判例検索β > 令和1年(う)第2234号
傷害、暴行
事件番号令和1(う)2234
事件名傷害,暴行
裁判年月日令和2年11月5日
裁判所名・部東京高等裁判所  第10刑事部
結果破棄自判
原審裁判所名東京地方裁判所  立川支部
原審事件番号平成29(わ)175
裁判日:西暦2020-11-05
情報公開日2020-11-27 12:00:18
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
令和2年11月5日宣告

東京高等裁判所第10刑事部判決

令和元年(う)第2234号

傷害暴行被告事件

主文
原判決を破棄する
被告人を懲役1年6月に処する

原審における未決勾留日数中380日をその刑に算入する。
この裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用のうち証人Cに支給した分の2分の1を被告人の負担とする。
平成29年3月28日付け追起訴状の公訴事実(同年8月31日付
け及び同年12月18日付け各訴因変更請求による変更後のもの,原判決の罪となるべき事実第3)につき,被告人は無罪

第1
1由
事案の概要及び本件控訴の理由について
本件に関する東京地裁立川支部の原判決は,要約すると,被告人が,平成27年11月16日,自宅付近の道路上で,当時7歳のBの着衣の後ろ襟付近を手で掴んで身体を持ち上げ,植え込みの中に投げ込む暴行を加え,全治まで約20日間を要する外傷性亜脱臼,外傷性歯牙破折,外傷性下唇裂傷の傷害を負わせ(原判決の罪となるべき事実第1(以下第1の事実という。)),同
日,
同じ場所で,
当時7歳のAに対し,
上記と同様の暴行を加え
(第2の事実)

平成28年4月3日午後1時34分ころから同日午後1時41分ころまでの間に,東京都府中市内の公園内で,Aの頭部に回転性加速度減速度運動を伴う外力を加える暴行を加え,Aに全治まで約1か月間を要する急性硬膜下血腫及び脳浮腫並びに全治不明の重度の認知機能障害,四肢体幹機能障害及び嚥下機能
障害の後遺症を伴う脳実質損傷の傷害を負わせた(第3の事実)という事実を認定し,被告人を懲役3年の実刑に処した。2

本件控訴の理由は,次のとおりである。
(1)第3の事実について,原審が被告人の防御権を不当に侵害する方向で2度の訴因変更を許可した点及び被告人の実行行為が十分に特定されない訴因に基づいて有罪判決をした点には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。

(2)第3の事実について,原判決が,被告人が何ら傷害の実行行為を行っていないのにAに対する傷害を認めて被告人を有罪とした点,並びに,第1の事実及び第2の事実において,被告人は被害者らを植え込みに落としたに過ぎないのに,これを投げ込んだと認定した点には,いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。

(3)原判決の量刑は重すぎて不当である。
第2
1
訴訟手続の法令違反の主張について
訴訟手続の法令違反に関する控訴の趣意は,第3の事実について,①
検察

官は,平成29年8月31日,公訴事実中の傷害結果を脳挫傷から脳実質損傷というより広い概念にする訴因変更を請求し,さらに,同年12月1
8日,実行行為の内容として身体又は着衣を掴んで,被害者の頭部に回転性加速度減速度運動を伴う外力を加える暴行としていた部分から,身体又は着衣を掴んでという部分を削除し,回転性加速度減速度運動等として抽象性を高める方向に訴因変更を請求したが,これは被告人の防御権を不当に侵害するものであり,裁判所がこれらの訴因変更をいずれも許可したことは,刑
訴法312条,256条,刑訴規則1条に違反する,②
原判決は,傷害の機

序や実行行為の具体的特定がされていない訴因を認定し,被告人を有罪としたが,刑訴法256条に違反し,公訴棄却の判決をしなければならなかったというものである。
2
これに対する検察官の答弁は,公判前整理手続における争点整理・証拠整理の結果,
訴因変更がなされることは制度上当然に予定されているところであり,本件の証拠構造や被告人の訴訟対応等にかんがみ,本件の公訴事実を上記のとおりとしたのは事案の性質上当然であるし,訴因の特定に欠けるところもないなどというものである。
3
各訴因変更は,被告人が事件性及び犯人性を争う中,争点を整理すべき公判前整理手続期間中に行われたものであり,いずれの許可の裁判に対しても,原
審弁護人は異議を申し立てていないし,争点整理の進行等をみても,被告人の防御権を不当に侵害するものとはいえない。また,変更された訴因も,具体的な日時及び場所における被告人の回転性加速度減速度運動等を伴う外力を加える暴行の存在を立証しようとするものであって,特定を欠くとまではいえないから,訴訟手続の法令違反の主張は理由がない。

