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開示禁止処分等請求控訴、同附帯控訴事件
事件番号令和1(受)1900
事件名開示禁止処分等請求控訴,同附帯控訴事件
裁判年月日令和2年11月27日
法廷名最高裁判所第二小法廷
裁判種別判決
結果破棄差戻
原審裁判所名東京高等裁判所
原審事件番号平成30(ネ)5150
原審裁判年月日令和元年7月17日
判示事項上場会社監査事務所名簿への登録を認めない旨の決定を受けた公認会計士らにつき,その実施した監査手続がリスクに対応したものか否か等を十分に検討することなく監査の基準不適合の事実はないとして当該決定の開示の差止めを認めた原審の判断に違法があるとされた事例
裁判日:西暦2020-11-27
情報公開日2020-11-27 16:00:07
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令和元年(受)第1900号
令和2年11月27日

開示禁止処分等請求控訴,同附帯控訴事件

第二小法廷判決

主文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人千原剛ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1
公認会計士である被上告人らは,上告人の設置する品質管理委員会(以下
本件委員会という。)に対し,上場会社監査事務所名簿への登録を申請したところ,本件委員会から上記登録を認めない旨の決定(以下本件決定という。)を受けた。
本件は,被上告人らが,本件決定が上告人のウェブサイトで開示されると被上告人らの名誉又は信用が毀損されるなどと主張し,上告人に対し,人格権に基づき,上記の開示の差止め等を求める事案である。
2
(1)

原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
上告人は公認会計士法により設立された法人であり(同法43条),被上
告人らは上告人の会員である。
(2)

上告人は,その会則において,公認会計士又は監査法人(以下,これらを
併せて監査事務所という。)による上場会社の監査につき,品質管理の状況の充実強化を図るために上場会社監査事務所登録制度を設け,新たに上場会社と監査契約を締結した監査事務所は本件委員会に対して上場会社監査事務所名簿への登録を申請しなければならないこととしている。上告人の会則及び規則等において,本件委員会は,監査事務所から上記登録の申請があったときは,上記監査事務所に対して品質管理レビューを実施し,その結果,後記2(3)の限定事項付き結論を表明し,かつ,その限定事項が上記監査事務所の表明した監査意見の妥当性に重大な疑念を生じさせるものである等の場合には上記登録を認めないことを検討することとされており,本件委員会が上記登録を認めない決定をした場合,本件委員会の委員長は,その決定を受けた監査事務所を上場会社監査事務所名簿等抹消リストに記載し,上記登録を認めなかった旨等を上告人のウェブサイトで開示することとされている。
(3)

上告人の規則等に基づき定められた品質管理レビュー手続において,
限定事項付き結論は,品質管理レビューの対象とされた監査事務所の品質管理のシステムに関する担当者又は専門要員等につき品質管理の基準が求める個々の監査業務における品質管理の手続を実施していない事実(以下基準不適合事実という。)が見受けられ,そのために上記監査事務所が実施した監査業務において職業的専門家としての基準及び適用される法令等に対する重要な準拠違反が発生している相当程度の懸念がある場合等に表明されるものとされている。上記品質管理レビュー手続等において,上記の品質管理の基準とは,公認会計士法等の諸法令,企業会計審議会の定める監査基準,監査における不正リスク対応基準及び監査に関する品質管理基準並びに上告人の会則,規則等のうちの監査の品質管理に係る規定を意味するとされている。上記監査基準等は,監査人は,監査に当たり,財務諸表における重要な虚偽表示のリスクを識別,評価し,その監査上の重要性を勘案して内部統制の運用状況の評価手続及び実証手続に係る監査計画を策定し,これに基づき監査を実施しなければならず,これらの過程で特別な検討を必要とするリスクがあると判断した場合には,そのリスクに個別に対応するための監査手続を立案して実施すべきであって,これらにより,監査意見を形成するに足りる十分かつ適切な監査証拠を入手しなければならないなどとして,いわゆるリスク・アプローチの考え方を採用している。
(4)

