事件番号 | 平成27(行ウ)328 |
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事件名 | 年金減額改定取消請求事件 |
裁判年月日 | 令和2年9月23日 |
裁判所名・部 | 東京地方裁判所 |
裁判日:西暦 | 2020-09-23 |
情報公開日 | 2020-11-30 10:00:25 |
同日原本領収 裁判所書記官 平成27年(行ウ)第328号(以下第1事件という。),同第392号(以下第2事件という。),同第540号(以下第3事件という。)年金減額改定取消請求事件 口頭弁論終結日 令和2年2月14日 判主1決文 本件各訴えのうち,別紙2記載の原告らの訴えをいずれも却下 する。 2 その余の原告らの請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は原告らの負担とする。 事 第1 実及び理由 請求 厚生労働大臣が平成25年12月4日付けで原告らに対してした老齢基礎年金及び老齢厚生年金の額を改定する処分をいずれも取り消す。 第2 事案の概要等 以下において,別紙3法令欄記載の法令は,同略称欄記載の略称により表記する。 1 事案の概要 本件は,老齢基礎年金及び老齢厚生年金の受給者である原告ら(各原告が受給していた年金の種類及び額については,別表1年金支給額等一覧表の従前の額(円)欄記載のとおり。)が,平成24年改正法及び平成25年政令に基づいて厚生労働大臣が行った原告らの年金額を減額する旨の改定(以下本件各処分という。)につき,平成24年改正法は憲法13条, 25条及び29条並びに経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下社会権規約という。)に違反しており,平成25年政令は内閣の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであって,いずれも無効であり,平成24年改正法及び平成25年政令に基づく本件各処分は違法であると主張して,本件各処分の取消しを求める事案である。 2 前提事実(証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがないか,又は当裁判所に顕著な事実である。) ⑴ 年金制度の概要 ア 国民年金制度の概要 国民年金制度は,憲法25条2項に規定する理念に基づき,老齢,障害又は死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止し,もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与すること を目的とし(国年法1条),その目的を達成するため,国民の老齢,障害又は死亡に関して必要な給付を行うものであり(同法2条),昭和34年に創設された。 イ 厚生年金保険制度の概要 厚生年金保険制度は,労働者の老齢,障害又は死亡について保険給付 を行い,労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする厚年法に基づく制度である(厚年法1条)。厚生年金保険制度自体は昭和17年に創設されたものであるが,昭和29年に全面的に改正された厚年法が成立した。 ⑵ 老齢年金制度の沿革 ア 国年法における老齢年金制度の沿革 国民年金制度の創設当初は,被用者年金各法の被保険者等は国民年金の被保険者とならないものとされており,老齢を要件とする年金については,老齢年金として,保険料納付済期間ごとに年金額が定められていた。 イ 厚年法における老齢年金制度の沿革 全面改正された厚年法が昭和29年に成立した当時,老齢を要件とする年金については,老齢年金として,基本年金額(定額部分及び報酬比例部分を合算したもの)に加給年金額(配偶者及び子の数によって加算されるもの)を加算したものとされた(乙2・3及び4頁)。上記老齢年金における基本年金額の定額部分は,昭和29年当初は被 保険者期間にかかわらず定額であったが,昭和40年法律第104号による法改正で定額単価に被保険者期間の月数を乗じて計算されることになり(乙2・3及び4頁,乙3・7頁),基本年金額の報酬比例部分は,標準報酬月額を平均した平均標準報酬月額(総報酬制が導入さ れた平成15年4月以降の被保険者期間については平均標準報酬額。 以下同じ。)に一定の率を乗じた(以下,当該乗じる率を給付乗率という。)額に被保険者期間の月数を乗じて計算されるものとされていた(乙3・7頁,弁論の全趣旨)。 ⑶ 昭和60年改正法による老齢基礎年金の創設 昭和60年改正法により,同法による改正前の国年法の老齢年金は 老齢基礎年金と改められ,同法による改正前の厚年法における老齢年金の定額部分が老齢基礎年金に組み入れられ,被用者年金各法の被保険者等も国民年金の強制加入被保険者に加えられるなどした。また,昭和60年改正法によって,厚生年金保険制度は,国民年金に上乗せする形で報酬に比例した給付を行う制度とされ,同法による改正前の厚年法における老齢年金のうち報酬比例部分は老齢厚生年金と改められた。 ⑷ 年金額改定の経緯 ア 国年法等に係る年金額及び保険料額については,制度制定当初から改 定が行われてきたが,昭和48年改正法において,総理府(当時)において作成する前年度平均の全国消費者物価指数(以下物価指数という。)が前々年度の物価指数と比較して5パーセント以上,上昇又は下降した場合には,その変動の比率を基準として年金額を改定する措置を講じなければならない旨の規定(以下,物価指数を基に年金額を改定することを物価スライドといい,そのような制度を物価スライド制 という。)が附則に設けられた(昭和48年改正法附則22条)。イ 昭和60年改正法により,物価スライドの規定が国年法等の本則に規 定された(昭和60年改正法による改正後の国年法16条の2及び厚年法34条)。 ウ 平成元年改正法により,前年平均の物価指数が前々年の物価指数と比 較して上昇又は下降した場合,5パーセントに満たない変動であってもその変動の比率を基準に年金額を改定する旨の規定に改められた(平成 元年改正法による改正後の国年法16条の2及び厚年法34条)。エ 平成12年改正法により,1000分の7.5であった給付乗率を1 000分の7.125に引き下げた(ただし,標準報酬月額に賞与額を加えて平均標準報酬額を算定する総報酬制が導入された平成15年4月以降の被保険者期間について1000分の5.481。平成12年改正 法による改正後の厚年法43条)。 オ 平成12年度から平成14年度までの間,それぞれ前々年と比較した前年の年平均の物価指数の変動比率は,平成12年度がマイナス0.3パーセント,平成13年度がマイナス0.7パーセント,平成14年度 がマイナス0.7パーセントであったため,上記各比率を基準とする年金額の改定が行われるはずであったが,物価スライド特例法が制定され,上記各比率に応じた改定が行われず,その結果,平成14年度の時点で国年法等が予定していた額より1.7パーセント高い水準の年金が支給されることとなった(以下,国年法等が法律上予定していた年金額の水 準を本来水準といい,物価スライド特例法による年金額の水準を 特例水準という。乙10・13及び14頁,乙11・148及び149頁,乙12・128及び129頁,弁論の全趣旨) カ 平成15年度及び平成16年度につき,それぞれ前々年と比較した前 年の年平均の物価指数の変動比率は,平成15年度がマイナス0.9パーセント,平成16年度がマイナス0.3パーセントであったが,平成15年特例法及び平成16年特例法により,当該年度の物価指数の変動 の比率分のみ年金額を改定することとされ,平成15年度及び平成16年度においても特例水準の年金が支給された。 キ 平成16年改正法により,国民年金及び厚生年金保険につき最終的な保険料水準を法律上固定し(平成16年改正法による改正後の国年法8 7条及び厚年法81条),基礎年金給付に要する費用及び基礎年金拠出金に対する国庫負担の割合を3分の1から2分の1に引き上げるとともに(平成16年改正法による改正後の国年法85条及び厚年法80条),年金額について,物価及び賃金の上昇を基準とした改定率に,公的年金制度の被保険者総数変動率(現役人口の減少に伴う現役全体で見た保険 料負担力の低下)と平均余命の伸び率(平均余命の伸びによる受給者全体で見た給付費の増大)を勘案して決定された調整率を乗じて改定を行い,給付水準を自動的に調整する仕組み(以下,この仕組みをマクロ経済スライドという。)が導入された(平成16年改正法による改正後の国年法16条の2,27条の4,27条の5,厚年法34条,43 条の4,43条の5)。 また,平成16年改正法においては,本来水準による年金額は,物価変動率及び賃金変動率を基準として改定率を改定するものの,特例水準による年金額は,物価指数が上昇しても改定は行わず,物価指数が低下した場合のみ改定を行うこととし,本来水準と特例水準を比較して,特 例水準が上回る場合には,特例水準に基づく年金額が支給されることとした(平成16年改正法附則7条,27条)。そして,マクロ経済スライドは,本来水準が特例水準を上回った場合(特例水準の解消後)に適用されることとされた(平成16年改正法附則12条,31条)。(以上につき,乙13・10ないし12,15ないし17,65,67,68,70,71及び74頁) ク 平成23年度以降,本来水準と特例水準の差が最大2.5パーセント まで拡大したことから,平成24年改正法により,平成16年改正法附則7条及び27条の規定は,いずれも平成26年度までの各年度における国年法等による年金額についての規定とされ,特例水準について,平成25年度に1パーセント,平成26年度に1パーセント及び平成27年度に0.5パーセント解消することとした(平成24年改正法1条。 乙14・48及び49頁)。 また,平成24年改正法の規定により読み替えられた国年法等の委任を受けて,平成25年政令が制定され,同政令において,平成24年改正法に基づく読替え後の国年法等の各規定に従い,平成25年度の年金額の計算過程において乗じる具体的な率として0.968が定められた (平成25年政令1条)。 ⑸ 本件各処分 厚生労働大臣は,平成25年12月4日付けで,平成24年改正法による読替え後の国年法27条及び平成24年改正法による読替え後の平成12年改正法附則21条1項並びに平成25年政令に基づく特例水準の1パ ーセントの解消として,個々の年金受給者の年金額を改定し(原告らに対する本件各処分を含む。),各年金受給者に対し,改定された年金額を通知した(弁論の全趣旨)。 ⑹ 本件各処分に対する審査請求等 ア 原告ら(ただし,原告番号C688を除く。)又は同人らの審査請求 代理人は,社会保険審査官(以下審査官という。)に対し,本件各処分の取消しを求めて審査請求をしたが(ただし,原告番号B625は,審査請求を撤回した。),審査官は,審査請求をいずれも却下した(弁論の全趣旨)。 イ 原告らのうち,原告番号A2らを除く原告ら又は同人らの再審査請求代理人は,社会保険審査会(以下審査会という。)に対し,本件各 処分の取消しを求めて再審査請求をしたが,審査会は,再審査請求をいずれも却下した(弁論の全趣旨)。 ⑺ 本件各訴えの提起 第1事件原告は平成27年5月29日に,第2事件原告は同年7月1日に,第3事件原告は同年9月4日に,それぞれ本件各訴えを提起した。 3 争点及び争点に関する当事者の主張 本件の争点は,以下のとおりであり,争点に関する当事者の主張の要旨は,別紙4当事者の主張記載のとおりである。 ⑴ ⑵ 別紙2記載の原告らに係る訴えの適法性(争点1) 平成24年改正法が憲法25条及び社会権規約に違反するか否か(争点2) ⑶ 平成24年改正法が憲法29条に違反するか否か(争点3) ⑷ 平成24年改正法が憲法13条に違反するか否か(争点4) ⑸ 平成25年政令が内閣の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるか否か(争点5) 第3 当裁判所の判断 1 争点1(別紙2記載の原告らに係る訴えの適法性)について ⑴ 認定事実 前提事実,文中掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認め られる。 ア 原告番号A74ら及び原告番号A2ら(ただし,原告番号C688を除く。)又は同人らの審査請求代理人は,審査官に対し,本件各処分の取消しを求めて審査請求をしたが(原告番号B625は審査請求を撤回した。),審査官は,別表2又は別表3審査請求決定年月日欄記載の日に本件各審査請求を却下した(乙A1,弁論の全趣旨)。 原告番号A74らに係る却下決定の決定書(以下本件各審査請求却下決定書という。)は,別表2決定書発送年月日欄記載の日に,簡易書留で,原告番号A74ら又は同人らの審査請求代理人に対し発送された(乙A1の74,75,312,643ないし645,乙A2ないし乙A5,弁論の全趣旨) イ 原告番号A74ら又は同人らの再審査請求代理人は,審査会に対し,本件各処分の取消しを求めて再審査請求(以下本件各再審査請求という。)をし,審査会は,別表2再審査請求書受付年月日欄記載の日に同請求書(以下本件各再審査請求書という。)を受領した(乙A6の74,75,312,643ないし645)。 ⑵ 検討 ア 平成26年改正前社審法32条1項は,国年法101条1項及び厚年法90条1項の規定による再審査請求は,審査官の決定書の謄本が送付された日の翌日から起算して60日以内にしなければならない旨規定し,平成26年改正前社審法32条3項,同法4条3項は,再審査請求書を郵便等で提出した場合における再審査請求期間の計算については,送付 に要した日数は,算入しない旨規定している。 平成26年法律第69号による改正前の国年法101条の2第1項及び同号による改正前の厚年法91条の3は,保険給付に関する処分の取消しの訴えは,当該処分についての再審査請求に対する審査会の裁決を経た後でなければ,提起することができない旨規定している。 イ 前提事実⑹イのとおり,原告番号A2らは,再審査請求を行っていない(なお,原告番号C688は審査請求を行っておらず,原告番号B625は審査請求を撤回した。)。 また,前記⑴アのとおり,本件各審査請求却下決定書は,別表2決定書発送年月日欄記載の日に,簡易書留で,原告番号A74ら又は同人らの審査請求代理人に対し発送されているから,原告番号A74ら又 は同人らの審査請求代理人は,遅くとも別表2決定書到達日欄記載の日までに本件各審査請求却下決定書を受領していると認められる(郵便法70条3項4号参照,弁論の全趣旨)。そして,前記⑴イのとおり,審査会は,別表2再審査請求書受付年月日欄記載の日に本件各再審査請求書を受領しているから,原告番号A74ら又は同人らの再審査請 求代理人は,早くとも別表2再審査請求書発送日欄記載の日以降に本件各再審査請求書を審査会に発送したと認められるところ(郵便法70条3項4号参照,弁論の全趣旨),原告番号A74らが本件各再審査請求書を発送したのは,本件各審査請求却下決定書を受領した日の翌日から起算して60日を経過した後である。 以上からすれば,別紙2記載の原告らに係る訴えは,適法な再審査請求を経ていないから,不適法である。 