験の信頼性を否定している。原決定は,再現実験では,B鑑定と異なり,血痕を溶出する段階で,たんぱく質分解酵素であるプロティナーゼKを用いたと指摘するが,B鑑定では,血液細胞を選択的に凝集させるためにオーソ抗Hレクチンを使用したのであるから,血痕から血液細胞を溶出する段階でオーソ抗Hレクチンを無効化する効果を有するプロティナーゼKを用いることは想定し難い。再現実験では,溶出した血液細胞からDNAを抽出するための細胞の溶解の段階でプロティナーゼKを使用したもので,血液細胞を溶出する段階で使用しているわけではない。したがって,B鑑定と再現実験の手法が重要な点で異なるとした原決定の説示は誤解に基づくものというほかない。このようにB鑑定の細胞選択的抽出法に対する原決定の批判には種々の疑問を禁じ得ない。
2
鑑定結果の信用性について

原々決定は,B鑑定について,(1)対照試料からアリルが検出されなかったこと,(2)本件試料には血液が付着している蓋然性があること,(3)アリルドロップインの可能性が低いこと,(4)外来DNAによる汚染の可能性が低いこと,(5)細胞選択的抽出法を用いていることに照らせば,検出されたアリルは,その大部分が血液に由来する可能性が高いとした。このうち(1)が決定的な重要性をもつものであるから,仮に前処理の段階である細胞選択的抽出法の信頼性が否定されたとしても,B鑑定の結果が当然に否定されることにはならないと思われる。そして,(1)は客観的データに基礎付けられており,そこから5点の衣類全体に及ぶような外来DNAによる汚染の可能性が低いと判断することは合理的であり,B鑑定で検出されたDNAは血痕部分のみに存在した物質に由来すると推認することも合理的と思われる。これに対し,原決定は,対照試料からアリルが検出されなかったという一事をもってB鑑定に高い信頼性を認めることはできないというが,B鑑定において対照試料からアリルが検出されなかったとの事実自体が誤りであると認めたわけではなく,原々決定の上記判断は不合理ではないと考える。次に,(2)と(3)は細胞選択的抽出法の有効性とは無関係の推論であり,(2)について,従前の鑑定により血液型が判定された血痕部分から採取した試料から検出したDNAは,血液に由来すると推認することが自然であり,(3)について,PCR増幅回数を28回にとどめたためアリルドロップインの可能性が低いとしたことも納得できる。(4)については,凝固した血液が乾燥した状態にあれば内部のDNAは安定的に保存され,汗や唾液等が付着した場合のDNAは早期に消滅するという経験則に加え,押収後の保管の過程で,5点の衣類の前で話すなどしたことにより付着した唾液や手で触ったことにより付着した皮膚片等があったとしても,これに由来するDNAは数か月程度で検出されなくなると考えられること,遅くとも原々審でDNA型鑑定が請求された後は外来DNAによる汚染防止の配慮がされたはずであるから,B鑑定のDNA検査が実施された時点では,外来DNAが検出可能な程度に残存していた可能性は高くないこと,検査の最中にコンタミネーションがあった可能性も低いことを踏まえて,外来DNAによる汚染の可能性が低いと判断したものである。もっとも,試料に微量のDNAしか含まれないLCN(Low-copynumber,低コピー数)の状態において,標的とした血液由来のDNAが検出されたか,コンタミネーションやアリルドロップインの可能性がないとまでいえるかについては慎重に判断する必要がある。このため,原々決定は,1座位について3種類以上検出されたアリルや,RFU約500を超えているのに再現しないアリルを除外した上で,アリルの異同を比較して,なおB鑑定の信用性を肯定している。これに対し,原決定は,試料が汚染されている可能性が高いのであれば,アリルのピークが2つ以内の場合であっても,外来DNA由来のアリルである可能性は等しく存在すると批判する。しかし,上皮細胞等に由来する外来DNAは基本的には月単位でしか残存しないと考えられるから,B鑑定で,5点の衣類から外来DNAが抽出された可能性は十分に低いと思われる。みそ漬けによりDNAが分解されるというF実験の指摘もあるが,そうであるとしても,確定判決が前提とする1年2か月よりはるかに短い期間のみそ漬けであればDNAはさほど分解されないと考えられ,みそ漬け実験は,正にそのような短期間のみそ漬けであった可能性を検証するためのものであるから,長期間みそ漬けされたことを前提として,本件試料からDNAが検出されるはずがないという議論は適切ではない。また,対照試料にはコンタミネーションがないという点が,複数の対照試料からアリルを検出したC鑑定と矛盾しないかも問題になるが,C鑑定がPCRキットのマニュアルと異なり,PCR増幅を30回ないし35回としたため,アリルドロップインの可能性が高くなると考えられるから,必ずしも矛盾するとはいえない。さらに,B教授がコンタミネーションを認めた試料は一部にとどまり,本件で決定的に重要な部分を含む全体についてではない。
以上によれば,コンタミネーションやアリルドロップインの可能性を慎重に考慮して検出されたアリルを取捨選択し,その限度でB鑑定が信用できるとした原々決定の判断が不合理とはいえない。
そして,平成10年から平成12年までの間に,第1次再審請求即時抗告審において,5点の衣類の白ステテコ,白半袖シャツ,ネズミ色スポーツシャツ及び被害者着衣を鑑定資料として実施された2つのDNA型鑑定では,いずれもDNA型と性別の判定が不能であるとされたが,被害者着衣に付着した血痕のABO式血液型がそれぞれ判明し,I教授の鑑定では,被害者着衣の血痕付着部分の一部からアリルが検出された。これらは試料の血痕付着部分に血液型の抗原等が残存していることを示している。その後のDNA型鑑定技術の進展により,微量かつ陳旧資料からの鑑定の可能性も格段に向上し,細胞数個分があればDNAの検出が十分に可能であるとされているから,第1次再審請求審におけるDNA型鑑定が不能であったことを理由として,B鑑定の信用性を否定することが相当とは思われない。原決定は,緑色パンツと被害者衣類であるメリヤスシャツから検出したアリルについて,B教授自身のDNAによるコンタミネーションの疑いがあると指摘するが,そのようなコンタミネーションであるとすれば,B鑑定の検査の最中の新鮮なDNAが混入したことになるから,ほぼ全ての座位から鮮明かつ広範に検出されるはずであるのに,特定の座位からの検出にとどまっている。原決定がB教授自身のDNAを検出した可能性が高いとする根拠は不十分であると思われる。さらに,原決定は,B教授が,カラー表示されたチャート図や実験ノートを提出しないこと及び鑑定に関するデータを消去したことが,B鑑定のチャート図の信頼性を大きく低下させると指摘する。しかし,原々審において,B教授は,1回目の求釈明で求められた資料は全て提出しており,2回目の求釈明で求められた資料についても,結局鑑定書に添付して提出した。また,予備実験のチャート図は提出されていないものの,鑑定が始まる相当以前に試験的に行ったものにすぎず,本鑑定に関するものではない。さらに,実験ノートを作成していないとのB教授の説明には,その理由を含め不自然な点はない。原決定が,あたかもB教授が不正にデータや実験ノートを消去したように説示したのは,少なくともミスリーディングである。
3
B鑑定に関する結論