被上告人らは,上場会社であったグローバル・アジア・ホールディングス
株式会社(旧商号は株式会社プリンシバル・コーポレーション。以下本件会社という。)との間で監査契約を締結し,被上告人X1については平成25年1月,被上告人X2については同年7月,本件委員会に対して上場会社監査事務所名簿への登録を申請した。
(5)

被上告人らは,本件会社の平成25年4月1日から平成26年3月31日
までの事業年度の財務諸表についての監査(以下本件監査という。)を実施した。
本件会社は,本件監査の以前から,連続して営業損失を計上し,営業活動によるキャッシュ・フローがマイナスとなるなどしていたほか,1億円程度を現金で保有することが常態化していた。被上告人らは,本件監査において本件会社の現金預金につき特別な検討を必要とするリスクを識別し,現金勘定の出入金記録の確認のため,現金元帳と通帳及び領収書等との突合を上記事業年度のうち約5箇月半につき実施するなどした。また,被上告人らは,上記事業年度の末日を基準時とする銀行に対する本件会社の預金残高確認を実施した。もっとも,本件会社が被上告人らに対して上記現金の所在を明らかにしなかったため,被上告人らは,現金の実在性の確認(以下現金実査という。)を上記事業年度の末日である平成26年3月31日までに実施することを予定していたにもかかわらず,これを予定どおり実施することができず,同年5月及び6月にようやく実施することができた。その上で,被上告人らは,上記財務諸表につき無限定適正意見を表明した。(6)