2 認定事実(争点2ないし5について) 前提事実,文中掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認めら れる。 ⑴ 平成16年改正法制定に至る経緯 ア 物価スライド制については,平成元年改正法により,前年平均の物価指数が前々年の物価指数と比較して上昇又は下降した場合,5パーセントに満たない変動であってもその変動の比率を基準に年金額を改定する こととされていたところ,平成6年と比較した平成7年の年平均の物価指数の変動比率はマイナス0.1パーセントであったが,平成8年特例法が制定され,平成8年度の年金額については減額改定を行わない特例措置が講じられることとなった(前提事実⑷ウ,乙26・126及び127頁,乙27・487頁)。 イ 平成7年と比較した平成8年の年平均の物価指数の変動比率はプラス0.1パーセントであったため,平成9年度の年金額については,国年 法等の規定により平成8年度と同じ年金額が支給された(乙27・487頁)。 ウ 平成8年と比較した平成9年の年平均の物価指数の変動比率はプラス1.8パーセントであったため,平成10年度の年金額は1.8パーセント引き上げられた(乙27・487頁)。 エ 平成12年度は,前々年(平成10年)と比較した前年(平成11年)の年平均の物価指数の変動比率がマイナス0.3パーセントであったため,平成16年改正法による改正前の国年法等の規定によれば,当該比率を基準とする年金額の改定が行われるはずであったが,当時の社会経済情勢に鑑み,デフレに陥った状況からの早期脱却とこれによる景気回 復を図るための措置として,内閣は,平成12年度における年金額を改定しないこと等を内容とする平成12年特例法の法案を国会に提出し,同法は国会において可決され,成立した(前提事実⑷オ,乙10・13及び14頁,乙23・3頁,乙24・13頁,弁論の全趣旨)。 オ 平成13年度は,前々年(平成11年)と比較した前年(平成12年)の年平均の物価指数の変動比率がマイナス0.7パーセントであったため,平成13年度の年金額は,平成16年改正法による改正前の国年法等の規定によれば,平成12年特例法により据え置かれた0.3パーセントと物価指数の変動による0.7パーセントを合わせた1.0パーセ ントの減額改定となるはずであったが,社会経済情勢が平成12年当時と大きく変動しておらず,むしろ,物価が2年連続下落し,下落幅も大きくなっていることなどから,平成13年度の年金額についても特例措置が講じられることとされ,内閣は,平成13年度における年金額を改定しないこと等を内容とする平成13年特例法の法案を国会に提出し,同法は国会において可決され,成立した(前提事実⑷オ,乙11・148及び149頁,乙28・26頁,弁論の全趣旨)。 もっとも,初めて2年連続で特例措置を講じることや特例措置の割合も大きくなっていることを踏まえ,平成13年特例法においては,附則2条に,平成13年以降において初めて行われる国年法による財政再計算(平成16年改正法による改正前の国年法87条3項に規定する再計算。以下財政再計算という。)が行われるまでの間に,国年法等の 規定による物価スライドによる改定を,平成12年度に引き続き,平成13年度においてこの法律に基づき行わなかったことにより,財政に与える影響を考慮して,年金額の見直しその他の措置及び当該規定の見直しについて検討を行い,その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする旨の規定が設けられた(乙11・148及び149頁)。 カ 平成14年度は,前々年(平成12年)と比較した前年(平成13年)の年平均の物価指数の変動比率がマイナス0.7パーセントであったため,平成13年特例法と同趣旨で平成14年特例法が制定され,平成13年特例法附則2条と同内容の検討規定(平成14年特例法附則2条)が設けられた(前提事実⑷オ,乙12・128及び129頁,乙25・ 34頁,乙30・5頁)。 キ 厚生労働省社会保障審議会は,平成14年1月,年金部会を設置した。厚生労働省の担当者は,平成14年9月10日に開催された第8回年金部会において,平成12年度から平成14年度までの間,社会経済情勢 等に鑑み物価スライド特例法が制定されたことから年金額が据え置かれていること,過去3年と異なり現役世代の賃金が1パーセント台低下し,低下傾向が明確になっており,同省においては現役世代との均衡を考慮すると平成15年度において年金額を据え置く措置を講じることは必ずしも適当ではないと判断したこと,平成14年の物価下落分の見通しであるマイナス0.6パーセントにこれまでの据え置き分マイナス1.7パーセントを合計したマイナス2.3パーセントの年金額の引き下げを 行うとすると,国民年金の夫婦2人(満額受給している場合)では毎月3080円の引き下げ,厚生年金の標準的な年金額23万8000円では毎月5480円の引き下げとなり,影響が大きすぎることから一定の配慮が必要であると判断したこと,以上のことから,平成15年においては,平成14年の物価の下落分につき年金額を引き下げることを前提 に概算要求をしたことなどを説明した。(以上につき,甲5,乙31・3頁及び資料1-2) ク 平成15年度においては,前々年(平成13年)と比較した前年(平成14年)の年平均の物価指数の変動比率がマイナス0.9パーセントであったため,当該下落分のみ年金額を引き下げる内容の平成15年特 例法が制定された(前提事実⑷カ,弁論の全趣旨)。ケ 年金部会は,平成15年9月12日付けで年金制度改正に関する意見と題するとりまとめ書面を作成した。同書面においては,要旨,以下の内容が記載されていた(甲5)。 平成14年の人口推計によると,少子高齢化が一層進行することが予想されており,現行の給付水準を維持した場合,厚生年金の最終保険料率は,国庫負担割合を2分の1とした場合は現行の13.58パーセントから23.1パーセントに,国庫負担割合を3分の1とした場合は現行の13.58パーセントから26.2パーセントに上昇す ると見込まれ,現在の制度のままでは将来の世代の負担が過重なものとなるおそれがある(甲5・2頁)。 年金制度を持続可能な仕組みとしていくためには,年金を支える現役世代の保険料負担が過大にならないよう配慮しながら,給付水準(現役世代の平均的なボーナス込みの手取り賃金に対する年金額の割合)の見直しを行っていくことが必要である。その場合においても,年金制度がその役割を果たすことができるよう,給付は高齢期の生活の基本的な部分を支えるものとして一定の水準を確保することが必要である。一方,高齢期の生活の基本的部分を保障するため,将来にわたり現在の給付水準を維持すべきとの意見があった。また,裁定後の年金を含め,少なくとも過去3年間特例措置として停止している物価 スライド分(1.7パーセント分)をすべて反映させた後の水準を前提に今後の水準を検討すべきとの意見があった。(以上につき,甲5・11頁) 社会経済情勢の変動に対して,これまでは5年ごとの財政再計算の際に,人口推計や将来の経済の見通し等の変化を踏まえて,給付内容 や将来の保険料水準を見直してきたが,その結果として,若い世代にとっては将来の給付水準も保険料水準も不透明なものとなり,年金制度に対する不安につながっているとの意見が強まっている。最終的な保険料水準に向けて,保険料は適切に引き上げていかざるを得ないが,年金制度をめぐるこのような現状を踏まえれば,世代間の負担の公平 の観点や現役世代の負担についての不安を解消するためには,最終的な保険料水準を法律上も明示し,負担の限度を明確に示すべきである。このように最終的な保険料水準を法定し,その上で,少子化等の社会経済情勢の変動の状況,年金を支える力である現役世代の保険料負担能力の動向に応じて,給付水準が自動的に調整される仕組み,すなわ ち,保険料水準固定・給付水準自動調整の仕組み(以下保険料水準固定方式という。)を導入することが適当である。一方,保険料水準固定方式で負担は明示されても,年金水準が裁定時まで分からない,さらに,今の少子化の流れが変わらなければ給付水準は下がるという点で,若い世代の不信感は払拭できず,高まるおそれもあり,保険料水準固定方式は導入すべきではないとの意見があった。(以上につき,甲5・13頁) 保険料水準固定方式における給付水準の自動調整の具体的な方法については,高齢期の生活の基本的な部分を支えるものとしての公的年金は,個々人の高齢期の生活設計に組み込まれており,その役割を踏まえれば,給付水準が急激に調整される方法は適当でない。現役世代全体の保険料負担能力とバランスのとれた給付水準とするという観点 や,国民生活に急激な影響を及ぼさないよう時間をかけて緩やかに調整していくという観点から,賃金や労働力人口といった社会全体の保険料負担能力の伸びに見合うよう年金改定率(スライド率)を調整する方法(マクロ経済スライド)とすることが適当である。一方,マクロ経済スライドは,少子化の進行で給付水準が低下し,高齢期の生活 の基本的な部分を支えるものとしての年金の役割が損なわれるおそれがあり,低額の年金や障害年金なども一律に調整するものであり,導入すべきでないとの意見があった。(以上につき,甲5・13及び14頁) 基礎年金に対する国庫負担割合の2分の1への引き上げについては, 将来の保険料水準が過大なものにならないようにし,給付も適切な水準を保つことができるようにするため不可欠なものであることから,安定的な財源を確保し,今回改正で実現すべきである(甲5・19頁)。 コ 厚生労働省は,平成15年11月17日,持続可能な安心できる年金制度の構築に向けて(厚生労働省案)と題する文書を発表した。同書面においては,要旨,基本的な考え方としては,将来の現役世代の負担が過重なものとならないよう配慮し,世代間・世代内の公平の観点から,給付と負担の見直しなどを行うが,その際,公的年金給付は,高齢期の生活の基本的な部分を支えるものとしてふさわしい給付水準を確保すべきであるとともに,公的年金給付が個々人の生活設計に組み込まれ ていることから,その水準の過度の調整や急激な変更を行うことは適切でないこと,保険料水準固定方式を導入し,給付水準の調整方法としてはマクロ経済スライドを基本とすること,特例水準については,計画的に解消することが必要であることなどが記載されていた。(以上につき,甲3・3,10,14及び26頁) サ 厚生労働省は,平成16年2月,年金部会に年金制度改革案の概要(国民年金法等の一部を改正する法律案)と題する書面を提出した。同書面には,要旨,以下の内容が記載されていた。(以上につき,甲6,弁論の全趣旨) 基礎年金国庫負担割合の引上げ(甲6・1枚目) 基礎年金の国庫負担割合を本則上2分の1とする(その道筋として,平成16年度から引上げに着手し,平成17年度及び平成18年度に更に適切な水準へ引き上げるとともに,平成21年度までに引上げを完了する。)。 保険料水準固定方式の導入等(甲6・2枚目) 厚生年金及び国民年金の将来の保険料水準を固定した上で,その収入の範囲内で給付水準を自動的に調整する仕組みとする。 マクロ経済スライドの導入(甲6・2枚目) 社会全体の保険料負担能力の伸びを年金改定率に反映させることで, 給付水準を調整(マクロ経済スライド)する(ただし,調整は名目額を下限とし,名目額は維持)。 物価スライド特例措置(1.7%分)の解消(甲6・5枚目) 過去3年分の物価スライドの特例措置(1.7パーセント分)については,平成17年度以降,物価が上昇する状況の下で解消する。シ 平成16年度は,前々年(平成14年)と比較した前年(平成15年)の年平均の物価指数の変動比率がマイナス0.3パーセントであったた め,内閣は,平成15年特例法と同趣旨で平成16年特例法の法案を国会に提出した。 D厚生労働副大臣(当時)は,平成16年3月19日,衆議院厚生労働委員会において,同法案につき,要旨,平成16年特例法は平成15年特例法と同じ考え方に基づいたものであること,保険料を負担する現 役世代の賃金が低下している状況の中で現役世代との均衡を図る必要があること,国年法等の規定に従って年金を改定すると高齢者などの生活に与える影響が大きいことに配慮して,平成15年の物価指数の下落分のみ年金額を引き下げることとした旨を説明した。また,坂口力厚生労働大臣(当時)は,同日,同委員会において,同法案につき,要旨,平 成12年度においては,物価指数が下落したが高齢者の負担を避ける意味で年金額の据え置きをしたものの,平成13年中頃から現役世代の賃金が低下したため,年金受給者の年金額を据え置くわけにはいかないという趣旨で,平成15年度から物価指数の下落分のみ年金額の引き下げを行った旨を説明した。さらに,同委員会の政府参考人であったE厚生 労働省年金局長(当時)は,同日,同委員会において,同法案につき,要旨,特例水準によって年金額を据え置くことにより,平成12年度から平成16年度までの間で本来水準に基づく年金額よりも約2兆6000億円多く支給することになる旨及び特例水準はいずれ解消する必要がある旨などを説明した。(以上につき,乙32・1,16及び21頁) ス 平成16年改正法及び平成16年特例法は,国会において可決され,成立した。平成16年改正法の概要は以下のとおりである。(以上につき,前提事実⑷カ及びキ,乙13,弁論の全趣旨)国民年金事業及び厚生年金保険事業の財政は,長期的にその均衡が保たれたものでなければならず,著しくその均衡を失すると見込まれる場合には,速やかに所要の措置が講ぜられなければならない。政府は,少なくとも5年ごとに国民年金事業及び厚生年金保険事業の財政に係る収支についてその現況及び財政均衡期間(おおむね100年間)における見通し(以下財政検証という。)を作成しなければなら ない(国年法4条の2,4条の3,厚年法2条の3,2条の4)。 政府は,財政検証を作成するに当たり,国民年金事業及び厚生年金保険事業の財政が,財政均衡期間の終了時に給付の支給に支障が生じないようにするために必要な積立金を保有しつつ当該財政均衡期間にわたってその均衡を保つことができないと見込まれる場合には,給付額を調整するものとし,政令で,給付額を調整する期間(調整期間) の開始年度を定める(国年法16条の2,厚年法34条)。 平成17年度に属する月以降の保険料を明記し,保険料水準を法律上固定する(国年法87条,厚年法81条)。 基礎年金給付に要する国庫負担割合を3分の1から2分の1に引き上げる(国年法85条,厚年法80条)。 調整期間においてはマクロ経済スライドを導入する(国年法16条の2,27条の4,27条の5,厚年法34条,43条の4,43条の5)。 本来水準によって計算された年金給付額(平成16年改正法による改正後の国年法等の規定による年金給付額)が特例水準によって計算 された年金給付額(平成16年改正法による改正前の年金給付額に0.988(平成15年特例法及び平成16年特例法による減額改定に相当する率)を乗じて得た額。ただし,物価指数が下落したときは,0.988に物価指数の低下比率を乗じて得た率を基準として政令で定める率を平成16年改正法による改正前の年金給付額に乗じて得た額)に満たない場合には,特例水準による年金給付額による支給をする(平成16年改正法附則7条,27条)。 