確定判決においては,5点の衣類に付着した血痕のABO式血液型が被害者及びAの血液型と矛盾しないことから,上記血痕が被害者とAに由来すると推定し,このうち白半袖シャツの右肩部分に内側から浸潤した血痕のABO式血液型がAの血液型と一致し,かつAの右肩付近に傷跡があったことから,白半袖シャツがAの犯行着衣であるという仮説と矛盾しないという限度で立証がされたものである。私たちは,B鑑定が,白半袖シャツの上記血痕部分から採取した試料について,数個の座位においてAのDNA型と相違するとしたのは,上記血痕がAに由来することに合理的な疑いを生じさせる程度には信頼してよいと思われること,C鑑定のミトコンドリアDNA型検査において,白半袖シャツの上記血痕部分から,他の試料からは検出されなかった型が検出され,これがAのミトコンドリアDNA型と一致しなかったことが上記事実と整合的であることに照らすと,当該血痕がAのものではないとの重大な疑いが生ずると考える。確かに本件試料にDNAの劣化の問題はあるものの,当該血痕部分に血液1滴が偶然付着してしまったというものではなく,相当多量の血液が付着したはずであるから,たとえ微量であっても血液由来のDNAが検出されることは不思議ではなく,そこから現にアリルが検出され,対照試料からアリルが検出されなかった以上,血液由来のDNAと推認することは,論理則,経験則等に照らして不合理とはいえない。以上によれば,原決定は,B鑑定が5点の衣類が犯行着衣であり,かつAの着衣であるとの確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせる新証拠というべきであるとした原々決定の判断を論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示したものとはいえない。
第2
1
みそ漬け実験報告書について
5点の衣類の血痕の色について