本件委員会は,被上告人らに対して品質管理レビューを実施し,本件監査
において被上告人らが上記突合を監査対象期間の一部につき実施していなかったことなどから被上告人らにつき基準不適合事実が見受けられるとして,平成27年5月,経営者が進めている継続企業の評価に関する対応策等の前提となる資金である現金預金について,特別な検討を必要とするリスクを識別しているものの,監査意見を形成するに足る十分かつ適切な監査証拠を入手するための実証手続が十分に実施されておらず,継続企業を前提として財務諸表を作成することの適切性に関する監査証拠が十分に入手されていない。との限定事項を付した結論を表明し,上記限定事項が被上告人らの表明した監査意見の妥当性に重大な疑念を生じさせるものであるとして本件決定をした。
3
原審は,前記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,前記の限定
事項付き結論は被上告人らにつき基準不適合事実に該当する事実がないのに基準不適合事実が見受けられるとして表明されたものであり,本件決定はその前提となる事実を欠くものであって,本件決定が開示されると被上告人らの名誉又は信用が毀損されるとして,上記の開示の差止請求を認容した。
被上告人らは,本件監査において,本件会社の現金預金につき,監査対象事業年度末時点における現金実査及び預金残高確認等の通常の監査手続を実施し,かつ,念のための特別の手続として,監査対象期間の一部につき現金元帳と通帳及び領収書等との突合を実施しているのであり,上記突合を監査対象期間の全部につき実施すること等が現金預金についての監査手続として実効的であるとはいえず,品質管理の基準において,その実施が必要とされているとはいえない。したがって,被上告人らは,本件監査において,監査意見を形成するに足りる十分かつ適切な監査証拠を入手するための監査手続を実施しているといえ,被上告人らにつき基準不適合事実に該当する事実があるとはいえない。
4
しかしながら,原審の前記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
前記事実関係等によれば,本件会社は,本件監査の以前から,連続して営業損失を計上し,営業活動によるキャッシュ・フローがマイナスとなるなど財政的安定性や収益性に問題があるというべき状態にあり,かつ,1億円程度に上る多額の現金を保有することが常態化していた。また,被上告人らは,本件会社が上記現金の所在を明らかにしなかったために,本件監査の対象事業年度末に予定していた現金実査を行うことができなかった。これらの事象等は,不正な財務報告若しくは資産の流用につながり得るもの又はこれらの兆候を示すものといえ,本件監査において財務諸表における重要な虚偽表示のリスクを識別すべき要因に当たることが明らかなものであったといえる。そうすると,前記のリスク・アプローチの考え方に照らせば,本件会社の監査人は,上記事象等のため重要な虚偽表示のリスクが高く,かつ,現金等に関して特別な検討を必要とするリスクがあると評価した上で,監査意見を形成するに足りる十分かつ適切な監査証拠を入手するために,現金等に関する上記リスクに個別に対応した実証手続を実施するとともに,必要に応じて内部統制の整備状況を調査し,その運用状況の評価手続を実施するなどして,上記事象等による高いリスクに対応した監査手続を実施することが品質管理の基準において求められていたというべきである。そして,現金元帳と通帳及び領収書等との突合は,現金等に関し,財務報告の正確性やその流用の有無等についてリスクが識別されている場合における上記リスクに対応した監査証拠を入手し得る実証手続ということのできるものである。
以上に照らせば,被上告人らにつき基準不適合事実に該当する事実があるか否かは,被上告人らが実施した監査手続が,上記突合を監査対象期間の一部に限定して実施したこと等において,現金等に関する特別な検討を必要とするリスクに個別に対応したものであり,上記事象等による高いリスクの下で十分かつ適切な監査証拠を入手するに足りるものであったといえるか否かの点を,上記の限定の理由等を勘案して検討して判断すべきものと解するのが相当である。
したがって,上記の点を検討することなく,被上告人らにつき基準不適合事実に該当する事実があるとはいえないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
5
以上によれば,論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れな
い。そして,前記の点等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官三浦守の補足意見,裁判官草野耕一,同岡村和美の補足意見がある。
裁判官三浦守の補足意見は,次のとおりである。原判決中上告人敗訴部分を破棄し,同部分につき本件を原裁判所に差し戻すに当たり,差戻審において考慮されるべき点について付言する。
1
公認会計士は,他人の求めに応じ報酬を得て,財務書類の監査又は証明をす
ること等を業とするものであるが(公認会計士法(以下法という。)2条),監査及び会計の専門家として,独立した立場において,財務書類その他の財務に関する情報の信頼性を確保することにより,会社等の公正な事業活動,投資者及び債権者の保護等を図り,もって国民経済の健全な発展に寄与することを使命とし,常に品位を保持し,その知識及び技能の修得に努め,独立した立場において公正かつ誠実にその業務を行わなければならない(法1条,1条の2)。
上告人は,このような公認会計士の品位を保持し,監査等の業務の改善進歩を図るため,会員の指導,連絡及び監督に関する事務等を行うことを目的として,法が公認会計士に設立を義務付けた法人であり,公認会計士及び監査法人(以下公認会計士等という。)は,当然にその会員となる(法43条,46条の2)。そして,上告人は,会員の権利義務,上告人の組織・運営等に関する広範な事項を記載した会則を定めることとされ,会員は,その会則を守らなければならず,会則の変更,予算及び決算は,総会の決議を経なければならない(法44条1項,46条の3,46条の6)。他方,会則の変更は,金融庁長官の認可を受けなければならず,総会の決議並びに役員の就任及び退任を金融庁長官に報告しなければならない(法44条2項,46条の7,49条の4第1項)。また,金融庁長官は,上告人の適正な運営を確保するため必要があると認めるときは,上告人に対し,報告若しくは資料の提出を求め,又は立入検査をすることができ,さらに,上告人が法令等に違反した場合等において,上告人の適正な運営を確保するため必要があると認めるときは,その事務の方法の変更等を命ずることができる(法46条の12第1項,46条の12の2,49条の4第1項)。