本来水準によって計算された年金給付額が特例水準によって計算された年金給付額を下回る者については,マクロ経済スライドは適用しない(平成16年改正法附則12条,31条)。 ⑵ 平成24年改正法制定に至る経緯 ア 平成16年から平成20年までの物価上昇によって,平成21年度には本来水準と特例水準の差が0.8パーセントまで縮小したが,その後物価上昇がなかったこと等により,平成23年当時,本来水準と特例水準との差は2.5パーセントとなっていた(前提事実⑷ク,弁論の全趣旨)。 イ 厚生労働省は,平成17年3月,平成16年の財政再計算の結果を発表した。それによると,平成14年1月の人口推計によれば,日本の総人口における65歳以上の人口割合は,2000年(平成12年)に17.4パーセントであるが,2025年(令和7年)には28.7パーセントとなり,2050年(令和32年)には35.7パーセントとな ること,厚生年金の被保険者数に対する老齢年金受給権者数の比率の推移は,平成元年に15.1パーセントであったが,平成10年には24.9パーセント,平成14年には31.6パーセントとなっていること,国民年金(基礎年金)の被保険者数に対する老齢年金受給権者数の比率の推移は,平成元年に19.4パーセントであったが,平成10年には 27.1パーセント,平成14年には31.6パーセントとなっていること,平成16年度の標準的な年金受給世帯における所得代替率(夫の厚生年金及び夫婦2人の基礎年金)は59.3パーセントであり,マクロ経済スライドによる調整期間を20年とすると,マクロ経済スライド調整期間終了時の所得代替率は50.2パーセントとなることが記載されていた。(以上につき,乙21・12,22,56ないし59頁)ウ 厚生労働省は,平成22年3月,平成21年の財政検証を発表した。それによると,平成18年12月の人口推計によれば,日本の総人口における65歳以上の人口割合は,2005年(平成17年)に20.2パーセントであるが,2030年(令和12年)には31.8パーセントとなり,2055年(令和37年)には40.5パーセントとなるとされていること,厚生年金の被保険者数に対する老齢年金受給権者数の 比率の推移は,平成15年には33.3パーセントであったが,平成19年には36.4パーセントとなっていること,国民年金(基礎年金)の被保険者数に対する老齢年金受給権者数の比率の推移は,平成15年には32.7パーセントであったが,平成19年には37.5パーセントとなっていること,平成21年の標準的な年金受給世帯における所得 代替率(夫の厚生年金及び夫婦2人の基礎年金)は,62.3パーセントであり,マクロ経済スライドによる調整期間を30年とすると,マクロ経済スライド調整期間終了時の所得代替率は50.1パーセントとなることが記載されていた。(以上につき,乙44・13,26,78及び80頁) エ 年金部会は,平成23年12月16日,社会保障審議会年金部会におけるこれまでの議論の整理と題する文書を公表した。同文書においては,要旨,以下の内容が記載されていた。(以上につき,乙34・14頁)。 平成16年改正法において,将来に向けて賃金及び物価の上昇に伴って特例水準を解消する措置を講じたものの,その後,現実には賃金及び物価の下落傾向が続いていることにより,本来水準と特例水準の差が縮まらず,平成23年度現在,その差は2.5パーセントに拡大している。特例水準の足下の年金財政に対する影響を極めて粗く機械的に算出すると,直近の決算ベースの平成21年度までの10年間で約5.1兆円程度となっており,平成22年度分及び平成23年度分 を加えると約7兆円程度と見込まれる。 マクロ経済スライドによる自動調整が発動されていない理由の第一は,特例水準が解消されていないことである。マクロ経済スライドによる自動調整の発動が遅れた場合,その分だけ調整期間が長くなるため,将来世代の給付水準が低下し,世代間格差を広げる要因となる。 議論の整理として,年金部会の審議においては,特例水準について,世代間の公平の観点及び年金財政の早期安定化を図る観点から,3年以内で解消するなど,早急な解消に取り組むべきであるとの意見が多数を占めた。なお,年金受給者への丁寧な説明が必要との意見や,年金受給者が特例水準で年金を受給しているとの意識付けが必要との意 見,特例水準の解消方法については,解消期間を5年以上にするなど,十分な時間をかけ,適切に配慮することが必要であるとの意見があった。 オ 内閣は,平成24年2月17日,社会保障・税一体改革大綱を閣 議決定した。そこでは,物価スライド特例分の解消として,特例法でマイナスの物価スライドを行わず年金額を据え置いたこと等により,2.5パーセント分本来の年金額より高い水準の年金額で支給している措置について,早急に計画的な解消を図ること,今の受給者の年金額を本来の水準に引き下げることで,年金財政の負荷を軽減し,現役世代の将来 の年金額の確保につなげるとともに,その財源を用いて社会保障の充実を図るものとすることとされた。(以上につき,甲10・18頁,乙16・18頁) カ 平成25年10月11日に開催された第1回年金保険料の徴収体制強化等に関する専門委員会(厚生労働省)において示された平成24年度の国民年金保険料の納付状況と今後の取組等についてと題する資料には,要旨,平成20年度から平成24年度までの年齢階級別現年度納 付率は,平成23年度まではほぼすべての年齢階級においておおむね現年度納付率が低下しており,平成24年度は納付率の低下傾向に歯止めがかかったが,依然として厳しい状況にあり,そのような結果が生じた背景及び構造的な課題の一つとして,年金制度及び行政組織に対する不信感及び不安感が考えられる旨記載されていた(乙41・9頁)。また, 同委員会において示された年金保険料の徴収体制強化等に関する論点整理と題する資料には,要旨,国民年金の保険料の納付率は,以前は80パーセントを超えていたが,最近は60パーセント台にまで大きく低下しており,納付率の向上が喫緊の課題となっていること,納付率の低下の要因としては様々な要因が考えられるが,国民の年金制度に対す る信頼の低下や納付意識の低下も大きな要因の一つと考えられるなどと記載されていた(乙42・3頁)。 キ 平成24年改正法は,国会において可決され,成立した。平成24年改正法の概要は以下のとおりであるが,要旨,平成25年度及び平成2 6年度においては,その間,賃金変動率及び物価変動率が上昇しない場合には,特例水準からそれぞれ1パーセントずつ年金額の減額を行い,それらが上昇した場合には,1パーセントとの差額のみ減額がなされ,平成27年度においては,特例水準に基づく支給がなされなくなることにより,0.5パーセントの減額がなされることによって,平成27年 度までに特例水準を解消するものである。(以上につき,前提事実⑷ク,乙14) の措置については平成26年度までとする(平成24年 改正法による読替え後の平成16年改正法附則7条,27条)。 平成25年度及び平成26年度について,平成16年改正法による改正前の年金給付額に0.978(当該年度の改定率の改定の基準となる率(以下改定基準率という。)に0.990を乗じて得た率 として政令で定める率(以下政令制定率という。)が1を下回る 場合においては,当該年度の4月以降,0.978(率の改定が行われたときは,当該改定後の率)に当該政令で定める率(政令制定率)を乗じて得た率を基準として政令で定める率(以下政令基準率と いう。))を乗じて得た額をもって給付の額とする(平成24年改正 法による読替え後の国年法27条,平成12年改正法附則21条1項)。 具体的にいうと,平成25年度の改定基準率が1であるとすると,平成16年改正法による改正前の年金給付額に,0.978に0.990(1〔改定基準率〕×0.990)を乗じた率である0.968 22を基準として政令で定める率(政令基準率)が乗じられることとなり,仮に政令基準率が0.968と定められたとすると,年金額が1パーセント減少する。 同様に,平成26年度の改定基準が1であるとすると,平成16年改正法による改正前の年金給付額に,0.968に0.990を乗じ た率である0.95832を基準として政令で定める率(政令基準率)が乗じられることになり,仮に政令基準率が0.958と定められたとすると,年金額が1パーセント減少する。 ク 平成25年度における改定基準率が1とされたため,内閣は,平成25年政令を制定し(平成25年10月1日施行),①政令制定率を0.990と,②政令基準率を0.968と定めた(乙15,弁論の全趣旨)。 3 争点2(平成24年改正法が憲法25条及び社会権規約に違反するか否か)について ⑴ 違憲審査基準について ア 国年法は,憲法25条2項に規定する理念に基づき,老齢,障害又は死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止し,もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とするものであり,厚年法は,労働者の老齢,障害又は死亡について保険給付を行い,労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とするものであるところ,国年法等による公的年金制度は, 憲法25条の趣旨を実現するために設けられた社会保障上の制度である。もっとも,憲法25条1項における健康で文化的な最低限度の生活は極めて抽象的・相対的な概念であって,その具体的内容は,その時々における文化の発達の程度,経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに, この規定を現実の立法として具体化するに当たっては,国の財政事情を無視することができず,また,多方面にわたる複雑多様な,しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがって,憲法25条の規定の趣旨に応えて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は,立法府の広い裁量に委ねられており, それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるを得ないような場合を除き,裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるというべきである(最高裁昭和57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁,最高裁平成19年9月28日第二小法廷判決・民集61巻6号2345頁)。 イ 原告らは,年金受給権が憲法25条の保障する権利のみならず,憲法13条,29条と密接な関連があり,生存に直結する重畳的な権利であること,年金受給権が侵害された場合には政治過程を通じて是正を期することが困難であること及び社会権規約は後退的措置を採ることを原則として禁止しており,憲法98条2項の規定する条約等遵守義務によれば,社会権規約の内容を憲法の解釈に反映させるべきであることからす れば,より厳格な違憲審査基準を用いて判断すべきであると主張するが,前記アで説示したところによれば,原告らの主張は採用することができない。 ⑵ 平成24年改正法の目的及び内容について ア 認定事実⑵キのとおり,平成24年改正法は特例水準を解消するものであり,平成24年改正法によって特例水準が解消されると,マクロ経済スライドが適用されることとなる。 そこで,以下,特例水準の創設経緯及びその内容並びに平成24年改正法の制定経緯を踏まえ,平成24年改正法の目的及び内容について検討する。 イ 平成16年改正法による改正前の国年法等においては,国年法等に係る年金額は,物価スライド制が採られていたところ,平成12年度においては,平成10年と比較した平成11年の年平均の物価指数の変動比率がマイナス0.3パーセントであったから,本来であれば,物価スラ イドにより0.3パーセントの減額改定が行われるべきであったが,当時の社会経済情勢に鑑み,景気回復を図るための措置として平成12年特例法が制定され,特例水準が発生したものである(前提事実⑷ア,ウ及びオ並びに認定事実⑴エ)。平成12年特例法は,平成12年4月から平成13年3月までの国年法等による年金額についてのみ定めたもの であることからすれば(乙10・13及び14頁),平成12年特例法によって特例水準が発生した時点においては,特例水準は,平成12年度の年金額のみを対象としていたといえる。平成13年度についても,社会経済情勢が平成12年当時と大きく変動していなかったことから,年金額が改定されないこととなり,その措置は平成14年度においても引き続き行われたが,平成13年特例法及び平成14年特例法では,各附則2条に,直近の財政再計算が行われるまでの間に,国年法等の規定 による物価スライドによる改定を行わなかったことにより財政に与える影響を考慮して,年金額の見直しその他の措置及び当該規定の見直しについて検討を行い,その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする旨の規定が設けられた(認定事実⑴オ及びカ)。 以上の事実に加え,認定事実⑴ア及びイのとおり,平成8年特例法に おける特例措置についても平成8年の物価上昇により特例措置が解消され,その後特段の措置が講じられていないことなども踏まえると,特例水準は,その当初から,財政に与える影響を考慮しつつ,適宜の時期に解消されることが予定されていたといえる。 ウ 物価スライド特例法の制定後も,年金部会等において,人口推計を前提とすると給付水準を維持したままでは保険料率が大きく上昇すると見込まれるため,年金制度を持続可能な仕組みとしていくためには,保険料負担が過大にならないように配慮しつつ,給付水準の見直しをすることが必要であること,世代間公平や現役世代の不安を解消するという観 点から,保険料水準を法定しつつ,賃金や労働力人口などの社会全体の保険料負担能力に応じて給付水準を自動的に調整する仕組みであるマクロ経済スライドを導入することが適当であること,特例水準については,平成17年度以降の物価上昇で解消することなどの議論がなされていた(認定事実⑴ケないしサ)。 そして,国会においても,平成16年特例法は平成15年特例法と同趣旨に基づいたものであること,平成13年中頃から現役世代の賃金が低下したため,年金受給者の年金額を据え置くのではなく,平成15年度から物価指数の下落分のみ年金額の引き下げを行ったこと,特例水準により平成12年度から平成16年度までの間で本来水準に基づく年金額よりも約2兆6000億円多く年金を支給することになり,特例水準はいずれ解消する必要があることなどが議論され,平成16年改正法及 び平成16年特例法が成立した(認定事実⑴シ及びス)。以上の事実を踏まえると,平成16年改正法及び平成16年特例法制定当時においては,人口推計からして将来の保険料水準の上昇が見込まれる中で,マクロ経済スライドを導入することで世代間公平や現役世代の不安解消を図るとともに,特例水準による年金支出の増額を防ぐため, 平成17年度以降の物価上昇で特例水準を解消し,マクロ経済スライドを適用することが予定されていたといえる。 