第3
1
事実誤認の主張について
第3の事実について
(1)原判決の認定
原判決は,被告人がAに何らかの故意の暴行を加え,その頭部に強い回転
性加速度減速度運動を伴う外力を加えたことにより,第3の事実記載の傷害を負わせたと認めた。その理由を要約すると次のア~コのとおりである。ア
原審証人のJ医師及びN医師の供述等を総合すると,Aの脳には,比較的太い架橋静脈の破断が認められ,そこからの出血を主な原因として急性硬膜下血腫が生じたが,その破断の原因は,外力によりAの頭部に回転性加速度減速度運動が加わったことであると認められる。


N医師は,Aの脳に,強い回転性加速度減速度運動が加わったことにより脳細胞そのものが破壊されて一次性の脳実質損傷が生じていたと証言している。しかし,J医師が,CT画像から脳細胞の急性壊死を読み取ることはできず,手術前のCT画像に出現している低CT吸収域の存在も急性
硬膜下血腫による出血によるものとしておかしくなく,手術後の左右の脳の吸収値に差異がほとんどなくなっていることからも一次性の脳実質損傷が存在していたとはいえないなどと証言していることや,Aの救急搬送先の放射線科医師が作成した手術前の検査所見にも低吸収域の原因として脳浮腫ないし脳腫張のみが記載されていることなどから,N医師の述べるような一次性の脳実質損傷が生じていたと認めることはできない。

Aの手術を行ったM医師は,Aの受傷時期は初回CT撮影時より数十分から5,6時間程度ではないかと述べていること,一般に急性硬膜下血腫が生じた場合には早期に意識を失うとされており,本件では比較的太い架橋静脈が破断していることや出血量が多いことなどからAは受傷直後から意識清明期はなく,
行動能力もなかったと考えられることなどから,
Aは,
第3の事実の現場である本件公園内で,公園内の一部が映る防犯カメラ映
像によって最後にAが確認できる本件当日である平成28年4月3日午後1時34分頃から,被告人がA,Bの母であるCにAなんか変などと電話した午後1時41分頃までの時間に受傷したと推認できる。

弁護人は,本件前日にAとBが相撲を取ってAが頭部を地面に打ち付けていたため,
また,
Cがしつけと称してAに暴力を振るった可能性により,

本件公園での軽微な転倒等によってもAに重篤な結果をもたらすことがあり得ると指摘するが,前者については,N医師,J医師とも弁護人が指摘するような機序でAの傷害が生じた可能性を裏付ける医学的知見を述べていないこと,後者には裏付けを欠くことなどから,主張は採用できない。オ
Aの受傷の原因として考えられるのは,自身の行為(転倒等)かA以外の者の行為であるが,弁護人は,Aが本件当日,ベンチの背もたれから立ち幅跳びのように飛んで転倒し,頭部を地面にぶつけるなど,A自身の行為によって受傷した可能性を主張する。J医師は,本件は,いわゆる中村Ⅰ型と同様のメカニズムにより,Aが比較的低位から後方転倒したという
ような原因によっても,
本件のような架橋静脈の破断は生じ得ると述べる。
しかし,J医師の述べるところによっても,中村Ⅰ型とは,典型的には生後6か月から10か月程度のつかまり立ちが始まったばかりの乳幼児が後ろに転び,尻もちをつくことなく後頭部を打つというものであり,本件は典型的な中村Ⅰ型とは異なる類型であることは明らかである。法医学の専門家であるL医師が,Aが7歳であることを考えると,乳幼児を抱えて強く揺さぶる程度のみの機序で硬膜下血腫が生じたとは考え
にくい上,頭皮に腫脹が認められることからすると,頭部への直接打撃により強い回転性加速度減速度運動が生じた可能性も排除できないし,高所転落や転倒と考えると,擦過傷などの明らかな外傷や頭皮の汚れが認められないのは不自然であるなどと回答していることから,Aが自ら転倒するなどした際に,乳幼児の後頭部に加わる衝撃と同程度の衝撃が加わり,本
件のように比較的太い架橋静脈が破断するとはおよそ考えられない。J医師は,5,6歳の子供について中村Ⅰ型と同様のメカニズムで起こった症例を扱った経験があるとも述べるが,当該症例の受傷機序の特定方法も含め,具体的にどのような実例があったのかは不明であって,本件と比較できるほどの具体性があるとはいえないし,M医師が,内因性疾患が
ない場合,7歳程度の児童に自過失による転倒程度で今回のように重篤な硬膜下血腫が生じた症例はないと述べていることにも照らすと,前記の認定を左右するものではない。そうすると,A以外の者の行為により,Aの頭部に対する強い回転性加速度減速度運動が加わって比較的太い架橋静脈が破断したと認められる。