このように,上告人は,公的な性格を有する法人であって,その事務の全般にわたり,金融庁長官の監督に服しており,内部的な自律性も,その監督の制約を受けるものと解される。2
上場会社監査事務所登録制度は,社会的に影響の大きい上場会社を監査する
監査事務所の品質管理体制を強化し,資本市場における公認会計士等による監査の信頼性を確保することを目的として,上告人の会則に基づいて運用される制度である(平成27年7月21日付け変更前の日本公認会計士協会会則第6章第2節)。この制度には,品質管理レビュー制度が組み込まれているところ,品質管理レビュー制度は,監査業務の公共性に鑑み,会員の監査業務の適切な質的水準の維持,向上を図り,もって監査に対する社会的信頼を維持,確保することを目的として,上告人の会則に基づいて運用される制度である(同会則第6章第1節)。他方,上告人は,会員の監査等の業務の運営の状況の調査を行うものとされ(法46条の9の2第1項),品質管理レビュー制度は,この法律上の要請を踏まえたものとして位置づけられる。
そして,金融庁には,独立して職権を行う委員等により組織される合議制の機関として,公認会計士・監査審査会が置かれているところ(法35条,35条の2,36条,40条),上告人は,品質管理レビューの結果を,同審査会に報告するものとされる(法46条の9の2第2項,49条の4第1項・第2項参照)。同審査会は,その内容を審査し,さらに,上告人又は公認会計士等に対し,報告若しくは資料の提出を求め,又は立入検査をすることができ(法46条の12第1項,49条の3第1項・第2項,49条の4第1項・第2項),その結果に基づき,公認会計士等の監査等の業務又は上告人の事務の適正な運営を確保するため行うべき行政処分その他の措置を金融庁長官に勧告することができる(法41条の2,49条の4第1項)。
したがって,上場会社監査事務所登録制度については,公認会計士・監査審査会による品質管理レビューの結果の審査等を通じて,公的な監督が及んでいるということができる。
3
このような上場会社監査事務所登録制度は,金融商品市場の適切な運営その他の公益に関わるとともに,公認会計士等の業務遂行に係る重要な利益にも関わるものであるが,上告人の会則に基づく制度として設けられ運用されている。これは,公認会計士が,監査及び会計の専門家として,独立した立場において,公正かつ誠実にその業務を行うことを旨としており,その業務の質的水準の向上を図り,信頼性を確保するためには,その専門性及び独立性を尊重し,公認会計士等の組織であって,公的な性格を有する上告人が運用する制度とするのが適切であることによるものと考えられる。この制度については,上記のとおり,品質管理レビューの結果の審査等を通じて公的な監督が及んでいるが,これも,そのような考え方を前提としているものと解される。
そして,品質管理委員会は,上場会社監査事務所名簿への登録の申請に対する審査に当たっては,品質管理レビューの結果等を踏まえ,登録の申請のあった監査事務所の監査の品質管理の状況について,監査に関する品質管理基準等に基づき,公正かつ適切に判断するものとされるが(上記変更前の日本公認会計士協会会則129条),その審査に当たり,品質管理レビュー報告書において限定事項付き結論が付され,かつ,同会則第123条第4項の規定により会長に報告される事項に該当する限定事項がある場合,登録の申請があった監査事務所の登録を認めないことを検討するものとされる(平成27年7月21日付け変更前の上場会社監査事務所登録規則7条3号)。
本件においては,被上告人らの上場会社監査事務所名簿への登録を認めない旨の決定につき,その前提となった事実の有無等が争われているものであるが,前記のとおり,上場会社監査事務所登録制度が,公認会計士の監査業務の専門性及び独立性を踏まえ,公認会計士等によって組織される上告人の制度として運用される趣旨等に鑑みると,上記事実があるとした場合には,これを前提としてされた品質管理委員会の決定については,その専門性,独立性を踏まえた知見に基づく判断として,その合理的な裁量が尊重されるべきものと解される。
差戻審における審理においては,以上のような点も踏まえた審理,判断がなされるべきである。裁判官草野耕一,同岡村和美の補足意見は,次のとおりである。
私たちは法廷意見に賛成するものであるが,原判決を破棄差戻しとしたことの趣旨につき思うところを以下のとおり述べておきたい。
1
原判決は,被上告人らが本件会社の現金預金につき,監査対象事業年度末に
現金実査等を実施したと認定した上で,現金元帳と通帳及び領収書等との突合(以下証憑突合という。)を監査対象期間の全部につき実施することは監査手続として実効的でないと述べている。被上告人らがそもそも監査対象事業年度末に現金実査を行っていないことは法廷意見において指摘したとおりであるが,その点はさておくとしても,監査対象期間の全部について証憑突合を行うことが現金預金の監査手続として実効的でないという原審の見解には看過し難い誤謬があるといわざるを得ない。けだし,確かに監査の対象となる財務諸表が貸借対照表だけであれば期末の現金実査等だけで現金預金に関する財務諸表上の記載の正確性を確認し得るかもしれないが,金融商品取引法上財務諸表に含まれる会計書類は貸借対照表だけではないからである。特に,平成10年代に財務諸表に加えられたキャッシュ・フロー計算書は,監査対象期間全部におけるキャッシュ・フローを営業活動によるキャッシュ・フローと投資活動によるキャッシュ・フローと財務活動によるキャッシュ・フローに分類した上でそれぞれの正味合計額を示すものであるから,その記載の正確性を監査するためには全期間に対しての証憑突合を行うことが確実で有効な監査方法であることは明らかであり,期末の現金実査等だけで記載の正確性を常に監査できるとは考え難い。しかも,本件会社が本件監査以前において営業活動によるキャッシュ・フローがマイナスとなるなどして企業としての継続性に疑いをもたれていたこと等を考えると,キャッシュ・フローの適正な監査を行うことは本件会社においてはとりわけ重要であった。以上の点に鑑みれば,監査手続としての証憑突合の実効性という点に関する原審の判断は経験則に関する重大な誤りであるといわざるを得ない。2