エ もっとも,平成16年改正法及び平成16年特例法の制定後も物価上昇によって特例水準を解消することが困難な状況が続き,平成23年当 時,本来水準と特例水準との差は2.5パーセントにまで拡大していたところ(前提事実⑷ク及び認定事実⑵ア),平成16年の財政再計算及び平成21年の財政検証において,少子高齢化が急速に進行し,公的年金の被保険者数に対する老齢年金受給権者数の比率が増加する傾向が顕著となったことを踏まえ(認定事実⑵イ及びウ),年金部会においては, 賃金及び物価の下落傾向が続いていることによって特例水準が解消せず,特例水準の足下の年金財政に対する影響を極めて粗く機械的に算出すると,平成12年度から平成21年度までの10年間で約5.1兆円多く年金が支出され,平成22年度及び平成23年度の支給見込額を加えるとその額は約7兆円となることなどが議論され,議論の整理として特例 水準を3年以内で解消することなどがまとめられた(認定事実⑵エ)。これを受けて,内閣は,社会保障・税一体改革大綱において,特例水準を早急に解消し,年金額を本来水準に引き下げることで,現役世代の年金額の確保及び社会保障の充実を図る旨決定した(認定事実⑵オ)。また,厚生労働省作成の資料には平成20年度から平成24年度までの間において国民年金の保険料納付率が低下しており,その原因として,国民の年金制度に対する信頼の低下が挙げられていた(認定事実⑵カ)。 以上の事実からすれば,平成24年改正法は,特例水準による年金給付額が増大することによって年金財政に影響を与えていることを踏まえ,これが世代間公平及び年金財政の安定化の障害となっており,ひいては,公的年金制度全体に対する信頼の低下や保険料納付率の低下につながっているとの認識の下,特例水準を3年以内に解消し,マクロ経済スライ ドを早期適用することにより,上記問題点を解消するとともに,年金財政の安定化を図り,もって将来世代の給付水準を維持しようとしたものであるといえる。 オ 以上のとおり,物価スライド特例法によって生じた特例水準は,その当初から,財政に与える影響を考慮しつつ適宜の時期に解消されることが予定されていたものであったところ,その後の賃金及び物価の下落傾向によってこれを解消することができず,かえって本来水準との差が2.5パーセントにまで拡大していた一方で,人口推計や社会経済情勢の変動によって,将来世代の給付水準の低下が懸念される状況となり,世代 間公平の実現や安定した年金財政の運用という課題が顕在化していたことから,特例水準の解消とマクロ経済スライドの早期適用によって,年金財政の安定化を図り,もって将来世代の給付水準を維持するとの目的のため平成24年改正法が制定されたということができ,その立法目的が不合理であるとはいえない。 また,上記立法目的を達成する手段についてみると,上記のとおり,平成24年改正法は,特例水準によって,平成12年度から平成23年度までの間に,本来水準と比較して約7兆円多く年金が支給される見込みであるとの議論がされていたことを踏まえ,当初から解消されることが予定されていた特例水準について,年金受給者への影響を考慮して平成25年度から平成27年度までの3年間の期間をかけて段階的に特例水準を解消し,その後にマクロ経済スライドを適用するというものであ り,その内容が上記立法目的を達成する手段として不合理であるとはいえない。 カ 以上からすれば,平成24年改正法につき,その目的及び内容が著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱又は濫用があると認めることはできない。 ⑶ 原告らの主張について ア 社会権規約に係る主張について 原告らは,社会権規約2条1項,9条及び一般的意見等からすれば,社会権規約は,条約締結国に対し社会保障の権利について後退禁止原 則を課したものであり,後退的措置を採る場合には,条約締結国がその正当化根拠を示さなければならないが,平成24年改正法には後退的措置を正当化する理由は存在しないから,平成24年改正法は社会権規約に違反するなどと主張する。 しかし,社会権規約9条は,この規約の締約国は,社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利を認めると規定しているが,これは,締約国において,社会保障についての権利が国の社会政策により保護されるに値するものであることを確認し,当該権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであって,個人に対し即時に具体的権利を付与すべき ことを定めたものではない。このことは,同規約2条1項が締約国において立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成することを求めていることからも明らかである(最高裁平成元年3月2日第一小法廷判決・裁判集民事156号271頁参照)。また,社会権規約委員会の一般的意見が直ちに締約国を法的に拘束すると解すべき根拠はない。以上からすれば,社会権規約に基づいて原告らに具体的権利が付与 されていると解することはできず,社会権規約が立法府の裁量を羈束するものであるとはいえない。 したがって,この点に係る原告らの主張は理由がない。 イ 平成24年改正法の立法目的について 原告らは,公的年金について給付負担倍率及び所得代替率の比較のみによって世代間の格差を指摘することは誤りであって,マクロ経済スライド導入の必要性として被告が主張するシミュレーションは極めて一面的であり,そもそもマクロ経済スライドは基礎年金の目的に反し,著しく不合理であるから,平成24年改正法の目的には正当性が 認められないなどと主張し,証人F及びGの証言並びに原告番号A362の供述中にもこれに沿う指摘がある。 しかし,給付負担倍率や所得代替率は,その内容からして,世代間公平を検討する上で指標の一つとなり得るといえるのであり,それらの指標を基準として世代間公平について検討したことが不合理である とはいえない。また,前記⑵エで説示したとおり,平成24年改正法は,物価上昇によって特例水準を解消することが困難な状況が続き,年金受給者には本来水準を超えた年金が支給される一方で将来世代の給付水準の低下が懸念される状況の下,平成16年の財政再計算及び平成21年の財政検証において試算された数値等を踏まえ,世代間公 平の実現及び年金財政の早期安定化を図る観点から,特例水準の早期解消により,年金財政の安定化を図り,もって将来世代の給付水準を維持しようとしたものであるし(認定事実⑵イないしオ),マクロ経済スライドは,人口推計による保険料率の予測を前提に,世代間公平の観点や現役世代の不安解消のため,保険料水準固定方式を採用することが適当であるとの議論の下に,現役世代全体の保険料負担能力とバランスの取れた給付水準とするとの観点や国民生活に与える影響を 考慮した上で導入されたものであるから(認定事実⑴ケないしサ),マクロ経済スライドが,老齢等により国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止するという基礎年金の目的(前提事実⑴ア)に反しているとはいえない。 以上からすれば,平成24年改正法につき,その目的が不合理であ り正当性が認められないとはいえず,この点に係る原告らの主張は理由がない。 ウ 手段の相当性について 原告らは,特例水準を解消して年金の名目額を減額することは,年 金受給者の生活に深刻な影響を及ぼすものであり,年金受給者に与える不利益性は大きく,公的年金制度はそれ自体で高齢者の健康で文化的な最低限度の生活を保障しなければならないが,最低年金制度が確立していないことや生活保護制度の利用状況を踏まえると,年金額を一律に削減すれば,生活保護基準以下の生活を余儀なくされる年金受 給者が増大するなどと主張し,証人Fの証言及び原告番号A1の供述中にもこれに沿う指摘があるほか,原告番号A24,原告番号A265,原告番号A330,原告番号A518,原告番号A204,原告番号A81,原告番号A93,原告番号B637,原告番号A460及び原告番号C665も,本人尋問において,それぞれに生活の窮状 や将来に対する不安を訴えている。 しかし,前記⑴アで説示したとおり,憲法25条の規定の趣旨に応えて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は,立法府の広い裁量に委ねられているところ,憲法25条の定める健康で文化的な最低限度の生活は,社会保障制度全体を通じて保障されるものであり,公的年金制度のみで保障されるものではない。そして,生活保護制度と公的年金制度はその目的が異なる上(前提事実⑴及び生活保護法1条参照),生活保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われるものであるのに対し(生活保護法4条1項),公的年金に基づく支給は保険料の納付実績等を要件とし て行われるものであり(国年法26条及び厚年法42条等),その内容及び役割を異にするものであるから,平成24年改正法によって特例水準が解消されたことにより,仮に,原告らにつき生活保護基準以下の年金額が支給されることとなったとしても,それのみをもって,平成24年改正法に基づく特例水準の解消が著しく不合理であるとは いえない。 したがって,この点に係る原告らの主張は理由がない。 原告らは,公的年金の性質からすれば,これを減額する場合には,信頼性の原則を考慮しなければならず,平成24年改正法による特例水準の解消は,特例水準は物価上昇によって解消するという国民との 約束を反故にするものであるなどと主張し,原告番号A167の供述中にもこれに沿う指摘がある。 しかし,前記⑵オで説示したとおり,特例水準は,その当初から,財政に与える影響を考慮しつつ適宜の時期に解消されることが予定されていたものであり,早期に解消することができなかったのは,賃金 及び物価の下落傾向によって本来水準が上昇しなかったからにすぎないものである。そして,平成16年改正法においても,特例水準につき,平成17年度以降,物価が上昇する状況の下で解消するとされたものの,物価上昇以外の方法によってこれを解消することがない旨定められていたわけではなく(認定事実⑴サ及び弁論の全趣旨),国年法等によれば,年金の額は,国民の生活水準その他の諸事情に著しい変動が生じた場合には,変動後の諸事情に応ずるため,速やかに改定の措置が講ぜられなければならないとされていること(国年法4条,厚年法2条の2)などからすれば,仮に,原告らが平成16年改正法の制定によって物価上昇以外で特例水準が解消されることがないとの期待を抱いていたとしても,その期待が法的に保護されるものである とはいえない。 したがって,この点に係る原告らの主張は採用することができない。原告らは,平成24年改正法は,年金支給額の削減自体を目的としており,年金財政を改善するのであれば,年金積立金の積極的活用,国庫負担割合の引上げ及び標準報酬月額の上限改正による保険料収入 の増額など他の方法が考えられたなどと主張し,証人F及びGの証言並びに原告番号A362の供述中にもこれに沿う指摘がある。 しかし,前記⑴アで説示したとおり,公的年金制度等の社会保障制度につき,立法として具体化するに当たっては,国の財政事情を無視することができず,また,多方面にわたる複雑多様な,しかも高度の 専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断が必要とされるところ,平成24年改正法は,社会経済情勢の変化に応じ,世代間公平や年金財政の安定化を図るため,当初から解消されることが予定されていた特例水準を3年間をかけて段階的に解消することとしたものであって,少子高齢化の急速な進行により年金財政の悪化が懸念されていたこと などに鑑みれば,年金積立金の取り崩し,国庫負担割合の引上げ及び標準報酬月額の上限改正による保険料収入の増額などの措置がなされなかったとしても,平成24年改正法の内容が上記の政策的判断として著しく不合理であるとはいえない。 したがって,この点に係る原告らの主張は理由がない。 原告らは,平成24年改正法による特例水準の解消は,低年金受給者,取り分け女性の低年金受給者の生活実態を一切考慮することなく行われており,それを正当化する根拠はなく,平成24年改正法は,女性の低年金問題の構造的要因を放置したまま,一律の減額措置を行ったもので違憲であると主張し,証人Fの証言中にもこれに沿う指摘があるほか,原告番号A81,原告番号A93,原告番号B637, 原告番号A460及び原告番号C665も,本人尋問において,低年金の女性の生活実態について訴えている。 厚生労働省の発表している資料(厚生労働省年金局平成25年度厚生年金保険・国民年金事業の概況)によれば,女性一般の年金受給額は,男性一般のそれと比較して低額であると認められる(弁論の 全趣旨)。しかし,前記⑴アで説示したとおり,憲法25条の定める健康で文化的な最低限度の生活は,社会保障制度全体を通じて保障されるものであり,公的年金制度のみで保障されるものではない。また,厚生年金については,賃金格差が考慮されて男性よりも女性の保険料率が低く設定され(乙1・8及び11頁,弁論の全趣旨),女性の定 年退職の年齢が早かったことを考慮して,厚生年金の支給開始年齢が女性については55歳とされ(乙2・3枚目,弁論の全趣旨),支給開始年齢の引上げについても女性は男性よりも5年遅れで行われるなど(弁論の全趣旨),女性に配慮した措置も講じられてきたということができることからすれば,女性一般の年金受給額が男性一般のそれ と比較して低額であることをもって,平成24年改正法の内容が著しく不合理であるとはいえない。 したがって,この点に係る原告らの主張は理由がない。 以上からすれば,平成24年改正法につき,目的を達成するための手段が著しく不合理であるとは認められず,この点に係る原告らの主張は理由がない。 エ 平成24年改正法に係る経緯について 原告らは,平成24年改正法制定に係る経緯においては,①年金部会,検討本部及び集中検討会議のいずれにおいても平成16年改正法により定められた枠組みを見直す旨の議論が行われなかったにもかかわらず,集中検討会議の取りまとめ文書において特例水準を解消する 旨の記載がなされた,②集中検討会議や年金ワーキンググループでは,年金受給者の意見を代表する団体から意見が聴取されず,社会保障の専門家が評価者に入っていなかった,③国会における審議もごく短時間であったなど,年金受給者等の意見を聴く手続が十分でないまま検討が進められたなどの結果,高齢者の基礎的生活保障に対する配慮が 不十分であり,世代間公平等の抽象的な事項に重点を置いた議論が進められたなどと主張し,原告番号A167及び原告番号A1の供述中にもこれに沿う指摘がある。 しかし,平成24年改正法は,平成16年の財政再計算及び平成21年の財政検証において試算された数値等を踏まえ,年金部会におい て議論が行われ,内閣において閣議決定された社会保障・税一体改革大綱に基づき,国会における審議を経て成立したものであって(認定事実⑵イないしオ及びキ),その判断の過程及び手続に瑕疵があったとはいえず,前記⑵で説示したとおり,平成24年改正法につき,その目的及び内容が著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱又は 濫用があると認めることはできないことからすれば,原告らの主張を踏まえても,平成24年改正法が憲法25条に違反するとはいえない。