防犯カメラ映像や通話履歴などから,
Aは,
本件公園内を走っていたが,
被告人が携帯電話による通話を終えた後,被告人の近くに行き,その後受傷したものと推認できる。被告人は,Aの近くにいてその様子を見ているのが通常であること,本件公園は比較的見晴らしがよく,第三者がAの近
くにいれば被告人が気づくはずであること,
被告人の近くにAが来てから,
被告人がCに対し,Aに異変が生じた旨の電話をするまでには約7分程度の時間しかないこと,被告人は第三者が有形力を行使した可能性を述べていないことなどの事情があるところ,Aに有形力を行使したのが被告人であるとする以外に,これらの事情を合理的に説明することができない。キ
被告人は,連絡を受けて駆け付けたCがAに近寄るのを制止し,Aに触れさせようとせず,自らAをタクシーに運び,後部座席のCにAを抱かせ
ているが,このような言動からは,被告人は,Aがその頭部に強い外力が加わったことによって意識を失っている可能性が高いことを認識していたと認められる。
そして,被告人が救急車を呼ばずCを現場に呼んだだけで,Aの頭部に強い外力が加わった原因についてCに告げず,頭部への衝撃の内容や強度
がAの治療方法を決める上で重要であることは容易にわかるのに,受傷状況を尋ねる医師に対し,
気付くと滑り台の横でうずくまっていた
など虚
偽の事実を述べているなどの言動は,被告人が自己の行為やAの受傷の機序が明らかにならないように虚偽を述べ,自己の行為によりAが受傷したことを故意に隠蔽したものとしか考えられず,被告人が少なくとも暴行
故意によりAの頭部に外力を加えた事実を強く推認させる。

Aの受傷内容からすれば,Aに加えられた回転性加速度減速度運動は,相応に強い有形力によってもたらされたと考えられるところ,過失行為によってこのような強い有形力が行使されることは想定し難く,この点も暴行の故意を推認させる。


以上によれば,被告人は,何らかの故意行為によって,Aの頭部に外力を与え,これによってAが架橋静脈破断の傷害を負ったと認められる。

被告人は,Aがベンチの背もたれから立ち幅跳びをした際に後方に転倒し,後頭部を地面にぶつけた旨供述するが,この場合は,まず足が地面に
着き,背中が付いた後,後頭部がぶつかるはずであり,直接後頭部を地面にぶつけることはなく,足や背中がぶつかることによってエネルギーが吸収されるから,これによって架橋静脈が破断するような強い回転性加速度減速度運動が生じるとは考え難い。
(2)控訴の趣意
第3の事実の誤認に関する控訴の趣意の概要は,次のア~ケのとおりである。

原判決は,一次性脳損傷は認められないとし,Aに架橋静脈の多発的破断が認められるとの検察官の主張を黙示的に排斥したにもかかわらず,架橋静脈破断の事実だけからAの頭部に強い回転性加速度減速度運動が加わったと認めた点で,合理性を欠き不当な認定である。


J医師の原審証言においても,120cmくらいの身長の子が,低いところから転倒等する場合でも架橋静脈は切れるもので,症例も多数あると述べられている。N医師も,自過失による転倒や低位落下で架橋静脈が破断することは否定していないし,同様の趣旨のことがP医師の文献等でも重ねて報告されている。J医師によれば,Aについては頭蓋骨と脳の隙間が
大きいという特徴があり,軽微な衝撃により架橋静脈が破断した可能性は十分考えられる。
原判決は,中村Ⅰ型を6か月から10か月程度の乳幼児が,尻もちをつくことなく直接後頭部を打つような転倒をした場合を典型とするように理解しているが,J医師は,そのように供述しておらず,中村Ⅰ型では直
接後頭部を打ったかどうかは問題とされていない。原判決は,L医師からの意見聴取結果報告書について正解せず,弁護人の立証趣旨を越え都合よく不適切に引用している。
また,J医師が5,6歳の子供について中村Ⅰ型と同様のメカニズムで起こった症例を扱ったと述べたのに対して,原判決は,具体的にどのよう
な実例があったか不明であり,本件と比較できるほどの具体性がないと指摘するが,原判決の認定した犯行態様も具体性がないのであるから意味のない批判である。J医師の証言は経験に裏付けられた医学的知見として依拠するに足りる。