多数意見が指摘するとおり,E鑑定書は,5点の衣類に付着した血痕について赤を含む色として記載し,5点の衣類を発見した従業員らも,それぞれ赤色と認められる血痕が明確に識別できたと供述する。法医学の専門家が5点の衣類全てに赤色と認識できる血痕が存在したと鑑定書に記載し,当時5点の衣類を直接見た従業員らの供述と整合していることは重視すべきである。その一方,みそ漬け実験報告書によれば,みそ漬けから1か月後,血液付着部分は黒褐色になり赤みは全くない。1年2か月後には,血液付着部分は更に黒色が濃くなって一様に黒褐色になり,血液付着部分であることすら分からない状態になって,実験開始前には判別することができた濃淡のムラもなくなっている。さらに,みそ漬け実験報告書で,青色ブリーフと緑色タオル生地ハンカチが,みそ漬けから1年2か月後,元の色が確認できない暗い色に染まっているのに対し,5点の衣類の緑色パンツは,J作成の昭和42年9月4日付け実況見分調書では,薄茶色の染み込んだ中にも緑色がはっきりと認められるとされており,明らかに色合いが異なる。
F実験においても,1年2か月のみそ漬け後,血液付着部分は全く赤みを失って黒色になった。F実験は,検察官の依頼により,血液を付着させた衣類を醸造中のみそに漬け込んだ場合に,血液中のDNAの分解の有無や程度を計測した実験であり,衣類や血液の色の変化を調べる目的で行われたものではない。しかし,1号タンクのみその醸造状況をできるだけ忠実に再現したみそ漬けの実験である以上,その結果を血液の色の変化に関する判断材料として用いることが妨げられるわけではない。そして,F実験では,みそ漬け実験報告書で使用した赤みそよりも薄い色のみそが使用されていたが,血液が赤みを失った点は完全に一致している。それどころか,F実験の添付写真を見ると,みそ漬けから8日後には,付着させた血液が濃い茶色になっている。このことは,みそ漬けという特殊な条件下においては,より早期に血液の赤みが消失する可能性がある事実を示すものであり,みそ漬けから1年2か月後に発見されたとされる5点の衣類の血痕に赤みが残ることの不自然さを一層際立たせるものといえる。
原決定は,E鑑定書の添付写真及びK作成の平成25年5月31日付け捜査報告書添付の写真の色が,L教授作成の鑑定書(以下L鑑定という。)添付の再現写真と大きく色合いが異なると指摘し,そこから直ちに5点の衣類の血痕の色合いとみそ漬け実験報告書との矛盾を問題にすることはできないという結論を導いている。しかしながら,L教授は,発見当時のネガフィルムから作成した写真の色について,5点の衣類の実際の色に近いものであったことは間違いないと鑑定したところ,上記写真においても,血痕付着部分に赤色又は赤褐色を認めることができるのであって,みそ漬け実験報告書とは異なり,むしろE鑑定書添付の写真の色調に近いというべきである。原決定は,この点に注意を向けていないものの,L鑑定によってもみそ漬け実験報告書との矛盾が確認されたといえよう。
また,原決定は,当時1号タンクで製造されたみその色がみそ漬け実験報告書で用いられた赤みそより薄いという点に関しては,元従業員の証言を重視しているが,同人らが5点の衣類を発見した際,赤色の血痕を識別できたことには全く注目していない。そのため,これらの証言とみそ漬け実験報告書との明らかな矛盾を考慮していないと思われる。
2
メイラード反応について

メイラード反応は,みそ原料に大量に含まれる大豆たんぱく質等が醸造過程で必然的に褐色化する反応であり,無酸素,遮光状態でも進行するとされている。メイラード反応の進行の程度には,みそタンク内の環境条件が影響するとしても,1年2か月もの時間をかければ,メイラード反応が進行することは否定できないと思われる。そして,血液もたんぱく質を含み,みその醸造時に大量に生成される糖との接触により,血液にもメイラード反応が生ずることはH意見書により認められる。原決定は,5点の衣類に8tもの仕込みみその圧力が加わっていたことを強調し,メイラード反応がどの程度進行するかを推測することが困難であるというが,そもそも加圧が大きいことがメイラード反応を抑制するかどうかについて具体的根拠を示していない。みそを醸造する製造工場では,現に大量の大豆原料等が褐色のみそになるのであるから,大容量のタンク内でもメイラード反応が生ずることは明らかである。みそ漬け実験報告書は,みその中に長期間漬けられることにより血液の褐変が進行するという常識的感覚を裏付けたものといえ,その理論的説明がメイラード反応といえよう。
みそ漬け実験報告書で使用されたみそは,1号タンクで製造されていた赤みそと原料が完全に一致していたとまではいい切れないとしても,本件当時の原料の配合を参考にして仕込むなど可能な限り近似した赤みそである。みその色の濃淡は,白色の衣類の染まり方には一定の影響を与え得ると思われるが,みそ漬けした衣類に付着した血液の赤みの消失は,主として血液に対するメイラード反応によって促進されるので,みその色の濃淡が大きな影響を与えるとは考え難い。原決定は,そもそもみそのメイラード反応の進行の程度を問題としている点で不適切であるのみならず,みそのメイラード反応がさほど進行していなかった可能性を血液に対するメイラード反応が進行しなかったことに結び付けて,血液に赤みを帯びた部分が残り得るとしたことも不適切であると考える。
なお,前記J作成の実況見分調書には,5点の衣類が入った麻袋を持ち上げると,焦茶色の汁がたれたとの記述があり,発見時の1号タンクのみその色が,原決定が指摘するほど薄かったと判断することに疑問を抱かせる。他方,5点の衣類が発見の直前(せいぜい1か月以内)に1号タンクに隠匿されたとすれば,そのような短期間で白色の衣類が薄茶色や黄褐色に染まるのかという問題もある。しかし,みそ漬け実験報告書によれば,みその種類とたまりの混合割合によって,薄い色から濃い色まで様々な濃さのみそ漬けにした衣類が短期間で容易にできること,僅か20分足らずで5点の衣類とほぼ同じ色合い,血痕の状態,衣類のしわの具合等が再現でき,5点の衣類よりも濃いみそ色に染めることもできることが確認された。上記のとおり,当時の1号タンク内にはかなりの水分量があったことがうかがえるから,水分を吸収しやすい衣類が,短期間で薄茶色ないし黄褐色に染まることは不思議ではない。
以上によれば,みそ漬け実験報告書とE鑑定書添付の写真の血痕の色合いの歴然たる相違は,原決定が指摘する赤みその色の濃淡によっては説明が困難であると思われる。
3
みそ漬け実験報告書に関する結論