原告らは,年金部会,年金ワーキンググループ及び国会審議においては,平成12年度から平成21年度までの間に特例水準に基づく年金給付がなされたことによって,本来水準に基づく年金給付と比較して年金額が約5.1兆円増加した旨の説明がなされていたが,当該数値は平成12年改正法によって生じたかい離率の違いを前提とせずに最も高いかい離率に基づいて計算されたものであり,過大な数値に基づいて審議がなされたことは明らかであると主張し,原告番号A167及び原告番号A1の供述中にもこれに沿う指摘がある。 確かに,平成12年改正法によって,厚生年金の報酬比例部分につ き,新規裁定者については賃金変動率により,既裁定者については物価変動率により,年金額が改定されることとなったため,昭和11年度以前生まれの年金受給者,昭和12年度生まれの年金受給者及び昭和13年度以降の年金受給者との間で特例水準と本来水準のかい離率が異なることとなったことが認められるが(甲59),平成24年改 正法の制定過程において上記かい離率の違いについて説明等がなされたことはうかがわれない。 しかし,そもそも,上記約5.1兆円との数値は,特例水準の足下の年金財政に対する影響を極めて粗く機械的に算出したものとして示されたものであり,厳密な計算に基づいて示された数値ではない(認 定事実⑵エ 。また,平成16年改正法施行後から平成27年度の 年金額改定までの間は,物価変動率が賃金変動率を上回る状況が続いたため,新規裁定者と既裁定者で同じ改定率が適用され,生まれ年によって実際に支給される年金額に違いがなかったことを踏まえると(甲59,弁論の全趣旨),平成24年改正法の制定経緯において,厚生労働省が,かい離率の違いに基づく説明をしなかったのは,平成24年改正法制定までの間において新規裁定者と既裁定者で実際に支給される年金額に違いがなかったからであるといえ,厚生労働省が殊更誤った説明をしたものとは認められず,これにより立法府の裁量判断を不当に誤らせたとも認められない。 以上からすれば,平成24年改正法につき,その立法過程に瑕疵があったとはいえず,裁量権の逸脱又は濫用があったとは認められない。 したがって,この点に係る原告らの主張は理由がない。 ⑷ 小括 以上からすれば,平成24年改正法が憲法25条及び社会権規約に反しているとはいえない。 4 ⑴ 争点3(平成24年改正法が憲法29条に違反するか否か)について違憲審査基準について 財産権は,それ自体に内在する制約があるほか,その性質上社会全体の利益を図るために立法府によって加えられる規制による制約を受けるものである。財産権の種類,性質等は多種多様であり,また,財産権に対する 規制を必要とする社会的理由ないし目的も,社会公共の便宜の促進,経済的弱者の保護等の社会政策及び経済政策に基づくものから,社会生活における安全の保障や秩序の維持等を図るものまで多岐にわたるため,財産権に対する規制は種々の態様のものがあり得る。このことからすれば,財産権に対する規制が憲法29条2項にいう公共の福祉に適合するものとして 是認されるべきものであるかどうかは,規制の目的,必要性,内容,その規制によって制限される財産権の種類,性質及び制限の程度等を比較考量して判断すべきものである(最高裁平成14年2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁参照)。 原告らは,高齢者にとって年金受給権がほぼ唯一の生計の資本となる生 活に直結した財産権であることからすれば,厳格な判断をすべきであると主張するが,前記説示したところによれば,原告らの主張は採用することができない。 ⑵ 平成24年改正法の規制の目的,必要性,内容,その規制によって制限される財産権の種類,性質及び制限の程度等について ア 国年法等に基づく既裁定の年金受給権は,憲法29条1項が保障する財産権に含まれるものである。そして,平成24年改正法及びそれに基 づく本件各処分は,特例水準を解消することにより年金額を減額するものであるから,財産権として保障される年金受給権を制約するものである。 イ 前記3⑵オで説示したとおり,平成24年改正法の目的は,特例水準の解消とマクロ経済スライドの早期適用によって,年金財政の安定化を 図り,もって将来世代の給付水準を維持しようとしたものであるところ,その立法目的は正当なものであったといえる。 ウ また,平成16年の財政再計算及び平成21年の財政検証において,少子高齢化が急速に進行し,公的年金の被保険者数に対する老齢年金受給者権数の比率が増加する傾向が顕著となったこと(認定事実⑵イ及び ウ),年金部会において,平成12年度から平成21年度までの間に特例水準に基づく年金給付がなされたことによって,本来水準に基づく年金給付と比較して年金額が約5.1兆円増加しており,これに平成22年度分及び平成23年度分を加えると約7兆円程度になることが指摘されていたこと(認定事実⑵エ),平成20年度から平成24年度までの 間において国民年金の保険料納付率が低下しており,その原因として,国民の年金制度に対する信頼の低下が挙げられていたこと(認定事実⑵カ)からすれば,平成24年改正法によって特例水準を解消したことにつき,必要性があったと認められる。 エ さらに,年金の額は,国民の生活水準その他の諸事情に著しい変動が生じた場合には,変動後の諸事情に応ずるため,速やかに改定の措置が講ぜられなければならないものであり(国年法4条,厚年法2条の2),前記3⑵オで説示したとおり,特例水準は,その当初から,財政に与える影響を考慮しつつ適宜の時期に解消されることが予定されていたものであったところ,その後の賃金及び物価の下落傾向によりこれを解消することができず,かえって本来水準との差が2.5パーセントにまで拡 大していたことから,平成24年改正法は,年金受給者への影響を考慮して,平成25年から平成27年までの3年間をかけて段階的に解消することとしたものであること,平成24年改正法は,物価スライド特例法によって生じた特例水準を本来水準に是正するものにすぎず,本来水準に基づく年金額を減額するものではないこと(認定事実⑵キ)などを 踏まえると,制限される財産権である年金給付を受ける権利について,制限の程度は合理的な範囲にとどまるものであったといえる。 オ 以上からすれば,平成24年改正法による財産権に対する規制は,規制の目的,必要性,内容,その規制によって制限される財産権の種類,性質及び制限の程度等に照らし,公共の福祉に適合するものとして是認 されるべきものである。 ⑶ 原告らの主張について ア 原告らは,高齢者の生活の安定のためには,物価スライドによって年 金の実質的価値が維持されることが不可欠であるところ,平成24年改正法及びそれに基づく本件各処分は,物価変動による改定率に定数を乗じて年金額を算出するものであり,年金の実質的価値を具体的内容とする財産権を侵害するものであるし,老後の生活設計ができないという点で年金制度の根幹に大きな影響を与えるものであると主張し,証人Fの証言及び原告番号A167の供述中にもこれに沿う指摘がある。 しかし,前記⑵エで説示したとおり,特例水準は,その当初から,財政に与える影響を考慮しつつ適宜の時期に解消することが予定されていたものであり,平成24年改正法は,物価スライド特例法によって生じた特例水準を本来水準に是正するものにすぎず,本来水準に基づく年金額を減額するものではないこと,特例水準は平成25年から平成27年までの3年間をかけて段階的に解消されるものであることからすれば,原告らの主張する点を踏まえても,平成24年改正法による財産権に対する規制は合理的な範囲にとどまるものであったといえる。 したがって,この点に係る原告らの主張は理由がない。 イ 原告らは,平成16年改正法によれば,特例水準は物価上昇によって 解消されるとされ,年金受給者は本来水準の年金額が特例水準の年金額に満たない場合には,特例水準の年金額が支給されるという年金受給権は変更されることはないと信頼するに至ったのであり,平成24年改正法に基づく本件各処分は,その信頼を裏切るものであると主張し,原告番号A167の供述中にもこれに沿う指摘がある。 で説示したとおり,特例水準は,当初から解消 されることが予定されていたものであり,平成16年改正法においても,特例水準につき,物価上昇以外の方法によってこれを解消することがない旨定められていたわけではないことなどからすれば,仮に,原告らが平成16年改正法の制定によって,物価上昇以外で特例水準が解消されることがないとの期待を抱いていたとしても,その期待が法的に保護さ れるものであるとはいえない。 したがって,この点に係る原告らの主張は理由がない。 ウ 原告らは,平成24年改正法はマクロ経済スライドを適用することを 目的とするものであるところ,年金積立金の積極的活用,国庫負担割合の引上げ及び標準報酬月額の上限改正による保険料収入の増額など他の方法を十分検討・実施することなく,マクロ経済スライドを基礎年金に導入することは極めて不合理であると主張し,証人F及びGの証言並びに原告番号A362の供述中にもこれに沿う指摘がある。 しかし, 経済情勢の変化に応じ,世代間公平や年金財政の安定化を図るため,当初から解消されることが予定されていた特例水準を段階的に解消することとしたものであって,年金積立金の取り崩し,国庫負担割合の引上げ 及び標準報酬月額の上限改正による保険料収入の増額などの措置がなされなかったとしても,平成24年改正法の内容が著しく不合理であるとはいえないし,前記3⑶ で説示したとおり,マクロ経済スライドは, 人口推計による保険料率の予測を前提に,世代間公平の観点や現役世代の不安解消のため,保険料水準固定方式を採用することが適当であると の議論の下に,現役世代全体の保険料負担能力とバランスの取れた給付水準とするとの観点や国民生活に与える影響を考慮した上で導入されたものであるから,マクロ経済スライドが基礎年金の目的に反しているとはいえない。 したがって,この点に係る原告らの主張は理由がない。 ⑷ 小括 以上からすれば,平成24年改正法が憲法29条に反しているとはいえない。 5 争点4(平成24年改正法が憲法13条に違反するか否か)について⑴ 原告らは,年金受給権は,高齢者が自己の選択に従って老後の生活を送ることを保障するという点で,憲法13条によっても保障されているのであり,合理的理由がないのに年金額を減額することは許されず,平成24年改正法は憲法13条に違反するなどと主張する。 ⑵ しかし,前記3及び4で説示したとおり,平成24年改正法について,その目的及び内容が著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱又は濫用があると認めることはできず,平成24年改正法が合理的理由がないのに年金額を減額するものであるとはいえない。 ⑶ 6 したがって,平成24年改正法が憲法13条に反しているとはいえない。争点5(平成25年政令が内閣の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用し たものであるか否か)について ⑴ 原告らは,年金受給権は,高齢者にとって生存のための最も重要な財産であるから,年金額の引き下げをするに当たっては,内閣は,種々の事情を広範に考慮して,慎重な判断をする義務があるところ,平成25年政令を制定した当時,近々に消費税の増税が予定されていたことに加え,生活必需品や公共料金の価格が高騰していたのであり,そのような状況下で年金を減額すれば,年金受給者の生活が窮地に陥ることは明らかであったか ら,平成25年政令は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであると主張する。 ⑵ しかし,平成24年改正法は,特例水準について,平成26年度までとするとともに,平成25年度及び平成26年度につき,年金額について, 平成16年改正法による改正前の年金給付額に0.978を乗じて得た額とするものの,改定基準率に0.990を乗じて得た率として政令で定める率(政令制定率)が1を下回る場合においては,当該年度の4月以降,0.978(率の改定が行われたときは,当該改定後の率)に政令制定率を乗じて得た率を基準として政令で定める率(政令基準率)を乗じて得た 額をもって,給付の額とすることを定めたものである(認定事実⑵キ)。そして,平成24年改正法が具体的な年金額を算出するのに際して用いる率(政令制定率及び政令基準率)について政令に委任しているのは,改定基準率が物価変動率及び賃金変動率を基準として定められるため(前提事実⑷キ,平成16年改正法による改正後の国年法27条の2),平成2 4年改正法の制定時には将来の改定基準率が明らかでなく,改定基準率が定まった時点で政令制定率及び政令基準率を政令で定めるためであると解され,その他の事情を考慮して政令制定率及び政令基準率を定めることを許容していないものと解すべきであるところ,平成25年政令は,平成25年における改定基準率が1であったことを踏まえ,政令制定率について,1に0.990を乗じた0.990であると定め,政令基準率については,0.978に0.990を乗じて得た率を基準として0.968と定めた ものである(認定事実⑵ク)。 以上からすれば,平成25年政令が,平成24年改正法の趣旨に照らして内閣の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるとはいえない。 7 まとめ 以上説示したところによれば,平成24年改正法が憲法13条,25条及び29条並びに社会権規約に違反しているとはいえず,平成25年政令が内閣の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるとはいえない。したがって,本件各処分は適法である。 第4 結論 よって,別紙2記載の原告らの訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し,その余の原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第38部 裁判長裁判官 鎌野真敬 裁判官 網田圭 亮 裁判官 野村昌也 (別紙1)当事者目録,(別紙)原告目録1,(別紙)原告目録2及び(別紙)原告目録3は省略する。 (別紙2) 1 原告番号A74,原告番号A75,原告番号A312,原告番号A643,原告番号A644,原告番号A645(以下原告番号A74らという。) 2 原告番号A2,原告番号A24,原告番号A82,原告番号A263,原告番号A287,原告番号A301,原告番号A355,原告番号A356,原告番号B548,原告番号B572,原告番号B577,原告番号B578,原告番号B600,原告番号B623,原告番号B625,原告番号C688(以下原告番号A2らという。) 