本件で破断した静脈が比較的太いという事実から,強い回転性加速度減速度運動が加わったと判断することも根拠がない。J医師の証言からは,本件で破断が確認された架橋静脈は2~3mm程度のものであると解され,
普通の架橋静脈の範疇に含まれるものであって,上記架橋静脈破断の一般的メカニズムから外れるものではない。N医師は,破断した架橋静脈は非常に太いものとしているが,根拠を欠き,どの程度の太さのものを破断するにはどのくらいの力が加えられる必要があるといった指針があるかとの裁判官の質問にも回答できていない。


Aは,本件前日にBと相撲をとった際にふらついたり,その後おう吐するなどしており,その頃にAの頭蓋内に何らかの病変が存在していたことが示唆される。J医師は,これを警告徴候として,その後の比較的軽微な外傷でも硬膜下血腫を起こす蓋然性があったことを示唆しており,したがって,Aの架橋静脈は破断しやすい状況であった。L医師も,Aの場合が
そうしたセカンドインパクト症候群に該当するかどうかはわからないとしながらも,本件前日のエピソードが本件に影響した可能性を否定していない。

駆け付けたCに対してとった行動等から,被告人がAの頭部に強い外力が加わったことまで認識していたという原判決の判断には明らかに論理の
飛躍があり,
Aの受傷を故意に隠ぺいしたなどと認定することもできない。

原判決は,受傷時間を本件当日午後1時34分ころから41分ころまでの間としているが,J医師の証言によってもそのように認定することはできない。重篤な一次性脳損傷の場合受傷直後から意識清明期がないという
が,硬膜下血腫などの頭蓋内出血の場合は,数分から1日程度の意識清明期があるといわれており,M医師も,Aの架橋静脈破断は,初回CT時を起点として数十分から5~6時間内外と幅のある意見を述べている上,架橋静脈破断が生じて1日~数時間が経過した可能性を否定していない。したがって,上記のような受傷時間を前提に被告人の犯人性を認定した点にも事実誤認がある。

被告人とAやBとの関係性や,受傷後のCとのやりとりは,被告人が暴行を行ったとの認定に合理的な疑いを生じさせる。


本件におけるAの受傷は,被告人の暴行によらない他の原因が合理的疑いを生じさせるものとして複数考えらえるところ,とりわけ,本件公園において,Aがベンチの背もたれから立ち幅跳びの要領でジャンプして着地した際に後方に転倒して頭部を地面に打ち付けたことによって,Aの架橋
静脈が破断したと強く推認される。
原判決はこれに沿う被告人の供述の信用性を,医師に対して真実を告げなかったことやその理由,及び供述を変遷させた理由等が理解できないことなどを指摘して否定しているが,本件に至る経緯や被告人の当時の心情を踏まえれば,いずれも合理的なもので不自然さはない。

また,原判決は被告人の供述するAの着地態様を誤解もしくは曲解しており,O証人の証言に照らしたその評価は不合理である。本件におけるAの架橋静脈破断にはどの程度のエネルギーが必要なのか等の検証なく,架橋静脈の破断は考え難いとする点も安易である。

被告人は,
本件当日午後1時30分から約3分間知人と通話していたが,
この通話中,公園の出入口方向へ向かって歩き,出入口付近で通話をした後に再び公園に戻っており,その間は公園内のAの様子は確認できなかった。その間Aが低位落下や転倒をした可能性は十分に考えられる。その通話以前にも,被告人が目を離したすきに転倒したり,遊具に頭をぶつけた
可能性を否定できない。
(3)検察官の答弁検察官の第3の事実に関する答弁の概要は,次のとおりである。ア
原判決のAの傷病の内容やそれが生じる機序についての判断は,Aの手術時の所見や検査結果等の客観的証拠と,これを踏まえた専門家の知見に裏付けられたものであって,不合理な点や,論理則,経験則等に違反したところはない。

原判決の認定する本件架橋静脈の破断は,一次性の脳実質損傷や多発的架橋静脈破断などの発生を不可欠の前提とする関係にはないと解され,前者について消極的判断をし,後者の発生の有無に触れずに本件架橋静脈の破断を認定した判断に論理則,経験則等の違反はないことは明らかである。一次性の脳実質損傷の発生とは別の間接事実から,本件架橋静脈破断を発
生させた回転性加速度減速度運動が相応の強度を有していたことを認定することも当然に可能である。