もっとも,監査対象期間の全部について証憑突合を行うことが現金預金の監
査手続として有効なものであるとしても,それを実施しなければ直ちに基準不適合事実が見受けられるといい得るかは証拠上必ずしも明らかではなく,結局のところ,被上告人らが証憑突合を本件会社の監査対象事業年度のうちの約5箇月半についてしか実施しなかったことをもって基準不適合事実が見受けられるといえるか否かが本件の中核的争点と考えられる。当審が本件を原審に差し戻したのはこの点を踏まえてのことであるが,この点に関して,原判決が,証憑突合がされた約5箇月半は多額の現金移動があった期間であったことを弁論の全趣旨によって認定していることについては特に留意を要する。被上告人らが期中を通じて100万円以上の出納については証憑突合を実施したと主張していることを踏まえて原審の認定した事実を合理的に解釈すると,被上告人らが監査対象事業年度のうちの約5箇月半においてしか証憑突合を行わなかったのは,当該期間において100万円以上の現金移動を伴う取引(以下「多額現金取引という。)が集中的に発生し,残りの約6箇月半においては多額現金取引は発生しなかったからである」ということになるのであろう。この点に関して差戻審の注意を喚起するため,以下のことを指摘しておきたいと思う。
(1)

第1に指摘すべきことは,監査対象事業年度に関する本件会社の有価証券
報告書上,同年度における本件会社の営業活動による連結キャッシュ・フローの正味合計額はマイナス7億6884万5000円に上っているという点である。1年間のキャッシュ・フローの正味額がこのような巨額の値となる会社において,多額現金取引が,12箇月間に及ぶ監査対象事業年度のうちの約5箇月半においてしか発生せず,しかも,その約5箇月半においては,(多額現金取引が発生した日だけではなく)期間全体にわたって証憑突合を実施する必要性を認めるほど集中的に発生したなどということが現実に起こり得るものか疑問があり,慎重な検討が必要であろう。
(2)

第2に指摘すべきことは,本件会社が設置した第三者委員会の作成に係る平成27年1月19日付けの報告書には,本件会社が監査対象事業年度のうちで被上告人らが証憑突合を行わなかった約6箇月半の期間の一部である平成26年1月から3月の間に3件の多額現金取引(取引対象額はいずれも2000万円を超えている)を行った旨の記述があるという点である。この記述内容が正しいとすれば,被上告人らが多額現金取引があった期間に限定して証憑突合を行ったという主張は成立し得ないように思われる。
差戻審においては,以上のことを踏まえ,被上告人らが監査対象事業年度のうちの約5箇月半の期間に対してしか証憑突合を行わなかった理由は何であったのかを見極めた上で適切な判断をすべきものと考える。
(裁判長裁判官

草野耕一

裁判官

菅野博之

岡村和美)
裁判官

三浦


裁判官

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