以上 (別紙3) 法令 略称 国民年金法 国年法 厚生年金保険法 厚年法 国年法及び厚年法 国年法等 厚生年金保険法等の一部を改正する法律(昭和4昭和48年改正法8年法律第92号) 国民年金法等の一部を改正する法律(昭和60年昭和60年改正法法律第34号) 国民年金法等の一部を改正する法律(平成元年法平成元年改正法 律第86号) 平成8年度における国民年金法による年金の額等平成8年特例法 の改定の特例に関する法律(平成8年法律第29 号) 国民年金法等の一部を改正する法律(平成12年平成12年改正法法律第18号) 平成12年度における国民年金法による年金の額平成12年特例法等の改定の特例に関する法律(平成12年法律第 34号) 平成13年度における国民年金法による年金の額平成13年特例法等の改定の特例に関する法律(平成13年法律第 13号) 平成14年度における国民年金法による年金の額平成14年特例法等の改定の特例に関する法律(平成14年法律第 21号) 平成12年特例法,平成13年特例法及び平成1物価スライド特例法4年特例法 平成15年度における国民年金法による年金の額平成15年特例法等の改定の特例に関する法律(平成15年法律第 19号) 平成16年度における国民年金法による年金の額平成16年特例法等の改定の特例に関する法律(平成16年法律第 23号) 国民年金法等の一部を改正する法律(平成16年平成16年改正法法律第104号) 国民年金法等の一部を改正する法律等の一部を改平成24年改正法正する法律(平成24年法律第99号) 平成16年度,平成17年度,平成19年度及び平成25年政令 平成20年度の国民年金制度及び厚生年金保険制 度並びに国家公務員共済組合制度の改正に伴う厚 生労働省関係法令に関する経過措置に関する政令 及び国民年金法等の一部を改正する法律の施行に 伴う経過措置に関する政令の一部を改正する政令 (平成25年政令第262号) (別紙4) 当事者の主張 1 争点1(別紙2記載の原告らに係る訴えの適法性)について (原告らの主張の要旨) 本件各訴えはいずれも適法である。 (被告の主張の要旨) ⑴ 本件各処分当時,平成26年法律第69号による改正前の国年法101条の2及び同号による改正前の厚年法91条の3は,保険給付に関する処分の取消しの訴えの提起については,当該処分についての再審査請求に対する審査会の裁決を経ることを要する旨規定していた。 また,本件各処分当時,平成26年法律第69号による改正前の社会保険審査官及び社会保険審査会法(以下平成26年改正前社審法という。)32条1項は,国年法101条1項及び厚年法90条1項の規定による再審査請求は,審査官の決定書の謄本が送付された日の翌日から起算して60日以内になされなければならない旨規定していた。 ⑵ 審査請求の前置を要する旨の規定がある場合,処分の取消しの訴えを提起する前に前置されるべき審査請求は適法なものでなければならず,不適法な審査請求について却下裁決がされた場合には,当該却下裁決が却下すべきでないものを誤って却下したものでない限り,その後に提起された訴えは審査 請求前置の要件を欠く不適法なものである。 原告番号A74らに係る審査請求却下決定は,別表2決定書発送年月日欄記載の日に,簡易書留にて原告番号A74ら又はその審査請求代理人宛てに発送されたから,同決定は,遅くとも同日から3日以内である別表2決定書到達日欄記載の日には原告番号A74ら又はその審査請求代理人に送 付されたと認められる(郵便法70条3項4号)。また,原告番号A74らの再審査請求書は,別表2再審査請求書受付年月日欄記載の日に,審査会に到達しているところ,原告番号A74らがこれを郵便で提出したとすれば,原告番号A74らがこれを発送したのは,早くとも同日から3日前である別表2再審査請求書発送日欄記載の日といえる(郵便法70条3項4号)。 これらの事実によれば,原告番号A74らが再審査請求書を発送したのは, 審査請求却下決定が送付されたと認められる日の翌日から起算して60日を経過していたことは明らかであるから,原告番号A74らの再審査請求は,再審査請求期間を徒過した不適法な再審査請求である。 ⑶ 原告番号A2らは,再審査請求を行っておらず,原告番号C688及び原告番号B625は審査請求を行っていない。 ⑷ よって,原告番号A74ら及び原告番号A2らの訴えは,適法な再審査請求等を前置しておらず,不適法であるから,いずれも却下されるべきである。 2 争点2(平成24年改正法が憲法25条及び社会権規約に違反するか否か)について (原告らの主張の要旨) ⑴ 社会権規約9条について ア 憲法98条2項からすれば,日本が締結した条約は公布とともに国内的効力を生じ,国内で適用されるのであり,原則として国内法を介在させる必要はないところ,社会権規約9条は,条約締結国が社会保険その他の社 会保障についてのすべての者の権利を認める旨規定しており,同規約2条1項は,条約締結国に対し,立法措置その他のすべての適当な方法により,同規約が認める権利の完全な実現を漸進的に達成することを求め,そのために自国における利用可能な手段を最大限に用いることを求めている。上記規定に加え,社会権規約の解釈指標である経済的,社会的及び文化 的権利に関する委員会(以下社会権規約委員会という。)による一般的な意見等を踏まえると,社会権規約9条が定める社会保障の権利については,条約締結国が後退的措置を採ることを原則として禁じ(後退禁止原則),後退的措置を執った場合には,すべての選択肢を最大限慎重に検討し導入されたものであることが必要であり,条約締結国がその正当化根拠を示さなければならず,その証明責任は条約締結国が負うと解するべきである。 社会権規約委員会は,条約締結国が後退的措置を採る場合の正当化の有無の指標として,①行為を正当化する合理的な理由があったか否か,②選択肢が包括的に検討されたか否か,③提案された措置及び選択肢を検討する際に,影響を受ける集団の真の意味での参加があったか否か,④措置が直接的又は間接的に差別的であったか否か,⑤措置が社会保障についての 権利の実現に持続的な影響を及ぼすか,既得の社会保障についての権利に不合理な影響を及ぼすか,又は個人若しくは集団が社会保障の最低限不可欠なレベルへのアクセスを奪われているか否か,⑥国家レベルで措置の独立した再検討がなされたかを検討すべきとしており,何らの正当性を示さない後退的措置は,著しく合理性を欠き,明らかに裁量の逸脱又は濫用で ある。 イ 平成24年改正法及び平成25年政令による年金の減額改定は,年金受給者の年金額を引き下げるものであるから,社会保障の権利である年金受給権を後退させる措置であることは明らかである。 憲法98条2項からすれば,社会権規約に反する法律は条約違反として無効であるところ,平成24年改正法及び平成25年政令による年金の減額改定は,必要性も合理性もなく(上記①),他の選択肢を検討することも提案することもなく決められたものであり(上記②),年金受給者の意見を聴くことなく短期間の審議で法案を成立させ(上記③),年金受給者 の生活実態を無視して年金額を一律に減額したものであって(上記④),年金受給者に持続的な影響を及ぼすものであった(上記⑤)。以上のとおり,平成24年改正法及び平成25年政令による年金の減額改定は,後退禁止原則に基づく後退的措置の正当性の有無を判断する指標に照らして,正当化する理由は存在せず,本件各処分は社会権規約に違反する違法なものである。 ⑵ 憲法25条について ア 違憲審査基準について 年金受給権は,高齢者の生活を保障し,高齢者が生存することを可能とするものである。年金受給権は,憲法25条の保障する権利であるのみならず,憲法13条,29条とも密接な関連があるものであり,生存に直結する重畳的な権利であって,より権利保障の度合いが高いとみるべきであ るとともに,これが侵害された場合には,年金受給者は日々の生存の困難に直面するため,政治過程を通じて是正を期することは困難である。また,前記⑴のとおり,社会権規約は,社会保障の権利について,条約締結国が後退的措置を採ることを原則として禁止しているところ,憲法98条2項の規定する条約等遵守義務からすれば,社会権規約の内容を憲法の解釈に 反映させるべきである。 以上からすれば,平成24年改正法の憲法適合性審査においては,裁判所が立法の裁量を広く認めることは許されず,厳格な審査が求められる。イ 目的の正当性について 被告は,平成24年改正法の目的について,特例水準を解消してマクロ経済スライドを適用することによって,将来に年金を受給することになる世代(以下将来世代という。)の給付水準が低下することを回避し,世代間の公平を図り,もって社会保障である公的年金制度の持続可能性を確保することにあると主張する。 しかし,年金の世代間の公平は,給付負担倍率(支払った保険料総合計に対する給付総合計の割合のこと。以下同じ。)に基づき議論されてきたが,公的年金制度の制度趣旨やその実態からしてそれだけから世代間の格差を指摘することは適当ではない。また,被告が世代間格差の指標となると指摘している所得代替率(標準的な年金受給世帯を設定し,年金受給開始時の年金額が,現役男子手取り賃金に占める割合のこと。以下同じ。)については,現在これが上昇しているのは,分母となる現役世代の手取り賃金が減少したことに原因があり,また,所得代替率を計算するに当たって,分母となる現役世代の収入は税金や社会保険料を控除した手取り賃金額であるのに対し,分子となる年金額はそれらを含めた金額で計算しており,年金受給者の税金や社会保険料が年々増大し ていることなどを踏まえると,所得代替率をもって世代間の格差を指摘することは無理がある。さらに,被告は,特例水準による年金支給によって年金積立金が減少することが世代間の公平を害すると主張するが,多額の年金積立金を維持しなければならない必要性はなく,これを維持することは世代間の公平とは関係がない。 マクロ経済スライドについてみると,被告がマクロ経済スライド導入による給付水準の抑制(年金財政の改善)の必要性の前提として主張するシミュレーションは極めて一面的なものであるし,仮に年金財政を改善する必要があるとしても,給付水準を抑制する以外に年金積立金の積極的活用,国庫負担割合の引上げ及び標準報酬月額の上限改正による保 険料収入の増額などの方法が考えられる。 マクロ経済スライドは基礎年金にも一律に適用されるところ,その減額率には下限がなく,現行の基礎年金の支給額でさえ低額であるのにこれを下限なく引き下げる不利益は極めて大きい。平成16年改正法の制定時においてもマクロ経済スライドを基礎年金へ適用することは問題で あると指摘されていたことからすれば,マクロ経済スライドを基礎年金へ適用することは,基礎年金の目的に反し,著しく不合理である。物価スライド制を停止し,特例水準を維持していたのは被告であるところ,それに基づく効果等を検証せずに年金額を減額することは,年金受給者の厳しい生活実態を一顧だにしない過酷な選択であり,年金額を減額する必要性や合理性はない。 以上からすれば,平成24年改正法の目的には正当性が認められない。 ウ 手段の相当性について 憲法が保障する人権を規制する場合には,規制目的が正当であることに加え,規制手段が規制目的を達成する上で必要最小限でなければならず,本件に即していえば,平成24年改正法による年金の減額改定によ って生活上の著しい不利益が生じる場合には,必要最小限を超え,違憲となるところ,年金受給者の支出の実態や購買力の維持の観点からすれば,特例水準を解消して年金の名目額を突然減額することは,年金受給者の生活に深刻な影響を及ぼすものであり,物価スライド制によって維持されてきた年金額の実質的価値を無視するもので,年金受給者に与え る不利益性は大きい。 公的年金制度はそれ自体で高齢者の健康で文化的な最低限度の生活を保障するものでなければならないが,国民皆年金制度が確立していないことから多くの無年金者が存在することに加え,年金受給者間でも,男女間や老齢基礎年金のみを受給している者と老齢厚生年金も併せて受給 している者の間では大きな格差がある。このような状態の下で年金額を一律に削減すれば,上記格差は拡大し,生活保護基準以下の生活を余儀なくされる年金受給者が増大することになる。 公的年金は年金受給者の生活を支える重要な糧であるから,国の都合によって支給水準が変更されてはならず,これを減額する場合には,信 頼性の原則を考慮しなければならない。平成24年改正法による特例水準の解消は,特例水準は物価上昇局面で解消するという国民との約束を反故にするものであって,公的年金制度への信頼を損ない,その維持を困難にすることにつながるものであるし,年金受給者に持続的な影響を及ぼす。 平成24年改正法は,年金支給額の削減自体を目的としており,他の選択肢を検討していないが,前記イ 年金財政を改善 するのであれば,年金積立金の積極的活用,国庫負担割合の引上げ及び標準報酬月額の上限改正による保険料収入の増額など他の方法が考えられた。 生存権を保障する制度としては生活保護も存在するが,国民皆保険制度が実現した後においては,高齢者の最低生活は生活保護でなく公的年 金制度によって保障されることが想定されていること,生活保護には各種手続の負担やマイナスイメージが根強く存在し,要保護者の2割程度しか利用しておらず,生存権保障の役割を十分に果たしているとはいえないことからすれば,生活保護制度の存在を理由として平成24年改正法の違憲性が否定されるとの理解は誤りである。 女性の年金について 平成24年改正法による特例水準の解消は,低年金受給者,取り分け女性の低年金受給者の生活実態を一切考慮することなく行われており,それを正当化する根拠はない。また,日本の高齢者が無年金,低年金の状態に置かれていることは,社会権規約委員会等の国際機関からも指摘 され,最低保障年金の確立などの勧告が行われてきたが,平成24年改正法は,女性の低年金問題の構造的要因を放置したまま,一律の減額措置を行ったものであり,平成24年改正法の違憲性は明白である。以上からすれば,平成24年改正法には手段の相当性が認められない。エ 司法審査の在り方について 憲法25条には裁判規範性が認められるが,立法裁量が認められている社会経済立法に対する司法審査においても,より踏み込んだ司法審査をすべきであり,具体的には,行政決定に係る考慮要素を解釈論的に抽出した上で,それらの考慮のされ方に着目しながら,当該決定に至る判断形成過程の合理性につき追考的に審査する裁量統制手法(以下判断過程統制審査という。)を用いるべきである。 判断過程統制審査においては,本来最も重視すべき諸要素,諸価値を不当,容易に軽視し,その結果当然尽くすべき考慮を尽くさず,又は本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れ若しくは本来過大に評価すべきでない事項を加重に評価したかどうかという観点から立法裁量につき審査することが求められる。 オ 平成24年改正法制定に係る経緯 平成16年当時,本来水準と特例水準の間に1.7パーセントの差が発生していたが,平成16年改正法では,将来の物価上昇によってその差を解消することが想定され,財政への影響はマクロ経済スライドによ って調整することとされていたのであるから,特例水準への対応は平成16年改正法で完結しているというべきである。平成16年改正法が制定された後,実際には物価上昇が起こらなかったが,経済予測が外れたとしても特例水準による給付を解消することの理由にはならず,そもそも,平成16年当時においても,財務省は,特例水準が少なくとも平成 19年まで解消されないことを明言していた。 