本件が,A以外の者の行為によりAの頭部に対する強い回転性加速度減速度運動が加わったことで,比較的太い架橋静脈が破断したとの認定についても,体育科学の研究者であるO証人の証言により被告人が説明するよ
うな機序でAが後頭部を地面にぶつけるという転倒のしかた自体が物理法則に照らして生じ難いことが明らかなのであるから,相当である。また,それ以外のAの自過失の可能性も,J医師が示唆した中村Ⅰ型の受傷メカニズムが本件と異なることを関係証拠に基づき具体的に指摘するなどして認め難いとしており,合理的な判断である。

本件は,典型的な中村Ⅰ型とは異なる類型であることは明らかで,L医師の供述を踏まえ具体的な根拠を示した上で,そのような可能性を排斥する認定は,合理的で,何らの論理則,経験則等の違反は見いだせない。軽微な衝撃により架橋静脈が破断した可能性が十分考えられるとした弁護人の主張にはそれを裏付ける根拠がない。


被告人以外の第三者による有形力行使の可能性を否定した点は,その時間的・物理的可能性が考え難いことから相当というほかないし,被告人の故意を認定した点も,客観的事実を踏まえた主観的要素としての推認として合理的である。
故意を認定した原判決が誤りであるとする弁護人の主張は,Aの頭部に強い外力が加わったという事実が認定できないという独自の主張に基づ
くものであり,前提において失当である。
Aの受傷時間に関する原判決の認定も,手術担当医の見解のほか,比較的太い架橋静脈が破断したことや出血量等の具体的根拠に基づいており,その合理性は明らかである。
(4)当裁判所の判断
当裁判所は,以下のア~カに述べるとおり,原判決が,被告人がAの頭部に回転性加速度減速度運動を伴う外力を加える暴行を加えたと認定した部分は,論理則,経験則等に照らし不合理であるから,第3の事実に関しては犯罪事実を認定できず,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるも
のと判断した。

原判決が,Aの脳に比較的太い架橋静脈の破断が認められ,これにより硬膜下血腫が生じたが,その破断の原因は,Aの頭部に一定の力が加わったことであるとする判断,Aの脳に一次性の脳実質損傷が生じていたとは認められないとする判断は,
論理則,
経験則等に照らし不合理な点はなく,
是認できる。


しかし,原判決が,本件公園内でA以外の者の行為によりAの頭部に対する強い回転性加速度減速度運動が加わったと認めた点には,強いその
の度合いにもよるが,次のとおり,そう断言できるかについては疑問が残される。