原決定は,E鑑定書添付の写真が5点の衣類の色合いを正確に再現したとはいえないこと,みそ漬け実験報告書で用いられたみその色が1号タンクで醸造されたみその色を正確に再現したとはいえないことのみを理由として,みそ漬け実験報告書の証拠価値が低いと判断し,明白性を認めた原々決定の判断は不合理であるとした。しかし,(1)当時のカラー写真の色の再現性とは無関係に,E鑑定書や元従業員の供述によって認められる5点の衣類に付着した血痕の色合いがみそ漬け実験報告書に照らし不自然であること,(2)L鑑定の再現写真においても血痕付着部分に赤みを認めることができ,みそ漬け実験報告書に照らし不自然であること,(3)F実験において,みそ漬けした血液は短期間で黒色になり,みそ漬け実験報告書と一致していることに照らし,原決定は,原々決定の判断が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示したとはいえないというべきである。確定判決及び第1次再審請求審では,5点の衣類が長期間みそ漬けされたことは当然視されたが,かかる推定の明確な根拠は示されなかった。確定判決において,5点の衣類がAの犯行着衣であるという認定は,Aが逮捕される前に1号タンクに隠匿したことを前提としている。昭和41年7月20日に新たに大量のみそが仕込まれた後,昭和42年7月にみその取り出しが始まるまで,5点の衣類を1号タンクの底部に隠匿することは実際上不可能である。したがって,Aが隠匿したとすれば,昭和41年7月20日以前に行ったことになり,5点の衣類が発見されるまで,1号タンクの底部に1年以上漬けられていたことになるが,みそ漬け実験報告書は,この点に合理的な疑いを生じさせる証拠というべきであり,Aが5点の衣類を1号タンクに隠匿したことにも合理的な疑いが生ずることになる。すなわち,5点の衣類が,犯行直後でなく,発見直前に隠匿されたという合理的可能性が生ずると,隠匿したのはA以外の第三者ということになり,その第三者による工作の可能性が生じ,5点の衣類がAの犯行着衣であること自体に疑いが生ずることとなる。そうすると,その他の情況証拠があったとしても,誰がなぜそのような隠匿・工作をしたのかが究明されない以上,Aの犯人性につき合理的な疑いが残るといわざるを得ないことになるからである。
第3

結論

多数意見は,B鑑定の信用性を認めなかった原決定の判断を是認しつつも,5点の衣類に付着した血痕の色合いについて,メイラード反応の影響等に関する審理が不十分であるとして原決定を取り消し,この点についての審理を尽くさせるため原裁判所に差し戻すこととした。多数意見は,原決定を取り消すという限りでは,私たちの考え方と方向性を同じくするところがある。しかしながら,私たちは,多数意見を一歩進めて,みそ漬け実験報告書は,確定判決の有罪認定に合理的な疑いを生じさせる新証拠であり,また,多数意見と異なり,B鑑定についても,再審を開始すべき合理的な疑いを生じさせる新証拠であると考える。そして,私たちは,確定審におけるその他の証拠をも総合して再審を開始するとした原々決定は,その根幹部分と結論において是認できると考える。このような理由から,単にメイラード反応の影響等について審理するためだけに原裁判所に差し戻して更に時間をかけることになる多数意見には反対せざるを得ないのである。
(裁判長裁判官
宮崎裕子


裁判官

道晴

裁判官

戸倉三郎

宇賀克也)
裁判官


景一

裁判官

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