平成16年改正法が成立した後,平成18年12月,厚生労働省の社会保障審議会内に年金部会(以下年金部会という。)が設置され,同部会は,同月から平成21年5月までの間に合計14回の会合を開き,年金に関する種々の議論がなされた。また,内閣総理大臣の下に,平成 20年1月には社会保障国民会議が,平成22年10月には政府・与党社会保障改革検討本部(以下検討本部という。)がそれぞれ設置され,議論がなされた。しかし,上記のいずれにおいても,将来の物価上昇によって特例水準を解消するという平成16年改正法により定められた枠組みを見直す旨の議論はなされなかった。 平成23年1月,検討本部の下に社会保障改革に関する集中検討会議(以下集中検討会議という。)が設置されたが,年金の現場に携わる者及び年金受給者の意見を代表する団体からは委員が選出されず,それらの者及び当該団体がヒアリングを受けたり,意見交換の場に参加することはなかった。集中検討会議における議論等では,特例水準を解消すべきであるとの指摘はなされていなかったにもかかわらず,集中検 討会議が同年6月に取りまとめた社会保障改革案には,特例水準を3年間で解消する旨の記載がなされた。社会保障改革案では,マクロ経済スライドと特例水準解消の論理関係,平成16年改正法の変更の要否,信頼原則との抵触,年金受給者が置かれた生活状況,生活費の値上がり,公租公課の値上がりによる可処分所得の減少などは一切検討さ れていなかった。社会保障改革案はそのまま社会保障・税一体改革成案に盛り込まれることとなり,閣議決定された。内閣府に設置されていた行政刷新会議の社会保障:年金制度(安定的な年金財政運営等)と題するワーキンググルーブ(以下年金ワーキンググループという。)では,平成23年11月,特例水準の解消 についての議論がなされたが,そこでは,社会保障の専門家が評価者に入っていなかったばかりか,特例水準の立法趣旨が考慮されず,特例水準と将来世代の給付抑制との関連性について正確に説明されておらず,高齢者の生活に与える不利益が考慮されていなかった。 平成24年改正法は,衆議院及び参議院においてわずか1回の委員会 審議しか行われず,特例水準の解消についてはごく短時間しか議論が行われないまま国会において可決,成立した。委員会審議においても,極めて不正確で前提を誤った議論に終始しており,特例水準の解消について年金受給者に及ぼす影響を無視した議論がなされていた。 以上の経緯に照らせば,立法府の平成24年改正法に係る判断過程は,最も重要な考慮事項である高齢者の基礎的生活保障に対する配慮が不十分であり,世代間公平等の抽象的な事項に重点を置いた議論が進められ ていたものであって,立法裁量を濫用し又はその範囲を逸脱したものといえる。 カ 特例水準解消に係る議論において誤った数字が示されていたこと 年金部会,年金ワーキンググループ及び国会審議においては,平成1 2年度から平成21年度までの間,特例水準に基づく年金給付がなされたことによって本来水準に基づく年金給付と比較して年金額が約5.1兆円増加した旨の説明が行われていた。しかし,平成12年改正法により,老齢厚生年金の報酬比例部分について,既に年金を受給している者については従来どおり物価スライドによって年金額が改定されるが,新 たに年金を受給し始める者(以下新規裁定者という。)については名目手取り賃金変動率(以下賃金変動率という。)等によって年金額が改定されることとなり,平成16年度に67歳となる新規裁定者から当該方式が適用されることとなったため,昭和11年度以前生まれの年金受給者,昭和12年度生まれの受給者及び昭和13年度以降生まれ の受給者との間で特例水準と本来水準のかい離率が異なることとなった。したがって,特例水準に基づく年金給付の影響を正確に算定するのであれば,上記のとおり,かい離率が3通りあることを前提としなければならないが,厚生労働省は,最も高いかい離率を前提として年金額の増加分の説明を行っていたものであり,過大な数値に基づき審議がされた ことは明らかである。 以上からすれば,平成24年改正法の立法過程には裁量権の逸脱があるといえる。 キ 小括 以上によれば,平成24年改正法は,社会権規約及び憲法25条に違反する。 (被告の主張の要旨) ⑴ 社会権規約について ア 社会権規約9条は,条約締結国において,社会保障についての権利が国の社会政策により保護されるに値するものであることを確認し,社会保障についての全ての者の権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであって,個人に対し即時に具 体的権利を付与すべきことを定めたものではなく,このことは,社会権規約2条1項が,条約締結国において立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成することを求めていることからも明らかである。また,社会権規約2条の上記規定内容からすれば,その趣旨は,社会保 障についての権利が国の社会政策により保護されるに値するものであることを確認し,条約締結国がその実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を宣明にしたものにすぎず,個人に対し即時に具体的権利を付与すべきことを定めたものでもなければ,社会保障政策について後退的な措置を採ることを禁止して立法府の裁量を羈束するものでもない。 イ 一般的意見は,社会権規約委員会によって社会権規約の解釈を明確化するために出されるものであり,それ自体が我が国に対して法的拘束力を有するものではないが,原告らの主張する一般的意見の内容を踏まえても,社会権規約2条及び9条により具体的権利が付与されると理解することは できず,一般的意見で示されている要件を充足していないとしても本件各処分が違法無効となるわけではない。 ⑵ 憲法25条について ア 司法審査の在り方について 国民年金制度は,憲法25条の趣旨を実現するために設けられた社会保障上の制度であり,老齢基礎年金の額は国年法27条等の法律の規定により具体的に定められているが,憲法25条の趣旨に応えて具体的にどのよ うな立法措置を講じるかの選択決定は,立法府の広い裁量に委ねられており,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ないような場合を除き,裁判所が審査判断するのに適しない事柄である。老齢基礎年金は,稼得能力の低下等に伴う老後の生活を支えるものであるが,憲法25条の定める健康で文化的な最低限度の生活は,社会保険法, 社会福祉法その他の社会法制度全体を通じて保障されるべきもので,国年法等のみで保障されるものではない。生活保護は,国民年金制度と同じく憲法25条の理念に基づくものであるが,年金制度は,現役時代からの備えと組み合わせて老後生活の安心を確保することを目的とするものであって,自らの資力や備えが乏しい者への最低限度の生活保障を目的とする生 活保護とは,その目的や役割が大きく異なっている。また,国民年金は,被保険者の拠出した保険料を基として年金給付を行う保険方式を制度の基本として創設されているものであって,年金額は,被保険者の保険料納付済期間等によっても異なるところである。さらに,年金額は,国民の生活水準や財政状況により改定されることが予定されており,実際にそのよう な改定が行われてきたのである。よって,仮に本件各処分によって原告らが受給する年金額がそれのみで健康で文化的な最低限度の生活を保障するに足りない額になったとしても,そのことから,直ちに,本件各処分やその根拠となった平成24年改正法及び平成25年政令が,著しく合理性を欠くということはできない。 イ 立法目的の正当性について 平成24年改正法は,特例水準の解消を段階的に行うことで現在の受給者の負担を考慮しつつ,特例水準による年金給付が長引き,将来世代の給付が今の受給世代に回ることで,将来世代の給付水準が低下することを回避し,世代間の公平を図り,もって,社会保障である国民年金制度の持続可能性を確保するために制定されたものであり,その立法目的には,合理 性が認められるというべきである。 ウ 手段の相当性について 特例水準は,年金額の見直しその他の必要な措置を講じて解消することが予定されていたものである(物価スライド特例法附則2条)。平成 16年改正法によってその解決が企図されたが,当時の経済情勢等により,特例水準の解消に至らなかったため,特例水準解消の趣旨に立ち返り,その実現を図る方策として平成24年改正法が制定されるに至った。すなわち,平成24年改正法制定時点において,特例水準による過剰な年金支給額は約7兆円程度と見込まれるとともに,持続可能な公的年 金制度を実現するために導入されたマクロ経済スライドが発動しない状態にあり,平成16年改正当時予定していたよりも,マクロ経済スライドによる調整期間は約10年間も長期化しており,その結果,年金受給世代の所得代替率が上昇する反面,将来の所得代替率の低下が見込まれた。このような事態は,現役世代に世代間の不公平感や公的年金制度へ の不信感を生じさせ,年金制度の持続可能性を損なうこととなりかねないものであった。そのため,将来世代の給付を今の受給世代に回していることとなる特例水準を解消することで,将来にわたって年金の給付水準を確保し,世代間の公平を図り,もって,年金制度の持続可能性を確保するという,特例水準の解消を必要とする趣旨に立ち返り,その実現 を図る方策として,平成24年改正法が制定されるに至ったものである。また,平成24年改正法の内容は,平成16年改正法による改正前の国年法等に基づいて行われるはずであった物価スライドによる年金額の改定を実現するにとどまるし,物価スライド特例法の趣旨を没却するものではない。特例水準の解消方法も平成25年度から平成27年度までの3年間で段階的に解消することとされており,現在の年金受給者に配慮した措置が採られている。 よって,平成24年改正法の内容が,現在の年金受給者に著しく不合理な措置であるということはできない。 前記アで述べたとおり,公的年金制度は,それのみで文化的な最低限度の生活を保障するものではなく,生活保護制度とは目的及び役割を異にするものであるから,女性一般の受給する年金が男性一般よりも低額 であるという状況であり,老齢基礎年金のそれのみでは健康で文化的な最低限度の生活を営むには足りないものであって,本件各処分により改定された原告ら(特に女性)の個々の年金額が生活保護における生活扶助水準に達しないものであったとしても,そのことから直ちに,本件各処分が憲法25条1項に違反することにはならない。この点を措くとし ても,公的年金制度は,その時々の社会経済等の状況を踏まえ改正が行われてきたものであるところ,その過程においては,厚生年金保険料について男女の賃金格差が考慮されて女性の保険料率が低く設定されたり,女性の定年退職の年齢が早いことを考慮して厚生年金の支給開始年齢が55歳とされるなど,女性に対する優遇措置も数多く取られてきたので あって,女性の年金問題が放置されてきたといい得るような状況ではない。 エ 特例水準による財政影響額の試算について 平成24年改正法の目的は,前記イのとおりであるから,特例水準に よる超過支給額が正確にはいくらであるかなどという事情は,平成24年改正法の立法過程において本質的な問題ではなく,厚生年金の報酬比例部分の水準の差が財政影響の試算に反映されていなかったとしても,平成24年改正法の立法過程に裁量権の逸脱又は濫用があったなどとは到底いえない。 この点を措くとしても,平成12年改正法により,厚生年金の報酬比例部分について,昭和11年度以前の受給権者,昭和12年度生まれの 受給権者,昭和13年度以後生まれの受給権者の間で本来水準がそれぞれ異なることとなり,特例水準と本来水準とのかい離の割合に差が生じていることは,厚生労働省が平成27年1月30日付けで報道発表したとおりであるが,平成27年度の年金額改定において,初めて,厚生年金の報酬比例部分について実際に支給される年金額の改定率が生年度に よって異なることとなったため,当該改定率の差に言及したものであり,それ以前の年度においては,実際に支給される年金額の改定率が生年度によって異なることがなかったため,言及しなかったにすぎない。そして,平成24年改正法の検討・審議過程で示した財政影響の試算は,基礎年金と厚生年金の給付費の合計を基に,基礎年金における特例水準と 本来水準とのかい離の割合及びこれと同水準である昭和11年度以前生まれの受給権者の厚生年金における特例水準と本来水準とのかい離率の割合を用いて,機械的に算出したものである。したがって,上記試算は,特例水準による年金財政への影響を検討・審議するための資料として十分合理性を有する。なお,上記試算は,年金部会資料において,飽くま で特例水準による足下の年金財政に対する影響を極めて粗く機械的に算出したものと明示されていたものである。 オ 小括 以上のとおり,平成24年改正法は,その立法目的及び具体的内容にお いて,いずれも合理性を有するものであって,著しく合理性を欠くものであるとは到底いえず,その委任を受けて制定された平成25年政令も同様である。そして,本件各処分は,平成24年改正法によって読み替えられた国年法等及び平成25年政令によってなされたものであるから,合理性を有する。 3 争点3(平成24年改正法が憲法29条に違反するか否か)について(原告らの主張の要旨) ⑴ 年金受給権が憲法29条で保障される財産権であること 既に裁定を受けた年金受給権(以下既裁定の年金受給権という。)は,被告も財産権に含まれることを認めており,憲法29条によって保障される。物価スライド以外の要因で年金額を減額することは,年金の実質的価値を減少させるものであるから,憲法29条で保障される財産権の侵害となる。 ⑵ 財産権侵害の審査基準について 国年法4条及び厚年法2条の2の規定からすれば,既裁定の年金受給権に基づく年金額は,減額を正当化するだけの著しい変動が生じなければ,減額は許されないと解されるべきである。すなわち,既裁定の年金受給権の内容を事後的に変更する処分の合憲性判断に当たっては,一旦定められた法 律に基づく財産権の性質,その内容を変更する程度,これを変更することによって保護される公益の性質などを総合的に勘案し,その変更が当該財産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによって判断すべきであり,年金受給権を切り下げる必要性及び合理性の判断に当たっては,高齢者にとって,既裁定の年金受給権が,ほぼ唯一の生計の資本とな る生活に直結した財産権であるという権利の性質等を十分に考慮し,厳格な判断を行うべきである。 ⑶ 本件各処分の違法性について ア 保障される財産権の性質 社会保険方式の公的年金制度における既裁定の年金受給権は,税を財源として行われる社会保険給付と比べて強い権利性を帯びた財産権であり,憲法25条の生存権と強く結びついた権利である。公的年金は老後の所得補償の役割を担っており,多くの国民が高齢期の収入源として公的年金を前提に生活設計をしていること,実際に高齢者の多くが公的年金を唯一の収入源としていることを踏まえれば,高齢者の生活の安定のためには,物価スライドによって年金の実質的価値が維持されることが必要不可欠であ る。