(ア)原判決が,
前記(1)オにおいて上記のとおり認めた根拠は,
弁護人が指
摘するとおりその部分では必ずしも明確ではないが,別の個所((1)ク)では,Aの受傷内容からすれば,Aに加えられた回転性加速度減速度運動は,相応に強い有形力によってもたらされたと考えられると指摘されており,受傷内容及びそれに関する専門家の見解に依拠してこの認定がなされたものと解される。
たしかに,M医師は,捜査機関の聴取に対して,7歳程度の児童であれば,内因性疾患がない場合において,自過失による転倒程度で今回のように重篤な硬膜下血腫が生じる症例はないと述べており,また,原審証人のN医師は,Aの架橋静脈破断が血管や血液の特性などの内因性の原因に基づくことを否定した上で,本件ではかなり強い回転性加速度減
速度運動がAの頭部に発生したと供述し,肩を持って揺さぶりを3振り(場合により2振り)以上繰り返すことにより慣性力が累積する場合,揺さぶりでなくとも,振り回してどこかにぶつける場合,倒れそうになったところを引き戻してむち打ち状に頭部を振れさせる場合,投げ技や足払いで頭部を強く回転させて打ち付けるとか,着地前に頭部をもって
引き戻す場合といった例を挙げ,回転力が相当強くないとAの受傷状況はもたらされないという趣旨のことを述べているなど,この判断には一定の根拠がある。
(イ)しかし,その一方で,原審証人であるJ医師は,架橋静脈破断のメカニズムは,回転加速度がかかった場合に起こりやすいが,破断は脳の偏
位によるものであり,脳が前後に揺れれば架橋静脈が切れる可能性はあり,後ろ向きに転倒した場合にも回転性は加わり,低いところからの転倒等でも架橋静脈は切れるという趣旨の証言をしている。J医師によれば,中村Ⅰ型は,多くの場合6か月から10か月程度のつかまり立ちが始まったばかりの子どもが後ろ向きに転んで架橋静脈を含む静脈が破断
し,それによって硬膜下血腫が起こるというものであるが,当時7歳であったAが,ベンチの背もたれから飛び降りて尻餅をついたようになって背中から頭を地面に打ったとした場合でも,同様のメカニズムが,中村I型より起こりにくいが,ないわけではないという。
N医師及びJ医師の証言(対質による部分も含む。
)を総合すると,中
村Ⅰ型と呼ばれる類型の外延・評価については,未だ議論がなされ得る余地が大きいようにうかがわれるが,本件において着目すべきは,J医師が,数は少ないが,5~6歳でも,後ろ向きに転倒して後頭部を打って,中村Ⅰ型として紹介されているのと同じようなメカニズムで架橋静脈等が破断してしまう例がある,また,中村Ⅰ型については頭蓋骨と脳実質との隙間が大きい児童が多いところ,Aについても7歳にしてはそ
の隙間が大きいことが否定できないなどと証言している点である。原判決は,前記(1)オのとおり,このJ医師の証言について,具体的にどのような実例があったのかは不明であることなどを理由にその認定を左右するものではないとしている。しかし,経験豊富な専門家が本件に即して証言する際に,Aに近い年齢で同様のメカニズムの破断の例があ
るなどと指摘し,原判決が認定しようとしている事実に見過ごせない疑いを提起しているにもかかわらず,立証責任を負う検察官による尋問などでそれ以上の確認や弾劾がなされていない状況をもって,本来ならば合理的な疑いが払しょくされていないものとすべきところ,実例が不明であるなどとして被告人に不利な認定を行うことは,刑事訴訟における
立証責任を考えると相当ではない。
N医師は,回転力がない想定ではせん断力は生じないが,尻餅をつく間もなく頭部が重いため頭部から後方に転倒したような場合には,頭部に回転力と接地のときの急激な減速が起こるので硬膜下血腫が起こり得るとし,また,頭から接地したのでない限り,体のどこかが着地した時
に位置エネルギーが吸収されるので,2mの高さから落ちた場合でも本件のような架橋静脈のせん断が起こるとは考えられず,自過失であるとすれば,3m以上の高さから過失で転落したとか,交通事故のような高エネルギー外傷といったものでないとそのようなことにはならないなどと証言している。これらはJ医師の見解とは異なる内容とも受け止められるが,J医師の証言から生じる疑問が合理的なものではないとして打ち消されるためには,J医師が指摘したような実際に後方に転倒した程度での症例群があり得ることが否定されるか,あり得るとしても本件がそうした症例群とは異なるものであるということがいえなければならないし,また,Aの頭蓋骨と脳実質との隙間が,原判決の認定ほど強くない外力が加わった程度では架橋静脈の破断に至るような脳の偏位が起き
ない程度であるということがいえなければならないところであるが,本件においてそこまでの立証は奏功していないというべきである。
(ウ)したがって,Aの受傷状況から,強い回転性加速度減速度運動がAに加わったという認定をした原判決の判断については,ある程度の強さの運動がAに加わったという限度でしか認められず,その強さの程度につ
いては,本件では客観的にこれ以上であるといった指標で示し得るものがなく,幅があり得るものと考えられる。被告人を含むA以外の者に由来する強いと表現できるほどの力が加わらないと本件におけるAの受傷状態がもたらされない,とまでは断定できない。
(エ)なお,L医師は,原判決が前記(1)オで指摘するような見解を述べ,擦
過傷などがみられないことから,Aについて高所転落や転倒を考えるのは不自然であり,頭部への直接打撃があった可能性を示唆するところであるが,N医師が,頭部がぶつかった場所が硬いところでなくとも回転性加速度減速度運動が加わり得るという趣旨の供述をしていることなどを考えると,擦過傷等の外傷や頭皮の汚れが見られなかったことをもっ
てAに対する直接打撃があったと断定することもできないというべきである。ウ

また,J医師は,Aが本件前日におう吐したという事実に関連した弁護人の質問に対して,急性硬膜下血腫,架橋静脈の破断等を起こす前の打撲等で何らかの症状(警告徴候)があった場合に,その後に比較的軽微な外傷でも硬膜下血腫を起こす症例があると述べている。

N医師は,本件前日にAの頭部に外力が加わって架橋静脈に何らかの軽度の損傷が生じ,本件当日に更に頭部に外力が加わって架橋静脈が破断して今回の超急性硬膜下血腫等が生じたことが考えられるかという検察官からの質問に対して,Aの病態は,通常,1週間以内に2度の脳震盪が起こった場合に2度目が重症化するといういわゆるセカンドインパクトに
は当たらないと述べているものの,これは,検察官の質問の事例がセカンドインパクトの定義に該当しないと述べているにすぎず,その証言を総合しても,何らかの原因ですでに架橋静脈等が通常よりも破断しやすい状態になっていたところへ,健全な状態であれば破断が生じないほどの運動が加わったという場合でも架橋静脈の破断が生じ得ることを否定する趣旨
はないように受け止めることができる。
Aが本件前日の午後に帰宅して食事をとった後おう吐したことは,Cの原審公判における供述からも認められるが,被告人は,その前にAとBが相撲をとり,首投げという技で投げられ,Aが倒れる際に頭を打ったと述べているところである。

N医師の供述によれば,首を持って頭部を動かす力は,回転力が弱く,慣性力もほとんど働かないので,それ自体でAに生じたような損傷は生じないことがうかがわれるが,前記イ(ア)で引用したような同医師の証言からも,地面に頭を打ち付けられる態様や,投げられた後の頭部の状態いかんにより,Aの架橋静脈が弱い力によっても破断するような状況が作出さ
れていたことがないとも断言できない。
原判決は,前記(1)エのとおり,N医師,J医師とも弁護人が指摘するような機序でAの傷害が生じた可能性を裏付ける医学的知見を述べていないとするが,両医師の供述をよく踏まえると,そのようには受け止められない
(特にN医師の証人尋問においては,
訴訟当事者からの質問に対して,
その回答の前提となる専門的な知見についての解説を詳細に述べるうち,まだ本来の質問に対する回答に到達していないのに,質問者が次の質問を
行うといった部分が見受けられる。。

さらに,本件においては,これ以外にも,原判決が認定した本件当日の午後1時34分ころから午後1時41分ころまでの間よりも前に,Aの架橋静脈等をぜい弱化させる要因がなかったという証明も不十分であると考えられる。本件においては,本件公園に至るまでにAがランニングをし
てきていることや防犯カメラ映像にとらえられたAと思われる者の動きなどから,Aが急性硬膜下血腫等の症状をその時間帯よりも前に呈してはいなかったとうかがわれるが,携帯電話による通話中など被告人が目を離した隙などに,第三者又はA自身の行為によりAの架橋静脈が弱い力によっても破断するような何らかの状況を作出する事態が発生しなかったと
認めるに足りるまでの十分な立証はないというべきである。
したがって,
この面からも,
被告人を含むA以外の者に由来する
強い
と表現できるほどの力が本件当日午後1時34分ころから午後1時41分ころまでの間に加わらないとAの受傷状態がもたらされないとは断定できない。


前記イ・ウで述べたところから,本件当日午後1時34分ころから午後1時41分ころまでの間に,被告人によるもの以外には考えられない強い回転性加速度減速度運動がAの頭部に加わり,故意も推認されるとする原判決の認定は,その前提を欠くというべきである。

原判決は,
前記(1)コのとおり,
Aがベンチの背もたれから立ち幅跳びを
した際に後方に転倒して後頭部を地面にぶつけたとする被告人の供述を排斥しており,たしかに,被告人の供述するAの動きは,体育科学の研究者であるO証人による原審公判の供述内容を考えると不自然であり,受傷状況を尋ねる医師に対しては異なる供述をしていたことからしても,被告人の公判供述は直ちにうなずける内容ではない。しかし,被告人が不自然で変遷した内容の供述をしているという理由だけで被告人の犯行を認め
ることができないことは当然であり,被告人が原判決の認定した時間にAに対して強い回転性加速度減速度運動を伴う外力を加える暴行を加えたとの事実が認定できないことの妨げとはならない。

原判決は,さらに,前記(1)キのとおり,タクシーにAを乗せた時の被告人の言動や,受傷状況を尋ねる医師に対して虚偽の事実を述べたことなど
から,被告人の暴行の故意が強く推認されるというが,どのような経験則をもって,原判決の指摘のような言動から,被告人がAの頭部に強い外力が加わって意識を失っている可能性が高いことを認識していたと認定できるのかが不明である上,医師に対し仮に虚偽の供述をしたとしても,事態を把握していないながらも自己が責任を負わないようにする言動を行うこ
となどはあり得ることから,これらの事実をもって,合理的な疑いを容れる余地なく被告人が故意をもってAに暴行を加えたと認定できるとは考えられない。