本件各処分は,物価変動による改定率に0.990という定数を乗じて年金額を算出するものであり,年金の実質的価値の維持を具体的内容とする原告らの財産権が侵害されている。 イ 変更の程度 物価が下落したとしても年金受給者の生活に必要な品目の支出が直ちに 減少するわけではないから,物価が下落した際に年金の名目額を減額することの不利益性は大きいといえる。公的年金は,物価スライド制によって実質的価値が維持されることが前提となっており,高齢者は,これを前提として生活設計をしているが,これを変更し,既裁定の年金受給権の実質的価値の維持を無視することは,老後の生活設計ができないという点で, 年金制度の根幹に大きな影響を与えるものである。 ウ 信頼性の原則 公的年金は,制度の存続への信頼が守られること自体が制度存立の正当化根拠の一部をなすのであり,立法者は,以前の立法者が個人に与えた信 頼を尊重する必要がある。平成16年改正法では,附則7条により特例水準は物価上昇によって解消するとされたが,この規定は物価スライド特例法によって定められていた将来における特例措置の見直しを実現したものである。同条には将来の見直し規定は置かれていないこと,平成17年度から平成24年度まで8年間にわたり同条による年金額の改定がなされて きたことなどからすれば,国民や年金受給者は,本来水準の年金額が特例水準に満たない場合には,特例水準の年金額が支給されるという年金受給権は変更されることはないと信頼するに至ったといえる。上記信頼は強く保護されなければならないところ,平成24年改正法に基づく特例措置の解消は,その信頼を裏切るものであり,年金受給権者の地位に対する合理的な制約の範囲を逸脱していることは明らかである。 エ 立法事実の不存在 物価スライド特例法の趣旨は,当時の社会経済情勢や高齢者の生活状態を考慮して,物価スライドを停止し,特例水準に基づく年金を支給するところにあった。平成16年改正法は,高齢者の生活への打撃に配慮し,物価上昇の場面で特例水準を解消することとしたものであるが,その趣旨に鑑みれば,物価上昇の裏付けとなる経済情勢の好転や高齢者の生活状況の 改善がなければ,特例水準を解消すべきではなかった。平成24年改正法が制定された当時,経済情勢が好転したり高齢者の生活状態が改善したという事実はなく,むしろ,生活は苦しくなっていたのであるから,特例水準の解消を行う立法事実があったとは到底いえず,年金の実質的価値を減らしてまで特例水準を解消する必要はない。 オ 年金受給者の意見表明がなされていないこと のとおり,平成24年改正法は, 不十分な審議しかなされておらず,公聴会や参考人などによる意見聴取やパブリックコメントなど国民の意見を広く求める機会は全く設けられなかった。 カ 世代間公平について 前記2(原告らの主張の要旨)⑵イ のとおり,世代間公平は給付負担 倍率だけで理解できるものではなく,また,所得代替率で将来世代と受給世代の世代間格差を論じることは無理があるというべきであるし,年金積立金を維持しなければならない理由はなく,年金積立金の減少は世代間公平を保つことと矛盾するものではない。 キ マクロ経済スライドについて 前記2(原告らの主張の要旨)⑵イ イドは基礎年金の目的に反し,著しく不合理である。マクロ経済スライドが適用されることにより年金が引き下げられてしまうことが公的年金制度への不信感を招いていることは明らかであるし,平成21年度の財政検証 によって,より保障されるべき基礎年金部分が,厚生年金部分と比べてより減額されることが予想されるという想定外の事態が明らかになった以上は,マクロ経済スライドを基礎年金に適用することを見直さなければならなかったというべきである。平成24年改正法は,マクロ経済スライドを適用することを目的とするものであり,合理性及び必要性は認められない。 (被告の主張の要旨) ⑴ 年金受給権の財産権的性格について 国年法等に基づく年金受給権が財産権的性格を有することは否定しないが,飽くまで,公的年金に係る基本権ないし支分権が法律の規定に基づき具体的に発生した場合に,その範囲内において財産権的性格を帯びるという限度に とどまる。年金受給権は,社会経済情勢等の変動によりその年金額が改定されることが本来的に予定されているものであって,法律をもってその内容を変更することが制限されるというようなものではない。 ⑵ 財産権侵害の審査基準 憲法29条1項は財産権を保障しているが,その保障は絶対無制約なものではなく,同条2項において,公共の福祉の要請による制約を許容している。したがって,法律で財産上の権利につき使用,収益,処分の方法に制約を加えることがあっても,それが公共の福祉に適合するものとして基礎付けられている限り,当然になし得るところである。そして,仮に,法律で一旦定め られた財産権の内容を事後の法律で変更しても,それが公共の福祉に適合するようにされたものである限り,これをもって違憲の立法ということができないことは明らかであり,当該変更が公共の福祉に適合するようにされたものであるかどうかは,一旦定められた法律に基づく財産権の性質,その内容を変更する程度,及びこれを変更することによって保護される公益の性質などを総合的に勘案し,その変更が当該財産権に適合する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによって判断すべきである。 ⑶ 本件各処分について ア 財産権の性質 具体的に受給し得る年金額は,その時点における法律の規定によって変わり得るものであって,仮に,原告らが,将来受給すべき年金額が減 額されないという期待を有していたとしても,それ自体はおよそ憲法29条の定める財産権として保護されるべきものではない。すなわち,年金制度は社会保障上の制度であって,具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は,立法府の広い裁量に委ねられているところ,国年法等の法律上も,年金の額は,国民の生活水準その他の諸事情に著しい 変動が生じた場合には,変動後の諸事情に応ずるため,速やかに改定の措置が講ぜられなければならない旨規定されており(国年法4条,厚年法2条の2),経済社会情勢等の変動により年金額が改定されることが予定されている。また,仮に,原告らの主張する権利が何らかの財産権を構成するとしても,上記のような年金制度の仕組みに照らせば,その 権利の性質は,抽象的,不確定的なものであって,要保護性の乏しいものであるといわざるを得ない。 平成16年改正法による改正前の国年法27条及び平成16年改正法による改正前の平成12年改正法附則21条の文言上,特例水準の解消を理由として給付額が減額されることはないとは一切記載されておらず, 特例水準の解消を理由として給付額が減額されることはないという権利が付与されているとはいえない。 特例水準は,デフレーション(以下デフレという。)に陥り,消 費者個人の可処分所得も減少していた社会情勢に鑑み,平成12年特例法によって設けられたが,我が国の年金制度の財政方式は,賦課方式を基本としつつ,将来の支出に備えて積立金を形成するという段階的保険料方式が採用されているため,その当時の物価水準に照らして本来支払われるべき金額(本来水準の年金額)を超えて年金を支給した場合,その分,現役世代が支払った保険料が多く年金に充てられることとなり,本来より少額の積立金しか形成されず,将来の年金財政を圧迫し,将来の年金額の減額や保険料の増額,ひいては世代間の不公平感を招きかね ないものであった。そこで,特例水準による年金の給付は,平成12年度に限って効力が生じるものとして実施された。ところが,平成13年度においても物価指数が下落したため,平成13年度の年金額についても特例措置が講じられることとなり,平成13年特例法が制定されたが,同法附則2条には,平成16年度までに行うことが予定されていた財政 再計算の際に年金額の見直しその他の措置等について検討を行う旨の規定が設けられ,平成14年度においても平成13年度と同様の趣旨で平成14年特例法が制定され,平成13年特例法附則2条と同趣旨の附則が設けられた。平成15年度についても物価は下落傾向であったが,現役世代の賃金の低下傾向が明確になってきたため,世代間の公平を考慮 し,物価スライドに従った当該年度分の下落のみ引き下げる内容の平成15年特例法が制定され,平成16年度も平成15年と同様の理由から平成15年特例法と同内容の平成16年特例法が制定された。 以上のとおり,特例水準は,本来,単年度で解消されることを想定して当該年度のみの特例措置として設けられたものであり,平成16年当 時も特例水準が存在したのは,想定に反して物価の下落が止まらなかったことによるものにすぎないといえる。平成16年改正法の趣旨は,飽くまで世代間の公平を図るため特例水準を解消する点にあるのであって,仮に,平成16年改正法施行以降,長期間にわたり物価が上昇しなかった場合にも,そのまま特例水準を支払い続けることを容認していたものとはおよそ考えられない。このことに鑑みても,平成16年改正法をもって,特例水準の解消を理由として給付額が減額されることはないとい うことが法律で一旦定められた財産権の内容になっているとはいえない。イ 年金受給者に対する影響 平成24年改正法は,本来,平成16年改正法による改正前の国年法等によって行われるはずであった物価スライドによる年金額の改定を実現するにとどまるものであり,年金の実質的価値を損なうものではない上,特 例水準の解消方法も,3年間で段階的に解消することとされているから,現在の年金受給者に著しく不利益を及ぼすものではない。 ウ 立法目的について 平成24年改正法は,将来世代の年金水準を確保し,かつ,社会保障で ある国民年金制度及び厚生年金保険制度の持続可能性を確保するため,特例水準を解消することを目的とするものであり,このような公益目的が重要性を有することは明らかである。 平成16年改正法制定当時は,平成20年までに物価が上昇し特例水準が解消されるものと想定されていたが,実際には物価上昇によって特例水 準は解消されないばかりか,平成23年当時,特例水準と本来水準の差は2.5パーセントまで拡大しており,特例水準が解消されない結果,マクロ経済スライドが適用されないままでいた。このような社会経済情勢に加え,財政均衡時点における所得代替率の低下が見込まれたこと,保険料の納付率が徐々に低下していたことなどの状況を踏まえ,世代間の公平を図 り,持続可能な公的年金制度の構築を実現するため,特例水準の早期解消を図るとともに,これにより年金受給者が受ける影響を考慮して,平成25年度から平成27年度までの3年間で特例水準を解消することとし,平成24年改正法が制定された。 以上からすれば,平成24年改正法の立法目的及びそれを達成する手段の合理性を裏付ける立法事実が存在していたことが認められる。 エ 世代間の公平について 被告は,給付負担倍率のみをもって世代間公平を論じているものではなく,平成12年特例法制定以降,特例水準を解消するに至るほど物価が上昇しなかったことや,年金受給者に特例水準による年金が支給された結果,現役世代が将来受け取ることとなる年金の給付水準が低下することが懸念されていることをもって,現役世代に世代間の不公平感が生じかねないと 主張しているものである。 また,平成21年の財政検証の段階において,年金受給者の基礎年金部分に係る所得代替率は,平成16年の財政再計算時と比較して約1割上昇する一方,現役世代が将来受給する年金のうち基礎年金部分の所得代替率は約1割低下していたところ,これは,現役世代の手取り賃金が低下する 中で,年金受給世代に本来より高い水準の年金が支給されていたことにより,年金受給者の所得代替率が上昇し,その結果として,将来世代の所得代替率が低下することが予測されたことを意味するものである。 さらに,年金積立金は,少子高齢化がより一層進行すると見込まれる将来世代の年金の給付に充て,長期的に年金制度を持続可能にするために必 要なものであり,早期に取り崩すべきとはいえない。 オ マクロ経済スライドについて 平成24年改正法の立法趣旨は,特例水準という本来水準よりも高い水準の年金が支給され続ける状態を解消し,将来世代の年金給付水準の低下 及びこれがもたらす世代間の公平が害される事態を回避することにあり,必ずしもマクロ経済スライドを適用することを主目的とするものではない。特例水準による年金の支給が継続している状態が,世代間の公平を害しかねず,持続可能な公的年金制度の構築を阻害することとなりかねない重大な問題であることはこれまで述べたとおりであって,マクロ経済スライドの合理性について検討するまでもなく,平成24年改正法及びこれに基づく本件各処分が合理性を有することは明らかである。 4 争点4(平成24年改正法が憲法13条に違反するか否か)について(原告らの主張の要旨) 公的年金の受給権は,高齢者の生存権を実効あらしめるための財産権であり,憲法29条1項で保障されるとともに,高齢者が自己の選択に従って老後の生活を送ることを保障するという点で憲法13条によっても保障されている。公 的年金は,それぞれの老後を人間らしく生きることを保障すべきであるから,合理的な理由がないのに年金支給額を減額することは許されず,平成24年改正法は憲法13条に違反する。 (被告の主張の要旨) 前記3(被告の主張の要旨) で述べたとおり,平成16年改正法は, 経済社会情勢や年金財政が変動した場合にまで,特例水準を解消することを目的とした年金額の減額を行わないことを定めたものではない。また,平成13年特例法及び平成14年特例法においても,特例水準を解消するための措置を講ずることが予定されていたものである。そうである以上,仮に,原告らにおいて,物価下落の局面で特例水準の解消を理由とする年金の減額がされないも のと期待して老後の生活設計をしていたとしても,そのような期待感は,憲法13条で保護されるに値する個人の尊厳や幸福追求権に当たると解することはできない。 5 争点5(平成25年政令が内閣の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるか否か) (原告らの主張の要旨) 前記3(原告らの主張の要旨)⑶アで述べたとおり,年金受給権は,高齢者にとって生存のための最も重要な財産の一つであるから,年金額の引き下げに際しては,政府は,種々の事情を広範に考慮して,慎重な判断をする義務がある。政府が平成25年政令を定めた当時,平成26年4月から消費税が5パーセントから8パーセントに引き上げられることが決定されていたことに加え,株高と円安政策によって,生活必需品や公共料金の価格が高騰していた。このような状況の下で特例水準の解消を目的として年金額を減額すれば,年金受給者の生活が窮地に陥ることは明らかであったといえ,平成25年政令は,当時の経済的状況を無視し,年金の財源について大企業などに応分の負担を求 める方策などを検討せず行われたものであり,政府の裁量を逸脱する違法なものである。 (被告の主張の要旨) 前記2(被告の主張の要旨)⑵で述べたとおり,平成24年改正法は,立法目的及び具体的内容において合理性を有するといえる。平成25年政令は,平 成24年改正法による読替え後の国年法等の規定の委任を受けて,委任の範囲内で特例水準を解消するために年金額の計算過程において乗じる具体的な率などを定めたものであって,適法である。 以上 |