本件においては,上記のとおり,本件公園においてある程度の強さの運動がAに加わったことは認められるが,その態様は不明である以上,被告
人に対して何らかの注意義務が発生することを前提とした過失の認定もできないことはもちろんである。
2
第1及び第2の各事実の暴行態様について
控訴の趣意は,被告人は,AとBを落としたに過ぎず,
投げ込むと

いう
落とした
よりも悪質な態様の認定は,
事実と異なるというものである。
しかし,
第1及び第2の各事実を目前で目撃していたCは,
捜査段階において,被告人がAとBを植え込みに投げ込んだと供述し,原審公判においても,被告人がAとBを順番に,襟元をつかんで,隣にあった植え込みに投げるような形で落としたと証言している。Cの視認状況に問題はない上,路上にいたAとBを,その脇にある植え込みに落とすためには,その前提として持ち上げて植え込みの方に移動させる行為が必要であり,
被告人の暴行態様を
投げ込む

としたことに事実の誤認はない。
3
結論
以上によれば,
第1の事実及び第2の事実の認定に事実の誤認はないが,

告人が第3の事実の暴行を加えた事実を認定することができないから,これを
認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり,そ
の余の点について判断するまでもなく破棄を免れない。
第4

破棄自判
よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,直ちに判決を
することができるものと認められるので,同法400条ただし書を適用して被告事件について更に判決することとし,後記2に掲げた証拠によって,後記1の罪となるべき事実を認め(その補足説明は,一部無罪の点を含め,前記第3のとおりである。),後記3のとおり法令を適用し,後記4のとおりの理由で刑を量定し,平成29年3月28日付け追起訴状の公訴事実(同年8月31日付け及び同年12月18日付け各訴因変更請求による変更後のもの,原判決の罪となるべき
事実第3)については犯罪の証明がないことになるから,同法336条により被告人に対し無罪の言渡しをすることとして,冒頭主文欄のとおりの結論を導いた。1
罪となるべき事実

(1)被告人は,
平成27年11月16日午後8時頃,
東京都府中市
(住所省略)
所在のRハイツ東側路上において,B(当時7歳)に対し,その着衣の後ろ襟付近を手でつかんで同人の身体を持ち上げた上,同所付近の植え込みの中に投げ込む暴行を加え,よって,同人に全治まで約20日間を要する外傷性亜脱臼,外傷性歯牙破折,外傷性下唇裂傷の傷害を負わせた。(2)被告人は,前記日時場所において,A(当時7歳)に対し,その着衣の後ろ襟付近を手でつかんで同人の身体を持ち上げた上,同所付近の植え込みの中に投げ込む暴行を加えた。
2
証拠の標目
(省略)

3
法令の適用
(1)構成要件及び法定刑を示す規定


前記1(1)は刑法204条に該当する。



前記1(2)は刑法208条に該当する。

(2)刑の種類の選択
前記1(1)及び(2)について,いずれも懲役刑を選択する。
(3)併合罪の処理
前記1(1)及び(2)は刑法45条前段の併合罪であるから,
刑法47条本文,
10条により,
重い前記1(1)の罪の刑に刑法47条ただし書の制限内で法定
の加重をする。
(4)宣告刑の決定
以上により定まる刑期の範囲内で,被告人を懲役1年6月に処する。(5)未決勾留日数の算入

刑法21条を適用して,原審における未決勾留日数中380日をその刑に算入する。
(6)刑の執行猶予
後記4に記載した情状により,刑法25条1項を適用して,この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。

(7)訴訟費用
原審における訴訟費用のうち,証人Cに支給した分の2分の1を刑訴法181条1項本文により被告人に負担させることとする。4
量刑の理由
本件は,被告人が当時の交際相手の子2名をそれぞれ植え込みに投げ込む暴行を加え,うち1名に全治まで約20日間を要する外傷性亜脱臼,外傷性歯牙
破折等の傷害を負わせたものである。当時7歳の被害者らを持ち上げて植え込みに投げ込む行為は,無抵抗の被害者らに対し,一方的に行われた乱暴な行為であり,これらは暴力をもって子どもを制御しようとするゆがんだ発想によるもので,犯情は,同等の事案の中では重い部類に属する。
しかし,被告人の反省の態度や前科がないこと,両親が監督を約束している
ことなどを考慮すれば,今回はその刑の執行を猶予し,社会内での更生を図らせるのが相当である。
令和2年11月5日
東京高等裁判所第10刑事部

裁判長裁判官

細田啓介
裁判官

伊藤敏孝
裁判官

安永健

トップに戻る

saiban.in